説明

ブロンズ法Nb3Sn超電導線材

【課題】曲げ歪みに対する耐性を効果的に向上すると共に、臨界電流密度やn値等の超電導特性を劣化させないようなブロンズ法Nb3Sn超電導線材を提供する。
【解決手段】Cu−Sn基合金中に複数本のNbまたはNb基合金フィラメントが配置された超電導マトリックス部を備えると共に、その外周に拡散障壁層および安定化銅が配置された前駆体を、Nb3Sn生成熱処理することによって製造されるNb3Sn超電導線材において、前記NbまたはNb基合金フィラメントは、Nb3Sn熱処理した後に、拡散反応が起こっていないNbまたはNb基合金領域が、該フィラメント全断面に対して平均で2〜10面積%の割合で存在するものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ブロンズ法で製造されるNb3Sn超電導線材に関するものであり、特に超電導マグネットの素材として有用なブロンズ法Nb3Sn超電導線材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
超電導線材が実用化されている分野のうち、高分解能核磁気共鳴(NMR)分析装置や核融合装置、加速器等に用いられる超電導マグネットがある。これらの超電導マグネットでは、NMR信号の分解性能向上やデータ習得の短時間化の要求から高磁場化が求められている。超電導マグネットの高磁場化・コンパクト化に対しては、超電導マグネットに使用する超電導線材の高性能化が必須となっており、特に超電導マグネットの最内層部に使用される超電導コイルの高性能化が求められている。
【0003】
このような超電導マグネットに使用される金属系の超電導線材としては、Nb3Sn線材が実用化されており、このNb3Sn超電導線材の製造には主にブロンズ法が採用されている。このブロンズ法では、図1(Nb3Sn超電導線材製造用前駆体の模式図)に示すように、Cu−Sn基合金(ブロンズ)マトリックス2中に1本または複数本(図では7本)のNbまたはNb基合金(例えば、Nb−Ta合金)からなる芯材1を埋設して一次スタック材5が構成される。尚、この一次スタック材5は、通常図1に示すように断面形状が六角形になるようにされる。
【0004】
上記一次スタック材5を、伸線や押し出し等の減面加工することによって上記芯材1を細径化してフィラメント(以下、「Nb基フィラメント」と呼ぶことがある)とし、このNb基フィラメントとブロンズとからなる一次スタック材5を複数束ねて線材群となし、これを拡散障壁層3としてのNbやTaを形成した(例えば、シート状部材を巻回して形成される)パイプ形状のCuまたはCu基合金6内に挿入し、或いは一次スタック材5を複数束ねた線材群にNbシートやTaシートを直接巻き、その外周に安定化銅4を配置することによって二次多芯ビレット7を組み立てる。尚、パイプ形状のCuまたはCu基合金6は、Cu−Sn基合金(Cu−Sn基合金6)で構成されることもある。
【0005】
上記のような二次多芯ビレット7を静水圧押し出しし、続いて引き抜き加工等による減面加工を施し、図1の断面形状を維持したまま保持された前駆体や、図2に示すような断面矩形状の平角線材の超電導線材製造用前駆体(以下、単に「前駆体」と呼ぶことがある)に加工される。
【0006】
一般に、ブロンズ法Nb3Sn超電導前駆体の断面構成としては、図1、2に示したように、横断面中央部にCu−Sn基合金マトリックス中に複数のNb基フィラメントが配置された部分(以下、この部分を「超電導マトリックス部」と呼ぶ)と、その外側にCu−Sn基合金6層(この層は省略されることがある:前記図2参照)、更にその外側に、超電導マトリックス部のSnが安定化銅(前記図1,2の4)に拡散して汚染するのを防止する機能を発揮する拡散障壁層(前記図1、2の3)が配置され、最外層に安定化銅が配置される構成となっている。
【0007】
上記の様な前駆体構成において、拡散障壁層3としては、安定化銅4と反応せず、或る程度の加工性を有するという観点から、Nbが用いられることが多いが、上記のようにTaが用いられることもある。これらの素材から構成される拡散障壁層3は、超電導マトリックスの外側にあるので、Nb3Sn生成熱処理後にNb3Snフィラメントよりも大きい曲げ応力を受ける位置にあり、素線全体の曲げ歪みを低減できる可能性のある位置にある。しかしながら、従来の拡散障壁層3を構成するNbやTaまたはTa基合金層は、破損しない程度でSnの拡散を防止できれば良いとの観点から構成されており、その厚さは10μm程度と薄いものであり、曲げ歪みを軽減するまでには至らないものである。
【0008】
上記のような前駆体(伸線加工後の線材)を600〜700℃付近の温度で100〜300時間程度の拡散熱処理(Nb3Sn生成熱処理)を施すことにより、Nb基フィラメントとブロンズマトリックスの界面にNb3Sn化合物層を生成させて超電導線材が製造される。
【0009】
超電導電流は、前駆体線材を作製した後に前記のようなNb3Sn生成熱処理を施すことによって生成させたNb3Sn相を流れることになる。そしてこのNb3Sn相は、機械的な歪に対して非常に敏感であり、僅か1%程度の歪量であっても、急激に超電導特性(特に、臨界電流密度Jc)が低下することになる。例えば、大電流を流す必要のある熱核融合実験炉(ITER)や加速器用導体では、Nb3Sn超電導素線(前駆体段階での線材)を複数本撚り合せて使用するため、線材にかかる応力は複雑化しており、近年では軸方向に加えて半径方向への歪み(曲げ応力)への対応策が求められているのが実情である。
【0010】
こうした歪みへの対応策としては、超電導線材の強度を高めることが最も有効であるが、こうした技術として、例えば特許文献1、2には、線材断面中心部にTaまたはTa合金を補強剤として配置し、歪みに対する耐性を高める技術が提案されている。また特許文献3、4には、Nb基フィラメントの中央部に補強材(例えばTa等)を埋設した複合フィラメントとすることによって、歪みによる特性劣化を抑制することも提案されている。
【0011】
上記各技術では、超電導線材の強度を高める構成としては有効であるが、線材を構成する材料として補強材を使用するという概念の下で材料組み込みが行なわれているので、本来Nb3Snが生成されるべきNbフィラメント部/ブロンズ複合部の領域(面積割合)が減少することになり、超電導特性(通電特性)が低下する傾向を示すことになる。
【0012】
また特に特許文献3,4の技術では、最終的に外径2〜10μm程度にまで強加工されるNb基フィラメント中に補強材を埋設するものであるため、補強材はより小さな外径となり、伸線加工の際に断線等の危険性が高くなることが懸念される。また通常のブロンズ法Nb3Sn超電導線材の製造工程に、Nb基フィラメント中に補強材を埋設する工程を加える必要があり、コストの増大を招くという問題もある。
【0013】
一方、超電導線材の強度を高める技術として、補強材を使用するのではなく、超電導線材中に、熱処理を行なった後にもNbの一部を残存させることによって希望する強度を確保する技術も提案されている。こうした技術として、本願出願人によって特許文献5のような技術も提案している。この技術では、Nb基フィラメントの残存Nb芯直径を均一化するために一次スタック材を構成するブロンズとNbの断面積比が異なる材料を予め準備し、それらを組み合わせることによって残存するNb芯(Nb基フィラメント)直径のバラツキを小さくするものである。
【0014】
この技術では、残存するNb芯直径のバラツキは小さくなるものの、Nb芯自体に生成するNb3Sn量が夫々の一次スタック材で異なり、Nb3Sn生成量という観点からみたときに、フィラメント毎に異なってしまうことになる。こうした状態であると、一本のフィラメント当りに流れる電流にバラツキが生じるため、超電導特性の一つであるn値の低下を招くことになる。
【0015】
尚、n値とは、超電導線材における線材方向に流れる電流の均一性、即ち線材長手方向での超電導フィラメントの均一性を示す指標となるものであり、このn値が大きいほど、超電導特性(即ち、電流の均一性)が優れていると言われるものである。即ち、超電導線材を構成する上で、上記のようなn値を高い値に維持することも良好な超電導特性を確保する上で重要な要件である。
【0016】
ところで、超電導線材の特性を向上させるための技術として、例えば特許文献6のような技術も提案されている。この技術では、熱処理工程において、熱処理開始温度および熱処理終了温度を適切な範囲に設定すると共に、その間の昇温速度を適切に制御することによって、良好なNb3Sn相を形成し、超電導線材の特性を良好にするものである。
【0017】
しかしながら、この技術では、最終段階の保持温度(熱処理終了温度)に至るまで絶えず温度変化が起こった状態で熱処理が行なわれているものである。その結果、実際のコイルを熱処理する場合には、コイル内で温度差を絶えず持つことになり、こうした状態ではコイル中に熱処理条件が異なる部分が存在することになり、均一なNb3Sn相(残存Nbが存在する場合には、均一な残存Nb)が形成されることは困難となり、上記のようなn値が低下することが十分予想される。
【特許文献1】特開平9−82149号公報
【特許文献2】特開平10―255563号公報
【特許文献3】特開2001−236836号公報
【特許文献4】特開2003−86032号公報
【特許文献5】特開平8−138462号公報
【特許文献6】特開2006−244724号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
本発明はこうした状況の下でなされたものであって、その目的は、曲げ歪みに対する耐性を効果的に向上すると共に、臨界電流密度やn値等の超電導特性を劣化させないようなブロンズ法Nb3Sn超電導線材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0019】
上記目的を達成することのできた本発明のNb3Sn超電導線材とは、Cu−Sn基合金中に複数本のNbまたはNb基合金フィラメントが配置された超電導マトリックス部を備えると共に、その外周に拡散障壁層および安定化銅が配置された前駆体を、Nb3Sn生成熱処理することによって製造されるNb3Sn超電導線材において、
前記NbまたはNb基合金フィラメントは、前記Nb3Sn生成熱処理した後に、拡散反応が起こっていないNbまたはNb基合金領域が、該フィラメント全断面に対して平均で2〜10面積%の割合で存在するものである点に要旨を有するものである。
【0020】
本発明のNb3Sn超電導線材においては、前記超電導マトリックス部は、棒状のCu−Sn基合金中に1本または複数本のNbまたはNb基合金フィラメントが埋設された一次スタック材を複数束ねて形成されたものが挙げられる。
【0021】
また本発明のNb3Sn超電導線材のより具体的な構成としては、前記拡散障壁層は少なくともその一部にNbまたはNb基合金の部分を含んだ構成とすることができるが、こうした構成では、前記NbまたはNb基合金フィラメントおよび拡散障壁層は、拡散反応が起こっていないNbまたはNb基合金領域が、前記NbまたはNb基合金フィラメントと、拡散障壁層中のNbまたはNb基合金領域の合計全断面に対して平均で5〜10面積%の割合で残存したものであること好ましい。
【0022】
本発明のNb3Sn超電導線材を製造するためのNb3Sn生成熱処理としては、(a)500〜600℃で熱処理した後、(b)650〜750℃で熱処理する二段階で行なうこととし、夫々の熱処理段階(a),(b)において、熱処理温度K(K:絶対温度)と時間(hr)の積が、(a)40000〜160000K・hr、(b)25000〜140000K・hrの範囲を満足するように熱処理を行なうことが挙げられ、こうした条件でNb3Sn生成熱処理(拡散熱処理)を行なうことによって、適切な量のNbを残存させて強度(耐力)を維持しつつ、臨界電流密度やn値等の超電導特性も良好に確保できるものとなる。
【発明の効果】
【0023】
本発明においては、ブロンズ法Nb3Sn超電導線材を製造する際に、熱処理条件を適切にして、線材内に反応せずに残存するNb(以下、「残存Nb」と呼ぶことがある)の量を適切な範囲に制御することによって、良好な超電導特性を維持しつつ強度的にも十分な超電導線材を得ることができた。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
実用上、マグネット運転時にかかる電磁力による応力に耐えるためには、マクロ的には線材全体に機械的特性(例えば、0.2%耐力)が良好であることが必要であり、ミクロ的には特性劣化を防止するためにフィラメントそのものの強度が必要となる。曲げ歪みへの耐性を考慮すると、上記目的を達成するには超電導線材にはこれら両特性を具備している必要がある。こうした状況の下で、本発明者らは、曲げ歪みを効果的に緩和すると共に、臨界電流密度Jcやn値の低下をも抑制できるような、超電導線材前駆体の構成について更に検討した。
【0025】
単純な引張応力のみが線材に付与される場合(例えば、一軸引張のみ)には、全体的な残存Nb量のみで強度が決まるが、超電導線材が実際に使用される場合には、複雑な応力が負荷される状態となり、半径方向の歪み(曲げ歪み)がかかることになる。このような場合には、フィラメントそのものを強化することが曲げ歪みに対する耐力を向上させる上で最良の方法である。
【0026】
こうした観点から、Nb基フィラメントを全てNb3Snに反応させるのではなく、未反応のNbを残存させることによって曲げ応力に対する耐性を向上させる方法を基本的に採用し、その具体的な構成について更に検討した。
【0027】
その結果、前記Nb3Sn生成熱処理した後に、前記NbまたはNb基合金フィラメントは、拡散反応が起こっていないNbまたはNb基合金領域が、該フィラメント全断面に対して平均で2〜10面積%の割合で残存したものとすれば、上記目的に適う超電導線材が実現できることを見出し、本発明を完成した。
【0028】
拡散反応が起こっていないNbまたはNb基合金領域の面積割合が2面積%未満では、残存Nbを確保することによる耐性確保が達成されず、10面積%を超えると残存するNb量が多くなり過ぎて、超電導特性が劣化することになる。この面積割合の好ましい下限は3面積%であり、好ましい上限は7面積%である。
【0029】
本発明の超電導線材において、残存Nbの面積率(残存Nb率)を上記の範囲に制御するためには、後述する熱処理を施すことが好ましく、これによって、Nbをより均一な状態で残存させることができるのであるが、それでも多少のバラツキを生じることがある。即ち、Nb基フィラメント毎に残存Nb率が異なる場合もある。本発明ではこうした状況を考慮し、残存Nbの面積率は平均値とした。換言すれば、均一度に多少のばらつきが生じても残存Nbの面積率が平均して上記の範囲を満足すれば、本発明の目的が達成されるものである。
【0030】
上記構成は、Nb3Sn超電導線材の最も重要な領域でとなる超電導マトリックス部を規定したものであるが、この超電導マトリックス部は、上記のように棒状のCu−Sn基合金中に1本または複数本のNbまたはNb基合金フィラメントが埋設された一次スタック材を複数束ねることによって形成される。
【0031】
本発明の超電導線材は、超電導マトリックス部の外周に拡散障壁層が形成されるものであり、この拡散障壁層はNb若しくはNb基合金、またはTa若しくはTa基合金、或いはこれらを積層したもの(特に内側にNb若しくはNb基合金が存在する場合)には、拡散障壁層を構成するNbもNb3Snを形成する領域となるものであり、こうしたNb量も考慮して残存Nb率を設定する必要がある。即ち、上記のように拡散障壁層の少なくとも一部にNb若しくはNb基合金を含む場合には、それだけNb面積率が増大することになり、それだけ機械的特性(特に温度4.2Kにおける0.2%耐力)が向上することになる。その一方で、強化に寄与するNb量(残存Nb率)が増加すると、線材単位面積当りに流すことができる超電導電流量(臨界電流密度:Jc)が低下することになる。
【0032】
こうしたことから、拡散障壁層として少なくともその一部にNb若しくはNb基合金を含む場合には、そのNb量も考慮して線材全体に対する残存Nb率(線材全断面中の残存Nb率)を適切な範囲に制御することが好ましい。こうした観点から、本発明のNb3Sn超電導線材のより具体的な構成としては、前記拡散障壁層は少なくともその一部にNbまたはNb基合金の部分を含んだ構成とすることができるが、こうした構成では、前記NbまたはNb基合金フィラメントおよび拡散障壁層は、拡散反応が起こっていないNbまたはNb基合金領域が、前記NbまたはNb基合金フィラメントと、拡散障壁層中のNbまたはNb基合金領域の合計全断面に対して平均で5〜10面積%の割合で残存したものであること好ましい。即ち、この面積率(線材全断面中の残存Nb率)が5面積%未満となると、耐性が低下する傾向を示し、10面積%を超えると超電導特性が低下する傾向を示すことになる。
【0033】
上記のように残存Nb率を制御するには、Nb3Sn相生成反応(熱処理条件)を制御することによって達成できる。ブロンズ法超電導線材中のNbは、数μmという極細フィラメントの状態で存在している。Nbは出発原料の段階で数十mmであり、更に異材(Cuやブロンズ)と複合されているので、強加工を受けて極細のフィラメントになるまで、夫々のフィラメント径がバラツクことになる。
【0034】
こうしたことから、通常の状態でNb3Sn生成熱処理を施した場合には、フィラメント全体がNb3Snに変化したものや、残存Nb率が非常に大きいもの等が存在してしまうことになる。従って、フィラメント反応量を制御するには、Nb3Sn相生成速度をコントロールすることが重要になる。
【0035】
Nb3Sn相生成反応とは、ある温度に保存されることでブロンズ中のSnがNb基フィラメント中に拡散していき、3Nb+Sn→Nb3Snという化学反応が起こることである。Snの移動は、固相内の拡散によるものであるが、この拡散の速度は温度によって大きく変化することになる。例えば金属固相内の拡散は、下記(1)式で規定される拡散係数Dによって決定され、この式から温度が自然対数のべき乗で影響を及ぼすことが分かる。
D=D0exp(−Q/RT) …(1)
但し、D:拡散係数、D0:振動数因子、Q:活性化エネルギー、R:気体定数、T:温度
【0036】
ブロンズ法Nb3Sn超電導線材では、Cuが構成材料として用いられており、Cuの融点以下での熱処理が必要である。またCuの融点以下で生成するNb3Sn相は、厳密に成分を調査すると、Nb:Sn=3:1という化学量論的組成からNbが若干多い組成となっている。この化学量論的組成からの組成ズレは、熱処理温度が低温になればなるほど大きくなる。また化学量論的組成に近づくほど、高磁場特性は向上する。但し、熱処理が高温になると、Nb3Sn結晶粒サイズが大きくなるため、臨界電流密度Jc特性を大きく左右する結晶粒界の量は減少するため、特性劣化を招くことになる。
【0037】
NbへのSnの拡散係数が大きい状態(高い温度)で反応を行なった場合には、一気に反応が進行することになるので、所望の残存Nb量(特に、フィラメント内)を得るためには、短時間で熱処理を完了する必要がある。しかしながら、実際に超電導マグネットを(超電導線材を巻いたコイル)を製作する場合には、熱処理の際にコイル全体に等温になるまで時間がかかるため、コイルの場所によって熱処理時間がバラツクことになる。このバラツキは、熱処理温度が高ければ高いほど大きくなる。
【0038】
こうした知見に基づき、Nb3Sn相の結晶性を良好にするためには、高温での熱処理が有効であるが、残存Nb率の制御および超電導マグネット製作上は、低温での熱処理が有効となる。この相反する事情を満足させるために本発明者らが更に検討したところ、2つの熱処理条件を適宜組み合わせて熱処理(即ち、二段階の熱処理)を行なうことによって、解決できることを見出した。
【0039】
即ち、本発明のNb3Sn超電導線材を製造するためのNb3Sn生成熱処理としては、(a)500〜600℃で熱処理した後、(b)650〜750℃で熱処理する二段階で行なうことが好ましい。まず低温(500〜600℃)で熱処理することによって、穏やかな速度でSnをNbフィラメント中に拡散させることができる。これに加えて、低温熱処理でコイル全体の温度を均一にできる効果も発揮する。その後、高温(650〜750℃)で熱処理することによって、良質なNb3Sn相を得ることが可能となる。
【0040】
上記のような段階の熱処理を行なうに際しては、その温度範囲に応じてその保持時間も適切に調整する必要がある。具体的には、500〜600℃(773〜873K)で熱処理する場合には、その時間は50〜200時間程度が好ましく、650〜750℃(923〜1023K)で熱処理する場合には、25〜150時間程度となる。但し、上記温度範囲内で比較的高い温度に設定した場合には、その時間は短くて良く、比較的低い温度に設定した場合には、処理時間が長くなる。
【0041】
熱処理条件を客観的に示す方法として、熱処理温度K(K:絶対温度)と時間(hr)の積として示す方法が知られているが(例えば、前記特許文献6)、こうした方法によって、夫々の熱処理段階(a),(b)での好ましい熱処理条件を示すと、(a)40000〜160000K・hr、(b)25000〜140000K・hrの範囲となる。こうした条件で熱処理(拡散熱処理)を行なうことによって、適切な残存Nbを維持して適切な強度(耐力)を維持しつつ、臨界電流密度やn値等の超電導特性も良好に確保できることになる。
【0042】
本発明の超電導Nb3Sn線材は、ブロンズ法によって作製されるものであり、Cu−Sn基合金中に複数本のNbまたはNb基合金フィラメントが配置された前駆体を用いるものであるが、この前駆体で用いることのできるNb基合金としては、NbにZr,Ti,Hf等の合金元素を0.5質量%以下で含有させたものを使用することができる。
また、上記前駆体では、拡散障壁層としてもNb基合金を用いることがあるが、このとき用いるNb基合金も上記したものが使用できる。
【0043】
本発明の前駆体で用いるCu−Sn基合金としては、Sn含有量が14〜17質量%程度であることが好ましい。こうした含有量とすることによって、臨界電流密度Jcを更に改善することができる。このSn含有量が、14質量%未満では、Sn濃度を高める効果が発揮できず、17質量%を超えると、Cu−Sn系化合物が多量に析出して線材の均一加工が困難になる。尚、このCu−Sn基合金は、0.1〜1.5質量%程度のTiを含有したものであっても良い。
【0044】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【実施例】
【0045】
直径60mmのCu−15質量%Snの組成のCu−Sn基合金の中心とその周囲に、直径12.0mmの孔を7箇所開け(前記図1)、直径11.8mmのNb棒をその孔に挿入し、電子ビーム溶接を行い、一次スタック材用の押し出しビレットを作製した。このビレットを、静水圧押し出し法により直径20mmに押し出し、これを引き抜き加工により伸線した。その後、六角ダイスにより、対辺距離が1.5mの六角断面形状の一次スタック材(一次多芯材)に加工した。
【0046】
上記一次スタック材を733本束ね、その外周に厚さYmm(Y=1.5、3.0、4.0、5.0)のNb製拡散障壁層を設けたものを、外径60mm、内径Xmm(X=47、50、52、54)の純Cuパイプ(安定化銅)内に挿入し、電子ビーム接を行い、二次スタック材用の押し出しビレット(二次多芯ビレット)を作製した。このビレットを、引き抜き加工により伸線して、直径が0.8mmの丸線前駆体(Nb3Sn超電導線材製造用前駆体)に加工した。
【0047】
得られた前駆体に真空中でNb3Sn生成熱処理(後記表1参照)を施して各種Nb3Sn超電導線材を製造した。得られた超電導線材について、引張試験(4.2Kの液体ヘリウム中)を実施して0.2%耐力を測定すると共に、下記の方法によって、Nb残存率(線材全断面中残存Nb率、フィラメント中残存Nb率)、臨界電流密度Jcおよびn値を求めた。
【0048】
[残存Nb率]
残存Nb率の値は、熱処理後に観察した走査顕微鏡写真(SEM)の反射電子像のコントラストを利用した、画像処理を行ない、算出した。このとき、フィラメント中の残存Nb率は最低50本のフィラメントの面積測定を行ない、その平均値を求めた。
【0049】
[臨界電流密度Jcの測定]
外部磁場15T(テスラ)、4.2K温度の液体ヘリウム中で、試料(超電導線材)に通し、4端子法によって発生電圧を測定し、この値が0.1μV/cmの電界が発生した電流値(臨界電流Ic)を測定し、この電流値を、線材断面中の非銅部面積で除し、非銅部の臨界電流密度Jc(nonCu−Jc)を測定した。このとき、超電導線材の0.4%の歪みを印加した後の臨界電流密度Jcのついても測定した。尚、歪みの印加に当たっては、曲げ歪みが0.4%となるように準備した凹型形状(曲率半径:100mm)の治具に線材を乗せ、更に線材を凸型形状(曲率半径:101mm)の治具で押さえることで印加した。
【0050】
[n値の測定]
臨界電流(Ic)を求めたのと同じ計測によって得られた(Ic−Vc)曲線において、0.1μVと1.0μVの間のデータを両対数表示し、その傾きとして求めた。尚、上記電流Icと電圧Vcの関係は、経験的に下記(2)式のような近似式で表されるが、この式に基づいてnの値(即ち、「n値」)を求めたものである。
V=Vc(I/Ic)n …(2)
【0051】
各線材の仕様(ビレット外径、ビレット内径X、拡散障壁層厚さY)および熱処理条件[処理温度x1,x2、処理時間y1,y2、(x1・y2)および(x2・y2)]を下記表1に、上記測定結果を下記表2に夫々示す。また、実施例4の超電導線材における残存Nb部分(フィラメント部分)を図3(図面代用顕微鏡写真)に示す。
【0052】
【表1】

【0053】
【表2】

【0054】
これらの結果から明らかなように、本発明で規定する要件を満足する実施例1〜6のものでは、曲げ歪みを印加したときの臨界電流密度Jcが低下することもなく、良好な超電導特性(nonCu−Jc、n値)を示していることが分かる。これに対し、本発明で規定する要件のいずれかを欠く比較例1〜4のものでは、少なくとも曲げ歪みを印加したときの臨界電流密度Jcの低下が著しいものとなっている。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】ブロンズ法に適用される超電導線材製造用前駆体の構成例を模式的に示した断面図である。
【図2】ブロンズ法に適用される超電導線材製造用前駆体の他の構成例を模式的に示した断面図である。
【図3】実施例4のNb残存状況を示す図面代用顕微鏡写真である。
【符号の説明】
【0056】
1 NbまたはNb基合金からなる芯材
2 Cu−Sn基合金マトリックス
3 拡散障壁層
4 安定化銅
5 一次スタック材
6 CuまたはCu基合金(Cu−Sn基合金)
7 二次多芯ビレット

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Cu−Sn基合金中に複数本のNbまたはNb基合金フィラメントが配置された超電導マトリックス部を備えると共に、その外周に拡散障壁層および安定化銅が配置された前駆体を、Nb3Sn生成熱処理することによって製造されるNb3Sn超電導線材において、
前記NbまたはNb基合金フィラメントは、前記Nb3Sn生成熱処理した後に、拡散反応が起こっていないNbまたはNb基合金領域が、該フィラメント全断面に対して平均で2〜10面積%の割合で存在するものであることを特徴とするブロンズ法Nb3Sn超電導線材。
【請求項2】
前記超電導マトリックス部は、棒状のCu−Sn基合金中に1本または複数本のNbまたはNb基合金フィラメントが埋設された一次スタック材を複数束ねて形成されたものである請求項1に記載のブロンズ法Nb3Sn超電導線材。
【請求項3】
前記拡散障壁層は少なくともその一部にNbまたはNb基合金の部分を含んでなり、前記NbまたはNb基合金フィラメントおよび拡散障壁層は、拡散反応が起こっていないNbまたはNb基合金領域が、前記NbまたはNb基合金フィラメントと、拡散障壁層中のNbまたはNb基合金領域の合計全断面に対して平均で5〜10面積%の割合で残存したものである請求項1または2に記載のブロンズ法Nb3Sn超電導線材。
【請求項4】
前記Nb3Sn生成熱処理は、(a)500〜600℃で熱処理した後、(b)650〜750℃で熱処理する二段階で行なうこととし、夫々の熱処理段階(a),(b)において、熱処理温度K(K:絶対温度)と時間(hr)の積が、(a)40000〜160000K・hr、(b)25000〜140000K・hrの範囲を満足するように熱処理を行なったものである請求項1〜3のいずれかに記載のブロンズ法Nb3Sn超電導線材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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