プラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴ脂質の製造方法
【課題】安価に大量入手可能で、かつ安全な材料から、高純度のプラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴ脂質を製造する方法の提供。
【解決手段】動物組織からプラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴ脂質を製造する方法であって、(A)プラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴ脂質を含有する動物組織に対して、エタノール抽出処理を行い、エタノール抽出物を得る工程、(B)前記(A)工程で得たエタノール抽出物に含まれるジアシル型グリセロリン脂質を加水分解する工程、(C)前記(B)工程で得た処理物を、水溶性ケトン系溶剤で処理し、不溶部を回収する工程、(D)前記(C)工程で得た不溶部を、 脂肪族炭化水素溶剤と水溶性ケトン溶剤との混合有機溶剤、及び水、で溶媒分配し、混合有機溶剤部を回収する工程を含む、方法。
【解決手段】動物組織からプラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴ脂質を製造する方法であって、(A)プラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴ脂質を含有する動物組織に対して、エタノール抽出処理を行い、エタノール抽出物を得る工程、(B)前記(A)工程で得たエタノール抽出物に含まれるジアシル型グリセロリン脂質を加水分解する工程、(C)前記(B)工程で得た処理物を、水溶性ケトン系溶剤で処理し、不溶部を回収する工程、(D)前記(C)工程で得た不溶部を、 脂肪族炭化水素溶剤と水溶性ケトン溶剤との混合有機溶剤、及び水、で溶媒分配し、混合有機溶剤部を回収する工程を含む、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、動物組織から、プラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴ脂質を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
脂質は、分子中に長鎖脂肪酸又は類似の炭化水素鎖をもち、生体内に存在するか、生物に由来する物質である。脂質は大まかに単純脂質・複合脂質・誘導脂質の3種類に分けられる。単純脂質とはアルコールと脂肪酸のエステルである。複合脂質は分子中にリン酸や糖を含む脂質で、一般にスフィンゴシンまたはグリセリンが骨格となる。誘導脂質は、単純脂質や複合脂質から、加水分解によって誘導される化合物である。
【0003】
複合脂質には、両親媒性を持つものが多く、細胞膜の脂質二重層の主要な構成要素であるほか、体内での情報伝達などに関わる。前述のように、複合脂質の骨格となる分子は一般的にグリセリンあるいはスフィンゴシンであるため、これらを基準としてグリセロ脂質とスフィンゴ脂質に分類される。
【0004】
グリセロリン脂質は、生体膜の構成成分として重要であるが、なかでもプラズマローゲン型リン脂質は、脳神経細胞や心筋に特徴的に多く含まれるリン脂質であり、コレステロールを含むリン脂質の酸化安定性に寄与しているとの報告、細胞の情報伝達システムに重要な役割を果たすとの報告の他、アルツハイマー病疾患の脳は健常者の脳に比べてプラズマローゲン型リン脂質量が30%近くも減量していることから(非特許文献1)、プラズマローゲン型リン脂質を飲食品や医薬品に含有させることにより、アルツハイマー病等の疾患を改善・予防することも提案されている(特許文献1、2)。
【0005】
しかしながら、プラズマローゲン型リン脂質含有脂質の抽出には、クロロホルムやメタノール等の溶媒を用いるため(引用文献1、2)抽出されたプラズマローゲン型リン脂質含有脂質を飲食品に含有させて摂取するには安全性に問題があった。
【0006】
また、凍結乾燥したホヤ、ヒトデなどの水産動物を粉砕し、アセトンやn−ヘキサン/エタノール/水を用いてプラズマローゲン型リン脂質を抽出する方法も報告されている(特許文献3)。しかし、原料となるホヤやヒトデを大量入手することは困難であり、安定供給するには問題があった。
【0007】
さらに、鶏表皮を処理し、プラズマローゲン型リン脂質やスフィンゴミエリン(代表的なスフィンゴ脂質)を回収する方法も報告されている(特許文献4)。しかし、その精製度合いは低いものであった。
【0008】
一方、スフィンゴ脂質は、細胞の分化や増殖、あるいは接着を調製・制御し、また、アトピー性皮膚炎を緩和し得、美肌効果を有する等といわれており、食品や化粧品、医薬品等に「セラミド」等と称されて含有されることもある。
【0009】
しかし、最大の供給源が牛脳であったことから、BSE問題の発生後は供給源を穀類や酵母に頼っているのが現状であり、これらから抽出されるスフィンゴ脂質は構成スフィンゴイド塩基の違いによりヒト体内での利用性が低いとされている。
【0010】
また、動物性製品由来の脂肪濃縮物からスフィンゴミエリンを抽出する方法が報告されている(特許文献5)。しかし当該方法は脂肪濃縮物を原料とするものであり、原料調達に手間及びコストがかかるものであった。
【0011】
このような状況下、安全な動物組織からプラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴ脂質を高純度で精製する技術の開発が待ち望まれていた。
【特許文献1】特開2003−3190号公報
【特許文献2】特開2003−12520号公報
【特許文献3】特開2007−262024号公報
【特許文献4】特開2006−232967号公報
【特許文献5】国際公開第94/18289号
【非特許文献1】L . G i n s b e r g e t a l . ,“ D i s e a s e a n d a n a t o m i c s p e c i f i c i t y o f e t h a n o la m i n e p l a s m a n o g e n d e f i c i e n c y i n A l z h e i m e r ' s d i s e a s e b r a i n .” , B r a i n R e s . , 1 9 9 5 ;6 9 8 : p . 2 2 3 - 2 2 6
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、安価に大量入手可能で、かつ安全な材料から、高純度のプラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴ脂質を製造する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、驚くべき事に、
動物組織からプラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴ脂質を製造する方法であって、
(A)プラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴ脂質を含有する動物組織に対して、エタノール抽出処理を行い、エタノール抽出物を得る工程、
(B)前記(A)工程で得たエタノール抽出物に含まれるジアシル型グリセロリン脂質を加水分解する工程、
(C)前記(B)工程で得た処理物を、水溶性ケトン系溶剤で処理し、不溶部を回収する工程、
(D)前記(C)工程で得た不溶部を、 脂肪族炭化水素溶剤と水溶性ケトン溶剤との混合有機溶剤、及び水、で溶媒分配し、混合有機溶剤部を回収する工程
を含む方法であれば、高純度のプラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴ脂質を製造できることを見出し、さらに改良を重ねて本発明を完成させるに至った。
【0014】
すなわち、本発明は以下の項1〜5の動物組織からプラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴ脂質を製造する方法に係るものである。
項1.
動物組織からプラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴ脂質を製造する方法であって、
(A)プラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴ脂質を含有する動物組織に対して、エタノール抽出処理を行い、エタノール抽出物を得る工程、
(B)前記(A)工程で得たエタノール抽出物に含まれるジアシル型グリセロリン脂質を加水分解する工程、
(C)前記(B)工程で得た処理物を、水溶性ケトン系溶剤で処理し、不溶部を回収する工程、
(D)前記(C)工程で得た不溶部を、 脂肪族炭化水素溶剤と水溶性ケトン溶剤との混合有機溶剤、及び水、で溶媒分配し、混合有機溶剤部を回収する工程
を含む、方法。
項2.
前記(B)工程が、
前記(A)工程で得られたエタノール抽出物をホスホリパーゼA1(PLA1)で処理し、ジアシル型グリセロリン脂質を加水分解する工程である、
項1に記載の方法。
項3.
前記(C)工程において、
水溶性ケトン系溶剤が、
アセトン、メチルエチルケトン、ジエチルケトン、メチルプロピルケトン、エチルプロピルケトン、及びジプロピルケトンからなる群より選ばれる少なくとも1種の水溶性ケトン溶剤であるか、
又は当該水溶性ケトン溶剤と水との混合溶剤である、
項1又は2に記載の方法。
項4.
前記(D)工程において、
脂肪族炭化水素溶媒が炭素数4〜10のアルカンの少なくとも1種であり、
水溶性ケトン溶剤が、アセトン、メチルエチルケトン、ジエチルケトン、メチルプロピルケトン、エチルプロピルケトン、及びジプロピルケトンからなる群より選ばれる少なくとも1種であり、
混合有機溶媒における(脂肪族炭化水素溶媒:水溶性ケトン溶剤)の混合体積比が3:7〜7:3である、
項1〜3のいずれかに記載の方法。
項5.
(A)工程後(B)工程前に
(A)工程で得られたエタノール抽出物を、水溶性ケトン系溶剤で処理し、不溶部を回収する工程((A2)工程)
を含み、
(B)工程において、(A2)工程で得られた不溶部をエタノール抽出物として用いる、
項1〜4のいずれかに記載の方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、安価に大量入手が可能な動物組織を材料とし、高純度のプラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴ脂質画分を製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明について、さらに詳細に説明する。
【0017】
なお、本発明の説明においては、次の略語を用いることがある。
PE: ホスファチジルエタノールアミン(ジアシル型グリセロリン脂質の一種)
PC: ホスファチジルコリン(ジアシル型グリセロリン脂質の一種)
EP: エタノールアミンプラズマローゲン
CP: コリンプラズマローゲン
SM: スフィンゴミエリン(スフィンゴリン脂質の一種)
LPE: リゾホスファチジルエタノールアミン(2-アシル型グリセロリン脂質の一種)
LPC: リゾホスファチジルコリン(2-アシル型グリセロリン脂質の一種)
Cer: 遊離セラミド(スフィンゴ脂質の一種)
PS: ホスファチジルセリン(ジアシル型グリセロリン脂質の一種)
PI: ホスファチジルイノシトール(ジアシル型グリセロリン脂質の一種)
PL: リン脂質
Pls: プラズマローゲン
PLA1: ホスホリパーゼA1
FFA:遊離脂肪酸(Free fatty acidを略してFFA)
【0018】
本発明は、上記の項1に記載の、動物組織からプラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴ脂質を製造する方法に係るものである。以下、各工程ごとに説明する。
【0019】
<工程(A)>
本発明においては、プラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴ脂質を製造する原材料として動物組織を用いる。動物組織には、組織の違いによって含有量の差こそあれ、プラズマローゲン型リン脂質(例えばEP、CP)及びスフィンゴ脂質(例えばSM)が含まれており、これらを濃縮、回収するための原材料として適している。特に、安価に大量入手できるもの、安全なもの、比較的プラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴ脂質が多く含まれるもの、が好ましい。例えば、食用として飼育される動物の組織であれば安価に大量入手が可能であり、安全であることから、好ましい。また、さらに好ましくは、食用とされる動物から食用部位が回収された後通常であれば廃棄されるような部分も利用できる。具体的には、牛、豚、鶏などの肉、皮、内臓、蹄(足)、等が挙げられる。
【0020】
特に、鶏は、永い食経験と、全人類一人に一羽とも言われる程多く飼育されており、好ましい。なかでも、従来採卵のために飼育されているレイヤーは、産卵期間が終了すると鶏肉として供給されているが、レイヤーの肉質は硬く締まっており、食品価値としては低い。しかし、レイヤーの肉は多くのプラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴ脂質を含有しており、特に本発明に用いる動物組織として好適である。
【0021】
なお、このような動物組織は、放置すると悪臭、伝染病等の原因ともなるため、特に食肉加工業界においてこれらの処理は重要な課題であり、これまでは手間と労力をかけ廃棄せざるを得なかったようなものをも有効利用できる点も、本発明の利点の1つである。
【0022】
本発明では、まず、動物組織に含有される成分をエタノールにより抽出する。当該動物組織に対して行われるエタノール抽出処理は、エタノールを抽出溶媒として使用し、通常の抽出方法によって実施される。なお、抽出に使用するエタノールは含水エタノールであってもよい。
【0023】
上記エタノール抽出処理における処理条件については、特に制限されないが、冷浸、温浸等の浸漬法、パーコレーション法等により行うことができる。好適な一例として、鶏ムネ肉にエタノールを加え、30℃で60分以上、好ましくは40℃で180分以上、静置又は撹拌を行う方法が例示される。
【0024】
なお、効率的な抽出を行うために、乾燥粉砕処理された動物組織を使用することが好ましい。また、用いるエタノール量は、プラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴ脂質が抽出され得るものであれば特に制限されず、適宜設定することができる。
また、抽出効率を高めるために、動物組織は、裁断、細切、粉砕等の処理を行っておくこともできる。
【0025】
例えば、乾燥処理された動物組織を1kgに対して、エタノールを例えば1〜10L、好ましくは1〜6L、さらに好ましくは2〜4L用いて行うことができる。
【0026】
得られたエタノール抽出液が、不溶物(固形分)を含む場合には、これを除去することが好ましい。除去は、通常の方法によって行えばよく、例えば遠心分離、ペーパーフィルターでの濾過、等の手法が挙げられる。なお、ペーパーフィルターは通常エタノール抽出物を濾過する際に用いるものを使用することができ、例えばADVANTEC(東洋濾紙会社)が挙げられる。
【0027】
得られたエタノール抽出液は、濃縮乾固した後、次の処理工程((B)工程)に供されることが好ましい。濃縮乾固は公知の方法に従って行うことができ、例えばエバポレーターを用いて行い得る。このようにしてエタノール抽出物(乾固物)が得られ、当該乾固物を(B)工程に供する。このようにして得られる乾固物を、以下(A)乾固物と称することがある。
【0028】
なお、(B)工程前に、当該(A)乾固物を水溶性ケトン系溶剤で処理し、中性脂質を除去してもよい(当該工程を(A2)工程とする)。このような処理としては、例えば、水溶性ケトン溶剤(その構造中にケトン基を有する水溶性の溶剤)と水との混合溶剤をエタノール抽出乾固物に添加し、撹拌した後遠心してもよいし、単一水溶性ケトン溶剤を添加し、撹拌した後遠心してもよい(すなわち、本発明で「水溶性ケトン系溶剤」とは、水溶性ケトン溶剤と水との混合溶剤、又は単一の水溶性ケトン溶剤、のいずれかを指す)。また、このようにして得られた沈殿に再度処理を行ってもよく、これらの処理は組み合わせて行う(例えば最初に水溶性ケトン溶剤と水との混合溶媒でエタノール抽出物を処理し、次に単一水溶性ケトン溶剤で処理する)こともできる。また、それぞれの処理を単独又は組み合わせて複数回行ってもよく、好ましくは1〜3回の処理を行う。
【0029】
使用する水溶性ケトン溶剤としては、プラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴ脂質を濃縮できるものであれば特に制限されないが、アセトン、メチルエチルケトン、ジエチルケトン、メチルプロピルケトン、エチルプロピルケトン、及びジプロピルケトンからなる群より選ばれる少なくとも1種であることが好ましく、なかでもアセトンが好ましい。なお、これらは、1種又は2種以上を組み合わせて用いることもできる。
【0030】
水溶性ケトン系溶剤として、水溶性ケトン溶剤と水との混合溶媒を用いる場合は、その混合割合は、特に制限されないが、(水溶性ケトン溶剤:水)の混合体積比が1:1〜1:0.1であることが好ましく、1:1〜1:0.5であることがより好ましい。
【0031】
処理に用いる水溶性ケトン系溶剤の量としては、(A)乾固物の量に応じて適宜設定することができる。例えば(A)乾固物100gに対し、50〜200mL、好ましくは50〜100mLである。
【0032】
このように水溶性ケトン系溶剤で処理した場合、当該処理後得られる不溶部(沈殿)を乾固し得られるものを(A2)乾固物とする。(A2)工程を行った場合は、この(A2)乾固物を次の工程(B)において(A)乾固物として用いる。
【0033】
<工程(B)>
次に、(A)乾固物は、当該乾固物中に含まれるジアシル型グリセロリン脂質を分解するための処理を行う工程に供される。当該分解は、加水分解であることが好ましい。加水分解されることで、分解物は疎水性が弱まり、脂質成分であるプラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴ脂質を分離濃縮することが容易になる。
【0034】
このような加水分解処理としては、例えばホスホリパーゼA1(PLA1)による処理が挙げられる。図1に示すように、PLA1はジアシル型リン脂質において、sn-1脂肪酸とグリセリン骨格との結合部を特異的に加水分解する。一方、図2に示すように、プラズマローゲン型リン脂質はsn1がエーテル結合であるため、PLA1の作用を受けない。よって、PLA1で処理することにより、ジアシル型グリセロリン脂質は分解されるが、プラズマローゲン型リン脂質は分解されない。また、スフィンゴ脂質であるスフィンゴミエリンもPLA1の作用を受けない。
【0035】
なお、PLA1により処理すれば、ジアシル型グリセロリン脂質は遊離脂肪酸及びリゾリン脂質へと分解される。プラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴミエリンと共存しているPEやPCなどのジアシル型グリセロリン脂質をPLA1でリゾ体へと変換し、遊離脂肪酸及びリゾリン脂質を除去することで、プラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴミエリン精製物を得ることができる(図3)。
【0036】
PLA1は、上述の効果が得られるものであれば、その由来等は特に制限されない。例えば、三菱化学フーズ株式会社等から購入可能である。
【0037】
また、その使用量も、用いるエタノール抽出物量((A)乾固物量)に応じて適宜設定することができる。好ましくは、0.2〜200unit/((A)乾固物1mg)を使用でき、さらに好ましくは 2〜200unit/((A)乾固物1mg)を使用できる。上述したように、(A2)工程を行った場合は、ここでの(A)乾固物は(A2)乾固物でもよい。(A2)乾固物を用いる場合は、酵素使用量を(A)乾固物を用いる場合の1/10にしてもよい。
【0038】
なお、1unitは、1分間当り1μmolの基質(ジアシル型グリセロリン脂質)を変化させる量(1μmol/min)を意味する。
【0039】
また、使用バッファーも使用するPLA1に応じて適宜選択できる。例えば0.1M クエン酸-HClバッファー(pH4.5)を用いることができる。この場合、(A)乾固物に当該バッファーを加えて溶解させてから、これにPLA1を加えればよい。また、使用バッファー量としては、酵素反応が進行し得るものであれば特に制限されないが、好ましくは(A)乾固物1gあたり1〜30mL、さらに好ましくは5〜15mL程度である。
【0040】
反応条件も適宜設定できるが、好ましくは50℃で撹拌しながら1〜2時間反応させる。
【0041】
なお、次工程に供する前に、酵素の失活処理を行っても良い。好ましくは、温度を70℃程度まで上昇させることで当該処理を行う。
【0042】
このようにして、ジアシル型グリセロリン脂質が分解された処理液を得ることができる。
【0043】
<工程(C)>
ジアシル型グリセロリン脂質が分解された処理液(以下「(B)処理液」と称することがある)は、水溶性ケトン系溶剤で処理し、酵素バッファー及び酵素タンパク質を除去する。
【0044】
水溶性ケトン系溶媒による処理方法としては、中性脂質が除去されるのであれば、特に制限はされず、水溶性ケトン溶剤と水との混合溶媒を(B)処理液に添加し、撹拌した後遠心してもよいし、単一水溶性ケトン溶剤を添加し、撹拌した後遠心してもよい。また、このようにして得られた沈殿に再度処理を行ってもよく、これらの処理は組み合わせて行う(例えば最初に水溶性ケトン溶剤と水との混合溶媒をエタノール抽出物で処理し、次に単一水溶性ケトン溶剤で処理する)こともできる。また、それぞれの処理を単独又は組み合わせて複数回(例えば1〜5回)行ってもよい。
【0045】
好ましくは、水溶性ケトン溶剤と水との混合溶媒で複数回(例えば2〜4回)(B)処理液を処理した後、単一水溶性ケトン溶剤で1又は2回処理する。例えば、水溶性ケトン溶剤と水との混合溶媒を(B)処理液に添加し、撹拌した後遠心する操作を2又は3回繰り返し、さらに単一水溶性ケトン溶剤を添加し、撹拌した後遠心するのが好ましい。
【0046】
使用する水溶性ケトン溶剤としては、プラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴ脂質を濃縮できるものであれば特に制限されないが、アセトン、メチルエチルケトン、ジエチルケトン、メチルプロピルケトン、エチルプロピルケトン、及びジプロピルケトンからなる群より選ばれる少なくとも1種であることが好ましく、なかでもアセトンが好ましい。なお、これらは、1種又は2種以上を組み合わせて用いることもできる。
【0047】
水溶性ケトン溶剤と水との混合溶媒を用いる場合は、その混合割合は特に制限されるものではないが、(水溶性ケトン溶剤:水)の混合体積比が1:1〜1:0.1であることが好ましく、1:1〜1:0.5であることがより好ましい。
【0048】
使用する水溶性ケトン系溶剤の量としては、例えば(A)乾固物100gに換算して、50〜200mL、好ましくは50〜100mLである。
【0049】
このようにして得られる沈殿(不溶部)を次の工程に供する。なお、当該沈殿を以下(C)沈殿と称することがある。
【0050】
<工程(D)>
こうして得られた不溶部((C)沈殿)には、疎水性物質としてプラズマローゲン型リン脂質とスフィンゴ脂質が高濃度で含まれている。これを、脂肪族炭化水素溶剤と水溶性ケトン溶剤との混合有機溶剤及び水で溶媒分配し、混合溶媒層(上層)を回収することで、高純度のプラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴ脂質を得ることができる。
【0051】
なお、(B)工程においてPLA1を用いてジアシル型グリセロリン脂質を加水分解した場合は、(C)沈殿には、リゾリン脂質も濃縮されており、水層(下層)を回収することで、高純度のリゾリン脂質を得ることもできる。
【0052】
用いる脂肪族炭化水素溶剤は、特に制限されないが、特に炭素数4〜10のアルカンの少なくとも1種が好ましく、炭素数5〜8のアルカンの少なくとも1種がより好ましい。なお、これらは1種又は2種以上を組み合わせて用いることもできる。
【0053】
水溶性ケトン溶剤も、特に制限されないが、アセトン、メチルエチルケトン、ジエチルケトン、メチルプロピルケトン、エチルプロピルケトン、及びジプロピルケトンからなる群より選ばれる少なくとも1種が好ましく、アセトンが特に好ましい。なお、これらは1種又は2種以上を組み合わせて用いることもできる。
【0054】
脂肪族炭化水素溶剤と水溶性ケトン溶剤との混合割合は、プラズマローゲン型リン脂質とスフィンゴ脂質を溶解し得るものであれば特に制限されないが、(脂肪族炭化水素系溶媒:水溶性ケトン溶剤)の混合体積比が3:7〜7:3であることが好ましく、4:6〜6:4であることがより好ましく、5:5であることがさらに好ましい。
【0055】
混合有機溶剤と水との混合割合は、特に制限されるものではないが、(混合溶剤:水)の混合体積比が20:2〜20:20であることが好ましく、20:2〜20:10であることがより好ましい。
【0056】
溶媒分配は公知の方法に従って行えばよく、例えば分液漏斗を用いるのが好適である。
【0057】
プラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴ脂質は、混合溶媒層(上層)に含まれる。これを公知の方法に従って濾過、濃縮乾固すれば、高濃度のプラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴ脂質を得ることができる。このようにして得られたプラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴ脂質は、抽出に毒性の極めて低い溶媒あるいは水しか用いていないため、食品や化粧品、医薬に利用するのに好適である。
【0058】
なお、ヘキサン/水で比率を1:2〜4:1程度にして分離する方法、あるいはクロロホルム/メタノール/水(8:4:3)や、ヘキサン/2-プロパノール(3:2)に0.7容の水を加える方法なども用いることができる。
【0059】
本発明により得られるプラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴ脂質を含有する食品、化粧品、医薬を摂取することで、様々な生理活性や薬理活性を発現することができる。具体的には、例えば、アトピー性皮膚炎の改善、認知症の予防又は改善、高血糖化の抑制、火傷皮膚の修復、血中コレステロールの低下、脂質の代謝促進等の機能が発揮される。
【0060】
またさらに、これまで得ることのできなかった程の高純度のプラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴ脂質を大量に提供することを可能とし、これらの物質の未知の機能解明に大きく寄与すると考えられる。
【実施例】
【0061】
以下、本発明を具体的に説明するが、本発明は下記の例に限定されるものではない。
【0062】
実施例1.動物組織試料(鶏皮)からのリン脂質画分分離
乾燥鶏皮1kgにエタノール2Lを加えて12時間、40℃で静置して抽出する工程を2回行い、得られた抽出液を濾紙で濾過後、濃縮乾固した。
【0063】
これに水30mLとアセトン60mL(すなわち67%アセトン)を加えて撹拌、遠心し、沈殿を回収した。この沈殿に水45mLとアセトン45mL(すなわち50%アセトン)を加えて撹拌、遠心し、沈殿を回収した。さらにこの沈殿にアセトン90mLを加えて撹拌、遠心し、沈殿を得、再度アセトン90mLを加えて撹拌、遠心し、沈殿を回収した。最終的に得られた沈殿は10gであり、当該沈殿を鶏皮リン脂質画分とした。なお、遠心は3000rpm×10minで行い、アセトン単一を用いたものは4℃、他は15℃で行なった。
【0064】
当該工程のフローチャートを図4に示す。また、エタノール抽出画分、67%アセトン可溶部、50%アセトン可溶部、アセトン可溶部、アセトン沈殿部(鶏皮リン脂質画分)、それぞれをTLC(薄層クロマトグラフィー)により解析した結果を図5に示す。TLCは次の条件で行った。なお、以下の例におけるTLCもこの条件で行った。
【0065】
プレート; シリカゲル60(25プレート、Merck社)
展開溶媒; クロロホルム/メタノール/水=65/25/4(体積比)
展開試料の使用量;エタノール抽出画分に換算して等体積となるようにした。(具体的には、抽出溶媒から等体積を分取して、窒素乾固してからエタノールに溶かして元の2μl相当量をスポットした)
【0066】
図5に示されるように、エタノール抽出画分はニンヒドリン試薬噴霧及び硫酸噴霧どちらにおいてもスポットが検出され、タンパク質及び脂質が多く含まれていることがわかった。また、このエタノール抽出画分が、67%アセトン、50%アセトン及びアセトンで処理されてタンパク質と中性脂質が除去され、アセトン沈殿部にはPE、PC、SMが濃縮されることがわかった。
【0067】
なお、ニンヒドリン試薬噴霧によるスポット検出は、0.25%ニンヒドリン試薬(Wako)を、噴霧器を用いてTLCプレート全体に噴霧し、120℃で30秒加熱することで行った。また、硫酸噴霧によるスポット検出は、50%硫酸も同様に噴霧し、150℃で15分加熱することで行った。
【0068】
実施例2.PLA1処理及び中性脂質の除去
実施例1で得た鶏皮リン脂質画分10gを、200mLのPLA1(ホスホリパーゼA1)酵素液(PLA1 10mg/mL[2unit/リン脂質画分mg]となるよう0.1Mクエン酸-HCl buffer (pH4.5)に溶解したもの;以下の例でも同様)に溶解し、50℃で撹拌しながら2時間反応させ、酵素反応液とした。なお、反応終了は、内部温度を70℃まで上昇させて酵素を失活させることで行った。その後、速やかに冷却した。また、操作は全て窒素ガスを封入して行なった。
【0069】
当該工程のフローチャートを図6に示す。
【0070】
このようにして得た酵素反応液から、バッファー及び酵素タンパク質を除去し、さらに中性脂質を除去するため、次の操作を行った。
【0071】
すなわち、上記のようにして得た酵素反応液を、遠心チューブに移し、アセトン120mL(酵素反応液の3/5体積)を加えて撹拌、遠心し(4℃、3000rpm×10分;本実施例において以下同様)、沈殿を回収した。この沈殿に水40mLとアセトン80mL(すなわち67%アセトン)を加えて撹拌、遠心して沈殿を回収した。(この操作により、バッファー及び酵素タンパク質を除去できる)。さらにこの沈殿にアセトン40mLを加えて撹拌、遠心するという操作を2回繰り返し、沈殿を回収した(この操作により、中性脂質を除去できる)。
【0072】
“PLA1処理及び中性脂質の除去”操作を行う前後の試料(すなわち、実施例1で得た鶏皮リン脂質画分、並びに、これをPLA1処理及び中性脂質の除去を行った沈殿)1mgをクロロホルム/メタノール(2:1, v/v)1mlに溶解してHPLC(10μl注入)で解析した結果を図7に示す。HPLCは次の条件で行った。なお、以下の例におけるHPLCもこの条件で行った。
【0073】
機器;Shimadzu LC-10AD
カラム;LiChrospher Diol 100(250-4, Merck社)(プレカラム無し)
溶媒;A液:ヘキサン/2-プロパノール/酢酸(82:17:1. v/v)+0.08%トリエチルアミン,B液:2-プロパノール/水/酢酸(85:14:1, v/v)+0.08%トリエチルアミン
流速;1.0ml/min
検出;ELSD蒸発光散乱検出器 (島津製作所,京都,日本)
【0074】
図7に示されるように、PLA1処理前に存在したPE、PC、PS、PIはPLA1処理により分解されていることがわかった。また、PLA1処理前には検出されなかったLPE、LPCが、PLA1処理後には検出されており、PLA1処理により、PE、PCがリゾリン脂質へと変換されたことがわかった。ジアシル型リン脂質におけるPLA1の分解位置は図1に示す。なお、図1には、PLA2(ホスホリパーゼA2)、PLC(ホスホリパーゼC)、PLD(ホスホリパーゼD)の分解位置も併せて示す。
【0075】
また、図2に示すように、プラズマローゲン型リン脂質はsn1がエーテル結合であるため、PLA1の作用を受けない。よって、PLA1で処理することにより、ジアシル型リン脂質は分解されるが、プラズマローゲン型リン脂質は分解されない。
【0076】
なお、PLA1処理及び中性脂質の除去を行った沈殿をヘキサン/アセトン溶液を加えて遠心し、沈殿を回収することにより、SMが濃縮した試料を得ることもできる。(上清にはプラズマローゲン型リン脂質が含まれる)
【0077】
実施例3.好適分離溶媒混合比率の検討
実施例2で最終的に得た沈殿から、さらにリゾリン脂質及び酵素タンパク質を除去し、高純度プラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴミエリンを回収するため、最適な分離溶媒を検討した。
【0078】
当該除去は、次の手順で行う。すなわち、まず、実施例2で最終的に得た沈殿を濃縮乾固したものにヘキサン/アセトン(H/A)を加えて溶解して、分液漏斗へ移し、さらに水(W)を加える(すなわち分液漏斗中の溶液はH/A/Wとなる)。これをよく撹拌して静置し、下層を除去する。これにさらに、除去した下層に含まれたアセトン/水(H/W)を等量添加し、よく撹拌して静置し、下層を除去する。そして、上層をペーパーフィルターで濾過し、濃縮乾固して高純度プラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴミエリン含有試料を得る。
【0079】
なお、実施例2でSM濃縮試料を得た場合も、遠心後の上清にプラズマローゲン型リン脂質がふくまれることから、当該上清を濃縮乾固し、当該工程に供することも可能である。
【0080】
具体的には、次のようにして行った。実施例2で最終的に得た沈殿を濃縮乾固したもの1gに80mLの割合でヘキサン/アセトン(H/A)(1:1)を加えて溶解し、分液漏斗へ移した。これに(ヘキサン/アセトン/水 (H/A/W)が1:1:0.3となるように)さらに水12mLを加え、よく撹拌して静置したところ、上層H/A(10:5)、下層A/W(5:3)に分離した。なお、上層中、下層中の溶媒比率は、ヘキサンは上層、水は下層、アセトンは上下両層に分配されることから、上層と下層の液量を測定し、比率を算出して求めた。以下も同様である。
【0081】
次に、下層を除去し、A/W(5:3)を32mL(すなわち除去した下層の溶媒と等量)加えて撹拌して静置し、下層を除去した。この上層をペーパーフィルターで濾過し、濃縮乾固した。当該濃縮乾固された画分1mgををクロロホルム/メタノール(2:1, v/v)1mlに溶解してHPLCで解析した結果を図8に示す。また、当該工程のフローチャートを図9に示す。図8でピンクに塗られたピークが、プラズマローゲン型リン脂質、スフィンゴリン脂質及びセラミドであり、当該ピンクピーク面積の合計は、全ピーク面積の合計の94%を占めた。このことから、当該工程により、鶏皮から高純度のプラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴリン脂質画分を回収できることがわかった。
【0082】
なお、SMは分子内の脂肪酸鎖長が多様であり、その違いにより極性が異なりピークが分かれ得る。具体的には、図8中、SM1は炭素数24の脂肪酸、SM3は炭素数16の脂肪酸、SM2はその間の炭素数の脂肪酸を有するSMである。また、遊離セラミド(Cer)は生体組織中でスフィンゴミエリンが分解されて生じる成分であり、動物の屠殺時期や飼育法の違い等によりその両成分の割合は変動するが、期待される生理機能は同等であると考えられており、今回は両成分の合計値を示した。
【0083】
実施例4.動物組織試料(鶏ムネ肉)からの、高純度プラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴ脂質含有画分分離
乾燥粉末鶏ムネ肉1kgにエタノール2Lを加えて40℃で静置12時間抽出を2回行い、得られた抽出液を濾紙で濾過後、濃縮乾固し、鶏ムネ肉リン脂質画分を調整した。
【0084】
当該濃縮乾固サンプル(約60g)にPLA1酵素液240mLを加え、50℃で撹拌しながら1時間反応させた。当該反応液を遠心チューブに移し、アセトン150mL(反応液の3/5体積)を加え、撹拌して遠心分離(3000rpm×10min)した。
【0085】
当該遠心分離で得た沈殿に水50mLとアセトン100mL(すなわち67%アセトン)を加えて撹拌、遠心し、沈殿を回収した。この沈殿に水20mLとアセトン80mL(すなわち80%アセトン)を加えて撹拌、遠心し、沈殿を回収した。
【0086】
さらに当該沈殿にアセトン100mLを加えて撹拌、遠心し、沈殿を得、再度アセトン100mLを加えて撹拌、遠心し、沈殿を回収した。
【0087】
このようにして得られた沈殿を濃縮乾固し、実施例3に記載の手順と同様にして、高純度のプラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴミエリン試料からリゾリン脂質を分離できる最適な分離溶媒を検討した。なお、以下、当該沈殿を濃縮乾固した試料を試料αと呼ぶことがある。
【0088】
すなわち、まず、沈殿を濃縮乾固したもの(試料α)にヘキサン/アセトン(H/A)を加えて溶解して、分液漏斗へ移し、さらに水(W)を加えた(すなわち分液漏斗中の溶液はH/A/Wとなる)。これをよく撹拌して静置し、下層を除去した。これにさらに、除去した下層に含まれたアセトン/水(H/W)を等量添加し、よく撹拌して静置し、下層を除去した。そして、上層をペーパーフィルターで濾過し、濃縮乾固して高純度プラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴミエリン含有試料を得られるかを検討した。
【0089】
具体的には、分液漏斗中の溶液H/A/Wの体積の比率が(14:6:5)、(14:6:3)、(10:10:5)、又は(10:10:3)の4通りについて検討した。なお、使用する試料αは一検討あたり1g、使用する溶媒量(H/A量)は、試料α1gあたりそれぞれ160mLとした(すなわち、分液漏斗中量(H/A/W量)は200mL、184mL、200mL、184mL)。
【0090】
なお、(14:6:5)のとき、上層はH/A(14:1)、下層はA/W(5:5)であり、
(14:6:3)のとき、上層はH/A(14:2)、下層はA/W(4:3)であり、
(10:10:5)のとき、上層はH/A(10:3)、下層はA/W(7:5)であり、
(10:10:3)のとき、上層はH/A(10:5)、下層はA/W(5:3)であった。
【0091】
一度分液漏斗の下層を除去して、除去したH/Wを等量添加し、撹拌静置した後、再度除去した下層を回収し、この内容物の解析をTLCによって行った。また、同時に上層の内容物の解析も行った。なお、TLCに供するにあたり、上層と下層ともに窒素ガスで乾固し、それぞれ等容のクロロホルム/メタノール(2:1)溶媒に溶解して、1/2000容をプレートにスポットした。
【0092】
結果を図10に示す。
【0093】
EP及びLPEはアミノ基を有するため、ニンヒドリン試薬噴霧により検出されるが、CP及びLPCは検出されない。また、これら4物質とも、炭素を有するため、50%硫酸噴霧により検出される。なお、LPEとCPは、TLCで分離した際、ほぼ同位置に検出されるため、50%硫酸噴霧の結果だけでは、検出されたスポットがLPEかCPか、あるいはこれらの混合物なのか分からない。ニンヒドリン試薬噴霧の結果と併せて検討し、ニンヒドリン試薬噴霧でスポットが検出できればLPEであり、スポットが検出できなければCPであることが確認できる。このように得られた結果を検討することで、H/A/W(10:10:3)の場合が、下層にロスするEPとCPが微量であり、かつLPEとLPCの除去効率が最大であることがわかった(図10)。
【0094】
またさらに、当該分液漏斗中溶液量比(H/A/W(10:10:3))において、さらに最適使用溶媒量を検討した。具体的には、当該分液漏斗中溶液量比において、使用溶媒量(H/A量)を試料α1gあたり160mL、80mL、32mLとして検討した(すなわち、分液漏斗中量(H/A/W量)は184mL、92mL、36.8mL)。
【0095】
一度分液漏斗の下層を除去して、除去したH/Wと等量のH/Wを添加し、撹拌静置した後、再度下層を除去してこれを回収し、この内容物の解析をTLCによって行った。また、同時に上層の内容物の解析も行った。図11に、ニンヒドリン試薬噴霧結果(イメージA)及びジットマー試薬噴霧(イメージB)の結果を示す。ニンヒドリン試薬により、エタノールアミンとセリンなどを有するアミノ脂質のみが検出され、ジットマー試薬により、全リン脂質成分が検出される。
【0096】
図11イメージA及びBに示されるように、いずれの溶媒量(H/A量)であっても、上層にはアミノ脂質であるプラズマローゲン型リン脂質(EP)が検出され、また、アミノ脂質ではないプラズマローゲン(CP)も検出された。また、下層では、PLA1処理により生成したLPE及びLPCが検出された。
【0097】
以上のことから、鶏ムネ肉から高純度のプラズマローゲン型リン脂質を回収できたことが確認できた。
また、鶏ムネ肉リン脂質画分、及び試料αを(H/A/W(10:10:3))の分離溶液で処理した画分をそれぞれ1gをクロロホルム/メタノール(2:1, v/v)1mlに溶解してHPLCで解析した結果を図12に示す。図12でピンクに塗られたピークが、プラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴリン脂質であり、イメージBでは当該ピンクピーク面積の合計は、全ピーク面積の合計の96%を占めた。このことから、当該工程により、鶏ムネ肉から高純度のプラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴリン脂質画分を回収できることがわかった。
【図面の簡単な説明】
【0098】
【図1】ジアシル型リン脂質(PE)の構造、及び各種酵素による切断部位を示す。
【図2】プラズマローゲン型リン脂質(EP)の構造を示す。
【図3】本願に係る動物組織からプラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴ脂質を製造する方法の、概要を示す。
【図4】乾燥鶏皮からリン脂質画分を抽出するためのプロトコールを示す。
【図5】鶏皮エタノール抽出物からアセトン沈殿により得られた画分をTLCで解析した結果を示す。
【図6】鶏皮リン脂質画分をPLA1処理するためのプロトコールを示す。
【図7】鶏皮リン脂質画分、及び当該画分をPLA1処理してアセトン沈殿した画分を、HPLCで解析した際の、クロマトグラムを示す。
【図8】本発明の方法(エタノール抽出、PLA1処理、アセトン沈殿、及び溶媒分配)により鶏皮から得られる高純度のプラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴリン脂質を含有する画分を、HPLC解析したときのクロマトグラムを示す。
【図9】PLA1処理後、アセトン沈殿及び溶媒分配を行うためのプロトコールを示す。
【図10】高純度のプラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴミエリン試料からリゾリン脂質を分離できる最適な分離溶媒を検討した結果を示す。
【図11】高純度のプラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴミエリン試料からリゾリン脂質を分離できる最適使用溶媒量を検討した結果を示す。
【図12】鶏ムネ肉リン脂質画分、及び当該画分をPLA1処理、アセトン沈殿及び溶媒分配した画分を、HPLCで解析した際の、クロマトグラムを示す。
【技術分野】
【0001】
本発明は、動物組織から、プラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴ脂質を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
脂質は、分子中に長鎖脂肪酸又は類似の炭化水素鎖をもち、生体内に存在するか、生物に由来する物質である。脂質は大まかに単純脂質・複合脂質・誘導脂質の3種類に分けられる。単純脂質とはアルコールと脂肪酸のエステルである。複合脂質は分子中にリン酸や糖を含む脂質で、一般にスフィンゴシンまたはグリセリンが骨格となる。誘導脂質は、単純脂質や複合脂質から、加水分解によって誘導される化合物である。
【0003】
複合脂質には、両親媒性を持つものが多く、細胞膜の脂質二重層の主要な構成要素であるほか、体内での情報伝達などに関わる。前述のように、複合脂質の骨格となる分子は一般的にグリセリンあるいはスフィンゴシンであるため、これらを基準としてグリセロ脂質とスフィンゴ脂質に分類される。
【0004】
グリセロリン脂質は、生体膜の構成成分として重要であるが、なかでもプラズマローゲン型リン脂質は、脳神経細胞や心筋に特徴的に多く含まれるリン脂質であり、コレステロールを含むリン脂質の酸化安定性に寄与しているとの報告、細胞の情報伝達システムに重要な役割を果たすとの報告の他、アルツハイマー病疾患の脳は健常者の脳に比べてプラズマローゲン型リン脂質量が30%近くも減量していることから(非特許文献1)、プラズマローゲン型リン脂質を飲食品や医薬品に含有させることにより、アルツハイマー病等の疾患を改善・予防することも提案されている(特許文献1、2)。
【0005】
しかしながら、プラズマローゲン型リン脂質含有脂質の抽出には、クロロホルムやメタノール等の溶媒を用いるため(引用文献1、2)抽出されたプラズマローゲン型リン脂質含有脂質を飲食品に含有させて摂取するには安全性に問題があった。
【0006】
また、凍結乾燥したホヤ、ヒトデなどの水産動物を粉砕し、アセトンやn−ヘキサン/エタノール/水を用いてプラズマローゲン型リン脂質を抽出する方法も報告されている(特許文献3)。しかし、原料となるホヤやヒトデを大量入手することは困難であり、安定供給するには問題があった。
【0007】
さらに、鶏表皮を処理し、プラズマローゲン型リン脂質やスフィンゴミエリン(代表的なスフィンゴ脂質)を回収する方法も報告されている(特許文献4)。しかし、その精製度合いは低いものであった。
【0008】
一方、スフィンゴ脂質は、細胞の分化や増殖、あるいは接着を調製・制御し、また、アトピー性皮膚炎を緩和し得、美肌効果を有する等といわれており、食品や化粧品、医薬品等に「セラミド」等と称されて含有されることもある。
【0009】
しかし、最大の供給源が牛脳であったことから、BSE問題の発生後は供給源を穀類や酵母に頼っているのが現状であり、これらから抽出されるスフィンゴ脂質は構成スフィンゴイド塩基の違いによりヒト体内での利用性が低いとされている。
【0010】
また、動物性製品由来の脂肪濃縮物からスフィンゴミエリンを抽出する方法が報告されている(特許文献5)。しかし当該方法は脂肪濃縮物を原料とするものであり、原料調達に手間及びコストがかかるものであった。
【0011】
このような状況下、安全な動物組織からプラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴ脂質を高純度で精製する技術の開発が待ち望まれていた。
【特許文献1】特開2003−3190号公報
【特許文献2】特開2003−12520号公報
【特許文献3】特開2007−262024号公報
【特許文献4】特開2006−232967号公報
【特許文献5】国際公開第94/18289号
【非特許文献1】L . G i n s b e r g e t a l . ,“ D i s e a s e a n d a n a t o m i c s p e c i f i c i t y o f e t h a n o la m i n e p l a s m a n o g e n d e f i c i e n c y i n A l z h e i m e r ' s d i s e a s e b r a i n .” , B r a i n R e s . , 1 9 9 5 ;6 9 8 : p . 2 2 3 - 2 2 6
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、安価に大量入手可能で、かつ安全な材料から、高純度のプラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴ脂質を製造する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、驚くべき事に、
動物組織からプラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴ脂質を製造する方法であって、
(A)プラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴ脂質を含有する動物組織に対して、エタノール抽出処理を行い、エタノール抽出物を得る工程、
(B)前記(A)工程で得たエタノール抽出物に含まれるジアシル型グリセロリン脂質を加水分解する工程、
(C)前記(B)工程で得た処理物を、水溶性ケトン系溶剤で処理し、不溶部を回収する工程、
(D)前記(C)工程で得た不溶部を、 脂肪族炭化水素溶剤と水溶性ケトン溶剤との混合有機溶剤、及び水、で溶媒分配し、混合有機溶剤部を回収する工程
を含む方法であれば、高純度のプラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴ脂質を製造できることを見出し、さらに改良を重ねて本発明を完成させるに至った。
【0014】
すなわち、本発明は以下の項1〜5の動物組織からプラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴ脂質を製造する方法に係るものである。
項1.
動物組織からプラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴ脂質を製造する方法であって、
(A)プラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴ脂質を含有する動物組織に対して、エタノール抽出処理を行い、エタノール抽出物を得る工程、
(B)前記(A)工程で得たエタノール抽出物に含まれるジアシル型グリセロリン脂質を加水分解する工程、
(C)前記(B)工程で得た処理物を、水溶性ケトン系溶剤で処理し、不溶部を回収する工程、
(D)前記(C)工程で得た不溶部を、 脂肪族炭化水素溶剤と水溶性ケトン溶剤との混合有機溶剤、及び水、で溶媒分配し、混合有機溶剤部を回収する工程
を含む、方法。
項2.
前記(B)工程が、
前記(A)工程で得られたエタノール抽出物をホスホリパーゼA1(PLA1)で処理し、ジアシル型グリセロリン脂質を加水分解する工程である、
項1に記載の方法。
項3.
前記(C)工程において、
水溶性ケトン系溶剤が、
アセトン、メチルエチルケトン、ジエチルケトン、メチルプロピルケトン、エチルプロピルケトン、及びジプロピルケトンからなる群より選ばれる少なくとも1種の水溶性ケトン溶剤であるか、
又は当該水溶性ケトン溶剤と水との混合溶剤である、
項1又は2に記載の方法。
項4.
前記(D)工程において、
脂肪族炭化水素溶媒が炭素数4〜10のアルカンの少なくとも1種であり、
水溶性ケトン溶剤が、アセトン、メチルエチルケトン、ジエチルケトン、メチルプロピルケトン、エチルプロピルケトン、及びジプロピルケトンからなる群より選ばれる少なくとも1種であり、
混合有機溶媒における(脂肪族炭化水素溶媒:水溶性ケトン溶剤)の混合体積比が3:7〜7:3である、
項1〜3のいずれかに記載の方法。
項5.
(A)工程後(B)工程前に
(A)工程で得られたエタノール抽出物を、水溶性ケトン系溶剤で処理し、不溶部を回収する工程((A2)工程)
を含み、
(B)工程において、(A2)工程で得られた不溶部をエタノール抽出物として用いる、
項1〜4のいずれかに記載の方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、安価に大量入手が可能な動物組織を材料とし、高純度のプラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴ脂質画分を製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明について、さらに詳細に説明する。
【0017】
なお、本発明の説明においては、次の略語を用いることがある。
PE: ホスファチジルエタノールアミン(ジアシル型グリセロリン脂質の一種)
PC: ホスファチジルコリン(ジアシル型グリセロリン脂質の一種)
EP: エタノールアミンプラズマローゲン
CP: コリンプラズマローゲン
SM: スフィンゴミエリン(スフィンゴリン脂質の一種)
LPE: リゾホスファチジルエタノールアミン(2-アシル型グリセロリン脂質の一種)
LPC: リゾホスファチジルコリン(2-アシル型グリセロリン脂質の一種)
Cer: 遊離セラミド(スフィンゴ脂質の一種)
PS: ホスファチジルセリン(ジアシル型グリセロリン脂質の一種)
PI: ホスファチジルイノシトール(ジアシル型グリセロリン脂質の一種)
PL: リン脂質
Pls: プラズマローゲン
PLA1: ホスホリパーゼA1
FFA:遊離脂肪酸(Free fatty acidを略してFFA)
【0018】
本発明は、上記の項1に記載の、動物組織からプラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴ脂質を製造する方法に係るものである。以下、各工程ごとに説明する。
【0019】
<工程(A)>
本発明においては、プラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴ脂質を製造する原材料として動物組織を用いる。動物組織には、組織の違いによって含有量の差こそあれ、プラズマローゲン型リン脂質(例えばEP、CP)及びスフィンゴ脂質(例えばSM)が含まれており、これらを濃縮、回収するための原材料として適している。特に、安価に大量入手できるもの、安全なもの、比較的プラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴ脂質が多く含まれるもの、が好ましい。例えば、食用として飼育される動物の組織であれば安価に大量入手が可能であり、安全であることから、好ましい。また、さらに好ましくは、食用とされる動物から食用部位が回収された後通常であれば廃棄されるような部分も利用できる。具体的には、牛、豚、鶏などの肉、皮、内臓、蹄(足)、等が挙げられる。
【0020】
特に、鶏は、永い食経験と、全人類一人に一羽とも言われる程多く飼育されており、好ましい。なかでも、従来採卵のために飼育されているレイヤーは、産卵期間が終了すると鶏肉として供給されているが、レイヤーの肉質は硬く締まっており、食品価値としては低い。しかし、レイヤーの肉は多くのプラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴ脂質を含有しており、特に本発明に用いる動物組織として好適である。
【0021】
なお、このような動物組織は、放置すると悪臭、伝染病等の原因ともなるため、特に食肉加工業界においてこれらの処理は重要な課題であり、これまでは手間と労力をかけ廃棄せざるを得なかったようなものをも有効利用できる点も、本発明の利点の1つである。
【0022】
本発明では、まず、動物組織に含有される成分をエタノールにより抽出する。当該動物組織に対して行われるエタノール抽出処理は、エタノールを抽出溶媒として使用し、通常の抽出方法によって実施される。なお、抽出に使用するエタノールは含水エタノールであってもよい。
【0023】
上記エタノール抽出処理における処理条件については、特に制限されないが、冷浸、温浸等の浸漬法、パーコレーション法等により行うことができる。好適な一例として、鶏ムネ肉にエタノールを加え、30℃で60分以上、好ましくは40℃で180分以上、静置又は撹拌を行う方法が例示される。
【0024】
なお、効率的な抽出を行うために、乾燥粉砕処理された動物組織を使用することが好ましい。また、用いるエタノール量は、プラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴ脂質が抽出され得るものであれば特に制限されず、適宜設定することができる。
また、抽出効率を高めるために、動物組織は、裁断、細切、粉砕等の処理を行っておくこともできる。
【0025】
例えば、乾燥処理された動物組織を1kgに対して、エタノールを例えば1〜10L、好ましくは1〜6L、さらに好ましくは2〜4L用いて行うことができる。
【0026】
得られたエタノール抽出液が、不溶物(固形分)を含む場合には、これを除去することが好ましい。除去は、通常の方法によって行えばよく、例えば遠心分離、ペーパーフィルターでの濾過、等の手法が挙げられる。なお、ペーパーフィルターは通常エタノール抽出物を濾過する際に用いるものを使用することができ、例えばADVANTEC(東洋濾紙会社)が挙げられる。
【0027】
得られたエタノール抽出液は、濃縮乾固した後、次の処理工程((B)工程)に供されることが好ましい。濃縮乾固は公知の方法に従って行うことができ、例えばエバポレーターを用いて行い得る。このようにしてエタノール抽出物(乾固物)が得られ、当該乾固物を(B)工程に供する。このようにして得られる乾固物を、以下(A)乾固物と称することがある。
【0028】
なお、(B)工程前に、当該(A)乾固物を水溶性ケトン系溶剤で処理し、中性脂質を除去してもよい(当該工程を(A2)工程とする)。このような処理としては、例えば、水溶性ケトン溶剤(その構造中にケトン基を有する水溶性の溶剤)と水との混合溶剤をエタノール抽出乾固物に添加し、撹拌した後遠心してもよいし、単一水溶性ケトン溶剤を添加し、撹拌した後遠心してもよい(すなわち、本発明で「水溶性ケトン系溶剤」とは、水溶性ケトン溶剤と水との混合溶剤、又は単一の水溶性ケトン溶剤、のいずれかを指す)。また、このようにして得られた沈殿に再度処理を行ってもよく、これらの処理は組み合わせて行う(例えば最初に水溶性ケトン溶剤と水との混合溶媒でエタノール抽出物を処理し、次に単一水溶性ケトン溶剤で処理する)こともできる。また、それぞれの処理を単独又は組み合わせて複数回行ってもよく、好ましくは1〜3回の処理を行う。
【0029】
使用する水溶性ケトン溶剤としては、プラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴ脂質を濃縮できるものであれば特に制限されないが、アセトン、メチルエチルケトン、ジエチルケトン、メチルプロピルケトン、エチルプロピルケトン、及びジプロピルケトンからなる群より選ばれる少なくとも1種であることが好ましく、なかでもアセトンが好ましい。なお、これらは、1種又は2種以上を組み合わせて用いることもできる。
【0030】
水溶性ケトン系溶剤として、水溶性ケトン溶剤と水との混合溶媒を用いる場合は、その混合割合は、特に制限されないが、(水溶性ケトン溶剤:水)の混合体積比が1:1〜1:0.1であることが好ましく、1:1〜1:0.5であることがより好ましい。
【0031】
処理に用いる水溶性ケトン系溶剤の量としては、(A)乾固物の量に応じて適宜設定することができる。例えば(A)乾固物100gに対し、50〜200mL、好ましくは50〜100mLである。
【0032】
このように水溶性ケトン系溶剤で処理した場合、当該処理後得られる不溶部(沈殿)を乾固し得られるものを(A2)乾固物とする。(A2)工程を行った場合は、この(A2)乾固物を次の工程(B)において(A)乾固物として用いる。
【0033】
<工程(B)>
次に、(A)乾固物は、当該乾固物中に含まれるジアシル型グリセロリン脂質を分解するための処理を行う工程に供される。当該分解は、加水分解であることが好ましい。加水分解されることで、分解物は疎水性が弱まり、脂質成分であるプラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴ脂質を分離濃縮することが容易になる。
【0034】
このような加水分解処理としては、例えばホスホリパーゼA1(PLA1)による処理が挙げられる。図1に示すように、PLA1はジアシル型リン脂質において、sn-1脂肪酸とグリセリン骨格との結合部を特異的に加水分解する。一方、図2に示すように、プラズマローゲン型リン脂質はsn1がエーテル結合であるため、PLA1の作用を受けない。よって、PLA1で処理することにより、ジアシル型グリセロリン脂質は分解されるが、プラズマローゲン型リン脂質は分解されない。また、スフィンゴ脂質であるスフィンゴミエリンもPLA1の作用を受けない。
【0035】
なお、PLA1により処理すれば、ジアシル型グリセロリン脂質は遊離脂肪酸及びリゾリン脂質へと分解される。プラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴミエリンと共存しているPEやPCなどのジアシル型グリセロリン脂質をPLA1でリゾ体へと変換し、遊離脂肪酸及びリゾリン脂質を除去することで、プラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴミエリン精製物を得ることができる(図3)。
【0036】
PLA1は、上述の効果が得られるものであれば、その由来等は特に制限されない。例えば、三菱化学フーズ株式会社等から購入可能である。
【0037】
また、その使用量も、用いるエタノール抽出物量((A)乾固物量)に応じて適宜設定することができる。好ましくは、0.2〜200unit/((A)乾固物1mg)を使用でき、さらに好ましくは 2〜200unit/((A)乾固物1mg)を使用できる。上述したように、(A2)工程を行った場合は、ここでの(A)乾固物は(A2)乾固物でもよい。(A2)乾固物を用いる場合は、酵素使用量を(A)乾固物を用いる場合の1/10にしてもよい。
【0038】
なお、1unitは、1分間当り1μmolの基質(ジアシル型グリセロリン脂質)を変化させる量(1μmol/min)を意味する。
【0039】
また、使用バッファーも使用するPLA1に応じて適宜選択できる。例えば0.1M クエン酸-HClバッファー(pH4.5)を用いることができる。この場合、(A)乾固物に当該バッファーを加えて溶解させてから、これにPLA1を加えればよい。また、使用バッファー量としては、酵素反応が進行し得るものであれば特に制限されないが、好ましくは(A)乾固物1gあたり1〜30mL、さらに好ましくは5〜15mL程度である。
【0040】
反応条件も適宜設定できるが、好ましくは50℃で撹拌しながら1〜2時間反応させる。
【0041】
なお、次工程に供する前に、酵素の失活処理を行っても良い。好ましくは、温度を70℃程度まで上昇させることで当該処理を行う。
【0042】
このようにして、ジアシル型グリセロリン脂質が分解された処理液を得ることができる。
【0043】
<工程(C)>
ジアシル型グリセロリン脂質が分解された処理液(以下「(B)処理液」と称することがある)は、水溶性ケトン系溶剤で処理し、酵素バッファー及び酵素タンパク質を除去する。
【0044】
水溶性ケトン系溶媒による処理方法としては、中性脂質が除去されるのであれば、特に制限はされず、水溶性ケトン溶剤と水との混合溶媒を(B)処理液に添加し、撹拌した後遠心してもよいし、単一水溶性ケトン溶剤を添加し、撹拌した後遠心してもよい。また、このようにして得られた沈殿に再度処理を行ってもよく、これらの処理は組み合わせて行う(例えば最初に水溶性ケトン溶剤と水との混合溶媒をエタノール抽出物で処理し、次に単一水溶性ケトン溶剤で処理する)こともできる。また、それぞれの処理を単独又は組み合わせて複数回(例えば1〜5回)行ってもよい。
【0045】
好ましくは、水溶性ケトン溶剤と水との混合溶媒で複数回(例えば2〜4回)(B)処理液を処理した後、単一水溶性ケトン溶剤で1又は2回処理する。例えば、水溶性ケトン溶剤と水との混合溶媒を(B)処理液に添加し、撹拌した後遠心する操作を2又は3回繰り返し、さらに単一水溶性ケトン溶剤を添加し、撹拌した後遠心するのが好ましい。
【0046】
使用する水溶性ケトン溶剤としては、プラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴ脂質を濃縮できるものであれば特に制限されないが、アセトン、メチルエチルケトン、ジエチルケトン、メチルプロピルケトン、エチルプロピルケトン、及びジプロピルケトンからなる群より選ばれる少なくとも1種であることが好ましく、なかでもアセトンが好ましい。なお、これらは、1種又は2種以上を組み合わせて用いることもできる。
【0047】
水溶性ケトン溶剤と水との混合溶媒を用いる場合は、その混合割合は特に制限されるものではないが、(水溶性ケトン溶剤:水)の混合体積比が1:1〜1:0.1であることが好ましく、1:1〜1:0.5であることがより好ましい。
【0048】
使用する水溶性ケトン系溶剤の量としては、例えば(A)乾固物100gに換算して、50〜200mL、好ましくは50〜100mLである。
【0049】
このようにして得られる沈殿(不溶部)を次の工程に供する。なお、当該沈殿を以下(C)沈殿と称することがある。
【0050】
<工程(D)>
こうして得られた不溶部((C)沈殿)には、疎水性物質としてプラズマローゲン型リン脂質とスフィンゴ脂質が高濃度で含まれている。これを、脂肪族炭化水素溶剤と水溶性ケトン溶剤との混合有機溶剤及び水で溶媒分配し、混合溶媒層(上層)を回収することで、高純度のプラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴ脂質を得ることができる。
【0051】
なお、(B)工程においてPLA1を用いてジアシル型グリセロリン脂質を加水分解した場合は、(C)沈殿には、リゾリン脂質も濃縮されており、水層(下層)を回収することで、高純度のリゾリン脂質を得ることもできる。
【0052】
用いる脂肪族炭化水素溶剤は、特に制限されないが、特に炭素数4〜10のアルカンの少なくとも1種が好ましく、炭素数5〜8のアルカンの少なくとも1種がより好ましい。なお、これらは1種又は2種以上を組み合わせて用いることもできる。
【0053】
水溶性ケトン溶剤も、特に制限されないが、アセトン、メチルエチルケトン、ジエチルケトン、メチルプロピルケトン、エチルプロピルケトン、及びジプロピルケトンからなる群より選ばれる少なくとも1種が好ましく、アセトンが特に好ましい。なお、これらは1種又は2種以上を組み合わせて用いることもできる。
【0054】
脂肪族炭化水素溶剤と水溶性ケトン溶剤との混合割合は、プラズマローゲン型リン脂質とスフィンゴ脂質を溶解し得るものであれば特に制限されないが、(脂肪族炭化水素系溶媒:水溶性ケトン溶剤)の混合体積比が3:7〜7:3であることが好ましく、4:6〜6:4であることがより好ましく、5:5であることがさらに好ましい。
【0055】
混合有機溶剤と水との混合割合は、特に制限されるものではないが、(混合溶剤:水)の混合体積比が20:2〜20:20であることが好ましく、20:2〜20:10であることがより好ましい。
【0056】
溶媒分配は公知の方法に従って行えばよく、例えば分液漏斗を用いるのが好適である。
【0057】
プラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴ脂質は、混合溶媒層(上層)に含まれる。これを公知の方法に従って濾過、濃縮乾固すれば、高濃度のプラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴ脂質を得ることができる。このようにして得られたプラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴ脂質は、抽出に毒性の極めて低い溶媒あるいは水しか用いていないため、食品や化粧品、医薬に利用するのに好適である。
【0058】
なお、ヘキサン/水で比率を1:2〜4:1程度にして分離する方法、あるいはクロロホルム/メタノール/水(8:4:3)や、ヘキサン/2-プロパノール(3:2)に0.7容の水を加える方法なども用いることができる。
【0059】
本発明により得られるプラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴ脂質を含有する食品、化粧品、医薬を摂取することで、様々な生理活性や薬理活性を発現することができる。具体的には、例えば、アトピー性皮膚炎の改善、認知症の予防又は改善、高血糖化の抑制、火傷皮膚の修復、血中コレステロールの低下、脂質の代謝促進等の機能が発揮される。
【0060】
またさらに、これまで得ることのできなかった程の高純度のプラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴ脂質を大量に提供することを可能とし、これらの物質の未知の機能解明に大きく寄与すると考えられる。
【実施例】
【0061】
以下、本発明を具体的に説明するが、本発明は下記の例に限定されるものではない。
【0062】
実施例1.動物組織試料(鶏皮)からのリン脂質画分分離
乾燥鶏皮1kgにエタノール2Lを加えて12時間、40℃で静置して抽出する工程を2回行い、得られた抽出液を濾紙で濾過後、濃縮乾固した。
【0063】
これに水30mLとアセトン60mL(すなわち67%アセトン)を加えて撹拌、遠心し、沈殿を回収した。この沈殿に水45mLとアセトン45mL(すなわち50%アセトン)を加えて撹拌、遠心し、沈殿を回収した。さらにこの沈殿にアセトン90mLを加えて撹拌、遠心し、沈殿を得、再度アセトン90mLを加えて撹拌、遠心し、沈殿を回収した。最終的に得られた沈殿は10gであり、当該沈殿を鶏皮リン脂質画分とした。なお、遠心は3000rpm×10minで行い、アセトン単一を用いたものは4℃、他は15℃で行なった。
【0064】
当該工程のフローチャートを図4に示す。また、エタノール抽出画分、67%アセトン可溶部、50%アセトン可溶部、アセトン可溶部、アセトン沈殿部(鶏皮リン脂質画分)、それぞれをTLC(薄層クロマトグラフィー)により解析した結果を図5に示す。TLCは次の条件で行った。なお、以下の例におけるTLCもこの条件で行った。
【0065】
プレート; シリカゲル60(25プレート、Merck社)
展開溶媒; クロロホルム/メタノール/水=65/25/4(体積比)
展開試料の使用量;エタノール抽出画分に換算して等体積となるようにした。(具体的には、抽出溶媒から等体積を分取して、窒素乾固してからエタノールに溶かして元の2μl相当量をスポットした)
【0066】
図5に示されるように、エタノール抽出画分はニンヒドリン試薬噴霧及び硫酸噴霧どちらにおいてもスポットが検出され、タンパク質及び脂質が多く含まれていることがわかった。また、このエタノール抽出画分が、67%アセトン、50%アセトン及びアセトンで処理されてタンパク質と中性脂質が除去され、アセトン沈殿部にはPE、PC、SMが濃縮されることがわかった。
【0067】
なお、ニンヒドリン試薬噴霧によるスポット検出は、0.25%ニンヒドリン試薬(Wako)を、噴霧器を用いてTLCプレート全体に噴霧し、120℃で30秒加熱することで行った。また、硫酸噴霧によるスポット検出は、50%硫酸も同様に噴霧し、150℃で15分加熱することで行った。
【0068】
実施例2.PLA1処理及び中性脂質の除去
実施例1で得た鶏皮リン脂質画分10gを、200mLのPLA1(ホスホリパーゼA1)酵素液(PLA1 10mg/mL[2unit/リン脂質画分mg]となるよう0.1Mクエン酸-HCl buffer (pH4.5)に溶解したもの;以下の例でも同様)に溶解し、50℃で撹拌しながら2時間反応させ、酵素反応液とした。なお、反応終了は、内部温度を70℃まで上昇させて酵素を失活させることで行った。その後、速やかに冷却した。また、操作は全て窒素ガスを封入して行なった。
【0069】
当該工程のフローチャートを図6に示す。
【0070】
このようにして得た酵素反応液から、バッファー及び酵素タンパク質を除去し、さらに中性脂質を除去するため、次の操作を行った。
【0071】
すなわち、上記のようにして得た酵素反応液を、遠心チューブに移し、アセトン120mL(酵素反応液の3/5体積)を加えて撹拌、遠心し(4℃、3000rpm×10分;本実施例において以下同様)、沈殿を回収した。この沈殿に水40mLとアセトン80mL(すなわち67%アセトン)を加えて撹拌、遠心して沈殿を回収した。(この操作により、バッファー及び酵素タンパク質を除去できる)。さらにこの沈殿にアセトン40mLを加えて撹拌、遠心するという操作を2回繰り返し、沈殿を回収した(この操作により、中性脂質を除去できる)。
【0072】
“PLA1処理及び中性脂質の除去”操作を行う前後の試料(すなわち、実施例1で得た鶏皮リン脂質画分、並びに、これをPLA1処理及び中性脂質の除去を行った沈殿)1mgをクロロホルム/メタノール(2:1, v/v)1mlに溶解してHPLC(10μl注入)で解析した結果を図7に示す。HPLCは次の条件で行った。なお、以下の例におけるHPLCもこの条件で行った。
【0073】
機器;Shimadzu LC-10AD
カラム;LiChrospher Diol 100(250-4, Merck社)(プレカラム無し)
溶媒;A液:ヘキサン/2-プロパノール/酢酸(82:17:1. v/v)+0.08%トリエチルアミン,B液:2-プロパノール/水/酢酸(85:14:1, v/v)+0.08%トリエチルアミン
流速;1.0ml/min
検出;ELSD蒸発光散乱検出器 (島津製作所,京都,日本)
【0074】
図7に示されるように、PLA1処理前に存在したPE、PC、PS、PIはPLA1処理により分解されていることがわかった。また、PLA1処理前には検出されなかったLPE、LPCが、PLA1処理後には検出されており、PLA1処理により、PE、PCがリゾリン脂質へと変換されたことがわかった。ジアシル型リン脂質におけるPLA1の分解位置は図1に示す。なお、図1には、PLA2(ホスホリパーゼA2)、PLC(ホスホリパーゼC)、PLD(ホスホリパーゼD)の分解位置も併せて示す。
【0075】
また、図2に示すように、プラズマローゲン型リン脂質はsn1がエーテル結合であるため、PLA1の作用を受けない。よって、PLA1で処理することにより、ジアシル型リン脂質は分解されるが、プラズマローゲン型リン脂質は分解されない。
【0076】
なお、PLA1処理及び中性脂質の除去を行った沈殿をヘキサン/アセトン溶液を加えて遠心し、沈殿を回収することにより、SMが濃縮した試料を得ることもできる。(上清にはプラズマローゲン型リン脂質が含まれる)
【0077】
実施例3.好適分離溶媒混合比率の検討
実施例2で最終的に得た沈殿から、さらにリゾリン脂質及び酵素タンパク質を除去し、高純度プラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴミエリンを回収するため、最適な分離溶媒を検討した。
【0078】
当該除去は、次の手順で行う。すなわち、まず、実施例2で最終的に得た沈殿を濃縮乾固したものにヘキサン/アセトン(H/A)を加えて溶解して、分液漏斗へ移し、さらに水(W)を加える(すなわち分液漏斗中の溶液はH/A/Wとなる)。これをよく撹拌して静置し、下層を除去する。これにさらに、除去した下層に含まれたアセトン/水(H/W)を等量添加し、よく撹拌して静置し、下層を除去する。そして、上層をペーパーフィルターで濾過し、濃縮乾固して高純度プラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴミエリン含有試料を得る。
【0079】
なお、実施例2でSM濃縮試料を得た場合も、遠心後の上清にプラズマローゲン型リン脂質がふくまれることから、当該上清を濃縮乾固し、当該工程に供することも可能である。
【0080】
具体的には、次のようにして行った。実施例2で最終的に得た沈殿を濃縮乾固したもの1gに80mLの割合でヘキサン/アセトン(H/A)(1:1)を加えて溶解し、分液漏斗へ移した。これに(ヘキサン/アセトン/水 (H/A/W)が1:1:0.3となるように)さらに水12mLを加え、よく撹拌して静置したところ、上層H/A(10:5)、下層A/W(5:3)に分離した。なお、上層中、下層中の溶媒比率は、ヘキサンは上層、水は下層、アセトンは上下両層に分配されることから、上層と下層の液量を測定し、比率を算出して求めた。以下も同様である。
【0081】
次に、下層を除去し、A/W(5:3)を32mL(すなわち除去した下層の溶媒と等量)加えて撹拌して静置し、下層を除去した。この上層をペーパーフィルターで濾過し、濃縮乾固した。当該濃縮乾固された画分1mgををクロロホルム/メタノール(2:1, v/v)1mlに溶解してHPLCで解析した結果を図8に示す。また、当該工程のフローチャートを図9に示す。図8でピンクに塗られたピークが、プラズマローゲン型リン脂質、スフィンゴリン脂質及びセラミドであり、当該ピンクピーク面積の合計は、全ピーク面積の合計の94%を占めた。このことから、当該工程により、鶏皮から高純度のプラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴリン脂質画分を回収できることがわかった。
【0082】
なお、SMは分子内の脂肪酸鎖長が多様であり、その違いにより極性が異なりピークが分かれ得る。具体的には、図8中、SM1は炭素数24の脂肪酸、SM3は炭素数16の脂肪酸、SM2はその間の炭素数の脂肪酸を有するSMである。また、遊離セラミド(Cer)は生体組織中でスフィンゴミエリンが分解されて生じる成分であり、動物の屠殺時期や飼育法の違い等によりその両成分の割合は変動するが、期待される生理機能は同等であると考えられており、今回は両成分の合計値を示した。
【0083】
実施例4.動物組織試料(鶏ムネ肉)からの、高純度プラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴ脂質含有画分分離
乾燥粉末鶏ムネ肉1kgにエタノール2Lを加えて40℃で静置12時間抽出を2回行い、得られた抽出液を濾紙で濾過後、濃縮乾固し、鶏ムネ肉リン脂質画分を調整した。
【0084】
当該濃縮乾固サンプル(約60g)にPLA1酵素液240mLを加え、50℃で撹拌しながら1時間反応させた。当該反応液を遠心チューブに移し、アセトン150mL(反応液の3/5体積)を加え、撹拌して遠心分離(3000rpm×10min)した。
【0085】
当該遠心分離で得た沈殿に水50mLとアセトン100mL(すなわち67%アセトン)を加えて撹拌、遠心し、沈殿を回収した。この沈殿に水20mLとアセトン80mL(すなわち80%アセトン)を加えて撹拌、遠心し、沈殿を回収した。
【0086】
さらに当該沈殿にアセトン100mLを加えて撹拌、遠心し、沈殿を得、再度アセトン100mLを加えて撹拌、遠心し、沈殿を回収した。
【0087】
このようにして得られた沈殿を濃縮乾固し、実施例3に記載の手順と同様にして、高純度のプラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴミエリン試料からリゾリン脂質を分離できる最適な分離溶媒を検討した。なお、以下、当該沈殿を濃縮乾固した試料を試料αと呼ぶことがある。
【0088】
すなわち、まず、沈殿を濃縮乾固したもの(試料α)にヘキサン/アセトン(H/A)を加えて溶解して、分液漏斗へ移し、さらに水(W)を加えた(すなわち分液漏斗中の溶液はH/A/Wとなる)。これをよく撹拌して静置し、下層を除去した。これにさらに、除去した下層に含まれたアセトン/水(H/W)を等量添加し、よく撹拌して静置し、下層を除去した。そして、上層をペーパーフィルターで濾過し、濃縮乾固して高純度プラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴミエリン含有試料を得られるかを検討した。
【0089】
具体的には、分液漏斗中の溶液H/A/Wの体積の比率が(14:6:5)、(14:6:3)、(10:10:5)、又は(10:10:3)の4通りについて検討した。なお、使用する試料αは一検討あたり1g、使用する溶媒量(H/A量)は、試料α1gあたりそれぞれ160mLとした(すなわち、分液漏斗中量(H/A/W量)は200mL、184mL、200mL、184mL)。
【0090】
なお、(14:6:5)のとき、上層はH/A(14:1)、下層はA/W(5:5)であり、
(14:6:3)のとき、上層はH/A(14:2)、下層はA/W(4:3)であり、
(10:10:5)のとき、上層はH/A(10:3)、下層はA/W(7:5)であり、
(10:10:3)のとき、上層はH/A(10:5)、下層はA/W(5:3)であった。
【0091】
一度分液漏斗の下層を除去して、除去したH/Wを等量添加し、撹拌静置した後、再度除去した下層を回収し、この内容物の解析をTLCによって行った。また、同時に上層の内容物の解析も行った。なお、TLCに供するにあたり、上層と下層ともに窒素ガスで乾固し、それぞれ等容のクロロホルム/メタノール(2:1)溶媒に溶解して、1/2000容をプレートにスポットした。
【0092】
結果を図10に示す。
【0093】
EP及びLPEはアミノ基を有するため、ニンヒドリン試薬噴霧により検出されるが、CP及びLPCは検出されない。また、これら4物質とも、炭素を有するため、50%硫酸噴霧により検出される。なお、LPEとCPは、TLCで分離した際、ほぼ同位置に検出されるため、50%硫酸噴霧の結果だけでは、検出されたスポットがLPEかCPか、あるいはこれらの混合物なのか分からない。ニンヒドリン試薬噴霧の結果と併せて検討し、ニンヒドリン試薬噴霧でスポットが検出できればLPEであり、スポットが検出できなければCPであることが確認できる。このように得られた結果を検討することで、H/A/W(10:10:3)の場合が、下層にロスするEPとCPが微量であり、かつLPEとLPCの除去効率が最大であることがわかった(図10)。
【0094】
またさらに、当該分液漏斗中溶液量比(H/A/W(10:10:3))において、さらに最適使用溶媒量を検討した。具体的には、当該分液漏斗中溶液量比において、使用溶媒量(H/A量)を試料α1gあたり160mL、80mL、32mLとして検討した(すなわち、分液漏斗中量(H/A/W量)は184mL、92mL、36.8mL)。
【0095】
一度分液漏斗の下層を除去して、除去したH/Wと等量のH/Wを添加し、撹拌静置した後、再度下層を除去してこれを回収し、この内容物の解析をTLCによって行った。また、同時に上層の内容物の解析も行った。図11に、ニンヒドリン試薬噴霧結果(イメージA)及びジットマー試薬噴霧(イメージB)の結果を示す。ニンヒドリン試薬により、エタノールアミンとセリンなどを有するアミノ脂質のみが検出され、ジットマー試薬により、全リン脂質成分が検出される。
【0096】
図11イメージA及びBに示されるように、いずれの溶媒量(H/A量)であっても、上層にはアミノ脂質であるプラズマローゲン型リン脂質(EP)が検出され、また、アミノ脂質ではないプラズマローゲン(CP)も検出された。また、下層では、PLA1処理により生成したLPE及びLPCが検出された。
【0097】
以上のことから、鶏ムネ肉から高純度のプラズマローゲン型リン脂質を回収できたことが確認できた。
また、鶏ムネ肉リン脂質画分、及び試料αを(H/A/W(10:10:3))の分離溶液で処理した画分をそれぞれ1gをクロロホルム/メタノール(2:1, v/v)1mlに溶解してHPLCで解析した結果を図12に示す。図12でピンクに塗られたピークが、プラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴリン脂質であり、イメージBでは当該ピンクピーク面積の合計は、全ピーク面積の合計の96%を占めた。このことから、当該工程により、鶏ムネ肉から高純度のプラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴリン脂質画分を回収できることがわかった。
【図面の簡単な説明】
【0098】
【図1】ジアシル型リン脂質(PE)の構造、及び各種酵素による切断部位を示す。
【図2】プラズマローゲン型リン脂質(EP)の構造を示す。
【図3】本願に係る動物組織からプラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴ脂質を製造する方法の、概要を示す。
【図4】乾燥鶏皮からリン脂質画分を抽出するためのプロトコールを示す。
【図5】鶏皮エタノール抽出物からアセトン沈殿により得られた画分をTLCで解析した結果を示す。
【図6】鶏皮リン脂質画分をPLA1処理するためのプロトコールを示す。
【図7】鶏皮リン脂質画分、及び当該画分をPLA1処理してアセトン沈殿した画分を、HPLCで解析した際の、クロマトグラムを示す。
【図8】本発明の方法(エタノール抽出、PLA1処理、アセトン沈殿、及び溶媒分配)により鶏皮から得られる高純度のプラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴリン脂質を含有する画分を、HPLC解析したときのクロマトグラムを示す。
【図9】PLA1処理後、アセトン沈殿及び溶媒分配を行うためのプロトコールを示す。
【図10】高純度のプラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴミエリン試料からリゾリン脂質を分離できる最適な分離溶媒を検討した結果を示す。
【図11】高純度のプラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴミエリン試料からリゾリン脂質を分離できる最適使用溶媒量を検討した結果を示す。
【図12】鶏ムネ肉リン脂質画分、及び当該画分をPLA1処理、アセトン沈殿及び溶媒分配した画分を、HPLCで解析した際の、クロマトグラムを示す。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
動物組織からプラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴ脂質を製造する方法であって、
(A)プラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴ脂質を含有する動物組織に対して、エタノール抽出処理を行い、エタノール抽出物を得る工程、
(B)前記(A)工程で得たエタノール抽出物に含まれるジアシル型グリセロリン脂質を加水分解する工程、
(C)前記(B)工程で得た処理物を、水溶性ケトン系溶剤で処理し、不溶部を回収する工程、
(D)前記(C)工程で得た不溶部を、 脂肪族炭化水素溶剤と水溶性ケトン溶剤との混合有機溶剤、及び水、で溶媒分配し、混合有機溶剤部を回収する工程
を含む、方法。
【請求項2】
前記(B)工程が、
前記(A)工程で得られたエタノール抽出物をホスホリパーゼA1(PLA1)で処理し、ジアシル型グリセロリン脂質を加水分解する工程である、
請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記(C)工程において、
水溶性ケトン系溶剤が、
アセトン、メチルエチルケトン、ジエチルケトン、メチルプロピルケトン、エチルプロピルケトン、及びジプロピルケトンからなる群より選ばれる少なくとも1種の水溶性ケトン溶剤であるか、
又は当該水溶性ケトン溶剤と水との混合溶剤である、
請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記(D)工程において、
脂肪族炭化水素溶媒が炭素数4〜10のアルカンの少なくとも1種であり、
水溶性ケトン溶剤が、アセトン、メチルエチルケトン、ジエチルケトン、メチルプロピルケトン、エチルプロピルケトン、及びジプロピルケトンからなる群より選ばれる少なくとも1種であり、
混合有機溶媒における(脂肪族炭化水素溶媒:水溶性ケトン溶剤)の混合体積比が3:7〜7:3である、
請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
(A)工程後(B)工程前に
(A)工程で得られたエタノール抽出物を、水溶性ケトン系溶剤で処理し、不溶部を回収する工程((A2)工程)
を含み、
(B)工程において、(A2)工程で得られた不溶部をエタノール抽出物として用いる、
請求項1〜4のいずれかに記載の方法。
【請求項1】
動物組織からプラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴ脂質を製造する方法であって、
(A)プラズマローゲン型リン脂質及びスフィンゴ脂質を含有する動物組織に対して、エタノール抽出処理を行い、エタノール抽出物を得る工程、
(B)前記(A)工程で得たエタノール抽出物に含まれるジアシル型グリセロリン脂質を加水分解する工程、
(C)前記(B)工程で得た処理物を、水溶性ケトン系溶剤で処理し、不溶部を回収する工程、
(D)前記(C)工程で得た不溶部を、 脂肪族炭化水素溶剤と水溶性ケトン溶剤との混合有機溶剤、及び水、で溶媒分配し、混合有機溶剤部を回収する工程
を含む、方法。
【請求項2】
前記(B)工程が、
前記(A)工程で得られたエタノール抽出物をホスホリパーゼA1(PLA1)で処理し、ジアシル型グリセロリン脂質を加水分解する工程である、
請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記(C)工程において、
水溶性ケトン系溶剤が、
アセトン、メチルエチルケトン、ジエチルケトン、メチルプロピルケトン、エチルプロピルケトン、及びジプロピルケトンからなる群より選ばれる少なくとも1種の水溶性ケトン溶剤であるか、
又は当該水溶性ケトン溶剤と水との混合溶剤である、
請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記(D)工程において、
脂肪族炭化水素溶媒が炭素数4〜10のアルカンの少なくとも1種であり、
水溶性ケトン溶剤が、アセトン、メチルエチルケトン、ジエチルケトン、メチルプロピルケトン、エチルプロピルケトン、及びジプロピルケトンからなる群より選ばれる少なくとも1種であり、
混合有機溶媒における(脂肪族炭化水素溶媒:水溶性ケトン溶剤)の混合体積比が3:7〜7:3である、
請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
(A)工程後(B)工程前に
(A)工程で得られたエタノール抽出物を、水溶性ケトン系溶剤で処理し、不溶部を回収する工程((A2)工程)
を含み、
(B)工程において、(A2)工程で得られた不溶部をエタノール抽出物として用いる、
請求項1〜4のいずれかに記載の方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2010−65167(P2010−65167A)
【公開日】平成22年3月25日(2010.3.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−233864(P2008−233864)
【出願日】平成20年9月11日(2008.9.11)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構「民間実用化研究促進事業/親鶏由来の機能性リン脂質群の分離とその含有食品の製造」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(591105801)丸大食品株式会社 (19)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年3月25日(2010.3.25)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年9月11日(2008.9.11)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構「民間実用化研究促進事業/親鶏由来の機能性リン脂質群の分離とその含有食品の製造」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(591105801)丸大食品株式会社 (19)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]