説明

プラズマ質量分析装置

【課題】プラズマのイオン密度を低減して、イオンビーム中に含有される被分析物元素のイオンの量を増加させ、分析装置としての感度の向上を図る。
【解決手段】スキマーコーン33の背面側でプラズマの側方への広がりを制限するように軸線方向に沿ってプラズマを包囲して延びる側壁35と、当該側壁35の後側に位置してイオンビームを通過可能にした開口57を備えた第1の電極53の平坦部56とによって画定される小衝突室36が設けられる。当該小衝突室36では、追加のガスを導入することなく、その内部の圧力が高められるので、イオンと電子の衝突・再結合によってアルゴンイオンが中和されプラズマのイオン密度が低減される。これによって、イオンの引出・輸送時のビーム径が比較的小さく抑えられる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被分析試料を投入したプラズマからイオンビームを取り出し、被分析試料に含有される元素の質量スペクトル分析を行うプラズマ質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
無機元素を高精度で分析するための分析装置として、プラズマ質量分析装置が知られている。この装置は、プラズマトーチ上に形成したプラズマ内に霧化又は微粒化等された被分析試料を投入して、それに含有される元素をイオン化し、その後、プラズマ中に存在するイオンをイオンビームの形で抽出して、イオンビームを構成するイオンの質量スペクトル分析を行うものである。試料が投入されるプラズマとしては、プラズマトーチに隣接したコイルから提供される高周波の電磁場をエネルギー源として生成される誘導結合プラズマ(ICP)、或いは、プラズマトーチ先端に導入されるマイクロ波によって生成されるマイクロ波プラズマが利用される。
【0003】
当該装置は、生成されたプラズマから、その一部を抽出するためのインタフェースを備える。通常、インタフェースは、サンプリングコーン及びスキマーコーンの2つのコーン部品から成る。これらのコーン部品は、プラズマトーチ側に向いた円錐状の突出部を有し、それらの先端位置に小孔を備える。プラズマトーチ上に形成したプラズマの一部は、これらの小孔を通過するようにして下流側に置かれるスキマーコーンの背面側に抽出される。
【0004】
抽出されたプラズマ中に存在するイオンは、イオンレンズ部の前段に位置する引出電極によってイオンビームの形で取り出される。引出電極は、負の電位に設定される電極を含み、当該電極によって形成される電場によって、プラズマ中の正イオンを引き出す。
【0005】
さらに、引き出されたイオンは、偏向イオンレンズ及びイオンガイド等のイオン光学系を通過して、その後段に位置するイオン分離部に送られる。イオン分離部では、特定のイオンのみが後段の検出器に達するよう、質量電荷比に基づいてイオンを選別・分離する。典型的には、イオン分離部は、四重極等の多重極構造を有する。
【0006】
近年、かかるプラズマ質量分析装置では、分析精度向上のため、質量スペクトル分析の際に他の特定のイオンと干渉を生じるところの、キャリアガスの元素を含む多原子から成るイオン(干渉イオン)を除去することが要求されている。
【0007】
かかる課題は、第1には、イオンがイオン分離部に達する前の段階で、追加して導入されるガスとの間で衝突/反応の相互作用を生ぜしめることで解決され得る(特許文献1、特許文献2、特許文献3)。典型的には、プラズマの主成分となるイオンを生成するキャリアガスは、アルゴンガスとされるので、多原子イオンは、アルゴンを含む複合型のイオンとなる。当該多原子イオンは、追加のガスの分子との衝突による減速、或いは電荷移動等の反応を生じることで、分離又は分解されてイオンビームから脱離される。
【0008】
追加のガスの導入位置は、例えば、インタフェースを構成するコーン部品の内部(特許文献1)、インタフェースの直後(特許文献2[特に図4の例]、特許文献3)、及びイオン光学系を構成する要素内(特許文献3)等の種々の場合がある。典型的には、追加のガスは、水素ガス、ヘリウムガス、アンモニア、アルゴン又はそれらの複数種から成る混合ガス等が利用される。
【0009】
課題解決のための第2の方法として、プラズマを抽出する過程の中で、比較的低真空、すなわち圧力が比較的高い領域を形成し、当該領域内で多原子イオンを気体分子と衝突させることにより、その分離・分解を促す方法がある(特許文献2[特に、図2及び図3の例]、特許文献4)。かかる領域は、例えば、インタフェースを構成するコーン部品の小孔内の比較的小さな容積部分(特許文献4)、及びインタフェースを構成するスキマーコーンの直後の比較的大きな容積部分(特許文献2)とすることができる。
【特許文献1】特表2005−535071号
【特許文献2】特表2005−519450号
【特許文献3】特表平11−509036号
【特許文献4】特開平10−40857号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
プラズマ質量分析装置では、イオン検出のための更なる高感度化が求められている。特に、被分析試料として、高マトリクス試料を分析する要求がある。高マトリクス試料とは、被分析元素以外に高濃度の金属塩他の水溶性物質を含む試料をいう。代表的な高マトリクス試料として、海水が挙げられる。
【0011】
高マトリクス試料の分析の場合、装置内部の汚染等の弊害を避けるために、少なくとも装置内のインタフェースよりも上流の位置で試料を希釈する必要が生じる。これは、マトリクス元素が装置内に多量に侵入すると、それらは、プラズマトーチの端部等に析出して分析結果に誤差を生じ、或いはインタフェースを構成するコーン部品の小孔周辺に析出して、当該小孔を閉塞させて、分析を中断させてしまう等の不都合を生じるからである。希釈作用を伴う場合、検出器に達することのできる被分析元素イオンが少量となってしまうことが想定されるため、必要な感度を確保するための改良が望まれる。
【0012】
特に、出願人は、キャリアガスの流量を含む複数のパラメータを制御して、高マトリクス試料を、液体の状態で希釈することなく、そのまま装置に導入して分析できるようにした装置を提案しており、本願に先立って平成18年8月11日に特願2006−219520号として特許出願を行っている。当該発明によれば、マトリクス濃度に応じた適切なパラメータの組が予め用意されており、分析試料によって適切なパラメータの組を選択することにより、装置内の汚染等の弊害を生じることなく、種々のマトリクス濃度試料を再現性良く、連続分析することができる。
【0013】
当該出願に係る発明では、マトリクス濃度が高い試料ほど、キャリアガスの流量が少なくなる傾向にしてパラメータが設定されている。また、各パラメータの組は、プラズマの温度が高い領域で選定されている。そのような状態では、プラズマを構成する主たる元素(たとえばアルゴン)のイオン化効率が上昇し、電子密度およびイオン密度が比較的高いプラズマが形成される。
【0014】
かかる密度の高いプラズマからイオンを取り出した場合、イオン間に比較的強いクーロン相互作用を生じる。したがって、そのようなプラズマから、引出電極部によってイオンビームを形成する場合、クーロン相互作用によってビーム径が広がってしまい、イオンの透過効率が悪くなり、イオン分離部に達することのできる被分析元素イオンの量が少なくなってしまうために、感度が低下してしまう。
【0015】
前述した従来の技術のようにインタフェースの周辺でプラズマに対して追加のガスを反応させる場合(特許文献1、特許文献2、特許文献3)には、追加のガスの分子がプラズマを構成するイオンとの間で反応を生じるとしても、プラズマの全体のイオン密度を下げる効果は小さく、また、不本意に減らされる被分析試料のイオンの量も多くなり、分析感度は低下してしまう。
【0016】
また、インタフェースを構成するコーン部品の小孔の内側で真空度を低くする(圧力を高くする)手法(特許文献4)では、同時にイオンと電子との衝突/再結合も生じると考えられるが、衝突に利用される空間の容積が極めて小さいため、プラズマ中のイオン密度を下げ、かつ被分析試料のイオン量を維持するよう圧力を制御することは難しい。
【0017】
さらに、インタフェースを構成するスキマーコーンの直後に比較的大きな容積を有する衝突空間を持たせる場合(特許文献2)にも、イオンと電子との衝突/再結合が生じるかも知れないが、イオンビームの引き出し位置が衝突空間内にあるために、被分析物元素イオンが衝突空間を抜ける可能性が比較的小さくなり、その結果、不本意に失われる被分析元素イオンの量が増大し、感度の損失を生じ得る。
【0018】
したがって、本発明は、プラズマ分析装置における感度の向上を目的とし、特に、インタフェースを介して抽出したプラズマのイオン密度を低減して、イオンビーム中に含有される被分析物元素のイオンの量を増加させることにより、感度の向上を図ることをその目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明では、上述の課題を解決するために、イオンビームを形成する前の段階で、アルゴンイオンの一部を中和して、抽出したプラズマのイオン密度を低減するようにする。出願人は、インタフェースを介して抽出したプラズマを、それが占める容積に比して比較的小さな部屋に閉じ込めることによって、被分析元素イオンの量を大きく減らすことなく、アルゴンイオンをより大きな割合で減らすことができることを見出した。これは、抽出したプラズマについて、若干温度を下げた状態でイオンと電子との衝突を促すことにより、被分析元素イオンよりもイオン化エネルギーの高いアルゴンのイオンを選択的に中和することができるためと考えられる。
【0020】
すなわち、本発明は、被分析試料が投入されるアルゴンガスのプラズマを発生するプラズマ発生部と、発生したプラズマに面して、プラズマの一部を抽出するインタフェースと、インタフェースの後段で、抽出したプラズマから減圧下でイオンビームを生ぜしめる引出電極部とを有するプラズマ質量分析装置において、インタフェース及び引出電極部間に、抽出されたプラズマの側方への広がりを制限するように軸線方向に沿ってプラズマを包囲して延びる側壁と、抽出されたプラズマが達することのできる距離で側壁の後端に位置し、イオンビームを通過可能にした開口を有する平坦な電極板によって画定され、追加のガスを導入することなく圧力を高められるようにした小衝突室を設け、小衝突室での閉じ込めによる衝突・反応作用によって、抽出されたプラズマ内のアルゴンイオンを中和して、プラズマのイオン密度を低減するようにしたことを特徴とするプラズマ質量分析装置を提供する。
【0021】
一例では、プラズマの側方への広がりを防止する側壁は、インタフェースの一部であるスキマーコーンの部品を後段に向けて延長して形成することができる。この場合、側壁は連続した内面を有し、側壁の内側には、弾丸形状の空間を有する小衝突室が設けられる。
【0022】
他の例では、側壁の一部を、絶縁体によって構成することができる。絶縁体として、例えば、石英を選択可能である。石英製の筒状体が、インタフェースの後面で小孔から離れた所定位置に固定されることで、小衝突室の開口空間が確保される。なお、側壁の一部を絶縁体によって構成する場合には、小衝突室の側壁の内面は、一部に段差を有する不連続な面とされても良く、インタフェースの後面の形状を当該絶縁体と相補的な形状とした場合には、略連続的な面とすることもできる。また、絶縁体からなる筒状体の内面は、必ずしもプラズマの流れの軸線方向に対して平行とされる必要はなく、前から後に向けて、より径が大きくなるように、或いは逆に径が小さくなるようにすることもできる。
【0023】
上述の他、種々の方法により形成される小衝突室は、インタフェースの一部であるスキマーコーンの背後で、プラズマが抽出される端の位置、即ち、小孔から外れた位置に、直径が2.0mm〜4.0mm、好ましくは、2.5mm〜3.5mm、長さが2.0mm〜3.0mm程度の制限された開口空間を備えることができる。開口空間の後端を決めている電極板は、スキマーコーンの小孔から軸線に沿って、4.0mm〜7.0mm、好ましくは、5.0mm〜6.0mm程度の距離に置かれる。上述のとおり、小衝突室は、弾丸形状又はそれに類似する形状を成し得るが、それに限られるものではない。
【0024】
小衝突室の後端は、導電性を有する平坦な電極板により画定され得る。当該電極板は、抽出したプラズマからイオンビームを形成するための引出電極の一部を成すものとすることができる。プラズマからのイオンの引出を電極板の背後で行うために、通常、電極板は、接地電位あるいは、比較的低い正又は負の電位とされる。プラズマを側面から包囲する側壁と電極板との間隙は、1mm以下となるようにし、小衝突室内の圧力が低くならないよう、減圧の効果が抑えられる。電極板は、プラズマの一部が抽出され、通過するインタフェースの後側の小孔、すなわち、スキマーコーンの小孔から、軸線方向に6.0mmよりも近い距離、例えば、5.0mm又は5.5mm程度離れた位置に置かれ得る。
【0025】
プラズマ質量分析装置は、小衝突室から離間した引出電極部よりも後段の位置に、追加のガスを導入して、イオンビームに対して衝突又は反応を生ぜしめる衝突/反応セルを有し得る。かかる追加のガスとの衝突又は反応は、質量スペクトルの生成のために障害となる、主にキャリアガス元素であるアルゴンを含む多原子イオンを減らすためのものである。追加のガスとしては、水素、ヘリウム、アンモニア、アルゴン又はこれらの複数種を含む混合ガス等が使用される。当該衝突/反応セルでも、不本意ながら少量の被分析元素イオンが減ることになるが、本発明では、衝突/反応セルよりも前段、すなわち上流側で、プラズマのイオン密度を低下させることにより、比較的多く被分析元素イオンをイオンビーム中に取り込んでいるので、十分な感度を確保することができる。
【0026】
さらに、本発明は、被分析試料が投入されるアルゴンガスのプラズマを発生するプラズマ発生部と、発生したプラズマに面して、プラズマの一部を抽出するインタフェースと、インタフェースの後段で、抽出したプラズマから減圧下でイオンビームを生ぜしめる引出電極部とを有するプラズマ質量分析装置において、インタフェース及び引出電極部間に、抽出されたプラズマの側方を包囲する側壁と、側壁の後端近傍であって抽出されたプラズマが達することのできる位置に配置されてイオンビームを通過可能にした開口を有する電極板とにより画定され、側壁及び電極板と間に1mm以下の間隙を有するようにして排気制限を行い、内部の減圧作用が抑えられた小衝突室を設け、小衝突室での閉じ込め作用によって、抽出された前記プラズマ内のアルゴンイオンを中和して、プラズマのイオン密度を低減するようにしたことを特徴とするプラズマ質量分析装置を提供する。
【0027】
すなわち、本発明では、小衝突室を画定するための側壁の形状は問わず、側壁と小衝突室の後端を画定する電極板との間隙を1mm以下の狭い寸法とすることによって排気制限を行い、小衝突室内の圧力が低下しないようにしている。間隙は、0.5mm以下の寸法としても良い。すなわち、側壁と電極板によって画定される小衝突室の空間は、その形態を問わず、例えば、弾丸形状であっても良いし、円錐形状であっても良い。
【0028】
本発明についても、電極板は、先の発明と同様に、抽出したプラズマからイオンビームを形成するための引出電極の一部を成すものとすることができる。また、プラズマ質量分析装置は、小衝突室から離間した引出電極部よりも後段の位置に、追加のガスを導入して、イオンビームに対して衝突又は反応を生ぜしめる衝突/反応セルを有することもできる。さらに、電極板は、プラズマが抽出されるよう通過するインタフェースの後側の小孔、すなわち、スキマーコーンの小孔から、軸線方向に6.0mmよりも近い距離、例えば、5.0mm又は5.5mm程度離れた位置に置かれ得る。
【発明の効果】
【0029】
本発明のプラズマ質量分析装置では、抽出したプラズマをプラズマの状態のまま、比較的小さな容積の小衝突室に閉じ込めることで、主にイオンと電子との衝突を促し、プラズマの主成分を成すアルゴンのイオンを選択的に中性化することができるので、イオン密度が大きくなることによるイオンビームの広がりを引出電極部又はその背後において効果的に抑止することができる。したがって、比較的高感度の分析が可能となり、高マトリクス試料の分析のように試料の希釈を伴う分析を行う場合にも、十分な感度を維持することができる。
【0030】
特に、本発明の装置によれば、小衝突室内で、プラズマから抽出した中性元素、イオン及び電子の安定した流れを維持しつつ、イオンと電子との衝突を活発化することによって、プラズマ中のアルゴンイオンの減少を図ることができ、イオンビームの引き出しの際の被分析元素イオンの損失も極めて少ない
【発明を実施するための最良の形態】
【0031】
以下に添付図面を参照して、本発明の最良となる実施形態について、詳細に説明する。図1は、本発明の例示となる誘導結合プラズマ質量分析装置(以下、単に装置ともいう)の一部の概略構成を示す図である。図2は、本発明の特徴的部分についての第1の実施形態となる構成を示す図である。図3は、本発明の特徴的部分についての第2の実施形態となる構成を示す図である。図4は、本発明の特徴的部分についての第3の実施形態となる構成を示す図である。図5は、図4の装置に用いられるリング状絶縁体の変形例を示す図であり、(a)は、背面図であり、(b)は、(a)中の線B−Bに沿う断面図である。図6は、本発明による改良を含む装置と含まない装置との比較実験の結果を示す図である。なお、図1乃至図4では、その構成を断面図として示しているが、これらは、軸線方向に延びる略管状を成す立体的な構成を備えるものである。
【0032】
図1には、プラズマを生成しイオンビームとして取り出す装置の一部の構成が示されている。装置10は、プラズマ22を生成するプラズマトーチ20、プラズマ22に面する位置に置かれるインタフェース部30、当該インタフェース部30の後に置かれるイオンレンズ部50、当該イオンレンズ部50の後に置かれるイオンガイド部70、及びイオンガイド部70の後に置かれるイオン分離部80を有する。
【0033】
プラズマトーチ20の先端には、当該先端近傍に高周波電磁場を発生するためのコイル21が設置される。プラズマトーチ20の内部には、後端から先端に向けて、ガス流が生じているので、プラズマ22は、インタフェース部30に向けて伸びるような形状となる。
【0034】
インタフェース部30には、サンプリングコーン31及びスキマーコーン33の2つのコーン部材が設けられる。プラズマ22に直接面するサンプリングコーン31の小孔37を通過した一部のプラズマ32は、さらにその後に位置するスキマーコーン33に達する。その後、プラズマ32の一部は、スキマーコーン33に形成される小孔38を通過し、その背後に至る。図中には、そのようなプラズマは、参照番号52で示される。なお、スキマーコーン33を通過し得ない気体分子(中和されたイオンを含む)は、油回転ポンプRPによって、排気口39を介してインタフェース部30から排気される。
【0035】
イオンレンズ部50には、引出電極部を構成する第1電極53及び第2電極54と、偏向イオンレンズを構成する水平電極58及びその前後に位置する垂直電極59とが設けられる。引出電極部を構成する第2電極54は、負電位とされるので、プラズマ52から、正イオンのみがイオンビームの形で取り出される。イオンビームは、後段の偏向イオンレンズを介して後段に位置するイオンガイド部70のセル71内に導かれる。本発明の構成上の特徴は、図中に破線Aで示された部分にあり、特に、スキマーコーン33の背面から引出電極部の構成にあり、その詳細については、後述する。なお、第1の電極53は、あらゆる電位とすることができるが、典型的には、接地電位とされる。
【0036】
セル71内に導かれたイオンビームは、多重極電極73により生成される電場によって決められる軌道に沿って後段に案内される。多重極電極73は、例えば、八重極(オクタポール)構造とされる。また、セル内71には、導入口72から衝突/反応ガスが導入される。導入されるガスの分子は、イオンビームに含まれる種々のイオンと衝突又は電荷移動を伴う反応を生じ、イオンビームから、キャリアガス又はプラズマガスとされるアルゴン原子を含む多原子の干渉イオンを分解して脱離させるよう作用する。
【0037】
なお、装置10の動作時には、イオンガイド部70は、イオンレンズ部50と共に、ターボ分子ポンプ(TMP)を用いて排気される。したがって、プラズマ52に含まれていたが、イオンレンズ部50又はイオンガイド部70内で中和された分子、或いはセル内に導入された衝突・反応ガスの分子は、排気口79から排気される。
【0038】
セル71から取り出されたイオンビームは、イオン分離部80内に導入される。イオン分離部80内には、典型的には、四重極とされる多重極構造81が設けられる。多重極構造81によって生じる電場によって、イオンビーム中のイオンは、質量電荷比に基づいて分離され、図示しない後段の検出器に導かれて検出される。
【0039】
図2は、図1中の破線Aの部分を拡大して示している。本実施形態における特徴的な点は、スキマーコーン33の背面と第1電極53との間に、略弾丸形状の小容量室(又は小衝突室)36が形成される点である。スキマーコーン33の背面は、傾斜した面を有する第1の部分34と、その後に位置する略円筒内面状を成す第2の部分35とを有する。また、スキマーコーン33の直後に位置する第1の電極53は、軸線方向に直交する平坦部56、及びスキマーコーン33に対して相補的な形状を成す直角三角形状の断面を有する突出部55を備えてもよい。すなわち、上述の小容量室36は、スキマーコーン33の背面と第1の電極53の平坦部56とによって画定される。なお、平坦部56には、イオンビームの通過を可能にする開口57が形成される。開口57は、1.5mm〜3.0mm、好ましくは、2.0mmの直径寸法を有する。また、第2の部分35は、後方に向けて径を若干大きくする形状とされても良い。
【0040】
小容量室36の奥行き(L1)は、4.0mmから7.0mmで、好ましくは、5.0mmから6.0mm(例えば、5.5mm)程度とされる。これは、スキマーコーン33の小孔37を通過したプラズマの一部が、小容量室36の後端を画定する第1の電極53に達することのできる寸法として決定される。また、第2の部分35の径(D1)は、2.0mmから4.0mmで、好ましくは、3.0mmから3.5mm、例えば、3.2mm、軸線方向の長さ(L2)は、1.5mmから3.0mm、例えば、2.0mmとされる。第2の部分35は、スキマーコーン32の小孔37から離れた位置であって、当該小孔37を通過したプラズマの一部を構成するイオン又は電子がある程度冷却された位置に形成される。第2の部分35の存在によって、スキマーコーン33の小孔37を通過したプラズマ流の径方向への広がりが抑えられる。
【0041】
図示されるように、スキマーコーン33と第1の電極53との間には、幅狭の間隙(G1)が形成される。G1は、1mm以下の寸法で、好ましくは、0.5mm程度とされる。上述のように、イオンレンズ部50は、ターボ分子ポンプ(TMP)によって減圧排気されるが、気体分子が通過する間隙G1の寸法を小さくすることで、小容量室36の過度な減圧が抑制される。
【0042】
本発明における特徴的な点は、そのような小容量室36内でプラズマを構成するイオンと電子との衝突・再結合を促進し、イオンを中和させることができる点にある。小容量室36は、上述の通り、その減圧作用が抑えられており、一方で分析時には常時プラズマの一部が導入されているため、小容量室36内は、減圧状態ではあるが比較的高い圧力の状態となる。かかる高い圧力のため、イオンと電子との衝突・再結合の頻度が高くなり、イオンの中和が進むことになる。
【0043】
この場合、分析物イオンの中和よりも、キャリアガス又はプラズマガスを構成するアルゴンのイオンの中和が、より効果的に進む。これは、アルゴンイオンの量が多いために衝突・再結合の頻度が高く、また、アルゴンイオンが相対的に不安定な活性状態にあるために中和が進みやすい傾向にあるためと解される。
【0044】
そのような選択的な衝突・再結合作用の結果、小容量室36内でのプラズマのイオン密度を減少させることができる。その結果、第2の電極54によって引き出されるイオンビームでは、クーロン反発による径の広がりが比較的小さくなり、イオンの透過効率を高めることができる。上述したように、小容量室36内での衝突・再結合による中和作用は、選択的に行われるので、イオンビーム中の分析物イオンの量を大きく減らさない点が利点となる。
【0045】
図3は、図2に類似する図にして、それとは異なる実施形態となる装置を示している。上述の実施形態と同様の作用をする要素については、参照番号に100を付して示し、説明を省略する。本実施形態における特徴的な点は、スキマーコーン133の背面が屈曲することなく延びる傾斜面134を構成し、第1の電極153の平坦部156との間に、円錐形状の空間を有する小容量室136を構成している点である。図示されるように、平坦部156は、傾斜面134の後部と一部重なるようにして置かれ、これにより間隙G2が画定される。小容量室136の奥行き(L3)は、やはり、スキマーコーン133の小孔137を通過するプラズマが達することのできる距離として選択される。
【0046】
本実施形態では、図2に示す実施形態と比較して、第2の部分35のようなプラズマ流れを偏向させるような壁は備えないが、スキマーコーン133と第1の電極153との間の間隙G2を狭く、例えば、1mm、または0.5mm、または0.5mm未満とすることによって、小容量室136内を比較的高い圧力で維持することができる。これによって、イオンと電子との衝突・再結合を促進することができ、上述の実施形態と同様に、アルゴンイオンを選択的に中和することによって、プラズマのイオン密度を減少させることができる。なお、図3の例では、開口157の位置は、軸線の中心位置から下側にオフセットされている。当該構成は、後段の偏向レンズと組み合わせてフォトンの通過を妨害するためのもので、従来用いられている構成である。開口部157の径寸法は、図2の実施形態の場合と略同様の寸法とすることができる。
【0047】
さらに、図4は、図2及び図3に類似する図にして、それらとは異なる実施形態となる装置を示している。上述の実施形態と同様の作用をする要素については、参照番号に200を付して示し、説明を省略する。本実施形態における特徴的な点は、スキマーコーン233の背面234に絶縁体のリング部材240を配置し、当該背面234とリング部材240によって小容量室236を構成している点である。小容量室236の奥行き(L4)は、やはり、スキマーコーン133の小孔237を通過するプラズマが達することのできる距離として選択される。
【0048】
リング部材240の内径D2は、2.0mmから3.5mm程度、例えば、3.0mmとされ、その深さ(L5)は、1.0mmから2.5mm程度、例えば、1.5mmとされる。リング部材240は、スキマーコーン233と第1の電極253の平坦部257との間に挟持されて固定されることができる。また、リング部材240は、スキマーコーン233の小孔237から離間された位置に置かれる。
【0049】
図4の実施形態では、小容量室236の減圧のための排気は、イオンビームを通過させるための開口257を通じてのみ行われる。したがって、小容量室236内の圧力は比較的高いものとなり、上述の実施形態と同様に、イオンと電子の衝突の確率が高められ、その結果、アルゴンイオンの選択的な中和作用が生じることとなる。本実施形態は、スキマーコーン233の加工、及び部品の組立作業が容易であるという利点がある。なお、本実施形態では、リング部材240の内面は、略円筒内面の形状を有するが、後方に向けて内径が大きくなる又は小さくなる形状、または内面の途中に内径が大きくなる又は小さくなるような段差を生じるような形状等、種々の形態とされることができる。但し、ガス流のパスを衝突空間の後端を決定する壁に設けられた開口242及び開口257のみで画定した場合には、適正な衝突頻度に制御できない虞もある。そこで、以下に示すような変形例を利用することもできる。
【0050】
図5には、図4の実施形態で使用されるリング部材240の変形例が示される。本変形例として示される、リング部材340は、後面に沿って複数の(図中には4つの)溝341が形成される。図中には、参照番号353として、仮想的に第1の電極の位置を示している。また、図中の矢印は、溝341を通過可能なガスの流れを示している。すなわち、リング部材240を採用した場合には、小容量室236の排気を、開口342及び開口357からなるパスに加えて、溝341を利用してその外周位置からも行わせることができる。かかる構成は、小容量室236の衝突の頻度を適正化するために有効である。例えば、種々の寸法の溝を有する複数種類のリング部材を用意し、種々の条件に応じて、交換して使用することも可能である。
【0051】
図6は、本発明の実施形態の一つである、図2に示す構成を有する装置によって行った測定結果の例を示している。比較例として、図3に示すスキマーコーン133のように、プラズマが通過する小孔から後続の第1電極板付近までの間を屈曲することなく延びる傾斜面を背面に有するスキマーコーンを採用する装置において、当該スキマーコーンと第1電極との間隙を1.5mmとしたとき、すなわちスキマーコーンと第1電極との間の圧力を比較的低い状態にした場合の測定結果を合わせて示している。
【0052】
表中に示されるように、本発明による結果では、アルゴンイオンの検出量(すなわち信号強度)に比して被分析元素となる各元素のイオンの検出量が相対的に多くなっている。すなわち、比較例で示す従来技術の構成を本発明の構成に変更することによって、アルゴンイオンの量を減らしつつ、被分析試料の元素の感度を高めることができることが理解される。これは、本発明によって、プラズマからイオンを取り出し、さらに後段へ輸送する過程で、イオンビームの径が拡大するのを防止することができ、被分析元素のイオンをイオン分離部へと効率的に導くことができることに起因するものと考えられる。
【0053】
以上のように、本発明の最良の実施形態となる装置の構成及び作用効果について、詳細に説明したが、これはあくまでも例示的なものであって本発明を制限するものではない。すなわち、本発明は、当業者によって、さらに様々な変形・変更が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】本発明の例示となる誘導プラズマ質量分析装置の一部の概略構成を示す図である。
【図2】本発明の特徴的部分についての第1の実施形態となる構成を示す図である。
【図3】本発明の特徴的部分についての第2の実施形態となる構成を示す図である。
【図4】本発明の特徴的部分についての第3の実施形態となる構成を示す図である。
【図5】図4の装置に用いられる絶縁体の形状の変形例を示す図であり、(a)は、背面図であり、(b)は、(a)中の線B−Bに沿う断面図である。
【図6】本発明による改良を含む装置と含まない装置との比較実験の結果を示す表である。
【符号の説明】
【0055】
10 誘導結合プラズマ質量分析装置
20 プラズマトーチ
22、32、52 プラズマ
30 インタフェース部
31 サンプリングコーン
33;133;233 スキマーコーン
36;136;236 小容量室(小衝突室)
50 イオンレンズ部
53;153;253 第1の電極
54;154;254 第2の電極
56;156;256 平坦部(電極板)
70 イオンガイド部
71 セル
80 イオン分離部
240;340 リング部材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被分析試料が投入されるアルゴンガスのプラズマを発生するプラズマ発生部と、発生したプラズマに面して、該プラズマの一部を抽出するインタフェースと、該インタフェースの後段で、抽出した前記プラズマから減圧下でイオンビームを生ぜしめる引出電極部とを有するプラズマ質量分析装置において、
前記インタフェース及び前記引出電極部間に、抽出された前記プラズマの側方への広がりを制限するように軸線方向に沿って前記プラズマを包囲して延びる側壁と、抽出された前記プラズマが達することのできる距離で前記側壁の後端に位置し、前記イオンビームを通過可能にした開口を有する平坦な電極板とによって画定され、追加のガスを導入することなく圧力を高められるようにした小衝突室を設け、該小衝突室での閉じ込めによる衝突作用によって、抽出された前記プラズマ内のアルゴンイオンを中和して、前記プラズマのイオン密度を低減するようにしたことを特徴とするプラズマ質量分析装置。
【請求項2】
前記側壁は、前記インタフェースの一部を後段に向けて延長して形成され、前記側壁の内側で、前記小衝突室が、弾丸形状の空間を有するようにしたことを特徴とする、請求項1に記載のプラズマ質量分析装置。
【請求項3】
前記小衝突室の後端位置で、前記小衝突室内の減圧作用を抑えるように、前記側壁と前記電極板との間隙は、1mm以下の寸法とされることを特徴とする、請求項1に記載のプラズマ質量分析装置。
【請求項4】
前記間隙は、0.5mm以下の寸法とされることを特徴とする、請求項3に記載のプラズマ質量分析装置。
【請求項5】
前記側壁の少なくとも一部は、絶縁体によって構成されることを特徴とする、請求項1に記載のプラズマ質量分析装置。
【請求項6】
前記側壁の少なくとも一部は、石英製の筒状体によって構成されることを特徴とする、請求項5に記載のプラズマ質量分析装置。
【請求項7】
前記小衝突室は、前記プラズマが抽出される端から外れた位置に、直径が3mm〜4mm、長さが2mm〜3mmの制限された衝突空間を含むことを特徴とする、請求項1に記載のプラズマ質量分析装置。
【請求項8】
前記電極板は、前記プラズマが抽出されるよう通過する前記インタフェースの後側の小孔から、軸線方向に6mm以下の距離に置かれることを特徴とする、請求項1に記載のプラズマ質量分析装置。
【請求項9】
前記電極板は、前記引出電極部の前端部分を構成することを特徴とする、請求項1に記載のプラズマ質量分析装置。
【請求項10】
前記電極板は、接地電位とされることを特徴とする、請求項1に記載のプラズマ質量分析装置。
【請求項11】
前記小衝突室から離間した前記引出電極部よりも後段の位置に、追加のガスを導入して、前記イオンビームに対して衝突又は反応を生ぜしめる衝突/反応セルを設けることを特徴とする、請求項1に記載のプラズマ質量分析装置。
【請求項12】
被分析試料が投入されるアルゴンガスのプラズマを発生するプラズマ発生部と、発生したプラズマに面して、該プラズマの一部を抽出するインタフェースと、該インタフェースの後段で、抽出した前記プラズマから減圧下でイオンビームを生ぜしめる引出電極部とを有するプラズマ質量分析装置において、
前記インタフェース及び前記引出電極部間に、抽出された前記プラズマの側方を包囲する側壁と、該側壁の後端近傍であって抽出された前記プラズマが達することのできる距離に配置されて前記イオンビームを通過可能にした開口を有する電極板とにより画定され、前記側壁及び前記電極板との間隙が1mm以下となるようにして、内部の減圧作用が抑えられた小衝突室を設け、該小衝突室での閉じ込めによる衝突作用によって、抽出された前記プラズマ内のアルゴンイオンを中和して、前記プラズマのイオン密度を低減するようにしたことを特徴とするプラズマ質量分析装置。
【請求項13】
前記電極板は、前記引出電極部の前端を構成し、接地電位とされることを特徴とする、請求項12に記載のプラズマ質量分析装置。
【請求項14】
前記間隙は、0.5mm以下の寸法とされることを特徴とする、請求項12に記載のプラズマ質量分析装置。
【請求項15】
前記小衝突室から離間した前記引出電極部よりも後段の位置に、追加のガスを導入して、前記イオンビームに対して衝突又は反応を生ぜしめる衝突/反応セルを設けることを特徴とする、請求項12に記載のプラズマ質量分析装置。
【請求項16】
前記電極板は、前記プラズマが抽出されるよう通過する前記インタフェースの後側の小孔から、軸線方向に6mmよりも近い距離に置かれることを特徴とする、請求項12に記載のプラズマ質量分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−43608(P2009−43608A)
【公開日】平成21年2月26日(2009.2.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−208177(P2007−208177)
【出願日】平成19年8月9日(2007.8.9)
【出願人】(399117121)アジレント・テクノロジーズ・インク (710)
【氏名又は名称原語表記】AGILENT TECHNOLOGIES, INC.
【Fターム(参考)】