説明

プレコートアルミニウム板およびその製造方法

【課題】 深絞り加工やしごき加工を行っても、樹脂皮膜の剥離、亀裂、白化が生じることのない、成形性に優れたプレコートアルミニウム板を提供する。
【解決手段】 本発明のプレコートアルミニウム板1は、アルミニウム元板2の少なくとも片側の表面に、熱硬化反応により分子間架橋される樹脂を主成分とする樹脂皮膜3が形成され、JIS K 6796に準じた当該樹脂皮膜3のゲル分率の値を220℃の加熱処理を行った前後で比較した場合に、当該加熱処理後のゲル分率の値が、前記加熱処理前のゲル分率の値から連続的に減ずるものであり、かつ、220℃の前記加熱処理を10分間行った時点における当該加熱処理前のゲル分率の値からの減少幅が10%未満であることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主に産業用電子機器や民生用電子機器、車載用電子機器等に使用されるアルミニウム板およびアルミニウム合金板(以下アルミニウム板)に係り、特にアルミニウム板を深絞り加工やしごき加工にて円筒、角筒あるいはこれらの組み合わせによる隙間のない容器状に成形しても、皮膜の剥離、亀裂、白化等が生じない、成形性に優れたプレコートアルミニウム板とその製造方法に関する。
具体的には、電解コンデンサーのキャップや圧電センサーのセンサーカバーなどしごき加工を施す用途に使用する場合や、フラットパネルディスプレイやパソコンなど電子機器のカバー類或いは、ECUのカバーなどの車載用電子機器のように、深絞り加工して使用するプレコートアルミニウム板およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、ノートブックタイプのパーソナルコンピュータに代表される携帯型OA機器の部材、例えば、スリム型DVDドライブ装置のカバーや、車載用電子機器など軽さの要求される部材として、アルミニウム板の表面に樹脂皮膜を形成したプレコートアルミニウム板が採用される機会が多くなっている。
【0003】
かかるプレコートアルミニウム板には、(1)プレス油を洗浄する工程を省略して製造コストを下げるために必要な潤滑性、(2)外観品質を向上するための耐疵付き性や耐指紋性、(3)帯電防止やアース確保など電子機器の動作安定化に必要とされる導電性などが要求され、これらの要求を満たす表面処理が行われている。
【0004】
本発明者らは前記の要求のうち、主として(3)の導電性を向上させた電子機器用アルミニウム板を提供することを目的として研究を行った結果、特許文献1に記載の発明を完成するに至った。
【0005】
すなわち、当該特許文献1に記載の発明は、所定の中心線平均粗さRaを有するアルミニウム板の少なくとも一面に、所定の耐食性皮膜と所定の樹脂皮膜とを形成し、その表面抵抗値を規定することで導電性を向上させつつ、その他の要求も満足した電子機器用アルミニウム板に関するものである。
【0006】
また、本発明者らは、かかる成果について、「アルミニウム板の導電性、加工疵に及ぼすプレコート皮膜の影響」と題して耐疵付き性と導電性に及ぼす皮膜塗布量並びに導電性微粒子添加量の影響を明らかにし、これを非特許文献1に報告している。
【0007】
さらに、本発明者らはより優れた電子機器用アルミニウム板を開発するため研究を行った結果、薄膜プレコート材の耐疵付き性向上に及ぼす潤滑剤の種類の影響と最適添加量を明らかにし、かかる成果を「アルミニウム板の疵付き防止性に及ぼすプレコート皮膜中への添加剤の影響」と題して非特許文献2に報告している。
【0008】
従来、前記したようなスリム型DVDドライブ装置などの民生用電子機器の筐体類には、アルミニウム板を90度曲げ加工によって箱型形状に加工したものが用いられてきた。
【0009】
このような90度曲げ加工により箱形筐体を製作する方法は、順送金型による連続成形が可能なため生産性に優れる。しかし、90度曲げ加工で作製された筐体は、側壁を形成するアルミニウム板が完全につながっておらず、コーナーに隙間が必ず生じるため、十分な密閉性を得ることができない。筐体の密閉性が十分でないと、例えば、エンジンルームなどの過酷な環境に設置される自動車制御用電装品(ECU)などにおいては、水分やオイル類が隙間から内部に侵入して故障する原因となる。また、家庭などの室内で利用される民生用電子機器でも、筐体の密閉性が低いと、隙間から電磁波が漏れやすくなるため、電磁波シールド性は総じて低下する。なお、密閉性を高めることにより電磁波シールド性を高めることが期待できる。
【0010】
かかる90度曲げ加工においては、筐体の側壁部に金型との摺動疵が入りやすいが、この疵が入るのを防止するには表面の潤滑性と硬度を高めることが有効であり、前記特許文献1記載のプレコート板(プレコートアルミニウム板)などが好適に使用されている。
【0011】
しかし、ここで取り上げるような密閉性の高い筐体を作製する場合、90度曲げ加工よりも素材や皮膜の変形が大きい深絞り加工やしごき加工によって作製する必要があるため、皮膜に要求される性能も自ずと異なったものになる。
【0012】
現に、電解コンデンサーのキャップなどにおいては、アルミニウム板を円筒深絞り加工およびしごき加工することで容器形状に加工して使用している。
かかる加工においては、例えば、特許文献2に記載されているように、従来、加工性に優れた熱可塑性樹脂のフィルムをラミネートしたフィルムラミネートアルミニウム板が使用されている。フィルムラミネートアルミニウム板は、皮膜を構成する樹脂の分子が架橋されていないため、皮膜は大きな変形が可能である。
【特許文献1】特開2003−313684号公報
【特許文献2】特許第3552896号公報
【非特許文献1】服部ら、軽金属学会第103回秋期大会講演概要、2002年、189−190頁
【非特許文献2】塚越ら、軽金属学会第104回春期大会講演概要、2003年、137−138頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
しかし、前記したような深絞り加工やしごき加工では、曲げ加工と比較してアルミニウム板の変形が大きくなるために、特許文献1に記載したような硬い皮膜のプレコートアルミニウム板では、皮膜が加工に追従できず、皮膜が剥離したり亀裂が入ったり、また、白化したりするという問題や、加工に追従できる皮膜の形成条件が明らかになっていないという問題があった。
また、特許文献2に記載したフィルムラミネートアルミニウム板では、ポリオレフィン系のフィルムを使用した場合にはアルミニウム板との接着性に劣るため剥離が生じやすく、ポリアミド系のフィルムを使用した場合には熱により変色が生じやすい。さらにPET等のポリエステル系のフィルムを使用した場合には加水分解しやすいため耐久性に劣るという問題があった。
【0014】
本発明は前記問題点に鑑みてなされたものであり、深絞り加工やしごき加工のように素材の変形量の大きい加工を行っても、樹脂皮膜の剥離、亀裂、白化が生じることのない、成形性に優れたプレコートアルミニウム板を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
前記課題を解決した本発明に係るプレコートアルミニウム板は、アルミニウム元板の少なくとも片側の表面に、熱硬化反応により分子間架橋される樹脂を主成分とする皮膜が形成され、JIS K 6796に準じた当該皮膜のゲル分率の値を220℃の加熱処理を行った前後で比較した場合に、当該加熱処理後のゲル分率の値が、加熱処理前のゲル分率の値から連続的に減ずるものであり、かつ、220℃の加熱処理を10分間行った時点における当該加熱処理前のゲル分率の値からの減少幅が10%未満である構成としている。
【0016】
このように、特定の条件の加熱処理を行った場合におけるゲル分率の傾向と、特定の条件の加熱処理を行った場合におけるゲル分率の減少幅を規定したプレコートアルミニウム板は、焼き付けが不十分でなければ、焼き付け過剰でもなく、最適な焼き付け状態となっているため、深絞り加工やしごき加工のように変形の大きい加工を行った場合であっても、優れた加工密着性を示す。
【0017】
また、本発明に係るプレコートアルミニウム板は、皮膜を構成する樹脂が、ポリエステル系樹脂とするのが好ましい。
これにより、加工密着性が優れるだけでなく、熱変色が生じない皮膜とすることが可能である。
【0018】
さらに、本発明に係るプレコートアルミニウム板は、この樹脂のガラス転移温度が25℃以下とするのがより好ましい。
このように、樹脂のガラス転移温度が室温以下であれば、樹脂が室温環境下での深絞り加工やしごき加工に十分追従することができる。
【0019】
さらに、本発明に係るプレコートアルミニウム板は、JIS K 6796に準じた皮膜のゲル分率の値が、220℃の加熱処理を行う前の状態で80%以上有するのがより好ましい。
このように、ゲル分率の高い状態とすれば、皮膜の架橋密度が高く、耐薬品性や耐熱性に優れた皮膜を得ることができる。
【0020】
そして、本発明に係るプレコートアルミニウム板の製造方法は、熱硬化反応により分子間架橋される樹脂をアルミニウム元板の少なくとも片側の表面に塗布する塗布工程と、樹脂を焼き付ける温度条件が、JIS K 6796に準じたゲル分率の皮膜焼き付け温度依存性カーブを描いた際に、そのゲル分率が極大値となる温度以上であり、かつ、このゲル分率の低下率が、極大値から10%以内となる温度以下である温度範囲で焼き付けて、樹脂を硬化させて皮膜を形成させたプレコートアルミニウム板を作製する皮膜硬化工程と、を含むものである。
【0021】
このように、プレコートアルミニウム板に皮膜を焼き付けて形成する際の焼き付け温度を特定の範囲に規定したので、焼き付け不足や焼き付け過剰を防ぐことが可能(すなわち、ゲル分率が高い)となり、加工密着性の低下を防ぐことができる。
【発明の効果】
【0022】
本発明のプレコートアルミニウム板は、深絞り加工やしごき加工を行っても、皮膜の剥離、亀裂、白化が生じることが無く、成形性に優れている。
したがって、熱可塑性樹脂を使用したフィルムラミネートアルミニウム材のように剥離や変色、加水分解などが生じにくく、加工性においてはフィルムラミネートアルミニウム材と遜色のない、熱硬化性樹脂のプレコートアルミニウム板を提供することができる。
【0023】
本発明のプレコートアルミニウム板の製造方法は、深絞り加工やしごき加工を行っても、皮膜の剥離、亀裂、白化が生じることのない、成形性に優れたプレコートアルミニウム板を製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
以下、適宜図面を参照して本発明に係るプレコートアルミニウム板を実施するための最良の形態について具体的に説明する。
参照する図面において図1は、本発明に係るプレコートアルミニウム板の構成を模式的に示す断面図である。
【0025】
図1に示すように、本発明に係るプレコートアルミニウム板1は、アルミニウム元板2の少なくとも片側の表面に、熱硬化反応により分子間架橋される樹脂を主成分とする皮膜(以下「樹脂皮膜」)3が形成された構成となっている。
なお、本発明に係るプレコートアルミニウム板1においては、アルミニウム元板2と樹脂皮膜3との間に耐食性皮膜4を形成するのが好ましい。
【0026】
[アルミニウム元板]
本発明で用いられるアルミニウム元板2は、JIS H 4000で規定される1000系の工業用純アルミニウム、3000系のAl−Mn系合金、5000系のAl−Mg系合金が使用可能であるが、特にしごき加工を行う場合にはJIS H 4000に規定するA1050、A1100、A3003、A3004などを用いるのが好ましい。調質、板厚については特に限定されるものではなく、目的に応じて種々の調質を施すことや、板厚を変更することができる。
【0027】
[耐食性皮膜]
アルミニウム元板2には、皮膜の接着性と耐食性を向上させるために下地処理をすることが望ましい。このような下地処理としては、Cr、ZrまたはTiを含有する従来公知の耐食性皮膜を用いることができる。例えば、リン酸クロメート皮膜、クロム酸クロメート皮膜、リン酸ジルコニウム皮膜、酸化ジルコニウム皮膜、リン酸チタン皮膜、塗布型クロメート皮膜、塗布型ジルコニウム皮膜などで構成される耐食性皮膜4を用いることができる。
【0028】
なお、近年の環境に対する要請から六価クロムを含まないリン酸クロメート皮膜や、リン酸ジルコニウム皮膜、酸化ジルコニウム皮膜、リン酸チタン皮膜、塗布型ジルコニウム皮膜などを用いるのが望ましい。
【0029】
なお、耐食性皮膜4は、アルミニウム元板2への付着量として、Cr、ZrまたはTi換算値で10〜50mg/m2とするのが好ましい。10mg/m2より少なくなると、アルミニウム元板2の全面を均一に被覆することができず、耐食性が低下する。また、50mg/m2を超えると、耐食性皮膜4自体に割れが生じやすくなる。耐食性皮膜4の付着量は、例えば、従来公知の蛍光X線法を用いることで、比較的簡便かつ定量的に測定することができる。したがって、蛍光X線法を用いれば、製造現場において生産性を低下させることなくプレコートアルミニウム板1の品質管理を行うことができる。
【0030】
[樹脂皮膜]
樹脂皮膜3は、特許請求の範囲の「皮膜」に相当するものであり、熱硬化反応による分子間架橋を行うことでアルミニウム元板2に成形性や耐食性、絶縁性、耐指紋性などを付与する役割を果たす。樹脂皮膜3に、各種機能性添加剤を添加することによって、放熱性、断熱性、導電性などの機能や意匠性をさらに付与することもできる。
【0031】
本発明では、アルミニウム元板にあらかじめ形成しておく樹脂皮膜3を以下のように規定してあるため、深絞り加工やしごき加工を行っても樹脂皮膜3の剥離、亀裂または白化を生じさせることがない。
【0032】
プレコートアルミニウム板1にこのような優れた加工性を具備させるために、本発明の樹脂皮膜3は、JIS K 6796に準じた当該皮膜のゲル分率の値を220℃の加熱処理を行った前後で比較した場合に、当該加熱処理後のゲル分率の値が、前記加熱処理前のゲル分率の値から連続的に減ずるものであり、かつ、前記220℃の加熱処理を10分間行った時点における当該加熱処理前のゲル分率の値からの減少幅が10%未満であることを要する。
【0033】
また、樹脂皮膜3は、220℃の加熱処理を行った場合に、当該加熱処理後のゲル分率が、加熱処理前のゲル分率の値から連続的に減ずることを必要としている。
ここで、「220℃の加熱処理を行った場合に、当該加熱処理前のゲル分率の値から連続的に減ずる」としているのは、樹脂皮膜3を硬化させる際の焼き付け温度(硬化温度)が、ゲル分率の極大値以上の温度であったことを意味している。樹脂皮膜3の焼き付け温度がゲル分率の極大値より低い温度で硬化させたものであると、220℃の加熱処理を行った場合に、加熱処理前のゲル分率の値から連続的に減ずることはない。すなわち、樹脂皮膜3は、前記の加熱処理によって分子間架橋が促進され、ゲル分率が上昇することになる。つまり、加熱処理を行った結果、そのゲル分率が減じた場合であっても、“連続的”に減じていることにはならないので、本発明の効果を有さないものとなる。
【0034】
なお、焼き付けが十分でなく、樹脂皮膜3のゲル分率が極大値を超えていない場合は、樹脂皮膜3の耐熱性や加水分解に劣る傾向にあるとともに、深絞り加工やしごき加工によって樹脂皮膜3が剥離しやすい傾向にあるため好ましくない。
【0035】
かかる樹脂皮膜3の焼き付け状態の確認は、前記した220℃の加熱処理を行った場合におけるゲル分率を比較することで行うことができる。
例えば、焼き付け温度が低く、ゲル分率が極大に到達していないような樹脂皮膜は、かかる加熱処理により、硬化が促進してゲル分率が高くなる傾向があるため、本発明のプレコートアルミニウム板としては不適当であると判別が可能である。
【0036】
ここで、熱硬化反応による分子間架橋を行う樹脂皮膜3を用いれば、当該樹脂皮膜3中には、もともと分子間架橋するための官能基が存在しているためアルミニウム元板2との接着性に優れる。また、このような樹脂皮膜3を用いれば、熱硬化反応によって分子間架橋することで耐熱性が高くなるとともに、耐加水分解性も向上する。
【0037】
なお、熱硬化反応による分子間架橋を行わないものとして、熱可塑性フィルムをラミネートしたフィルムラミネートアルミニウム材がある。このフィルムラミネート材は、皮膜を構成する樹脂の分子が架橋されていないため、皮膜は大きな変形が可能であるが、フィルムの種類によって以下のような問題がある。
【0038】
例えば、ポリオレフィン系のフィルムを用いたフィルムラミネートアルミニウム材の場合、ポリオレフィン系のフィルムは、原則的に炭素と水素から構成されており、窒素や酸素が含まれていないので、水酸基やカルボキシル基、エステル結合、イソシアネート基、ウレタン結合、アミノ基、アミド結合といった官能基や化学結合の起点が無いために、アルミニウム元板2との接着性に劣ることとなり、本発明には好ましくない。
【0039】
また、例えば、ポリアミド系のフィルムを用いたフィルムラミネートアルミニウム材の場合、ポリアミド系のフィルムは、アルミニウム元板2との接着性が良く、優れた成形性を有するが、高温環境下において、比較的短時間のうちに黄変または褐変しやすいため本発明には好ましくない。
【0040】
さらに、例えば、PET等の熱可塑性ポリエステル系のフィルムを用いたフィルムラミネートアルミニウム材の場合は、アルミニウム元板2との接着性が良く、優れた成形性を示し、高温環境でも容易には熱変色しないが、加水分解し易いため耐湿性に劣る傾向があるため本発明には好ましくない。
したがって、本発明で用いる樹脂皮膜3としては、熱硬化型のポリエステル系樹脂を用いることが好ましい。
【0041】
ポリエステル系樹脂は、水酸基を2個有するジオール成分と、カルボキシル基を2個有するジカルボン酸をエステル結合した樹脂の総称であり、ジオール及びジカルボン酸の種類の選定により、様々な性質が得られる。ここで本発明に使用するポリエステル樹脂は、有機溶剤等に溶解あるいは分散させた樹脂形態で使用するため、溶剤可溶型であることが求められる。
【0042】
このような観点から、本発明で好適なジオール成分としては、エチレングリコール、1,4−ブタンジオール、ネオペンチルグリコール、ジエチレングリコール等が挙げられる。
また、本発明で好適なジカルボン酸成分としては、テレフタル酸、イソフタル酸等の芳香族ジカルボン酸や、アジピン酸、セバシン酸等の脂肪族ジカルボン酸等が挙げられる。
【0043】
ただし、以下に説明するように、本発明ではガラス転移温度が室温(25℃)以下であることが望ましいため、ベンゼン環を含む芳香族成分はなるべく含まないか、含んでも少量添加に抑えるのが望ましい。また、同様の理由でゴム状の柔軟性を出すためには、分子が直鎖であるよりも、屈曲した方が望ましい。そのためには単一のジオール成分とジカルボン酸成分を使用した、定序配列となっている樹脂よりも、複数のジオール成分とジカルボン酸成分をランダムに共重合した樹脂である方が望ましい。
【0044】
また、前記のポリエステル系樹脂だけでは、架橋反応が行われない。本発明で要求される架橋反応を行うためには、ポリエステル樹脂が有する水酸基やカルボキシル基と反応する硬化剤を添加するか、ポリエステル樹脂自体に硬化剤と同様の働きをする成分を添加することで化学反応を促進させて改質することが必要である。
【0045】
これらの水酸基やカルボキシル基と反応する官能基としては、イソシアネート基、アミノ基、水酸基、カルボキシル基等があり、これらの官能基を3個以上有する物質を硬化剤として添加することで、架橋反応を促進することが可能である。このような硬化剤としては、ポリイソシアネート化合物や、エポキシ樹脂、アミノ樹脂、フェノール樹脂等が挙げられる。
【0046】
また、本発明で用いる樹脂皮膜3のガラス転移温度は、室温(25℃)以下とするのが好ましい。
ガラス転移温度は樹脂の転移温度の一つであり、一般にガラス転移温度以上における樹脂の状態は、柔らかいゴム状であり、ガラス転移温度以下における樹脂の状態は、硬いガラス状とされる。したがって、深絞り加工やしごき加工のような変形の大きい加工に樹脂皮膜3が追従するためには、ガラス転移温度を加工温度以下にする必要がある。
【0047】
また、硬いガラス状の樹脂皮膜3の状態で成形した場合、仮に加工変形が可能であっても、応力緩和に時間がかかるため、変形を受けた部位の樹脂皮膜3中には応力が長期間残留する。このような状態で、プレス油や薬品が浸透すると、樹脂皮膜3が応力に耐えられずにミクロなクラックやクレーズが生じ、白化する傾向がある。柔らかいゴム状の樹脂皮膜3であれば、このようなストレスクラック、ストレスクレーズによる白化を防ぐことも可能となる。
【0048】
加工時の雰囲気温度や金型温度をコントロールして成形できる場合には、これらの温度を樹脂皮膜3のガラス転移温度より高めに設定すれば良いので、加工性を確保する目的では樹脂皮膜3のガラス転移温度の指定は特に必要なく、むしろ耐熱性を高めるためにもなるべく高いガラス転移温度の樹脂を選定するのが望ましいと言えるが、このような設備を導入するにはコストがかかるため、一般的には温度調節機能のない低コストな室温環境での成形を前提となる。したがって、ガラス転移温度は室温(25℃)以下であることが好ましい。
【0049】
また、樹脂皮膜3は、220℃の加熱処理を行う前の状態において、JIS K 6796に準じて測定したときのゲル分率の値が80%以上有するのが好ましい。
かかる状態におけるゲル分率の値が80%以上であれば、分子間架橋の架橋密度が十分に高いために、耐薬品性や耐熱性に優れた樹脂皮膜3とすることができる。
【0050】
また、本発明では、プレコートアルミニウム板1の成形性をさらに向上させるために、プレコートアルミニウム板1に形成される樹脂皮膜3に潤滑剤を添加することができる。このような潤滑剤としては、例えば、ポリアルキレン系ワックス、カルナウバワックス、マイクロクリスタリンワックス、ラノリンワックス、フッ素系ワックス、シリコン系ワックス、グラファイト系潤滑剤、モリブデン系潤滑剤の一種または2種以上を添加することができる。これにより皮膜の潤滑性が高められているため、深絞り性がさらに向上する。
なお、潤滑剤を過剰に添加した場合、アルミニウム元板2と樹脂皮膜3の接着強度が低下する場合がある。したがって、潤滑剤の添加量としては、当該潤滑剤を添加しないときの接着強度の80%以上の範囲内で添加するのが好ましい。
【0051】
以上説明したように、ゲル分率の傾向と減少幅が本発明で規定する条件を満たさない樹脂皮膜を除外し、前記した条件の加熱処理前後のゲル分率が10%未満の減少幅で連続して低下する温度で焼き付けを行ったプレコートアルミニウム板1の樹脂皮膜3は、適切な焼き付け状態となっているために、深絞り加工やしごき加工のように変形の大きい加工を行った場合であっても優れた加工密着性を有する。
【0052】
[プレコートアルミニウム板の製造方法]
次に、本発明に係るプレコートアルミニウム板の製造方法について説明する。
本発明のプレコートアルミニウム板の製造方法は、熱硬化反応により分子間が架橋される樹脂をアルミニウム元板に塗布する塗布工程と、樹脂を焼き付ける温度条件が、JIS K 6796に準じたゲル分率の樹脂焼き付け温度依存性カーブを描いた際に、そのゲル分率が極大値となる温度以上であり、かつ、このゲル分率の低下率が、極大値から10%以内となる温度以下である温度範囲で焼き付けて、樹脂を硬化させて皮膜を形成させたプレコートアルミニウム板を作製する皮膜硬化工程と、を含むものである。
【0053】
なお、本発明における塗布工程は、従来公知の塗布手段によって、熱硬化反応により分子間が架橋される樹脂をアルミニウム元板2に塗布する。樹脂の塗布は、はけ、ロールコータ、カーテンフローコータ、ローラーカーテンコータ、静電塗装機、ブレードコータ、ダイコータなど、いずれの手段で行ってもよいが、特に、塗布量が均一となると共に、作業が簡便なロールコータを用いて塗布するのが好ましい。
【0054】
そして、本発明におけるプレコートアルミニウム板の製造方法の皮膜硬化工程について具体的に説明する前に、図2を参照して、樹脂の焼き付け温度とゲル分率から導き出すことのできる、本発明において好適な焼き付け温度について説明する。なお、図2は、JIS K 6796に準じて樹脂皮膜のゲル分率を求め、かかる樹脂の焼き付け温度依存性カーブの一例として描いた模式図である。
【0055】
図2に示すように、ゲル分率は、樹脂皮膜3の焼き付け温度とともに一旦増加して極大値をとった後、さらに焼き付け温度を高くすることで低下していく傾向がある。
本発明における好適な焼き付け温度の範囲としては、ゲル分率が極大値となる温度以上であり、かつ、このゲル分率の低下率が、極大値から10%以内となる温度以下である温度範囲としている。
【0056】
ゲル分率が極大値となる温度より低い温度で樹脂皮膜3を焼き付けた場合、硬化反応が不十分であるために、樹脂皮膜3の耐熱性や加水分解性が劣り、また、深絞り加工やしごき加工によって樹脂皮膜3が剥離しやすい。
【0057】
ゲル分率が極大値となる温度付近では、極大値となる温度の高温側と低温側とを比較すると、高温側であることが皮膜の成形性にとっては望ましい。これは、極大値の低温側でゲル分率が低い理由が、硬化反応が不十分であることに起因するのに対し、高温側でゲル分率が低い理由が、加熱による樹脂皮膜3の熱分解であることに起因するからである。
【0058】
熱分解が促進しすぎると樹脂皮膜3にとって好ましくないのは明白である。しかし、樹脂皮膜3の熱分解が軽度なものであれば分子間架橋自体は十分に保たれていること、および、熱分解の初期過程では、樹脂皮膜3が酸化されるため、結果として樹脂皮膜3自体の官能基が増加し、アルミニウム元板2と樹脂皮膜3との密着性が向上するためと考えられる。
【0059】
以上の理由から、本発明における皮膜硬化工程では、焼き付け温度の範囲として、ゲル分率が極大値となる温度以上であり、かつ、このゲル分率の低下率が、極大値から10%以内となる温度以下である温度範囲で樹脂を焼き付けて硬化させることとしている。
【0060】
一方、焼き付け温度が高すぎた樹脂皮膜は、かかる加熱処理によって熱分解が促進し、ゲル分率の値が、かかる加熱処理前のゲル分率の値から10%以上の減少幅で連続的に大きく低下する傾向がある。
【0061】
つまり、ゲル分率の傾向と減少幅が本発明で規定する条件を満たさない樹脂皮膜を除外し、前記した条件の加熱処理前後のゲル分率が10%未満の減少幅で連続して低下する温度で焼き付けを行ったプレコートアルミニウム板1の樹脂皮膜3は、適切な焼き付け状態となっているために、深絞り加工やしごき加工のように変形の大きい加工を行った場合であっても優れた加工密着性を有する。
【実施例】
【0062】
次に、本発明に係るプレコートアルミニウム板を完成するために行った種々の実験例を元に、当該プレコートアルミニウム板の効果を説明する。
【0063】
本発明に係るプレコートアルミニウム板の検討にあたり、試験材として使用したアルミニウム板は、JIS H 4000に規定されている合金番号A1100−H24の板厚0.3mm材を使用し、下地処理としてリン酸クロメート処理を施した。
リン酸クロメート処理の条件は、クロム付着量で20mg/m2とした。また、使用したアルミニウム板の機械的性質は、引張強さ130MPa、耐力120MPa、伸び8%であった。
【0064】
(1.焼き付け温度およびゲル分率の影響)
下地処理したアルミニウム板に、ガラス転移温度が0℃であるポリエステル系樹脂(日本ペイント社製フレキコートシリーズ)を、焼き付け温度を変化させて焼き付ける(硬化させる)ことにより、下記表1に記載する試験材1〜9を作製した。
なお、ポリエステル系樹脂に潤滑剤は添加していない。樹脂の塗布はロールコート法により行い、塗布量で5g/m2(厚さ約5μm)とした。樹脂皮膜の焼付け時間は40秒間とした。また、樹脂皮膜の塗布面は、アルミニウム板の片面のみに塗布した。
【0065】
(1−1.加工性)
このようにして作製した9種類の試験材について、加工性を評価した。樹脂皮膜の塗布面が外側となるように、図3の断面図に示すように、絞り加工およびしごき加工を行い、直径10mmφ×20mmLの有底円筒容器に加工した。なお、有底円筒容器の側壁には20%のしごきを加えた。また、プレス油には脂肪酸エステルと界面活性剤を主成分とする水系エマルジョンワックスを使用した。絞り加工およびしごき加工は、室温(25℃)で行った。なお、図3は、試験材を絞り加工およびしごき加工することで有底円筒容器を作製する過程を示した模式図である。
【0066】
(1−2.ゲル分率)
次に、9種類の試験材について樹脂皮膜のゲル分率を、JIS K 6796に準じて測定した。本法は、樹脂皮膜中の未硬化成分のみが、煮沸した溶剤に溶出すると仮定して、樹脂皮膜の分子間架橋度を決定する方法である。測定条件としては、加熱処理前、220℃×5分間の加熱処理後、220℃×10分間の加熱処理後のゲル分率を測定した。なお、溶剤として2−ブタノン(MEK)を用いた。
【0067】
(1−3.樹脂皮膜の伸び)
また、9種類の試験材について樹脂皮膜の伸びを測定した。各試験材を、70℃の10%水酸化ナトリウム水溶液中に20分間浸漬してアルミニウムのみを溶解し、残った樹脂皮膜の伸びを引張試験機にて測定した。
なお、本試験のみデータのばらつきを抑えるため、樹脂皮膜の厚さが10μmである試験材を使用した。試験材は、幅10mm×長さ40mmとした。そして、長さ方向の両端から各10mmは引張試験機のチャック部としてセロテープ(登録商標)で補強しており、有効長は20mmとしている。そして、10mm/分の引っ張り速度で測定した。
【0068】
(1−4.摩擦係数)
また、試験材の摩擦係数を図4の説明図に示すバウデン試験機5を用いて測定を行った。本試験法では測定環境温度や荷重などの条件を自由に変更することができるが、これらの条件が変わると摩擦係数の数字が変化する。したがって、当該試験を行うにあたって測定環境温度を25±5℃、好ましくは25±3℃とする。そして、十分に脱脂された直径4.8mmφ(3/16インチ)の鋼球51を用いて2N(200gf)の垂直荷重を加え、200mm/分の速度で移動させたときの動摩擦係数を測定した。測定時に潤滑油やワックスなどは塗布しなかった。
【0069】
(1−5.加水分解性)
また、加水分解性を調べるため、沸騰水に32時間浸漬して、外観等を確認した。
【0070】
表1からわかるように、10分間の加熱処理後のゲル分率が加熱処理前のゲル分率を上回る比較例、および、220℃×10分間の加熱処理後のゲル分率の値が、加熱処理前のゲル分率の値から10%以上低下する比較例は、加工性試験で樹脂皮膜が剥離したり、加水分解性試験で変色したが、10分間の加熱処理後のゲル分率の値が、加熱処理前のゲル分率の値より下回り、かつ、その減少幅が10%未満である実施例は、すべての評価項目において良好な結果となった。
なお、樹脂皮膜の伸びの結果を見ると、樹脂皮膜の伸びが380%ある比較例よりも、伸びが130%しかない実施例の方が加工性は良好となっている。この点からもわかるように、加工変形の大きい絞り加工やしごき加工に好適な、優れた加工性を有する樹脂皮膜を得るには、単純に樹脂皮膜の伸びを大きくするだけでは目的を達することができず、樹脂皮膜の焼き付け状態を明確に規定することが重要であるといえる。
同様に、摩擦係数についても、同じ0.18という数字を有しながらも、成形性の良好な実施例と成形性が不十分な比較例に結果が別れている。この点についても、加工変形の大きい絞り加工やしごき加工に好適な、優れた加工性を有する樹脂皮膜を得るには、単純に潤滑性を良くするだけでは目的を達成することができず、樹脂皮膜の焼き付け状態を明確に規定することの方が重要であることがわかる。
【0071】
【表1】

【0072】
(2.ガラス転移温度の影響)
アルミニウム板に、表2に示すガラス転移温度が既知である5種類(試験材10〜14)のポリエステル系樹脂(日本ペイント製フレキコートシリーズ)を塗布することにより、表2に記載する試験材を作製した。
なお、樹脂には潤滑剤は添加していない。樹脂の塗布は、ロールコート法により、塗布量で5g/m2(厚さ約5μm)で行った。樹脂皮膜の焼き付けは、素材到達温度260℃で40秒間処理することで行った。また、樹脂皮膜の塗布は、アルミニウム板の片面のみに塗布した。
このようにして作製した5種類の試験材を使用し、前記と同様にして、加工性、ゲル分率、樹脂皮膜の伸び、摩擦係数を評価した。なお、加工性は、25℃(表2中では「室温」と記載)および金型を100℃に加温(表2中では「加温」と記載)した状態の2条件にて実施した。
【0073】
表2に示すように、いずれの実施例でも、金型を加温した場合であって、ガラス転移温度が成形温度を下回る場合には、すべて良好な加工性を示した。
【0074】
【表2】

【図面の簡単な説明】
【0075】
【図1】本発明に係るプレコートアルミニウム板の構成を模式的に示す断面図である。
【図2】JIS K 6796に準じて樹脂皮膜のゲル分率を求め、かかる樹脂皮膜の焼き付け温度依存性カーブの一例として描いた模式図である。
【図3】試験材を絞り加工およびしごき加工することで有底円筒容器を作製する過程を示した模式図である。
【図4】試験材の摩擦係数を測定するためのバウデン試験機を説明する説明図である。
【符号の説明】
【0076】
1 プレコートアルミニウム板
2 アルミニウム元板
3 樹脂皮膜
4 耐食性皮膜
5 バウデン試験機
51 鋼球

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム元板の少なくとも片側の表面に、熱硬化反応により分子間架橋される樹脂を主成分とする皮膜が形成され、JIS K 6796に準じた当該皮膜のゲル分率の値を220℃の加熱処理を行った前後で比較した場合に、当該加熱処理後のゲル分率の値が、前記加熱処理前のゲル分率の値から連続的に減ずるものであり、かつ、220℃の前記加熱処理を10分間行った時点における当該加熱処理前のゲル分率の値からの減少幅が10%未満であることを特徴とするプレコートアルミニウム板。
【請求項2】
前記皮膜を構成する樹脂が、ポリエステル系樹脂を含むことを特徴とする請求項1記載のプレコートアルミニウム板。
【請求項3】
前記樹脂のガラス転移温度が25℃以下であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載のプレコートアルミニウム板。
【請求項4】
JIS K 6796に準じた前記皮膜のゲル分率の値が、220℃の加熱処理を行う前の状態で80%以上であることを特徴とする請求項1から請求項3のいずれか1項に記載のプレコートアルミニウム板。
【請求項5】
請求項1から請求項4のいずれか1項に記載のプレコートアルミニウム板の製造方法であって、
熱硬化反応により分子間架橋される樹脂をアルミニウム元板の少なくとも片側の表面に塗布する塗布工程と、
前記樹脂を焼き付ける温度条件が、JIS K 6796に準じたゲル分率の樹脂焼き付け温度依存性カーブを描いた際に、そのゲル分率が極大値となる温度以上であり、かつ、このゲル分率の低下率が、前記極大値から10%以内となる温度以下である温度範囲で焼き付けて、前記樹脂を硬化させて皮膜を形成させたプレコートアルミニウム板を作製する皮膜硬化工程と、
を含むことを特徴とするプレコートアルミニウム板の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−305841(P2006−305841A)
【公開日】平成18年11月9日(2006.11.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−130505(P2005−130505)
【出願日】平成17年4月27日(2005.4.27)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】