説明

プロスタサイクリン生成促進剤

【課題】血小板凝集抑制、血流改善、血管拡張等のために有用なプロスタサイクリン生成促進剤及びそれを含有する飲食品を提供する。
【解決手段】コーヒー果実、コーヒー豆又はこれらの抽出物を有効成分とする、プロスタサイクリン生成促進剤。本発明の抽出物は、出発原料であるコーヒー果実、コーヒー豆又はこれらの乾燥物を細切、粉砕、破砕、裁断した後、含水エタノール等の溶媒を加えて有効成分を抽出することにより得られる。また上記プロスタサイクリン生成促進剤を任意の飲食品に添加し、特定保健用食品や機能性食品として使用することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プロスタサイクリン生成促進剤及びそれを含有する飲食品に関する。
【背景技術】
【0002】
プロスタサイクリン(プロスタグランジンI2)は、プロスタグランジンの一種で他のプロスタグランジン同様アラキドン酸から生合成される。その生合成経路は以下の通りである。細胞において膜のリン脂質に蓄えられているアラキドン酸は、細胞が生理的刺激を受けることによりホスホリパーゼA2が活性化され、脂質膜からアラキドン酸を遊離させる。そのアラギドン酸からは、シクロオキシゲナーゼ(プロスタグランジン−エンドペルオキシド−シンターゼ)によりプロスタグランジンG2が生成される。プロスタグランジンG2はプロスタグランジンGヒドロペルオキシターゼによりプロスタグランジンH2になり、さらにプロスタサイクリン合成酵素により変換を受けプロスタサイクリンが作られる。プロスタサイクリンは、分子内に非常に分解されやすいビニルエーテル結合(6、9−エポキシ構造)を有するため、中性または酸性条件下では容易に分解し(pH7.48の水溶液中の半減期が10.5分)、安定で顕著な生理活性を有さない6−ケトプロスタグランジンF(6-keto Prostaglandin F)になる。
【0003】
プロスタサイクリンは血管内皮細胞にて生合成され、生体内において強力な生理活性、たとえば血小板凝集抑制活性、血流改善作用、血管拡張作用、細胞保護作用などを有する局所ホルモンであり、また細胞機能を調節する重要な因子でもある。最近その強力な生理活性が着目され、プロスタグランジン及びその誘導体は薬剤として使用されている。
【0004】
肺高血圧症は心臓から肺に血液を送る肺動脈血管が細くなり血圧が高くなってしまう難病で、呼吸困難や心不全を起こすことが知られている。肺高血圧症は治療が非常に困難であるが、アメリカではプロスタサイクリンが米国食品医薬局(FDA)から唯一許可した治療薬として幅広く用いられている。
経口投与可能なプロスタサイクリン誘導体薬としてベラプロストナトリウムが、1992年「慢性動脈閉塞症に伴う潰瘍、疼痛及び冷感の改善」の治療薬として日本で製造承認を受けている。本薬剤は、血小板凝集抑制作用、血管拡張作用、血管平滑筋細胞増殖抑制作用をはじめ、内皮細胞保護作用、炎症性サイトカインの産生抑制などの多彩な薬理作用を有するため、慢性動脈閉塞症のみならず末梢循環障害や脳梗塞、糖尿病、原発性高血圧症にも用いられる。
【0005】
プロスタサイクリンの生成を促進する天然化合物についても幾つかが既に知られている。チョコレートに含まれるプロアントシアニジンがロイコトリエンの生成を抑制し、プロスタサイクリンの生成を促進する事が知られている(例えば非特許文献1参照)。また、ブドウ種子に含まれるプロアントシアニジンも心臓内でプロスタサイクリン代謝物である6-keto Prostaglandin F量を増加させることが観察されている(例えば非特許文献2参照)。カフェ酸の2量体であるロズマリン酸はシソやクミスクチンに多く含まれるポリフェノールの一種であるが、1mM濃度でプロスタサイクリン合成を阻害し、1μMから10μM濃度の範囲で合成を促進することが報告されている(例えば非特許文献3参照)。また、ニシヨモギ、リュウキュウヨモギ、カワラヨモギ等のヨモギ属の抽出物、バンジロウ(グアバ、フトモモ科)抽出物、ボタンボウフウ(セリ科)抽出物、クミスクチン(シソ科)抽出物がプロスタサイクリン生成を促進することが記載されている(例えば特許文献1参照)。
【0006】
ところで、コーヒーは、Rubiaceae科コーヒーノキ属に属する低木の広葉樹である。コーヒーの品種は25種類あり、世界的に幅広く飲用されている品種は、アラビカ種、ロブスタ種、リベリカ種の3種である。コーヒー果実は、コーヒーの木につく楕円形の果実であり、つき初めは緑色で熟すと紅紫色である。品種によっては稀に黄色の果実をつけるものもある。コーヒー果実はコーヒーベリーあるいはコーヒーチェリーとも呼ばれる。コーヒー果実内には2粒の種子が向かい合う形で入っており、その2粒の種子の部分はコーヒー豆と呼ばれる。
コーヒーは種々の生理活性を有することが知られている。血流改善効果に関しては、例えば、クロロゲン酸類を含むコーヒー抽出物が、冷え改善剤、低体温改善剤として有用であること(例えば特許文献2参照)、加熱乾燥処理したコーヒー生葉から得られる血液流動性改善剤(γ−アミノ酪酸を有効成分とする)が脳梗塞、心筋梗塞等の生活習慣病の予防、治療に有用であること(例えば特許文献3参照)、インスタントコーヒーが冷え性改善効果を有すること(例えば特許文献4参照)等が公知である。
【0007】
【非特許文献1】アメリカンジャーナル オブ クリニカルニュートリション(American Journal of Clinical Nutrition)、2001年、73巻、p.36-40.
【非特許文献2】ドラッグス アンダー エキスペリメンタル アンド クリニカル リサーチ(Drugs under experimental and clinical research)、2003年、29巻、p.207-216.
【非特許文献3】バイオケミカルファーマコロジー(Biochemical Pharmacology)、1986年、35巻、p.1397-1400.
【特許文献1】特開2005−350432号公報
【特許文献2】特開2004−168749号公報
【特許文献3】特開2004−035478号公報
【特許文献4】特開2004−018512号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、新規なプロスタサイクリン生成促進剤及びそれを含有する飲食品の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、長期的に服用又は摂取可能な安全性の高い食品の中からプロスタサイクリンの生成を促進するものを種々検討した結果、コーヒー果実やコーヒー豆が非常に高い活性を有することを見出し本発明を完成した。すなわち、本発明は以下に関する。
(1)コーヒー果実、コーヒー豆又はこれらの抽出物を有効成分とする、プロスタサイクリン生成促進剤。
(2)上記(1)記載のプロスタサイクリン生成促進剤を含有する飲食品。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
1.プロスタサイクリン生成促進剤
本発明のプロスタサイクリン生成促進剤は、コーヒー果実、コーヒー豆又はこれらの抽出物を有効成分とする。
経口又は非経口的な摂取によって体内におけるプロスタサイクリン生成促進作用を発揮する限り、コーヒー果実又はコーヒー豆の品種は特に限定されず、例えば、アラビカ種、ロブスタ種、リベリカ種等が使用できる。
コーヒー果実又はコーヒー豆は、焙煎物、乾燥物、乾燥物の粉砕物又は乾燥粉末の状態で使用できる。また、コーヒー生豆等、生の状態で使用することもできる。本発明では、プロスタサイクリン生成促進活性を高めるため、コーヒー果実又はコーヒー豆の抽出物を使用することが好ましい。抽出法は特に限定されないが、本発明の抽出物は、例えば以下の方法により得られる。まず、出発原料であるコーヒー果実、コーヒー豆又はこれらの乾燥物を細切、粉砕、破砕、裁断した後、水(緩衝液を含む)、アルコール類、エーテル類、エステル類、ケトン類、ニトリル類又はハロゲン化脂肪炭化水素類等の溶媒、或いはこれらの混合溶媒を加えて有効成分を抽出する。溶媒としては、水とエタノールの混合溶媒、例えば20〜60%(v/v)エタノール溶媒を用いることが好ましい。本発明の抽出物は、溶媒抽出物の状態でも使用できるが、ODSカラム等によるカラムクロマトグラフィーを用いてさらに有効成分を濃縮してもよい。得られた抽出物は、単独あるいは適当な担体とともに噴霧乾燥、凍結乾燥、減圧乾燥、流動乾燥等の方法により粉末状あるいはペースト状にして使用することもできる。
【0011】
本発明のプロスタサイクリン生成促進剤は、例えば錠剤、トローチ、チュアブル、顆粒剤、散剤、カプセル剤などの固形剤、又は、注射剤などの液剤などいずれの形態にも公知の方法により適宜製剤化することができる。この場合、医薬品や飲食品の製造時に通常用いられる結合剤、崩壊剤、増粘剤、分散剤、再吸収促進剤、矯味剤、緩衝剤、界面活性剤、溶解補助剤、保存剤、乳化剤、等張化剤、安定化剤やpH調製剤などの賦形剤を適宜使用してもよい。本発明の各種製剤に有効成分として含まれるコーヒー果実、コーヒー豆又はこれらの抽出物の割合は、プロスタサイクリン生成促進効果が達成される限り特に制限はない。また、本発明の各種製剤には当業者に公知のその他の各種成分が含まれていても良い。
本発明のプロスタサイクリン生成促進剤は、医薬品、飲食品又は飲食品用素材として使用することができる。医薬品、飲食品又は飲食品用素材の種類、形態、及びその他の含有成分等には特に制約はなく、当業者に公知の任意の各種方法で容易に調製することができる。医薬品又は飲食品として使用する場合の有効成分の摂取量は、その種類、その剤型、また摂取者の年令、体重、適応症状などによって異なるが、例えば成人による経口摂取の場合、一日1回又は数回摂取し、その摂取量は一日当たり1回約10mg〜5g、好ましくは0.1〜5g/kg体重程度とすればよい。
2.プロスタサイクリン生成促進剤を含有する飲食品
本発明の飲食品は、上記のプロスタサイクリン生成促進剤を含有することを特徴とする。
該飲食品は、有効成分であるコーヒー果実、コーヒー豆又はこれらの抽出物を、任意の飲食品に添加することにより容易に調製することができる。任意の飲食品とは、特に限定されないが、例えば固形状、乳状、ペースト状、半固形状、液状等、各種形状の食品であり、具体的には例えば肉製品、水産加工品、加工野菜、加工果実、惣菜類、大豆加工品、食用粉類、食用蛋白質、飲料、酒類、調味料、乳製品、菓子である。飲食品に対するプロスタサイクリン生成促進剤の添加量は、適宜設定することができるが、例えば、0.01〜90重量%、好ましくは0.01〜20重量%、より好ましくは0.1〜8重量%程度となるようにプロスタサイクリン生成促進剤を添加すればよい。
本発明の飲食品は、体内におけるプロスタサイクリン生成促進を通じて各種の生理活性を発揮することが可能であるため、特定保健用食品または機能性食品として使用できる。
なお、本発明の飲食品は、ヒト用のみならずペットフードや家畜用飼料として使用することができる。
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、実施例は本発明を何ら限定するものではない。
【実施例1】
【0012】
試料の調製:
以下により、試料としてコーヒー果実及びコーヒー豆の抽出物を調製した。
(1)アラビカ種のコーヒー果実(メキシコ産)を収穫、乾燥後、粉砕し320メッシュ以下の乾燥粉末を得た。該乾燥粉末5gを50%(v/v)エタノール200mlに浸漬し、50℃に設定された恒温槽内で約3時間撹拌し、有効成分を抽出した。その抽出液を濾紙(アドバンテック社製、2号)で濾過し、溶媒を留去した後、凍結乾燥して乾燥抽出物を得た。この乾燥抽出物中の組成はポリフェノール濃度11%、クロロゲン酸濃度8%であった。
(2)コーヒー生豆(タンザニア産)を粉砕し320メッシュ以下の粉末を得た。該粉末5gを50%(v/v)エタノール200mlに浸漬し、50℃に設定された恒温槽内で約3時間撹拌して、有効成分を抽出した。その抽出液を濾紙(アドバンテック社製、2号)で濾過し、溶媒を留去した後、凍結乾燥して乾燥抽出物を得た。
(3)コーヒー生豆(エルサルバトル産)を粉砕し320メッシュ以下の粉末を得た。該粉末5gを50%(v/v)エタノール200mlに浸漬し、50℃に設定された恒温槽内で約3時間撹拌して、有効成分を抽出した。その抽出液を濾紙(アドバンテック社製、2号)で濾過し、溶媒を留去した後、凍結乾燥して乾燥抽出物を得た。
(4)焙煎済みのコーヒー豆(コロンビア産)を粉砕し320メッシュ以下の粉末にした。出来上がった粉末5gに50%(v/v)エタノール200mlに浸漬し、50℃に設定された恒温槽内で約3時間撹拌して抽出した。その抽出液を濾紙(アドバンテック社製、2号)で濾過し、溶媒を留去した後、凍結乾燥して乾燥抽出物を得た。
(5)表1に記載のように、本発明のプロスタサイクリン生成促進剤として、試料(a)〜(d)を調製した。また、コントロールとして試料(e)、ポジティブコントロールとして試料(f)、比較例として試料(g)を調製した。
【0013】
【表1】

【実施例2】
【0014】
プロスタサイクリン生成促進活性の測定:
血管内皮細胞から産生されるプロスタサイクリンの濃度を測定することにより、各種試料のプロスタサイクリン生成促進活性を測定した。
1.測定法
まず、正常ヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)(TaKaRa社製)を24穴プレート(FALCON)に500μl(0.5×10cells/ml)ずつ播種し、微小血管内皮細胞培地(EGM−2)(5% FBS)にて37℃、5%COの条件でコンフルエントになるまで培養した。その後、実施例1で調製した試料を各濃度で加えた培地に交換し、更に18時間培養した。試料(a)〜(d)については、抽出物の濃度が100μg/mlとなるように培地に加えた。また、試料(g)についてはクロロゲン酸の濃度が8μg/mlとなるように、また試料(f)についてはリポポリサッカライドの濃度が10μg/mlとなるように培地に加えた。
次いで培養プレートを1,200rpmで10分間遠心し、培養上清を回収した。その上清中のプロスタサイクリン濃度を、プロスタサイクリンの安定な代謝物である6-keto Prostaglandin Fの濃度(pg/ml)として測定した。該代謝物の濃度が高いほど、血管内皮細胞のプロスタサイクリン産生が促進されていること、すなわち試料のプロスタサイクリン生成促進活性が高いことを意味する。
なお、6-keto Prostaglandin Fの測定は、6-keto Prostaglandin F EIA Kit(Cayman社製)を用いて行った。
2.測定結果
各種試料のプロスタサイクリン生成促進活性を図1〜3に示す。
(1)図1は、試料(a)「コーヒー果実」のプロスタサイクリン生成促進活性を示す。「コントロール」と比べると、試料として「コーヒー果実」を用いた場合に、6-keto Prostaglandin F濃度が高くなった。コーヒー果実乾燥抽出物がプロスタサイクリン生成促進活性を有することが明らかとなった。
なお、試料(a)の濃度は100μg/mlである。一方、試料(g)「クロロゲン酸」では、試料(a)の抽出物(100μg/ml)中に含まれるクロロゲン酸と同じ濃度(8μg/ml)とした。「クロロゲン酸」では培養上清中の6-keto Prostaglandin F濃度が高くならないことから、コーヒー果実乾燥抽出物中のクロロゲン酸以外の物質がプロスタサイクリン生成促進に関与していると考えられた。
(2)図2は、コーヒー生豆の乾燥抽出物(2種)が、コーヒー果実乾燥抽出物と同様に、プロスタサイクリン生成促進活性を有することを示す。
(3)図3は、焙煎済みのコーヒー豆(コロンビア産)の抽出物が、プロスタサイクリン生成促進活性を有することを示す。
【産業上の利用可能性】
【0015】
本発明のプロスタサイクリン生成促進剤は、医薬品、飲食品又は飲食品用素材として使用することができる。該プロスタサイクリン生成促進剤は、任意の飲食品に添加して使用できるので、プロスタサイクリン生成促進を通じて血流改善や高血圧改善作用等を発揮する特定保健用食品、機能性食品を容易に得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】コーヒー果実乾燥抽出物と、該抽出物中に含まれる同濃度のクロロゲン酸のプロスタサイクリン生成促進活性を示すグラフである。なお、図の縦軸は、プロスタサイクリンの安定な代謝物である6-keto Prostaglandin Fの濃度(pg/ml)を示す。
【図2】コーヒー果実の乾燥抽出物とコーヒー生豆の乾燥抽出物のプロスタサイクリン生成促進活性を示すグラフである。なお、図の縦軸は、プロスタサイクリンの安定な代謝物である6-keto Prostaglandin Fの濃度(pg/ml)を示す。
【図3】焙煎したコーヒー豆乾燥抽出物のプロスタサイクリン生成促進活性を示す。なお、図の縦軸は、プロスタサイクリンの安定な代謝物である6-keto Prostaglandin Fの濃度(pg/ml)を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
コーヒー果実、コーヒー豆又はこれらの抽出物を有効成分とする、プロスタサイクリン生成促進剤。
【請求項2】
請求項1記載のプロスタサイクリン生成促進剤を含有する飲食品。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−7407(P2008−7407A)
【公開日】平成20年1月17日(2008.1.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−175994(P2006−175994)
【出願日】平成18年6月27日(2006.6.27)
【出願人】(000004477)キッコーマン株式会社 (212)
【Fターム(参考)】