説明

プロテインZ7含有量に基づいた大麦種の選抜方法及び麦芽発酵飲料

【課題】 作業が容易で、多検体を短時間で処理することができ、かつプロテインZ7含有量に基づいて正確に大麦種を選抜することができる、大麦育種への応用に適した、大麦種の選抜方法を提供すること。
【解決手段】 被検大麦種において、Haruna型及びKendall型の大麦プロテインZ7遺伝子座周辺領域の塩基配列を多重整列することにより特定される多型マーカーA、並びにHaruna型及びBarke型の大麦プロテインZ7遺伝子座周辺領域の塩基配列を多重整列することにより特定される多型マーカーBのそれぞれについて1つ以上の遺伝子型を同定し、Haruna型の遺伝子型と一致する被検大麦種をプロテインZ7含有量の高い大麦種として選抜するか、Kendall型又はBarke型の遺伝子型と一致する被検大麦種をプロテインZ7含有量の低い大麦種として選抜する、選抜方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プロテインZ7含有量に基づいた大麦種の選抜方法及び麦芽発酵飲料に関する。
【背景技術】
【0002】
プロテインZ7は、プロテインZ4やプロテインZxなどと共に、大麦セリンプロテアーゼインヒビター(serpin)サブファミリーに属する。serpinサブファミリーに属するこれらのタンパク質は、大麦種がカビ等に感染した際に、生体を防御する機構に関与していると考えられている。しかしながら、その機能には未だ不明な点が多い(非特許文献1)。
【0003】
一方、プロテインZとビールの泡持ちとの関係が示唆されている。泡持ちはビールの重要な品質の一つであるため、泡持ちに関与する要因についてはこれまでに多くの研究結果が報告されている。泡持ちの良し悪しには様々な要因が関与しているが、その一つとしてタンパク質そのものの関与が考えられており、これまでに、泡持ちに関与するタンパク質としてプロテインZ(プロテインZ4、プロテインZ7)やlipid transfer protein 1(LTP1)が取り上げられてきた(非特許文献2−4)。
【0004】
プロテインZ7とビールの泡持ちとの関係については、これまでほとんど研究が進んでおらず、数少ない報告があるのみである(特許文献1及び非特許文献5)。
【0005】
特許文献1には、大麦の種子、麦芽、麦汁、麦芽発酵飲料又は麦芽発酵飲料の発酵前原料液若しくは発酵中原料液に含まれるプロテインZ7濃度と泡持ちの指標となるNIBEM値には相関関係があると記載され、プロテインZ7濃度に基づいて泡持ちの良さを判定する方法が開示されている。
【0006】
一方、非特許文献5には、麦芽プロテインZ7含量と泡持ちの関連を調査した結果、プロテインZ7と泡持ちの間には有意な相関関係は見られなかったと記載されており、上述した特許文献1とは異なる結論が得られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2008−249704公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】FEBS Letters, 394巻, 165-168頁, 1996年
【非特許文献2】J.Agric.Food.Chem.,56巻,1458−1464頁,2008年
【非特許文献3】J.Agric.Food.Chem.,56巻,8664−8671頁,2008年
【非特許文献4】J.Am.Soc.Brew.Chem.,60巻,47−57頁,2002年
【非特許文献5】J.Inst.Brew.,105巻,171−177頁,1999年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
プロテインZ7については、大麦が感染した際の生体防御機構に関与すること、ビールの泡持ちに関与することなど、産業上有用な機能への関与が示唆されているが、未だ充分な研究がなされているとはいえない。プロテインZ7含有量が大麦の形質に及ぼす影響を正確に解析するためには、プロテインZ7含有量の高い大麦及び/又は低い大麦を正確に選別できる方法の確立が必要である。
【0010】
特許文献1に開示されたビールの泡持ちを判定する方法は、プロテインZ7濃度をタンパク質レベルで測定することに基づいている。NIBEM値の測定に基づく方法と比較すると、温度、天候、人為的な要因の影響を排除できるが、タンパク質レベルの変動の影響を受け得る。泡持ちのよいビールに適した大麦の育種へと応用しようとした場合、特に大麦育種の初期段階に近いほど、数百もの大麦個体をスクリーニングする必要があるが、特許文献1に開示された方法は、そのような大量の検体を処理するのには向いていない。
【0011】
大麦に限らず様々な作物の育種において分子選抜技術が進歩している。分子選抜技術の中でもDNAの多型を用いたDNAマーカーによる選抜は、育種初期世代での選抜が可能であること、操作性に優れること、葉で解析が可能なことなどの理由から盛んに研究開発が進められている。しかしながら、大麦プロテインZ7の含有量の指標となるDNAマーカーは知られていない。
【0012】
そこで本発明は、作業が容易で、多検体を短時間で処理することができ、かつプロテインZ7含有量に基づいて正確に大麦種を選抜することができる、大麦育種への応用に適した、大麦種の選抜方法の提供を目的とする。
【0013】
本発明は、また、プロテインZ7含有量に基づいて選抜した大麦種を原料とした麦芽発酵飲料の製造方法、及び麦芽発酵飲料の提供も目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は、プロテインZ7含有量に基づいて大麦種を選抜する選抜方法であって、被検大麦種において、Haruna型及びKendall型の大麦プロテインZ7遺伝子座周辺領域の塩基配列を多重整列することにより特定される多型マーカーA、並びにHaruna型及びBarke型の大麦プロテインZ7遺伝子座周辺領域の塩基配列を多重整列することにより特定される多型マーカーB、のそれぞれについて1つ以上の遺伝子型を同定し、以下の(i)及び/又は(ii)を実施する選抜方法を提供する。
(i)同定した遺伝子型が、Haruna型の遺伝子型と一致する被検大麦種をプロテインZ7含有量の高い大麦種として選抜する
(ii)同定した遺伝子型が、Kendall型又はBarke型の遺伝子型と一致する被検大麦種をプロテインZ7含有量の低い大麦種として選抜する
【0015】
本明細書中において、「Haruna型」とは、大麦プロテインZ7遺伝子座周辺領域に存在する上記選抜用多型マーカーの遺伝子型が、大麦はるな二条種の遺伝子型と一致する大麦種を表す。「Haruna型」の大麦プロテインZ7遺伝子座周辺領域の塩基配列の一例としては、配列番号1で示される塩基配列が挙げられる。
【0016】
同様に、本明細書中において、「Kendall型」及び「Barke型」とは、大麦プロテインZ7遺伝子座周辺領域に存在する上記選抜用多型マーカーの遺伝子型が、それぞれ、大麦CDC Kendall種及び大麦Barke種の遺伝子型と一致する大麦種を表す。「Kendall型」及び「Barke型」の大麦プロテインZ7遺伝子座周辺領域の塩基配列の一例としては、配列番号2及び配列番号3で示される塩基配列が挙げられる。
【0017】
「Haruna型」の大麦プロテインZ7遺伝子座周辺領域の塩基配列と、「Kendall型」の大麦プロテインZ7遺伝子座周辺領域の塩基配列とを多重整列することにより、塩基が一致しない塩基部位を多型マーカーAとして特定することができる。同様に、「Haruna型」の大麦プロテインZ7遺伝子座周辺領域の塩基配列と、「Barke型」の大麦プロテインZ7遺伝子座周辺領域の塩基配列とを多重整列することにより、塩基が一致しない塩基部位を多型マーカーBとして特定することができる。
【0018】
被検大麦種において、上記多型マーカーAのうちから1つ以上について遺伝子型を同定し、かつ上記多型マーカーBのうちから1つ以上について遺伝子型を同定する。同定したこれらの遺伝子型がHaruna型の遺伝子型に一致する被検大麦種を選抜することによって、プロテインZ7含有量の高い大麦種を選抜することができる。また、同定したこれらの遺伝子型がKendall型又はBarke型の遺伝子型に一致する被検大麦種を選抜することによって、プロテインZ7含有量の低い大麦種を選抜することができる。
【0019】
上述した選抜方法は、大麦組織中の大麦プロテインZ7含有量と相関する新規な選抜用多型マーカーを利用しているため、被検大麦種をプロテインZ7含有量に基づいて正確に選抜することができる。また、遺伝子型の同定には、分子生物学的手法を採用できるため、上述した選抜方法は、操作性に優れ、かつ多検体を同時に短時間で処理できる選抜方法とすることができる。
【0020】
本発明は、また、プロテインZ7含有量の低い大麦種を選抜する選抜方法であって、被検大麦種において、Haruna型及びKendall型の大麦プロテインZ7遺伝子座周辺領域の塩基配列を多重整列することにより特定される多型マーカーA、並びにHaruna型及びBarke型の大麦プロテインZ7遺伝子座周辺領域の塩基配列を多重整列することにより特定される多型マーカーB、の少なくとも1つの遺伝子型の同定を行い、以下の(iii)又は(iv)を実施する選抜方法を提供する。
(iii)同定した多型マーカーAの遺伝子型が、Kendall型の遺伝子型と一致する被検大麦種をプロテインZ7含有量の低い大麦種として選抜する
(iv)同定した多型マーカーBの遺伝子型が、Barke型の遺伝子型と一致する被検大麦種をプロテインZ7含有量の低い大麦種として選抜する
【0021】
被検大麦種において、上記多型マーカーA及び多型マーカーBのうち、少なくとも1つについて遺伝子型を同定する。同定した多型マーカーAの遺伝子型がKendall型に一致する被検大麦種を選抜すること又は同定した多型マーカーBの遺伝子型がBarke型の遺伝子型に一致する被検大麦種を選抜することによって、プロテインZ7含有量の低い大麦種を選抜することができる。
【0022】
上記遺伝子型の同定は、上記被検大麦種のゲノムDNAを鋳型としたPCR法で増幅された、上記多型マーカーA及び多型マーカーBからなる群より選ばれる選抜用多型マーカーの少なくとも1つを含むポリヌクレオチドにより行なわれることが好ましい。
【0023】
上記ポリヌクレオチドはゲノムDNAの塩基配列を再現しているため、遺伝子型の同定に好ましく利用できる。また、解析に要する植物組織試料量が少量ですむため、育種初期段階での選抜に特に適している。そのうえ、多くの解析非対象DNAを含むゲノムDNAそのものから遺伝子型を同定するのに比べて、検体中に解析対象となる塩基配列が多量に存在するため、より容易に遺伝子型を同定することができる。更に、被検大麦からDNAを抽出する工程、PCR法により選抜用多型マーカーを含むポリヌクレオチドを増幅する工程、選抜用多型マーカーの塩基種を判別する工程、といった基本的かつ容易な操作のみで短時間で選抜用多型マーカーの遺伝子型を同定することができるため、多検体を処理することにより適している。
【0024】
上記多型マーカーAは、配列番号1で特定される塩基配列の第62番目、第93−94番目(ギャップを表す)、第94番目、第96番目、第98番目、第113番目、第116番目、第123番目、第148番目、第151番目、第153番目、第156番目、第159番目、第160−186番目、第217番目、第231番目、第239番目、第246−247番目、第253番目、第305−306番目、第378番目又は第422番目の塩基に相当する塩基部位とすることができる。同様に、上記多型マーカーBは、配列番号1で特定される塩基配列の第260番目、第262番目、第305−306番目、第343番目、第378番目、第386番目又は第422番目の塩基に相当する塩基部位とすることができる。
【0025】
上記遺伝子型の同定は、上記選抜用多型マーカーの少なくとも1つを含むポリヌクレオチドを、認識配列中に上記選抜用多型マーカーの少なくとも1つを含む1種又は2種以上の制限酵素で消化して得られる断片の数及び/又はサイズに基づいて行うことが好ましい。
【0026】
この場合、上記選抜用多型マーカーの塩基種を判別する工程を、制限酵素消化、消化後の断片の数及び/又はサイズの検出といった基本的かつ容易な操作のみで実施することができる。また、短時間で選抜用多型マーカーの遺伝子型を同定することができるため、多検体の処理により適している。更に、遺伝子型の同定にかかるコストを低く抑えることができる。
【0027】
認識配列中に上記選抜用多型マーカーの少なくとも1つを含む制限酵素は、配列番号1で特定される塩基配列の第253番目及び第343番目の塩基に相当する選抜用多型マーカーを認識配列中に含む制限酵素である、BglII又はHinfIとすることができる。また、PCR法に配列番号8及び配列番号9で特定される塩基配列を有するプライマー対を用い、上記第253番目及び第343番目の塩基に相当する選抜用多型マーカーを含むポリヌクレオチドを増幅することができる。
【0028】
本発明は、また、配列番号8及び配列番号9で特定される塩基配列を有するプライマー対を含むプロテインZ7含有量に基づく大麦種選抜用キットを提供する。
【0029】
上述した配列番号8及び配列番号9で特定される塩基配列を有するプライマー対を用いることにより、PCR法による上記第253番目及び第343番目の塩基に相当する選抜用多型マーカーを含むポリヌクレオチドの増幅を効率よく行うことができる。
【0030】
本発明は、上記選抜方法によってプロテインZ7含有量の低い大麦種として選抜された大麦種を交配して得ることのできる交配後代系統の大麦種を提供する。
【0031】
上記選抜方法によって選抜された大麦種は、選抜用多型マーカーの遺伝子型が「Kendall型」又は「Barke型」の大麦種となっており、選抜された大麦種間で交配した場合、後代系統の大麦種の遺伝子型はほぼ確実に親の大麦種の遺伝子型と同一となる。したがって、プロテインZ7含有量に関する形質も後代系統に引き継がれる。
【0032】
本発明は、仕込工程及び発酵工程を少なくとも備える麦芽発酵飲料の製造方法であって、上記仕込工程で使用される大麦種が、上記選抜方法によりKendall型又はBarke型の遺伝子型に一致する被検大麦種として選抜された大麦種及び/又はその大麦種を交配して得ることのできる交配後代系統の大麦種である、麦芽発酵飲料の製造方法を提供する。本発明はまた、上記製造方法で得ることのできる麦芽発酵飲料を提供する。
【0033】
後述するように、ビール中のプロテインZ7含有量とNIBEM値との間には相関関係がある。本発明の選抜方法によってKendall型又はBarke型の遺伝子型に一致する被検大麦種として選抜された大麦種は、プロテインZ7含有量が低いため、これらの大麦種に由来する原料から製造される麦芽発酵飲料を、泡持ちに優れるものとすることができる。
【発明の効果】
【0034】
本発明の選抜方法により、操作性に優れ、作業が容易で、多検体を短時間で処理することができ、育種の初期段階でプロテインZ7含有量に基づいて正確に大麦種を選抜することができる。
【0035】
また、本発明の選抜方法により、プロテインZ7含有量に基づいて泡持ちのよい大麦種を選抜することができ、その選抜した大麦種、それらを交配して得ることのできる交配後代系統の大麦種を原料として、泡持ちのよい麦芽発酵飲料を製造することができる。
【0036】
麦芽発酵飲料用の大麦育種では、育種した品種には大麦、麦芽、麦芽発酵飲料(例えば、ビール等)の全ての面において高い品質が求められる。しかしながら、ビール品質の評価には一定量以上の試料が必要となるため、育種過程後期の段階でしか評価できないのが現状である。例えば泡持ちに関しては、醸造試験において泡持ちの良し悪しが判断されることとなるが、醸造試験に到達するまでにおよそ10年の歳月を要するのが一般的である。そのため育種の初期段階でビール品質(泡持ち)に関する性質について大麦種の選抜ができる本発明の選抜方法は非常に有効である。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】プロテインZ7遺伝子座周辺領域の塩基配列を多重整列した例を示す図である。
【図2】選抜用多型マーカーを含むポリヌクレオチドをPCR法により増幅し、制限酵素で消化し、アガロースゲル電気泳動した写真である。
【図3】2000年、2004年、2008年度産の大麦種を表1のタイプ2の選抜用多型マーカーを用いて選抜し、遺伝子型1、遺伝子型2に属する大麦種それぞれの平均プロテインZ7含有量を測定した結果を示すグラフである。
【図4】2000年、2004年、2008年度産の大麦種を表1のタイプ3の選抜用多型マーカーを用いて選抜し、遺伝子型1、遺伝子型2に属する大麦種それぞれの平均プロテインZ7含有量を測定した結果を示すグラフである。
【図5】2000年、2004年、2008年度産の大麦種を本発明の選抜方法により選抜し、Haruna型、Kendall型又はBarke型に属する大麦種それぞれの平均プロテインZ7含有量を測定した結果を示すグラフである。
【図6】ビールのプロテインZ7含有量とNIBEM値との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0038】
本発明は、プロテインZ7含有量の高い大麦種、低い大麦種を選抜する選抜方法を提供する。上記選抜方法では、まず、Haruna型及びKendall型の大麦プロテインZ7遺伝子座周辺領域の塩基配列を多重整列することにより特定される多型マーカーA、Haruna型及びBarke型の大麦プロテインZ7遺伝子座周辺領域の塩基配列を多重整列することにより特定される多型マーカーBを得る。被検大麦種において、上記多型マーカーA及び多型マーカーBのそれぞれについて1つ以上の遺伝子型を同定し、その遺伝子型が、Haruna型の遺伝子型と一致する被検大麦種をプロテインZ7含有量の高い大麦種として選抜するか、遺伝子型が、Kendall型又はBarke型の遺伝子型と一致する被検大麦種をプロテインZ7含有量の低い大麦種として選抜する。
【0039】
大麦プロテインZ7遺伝子座周辺領域とは、大麦プロテインZ7遺伝子のエキソン、イントロンが存在する領域のみならず、転写制御に関わるDNA配列が存在する領域及びその周辺領域をも含むものである。具体的には、大麦プロテインZ7遺伝子座周辺領域としては、開始コドンに相当するATG配列の上流5cM以内の範囲とすることができ、1cM以内の範囲とすることが好ましく、0.01cM以内の範囲とすることがより好ましく、0.0001cM以内の範囲とすることが更に好ましい。また、終止コドンに相当するTAG配列の下流5cM以内の範囲とすることができ、1cM以内の範囲とすることが好ましく、0.01cM以内の範囲とすることがより好ましく、0.0001cM以内の範囲とすることが更に好ましい。
【0040】
ここで、cM(センチモルガン)とは、遺伝学的方法によって定まる染色体上での遺伝子間の距離を表す単位であって、減数分裂1回当たり、相同染色体間に平均1回の交叉が起こる距離を1Mとし、その1/100の距離を1cMという。
【0041】
すなわち、プロテインZ7遺伝子座から5cM以内であれば、組換えが生じる確率が5%以下となり、1cM以内であればその確率が1%以下となり、0.01cM以内であればその確率が0.01%以下となり、更に0.0001cM以内であればその確率が0.0001%以下となるため、この範囲内にある選抜用多型マーカーとプロテインZ7含有量との相関関係は、高い確率で保たれることになる。したがって、上記選抜用多型マーカーをこの範囲内で設定することで、統計上有意に、プロテインZ7含有量に基づいて被検大麦種を選抜することができる。
【0042】
大麦プロテインZ7遺伝子座周辺領域の塩基配列情報は、例えば、大麦種から抽出したDNAを鋳型としたPCR法により大麦プロテインZ7遺伝子座周辺領域からポリヌクレオチドを増幅し、増幅したポリヌクレオチドを必要に応じて精製し、このポリヌクレオチドの塩基配列をシークエンス解析により決定することで、得ることができる。
【0043】
ここで、DNAは大麦のどの部位から抽出されてもよく、大麦の葉、茎、根、種子等をDNAソースとして利用することができる。これらの組織からのDNA抽出方法としては、植物のDNA抽出に汎用されている抽出方法を用いることができる。また、市販されているDNA抽出キット類も好適に使用することができる。
【0044】
抽出したDNAを鋳型としたPCRに用いるプライマー対の塩基配列は、NCBI、Gene Bank等のデータベースに登録されている大麦プロテインZ7遺伝子座周辺領域に相当するゲノムの(部分)塩基配列を入手し、その塩基配列情報に基づいて設計することができる。各プライマーの塩基配列長、塩基配列、GC含有量等のパラメーター設定については、当業者の通常の試行錯誤の範囲内であり、適宜決定され得る。また、PCR法、増幅したポリヌクレオチドの精製法、シークエンス解析法については、当該技術分野で汎用されている手法が適用可能であり、常法に従って実施することができる。
【0045】
また、データベースに登録されている(部分)塩基配列を基にプロテインZ7遺伝子配列特異的プライマーを設計し、ランダムプライマーと組み合わせてThermal Asymmetric Interlaced(TAIL)PCR法等を実施することによって、塩基配列が未知である隣接領域に対応するポリヌクレオチドを増幅することができる。増幅されたポリヌクレオチドのシークエンス解析により、データベースに登録されていない塩基配列情報の取得が可能である。塩基配列が未知の隣接領域を取得する方法としては、TAIL PCR法以外にも、例えば、Inverse PCR等の方法が挙げられる。
【0046】
本発明の多型マーカーAは、Haruna型の大麦プロテインZ7遺伝子座周辺領域の塩基配列と、Kendall型の大麦プロテインZ7遺伝子座周辺領域の塩基配列とを多重整列することにより特定することができる。同様に、多型マーカーBは、Haruna型の大麦プロテインZ7遺伝子座周辺領域の塩基配列と、Barke型の大麦プロテインZ7遺伝子座周辺領域の塩基配列とを多重整列することにより特定することができる。
【0047】
ここで、Haruna型の大麦プロテインZ7遺伝子座周辺領域の塩基配列は、代表的には大麦はるな二条種を用いて、上述した塩基配列情報を決定する方法により得ることができる。また、はるな二条種以外の大麦種を用いることも可能であり、そのような大麦種として、これらに限定されるものではないが、さきたま二条、とね二条、なす二条、きぬゆたか、ミカモゴールデン、りょうふう、りょううん、Commander、Keel、みょうぎ二条、アサカゴールド、ミサトゴールデン、北海道シバリー、Harrington、CDC Reserve、CDC Copeland、CDC Meredith、CDC Aurora Nijo、CDC Select、Gairdner種などを例示できる。
【0048】
Kendall型の大麦プロテインZ7遺伝子座周辺領域の塩基配列は、代表的には大麦CDC Kendall種を用いて、上述した塩基配列情報を決定する方法により得ることができる。CDC Kendall種以外の大麦種を用いることもでき、そのような大麦種として、これらに限定されるものではないが、ほしまさり、Betzes、AC Metcalf、CDC Polar Star、Newdale、SloopSA、Scarlett、Cellar、Prior、Chevallier、Hanna、ゴールデンメロン、あまぎ二条、あかぎ二条、成城1号、アサヒ5号、Clipper、Schooner、Franklin、Lofty Nijo、Baudin、Timori種などを例示できる。
【0049】
Barke型の大麦プロテインZ7遺伝子座周辺領域の塩基配列は、代表的には大麦Barke種を用いて、上述した塩基配列情報を決定する方法により得ることができる。また、Barke種以外の大麦種を用いることもでき、そのような大麦種として、これらに限定されるものではないが、Braemar、Optic、Triumph、Alexis、Sebastian、Power種などを例示できる。
【0050】
本発明において多重整列(マルチプルアラインメント)とは、塩基配列を相互に比較可能なものにするため、対応する塩基配列部分が並ぶよう、適宜空白(ギャップ)を入れて塩基配列を整列したものをいう。本明細書中においては、塩基配列が2つの場合にも、多重整列という。多重整列にあたっては、公知の多重整列作成プログラムを利用することができる。例えば、Clustal W、Clustal Xなどが好適に利用可能である。
【0051】
多重整列により、塩基が一致しない塩基部位を特定することができる。特定された塩基部位を、選抜用多型マーカーとして利用することができる。なお、整列を最適化するために導入されるギャップ部分については、本発明においては塩基が一致しない塩基部位、すなわち選抜用多型マーカーとして特定する。
【0052】
図1に多重整列の一例を示した。大麦はるな二条種(Harunと表示;配列番号1)、Harrington種(Harriと表示)、CDC Copeland種(Copelと表示)、CDC Kendall種(Kendaと表示;配列番号2)、Barke種(Barkeと表示;配列番号3)のプロテインZ7遺伝子座周辺領域の塩基配列を多重整列したものである。
【0053】
図1より、多型マーカーAの一例として、配列番号1で特定される塩基配列の第62番目、第93−94番目(ギャップを表す)、第94番目、第96番目、第98番目、第113番目、第116番目、第123番目、第148番目、第151番目、第153番目、第156番目、第159番目、第160−186番目、第217番目、第231番目、第239番目、第246−247番目、第253番目、第305−306番目、第378番目又は第422番目の塩基に相当する塩基部位を特定することができる。同様に、多型マーカーBの一例として、配列番号1で特定される塩基配列の第260番目、第262番目、第305−306番目、第343番目、第378番目、第386番目又は第422番目の塩基に相当する塩基部位を特定することができる。
【0054】
なお、第422番目の塩基に相当する塩基部位等で使われる「相当する」とは、多重整列した際に、その塩基の列に整列される又は整列できることをいう。
【0055】
被検大麦種における上記選抜用多型マーカーの遺伝子型の同定は、例えば、選抜用多型マーカーとなる塩基部位の塩基種を判別すること、選抜用多型マーカーの有無を判別することなどにより行うことができる。塩基種の判別は、例えば、シークエンス解析により塩基種を決定すること、制限酵素認識配列の有無によって塩基種を決定すること、完全マッチプローブやミスマッチプローブを利用したハイブリダイゼーションにより塩基種を決定することなどにより行うことができる。
【0056】
上記選抜用多型マーカーは3つのタイプに分類することができる(表1)。タイプ1の選抜用多型マーカーは、Haruna型の遺伝子型(遺伝子型1)とKendall型及びBarke型の遺伝子型(遺伝子型2)とが異なり、かつ、Kendall型とBarke型の遺伝子型(遺伝子型2)が一致するものである。すなわち、タイプ1の選抜用多型マーカーは、多型マーカーAとしても多型マーカーBとしても利用できるものである。タイプ2の選抜用多型マーカーは、Haruna型とBarke型の遺伝子型(遺伝子型1)が一致し、Kendall型の遺伝子型(遺伝子型2)のみ他と異なるものである。すなわち、タイプ2の選抜用多型マーカーは、多型マーカーAとしてのみ利用できるものである。また、タイプ3の選抜用多型マーカーは、Haruna型とKendall型の遺伝子型(遺伝子型1)が一致し、Barke型の遺伝子型(遺伝子型2)のみ他と異なるものである。すなわち、タイプ3の選抜用多型マーカーは、多型マーカーBとしてのみ利用できるものである。
【表1】


表1の遺伝子型1及び遺伝子型2欄中の略号は、それぞれ、H:Haruna型、K:Kendall型、B:Barke型を意味する。
【0057】
多型マーカーAの遺伝子型に基づいて被検大麦種を選抜することにより、Haruna型とKendall型の被検大麦種を分類することができる。しかしながら、この場合、Barke型の被検大麦種はHaruna型、Kendall型のいずれにも分類され得る。同様に、多型マーカーBの遺伝子型に基づいて被検大麦種を選抜することにより、Haruna型とBarke型の被検大麦種を分類することができるが、Kendall型の被検大麦種はHaruna型、Barke型のいずれにも分類され得る。
【0058】
したがって、被検大麦種において、多型マーカーAについて少なくとも1つ以上の遺伝子型を同定し、かつ多型マーカーBについても少なくとも1つ以上の遺伝子型を同定し、同定したこれらの遺伝子型を、Haruna型、Kendall型、Barke型の遺伝子型と比較することで、被検大麦種をHaruna型、Kendall型又はBarke型のいずれかに分類することができる。すなわち、遺伝子型に基づいて、プロテインZ7含有量の高い大麦種(Haruna型と一致)と、プロテインZ7含有量の低い大麦種(Kendall型又はBarke型と一致)とに、被検大麦種を正確に分類することが可能となる。
【0059】
被検大麦種において、多型マーカーA及び多型マーカーBのそれぞれについて1つ以上の遺伝子型の同定を行う実施形態としては、表1に示したタイプ1の選抜用多型マーカーの少なくとも1つについて遺伝子型の同定を行うか、表1に示したタイプ2及びタイプ3それぞれについて少なくとも1つ遺伝子型の同定を行う形態とすることができる。タイプ1の選抜用多型マーカーは、多型マーカーAであり、かつ多型マーカーBでもあるため、少なくとも1つについて遺伝子型を同定することにより、多型マーカーA及び多型マーカーBのそれぞれについて1つ以上の遺伝子型を同定することとなる。
【0060】
一方、プロテインZ7含有量の低い被検大麦種のみを選抜する場合、多型マーカーA及び多型マーカーBの少なくとも一方について1つ以上の遺伝子型を同定すればよい。被検大麦種において、同定した多型マーカーAの遺伝子型が、Kendall型の遺伝子型と一致する場合、又は同定した多型マーカーBの遺伝子型が、Barke型の遺伝子型と一致する場合、その被検大麦種をプロテインZ7含有量の低い大麦種として選抜することができる。
【0061】
プロテインZ7含有量は、同一品種でも大麦種の産年度によって異なることがある。そのため、異なる産年度の大麦種間でプロテインZ7含有量を比較する場合において、絶対的な数値で判断することは難しいため、例えば、プロテインZ7含有量の高い大麦種の代表である大麦はるな二条種に対する種子中のタンパク質全量に対するプロテインZ7含有量として比較するのが望ましい。この場合において、プロテインZ7含有量の高い大麦種とは、その数値が、例えば、大麦はるな二条種のプロテインZ7含有量に対して、0.50以上である大麦種であり、好ましくは0.60以上である大麦種であり、より好ましくは0.70以上である大麦種である。他方、プロテインZ7含有量の低い大麦種とは、その大麦種の大麦はるな二条種に対する種子中のタンパク質全量に対するプロテインZ7含有量が、0.50以下である大麦種であり、好ましくは0.40以下である大麦種であり、より好ましくは0.30以下である大麦種である。
【0062】
被検大麦種からのDNAの抽出方法は、植物の組織からのDNA抽出に常用される、CATB法、後述する方法等を一般に適用可能である。また、市販されているキット類も好適に使用可能である。一方、DNAは被検大麦種の葉、茎、根、種子等の部位から抽出されてもよいが、育種段階での選抜を考慮すれば、葉から抽出するのが好ましい。葉から抽出することにより、早い段階で望ましい形質を有する大麦を選抜することができる。
【0063】
被検大麦種から抽出したDNAを用いて、上記選抜用多型マーカーを含むポリヌクレオチドをPCR法により増幅する場合においては、上記選抜用多型マーカーを特定する際に決定した大麦プロテインZ7遺伝子座周辺領域の塩基配列を基にPCR用プライマー対を設計することができる。このプライマー対により増幅されるポリヌクレオチドの長さとしては、20〜30000bpとすることができる。PCR法での増幅効率、増幅されたポリヌクレオチドを解析する際の取り扱いの容易さ等を勘案すれば、上限値は10000bpとするのが好ましく、より好ましくは3000bpであり、更に好ましくは2000bpである。同様に下限値は100bpとするのが好ましく、より好ましくは200bp、更に好ましくは300bpである。PCR法に用いるポリメラーゼの種類を当業者に良く知られたものの中から適宜選択することにより、上述した長さを有するポリヌクレオチドを増幅することができる。
【0064】
上記ポリヌクレオチドを用いて選抜用多型マーカーの塩基種を同定する方法としては、シークエンス解析により塩基配列を解読する方法などが好適に利用可能である。
【0065】
また、上記遺伝子型の同定を、認識配列中に上記選抜用多型マーカーを含む1種又は2種以上の制限酵素で、上記ポリヌクレオチドを消化し、得られる断片の数及び/又はサイズを判別することによって行うこともできる。
【0066】
制限酵素の認識配列中に上記選抜用多型マーカーが含まれる場合、上記選抜用多型マーカーの遺伝子型によって、制限酵素によるポリヌクレオチドの切断が生じるか否かで遺伝子型を同定することができる。制限酵素によるポリヌクレオチドの切断が生じるか否かは、制限酵素で消化したポリヌクレオチドをサイズ分画することにより、断片の数及び/又はサイズから判断することができる。
【0067】
制限酵素の認識配列中に含まれる上記選抜用多型マーカーを含むポリヌクレオチドをPCR法により増幅するにあたり、PCR法に用いるプライマー対の設計は、一般的な方法に従えばよく、上記したとおりに行うことができる。プライマー対により増幅されるポリヌクレオチドの長さとしては、制限酵素で消化した後に、断片をサイズ分画によって検出することを考慮すれば、上限値は、5000bpとするのが好ましく、より好ましくは3000bpであり、更に好ましくは2000bpである。同様に下限値は、100bpが好ましく、より好ましくは200bpであり、更に好ましくは300bpである。PCR法に用いるポリメラーゼの種類を当業者によく知られたものの中から適宜選択することにより、上述した長さを有するポリヌクレオチドを増幅することができる。
【0068】
制限酵素による消化反応は、各制限酵素に至適な緩衝液を用い、至適な反応温度において実施することができる。また、制限酵素消化後の断片をサイズ分画して検出する方法としては、当業者に常用されるアガロースゲル電気泳動を好適に採用することができる。また、公知の適切なカラムを用いたHPLC法により、断片をサイズ分画して検出することもできる。
【0069】
制限酵素によりポリヌクレオチドの切断が生じるか否かで遺伝子型を同定する方法の一例としては、BglII及びHinfIの認識配列中に上記選抜用多型マーカーが含まれる、配列番号1で特定される塩基配列の第253番目及び第343番目の塩基に相当する選抜用多型マーカーを利用した方法が挙げられる。より具体的には、被検大麦種から抽出したDNAを鋳型として、配列番号8及び配列番号9で特定される塩基配列を有するプライマー対を用いたPCR法によりポリヌクレオチドを増幅し、増幅したポリヌクレオチドを制限酵素BglII及び制限酵素HinfIで消化する。消化後の断片を4.0%(w/v)アガロースゲル電気泳動によりサイズ分画すると、Haruna型の被検大麦種は、サイズが251bp、91bp及び59bpの3断片を生じる。一方、Kendall型の被検大麦種は、サイズが389bp及び59bpの2断片を生じ、Barke型の被検大麦種は、サイズが251bp及び150bpの2断片を生じる。
【0070】
本発明の一実施形態には、配列番号8及び配列番号9で特定される塩基配列を有するプライマー対を含むキットが挙げられる。上記選抜方法において、上記選抜用多型マーカーを含むポリヌクレオチドをPCR法により増幅する態様において、本キットを好適に利用することができる。
【0071】
上記キットは、更に制限酵素を含むものであってよい。また、大麦種の組織からDNAを抽出するためのキットを更に包含していてもよい。
【0072】
本発明はまた、上記選抜方法によってプロテインZ7含有量の低い大麦種として選抜された大麦種を交配して得ることのできる交配後代系統の大麦種を提供する。後代系統は、上記プロテインZ7含有量の低い大麦種として選抜された大麦種のうち、Kendall型とKendall型、又はBarke型とBarke型の大麦種間の交配によって得ることができ、また、Kendall型及びBarke型の大麦種間の交配によっても得ることができる。これにより、プロテインZ7含有量の低い大麦種として選抜した大麦種から、プロテインZ7含有量の低い後代系統の大麦種を得ることができる。
【0073】
上述した選抜方法によって選抜された大麦種を、仕込工程及び発酵工程を少なくとも備える麦芽発酵飲料の製造方法において使用することができる。仕込工程で使用される大麦種は、上述の選抜方法によってプロテインZ7含有量の低い大麦種として選抜された大麦種又はその交配後代系統の大麦種とすることが好ましい。
【0074】
上述の選抜方法によってプロテインZ7含有量の低い大麦種として選抜された大麦種又はその交配後代系統の大麦種を製麦することにより麦芽を得ることができる。製麦は、一般に用いられている方法で行うことができる。具体的には、例えば、浸麦度が40%〜45%に達するまで浸麦後、10〜20℃で3〜6日間発芽させ、焙燥して麦芽を得ることができる。
【0075】
上記仕込工程は、麦芽や大麦を含む原料と仕込用水とを混合し、得られた混合物を加温することにより麦芽や大麦を糖化させ、糖化された麦芽や大麦から麦汁を採取する工程である。この仕込工程には、上述の選抜方法によってプロテインZ7含有量の低い大麦種として選抜された大麦種又はその交配後代系統の大麦種から得られた麦芽のみならず、これらの大麦種そのものを使用することもできる。また、原料には、上記麦芽や大麦以外に、コーンスターチ、コーングリッツ、米、糖類等の副原料を添加してもよい。
【0076】
上記発酵工程は、前記麦汁にホップを添加し、煮沸、冷却した冷麦汁に酵母を添加して発酵させ麦芽発酵飲料(中間)品を得る工程である。ここで用いられる酵母は、例えば、サッカロミセス・パトリアヌス、サッカロミセス・セレビシェ、サッカロミセス・ウバルム等が挙げられる。
【0077】
麦芽発酵飲料は、その製造に用いられる麦芽の使用比率の多少は特に制限されず、麦芽を原料の一部として発酵により製造される飲料であればよい。具体的には例えば、ビールや発泡酒が挙げられる。また、いわゆるノンアルコールビールやノンアルコール発泡酒も、ビール等と同様の製法を用いることから、麦芽発酵飲料である。
【0078】
後述するように、プロテインZ7含有量とNIBEM値との間には負の相関関係があることが確認できており、上述の選抜方法によってプロテインZ7含有量の低い大麦種として選抜された大麦種又はその交配後代系統の大麦種を原料として用いることにより、泡持ちのよい麦芽発酵飲料を製造することができる。
【実施例】
【0079】
以下、本発明を実施例に従って更に詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0080】
(実施例1:プロテインZ7遺伝子座領域の未知配列の決定)
大麦はるな二条種、CDC Copeland種、Harrington種、CDC Kendall種及びBarke種の5種を、以下の実施例に用いた。
【0081】
[DNAの抽出]
上述したそれぞれの大麦種について、葉をDNAソースとして、以下の方法でDNAを抽出した。葉に抽出バッファー(200mM Tris−HCl,250mM NaCl,25mM EDTA,pH7.5)とジルコニアボールを添加し、振とうした後、60℃で30分間保持した。遠心分離し、得られた上清に等量のイソプロパノールを添加してDNAを析出させた。遠心分離し、得られた沈殿に70%エタノールを添加して、再び遠心分離した。得られたDNAの沈殿を滅菌水に溶解させ、このDNA溶液をPCRの鋳型に用いた。
【0082】
[プロテインZ7遺伝子及びその上流域の塩基配列解析]
プロテインZ7の翻訳開始コドン(ATG)より5’側の未知配列を取得するため、TAIL PCR法を用いた。TAIL PCR法は、既知配列に隣接する未知配列を含む増幅産物を取得する方法の一つで、ランダムな塩基配列を有するランダムプライマーと既知配列に特異的に結合可能な塩基配列を有するプライマーを対とし、低アニーリング温度(44℃)と高アニーリング温度(68℃)を変化的に制御することで、非特異的産物の増幅を抑制し、既知配列に隣接する未知配列を含む産物を優先的に増幅させる方法である(例えば、植物のPCR実験プロトコール,73−79頁,秀潤社,1995年)。TAIL PCR法には以下のプライマーを用いた。なお特異的プライマー1〜3はNCBIデータベースのプロテインZ7遺伝子の塩基配列情報(NCBI accession No.X95277)を参考にして決定した。
【0083】
ランダムプライマー(配列番号4);
5’−GTNCGA(G/C)(A/T)CANA(A/T)GTT−3’
特異的プライマー1(配列番号5);
5’−CGTTGGTGGCAGCAGACTCGGGG−3’
特異的プライマー2(配列番号6);
5’−GGTCGGAGGAGATGGCGGAGGCG−3’
特異的プライマー3(配列番号7);
5’−GGTCGGTGGTGAGGGTGGTTGCCA−3’
【0084】
なお、特異的プライマー1〜3は、“入れ子”となるように設計されており、nested PCR法の利用により、プロテインZ7の翻訳開始コドン(ATG)より5’側の未知配列を有するポリヌクレオチドを取得した。
【0085】
まず、上述した大麦種から抽出したDNAを鋳型とし、ランダムプライマーと特異的プライマー1を用い、以下に示すPCRプログラムに従って、1回目のPCRを行った。
94℃で1分間保持後、更に95℃で1分間保持した。次に、94℃で1分熱変性し、65℃で1分間アニーリングした後、72℃で3分間伸長反応を行うサイクルを5サイクル実施し、94℃で1分間熱変性、30℃で3分間アニーリング、72℃で3分間伸長反応を行うサイクルを1サイクル実施した。次に、94℃で30秒間熱変性、68℃で1分間アニーリング、72℃で3分間伸長反応、94℃で30秒間熱変性、68℃で1分間アニーリング、72℃で3分間伸長反応、94℃で30秒間熱変性、44℃で1分間アニーリング、72℃で3分間伸長反応、という9ステップで構成されるサイクルを、15サイクル実施した。最後に72℃で5分間伸長反応を実施した。
【0086】
1回目のPCRで得られたPCR産物を鋳型とし、ランダムプライマーと特異的プライマー2を用い、以下に示すPCRプログラムに従って、2回目のPCRを行った。
94℃で30秒間熱変性、68℃で1分間アニーリング、72℃で3分間伸長反応、94℃で30秒間熱変性、68℃で1分間アニーリング、72℃で3分間伸長反応、94℃で30秒間熱変性、44℃で1分間アニーリング、72℃で3分間伸長反応、という9ステップで構成されるサイクルを、13サイクル実施した。最後に72℃で5分間伸長反応を実施した。
【0087】
2回目のPCR産物を鋳型とし、ランダムプライマーと特異的プライマー3を用い、2回目のPCRと同様のPCRプログラムに従って、3回目のPCRを行った。このPCR増幅産物をアガロースゲル電気泳動により解析し、検出された増幅ポリヌクレオチドをゲルから切り出した。プロテインZ7遺伝子の翻訳開始コドン(ATG)から上流290〜337bpに渡る連続した未知配列領域を、上述したTAIL PCR法により、ポリヌクレオチドとして増幅することができた。切り出した増幅ポリヌクレオチドは、QIAquick Gel Extraction kit(QIAGEN社、cat.No.28706)を用いて精製した後、これを鋳型としてシークエンス解析を行い、塩基配列を決定した。シークエンス解析は、Sigma社の委託解析サービスの利用により行った。はるな二条種、CDC Kendall種及びBarke種に由来する塩基配列は、それぞれ配列番号1、配列番号2及び配列番号3に示した。
【0088】
[プロテインZ7遺伝子塩基配列の多重整列]
はるな二条種、CDC Copeland種、Harrington種、CDC Kendall種及びBarke種について、上記で決定した塩基配列を多重整列した(図1)。多重整列には、GENETYX Ver.8(GENETYX CORPORATION)のアラインメント解析ツールを利用した。列の下に*印のある列は、これら5種の大麦種全てで塩基種が一致した部位を示しており、*印のない列はこれら5種の大麦種のいずれかで塩基種が異なっている部位を示している。
【0089】
[多型マーカー]
図1に示した多重整列の結果、5種類の大麦種間で塩基種が一致しない塩基部位が合計26ヶ所存在しており、これらを多型マーカーとして特定した。具体的には、配列番号1で特定される塩基配列の第62番目の塩基、第93−94番目の塩基の間(図1中のギャップに対応する)、第94番目の塩基、第96番目の塩基、第98番目の塩基、第113番目の塩基、第116番目の塩基、第123番目の塩基、第148番目の塩基、第151番目の塩基、第153番目の塩基、第156番目の塩基、第159番目の塩基、第160−186番目の塩基の間、第217番目の塩基、第231番目の塩基、第239番目の塩基、第246−247番目の塩基の間、第253番目の塩基、第260番目の塩基、第262番目の塩基、第305−306番目の塩基、第343番目の塩基、第378番目の塩基、第386番目の塩基、第422番目の塩基に相当する塩基部位である。
【0090】
なお、はるな二条種、CDC Copeland種、Harrington種は、全ての多型マーカーにおいて、同一の遺伝子型を有していた。
【0091】
特定した26個の多型マーカーを表1の分類に従って分類した(表2)。
【表2】


表2の遺伝子型1及び遺伝子型2欄中の略号は、それぞれ、H:Haruna型、K:Kendall型、B:Barke型の遺伝子型を意味する。
【0092】
(実施例2:CAPSマーカーの構築)
選抜用多型マーカーの遺伝子型の判別を、特定の制限酵素により切断が生じるか否かにより行うことができれば、CAPS(Cleaved Amplified Polymorphic Sequence)マーカーとして有用である。上述した多型マーカーのうち、配列番号1で特定される塩基配列の第253番目の塩基に相当する塩基部位において、遺伝子型1の大麦種(表2)は制限酵素BglIIの認識配列(AGATCT)を有している。同様に、第343番目の塩基に相当する塩基部位において、遺伝子型1の大麦種(表2)は制限酵素HinfI(GANTC)の認識配列を有している。これらの多型マーカーを用いてCAPSマーカーの構築を行った。
【0093】
[配列番号1で特定される塩基配列の第253番目の塩基に相当する多型マーカー]
配列番号1で特定される塩基配列の第253番目の塩基に相当する多型マーカーを含むポリヌクレオチドをPCRにより増幅し、PCR産物を制限酵素BglIIで消化することにより、切断の有無で遺伝子型を同定できる。PCR産物が切断されるのは、遺伝子型1(表2)を有する大麦種であり、PCR産物が切断されないのは、遺伝子型2(表2)を有する大麦種である。
【0094】
大麦23品種(はるな二条、みょうぎ二条、さつき二条、ゴールデンメロン、あかぎ二条、りょうふう、りょううん、ほしまさり、CDC Kendall、AC Metcalf、Harrington、CDC Copeland、SloopSA、Schooner、Clipper、Franklin、Barke、Scarlett、Betzes、Braemar、Triumph、Hanna、Prior種)について、実施例1と同様の方法によりDNAを抽出した。このDNAを鋳型とし、プライマーCAPS1及びCAPS2を用いてPCRを行った。それぞれ約0.4kbpのPCR産物が得られた。PCR産物をBglIIで消化し、消化後に電気泳動を行った。PCR産物がBglIIで切断されたサンプルでは、サイズが約250bpと約150bpである、2つのDNA断片が検出された。これにより、PCR産物がBglIIにより切断された大麦種と、切断されない大麦種とに分類することができた。
【0095】
CAPS1(配列番号8);
5’−GGTCACATGACGTGTATTAATCTCC−3’
CAPS2(配列番号9);
5’−CGTTGGTGGCAGCAGACTCGGGG−3’
【0096】
[プロテインZ7含有量の定量]
2000年、2004年、2008年に群馬県のサッポロビール社圃場で栽培された大麦種子をそれぞれミルで粉砕し、ELISA法でプロテインZ7含有量を定量した。ELISA法は、タスマニア大学Evans博士より提供されたプロテインZ7特異的抗体を用いたサンドイッチELISA法により行った。ミルで粉砕した大麦種子50mgを2mLスクリューキャップ付きチューブにとり、0.28%Dithiothreitol(DTT)を含むPhosphate Buffer Saline(PBS)1mLを添加し、一晩振とうした。この液の遠心上清を大麦種子タンパク質抽出液とした。タンパク質濃度をBradford法により定量した後、ELISAに供した。プロテインZ7のELISAはEvansらの方法に従って行った(非特許文献5)。種子のタンパク質含量のばらつきを考慮するため、プロテインZ7含有量は(ng/μg−protein)とした。表3にプロテインZ7含有量の測定結果を示す。
【0097】
【表3】


NA:Not Available
【0098】
PCR産物がBglIIにより切断された大麦種(遺伝子型1)と、切断されない大麦種(遺伝子型2)のプロテインZ7含有量の平均値を比較することで、本CAPSマーカーの有効性を検証した(図3)。その結果、2000年産、2004年産、2008年産のいずれにおいても遺伝子型1の大麦種は、遺伝子型2の大麦種と比較して、危険率1%で有意にプロテインZ7含有量が高かった。
プロテインZ7含有量の平均値(2000年)
遺伝子型1;18.51±8.26ng/μg−protein
遺伝子型2;8.66±3.30ng/μg−protein
プロテインZ7含有量の平均値(2004年)
遺伝子型1;19.37±7.79ng/μg−protein
遺伝子型2;8.83±3.20ng/μg−protein
プロテインZ7含有量の平均値(2008年)
遺伝子型1;22.90±11.90ng/μg−protein
遺伝子型2;9.76±3.44ng/μg−protein
【0099】
しかしながら、PCR産物がBglIIで切断された遺伝子型1に属する被検大麦種を選抜しても、必ずしも全ての被選抜大麦種のプロテインZ7含有量が高くはないという現象が観察された。すなわち、配列番号1で特定される塩基配列の第253番目の塩基に相当する多型マーカーは、被検大麦種をプロテインZ7含有量の高い大麦種と、低い大麦種とに、確実に分類するための選抜マーカーとしては十分ではなかった。
【0100】
[配列番号1で特定される塩基配列の第343番目の塩基に相当する多型マーカー]
配列番号1で特定される塩基配列の第343番目の塩基に相当する多型マーカーを含むポリヌクレオチドをPCRにより増幅し、PCR産物を制限酵素HinfIで消化することにより、PCR切断の有無で遺伝子型を同定できる。PCR産物が切断されるのは、遺伝子型1(表2)を有する大麦種であり、PCR産物が切断されないのは、遺伝子型2(表2)を有する大麦種である。
【0101】
大麦23品種(はるな二条、みょうぎ二条、さつき二条、ゴールデンメロン、あかぎ二条、りょうふう、りょううん、ほしまさり、CDC Kendall、AC Metcalf、Harrington、CDC Copeland、SloopSA、Schooner、Clipper、Franklin、Barke、Scarlett、Betzes、Braemar、Triumph、Hanna、Prior種)について、実施例1と同様の方法によりDNAを抽出した。このDNAを鋳型とし、プライマーCAPS1及びCAPS2を用いてPCRを行った。それぞれ約0.4kbpのPCR産物が得られた。PCR産物をHinfIで消化し、消化後に電気泳動を行った。PCR産物がHinfIで切断されたサンプルでは、サイズが約350bpと約60bpである2つのDNA断片が検出された。これにより、PCR産物がHinfIにより切断された大麦種と、切断されない大麦種とに分類することができた。
【0102】
プロテインZ7含有量を上述のとおり測定した。PCR産物がHinfIにより切断された大麦種(遺伝子型1)と、切断されない大麦種(遺伝子型2)のプロテインZ7含有量の平均値を比較した(図4)。その結果、2000年産、2004年産、2008年産のいずれにおいても遺伝子型1の大麦種の方が遺伝子型2の大麦種に比べてプロテインZ7含有量の平均値が高い傾向が窺えたものの、統計上、有意な差はなかった。
プロテインZ7含有量の平均値(2000年)
遺伝子型1;13.79±7.86ng/μg−protein
遺伝子型2;7.31±1.98ng/μg−protein
プロテインZ7含有量の平均値(2004年)
遺伝子型1;13.57±7.74ng/μg−protein
遺伝子型2;8.83±4.56ng/μg−protein
プロテインZ7含有量の平均値(2008年)
遺伝子型1;17.45±11.54ng/μg−protein
遺伝子型2;10.72±3.63ng/μg−protein
【0103】
実施例1で特定した多型マーカーのうち、配列番号1で特定される塩基配列の第253番目及び第343番目の塩基に相当する多型マーカーは、実施例2の結果より、それぞれ単独では制限酵素による切断の有無に基づいて、被検大麦種をプロテインZ7含有量の高い大麦種と、低い大麦種とに、正確に分類するための選抜マーカーとしては十分ではなかった。
【0104】
(実施例3:複数の多型マーカーの利用によるCAPSマーカーの構築)
プライマーCAPS1、CAPS2を用いてPCRを行った産物をBglIIとHinfIの2種類の制限酵素で消化することによって、得られるDNA断片の数及びサイズが異なる3つのタイプに分類できると予想される(表4)。
【0105】
実施例2と同様に被検大麦種からDNAを抽出し、このDNAを鋳型として、プライマーCAPS1及びCAPS2を用いてPCRを行った。PCR産物を2種類の制限酵素(BglII及びHinfI)で消化した。制限酵素消化後のDNA断片の4.0%(w/v)アガロースゲル電気泳動の結果を図2に示した。約400bpにバンドが検出された大麦種をKendall型とし、約250bp及び約90bpにバンドが検出された大麦種をHaruna型とし、約250bp及び約150bpにバンドが検出された大麦種をBarke型とした。以上の結果から、本CAPSマーカーで大麦プロテインZ7の遺伝子型をKendall型、Haruna型、Barke型の3種に分類できることが示された。
【表4】

【0106】
(実施例4:複数の多型マーカーを利用したCAPSマーカーの、プロテインZ7含有量に基づく大麦種の選抜効果の検証)
大麦23品種(はるな二条、みょうぎ二条、さつき二条、ゴールデンメロン、あかぎ二条、りょうふう、りょううん、ほしまさり、CDC Kendall、AC Metcalf、Harrington、CDC Copeland、SloopSA、Schooner、Clipper、Franklin、Barke、Scarlett、Betzes、Braemar、Triumph、Hanna、Prior種)について、実施例3で示したようにCAPSマーカーの遺伝子型を同定し、Kendall型、Haruna型、Barke型の3種に分類した。その遺伝子型とプロテインZ7含量の関係を調べた。
【0107】
[遺伝子型の分類とプロテインZ7含有量の比較]
実施例3で示したとおりに、CAPSマーカーの遺伝子型を同定し、Kendall型、Haruna型、Barke型の3種に分類した各大麦種のプロテインZ7含有量の平均値を比較することで、本CAPSマーカーの有効性を検証した(図5)。2000年産、2004年産、2008年産のいずれにおいてもHaruna型の大麦種は、Kendall型の大麦種及びBarke型の大麦種と比較して、危険率1%で有意にプロテインZ7含有量が高かった(図5)。
【0108】
プロテインZ7含有量の平均値(2000年)
Haruna型の大麦種;23.30±3.37ng/μg−protein
Kendall型の大麦種;8.66±3.30ng/μg−protein
Barke型の大麦種;7.30±1.98ng/μg−protein
プロテインZ7含有量の平均値(2004年)
Haruna型の大麦種;22.38±5.47ng/μg−protein
Kendall型の大麦種;8.83±3.20ng/μg−protein
Barke型の大麦種;8.80±4.56ng/μg−protein
プロテインZ7含有量の平均値(2008年)
Haruna型の大麦種;28.99±9.37ng/μg−protein
Kendall型の大麦種;9.76±3.44ng/μg−protein
Barke型の大麦種;10.70±3.63ng/μg−protein
【0109】
また、被検大麦種を、上述したように、Haruna型、Kendall型及びBarke型の3種類に分類した結果、Haruna型の被検大麦種は確実にプロテインZ7含有量の高い大麦種であり、Kendall型及びBarke型の被検大麦種は確実にプロテインZ7含有量の低い大麦種であり、十分な選抜効果が示された。
【0110】
したがって、配列番号1で特定される塩基配列の第253番目及び第343番目の塩基に相当する多型マーカー2つの遺伝子型の判別に基づく、本CAPSマーカーは、被検大麦種をプロテインZ7含有量の高い大麦種と、低い大麦種とに、確実に分類するための選抜マーカーとして有効である。
【0111】
さらに、本実施例4の結果は、Haruna型と遺伝子型が一致する被検大麦種はプロテインZ7含有量の高い大麦種として選抜できること、Kendall型又はBarke型と遺伝子型が一致する被検大麦種はプロテインZ7含有量の低い大麦種として選抜できること、を示している。すなわち、本実施例4で得られた知見により、配列番号1で特定される塩基配列の第253番目及び第343番目の塩基に相当する多型マーカー2つのうち一方についてのみ遺伝子型の同定を行った場合でも、PCR産物がBglIIで切断されない被検大麦種をKendall型と一致する大麦種として選抜する、又はPCR産物がHinfIで切断されない被検大麦種をBarke型と一致する大麦種として選抜することにより、プロテインZ7含有量が低い被検大麦種を選抜することができる。
【0112】
(実施例5:ビール中のプロテインZ7含有量とNIBEM値の関係)
400Lパイロットプラントで11品種(はるな二条、あまぎ二条、ミカモゴールデン、新田二条21号、りょうふう、りょううん、北育41号、CDC Kendall、CDC Copeland、CDC Reserve、Lofty Nijo)の麦芽それぞれから単用で醸造された試験ビール合計42点をサンプルとして用いた(表5)。
【表5】

【0113】
[試験ビール中のプロテインZ7濃度の測定]
ビール中プロテインZ7の定量は、上述したELISA法によって行った。
【0114】
[試験ビールのNIBEM値の測定]
NIBEM値の測定は、HAFFMANS社のNIBEM−T装置、INPACK2000及びNIBEM値測定用の標準グラスを用いて行った。具体的には、上記の試験ビールをそれぞれ20℃の状態にし、泡注ぎ出し機により炭酸ガスを用いて標準グラスに注ぎ出し、生じた泡の高さの降下をNIBEM−T装置で追尾することにより測定した。
【0115】
[ビール中プロテインZ7濃度とNIBEM値の関係]
麦芽単用ビール中のプロテインZ7含量を測定し、NIBEM値との関係を調べた(図6)。プロテインZ7濃度とNIBEM値には有意な負の相関関係が見られた。一方、製麦工程中に蛋白質がどの程度分解されたかを示す指標の一つであるコールバッハ値(KI)及び、苦味の程度を表す指標で、ホップ中のイソα酸が関与しているとされるBUは泡持ちと深い関係があるとされている(J.Am.Soc.Brew.Chem.,60巻,47−57頁,2002年)。本解析に用いたビールサンプルはサンプル数が42、用いた麦芽品種が11、また表1のように麦芽KIやビールBUのばらつきも大きい。麦芽KIやBUは泡持ちと関係が深いと報告されているが、このようにKIやBUのばらつきの大きいサンプル集団でプロテインZ7含量とNIBEM値が有意な相関関係を示したことから、プロテインZ7はNIBEM値の有効なマーカーになることが示唆された。
【0116】
これまでにプロテインZ7と泡持ちについて論じている報告は少ないが、Evansらは麦芽プロテインZ7含量を調べた結果、泡持ちと有意な相関は見られなかったと報告している(非特許文献5)。統計解析を行う場合には用いるサンプル集団が非常に重要であることはよく知られている。Evansらが用いたサンプル集団のプロテインZ7の最小値と最大値の比は4.81であり、本研究で用いたサンプルの最小値と最大値の比(16.73)よりかなり低い。Evansらの用いたサンプル集団ではプロテインZ7と泡持ちの関係を解明するには至らなかった可能性がある。
【0117】
すなわち、上記選抜用多型マーカーを利用して、プロテインZ7含有量に基づいて大麦種を選抜する本発明の選抜方法は、泡持ちの良い大麦を育種する上でも、有用であることが示された。
【配列表フリーテキスト】
【0118】
配列番号1;Haruna型
配列番号2;Kendall型
配列番号3;Barke型
配列番号4〜9;合成プライマー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
プロテインZ7含有量に基づいて大麦種を選抜する選抜方法であって、
被検大麦種において、
Haruna型及びKendall型の大麦プロテインZ7遺伝子座周辺領域の塩基配列を多重整列することにより特定される多型マーカーA、並びに
Haruna型及びBarke型の大麦プロテインZ7遺伝子座周辺領域の塩基配列を多重整列することにより特定される多型マーカーB、のそれぞれについて1つ以上の遺伝子型の同定を行い、以下の(i)及び/又は(ii)を実施する選抜方法。
(i)該同定した遺伝子型が、Haruna型の遺伝子型と一致する被検大麦種をプロテインZ7含有量の高い大麦種として選抜する
(ii)該同定した遺伝子型が、Kendall型又はBarke型の遺伝子型と一致する被検大麦種をプロテインZ7含有量の低い大麦種として選抜する
【請求項2】
プロテインZ7含有量の低い大麦種を選抜する選抜方法であって、
被検大麦種において、
Haruna型及びKendall型の大麦プロテインZ7遺伝子座周辺領域の塩基配列を多重整列することにより特定される多型マーカーA、並びに
Haruna型及びBarke型の大麦プロテインZ7遺伝子座周辺領域の塩基配列を多重整列することにより特定される多型マーカーB、の少なくとも1つの遺伝子型の同定を行い、以下の(iii)又は(iv)を実施する選抜方法。
(iii)該同定した多型マーカーAの遺伝子型が、Kendall型の遺伝子型と一致する被検大麦種をプロテインZ7含有量の低い大麦種として選抜する
(iv)該同定した多型マーカーBの遺伝子型が、Barke型の遺伝子型と一致する被検大麦種をプロテインZ7含有量の低い大麦種として選抜する
【請求項3】
前記遺伝子型の同定は、
前記被検大麦種のゲノムDNAを鋳型としたPCR法で増幅された、前記多型マーカーA及び多型マーカーBからなる群より選ばれる選抜用多型マーカーの少なくとも1つを含むポリヌクレオチドにより行なわれる、請求項1又は2に記載の選抜方法。
【請求項4】
前記多型マーカーAが、配列番号1で特定される塩基配列の第62番目、第93−94番目、第94番目、第96番目、第98番目、第113番目、第116番目、第123番目、第148番目、第151番目、第153番目、第156番目、第159番目、第160−186番目、第217番目、第231番目、第239番目、第246−247番目、第253番目、第305−306番目、第378番目又は第422番目の塩基に相当する塩基部位である、請求項1〜3のいずれか一項に記載の選抜方法。
【請求項5】
前記多型マーカーBが、配列番号1で特定される塩基配列の第260番目、第262番目、第305−306番目、第343番目、第378番目、第386番目又は第422番目の塩基に相当する塩基部位である、請求項1〜4のいずれか一項に記載の選抜方法。
【請求項6】
前記選抜用多型マーカーの少なくとも1つを含むポリヌクレオチドを、認識配列中に前記選抜用多型マーカーの少なくとも1つを含む1種又は2種以上の制限酵素で消化して得られる断片の数及び/又はサイズに基づいて、前記遺伝子型の同定を行う、請求項3に記載の選抜方法。
【請求項7】
前記ポリヌクレオチドが、配列番号1で特定される塩基配列の第253番目及び第343番目の塩基に相当する選抜用多型マーカーを含み、前記制限酵素が、BglII及び/又はHinfIである、請求項6に記載の選抜方法。
【請求項8】
前記ポリヌクレオチドが、配列番号8及び配列番号9で特定される塩基配列を有するプライマー対を用いて被検大麦種のゲノムDNAからPCR法により増幅されるものであり、前記制限酵素が、BglII及び/又はHinfIである、請求項6又は7に記載の選抜方法。
【請求項9】
配列番号1で特定される塩基配列の第253番目及び第343番目の塩基に相当する選抜用多型マーカーを含む、被検大麦種のゲノムDNAからPCR法により増幅されるポリヌクレオチド。
【請求項10】
前記PCR法が、配列番号8及び配列番号9で特定される塩基配列を有するプライマー対を用いるものである、請求項9に記載のポリヌクレオチド。
【請求項11】
配列番号8及び配列番号9で特定される塩基配列を有するプライマー対を含むプロテインZ7含有量に基づく大麦種選抜用キット。
【請求項12】
請求項1〜8のいずれか一項に記載の選抜方法によってプロテインZ7含有量の低い大麦種として選抜された大麦種を交配して得ることのできる交配後代系統の大麦種。
【請求項13】
仕込工程及び発酵工程を少なくとも備える麦芽発酵飲料の製造方法であって、
前記仕込工程で使用される大麦種が、請求項1〜8のいずれか一項に記載された選抜方法によりプロテインZ7含有量の低い大麦種として選抜された大麦種及び/又は請求項12に記載の交配後代系統の大麦種である、麦芽発酵飲料の製造方法。
【請求項14】
請求項13に記載の製造方法で得ることのできる麦芽発酵飲料。

【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−45260(P2011−45260A)
【公開日】平成23年3月10日(2011.3.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−194335(P2009−194335)
【出願日】平成21年8月25日(2009.8.25)
【出願人】(303040183)サッポロビール株式会社 (150)
【Fターム(参考)】