説明

ヘパリンコーティング剤及び医療用具

【課題】医療用具などの表面への付着性に優れ、かつ、ヘパリンの担持量が多く、抗血栓性に優れるヘパリンコーティング剤、及びこのヘパリンコーティング剤を付着させた医療用具を提供する。
【解決手段】ヘパリン又はその塩と、ポリマー材料とからなるコーティング成分を含むヘパリンコーティング剤において、該ポリマー材料は、2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート及び/又はその誘導体を重合主成分とする分岐鎖を複数本有する分岐型重合体であり、該ヘパリンコーティング剤中の該ポリマー材料の濃度が0.8〜3重量%であり、該ポリマー材料とヘパリン又はその塩との重量比が1/2〜1/5であることを特徴とするヘパリンコーティング剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、優れた抗血液凝固性(抗血栓性)を長期間に亘って持続することができ、生体組織に適用したり、人工臓器や人工血管などの各種医療用具の構成材料として適用が可能なヘパリンコーティング剤と、このヘパリンコーティング剤がコーティングされた医療用具とに関する。
【背景技術】
【0002】
血液は異物と接触した場合に、血液中の種々の成分の作用により凝固してしまう性質を有している。したがって、人工心臓、人工心臓弁、人工血管、血管カテーテル、カニューレ、人工心肺、血管バイパスチューブ、大動脈バルーンポンピング、輸血用具及び体外循環回路などの血液と接触する部位に使用される医療用具の構成材料には、高い抗血液凝固性が要求される。しかしながら、従来の医療用具の構成材料の多くは長期間に亘って使用した場合には血液凝固が生じることが避けられず、抗血液凝固性の持続力という点において充分ではない。また、上記の医療用具を患者に使用する場合には、通常、ヘパリンなどの抗血液凝固剤を併用することが行われている。しかしながら、例えばヘパリンを全身投与した場合には、多数の出血巣が発生する危険性が高くなるという問題がある。
【0003】
かかる問題点を解消する方法として、ヘパリンを医療用材料の表面に固定するか又は徐放させる技術が種々提案されている。例えば、カチオン性残基を有したポリマー材料にヘパリンを接触させ、ヘパリンをイオン結合状に該ポリマー材料に担持させたものとして、ポリ塩化ビニルとアクリル酸又はメタクリル酸との共重合体にヘパリン又はその塩をイオン結合してなるコーティング用の抗血栓性医療材料が特許文献1に記載されている。
【0004】
本出願人らは、このようなコーティング用の材料として、所定温度(T)よりも低い温度では親水性であり、該所定温度(T)よりも高い温度では疎水性であるポリマー材料を基材とし、これにヘパリン又はその塩を担持させたヘパリンコーティング剤を先に特許出願した(特許文献2)。
【0005】
このヘパリンコーティング剤に用いるポリマー材料は、分岐鎖としてN−イソプロピルアクリルアミドからなる重合体を含むものであり、この分岐鎖は、低温では親水性、高温では疎水性となる温度依存性を有しているため、これにより上記ポリマー材料が上記温度応答性を具備するようになる。即ち、上記ポリマー材料は、所定温度よりも低い温度では親水性(水溶性)であるため、これを水に溶解させて生体あるいは医療用具に塗布し、その後、所定温度よりも高い温度とすることにより、疎水性(水不溶性)とし、生体あるいは医療用具に付着させることができる。また、このポリマー材料は、複数の分岐鎖を有するスター型重合体であるため、医療用具などの表面に対する付着性が線形重合体に比べて高い。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第3341503号
【特許文献2】特開2007−319534号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記特許文献1では、ヘパリンを担持したポリ塩化ビニル−(メタ)アクリル共重合体を溶媒に溶解させてカテーテル等の対象物に塗布している。この溶媒としては、テトラヒドロフラン等の有機溶媒が用いられている(第0027〜0028段落)。
【0008】
このように有機溶媒を用いる場合、再生医療で利用される細胞と合成あるいは生体材料からなるハイブリッド組織体や宿主から摘出した生体組織などの表面処理には使用できない(有機溶媒によって細胞が死滅したり傷害を受けるため)。また、材料自体に有機溶媒に弱いものもある(ニトルセルロースなど)。あるいは、薬物放出性ステントのように、薬物をコートした医療用具の表面処理の際には、有機溶媒によって薬物を担持させた高分子層を剥がすなどの損傷を与える場合がある。
【0009】
特許文献2に記載のヘパリンコーティング剤は、水を溶媒として使用するものであるため、有機溶媒を使用する場合に比べて生体組織等に与える影響が小さいが、前記N−イソプロピルアクリルアミドを構成単位として含む分岐鎖は、電気的に中性であり、アニオン性であるヘパリンとの相互作用が小さいため、ポリマー材料に担持させることができるヘパリンの量が十分ではなく、更なる改善が望まれている。
【0010】
本発明は、上記従来の問題点を解消し、医療用具などの表面への付着性に優れ、かつ、ヘパリンの担持量が多く、抗血栓性に優れるヘパリンコーティング剤、及びこのヘパリンコーティング剤を付着させた医療用具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決すべく、検討を重ねる過程で、所定温度以下では親水性を示し、所定温度以上では疎水性を示し、且つ僅かながらカチオン性を備える2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレートをポリマー材料の分岐鎖に導入することを試みた。2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレートを構成単位とするポリマー材料であれば、カチオン性の2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート単位が、ヘパリンとの結合に寄与し、ヘパリン担持量を多くすることができる。
【0012】
しかしながら、このポリマー材料は、常温の水溶液中であっても2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート単位が容易に加水分解され、生成したアニオン性官能基の効果により親水性のポリマーに変化し、疎水性を示さなくなるため、ヘパリンコーティング剤のポリマー材料としては不適当であると考えられた。
【0013】
そこで、本発明者らは、2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレートの加水分解を抑える方法について検討を重ねた結果、この2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレートを構成単位として有するポリマー材料のヘパリンコーティング剤中の濃度を高くすると共に、このポリマー材料に対してヘパリンを過剰に混合することにより、2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート単位の加水分解を制御することが可能であることを見出した。
【0014】
本発明はこのような知見に基いて達成されたものであり、以下を要旨とする。
【0015】
本発明(請求項1)のヘパリンコーティング剤は、ヘパリン又はその塩と、ポリマー材料とからなるコーティング成分を含むヘパリンコーティング剤において、該ポリマー材料は、2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート及び/又はその誘導体を重合主成分とする分岐鎖を複数本有する分岐型重合体であり、該ヘパリンコーティング剤中の該ポリマー材料の濃度が0.8〜3重量%であり、該ポリマー材料とヘパリン又はその塩との重量比が1/2〜1/5であることを特徴とするものである。
【0016】
請求項2のヘパリンコーティング剤は、請求項1において、前記分岐鎖1本当りの2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート及び/又はその誘導体単位の分子量が、該分岐鎖1本当りの分子量の90%以上であることを特徴とするものである。
【0017】
請求項3のヘパリンコーティング剤は、請求項1又は2において、前記分岐鎖は、2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート及び/又はその誘導体単位のみからなることを特徴とするものである。
【0018】
請求項4のヘパリンコーティング剤は、請求項1ないし3のいずれか1項において、前記コーティング成分を含む水溶液であることを特徴とするものである。
【0019】
請求項5のヘパリンコーティング剤は、請求項1ないし4のいずれか1項において、前記ポリマー材料は、N,N−ジ置換ジチオカルバミルメチル基を同一分子内に3個以上有する化合物をイニファターとし、これに少なくとも2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート及び/又はその誘導体を光照射リビング重合させた分岐型重合体であることを特徴とするものである。
【0020】
請求項6のヘパリンコーティング剤は、請求項5において、前記N,N−ジ置換ジチオカルバミルメチル基を同一分子内に3個以上有する化合物は、ベンゼン環を核とし、この核に分岐鎖として3個以上の該N,N−ジ置換ジチオカルバミルメチル基が結合していることを特徴とするものである。
【0021】
請求項7のヘパリンコーティング剤は、請求項1ないし6のいずれか1項において、前記ポリマー材料の分子量は、5,000〜500,000であることを特徴とするものである。
【0022】
請求項8のヘパリンコーティング剤は、請求項1ないし7のいずれか1項において、前記コーティング成分は、所定温度(T)よりも低い温度では親水性であり、該所定温度(T)よりも高い温度では疎水性であることを特徴とするものである。
【0023】
請求項9のヘパリンコーティング剤は、請求項8において、前記所定温度(T)は、25〜37℃の間の温度であることを特徴とするものである。
【0024】
本発明(請求項10)の医療用具は、請求項1ないし9のいずれか1項に記載のヘパリンコーティング剤がコーティングされたものである。
【発明の効果】
【0025】
本発明においては、ヘパリンコーティング剤中の2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート及び/又はその誘導体(以下、2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート及び/又は誘導体を、単に、「DMAEM」と略記する場合がある。)を重合主成分とする分岐鎖を複数本有する分岐型重合体からなるポリマー材料の濃度を0.8〜3重量%とし、かつ、このポリマー材料とヘパリン又はその塩との重量比を1/2〜1/5とすることにより、分岐鎖中のDMAEM由来の構成単位(以下、「DMAEM単位」と称す場合がある。)の加水分解を抑制することができ、若干のカチオン性を有するDMAEMを構成単位とし、ヘパリンの担持効率に優れたポリマー材料を、ヘパリンコーティング剤に適用することが可能となる。
【0026】
なお、ポリマー材料とヘパリンとを前記重量比で混合することにより、DMAEM単位の加水分解を抑制することができるメカニズムの詳細は明らかではないが、所定の重量比で混合した場合には、分岐鎖のDMAEM単位とヘパリンとの電気的な親和力により、DMAEM単位の近傍にヘパリンが存在するようになり、このヘパリンが水分子の接近を阻害し、結果として、加水分解が生じにくくなることが考えられる。
【0027】
本発明において、前記分岐鎖1本当りのDMAEM単位の分子量は、該分岐鎖1本当りの分子量の90%以上であることが好ましく(請求項2)、特に、前記分岐鎖が、DMAEM単位のみからなることが好ましい(請求項3)。分岐鎖に含まれるDMAEM単位の量が多いほど、分岐鎖のカチオン性が高くなるため、アニオン性であるヘパリンとの親和性が向上し、ポリマー材料のヘパリン担持量が増加する。
【0028】
本発明のヘパリンコーティング剤は、ポリマー材料とヘパリンとの複合体であるコーティング成分を水に溶解させた水溶液とすることができ(請求項4)、このようなヘパリンコーティング剤であれば、有機溶媒を不使用として生体に与える影響を低減させることができる。
【0029】
本発明で用いるポリマー材料は、N,N−ジ置換ジチオカルバミルメチル基を同一分子内に3個以上有する化合物をイニファターとし、これに少なくともDMAEMを光照射リビング重合させた分岐型重合体であることが好ましく(請求項5)、このN,N−ジ置換ジチオカルバミルメチル基を同一分子内に3個以上有する化合物としては、ベンゼン環を核とし、この核に分岐鎖として3個以上のN,N−ジ置換ジチオカルバミルメチル基が結合しているものが好ましい(請求項6)。
【0030】
また、本発明で用いるポリマー材料の分子量は5,000〜500,000であることが好ましい(請求項7)。ポリマー材料の分子量がこの範囲内であれば、ヘパリンの担持量を十分なものとすると共に、ヘパリンコーティング剤の医療用具などに対する付着性を高めることができる。
【0031】
本発明に係るコーティング成分は、所定温度(T)よりも低い温度では親水性であり、該所定温度(T)よりも高い温度では疎水性であることが好ましく(請求項8)、この所定温度(T)としては、25〜37℃の間の温度であることが好ましい(請求項9)。
【0032】
本発明(請求項10)の医療用具は、本発明のヘパリンコーティング剤がコーティングされた医療用具であり、ヘパリンコーティング剤の付着性、長期安定性に優れるため、優れた抗血液凝固性(抗血栓性)を長期間に亘って持続することができる。この医療用具は、人工臓器や人工血管などの各種医療用具として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】6分岐型重合体溶液の温度と光透過率との関係を示すグラフである。
【図2】6分岐型重合体とヘパリンとの混合比と、曇点との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0034】
以下に、本発明の実施の形態を詳細に説明する。
【0035】
[ヘパリンコーティング剤]
本発明のヘパリンコーティング剤は、2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート及び/又はその誘導体(DMAEM)を重合主成分とする分岐鎖を複数本有するポリマー材料と、ヘパリン又はその塩とからなるコーティング成分を含むものであって、該ヘパリンコーティング剤中の該ポリマー材料の濃度が0.8〜3重量%であり、該ポリマー材料とヘパリン又はその塩との重量比が1/2〜1/5であることを特徴とするものである。
【0036】
本発明によれば、前述の通り、DMAEMに由来する構成単位の加水分解を抑制することができ、これにより、コーティング成分が疎水性を示すようになるため、医療用具の表面に長期に亘り安定に付着させることが可能となる。また、カチオン性のDMAEM単位により、十分量のヘパリンを安定に担持することができる。
【0037】
本発明において、ヘパリンコーティング剤中のポリマー材料の濃度は、0.8〜3重量%、特に1.0〜2.0重量%程度とすることが好ましい。ヘパリンコーティング剤中のポリマー材料の濃度が上記下限よりも低い場合には、ポリマー材料とヘパリンとを後述の重量比で混合してもDMAEM単位の加水分解を抑制することができず、また、均一なコーティング膜を得ることができない可能性がある。上記上限よりも濃度が高い場合には、ヘパリンコーティング剤の粘度が高くなるため、医療用具などの表面に対してヘパリンコーティング剤を均一に塗布することができない場合がある。ヘパリンコーティング剤中のポリマー材料の濃度を前記範囲とした場合には、DMAEM単位の加水分解が有効に抑制されると共に、ヘパリンコーティング剤を塗布する際のハンドリング性がよく、薄く均一なコーティング膜を形成することができる。
【0038】
<コーティング成分>
本発明に係るコーティング成分を構成するポリマー材料とヘパリン又はその塩との重量比は1/2〜1/5、特に1/2〜1/3程度が好ましい。この重量比が上記範囲外であるとポリマー材料中のDMAEM単位の加水分解を十分に抑制することができない。本発明においては、このようにポリマー材料に対してヘパリン又はその塩を過剰に混合することができるので、DMAEM単位の加水分解を抑制しつつ優れた抗血栓性を得ることが可能である。即ち、ヘパリン又はその塩は、アニオン性であり、親水性を示すため、ヘパリン又はその塩の混合量を増加させると、ヘパリンコーティング剤の医療器具表面に対する付着性が低下してしまうが、本発明においては、この問題をポリマー材料の濃度と、このポリマー材料に対するヘパリン又はその塩の配合量を調整することにより解決している。
【0039】
前記コーティング成分を調製するには、ポリマー材料の低温の水溶液に対してヘパリン又はその塩を添加して混合し、ポリマー材料にヘパリン又はその塩を担持させればよい。
【0040】
前記所定濃度でポリマー材料とヘパリン又はその塩とを混合させてなるコーティング成分は、所定温度(T)よりも低温では親水性となり、所定温度(T)よりも高温では疎水性を示すようになる。この所定温度(T)としては、25〜37℃、特に30〜35℃が好ましい。
【0041】
前記所定温度が30℃である場合には、30℃よりも低い温度、例えば10〜25℃程度のヘパリンコーティング剤の水溶液を生体あるいは医療用具に塗布などにより付着させ、30℃よりも高い温度に昇温させ、必要に応じ乾燥させることにより、水不溶性の、ヘパリンまたはその塩を担持したコーティングが形成される。生体の場合、この際の昇温は赤外線、照明ライトなど非接触式の加温装置や生体の体温によって行われる。
【0042】
≪ポリマー材料≫
本発明において用いるポリマー材料は、N,N−ジ置換ジチオカルバミルメチル基を同一分子内に3個以上有する化合物をイニファターとし、このイニファターに少なくともDMAEMを光照射リビング重合させたものが好ましい。
【0043】
なお、本明細書において、イニファターとは、光照射によりラジカルを発生させる重合開始剤、連鎖移動剤としての機能と共に、成長末端と結合して成長を停止する機能、さらに光照射が停止すると重合を停止させる重合開始・重合停止剤として機能する分子のことである。
【0044】
イニファターとなるN,N−ジ置換ジチオカルバミルメチル基を同一分子内に3個以上有する芳香族化合物としては、ベンゼン環に該N,N−ジ置換ジチオカルバミルメチル基、好ましくはN,N−ジアルキルジチオカルバミルメチル基が3個以上分岐鎖として結合しているものが好適であり、具体的には次が例示される。即ち、3分岐鎖化合物としては、1,3,5−トリ(ブロモメチル)ベンゼンとN,N−ジアルキルジチオカルバミン酸ナトリウム(ナトリウムN,N−ジアルキルジチオカルバメート)とをエタノール中で付加反応させて得られる1,3,5−トリ(N,N−ジアルキルジチオカルバミルメチル)ベンゼンであり、4分岐鎖化合物としては、1,2,4,5−テトラキス(ブロモメチル)ベンゼンとN,N−ジアルキルジチオカルバミン酸ナトリウム(ナトリウムN,N−ジアルキルジチオカルバメート)とをエタノール中で付加反応させて得られる1,2,4,5−テトラキス(N,N−ジアルキルジチオカルバミルメチル)ベンゼンであり、6分岐鎖化合物としては、ヘキサキス(ブロモメチル)ベンゼンとN,N−ジアルキルジチオカルバミン酸ナトリウム(ナトリウムN,N−ジアルキルジチオカルバメート)とをエタノール中で付加反応させて得られるヘキサキス(N,N−ジアルキルジチオカルバミルメチル)ベンゼンが挙げられる。なお、ここで、N,N−ジアルキルジチオカルバミルメチル基に含まれるジアルキル部分のアルキル基としては、エチル基等の炭素数2〜18個のアルキル基が好ましいが、アルキル基に限らず、フェニル基など芳香族系の炭化水素基であっても構わない。即ち、N,N−ジアルキルジチオカルバミルメチル基に限らず、N,N−ジアリールジチオカルバミルメチル基等を含む、脂肪族炭化水素基及び/又は芳香族炭化水素基で置換されたN,N−ジ置換ジチオカルバミルメチル基であれば目的を達成することができる。
【0045】
上記のイニファターは、アルコール等の極性溶媒に対しては殆ど不溶であるが、非極性溶媒には易溶である。この非極性溶媒としては炭化水素、ハロゲン化アルキル又はハロゲン化アルキレンが好適であり、特に、ベンゼン、トルエン、クロロホルム又は塩化メチレン特にトルエンが好適である。
【0046】
イニファターと上記DMAEMとを反応させるには、イニファター、及びDMAEMを含んでなる原料溶液を調製し、これに光照射することによって、イニファターに対し、DMAEMが結合した反応生成物を生成させる。
【0047】
該原料溶液中のDMAEMの濃度は0.5M以上、例えば0.5M〜2.5Mが好適であり、イニファターの濃度は1〜20mM程度が好適である。
【0048】
照射する光の波長は250〜400nmが好適であり、例えば蛍光灯、ショートアークキセノンランプ、低圧水銀灯、高圧水銀灯などを用いることができる。光の照射時間は照射強度にも依存するが、1〜90分程度が好適であり、1μW/cm〜10mW/cm程度の低い照射強度で1〜60分程度が特に好適である。市販の蛍光灯を用いて光照射を行う場合には、1〜100時間程度光照射を行うことが好ましい。
【0049】
この光照射により、反応液中に目的とする分岐型重合体が生成するので、必要に応じ精製することにより、分岐鎖部分にDMAEM単位よりなるポリマー鎖が導入され、分岐鎖の末端がN,N−ジ置換ジチオカルバミルメチル基であるホモポリマーを得る。
【0050】
この分岐型重合体の分岐鎖の1本当たりの分子量としては、100〜60,000程度、特に200〜30,000程度が好ましい。この分子量は、光照射の時間を制御することにより調整することができる。即ち、反応時間を長くすることにより、重合反応を進行させて分子量の大きい分岐型重合体を得ることができる。
【0051】
なお、本明細書において、分子量とは、GPC(ゲルパーミエーションクロマトグラフィー)によるポリエチレングリコール換算の数平均分子量をさす。
【0052】
前記ポリマー材料の分岐鎖は、前述のDMAEMをモノマーとする1種のモノマーのみからなるホモポリマーであることが好ましいが、DMAEMとDMAEMとは異なる1種以上のモノマーを導入したブロックコポリマー又はランダムコポリマーであってもよい。
【0053】
この場合の他のモノマーとしては、アクリル酸誘導体、スチレン誘導体等のビニル系モノマーが好適であり、具体的には、N,N−ジメチルアクリルアミド、メトキシエチル(メタ)アクリレート、3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミドCH=CHCONHCN(CH、4−N,N-ジメチルアミノスチレン、及び4−アミノスチレンの誘導体からなる群から選択される少なくとも1種のビニル系モノマーが挙げられ、特に、3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミドCH=CHCONHCN(CH等のカチオン性ビニル系モノマーが好ましい。これらのビニル系モノマーは1種を単独で用いてもよく、2種以上を混合して用いてもよい。
【0054】
イニファターとDMAMEとDMAEMとは異なるモノマーとを反応させるには、前述のイニファターとDMAEMとを反応させる場合と同様に、イニファター、DMAEM、及びDMAEM以外のモノマーを含んでなる原料溶液を調製し、これに光照射することによって、イニファターに対し、DMAEM及びDMAEM以外のモノマーが結合したランダムコポリマーを得る。
【0055】
また、上記イニファターに対し、まず、DMAEMをブロック重合させて、ホモポリマーを形成し、その後、このホモポリマーに3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミドをブロック重合させ、分岐鎖の基端側をDMAEMのブロックポリマー、分岐鎖の先端側を3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミドブロックポリマーで構成した分岐鎖としてもよい。このように、分岐鎖を2種類以上のモノマーのブロックコポリマーとする場合、イニファターに対する重合の順序は任意である。
いずれの場合も分岐鎖の末端は、N,N−ジ置換ジチオカルバミルメチル基となる。
【0056】
前記のように、DMAEMとDMAEM以外のモノマーとを反応させた場合には、分岐鎖1本当りのDMAEM単位の分子量が、当該分岐鎖1本当りの分子量の90%以上、特に95〜100%となるようにするのが好ましい。DMAEM単位はカチオン性であるため、分岐鎖に含まれるDMAEM単位が多いほど、ポリマー材料とアニオン性であるヘパリンとの親和性が高くなり、ヘパリン担持量を高めることができ、ヘパリンコーティング剤の抗血栓性が向上する。
【0057】
また、本発明において、ポリマー材料はヘパリン又はその塩の担体として機能すると共に、医療用具等への付着のためのアンカーとして機能することから、ポリマー材料の分岐型重合体の分岐鎖は多い方が好ましく、分岐鎖は4本以上、特に6本であることが好ましい。
【0058】
ポリマー材料の分子量としては、上記機能を有効に得る上で5,000〜500,000程度、特に25,000〜150,000程度が好ましい。
【0059】
≪ヘパリンまたはその塩≫
ヘパリンとしては、一般的に市販されているものを用いることができる。また、ヘパリンの塩としては、ヘパリンナトリウム、ベンザルコニウムヘパリンが例示される。本発明においては、ヘパリンとヘパリンの塩とを併用してもよい。
【0060】
[医療用具]
本発明の医療用具としては、人工心臓、人工心臓弁、人工血管、血管カテーテル、血管ステント、カニューレ、人工心肺、血管バイパスチューブ、大動脈バルーンポンピング、輸血用具及び体外循環回路などの血液と接触する部位に使用される医療用具などが例示される。
【0061】
本発明のヘパリンコーティング剤を医療用具に適用する場合、医療用具の表面1cm当りに本発明のヘパリンコーティング剤を0.1〜30mg程度付着させるのが好ましい。この付着量は、ヘパリンコーティング剤中のコーティング成分濃度、コーティング剤の塗布量(1回の塗布量、塗布回数)、洗浄操作などにより調整することができる。なお、人工血管などに本発明のヘパリンコーティング剤を塗布する場合、人工血管の直径に応じてヘパリン又はその塩の混合量を適宜変更することにより、効果的に血栓の発生を防止することができると共に、製造コストを抑えることができる。
【実施例】
【0062】
以下に実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はその要旨を超えない限り、以下の実施例に限定されるものではない。
【0063】
(1) イニファターの合成
イニファターとしての1,2,3,4,5,6−ヘキサキス(N,N−ジエチルジチオカルバミルメチル)ベンゼンを次のようにして合成した。
【0064】
1,2,3,4,5,6−ヘキサキス(ブロモメチルベンゼン)5.0gとN,N−ジエチルジチオカルバミン酸ナトリウム34.0gとをエタノール100mL中へ加え、遮光下、室温で4日間撹拌した。沈殿物を濾過し、3Lのメタノール中に投入して30分間撹拌した後、濾過した。この操作を繰り返し合計4回行った。沈殿物をクロロホルム200mLに溶解させた後、100mLのメタノールを加えて50℃に加温し、熱濾過後、冷蔵庫内で15時間保管して再結晶させ、結晶を濾別後に大量のメタノールで洗浄した。結晶を室温で減圧乾燥して、白色の1,2,3,4,5,6−ヘキサキス(N,N−ジエチルジチオカルバミルメチル)ベンゼンの針状結晶を得た(収率90%)。この結晶を高速液体クロマトグラフィーで分析し、結晶中に原料が含まれていないこと、及び結晶が単一物質であることを確認した。
【0065】
H−NMR(in CDCl)の測定結果は、δ1.26−1.31ppm(t,36H,CHCH),δ3.69−3.77ppm(q,12H,N(CHCH),δ3.99−4.07ppm(q,12H,N(CHCH),δ4.57ppm(s,12H,Ar−CH)であった。
【0066】
【化1】

【0067】
(2) 6分岐型重合体の合成
2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレートをモノマーとして用い、1,2,3,4,5,6−ヘキサキス[(N,N−ジエチルジチオカルバミル)ポリ(2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート)メチル]ベンゼンの合成を行った。
【0068】
上記(1)により合成した1,2,3,4,5,6−ヘキサキス(N,N−ジエチルジチオカルバミルメチル)ベンゼン46.0mgを20mLのクロロホルムに溶解し、2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート8.0gを加えて混合し、全量をクロロホルムで50mLに調整した。1mm厚軟質ガラスセル中で激しく撹拌しながら高純度窒素ガス(G1グレード、流量:2L/min)で10分間パージした後、丸管形蛍光灯(O字形)(東芝製:FCL30L)の環の内側に前記ガラスセルとマグネットスターラーを配置し、ガラスセルの側面の全周方向から蛍光灯の光を96時間照射した。光照射後の溶液の色は薄い黄色であった。重合溶液をエバポレーターで濃縮し、n−ヘキサンで重合物を再沈殿させ、n−ヘキサンをデカンテーションした後、沈殿物をクロロホルムに溶解した。溶媒をエバポレーター留去し、フラスコの内壁面にフィルムを形成した。ジエチルエーテル/n−ヘキサン(v/v:1/1)の混合溶液で前記フィルムを洗浄することにより精製し、目的とする6分岐型重合体を得た。GPCにより、この重合体のポリエチレングリコールを標準物質とした数平均分子量を測定したところ、26,000(Mw/Mn=2.0)であった。また、計算により分岐鎖1本当たりの分子量を求めたところ、4159であった。
【0069】
【化2】

【0070】
(3) 曇点の評価
上記(2)で合成した6分岐型重合体20mgを水に溶解させ、溶解させた直後(実験例1)、溶解から1時間後(実験例2)、3時間後(実験例3)、5時間後(実験例4)、及び24時間後(実験例5)の溶液の30〜40℃における光透過率を測定することにより前記重合体の曇点(LCST)を求めた。結果を図1に示す。
【0071】
全ての実験例において、温度の上昇により溶液が白濁したことから、前記重合体が温度感応性を備えていることが分かる。また、溶解させてから測定までの保持時間に比例して曇点が上昇したこと、及び時間の経過と共に溶液中に揮発性の低分子量アミン化合物が生成していたことから、経時的に6分岐型重合体中の2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート単位が水溶液中で加水分解され、脱溶媒和の性質が徐々に失われることが分かる。
【0072】
(4) コーティング成分の調製、及び曇点の評価
上記(2)で合成した6分岐型重合体とヘパリンとを水溶液中で混合することによりコーティング成分(6分岐型重合体とヘパリンとの複合体)を調製し、この溶液の30〜45℃における光透過率を測定することにより、曇点を求めた。6分岐型重合体の水溶液とヘパリンの水溶液とを、溶質の重量比が1/2.0〜1/5.0となるように混合し、これに水を加えて溶液中の6分岐型重合体の濃度が1重量%となるように調製したものを試料とした(実施例1−1〜1−3)。また、前記6分岐型重合体水溶液とヘパリン水溶液とを質量の重量比が2.0/1.0(比較例1−1)、1.0/1.0(比較例1−2)となるように混合し、実施例と同様に曇点を求めた。結果を図2に示す。
【0073】
図2の通り、ヘパリンの混合量が多い程、曇点が低温側にシフトした。この実験結果は、アニオン性であるヘパリンの混合量が増加すると曇点が高くなるという公知の結果と異なっている。溶質の混合比を1.0/10.0とした場合は、曇点が0℃以下であり、測定不能であった。この場合は、医療用具などの表面で各溶液を混合することにより、基材表面に直接ポリマー材料を付着させることができると考えられる。
【0074】
一方、比較例1−1,1−2は、ヘパリンの混合量を少なくすると曇点の温度が低下するという公知の結果と同様の結果であった。この比較例1−1,1−2は、曇点が36〜37℃程度であり、この条件では、ポリマー材料中のDMAEM単位の加水分解を十分に抑制することができないことがわかる。コーティング剤としては、実施例1−1〜1−3の方が優れているといえる。
【0075】
(5) 耐加水分解性の評価
表1に記載の6分岐型重合体濃度、及び6分岐型重合体とヘパリンとの重量比からなるヘパリンコーティング剤を調製した。この溶液10μLを2×3cm角のPE(ポリエチレン)フィルムへ均質に流延し、ドライヤーで乾燥させた後、さらに37℃の温水中で24時間インキュベーションし、生理食塩水で軽くリンスしたものをそれぞれ試料とした。
これらのフィルムに対して、採取したヒト抹消血を速やかに塗布し、37℃でインキュベートした後、時間をおいて生理食塩水で軽くリンスして各フィルム表面に生じる血栓の有無を観察することにより抗血栓性を評価した。即ち、抗血栓性を示すものは耐加水分解性を示し(○)、抗血栓性を示さないものは耐加水分解性がない(×)。その結果を表1に示す。
【0076】
【表1】

【0077】
表1の結果より、6分岐型重合体よりなるポリマー材料の濃度、及びポリマー材料とヘパリンとの重量比が本発明の範囲内であるヘパリンコーティング剤は、耐加水分解性を有し、抗血栓性コーティング剤として有効であることが分かる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヘパリン又はその塩と、ポリマー材料とからなるコーティング成分を含むヘパリンコーティング剤において、
該ポリマー材料は、2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート及び/又はその誘導体を重合主成分とする分岐鎖を複数本有する分岐型重合体であり、
該ヘパリンコーティング剤中の該ポリマー材料の濃度が0.8〜3重量%であり、
該ポリマー材料とヘパリン又はその塩との重量比が1/2〜1/5であることを特徴とするヘパリンコーティング剤。
【請求項2】
請求項1において、前記分岐鎖1本当りの2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート及び/又はその誘導体単位の分子量が、該分岐鎖1本当りの分子量の90%以上であることを特徴とするヘパリンコーティング剤。
【請求項3】
請求項1又は2において、前記分岐鎖は、2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート及び/又はその誘導体単位のみからなることを特徴とするヘパリンコーティング剤。
【請求項4】
請求項1ないし3のいずれか1項において、前記コーティング成分を含む水溶液であることを特徴とするヘパリンコーティング剤。
【請求項5】
請求項1ないし4のいずれか1項において、前記ポリマー材料は、N,N−ジ置換ジチオカルバミルメチル基を同一分子内に3個以上有する化合物をイニファターとし、これに少なくとも2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート及び/又はその誘導体を光照射リビング重合させた分岐型重合体であることを特徴とするヘパリンコーティング剤。
【請求項6】
請求項5において、前記N,N−ジ置換ジチオカルバミルメチル基を同一分子内に3個以上有する化合物は、ベンゼン環を核とし、この核に分岐鎖として3個以上の該N,N−ジ置換ジチオカルバミルメチル基が結合していることを特徴とするヘパリンコーティング剤。
【請求項7】
請求項1ないし6のいずれか1項において、前記ポリマー材料の分子量は、5,000〜500,000であることを特徴とするヘパリンコーティング剤。
【請求項8】
請求項1ないし7のいずれか1項において、前記コーティング成分は、所定温度(T)よりも低い温度では親水性であり、該所定温度(T)よりも高い温度では疎水性であることを特徴とするヘパリンコーティング剤。
【請求項9】
請求項8において、前記所定温度(T)は、25〜37℃の間の温度であることを特徴とするヘパリンコーティング剤。
【請求項10】
請求項1ないし9のいずれか1項に記載のヘパリンコーティング剤がコーティングされた医療用具。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−29831(P2012−29831A)
【公開日】平成24年2月16日(2012.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−171555(P2010−171555)
【出願日】平成22年7月30日(2010.7.30)
【出願人】(510094724)独立行政法人国立循環器病研究センター (52)
【出願人】(000005278)株式会社ブリヂストン (11,469)
【Fターム(参考)】