説明

ヘモグロビンの分析方法

【課題】分離分析方法においてヘモグロビンの変性を抑制できる分析方法の提供。
【解決手段】分離分析方法により試料中のヘモグロビンを分析する方法であって、亜硫酸化合物及び亜ジチオン酸化合物の少なくとも一方の存在下でヘモグロビンを分離することを含む分析方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヘモグロビンの分析方法及び分析用キットに関する。
【背景技術】
【0002】
ヘモグロビンのなかでも、糖化ヘモグロビンの1種であるヘモグロビンA1cの量は、血糖値の指標として、糖尿病やメタボリックシンドロームを含む生活習慣病の検査及び血糖管理に利用されており、今後も重要な指標と1つとなることが予想されている。ヘモグロビンA1cのなかでも、安定型ヘモグロビンA1cは特に重要な指標であり、安定型ヘモグロビンA1cをより正確に測定できる技術が求められている。安定型ヘモグロビンA1cは、電気泳動やHPLCなどの分離分析方法で分析することができる。
【0003】
電気泳動には、支持体の有無、支持体の種類等に応じて様々な方法があり、例えば、ポリアクリルアミド電気泳動、アガロースゲル電気泳動、デンプンゲル電気泳動、ろ紙電気泳動、セルロースアセテート膜電気泳動、電気クロマトグラフィー、無担体(フリーフロー)電気泳動、キャピラリー電気泳動法等が知られている。アガロースゲル電気泳動法を用いた分析としては、例えば、硫酸コンドロイチン等の硫酸化多糖類を添加したアガロースゲルを用いて糖化ヘモグロビンを分離する方法等が提案されている。キャピラリー電気泳動を用いた分析方法としては、例えば、キャピラリー電気泳動法の一種である動電クロマトグラフィーを用い、コンドロイチン硫酸等のポリアニオンやポリカチオンを泳動緩衝液に含有させることによって短時間で試料を分析する方法(特許文献1)、泳動装置をマイクロチップ化して、分析装置を小型化する方法(特許文献2及び3)等が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平09−105739号公報
【特許文献2】特開2009−186445号公報
【特許文献3】特開2009−109230号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
電気泳動やHPLCなどの分離分析方法でヘモグロビンを分析する場合、ヘモグロビンが変性することにより、測定値に誤差が生じ得るという問題がある。例えば、電気泳動の場合、泳動液の温度上昇にともないヘモグロビンが酸化(メト化)する。また、HPLCの場合であっても時間の経過に伴いヘモグロビンが酸化(メト化)することがある。そこで、本発明は、分離分析方法においてヘモグロビンの変性を抑制できる分析方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、分離分析方法により試料中のヘモグロビンを分析する方法であって、亜硫酸化合物及び亜ジチオン酸化合物の少なくとも一方の存在下でヘモグロビンを分離することを含む分析方法に関する。
【0007】
本発明はその他の態様において、本発明の分析方法に使用する分析用キットであって、試料調製液、泳動液、又は移動相として使用する、亜硫酸化合物又は亜ジチオン酸化合物を含む組成物、及び、前記分析方法が記載された説明書を含む分析用キットに関する。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、例えば、ヘモグロビンの変性を抑制しながらヘモグロビンの分離分析方法が行えるという効果を奏する。また、本発明によれば、好ましくは、ヘモグロビンの変性を抑制することで正確なヘモグロビンの分析が可能になるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】図1Aは、本発明の方法に用いられ得る電気泳動チップの一例の構成を示す概念図であり、図1Bは、図1Aに示す電気泳動チップのI−I線の断面図である。
【図2】図2は、実施例1の結果の一例を示すグラフである。
【図3】図3は、亜硫酸化合物及び亜ジチオン酸化合物の濃度と吸光度変化との関係の一例を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明は、ヘモグロビンの分離分析方法において、時間の経過とともに、及び/又は、分析条件が酸性になるほど、ヘモグロビンが酸化(メト化)され、ヘモグロビンの吸収特性が変化し(極大波長415nm→405nm)、その結果として測定値に誤差を生じるおそれがあるという知見に基づく。さらに、本発明は、分離分析におけるヘモグロビンの変性は、亜硫酸化合物及び亜ジチオン酸化合物の少なくとも一方の使用により抑制できるという知見に基づく。すなわち、本発明は、分離分析方法により試料中のヘモグロビンを分析する方法であって、亜硫酸化合物及び亜ジチオン酸化合物の少なくとも一方の存在下でヘモグロビンを分離することを含む分析方法(以下、「本発明の分析方法」ともいう。)に関する。本発明によれば、例えば、ヘモグロビンの変性を抑制しながらヘモグロビンの分離分析方法が行えるという効果を奏する。また、本発明によれば、好ましくは、ヘモグロビンの変性を抑制することで正確なヘモグロビンの分析が可能になるという効果を奏する。
【0011】
亜硫酸化合物及び亜ジチオン酸化合物の少なくとも一方の存在下でヘモグロビンの変性が抑制されるメカニズムの詳細は明らかではないが、亜硫酸化合物及び亜ジチオン酸化合物が、分析中に生じる酸化作用に対してヘモグロビンの代わりに酸化されることで、ヘモグロビンの酸化を防ぐ犠牲剤として働くと推測される。但し、本発明は上記メカニズムに限定して解釈されなくてもよい。
【0012】
[分離分析方法]
本明細書において「分離分析方法」とは、電気泳動法及びクロマトグラフィー等による分析方法を含み、分析対象を分離して検出及び測定することを含む分析方法をいう。本明細書において「電気泳動法」とは、物質を、その大きさや電荷の違い等による電場での移動速度の差を利用して分離する方法のことをいう。本発明の分析方法は、例えば、ポリアクリルアミド電気泳動、アガロースゲル電気泳動、デンプンゲル電気泳動、ろ紙電気泳動、セルロースアセテート膜電気泳動、動電クロマトグラフィー、無担体(フリーフロー)電気泳動、キャピラリー電気泳動等の様々な電気泳動法を用いた分析方法に使用できる。中でも、本発明の分析方法は、キャピラリー電気泳動、好ましくは動電クロマトグラフィーに適しており、マイクロチップ化された電気泳動チップを用いたキャピラリー電気泳動に特に適している。
【0013】
[ヘモグロビン]
本明細書において「ヘモグロビン」とは、血中における複数種類の形態のヘモグロビンを含み、具体的には、正常ヘモグロビン、糖化ヘモグロビン、変異ヘモグロビン、修飾ヘモグロビン等が挙げられ、より具体的には、ヘモグロビンA0(HbA0)、ヘモグロビンA1c(HbA1c)、ヘモグロビンA2(HbA2)、ヘモグロビンS(HbS、鎌状赤血球ヘモグロビン)、ヘモグロビン(HbF、胎児ヘモグロビン)、ヘモグロビンM(HbM)、ヘモグロビンC(HbC)、メトヘモグロビン、カルバミル化ヘモグロビン、アセチル化ヘモグロビン等が挙げられる。HbA1cとしては、安定型HbA1c、不安定型HbA1cがある。本明細書において「ヘモグロビンの分析」とは、安定型HbA1cと不安定型HbA1c及びHbA0とを分離し安定型HbA1c及び/又は不安定型HbA1cを検出及び/又は測定することを含む。
【0014】
なお、ヘモグロビンは、酸化の状態及び酸素との結合の有無によって分類される。酸素の結合したヘモグロビンはオキシヘモグロビン又は酸素化ヘモグロビンという。また、酸素と結合していないヘモグロビンはデオキシヘモグロビン又は還元ヘモグロビンという。さらに、ヘモグロビンが酸化され、ヘム部分のFe原子が3価となり酸素結合力がなくなったヘモグロビンをメトヘモグロビン又は酸化ヘモグロビンという。本明細書において「変性したヘモグロビン」とは、メトヘモグロビンを含む。
【0015】
[亜硫酸化合物及び亜ジチオン酸化合物]
本明細書において「亜硫酸化合物」は、亜硫酸、亜硫酸塩、亜硫酸水素塩、二亜硫酸塩を含み、塩の形態としては、ナトリウム塩、アンモニウム塩、カリウム塩が含まれる。具体的には、亜硫酸ナトリウム(Na2SO3)、亜硫酸水素ナトリウム(NaHSO3)、二亜硫酸ジナトリウム(ピロ亜硫酸ナトリウム、Na2S2O5)が挙げられる。本明細書において「亜ジチオン酸化合物」は、亜ジチオン酸及び亜ジチオン酸塩を含み、塩の形態としては、ナトリウム塩、アンモニウム塩、カリウム塩が含まれる。具体的には、亜ジチオン酸ナトリウム(Na2S2O4)が挙げられる。
【0016】
[試料、泳動液、移動相]
本明細書において「試料」とは、試料原料から調製したものをいう。試料原料としては、生体試料が挙げられ、好ましくはヘモグロビンを含む試料である。生体試料としては、血液、赤血球成分を含む血液由来物、唾液、髄液等が含まれる。血液としては、生体から採取された血液が挙げられ、好ましくは動物の血液、より好ましくは哺乳類の血液、さらに好ましくはヒトの血液である。赤血球成分を含む血液由来物としては、血液から分離又は調製されたものであって赤血球成分を含むものが挙げられ、例えば、血漿が除かれた血球画分や、血球濃縮物、血液又は血球の凍結乾燥物、全血を溶血処理した溶血試料、遠心分離血液、自然沈降血液などを含む。本明細書において「試料調製液(試料希釈液)」とは、試料原料と混合して試料を調製するために用いるものであって、例えば、試料原料を希釈するためのものを含む。試料中の試料原料濃度(含有量)としては、ヘモグロビンの変性抑制の観点から1〜30重量%が好ましい。
【0017】
本明細書において「泳動液」とは、電気泳動法において試料を分離するための流路、担体、空間等に充填又は浸透される液をいう。また、本明細書において「移動相」とは、液体クロマトグラフィーにおいて使用される移動相をいう。
【0018】
[緩衝剤]
本発明で使用される試料、泳動液、及び移動相は、試料の安定化及びpHの変化抑制の点から、緩衝剤を含むことが好ましい。試料、泳動液、及び移動相に含まれる緩衝剤は、一種類でもよく、或いは、複数種類でもよい。緩衝剤としては、緩衝能を有する公知の溶液を用いることができ、具体的には例えば、クエン酸、コハク酸、酒石酸、リンゴ酸等の有機酸及びその塩類;グリシン、タウリン、アルギニン等のアミノ酸類;塩酸、硝酸、硫酸、リン酸、ホウ酸、酢酸等の無機酸及びその塩類等が挙げられる。
【0019】
[ヘモグロビンの分析方法]
本発明の分析方法は、上述のとおり、分離分析方法により試料中のヘモグロビンを分析する方法であって、亜硫酸化合物及び亜ジチオン酸化合物の少なくとも一方の存在下でヘモグロビンを分離することを含む分析方法に関する。「亜硫酸化合物及び亜ジチオン酸化合物の少なくとも一方の存在下でヘモグロビンを分離すること」の一実施形態としては、亜硫酸化合物及び亜ジチオン酸化合物の少なくとも一方を含む泳動液又は移動相を用いて電気泳動法又は液体クロマトグラフィーにてヘモグロビンを分離することが挙げられる。
【0020】
例えば、マイクロチップ化された電気泳動チップ等を用いた電気泳動法においては、ヘモグロビンを分離する工程においてヘモグロビンの周辺温度が30℃以上、或いは40℃以上、場合によっては50℃以上となり、ヘモグロビンが非常に酸化(メト化)しやすい状態となる。また、室温や低温状態にあっても、溶存酸素が存在したり、酸化物質が存在したりする条件下ではヘモグロビンは酸化(メト化)するおそれがある。本発明の分析方法によれば、そのようなヘモグロビンの変性を抑制することができる。
【0021】
[pH]
ヘモグロビンを分離する際の泳動液、及び移動相のpHは、亜硫酸化合物及び亜ジチオン酸化合物の安定性の観点から6以下が好ましく、5.5以下がより好ましく、5以下がさらに好ましい。また、ヘモグロビンの変性抑制の観点から3以上が好ましく、3.5以上がより好ましく、4以上がさらに好ましい。同様の観点から、試料及び試料調製液のpHも同様の範囲であることが好ましい。
【0022】
[濃度]
ヘモグロビンを分離する際の亜硫酸化合物又は亜ジチオン酸化合物の濃度としては、ヘモグロビンの変性を抑制する観点から、0.001mM以上が好ましく、0.01mM以上がより好ましく、0.1mM以上がさらに好ましい。とりわけ、ヘモグロビンのメト化を抑制する点から、亜硫酸水素ナトリウム、亜硫酸ナトリウム、及び二亜硫酸ナトリウムの濃度は0.5mM以上が好ましく、1mM以上であることがより好ましく、亜ジチオン酸ナトリウムの濃度は0.25mM以上が好ましく、0.5mM以上がより好ましい。
【0023】
また、ヘモグロビンをデオキシ化(還元型)とすることなくオキシHbの状態を維持しながらヘモグロビンの測定をする観点から、亜硫酸化合物又は亜ジチオン酸化合物の濃度は、20mM以下が好ましく、10mM以下がより好ましい。具体的には、亜硫酸化合物(亜硫酸水素ナトリウム、亜硫酸ナトリウム)を使用する場合、ヘモグロビンをデオキシ化(還元型)とすることなくオキシHbの状態を維持しながらヘモグロビンの測定をする観点から、20mM以下が好ましく、15mM以下がより好ましく、10mM以下がさらに好ましい。とりわけ、二亜硫酸ナトリウムを使用する場合は、同様の観点から、10mM以下が好ましく、5mM以下がより好ましく、2mM以下がさらに好ましい。また、亜ジチオン酸化合物(亜ジチオン酸ナトリウム)を使用する場合は、同様の観点から、10mM以下が好ましく、5mM以下がより好ましく、2mM以下がさらに好ましい。
【0024】
泳動液及び移動相における亜硫酸化合物又は亜ジチオン酸化合物の濃度も、上述の範囲とすることが好ましい。よって、試料を調製する場合にも亜硫酸化合物又は亜ジチオン酸化合物の濃度が上述の範囲とすることができる試料調製液(試料希釈液)を使用することが好ましい。
【0025】
本発明の分析方法において、ヘモグロビンは、測定誤差を抑制する点から、デオキシHb又はオキシHbのいずれか一方の状態で測定することが好ましく、オキシHbの状態で測定することが好ましい。
【0026】
[分光光度計]
本発明の分析方法において、ヘモグロビンの検出及び測定は、ヘモグロビンを簡便に検出できる観点から、分光光度計で吸光度を測定することにより行うことが好ましい。この場合、亜硫酸化合物及び亜ジチオン酸化合物の分解を抑制する観点から、分光光度計の光源から照射される光の波長は、300nm以上であることが好ましい。
【0027】
[分析用キット]
本発明はその他の態様において、本発明の分析方法に使用する組成物であって試料調製液、泳動液、又は移動相として使用する亜硫酸化合物又は亜ジチオン酸化合物を含む組成物、及び、前記分析方法が記載された説明書を含む分析用キットに関する。なお、本発明の分析用キットは、説明書が本発明の分析用キットの同梱されることなくウェブ上で提供される場合も含みうる。
【0028】
本発明の分析用キットにおいて、試料調製液、泳動液、又は移動相は上述のとおりである。また、本発明の分析用キットは、一実施形態として、さらに、電気泳動チップを含むことが好ましい。電気泳動チップは、試料貯留槽、泳動液貯留槽及び流路を含み、試料貯留槽と泳動液貯留槽とが流路により連通している電気泳動チップであることが好ましい。また、電気泳動チップの流路には、上記泳動液が充填されていてもよい。電気泳動チップとしては、例えば、国際公開第2008/136465号に記載の電気泳動チップが挙げられる。
【0029】
以下に、実施例及び比較例を用いて本発明をさらに説明する。但し、本発明は以下の実施例に限定して解釈されない。
【実施例】
【0030】
[Hb変性抑制効果]
下記のように試料原料(全血)から試料を調製し、下記のHb変性検出方法によりHb変性の有無を測定した。
【0031】
〔試料の調製方法〕
100mMリンゴ酸‐アルギニン緩衝液(pH5.0)1.5mLに添加剤を下記表1の最終濃度となるように添加して試料調製液を調製し、この試料調製液1.49mLに試料原料である全血を0.01mL添加して混合し試料を調製した(実施例1〜8、比較例1〜7)。添加剤として、実施例1及び5には亜硫酸水素ナトリウム(NaHSO3、ナカライテスク社製)、実施例2及び6には亜硫酸ナトリウム(Na2SO3、ナカライテスク社製)、実施例3、7、及び8)には二亜硫酸ジナトリウム(ピロ亜硫酸ナトリウム、Na2S2O5、ナカライテスク社製)、実施例4には亜ジチオン酸ナトリウム(Na2S2O4、ナカライテスク社製)をそれぞれ使用し、比較例2にはベンジルトリメチルアンモニウム(和光純薬社製)、比較例3には還元型グルタチオン(ナカライテスク社製)、比較例4にはTAPS−スルホナート(C7H18BrNO2S2、和光純薬社製)、比較例5にはアスコルビン酸(和光純薬社製)、比較例6には硫酸ヒドロキシアミン(ナカライテスク社製)、比較例7には亜硝酸(和光純薬社製)をそれぞれ使用した。なお、比較例1は添加剤を添加しなかった。
【0032】
〔Hb変性の検出〕
上述のように調製した実施例1〜8及び比較例1〜7の試料を50℃で60秒間インキュベートし、その前後で400nmの吸光度を測定し、変化量(60秒後の吸光度−初期吸光度)を求めた。その結果を下記表1に示す。なお、吸光度の測定は分光光度計(商品名:UV−2400PC、島津製作所社製)を用いて行った。
【0033】
【表1】

【0034】
上記表1に示す通り、実施例1〜4の試料では50℃60秒間のインキュベーション後でも吸光度の変化がなく、ヘモグロビンの変性が抑制され、オキシヘモグロビンの状態が維持されていた。一方、実施例5〜8では50℃60秒後の吸光度が低下しており、ヘモグロビンがデオキシヘモグロビン(還元ヘモグロビン)となっていた。デオキシヘモグロビンは、本来の血中のヘモグロビンの状態とは異なるが、安定であるため、この状態であってもヘモグロビンの分析は可能である。一方、比較例1〜7では50℃60秒後の吸光度が上昇しておりヘモグロビンが変性、すなわちメト化(酸化)しており、一部メト化ヘモグロビンの析出も観察された。
【0035】
[ヘモグロビンの分析]
上記実施例1〜8の試料を下記のマイクロチップ及び下記条件を用いて電気泳動し、試料中のHbA0、不安定型HbA1c及び安定型HbA1cを検出した。
【0036】
〔マイクロチップ〕
図1に示す構造を有する電気泳動チップ(ポリメタクリレート製、長さ:70mm、幅30mm)を用いた。電気泳動チップは、矩形の流路3を有し、流路3の両端にはそれぞれ試料貯留槽2a(容積:0.05mL)と泳動液貯留槽2b(容積:0.05mL)とが形成されている。流路3の長さは40mmとし、流路3の幅及び深さはそれぞれ40μmとした(流路の内径:40μm)。また、試料貯留槽2aの中心と泳動液貯留槽2bの中心との距離は46mmとした。
【0037】
〔泳動液〕
泳動液は、1.0重量%コンドロイチン硫酸Cナトリウム(生化学工業)、1mM NaN3、100mMリンゴ酸‐アルギニン緩衝液(pH5.0)、2mMプロピオン酸ナトリウム、及び2mM CyDTAを含む泳動液であって、さらに、実施例1〜8の試料とそれぞれ同じ亜硫酸化合物又は亜ジチオン酸化合物を同じ濃度で含む泳動液を使用した。なお、泳動液は、L−アルギニンでpH5.0に調整した。
【0038】
〔電気泳動〕
電気泳動チップの泳動液貯留槽2bに泳動液を導入し、毛細管作用により、流路3に泳動液を充填した。ついで、試料貯留槽2aに試料を導入した。試料貯留槽2a及び泳動液貯留槽2bのそれぞれに電極を挿入し、挿入した電極に1400Vの電圧を印加して電気泳動を行った。試料貯留槽2a側の流路3の端部から20mmの位置で、400nmにおける吸光度を測定した。得られたエレクトロフェログラムの一例(実施例1に対応する結果)を図2に示す。また、実施例2〜8の試料を用いた分析結果は、図2と同様の結果であった。
【0039】
図2は、実際に得られたエレクトロフェログラムと、該エレクトロフェログラムを処理して得られた吸光度の変化を示し、X軸が泳動時間(秒)、Y軸(左側)が実測の吸光度(mAbs)、Y軸(右側)が実測の吸光度を処理して得られた単位時間あたりの吸光度(mAbs/sec)を示す。また、図2において、不安定型A1c、安定型A1c、HbA0は、不安定型HbA1c、安定型HbA1c及びHbA0のピークをそれぞれ示す。図2に示すように、実施例1の試料からHbA1cとHbA0とが明確に分離され、さらに、HbA1cが不安定型HbA1cと安定型HbA1cとに明確に分離された。すなわち、亜硫酸化合物又は亜ジチオン酸化合物が試料や泳動液中に存在しても、マイクロチップを用いた検出方法にネガティブな影響を与えないことが示された。
【0040】
[溶存酸素除去効果]
100mMリンゴ酸‐アルギニン緩衝液(pH5.0)10mLに添加剤を下記表2の濃度となるように添加して溶液(参考例1〜5)を調製し、30℃と50℃とにおける溶存酸素を下記条件で測定した。添加剤として、参考例1には亜硫酸水素ナトリウム(NaHSO3、ナカライテスク社製)、参考例2には亜硫酸ナトリウム(Na2SO3、ナカライテスク社製)、参考例3には二亜硫酸ジナトリウム(ピロ亜硫酸ナトリウム、Na2S2O4、ナカライテスク社製)、参考例4には亜ジチオン酸ナトリウム(Na2S2O4、ナカライテスク社製)をそれぞれ使用した。なお、参考例5には添加剤を添加しなかった。
【0041】
〔溶存酸素の測定方法〕
溶存酸素は血液ガス分析装置(商品名:ABL5 ラジオメータ社製)を用いて測定した。その結果を下記表2に示す。
【0042】
【表2】

【0043】
上記表2に示す通り、亜硫酸化合物の場合、加熱状態において溶存酸素効果が発揮された。また、加熱状態にならないと反応が進まないため、亜硫酸化合物を含む泳動液等は保存可能であることが分かる。一方、亜ジチオン酸化合物は、反応が早く、即座に溶存酸素を排除した。しかし、反応性が早いため、保存する溶液に適用する場合には亜硫酸化合物が好ましいことが分かる。
【0044】
[亜硫酸化合物及び亜ジチオン酸化合物の濃度と吸光度変化との関係]
亜硫酸化合物及び亜ジチオン酸化合物の添加濃度を下記表3のように変化させたほかは、上記表1の吸光度変化測定と同様の条件で、50℃60秒間のインキュベーション後の吸光度の変化量を測定した。その結果を下記表3及び図3に示す。
【0045】
【表3】

【0046】
上記表3及び図3に示す通り、亜硫酸化合物及び亜ジチオン酸化合物はそれぞれ、吸光度の変化量をゼロとすること、すなわち、ヘモグロビンの変性を抑制することができた。吸光度の変化量がゼロであった亜硫酸水素ナトリウム、亜硫酸ナトリウムの濃度は1〜10mMであり、二亜硫酸ナトリウムの濃度は1〜2mMであり、亜ジチオン酸ナトリウムの濃度は0.5〜2mMであった。
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明の分析方法は、例えば、医療分野、臨床検査の分野、糖尿病の治療/予防分野等の様々な分野に有用である。
【符号の説明】
【0048】
2a 試料貯留槽
2b 泳動液貯留槽
3 流路

【特許請求の範囲】
【請求項1】
分離分析方法により試料中のヘモグロビンを分析する方法であって、亜硫酸化合物及び亜ジチオン酸化合物の少なくとも一方の存在下でヘモグロビンを分離することを含む、分析方法。
【請求項2】
前記分離分析方法が、電気泳動法又は液体クロマトグラフィー法である、請求項1記載の分析方法。
【請求項3】
分離分析の試料、泳動液、又は移動相のpHが、3〜6である、請求項1又は2に記載の分析方法。
【請求項4】
前記試料、泳動液、又は移動相の亜硫酸化合物又は亜ジチオン酸化合物の濃度が、10mM以下である、請求項3記載の分析方法。
【請求項5】
ヘモグロビンの検出又は測定を分光光度計で行うことを含む、請求項1から4のいずれかに記載の分析方法。
【請求項6】
前記分光光度計の光源から照射される光の波長が、300nm以上である、請求項5記載の分析方法。
【請求項7】
分離する工程におけるヘモグロビンの周辺温度が30℃以上である、請求項1から6のいずれかに記載の分析方法。
【請求項8】
請求項1から7のいずれかに記載の分析方法に使用する分析用キットであって、試料調製液、泳動液、又は移動相として使用する、亜硫酸化合物又は亜ジチオン酸化合物を含む組成物、及び、前記分析方法が記載された説明書を含む、分析用キット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−63348(P2012−63348A)
【公開日】平成24年3月29日(2012.3.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−152875(P2011−152875)
【出願日】平成23年7月11日(2011.7.11)
【出願人】(000141897)アークレイ株式会社 (288)
【Fターム(参考)】