説明

ヘモグロビンを含む物質の分析方法

【課題】ヘモグロビンを含む物質、主に血液など動物の生体組織であるか否かの判別を、煩雑な前処理を行う必要なく、非破壊で高感度に、また測定者の知識や経験に係わらず、信頼性を十分に備えた分析方法を提供する。
【解決手段】対象試料がヘモグロビンを含む物質であるか否かを判別する分析方法において、該対象試料およびヘモグロビン標準物質にレーザーを照射し、ラマンスペクトルを測定し、該対象試料のラマンスペクトルに現れているピークを、該ヘモグロビン標準物質のラマンスペクトルにおけるヘム(ポルフィリンに鉄イオンの配位した錯体化合物)部分由来のピークと比較することを特徴とするヘモグロビンを含む物質の分析方法を特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料の分析方法に関するものであり、詳細には、ヘモグロビンを含む物質、主に血液など動物の生体組織の分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
血液など動物の生体組織を原因とする製品の外観汚れ、混入欠陥は、他の原因と比較して忌避の度合いが強く、大きな問題になりやすいものの1つである。そのため色、形状といった外観から血液であることが疑われる対象物が、血液か否かの判定を迅速に、かつ精度よく行うことは品質管理上、重要な事項の一つである。
【0003】
一般的な血液、血痕の簡易判定法としてはルミノール試験、ベンチジン試験、ロイコマラカイト緑試験などの方法がある。
【0004】
また血液、血痕が人間のものである場合に限るならば、消化器官の出血性病変のスクリーニングテストといった医療用途のため、微量人血を簡便に検出する様々な手法が開発されており、特に近年は免疫学的にヒトヘモグロビンを検出する方法で、高精度、高感度な判別が可能になっている(特許文献1、特許文献2参照)。
【0005】
しかし、ルミノール試験、ベンチジン試験、ロイコマラカイト緑試験といった簡易判定法は、いずれも血液以外の物質で誤反応が生じる可能性が少なくなく、信頼性の高い分析を行うには測定者にある程度の知識と経験が必要であるうえ、分析に際しては試料の破壊が避けられず、十分な反応を得るためにはある程度の量が必要であるなど、微量、微小試料の場合は必ずしも適当な方法ではない。
【0006】
一方、免疫学的にヒトヘモグロビンを検出する方法では、検出可能な対象試料は人間由来のものに限られるため、例えば原材料に食肉を用いる食品包装など、人間以外の血液、生物組織の付着が生じる可能性が高く、血液か否かの判別が、ヒトヘモグロビンの確認のみでは不十分であるような試料において、ヒトヘモグロビンが検出されなかった場合には、前述の簡易判定法、あるいは赤外分光分析や元素分析等によって、改めて測定をやり直す必要があるが、信頼性、感度の点で、十分な方法とは言い難い。
【0007】
特許文献は以下の通り。
【特許文献1】特開昭59−125064号公報
【特許文献2】特開昭63−292063号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記の問題点に鑑みてなされたものであり、ヘモグロビンを含む物質、主に血液など動物の生体組織であるか否かの判別を、煩雑な前処理を行う必要なく、非破壊で高感度に、また測定者の知識や経験に係わらず、信頼性を十分に備えた分析方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
請求項1記載の発明は、対象試料がヘモグロビンを含む物質、主に血液など動物の生体組織であるか否かを判別する分析方法において、
該対象試料およびヘモグロビン標準物質にレーザーを照射し、ラマンスペクトルを測定し、
該対象試料のラマンスペクトルに現れているピークを、該ヘモグロビン標準物質のラマンスペクトルにおけるヘム(ポルフィリンに鉄イオンの配位した錯体化合物)部分由来のピークと比較することを特徴とするヘモグロビンを含む物質の分析方法である。
【0010】
本発明では、ヘモグロビンはヘム部分とグロビンと呼ばれるポリペプチド部分からなっており、このうち生物種によって違いのあるグロビン部分に比べ、共通した構造であるヘム部分がポルフィリン誘導体で、ラマン分光法における感度が高いことに着目し、これを利用したもので、ヘモグロビンを含む物質、主に血液など動物の生体組織の分析において、対象試料のラマンスペクトルに現れているピークをヘモグロビン標準物質のスペクトルにおけるヘム部分由来のピークと比較することにより、煩雑な前処理を行わず、非破壊で高感度かつ信頼性の高い確認を行うことができる。
【0011】
請求項2記載の発明は、前記対象試料および前記ヘモグロビン標準物質に照射するレーザーが、同一の励起波長を有するレーザーであることを特徴とする請求項1に記載のヘモグロビンを含む物質の分析方法である。
【0012】
本発明では、対象試料と比較に用いるヘモグロビン標準物質に同一の励起波長のレーザーを照射することで、ヘム部分由来のラマンスペクトルが測定に用いるレーザー光源の種類(励起波長)によって異なった形状を示す共鳴ラマン効果の影響を避けることができる。
【0013】
請求項3記載の発明は、前記対象試料および前記ヘモグロビン標準物質に照射するレーザーの出力レベルが15mW以下であることを特徴とする請求項1または2に記載のヘモグロビンを含む物質の分析方法である。
【0014】
本発明では、照射するレーザーの出力レベルを15mW以下にすることで、レーザー照射によるヘム部分への大きな損傷を生じさせず、また、測定中にラマンスペクトルの変化がおこらない。
【0015】
請求項4記載の発明は、前記対象試料のラマンスペクトルに現れているピークのうち、ラマンシフト値1650〜700cm-1の範囲にあるピークを、前記ヘモグロビン標準物質のヘム(ポルフィリンに鉄イオンの配位した錯体化合物)部分由来のピークと比較することを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のヘモグロビンを含む物質の分析方法である。
【0016】
本発明では、対象試料のスペクトルについて、蛋白質、脂質といったヘモグロビン以外の不純物によるピークが大きく現れやすいラマンシフト値3500〜2000cm-1の範囲を除き、主にラマンシフト値1650〜700cm-1の範囲にあるピークをヘモグロビン標準物質のスペクトルにおけるヘム部分由来のピークとの比較に用いることで、未知物質がヘモグロビンを含む物質、特に血液など動物の生体組織であるか否かを容易に判別することができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明では、ヘモグロビンを含む物質、主に血液など動物の生体組織の分析において、対象試料のラマンスペクトルを測定し、ヘモグロビン標準物質のそれと比較しヘム部分由来のピークを確認することにより、煩雑な前処理を行う必要なく、非破壊で高感度に、また測定者の知識や経験に係わらず、信頼性の高い測定を行うことが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明の分析方法はヘモグロビンを含む物質、あるいはその可能性が疑われる物質を対
象とする。具体的には、血液、動物の生体組織といったものである。
【0019】
本発明の分析方法に用いるヘモグロビン標準物質は特に限定されるものではなく、メーカー、原材料、純度とも一般的な試薬として販売されているものであればいずれでもよい。また対象試料も、測定装置の試料設置部分のレーザーの光軸上に目的箇所を保持することが可能であるならば、大きさ、形状、材質、設置方法などは自由である。
【0020】
本発明の分析方法に用いるラマン分光分析装置は特に限定されるものではなく、顕微レーザーラマン分光法による測定が可能で、その光路中にフィルター、あるいは絞りといったレーザーエネルギー出力を制御することが可能な部位が設けられており、試料を設置する試料室のほか、分光器および集光光学系、検出器、データ処理装置などから構成される一般的なものであれば、いずれでもよい。またレーザー光源や分光器、検出器の種類、測定条件も、測定に支障をきたさない限り、任意に選んでよい。
【実施例】
【0021】
以下に本発明を用いた測定の実施例を示す。
【0022】
ヘモグロビンの標準試料としては、和光純薬工業株式会社製品(原材料ウシ血液)を用いた。
【0023】
また、対象試料には、濾紙上にそれぞれヒト、鶏、およびマグロの血液を含む生物組織を、洗浄等の前処理なしで付着させ、乾燥したものを用いた。これらの試料をスライドグラスに固定してレーザーを照射し、各々のラマンスペクトルを測定した。
【0024】
測定には、サーモエレクトロン株式会社製の顕微レーザーラマン分光装置「Almega」を用いた。また光源として、ここでは532nm励起Nd:YVO4レーザー(最大出力約150mW)を用い、これをフィルターで出力レベルを1%に低減し、×100の対物レンズで測定試料の表面に集光させて測定した。露光時間は各々2.0秒、露光回数は50回とした。
【0025】
得られた各スペクトルが図1〜4である。スペクトルはいずれも横軸がラマンシフト(入射光とラマン散乱光の振動数差)を波数(cm-1)表示したもの、縦軸が散乱光の積算強度となっている。
【0026】
これらはいずれも異なった生物由来のものであるにもかかわらず、ほぼ同様のラマンシフト位置にピークが現れており、ヘモグロビンのヘム部分の存在が確認できる。またヘモグロビン標準試料を除く試料はいずれも、乾燥した血漿成分や組織片の蛋白質など不純物が多いため、やや余分なピークが重なっているものの、判定に大きな支障は無く、量がわずかであるにも係わらず、感度良く判定を行うことが出来た。
【0027】
次に比較試料として、ヒトの皮膚を用い、実施例と同様にラマンスペクトルを測定した。得られたスペクトルを図5に示す。
【0028】
量がわずかであるにも係わらず、ヘモグロビンのヘム部分のスペクトルとの違いは明瞭であり、比較試料がヘモグロビンを含まない物質であることが判定できる。
【0029】
本発明によれば、製品の品質管理あるいは法医学といった用途での未知試料の測定に際し、ヘモグロビンを含む物質、たとえば血液、血管、肉片など動物の生体組織であるか否かの確認を行う場合に、対象試料のラマンスペクトルをヘモグロビン標準物質のそれと比較して、ヒトかそれ以外の動物かといった生物種による違いがなく、感度の高いヘム部分
由来のピークを確認することにより、煩雑な前処理を行う必要がなく、測定者の知識や経験に左右されずに、非破壊で高感度かつ信頼性の高い判定を容易に行うことが可能となり、測定における操作の簡便化、効率化、品質管理コストの低下および質の向上に寄与することが出来る。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】光源として532nm励起Nd:YVO4レーザーを用い、出力レベルを1%に低減して測定した、標準試料のヘモグロビン粉末(和光純薬工業株式会社製、原材料ウシ血液)のラマンスペクトル。
【図2】光源として532nm励起Nd:YVO4レーザーを用い、出力レベルを1%に低減して測定した、ヒト血痕のラマンスペクトル。
【図3】光源として532nm励起Nd:YVO4レーザーを用い、出力レベルを1%に低減して測定した、鶏肉の血管部分採取物のラマンスペクトル。
【図4】光源として532nm励起Nd:YVO4レーザーを用い、出力レベルを1%に低減して測定した、マグロ肉汁のラマンスペクトル。
【図5】光源として532nm励起Nd:YVO4レーザーを用い、出力レベルを1%に低減して測定した、ヒト皮膚のラマンスペクトル。
【符号の説明】
【0031】
Raman shift : ラマンシフト値
Raman intensity : ラマンスペクトルの強さ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象試料がヘモグロビンを含む物質であるか否かを判別する分析方法において、
該対象試料およびヘモグロビン標準物質にレーザーを照射し、ラマンスペクトルを測定し、
該対象試料のラマンスペクトルに現れているピークを、該ヘモグロビン標準物質のラマンスペクトルにおけるヘム(ポルフィリンに鉄イオンの配位した錯体化合物)部分由来のピークと比較することを特徴とするヘモグロビンを含む物質の分析方法。
【請求項2】
前記対象試料および前記ヘモグロビン標準物質に照射するレーザーが、同一の励起波長を有するレーザーであることを特徴とする請求項1に記載のヘモグロビンを含む物質の分析方法。
【請求項3】
前記対象試料および前記ヘモグロビン標準物質に照射するレーザーの出力レベルが15mW以下であることを特徴とする請求項1または2に記載のヘモグロビンを含む物質の分析方法。
【請求項4】
前記対象試料のラマンスペクトルに現れているピークのうち、ラマンシフト値1650〜700cm-1の範囲にあるピークを、前記ヘモグロビン標準物質のヘム(ポルフィリンに鉄イオンの配位した錯体化合物)部分由来のピークと比較することを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のヘモグロビンを含む物質の分析方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2008−157771(P2008−157771A)
【公開日】平成20年7月10日(2008.7.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−347327(P2006−347327)
【出願日】平成18年12月25日(2006.12.25)
【出願人】(000003193)凸版印刷株式会社 (10,630)
【Fターム(参考)】