説明

ペプチドまたはタンパク質の制御放出送達

【課題】ペプチドまたはタンパク質薬剤の制御放出のための方法および組成物を、そしてペプチドまたはタンパク質薬剤の制御放出に有用な組成物および装置の製造方法を提供すること。
【解決手段】本発明は、ペプチドまたはタンパク質の制御放出のための組成物であって、ペプチドまたはタンパク質および熱保護剤を含むガラス状マトリックス相が中に分散されている生物適合性、生物侵食性ポリマーを含み、前記ガラス状マトリックス相は前記ポリマーの融点より高いガラス転移温度を有する組成物を提供する。

【発明の詳細な説明】
【背景技術】
【0001】
[発明の背景]
本発明は、ペプチドまたはタンパク質の制御送達の分野に、ならびにペプチドまたはタンパク質の制御送達に有用な組成物に関する。
【0002】
典型的には微小球、棒、シートまたはペレット形態の高分子マトリックスが、薬剤製品の持続性放出または制御放出に用いられてきた。活性剤がポリマーマトリックス中に混入され得る種々の技術が知られている。それらの例は、溶剤蒸発、噴霧乾燥、乳化であり、あるいは個々のサイズまたは形状の粒子の単純な物理的混合による。ペプチドおよびタンパク質の壊れやすい性質のために、これらのアプローチのうち、ポリマーへのペプチドまたはタンパク質薬剤の混入に容易に適合され得るものはない。ペプチドおよびタンパク質は、溶剤によるか、乳化によるかまたは熱による変性を受けやすい。不安定性の問題を回避するために、特許文献1は、制御放出ポリマーマトリックス中へのタンパク質の混入のための極低温注型法を記載している。低温加工は非常に厄介で、特 別な設備を要し、そして工程中の結露は潜在的問題となるため、この技法はいくつかの欠点を有する。
【0003】
限定された形状およびサイズに注型され得る溶融ポリマー中にペプチドまたはタンパク質薬剤を混合し得ることが望ましい。残念ながら、ほとんどのタンパク質がポリマーの融点よりはるかに低い温度で変性する。
【0004】
身体内で高分子マトリックスから放出される条件下で、ペプチドまたはタンパク質薬剤が安定であることも望ましい。ほとんどの生物侵食性ポリマーが、エステル結合の加水分解により身体内で脱重合される。この加水分解は高酸性の局所領域を生じ得る。多数のペプチドまたはタンパク質薬剤は酸性条件で不安定であるため、これは、薬剤が放出される前にその不活性化を生じ得る。酸性条件下で不安定であるこのような一タンパク質薬剤は、塩基性繊維芽細胞増殖因子(bFGF)である。種々の長さの形態で、例えば146、154および157アミノ酸形態で単離されているこのタンパク質は、有効な血管形成剤ならびに創傷治癒中の細胞増殖および移動の刺激剤である。ヒトbFGFをコードするDNA配列およびその推定上のアミノ酸配列が、特許文献2に開示されている。その血管形成特性のため、それは、冠状動脈疾患および末梢血管疾患のようなアテローム性動脈硬化症状を有する個体の動脈における閉塞を迂回するために新規の毛細血管床の局所性増殖を促進するのに有用である。このタンパク質は、創傷治癒に必要なマトリックスの放出に関与する主細胞である繊維芽細胞に対して走化性でもあり、その例としては治癒創傷の引張強さを確定するコラーゲンが挙げられる。bFGFを所望の部位に有効に送達し、このような症状の処置に際してbFGFの全身性送達に関連するあらゆる考え得る副作用を回避するためには、血管形成または創傷治癒活性が必要な部位またはその付近に移植のための制御放出装置を提供することが望ましい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】米国特許第5,019,400号
【特許文献2】米国特許第5,514,566号
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0006】
[発明の要約]
本発明は、ペプチドまたはタンパク質薬剤の制御放出のための方法および組成物を、そしてペプチドまたはタンパク質薬剤の制御放出に有用な組成物および装置(device)の製造方法を提供する。
本発明の一実施態様では、ペプチドまたはタンパク質および熱保護剤を含むガラス状マトリックス相が中に分散された生物適合性、生物侵食性ポリマーを含むペプチドまたはタンパク質の制御放出のための組成物であって、前記のガラス状マトリックス相が前記のポリマーの融点より高いガラス転移温度を有する組成物が提供される。ペプチドまたはタンパク質薬剤は組成物中で安定であるため、それは、その溶融状態で、薬剤送達インプラントとして用いられる適切に造形された装置中に、例えば棒、フィルム、ビーズまたはその他の所望の形状で形成されるのが便利である。
【0007】
本発明の別の実施態様では、このような投与を必要とする動物への生理活性ペプチドまたはタンパク質の制御放出投与の方法であって、このような動物に本発明の組成物から形成される装置を移植することを含む方法が提供される。
本発明のさらに別の実施態様では、生理活性ペプチドまたはタンパク質の制御放出送達のための組成物の製造方法であって、以下の(a)ポリマーの融点より高く、ガラス状マトリックスのガラス転移温度より低い温度で生物適合性、生物侵食性ポリマー中に生理活性ペプチドまたはタンパク質および熱保護剤を含むガラス状マトリックスを分散し、そして(b)ポリマーが固体である温度に分散体を冷却する工程を含む方法が提供される。所望により、冷却前に、所望の形状を有する送達装置中に分散体は形成されるかまたは注型され得る。
【0008】
本発明の好ましい実施態様では、熱保護剤は、トレハロース、メレチトース、セロビオース、メリビオース、ラフィノースおよびラクトースからなる群から選択される。本発明の組成物および装置中に用いるための好ましいポリマーは、約65℃より低い融点を有するポリ(ε−カプロラクトン)である。
【0009】
本発明の組成物および装置は、in vivoでのタンパク質の製造または送達中にタンパク質の有意の分解を伴わずに、bFGFまたは血管内皮増殖因子(VEGF)の優れた制御放出を提供する。
本発明は、例えば、以下の項目を提供する。
(項目1) ペプチドまたはタンパク質の制御放出のための組成物であって、ペプチドまたはタンパク質および熱保護剤を含むガラス状マトリックス相が中に分散されている生物適合性、生物侵食性ポリマーを含み、前記ガラス状マトリックス相は前記ポリマーの融点より高いガラス転移温度を有する組成物。
(項目2) 生物適合性、生物侵食性ポリマーは生分解性である項目1記載の組成物。
(項目3) ガラス状マトリックス相のガラス転移温度は65℃より高い項目1記載の組成物。
(項目4) 熱保護剤は、トレハロース、ラクトース、マルトース、セロビオース、メレチトース、メリビオースおよびラフィノースからなる群から選択される項目1記載の組成物。
(項目5) 生物適合性、生物侵食性ポリマーは、ポリカプロラクトンである項目1記載の組成物。
(項目6) 生物適合性、生物侵食性ポリマーは、65℃より低い融点を有するポリ(ε−カプロラクトン)である項目1記載の組成物。
(項目7) 生理活性ペプチドまたはタンパク質は、塩基性繊維芽細胞増殖因子または血管内皮増殖因子である項目1記載の組成物。
(項目8) 熱保護剤は、トレハロース、ラクトース、マルトース、セロビオース、メレチトース、メリビオースおよびラフィノースから選択される項目7記載の組成物。
(項目9) 熱保護剤はスクロースであり、そしてガラス状マトリックス相は1%より低い含水量を有する項目7記載の組成物。
(項目10) 熱保護剤はトレハロースである項目7記載の組成物。
(項目11) 生物適合性、生物侵食性ポリマーは、ポリ(ε−カプロラクトン)である項目7記載の組成物。
(項目12) 生物適合性、生物侵食性ポリマーは、ポリ(ε−カプロラクトン)である項目8記載の組成物。
(項目13) 生物適合性、生物侵食性ポリマーは、65℃より低い融点を有するポリ(ε−カプロラクトン)である項目9記載の組成物。
(項目14) 生物適合性、生物侵食性ポリマーは、65℃より低い融点を有するポリ(ε−カプロラクトン)である項目10記載の組成物。
(項目15) 生理学的条件下でのポリマーの加水分解は、組成物内の局所pHを4より低く下げさせない速度で起こる項目7記載の組成物。
(項目16) 動物への生理活性ペプチドまたはポリマーの制御放出送達のための装置であって、造形インプラントの形態での項目1記載の組成物を含む装置。
(項目17) 動物への生理活性ペプチドまたはポリマーの制御放出送達のための装置であって、造形インプラントの形態での項目7記載の組成物を含む装置。
(項目18) 造形インプラントは、棒、ディスクおよび球から選択される形態である項目16記載の装置。
(項目19) 生理活性ペプチドまたはタンパク質の制御放出投与を必要とする動物への生理活性ペプチドまたはタンパク質の制御放出投与の方法であって、このような動物に項目16記載の装置を移植することを含む方法。
(項目20) 生理活性ペプチドまたはタンパク質の制御放出投与を必要とする動物への生理活性ペプチドまたはタンパク質の制御放出投与の方法であって、このような動物に項目17記載の装置を移植することを含む方法。
(項目21) 生理活性ペプチドまたはタンパク質の制御放出投与を必要とする動物への生理活性ペプチドまたはタンパク質の制御放出投与の方法であって、このような動物に項目18記載の装置を移植することを含む方法。
(項目22) 生理活性ペプチドまたはタンパク質の制御放出送達のための組成物の製造方法であって、以下の(a)ポリマーの融点より高く、ガラス状マトリックスのガラス転移温度より低い温度で生物適合性、生物侵食性ポリマー中に生理活性ペプチドまたはタンパク質および熱保護剤を含むガラス状マトリックスを分散し、そして(b)ポリマーが固体である温度に分散体を冷却する工程を含む方法。
(項目23) ガラス状マトリックスは、凍結乾燥粉末の形態である項目22記載の方法。
(項目24) 生物適合性、生物侵食性ポリマーは、生分解性である項目22記載の方法。
(項目25) ガラス状マトリックス相のガラス転移温度は、65℃より高い項目22記載の方法。
(項目26) 熱保護剤は、トレハロース、ラクトース、マルトース、セロビオース、メレチトース、メリビオースおよびラフィノースからなる群から選択される項目22記載の方法。
(項目27) 生物適合性、生物侵食性ポリマーは、ポリ(ε−カプロラクトン)である項目22記載の方法。
(項目28) 生理活性ペプチドまたはタンパク質は、塩基性繊維芽細胞増殖因子または血管内皮増殖因子である項目22記載の方法。
(項目29) 熱保護剤は、トレハロース、ラクトース、マルトース、セロビオース、メレチトース、メリビオースおよびラフィノースから選択される項目28記載の方法。
(項目30) 熱保護剤は、スクロースであり、そしてガラス状マトリックスは0.5%より低い含水量を有する項目28記載の方法。
(項目31) 熱保護剤はトレハロースである項目28記載の方法。
(項目32) 生物適合性、生物侵食性ポリマーは、ポリ(ε−カプロラクトン)である項目28記載の方法。
(項目33) 血管遮断による動物中の血流低減の軽減方法であって、このような遮断の部位またはその付近に項目17記載の薬剤送達装置を移植することを含む方法。
(項目34) 前記装置は、約25μg〜約250μgのbFGFを含有する項目33記載の方法。
(項目35) 前記動物は、冠状動脈疾患または末梢血管疾患を有するヒトである項目33記載の方法。
(項目36) 動物における創傷治癒の促進方法であって、新脈管形成および繊維芽細胞蓄積に有効な量の項目7記載の組成物を創傷に適用することを含む方法。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】bFGFの送達のための制御放出装置を製造するための本発明の方法の一実施態様の略図である。
【図2】本発明の3つの処方物からのbFGFのin vitro放出をプロットしたグラフである。
【図3】ポリカプロラクトン棒から回収されたVEGFの長期in vitro生理活性をプロットしたグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
[発明の詳しい説明]
本発明によれば、ペプチドまたはタンパク質薬剤の制御放出送達のための組成物および装置を製造するための有効な手段が提供される。ペプチドまたはタンパク質薬剤はポリマーの融点より高いガラス転移温度を有するガラス状マトリックス相中に分散される時、ペプチドまたはタンパク質薬剤は溶融段階で生物侵食性、生分解性ポリマーマトリックス中に分散され得ることを、本発明者等は確定している。特定の制御放出送達装置を製造するための本発明の方法は、図1に示されている。この図は、ポリマーとしてポリ(ε−カプロラクトン)を用いるbFGFの送達のための制御放出装置の製造の略図である。
本発明の方法および組成物は、有利であることに、熱による不活性化を受けやすいあらゆるタンパク質またはペプチドの制御放出送達のために用いられる。一般的に、その活性がその三次構造の保持による、あらゆるタンパク質またはペプチド薬剤は、熱による不活性化を被りやすい。いくつかの小ペプチドは活性のために三次構造の保持を必要としないが、一方、ほとんどすべてのタンパク質薬剤は熱による不活性化を受けやすい。したがって、本発明の方法および組成物は、広範囲のタンパク質、例えば増殖因子、造血因子、ホルモン、サイトカイン、リンホカインおよび免疫機能を刺激または抑制する因子を用い得る。本発明の方法および組成物がヒトbFGFおよび血管内皮増殖因子(VEGF)の局所送達に特に良好に適していることを、本発明者等は見出した。
【0012】
ガラス状マトリックス相は、ペプチドまたはタンパク質薬剤および適切な熱保護剤の水性溶液を凍結乾燥することにより作成され得る。選択される特定の熱保護剤およびペプチドまたはタンパク質に対するその濃度は、凍結乾燥物の正確なガラス転移温度を確定するであろう。一般に、熱保護剤対ペプチドまたはタンパク質薬剤の重量比は、約2〜200である。当業者は、あらゆる組合せの必要なガラス転移温度を確定し得るであろう。ガラス転移は、粘性ゴム状態から(または粘性ゴム状態への)、硬くそして比較的脆性の状態への(または硬くそして比較的脆性の状態からの)非晶質物質の可逆的変化と定義される(American Society for Testing and Materials(ASTM)E 1142)。ガラス転移温度(Tg)は、ガラス転移が起こる温度範囲のほぼ中点であると定義される(ASTM D 4092)。ペプチドまたはタンパク質薬剤および熱保護剤を含有するガラス状マトリックス相のガラス転移温度は種々の技法により確定し得るが、その最も一般的なものは示差走査熱量測定(DSC)である。ガラス状物質が一定の速度で加熱される場合、熱流およびその温度に関連して基線移動が見出され得る。2つの基線の中点に対応する温度がガラス転移温度と考えられる。
【0013】
トレハロース、メレチトース、ラクトース、マルトース、セロビオース、メリビオースおよびラフィノースは好ましい熱保護剤である。水分はガラス状マトリックス相のTgに影響を及ぼすため、ガラス状マトリックス相の含水量は、好ましくは1%未満、さらに好ましくは0.5%未満である。これは、余分な水分がスクロース含有マトリックスのTgを好ましいポリマーであるポリ(ε−カプロラクトン)の融点より下に下げ得るために、熱保護剤としてスクロースを用いたい場合に特に当てはまる。本発明者等はTA2910およびTA2920示差走査熱量計を用いて、bFGFを含有する種々の凍結乾燥マトリックスに関するTgを確定した。約5mgの各試料を計量し、クリンププレスを用いてアルミニウム鍋中に密封した。DSCデータを、10℃/分の加熱速度での加熱方式で収集した。温度勾配(ramp)の開始前に、30℃の温度または実験開始前の予測Tgより低い温度で5分間、等温的に試料を平衡させた。ガラス転移がエンタルピー緩和に関連した場合には、Tgを越えて試料を加熱し、出発温度に冷却し、再加熱して二次走査におけるTgを測定した。下記の表1は、種々の賦形剤を用いたbFGFの凍結乾燥物に関するガラス転移温度を示す。
【0014】
【表1】

【0015】
ペプチドまたはタンパク質薬剤の他に、ガラス状マトリックス相は、通常の有効濃度で、その他の慣用的製剤賦形剤も含有し得る。典型的に用いられる賦形剤としては、例えば湿潤剤、崩壊剤、界面活性剤、緩衝塩、保存剤(抗細菌剤)、酸化防止剤およびキレート化剤が挙げられる。当業界で既知のように、ペプチドまたはタンパク質薬剤の濃度が制御放出装置中では比較的高く、このような賦形剤の非存在下ではペプチドまたはタンパク質の凝集が起こり得るため、賦形剤として抗凝集剤の使用が特に望まれ得る。それらが慣用的に用いられる濃度である場合の有効な抗凝集剤は当業者には周知である。それらの例としては、例えば、イノシトール、キシリトール、マンニトール、マルトース、アラビノースおよびガラクトース等のポリオールが挙げられる。
【0016】
熱保護剤、ペプチドまたはタンパク質薬剤ならびに、もしあれば、その他の賦形剤を含有する水性溶液の凍結乾燥は、製薬業界で周知の技法を用いて実行される(例えば、Remington's Pharmaceutical Sciences, 17th Ed., p.1538参照)
。凍結乾燥は粉末またはケークの形態でガラス状マトリックス相を生じ、これが細砕されてポリマー中での分散に適した粉末を作成する。
【0017】
ペプチドまたはタンパク質薬剤を含有するガラス状マトリックス相は次に、ガラス状マトリックス相のガラス転移温度より低い融点を有する生物侵食性、生物適合性ポリマー中に分散される。本明細書中で用いる場合、「生物侵食性」という用語は、生理学的環境中でポリマーが、ペプチドまたはタンパク質薬剤の制御放出を可能にするのに十分に分解可能であることを意味する。「生物適合性」という用語は、ポリマーの分解生成物が非毒性であり、ペプチドまたはタンパク質薬剤を不活性化しないことを意味する。好ましくは、ポリマーは生分解性でもあり、即ち、それは生理学的環境中で完全に分解され、再吸収され、したがって、薬剤を送達した後に装置のいかなる残存構成成分をも物理的に除去する必要がない。
【0018】
本発明の組成物中に用いるための好ましいポリマーは、ポリ(ε−カプロラクトン)である。さらに好ましくは、本発明の組成物中に用いられるポリ(ε−カプロラクトン)は、約2,000〜30,000、最も好ましくは約10,000〜20,000の分子量を有する。この範囲の分子量のポリ(ε−カプロラクトン)は、約59〜65℃の融点を有する。ポリ(ε−カプロラクトン)はさらに、送達されるペプチドまたはタンパク質薬剤が酸安定性でないもの、例えばbFGFである場合には、非常に望ましいポリマーである。生理学的条件下でのポリ(ε−カプロラクトン)の加水分解速度は、ペプチドまたはタンパク質を不活性化する低pHの局所領域をポリマーの分解が生じないように十分に遅い。タンパク質はpH3〜4では約20〜30分で完全に不活性化されるため、これは、例えばbFGFを放出する場合には、特に重要である。本発明の好ましい熱保護剤は、それらが生理学的環境に存在する水中に溶解するので、ペプチドまたはタンパク質薬剤の放出を制御するのに役立つポロシゲン(porocigen)としても作用し得る。
【0019】
再び図1を参照すると、熱保護剤、ペプチドまたはタンパク質薬剤および/または含入したいと思う任意のその他の賦形剤を含有する凍結乾燥体が、ポリマー中に分散される。ポリマーはその融点に加熱される。ポリ(ε−カプロラクトン)の場合、ポリマーは約65℃に加熱される。ガラス状マトリックス相は、あらゆる好都合な混合手段を用いて溶融ポリマー中に分散される。装置の薬剤放出速度を制御するためにポリマー中に付加的添加剤を分散することは有益であり得る。特に、当業界で既知のポロシゲンがポリマー中に混入されて、薬剤の放出速度が制御され得る。既知のポロシゲンとしては、例えば糖、アミノ酸、マンニトール、ソルビトール、キシリトールおよびポリエチレングリコールが挙げられる。これらは、既知の有効量でポリマー中に混入され得る。
【0020】
ガラス状マトリックス相は、通常は、組成物の全重量の約5%〜約25%、好ましくは約10%〜約20%の量で存在する。組成物中に存在するガラス状マトリックス相の正確な量は、ガラス状マトリックス相中に含入されるペプチドまたはタンパク質薬剤の濃度、所望の放出速度、移植したい装置のサイズ、ならびに局所部位に送達したい薬剤の用量に大いに影響される。
【0021】
図1に示したように、ガラス状マトリックス相を含有するポリマーは、インプラントとして用いるために、冷却前に適切な形状に、例えば棒、ディスク、シート、球に成形され得る。あるいは、ペプチドまたはタンパク質は組成物中では安定であるため、後で再加熱され、所望の形状に成形され得る。
【0022】
本発明の薬剤送達装置は、慣用的方式で、ペプチドまたはタンパク質薬剤の制御放出送達を必要とする動物に移植され得る。bFGFまたはVEGFを含有する装置の場合、装置は有利なことに、血管閉塞または血管損傷の部位またはその付近に移植される。このようにして、例えば、末梢血管疾患または冠状動脈疾患に罹患した動物、例えばヒトのような哺乳類を治療し得る。bFGFが放出されると、それは閉塞の部位を通って血液を運ぶために新規の毛細血管の形成を引き起こす新脈管形成を促す。典型的には、このような用途に用いるための装置は、約25μg〜約250μgのbFGFを含有する。in vivoでの実験では、十分量のbFGFが5日間放出されて、新脈管形成を促す。本発明の薬剤送達装置は、創傷治癒を促すために、例えば褥瘡、糖尿病性潰瘍、手術および/または事故性外傷に起因する切開創傷等の治療において、あるいは骨組織の治癒において、bFGFを送達するためにも用いられ得る。このような使用に関しては、装置は適切なサイズおよび形状に成形されて、創傷部位中に挿入され得る。あるいは、本発明の組成物は、粉末形態に粉砕され、これが創傷部位に適用され得る。このような場合、適切な投与量は、創傷床における新脈管形成を促し、それにより治癒を促す量である。適切な投与量は当業者に確定され得るし、そして少なくとも一部は、治療される創傷の性質およびサイズにより影響される。
【0023】
以下の実施例は本明細書中に記載した本発明をさらに説明することを意図するが、本発明はそれらに限定されない。
【実施例】
【0024】
[実施例]
実施例1
bFGF−PCL棒の調製
A.ガラス状マトリックス相の調製
4.42gのトレハロース二水和物を100mLメスフラスコ中に入れた。組換えヒトbFGF(154アミノ酸形態)の8.37mg/mL水性溶液84mLをフラスコに加えた。水で溶液を100mLとした後、0.2μmの滅菌アロディスク(Arodisc)(登録商標)13フィルター(Gelman Science)を通して濾過した。濾過した溶液を次に、凍結乾燥のために小瓶(2mL/小瓶)に入れた。
各小瓶中のアリコートを、保存温度を−45℃に2時間保持することにより先ず凍結させ、その後−10℃で2時間アニーリングさせて、−40℃でさらに3時間冷却した。60mTorrで−20℃および−25℃でそれぞれ5時間および15時間、一次乾燥を実施した。二次乾燥は、60mTorrで25〜30℃で10時間実施した。
【0025】
B.bFGF凍結乾燥物のPCLへの混入
1.192gの市販のポリ(ε−カプロラクトン)(分子量10,000〜20,000)を、油浴中の滅菌ビーカー中に入れた。油浴を90℃で1時間加熱した後、65℃に冷却した。前記と同様に作成した一小瓶からのbFGF凍結乾燥物を、溶融PCLに添加した。凍結乾燥物を粘性PCL中に懸濁し、攪拌して、均質分散体を得た。
【0026】
C.bFGF−PCL棒の調製
16G滅菌針を用いてbFGF凍結乾燥物−PCL混合物を延伸して、直径約1mmの棒を形成した。棒を室温に冷却して、10mm切片に切断した。
【0027】
実施例2
bFGF−PCL棒の調製
実施例1に記載したのと同様の方法で、異なる使用量のbFGFおよび異なる熱保護剤物質を用いて、bFGF−PCL棒を調製した。各々の場合、bFGF(低用量に関しては2mg、高用量に関しては50mg)、熱保護剤(80mg〜370mg)、20mMのクエン酸塩緩衝液および1mMのEDTAを含有する2mLの水性溶液を、凍結乾燥のために各小瓶に充填した。使用した熱保護剤は、トレハロース、メレチトースおよびスクロースであった。これらの溶液を凍結乾燥し、溶融PCL中に分散させて、実施例1と同様の方法で棒に成形した。スクロース含有溶液の場合、凍結乾燥物のTgがPCLの融点より確実に高くするために、凍結乾燥を実施して含水量を0.5%とした。
【0028】
実施例3
棒からのbFGFのin vitro放出
実施例1と同様の方法で、熱保護剤としてトレハロース、メレチトースまたはスクロースを用いて、bFGFを含有するPCL棒(1mm×10mm)を調製した。トレハロースとメレチトースの場合、棒を調製するために用いた凍結乾燥物は4%の濃度の熱保護剤(凍結乾燥前w/w)を含有し、凍結乾燥物を8.3%(w/w)の濃度でPCL中に分散させた。スクロースの場合は、棒を調製するために用いた凍結乾燥物は9%の濃度のスクロース(凍結乾燥前w/w)を含有し、凍結乾燥物を13.8%(w/w)の濃度でPCL中に分散させた。
【0029】
棒からのbFGFのin vitro放出の測定を5℃で確定した。棒を1mLのリン酸緩衝化生理食塩水(PBS)溶液中に入れ、溶液を攪拌棒で攪拌した。PBS溶液を1日おきに回収し、新鮮なPBS溶液と入れ換えて容積を保持した。イオン交換HPLCを用いて、回収PBS溶液中のbFGFを定量し、棒から放出された累積bFGFを計算した。棒からのbFGFの放出を時間を追って、図2のグラフにプロットした。図では、トレハロース含有処方物に関するデータ点を白丸で、メレチトース含有処方物に関するデータ点を中黒三角で、そしてスクロース含有処方物に関するデータ点を中黒丸で表している。
【0030】
実施例4
bFGF−PCLインプラントによる新脈管形成の促進
雄および雌のスプラーグ ダウレイ(Sprague Dawley)ラット(体重225〜425g)をイソフルランの吸入により簡単に麻酔した。腹部域を剃り、70%エタノールで清浄した。実施例1と同様に作成したPCL中にbFGF(組換え的に産生したヒトbFGF、154アミノ酸形態)を含有する棒(1mm×10mm)を、14ゲージ静脈内カテーテル配置針中に挿入した。腹部皮膚を組織鉗子で把持し、骨盤の約2cm上を正中線に沿って針を刺し通した。細いワイヤを用いて、皮膚と腹筋層との間の位置にペレットを進行させた。針を除去し、動物を計量して、適切なケージに戻した。イソフルランの吸入中止のほとんど直後に、動物は敏捷に動くことができた。
【0031】
bFGF−PCL棒の最初の設置後5日目に、二酸化炭素吸入またはフェノバルビタール過剰投与により動物を安楽死させた。体重を記録し、腹部皮膚を穏やかに切開して、反転させて、腹筋を露呈させた。位置に関するコメントおよび血管分布、ならびに顆粒形成組織累積を記録し、そして各動物の写真を撮った。腹筋層を取りだして、10%緩衝化ホルマリン中に入れた。組織試料を5mm間隔で切片にして、ヘマトキシリンおよびエオシンで染色した。
【0032】
以下の処方物を、新脈管形成を促すそれらの能力に関して試験した。
対照
1. 生理的食塩水中のbFGF(皮下注入)、0.5ml容積の滅菌等張生理的食塩水中の70μgのbFGF。
2. PCL棒:9%スクロース凍結乾燥物。凍結乾燥物対PCL比=0.16。
3. PCL棒:4%トレハロース凍結乾燥物。凍結乾燥物対PCL比=0.09。
【0033】
bFGF−PCL棒
1. 9%スクロース凍結乾燥物中のbFGF。凍結乾燥物対PCL比=0.17。bFGF添加=100μg/棒。
2. 4%トレハロース凍結乾燥物中のbFGF。凍結乾燥物対PCL比=0.09。bFGF添加=25μg/棒。
3. 4%トレハロース凍結乾燥物中のbFGF。凍結乾燥物対PCL比=0.09。bFGF添加=100μg/棒。
4. 4%メレチトース凍結乾燥物中のbFGF。凍結乾燥物対PCL比=0.09。bFGF添加=100μg/棒。
【0034】
棒を含入する皮下領域の視覚的検査は、bFGFが処方物中に含まれる場合、棒周囲に組織の蓄積が認められ、組織は血管化の様相を示した。bFGFが処方物中に含まれない場合は、局所組織蓄積は非常にわずかであったか、または認められなかった。bFGFを棒処方物を用いずに生理的食塩水中で投与した場合、注射領域の皮下組織に及ぼす明白な作用は認められなかった。棒処方物中のbFGFの作用は、それらの作用の効力に対するbFGFの充填量に依存した。
組織の組織学的分析は、bFGFが処方物中に含まれる場合、棒周囲に繊維芽細胞および血管の蓄積が認められることを示した。bFGFが処方物中に含まれない場合には、繊維芽細胞および血管の蓄積は非常にわずかであるか、または認められなかった。棒処方物中のbFGFに伴って観察された繊維芽細胞および血管の蓄積は、創傷治癒のために、ならびに血管機能不全(例えば、末梢血管性疾患または虚血性心臓疾患)の場合の組織中の側副血管の発生を刺激するために有益である。
【0035】
実施例5
VEGF−PCL棒の調製および棒から回収されるVEGFの生理活性
実施例1および実施例2と同様の方法で、薬剤としてVEGFを、そして熱保護剤としてスクロースを用いて、VEGF−PCL棒を調製した。調製に際しては、2mLの水性溶液を凍結乾燥した。溶液は6.8mgのVEGF、80mgのスクロース、20mMのクエン酸緩衝液および1mMのEDTAを含有する。凍結乾燥ケークを次に溶融PCL中に分散させて、実施例1と同様の方法でVEGF−PCL棒に成形した。凍結乾燥物対PCLの重量比は、0.07〜0.17に制御した。
【0036】
棒から回収されたVEGFの生理活性を確定した。VEGF−PCL棒を、0.1%プロテアーゼ無含有BSAおよび10μ/mLゲンタマイシンを含有するPBS緩衝液中で37℃でインキュベートした。各時点で、PCL棒を溶液から取り出して、同一組成を有する新鮮な溶液中に入れた。バイオアッセイ法を用いて、除去溶液を分析した。その結果を図3にプロットした。in vitro結果は、VEGFが5週間インキュベーション後に棒中で活性を有することを示す。
【0037】
スプラーグ ダウレイ(Sprague Dawley)ラットに及ぼすVEGF−PCL棒の新脈管形成の促進を、実施例4と同様の方法で調べた。VEGF−PCL棒を含有する皮下領域の視覚的検査および組織学的分析は、棒周囲に組織の蓄積が認められることを示し、組織は血管化の様相を実証した。VEGFが処方物に含まれない場合には、局所組織蓄積は認められなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
本明細書中に記載の発明。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−286803(P2009−286803A)
【公開日】平成21年12月10日(2009.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−212537(P2009−212537)
【出願日】平成21年9月14日(2009.9.14)
【分割の表示】特願2000−529229(P2000−529229)の分割
【原出願日】平成11年1月28日(1999.1.28)
【出願人】(500350955)サイオス,インコーポレーテッド (1)
【Fターム(参考)】