説明

ペントラキシン3またはペントラキシン3変異体を含む、血小板凝集抑制剤、血栓形成抑制剤および循環器疾患の治療薬

【課題】天然ポリペプチドまたはその変異体を含む、新規な血小板凝集抑制剤、血栓形成抑制剤または循環器疾患の治療薬を提供する。
【解決手段】ペントラキシン3またはペントラキシン3変異体を含む、血小板凝集抑制剤、血栓形成抑制剤および循環器疾患の治療薬。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ペントラキシン3またはペントラキシン3変異体を含む、血小板凝集抑制剤、血栓形成抑制剤および循環器疾患の治療薬に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、不安定狭心症、心筋梗塞、脳梗塞等の循環器疾患においては、血小板凝集によってできる血栓が病態の原因の一つであり、治療には血小板凝集抑制剤が用いられている。例えば、アスピリンやチクロピジン等が心筋梗塞や脳梗塞に伴う血栓・塞栓の治療、血流障害の改善、再発防止等のために投与される。しかし、これらの薬効は必ずしも十分ではなく、今もなお新たな血小板抑制剤(特許文献1〜3)の探索および開発が続けられている。
【0003】
血小板は、血球成分の1つであり、止血機構に不可欠な細胞である。さらには組織修復、創傷治癒などにも関与する。一方で、血小板は動脈硬化病変など病的状態での血栓形成にも関与する。
【0004】
血液は、正常な血管内では血栓を形成することなく、また凝固することなく循環している。血管内腔には、1層の血管内皮細胞があり、一酸化窒素(NO)やプロスタサイクリン等の血小板機能抑制物質により血小板は非活性化状態を維持して循環することができるからである。
【0005】
しかし、血管内皮が障害されたり、動脈硬化病変において動脈狭小化に伴いずり応力が増加するとともにプラークが破綻したりすると、血小板はコラーゲン線維に富む血管内皮下組織と反応し、粘着する。粘着した血小板は活性化し、細胞内顆粒を放出し、血小板が凝集する。また、血小板から放出されるADP等や、活性化血小板膜上あるいは内皮下組織で産生されるトロンビン等によって、凝固系が活性化され血栓をより強固にする。
【0006】
血小板のコラーゲンへの粘着性はずり応力に影響される。低ずり応力下と高ずり応力下では、血栓形成の最終段階としての血小板凝集は異なる機序を取ることが知られており、低ずり応力下では血小板膜蛋白GPIIb/IIIaとフィブリノゲン、高ずり応力下ではvon Willebrand因子(vWF)とGPIb/IXおよびGPIIb/IIIaの結合が中心となる。血小板凝集抑制剤は、これらの機序のいずれかを阻害して血小板凝集を抑制するものである。
【0007】
PTX3は、Pentraxin、Pentaxin、TSG−14、MPTX3とも呼ばれ、インターロイキン1(IL−1)刺激を受けたヒト臍帯内皮細胞に発現しているものとして発見されたペントラキシン(Pentraxin)ファミリーに属する分泌タンパク質である(非特許文献1、非特許文献2)。
【0008】
ペントラキシンファミリーはLong PentraxinとShort Pentraxinに大別される。炎症性タンパクとして知られているC reactive protein(CRP)やserum amyloid P component(SAP)はShort Pentraxinに属し、炎症により生じるIL−6に反応して肝臓で産生される。しかし、PTX3はCRPやSAPと異なりIL−6による誘導を受けない(非特許文献3)。
【0009】
PTX3は、炎症や自然免疫に関与し(非特許文献4)、自己免疫疾患、炎症性疾患、癌等の新生物、感染症に対して抑制効果があることが知られているが(特許文献4、特許文献5など)、血栓形成を抑制する作用については知られていない。
【0010】
Napoleonらは、PTX3が組織因子(TF)を誘導・活性化することを報告し、PTX3が血栓形成を促進する作用を持つことを示唆している(非特許文献1)。また、Savchenkoらは、心筋梗塞患者の血管閉塞部位より取り出した血栓中にPTX3が存在することを報告しているが、PTX3が血栓形成に関与するか否かは全く示唆されていない(非特許文献5)。
【0011】
【特許文献1】特許3581174号明細書
【特許文献2】特許3347748号明細書
【特許文献3】特公平6−31317号公報
【特許文献4】国際公開WO2002/36151号パンフレット
【特許文献5】国際公開WO2002/38169号パンフレット
【非特許文献1】Napoleone E et al., J Leukocyte Biology ; 76(1):203-9, 2004
【非特許文献2】Napoleone E et al., Arterioscler Thromb Vasc Biol.;22(5):782-7、2002
【非特許文献3】Breviario et al.: J. Biol. Chem., 267(31):22190-7, 1992
【非特許文献4】Mantovani A., J Clin Immunol ; 28(1):1-13, 2008
【非特許文献5】Savachenko AS., J Pathol ; 215(1):48-55, 2008
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
上述のように、不安定狭心症、心筋梗塞、脳梗塞等の循環器疾患においては、血小板凝集によってできる血栓が血管狭窄の原因の一つであり、治療には様々な血小板凝集抑制剤が用いられているが、これらの薬効は必ずしも十分ではなく、今もなお新たな血小板抑制剤の探索および開発が続けられている。
【0013】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、天然ポリペプチドまたはその変異体を含む、新規な血小板凝集抑制剤、血栓形成抑制剤または循環器疾患の治療薬を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明によれば、ペントラキシン3またはペントラキシン3変異体を含む、血小板凝集抑制剤が提供される。この組成によれば、優れた血小板凝集抑制作用を示すペントラキシン3またはペントラキシン3変異体を含むため、優れた血小板凝集抑制作用を示す血小板凝集抑制剤が得られる。
【0015】
また、本発明によれば、ペントラキシン3またはペントラキシン3変異体をコードする遺伝子と、その遺伝子の発現を制御する制御遺伝子と、を備えるベクターを含む、血小板凝集抑制剤が提供される。この組成によれば、優れた血小板凝集抑制作用を示すペントラキシン3またはペントラキシン3変異体を所定の制御に応じて発現するベクターを含むため、優れた血小板凝集抑制作用を示す血小板凝集抑制剤が得られる。
【0016】
また、本発明によれば、ペントラキシン3またはペントラキシン3変異体を含む、血栓形成抑制剤が提供される。この組成によれば、優れた血栓形成抑制作用を示すペントラキシン3またはペントラキシン3変異体を含むため、優れた血栓形成抑制作用を示す血栓形成抑制剤が得られる。
【0017】
また、本発明によれば、ペントラキシン3またはペントラキシン3変異体をコードする遺伝子と、その遺伝子の発現を制御する制御遺伝子と、を備えるベクターを含む、血栓形成抑制剤が提供される。この組成によれば、優れた血栓形成抑制作用を示すペントラキシン3またはペントラキシン3変異体を所定の制御に応じて発現するベクターを含むため、優れた血栓形成抑制作用を示す血栓形成抑制剤が得られる。
【0018】
また、本発明によれば、ペントラキシン3またはペントラキシン3変異体を含む、不安定狭心症、心筋梗塞および脳梗塞からなる群より選ばれる循環器疾患の治療薬が提供される。この組成によれば、優れた血小板凝集抑制作用または血栓形成抑制作用を示すペントラキシン3またはペントラキシン3変異体を含むため、不安定狭心症、心筋梗塞、脳梗塞等に伴う血栓・塞栓の治療、血流障害の改善、再発防止等に有効であり、不安定狭心症、心筋梗塞および脳梗塞からなる群より選ばれる循環器疾患の優れた治療薬が得られる。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、ペントラキシン3またはペントラキシン3変異体を含むため、優れた血小板凝集抑制作用、血栓形成抑制作用または不安定狭心症、心筋梗塞および脳梗塞からなる群より選ばれる循環器疾患の治療効果が奏される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明の実施の形態について、図面を用いて説明する。尚、すべての図面において、同様な構成要素には同様の符号を付し、適宜説明を省略する。
【0021】
<実施形態1:血小板凝集抑制剤>
本実施形態は、ペントラキシン3またはペントラキシン3変異体を含む、血小板凝集抑制剤である。後述の実施例に示すように、ペントラキシン3またはペントラキシン3変異体は血小板凝集を抑制するため、それを含む血小板凝集抑制剤も血小板凝集を抑制する。
【0022】
ここで、本実施形態における「血小板凝集抑制作用」とは、血小板の凝集を抑制することができれば、いかなる態様をとるものであってもよい。すなわち、以下に説明する血小板の一次凝集を抑制する態様であっても良く、二次凝集を抑制する態様であってもよい。
【0023】
一般に、血小板の表面は糖蛋白質で覆われ、血管内皮細胞は陰性荷電を帯びている。その為、正常な血管内では、血小板と血管内皮細胞は結合しない。そして、血管内皮細胞が産生するPGI2は、血小板の活性化を阻害する。しかしながら、血管壁が損傷すると、血管内皮細胞下組織のコラーゲンが露出し、コラーゲンに血漿中のvon Willebrand因子(vWF:フォン・ウィルブランド因子、フォン・ヴィレブランド因子)が結合する。なお、血液中の凝固因子が、血管内皮細胞下組織のコラーゲンに接触すると、内因系血液凝固が開始される。このvWFに、血小板が、血小板膜糖蛋白のGPIb受容体(GPIb−V−IX)を介してつながれ、血管内皮細胞下組織に粘着して停滞する(一次凝集)。
【0024】
こうして粘着した血小板は、刺激伝達機構が働いて、活性化される。円盤状だった血小板は、長い偽足を出して、中央部が隆起した目玉焼き状に胞体を進展させる。活性化された血小板では、開放小管系を介するCa2+流入や、貯蔵Ca2+の放出が起こり、細胞内Ca2+が上昇する。その結果、脱顆粒が起こり、濃染顆粒(密顆粒)のADPやセロトニンが、細胞外に放出される。また、細胞内のホスホリパーゼA2(PLA2)が活性化され、TXA2が放出される。その結果、最初に活性化された血小板周囲の血小板も、二次的に活性化される。二次的に活性化された血小板表面に、血小板膜糖蛋白のGPIIb/IIIa受容体が発現する。血小板のGPIIb/IIIa受容体どうしを、血漿中のvon Willebrand因子(vWF)やフィブリノゲンがつなぎ、血小板が凝集する。血流のずり応力により、vWF(やフィブリノゲン)によりつながれた血小板は、引っ張られて刺激される。ここで、ずり応力とは血小板を歪ませて引きちぎろうとする血流の力のことである。高いずり応力が働くと、GPIIb/IIIa受容体を介するvWFとの結合が盛んに行われ、血小板の凝集が進む。ずり応力で刺激された血小板は活性化され、濃染顆粒から放出されるアデノシンニリン酸(ADP)やセロトニン、アラキドン酸から生成されるTXA2は、新たに他の血小板のGPIIb/IIIa受容体を活性化させ、凝集を促進させる。また、α顆粒から放出されるフィブリノゲンが、GPIIb/IIIa受容体(γ鎖)どうしをつなぎ、血小板の結合が強固にされる。なお、フィブリノゲンを介したGPIIb/IIIa受容体(γ鎖)による血小板の結合より、vWFを介するGPIIb/IIIa受容体(α鎖)による血小板の結合の方が、血小板どうしの結合力が強い。また、血小板から、マイクロパーティクルと呼ばれる微小な膜小胞体が放出される。こうして円盤状だった血小板は、棘状の偽足を出して、球状に変形し、相互に接触し、凝集する(二次凝集)。
【0025】
なお、本実施形態の血小板凝集抑制剤は、血管壁の損傷等によって開始する血小板凝集抑制作用がアスピリンやチクロピジン等よりも強いことが好ましいが、必ずしもアスピリンやチクロピジン等よりも強い必要はない。たとえば、本実施形態の血小板凝集抑制剤は、アスピリンやチクロピジン等の血小板凝集抑制作用と比較して、単位投与量あたり50%、60%、70%、80%、90%、95%もしくは100%、200%、300%以上の血小板凝集抑制作用を示してもよい。
【0026】
(i)ペントラキシン3
本実施形態で用いられるペントラキシン3(Pentraxin3、PTX3)とは、体内の炎症により現れる炎症性タンパク質の一種を意味する。一般的に、動脈硬化/血管中のプラーク形成/進行/破綻の過程には、損傷された組織、および炎症部位に浸潤した白血球や肥満細胞、マクロファージなどから放出される多くの炎症メディエーターの関与が知られているが、PTX3もその一つである。
【0027】
よく知られている炎症性タンパク質としてC反応性タンパク質(CRP)があるが、PTX3もCRPと同じペントラキシンファミリーに分類される。しなしながら、CRPが肝臓で産生されるのに対し、PTX3は、動脈硬化と密接な関係を持つ血管内皮細胞、血管平滑筋、マクロファージ、好中球から、短時間に、直接産生されるという特徴をもっている。また、PTX3は、心疾患リスクファクター(コレステロール、喫煙、ヘモグロビンA1c等)に影響を受けない有用なマーカーである可能性が、最近の研究で示唆されている。さらに、こうした研究に加え、ヒト内皮細胞にスタチンを作用させることで、最も発現抑制される遺伝子がPTX3であること、また、心筋梗塞のみならず不安定狭心症で、PTX3値が上昇することなども報告されている。
【0028】
ここで、天然のヒトペントラキシン3のアミノ酸配列を以下の配列番号:1としてN末端からC末端方向に向けて示す。なお、天然のペントラキシン3は、下記の配列に示されるように、381アミノ酸からなるタンパク質である。ここに記載されるペントラキシン3は、組換え又は合成方法により調製しても種々の供給源から単離してもよい。
【0029】
配列番号1:N末端―MHLLAILFCALWSAVLAENSDDYDLMYVNLDNEIDNGLHPTEDPTPCACGQEHSEWDKLFIMLENSQMRERMLLQATDDVLRGELQRLREELGRLAESLARPCAPGAPAEARLTSALDELLQATRDAGRRLARMEGAEAQRPEEAGRALAAVLEELRQTRADLHAVQGWAARSWLPAGCETAILFPMRSKKIFGSVHPVRPMRLESFSACIWVKATDVLNKTILFSYGTKRNPYEIQLYLSYQSIVFVVGGEENKLVAEAMVSLGRWTHLCGTWNSEEGLTSLWVNGELAATTVEMATGHIVPEGGILQIGQEKNGCCVGGGFDETLAFSGRLTGFNIWDSVLSNEEIRETGGAESCHIRGNIVGWGVTEIQPHGGAQYVS―C末端
【0030】
また、ペントラキシン3のmRNAの塩基配列を以下の配列番号:2として5’末端から3’末端方向に向けて示す。なお、RNAであるため、本来ならばTではなくUで示すべきところ、説明の便宜のためにUの代わりにTを用いてRNA配列を示すものとする。
【0031】
配列番号:2 5’末端−CATTTATTAAGGACTCTCTGCTCCAGCCTCTCACTCTCACTCTCCTCCGCTCAAACTCAGCTCACTTGAGAGTCTCCTCCCGCCAGCTGTGGAAAGAACTTTGCGTCTCTCCAGCAATGCATCTCCTTGCGATTCTGTTTTGTGCTCTCTGGTCTGCAGTGTTGGCCGAGAACTCGGATGATTATGATCTCATGTATGTGAATTTGGACAACGAAATAGACAATGGACTCCATCCCACTGAGGACCCCACGCCGTGCGACTGCGGTCAGGAGCACTCGGAATGGGACAAGCTCTTCATCATGCTGGAGAACTCGCAGATGAGAGAGCGCATGCTGCTGCAAGCCACGGACGACGTCCTGCGGGGCGAGCTGCAGAGGCTGCGGGAGGAGCTGGGCCGGCTCGCGGAAAGCCTGGCGAGGCCGTGCGCGCCGGGGGCTCCCGCAGAGGCCAGGCTGACCAGTGCTCTGGACGAGCTGCTGCAGGCGACCCGCGACGCGGGCCGCAGGCTGGCGCGTATGGAGGGCGCGGAGGCGCAGCGCCCAGAGGAGGCGGGGCGCGCCCTGGCCGCGGTGCTAGAGGAGCTGCGGCAGACGCGAGCCGACCTGCACGCGGTGCAGGGCTGGGCTGCCCGGAGCTGGCTGCCGGCAGGTTGTGAAACAGCTATTTTATTCCCAATGCGTTCCAAGAAGATTTTTGGAAGCGTGCATCCAGTGAGACCAATGAGGCTTGAGTCTTTTAGTGCCTGCATTTGGGTCAAAGCCACAGATGTATTAAACAAAACCATCCTGTTTTCCTATGGCACAAAGAGGAATCCATATGAAATCCAGCTGTATCTCAGCTACCAATCCATAGTGTTTGTGGTGGGTGGAGAGGAGAACAAACTGGTTGCTGAAGCCATGGTTTCCCTGGGAAGGTGGACCCACCTGTGCGGCACCTGGAATTCAGAGGAAGGGCTCACATCCTTGTGGGTAAATGGTGAACTGGCGGCTACCACTGTTGAGATGGCCACAGGTCACATTGTTCCTGAGGGAGGAATCCTGCAGATTGGCCAAGAAAAGAATGGCTGCTGTGTGGGTGGTGGCTTTGATGAAACATTAGCCTTCTCTGGGAGACTCACAGGCTTCAATATCTGGGATAGTGTTCTTAGCAATGAAGAGATAAGAGAGACCGGAGGAGCAGAGTCTTGTCACATCCGGGGGAATATTGTTGGGTGGGGAGTCACAGAGATCCAGCCACATGGAGGAGCTCAGTATGTTTCATAAATGTTGTGAAACTCCACTTGAAGCCAAAGAAAGAAACTCACACTTAAAACACATGCCAGTTGGGAAGGTCTGAAAACTCAGTGCATAATAGGAACACTTGAGACTAATGAAAGAGAGAGTTGAGACCAATCTTTATTTGTACTGGCCAAATACTGAATAAACAGTTGAAGGAAAGACATTGGAAAAAGCTTTTGAGGATAATGTTACTAGACTTTATGCCATGGTGCTTTCAGTTTAATGCTGTGTCTCTGTCAGATAAACTCTCAAATAATTAAAAAGGACTGTATTGTTGAACAGAGGGACAATTGTTTTACTTTTCTTTGGTTAATTTTGTTTTGGCCAGAGATGAATTTTACATTGGAAGAATAACAAAATAAGATTTGTTGTCCATTGTTCATTGTTATTGGTATGTACCTTATTACAAAAAAAATGATGAAAACATATTTATACTACAAGGTGACTTAACAACTATAAATGTAGTTTATGTGTTATAATCGAATGTCACGTTTTTGAGAAGATAGTCATATAAGTTATATTGCAAAAGGGATTTGTATTAATTTAAGACTATTTTTGTAAAGCTCTACTGTAAATAAAATATTTTATAAAACTAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA−3’末端
【0032】
(ii)ペントラキシン3変異体
本実施形態で用いられるペントラキシン3変異体とは、天然のペントラキシン3の変異体を意味する。このペントラキシン3変異体は、天然のペントラキシン3と同様の血小板凝集抑制作用、血栓形成抑制作用または循環器疾患の治療効果を奏するが、必ずしも完全に同一の作用効果を奏する必要はない。たとえば、天然のペントラキシン3の血小板凝集抑制作用、血栓形成抑制作用または循環器疾患の治療効果と比較して、50%、60%、70%、80%、90%、95%もしくは100%の血小板凝集抑制作用、血栓形成抑制作用または循環器疾患の治療効果を示してもよい。また、このペントラキシン3変異体の具体例としては、特に限定する趣旨ではないが、以下の3種類の変異体が挙げられる。
【0033】
すなわち、このペントラキシン3変異体の具体例としては、(1)配列番号:1のアミノ酸配列に80%以上の相同性を有するアミノ酸配列、(2)配列番号:1のアミノ酸配列のうち1以上のアミノ酸を欠失・置換・付加してなるアミノ酸配列、または(3)配列番号:1のアミノ酸配列をコードする塩基配列に相補的な塩基配列にストリンジェントな条件で結合する塩基配列によってコードされるアミノ酸配列のいずれかを含み、ペントラキシン3と同様の血小板凝集抑制活性を有するタンパク質が挙げられる。このような3種類のペントラキシン3変異体のアミノ酸配列は、天然のペントラキシン3のアミノ酸配列と類似しているため、通常はペントラキシン3と同様の血小板凝集抑制活性を有するものと想定される。そのため、天然のペントラキシン3の代わりに、このようなペントラキシン3変異体を用いたとしても、同様の作用効果が得られることになる。
【0034】
本実施形態で用いられるペントラキシン3変異体には、天然配列ペントラキシン3の全長天然アミノ酸配列において一又は複数(例えば、2、3・・・)のアミノ酸残基が付加、置換若しくは欠失されたペントラキシン3変異体が含まれる。通常、ペントラキシン3変異体は、配列番号:1として開示された全長天然配列ペントラキシン3のアミノ酸配列と80%以上のアミノ酸配列同一性、好ましくは90%以上のアミノ酸配列同一性、より好ましくは95%以上のアミノ酸配列同一性を有している。
【0035】
ここに定義される「パーセント(%)アミノ酸配列同一性」は、配列を整列させ、最大のパーセント配列同一性が得られるように間隙を導入してもよく、保存的置換を配列同一性の一部と考えないとした、ペントラキシン3配列のアミノ酸残基と同一である候補配列中のアミノ酸残基のパーセントとして定義される。パーセントアミノ酸配列同一性を決定する目的のためのアラインメントの選択は、当業者によく知られた方法、例えばBLAST、BLAST−2、ALIGN又はMegAlign(DNASTAR)のような公に入手可能なコンピュータソフトウエアを使用することにより可能である。当業者であれば、比較される配列の全長に対して最大のアラインメントを達成するために必要な任意のアルゴリズムを含むアラインメントを測定するために、適切なパラメータを決定することができる。また、ペントラキシン3の変異体として、可溶化処理されたペントラキシン3、断片化されたペントラキシン3なども挙げられる。
【0036】
本実施形態で用いられるペントラキシン3変異体をコードする変異体ポリヌクレオチドは、ここに開示する全長天然配列ペントラキシン3ポリペプチドをコードする核酸配列に対して80%以上の核酸配列同一性、好ましくは90%の核酸配列同一性、より好ましくは95%の核酸配列同一性を有している。
【0037】
ここで同定される天然のペントラキシン3コード化核酸配列に対する「パーセント(%)核酸配列同一性」は、配列を整列させ、最大のパーセント配列同一性が得られるように間隙を導入してもよく、天然のペントラキシン3コード化核酸配列のヌクレオチドと同一である候補配列中のヌクレオチドのパーセントとして定義される。パーセント核酸配列同一性を決定する目的のためのアラインメントの選択は、当業者にはよく知られた方法、例えばBLAST、BLAST−2、ALIGN又はMegAlign(DNASTAR)のような公に入手可能なコンピュータソフトウエアを使用することにより可能である。当業者であれば、比較される配列の全長に対して最大のアラインメントを達成するために必要な任意のアルゴリズムを含むアラインメントを測定するために、適切なパラメータを決定することができる。
【0038】
また、「ペントラキシン3変異体ポリヌクレオチド」とは、ペントラキシン3変異体ポリペプチドをコードし、好ましくはストリンジェントなハイブリダイゼーション及び洗浄条件下で、配列番号:1に示すポリペプチドをコードする核酸配列(配列番号:2)に相補的な塩基配列にハイブリダイゼーションする核酸分子であってもよい。ペントラキシン3変異体ポリペプチドは、ペントラキシン3変異体ポリヌクレオチドにコードされるものであってもよい。
【0039】
ここで、ストリンジェントなハイブリダイゼーションおよび洗浄条件とは、例えば、ザンブルーク(Sambrook)ら編「モレキュラー・クローニング:ア・ラボラトリーマニュアル第2版(Molecular Cloning: A Laboratory Manual 2nd Ed.)」〔(Cold Spring Harbor Laboratory Press (1989)〕等に記載の条件が挙げられる。具体的には、例えば、(i)6×SSC(1×SSCの組成:0.15M NaCl、0.015M クエン酸ナトリウム、pH7.0)と0.5% SDSと5×デンハルトと100μg/mL変性断片化サケ精子DNAと50%ホルムアミドを含む溶液中、プローブと共に42℃で一晩保温し、(ii)非特異的にハイブリダイズしたプローブを洗浄により除去するステップ、ここで、より精度を高める観点から、より低イオン強度、例えば、2×SSC、よりストリンジェントには、0.1×SSC等の条件及び/又はより高温、例えば、用いられる核酸のTm値の40℃下、よりストリンジェントには、30℃下、さらにストリンジェントには、25℃下、よりさらにストリンジェントには、10℃下、具体的には、用いられる核酸のTm値により異なるが、25℃以上、よりストリンジェントには、37℃以上、さらにストリンジェントには、42℃以上、よりさらにストリンジェントには、50℃以上、より一層ストリンジェントには、60℃以上等の条件下で洗浄を行う、という条件が挙げられる。
【0040】
本実施形態における剤は、単体または製剤上許容される担体を加えて、医薬とすることができる。製剤上許容される担体とは、例えば、賦形剤、希釈剤、添加剤、崩壊剤、結合剤、被覆剤、湿潤剤、滑走剤、滑沢剤、風味剤、甘味剤、可溶化剤等を挙げることができ、具体的には、炭酸マグネシウム、二酸化チタン、ラクトース、マンニトール及びその他の糖類、タルク、ゼラチン、デンプン、セルロース及びセルロース誘導体、動物油及び植物油、ポリエチレングリコール、水、一価または多価アルコールを挙げることができる。
【0041】
また、本実施形態における剤の剤形は特に限定されないが、例えばカプセル剤、錠剤、丸剤、液剤、シロップ剤、トローチ剤、散剤、顆粒剤、輸液剤および注射剤等が挙げられるが、好ましくは製剤化が容易な錠剤、顆粒剤、散剤またはカプセル剤である。
【0042】
また、本実施形態の剤は、経口的又は非経口的に投与することができる。すなわち通常用いられる投与形態、例えば粉末、顆粒、カプセル剤、シロップ剤、懸濁液等の剤型で経口的に投与することができ、あるいは、例えば溶液、乳剤、懸濁液等の剤型にしたものを注射の型で非経口に局所に投与することができる他、液状、シート状又はチューブ状にして神経損傷部位に接触するように投与することもできる。
【0043】
さらに、本実施形態における剤は、ペントラキシン3またはペントラキシン3変異体のタンパク質をコードする核酸配列からなる遺伝子と、その遺伝子の発現を制御する制御遺伝子とを有するベクターを含む、剤とすることもできる。本実施形態のベクターとして、例えばプラスミド、ファージ、コスミド、ミニクロモゾーム、またはウイルスが挙げられる。あるいはまた、ベクターは、宿主細胞に導入されると宿主細胞ゲノムに一体化されそしてその中に一体化された一つまたは複数のクロモゾームと共に複製されるものであってよい。適切なベクターの例は細菌発現ベクターおよび酵母発現ベクターである。前記ウイルスベクターの例として、アデノウイルス、レトロウイルス、SV40のようなパポバウイルス、ワクシニアウイルス、鶏痘ウイルス、仮性狂犬病ウイルス等のウイルス由来のベクター等が挙げられるがこれらに限定されるものではない。ここで、所望のタンパク質をコードする核酸配列からなる遺伝子の発現を制御する制御遺伝子として適したプロモーターを選択して作製したベクターを含む剤とすることにより、所望の部位において、所望の量のペントラキシン3またはペントラキシン3変異体タンパク質を発現することができる。
【0044】
<実施形態2:血栓形成抑制剤>
本実施形態は、ペントラキシン3またはペントラキシン3変異体を含む、血栓形成抑制剤である。後述の実施例に示すように、ペントラキシン3またはペントラキシン3変異体は血栓形成を抑制するため、それを含む血栓形成抑制剤も血栓形成を抑制する。
【0045】
ここで、本実施形態における「血栓形成抑制作用」とは、血栓の形成を抑制することができれば、いかなる態様をとるものであってもよい。すなわち、本実施形態における血栓形成抑制作用とは、そのメカニズムを限定するものではない。
【0046】
一般に、血栓とは、血管内の血液が何らかの原因で塊を形成することであり、血栓ができる病態のことを血栓症という。血栓の形成は、主に血管壁が傷害されることにより起こる。通常、血栓の役割は止血である。止血が完了し障害された部位が修復されると血栓は消えるが、これを線溶作用と言う。血栓症では、その線溶作用が働かずに血栓が増大し血管を塞ぐことにより、血栓が生じた部位より末梢の組織において虚血や梗塞が引き起こされる。また、血栓がはがれて別の場所の血管をふさぐことを血栓塞栓症という。
【0047】
そのため、本実施形態における血栓形成抑制作用とは、そのメカニズムを限定するものではなく、結果として血栓の形成が抑制されればよいので、例えば、血小板凝集が抑制されるために血栓の形成が抑制される作用であってもよく、その逆に、血栓の線溶作用が活性化されるために血栓の消滅が促進されて血栓の形成が抑制される作用であってもよい。
【0048】
その他の点は、本実施形態の血栓形成抑制剤は、実施形態1の血小板凝集抑制剤の場合と同様であるため、説明を省略する。すなわち、ここで説明していない事項については、実施形態1の血小板凝集抑制剤の説明を参照されたい。
【0049】
<実施形態3:循環器疾患の治療薬>
本実施形態は、ペントラキシン3またはペントラキシン3変異体を含む、不安定狭心症、心筋梗塞および脳梗塞からなる群より選ばれる循環器疾患の治療薬である。後述の実施例に示すように、ペントラキシン3またはペントラキシン3変異体は優れた血小板凝集抑制作用または血栓形成抑制作用を示すため、それを含む循環器疾患の治療薬も不安定狭心症、心筋梗塞、脳梗塞等に伴う血栓・塞栓の治療、血流障害の改善、再発防止等に有効であり、不安定狭心症、心筋梗塞および脳梗塞からなる群より選ばれる循環器疾患の優れた治療効果を示す。
【0050】
(i)不安定狭心症の治療効果
ここで、本実施形態における「不安定狭心症の治療効果」とは、不安定狭心症の治療効果の症状の一部または全部を改善することができれば、いかなる態様をとるものであってもよい。すなわち、本実施形態における不安定狭心症の治療効果とは、そのメカニズムを限定するものではない。
【0051】
一般に、狭心症とは、心臓の筋肉(心筋)に酸素を供給している冠動脈の異常による一過性の心筋の虚血のために胸痛・胸部圧迫感などの主症状を起こす、虚血性心疾患の一つである。完全に冠動脈が閉塞、または著しい狭窄が起こり、心筋が壊死してしまった場合には心筋梗塞という。一般的に狭心症は心臓の冠動脈の硬化巣が進行しプラークという盛り上がった病変ができ、血液の通り道を狭くすることによって起こるものであり、誘因としては高血圧、高脂血症、肥満、高尿酸血症、ストレス、性格などが考えられる。
【0052】
狭心症の症状としては、狭心痛(締め付けられるような痛み;絞扼感や圧迫感)が主症状である。痛みは前胸部が最も多いが他の部位にも生じる事がある(心窩部から、頸部や左肩へ向かう放散痛など)。発作は大体15分以内には消失する。他に、動悸・不整脈、呼吸困難、頭痛、嘔吐など。症状を放置した場合、心筋梗塞、心室細動などを引き起こす場合がある。いつも定まった状況で症状を起こし、それがニトログリセリンなどの舌下錠で容易に消失する状態が安定型狭心症で、それ程さし迫った危険はないとされている。これに対して発作の頻度と強さ、そして持続が増し、ニトログリセリンが効きにくい状態は不安定型狭心症(不安定狭心症)と呼ばれ、これは心筋梗塞の前兆で非常に危険であるとされている。これらの狭心症の治療方法としても、抗血栓薬が用いられることがある。
【0053】
すなわち、本実施形態ペントラキシン3またはペントラキシン3変異体を含む、不安定狭心症の治療薬は、不安定狭心症の治療の際に特に好適に用いられるものである。特に好適には、冠インターベンション(PCI)施行時またはその前後の期間に用いられる。この場合には、医師等によって、点滴または注射剤として血液中に投与されることが有効であるが、不安定狭心症の治療の予後においても、経口による服用を行ってもよいのはもちろんである。
【0054】
(ii)心筋梗塞の治療効果
ここで、本実施形態における「心筋梗塞の治療効果」とは、心筋梗塞の症状の一部または全部を改善することができれば、いかなる態様をとるものであってもよい。すなわち、本実施形態における心筋梗塞の治療効果とは、そのメカニズムを限定するものではない。
【0055】
一般に、心筋梗塞は、虚血性心疾患のうちの一つであり、心臓が栄養としている冠動脈の血流量が下がり、心筋が虚血状態になり壊死してしまった状態を意味する。通常は急性に起こる「急性心筋梗塞(AMI)」のことを指すことが多い。冠動脈の血流量減少は、主に動脈硬化などの何らかの要因によって狭窄を起こすことによる。心筋が虚血状態に陥っても壊死にまで至らない前段階を狭心症といい、狭心症から急性心筋梗塞までの一連の病態を総称して「急性冠症候群」(acute coronary syndrome; ACS)と言う概念が提唱されている。
【0056】
心筋梗塞の症状としては、胸が締め付けられるような痛みを生じる。「痛い」よりも「胸が苦しい」「重い感じがする」などと訴えることが多い。通常狭心症では胸痛の持続時間は数分程度であるが、安静にしていても30分以上胸痛の持続する場合は急性心筋梗塞を強く疑う。左肩や顎への放散痛は特徴的といわれる。歯痛や、左上腕の重い感じのみを訴えることもある。糖尿病患者では痛みなどの症状に乏しいこともあり、めまい、嘔吐、心窩部痛など不定愁訴で発症することもあるため、見逃しにつながりやすい。特に食後、寒い日の早朝、入浴前後、飲酒後、階段の昇降時、真夏、特に早朝のゴルフ中などの脱水症状から発症することが多い。
【0057】
心筋梗塞の治療においては、特に急性期には、絶対安静が原則である。心筋梗塞は、心筋に対する相対的・絶対的酸素供給不足が原因であり、安静にして酸素吸入を行う。また鎮痛および体の酸素消費低下目的で、モルヒネを投与する場合もある。急性期には心筋梗塞の病巣拡大を防ぐことが最大の目的となる。一般的に「アスピリン内服」「酸素吸入」「モルヒネ」「硝酸薬」などが中心に行われ、Morphine,Oxygen,Nitrate,Aspirinの頭文字をとって「MONA」という名称で心筋梗塞のFirst Aidとして知られている。発症6時間以内の心筋梗塞の場合、積極的に閉塞した冠動脈の再灌流療法を行うことで、心筋の壊死範囲を縮小可能である。これに限らず、発症から24時間以内の症例では、再灌流療法を行う意義が高いとされる。大別してカテーテル的治療(PTCA,PCI)を行う場合と、血栓溶解療法(PTCR)があり、国により、保険により、医師の判断により治療方針が分かれていることがある。
【0058】
すなわち、本実施形態ペントラキシン3またはペントラキシン3変異体を含む、心筋梗塞の治療薬は、心筋梗塞の血栓溶解療法(PTCR)の際に特に好適に用いられるものである。この場合には、医師等によって、点滴または注射剤として血液中に投与されることが有効であるが、心筋梗塞の血栓溶解療法(PTCR)の予後においても、経口による服用を行ってもよいのはもちろんである。特に好適には、冠インターベンション(PCI)施行時またはその前後の期間において用いられる。
【0059】
(iii)脳梗塞の治療効果
ここで、本実施形態における「脳梗塞の治療効果」とは、脳梗塞の症状の一部または全部を改善することができれば、いかなる態様をとるものであってもよい。すなわち、本実施形態における脳梗塞の治療効果とは、そのメカニズムを限定するものではない。
【0060】
一般に、脳梗塞(cerebral infarction、別名:脳軟化症)とは、脳を栄養する動脈の閉塞、または狭窄のため、脳虚血を来たし、脳組織が酸素、または栄養の不足のため壊死、または壊死に近い状態になる事をいう。また、それによる諸症状も脳梗塞と呼ばれる事がある。なかでも、症状が激烈で(片麻痺、意識障害、失語など)突然に発症したものは、他の原因によるものも含め、一般に脳卒中と呼ばれる。それに対して、緩徐に進行して痴呆(脳血管性痴呆)などの形をとるものもある。日本人の死亡原因の中でも多くを占めている高頻度な疾患である上、後遺症を残して介護が必要となることが多く福祉の面でも大きな課題を伴う疾患である。ちなみに「脳軟化症」の名の由来は、脳細胞は壊死すると溶けてしまうため(「融解壊死」という)こう呼ぶ。
【0061】
脳梗塞の治療方法としては、血栓溶解療法が多用されている。すなわち、アテローム血栓や塞栓症の場合、発症直後(3時間以内)であり、施設の整った医療機関であれば血管内カテーテルによってウロキナーゼを局所動脈内投与する血栓溶解療法が可能である。また、2005年10月からt−PAのうちアルテプラーゼ(遺伝子組換え)の静脈内投与による超急性期虚血性脳血管障害の治療について日本国内での治療も健康保険適応となっている。しかし、1995年の米国の報告では予後改善効果も認められるが脳出血の副作用も6.4%と対照の0.6%より大幅に増えていたとされている。日本での治験(J−ACT)では脳出血例5.8%(6/103例)であったとされており、心筋梗塞の治療でt−PAを使うときも承認前1.76%(7/398例)、市販後14例(14,360回投与中)の脳出血例が報告されている。
【0062】
すなわち、本実施形態のペントラキシン3またはペントラキシン3変異体を含む、脳梗塞の治療薬は、脳梗塞の血栓溶解療法(PTCR)の際に特に好適に用いられるものである。この場合には、医師等によって、点滴または注射剤として血液中に投与されることが有効であるが、脳梗塞の血栓溶解療法(PTCR)の予後においても、経口による服用を行ってもよいのはもちろんである。本実施形態のペントラキシン3またはペントラキシン3変異体によれば、t−PAで問題になっている脳出血例の副作用を減少することができるのではないかと期待されている。
【0063】
その他の点は、本実施形態の不安定狭心症、心筋梗塞および脳梗塞からなる群より選ばれる循環器疾患の治療薬は、実施形態1の血小板凝集抑制剤の場合と同様であるため、説明を省略する。すなわち、ここで説明していない事項については、実施形態1の血小板凝集抑制剤の説明を参照されたい。
【0064】
以上、図面を参照して本発明の実施形態について述べたが、これらは本発明の例示であり、上記以外の様々な構成を採用することもできる。
【0065】
例えば、上記実施形態3では、循環器疾患の治療薬として、不安定狭心症、心筋梗塞および脳梗塞からなる群より選ばれる循環器疾患の治療薬について説明したが、特にこれらに限定する趣旨ではない。本実施形態のペントラキシン3またはペントラキシン3変異体を含む、循環器疾患の治療薬は、他にも深部静脈血栓症、肺血栓塞栓症(エコノミークラス症候群)、血栓性血小板減少性紫斑病、閉塞性動脈硬化症または播種性血管内凝固(DIC)などの症状の治療にも有効であると考えられる。さらに、心筋梗塞、脳血管障害の治療後の血栓に起因する病態を予防する目的で予防的に投与することもできると考えられる。例えば、冠動脈バイパス手術や冠インターベンション(PCI)などの治療の前後に投与することにより、その後の虚血性イベント等(心血管死亡、心筋梗塞、脳卒中など)のリスクを減少させることができると考えられる。これらの症状も、上述の血小板の凝集による血栓の形成によるものであるため、上述の血栓溶解療法(PTCR)が有効な治療方法であると考え得られているためである。
【実施例】
【0066】
以下、本発明を実施例によりさらに説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0067】
<実施例1>
本実施例では、血栓形成に対するPTX3の抑制効果―血小板凝集計およびフローチャンバーシステムを用いた検討を行った。
【0068】
(i)対象
健常者7例(A;43歳男性、B;36歳男性、C;50歳男性、D;33歳女性、E;35歳男性、F;23歳女性、G;41歳男性)を対象とした。
【0069】
(ii)採血法
血小板凝集計:19G針を用いて静脈血を採血し、3.8%クエン酸ナトリウム(9:1,v/v)と混和後、900rpmで10分間遠沈して多血小板血漿(PRP)を分離した。37℃で保存して採血後2時間以内に使用した。
【0070】
フローチャンバーシステム:19G針を用いて静脈血を採血し、Xa因子インヒビター液(終濃度 80μg/ml)(ARIXTRAOR、一般名;fondaparinux sodium)(グラクソスミスクライン株式会社、東京)と混和した。37℃で保存して採血後2時間以内に使用した。
【0071】
(iii)試薬
血小板凝集計:前記の方法で調整したPRPに対して、PTX3(終濃度:1,10,100ng/ml)(ペルセウスプロテオミクス株式会社、東京、*全長PTX3)あるいはコントロールとしてリン酸緩衝生理食塩水(PBS)を加えて室温で10分間インキュベーションした後、血小板凝集の惹起物質としてADP(終濃度:5μM)(Sigma Chemincal CO.)、コラーゲン(終濃度:5μg/ml)(Nycomed Pharma GMBH.)を添加した。
【0072】
フローチャンバーシステム:前記の方法で採血した血液に対して、PTX3(終濃度:1、10、100ng/ml、10microgram/ml)(ペルセウスプロテオミクス株式会社、東京、*全長PTX3)あるいはコントロールとしてリン酸緩衝生理食塩水(PBS)を加えて室温で10分間インキュベーションした後、メパクリン(quinacrine dihydrochloride, Sigma, St. Louis, MO; final concentration 10 μM)を用いて血小板に標識を行った。
【0073】
(iv)血小板凝集計
血小板凝集能は、レーザー散乱光法(機器;血小板凝集計PA−200,興和株式会社、名古屋)を用いて測定した。
【0074】
すなわち、PRP(PTX3あるいはPBS添加後)に血小板凝集惹起物質(コラーゲン、ADP)を加えて攪拌すると、血小板は急速に凝集塊をつくり、それに伴ってPRPの透光度が増していく。その変化(凝集曲線)を記録して、PTX3の血小板凝集に対する作用を検討した。
【0075】
(v)フローチャンバーシステム
Goto Sらの方法を用いた(参考文献1:Goto S, Ikeda Y, Saldivar E, Ruggeri ZM. Distinct mechanisms of platelet aggregation as a consequence of different shearing flow conditions. J Clin Invest. 1998;101:479-486.)(参考文献2:Goto S, Tamura N, Handa S, Arai M, Kodama K, Takayama H. Involvement of glycoprotein VI in platelet thrombus formation on both collagen and von Willebrand factor surfaces under flow conditions. Circulations. 2002;106:266-272.)(図3)。
【0076】
簡単に述べると、コラーゲン0.1microgram/ml(KOKENCELLGEN, Collagen Acidic Solution, I−AC, 株式会社高研、東京)を固層化したガラス板(24x50mm)上に、蛍光標識(メパクリン標識)した血小板を含む全血(PTX3あるいはPBS添加後)を灌流し、倒立型蛍光顕微鏡(IX 71, オリンパス株式会社、東京)によるイメージング後(CCD カメラ:DP70, オリンパス株式会社)、画像解析装置(Winloof, 三谷商事株式会社, 福井)を用いて形成された血栓の面積を計測した。この方法によれば、実際に生体内で血流の影響下において生じる血栓の形成について評価することが可能である。
【0077】
(vi)実験結果
血小板凝集計:図4〜7に結果を示す。この測定には、通常「凝集惹起物質」を添加して測定するが、凝集惹起物質としてコラーゲンを添加したのが図4、5の検体A〜Gの結果で、凝集惹起物質としてADPを添加したのが図6、7の検体A〜Gの結果である。コラーゲンを用いた凝集反応における検討では、PTX3添加群とPBS添加群を比較すると、7名中5名(B,C,D,E,G)においてPTX3添加により血小板凝集は抑制された(図4,5)。また、ADPを用いた凝集反応における検討では、7名中6名(A,B,C,D,F,G)においてPTX3添加により血小板凝集は抑制された(図6,7)。
【0078】
フローチャンバーシステム:コラーゲン上に形成された血栓の面積率は、PTX3添加群とPBS添加群を比較すると灌流初期では両群で優位な差は認めなかったが、灌流6分後においては高ずり速度下(1500/S:動脈に相当)および低ずり速度下(260/S:静脈に相当)の両速度下領域において、PTX3添加群の血栓面積率は優位に抑制されていた(図8〜10)。対象の健常者A、C、Dのすべてにおいて同様の結果が得られた。
【0079】
以上、本発明を実施例に基づいて説明した。この実施例はあくまで例示であり、種々の変形例が可能なこと、またそうした変形例も本発明の範囲にあることは当業者に理解されるところである。
【0080】
たとえば、上記実施例では、PTX3として天然のヒトPTX3を用いたが、特に限定する趣旨ではなく、ヒトPTX3の変異体を用いてもよい。この場合にも、ヒトPTX3の変異体は、天然のヒトPTX3と同様のヒト体内における血小板凝集抑制作用、血栓形成抑制作用および循環器疾患の治療効果を奏するため、やはり図4〜図10に示した結果と同様の結果が得られると考えられるためである。
【0081】
また、上記実施例では、PTX3として天然のヒトPTX3を用いたが、特に限定する趣旨ではなく、天然のマウスPTX3またはマウスPTX3変異体を用いてもよい。天然のマウスPTX3またはマウスPTX3変異体を用いれば、マウス体内における血小板凝集抑制作用、血栓形成抑制作用および循環器疾患の治療効果を奏するため、被験者の代わりにマウスを使って実験をすれば、やはり図4〜図10に示した結果と同様の結果が得られると考えられるためである。
【0082】
また、上記実施例では、PTX3として天然のヒトPTX3のタンパク質を用いたが、特に限定する趣旨ではなく、天然のヒトPTX3またはヒトPTX3変異体をコードするPTX3遺伝子およびその遺伝子の制御配列を含むベクターを投与してもよい。天然のヒトPTX3またはヒトPTX3変異体をコードするPTX3遺伝子およびその遺伝子の制御配列を含むベクター用いれば、ベクターから発現するmRNAが翻訳されて生成する天然のヒトPTX3またはヒトPTX3変異体タンパク質がヒト体内における血小板凝集抑制作用、血栓形成抑制作用および循環器疾患の治療効果を奏するため、やはり図4〜図10に示した結果と同様の結果が得られると考えられるためである。
【図面の簡単な説明】
【0083】
【図1】PTX3とCRPおよびSAPのアミノ酸配列の違いを説明するための模式図である。
【図2】PTX3の免疫応答について説明するための模式図である。
【図3】フローチャンバーシステムについて説明するための模式図である。
【図4】凝集惹起物質としてコラーゲンを添加した場合の血小板凝集計による測定結果を説明するためのグラフである(健常者A,B,C,D)。
【図5】凝集惹起物質としてコラーゲンを添加した場合の血小板凝集計による測定結果を説明するためのグラフである(健常者E,F,G)。
【図6】凝集惹起物質としてADPを添加した場合の血小板凝集計による測定結果を説明するためのグラフである(健常者A,D,E)。
【図7】凝集惹起物質としてADPを添加した場合の血小板凝集計による測定結果を説明するためのグラフである(健常者B,C,F,G)。
【図8】フローチャンバーを用いた血栓形成能の検討結果を説明するための顕微鏡写真およびグラフである(健常者A)。
【図9】フローチャンバーを用いた血栓形成能の検討結果を説明するための顕微鏡写真およびグラフである(健常者C)。
【図10】フローチャンバーを用いた血栓形成能の検討結果を説明するための顕微鏡写真およびグラフである(健常者D)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ペントラキシン3またはペントラキシン3変異体を含む、血小板凝集抑制剤。
【請求項2】
ペントラキシン3またはペントラキシン3変異体をコードする遺伝子と、
前記遺伝子の発現を制御する制御遺伝子と、
を備えるベクターを含む、
血小板凝集抑制剤。
【請求項3】
請求項1または2記載の血小板凝集抑制剤において、
前記ペントラキシン3は、配列番号:1のアミノ酸配列を含むタンパク質であり、
前記ペントラキシン3変異体は、
(1)配列番号:1のアミノ酸配列に80%以上の相同性を有するアミノ酸配列、
(2)配列番号:1のアミノ酸配列のうち1以上のアミノ酸を欠失・置換・付加してなるアミノ酸配列、または
(3)配列番号:1のアミノ酸配列をコードする塩基配列に相補的な塩基配列にストリンジェントな条件で結合する塩基配列によってコードされるアミノ酸配列
のいずれかを含み、前記ペントラキシン3と同様の血小板凝集抑制活性を有するタンパク質である、
血小板凝集抑制剤。
【請求項4】
ペントラキシン3またはペントラキシン3変異体を含む、血栓形成抑制剤。
【請求項5】
ペントラキシン3またはペントラキシン3変異体をコードする遺伝子と、
前記遺伝子の発現を制御する制御遺伝子と、
を備えるベクターを含む、
血栓形成抑制剤。
【請求項6】
請求項4または5記載の血栓形成抑制剤において、
前記ペントラキシン3は、配列番号:1のアミノ酸配列を含むタンパク質であり、
前記ペントラキシン3変異体は、
(1)配列番号:1のアミノ酸配列に80%以上の相同性を有するアミノ酸配列、
(2)配列番号:1のアミノ酸配列のうち1以上のアミノ酸を欠失・置換・付加してなるアミノ酸配列、または
(3)配列番号:1のアミノ酸配列をコードする塩基配列に相補的な塩基配列にストリンジェントな条件で結合する塩基配列によってコードされるアミノ酸配列
のいずれかを含み、前記ペントラキシン3と同様の血栓形成抑制活性を有するタンパク質である、
血栓形成抑制剤。
【請求項7】
ペントラキシン3またはペントラキシン3変異体を含む、
不安定狭心症、心筋梗塞および脳梗塞からなる群より選ばれる循環器疾患の治療薬。
【請求項8】
ペントラキシン3またはペントラキシン3変異体をコードする遺伝子と、
前記遺伝子の発現を制御する制御遺伝子と、
を備えるベクターを含む、
不安定狭心症、心筋梗塞および脳梗塞からなる群より選ばれる循環器疾患の治療薬。
【請求項9】
請求項7または8記載の循環器疾患の治療薬において、
前記ペントラキシン3は、配列番号:1のアミノ酸配列を含むタンパク質であり、
前記ペントラキシン3変異体は、
(1)配列番号:1のアミノ酸配列に80%以上の相同性を有するアミノ酸配列、
(2)配列番号:1のアミノ酸配列のうち1以上のアミノ酸を欠失・置換・付加してなるアミノ酸配列、または
(3)配列番号:1のアミノ酸配列をコードする塩基配列に相補的な塩基配列にストリンジェントな条件で結合する塩基配列によってコードされるアミノ酸配列
のいずれかを含み、前記ペントラキシン3と同様の血栓形成抑制活性を有するタンパク質である、
循環器疾患の治療薬。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2010−83828(P2010−83828A)
【公開日】平成22年4月15日(2010.4.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−255988(P2008−255988)
【出願日】平成20年10月1日(2008.10.1)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係わる特許出願(平成17年度、独立行政法人医薬基盤研究所、保険医療分野における基礎研究推進事業、産業技術力強化法第19条の適用を受けるもの)
【出願人】(504224153)国立大学法人 宮崎大学 (239)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【出願人】(503196776)株式会社ペルセウスプロテオミクス (25)
【Fターム(参考)】