説明

ホウ酸塩非含有の乾式伸線用潤滑剤

【課題】高温、高圧、高速下の過酷な伸線加工条件でも使用でき、細径から太径までの幅広い線径への縮径や、低速から高速までの幅広い線速での加工にも対応でき、ホウ酸塩のような有害なホウ素含有化合物を用いなくとも潤滑性、追随性、展着性、付着性、耐熱性、加工性、作業性、耐久性等が、ホウ酸塩含有乾式伸線用潤滑剤と同等又はそれ以上に優れた高性能で、しかも環境や人体に安全なホウ酸塩非含有の乾式伸線用潤滑剤を提供する。
【解決手段】ホウ酸塩非含有の乾式伸線用潤滑剤は、飽和脂肪酸の金属石鹸の30〜90重量%と、ホウ素非含有の水溶性無機縮合化合物、及び/又はその縮合前駆化合物の10〜40重量%とが、含まれている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ダイスを用いて、鉄鋼や非鉄金属のような金属を引抜き延伸して線材や棒材に伸線加工する際に用いられるもので、ダイスと被加工母材との直接接触による焼付きを防止し、安定した加工状態を維持するために用いられるホウ酸塩非含有の乾式伸線用潤滑剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
鉄鋼などの鉄、アルミニウム等の非鉄金属のような金属を加圧して、ダイスのような型鋼から引抜いて延伸し、線材や棒材に塑性変形させる伸線加工の際に、ダイスと被加工母材との接触部位に、乾式伸線用潤滑剤が汎用されている。
【0003】
この潤滑剤は、被加工母材とダイスとが直接接触して焼付いてしまうのを防止し、被加工母材が滑り易くなってダイスから引抜き易くなることによって、安定した加工形状を維持するためのものである。
【0004】
市販の乾式伸線用潤滑剤の多くは、飽和脂肪酸のナトリウム系石鹸やカルシウム系石鹸のような金属石鹸を主要有効成分とし、さらに無機物、添加剤を含んでいる。中でも、ナトリウム系石鹸のようなアルカリ金属系石鹸を含む乾式伸線用潤滑剤は、滑り性に優れ、しかも水洗で除去し易い水溶性の潤滑被膜を形成する点で優れているが、アルカリ金属系石鹸が低融点であることに起因して、潤滑被膜が高温に晒されると液化してしまうので、添加剤として無機化合物、特に水溶性であるホウ酸塩化合物を10〜数10重量%含ませたものが、用いられる。例えば、特許文献1に、ホウ酸のアルカリ金属塩と脂肪酸のアルカリ金属塩とを含有する水溶液に素管を浸漬して、その素管の内外面にホウ酸のアルカリ金属塩と脂肪酸のアルカリ金属塩との被膜を形成し、その上に液状潤滑剤を塗布して冷間引抜加工を行う方法が記載されている。
【0005】
最近、環境及び人体に対するホウ酸塩化合物の悪影響が問題視されるようになり、使用規制が厳しくなってきていることから、ホウ酸塩化合物を始めとするホウ素含有化合物を含まず、伸線時の潤滑性と、伸線後のメッキ工程の際や熱処理前工程の際の除去性とに優れ幅広く使用可能な水溶性乾式伸線用潤滑剤が望まれている。
【0006】
【特許文献1】特開2002−192220号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は前記の課題を解決するためになされたもので、高温、高圧、高速下の過酷な伸線加工条件でも使用でき、細径から太径までの幅広い線径への縮径や、低速から高速までの幅広い線速での加工にも対応でき、ホウ酸塩のような有害なホウ素含有化合物を用いなくとも潤滑性、追随性、展着性、付着性、耐熱性、加工性、作業性、耐久性等が、ホウ酸塩含有乾式伸線用潤滑剤と同等又はそれ以上に優れた高性能で、しかも環境や人体に安全なホウ酸塩非含有の乾式伸線用潤滑剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記の目的を達成するためになされた特許請求の範囲の請求項1に記載のホウ酸塩非含有の乾式伸線用潤滑剤は、飽和脂肪酸の金属石鹸の30〜90重量%と、ホウ素非含有の水溶性無機縮合化合物、及び/又はその縮合前駆化合物の10〜40重量%とが、含まれていることを特徴とする。
【0009】
請求項2に記載の乾式伸線用潤滑剤は、請求項1に記載されたもので、前記水溶性無機縮合化合物が、前記縮合前駆化合物由来の繰返単位の複数を直鎖状、環状及び/又は分岐鎖状に縮合結合しているものであることを特徴とする。
【0010】
請求項3に記載の乾式伸線用潤滑剤は、請求項2に記載されたもので、前記水溶性無機縮合化合物が、加熱下で前記縮合前駆化合物を前記縮合結合したものであることを特徴とする。
【0011】
請求項4に記載の乾式伸線用潤滑剤は、請求項1に記載されたもので、前記水溶性無機縮合化合物が、ケイ酸塩、及び/又は縮合リン酸塩であることを特徴とする。
【0012】
請求項5に記載の乾式伸線用潤滑剤は、請求項4に記載されたもので、前記水溶性無機縮合化合物が、縮合リン酸ナトリウム塩、縮合リン酸カリウム塩、縮合リン酸酸性塩、及びそれらの複合金属塩と、ケイ酸ナトリウム塩、ケイ酸カリウム塩、及びそれらの複合金属塩とから選ばれる少なくとも何れかであることを特徴とする。
【0013】
請求項6に記載の乾式伸線用潤滑剤は、請求項4に記載されたもので、前記縮合リン酸塩を構成する縮合リン酸が、ピロリン酸、トリポリリン酸、テトラポリリン酸、ウルトラポリリン酸、及び/又はヘキサメタリン酸であることを特徴とする。
【0014】
請求項7に記載の乾式伸線用潤滑剤は、請求項4に記載されたもので、前記飽和脂肪酸が、酪酸、カプロン酸、カプリル酸、ペラルゴン酸、カプリン酸、ウンデカン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、アラキン酸、ベヘン酸、リグノセリン酸、セロチン酸、モンタン酸、及び/又はメリシン酸であることを特徴とする。
【0015】
請求項8に記載の乾式伸線用潤滑剤は、請求項1に記載されたもので、前記飽和脂肪酸の金属石鹸が、飽和脂肪酸のナトリウム塩、飽和脂肪酸のカリウム塩、及び/又はそれらの複合金属塩であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
本発明の乾式伸線用潤滑剤は、特に高温、高圧、高速条件下で被加工母材を鋼型のダイスから引抜いて伸線加工する際に、簡便に用いることができる。この潤滑剤は、有害なホウ酸塩のようなホウ素含有化合物を含んでおらず、安全である。この水溶性乾式伸線用潤滑剤は、水溶性無機縮合化合物、又は加熱下や加圧下で縮合可能なその前駆化合物を含むことにより、伸線加工時の高温・高圧の過酷な条件下における潤滑剤の熱的特性を向上させ、線材表面に柔軟性に富む潤滑性被膜を形成し、潤滑性、追随性、展着性、付着性を発現して、伸線加工し易くするものである。
【0017】
この乾式伸線用潤滑剤は、従来のようなホウ酸塩等のホウ素含有化合物を含んだ水溶性乾式伸線用潤滑剤と、同等又はそれ以上に優れた耐熱性、高温展着性、耐熱性、加工性、作業性、耐久性等を有する高性能のものであり、特に高温・高圧の過酷な伸線条件下又は太線から細線の幅広い線径の伸線加工を行う際に、特に有用である。
【実施例】
【0018】
以下、本発明の実施例を詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0019】
本発明のホウ酸塩非含有の乾式伸線用潤滑剤の好ましい実施の一形態は、飽和脂肪酸の金属石鹸及び水溶性無機縮合化合物からなる潤滑成分と、添加剤とが、含まれているというものである。このホウ酸塩非含有の乾式伸線用潤滑剤は、以下のようにして調製される。
【0020】
飽和脂肪酸45〜65重量部と水道水15〜20重量部とを混合して加熱融解し、それに、縮合リン酸5〜15重量部と約50重量%苛性ソーダ水溶液10〜30重量部と約50重量%苛性カリウム水溶液5〜15重量部とを、加え、加熱攪拌した後、乾燥し、得られた固形物を粉砕すると、飽和脂肪酸の金属石鹸である飽和脂肪酸のナトリウムカリウム複合金属塩と水溶性無機縮合化合物である縮合リン酸塩とを主要潤滑成分とするもので、ホウ酸塩を含まない乾式伸線用潤滑剤が得られる。
【0021】
乾式伸線用潤滑剤は、粉砕した例を示したが、粉末状、顆粒状、塊粒状、固形状であってもよい。
【0022】
乾式伸線用潤滑剤中の水溶性無機縮合化合物として、縮合リン酸塩の例を示したが、その具体例として、リン酸の2〜6分子の脱水縮合によって生じる縮合リン酸の塩であって[(MO-)PO-O](Mは水素又は金属)の繰返単位を有するもので、例えば、二リン酸であるピロリン酸、三リン酸であって鎖状又は環状であるトリポリリン酸、四リン酸であって鎖状又は8員環状若しくは分岐した6員環状のテトラポリリン酸、鎖状、非分岐環状、又は分岐環状のウルトラポリリン酸、ヘキサメタリン酸で例示される縮合リン酸が、塩となった化合物が挙げられる。縮合リン酸ナトリウム塩、縮合リン酸カリウム塩、縮合リン酸酸性塩(例えば、ピロリン酸酸性塩Na)、それらの複合金属塩の何れでもよい。
【0023】
鎖状の縮合リン酸は、より具体的には、下記化学式(I)
O-[(MO-)PO-O]-M (I)
(式(I)中、M〜Mは同一又は異なりNa又はKの金属とHとから選ばれ少なくとも何れかが前記金属、[(MO-)PO-O]はその繰返単位中のMが同一又は異なりm=2〜6で表されるものである。また非分岐環状の縮合リン酸は、下記化学式(II)
-[(MO-)PO-O]- (II)
(式(II)中、nは2〜6であり、[(MO-)PO-O]はその両端が結合して環状を形成しておりその繰返単位中のMが同一又は異なりNa又はKの金属とHとから選ばれその繰返単位中の少なくとも何れかのMが前記金属)で表されるものである。
【0024】
この乾式伸線用潤滑剤中、水溶性無機縮合化合物である縮合リン酸塩に代え又はそれと共に、その縮合前駆化合物、例えば、脱水により縮合リン酸塩を形成するリン酸HPOやその塩を、含んでいてもよい。縮合前駆化合物、例えばリン酸は、水溶性乾式伸線用潤滑剤の使用前、又は用時に、200〜1200℃の加熱下で脱水して水溶性無機縮合化合物即ち縮合リン酸となるものである。縮合リン酸は、この縮合前駆体の加熱又は加圧によって、主に直鎖状構造型、又は分岐鎖状若しくは環状の多量体を形成したものである。
【0025】
乾式伸線用潤滑剤中の水溶性無機縮合化合物として、縮合リン酸塩の例を示したが、鎖状、分岐鎖状、環状のケイ酸塩であってもよく、縮合リン酸塩とケイ酸塩との混合物であってもよい。
【0026】
ケイ酸塩の具体例として、二酸化ケイ素と金属酸化物とからなり、下記式(III)
pMO・qSiO (III)
(式(III)中、p、qは2〜4、MはNa又はKの少なくとも何れかの金属)
で示される化合物である。
【0027】
鎖状のケイ酸塩は、より具体的には、下記化学式(IV)
O-{[(MO-)Si(-OM)]-O}-M (IV)
(式(II)中、M〜Mは同一又は異なりNa又はKの金属とHとから選ばれ少なくとも何れかが前記金属、{[(MO-)Si(-OM)]-O}はその繰返単位中のMとMとが夫々同一又は異なりが同一又は異なりr=2〜4)で表されるものである。
【0028】
ケイ酸塩は、環状であってもよい。
【0029】
これらの水溶性無機縮合化合物やその縮合前駆化合物は、ホウ酸塩のようなホウ素含有化合物以外のものであるから、乾式伸線用潤滑剤にもホウ素が全く含まれない。
【0030】
乾式伸線用潤滑剤中に、水溶性無機化合物又はその前駆体が、10〜40重量%含まれていることが好ましい。この範囲から外れると、耐熱性、潤滑性等の特性が不十分となってしまう。
【0031】
飽和脂肪酸の金属石鹸を構成する飽和脂肪酸は、炭素数4〜30のもので、直鎖状、分岐鎖状、又は環状の飽和脂肪酸が挙げられ、より具体的には、酪酸、カプロン酸、カプリル酸、ペラルゴン酸、カプリン酸、ウンデカン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、アラキン酸、ベヘン酸、リグノセリン酸、セロチン酸、モンタン酸、メリシン酸が挙げられる。これらは、単独で用いてもよく、複数組み合わせて用いてもよい。飽和脂肪酸エステルを含んでいる動物性油脂や植物性油脂のような天然油脂を、水素添加して加水分解したものであってもよい。
【0032】
乾式伸線用潤滑剤中の飽和脂肪酸の金属石鹸は、具体的には、ナトリウム塩、カリウム塩であってもよく、単一金属の塩であってもよく、それらの複合金属塩であってもよい。
【0033】
飽和脂肪酸の金属石鹸は、乾式伸線用潤滑剤中に、30〜90重量%含まれていることが好ましい。この範囲から外れると、被膜性、潤滑性等の特性が不十分となってしまう。
【0034】
乾式伸線用潤滑剤は、必要に応じて防腐剤、防食剤のような添加剤を含んでいてもよい。
【0035】
この水溶性乾式伸線用潤滑剤は、以下のようにして、使用される。金属製又は非金属製の被加工母材に、水溶性乾式伸線用潤滑剤を固体のまま例えば粉末のまま、塗布、噴霧、浸漬等により付す。それをダイスのような鋼型から引抜いて、塑性変形させて伸線加工すると、所望の線材や棒材が得られる。
【0036】
以下に、本発明を適用するホウ酸塩非含有の乾式伸線用潤滑剤を調製した例を実施例1に示し、本発明を適用外の乾式伸線用潤滑剤を調製した例を比較例1〜2に示す。
【0037】
(実施例1)
攪拌装置を備えた反応容器内に、工業用ステアリン酸50重量部と水道水15重量部とを加え、攪拌しながら加熱溶融させた後、請求項6に示す縮合リン酸9重量部を加え、さらに48%苛性ソーダ水溶液17重量部、48%苛性カリウム水溶液9重量部を加えた。水分が1.0%以下になるまで加熱攪拌を続けた。得られた乾燥した粗潤滑剤を、500メッシュ篩で通過率60%程度になるように粉砕し、ホウ酸塩非含有の各乾式伸線用潤滑剤を得た。
【0038】
(比較例1)
攪拌装置を備えた反応容器内に、工業用ステアリン酸50重量部と水道水15重量部とを加え、攪拌しながら加熱溶融させた後、実施例1のような縮合リン酸に代えてホウ酸9重量部を加え、さらに48%苛性ソーダ水溶液17重量部、48%苛性カリウム水溶液9重量部を加えた。水分が1.0%以下になるまで加熱攪拌を続けた。得られた乾燥した粗潤滑剤を、500メッシュ篩で通過率60%程度になるように粉砕し、乾式伸線用潤滑剤を得た。
【0039】
(比較例2)
攪拌装置を備えた反応容器内に、工業用ステアリン酸50重量部と水道水15重量部とを加え、攪拌しながら加熱溶融させた後、冷却し、リン酸9重量部を加え、さらに48%苛性ソーダ水溶液17重量部、48%苛性カリウム水溶液9重量部を加えた。水分が1.0%以下になるまで加熱攪拌を続けた。得られた乾燥した粗潤滑剤を、500メッシュ篩で通過率60%程度になるように粉砕し、乾式伸線用潤滑剤を得た。
【0040】
実施例1及び比較例1〜2の乾式伸線用潤滑剤を用いて、伸線機により伸線加工し、その性能評価を行った。
【0041】
(伸線加工)
先ず、ダイスを用いて、伸線加工を行った。その加工条件は、下記の通りである。
被加工母材の材質:72A材
線速:40m/分
線径の縮径:2.8mmφ→2.5mmφ→2.25mmφ→2.00mmφの3段階
(1パスを繰り返して行い、3パス伸線した。)
被加工母材の前処理:無し
【0042】
伸線加工手順、及びそれの性能評価方法は、以下の通りである。
【0043】
被加工線材を12重量%塩酸水溶液を用いて、被加工線材表面の酸化スケールを酸洗除去した後、水洗を数回施し、乾燥させることで前処理加工を行った。
【0044】
続いてダイスボックス内に評価潤滑剤を任意量投入して、前処理を施した被加工線材の伸線評価を上記の条件に従い行った。
【0045】
(平均引抜力測定試験)
ダイスにロードセルを取り付けて、伸線時間20〜30秒間で、伸線加工したときの平均引抜力の最大値と最小値の差を引抜力変動幅とし伸線安定性を示す数値として測定した。その結果を表1に示す。
【0046】
【表1】

【0047】
表1から明らかな通り、いずれの線径においても、実施例1の乾式伸線用潤滑剤を用いた場合は、比較例1のホウ酸塩を含有する潤滑剤と引抜力変動幅が同等であり伸線安定性に優れている事が認められた。一方、非縮合系無機化合物を用いた比較例2の潤滑剤はいずれの線径においても実施例1よりも引抜力変動幅の数値が大きく伸線安定性に劣る事が認められた。
【0048】
(伸線後の線材表面の目視観察試験)
伸線加工した線材を伸線線材用洗浄剤(共栄社化学株式会社製;商品名ライトクリンA−3)で洗浄し、その表面を目視で観察した。その結果を表2に示す。
【0049】
【表2】

【0050】
表2から明らかな通り、いずれの線径においても、実施例1の乾式伸線用潤滑剤ホウ酸塩を用いた比較例1と同様に伸線後の線材表面に潤滑剤が均一なフィルム状に展着していたのに対し、非縮合系無機化合物を用いた比較例2の潤滑剤を用いた場合は、伸線後線材表面に潤滑剤が粉状又は斑状に付着していたり、一部分にのみ潤滑剤が粉状に付着し他の一部分で付着せずに線材素地が晒されていたりしていた。このような相違が、表1の引抜力変動幅の違いとなって表れたものと推察される。
【0051】
(伸線後の線材表面の顕微鏡観察試験)
伸線加工した線材を洗浄剤で洗浄し、その表面をレーザー顕微鏡で400倍に拡大して観察した。その結果を表3に示す。
【0052】
【表3】

【0053】
表3から明らかな通り、実施例1及び比較例1の乾式伸線用潤滑剤を用いた場合は、いずれの線径においても、ダイスと線材との直接接触によって生じる平坦な部分、即ち顕微鏡で観察したとき白く筋状乃至斑点状に観察される部分が極めて少ないため、伸線状態が良好であると確認された。それに対し、比較例2の潤滑剤を用いた場合は、いずれの線径においても、実施例1の場合よりも平坦な部分、即ち顕微鏡による白筋状乃至斑点状部分が極めて多く生じており、伸線状態が不良であると確認された。更に、細く縮径するに連れ、その平坦な部分が増加していることが認められた。
【0054】
(伸線後の線材表面の乾式伸線用潤滑剤付着量測定試験)
伸線加工した線材の重量を測定し、それを洗浄剤で洗浄し、再度、線材の重量を測定して、洗浄前後の重量差と、その線材の径及び長さとから、付着量を算出した。その結果を表4に示す。
【0055】
【表4】

【0056】
表4から明らかな通り、いずれの線径においても、実施例1の乾式伸線用潤滑剤は比較例1と同等の潤滑剤が伸線に付着していた。一方、比較例2の潤滑剤を用いた場合は、いずれの線径においても潤滑剤の付着量が実施例1よりも少ない事が認められる。このような相違が、表3のような顕微鏡観察での表面の筋状又は斑点状に観察される平坦部分の拡大となって表れたものと推察される。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明のホウ酸塩非含有の乾式伸線用潤滑剤は、鉄鋼のような金属製のワイヤ、管、棒、ロッド等の被加工母材を、ダイス等の型鋼から引抜いて、線材や棒材に塑性変形させて縮径する伸線加工の際に、用いられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
飽和脂肪酸の金属石鹸の30〜90重量%と、ホウ素非含有の水溶性無機縮合化合物、及び/又はその縮合前駆化合物の10〜40重量%とが、含まれているホウ酸塩非含有の乾式伸線用潤滑剤。
【請求項2】
前記水溶性無機縮合化合物が、前記縮合前駆化合物由来の繰返単位の複数を直鎖状、環状及び/又は分岐鎖状に縮合結合しているものであることを特徴とする請求項1に記載の乾式伸線用潤滑剤。
【請求項3】
前記水溶性無機縮合化合物が、加熱下で前記縮合前駆化合物を前記縮合結合したものであることを特徴とする請求項2に記載の乾式伸線用潤滑剤。
【請求項4】
前記水溶性無機縮合化合物が、ケイ酸塩、及び/又は縮合リン酸塩であることを特徴とする請求項1に記載の乾式伸線用潤滑剤。
【請求項5】
前記水溶性無機縮合化合物が、縮合リン酸ナトリウム塩、縮合リン酸カリウム塩、縮合リン酸酸性塩、及びそれらの複合金属塩と、ケイ酸ナトリウム塩、ケイ酸カリウム塩、及びそれらの複合金属塩とから選ばれる少なくとも何れかであることを特徴とする請求項4に記載の乾式伸線用潤滑剤。
【請求項6】
前記縮合リン酸塩を構成する縮合リン酸が、ピロリン酸、トリポリリン酸、テトラポリリン酸、ウルトラポリリン酸、及び/又はヘキサメタリン酸であることを特徴とする請求項4に記載の乾式伸線用潤滑剤。
【請求項7】
前記飽和脂肪酸が、酪酸、カプロン酸、カプリル酸、ペラルゴン酸、カプリン酸、ウンデカン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、アラキン酸、ベヘン酸、リグノセリン酸、セロチン酸、モンタン酸、及び/又はメリシン酸であることを特徴とする請求項1に記載の乾式伸線用潤滑剤。
【請求項8】
前記飽和脂肪酸の金属石鹸が、飽和脂肪酸のナトリウム塩、飽和脂肪酸のカリウム塩、及び/又はそれらの複合金属塩であることを特徴とする請求項1に記載の乾式伸線用潤滑剤。

【公開番号】特開2010−111767(P2010−111767A)
【公開日】平成22年5月20日(2010.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−285514(P2008−285514)
【出願日】平成20年11月6日(2008.11.6)
【出願人】(000162076)共栄社化学株式会社 (67)
【Fターム(参考)】