説明

ホール注入電極と該電極を用いた有機EL素子

【課題】室温で製膜され、有機半導体に対して低電圧でホール注入が可能なホール注入電
極を開発すること。
【解決手段】式Cu2-xCh(ChはS、Se、Teのカルコゲン元素のうち少なくとも1種、0<x
<0.5)で示される組成を有し、仕事関数が4.6 eV以上で、p型縮退電気伝導性を示す
半導体化合物層を電極としたことを特徴とする有機半導体へのホール注入電極。さらに、
酸素プラズマ処理などの表面酸化処理により、仕事関数を6.0eV以上まで大きくでき、注
入電圧を低下させることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機半導体に対してホール注入障壁を小さくした、低電圧でホール注入が可能
なホール注入電極及び該電極を用いた有機EL素子に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、有機半導体を用いた電子デバイス、特に有機EL素子の研究・開発が活発に行われ
ている。本来、有機半導体は電気伝導を担うキャリア(電子やホール)が内在しておらず、
電気伝導が非常に小さな電気絶縁体である。こうした電気絶縁体へ、電極を通じて電子や
ホールを注入することで、半導体としての特徴が現れる。有機薄膜トランジスタや有機E
L素子等において、電子を注入する電極を陰極、ホールを注入する電極を陽極と呼ぶ。
【0003】
陰極から注入された電子は有機半導体中の最もエネルギーの低い空の軌道(最低空軌道:L
UMO)を占め、陽極から注入されたホールは、最もエネルギーの高い占有軌道(最高被占軌
道:HOMO)を占め、該電子及びホールはLUMOやHOMO上で、有機半導体材料中を移動する。
物質中で電子はエネルギーの低い準位から順次占められていき、エネルギーが最も大きな
占有準位はフェルミ準位と呼ばれる。
【0004】
図10に示す有機半導体と電極のエネルギー準位の模式図から分かるように、有機半導体
に低電圧でホールを注入するためには、フェルミ準位は、HOMOと同等、又はそれより深い
ことが必要である。電子が固体から外部に離脱するエネルギー準位を「真空準位」と呼び
、「真空準位」と「フェルミ準位」とのエネルギー差を「仕事関数」と呼ぶ。実用素子に
使われるほとんどの有機半導体のHOMOは、真空準位から4.6〜6.0eV深いエネルギー位置に
あるため、実用素子の陽極材料は、4.6〜6.0eVと同等以上の仕事関数を有することが望ま
しい。
【0005】
有機半導体を用いた電子デバイスの中で実用化が最も進んでいる有機EL素子は、発光層
となる有機半導体を陰極と陽極で挟んだ構造(陰極/発光層/陽極)を有している。実用デ
バイスでは、キャリアの注入効率を上げるために、陽極と発光層の間にホール注入層(例
えば、CuPc;銅フタロシアニン)及びホール輸送層(例えば、TPD;トリフェニルジアミ
ン誘導体)を挟んだ構造とするか、陰極と発光層の間に電子注入層及び電子輸送層を挟ん
だ構造(陰極/電子注入層/電子輸送層/発光層/ホール輸送層/ホール注入層/陽極)
とすることが多い。
【0006】
有機EL素子において、2層以上の発光層を有し、それらの間に中間電極層を介在させた
構造も知られている(特許文献1)。ホール輸送層は、発光層への正孔注入を容易にし、
正孔を正孔注入電極から安定して輸送し、電子を遮断する層であるが、無機ホール輸送層
として、チタン、ジルコニウム、ハフニウム、バナジウム、タンタル、ニオブ、モリブデ
ン、及びタングステンなどの遷移金属、及びスズなどの非遷移金属のジカルコゲン化物ま
たはモノカルコゲン化物を用いることが知られている(特許文献2)。
【0007】
有機EL素子においては光を外部に取り出す必要があるため、発光層を挟んでいる陽極と
陰極の内少なくとも一方は可視光に対して透明である必要がある。素子構造は、光を取り
出す面が素子表面であるか、又は基板面であるかにより、図8に示す「トップエミッショ
ン型構造」と、図9に示す「ボトムエミッション型構造」とに分けられる。

【0008】
ホール注入電極(陽極)材としては、アルミニウム、金、銀、ニッケル、パラジウム、白
金等の、仕事関数の大きい(4eV以上)金属、導電性化合物、ヨウ化銅等のハロゲン化金
属、カーボンブラック等が用いられるが、いずれの構造でも、実用素子としては、酸化イ
ンジウムに錫を添加したIn2O3:Sn (ITO)が用いられている。ITOは可視域での高い透過率
と103S/cmを超える高い電気伝導性を有しているためである。また、ITOの仕事関数は約4.
4〜4.7 eV(非特許文献1)であり、さらに酸素プラズマやUVオゾンを用いた表面酸化処
理を施すことにより、仕事関数を4.8〜 5.3 eVに増加させることができる。
【0009】
しかしながら、ITOは電子伝導性(n型)半導体であるために、該表面酸化処理を施すとIT
O最表面のキャリア(電子)濃度が減少し、電気抵抗が増加し、陽極とホール注入層間の接
触抵抗が増加してしまう。
【0010】
また、ITOの表面層には凹凸があり有機半導体との界面の接触抵抗が大きいので、
ITO電極と有機半導体の界面に光透過性を損なわないように1〜3nmの厚さの金、ニッ
ケル、マンガン、イリジウム、モリブデン、パラジウム、白金等の金属やMoO3,V2O5,NiO
等のp型伝導性金属酸化物の極薄膜を挿入したり(特許文献3)、層厚 3〜100nm
程度の有機高分子を塗布したり(特許文献4)することにより接触抵抗を低減しホール注
入効率を高めることが行われている。こうした陽極と有機半導体の界面の接触抵抗を小さ
くしホール注入効率を高める極薄膜を「陽極バッファ層」と呼ぶ。
【0011】
一方、ホール注入電極としてp型縮退半導体を用いれば、表面処理を施しても、ホール濃
度が減少することはないと考えられるので、接触抵抗の増加を避けることができると期待
される。本発明者らは、p型半導体であるLaCuOSeでホール輸送層であるNPBに対して0.
3eVの低ホール注入障壁を実現できることを報告した(非特許文献2)。
【0012】
「ボトムエミッション型構造」有機EL素子では、基板上に透明陽極ITOを製膜し、その
上に有機素子を作製する。該構造では、基板上に作製する有機EL素子駆動用薄膜トラン
ジスタが不透明であるため、光を取り出せる面積が制約される問題点があった。
【0013】
これを解決するため、光を基板と逆側の面(正面)から取り出す「トップエミッション型構
造」を有する有機EL素子が開発された。該構造の有機EL素子においては、発光面を素
子正面とすることで駆動回路の影響を排除できるが、光を効率よく、外部に取り出すため
に、正面に透明陰極を用いる必要がある。透明陰極には、一般的には、ITOを用いる。
【0014】
トップエミッション型構造で基板側に陽極を形成する場合は、陽極として使用される物質
は高い反射率を有していなければならないので、Al,Agまたはこれらの合金が用いられる
(特許文献5、6)。陽極に、Ag,Alのような光反射性電極を用いると発光効率の向上が
期待できるが、AgやAlから直接に有機層13にホールを注入することは困難であって、有
機EL素子の動作電圧上昇を引き起こす。
【0015】
トップエミッション型構造の別の方式として、陰極を基板面に作製し、ITO等の半導体材
料を用いた透明陽極を正面電極として用いることもできる。しかし、ITOを陽極として正
面電極として用いた場合には、ITO陽極/有機半導体界面の酸化処理が原理的に不可能な
ために、該界面におけるホール注入障壁が高くなり、ホール注入効率が低下する。
【0016】
また、正面電極としてITOを用いる場合、良好なITO膜を得るには、基板温度を200℃以
上にすることが好ましい。しかし、有機EL素子は、有機物で構成されており、200℃
では、層構造の変化等により、素子が劣化したり、300℃を超えると、揮発しやすい成
分が蒸発し、化合物が分解したりする等の損傷を与える。そのため、正面電極としてITO
膜を有機半導体層上に製膜するのは困難である。有機半導体層に加熱による損傷を与えず
に正面電極を製膜するためには、低温(室温から300℃程度、好ましくは室温から200
℃未満の範囲)で製膜できることが必要不可欠である。
【0017】
【非特許文献1】Y. Park, V. Choong, Y. Gao, B. R. Hsieh, and C. W. Tang, Appl. Phys. Lett. 1996, 68, 2699-2701
【非特許文献2】柳 博 他、「光電子分光法によるLaCuOSe界面の電子構造解析と低ホール注入障壁の形成」、第54回応用物理学関係連合講演会講演予稿集、28a-SK-3,2007年3月27日
【特許文献1】WO2005/009087
【特許文献2】特表2004−527093号公報
【特許文献3】特開2007−005784号公報
【特許文献4】特開2004−228002号公報
【特許文献3】特開2005−056848号公報
【特許文献4】特開2007−220351号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
ホール注入電極として、有機半導体層上に製膜可能であり、製膜後に表面酸化処理を施さ
なくても有機半導体層との間に良好な界面を形成し、かつ、低電圧でホール注入ができる
電極材料が求められている。本発明では、低電圧でホール注入可能な、仕事関数の大きな
電極材料の提供を目的とし、さらに、有機半導体層上に製膜する場合に、室温〜300℃
以下で製膜可能な電極材料の提供を目的とする。さらには、トップエミッション型構造の
有機EL素子の正面電極として特に適する材料の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明者は、有機半導体素子のホール注入電極材料として、式Cu2-xCh(ただし、Chは、S
,Se,又はTeのカルコゲン元素のうち少なくとも1種、0<x<0.5)で示される組成を有し、
4.6eV以上の仕事関数を有する銅カルコゲン化物からなるp型縮退半導体を用いることによ
り上記の課題が解決できることを見出した。このホール注入電極材料は、電極本体はもち
ろん、ホール注入作用を有する中間電極層の材料、陽極バッファ層の材料としても好適で
ある。
【0020】
具体的には、本発明者は、室温から300℃程度の低温で製膜された式Cu2-xChで示される組
成を有する銅カルコゲン化物薄膜がp型半導体であり、102S/cm超の高い電気伝導性を示し
、4.6〜5.0 eV程度と大きな仕事関数を有することを見出した。
【0021】
さらに、該カルコゲン化物薄膜は、酸素プラズマ処理等の表面酸化処理により、仕事関数
を6.0〜7.0 eVまで大きくでき、ホール注入電圧を低下させることができる。この酸化処
理はホール輸送特性に影響を及ぼさず、酸化処理後も高いホール輸送特性が維持される。
したがって、基板側にホール注入電極層としてこのp型半導体層を製膜し、表面酸化処理
し、表面酸化処理を施したこのp型半導体層上に有機半導体を製膜することにより、さら
なる低ホール注入障壁を有する界面が形成でき、有機半導体へ低電圧でホールを注入でき
る。
【0022】
すなわち、本発明は、(1)式Cu2-xCh(ChはS、Se、Teのカルコゲン元素のうち少なくと
も1種、0<x<0.5)で示される組成を有し、仕事関数が4.6 eV以上で、p型縮退電
気伝導性を示す半導体化合物層を電極としたことを特徴とする有機半導体へのホール注入
電極、である。
また、本発明は、(2)式Cu2-xCh(ChはS、Se、Teのカルコゲン元素のうち少なくとも1
種、0<x<0.5)で示される組成を有し、仕事関数が4.6 eV以上で、p型縮退電気伝
導性を示す半導体化合物層が陽極バッファ層として積層されていることを特徴とする有機
半導体へのホール注入電極、である。
【0023】
また、本発明は、(3)前記半導体化合物層は、室温で製膜されたものであることを特徴
とする上記(1)又は(2)に記載されるホール注入電極、である。
また、本発明は、(4)前記半導体化合物層は、その表面を酸素プラズマ処理し、仕事関
数を6.0 以上としたものであることを特徴とする上記(1)又は(2)に記載される電極
、である。
【0024】
また、本発明は、(5)上記(1)〜(4)のいずれかに記載されるホール注入電極を用
いた有機EL素子、である。
また、本発明は、(6)上記(1)〜(4)のいずれかに記載されるホール注入電極を用
い、陰極として[Ca24Al28O64]4+(e-)4エレクトライドを用いたことを特徴とするトップエ
ミッション型有機EL素子、である。
【発明の効果】
【0025】
本発明は、有機半導体からなる電子デバイスの有機素子へ低電圧でホールを注入すること
ができ、低電圧駆動の有機半導体素子の実現を可能とする材料を提供する。さらに、本発
明は、有機EL素子の室温製膜可能なホール注入電極、特に、トップエミッション型構造
の有機EL素子の正面電極として適するホール注入電極として好適な材料を提供する。ま
た、陽極本体の材料のみならず、ホール注入効率を高める中間電極、陽極バッファ層とし
ても好適な材料を提供する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
本発明の有機半導体へのホール注入電極の材料は、式Cu2-xCh(Chは、S、Se、Teのカルコ
ゲン元素のうち少なくとも1種、0<x<0.5)で示される組成を有する。銅カルコゲ
ン化物として、硫化銅(I) (Cu2S)、硫化銅(II) (CuS) 、セレン化銅(I) (Cu2Se)、セレン
化銅(II) (CuSe) 、テルル化銅(I) (Cu2Te)、テルル化銅(II) (CuTe)が挙げられる。すな
わち、銅カルコゲン化物は、銅が1価と2価の場合があるが、式Cu2-xCh のxは1価の銅
の欠損量を示している。Cu2-xCh中のホール濃度はxの増加とともに増加するが、xが0
.5以上になるとCuの価数が2価になり移動度の低下が顕著となる。xが0の場合、すな
わちCu2Chの場合は、ホール濃度が少なく、電気伝導度が小さくなる。xのより好ましい
範囲は0.2〜0.4である。セレン化銅又はテルル化銅は、同等な、硫化銅より大きな
Cu+イオン導電性を示す。Cu2-xChの組成は、硫化銅、セレン化銅、テルル化銅から選ばれ
る複数種のカルコゲン化銅の混合物又はその固溶体とし、所望の特性を得るようにしても
よい。
【0027】
有機EL素子において、陽極、陽極バッファ ー層、陰極、陰極バッファ ー層、及び基板
の材質は図8に示すトップエミッション方式と図9に示すボトムエミッション方式とのど
ちらの素子であるかにより異なる。本発明において、有機半導体素子及び陰極の構造、材
料等については、通常採用されるものでよい。図8に示すように、トップエミッション方
式の有機EL素子は、絶縁性基板11と、陽極12と、光透過性電極からなる陰極14と
、陽極12と陰極14との間に、陽極12側から正孔輸送層及び発光層の順で積層された
発光層を含む有機層(積層体)13が設けられている。また、陽極12と正孔輸送層との
間に、陽極バッファ 層が設けられる場合もある。さらに、2層以上の発光層を有し、そ
れらの間に中間電極層を介在させる場合もある。
【0028】
陽極12は、正孔輸送層に正孔を注入する電極である。陽極12の材料としては、仕事関
数が大きく、導電性に優れ、また透光性を有する必要がある。本発明のホール注入電極に
用いられる式Cu2-xCh(ただし、Chは、S,Se,又はTeのカルコゲン元素のうち少なくとも1
種、0<x<0.5)で示される組成を有する銅カルコゲン化物は、p型半導体であり、102S/c
m超の高い電気伝導性を示し、4.6〜5.0 eV程度と大きな仕事関数を有する。得られた薄膜
のキャリア(ホール)濃度の温度依存性は少なく、電気伝導度が温度に依存しない縮退伝導
を示す。また、価電子帯の光電子分光スペクトルでも価電子帯上端部にフェルミ端が観察
されたことから縮退半導体であることが分かる。「ボトムエミッション型構造」又は「ト
ップエミッション型構造」の有機EL素子のいずれにおいても、このp型半導体と有機半
導体の密着性の優れた接合を低温の製膜により作製することにより該有機半導体へ低電圧
でホール注入が可能となる。
【0029】
陽極12の平均厚さは、特に限定されないが、2〜200nm程度であるのが好ましい。
陽極12の厚さが薄すぎると、陽極としての機能が充分に発揮されなくなるおそれがあり
、一方、厚過ぎると、光の透過率が低下する。有機薄膜トランジスタ等の電子デバイスの
ホール注入電極として用いる場合は、80〜120nmが好ましく、有機EL素子のホー
ル注入電極として用いる場合は、2〜20nm程度が好ましく、3〜6nmがより好まし
い。
【0030】
陽極はスパッタリング法、真空蒸着法、電子ビーム蒸着法、プラズマCVD法、及び塗布
法によって形成されることが多く、中でもスパッタリング法や塗布法は一度に大面積の製
膜が形成可能であるため、比較的良く用いられる。
【0031】
本発明のホール注入電極を気相法で製膜する例を以下に説明する。式Cu2-xCh(ただし、C
hは、S,Se,又はTeのカルコゲン元素のうち少なくとも1種、0<x<0.5)で示される組成を
有する銅カルコゲン化物の薄膜は、該化合物をターゲットとした気相法で、基板を特に加
熱しない条件(室温基板)により作製できる。例えば、ターゲットの組成を変えることで
xの値をコントロールすることができる。Cu2-xCh薄膜はCu2Ch多結晶体をターゲットとし
た気相法で、基板温度は300℃以下、好ましくは200℃未満であればよいが、製法の
簡便性から、より好ましくは、特に加熱をせず、室温にて作製する。気相製膜法としては
、レーザー堆積法(PLD法)が簡便であり、優れているが、蒸着法やスパッタ法が量産的に
は優れている。
【0032】
図9に示すボトムエミッション方式において、ホール注入電極として製膜したCu2-xCh薄
膜上に有機半導体素子を作製する場合、該薄膜は基板上に室温で製膜できるので、基板に
は、単結晶基板、ガラス基板、プラスチック基板、有機フイルム基板を用いることができ
る。得られた該薄膜のホール濃度は1020 cm-3超であり、伝導キャリアはホール(p型)で
あり、電気抵抗は温度にほとんど依存しない縮退電気伝導を示す。
【0033】
Cu2-xCh薄膜の表面に酸素プラズマを照射することで該薄膜表面は酸化処理され、Cuの状
態は+1価から+2価になる。酸化処理後の該薄膜表面は主にCu2+、O2-、及びCh2-で構
成されており、その仕事関数は6eV程度である。したがって、表面酸化処理したCu2-xCh薄
膜上に有機半導体層を製膜することが好ましい。表面を酸化するのであれば、表面酸化処
理法は、酸素プラズマ照射方法に限られるものではない。
【0034】
前記半導体化合物層を陽極バッファ層としてITO等従来から用いられている陽極本体に積
層する場合も上記と同様な条件で成膜すればよい。また、同様に酸素プラズマの照射等で
表面酸化処理をすることができる。陽極バッファ層に使用する材料は、陽極本体とのコン
タクトが良く均一な表面平坦な薄膜を形成できることが望ましいとされる。
【0035】
Cu2-xChは、表面荒さが約0.5nm程度と表面平坦で均一な薄膜作成が可能であり、更
に仕事関数が大きく、陽極からのホール注入が容易なこと、ホール移動度が大きいことで
、バッファ層として適している。従来の陽極バッファ層の層厚は通常3〜100nmであ
り、好ましくは10〜50nmであるとされるが、Cu2-xChの場合は、1〜10nmであ
り、好ましくは、3〜6nmとする。厚すぎると光が吸収されるので好ましくない。本発
明のホール注入電極を中間電極層として用いる場合も陽極バッファ層と同様に製膜すれば
よい。
【0036】
トップエミッション型構造で、基板側に陰極を成膜し、Cu2-xChを正面電極として用いる
場合、有機半導体層上にCu2-xChの直接室温製膜を行うことができる。この場合、基板上
に製膜する陰極材料としては、通常用いられる陰極材料でもよいが、本発明者らが先に見
いだした仕事関数が約2.4eVの[ Ca24Al28O64]4+(e-)4エレクトライド(「C12A7:e-
」と略記する)が好ましい。
【0037】
このエレクトライドは、再公表特許WO2005/000741号公報に開示されているとおり、ケー
ジ中に含まれるフリー酸素イオンのうち、1×1018個/cm以上、1.1×10
個/cm未満のフリー酸素イオンを、該酸素イオン1個当り2個の電子で置換した、
2×1018個以上、2.2×1021個/cm未満の電子をケージ中に含み、室温の
電気伝導率が、10−4S/cm以上、10S/cm未満である化合物、である。有機
EL素子の陰極は、効率よく電子を注入でき、電気抵抗が小さい必要があるが、C12A7:e-
は、金属的伝導を示し、仕事関数が約2.4eVと小さく、かつ空気中で安定であるという
特徴をもち、有機半導体への高効率電子注入電極として好ましい。
【0038】
また、有機半導体層上に1〜10nm、好ましくは、3〜6nmの厚みのCu2-xCh極薄膜を
製膜し、その上にITO膜等の透明電極を正面電極として作製することにより透明性と低電
圧でのホール注入特性の両立を図ることができる。すなわち、Cu2-xCh層を正面電極の陽
極バッファ層として用いても、駆動電圧の低電圧化を実現できる。この場合の、Cu2-xCh
極薄膜の表面酸化処理は行えないが、未処理でもバッファ層として機能する。
【実施例1】
【0039】
セレン化銅を陽極とする素子構造を作製した。
ガラス(基板)/Cu2-xSe(陽極)/CuPc(有機半導体層)/Al(陰極)素子
<Cu2-xSe薄膜の作製>
陽極としてCu2-xSe薄膜を、室温で、ガラス基板上に約10-5Paの真空中でPLD法により堆積
した。Cu2-xSe (x≒0)焼結体をターゲットに用い、1nm/min程度の製膜速度で約100nm堆積
した。得られた薄膜のx値は、0.3であること、すなわちCu1.7Seの組成であることが
蛍光x線分析により分かった。室温でファン・デル・ポウル法により測定した該薄膜の電
気伝導度、移動度、キャリア濃度は、それぞれ、4.5×103 S/cm、2 cm2・V-1・s-1、1.4
×1022 cm-3であり、紫外光光電子分光法(UPS)から求めた仕事関数は4.7〜5.0 eVであっ
た。また、キャリア濃度が温度変化を示さないことから、縮退電気伝導であることが分か
った。
【0040】
<Cu1.7Se/ CuPc界面の作製>
上記で製膜した表面酸化処理を施したCu1.7Se薄膜上にCuPc(銅フタロシアニン)膜を約0
.5 nm/minの製膜速度で真空蒸着し(真空槽の真空度:約10-6Pa)、Cu1.7Se/CuPc界面を作
製した。蒸着源には昇華精製処理されたCuPcを用いた。図1に、UPSにより測定したこの
界面の電子状態を示す。Cu1.7Seのフェルミ準位(EF)とCuPcのHOMOのエネルギー差から見
積もられるホール注入障壁は、約0.5 eVであり、Cu1.7Se/CuPc界面において低ホール注入
障壁が実現したことが示された。
【0041】
<Cu1.7Se/ CuPc /Al素子の作製>
上記で作製したCu1.7Se/CuPc二層膜の表面に陰極としてAl金属膜を蒸着し、Cu1.7Se/CuPc
/Al素子を作製し、その電流−電圧特性を測定した。図2に示すように、電流は0.4 V以下
で立ち上がり、その後の電流−電圧特性は、直線を示し、オーミック特性であった。印加
電圧1 Vで1.5 A・cm-2以上の高い電流密度が得られ、低電圧で高電流密度が得られ、低電
圧でのホール注入が実現したことが示された。
【実施例2】
【0042】
セレン化銅を陽極とする素子構造を作製した。
ガラス(基板)/表面酸化処理をしたCu2-xSe(陽極)/NPB(有機半導体層)/Al(陰極
)素子
<Cu1.7Se薄膜の表面酸化処理>
実施例1で得られたCu1.7Se薄膜表面に、酸素分圧6.0×10-1Pa、RFパワー50Wの条件下で
、30秒間、酸素プラズマを照射した。照射後の表面は、XPS測定の結果から、表面汚染物
質の炭化水素はほぼ完全に除去できたことが分かった。同時に、Cuの価数が1価から2価に
変化し、また、O 1sのピークが強くなり、酸化されたことが示された。この表面酸化処理
により仕事関数は6.1 eVに増加したが、薄膜のキャリア輸送特性は変化しなかった。
【0043】
<Cu1.7Se/NPB界面の作製>
表面酸化処理を施したCu1.7Se薄膜上にホール輸送材料であるNPBを2nm/min程度の製膜速
度で真空蒸着法(約10-6Pa)により製膜し、Cu1.7Se/NPB界面を作製した。蒸着源には昇華
精製処理されたNPBを用いた。UPS測定とNPBの製膜を繰り返し行うことにより測定したこ
の界面の電子状態を図3に示す。図3は、Cu1.7Seのフェルミ準位(EF)を基準にNPBのHOMO
とCu1.7Seの真空準位(EVAC)をNPB膜厚に対してプロットしたものである。Cu1.7Seのフェ
ルミ準位(EF)とNPBのHOMOのエネルギー差からホール注入障壁は、約0.4 eVであることが
明らかとなり、Cu1.7Se/NPB界面において低ホール注入障壁が実現したことが示された。
【0044】
<Cu1.7Se/NPB/Al素子の作製>
上記で得られたCu1.7Se/NPB二層膜に陰極としてAl金属膜を蒸着し、Cu2-xSe /NPB/Al素子
を作製し、その電流−電圧特性を測定した。図4に示すように、電流は0.6 V以下で立ち
上がり、その後の電流−電圧特性は直線であり、オーミック特性が得られた(図4に、内
挿図として片対数グラフを示す)。印加電圧1 Vで1 A・cm-2以上の高い電流密度が得られ
、低電圧でのホール注入が実現したことが示された。電流−電圧特性が空間電荷制限電流
で律則されていると仮定したとき、NPB中のキャリア濃度は、2×1018cm-3超となり、NPB
中にホールがドーピングされたことが示された。
【実施例3】
【0045】
セレン化銅を陽極バッファ層とする「トップエミッション型構造」の有機EL素子を作製
した。
MgO(基板)/C12A7:e-(陰極)/Alq3(発光層)/NPB(ホール輸送層)/CuPc(ホール注入層)
/Cu2-xSe(陽極バッファ層)/ITO(正面陽極)
【0046】
陰極にC12A7:e-エレクトライド、発光層にAlq3 、陽極バッファ層にCu1.7Se(5nm)を用い
た有機EL素子を、以下の方法で作製した。最初に、MgO単結晶基板上にPLD法を用いて、
ターゲットとして12CaO・7AlO(C12A7)焼結体を用いて、C12A7薄膜(150nm)を製膜し、
真空中でプラズマ中に保持して、該薄膜に電子を添加しC12A7:e-薄膜を得た。
【0047】
その後、C12A7:e-薄膜上に、真空蒸着法によりAlq3(60nm)、NPB (20nm)、CuPc(50nm)を順
に製膜した。各有機物の蒸着源には昇華精製処理された物を用いた。次に、PLD法により
室温でCu1.7Se薄膜を5nm製膜し、ターゲットとしてITO焼結体を用い、PLD法により室温で
ITO(100nm)を製膜して、図5に示した構造を有する素子1を作製した。比較試料としてCu
1.7Seを用いずCuPc上に直接ITOを製膜した素子2を作製した。
【0048】
図6に、素子1及び素子2の電圧−発光特性を示す。素子2は7.5 Vから発光が立ち上が
ったのに対し、素子1では、発光開始電圧が6 Vへ低下し、発光強度も、素子2に比較し
て増加した。図7に、素子1及び素子2の発光効率の電流密度依存性を示す。素子1の発
光効率は電流密度の増加に伴い上昇し、115 mA/cm2において3.9 cd/Aに達した。この値は
素子2の値(1.5 cd/A)の2.6倍に達した。以上の結果よりCu1.7Se陽極バッファ層の導入に
より界面の注入障壁が低下し、有機EL素子が低電圧で駆動できることが示された。
【実施例4】
【0049】
下記の硫化銅を陽極とする素子構造を作製した。
PLD法のターゲットにCu2-xS(x≒0)焼結体を用いて実施例1と同様に製膜することでCu1.7
S (x=0.3)薄膜が得られた。得られた薄膜の電気伝導度、移動度、キャリア濃度、仕事
関数はそれぞれ1.8×103 S/cm、0.9 cm2・V-1・s-1、1.42×1022 cm-3、4.6 eVとCu1.7Se
薄膜と同等であった。Cu1.7S薄膜においてもCu1.7Se薄膜と同様にホール注入電極又は陽
極バッファ層として機能する特性が示された。
【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明の有機半導体へのホール注入電極は、有機EL素子の従来の代表的なホール注入電
極であるITO膜に置き換えて用いて低電圧で大きなホール電流を得られる電極として有用
性を発揮することができる。また、ITO膜等の透明電極本体を用いた場合、Cu2-xCh陽極バ
ッファ層を積層したホール注入電極は可視域での透過性を維持できるので透明電極として
機能する。Cu2-xCh薄膜は5nm程度の極薄膜でも上述した低電圧で大ホール電流を得ること
が可能なため、ITO膜等の透明電極とCu2-xChバッファ層を組み合わせて陽極として用いる
ことにより透明性と実装デバイスの低電圧駆動という有用性を発揮することができる。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】実施例1で作製したCu1.7Se/CuPc界面のエネルギー準位図。
【図2】実施例1で作製したCu1.7Se/CuPc/Al素子の電流密度−電圧特性を示すグラフ。
【図3】実施例2で作製したCu1.7Se/NPB界面のエネルギー準位図。
【図4】実施例2で作製したCu1.7Se/NPB/Al素子の電流密度−電圧特性を示すグラフ。
【図5】実施例3で作製した有機EL素子の模式図。
【図6】実施例3で作製した有機EL素子の電圧−発光特性を示すグラフ。
【図7】実施例3で作製した有機EL素子の発光効率特性を示すグラフ。
【図8】トップエミッション型有機EL素子の模式図。
【図9】ボトムエミッション型有機EL素子の模式図。
【図10】有機半導体と電極のエネルギー準位の模式図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
式Cu2-xCh(ChはS、Se、Teのカルコゲン元素のうち少なくとも1種、0<x<0.5)で
示される組成を有し、仕事関数が4.6eV以上で、p型縮退電気伝導性を示す半導体化合物
層を電極としたことを特徴とする有機半導体へのホール注入電極。
【請求項2】
式Cu2-xCh(ChはS、Se、Teのカルコゲン元素のうち少なくとも1種、0<x<0.5)で
示される組成を有し、仕事関数が4.6eV以上で、p型縮退電気伝導性を示す半導体化合物
層が陽極バッファ層として積層されていることを特徴とする有機半導体へのホール注入電
極。
【請求項3】
前記半導体化合物層は、室温で製膜されたものであることを特徴とする請求項1又は2に
記載されるホール注入電極。
【請求項4】
前記半導体化合物層は、その表面を酸素プラズマ処理し、仕事関数を6.0eV以上としたも
のであることを特徴とする請求項1又は2に記載される電極。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載されるホール注入電極を用いた有機EL素子。
【請求項6】
請求項1〜4のいずれかに記載されるホール注入電極を用い、陰極として[Ca24Al28O64]4
+(e-)4エレクトライドを用いたことを特徴とするトップエミッション型有機EL素子。

【図1】
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【図2】
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【図4】
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【図6】
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【図7】
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【図3】
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【図5】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2009−205990(P2009−205990A)
【公開日】平成21年9月10日(2009.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−48755(P2008−48755)
【出願日】平成20年2月28日(2008.2.28)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 研究集会名;2007年秋季第68回応用物理学会学術講演会 主催者名;社団法人応用物理学会 開催日;2007年9月4日
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【Fターム(参考)】