説明

ボツリヌス毒素を取得するための動物性生成物を含まない培地および方法

クロストリジウム・ボツリナムの発酵、およびボツリヌス毒素医薬組成物の調製に使用するボツリヌス毒素の取得のための培地および方法。本発明の成長培地は、顕著に低下したレベルの肉副生成物または乳副生成物を含有し得、動物由来生成物の代わりに非動物由来生成物を使用しうる。好ましくは、使用する培地は動物由来生成物を実質的に含まない。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は生物学的に活性なボツリヌス毒素を取得するための培地および方法に関する。特に本発明は、生物学的に活性なボツリヌス毒素を大量に取得するための、動物性生成物を実質的に含まない培地、培養物および嫌気発酵法(クロストリジウム・ボツリナム(Clostridium botulinum)細菌などの生物の)に関する。
【背景技術】
【0002】
治療、診断、研究または美容を目的とするヒトまたは動物への投与に適した医薬組成物は活性成分を含むことができる。医薬組成物は1つ以上の賦形剤、緩衝剤、担体、安定剤、保存剤および/または増量剤も含むことができる。医薬組成物中の活性成分はボツリヌス毒素などの生物学的物質でありうる。ボツリヌス毒素は、1つ以上の動物由来生成物(例えば肉汁培地、および血液分画または血液由来の賦形剤)を利用する培養、発酵および配合方法によって取得することができる。動物由来生成物を利用する方法によって取得した活性成分の生物学的物質を含む医薬組成物の患者への投与により、様々な病原体または感染因子をもらう潜在的危険に、その患者をさらすことになりうる。例えば医薬組成物にはプリオンが存在しうる。プリオンは、正常タンパク質を作る配列と同じ核酸配列から異常コンフォメーションアイソフォームとして生じると考えられているタンパク質性感染粒子である。また、感染性は、翻訳後レベルでの正常アイソフォームタンパク質からプリオンタンパク質アイソフォームへの「補充(recruitment)反応」に存在するとも考えられている。正常な内因性細胞性タンパク質が病原性プリオンコンフォメーションへミスフォールド(misfold)するように誘導されるようである。
【0003】
クロイツフェルト・ヤコブ病は、伝染性因子がプリオンタンパク質の異常アイソフォームであるらしいヒト伝染性海綿状脳症の稀な神経変性障害である。クロイツフェルト・ヤコブ病患者は見かけ上の完全な健康状態から6ヶ月以内に無動無言状態へと悪化しうる。したがって、動物由来生成物を使って取得されたボツリヌス毒素などの生物学的物質を含有する医薬組成物の投与により、クロイツフェルト・ヤコブ病などのプリオン媒介疾患をもたらす潜在的危険が存在しうる。
【0004】
ボツリヌス毒素
クロストリジウム属には127を越える種があり、形態学および機能に従って分類されている。嫌気性グラム陽性細菌であるクロストリジウム・ボツリナムは、ボツリヌス中毒として知られる神経麻痺性障害をヒトおよび動物において引き起こす強力なポリペプチド神経毒であるボツリヌス毒素を産生する。クロストリジウム・ボツリナムおよびその胞子は共に土壌中に見出され、該細菌は、滅菌と密閉が不適切な零細缶詰工場の食品容器内で増殖する可能性があり、これが多くのボツリヌス中毒症例の原因である。ボツリヌス中毒の影響は、通例、クロストリジウム・ボツリナムの培養物または胞子で汚染された食品を飲食した18〜36時間後に現れる。ボツリヌス毒素は、消化管内を弱毒化されないで通過することができ、そして末梢運動ニューロンを攻撃することができるようである。ボツリヌス毒素中毒の症状は、歩行困難、嚥下困難および会話困難から、呼吸筋の麻痺および死にまで進行し得る。
【0005】
A型ボツリヌス毒素は、人類に知られている最も致死性の天然の生物学的物質である。ボツリヌス毒素(精製された神経毒複合体)A型の約50ピコグラムがマウスにおけるLD50である。モル基準でA型ボツリヌス毒素の致死力はジフテリアの18億倍、シアン化ナトリウムの6億倍、コブロトキシンの3000万倍、コレラの1200万倍である。Natuaral Toxins II[B. R. Singhら編、Plenum Press、ニューヨーク(1976)]のSingh、Critical Aspects of Bacterial Protein Toxins、第63〜84頁(第4章)(ここで、記載されるA型ボツリヌス毒素LD50 0.3ng=1Uとは、BOTOX(登録商標)約0.05ng=1Uという事実に補正される)。BOTOX(登録商標)は、Allergan,Inc.(カリフォルニア州アービン)から市販されているA型ボツリヌス毒素精製神経毒複合体の商標である。1単位(U)のボツリヌス毒素は、それぞれが18〜20グラムの体重を有するメスのSwiss Websterマウスに腹腔内注射されたときのLD50として定義される。
【0006】
7種類の血清学的に異なるボツリヌス神経毒が特徴付けられており、これらは、型特異的抗体による中和によってそのそれぞれが識別されるボツリヌス神経毒血清型A、B、C1、D、E、FおよびGである。ボツリヌス毒素のこれらの異なる血清型は、それらが冒す動物種、ならびにそれらが惹起する麻痺の重篤度および継続時間が異なる。例えば、A型ボツリヌス毒素は、ラットにおいて生じる麻痺率により評価された場合、B型ボツリヌス毒素よりも500倍強力であることが確認されている。また、B型ボツリヌス毒素は、霊長類では480U/kgの投与量で非毒性であることが確認されている。この投与量は、A型ボツリヌス毒素の霊長類LD50の約12倍である。ボツリヌス毒素は、コリン作動性の運動ニューロンに大きな親和性で結合して、ニューロンに移動し、アセチルコリンのシナプス前放出を阻止するようである。
【0007】
ボツリヌス毒素は、例えば活動過多な骨格筋によって特徴付けられる神経筋障害を処置するために臨床的状況において使用されている。A型ボツリヌス毒素(BOTOX(登録商標))は、本態性眼瞼痙攣、斜視および片側顔面痙攣を12歳を越える患者において処置するために、また頸部ジストニアの処置のため、および眉間(顔面)しわの処置のために、米国食品医薬品局によって承認されている。FDAはまた、頸部ジストニアの処置のためのB型ボツリヌス毒素も承認している。末梢注射(例えば筋肉内または皮下)A型ボツリヌス毒素の臨床的効果は、通常、注射後1週間以内およびしばしば数時間以内に認められる。A型ボツリヌス毒素の単回筋肉内注射による症候緩和(例えば弛緩性筋肉麻痺)の典型的な継続時間は約3ヶ月〜約6ヶ月であり得る。
【0008】
すべてのボツリヌス毒素血清型が神経筋接合部における神経伝達物質アセチルコリンの放出を阻害するようであるが、そのような阻害は、種々の神経分泌タンパク質に作用し、かつ/またはこれらのタンパク質を異なる部位で切断することによって行われる。A型ボツリヌス毒素は、細胞内小胞関連タンパク質SNAP-25のペプチド結合を特異的に加水分解しうる亜鉛エンドペプチダーゼである。E型ボツリヌス毒素も、25キロダルトン(kD)のシナプトソーム関連タンパク質(SNAP-25)を切断するが、A型ボツリヌス毒素とは異なるタンパク質内アミノ酸配列を標的とする。B型、D型、F型およびG型のボツリヌス毒素は小胞関連タンパク質(VAMP、これはまたシナプトブレビンとも呼ばれる)に作用し、それぞれの血清型によってこのタンパク質は異なる部位で切断される。最後に、C1型ボツリヌス毒素は、シンタキシンおよびSNAP-25の両者を切断することが明らかにされている。作用機序におけるこれらの相違が、様々なボツリヌス毒素血清型の相対的な効力および/または作用の継続時間に影響していると考えられる。
【0009】
血清型に関係なく、毒素中毒の分子メカニズムは類似し、少なくとも3つの過程または段階を含むようである。第1段階において、毒素は、重鎖(H鎖)と細胞表面受容体との特異的相互作用によって、標的ニューロンのシナプス前膜に結合する。受容体は、ボツリヌス毒素の各血清型およびボツリヌス毒素で異なると考えられる。H鎖のカルボキシル末端セグメント(HC)は、毒素を細胞表面に指向させるのに重要であるようである。
【0010】
第2段階において、毒素は、冒した細胞の形質膜を横切る。毒素は、初めに、受容体媒介エンドサイトーシスにより細胞に包み込まれ、毒素を含有するエンドソームが形成される。次に、毒素は、エンドソームから該細胞の細胞質中に逃れ出る。この最後の段階は、約5.5またはそれ以下のpHに反応して毒素のコンフォメーション変化を誘発するH鎖のアミノ末端セグメント(HN)によって媒介されると考えられる。エンドソームは、エンドソーム内pHを低下させるプロトンポンプを有することが既知である。コンフォメーションのシフトは毒素中の疎水性残基を露出させ、これが、毒素をエンドソーム膜内に埋込むことを可能にする。次に、毒素が、エンドソーム膜を通って細胞質ゾルに移動する。
【0011】
ボツリヌス毒素活性のメカニズムの最終段階は、H鎖およびL鎖を結合するジスルフィド結合の減少を伴うようである。ボツリヌス毒素およびボツリヌス毒素の全毒素活性は、ホロトキシンのL鎖に含まれる。L鎖は亜鉛(Zn++)エンドペプチダーゼであり、これは、神経伝達物質を含有する小胞の認識および形質膜の細胞質表面とのドッキングならびに小胞と形質膜との融合に必須であるタンパク質を選択的に開裂する。ボツリヌス神経毒、ボツリヌス毒素B、D、FおよびG型は、シナプトソーム膜タンパク質であるシナプトブレビン[小胞関連膜タンパク質(VAMP)とも称される]の分解を引き起こす。シナプス小胞の細胞質表面に存在する大部分のVAMPは、これらの開裂現象のいずれかの結果として除去される。各毒素は異なる結合を特異的に開裂する。
【0012】
ボツリヌス毒素タンパク質分子の分子量は、既知のボツリヌス毒素血清型の7つのすべてについて約150kDである。興味深いことに、これらのボツリヌス毒素は、会合する非毒素タンパク質とともに150kDのボツリヌス毒素タンパク質分子を含む複合体としてクロストリジウム属細菌によって放出される。例えば、A型ボツリヌス毒素複合体は、900kD、500kDおよび300kDの形態としてクロストリジウム属細菌によって産生され得る。B型およびC1型のボツリヌス毒素は500kDの複合体としてのみ産生されるようである。D型ボツリヌス毒素は300kDおよび500kDの両方の複合体として産生される。最後に、E型およびF型のボツリヌス毒素は約300kDの複合体としてのみ産生される。これらの複合体(すなわち、約150kDよりも大きな分子量)は、非毒素のヘマグルチニンタンパク質と、非毒素かつ非毒性の非ヘマグルチニンタンパク質とを含むと考えられる。これらの2つの非毒素タンパク質(これらは、ボツリヌス毒素分子とともに、関連する神経毒複合体を構成し得る)は、変性に対する安定性をボツリヌス毒素分子に与え、そして毒素が摂取されたときに消化酸からの保護を与えるように作用すると考えられる。また、より大きい(分子量が約150kDよりも大きい)ボツリヌス毒素複合体は、ボツリヌス毒素複合体の筋肉内注射部位からのボツリヌス毒素の拡散速度を低下させ得ると考えられる。毒素複合体は、pH7.3において赤血球で処理することにより、毒素タンパク質とヘマグルチニンタンパク質に解離しうる。毒素タンパク質は、ヘマグルチニンタンパク質から解離すると非常に不安定である。
【0013】
すべてのボツリヌス毒素血清型は、神経活性となるためにはプロテアーゼによって切断またはニッキングされなければならない不活性な単鎖タンパク質として、クロストリジウム・ボツリナム細菌により合成される。A型およびG型のボツリヌス毒素血清型を産生する細菌株は内因性プロテアーゼを有するので、A型およびG型の血清型は細菌培養物から主にその活性型で回収することができる。これに対して、C1型、D型およびE型のボツリヌス毒素血清型は非タンパク質分解性菌株によって合成されるので、培養から回収されたときには、典型的には不活性型である。B型およびF型の血清型はタンパク質分解性菌株および非タンパク質分解性菌株の両方によって産生されるので、活性型または不活性型のいずれでも回収することができる。しかし、例えば、B型ボツリヌス毒素を産生するタンパク質分解性菌株でさえも、産生された毒素の一部を切断するだけである。
【0014】
切断型分子と非切断型分子との正確な比率は培養時間の長さおよび培養温度に依存する。したがって、例えばB型ボツリヌス毒素の製剤はいずれも一定割合が不活性であると考えられ、このことが、A型ボツリヌス毒素と比較したB型ボツリヌス毒素の知られている著しく低い効力の原因であると考えられる。臨床製剤中に存在する不活性なボツリヌス毒素分子は、その製剤の総タンパク質量の一部を占めることになるが、このことはその臨床的効力に寄与せず、抗原性の増大に関連づけられている。また、B型ボツリヌス毒素は、筋肉内注射された場合、同じ用量レベルのA型ボツリヌス毒素よりも、活性の継続期間が短く、そしてまた効力が低いことも知られている。
【0015】
インビトロでの研究により、ボツリヌス毒素が、脳幹組織の初代細胞培養物からのアセチルコリンおよびノルエピネフリンの両方の、カリウムカチオンにより誘導される放出を阻害することが示されている。また、ボツリヌス毒素は、脊髄ニューロンの初代培養物におけるグリシンおよびグルタメートの両方の誘発された放出を阻害すること、そして脳のシナプトソーム調製物において、ボツリヌス毒素が神経伝達物質のアセチルコリン、ドーパミン、ノルエピネフリン、CGRPおよびグルタメートのそれぞれの放出を阻害することが報告されている。
【0016】
クロストリジウム・ボツリナムのHall A株から、≧3×107U/mg、A260/A2780.60未満、およびゲル電気泳動における明確なバンドパターンという特性を示す高品質結晶A型ボツリヌス毒素を生成し得る。Schantz, E. J.ら、Properties and use of Botulinum toxin and Other Microbial Neurotoxins in Medicine、Microbiol Rev.56:80-99(1992)に記載されているように既知のSchanz法を用いて結晶A型ボツリヌス毒素を得ることができる。通例、A型ボツリヌス毒素複合体を、適当な培地中でA型クロストリジウム・ボツリナムを培養した嫌気培養物から分離および精製し得る。硫酸での沈殿によって粗毒素を採り、限外マイクロ濾過によって濃縮することができる。酸沈殿物を塩化カルシウムに溶解することによって精製を行いうる。次いで、毒素を冷エタノールで沈殿させうる。沈殿物をリン酸ナトリウムに溶解し、遠心しうる。次いで、乾燥して、比効力3×107LD50U/mgまたはそれ以上の900kD結晶A型ボツリヌス毒素複合体を得ることができる。この既知の方法を用い、非毒素タンパク質を分離除去して、例えば次のような純ボツリヌス毒素を得ることもできる:比効力1〜2×108LD50U/mgまたはそれ以上の分子量約150kDの精製A型ボツリヌス毒素;比効力1〜2×108LD50U/mgまたはそれ以上の分子量約156kDの精製B型ボツリヌス毒素;および比効力1〜2×107LD50U/mgまたはそれ以上の分子量約155kDの精製F型ボツリヌス毒素。
【0017】
ボツリヌス毒素(150kD分子)およびボツリヌス毒素複合体(300kD〜900kD)は例えば、List Biological Laboratories, Inc.(キャンベル、カリフォルニア);the Centre for Applied Microbiology and Research(ポートン・ダウン、イギリス);Wako(日本、大阪);およびSigma Chemicals(セントルイス、ミズーリ)から入手し得る。市販のボツリヌス毒素含有医薬組成物には、次のものが包含される:BOTOX(登録商標)(A型ボツリヌス毒素神経毒複合体とヒト血清アルブミンおよび塩化ナトリウムを含む。使用前に0.9%塩化ナトリウムで再構成する凍結乾燥粉末として、100単位バイアルで、カリフォルニア、アーヴィンのAllergan, Inc.から入手可能。)、Dysport(登録商標)(A型ボツリヌス毒素ヘマグルチニン複合体とヒト血清アルブミンおよびラクトースを製剤中に含む。使用前に0.9%塩化ナトリウムで再構成する粉末として、イギリス、バークシャーのIpsen Limitedから入手可能。)、およびMyoBloc(登録商標)(B型ボツリヌス毒素、ヒト血清アルブミン、コハク酸ナトリウムおよび塩化ナトリウムを含むpH約5.6の注射可能な溶液。アイルランド、ダブリンのElan Corporationから入手可能。)。
【0018】
種々の臨床症状の治療におけるA型ボツリヌス毒素の成功は、他のボツリヌス毒素血清型への関心を高めている。すなわち、少なくともA型、B型、E型およびF型のボツリヌス毒素がヒトに対し臨床的に用いられている。更に、純粋(約150kDa)ボツリヌス毒素がヒトの処置に用いられている。例えば、Kohl A. ら、Comparison of the effect of botulinum toxin (Botox(R)) with the highly-purified neurotoxin(NT201) in the extensor digitorum brevis muscle test, Mov Disord 2000;15(補遺3):165参照。すなわち、純粋(約150kDa)ボツリヌス毒素を使用して医薬組成物を調製することができる。
【0019】
A型ボツリヌス毒素はpH4〜6.8で希水溶液に可溶であることが知られている。約7を越えるpHでは、安定化非毒性タンパク質が神経毒から解離し、その結果、特にpHおよび温度が上がるほど、毒性が徐々に失われる。Jankovic, J.ら、Therapy with Botulinum Toxin, Marcel Dekker, Inc (1994)の第3章のSchantz E.J.ら、Preparation and characterization of botulinum toxin type A for human treatment(特に第44-45頁)。
【0020】
酵素一般について言えるように、ボツリヌス毒素(細胞内ペプチダーゼ)の生物学的活性は、少なくとも部分的にはその三次元形状に依存する。すなわち、A型ボツリヌス毒素は、熱、種々の化学薬品、表面の伸長および表面の乾燥によって無毒化される。しかも、既知の培養、発酵および精製によって得られた毒素複合体を、医薬組成物に使用する非常に低い毒素濃度まで希釈すると、適当な安定剤が存在しなければ毒素の無毒化が急速に起こることが知られている。毒素をmg量からng/ml溶液へ希釈するのは、そのような大幅な希釈によって毒素の比毒性が急速に低下する故に、非常に難しい。毒素含有医薬組成物を製造後、何箇月も、または何年も経過してから毒素を使用することもあるので、毒素をアルブミンおよびゼラチンのような安定剤で安定化することができる。
【0021】
ボツリヌス毒素が臨床的に様々に使用されていることが報告されており、その例には下記のものが含まれる:
(1)頸部ジストニーを処置するための筋肉内注射(多数の筋肉)あたり約75単位〜125単位のBOTOX(登録商標);
(2)眉間のしわを処置するための筋肉内注射あたり約5単位〜10単位のBOTOX(登録商標)(5単位が鼻根筋に筋肉内注射され、10単位がそれぞれの皺眉筋に筋肉内注射される);
(3)恥骨直腸筋の括約筋内注射による便秘を処置するための約30単位〜80単位のBOTOX(登録商標);
(4)上瞼の外側瞼板前部眼輪筋および下瞼の外側瞼板前部眼輪筋に注射することによって眼瞼痙攣を処置するために筋肉あたり約1単位〜5単位の筋肉内注射されるBOTOX(登録商標);
【0022】
(5)斜視を処置するために、外眼筋に、約1単位〜5単位のBOTOX(登録商標)が筋肉内注射されている。この場合、注射量は、注射される筋肉のサイズと所望する筋肉麻痺の程度(すなわち、所望するジオプター矯正量)との両方に基づいて変化する。
(6)卒中後の上肢痙性を処置するために、下記のように5つの異なる上肢屈筋にBOTOX(登録商標)が筋肉内注射される:
(a)深指屈筋:7.5U〜30U
(b)浅指屈筋:7.5U〜30U
(c)尺側手根屈筋:10U〜40U
(d)橈側手根屈筋:15U〜60U
(e)上腕二頭筋:50U〜200U。5つの示された筋肉のそれぞれには同じ処置時に注射されるので、患者には、それぞれの処置毎に筋肉内注射によって90U〜360Uの上肢屈筋BOTOX(登録商標)が投与される。
(7)偏頭痛を治療するために、25UのBOTOX(登録商標)を頭蓋周囲に注射する(眉間、前頭および側頭筋に対称的に注射する):該注射は、偏頭痛頻度、最大重症度、付随嘔吐および急性薬剤使用の減少(25U注射後の3ヶ月間にわたる)によって評価した場合に、ビヒクルと比較して、偏頭痛の予防療法として有意な利益を与える。
【0023】
A型ボツリヌス毒素は、最大12ヶ月の有効性を有し(European J.Neurology 6(Supp 4), S111-S1150, 1999)、ある場合には27ヶ月間にもわたる有効性を有しうることが既知である(Laryngoscope 109, 1344-1346, 1999)。しかし、BOTOX (登録商標)筋肉注射の通常の持続期間は一般に約3〜4ヶ月間である。
【0024】
市販のボツリヌス毒素含有医薬組成物は、BOTOX(登録商標)(カリフォルニア、アーヴィンのAllergan,Inc.から入手可能)の名称で市販されている。BOTOX(登録商標)は、精製A型ボツリヌス毒素複合体、ヒト血清アルブミンおよび塩化ナトリウムから成り、無菌の減圧乾燥形態で包装されている。このA型ボツリヌス毒素は、N-Zアミンおよび酵母エキスを含有する培地中で増殖させたボツリヌス菌のHall株の培養物から調製する。そのA型ボツリヌス毒素複合体を培養液から一連の酸沈殿によって精製して、活性な高分子量毒素タンパク質および結合ヘマグルチニンタンパク質から成る結晶複合体を得る。結晶複合体を、塩およびアルブミンを含有する溶液に再溶解し、滅菌濾過(0.2μ)した後、減圧乾燥する。BOTOX(登録商標)は、筋肉内注射前に、防腐していない無菌塩類液で再構成し得る。BOTOX(登録商標)の各バイアルは、A型ボツリヌス毒素複合体約100単位(U)、ヒト血清アルブミン0.5mgおよび塩化ナトリウム0.9mgを、防腐剤不含有の無菌減圧乾燥形態で含有する。
【0025】
減圧乾燥BOTOX(登録商標)を再構成するには、防腐剤不含有の無菌生理食塩水(0.9%Sodium Chloride Injection)を使用し、適量のその希釈剤を適当な大きさの注射器で吸い上げる。BOTOX(登録商標)は、泡立てまたは同様の激しい撹拌によって変性しうるので、そのバイアルに希釈剤を穏やかに注入する。滅菌性の理由から、BOTOX(登録商標)は、再構成した後4時間以内に投与すべきである。その間、再構成BOTOX(登録商標)は冷蔵庫(2〜8℃)内で保管する。再構成BOTOX(登録商標)は、無色透明で、粒状物を含まない。減圧乾燥生成物は、冷凍庫内で-5℃またはそれ以下の温度で保管する。
【0026】
概ね、クロストリジウム・ボツリナムの4つの生理学的分類群(I、II、III、IV)が認識されている。血清学的に特定の毒素を産生し得る菌が、複類の生理学的分類群に属し得る。例えば、BおよびF型の毒素は、第I群または第II群の株が産生し得る。更に、ボツリヌス神経毒を産生し得る他のクロストリジウム属の株[クロストリジウム・バラッティ(C.baratii)、F型;クロストリジウム・ブチリカム(C.butyricum)、E型;クロストリジウム・ノビイ(C.novyi)、C1またはD型]が特定されている。
【0027】
クロストリジウム・ボツリナム種の生理学的分類群を、表1に示す。
【表1】

【0028】
前記毒素型は、クロストリジウム・ボツリナム菌の適当な生理学的分類群からの選択によって調製し得る。第I群の菌は通例、タンパク質分解性とされ、A、BおよびF型のボツリヌス毒素を産生する。第II群の菌は糖分解性で、B、EおよびF型のボツリヌス毒素を産生する。第III群の菌は、CおよびD型のボツリヌス毒素しか産生せず、多量のプロピオン酸を産生する点で、第I群および第II群の菌と区別される。第IV群の菌は、G型神経毒しか産生しない。
【0029】
動物性生成物を実質的に含まない特定の培地を用いて破傷風毒素を取得することが知られている。米国特許6558926号参照。しかしとりわけ、該特許に開示された「動物性生成物不含有」培地でさえも、肉消化物であるBacto-peptoneを用いている。重要なことに、クロストリジウム・テタニ(Clostridium tetani)による破傷風毒素の産生と、クロストリジウム・ボツリナム細菌によるボツリヌス毒素の産生とは、必要とする成長、培地および発酵パラメータおよび考慮すべき事項において異なる。例えばJohnson, E.A.ら, Clostridium botulinum and its neurotoxins: a metabolic and cellular perspective, Toxicon 39(2001), 1703-1722参照。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0030】
したがって必要とされているのは、生物学的に活性なボツリヌス毒素を取得または生産するための、動物由来タンパク質などの動物性生成物を含まないまたは実質的に含まない、培地および方法である。
【課題を解決するための手段】
【0031】
概要
本発明はこの要求を満たし、生物学的に活性なボツリヌス毒素を取得または生産するための、動物由来タンパク質などの動物性生成物を含まないまたは実質的に含まない、培地および方法を提供する。取得されたボツリヌス毒素は、ボツリヌス毒素活性成分医薬組成物を製造するために使用することができる。
【0032】
定義
本明細書で使用する場合、下記の単語または用語は下記の定義を持つ。
「約」とは、そのように修飾された事項、パラメータまたは用語が、明記した事項、パラメータまたは用語の値の上下に±10%の範囲を包含することを意味する。
【0033】
「投与」または「投与する」とは、医薬組成物を対象に与える(すなわち投与する)ステップを意味する。本明細書に開示する医薬組成物は、例えば筋肉内(i.m.)、皮内、皮下投与、髄腔内投与、頭蓋内、腹腔内(i.p.)投与、局所外用(経皮)およびインプラント(すなわちポリマーインプラントまたはミニ浸透圧ポンプなどの徐放装置の植込み)投与経路などによって「局所投与」される。
【0034】
「動物性生成物を含まない」または「動物性生成物を実質的に含まない」は、それぞれ「動物性タンパク質を含まない」または「動物性タンパク質を実質的に含まない」を包含し、血液由来、血液プールおよび他の動物由来生成物または化合物の不在または実質的不在を意味する。「動物」とは哺乳動物(ヒトなど)、鳥、爬虫類、魚、昆虫、クモまたは他の動物種を意味する。細菌などの微生物は「動物」から除外される。したがって、本発明に包含される動物性生成物を含まない培地もしくは方法または動物性生成物を実質的に含まない培地もしくは方法は、ボツリヌス毒素またはクロストリジウム・ボツリナム細菌を含むことができる。例えば、動物性生成物を含まない方法または動物性生成物を実質的に含まない方法とは、動物由来タンパク質、例えば免疫グロブリン、肉消化物、肉副生成物および乳汁または乳生成物もしくは乳消化物を実質的に含まない、または基本的に含まない、または全く含まない方法を意味する。したがって、動物性生成物を含まない方法の一例は、肉および乳生成物または肉もしくは乳副生成物を排除した方法(例えば細菌培養法または細菌発酵法)である。
【0035】
「ボツリヌス毒素」は、クロストリジウム・ボツリナムによって産生される神経毒、および非クロストリジウム種によって組換え生産されたボツリヌス毒素(またはその軽鎖もしくは重鎖)を意味する。本明細書で使用する「ボツリヌス毒素」という表現は、ボツリヌス毒素血清型A、B、C、D、E、FおよびGを包含する。また、本明細書で使用するボツリヌス毒素は、ボツリヌス毒素複合体(すなわち300、600および900kDa複合体)も、精製ボツリヌス毒素(すなわち約150kDa)も包含する。「精製ボツリヌス毒素」は、ボツリヌス毒素複合体を形成するタンパク質などの他のタンパク質から分離された、またはそれら他のタンパク質から実質的に分離された、ボツリヌス毒素と定義される。精製ボツリヌス毒素は95%より高い純度を持ち得、好ましくは99%より高い純度を持つ。神経毒でないボツリヌスC2およびC3細胞毒は、本発明の範囲からは除外される。
【0036】
「クロストリジウム神経毒」は、クロストリジウム・ボツリナム、クロストリジウム・ブチリカム(Clostridium butyricum)またはクロストリジウム・ベラッティ(Clostridium beratti)などのクロストリジウム細菌から産生される神経毒、またはそれらクロストリジウム細菌に固有の神経毒、および非クロストリジウム種によって組換え生産されたクロストリジウム神経毒を意味する。
【0037】
「全く含まない」(または「からなる」という用語法)とは、使用する機器または方法の検出範囲内で、その物質を検出することができないこと、またはその存在を確認することができないことを意味する。
「基本的に含まない」(または「から基本的になる」)とは、その物質が痕跡量しか検出され得ないことを意味する。
【0038】
「固定」とは、対象が1つ以上の身体部分を動かすのを妨げるステップを意味する。十分な数の身体部分が固定されれば、その対象は相応に固定されることになる。したがって「固定」は、肢などの身体部分の固定および/または対象の完全な固定を包含する。
【0039】
「修飾ボツリヌス毒素」とは、天然ボツリヌス毒素と比較して、そのアミノ酸の少なくとも1つが欠失、修飾、または置換されたボツリヌス毒素である。さらに修飾ボツリヌス毒素は、組換え生産された神経毒、または組換え生産された神経毒の誘導体もしくは断片であることもできる。修飾ボツリヌス毒素は、例えばボツリヌス毒素受容体に結合する能力またはニューロンからの神経伝達物質放出を阻害する能力などといった天然ボツリヌス毒素の生物学的活性を、少なくとも1つは保持している。修飾ボツリヌス毒素の一例は、あるボツリヌス毒素血清型(例えば血清型A)由来の軽鎖および異なるボツリヌス毒素血清型(例えば血清型B)由来の重鎖を持つボツリヌス毒素である。修飾ボツリヌス毒素のもう1つの例は、サブスタンスPなどの神経伝達物質に結合されたボツリヌス毒素である。
【0040】
「患者」とは、医療または獣医療を受けるヒトまたは非ヒト対象を意味する。したがって、本明細書に開示する組成物は、哺乳動物などの任意の動物の処置に使用しうる。
【0041】
「医薬組成物」とは、製剤を意味し、その活性成分はボツリヌス毒素であることができる。「製剤」という単語は、その医薬組成物中に神経毒活性成分の他に少なくとも1つの追加成分が存在することを意味する。したがって医薬組成物は、ヒト患者などの対象への診断的または治療的投与(例えば筋肉内注射もしくは皮下注射による投与またはデポー剤もしくはインプラントの挿入による投与)に適した製剤である。医薬組成物は、凍結乾燥状態もしくは真空乾燥状態にあるか、凍結乾燥もしくは真空乾燥した医薬組成物を食塩水もしくは水を使用して復元した後に生成した溶液であるか、または復元を必要としない溶液として存在しうる。活性成分は、ボツリヌス毒素血清型A、B、C1、D、E、FもしくはGの1つまたはボツリヌス毒素(いずれもクロストリジウム細菌によって自然に産生されうるもの)でありうる。上述のように、医薬組成物は液体または固体、例えば真空乾燥物であることができる。医薬組成物の構成成分は、単一組成物(すなわち、医薬組成物の初期配合時に、必要な復元液を除く全ての構成成分が存在する)に含まれるか、または二構成要素系として、例えば食塩水などの希釈剤(この場合の希釈剤は医薬組成物の初期配合時に存在しない成分を含有する)で復元される真空乾燥した組成物などとして含まれうる。二構成要素系には、長期間貯蔵するのに二構成要素系の第1構成要素とあまり適合しない成分を組み込むことができるという利点がある。例えば復元用のビヒクルまたは希釈剤は、使用期間中(例えば1週間の冷蔵貯蔵中)は微生物成長に対する十分な防護をもたらすが、毒素を分解するかもしれないので2年間の冷凍貯蔵期間中は存在させない保存剤を含むことができる。長期間はクロストリジウム毒素または他の成分と適合しないかもしれない他の成分は、このようにして組み込むことができる;すなわち、使用直前に第2ビヒクル(例えば復元液)に加えることができる。ボツリヌス毒素活性成分医薬組成物を調製する方法は、米国特許出願公開第2003/0118598号(A1)に開示されている。
【0042】
「実質的に含まない」とは、当該医薬組成物の1wt%未満のレベルで存在することを意味する。
「治療製剤」とは、ある製剤が、ある障害または疾患、例えば末梢筋の活動亢進(すなわち痙縮)を特徴とする障害または疾患を、処置およびそれにより軽減するために使用できることを意味する。
【0043】
本発明は、動物性副生成物または乳副生成物のレベルが少なくとも低下している培地、好ましくは動物性副生成物または乳副生成物を実質的に含まない培地を提供する。「動物性副生成物または乳副生成物」とは、インビボであるかインビトロであるかにかかわらず、動物細胞(細菌細胞を除く)において、または動物細胞(細菌細胞を除く)によって産生された、任意の化合物または化合物の組合せを意味する。タンパク質、アミノ酸、および窒素などの培地成分の好ましい非動物性供給源として、植物、微生物(酵母など)および合成化合物が挙げられる。
【0044】
本発明は、動物性副生成物または乳副生成物を実質的に含まない少なくとも1つの培地を使ってボツリヌス毒素を取得する方法も提供する。例えば、動物性生成物を実質的に含まない発酵培地中でクロストリジウム・ボツリナムを培養することによって、ボツリヌス毒素を取得することができる。
【0045】
本発明は、動物性生成物を実質的に含まず植物由来生成物を含む発酵培地でクロストリジウム・ボツリヌナムを培養することによって取得されるボツリヌス毒素も包含する。また、動物性生成物を実質的に含まずいくつかの大豆系生成物を含む発酵培地中でクロストリジウム・ボツリナムを培養することによって、ボツリヌス毒素を取得することもできる。
【0046】
もう1つの好ましい実施形態として、動物性生成物を実質的に含まず、動物由来生成物の代替物として加水分解大豆を含有する発酵培地中でクロストリジウム・ボツリナムを培養することによって、ボツリヌス毒素を取得することができる。好ましくは、発酵培地における成長は、少なくとも細胞溶解が起こるまで進行する。発酵培地の接種に用いるクロストリジウム・ボツリナム源は、クロストリジウム・ボツリナムを含有する種培地から得ることができる。種培地中で成長させて発酵培地用接種物として用いるクロストリジウム・ボツリナムは、好ましくは、細胞溶解を起こしていない。種培地の接種に用いるクロストリジウム・ボツリナム源は、凍結乾燥培養物から得ることができる。クロストリジウム・ボツリナムは、畜乳または豆乳中の培養物として凍結乾燥することができる。クロストリジウム・ボツリナムは、好ましくは、豆乳中の培養物として凍結乾燥される。
【0047】
本発明はまた、クロストリジウム・ボツリナムを培養するため、動物由来生成物を実質的に含まない培地を含む組成物を提供する。
【0048】
一実施形態において、本組成物は、動物由来生成物を実質的に含まず、かつ少なくとも1つの非動物源由来の生成物を含有し、さらにクロストリジウム・ボツリナムを含む培地を含む。
【0049】
もう1つの実施形態において、本組成物は、動物由来生成物を実質的に含まず、かつ少なくとも1つの植物由来の生成物を含有し、さらにクロストリジウム・ボツリナムを含む培地を含む。本発明のもう1つの実施形態は、動物由来生成物を実施的に含まず、かつ少なくとも1つの大豆由来の生成物を含有し、さらにクロストリジウム・ボツリナムを含む培地を含む組成物でありうる。
【0050】
説明
本発明は、生物学的に活性なボツリヌス毒素を産生する能力を持つ生物(例えばクロストリジウム・ボツリナム細菌)の培養および発酵に役立つ、動物性生成物または動物性副生成物を含まないまたは実質的に含まない培地および方法の発見に基づいている。取得されるボツリヌス毒素は、ボツリヌス毒素活性成分医薬組成物の製造に使用することができる。したがって本明細書には肉副生成物または乳副生成物のレベルが著しく低下している培地を開示し、好ましい培地実施形態はそのような動物性生成物を実質的に含まない。
【0051】
本発明は、クロストリジウム・ボツリナム成長用培地に動物系生成物が必要でないという本発明者の驚くべき発見、特に、そのようなクロストリジウム・ボツリナム成長用培地に通例使用される動物系生成物を植物系生成物に代替することができるという本発明者の驚くべき発見を包含する。
【0052】
細菌の成長および発酵に現在使用されている培地は、通常、1つ以上の動物由来成分を含む。本発明によれば、好ましいクロストリジウム・ボツリナム成長用培地は、培地の総重量の約5から約10%を越えない量の動物由来成分を含有する。より好ましくは、本発明の範囲に包含される培地は、培地の総重量の約1%以下ないし約5%未満の動物由来生成物を含む。最も好ましくは、ボツリヌス毒素を生産するためのクロストリジウム・ボツリナムの成長に使用される全ての培地および培養物は、動物由来生成物を全く含まない。これらの培地には、クロストリジウム・ボツリナムの小規模および大規模発酵用の培地、種(第1)培地および発酵(第2)培地の接種に用いられるクロストリジウム・ボツリナム培養物の成長用培地、ならびにクロストリジウム・ボツリナム培養物(例えば保存培養物)の長期保存に用いられる培地が含まれるが、これらに限定されるわけではない。
【0053】
本発明のある好ましい実施形態において、クロストリジウム・ボツリナム成長用およびボツリヌス毒素生産用の培地は、動物由来生成物の代わりに大豆系生成物を含むことができる。あるいは、大豆系生成物の代わりに、ルピナス・カンペストリス(Lupinus campestris)の脱苦味種子を使用することができる。L.カンペストリス種子のタンパク質分は大豆のものとよく似ていることが知られている。好ましくは、これらの培地は、加水分解されるおよび水に可溶である大豆由来生成物またはL.カンペストリス由来生成物を含む。しかし本発明では、不溶性の大豆生成物またはL.カンペストリス生成物も、動物性生成物を代替するために使用することができる。大豆生成物またはL.カンペストリス生成物で代替することができる一般的な動物由来生成物として、牛心臓浸出液(BHI)、動物由来ペプトン生成物、例えばBacto-peptone、加水分解カゼイン、および畜乳などの乳副生成物が挙げられる。
【0054】
好ましくは、大豆系生成物またはL.カンペストリス系生成物を含有するクロストリジウム・ボツリナム成長用培地は、実質上全ての動物由来生成物が植物由来生成物で代替される点以外は、動物由来生成物を含有する一般に使用される成長培地に似ている。例えば大豆系発酵培地は、大豆系生成物、グルコースなどの炭素源、NaClおよびKClなどの塩、Na2HPO4、KH2PO4などのホスフェート含有成分、鉄およびマグネシウムなどの二価カチオン、鉄粉、ならびにL-システインおよびL-チロシンなどのアミノ酸を含むことができる。発酵(第2)培地に接種するためのクロストリジウム・ボツリナム培養物を成長させるために用いられる培地(すなわち種培地または第1培地)は、好ましくは、少なくとも、大豆系生成物、NaClなどの塩源、およびグルコースなどの炭素源を含有する。
【0055】
本発明は、動物由来生成物を実質的に含まない培地を使ってボツリヌス毒素の生産量を最大化するクロストリジウム・ボツリナムの成長方法を提供する。クロストリジウム・ボツリナムおよびボツリヌス毒素の生産のための成長は、動物性副生成物に由来する成分を代替する大豆副生成物を含有する培地での発酵によって行なうことができる。発酵培地用の接種物は、それより小規模の成長培地(種培地)から得ることができる。培養物のバイオマスを増加させるために行なわれる種培地における継代数は、発酵工程の大きさおよび体積に応じて変動しうる。発酵培地の接種に適した量のクロストリジウム・ボツリナムを成長させるために、種培地における成長を伴う一工程または複数工程を行なうことができる。動物由来生成物を含まないクロストリジウム・ボツリナム成長法にとって、クロストリジウム・ボツリナムの成長は、非動物由来培地に保存された培養物から起こることが好ましい。保存培養物(好ましくは凍結乾燥物)は、大豆由来のタンパク質を含有し動物性副生成物を欠く培地における成長によって製造される。発酵培地におけるクロストリジウム・ボツリナムの成長は、保存された凍結乾燥培養物からの直接的な接種によって行なうことができる。
【0056】
本発明の好ましい実施形態では、クロストリジウム・ボツリナムの成長が、種成長および発酵という二相で進行する。これらの相はどちらも嫌気環境下で行なわれる。種成長相は一般に、微生物の量を保存培養物から「スケールアップ」するために用いられる。種成長相の目的は、発酵に利用できる微生物の量を増加させることである。また、種成長相により、保存培養物中の比較的不活発な微生物を、若返らせて活発に成長する培養物へと成長させることもできる。さらに、活発に成長する培養物からは、保存培養物からの場合よりも、発酵培養物の接種に用いる生存可能な微生物の体積および量を正確に制御することもできる。したがって、発酵培地に接種するための種培養物を成長させることが好ましい。また、発酵培地に接種するクロストリジウム・ボツリナムの量をスケールアップするために、種培地における成長を伴う連続工程を何回でも使用することができる。発酵相におけるクロストリジウム・ボツリナムの成長は、直接接種によって保存培養物から直接進行しうることに注意されたい。
【0057】
発酵相では、種成長によって得られたクロストリジウム・ボツリナムを含有する種培地の一部またはそのような種培地の全部を、発酵培地の接種に使用する。好ましくは、約2から4%の、種成長相で得られたクロストリジウム・ボツリナムを有する種培地を、発酵培地の接種に使用する。発酵は、大規模嫌気環境下で最大量の微生物を生産するために用いられる(Ljungdahlら「Manual of industrial microbiology and biotechnology」(1986), Demain ら編, American Society for Microbiology, ワシントン D.C., 84頁)。
【0058】
ボツリヌス毒素は、タンパク質精製技術分野の当業者に周知のタンパク質精製方法を使って分離し精製することができる(Coligan ら「Current Protocols in Protein Science」Wiley & Sons、Ozutsumi ら, Appl. Environ. Microbiol. 49 ; 939-943: 1985)。
【0059】
ボツリヌス毒素を生産するために、クロストリジウム・ボツリナムの培養物を、発酵培地に接種するための種培地中で成長させることができる。種培地における成長を伴う継代工程数は、発酵相におけるボツリヌス毒素の生産規模に応じて変動しうる。ただし、上述のように、発酵相での成長は、保存培養物からの接種により、直接進行することもできる。クロストリジウム・ボツリナム成長用の動物系種培地は一般にBHI、bacto-peptone、NaCl、およびグルコースから構成される。上述のように、本発明に従って、動物系成分を非動物系成分で置き換えた代替種培地を調製することもできる。例えば、限定するわけではないが、クロストリジウム・ボツリナム成長用およびボツリヌス毒素生産用の種培地にはBHIおよびbacto-peptoneの代わりに大豆系生成物を使用することができる。好ましくは、大豆系生成物は水溶性であり、加水分解大豆を含むが、クロストリジウム・ボツリナムの培養物は、不溶性大豆を含有する培地中でも成長しうる。ただし、成長レベルおよびそれに続く毒素の生産レベルは、可溶性大豆生成物を用いた培地の方が高い。
【0060】
本発明では任意の大豆系生成物源を使用することができる。好ましくは大豆は加水分解大豆である。加水分解大豆源は様々な供給業者から入手することができる。例えば、Hy-Soy(Quest International)、Soy peptone(Gibco)、Bac-Soytone(Difco)、AMISOY(Quest)、NZ soy(Quest)、NZ soy BL4、NZ soy BL7、SE50M(DMV International Nutritionals、ニューヨーク州フレーザー)、およびSE50MK(DMV)などがあるが、これらに限定されるわけではない。最も好ましくは、加水分解大豆源はHy-SoyまたはSE50MKである。他の使用可能性のある加水分解大豆源も知られている。
【0061】
本発明の種培地におけるHy-Soyの濃度は25から200g/Lの範囲である。好ましくは、種培地中のHy-Soy濃度は50から150g/Lの範囲である。最も好ましくは、種培地中のHy-Soy濃度は約100g/Lである。また、NaClの濃度は0.1から2.0g/Lの範囲である。好ましくは、NaCl濃度は0.2から1.0g/Lの範囲である。最も好ましくは種培地中のNaCl濃度は約0.5g/Lである。グルコースの濃度は0.1g/Lから5.0g/Lの範囲である。好ましくは、グルコース濃度は0.5から2.0g/Lの範囲である。最も好ましくは、種培地中のグルコース濃度は約1.0g/Lである。種培地の他の成分と一緒にオートクレーブ処理することによってグルコースを滅菌することも好ましいが、それは本発明にとって必須ではない。成長前の種培地の好ましいpHレベルは7.5から8.5の範囲である。最も好ましくは、クロストリジウム・ボツリナムが成長する前の種培地のpHは約8.1である。
【0062】
種培地におけるクロストリジウム・ボツリナムの成長は1つ以上の段階で進行しうる。好ましくは、種培地における成長は二段階で進行する。第1段階では、クロストリジウム・ボツリナムの培養物をある量の種培地に懸濁し、嫌気環境下に34±1℃で24から48時間インキュベートする。好ましくは、第1段階での成長は約48時間行なう。第2段階では、クロストリジウム・ボツリナムを含有する第1段階培地の一部または全部を、さらなる成長のために第2段階種培地の接種に使用する。接種後、第2段階培地を嫌気環境下に34±1℃で約1から4日間インキュベートする。好ましくは、第2段階種培地での成長は約3日間行なう。また、どの段階でも、種培地における成長は、種培地での最終成長物を発酵培地に接種する前に細胞溶解を起こさないことが好ましい。
【0063】
動物性副生成物を含有するクロストリジウム・ボツリナム成長用の標準的発酵培地は、MuellerおよびMillerの配合(MM;J. Bactgeriol. 67:271, 1954)に基づくことができる。動物性副生成物を含有するMM培地中の成分として、BHIおよびNZ-CaseTTが挙げられる。NZ-CaseTTは、カゼイン(畜乳中に見いだされる一群のタンパク質)の酵素消化物に由来する市販のペプチドおよびアミノ酸源である。本発明は、発酵培地中のBHIおよびNZ-CaseTTの代わりに非動物系生成物を使用することができることを実証する。例えば、限定するわけではないが、クロストリジウム・ボツリナムの発酵に用いられるMM培地の動物系成分を、大豆系生成物で代替することができる。好ましくは、大豆系生成物は水溶性であり、加水分解大豆に由来するが、上述のように、不溶性大豆生成物を使って本発明を実施することもできる。
【0064】
本発明では任意の大豆系生成物源を使用することができる。好ましくは、加水分解大豆をQuest International(シェフィールド)からHy-Soyという商標で入手するか、DMV International Nutritionals(ニューヨーク州フレーザー)からSE50MKという商標で入手する。可溶性大豆生成物は、例えばSoy peptone(Gibco)、Bac-Soytone(Difco)、AMISOY(Quest)、NZ soy(Quest)、NZ soy BL4、NZ soy BL7、およびSE50MK(DMV International Nutritionals、ニューヨーク州フレーザー)などといった(ただしこれらに限定されるわけではない)様々な供給源から入手することもできる。
【0065】
本発明のもう1つの好ましい実施形態では、クロストリジウム・ボツリナムの発酵に用いられる培地が、動物性副生成物を含まず、加水分解大豆、グルコース、NaCl、Na2HPO4、MgSO47H2O、KH2PO4、L-システイン、L-チロシン、および鉄粉を含む。種培地に関して開示したように、発酵培地中の動物性副生成物は加水分解大豆で代替することができる。これらの動物性副生成物として、BHIおよびNZ-CaseTT(酵素消化カゼイン)が挙げられる。
【0066】
ボツリヌス毒素を生産するための発酵培地におけるHy-Soyの濃度は、好ましくは約10から100g/Lの範囲である。好ましくは、Hy-Soy濃度は約20から60g/Lの範囲である。最も好ましくは、発酵培地中のHy-Soy濃度は約35g/Lである。ボツリヌス毒素の生産量を最大にするには、発酵培地中の成分の特に好ましい濃度は、約7.5g/L グルコース、5.0g/L NaCl、0.5g/L Na2HPO4、175mg/L KH2PO4、50mg/L MgSO47H2O、125mg/L L-システイン、および125mg/L L-チロシンである。鉄粉の使用量は50mg/Lから2000mg/Lの範囲であることができる。好ましくは、鉄粉の量は約100mg/Lから1000mg/Lの範囲である。最も好ましくは、発酵培地中に用いる鉄粉の量は約200mg/Lから600mg/Lの範囲である。
【0067】
毒素生産レベルを最適にするために、大豆系発酵培地の初期pH(オートクレーブ処理)は好ましくは約5.5から7.1の範囲である。好ましくは、発酵培地の初期pHは約6.0から6.2である。種培地に関して述べたように、グルコースおよび鉄を包含する発酵培地の成分は、好ましくは、滅菌のために一緒にオートクレーブ処理される。
【0068】
好ましくは、クロストリジウム・ボツリナムの成長に使用した第2段階種培地の一部を、発酵培地の接種に使用する。発酵は嫌気チャンバー中、約34±1℃で約7から9日間行なわれる。成長は培地の光学密度(O.D.)を測定することによって監視される。発酵は、好ましくは、成長測定(光学密度)による決定で、細胞溶解が少なくとも48時間進行した後に、停止する。細胞が溶解するにつれて、培地のO.D.は低下するだろう。
【0069】
本発明の好ましい実施形態では、クロストリジウム・ボツリナムの長期保存および種培地の接種に用いられるクロストリジウム・ボツリナムの培養物を、豆乳中で成長させて、凍結乾燥した後、4℃で保存する。保存用に凍結乾燥された畜乳中のクロストリジウム・ボツリナム培養物も、ボツリヌス毒素の生産に使用することができる。しかし、ボツリヌス毒素生産の全工程にわたって、動物性副生成物を実質的に含まない培地を維持するために、クロストリジウム・ボツリナムの初期培養物は、畜乳ではなく豆乳中に保存されることが好ましい。
【0070】
実施例
以下の実施例は、本発明に包含される特定の方法を説明するものであり、本発明の範囲を限定しようとするものではない。クロストリジウム・ボツリナム培養物は、List Laboratories(カリフォルニア州キャンベル)を含むいくつかの供給源から入手することができる。全ての実験および培地は再蒸留水を使って調製することができる。以下の全ての実施例において「クロストリジウム・ボツリナム」とは、A型クロストリジウム・ボツリナムのHall A(ATCC 登録番号3502)株を意味する。
【実施例1】
【0071】
動物性生成物を含まないクロストリジウム・ボツリナム用種培地の調製
対照種培地は培地各1リットルにつき以下の成分を使って調製することができる:NaCl(5g)、Bacto-peptone(10g)、グルコース(10g)、BHI(1リットルになる量)、pH8.1(5N NaOHで調整)。
【0072】
試験(動物性生成物不含有)種培地は培地各1リットルにつき以下の成分を使って調製することができる:NaCl(5g)、Soy-peptone(10g)、グルコース(10g)、Hy-Soy(35g/リットル、培地液を1リットルにする量)、pH8.1(5N NaOHで調整)。
【実施例2】
【0073】
動物性生成物を含まない種培地におけるクロストリジウム・ボツリナムの培養
実施例1の対照種培地および試験種培地各1mlにクロストリジウム・ボツリナムの凍結乾燥培養物を懸濁し、(各種培地を)それぞれがそれぞれの種培地10mlを含有する2本の試験管に分割した後、34℃で約24から48時間インキュベートすることができる。次に、培養物1mlを、40mlの(各)種培地を含有する125ml DeLong Bellco培養フラスコの接種に使用することができる。接種された培養物を、Coy嫌気チャンバー(Coy Laboratory Products Inc.、ミシガン州グラスレイク)中、33℃±1℃で24時間インキュベートすることができる。
【実施例3】
【0074】
動物性生成物を含まないクロストリジウム・ボツリナム用発酵培地の調製
基礎発酵培地は培地各2リットルにつき以下の成分を使って調製することができる:グルコース(15g)、NaCl(10g)、NaH2PO4(1g)、KH2PO4(0.350g)、MgSO47H2O(0.1g)、システイン-HC(0.250g)、チロシン-HCl(0.250g)、鉄粉(1g)、ZnCl2(0.250g)、およびMnCl2(0.4g)。
【0075】
対照発酵培地は、調製される培地各2リットルにつき以下の成分を使って調製することができる:BHI(500ml;これは牛心臓浸出液乾燥重量約45.5gに相当する)、NZ-CaseTT(30g)、および基礎培地(2リットルになる量)、pH6.8。
【0076】
基礎発酵培地をまず調製し、それをpH6.8に調整することができる。次に、牛心臓浸出液(BHI)BHIを調製し、5N NaOHでそのpHを8に調整することができる。次に、BHIを基礎培地に加えることができる。次にNZ-CaseTTを調製することができる。次に、牛心臓浸出液が既に加えられている基礎培地に、NZ-CaseTTを加え、HClの添加によって溶解させる。次に5N NaOHでpHを6.8に調整することができる。次に、この培地を16本の100mm試験管に8mlずつ分注した後、120℃で25分間オートクレーブ処理することができる。
【0077】
試験発酵培地(動物性生成物不含有)は、対照発酵培地中に存在するBHIの代わりに試験窒素源を使用することによって調製することができる。好適な試験発酵培地窒素源には、Hy-Soy(Quest)、AMI-Soy(Quest)、NZ-Soy(Quest)、NZ-Soy BL4(Quest)、NZ-Soy BL7(Quest)、Sheftone D(Sheffield)、SE50M(DMV)、SE50(DMV)、SE%)MK(DMV)、Soy Peptone(Gibco)、Bacto-Soyton(Difco)、Nutrisoy 2207(ADM)、Bakes Nutrisoy(ADM)、Nutrisoy flour、Soybean meal、Bacto-Yeast Extract(Difco)、Yeast Extract(Gibco)、Hy-Yest 412(Quest)、Hy-Yest 441(Quest)、Hy-Yest 444(Quest)、Hy-Yest 455(Quest)、Bacto-Malt Extract(Difco)、Corn Steep、およびProflo(Traders)などがある。
【0078】
試験発酵培地は、BHIを除外する点以外は、対照発酵培地について上述したように調製することができ、適切な窒素源をまず3N HClまたは5N NaOHでpH6.8に調整することができる。培地は16本の100mm試験管に8mlずつ配分した後、120℃で20から30分間オートクレーブ処理することができる。
【実施例4】
【0079】
動物性生成物を含まない発酵培地におけるクロストリジウム・ボツリナムの成長
試験種培地培養物(動物性生成物不含有)を40μlずつ使って、8ml 16本の100mm試験管中の対照または試験発酵培地各8mlに接種することができる。次に、培養物を33±1℃で24時間インキュベートすることができる。次に、細菌を成長させるために、試験管を嫌気チャンバー中でインキュベートすることができる。各培地アッセイは三重に行なうことができ(すなわち同じ培地に独立して3回の接種を行なうことができる)。非接種対照を(分光光度計用のブランクとして使用することができる)を含めることもできる。成長(光学密度 OD によって測定される)は、Turner分光光度計(330型)を使って660nmで24時間ごとに測定することができる。細胞溶解が約48時間続いた後に培養は停止すべきであり、その後、ボツリヌス毒素生産量を測定することができる。
【0080】
培地各500mlにつき以下の成分を含有するHy-Soy発酵培地を使って、追加実験を行なうことができる:Hy-Soy(17.5g)、グルコース(3.75g)、NaCl(2.5g)、Na2HPO4(0.25g)、MgSO47H2O(0.025g)、KH2PO4(0.0875g)、L-システイン(0.0625g)、L-チロシン(0.0625g)、鉄粉(0.25g)、pH6.8。
【実施例5】
【0081】
動物性生成物を含まない発酵培地におけるクロストリジウム・ボツリナム成長によるボツリヌス毒素生産量の決定
実施例4の培養細胞を遠心分離した後、上清のpHを測定することができる。与えられた試料中のボツリヌス毒素のレベルは、標準抗毒素を添加し、フロキュレーションまでの経過時間を測定することによって、測定することができる。Kf(フロキュレーションが起こるのに要する時間、単位:分)およびLf(フロキュレーション限界、フロキュレーションによって確立される1国際単位の標準抗毒素に相当)をどちらも測定することができる。与えられた培養物について発酵ブロス4mlを各発酵管から採取し、合計12mlを15ml遠心管中で混合することができるように、それらを合わせることができる。遠心管を4℃、5000rpm(3400g)で30分間遠心分離することができる。上清を1mlずつ、0.1から0.6mlの標準ボツリヌス毒素抗血清を含有する試験管に加え、内容物を混合するために試験管を注意深く振とうすることができる。次に試験管を45±1℃の水槽に入れ、開始時刻を記録することができる。試験管を頻繁に調べて、フロキュレーションが始まった時間をKfとして記録することができる。フロキュレーションを1番目に開始することができる試験管内の毒素濃度をLfFFと指名することができる。2番目にフロキュレーションを開始することができる試験管中の毒素濃度をLfFと指定することができる。
【0082】
並行発酵、成長および毒素生産量アッセイは、(a)対照種培地(対照発酵培地の接種に使用)および対照発酵培地ならびに(2)(動物性生成物不含有)試験種培地(試験発酵培地の接種に使用)および(動物性生成物不含有)試験発酵培地の両方について行なうことができる。重要なことに、動物性生成物を含まない培養物から接種された動物性生成物を含まない培地におけるクロストリジウム・ボツリナムの発酵(大豆系生成物で動物性生成物を代替したもの)は、約50以上のLftoxinをもたらすことができると決定することができる。最小として、Lftoxinは約10である。好ましくはLftoxinは20以上である。最も好ましくはLftoxinは50より大きい。
【0083】
また、様々な大豆生成物がBHIを欠く発酵培地におけるクロストリジウム・ボツリナムの成長を支えることを決定することができる。すなわち、クロストリジウム・ボツリナムの成長に、BHIを可溶性大豆調製物で代替することができる。最適濃度は12.5または25g/Lである。Hy-Soy(Scheffield)は最高の成長をもたらすことができる。不溶性大豆調製物はそれより有効性が低い場合がある。
【0084】
さらに、Quest Hy-Soy、DMV SE50MK、およびQuest NZ-Soyが、クロストリジウム・ボツリナムの成長に関してBHIに代替しうる点で、有効な大豆生成物でありうることを示す結果を得ることもできる。これらの結果は、成長に最適でありうる大豆生成物(例えばQuest Hy-Soy、DMV SE50MK、およびQuest NZ-Soy)は、毒素生産に関してBHIに代替するのにも有効であることができることを明らかにする。毒素生産にとって最適な大豆生成物は22.75g/lのQuest Hy-Soyである。この生成物をさらに高濃度で使用した場合、成長はよくなっても毒素生産量は改善されないということがありうる。同様の結果はSE50MKでも得ることができると考えられ、その濃度を上げると成長は増加しても毒素生産量は増加しないということがありうる。これに対してNZ-Soyは、濃度を上げると成長および毒素生産量が向上しうる。
【0085】
最後に、大豆生成物がBHIおよびNZ-CaseTTに効果的に代替できることを決定することができる。大豆系培地からNZ-CaseTTを除去すると、成長が約2分の1から4分の1に抑制されうる。NZ-CaseTTの存在下でも不在下でも成長にとって最適な大豆生成物はSE50MKでありうる。毒素生産に関して、HY-SoyはBHIおよびNZ-caseTTのどちらにも代替することができる。ただし1日または2日という長い発酵周期が必要になりうる。HY-Soyは毒素生産用培地中のBHIおよびNZ-CaseTTをどちらにも代替しうる。しかし酵母抽出物は毒素生産にとって阻害的でありうることを決定することができる。
【0086】
毒素生産に関して、HY-Soyは22.75g/lでBHIおよびHY-CaseTTのどちらにも完全に代替しうることを決定することができる。成長に対する作用(この場合は56.88g/lのHY-Soyが最適でありうる)とは異なり、毒素生産相には34.13g/lのHY-Soyが最適であることができる。
【0087】
このように本発明者は、驚くべきことに、Hy-Soyまたは[Hy-Soy+Hy-Yest]がクロストリジウム・ボツリナム種成長用培地中のBHIおよびBacto-peptoneに代替できるかどうかを決定した。また、クロストリジウム・ボツリナムによるボツリヌス毒素生産レベルを最大にするべく、種培地の成分の最適濃度を決定するための実験を計画することができる。BHIおよびNZ-CaseTTを含まない種培地および発酵培地で成長させたクロストリジウム・ボツリナムによる毒素生産量は、BHIおよびNZ-CaseTTを含有する培地で達成されるレベルに達するか、それを越えることができる。
【0088】
種培地中の成長のためのHy-Soyまたは[Hy-Soy+Hy-Yest]の最適濃度を決定することができる。クロストリジウム・ボツリナムの成長およびその後の発酵相におけるボツリヌス毒素の生産に関して、種培地中の窒素源として、Hy-SoyがBHIおよびBacto-peptoneに代替できることは、実験で確認することができる。また、種培地中の窒素源としてのHy-Soyは、Hy-Soy+Hy-Yestと比較して、後の発酵工程で高レベルのボツリヌス毒素生産をもたらすことができる。最適な毒素レベルをもたらす種培地中のHy-Soyの濃度は、約62.5g/Lから100g/Lの範囲である。
【0089】
追加実験が、発酵によるクロストリジウム・ボツリナムのボツリヌス毒素生産量を最大にするための種培地中の最適Hy-Soy濃度を決定するために計画される。例えば、種培地中のHy-Soy 30g、50g、75gおよび100gは、いずれも、クロストリジウム・ボツリナムの発酵によるボツリヌス毒素の生産をもたらすことができ、それはBHIおよびBacto-peptoneを窒素源として含有する種培地で作られるボツリヌス毒素のレベルと同等またはそれ以上である。
【0090】
種培地中の濃度100g/LのHy-Soyは、後の発酵工程において、最も高い毒素生産レベルをもたらしたことがわかる。また、Hy-Soy種培地の種工程1は、24時間後よりも48時間後の方が大きい成長をもたらしたことを、データは示している。
【0091】
本明細書では様々な刊行物、特許および/または参考文献に言及したが、その内容は参照によりそのまま本明細書に組み入れられる。
本発明を特定の好ましい方法に関して詳細に説明したが、本発明の範囲内で他の実施形態、変形、および変更形態も可能である。例えば、動物性生成物を含まない多種多様な方法が本発明の範囲に包含される。
したがって特許請求の範囲の要旨および範囲は、上述した好ましい実施形態の説明に限定されるべきではない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生物学的に活性なボツリヌス毒素を取得する方法であって、
(a)動物由来生成物を実質的に含まない発酵培地を用意する工程、
(b)ボツリヌス毒素の生産を可能にする条件下で発酵培地中にクロストリジウム・ボツリナム(Clostridium botulinum)細菌を培養する工程、および
(c)発酵培地から生物学的に活性なボツリヌス毒素を回収する工程
を含む方法。
【請求項2】
発酵培地を用意する工程において、培地が植物由来のタンパク質生成物を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
植物が大豆である、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
培養工程において、培養物の細胞密度が細胞溶解によって低下するまで培養を行う、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
培養工程において、細胞密度が細胞溶解によって最初に低下してから少なくとも48時間後まで培養を行う、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
ボツリヌス毒素の生産方法であって、
(a)動物由来生成物を実質的に含まず、かつ植物由来のタンパク質生成物を含む第1培地を用意する工程、
(b)クロストリジウム・ボツリナムの成長を可能にする条件下で、第1培地中にクロストリジウム・ボツリナム細菌を培養する工程、
(c)動物由来生成物を実質的に含まず、かつ植物由来のタンパク質生成物を含む第2培地を用意する工程、
(d)第1培地を第2培地に接種する工程、
(e)ボツリヌス毒素の生産を可能にする条件下で、第2培地中にクロストリジウム・ボツリナム細菌を培養する工程、および
(f)ボツリヌス毒素を回収する工程
を含む方法。
【請求項7】
第1培地を用意する工程において、第1培地が大豆由来のタンパク質生成物を含み、かつ第2培地に接種する工程において、第2培地が大豆由来のタンパク質生成物を含む、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
第1培地を用意する工程において、第1培地が加水分解大豆を含み、かつ第2培地に接種する工程において、発酵培地が加水分解大豆を含む、請求項6に記載の方法。
【請求項9】
第1培地中でクロストリジウム・ボツリナムを培養する工程において、条件が約34℃の温度を含むと共に、培養中に細胞密度の低下が起こらないことを含み、かつ
第1培地を第2培地に接種する工程において、2から4%の第1培地を第2培地の接種に使用し、かつ
第2培地中で細菌を培養する工程において、成長を可能にする条件が約34℃の温度を含むと共に、培養物の細胞密度が細胞溶解によって低下するまで培養することを含む、
請求項6に記載の方法。
【請求項10】
クロストリジウム・ボツリナムおよびボツリヌス毒素生産用培養培地を含む組成物であって、培地が動物由来生成物を実質的に含まず、かつ植物由来のタンパク質生成物を含む、組成物。
【請求項11】
植物が大豆である、請求項10に記載の組成物。
【請求項12】
加水分解大豆を含む、請求項10の組成物。
【請求項13】
活性成分がボツリヌス毒素である、動物性生成物を実質的に含まない医薬組成物を製造する方法であって、
(a)(i)動物由来生成物を実質的に含まない発酵培地を用意し、
(ii)ボツリヌス毒素の生産を可能にする条件下で、発酵培地中にクロストリジウム・ボツリナムを培養し、そして
(iii)発酵培地から生物学的に活性なボツリヌス毒素を回収する
ことによって生物学的に活性なボツリヌス毒素を取得する工程、
(b)ボツリヌス毒素を適切な賦形剤と配合することにより、活性成分がボツリヌス毒素である、動物性生成物を実質的に含まない医薬組成物を製造する工程
を含む方法。

【公表番号】特表2007−506427(P2007−506427A)
【公表日】平成19年3月22日(2007.3.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−528006(P2006−528006)
【出願日】平成16年8月25日(2004.8.25)
【国際出願番号】PCT/US2004/027775
【国際公開番号】WO2005/035749
【国際公開日】平成17年4月21日(2005.4.21)
【出願人】(591018268)アラーガン、インコーポレイテッド (293)
【氏名又は名称原語表記】ALLERGAN,INCORPORATED
【Fターム(参考)】