説明

ボンディングワイヤー

【課題】 結線されたワイヤーループの高さのバラツキを極力低く抑えることができるボンディングワイヤーを提供する。
【解決手段】 電子素子内の微小電極間の導通を確保するためのボンディングワイヤーであって、2直線近似で表したワイヤー材料特性の降伏歪が0.0009から0.0051であるボンディングワイヤー。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子素子内の微小電極間の導通を確保するためのワイヤーボンディングに関し、特に結線されたワイヤーループの高さのばらつきを抑えることができるボンディングワイヤーに関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に電子素子内の微小電極間の導通を確保するためにはワイヤーボンディング法が使用されている。ワイヤーボンディング法に使用するボンディングワイヤーは、電導度が高く、端子金属との接合性に優れ、しかも適当な引張強度と弾性を備えていることが要求される。
従来、ボンディングワイヤーとしては線径が数十μmで純度が99.99%以上の純金ワイヤーが使用されてきた。この純金線の破断強度は0.014kgf/mm〜0.016kgf/mm程度、ヤング率は6,000kgf/mmから7、200kgf/mm程度で、40〜70μmピッチのループの形成が可能である。
【0003】
電子素子の高密度化に伴い、ワイヤーボンディング技術は長ループ化、狭ピッチ化の傾向が強まっており、ワイヤーが弛みその変形によってワイヤー同士が接触したり、チップとワイヤーが接触して電気的短絡を起こす、いわゆるワイヤー流れが発生する可能性が高くなってきた。
ワイヤー流れの発生を防止するために、ヤング率の高い金属線の表面に接合性に優れた金属を被覆したボンディングワイヤーを使用する技術が開示されている(例えば、特許文献1参照。)。
ワイヤー流れを支配する要因を解析すると、接合形状など接合時の要因とワイヤー材質そのものの要因があることが判る。ワイヤー材質に関してはそのヤング率が最も大きく影響し、ヤング率が高いほどワイヤー流れが小さくなることが判明した。特許文献1に開示されたボンディングワイヤーは、ヤング率が10,000kgf/mmから13,700kgf/mm程度のタングステン(W)、モリブデン(Mo)あるいはロジウム(Rh)を芯線として使用し、表面に金(Au)、銅(Cu)あるいはパラジウム(Pd)等の電導性の高い金属を10μm程度被覆したボンディングワイヤーである。このボンディングワイヤーを使用することにより、同一のループを形成する場合の流れの発生割合は、1/3〜1/4に低減するとされている。
【0004】
近年、電子機器の小型化に伴い、半導体パッケージにおいても小型軽量の一途をたどっている。これに伴い使用される材料への要求品質も厳しさを増してきている。具体的には、半導体パッケージの外形寸法が小型化することによる半導体素子の小型化、外部接続のためのリード幅の縮小等があげられる。
ボンディングワイヤーを接続するために半導体素子上には電極が設けられるが、従来は隣接する電極間の間隔(以下、ボンドピッチと記す。)は、0.070mm〜0.15mm程度であったが、近年ではボンドピッチのファインピッチ化が進み、ボンドピッチは最小で0.045mmの半導体素子が量産化されている。
さらに、半導体素子の小型化により、外部接続リードと半導体素子上の電極との距離が長くなる傾向にあり、ボンディングワイヤーの長さが5mmを越える半導体パッケージも出現している。
【0005】
ファインピッチでボンディングする際には、ボンドピッチが狭まっているので先にボンディングされた隣接するボンディングワイヤーにキャピラリー(先導具)が接触し、ループ倒れなどの異常を引き起こすことがある。このため、ボトルネックタイプのキャピラリーが使用されている。このキャピラリーは、先端部の形状を細くすることで隣接するボンディングワイヤーに接触せずにボンディングができるように配慮されたものである。しかし、キャピラリーの外形寸法が小さくなるために、キャピラリー内に設けられた円筒孔の内径も小さくする必要がある。
一般的にキャピラリー内に設けられた円筒孔の内面とボンディングワイヤーとのクリアランスが狭い場合、ループ形状異常などが発生することから、円筒孔の内面とワイヤーとのクリアランスを十分に保つ必要がある。このため、0.070mm以上の広いボンドピッチの場合であっても、使用されるボンディングワイヤーは0.020mm〜0.025mmの線径のものが使用されている。
【0006】
一方、前述のように半導体関連の技術進歩はめざましく、今後もさらなるファインピッチ化が予想される。具体的には、ボンドピッチが0.030mm〜0.040mmでの実用量産化が計画されている。ボンドピッチのファインピッチ化を進めていくためには、ワイヤー径を細くしていく必要があり、使用されるボンディングワイヤーの直径も0.012mm〜0.020mmの極細線を使用することが計画されている。
このような極細線のボンディングワイヤーではワイヤーが変形してしまう恐れがあり、ファインピッチ化への大きな阻害要因となる。
【0007】
半導体素子上のボンドピッチが0.030mm〜0.040mmのファインピッチに対応でき、ワイヤー径が0.012mm〜0.020mmの極細線であって、高いヤング率を有し曲がりの発生の少ないボンディングワイヤーとして、Auを主成分とし、Sn、Zn及びCaを微量含有する金合金が開示されている(例えば、特許文献2参照。)。
特許文献2に開示された金合金は、線径0.012mmのボンディングワイヤーでもヤング率を8,000kgf/mmから8,720kgf/mm迄大きくすることができるので、ワイヤーが変形しにくく、曲がりの発生の少ないファインピッチ用ボンディングワイヤーを提供することできるとされている。
【特許文献1】特開平11−274215号公報
【特許文献2】特開2006−128560号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
電子素子などで使用される直径数十ミクロン程度のボンディングワイヤーは、巻かれた状態でボンディングマシンにセットされ、電子素子内の微小電極間の導通を確保するための結線材料として使用される。ボンディングマシンの中にはミシン針のようなボンディングワイヤーの経路を決定するキャピラリーと呼ばれる中空の部品があり、中空の穴にボンディングワイヤーを通した状態でキャピラリーと微小電極基板の相対位置を予め設定した移動距離、方向、角度、経路で順次動かすことと、ボンディングワイヤーをキャピラリーから繰り出したり、またはクリップしたりするなどのボンディングワイヤーの供給状態を組み合わせたモーションパターンを工夫することで、ファーストボンディングとセカンドボンディングを結ぶ所望のループ形状が得られるようにクセ付けをする。
【0009】
同じ材質のボンディングワイヤーを使用した場合でも、ボンディングワイヤーをドローイングする前の元材料であるインゴット間の材質ばらつき、あるいはインゴット内部の材質分布などによって、最終製品であるボンディングワイヤーの材質がロット毎に、または同一ロット内で部分的に異なるために、ボンディングしてできたループの高さがばらつくことがある。そのために微小電極基板の垂直方向に異なる高さを有するループを重ねて配置する新しいボンディング技術である多重ループを形成した場合、前述した材質のばらつきによりループ高さが設計通りにならず、高さ方向に重ねて形成した他のループと接触してショートする危険性が生じる。
【0010】
そこで同じ材質のボンディングワイヤーを使用し、かつ同じモーションパターンでボンディングした場合に、高さのバラツキが非常に少なく安定したループ形状が得られるようにすることは、これを用いる半導体装置の歩留まりを向上させるために非常に重要である。
本発明の目的とするところは、結線されたワイヤーループの高さのバラツキを極力低く抑えることができるボンディングワイヤーを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、2直線近似で表したボンディングワイヤーの材料定数であるヤング率、降伏応力、接線係数に着目して、ループ形状との関係について鋭意調査した結果、ボンディングワイヤーの材料定数の中でもループ高さへの影響が最も大きい降伏歪を所定の範囲内に収めることにより、ループ高さのバラツキを低減できることを見出し、本発明に至った。
すなわち本発明は、電子素子内の微小電極間の導通を確保するためのボンディングワイヤーであって、2直線近似で表したワイヤー材料特性の降伏歪が0.0009から0.0051であるボンディングワイヤーである。
【0012】
本発明のボンディングワイヤーは、2直線近似で表したワイヤー材料特性の接線係数とヤング率の比が0.0033から0.0067であることが好ましい。
また、ヤング率が3,900kgf/mmから8,670kgf/mmであり、接線係数が26から57であることが好ましい。
さらに、線径が0.012mmから0.020mmであり、破断強度が0.005kgf/mmから0.007kgf/mmであることが好ましい。
【0013】
本発明のボンディングワイヤーは、金を主成分とし、合金元素としてBe、Mg、Ca、Ge、Sn、Ga、In、Y及び希土類元素から選ばれた少なくとも1種の元素を0.001〜0.01質量%、またはそれに加えてCu、Ag、Ru、Rh、Pd、Os、Ir及びPtから選ばれた少なくとも1種の元素を0.0005〜2.0質量%含有する合金を使用することにより達成される。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、結線されたワイヤーループの高さHを178.9ミクロンから182.8ミクロン、つまり高さの分布幅を±2ミクロン以内に小さく抑えて形成することができる。
これによりボンドピッチのファインピッチ化とワイヤーループの長距離化への対応が可能となり、電子機器の小型化に大いに寄与することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明者は、2直線近似で表したボンディングワイヤーの材料定数であるヤング率、降伏応力、接線係数に着目してループ形状との関係について鋭意調査した結果、次のような性質を見出した。
物体に外力を加えると形状や体積に変化が生じ、これを歪みと呼ぶ。応力が弾性限界内であれば、弾性歪みが発生し、外力を除けば歪みは消滅する。応力が弾性限界を超えると塑性変形が起こって塑性歪みが残る。すなわち、1次元におけるボンディングワイヤーの全歪εは弾性歪εelと塑性歪εplからなり、全歪εを弾性歪εelと塑性歪εplに分解すると以下の式1から式4のようになる。これらの式から全歪εは、ヤング率Eと接線係数Dを用いてD/Eと降伏歪εで表現できる。

全体の歪ε: ε=弾性歪εel+塑性歪εpl=σ/E+εpl (式1)
そのときの応力(一次元)σ: σ=σ+D(ε−ε) (式2)
ここで、Eはヤング率、Dは接線係数である。
また、式1から
塑性歪εpl: εpl=ε−σ/E=ε−σ/E−D/E(ε−ε
=(ε−ε)(1−D/E) (式3)
弾性歪εel: εel=σ/E=σ/E+D/E(ε−ε
=ε+D/E(ε−ε) (式4)
ここで、上記の式で用いられるσは降伏応力である。
【0016】
図1に一般的なワイヤーボンディングにおけるワイヤーループの外観図を示し、ループ高さHを定義する。図1はファーストボンディング部分1にある半導体チップ3上の微小電極7の表面と、セカンドボンディング部分4にある微小電極8の表面とをボンディングワイヤー6により接続する場合を模式的に示したものである。図中5はキャピラリーである。
ループ高さHとは、図においてファーストボンディング部分1における微小電極7からボンディングワイヤー6のネック部分2の最高点までの距離で定義する。このループ高さHのバラツキを最小に抑えるのが本発明の目的である。
【0017】
図2に前述のワイヤーボンディングにおける歪みと応力との関係を概略図で示す。図に示すようにボンディングワイヤーには線分OA−ABに沿ってσの応力がかかり、εの全歪みが発生している。点A迄は弾性変形、AからB迄は塑性変形である。
降伏点Aにおける応力が降伏応力σ、歪みが降伏歪みεである。
全歪:εは弾性歪εelと塑性歪εplに分けられる(式1参照。)。図中降伏点Aまでは材料のヤング率Eに従って応力と歪みは比例関係にある。すなわち、σ=E・ε(ε=σ/E)の関係にある。
降伏点Aを過ぎると応力が増すと折線係数Dに従って歪みが増えていく。
また、図2において折線係数Dは線分A−Bの勾配であるから、D=(σ−σ)/(ε−ε)であり、(式2)が導かれる。
【0018】
上記の各式の意味するところは、D/Eと降伏歪εが同じであれば、ヤング率E、接線係数D、降伏応力σが異なる材料でも、全歪に占める弾性歪εelと塑性歪εplの割合は同一となり、形成するループ形状は同一になるということである。得られた知見に基づき、図3に示すような一般的なモーションパターンでループを形成した場合のループ高さHのD/Eおよびεへの依存性について調査した。その結果を図4に示す。
図3はモーションパターンを示す図で、キャピラリーを順次水平方向と垂直方向に移動させる軌跡を示している。スケールは任意単位である。図3に示すキャピラリーのモーションパターンで、図1に示すループを形成する。
図4は上述のようにして形成したワイヤーループの高さHを、各材料の降伏応力σ
ヤング率Eとの比σ/Eに対してプロットしたものである。
実際に使用されている一般的なボンディングワイヤーのD/EとεYは、各々(D/E)<0.01、ε<0.005の範囲である。図4を見て分かるようにε<0.0011になると形成されたループ高さHのε依存性は非常に大きくなる(曲線c、d参照。)。そのためεがこの領域にあるボンディングワイヤーは、材質εが多少変動しただけでループ高さが大きく変化することが容易に予想できる。
【0019】
以上の知見をもとにして考え出された本件発明は、電子素子内の微小電極間の導通を確保するために用いられるボンディングワイヤーであり、一般的なモーションパターンを利用した場合に、2直線近似で表したボンディングワイヤーの材料特性の比であるD/Eが0.0033から0.0067、かつ降伏歪εが0.0009から0.0051の範囲内で分布しているのであれば、結線されたワイヤーループの高さHを178.9ミクロンから182.8ミクロン、つまり高さの分布幅±2ミクロンで形成することができることが図4から理解できる。
【0020】
また、このような材料特性を有する本発明のボンディングワイヤーは、合金元素としてBe、Mg、Ca、Ge、Sn、Ga、In、Y及び希土類元素から選ばれた少なくとも1種の元素が0.001〜0.01質量%であることが好ましい。0.001質量%未満では、細線にした場合の強度が不足し、ヤング率も低くなり目標とする値が得られないため好ましくなくない。また、0.01質量%を超えると、材質がもろくなって細線加工が困難となる。
本発明のボンディングワイヤーでは、更に、上記合金元素に加えて、Cu、Ag、Ru、Rh、Pd、Os、Ir及びPtから選ばれた少なくとも1種の元素が0.0005〜2.0質量%含むものであることが好ましい。0.0005質量%未満では、破断強度向上の効果に乏しく、また、2.0質量%を超えると電気抵抗が増加するため好ましくないからである。
このような金合金を鍛造加工と焼鈍を組み合わせて所定の線径とした後最終焼鈍する工程を経て、溶解鋳造後に圧延加工を行うことなく直接伸線加工を行い、且つ最終焼鈍前の伸線加工の途中に少なくとも1回の中間焼鈍加工を施すことにより得られる。
この金合金極細線は、ヤング率が3,900kgf/mmから8,670kgf/mmで、折線係数は26〜57、線径0.012mmでの破断強度は0.005kgf/mm〜0.007kgf/mmの極細線が得られる。
【実施例1】
【0021】
以下に本発明の実施例として2直線近似で表したボンディングワイヤーの材料特性であるヤング率Eが4484kgf/mm、接線係数Dが26、降伏応力εが10kgf/mmであるような2直線近似で表現できる金線ボンディングワイヤーを用意してボンディングした場合について説明する。
尚、当該金線ボンディングワイヤーは、合金元素としてBeを0.005重量%含有する金合金からなっている。
上記材料のD/Eは0.0058、εの中心値は0.0022,εの変動幅は±0.01ミクロンであった。
このような金線ボンディングワイヤーを用いて図3に示す一般的なモーションパターンにてボンディングを実施して同一ループを約500個形成した。それらのループ高さHL のばらつきを評価した結果、180.8ミクロンから182.3ミクロンであり、その高さの分布幅は±0.08ミクロンと非常に高さ安定性に優れたループ群が得られた。
【産業上の利用可能性】
【0022】
高さ方向のボンディング密度が高く、かつ薄型電子素子に採用するにより、信頼性が高く、薄型素子を提供することができるために他の製品との差別化を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】一般的なワイヤーボンディングにおけるワイヤーループの外観図である。
【図2】ワイヤーボンディングにおける歪みと応力との関係を示す図である。
【図3】一般的なモーションパターンを示す図である。
【図4】ループ高さHのD/Eおよびεへの依存性を説明する図である。
【符号の説明】
【0024】
1 ファーストボンディング部分
2 ネック部分
3 半導体チップ
4 セカンドボンディング部分
5 キャピラリー
6 ボンディングワイヤー
7,8 微小電極
ループ高さ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電子素子内の微小電極間の導通を確保するためのボンディングワイヤーであって、2直線近似で表したワイヤー材料特性の降伏歪が0.0009から0.0051であることを特徴とするボンディングワイヤー。
【請求項2】
2直線近似で表したワイヤー材料特性の接線係数とヤング率の比が0.0033から0.0067であることを特徴とする請求項1に記載のボンディングワイヤー。
【請求項3】
ヤング率が3,900kgf/mmから8,670kgf/mmであり、接線係数が26から57であることを特徴とする請求項1または2に記載のボンディングワイヤー。
【請求項4】
線径が0.012mmから0.020mmであり、破断強度が0.005kgf/mmから0.007kgf/mmであることを特徴とする請求項1から請求項3のいずれか1項に記載のボンディングワイヤー。
【請求項5】
金を主成分とし、合金元素としてBe、Mg、Ca、Ge、Sn、Ga、In、Y及び希土類元素から選ばれた少なくとも1種の元素を0.001〜0.01質量%、またはそれに加えてCu、Ag、Ru、Rh、Pd、Os、Ir及びPtから選ばれた少なくとも1種の元素を0.0005〜2.0質量%含有することを特徴とする請求項1から請求項4のいずれか1項に記載のボンディングワイヤー。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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