ボールねじ機構
【課題】
製造コストを低減できると共に、摩耗を抑えることができるボールねじ機構を提供する。
【解決手段】
雌ねじ溝2a、2aが、互いに非接続状態で設けられているので、ナット2の内周面全体に雌ねじ溝を形成する必要がなく、工具摩耗などを回避することができる。又、雌ねじ溝2a、2aが形成されていないナット2の内周面にはボール3が入り込む余地はなく、誤挿入の恐れも回避できる。更に、雌ねじ溝2a、2aが形成されていないナット2の内周面にトラニオン穴2cなどを設ければ、それに係合するピン5やトラニオン穴2cの摩耗を回避することができる。
製造コストを低減できると共に、摩耗を抑えることができるボールねじ機構を提供する。
【解決手段】
雌ねじ溝2a、2aが、互いに非接続状態で設けられているので、ナット2の内周面全体に雌ねじ溝を形成する必要がなく、工具摩耗などを回避することができる。又、雌ねじ溝2a、2aが形成されていないナット2の内周面にはボール3が入り込む余地はなく、誤挿入の恐れも回避できる。更に、雌ねじ溝2a、2aが形成されていないナット2の内周面にトラニオン穴2cなどを設ければ、それに係合するピン5やトラニオン穴2cの摩耗を回避することができる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば電動アクチュエータなど種々の用途に用いることができるボールねじ機構に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、車両等の省力化が進み、例えば自動車のトランスミッションやパーキングブレーキなどを手動でなく、電動モータの力により動作させるシステムが開発されている。そのような用途に用いる電動アクチュエータには、電動モータから伝達される回転運動を高効率で軸線方向運動に変換するために、ボールねじ機構が用いられる場合がある。
【0003】
ここで、通常ボールねじ機構は、ねじ軸と、ナットと、ボールとからなり、ねじ軸に対してナットが相対回転する際に、ナット内の転走路に沿ってボールが転動し、それにより円滑な動作が行われるが、転走路の一端に到達したボールをその他端へと循環させる循環部材が必要となる。このような循環部材としては、チューブやコマなどが知られている。
【0004】
ボールねじ機構の循環方式として一般的なコマ式(デフレクター式)を例にとって、その循環作用を説明すると、ねじ軸とナットの間に形成された転走路をボールは1巻き弱転動し、循環コマに導かれることによって、ねじ軸の山部を乗り越え再び元の通路に戻される。このようなボール循環を司る循環コマは、ナットにおいて半径方向に貫通した穴にはめ込むように装着される。また、循環コマには、ねじ軸の約1リード分に相当する軸線方向のボール溝食い違い部を連結し、ねじ軸の山部を乗り越えて1つの閉回路を形成するS字状の溝が成形されている。
【0005】
ところで、軽負荷の場合には、ボールねじ機構の循環は1回路で足りるが、ある程度ボールねじ機構に加わる負荷が大きい場合には、このような循環回路を2回路以上設けて、ボールねじの定格荷重を大きくすることが通常行われている。しかるに、ボールねじ機構において、循環回路を複数設ける場合には、ナットに複数の回路が配置できる分だけの、軸線方向に相当長さを持った雌ねじ溝を連続的に成形することが一般的である。特許文献1には、複数の循環回路を設けることができるナットの製造方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平8−39309号公報
【特許文献2】特開2002−235829号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところが、ナットに複数の回路が配置できる分だけの、軸線方向に相当長さを持った雌ねじ溝を連続的に成形することには、以下のような問題がある。
(1)特許文献1に開示された技術を用いて複数の循環回路を形成しようとすると、ナット内周に連続的に形成した螺旋溝のある部分と、それと異なる別な部分をそれぞれ循環回路として利用することになるが、これを言い換えると、循環回路以外の部位には実際にボールが転動することのない不使用溝が同時に形成されてしまうということである。しかるに、このような不使用溝まで切削することにより刃物工具の損耗が激しくなり、工具寿命が短くなるという問題がある。
(2)実際にボールが転動することのない不使用溝は、複数の循環部材に挟まれた閉空間となる。一方、ボールねじ組立ではこの閉空間に何らかの理由でボールが誤って挿入されることがあり、この誤って挿入されたボールは、ねじ軸とナットとの間で噛み込まれてボールねじ作動をロックさせる恐れがあるので、完成後の検査によって排除しなければならず、歩留まりが悪くなる。
(3)ボールねじの使用形態の一つとして、ナットにトラニオン穴を設け、かかるトラニオン穴にピンを係合させた揺動可能なリンク部材を組み付けることで、ナットの軸線運動を伝達する構成が知られている。ここで、トラニオン穴はナットへの貫通穴として加工されることが一般的であり、又トラニオン穴はボールねじ対する作用荷重を考慮し有利となるように複数の循環路の中央に配置されることが多い。この場合、ナット内径側に連続したボールねじ溝が加工されていると、トラニオン穴に挿入されたピンと穴の有効接触面が減少し、ピン及びトラニオン穴の損耗を早めることがある。
【0008】
一方、特許文献2には、使用時にボールが循環しないナットの非循環部に、樹脂などの詰め物を配置することにより、組み付け時等において、非循環部にボールが誤って混入されてしまうことを回避して作動不良を防止する技術が開示されている。しかしながら、非循環部に詰め物を詰めた場合、振動などにより脱落する恐れがある。又、脱落防止のためコマと詰め物とを一体化した場合も、作動中に詰め物が脱落する恐れはないが、コスト高を招く恐れがある。
【0009】
本発明は、かかる従来技術の問題に鑑みてなされたものであり、製造コストを低減できると共に、摩耗や作動不良を抑えることができるボールねじ機構を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
第1の本発明のボールねじ機構は、
外周面に雄ねじ溝を形成したねじ軸と、
前記ねじ軸を包囲するように配置され且つ内周面に雌ねじ溝を形成したナットと、
対向する両ねじ溝間に形成された転走路に沿って転動自在に配置された複数のボールと、
前記転走路の一端から他端へとボールを戻すための循環溝を備えた循環部材とを有し、
前記雌ねじ溝は、互いに非接続状態で複数条、軸線方向に隔てられて設けられていることを特徴とする。
【0011】
第2の本発明のボールねじ機構は、
外周面に雄ねじ溝を形成したねじ軸と、
前記ねじ軸を包囲するように配置され且つ内周面に雌ねじ溝を形成したナットと、
対向する両ねじ溝間に形成された転走路に沿って転動自在に配置された複数のボールと、
前記転走路の一端から他端へとボールを戻すための循環部材とを有し、
前記ナットは、内外周を連通してなり前記循環部材へ前記ボールを排出するための排出部と、前記循環部から前記ボールを供給されるための供給部とを有し、前記雌ねじ溝は、前記排出部と前記供給部の間よりも軸線方向外側の方が狭くなっていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
第1の本発明のボールねじ機構によれば、前記雌ねじ溝が、互いに非接続状態で複数条、軸線方向に隔てられて設けられているので、前記ナットの内周面全体に雌ねじ溝を形成する必要がなく、工具摩耗などを回避することができる。又、前記雌ねじ溝が形成されていない前記ナットの内周面には前記ボールが入り込む余地はなく、誤挿入の恐れも回避できる。更に、前記雌ねじ溝が形成されていない前記ナットの内周面にトラニオン穴などを設ければ、それに係合するピンやトラニオン穴の摩耗を回避することができる。このような雌ねじ溝は、循環部材取り付けのためにナットに形成された孔から切削を開始し、その孔で切削が終了する加工方法により形成することができる。かかる加工方法によれば、ナット全体に雌ねじ溝を形成する必要がないので、工具の回転速度を低くしても加工時間を抑えることができ、また工具の回転速度が遅くできるので、工具の位置制御も高精度に且つ容易に行える。
【0013】
前記循環部材は、前記雌ねじ溝の条数と同じ数だけ設けられていると好ましいが、単一の循環部材に複数の循環路を設けても良い。
【0014】
前記雌ねじ溝は、前記ナットに、複数条同時に切削加工されてなると、加工効率が向上するので好ましい。
【0015】
前記雌ねじ溝は、前記ナットに、複数条同時に研削加工されてなると、加工効率が向上するので好ましい。
【0016】
第2の本発明のボールねじ機構によれば、前記ナットは、内外周を連通してなり前記循環部材へ前記ボールを排出するための排出部と、前記循環部から前記ボールを供給されるための供給部とを有し、前記雌ねじ溝は、前記排出部と前記供給部の間よりも軸線方向外側の方が狭くなっているので、前記ボールが転動しない非循環領域である前記排出部と前記供給部より軸線方向外側において、前記雄ねじ溝とで囲う空間に前記ボールが侵入できなくなるため、前記ボールが誤って混入された状態で組み付けられることがない。ここで、「狭くなっている」とは、前記排出部と前記供給部より軸線方向外側において、前記雄ねじ溝と前記雌ねじ溝との軸線方向断面積が狭くなっていることをいい、前記雌ねじ溝が浅くなる又は形成されない状態を含むものである。又、「軸線方向外側」とは、両側でなく片側であっても良い。
【0017】
前記循環部材はチューブであり、前記ナットは、前記チューブを固定する固定具を取り付けるためのねじ孔を有し、前記雌ねじ溝は、前記ねじ孔以外の場所に形成されていると、前記雌ねじ溝をタップで加工形成する際に、前記雌ねじ溝にバリ等が残存することが抑制される。
【0018】
前記雌ねじ溝において、前記排出部と前記供給部の間のみに表面処理が施されていると、前記ボールが転動する際の摩耗を抑制できる。表面処理としては、研削処理などがあるが、それに限られない。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本実施の形態であるボールねじ機構の側面図である。
【図2】図1のボールねじ機構をII-II線で切断して矢印方向に見た断面図である。
【図3】図1のボールねじ機構をIII-III線で切断して矢印方向に見た断面図である。
【図4】図3に示すボールねじ機構において、ねじ軸、コマ、ボールを取り外した状態で示すナットの断面図である。
【図5】ナット2の内周面加工の状態を示す図である。
【図6】変形例にかかるナット2の内周面加工の状態を示す図である。
【図7】トラニオンを適用した本実施の形態にかかるボールねじ機構の断面図である。
【図8】トラニオンを適用した比較例にかかるボールねじ機構の断面図である。
【図9】別な実施の形態にかかるナット2の内周面加工の状態を示す図である。
【図10】別な実施の形態にかかるボールねじ機構の軸線方向断面図である。
【図11】本実施の形態にかかるナットの上面図である。
【図12】図10にXII-XII線で示す位置でナットを切断して矢印方向に見た図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
次に、本発明の実施の形態を図面を参照して説明する。図1は、本実施の形態であるボールねじ機構の側面図であり、図2は、図1のボールねじ機構をII-II線で切断して矢印方向に見た断面図であり、図3は、図1のボールねじ機構をIII-III線で切断して矢印方向に見た断面図である。図4は、図3に示すボールねじ機構において、ねじ軸、コマ、ボールを取り外した状態で示すナットの断面図である。
【0021】
図1において、不図示のモータに連結されるねじ軸1は、回転のみ可能に支持されている。ねじ軸1の外周面には、雄ねじ溝1aが形成されている。不図示の被駆動部材に連結され、軸線方向にのみ移動可能となるように支持された略円筒状のナット2は、ねじ軸1を包囲するように配置され且つ内周面に2本の雌ねじ溝2a、2aを形成している。複数のボール3が、対向する両ねじ溝間に形成された螺旋状の2本の転走路内を転動自在となるように配置されている。
【0022】
図4に示すように、ナット2の内周面に形成された2条の雌ねじ溝2a、2aは、それぞれ360度近く巻き回しており、互いにナット2の軸線方向に非接続状態にあるが、ねじ軸1の雄ねじ溝1aのリード角と等しいリード角を有すると共に、そのリード角で延長したときに、一本の雌ねじ溝としてつながる関係にある。
【0023】
図3に示すように、ナット2には、コマ用の孔2bが半径方向に貫通するようにして2つ軸線方向に並んで設けられている。各孔2b内には、円筒状のコマ4が配置されている。循環部材であるコマ4は、ナット2に組み付けられたときに内側となる面に、S字状の循環溝4aを形成している。この循環溝4aは、雌ねじ溝2aの両端につながる形状を有している。即ち、雌ねじ溝2aは、孔2bを介して両端がつながっている。
【0024】
本実施の形態の動作を説明すると、不図示の電動モータからの動力がねじ軸1に伝達されると、転走路を転動し且つコマ4の循環路4aを介して循環するボール3により、回転運動がナット2の軸線方向運動に効率よく変換され、不図示の被駆動部材を軸線方向に移動させることができる。
【0025】
ここで、ナット2の製造方法について説明する。図5は、ナット2の内周面加工の状態を示す図である。図5において、コマ用の孔2b、2bが形成されたナット2の内部に、先端外周に刃先チップTpを取り付けた工具Tを挿入する。工具Tは、X軸回りに回転すると共に、回転に応じて軸線方向に移動するように駆動される。工具Tが回転すると刃先チップTpは、X軸回りに公転することとなる。
【0026】
まず、刃先チップTpを孔2b(図で右側)内におくように工具Tを位置決めし、そこから、X軸回りに工具Tを回転させると、刃先チップTpは、孔2bの壁面から切削を開始し、工具Tが1回転するまでナット2の内周面を公転軌道に沿って切削する。このとき、工具Tは、回転に応じて軸線方向に移動するため、所定のリード角を有する雌ねじ溝2aが形成されることとなる。工具Tが360度近く回転したときに、刃先チップTpは孔2b内に侵入するので、工具Tを静止させる。一度で切削できない場合は、工具Tを出発点まで戻して、切り込み量を増大させながら再度回転させる。
【0027】
1つの雌ねじ溝2aの加工が終了したら、工具Tをナット2の軸線側に寄せ、工具Tを更に送り出して再度ナット2の半径方向外方に移動させ、図で左側の孔2b内におくように工具Tを位置決めする。その後、同様な手法で雌ねじ溝2aを旋削する。
【0028】
本実施の加工法によれば、工具Tの回転速度は比較的低くて足りるので、ナット2に形成される雌ねじ溝2aは、必要最小限にコントロールすることが容易である。また、刃先チップTpへの負荷は、雌ねじ溝2a加工の時のみに加えられ、且つボール3の転動に用いない不要な雌ねじ溝を切削しないため、工具Tの寿命をのばす効果がある。
【0029】
図6は、変形例にかかるナット2の内周面加工の状態を示す図である。図6において、コマ用の孔2b、2bが形成されたナット2の内部に、先端外周と、そこから孔2b、2b間距離と等しい距離だけ軸線方向に離れた位置とに(即ち工具T’の回転軸線回りに同位相となるようにして)、それぞれ刃先チップTp’、Tp’を取り付けた工具T’を挿入する。工具T’は、X軸回りに回転すると共に、回転に応じて軸線方向に移動するように駆動される。工具T’が回転すると刃先チップTp’、TP’は、X軸回りに公転することとなる。
【0030】
まず、各刃先チップTp’、Tp’を、それぞれの孔2b、2b内におくように工具T’を位置決めし、そこから、X軸回りに工具T’を回転させると、各刃先チップTp’、Tp’は、孔2b、2bの壁面から同時に切削を開始し、工具T’が1回転するまでナット2の内周面を公転軌道に沿って切削する。このとき、工具T’は、回転に応じて軸線方向に移動するため、所定のリード角を有する雌ねじ溝2a、2aが同時に形成されることとなる。工具T’が360度近く回転したときに、刃先チップTp’、Tp’は孔2b、2b内に侵入するので、工具T’を静止させる。このように、2つの刃先チップTp’、Tp’を設けることで、1度の旋削で2つの雌ねじ溝2a、2aを形成できるため、加工効率が高まる。尚、3つ以上の雌ねじ溝を有するナットの場合には、3つ以上の刃先チップを設けて良いことはいうまでもない。
【0031】
又、雌ねじ溝2aが形成されていないナット2の内周面には、ボール3が入り込む余地はなく、ボール誤挿入の恐れも回避できる。
【0032】
更に、トラニオンを設けたボール機構について説明する。図7は、トラニオンを適用した本実施の形態にかかるボールねじ機構の断面図であり、図8は、トラニオンを適用した比較例にかかるボールねじ機構の断面図である。図7において、ナット2には、その中央に対向して貫通するトラニオン穴2c、2cが形成されている。かかるトラニオン穴2c、2cには、ピン5,5が挿通されている。ピン5,5の周囲には、リンク部材6,6が揺動自在に配置されている。ナット2が軸線方向に移動すると、それに応じてピン5,5が軸線方向に引っ張られ或いは押されて、不図示の被駆動部材を駆動するようになっている。
【0033】
図8に示す比較例のボールねじ機構において、内周全体にわたって雌ねじ溝12aが形成されたナット12”には、その中央に対向して貫通するトラニオン穴12c”、12c”が形成されており、かかるトラニオン穴12c”、12c”には、ピン5,5が挿通されている。ピン5,5の周囲には、リンク部材6,6が揺動自在に配置されている。ナット12”が軸線方向に移動すると、それに応じてピン5,5が軸線方向に引っ張られ或いは押されて被駆動部材を駆動するようになっている。
【0034】
ここで、比較例のボールねじ機構においては、ナット12”の内周面全体に雌ねじ溝12a”が形成されているので、トラニオン穴12c”は必ず雌ねじ溝12a”のある位置に形成されることとなる。即ち、雌ねじ溝12a”の底を貫通したトラニオン穴12c”の場合、トラニオン穴12c”の壁面における有効接触面積が減少するので、ピン5を挿通したときに、トラニオン穴12c”とピン5との面圧が高くなり、大きな摩耗が発生する恐れがある。これに対し、本実施の形態によれば、一対の雌ねじ溝2a、2aの間にトラニオン穴2cを設ければ、雌ねじ溝のない内周面に貫通することになるため、トラニオン穴2cの壁面における有効接触面積が増大するので、ピン5を挿通したときに、トラニオン穴2cとピン5との面圧を低く抑えることができ、それにより摩耗の発生を抑制することができる。
【0035】
図9は、別な実施の形態にかかるナット2の内周面加工の状態を示す図である。図9において、コマ用の孔2b、2bが形成されたナット2の内部に、先端外周と、そこから孔2b、2b間距離と等しい距離だけ軸線方向に離れた位置とに(即ち研削砥石Gの回転軸線回りに同位相となるようにして)、それぞれ研削部Gp、Gpを設けた研削砥石Gを挿入する。研削砥石Gは、X軸回りに回転すると共に、回転に応じて軸線方向に移動するように駆動される。研削砥石Gが回転すると研削部Gp、Gpは、X軸回りに公転することとなる。
【0036】
まず、各研削部Gp、Gpを、それぞれの孔2b、2b内におくように研削砥石Gを位置決めし、そこから、X軸回りに研削砥石Gを回転させると、各研削部Gp、Gpは、孔2b、2bの壁面から同時に研削を開始し、研削砥石Gが1回転するまでナット2の内周面を公転軌道に沿って研削する。このとき、研削砥石Gは、回転に応じて軸線方向に移動するため、所定のリード角を有する雌ねじ溝2a、2aが同時に形成されることとなる。研削砥石Gが360度近く回転したときに、研削部Gp、Gpは孔2b、2b内に侵入するので、研削砥石Gを静止させる。これを繰り返すことで、より深いねじ溝2a、2aを形成できる。尚、図6に示す切削加工と組み合わせても良い。このように、2つの研削部Gp、Gpを設けることで、1回転の研削で2つの雌ねじ溝2a、2aを形成できるため、加工効率が高まる。尚、3つ以上の雌ねじ溝を有するナットの場合には、3つ以上の研削部を設けて良いことはいうまでもない。
【0037】
図10は、別な実施の形態にかかるボールねじ機構の軸線方向断面図である。図11は、本実施の形態にかかるナットの上面図であり、図12は、図10にXII-XII線で示す位置でナットを切断して矢印方向に見た図である。
【0038】
図10において、ボールねじ機構は、外周面に雄ねじ溝11aを形成したねじ軸11と、ねじ軸11を包囲するように配置され且つ内周面に雌ねじ溝12aを形成したナット12と、対向する両ねじ溝11a、12a間に形成された転走路に沿って転動自在に配置された複数のボール13と、転走路の一端から他端へとボール13を戻すための循環部材であるチューブ14とを有している。
【0039】
チューブ14をナット12に固定する固定具である取付板15は、ボルト16によりナット12に取り付けられる。即ち、ナット12には、チューブ14の両端を挿入できるようにナット12の内外周を連通するように形成した一対の挿入孔(その一方が転走路の一端に設けられた排出部、他方が転走路の他端に設けられた供給部)12bと、ボルト16を螺合させるための一対のねじ孔12cとが形成されている。雌ねじ溝12aは、一対の挿入孔12bの間において形成されており、挿入孔12bの軸線方向外方は、徐々に切り上げられて浅くなっており、即ち内周面に向かって傾斜している。
【0040】
雌ねじ溝12aを、このように加工するためには、例えば図5に示す工具を螺旋状に移動させながら、一方の挿入孔12bの軸線方向外方から、その回転軸線Xを徐々に半径方向外方に移動させ、一方の挿入孔12bに到達した時点で回転軸線Xを固定し、その状態で螺旋状に移動させ、他方の挿入孔12bに到達した時点から、その回転軸線Xを徐々に半径方向内方に移動させることで形成できる。その後、挿入孔12bのドリル加工、ねじ孔12cのドリル加工及びタップ加工、雌ねじ溝12aの研削加工が行われる。
【0041】
本実施の形態においては、不図示の電動モータからの動力がねじ軸11に伝達されると、一対の挿入孔12bの間における雄ねじ溝11aと雌ねじ溝12aとの間に画成される転走路を転動し且つチューブ14を介して循環するボール13により、回転運動がナット12の軸線方向運動に効率よく変換され、不図示の被駆動部材を軸線方向に移動させることができる。
【0042】
本実施の形態によれば、ナット12の雌ねじ溝12aは、一対の挿入孔12bの間よりも軸線方向外側の方が浅くなっているので、ボール13が転動しない非循環領域である一対の挿入孔12bより軸線方向外側において、雄ねじ溝11aとで囲う空間にボール13が侵入できなくなるため、ボール13が誤って混入された状態で組み付けられることがない。なお、雌ねじ溝12aの研削加工は、ボール13が転動する領域である一対の挿入孔12bの間のみ行えばよい。
【0043】
更に、従来のナットにおいては、図12で点線で示すように、同じ深さの雌ねじ溝(12a’とする)がナットの両端間にわたって形成されていたが、かかる場合、雌ねじ溝12a’とねじ孔12cとが干渉する恐れがあり、それによりねじ孔12cをタップ加工する際にバリ等が生じやすく、これが転動面に落下して摩耗を生じやすいという問題があった。これに対し本実施の形態によれば、雌ねじ溝12aがナット12の端部まで形成されておらず、従ってねじ孔12cとの干渉が回避されるので、バリなどの発生を抑制できる。更に、雌ねじ溝12aの研削加工時に、研削工具がねじ孔12cと干渉しないため、工具の摩耗や欠けを抑制できる。
【0044】
なお、チューブ14は2本以上設けられていても良いが、その場合には個々のチューブ14の両端が挿通される一対の挿入孔12bを基準として、その間と、その軸線方向外側とで雌ねじ溝12aの形状を変えればよい。チューブ14の代わりにコマを用いても良い。かかる場合、排出部と供給部とはつながった空間となっていてよい。
【0045】
以上、本発明を実施の形態を参照して説明してきたが、本発明は上記実施の形態に限定して解釈されるべきではなく、適宜変更・改良が可能であることはもちろんである。
【符号の説明】
【0046】
1、11 ねじ軸
2、12 ナット
3、13 ボール
4 コマ
5 ピン
6 リンク
14 チューブ
T 切削工具
G 研削砥石
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば電動アクチュエータなど種々の用途に用いることができるボールねじ機構に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、車両等の省力化が進み、例えば自動車のトランスミッションやパーキングブレーキなどを手動でなく、電動モータの力により動作させるシステムが開発されている。そのような用途に用いる電動アクチュエータには、電動モータから伝達される回転運動を高効率で軸線方向運動に変換するために、ボールねじ機構が用いられる場合がある。
【0003】
ここで、通常ボールねじ機構は、ねじ軸と、ナットと、ボールとからなり、ねじ軸に対してナットが相対回転する際に、ナット内の転走路に沿ってボールが転動し、それにより円滑な動作が行われるが、転走路の一端に到達したボールをその他端へと循環させる循環部材が必要となる。このような循環部材としては、チューブやコマなどが知られている。
【0004】
ボールねじ機構の循環方式として一般的なコマ式(デフレクター式)を例にとって、その循環作用を説明すると、ねじ軸とナットの間に形成された転走路をボールは1巻き弱転動し、循環コマに導かれることによって、ねじ軸の山部を乗り越え再び元の通路に戻される。このようなボール循環を司る循環コマは、ナットにおいて半径方向に貫通した穴にはめ込むように装着される。また、循環コマには、ねじ軸の約1リード分に相当する軸線方向のボール溝食い違い部を連結し、ねじ軸の山部を乗り越えて1つの閉回路を形成するS字状の溝が成形されている。
【0005】
ところで、軽負荷の場合には、ボールねじ機構の循環は1回路で足りるが、ある程度ボールねじ機構に加わる負荷が大きい場合には、このような循環回路を2回路以上設けて、ボールねじの定格荷重を大きくすることが通常行われている。しかるに、ボールねじ機構において、循環回路を複数設ける場合には、ナットに複数の回路が配置できる分だけの、軸線方向に相当長さを持った雌ねじ溝を連続的に成形することが一般的である。特許文献1には、複数の循環回路を設けることができるナットの製造方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平8−39309号公報
【特許文献2】特開2002−235829号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところが、ナットに複数の回路が配置できる分だけの、軸線方向に相当長さを持った雌ねじ溝を連続的に成形することには、以下のような問題がある。
(1)特許文献1に開示された技術を用いて複数の循環回路を形成しようとすると、ナット内周に連続的に形成した螺旋溝のある部分と、それと異なる別な部分をそれぞれ循環回路として利用することになるが、これを言い換えると、循環回路以外の部位には実際にボールが転動することのない不使用溝が同時に形成されてしまうということである。しかるに、このような不使用溝まで切削することにより刃物工具の損耗が激しくなり、工具寿命が短くなるという問題がある。
(2)実際にボールが転動することのない不使用溝は、複数の循環部材に挟まれた閉空間となる。一方、ボールねじ組立ではこの閉空間に何らかの理由でボールが誤って挿入されることがあり、この誤って挿入されたボールは、ねじ軸とナットとの間で噛み込まれてボールねじ作動をロックさせる恐れがあるので、完成後の検査によって排除しなければならず、歩留まりが悪くなる。
(3)ボールねじの使用形態の一つとして、ナットにトラニオン穴を設け、かかるトラニオン穴にピンを係合させた揺動可能なリンク部材を組み付けることで、ナットの軸線運動を伝達する構成が知られている。ここで、トラニオン穴はナットへの貫通穴として加工されることが一般的であり、又トラニオン穴はボールねじ対する作用荷重を考慮し有利となるように複数の循環路の中央に配置されることが多い。この場合、ナット内径側に連続したボールねじ溝が加工されていると、トラニオン穴に挿入されたピンと穴の有効接触面が減少し、ピン及びトラニオン穴の損耗を早めることがある。
【0008】
一方、特許文献2には、使用時にボールが循環しないナットの非循環部に、樹脂などの詰め物を配置することにより、組み付け時等において、非循環部にボールが誤って混入されてしまうことを回避して作動不良を防止する技術が開示されている。しかしながら、非循環部に詰め物を詰めた場合、振動などにより脱落する恐れがある。又、脱落防止のためコマと詰め物とを一体化した場合も、作動中に詰め物が脱落する恐れはないが、コスト高を招く恐れがある。
【0009】
本発明は、かかる従来技術の問題に鑑みてなされたものであり、製造コストを低減できると共に、摩耗や作動不良を抑えることができるボールねじ機構を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
第1の本発明のボールねじ機構は、
外周面に雄ねじ溝を形成したねじ軸と、
前記ねじ軸を包囲するように配置され且つ内周面に雌ねじ溝を形成したナットと、
対向する両ねじ溝間に形成された転走路に沿って転動自在に配置された複数のボールと、
前記転走路の一端から他端へとボールを戻すための循環溝を備えた循環部材とを有し、
前記雌ねじ溝は、互いに非接続状態で複数条、軸線方向に隔てられて設けられていることを特徴とする。
【0011】
第2の本発明のボールねじ機構は、
外周面に雄ねじ溝を形成したねじ軸と、
前記ねじ軸を包囲するように配置され且つ内周面に雌ねじ溝を形成したナットと、
対向する両ねじ溝間に形成された転走路に沿って転動自在に配置された複数のボールと、
前記転走路の一端から他端へとボールを戻すための循環部材とを有し、
前記ナットは、内外周を連通してなり前記循環部材へ前記ボールを排出するための排出部と、前記循環部から前記ボールを供給されるための供給部とを有し、前記雌ねじ溝は、前記排出部と前記供給部の間よりも軸線方向外側の方が狭くなっていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
第1の本発明のボールねじ機構によれば、前記雌ねじ溝が、互いに非接続状態で複数条、軸線方向に隔てられて設けられているので、前記ナットの内周面全体に雌ねじ溝を形成する必要がなく、工具摩耗などを回避することができる。又、前記雌ねじ溝が形成されていない前記ナットの内周面には前記ボールが入り込む余地はなく、誤挿入の恐れも回避できる。更に、前記雌ねじ溝が形成されていない前記ナットの内周面にトラニオン穴などを設ければ、それに係合するピンやトラニオン穴の摩耗を回避することができる。このような雌ねじ溝は、循環部材取り付けのためにナットに形成された孔から切削を開始し、その孔で切削が終了する加工方法により形成することができる。かかる加工方法によれば、ナット全体に雌ねじ溝を形成する必要がないので、工具の回転速度を低くしても加工時間を抑えることができ、また工具の回転速度が遅くできるので、工具の位置制御も高精度に且つ容易に行える。
【0013】
前記循環部材は、前記雌ねじ溝の条数と同じ数だけ設けられていると好ましいが、単一の循環部材に複数の循環路を設けても良い。
【0014】
前記雌ねじ溝は、前記ナットに、複数条同時に切削加工されてなると、加工効率が向上するので好ましい。
【0015】
前記雌ねじ溝は、前記ナットに、複数条同時に研削加工されてなると、加工効率が向上するので好ましい。
【0016】
第2の本発明のボールねじ機構によれば、前記ナットは、内外周を連通してなり前記循環部材へ前記ボールを排出するための排出部と、前記循環部から前記ボールを供給されるための供給部とを有し、前記雌ねじ溝は、前記排出部と前記供給部の間よりも軸線方向外側の方が狭くなっているので、前記ボールが転動しない非循環領域である前記排出部と前記供給部より軸線方向外側において、前記雄ねじ溝とで囲う空間に前記ボールが侵入できなくなるため、前記ボールが誤って混入された状態で組み付けられることがない。ここで、「狭くなっている」とは、前記排出部と前記供給部より軸線方向外側において、前記雄ねじ溝と前記雌ねじ溝との軸線方向断面積が狭くなっていることをいい、前記雌ねじ溝が浅くなる又は形成されない状態を含むものである。又、「軸線方向外側」とは、両側でなく片側であっても良い。
【0017】
前記循環部材はチューブであり、前記ナットは、前記チューブを固定する固定具を取り付けるためのねじ孔を有し、前記雌ねじ溝は、前記ねじ孔以外の場所に形成されていると、前記雌ねじ溝をタップで加工形成する際に、前記雌ねじ溝にバリ等が残存することが抑制される。
【0018】
前記雌ねじ溝において、前記排出部と前記供給部の間のみに表面処理が施されていると、前記ボールが転動する際の摩耗を抑制できる。表面処理としては、研削処理などがあるが、それに限られない。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本実施の形態であるボールねじ機構の側面図である。
【図2】図1のボールねじ機構をII-II線で切断して矢印方向に見た断面図である。
【図3】図1のボールねじ機構をIII-III線で切断して矢印方向に見た断面図である。
【図4】図3に示すボールねじ機構において、ねじ軸、コマ、ボールを取り外した状態で示すナットの断面図である。
【図5】ナット2の内周面加工の状態を示す図である。
【図6】変形例にかかるナット2の内周面加工の状態を示す図である。
【図7】トラニオンを適用した本実施の形態にかかるボールねじ機構の断面図である。
【図8】トラニオンを適用した比較例にかかるボールねじ機構の断面図である。
【図9】別な実施の形態にかかるナット2の内周面加工の状態を示す図である。
【図10】別な実施の形態にかかるボールねじ機構の軸線方向断面図である。
【図11】本実施の形態にかかるナットの上面図である。
【図12】図10にXII-XII線で示す位置でナットを切断して矢印方向に見た図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
次に、本発明の実施の形態を図面を参照して説明する。図1は、本実施の形態であるボールねじ機構の側面図であり、図2は、図1のボールねじ機構をII-II線で切断して矢印方向に見た断面図であり、図3は、図1のボールねじ機構をIII-III線で切断して矢印方向に見た断面図である。図4は、図3に示すボールねじ機構において、ねじ軸、コマ、ボールを取り外した状態で示すナットの断面図である。
【0021】
図1において、不図示のモータに連結されるねじ軸1は、回転のみ可能に支持されている。ねじ軸1の外周面には、雄ねじ溝1aが形成されている。不図示の被駆動部材に連結され、軸線方向にのみ移動可能となるように支持された略円筒状のナット2は、ねじ軸1を包囲するように配置され且つ内周面に2本の雌ねじ溝2a、2aを形成している。複数のボール3が、対向する両ねじ溝間に形成された螺旋状の2本の転走路内を転動自在となるように配置されている。
【0022】
図4に示すように、ナット2の内周面に形成された2条の雌ねじ溝2a、2aは、それぞれ360度近く巻き回しており、互いにナット2の軸線方向に非接続状態にあるが、ねじ軸1の雄ねじ溝1aのリード角と等しいリード角を有すると共に、そのリード角で延長したときに、一本の雌ねじ溝としてつながる関係にある。
【0023】
図3に示すように、ナット2には、コマ用の孔2bが半径方向に貫通するようにして2つ軸線方向に並んで設けられている。各孔2b内には、円筒状のコマ4が配置されている。循環部材であるコマ4は、ナット2に組み付けられたときに内側となる面に、S字状の循環溝4aを形成している。この循環溝4aは、雌ねじ溝2aの両端につながる形状を有している。即ち、雌ねじ溝2aは、孔2bを介して両端がつながっている。
【0024】
本実施の形態の動作を説明すると、不図示の電動モータからの動力がねじ軸1に伝達されると、転走路を転動し且つコマ4の循環路4aを介して循環するボール3により、回転運動がナット2の軸線方向運動に効率よく変換され、不図示の被駆動部材を軸線方向に移動させることができる。
【0025】
ここで、ナット2の製造方法について説明する。図5は、ナット2の内周面加工の状態を示す図である。図5において、コマ用の孔2b、2bが形成されたナット2の内部に、先端外周に刃先チップTpを取り付けた工具Tを挿入する。工具Tは、X軸回りに回転すると共に、回転に応じて軸線方向に移動するように駆動される。工具Tが回転すると刃先チップTpは、X軸回りに公転することとなる。
【0026】
まず、刃先チップTpを孔2b(図で右側)内におくように工具Tを位置決めし、そこから、X軸回りに工具Tを回転させると、刃先チップTpは、孔2bの壁面から切削を開始し、工具Tが1回転するまでナット2の内周面を公転軌道に沿って切削する。このとき、工具Tは、回転に応じて軸線方向に移動するため、所定のリード角を有する雌ねじ溝2aが形成されることとなる。工具Tが360度近く回転したときに、刃先チップTpは孔2b内に侵入するので、工具Tを静止させる。一度で切削できない場合は、工具Tを出発点まで戻して、切り込み量を増大させながら再度回転させる。
【0027】
1つの雌ねじ溝2aの加工が終了したら、工具Tをナット2の軸線側に寄せ、工具Tを更に送り出して再度ナット2の半径方向外方に移動させ、図で左側の孔2b内におくように工具Tを位置決めする。その後、同様な手法で雌ねじ溝2aを旋削する。
【0028】
本実施の加工法によれば、工具Tの回転速度は比較的低くて足りるので、ナット2に形成される雌ねじ溝2aは、必要最小限にコントロールすることが容易である。また、刃先チップTpへの負荷は、雌ねじ溝2a加工の時のみに加えられ、且つボール3の転動に用いない不要な雌ねじ溝を切削しないため、工具Tの寿命をのばす効果がある。
【0029】
図6は、変形例にかかるナット2の内周面加工の状態を示す図である。図6において、コマ用の孔2b、2bが形成されたナット2の内部に、先端外周と、そこから孔2b、2b間距離と等しい距離だけ軸線方向に離れた位置とに(即ち工具T’の回転軸線回りに同位相となるようにして)、それぞれ刃先チップTp’、Tp’を取り付けた工具T’を挿入する。工具T’は、X軸回りに回転すると共に、回転に応じて軸線方向に移動するように駆動される。工具T’が回転すると刃先チップTp’、TP’は、X軸回りに公転することとなる。
【0030】
まず、各刃先チップTp’、Tp’を、それぞれの孔2b、2b内におくように工具T’を位置決めし、そこから、X軸回りに工具T’を回転させると、各刃先チップTp’、Tp’は、孔2b、2bの壁面から同時に切削を開始し、工具T’が1回転するまでナット2の内周面を公転軌道に沿って切削する。このとき、工具T’は、回転に応じて軸線方向に移動するため、所定のリード角を有する雌ねじ溝2a、2aが同時に形成されることとなる。工具T’が360度近く回転したときに、刃先チップTp’、Tp’は孔2b、2b内に侵入するので、工具T’を静止させる。このように、2つの刃先チップTp’、Tp’を設けることで、1度の旋削で2つの雌ねじ溝2a、2aを形成できるため、加工効率が高まる。尚、3つ以上の雌ねじ溝を有するナットの場合には、3つ以上の刃先チップを設けて良いことはいうまでもない。
【0031】
又、雌ねじ溝2aが形成されていないナット2の内周面には、ボール3が入り込む余地はなく、ボール誤挿入の恐れも回避できる。
【0032】
更に、トラニオンを設けたボール機構について説明する。図7は、トラニオンを適用した本実施の形態にかかるボールねじ機構の断面図であり、図8は、トラニオンを適用した比較例にかかるボールねじ機構の断面図である。図7において、ナット2には、その中央に対向して貫通するトラニオン穴2c、2cが形成されている。かかるトラニオン穴2c、2cには、ピン5,5が挿通されている。ピン5,5の周囲には、リンク部材6,6が揺動自在に配置されている。ナット2が軸線方向に移動すると、それに応じてピン5,5が軸線方向に引っ張られ或いは押されて、不図示の被駆動部材を駆動するようになっている。
【0033】
図8に示す比較例のボールねじ機構において、内周全体にわたって雌ねじ溝12aが形成されたナット12”には、その中央に対向して貫通するトラニオン穴12c”、12c”が形成されており、かかるトラニオン穴12c”、12c”には、ピン5,5が挿通されている。ピン5,5の周囲には、リンク部材6,6が揺動自在に配置されている。ナット12”が軸線方向に移動すると、それに応じてピン5,5が軸線方向に引っ張られ或いは押されて被駆動部材を駆動するようになっている。
【0034】
ここで、比較例のボールねじ機構においては、ナット12”の内周面全体に雌ねじ溝12a”が形成されているので、トラニオン穴12c”は必ず雌ねじ溝12a”のある位置に形成されることとなる。即ち、雌ねじ溝12a”の底を貫通したトラニオン穴12c”の場合、トラニオン穴12c”の壁面における有効接触面積が減少するので、ピン5を挿通したときに、トラニオン穴12c”とピン5との面圧が高くなり、大きな摩耗が発生する恐れがある。これに対し、本実施の形態によれば、一対の雌ねじ溝2a、2aの間にトラニオン穴2cを設ければ、雌ねじ溝のない内周面に貫通することになるため、トラニオン穴2cの壁面における有効接触面積が増大するので、ピン5を挿通したときに、トラニオン穴2cとピン5との面圧を低く抑えることができ、それにより摩耗の発生を抑制することができる。
【0035】
図9は、別な実施の形態にかかるナット2の内周面加工の状態を示す図である。図9において、コマ用の孔2b、2bが形成されたナット2の内部に、先端外周と、そこから孔2b、2b間距離と等しい距離だけ軸線方向に離れた位置とに(即ち研削砥石Gの回転軸線回りに同位相となるようにして)、それぞれ研削部Gp、Gpを設けた研削砥石Gを挿入する。研削砥石Gは、X軸回りに回転すると共に、回転に応じて軸線方向に移動するように駆動される。研削砥石Gが回転すると研削部Gp、Gpは、X軸回りに公転することとなる。
【0036】
まず、各研削部Gp、Gpを、それぞれの孔2b、2b内におくように研削砥石Gを位置決めし、そこから、X軸回りに研削砥石Gを回転させると、各研削部Gp、Gpは、孔2b、2bの壁面から同時に研削を開始し、研削砥石Gが1回転するまでナット2の内周面を公転軌道に沿って研削する。このとき、研削砥石Gは、回転に応じて軸線方向に移動するため、所定のリード角を有する雌ねじ溝2a、2aが同時に形成されることとなる。研削砥石Gが360度近く回転したときに、研削部Gp、Gpは孔2b、2b内に侵入するので、研削砥石Gを静止させる。これを繰り返すことで、より深いねじ溝2a、2aを形成できる。尚、図6に示す切削加工と組み合わせても良い。このように、2つの研削部Gp、Gpを設けることで、1回転の研削で2つの雌ねじ溝2a、2aを形成できるため、加工効率が高まる。尚、3つ以上の雌ねじ溝を有するナットの場合には、3つ以上の研削部を設けて良いことはいうまでもない。
【0037】
図10は、別な実施の形態にかかるボールねじ機構の軸線方向断面図である。図11は、本実施の形態にかかるナットの上面図であり、図12は、図10にXII-XII線で示す位置でナットを切断して矢印方向に見た図である。
【0038】
図10において、ボールねじ機構は、外周面に雄ねじ溝11aを形成したねじ軸11と、ねじ軸11を包囲するように配置され且つ内周面に雌ねじ溝12aを形成したナット12と、対向する両ねじ溝11a、12a間に形成された転走路に沿って転動自在に配置された複数のボール13と、転走路の一端から他端へとボール13を戻すための循環部材であるチューブ14とを有している。
【0039】
チューブ14をナット12に固定する固定具である取付板15は、ボルト16によりナット12に取り付けられる。即ち、ナット12には、チューブ14の両端を挿入できるようにナット12の内外周を連通するように形成した一対の挿入孔(その一方が転走路の一端に設けられた排出部、他方が転走路の他端に設けられた供給部)12bと、ボルト16を螺合させるための一対のねじ孔12cとが形成されている。雌ねじ溝12aは、一対の挿入孔12bの間において形成されており、挿入孔12bの軸線方向外方は、徐々に切り上げられて浅くなっており、即ち内周面に向かって傾斜している。
【0040】
雌ねじ溝12aを、このように加工するためには、例えば図5に示す工具を螺旋状に移動させながら、一方の挿入孔12bの軸線方向外方から、その回転軸線Xを徐々に半径方向外方に移動させ、一方の挿入孔12bに到達した時点で回転軸線Xを固定し、その状態で螺旋状に移動させ、他方の挿入孔12bに到達した時点から、その回転軸線Xを徐々に半径方向内方に移動させることで形成できる。その後、挿入孔12bのドリル加工、ねじ孔12cのドリル加工及びタップ加工、雌ねじ溝12aの研削加工が行われる。
【0041】
本実施の形態においては、不図示の電動モータからの動力がねじ軸11に伝達されると、一対の挿入孔12bの間における雄ねじ溝11aと雌ねじ溝12aとの間に画成される転走路を転動し且つチューブ14を介して循環するボール13により、回転運動がナット12の軸線方向運動に効率よく変換され、不図示の被駆動部材を軸線方向に移動させることができる。
【0042】
本実施の形態によれば、ナット12の雌ねじ溝12aは、一対の挿入孔12bの間よりも軸線方向外側の方が浅くなっているので、ボール13が転動しない非循環領域である一対の挿入孔12bより軸線方向外側において、雄ねじ溝11aとで囲う空間にボール13が侵入できなくなるため、ボール13が誤って混入された状態で組み付けられることがない。なお、雌ねじ溝12aの研削加工は、ボール13が転動する領域である一対の挿入孔12bの間のみ行えばよい。
【0043】
更に、従来のナットにおいては、図12で点線で示すように、同じ深さの雌ねじ溝(12a’とする)がナットの両端間にわたって形成されていたが、かかる場合、雌ねじ溝12a’とねじ孔12cとが干渉する恐れがあり、それによりねじ孔12cをタップ加工する際にバリ等が生じやすく、これが転動面に落下して摩耗を生じやすいという問題があった。これに対し本実施の形態によれば、雌ねじ溝12aがナット12の端部まで形成されておらず、従ってねじ孔12cとの干渉が回避されるので、バリなどの発生を抑制できる。更に、雌ねじ溝12aの研削加工時に、研削工具がねじ孔12cと干渉しないため、工具の摩耗や欠けを抑制できる。
【0044】
なお、チューブ14は2本以上設けられていても良いが、その場合には個々のチューブ14の両端が挿通される一対の挿入孔12bを基準として、その間と、その軸線方向外側とで雌ねじ溝12aの形状を変えればよい。チューブ14の代わりにコマを用いても良い。かかる場合、排出部と供給部とはつながった空間となっていてよい。
【0045】
以上、本発明を実施の形態を参照して説明してきたが、本発明は上記実施の形態に限定して解釈されるべきではなく、適宜変更・改良が可能であることはもちろんである。
【符号の説明】
【0046】
1、11 ねじ軸
2、12 ナット
3、13 ボール
4 コマ
5 ピン
6 リンク
14 チューブ
T 切削工具
G 研削砥石
【特許請求の範囲】
【請求項1】
外周面に雄ねじ溝を形成したねじ軸と、
前記ねじ軸を包囲するように配置され且つ内周面に雌ねじ溝を形成したナットと、
対向する両ねじ溝間に形成された転走路に沿って転動自在に配置された複数のボールと、
前記転走路の一端から他端へとボールを戻すための循環溝を備えた循環部材とを有し、
前記雌ねじ溝は、互いに非接続状態で複数条、軸線方向に隔てられて設けられていることを特徴とするボールねじ機構。
【請求項2】
前記循環部材は、前記雌ねじ溝の条数と同じ数だけ設けられていることを特徴とする請求項1に記載のボールねじ機構。
【請求項3】
前記雌ねじ溝は、前記ナットに、複数条同時に切削加工されてなることを特徴とする請求項1又は2に記載のボールねじ機構。
【請求項4】
前記雌ねじ溝は、前記ナットに、複数条同時に研削加工されてなることを特徴とする請求項1又は2に記載のボールねじ機構。
【請求項5】
外周面に雄ねじ溝を形成したねじ軸と、
前記ねじ軸を包囲するように配置され且つ内周面に雌ねじ溝を形成したナットと、
対向する両ねじ溝間に形成された転走路に沿って転動自在に配置された複数のボールと、
前記転走路の一端から他端へとボールを戻すための循環部材とを有し、
前記ナットは、内外周を連通してなり前記循環部材へ前記ボールを排出するための排出部と、前記循環部から前記ボールを供給されるための供給部とを有し、前記雌ねじ溝は、前記排出部と前記供給部の間よりも軸線方向外側の方が狭くなっていることを特徴とするボールねじ機構。
【請求項6】
前記循環部材はチューブであり、前記ナットは、前記チューブを固定する固定具を取り付けるためのねじ孔を有し、前記雌ねじ溝は、前記ねじ孔以外の場所に形成されていることを特徴とする請求項5に記載のボールねじ機構。
【請求項7】
前記雌ねじ溝において、前記排出部と前記供給部の間のみに表面処理が施されていることを特徴とする請求項5又は6に記載のボールねじ機構。
【請求項1】
外周面に雄ねじ溝を形成したねじ軸と、
前記ねじ軸を包囲するように配置され且つ内周面に雌ねじ溝を形成したナットと、
対向する両ねじ溝間に形成された転走路に沿って転動自在に配置された複数のボールと、
前記転走路の一端から他端へとボールを戻すための循環溝を備えた循環部材とを有し、
前記雌ねじ溝は、互いに非接続状態で複数条、軸線方向に隔てられて設けられていることを特徴とするボールねじ機構。
【請求項2】
前記循環部材は、前記雌ねじ溝の条数と同じ数だけ設けられていることを特徴とする請求項1に記載のボールねじ機構。
【請求項3】
前記雌ねじ溝は、前記ナットに、複数条同時に切削加工されてなることを特徴とする請求項1又は2に記載のボールねじ機構。
【請求項4】
前記雌ねじ溝は、前記ナットに、複数条同時に研削加工されてなることを特徴とする請求項1又は2に記載のボールねじ機構。
【請求項5】
外周面に雄ねじ溝を形成したねじ軸と、
前記ねじ軸を包囲するように配置され且つ内周面に雌ねじ溝を形成したナットと、
対向する両ねじ溝間に形成された転走路に沿って転動自在に配置された複数のボールと、
前記転走路の一端から他端へとボールを戻すための循環部材とを有し、
前記ナットは、内外周を連通してなり前記循環部材へ前記ボールを排出するための排出部と、前記循環部から前記ボールを供給されるための供給部とを有し、前記雌ねじ溝は、前記排出部と前記供給部の間よりも軸線方向外側の方が狭くなっていることを特徴とするボールねじ機構。
【請求項6】
前記循環部材はチューブであり、前記ナットは、前記チューブを固定する固定具を取り付けるためのねじ孔を有し、前記雌ねじ溝は、前記ねじ孔以外の場所に形成されていることを特徴とする請求項5に記載のボールねじ機構。
【請求項7】
前記雌ねじ溝において、前記排出部と前記供給部の間のみに表面処理が施されていることを特徴とする請求項5又は6に記載のボールねじ機構。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2012−77914(P2012−77914A)
【公開日】平成24年4月19日(2012.4.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−10928(P2012−10928)
【出願日】平成24年1月23日(2012.1.23)
【分割の表示】特願2010−201766(P2010−201766)の分割
【原出願日】平成17年3月29日(2005.3.29)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年4月19日(2012.4.19)
【国際特許分類】
【出願日】平成24年1月23日(2012.1.23)
【分割の表示】特願2010−201766(P2010−201766)の分割
【原出願日】平成17年3月29日(2005.3.29)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】
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