説明

ポケット感染予防シート及びその製造方法

【課題】外科処理した部位の生体皮下組織に、処置部位を被覆するようにそのまま留置し、縫合するように使用されるポケット感染予防シートを提供する。
【解決手段】エオシン化ゼラチン等の可視光架橋物質と、ハイドロゲンドナーと、殺菌剤、抗菌剤、抗生物質、抗炎症剤、及び抗ウイルス剤から選択される少なくとも1種よりなる抗菌物質と、を含む水溶液を面状に展延し、可視光を照射することにより光架橋・不溶化することを特徴とするポケット感染予防シートの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、術後感染の予防等に用いられるポケット感染予防シートの製造方法と、この方法により製造されたポケット感染予防シートに関する。
【背景技術】
【0002】
外科手術により皮下組織を切開して処置した場合には、一般に、処置部位を生理食塩水で洗浄し、症例によってはドレイン管を挿入して縫合する。縫合部位は入念に消毒され、デイリーの清掃、消毒が行われる。また、静脈注射により抗生物質を投与する。
【0003】
術後感染は、内科的に抗生物質を投与しても防止できない症例がある。例えば、処置部位に残留した菌が増殖し、生体の免疫システムから逃れるためにバイオフィルムを形成してしまった症例でなどがある。このように感染病巣が残ってしまった際には、再切開して感染病巣を処置することもあり、患者へ大きな負担をかけることになる。
【0004】
また、同じ外科手術でも、生体にとって異物である、透析シャント、心臓ペースメーカー、埋入型人工心臓、人工血管、留置カテーテルなどの装着術の場合には術後感染管理がさらに困難であり、バイオフィルムが形成された際にはもちろん、ポケット感染という大きな感染管理の課題がある。ポケット感染とは、これら移植した異物と生体組織との隙間に起こる感染であるが、これは生体組織と移植した異物とが癒着しないために、これらの界面に成熟しない組織類似の層が形成され、この層に免疫の効果が及びにくいことが要因となる場合が多い。また、異物への生体反応で炎症などが起こり、感染しやすい条件が揃う場合もある。このように外科手術の後に抗生物質を静脈投与しつづけても大きな感染予防効果が期待できない症例も多い。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、外科処理した部位の生体皮下組織に、処置部位を被覆するようにそのまま留置し、縫合するように使用されるポケット感染予防シートを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明(請求項1)のポケット感染予防シートの製造方法は、下記(A)の化合物と、ハイドロゲンドナーと、殺菌剤、抗菌剤、抗生物質、抗炎症剤、及び抗ウイルス剤から選択される少なくとも1種よりなる抗菌物質と、を含む水溶液を平面状に展延し、可視光を照射することにより光架橋・不溶化することを特徴とするものである。
(A)キサンテン系色素で修飾した、コラーゲン、フィブロネクチン、ゼラチン、ヒアルロン酸、ケラタン酸、コンドロイチン、コンドロイチン硫酸、エラスチン、ヘパラン硫酸、ラミニン、トロンボスポンジン、ビトロネクチン、オステオネクチン、エンタクチン、ガゼイン、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリグリシドール、ポリグリシドールの側鎖エステル化体、ポリビニルアルコール、ヒドロキシエチルメタクリレートとジメチルアミノエチルメタクリレートの共重合体、ヒドロキシエチルメタクリレートとメタクリル酸の共重合体、アルギン酸、ポリアクリルアミド、ポリジメチルアクリルアミド及びポリビニルピロリドンからなる群から選択される少なくとも1種。
【0007】
請求項2のポケット感染予防シートの製造方法は、請求項1において、面状に展延する水溶液の厚みは10μm〜5mmであることを特徴とするものである。
【0008】
請求項3のポケット感染予防シートの製造方法は、請求項1又は2において、前記水溶液を面状に展延した後、乾燥してから可視光を照射することを特徴とするものである。
【0009】
請求項4のポケット感染予防シートの製造方法は、請求項1ないし3のいずれか1項において、ハイドロゲンドナーがチオール、アルコール、還元糖、ポリフェノール又は1分子内に少なくとも1個のN−アルキル及び/又はN,N−ジアルキルアミノ基を有する化合物であることを特徴とするものである。
【0010】
請求項5のポケット感染予防シートの製造方法は、請求項1ないし4のいずれか1項において、キサンテン系色素がエオシンであることを特徴とするものである。
【0011】
請求項6のポケット感染予防シートの製造方法は、請求項1ないし5のいずれか1項において、(A)がゼラチンであることを特徴とするものである。
【0012】
請求項7のポケット感染予防シートの製造方法は、請求項6において、ゼラチンが1分子中に1個〜10個のキサンテン系色素分子を導入したものであることを特徴とするものである。
【0013】
請求項8のポケット感染予防シートの製造方法は、請求項7において、ゼラチンが1分子中に2個〜6個のキサンテン系色素分子を導入したものであることを特徴とするものである。
【0014】
請求項9のポケット感染予防シートは、請求項1ないし8のいずれか1項の製造方法により製造されたものである。
【発明の効果】
【0015】
本発明のポケット感染予防シート及びその製造方法にあっては、キサンテン系色素で修飾された、生分解性の、水溶性高分子化合物をハイドロゲンドナーの存在下で可視光照射することにより、架橋不溶化することができる。この水溶液には殺菌剤、抗生物質等の抗菌物質を含有させてあるため、この抗菌物質がゲルシートに含有されるようになる。抗菌物質はゲルシートから直接拡散放出される。ゲル基材である高分子化合物は生分解して徐々に生体へ吸収される。
【0016】
本発明では、このように高分子化合物の水溶液を展延して光架橋するようにしており、作成に有機溶媒を一切使用しない。従って、ゲル中に有機溶媒は残留しない。
【0017】
作成された感染予防シートを構成するゲルには柔軟性があり、外科処理した部位の生体皮下組織に処置部位を被覆するようにそのまま留置され、縫合することができる。留置されたゲル状のシートは、柔軟であるから、生体組織を極端に圧迫することはない。
【0018】
このゲル状シートは、可視光で架橋して作成されるため、光に弱い抗菌物質であっても、その活性が損なわれない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、本発明についてさらに詳細に説明する。
【0020】
本発明では、可視光の照射によりラジカルを発生してゲル化する物質として、前記(A)の物質を用いる。
【0021】
この(A)の化合物におけるキサンテン系色素としてはエオシンが好適であり、上記(A)の物質としてはエオシン化ゼラチンが好適である。このエオシン化ゼラチンについては後に記述する。
【0022】
ゼラチンをキサンテン系色素で修飾する場合、ゼラチン1分子に対するキサンテン系色素分子の導入数は10個以下が好ましく、特に2〜6個であることが好ましい。この導入数が10よりも多いと、ゼラチンが水へ難溶となり、最終的にはポケット感染予防シートが硬くなる。
【0023】
本発明では、ラジカルのカウンターであるプロトン供与体として、ハイドロゲンドナーを用いる。このハイドロゲンドナーとしては、チオール、アルコール、還元糖、ポリフェノール、1分子内に少なくとも1個のN−アルキル及び/又はN,N−ジアルキルアミノ基を有する化合物などが好適であり、特に1分子内に少なくとも1個のN−アルキル及び/又はN,N−ジアルキルアミノ基を有する化合物が好適である。
【0024】
(A)の物質の水溶液中の濃度は0.1〜50重量%程度が好ましい。
【0025】
水溶液中における場合の上記(A)、ハイドロゲンドナー、抗菌物質の割合は、(A)1重量部に対してハイドロゲンドナーが0.01〜150重量部、(A)に対して抗菌物質が0.01〜150重量部であることが好ましい。
【0026】
この水溶液を好ましくは厚み10μm〜5mm程度となるように面状に展延し、可視光を照射することにより光架橋し不溶化し、ポケット感染予防シートとする。
【0027】
展延は、水溶液を成形型上又は成形型内に流し込んだり流し出したりするようにして行われてもよく、刷毛やヘラなどによって成形型に塗布して行ってもよい。成形型の成形面は平面であってもよく、曲面であってもよい。スリット状の開口を有したノズルから幕(カーテン)状に流し出すようにしてシート状に展延してもよい。
【0028】
このように水溶液を展延した後、乾燥させてから可視光を照射してもよい。このように展延後に乾燥させることは、曲面上に展延する場合に好適である。
【0029】
なお、曲面型上に展延させた場合は、型の形状に湾曲したシートを製造することができる。
【0030】
次に、本発明において用いるのに好適なエオシン化ゼラチンについて説明する。
【0031】
ここでゼラチンは、分子量5千〜10万、アミノ基約10〜100個/1分子程度の通常のゼラチンで良い。
【0032】
エオシン化ゼラチンは、下記反応に従ってゼラチンの側鎖にエオシンを導入することにより調製される。
【0033】
【化1】

【0034】
ゼラチン分子へのエオシンの導入数は、例えば、エオシン化ゼラチンの水溶液の吸光度をエオシンの最大吸収波長522nmにおいて測定し、エオシンのモル吸光係数(ε=94755)を基に算出可能であり、ゼラチン1分子に対して1〜10個、特に2〜5個程度が好ましい。このエオシン等の感光基を有する化合物の導入数が少ないとゲル化率が低下し、また必要以上に多くてもゼラチン固有の柔軟性が損なわれる可能性があると共に、水へ難溶性となってしまう。
【0035】
このエオシン化ゼラチンは、粘稠性の液体状である。これを例えば濃度1〜10重量%の水溶液とした場合には、300〜30,000lx程度、特に300〜15,000lx程度の比較的低照度で、生体に対して影響の低い可視光を0.1〜30分程度照射してゲル状に硬化させることができる。
【実施例】
【0036】
以下に、実施例及び比較例を挙げて本発明をより具体的に説明する。
【0037】
実施例1
[エオシン化ゼラチンの合成]
ゼラチン(分子量95,000、アミノ基量約37個/分子)に、水溶性カルボジイミドであるN−エチル−N’−(3−ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド(WSC)の存在下、下記反応でゼラチンの側鎖のアミノ基にエオシンを結合させることにより、ゼラチン1分子当たりエオシン約5個を導入してエオシン化ゼラチンを合成した。
【0038】
【化2】

【0039】
[キサンテン系色素で修飾した高分子、ハイドロゲンドナー及び抗菌物質を含む溶液の調製]
合成したエオシン化ゼラチンを終濃度10重量%、1,1,4,7,10,10−ヘキサメチルトリエチレンテトラミンを終濃度1.2重量%、スルファメトキサゾールを終濃度5重量%なるように溶解混合し、キサンテン系色素で修飾した高分子化合物、ハイドロゲンドナー及び抗菌物質を含む溶液とした。
【0040】
[ポケット感染予防シートの作成]
放射線滅菌済みのシャーレ(90mm径)へ厚み200μmとなるように、上記溶液を流し込むことにより展延し、トクソーパワーライト(トクヤマ製、ハロゲンランプ、波長400nm〜520nm)にて照射強度200mW/cmとなるように可視光を20分間照射して不溶化させた。架橋後は赤色の弾力のある柔軟なシートが得られた。
【0041】
比較例1
抗菌物質を含まないこと以外はすべて実施例1と同様の手法で、ゼラチンを主成分とするシートを作成し、比較例1のシートとした。
【0042】
[ポケット感染抑制能の評価]
ペースメーカー用コードを模倣して、ポリウレタン(日本ミラクトラン製、ミラクトランE980)製ストランド2mm径、20mm長をマウス皮下へ埋入し、消毒することなく縫合した。その際に、実施例1又は比較例1のシートを被せてから縫合した。埋入1週間後に採材し、ストランドと生体組織の界面を常法に従って染色し病理観察を行った。その結果を図1(a),(b)に示す。比較例1のシートを被せたでは、図1(a)のように炎症性の細胞が青く染色されているのに対し、実施例1のシートを被せた場合では図1(b)のように感染所見は認められなかった。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】実施例1及び比較例1で製造したポケット感染予防シートを埋入した生体組織とポリウレタンストランドとの界面を示す顕微鏡写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記(A)の化合物と、
ハイドロゲンドナーと、
殺菌剤、抗菌剤、抗生物質、抗炎症剤、及び抗ウイルス剤から選択される少なくとも1種よりなる抗菌物質と、
を含む水溶液を面状に展延し、可視光を照射することにより光架橋・不溶化することを特徴とするポケット感染予防シートの製造方法。
(A)キサンテン系色素で修飾した、コラーゲン、フィブロネクチン、ゼラチン、ヒアルロン酸、ケラタン酸、コンドロイチン、コンドロイチン硫酸、エラスチン、ヘパラン硫酸、ラミニン、トロンボスポンジン、ビトロネクチン、オステオネクチン、エンタクチン、ガゼイン、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリグリシドール、ポリグリシドールの側鎖エステル化体、ポリビニルアルコール、ヒドロキシエチルメタクリレートとジメチルアミノエチルメタクリレートの共重合体、ヒドロキシエチルメタクリレートとメタクリル酸の共重合体、アルギン酸、ポリアクリルアミド、ポリジメチルアクリルアミド及びポリビニルピロリドンからなる群から選択される少なくとも1種。
【請求項2】
請求項1において、面状に展延する水溶液の厚みは10μm〜5mmであることを特徴とするポケット感染予防シートの製造方法。
【請求項3】
請求項1又は2において、前記水溶液を面状に展延した後、乾燥してから可視光を照射することを特徴とするポケット感染予防シートの製造方法。
【請求項4】
請求項1ないし3のいずれか1項において、ハイドロゲンドナーがチオール、アルコール、還元糖、ポリフェノール又は1分子内に少なくとも1個のN−アルキル及び/又はN,N−ジアルキルアミノ基を有する化合物であることを特徴とするポケット感染予防シートの製造方法。
【請求項5】
請求項1ないし4のいずれか1項において、キサンテン系色素がエオシンであることを特徴とするポケット感染予防シートの製造方法。
【請求項6】
請求項1ないし5のいずれか1項において、(A)がゼラチンであることを特徴とするポケット感染予防シートの製造方法。
【請求項7】
請求項6において、ゼラチンが1分子中に1個〜10個のキサンテン系色素分子を導入したものであることを特徴とするポケット感染予防シートの製造方法。
【請求項8】
請求項7において、ゼラチンが1分子中に2個〜6個のキサンテン系色素分子を導入したものであることを特徴とするポケット感染予防シートの製造方法。
【請求項9】
請求項1ないし8のいずれか1項の製造方法により製造されたポケット感染予防シート。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2006−333939(P2006−333939A)
【公開日】平成18年12月14日(2006.12.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−159378(P2005−159378)
【出願日】平成17年5月31日(2005.5.31)
【出願人】(591108880)国立循環器病センター総長 (159)
【出願人】(000005278)株式会社ブリヂストン (11,469)
【Fターム(参考)】