説明

ポジトロン断層撮影法およびポジトロン放出化合物

【課題】 具体的な脳疾患の診断に適用することができるポジトロン断層撮影法と、当該方法に用いるポジトロン放出化合物を提供することにある。
【解決手段】 グリシントランスポーター(GlyT−1)の選択的リガンドにポジトロンの放出能を有する置換基を導入してポジトロン断層撮影法を実施すれば、種々の疾病に関係するGlyT−1の脳内における分布と集積濃度を明らかにできるのではとの着想を得、ポジトロン断層撮影法で使用できる化合物につき鋭意研究を重ねたところ、本発明の化合物(I)、(II)又は(III)が血液脳関門の透過性に優れる上に、そのGlyT−1への選択的結合性が特に優れることから、ポジトロン断層撮影法に適することを見出して、本発明を完成した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポジトロン断層撮影法と当該方法に用いるポジトロン放出化合物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ポジトロン断層撮影法は、ポジトロン放出源から放出されるポジトロン(陽電子)が消滅するときに生成される一対のγ線(消滅放射線)を電子に変換し、この電子を検知器で同時計数するものである。かかるポジトロン断層撮影法で使用する装置は、例えば特許文献1および2に開示されている。そして、このポジトロン断層撮影法では、ポジトロン放出源の分布や集積濃度を測定できることから、疾病の診断に利用されている。
【0003】
詳しくは、例えば18Fで標識されたフルオロデオキシグルコースを体内投与すると、癌細胞は正常細胞よりも盛んに分裂しグルコースを必要とすることから、癌細胞へより多く取り込まれる。その様子をポジトロン断層撮影装置により撮影すれば、フルオロデオキシグルコースの分布と集積濃度を測定できるため、癌病巣の有無やその大きさを把握することができる。
【0004】
また、脳細胞も他の細胞よりエネルギー消費量が大きいことから、18F−フルオロデオキシグルコースを投与すると、脳により多く集積することがポジトロン断層撮影法により分かる。ところが、何らかの原因で一部の脳細胞がダメージを受けていると、その部分ではグルコースの取り込み量が低減する。従って、この場合には、脳機能の不全の有無をポジトロン断層撮影法により診断できることになる。
【0005】
この様に、ポジトロン断層撮影法は、疾病の診断に適用できるものとして、今後の発展が大いに期待されている。
【0006】
ところで、統合失調症の病態にはN−methyl−D−aspartate(NMDA)受容体の機能低下が関与しているグルタミン酸仮説が提唱されている(非特許文献1)。実際に、NMDA受容体のグリシン結合部位の内在性のアゴニストであるグリシンやD−セリンは、統合失調症患者の精神症状を改善する作用を有することが報告されている(非特許文献2)。そのため、統合失調症の治療薬として、NMDA受容体のグリシン結合部位を刺激するような薬剤が新規治療薬として期待されている。
【0007】
一方、このNMDA受容体近傍の細胞外グリシン濃度は、NMDA受容体近傍のグリア細胞(アストロサイト)に存在するグリシントランスポーター1(GlyT−1)によって制御されると考えられている。すなわち、GlyT−1に対する選択的な阻害薬は、細胞外グリシン濃度を上昇させ、NMDA受容体のグリシン結合部位を刺激して、NMDA受容体を活性化すると予想される。このため、近年、選択的なGlyT−1阻害薬の開発が種々検討されている。
【0008】
例えばGlyT−1阻害薬であるサルコシン(N−メチルグリシン)が統合失調症の治療薬として有効であることが報告されている(非特許文献3)。その他にも、選択的にGlyT−1活性を阻害する化合物が種々知られている(特許文献1〜3)。特表2009−541262においてポジトロン放出化合物としてのGlyT−1阻害薬が開示されている、本願発明はこれとは異なる構造のGlyT−1阻害薬によってポジトロン断層撮影法に適した放射性薬剤を見出すことを目的とする。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】橋本謙二,伊豫雅臣,「精神分裂病のグルタミン酸仮説と新しい治療薬の創製」,日本神経精神薬理学雑誌,第22巻,第3〜13頁(2002年)
【非特許文献2】Tsai,G.,Yang,P.,Chung,L.C. et al.,D−serine added to antipsychotics for the treatment of schizophrenia.Biol.Psychiatry,44,1081〜1089(1988).
【非特許文献3】Lane,H.Y.,Chang,Y.C.,Liu,Y.C. et al.,Sarcosine or D−serine add−on treatment for acute exacerbation of schizophrenia:a randomized,double−blind,placebo−controlled study.Arch.Gen.Psychiatry,62,1196〜1204(2005).
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】WO2003−089411 A1
【特許文献2】WO2005−037792 A1
【特許文献3】WO2005−037781 A2
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
前述した様に、これまでにもポジトロン断層撮影法を脳機能検査に用いた例はあったものの、より具体的な脳疾患の診断に用いられたことはなかった。そこで、本発明が解決すべき課題は、具体的な脳疾患の診断に適用することができるポジトロン断層撮影法と、当該方法に用いるポジトロン放出化合物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らはGlyT−1の選択的リガンドにポジトロンの放出能を有する置換基を導入してポジトロン断層撮影法を実施すれば、種々の疾病に関係するGlyT−1の脳内における分布と集積濃度を明らかにできるのではとの着想を得た。ところが、GlyT−1へ選択的に結合すると謳われている化合物であっても、実際には脳内においてGlyT−1以外の部位にも結合してしまい、正確な測定ができないものがあることが分かった。また、GlyT−1リガンドの中には、注射投与しても血液脳関門を通過できず、脳のポジトロン断層撮影法に適用できないものがあった。そこで本発明者らは、ポジトロン断層撮影法で使用できる化合物につき鋭意研究を重ねたところ、後述する化合物(I)、(II)又は(III)が血液脳関門の透過性に優れる上に、そのGlyT−1への選択的結合性が特に優れることから、ポジトロン断層撮影法に適することを見出して、本発明を完成した。
【0013】
すなわち本発明は、ポジトロン放出源の分布と集積度を測定するポジトロン断層撮影法において、ポジトロン放出源として、化合物(I)を用いることを特徴とするポジトロン断層撮影法に関する。
【化1】


[式中、Rはポジトロン放出能を有するC1−6アルキル基又はC1−6フルオロアルキル基を示す。]
更に、上記ポジトロン放出源として、Rが11CであるC1−6アルキル基又は18FであるC1−6フルオロアルキル基である化合物(I)を用いるポジトロン断層撮影法に関する。
また、ポジトロン放出源の分布と集積度を測定するポジトロン断層撮影法において、ポジトロン放出源として、化合物(II)を用いることを特徴とするポジトロン断層撮影法に関する。
【化2】


[式中、Rはポジトロン放出能を有するC1−6アルキル基又はC1−6フルオロアルキル基を示す。]
更に、上記ポジトロン放出源として、Rが11CであるC1−6アルキル基又は18FであるC1−6フルオロアルキル基である化合物(II)を用いる請求項2に記載のポジトロン断層撮影法に関する。
また、ポジトロン放出源の分布と集積度を測定するポジトロン断層撮影法において、ポジトロン放出源として、化合物(III)を用いることを特徴とするポジトロン断層撮影法に関する。
【化3】


[式中、Rはポジトロン放出能を有するC1−6アルキル基又はC1−6フルオロアルキル基を示す。]
更に、上記ポジトロン放出源として、Rが11CであるC1−6アルキル基又は18FであるC1−6フルオロアルキル基である化合物(III)を用いるポジトロン断層撮影法に関する。
並びに、上記のポジトロン断層撮影法において、上記ポジトロン放出源として、Rが11CHである化合物(I)を用いるポジトロン断層撮影法に関する。
また、上記のポジトロン断層撮影法において、上記ポジトロン放出源として、Rが11CHである化合物(II)を用いるポジトロン断層撮影法に関する。
また、上記のポジトロン断層撮影法において、上記ポジトロン放出源として、Rが11CHである化合物(III)を用いるポジトロン断層撮影法に関する。
更に、本発明は、以下に記載するポジトロン放出源である化合物に関する。
ポジトロン放出源である化合物(I)
【化1】


[式中、R はポジトロン放出能を有するC1−6アルキル基又はC1−6フルオロアルキル基を示す。]
ポジトロン放出源である化合物(II)
【化2】


[式中、R はポジトロン放出能を有するC1−6アルキル基又はC1−6フルオロアルキル基を示す。]
ポジトロン放出源である化合物(III)
【化3】


[式中、R はポジトロン放出能を有するC1−6アルキル基又はC1−6フルオロアルキル基を示す。]
また、 ポジトロン放出源である化合物(Ia)
【化4】

に関する。
また、ポジトロン放出源である化合物(IIa)
【化5】

に関する。
また、ポジトロン放出源である化合物(IIIa)
【化6】

に関する。

【0014】
本発明のポジトロン断層撮影法は、ポジトロン放出源の分布と集積度を測定するものであって、該ポジトロン放出源として化合物(I)、(II)又は(III)を用いることを特徴とする。
【化1】

[式中、Rはポジトロン放出能を有するC1−6アルキル基又はC1−6フルオロアルキル基を示す。]
【化2】

[式中、Rはポジトロン放出能を有するC1−6アルキル基又はC1−6フルオロアルキル基を示す。]
【化3】

[式中、Rはポジトロン放出能を有するC1−6アルキル基又はC1−6フルオロアルキル基を示す。]
【0015】
なお、本発明の方法は、本発明の化合物である特定ポジトロン放出源を使いその崩壊を測定機器により検出する工程を含むものであり、医師の行為や機器による人体に対する作用を含んでおらず、産業上利用できる発明に該当する。
【0016】
ここで「C1−6アルキル基」とは、炭素数が1〜6の直鎖状または分岐鎖状の脂肪族炭化水素を意味する。例えば、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、イソブチル基、tert‐ブチル基、ペンチル基、イソアミル基、ヘキシル基等が挙げられ、C1−4アルキル基が好ましく、C1−2アルキル基がより好ましく、特にメチル基が好ましい。
【0017】
ここで「C1−6フルオロルキル基」とは、炭素数が1〜6の直鎖状または分岐鎖状のフッ素化脂肪族炭化水素を意味する。例えば、フルオロメチル基、フルオロエチル基、フルオロプロピル基、フルオロイソプロピル基、フルオロブチル基、フルオロイソブチル基、tert‐フルオロブチル基、フルオロペンチル基、フルオロイソアミル基、フルオロヘキシル基等が挙げられ、C1−4フルオロルキル基が好ましく、C1−2フルオロルキル基がより好ましく、特にフルオロエチル基が好ましい。
【0018】
ここで「ポジトロン放出能」を有する放射性同位元素としては、11C又は18Fがより好ましく、特に11Cが好ましい。
【0019】
上記ポジトロン放出源である化合物(I)としては、Rが11CHである化合物(Ia)が好適である。
【化4】

【0020】
上記ポジトロン放出源である化合物(II)としては、Rが11CHである化合物(IIa)が好適である。
【化5】

【0021】
上記ポジトロン放出源である化合物(III)としては、Rが11CHである化合物(IIIa)が好適である。
【化6】



【0022】
ポジトロン放出能を有さない上記化合物(Ia)、(IIa)および(IIIa)の化学構造およびGlyT−1阻害剤としての用途はすでに公知である。しかしながら、その放射性標識化合物ならびに放射性画像診断薬としての用途は知られていない。
【発明の効果】
【0023】
本発明の化合物(I)、(II)又は(III)は、血液脳関門の存在にも関わらず注射投与により速やかに脳内に到達することができる上に、GlyT−1へ選択的に結合することができる。よって、ポジトロン断層撮影法において当該化合物(I)、(II)又は(III)をポジトロン放出源として用いれば、脳内におけるGlyT−1の分布と集積度を正確に測定することができる。従って、本発明方法は、GlyT−1と関係する疾病、例えば統合失調症、認知機能障害、不安神経症、又はうつ病などの精神神経疾患の診断に適用できる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】化合物(Ia)を静脈注射投与した後の脳各部における化合物(Ia)分布の経時的変化を示す図である。
【図2】GlyT−1阻害剤(ALX−5407)を投与し、次いで化合物(Ia)を静脈注射投与した後の脳各部における化合物(Ia)分布の経時的変化を示す図である。
【図3】化合物(IIa)を静脈注射投与した後の脳各部における化合物(IIa)分布の経時的変化を示す図である。
【図4】GlyT−1阻害剤(ALX−5407)を投与し、次いで化合物(IIa)を静脈注射投与した後の脳各部における化合物(IIa)分布の経時的変化を示す図である。
【図5】化合物(IIIa)を静脈注射投与した後の脳各部における化合物(IIIa)分布の経時的変化を示す図である。
【図6】GlyT−1阻害剤(ALX−5407)を投与し、次いで化合物(IIIa)を静脈注射投与した後の脳各部における化合物(IIIa)分布の経時的変化を示す図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
本発明のポジトロン断層撮影法は、ポジトロン放出源の分布と集積度を測定するものであって、該ポジトロン放出源として、化合物(I)、(II)又は(III)を用いることを特徴とする。
【0026】
【化1】

[式中、Rはポジトロン放出能を有するC1−6アルキル基又はC1−6フルオロアルキル基を示す。]
【化2】

[式中、Rはポジトロン放出能を有するC1−6アルキル基又はC1−6フルオロアルキル基を示す。]
【化3】

[式中、Rはポジトロン放出能を有するC1−6アルキル基又はC1−6フルオロアルキル基を示す。]
【0027】
本発明の方法は、ポジトロン放出源の分布と集積度を測定するポジトロン断層撮影法に関する。ポジトロン放出元素は、ポジトロン(陽電子)を放出しつつ徐々に崩壊する。このポジトロンは数mm以下の距離を進行する間に衝突によってエネルギーを失い、陰電子と結合して消滅する。その際、1対のγ線が互いに180°の反対方向へ放出される。ポジトロン断層撮影法では、これらのγ線を電子に変換して同時計測することによって、ポジトロンの消滅した位置を検出し、ポジトロン放出源の分布と集積度を測定するものである。
【0028】
本発明の方法では、ポジトロン放出源として、上記化合物(I)、(II)又は(III)を用いる。化合物(I)、(II)又は(III)は血管脳関門に対して高い浸透性を有する上に、脳内においてGlyT−1へ選択的に結合して他の部分に結合し難いことから、ポジトロン断層撮影法におけるポジトロン放出源として極めて優れている。
【0029】
化合物(I)、(II)又は(III)において、R基としては[11C]C1−6アルキル基を例示することができる。R基が11CHである化合物は、血管脳関門の透過性が特に高い上に、GlyT−1への選択性が優れることから、本発明の方法のポジトロン放出源として極めて優れている。
【0030】
化合物(I)、(II)又は(III)の製造方法としては、ポジトロン放出元素の半減期を考慮すれば、最終合成ステップにおいてポジトロン放出元素であるR基を導入することが好ましい。その例を以下に示す。
【0031】
上記式において、R基を導入する試薬はR基の種類による。例えば、R基が[11C]C1−6アルキル基である場合には[11C]C1−6アルキルのヨウ化物又は適当な脱離基(トリフレート等)を有するアルキルを用いる。
【化7】

【化8】


【化9】

【0032】
これらの試薬のうち、11Cの半減期は20分間であるので、R基が[11C]C1−6アルキル基である化合物を製造するには、[11C]C1−6アルキル基導入直前にそのヨウ化物又は適当な脱離基(トリフレート等)を有するアルキルをサイクロトロン等により調製した後、直ちにR基導入反応を行ったほうがよい。
【0033】
詳しくは、R基が11CHである化合物を製造するには、サイクロトロンにより加速した陽電子を目的とするポジトロン放出元素に応じたターゲット(TG)に照射して、ポジトロン放出元素を含む11COを得る。この11COを、LiAlH等により還元した上でヨウ化水素酸を作用させて11CHIとし、得られた11CHIと前駆体とを反応させることによって、化合物(I)、(II)又は(III)を合成することができる。
【0034】
あるいは、得られた11CHIを200℃に加熱したAgOTfカラムを通過させ、11CHOTfメチルトリフレートを調製し、前駆体とを反応させることによって、化合物(I)、(II)又は(III)を合成することもできる。
【0035】
また、R基が11CHI以外の[11C]C1−6アルキル基である化合物を製造するには、11COが得られた段階で、目的とする[11C]C1−6アルキル基よりも炭素数が1つ少ないグリニヤール試薬、すなわち[11C]CHCHを導入したい場合にはCHMgBrを加える。あとは上記と同様にして、[11C]C1−6アルキル基を導入することができる。
【0036】
得られたポジトロン放出化合物は、注射剤とすることが好ましい。化合物(I)、(II)又は(III)の半減期は短いので、速やかに化合物を脳内に到達させる必要との理由である。注射剤の調製方法は常法に従えばよい。例えば、生理食塩水に溶解又は懸濁する。また、その際の濃度は、血管脳関門の透過能や化合物の放射活性等に依存するが、好適には副作用が生じず、かつ十分な測定が行える濃度とすればよい。例えば、R基が11CHである注射剤の濃度は0.1〜0.5μg/mL程度とすることができる。
【0037】
本発明のポジトロン断層撮影法は、公知のポジトロン断層撮影装置を用いて実施すればよい。具体的には、化合物(I)、(II)又は(III)を注射剤として被験者に投与した後、公知のポジトロン断層撮影装置により測定を行い、化合物(I)、(II)又は(III)の体内分布と集積度を測定する。そして、疾患とGlyT−1との関係に関する情報に基き、特定疾患について診断することができる。例えば、海馬における化合物(I)、(II)又は(III)の分布が通常より少なく、GlyT−1の密度が減少していることを把握できれば、統合失調症におけるNMDA受容体機能低下の診断として応用可能である。
【0038】
化合物(I)、(II)又は(III)の投与量は常法に従えばよく、被験者の症状や状態、性別や年齢などにより適宜調節すればよい。例えばR基が11CHの化合物は1.5〜10ng/kg体重程度とすることができ、注射剤の投与量としては1〜10mLとすればよい。
【0039】
以上に述べた本発明の方法は、GlyT−1が関係する疾患の診断に有用である。
また、本発明に係るポジトロン放出化合物(I)、(II)又は(III)は、後述する実施例で示されている通り、静脈投与により血管脳関門を透過して脳へ達し、GlyT−1へ選択的に結合することによって、GlyT−1の脳内分布や集積度を測定することができた。
【実施例】
【0040】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例により制限を受けるものではなく、本発明思想に適合し得る範囲で適宜変更を加えて実施することも可能であり、それらは本発明の技術的範囲に含まれる。
【0041】
(製造例1) 11Cメチルトリフレートの合成
サイクロトロン(住友重機械工業製、HM−18)を使って18MeVに加速した陽子を、純窒素ガスを封入したターゲットへ20μAの電流値で照射して、14N(p、α)11C核反応により11COを得た。この11COを、冷却されたLiAlH4の0.1Mテトラヒドロフラン溶液(500μL)へ導入した。次いで、Nガスによりテトラヒドロフランを留去した後、ヨウ化水素酸(0.5mL)を加えた。生成したCHIを蒸留し、200℃に加熱した銀トリフレートカラムを通過させ、11Cメチルトリフレートを調製した。
【0042】
(製造例2) 2−クロロ−3−(トリフルオロメチル)−N−[(S)−((S)−1−[11C]メチルピペリジン−2−イル)(チオフェン−3−イル)メチル]ベンズアミド(化合物(Ia))の合成
2−クロロ−3−(トリフルオロメチル)−N−[(S)−((S)−ピペリジン−2−イル)(チオフェン−3−イル)メチル]ベンズアミド(化合物(7))(1.0mg)をアセトン(0.25mL)に溶解し、製造例1で得た11Cメチルトリフレートを導入し、反応容器内の放射能が平衡に達した時点で導入を停止した。得られた反応混合液を下記条件の高速液体クロマトグラフィで精製し、目的化合物(Ia)を得た。得られた化合物(Ia)は、アスコルビン酸注射液(100mg/mL、ニプロファーマ)を含む生理食塩水(5〜10mL)に溶解し、0.22μmの滅菌フィルターを通して注射剤とした。
高速液体クロマトグラフィの条件
カラム:YMC−Pack ODS−A 10´250mm(YMC社製)
溶出液:アセトニトリル/50mM酢酸:酢酸アンモニウム(1:1)=350/650
流速:5mL/分
検出波長:270nm
得られた化合物(Ia)の特性は、表1の通りである。
【0043】
【表1】

【0044】
(製造例3) 2−クロロ−3−(トリフルオロメチル)−N−[(S)−((S)−1−[11C]メチルピペリジン−2−イル)(フェニル)メチル]ベンズアミド(化合物(IIa))の合成
2−クロロ−3−(トリフルオロメチル)−N−[(S)−フェニル((S)−ピペリジン−2−イル)メチル]ベンズアミド(化合物(8))(0.5mg)をアセトン(0.5mL)に溶解し、製造例1で得た11Cメチルトリフレートを導入し、反応容器内の放射能が平衡に達した時点で導入を停止した。得られた反応混合液を下記条件の高速液体クロマトグラフィで精製し、目的化合物(IIa)を得た。得られた化合物(IIa)は、アスコルビン酸注射液(100mg/mL、ニプロファーマ)を含む生理食塩水(5〜10mL)に溶解し、0.22μmの滅菌フィルターを通して注射剤とした。
高速液体クロマトグラフィの条件
カラム:YMC−Pack ODS−A 10´250mm(YMC社製)
溶出液:アセトニトリル/50mM酢酸:酢酸アンモニウム(1:1)=350/650
流速:5mL/分
検出波長:270nm
得られた化合物(IIa)の特性は、表2の通りである。
【0045】
【表2】

【0046】
(製造例4) N−[(S)−((S)−1−[11C]メチルミペリジン−2−イル)(フェニル)メチル]チオフェン−2−カルボキシミド(化合物(IIIa))の合成
N−[(S)−フェニル((S)−ピペリジン−2−イル)メチル]チオフェン−2−カルボキシミド(化合物(9))(0.5mg)をアセトン(0.5mL)に溶解し、製造例1で得た11Cメチルトリフレートを導入し、反応容器内の放射能が平衡に達した時点で導入を停止した。得られた反応混合液を下記条件の高速液体クロマトグラフィで精製し、目的化合物(IIIa)を得た。得られた化合物(IIIa)は、アスコルビン酸注射液(100mg/mL、ニプロファーマ)を含む生理食塩水(5〜10mL)に溶解し、0.22μmの滅菌フィルターを通して注射剤とした。
高速液体クロマトグラフィの条件
カラム:YMC−Pack ODS−A 10´250mm(YMC社製)
溶出液:アセトニトリル/50mM酢酸:酢酸アンモニウム(1:1)=250/750
流速:5mL/分
検出波長:270nm
得られた化合物(IIIa)の特性は、表3の通りである。
【0047】
【表3】

【0048】
(試験例1) ポジトロン放出源化合物の取込量試験
測定実施日前夜から絶食させたアカゲザル(雄、体重5.9Kg)をモンキーチェアに座らせ、頭部固定装置により動物用PETカメラ(浜松ホトニクス社製、SHR−7700)のガンドリー内に頭部を固定した。呼吸補正のために、トランスミッション計測を30分間行なった。その後、上記製造例2で製造した注射剤を、1269MBq静脈より投与し、90分間のダイナミック計測を行なった。得られた画像を再構成した後、脳の各部位に関心領域(ROI)を設定し、それぞれの領域における放射能動態を求めた。化合物(Ia)の結果を図1に示す。
【0049】
図1の結果の通り、R基が11CHである化合物(化合物(Ia))は、血管脳関門の透過性に優れており、脳実質細胞へ非常によく取り込まれている。脳内分布は視床と線条体で若干高く、脳内動態は比較的早く、ピーク値が投与40分後に見られ、その後ゆっくりと低下していた。既知のGlyT−1の分布を反映し、視床における蓄積は、皮質領域と比べて高かった
【0050】
(試験例2) ポジトロン放出源化合物の取り込み阻害試験
各化合物のGlyT−1に対する選択性を試験するために、静脈に留置したカニューレから、GlyT−1の特異的阻害薬であるALX−5407(Sigma−Aldrich、USA)を3 mg/Kgの用量で、化合物(Ia)を投与する30分前に投与し、化合物(Ia)の取込量を測定した。
【0051】
具体的には、先ず、上記試験例1と同様の条件でトランスミッション計測をした後、ALX−5407を静脈内注射により投与した。次いで30分後に化合物(Ia)を静脈内注射により投与し、91分間のダイナミック計測を行なった。得られた画像を再構成した後、脳の各部位に関心領域(ROI)を設定し、それぞれの領域における放射能動態を求めた。なお、比較対照のため、事前に何も投与しなかった試験例1の結果を、図1として載せた。
【0052】
化合物(Ia)の投与する30分前に3mg/KgのGlyT−1阻害薬であるALX−5407を前投与したところ、図2に示すように、投与の10−20分後にピークを示し、全ての領域で投与前に比較して有意な取り込み低下を示した。
【0053】
(試験例3) ポジトロン放出源化合物の取込量試験
測定実施日前夜から絶食させたアカゲザル(雄、体重5.5Kg)をモンキーチェアに座らせ、頭部固定装置により動物用PETカメラ(浜松ホトニクス社製、SHR−7700)のガンドリー内に頭部を固定した。呼吸補正のために、トランスミッション計測を30分間行なった。その後、上記製造例3で製造した注射剤を、1283MBq静脈より投与し、90分間のダイナミック計測を行なった。得られた画像を再構成した後、脳の各部位に関心領域(ROI)を設定し、それぞれの領域における放射能動態を求めた。化合物(IIa)の結果を図3に示す。
【0054】
図3の結果の通り、R基が11CHである化合物(化合物(IIa))は、血管脳関門の透過性に優れており、脳実質細胞へ非常によく取り込まれている。化合物(IIa)の脳内移行性は検討した3化合物の中で最も高く、部位間の違いも化合物(Ia)と同様に見られたが、91分間のPET計測中に化合物(Ia)で見られたような明確なピークは認めなかった。
【0055】
(試験例4) ポジトロン放出減化合物の取り込み阻害試験
各化合物のGlyT−1に対する選択性を試験するために、静脈に留置したカニューレから、GlyT−1の特異的阻害薬であるALX−5407(Sigma−Aldrich、USA)を3 mg/Kgの用量で、化合物(IIa)を投与する30分前に投与し、化合物(IIa)の取込量を測定した。
【0056】
具体的には、先ず、上記試験例1と同様の条件でトランスミッション計測をした後、ALX−5407を静脈内注射により投与した。次いで30分後に化合物(IIa)を静脈内注射により投与し、91分間のダイナミック計測を行なった。得られた画像を再構成した後、脳の各部位に関心領域(ROI)を設定し、それぞれの領域における放射能動態を求めた。なお、比較対照のため、事前に何も投与しなかった試験例3の結果を、図3として載せた。
【0057】
化合物(IIa)の投与する30分前に3mg/KgのGlyT−1阻害薬であるALX−5407を前投与したところ、図4に示すように、投与直後の脳内取り込みが増加し、その後徐々に低下していった。
【0058】
(試験例5) ポジトロン放出源化合物の取込量試験
測定実施日前夜から絶食させたアカゲザル(雄、体重5.2Kg)をモンキーチェアに座らせ、頭部固定装置により動物用PETカメラ(浜松ホトニクス社製、SHR−7700)のガンドリー内に頭部を固定した。呼吸補正のために、トランスミッション計測を30分間行なった。その後、上記製造例4で製造した注射剤を、1374MBq静脈より投与し、90分間のダイナミック計測を行なった。得られた画像を再構成した後、脳の各部位に関心領域(ROI)を設定し、それぞれの領域における放射能動態を求めた。化合物(IIIa)の結果を図5に示す。
【0059】
図5に示す通り、化合物(IIIa)は検討した3化合物の中でもっとも脳内移行性が低く、化合物(Ia)に比較すると脳内動態が遅く、91分間の計測時間内にはっきりとしたピークを示さず、その脳内分布は検討した3化合物の中でもっとも部位間の差が小さかった。
【0060】
(試験例6) ポジトロン放出減化合物の取り込み阻害試験
各化合物のGlyT−1に対する選択性を試験するために、静脈に留置したカニューレから、GlyT−1の特異的阻害薬であるALX−5407(Sigma−Aldrich、USA)を3 mg/Kgの用量で、化合物(IIIa)を投与する30分前に投与し、化合物(IIIa)の取込量を測定した。
【0061】
具体的には、先ず、上記試験例1と同様の条件でトランスミッション計測をした後、ALX−5407を静脈内注射により投与した。次いで30分後に化合物(IIIa)を静脈内注射により投与し、91分間のダイナミック計測を行なった。得られた画像を再構成した後、脳の各部位に関心領域(ROI)を設定し、それぞれの領域における放射能動態を求めた。なお、比較対照のため、事前に何も投与しなかった試験例5の結果を、図5として載せた。
【0062】
化合物(IIIa)の投与する30分前に3mg/KgのGlyT−1阻害薬であるALX−5407を前投与したところ、図6に示すように、投与直後の脳内取り込みが増加し、その後低下傾向を示したものの、その変化の程度は検討した3化合物の中でもっとも小さかった。






【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポジトロン放出源の分布と集積度を測定するポジトロン断層撮影法において、ポジトロン放出源として、化合物(I)を用いることを特徴とするポジトロン断層撮影法。
【化1】


[式中、Rはポジトロン放出能を有するC1−6アルキル基又はC1−6フルオロアルキル基を示す。]
【請求項2】
ポジトロン放出源の分布と集積度を測定するポジトロン断層撮影法において、ポジトロン放出源として、化合物(II)を用いることを特徴とするポジトロン断層撮影法。
【化2】


[式中、Rはポジトロン放出能を有するC1−6アルキル基又はC1−6フルオロアルキル基を示す。]

【請求項3】
ポジトロン放出源の分布と集積度を測定するポジトロン断層撮影法において、ポジトロン放出源として、化合物(III)を用いることを特徴とするポジトロン断層撮影法。
【化3】

[式中、Rはポジトロン放出能を有するC1−6アルキル基又はC1−6フルオロアルキル基を示す。]
【請求項4】
上記ポジトロン放出源として、Rが11CであるC1−6アルキル基又は18FであるC1−6フルオロアルキル基である化合物(I)を用いる請求項1に記載のポジトロン断層撮影法。
【請求項5】
上記ポジトロン放出源として、Rが11CであるC1−6アルキル基又は18FであるC1−6フルオロアルキル基である化合物(II)を用いる請求項2に記載のポジトロン断層撮影法。
【請求項6】
上記ポジトロン放出源として、Rが11CであるC1−6アルキル基又は18FであるC1−6フルオロアルキル基である化合物(III)を用いる請求項3に記載のポジトロン断層撮影法。
【請求項7】
上記ポジトロン放出源として、Rが11CHである化合物(I)を用いる請求項1又は4に記載のポジトロン断層撮影法。
【請求項8】
上記ポジトロン放出源として、Rが11CHである化合物(II)を用いる請求項2又は5に記載のポジトロン断層撮影法。
【請求項9】
上記ポジトロン放出源として、Rが11CHである化合物(III)を用いる請求項3又は6に記載のポジトロン断層撮影法。
【請求項10】
ポジトロン放出源である化合物(I)
【化1】

[式中、R はポジトロン放出能を有するC1−6アルキル基又はC1−6フルオロアルキル基を示す。]

【請求項11】
ポジトロン放出源である化合物(II)
【化2】

[式中、R はポジトロン放出能を有するC1−6アルキル基又はC1−6フルオロアルキル基を示す。]

【請求項12】
ポジトロン放出源である化合物(III)
【化3】

[式中、R はポジトロン放出能を有するC1−6アルキル基又はC1−6フルオロアルキル基を示す。]
【請求項13】
ポジトロン放出源である化合物(Ia)
【化4】

【請求項14】
ポジトロン放出源である化合物(IIa)
【化5】

【請求項15】
ポジトロン放出源である化合物(IIIa)
【化6】





【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−158323(P2011−158323A)
【公開日】平成23年8月18日(2011.8.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−19158(P2010−19158)
【出願日】平成22年1月29日(2010.1.29)
【出願人】(304021831)国立大学法人 千葉大学 (601)
【Fターム(参考)】