説明

ポリ−γ−グルタミン酸の製造法及びその製造法に用いられる微生物

ポリ−γ−グルタミン酸生産能を有し、かつNADH−ユビキノンレダクターゼ阻害剤、コハク酸−ユビキノンレダクターゼ阻害剤、ユビキノール−シトクロムcレダクターゼ阻害剤、シトクロムcオキシダーゼ阻害剤等の電子伝達系阻害剤に耐性を有するバチルス属微生物を培養し、培養液中にポリ−γ−グルタミン酸を生成蓄積せしめ、これを採取する。ポリ−γ−グルタミン酸を効率よく製造する方法が提供される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリ−γ−グルタミン酸の製造法及びその製造法に用いられる微生物に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリ−γ−グルタミン酸は、納豆の糸引きの主体物質として知られており、食品、化粧品、医療品などの多くの分野で、種々の用途があるものと期待されている。そして、ポリ−γ−グルタミン酸は、主にポリ−γ−グルタミン酸生産能を有する微生物、例えば、バチルス属の菌株を培養してその培養物から製造されている(月刊組織培養、16巻、No.10、369〜372頁、1990年)。
【0003】
これまで、改変された代謝系を有し、ポリ−γ−グルタミン酸を大量に産生する菌株の利用を含む、微生物発酵におけるポリ−γ−グルタミン酸の産生量を増大させる方法が開発されてきている。これらの代謝系の改変は、ポリ−γ−グルタミン酸の合成と分解に関与するもので、例えば低アンモニア生産性の変異株(特開平8−154616号公報)や、グルタミン酸合成酵素活性が欠損又は減少した変異株(特開2000−333690号公報)等が挙げられる。また、培養時間を延ばすと、いったん生成したポリ−γ−グルタミン酸が分解されて、ポリ−γ−グルタミン酸の蓄積が低下するという問題を解決するため、ywtD遺伝子にコードされるポリ−γ−グルタミン酸分解酵素活性が欠損又は減少した変異株を用いるポリ−γ−グルタミン酸生産法(特開2003−235566号公報、米国特許公開第20030175936号)や、pghA遺伝子(ywrD遺伝子)にコードされるポリ−γ−グルタミン酸を分解酵素活性が欠損又は減少した変異株を用いるポリ−γ−グルタミン酸生産法(特開2003−230384号公報)が開発された。
【0004】
発酵過程で高分子のポリ−γ−グルタミン酸の蓄積が上がると、発酵液の粘度が上昇して非ニュートン流体の流動性を示す偽塑性流体となり、培地中での酸素移動速度および微生物の比酸素取り込み速度が低下することが報告されている(Biotechnology and Bioengineering、82巻、No.3、299〜305 頁、2003年)。微生物の発酵によるポリ−γ−グルタミン酸の生産には、培地への通気が非常に重要な因子であることが知られている。しかしながら、これまでに低酸素条件で、高いポリ−γ−グルタミン酸生産能を示すような菌株の育種は報告されていない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の課題は、従来技術よりも効率よくポリ−γ−グルタミン酸を発酵生産する方法及びそれに用いる微生物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、電子伝達系阻害剤への耐性を付与することにより、バチルス属微生物のポリ−γ−グルタミン酸生産能が向上することを見出し、これらの知見に基づき、本発明を完成するに到った。
【0007】
本発明の目的は、ポリ−γ−グルタミン酸生産能を有し、かつ電子伝達系阻害剤に耐性を有するバチルス属微生物を液体培地中で培養し、培地からポリ−γ−グルタミン酸を採取することを特徴とする、ポリ−γ−グルタミン酸の製造法を提供することである。
本発明の更なる目的は、前記電子伝達系阻害剤が、NADH-ユビキノンレダクターゼ阻害剤、コハク酸−ユビキノンレダクターゼ阻害剤、ユビキノール−シトクロムcレダクター
ゼ阻害剤、シトクロムcオキシダーゼ阻害剤、およびそれらの組合せからなる群から選ばれる物質である、前記ポリ−γ−グルタミン酸の製造法を提供することである。
本発明の更なる目的は、前記電子伝達系阻害剤が、テノイルトリフルオロアセトン(TTFA)、カプサイシン、アジ化ナトリウム、リドカイン、ヒドロキシルアミン、o−メチルヒドロキシルアミン、およびそれらお組合せからなる群から選ばれる物質である、前記ポリ−γ−グルタミン酸の製造法を提供することである。
本発明の更なる目的は、前記微生物がバチルス・ズブチリスである前記ポリ−γ−グルタミン酸の製造法を提供することである。
本発明の更なる目的は、ポリ−γ−グルタミン酸生産能を有し、かつ電子伝達系阻害剤に耐性を有するように改変したバチルス属に属する微生物を提供することである。
本発明の更なる目的は、バチルス・ズブチリスである前記微生物を提供することである。
本発明により、効率的なポリ−γ−グルタミン酸の製造方法が提供される。また、本発明により、電子伝達系阻害剤に耐性を有する新規細菌が提供され、この細菌を用いる、効率的なポリ−γ−グルタミン酸の製造が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明者らは、ポリ−γ−グルタミン酸合成反応はATPを必要とするため、発酵液の粘度が上昇し培地中の酸素移動速度が低下した条件においては、電子伝達系と共役した酸化的リン酸化によるATP産生効率が、ポリ−γ−グルタミン酸の生産性に大きく影響を与えるものと推定した。
【0009】
<1>ポリ−γ−グルタミン酸生産能を有する微生物
本明細書において、「ポリ−γ−グルタミン酸生産能」とは、ポリ−γ−グルタミン酸を生産し、菌体外に蓄積する能力を意味する。
【0010】
本発明において用いられるポリ−γ−グルタミン酸生産能を有するバチルス属微生物としては、例えば、バチルス・ズブチリス(Bacillus subtilis)、バチルス・リケニホルミス(Bacillus licheniformis)、バチルス・アンスラシス(Bacillus anthracis)、バチルス・メガテリウム(Bacillus megaterium)などが挙げられる。
【0011】
さらに具体的には、例えば、バチルス・ズブチリスNBRC3335、バチルス・ズブチリスNBRC3336(M. Kunioka, and A. Goto (1994) Appl. Microbiol. Biotechnol. 40, 867-872)、バチルス・ズブチリスNBRC16449、バチルス・リケニホルミスATCC9945(F. A. Troy (1973) J. Biol. Chem.248, 305-315)など、あるいは通常納豆製造に使用されている宮城野菌、高橋菌、旭川菌、松村菌、成瀬菌などの市販のものなどを挙げることができる。
【0012】
NBRC3335、NBRC3336、NBRC16449は、独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)バイオテクノロジー本部、生物遺伝資源部門(NBRC)(郵便番号292−0818、千葉県木更津市かずさ鎌足2−5−8)から購入することができる。ATCC9945は、アメリカン・タイプ・カルチャー・コレクション(American
Type Culture Collection、住所 10801 University Boulevard, Manassas, VA 20110, United States of America)から購入することができる。
【0013】
また、これらの上記菌株から育種によりポリ−γ−グルタミン酸生産能を向上させたバチルス属微生物であってもよい。ポリ−γ−グルタミン酸生産能を向上させたバチルス属微生物は、例えば、グルタミン酸合成酵素遺伝子(gltA遺伝子)の破壊によりその発現を抑えることにより取得することができる(特開2000−333690)。また、ポ
リ−γ−グルタミン酸生産能を向上させたバチルス属微生物は、ポリ−γ−グルタミン酸分解活性を低下又は消失させることによっても取得することができる(特開2003−235566号公報、米国特許公開第20030175936号、特開2003−230384号公報)。
【0014】
<2>電子伝達系阻害剤に耐性を有するように改変された微生物の取得方法
本発明に用いる細菌は、ポリ−γ−グルタミン酸を菌体外に生産する能力を持つバチルス属細菌に電子伝達系阻害剤耐性を付与することにより取得される。「電子伝達系阻害剤耐性」とは、電子伝達系阻害剤耐性を有さないバチルス属細菌、例えばバチルス属細菌の野生株又は非改変株が生育できない濃度の電子伝達系阻害剤を含む培地で生育できること、及び、電子伝達系阻害剤を含む培地でバチルス属細菌の野生株又は非改変株よりも生育速度が速いことをいう。具体的には例えば、バチルス属細菌の生育に好適な寒天培地、例えばLB寒天培地に電子伝達系阻害剤を添加した培地に細菌を接種し、好適な温度で培養した場合、バチルス属細菌の野生株又は非改変株が2日後にコロニーを形成しないときに、2日以内にコロニーを形成する菌株は、電子伝達系阻害剤耐性を有する。前記好適な温度とは、電子伝達系阻害剤を含まない培地で培養したときに、良好な生育を示す温度である。あるいは、0.1mM〜10mMの濃度の電子伝達系阻害剤、例えばテノイルトリフルオロアセトン(TTFA)、カプサイシンを含む寒天培地で、2日以内にコロニーを形成する菌株は、電子伝達系阻害剤耐性を有する。
【0015】
電子伝達系阻害剤耐性を有するバチルス属細菌は、例えば、電子伝達系阻害剤を含む培地で生育可能な変異株を分離し、単離することによって得ることができる。この分離および単離工程は複数の電子伝達系阻害剤を用いて繰り返すことができ、それにより複数の電子伝達系阻害剤に耐性を有する株を得ることができる。
微生物の電子伝達系は、NADH−ユビキノンレダクターゼ複合体、コハク酸−ユビキノンレダクターゼ複合体、ユビキノール−シトクロムcレダクターゼ複合体、シトクロムcオキシダーゼ複合体から構成されており、各複合体に特異的な阻害剤が知られている(Helmward Zollner編、Handbook of enzyme inhibitors, Wiley-VCH (1999))。例えばNADH−ユビキノンレダクターゼ阻害剤としてはロテノン、カプサイシン、アミタール及びアクリノールが、コハク酸−ユビキノンレダクターゼ阻害剤としてはアンチマイシンAおよびシナリジンが、ユビキノール−シトクロムcレダクターゼ阻害剤としてはアンチマイシンA、ジフェニルアミンおよびテノイルトリフルオロアセトン(TTFA)、シトクロムcオキシダーゼ阻害剤としてはアジ化ナトリウム、リドカイン、シアン化カリウム、ヒドロキシルアミン及びo−メチルヒドロキシルアミンが挙げられる。これらの阻害剤の中で、TTFA、カプサイシン、アジ化ナトリウム、リドカイン、ヒドロキシルアミン、o−メチルヒドロキシルアミン、そしてこれらの組み合わせが好ましく使用される。以下に、各種電子伝達系阻害剤耐性を有するバチルス属細菌を取得する方法の例について説明する。
【0016】
電子伝達系阻害剤耐性を有するバチルス属細菌は、バチルス属細菌をその生育が阻害される濃度の電子伝達系阻害剤を含む培地で培養し、生育する株を選択することによって取得することができる。ここで、生育阻害とは生育の遅れや生育阻止をいう。選択は、1回でもよく、複数回行ってもよい。培地に添加する電子伝達系阻害剤の量は、親株の生育が阻害される濃度であれば特に制限されず、阻害剤の種類によって異なるが、一般的には、0.1mM〜10mMの濃度で使用される。
【0017】
選択に先だって、バチルス属細菌に突然変異処理を施してもよい。突然変異処理は、紫外線照射またはN−メチル−N'−ニトロ−N−ニトロソグアニジン(NTG)等の既存の人工的な突然変異剤による処理によって行えばよい。電子伝達系阻害剤耐性株の選択は、1種の電子伝達系阻害剤について行ってもよく、複数種の電子伝達系阻害剤について行っても
よい。また、選択は、1種の電子伝達系阻害剤について1回でもよく、複数回行ってもよい。
【0018】
上記のようにして得られる電子伝達系阻害剤耐性を有するバチルス属細菌は、親株が生育できない濃度の電子伝達系阻害剤存在下でも、生育することができる。
【0019】
さらに、電子伝達系阻害剤耐性に加えて、各種の抗生物質耐性変異をバチルス属細菌に付与することにより、さらにポリ−γ−グルタミン酸生産性を向上させることが可能である。例えばストレプトマイシン耐性突然変異により、リボゾーム蛋白質S12に変異が生じ、微生物による物質生産が向上することが報告されている(J. Bacteriol. 178: 7276-7284.:Shima, J., A. Hesketh, S. Okamoto, S. Kawamoto, K. Ochi. 1996)。また、エリスロマイシン輸送タンパク質として機能する、スタフィロコッカス・エピデルミスのSmpAがバチルス・ズブチリスのポリ−γ−グルタミン酸のトランスポーターとして機能することが示唆されているYwtAと類似性があることが知られている(Y. Urushibata,
S. Tokuyama, Y. Tahara, J. Bacteriol., 184: 337-343, 2002)。したがって、バチルス属細菌にストレプトマイシンおよび/またはエリスロマイシンへの耐性変異を付与することにより、さらにポリ−γ−グルタミン酸の生産能を増強することができる可能性がある。
【0020】
<3>バチルス属微生物を用いたポリ−γ−グルタミン酸の生産
ポリ−γ−グルタミン酸生産能を有し、かつ電子伝達系阻害剤に耐性を有するバチルス属細菌を培養することにより、培養液中に際立った量のポリ−γ−グルタミン酸が生成蓄積される。電子伝達系阻害剤に対する耐性を付与することでポリ−γ−グルタミン酸の生産性や蓄積量が向上する理由は、培地への酸素供給速度が低下した状態において電子伝達系と共役した酸化的リン酸化によるATP産生効率が低下しにくくなったためと推定される。
【0021】
ポリ−γ−グルタミン酸生産のために使用される培地は、炭素源、窒素源、無機イオン及び必要に応じその他の有機微量栄養源を含有する通常の培地であるが、培地にグルタミン酸又はその金属塩、例えば、グルタミン酸ナトリウム、グルタミン酸カリウムなどを含有させると、ポリ−γ−グルタミン酸が効率よく生産されるので特に好ましい。培地成分の具体例としては、次のようなものを適宜組み合わせたものが用いられる。
【0022】
まず、炭素源として、ブドウ糖、果糖、ショ糖、マルトース、粗糖類、糖蜜類(例えば、甜菜糖蜜、甘藷糖蜜)、各種澱粉類(例えば、タピオカ、サゴヤシ、甘藷、馬鈴薯、トウモロコシ)又はこれらの糖化液など、あるいはそれらの2種以上を適宜組み合わせたものが用いられる。炭素源は酸や酵素等を用いることによって得ることも出来る。
【0023】
また、窒素源として、グルタミン酸、グルタミン酸ナトリウム、グルタミン酸カリウム、醤油麹若しくはその抽出物、醤油又は醤油のおりなどの醤油醸造物又はそれらの混合物、ペプトン、大豆ミール、コーンスティープリカー、酵母エキス、肉エキス、大豆そのもの又は脱脂大豆若しくはそれらの粉体又は粒体又はそれらの抽出液、尿素などの有機窒素類、硫酸、硝酸、塩酸、炭酸などのアンモニウム塩類、アンモニアガス、アンモニア水などの無機窒素類など、あるいはそれらの2種以上を適宜組み合わせたものなどが用いられる。
【0024】
また、上記の炭素源、窒素源に加えて、微生物の生育に必要な各種無機塩類、例えば、カルシウム、カリウム、ナトリウム、マグネシウム、マンガン、鉄、銅、亜鉛などの硫酸塩類、塩酸塩類、リン酸塩類、酢酸塩類、あるいはアミノ酸類、ビタミン類などが用いられる。アミノ酸類としては、前記したグルタミン酸のほかに、必要によりアスパラギン酸
、アラニン、ロイシン、フェニルアラニン、ヒスチジンなど、またビタミン類としてはビオチン、サイアミンなどを用いることができる。
【0025】
また、固体培養の場合の培地素材としては、例えば蒸煮した大豆、大麦、小麦、そば、トウモロコシ又はそれらの混合物、及びそれらにグルタミン酸又はその金属塩を添加したものが好適なものとして用いられる。
【0026】
バチルス属微生物を培養するには、前記の培地を通常の方法、例えば110〜140℃、8〜15分で殺菌した後、培地に微生物を添加する。液体培養する場合には、振とう培養、通気攪拌培養などの好気的条件下で行なうことが望ましい。その際の培養温度は、25〜50℃、好ましくは37〜42℃が適当である。
【0027】
また、培地のpHは、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、アンモニア、又はそれらの水溶液などによって調整し、pH5〜9、好ましくはpH6〜8で培養するのが望ましい。
また、培養期間は、通常2〜4日間程度でよい。また、固体培養の場合においても前記液体培養の場合と同様に、培養温度は25〜50℃、好ましくは37〜42℃、培養時のpHは5〜9、好ましくはpH6〜8が採用される。このようにして培養すると、ポリ−γ−グルタミン酸は、主として菌体外に分泌されて培養物中に蓄積される。
【0028】
この培養物からポリ−γ−グルタミン酸を分離、採取するには、公知の方法、例えば、(1)固体培養物から20%以下の食塩水により抽出分離する方法(特開平3−30648号)、(2)硫酸銅による沈殿法(Throne.B.C., C.C.Gomez,N.E.Noues and R.D.Housevright:J.Bacteriol.,68巻、307頁、1954年)、(3)アルコール沈殿法(R.M.Vard,R.F.Anderson and F.K.Dean:Biotechnology and Bioengineering,5巻、41頁、1963年、沢純彦、村川武雄、村尾沢夫、大亦正次郎:農化、47巻、159〜165頁、1973年、藤井久雄:農化、37巻、407〜412頁、1963年など)、(4)架橋化キトサン成形物を吸着剤とするクロマトグラフィー法(特開平3−244392号)、(5)分子限外濾過膜を使用する分子限外濾過法、(6)前記(1)〜(5)を適宜組合せた方法などが採用できる。このようにして分離、採取したものは、必要により公知の方法で濃縮、熱風乾燥、凍結乾燥などの操作を施して、ポリ−γ−グルタミン酸の含有液、又は粉末としてもよい。
【0029】
以下に、実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はそれらの例によってなんら限定されるものではない。
【実施例1】
【0030】
バチルス・ズブチリスNBRC16449株からの各種電子伝達系阻害剤耐性株の取得
ポリ−γ−グルタミン酸生産能を有するバチルス・ズブチリスNBRC16449を、50mlのLB培地(トリプトン 10 g/L、酵母エキス 5 g/L、NaCl 10 g/L、pH 7.0)を入れた500ml坂口フラスコに植菌し、30℃にて一晩振盪培養した後、集菌した。
【0031】
この菌体を、0.1 M リン酸カリウム緩衝液 (pH7.0)にて洗浄した後、500 mg/LのN-メチル-N'-ニトロ-N-ニトロソグアニジン(NTG)を含むリン酸カリウム緩衝液 (pH7.0)に懸濁し、30℃にて12分間放置した。NTG処理した菌体を、リン酸カリウム緩衝液 (pH pH7.0)にて4回洗浄した後、これらの菌体を一部採取し、0.61 mg/mlのカプサイシンを含むLB寒天培地(1.5%の寒天を含むLB培地)に塗布し、1〜3日間、30℃にて培養を行った。出現したコロニーについて、上記と同じ濃度のカプサイシンを含むLB寒天培地にて30℃で画線培養を行った。
【0032】
その後、形成されたコロニーをポリ−γ−グルタミン酸生産培地(6% グルコース、6%硫酸アンモニウム、0.4% KH2PO4、0.03%硫酸マグネシウム、0.001%硫酸鉄、0.005%硫酸マンガン、32 ml/l大豆塩酸加水分解液(総窒素3.5%を含む)、4.5%グルタミン酸ナトリウム、水酸化カリウムでpH7.0に調整)3mlおよび0.15 g炭酸カルシウムを入れた試験管に植菌した。37℃で3日間振とう培養した後、培養液中に生成したポリ−γ−グルタミン酸を定量した。ポリ−γ−グルタミン酸は以下の条件でHPLCを用いて定量した。

カラム:Asahipak GF7M HQ (7.6 × 300 mm) + Asahipak GS-1G(7.6 × 50 mm) (shodex社製)
移動層:10 mM Tris-HClバッファー(pH 8.6), 10 g/l NaCl
流速:0.9 ml/min
検出:UV220nm
温度:50℃
注入量:30 μl

平均分子量30 kDaのポリ−γ−グルタミン酸(味の素製)を標準品として用い、面積比からポリ−γ−グルタミン酸量を算出した。
【0033】
50株のカプサイシン耐性菌のポリ−γ−グルタミン酸生産能を評価し、親株のバチルス・ズブチリスNBRC16449株よりも高いポリ−γ−グルタミン酸蓄積を示した3株を選択し、それぞれC10、C20およびC32と命名した。
【0034】
次に、前記のNTG処理した菌体を、1 mMのテノイルトリフルオロアセトン(TTFA)を含むLB寒天培地(1.5%の寒天を含むLB培地)に塗布し、TTFA耐性株を分離した。前記と同様に50株のTTFA耐性株のポリ−γ−グルタミン酸生産能を評価し、親株のバチルス・ズブチリスNBRC16449株よりも高いポリ−γ−グルタミン酸蓄積を示した3株を選択し、それぞれT3、T28およびT25と命名した。
【0035】
さらに前記NTG処理した菌体を、2.5 mMのアジ化ナトリウムを含むLB寒天培地(1.5%の寒天を含むLB培地)に塗布し、アジ化ナトリウム耐性株を分離した。50株のアジ化ナトリウム耐性株のポリ−γ−グルタミン酸生産能を前記と同様に評価し、親株のバチルス・ズブチリスNBRC16449株よりも高いポリ−γ−グルタミン酸蓄積を示した3株を選択し、それぞれN20、N28およびN38と命名した。
【0036】
各種電子伝達系阻害剤耐性株C10、C20、C32、T3、T28、T25、N20、N28およびN38は、各々順にAJ110393、AJ110394、AJ110395、AJ110396、AJ110397、AJ110398、AJ110399、AJ110400、及びAJ110401と命名され、2005年3月10日に、ロシア国立微生物受託機関(VKPM)(ロシア、117545、モスクワ、1 Dorozhny proezd, 1)に寄託され、順に受託番号B-9007、B-9006、B-9005、B-9004、B-9003、B-9002、B-9001、B-9000およびB-8999が付与され、2005年5月10日にブタペスト条約に基づく国際寄託に同じ受託番号で移管された。
【実施例2】
【0037】
電子伝達系阻害剤耐性株によるポリ−γ−グルタミン酸の生産
実施例1で取得した上記9株(C10、C20、C32、T3、T28、T25、N20、N28およびN38)および親株のバチルス・ズブチリスNBRC16449株を3mlの前培養培地(2% グルコース、0.4%硫酸アンモニウム、0.4% KH2PO4、0.03%硫酸マグネシウム、0.001%硫酸鉄、0.002%硫酸マンガン、27 ml/l大豆塩酸加水分解液(
総窒素3.5%を含む)、水酸化カリウムでpH7.0に調整)に植菌し、37℃で16時間培養した。
【0038】
この前培養液2mlを、60mlの前記生産培地および3g炭酸カルシウムを含む500ml坂口フラスコに接種し、37℃で振とう培養した。培養開始24時間後と48時間後に培養液をサンプリングし、生成したポリ−γ−グルタミン酸を実施例1に示した方法でHPLCにより定量した。
【0039】
ポリ−γ−グルタミン酸蓄積を表1に示した。各電子伝達系阻害剤耐性株は、親株よりも、高いポリ−γ−グルタミン酸の蓄積を示し、電子伝達系阻害剤に対する耐性を付与することでポリ−γ−グルタミン酸の生産性が向上することが示された。
【0040】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
A)ポリ−γ−グルタミン酸生産能を有し、かつ電子伝達系阻害剤に耐性を有するバチルス属微生物を培地中で培養すること、および
B)培地からポリ−γ−グルタミン酸を採取すること、を含むポリ−γ−グルタミン酸の製造法。
【請求項2】
前記電子伝達系阻害剤がNADH−ユビキノンレダクターゼ阻害剤、コハク酸−ユビキノンレダクターゼ阻害剤、ユビキノール−シトクロムcレダクターゼ阻害剤、シトクロムcオキシダーゼ阻害剤およびそれらの組合せからなる群から選ばれる物質である、請求項1記載のポリ−γ−グルタミン酸の製造法。
【請求項3】
前記電子伝達系阻害剤が、テノイルトリフルオロアセトン(TTFA)、カプサイシン、およびアジ化ナトリウム、リドカイン、ヒドロキシルアミン、o-メチルヒドロキシルアミンおよびそれらの組合せからなる群から選ばれる物質である、請求項1記載のポリ−γ−グルタミン酸の製造法。
【請求項4】
前記微生物がバチルス・ズブチリスである請求項1〜3のいずれか一項に記載のポリ−γ−グルタミン酸の製造法。
【請求項5】
ポリ−γ−グルタミン酸生産能を有し、かつ電子伝達系阻害剤に耐性を有するように改変されたバチルス属に属する微生物。
【請求項6】
バチルス・ズブチリスである請求項5に記載の微生物。

【公表番号】特表2008−541694(P2008−541694A)
【公表日】平成20年11月27日(2008.11.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−555359(P2007−555359)
【出願日】平成18年5月30日(2006.5.30)
【国際出願番号】PCT/JP2006/311169
【国際公開番号】WO2006/129835
【国際公開日】平成18年12月7日(2006.12.7)
【出願人】(000000066)味の素株式会社 (887)
【Fターム(参考)】