説明

ポリアリーレンスルフィド樹脂組成物及びその樹脂成形体

【課題】高温環境下、さらには温度変化が激しい環境下においても十分な機械強度を有し、金属インサート部品に適したポリアリーレンスルフィド樹脂組成物を提供し、また、当該樹脂組成物を用いた樹脂成形体及び金属インサート部品を提供する。
【解決手段】35,000以上のピーク分子量を有するポリアリーレンスルフィド樹脂と、銅、ニッケル等の金属種を含む金属微粒子とを含有する樹脂組成物であって、当該樹脂組成物100質量%中の金属微粒子の質量含有率が5〜30質量%の範囲であり、JIS K7128−3に準拠した4mm厚成形品での150℃における直角引裂破断点変位量が8mm以上であり、かつ、ASTM D2990に準拠したASTM4号ダンベル1.6mm厚成形品での150℃、10MPa、20時間での引張クリープ歪みが5%以下であることを特徴とするポリアリーレンスルフィド樹脂組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリアリーレンスルフィド樹脂組成物に関し、また、当該ポリアリーレンスルフィド樹脂組成物からなる樹脂成形体に関する。さらには、当該樹脂組成物を用いて金属部品をインサート成形した金属インサート部品に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリアリーレンスルフィド樹脂(以下、「PAS樹脂」という。)は、優れた耐熱性、耐薬品性、難燃性、剛性、機械的特性を有しており、いわゆるエンジニアリングプラスチックとして、電気・電子部品、自動車部品、機械部品、構造部品等に広く使用されている。従来、PAS樹脂は、靭性、特に延性に乏しく脆弱であるという欠点を補う目的で無機フィラー等の繊維状強化剤を添加して使用されていたが、柔軟性が要求される用途や応力ひずみがかかる用途では不向きであった。特に、PAS樹脂に金属部品をインサート成形した金属インサート部品においては、応力ひずみの発生により、PAS樹脂と金属との間の密着性が低下したり、PAS樹脂に割れを生じたりするという問題があった。
【0003】
そこで、直鎖型PAS樹脂に、α−オレフィン単位とα,β−不飽和酸のグリシジルエステル単位からなるオレフィン系共重合体セグメントに対して、テルペン単位、N−置換マレイミド単位、ジシクロペンタジエン単位又はインデン単位からなる重合体セグメントが、分岐又は架橋構造的に化学結合したグラフト共重合体、及び無機充填材を配合した樹脂組成物が金属インサート部品用の樹脂組成物として提案されている(例えば、特許文献1〜4参照。)。しかしながら、これらの樹脂組成物は、無機充填材として、繊維状強化剤であるガラス繊維を樹脂成分に対して30〜70質量%と比較的多く含有している。ガラス繊維で材料を補強していると、100℃以上の高温環境下や、温度変化が激しい環境下で使用される用途においては、応力が集中する部分が発生し、破壊し易く、割れ等を生じ、機械的強度が不十分である問題があった。
【0004】
したがって、高温環境下、さらには温度変化が激しい環境下においても十分な機械強度を有し、また、金属インサート部品に用いた場合、PAS樹脂と金属との間の密着性が低下したり、PAS樹脂に割れを生じたりしない材料が求められている。
【0005】
【特許文献1】特開平11−293108号公報
【特許文献2】特開平11−335556号公報
【特許文献3】特開平11−335557号公報
【特許文献4】特開2000−7915号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、高温環境下、さらには温度変化が激しい環境下においても十分な機械強度を有し、金属インサート部品に適したPAS樹脂組成物を提供し、また、当該PAS樹脂組成物を用いた樹脂成形体及び金属インサート部品を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、鋭意研究を行った結果、特定の分子量であるPAS樹脂に金属微粒子を特定量配合した樹脂組成物で、JIS K7128−3に準拠した4mm厚成形品での150℃における直角引裂破断点変位量及びASTM D2990に準拠したASTM4号ダンベル1.6mm厚成形品での150℃、10MPa、20時間での引張クリープ歪みが特定の範囲にあるPAS樹脂組成物が、高温環境下、さらには温度変化が激しい環境下においても十分な機械強度を有し、金属インサート部品に適したものであることを見出した。
【0008】
すなわち、本発明は、ゲル浸透クロマトグラフィーにより求められる分子量分布のピーク分子量が35,000以上であるポリアリーレンスルフィド樹脂(A)と、銅、ニッケル、亜鉛、コバルト、鉄及びマンガンから選ばれる少なくとも1つの金属種を含む金属微粒子(B)とを含有するポリアリーレンスルフィド樹脂組成物であって、当該樹脂組成物100質量%中の金属微粒子(B)の質量含有率が5〜30質量%の範囲であり、JIS K7128−3に準拠した4mm厚成形品での150℃における直角引裂破断点変位量が8mm以上であり、かつ、ASTM D2990に準拠したASTM4号ダンベル1.6mm厚成形品での150℃、10MPa、20時間での引張クリープ歪みが5%以下であることを特徴とするポリアリーレンスルフィド樹脂組成物を提供するものである。
【0009】
また、本発明は、前記ポリアリーレンスルフィド樹脂組成物を用いた樹脂成形体及び金属インサート部品を提供するものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明のPAS樹脂組成物は、高温環境下、さらには温度変化が激しい環境下においても機械的強度に優れるため、幅広い用途の樹脂成形体を提供することができる。特に、PAS樹脂組成物に金属部品をインサート成形した金属インサート部品においては、通常、PAS樹脂組成物と金属との熱応力の差により、密着性の低下やPAS樹脂組成物の割れを生じる問題があるが、本発明のPAS樹脂組成物を用いることで、この問題を解決することができ、好適に用いることができる。具体的な用途として、キャパシターの封口板、モーターのインシュレーター、各種ギヤ等が挙げられる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明に用いるPAS樹脂(A)は、例えば、置換基を有してもよい芳香族環と硫黄原子が結合した構造の繰り返し単位を含むランダム共重合体、ブロック共重合体、及びそれらの混合物あるいは単独重合体との混合物等が挙げられる。これらのPAS樹脂の代表的なものとしては、ポリフェニレンスルフィド(以下、「PPS樹脂」という。)が挙げられる。このPPS樹脂の中でも、上記繰り返し単位の芳香環への結合がパラ位である構造を有するものが耐熱性や結晶性の面で好ましい。
【0012】
また、このPAS樹脂は、メタ結合、エーテル結合、スルホン結合、スルフィドケトン結合、ビフェニル結合、フェニルスルフィド結合又はナフチル結合を有していてもよい。ただし、この比率は、10モル%未満であることが好ましく、3官能以上の結合を有する成分を共重合させる場合は5モル%以下であることが好ましい。これは、本発明では、繰り返し単位の芳香環への結合がパラ位であるスルフィド結合(−S−)が、後述する金属微粒子との間で配位結合的な相互作用を有しており、メタ結合、エーテル結合等の結合が一定の比率より低いと、この相互作用が強くなり、より高い機械的強度が得られると考えられるためである。
【0013】
本発明に用いるPAS樹脂(A)は、1−クロロナフタレンを溶媒とするゲル浸透クロマトグラフィーにより求められる分子量分布のピーク分子量が35,000以上であるが、ピーク分子量が38,000以上であることが好ましく、ピーク分子量が40,000〜45,000の範囲であることがより好ましい。PAS樹脂のピーク分子量が、この範囲であれば、本発明のPAS樹脂組成物からなる樹脂成形体において、十分な機械的強度が得られる。
【0014】
なお、本発明におけるピーク分子量は、後述する実施例のゲル浸透クロマトグラフ測定において、標準物質としてポリスチレンを用いて、ポリスチレン換算量として求められる数値に基づくものである。数平均分子量や重量平均分子量が、ゲル浸透クロマトグラフィーの分子量分布曲線のベースラインの取り方次第で値が変化するのに対し、ピーク分子量は、値が分子量分布曲線のベースラインの取り方に左右されないものである。
【0015】
本発明に使用する溶融粘度は、キャビラリーレオメーターを用いて測定した、300℃、せん断速度500sec−1での粘度が100〜1000Pa・sの範囲であることが好ましく、200〜500Pa・sの範囲であることがより好ましい。PAS樹脂の溶融粘度が、この範囲であれば、本発明のPAS樹脂組成物からなるにおいて、十分な機械的強度が得られる。
【0016】
PAS樹脂(A)の製造方法としては、特に限定されないが、例えば、1)ジハロゲノ芳香族化合物と、必要に応じてその他の共重合成分とを、硫黄と炭酸ナトリウムの存在下で重合させる方法、2)ジハロゲノ芳香族化合物と、必要に応じてその他の共重合成分とを、極性溶媒中でスルフィド化剤等の存在下で重合させる方法、3)p−クロルチオフェノールと、必要に応じてその他の共重合成分とを自己縮合させる方法、4)有機極性溶媒中で、スルフィド化剤とジハロゲノ芳香族化合物と、必要に応じてその他の共重合成分とを反応させる方法等が挙げられる。
【0017】
これらの方法の中でも、4)の方法が汎用的であり好ましい。反応の際に、重合度を調節するためにカルボン酸やスルホン酸のアルカリ金属塩を添加したり、水酸化アルカリを添加したりしてもよい。また、加熱した有機極性溶媒及びジハロゲノ芳香族化合物を含む混合物に、含水スルフィド化剤を水が反応混合物から除去され得る速度で導入し、有機極性溶媒中でジハロゲノ芳香族化合物とスルフィド化剤とを反応させ、反応系内の水分量を有機極性溶媒1モルに対して0.02〜0.5モルの範囲にコントロールすることにより、PAS樹脂を製造する方法(特開平07−228699号公報参照。)が特に好ましい。
【0018】
本発明で用いる金属微粒子(B)は、銅、ニッケル、亜鉛、コバルト、鉄及びマンガンから選ばれる少なくとも1つの金属種を含むものである。
【0019】
本発明で用いる金属微粒子(B)に含まれる前記金属種は、第4周期に属する原子番号25〜30の金属であり、25℃での標準電極電位(V)が−1.18(マンガン)〜0.377(銅)の範囲である。標準電極電位がこの範囲にある金属は、標準電極電位が0.79以上の金、銀、白金、パラジウム等の貴金属類のように、表面の大部分が単体金属のままで、ほとんど酸化が生じていない金属とは異なり、その表面に概ね酸化皮膜が存在しているが、標準電極電位が−1.5以下のアルミニウム、チタン、ジルコニア等のように、表面が強固な酸化物層によって完全に被覆されていない。
【0020】
前記金属種は、上記のように最外表面が概ね酸化されているものの部分的に酸化に欠陥があるか、あるいは物理的刺激、例えば、PAS樹脂との溶融操作の際に金属微粒子同士が擦れ合い金属種の表面が破損するなどにより、単体金属表面が一部露出しているとものと考えられる。これらのことから、前記金属種を含む金属微粒子は、PAS樹脂中で、前記金属微粒子上に部分的に存在する単体金属露出部分とPAS樹脂のスルフィド結合(−S−)とが、適度な密度の配位結合を形成し、柔軟性を保ちつつ、PAS樹脂の分子間の相互作用を形成するものと考えられる。この結合は、共有結合による分子間架橋とは本質的に異なり脆さが発現しない上、ファンデルワールス力よりは強固な結合であるために適切な架橋強度のために柔軟性が発現しやすいと推定される。
【0021】
すなわち、前記金属種がPAS樹脂のスルフィド結合(−S−)の硫黄原子が持つ非共有電子対と配位結合的に作用し、PAS樹脂分子鎖を緩やかに拘束することでPAS樹脂の結晶化を阻害し、柔軟性、伸び特性の高い非晶部分がPAS樹脂内に増加することとなり機械的強度(靱性)が向上するものと考えられる。さらに、非晶部分の中心は弾性率が高い金属微粒子が存在するために、過剰に柔軟にはならずに一定の弾性率を維持できると考えられる。
【0022】
また、前記金属種は、融点がPAS樹脂の溶融混練温度の上限である350℃よりも高いことから(前記金属種中、亜鉛の420℃が最も低い融点)、PAS樹脂に混練しても融解することなく、PAS樹脂に容易に分散し、PAS樹脂組成物の機械的強度を向上することができる。さらに、前記金属種の毒性は概ね低いことから、PAS樹脂と溶融混練して得られた樹脂組成物は、その用途に制限が少なく、かつ貴金属類に比べて安価であるというメリットもある。
【0023】
前記金属種の中でも、銅、ニッケル、亜鉛が特に好ましい。これらの金属は上記の範囲の標準酸化還元電位を有することに加えて、酸化物の標準生成エンタルピー(単位:kJ/mol)は、−157(CuO)〜−348(ZnO)と、酸化アルミニウムの−1675、酸化ジルコニウムの−1100、酸化チタンの−940と比較して大幅に高い。したがって、酸化物の安定性が金属単体と比較して高くなく、金属種の表面に部分的に金属単体が安定して露出することとなり、PAS樹脂との間で配位結合を形成することができる。
【0024】
本発明においては、前記金属微粒子(B)が含む金属種は、銅、ニッケル、亜鉛、コバルト、鉄及びマンガンから選ばれる少なくとも1つの単体金属でもよいし、これらの金属種の少なくとも1つを含む合金であってもよい。これらの合金を用いても、単体金属粒子と同様の効果が得られる。また、銅、ニッケル、亜鉛、コバルト、鉄及びマンガンから選ばれる金属単体を2種類以上併用してもよい。
【0025】
前記合金は、前記金属種の含有率の総計が80質量%以上であれば好ましく、90質量%以上であればさらに好ましい。このような合金の例としては、銅を主成分とした黄銅、白銅、丹銅、トムバック、洋白等が挙げられ、ニッケルを主成分としたモネル等が挙げられ、鉄を主成分としたステンレス鋼、インバー、コバール、バーメンデュール、スピーゲル等が挙げられ、マンガンを主成分とした合金としてフェロマンガン等が挙げられる。
【0026】
前記金属微粒子(B)の平均粒径としては、薄肉の成形体にも応用する観点から、平均粒径が50μm以下であることが好ましい。また、平均粒径が小さいほど粒子の質量当たりの表面積が大きくなることから、少量添加で高い効果を発揮できるためより好ましい。したがって、前記金属微粒子の平均粒径は、20μm以下より好ましく、10μm以下がさらに好ましい。特に、前記金属微粒子のうち、銅及びニッケルは500nm以下の平均粒径の粒子も市販されており、これらも好ましく用いることができる。なお、この平均粒径は、メタノールを分散媒として、セルに循環ポンプを装備したレーザー回折式粒度分布測定装置(株式会社島津製作所製「SALD 2100−J」)を用いて光散乱法で測定したものである。
【0027】
また、前記金属微粒子(B)の粒径分布については特に制限はないが、平均粒径よりもより小さい粒子が多く分布しているものが好ましい。また、200μm以上である粗大粒子が存在すると、応力の中心点となる可能性があるため、これらの粗大粒子は、分級処理等により除去することが望ましい。
【0028】
前記金属微粒子(B)の粒子形状は、球状又はアスペクト比2以下の形状であることが好ましい。アスペクト比の大きい金属微粒子と比較して、アスペクト比の小さい金属微粒子を用いた場合に、特に、高温での靭性が良好となる。なお、本発明における金属微粒子のアスペクト比は、金属微粒子の顕微鏡写真を撮影し、画像処理ソフト「A像くん」(旭化成エンジニアリング株式会社製)を用いて、算出したものである。
【0029】
本発明のPAS樹脂組成物において、当該樹脂組成物100質量%中の金属微粒子(B)の質量含有率は、5〜30質量%である。また、10〜30質量%の範囲がより好ましい。この範囲であれば、本発明のPAS樹脂組成物からなる樹脂成形体において、十分な機械的特性が得られる。
【0030】
本発明のPAS樹脂組成物には、上記のPAS樹脂(A)及び金属微粒子(B)の他、さらに伸び特性を高めるために熱可塑性エラストマー(C)を配合してもよい。この熱可塑性エラストマーの配合比率は、PAS樹脂組成物100質量%中に1〜10質量%であることが好ましく、2〜5質量%がより好ましい。PAS樹脂組成物中の熱可塑性エラストマーの配合比率が、この範囲であれば、PAS樹脂組成物の弾性率の低下が小さくしつつ、伸び特性を向上することができ、配合比率が低いほど、弾性率の低下が抑制できる傾向がある。
【0031】
本発明で使用する熱可塑性エラストマー(C)は、PAS樹脂(A)を混練する温度で、溶融し、混合分散可能であることが好ましい。その点から、融点が300℃以下であり、室温でゴム弾性を有する熱可塑性エラストマーが好ましい。中でも、耐熱性、混合の容易さ、耐氷結性向上の点で、熱可塑性エラストマー(C)の中でもガラス転移点が−40℃以下のものが低温でもゴム弾性を有するため好ましい。前記ガラス転移点は、低いほど好ましいが、通常、−180〜−40℃の範囲のものが好ましく、−150〜−40℃の範囲のものが特に好ましい。
【0032】
前記熱可塑性エラストマー(C)は、エポキシ基、アミノ基、ヒドロキシ基、カルボキシル基、メルカプト基、イソシアネート基、ビニル基、酸無水物基及びエステル基からなる群から選ばれる少なくとも1種の官能基を有する熱可塑性エラストマー(C)であることが耐低温衝突性向上の点で好ましい。さらに、これらの中でも、エポキシ基あるいは酸無水物基、カルボキシル基、エステル基等のカルボン酸誘導体に起因する官能基がPAS樹脂(A)との親和性が大きくなるため特に好ましい。
【0033】
前記熱可塑性エラストマー(C)としては、例えば、α−オレフィン類と前記官能基を有するビニル重合性化合物との共重合で得ることができる。前記α−オレフィン類としては、例えば、エチレン、プロピレン、ブテン−1等の炭素原子数2〜8のα−オレフィン類などが挙げられる。前記官能基を有するビニル重合性化合物としては、例えば、(メタ)アクリル酸、(メタ)アクリル酸エステル等のα、β−不飽和カルボン酸類及びそのアルキルエステル類、マレイン酸、フマル酸、イタコン酸、その他の炭素原子数4〜10の不飽和ジカルボン酸類とそのモノ及びジエステル類、その酸無水物等のα、β−不飽和ジカルボン酸及びその誘導体、グリシジル(メタ)アクリレート等が挙げられる。
【0034】
これらの中でも、その分子内にエポキシ基、アミノ基、ヒドロキシ基、カルボキシル基、メルカプト基、イソシアネート基、ビニル基、酸無水基及びエステル基からなる群から選ばれる少なくとも1種の官能基を有するエチレン−プロピレン共重合体あるいはエチレン−ブテン共重合体が好ましく、カルボキシル基を有するエチレン−プロピレン共重合体あるいはエチレン−ブテン共重合体がさらに好ましい。これらの熱可塑性エラストマーは、単独で用いることも2種以上併用することもできる。
【0035】
本発明において、本発明の効果を損なわない範囲で、機械的特性の向上や成形加工性の向上を図る等の目的で、各種無機充填剤、添加剤を添加してもよい。
【0036】
前記無機充填材は、本発明のPAS樹脂組成物からなる樹脂成形体の弾性率をさらに向上させることを目的として併用することができる。この無機充填材としては、例えば、ガラス繊維、炭素繊維、チタン酸カルシウム、チタン酸カリウム、炭化珪素、アラミド繊維、セラミック繊維、金属繊維、窒化珪素、硫酸バリウム、硫酸カルシウム、カオリン、クレー、ベントナイト、セリサイト、ゼオライト、マイカ、雲母、タルク、ウオラストナイト、PMF、フェライト、珪酸アルミニウム、珪酸カルシウム、炭酸カルシウム、ドロマイト、酸化マグネシウム、水酸化マグネシウム、三酸化アンチモン、酸化チタン、酸化鉄、ミルドガラス、ガラスビーズ、ガラスバルーン等が挙げられる。
【0037】
なお、これらの無機充填剤の配合量は、多すぎると伸び特性を低下させる傾向にあるため、PAS樹脂組成物中に5質量%以下であることが好ましく、1質量%以下であることがより好ましい。
【0038】
また、本発明のPAS樹脂組成物には、必要に応じて、離型剤、着色剤、帯電防止剤、酸化防止剤、耐熱安定剤、紫外線安定剤、紫外線吸収剤、発泡剤、難燃剤、難燃助剤、防錆剤等の添加剤を配合してもよい。
【0039】
本発明のPAS樹脂組成物においては、JIS K7128−3に準拠した4mm厚成形品での150℃における直角引裂破断点変位量が8mm以上であるが、この直角引裂破断点変位量が10mm以上であることがより好ましい。なお、直角引裂破断点変位量とは、サンプルが破断するまでの引張試験機のチャックの移動距離であり、大きいほど好ましい。
【0040】
また、本発明のPAS樹脂組成物においては、ASTM D2990に準拠したASTM4号ダンベル1.6mm厚成形品での150℃、10MPa、20時間での引張クリープ歪みが5%以下であるが、3%以下であることがより好ましい。
【0041】
上記の直角引裂破断点変位量及び引張クリープ歪みが、上記の範囲であれば、本発明のPAS樹脂組成物からなる樹脂成形体の機械的強度が十分に高くすることができる。また、本発明のPAS樹脂組成物を金属インサート部品に用いた場合、樹脂と金属との間で発生する応力を緩和することができ、PAS樹脂組成物の割れや金属からの剥離を抑制することができる。
【0042】
本発明のPAS樹脂組成物は、PAS樹脂(A)及び前記金属微粒子(B)をタンブラー、ヘンシェルミキサー等の混合機で均一にドライブレンドした後、一軸又は二軸の押出機で溶融混練することで、樹脂ペレットとして得ることができる。
【0043】
また、本発明のPAS樹脂組成物からなる樹脂成形体を作製する方法としては、前記樹脂ペレットを、射出成形、圧縮成形、押出成形、中空成形、発泡成形、トランスファー成形等の各種成形機を用いて成形する方法が挙げられる。金属インサート成形品を成形する場合は、金型内にインサートする金属を先に設置して、その後樹脂を射出成形する方法が一般的である。
【実施例】
【0044】
以下に実施例を挙げて本発明をさらに説明する。
【0045】
(実施例1〜10及び比較例1〜8)
表1及び2に示した配合比率にしたがって、PAS樹脂(A)、金属微粒子(B)等を均一にドライブレンドした後、35mmφの2軸押出機にて290〜330℃で溶融混練して、PAS樹脂組成物のペレットを得た。なお、表1及び2において記号で示した材料は、下記の材料を表す。
【0046】
PPS−1:リニア型ポリフェニレンスルフィド(DIC株式会社製「DSP ML−320」;ピーク分子量:47,200、溶融粘度240Pa・s)
PPS−2:リニア型ポリフェニレンスルフィド(DIC株式会社製「DSP MA−520」;ピーク分子量:45,000、溶融粘度200Pa・s)
PPS−3:リニア型ポリフェニレンスルフィド(DIC株式会社製「DSP LR−1G」;ピーク分子量:30,400、溶融粘度48Pa・s)
【0047】
Cu:銅粉末(三井金属鉱山株式会社製「1020Y」;平均粒径:0.36μm、形状:球状、アスペクト比:1.0)
Zn:亜鉛粉末(本庄ケミカル株式会社製「F−2000」;平均粒径:4μm、形状:球状、アスペクト比:1.1)
Ni:ニッケル粉末(日本アトマイズ加工株式会社製「SFR−Ni」;平均粒径:10μm、形状:球状、アスペクト比:1.1)
【0048】
Ela:熱可塑性エラストマー(エチレン:メチルアクリレート:グリシジルメタクリレート=64モル%:30モル%:6モル%の共重合体)
GB:ガラスビーズ(平均粒径:18μm、球状、アスペクト比:1.0)
GF:ガラス繊維(日本電気硝子株式会社製「T−717H」、平均繊維径:10μm、アスペクト比:300)
【0049】
なお、ガラス繊維(GF)は溶融混練時に破断するため、比較例6のPAS樹脂組成物中ではアスペクト比:33、比較例7のPAS樹脂組成物中のアスペクト比:36となっていた。
【0050】
(測定用サンプルの作製)
次に、上記で得られたPAS樹脂組成物のペレットを用いて、JIS K7128−3に準拠した肉厚4mmのキャビティーを有する金型を用い、射出成形により直角引裂破断点変位量を測定する試験片を作製した。樹脂温度は300℃、金型温度は140℃、射出速度は10mm/秒(シリンダー径:25mmφ)、射出圧力は50〜80MPaとした。
【0051】
(直角引裂破断点変位量の測定)
上記で得られた測定用サンプルを用いて、JIS K7128−3に準拠して、引張試験機(株式会社島津製作所製「オートグラフAG−X」)にて150℃で直角引裂破断を行い、サンプルが破断するまでの引張試験機のチャックの移動距離を直角引裂破断点変位量として測定した。
【0052】
(引張クリープ歪みの測定)
上記で得られた測定用サンプルを用いて、ASTM D2990に準拠して、150℃、10MPa、20時間での引張クリープ歪みを測定した。
【0053】
(金属インサート気密性試験用サンプルの作製)
上記で得られたPAS樹脂組成物のペレットを用いて、図1に示したような銅製のピンを金型内に設置した状態で、樹脂を射出成形して、金属インサート気密性試験用サンプル(図1記載の金属インサート部品)を得た。樹脂温度は300℃、金型温度は140℃、射出速度は10mm/秒(シリンダー径:25mmφ)、射出圧力は50〜80MPaとした。
【0054】
(金属インサート気密性試験)
上記で得られた金属インサート気密性試験用サンプルを、40℃で1時間放置後、150℃で1時間放置し、再び40℃で1時間放置し、さらに150℃で1時間放置する冷熱(ヒートサイクル)を繰り返し行い、10サイクル後、図1のように金属インサート気密性試験用サンプルに配管をつなぎ、水中でその配管から圧縮空気を送り込み、金属インサート気密性試験用サンプルから泡が発生したときの圧力を測定し、金属インサート気密性試験を行った。なお、本試験では、40℃・1時間及び150℃・1時間の熱履歴を加えることを1サイクルとした。本試験は、温度変化が激しい環境下での耐久性の指標となるものであり、測定値が0.4MPa以上である場合を良好と判断した。
【0055】
を表3に示す。
【0056】
上記の直角引裂破断点変位量及び引張クリープ歪みの測定結果、ならびに金属インサート気密性試験の結果を表1及び2に示す。
【0057】
【表1】

【0058】
【表2】

【0059】
表1に示した金属インサート気密性試験の結果から、実施例1〜10の本発明のPAS樹脂組成物を用いた金属インサート部品は、高い気密性を有しており、高温加熱及び冷却を繰り返し行っても、PAS樹脂組成物の割れを生じず、金属との密着性も低下しないことが分かった。
【0060】
一方、金属微粒子を配合していない比較例1及び4〜6のPAS樹脂組成物、金属微粒子の配合量が5質量%未満又は30質量%を超える比較例2〜3のPAS樹脂組成物及びピーク分子量が35,000未満のPAS樹脂を配合した比較例8のPAS樹脂組成物を用いた金属インサート部品は、気密性が低いことから、高温加熱及び冷却を繰り返し行うと、PAS樹脂組成物に割れを生じ、また、金属との密着性も低下することが分かった。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】金属インサート気密性試験の説明図
【符号の説明】
【0062】
1 3mmφ円柱状金属
2 樹脂部(円筒状成形品)
3 配管と接続可能な雌ネジ部
4 雌ネジ部3と接続可能な雄ネジ部を有する配管

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ゲル浸透クロマトグラフィーにより求められる分子量分布のピーク分子量が35,000以上であるポリアリーレンスルフィド樹脂(A)と、銅、ニッケル、亜鉛、コバルト、鉄及びマンガンから選ばれる少なくとも1つの金属種を含む金属微粒子(B)とを含有するポリアリーレンスルフィド樹脂組成物であって、当該樹脂組成物100質量%中の金属微粒子(B)の質量含有率が5〜30質量%の範囲であり、JIS K7128−3に準拠した4mm厚成形品での150℃における直角引裂破断点変位量が8mm以上であり、かつ、ASTM D2990に準拠したASTM4号ダンベル1.6mm厚成形品での150℃、10MPa、20時間での引張クリープ歪みが5%以下であることを特徴とするポリアリーレンスルフィド樹脂組成物。
【請求項2】
前記ポリアリーレンスルフィド樹脂組成物100質量%中に、熱可塑性のエラストマー(C)を1〜10質量%含有する請求項1記載のポリアリーレンスルフィド樹脂組成物。
【請求項3】
前記金属微粒子(B)の平均粒径が20μm以下である請求項1又は2記載のポリアリーレンスルフィド樹脂組成物。
【請求項4】
前記金属微粒子(B)の形状が、球状又はアスペクト比が2以下の形状である請求項1〜3のいずれか1項記載のポリアリーレンスルフィド樹脂組成物。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項記載のポリアリーレンスルフィド樹脂組成物からなることを特徴とする樹脂成形体。
【請求項6】
請求項1〜4のいずれか1項記載のポリアリーレンスルフィド樹脂組成物を用いて金属部品をインサート成形した特徴とする金属インサート部品。

【図1】
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【公開番号】特開2010−150320(P2010−150320A)
【公開日】平成22年7月8日(2010.7.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−327499(P2008−327499)
【出願日】平成20年12月24日(2008.12.24)
【出願人】(000002886)DIC株式会社 (2,597)
【Fターム(参考)】