説明

ポリインジゴの製造方法

【課題】高強度といった優れた特性を有するポリインジゴを効率的に製造することができ、工業的な大量生産にも適用し得る方法を提供する。
【解決手段】ポリインジゴの製造方法は、下記工程A〜Dを含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリインジゴを製造するための方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
極めて優れた耐熱性や耐溶剤性などを有する樹脂として、ポリインジゴが知られている。かかるポリインジゴは、特許文献1に開示されている。
【0003】
特許文献1には、ポリインジゴの合成経路の1つとして下記が記載されており、その実施例もある。
【0004】
【化1】

【0005】
しかし、本発明者らが上記合成経路を追試しようとしたところ、フェニレンジアミンに酢酸基を導入する最初の工程で、目的化合物を単離さえすることができなかった。実際、特許文献1には、当該反応の例が実施例8として記載されているものの、目的化合物が含まれている濾液を減圧濃縮しているのみで精製は行われておらず、当該未精製物がそのまま次工程の実施例12で用いられている。よって、特許文献1の実施例で得られたポリインジゴには、多量の不純物が含まれていると考えられる。
【0006】
その原因を明らかにすべく、上記最初の工程の反応終了後における反応液をNMRにより分析したところ、一方のアミノ基に2つの酢酸基が結合した化合物や、3つ或いは4つの酢酸基が結合した化合物が副生しており、目的化合物の生成率はせいぜい30%程度であった。この様に、当該工程の目的化合物はその生成率が低い上に、副生成物と構造が近いことから、単離が困難であると考えられる。
【0007】
また、特許文献1には、2,5−ジクロロテレフタル酸を出発原料とし、これをグリシル化した後に閉環する方法も開示されている。しかし、出発原料である2,5−ジクロロテレフタル酸は非常に高価で且つ入手し難いので、当該方法を工業的な大量合成に適用するには問題がある。
【特許文献1】米国特許第3,414,545号明細書(第3カラムのルートA、第4カラムのルートB、実施例8)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述した様に、従来、ポリインジゴを製造する方法は知られていた。しかし、いずれの方法も収率が極めて悪かったり出発原料が非常に高価であるといった問題を有しており、ポリインジゴを工業的に生産する方法としては不適であった。
【0009】
そこで、本発明が解決すべき課題は、高強度など優れた特性を有するポリインジゴを効率的に製造することができ、工業的な大量生産にも適用し得る方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決すべく、ポリインジゴの製造条件につき鋭意研究を重ねた。その結果、原料化合物のアミノ基に酢酸基を導入するに当たり、いったん酢酸エステル基を導入した上で加水分解すれば、副生物の量も少なく効率的な合成が可能となる上に、工程数は増えるものの全体的な収率と、目的化合物およびその合成中間体の純度が顕著に向上することを見出して本発明を完成した。
【0011】
本発明方法は、下記式(1)のポリインジゴを製造するための方法であって、
【0012】
【化2】

[式中、Arはアリール基を示し;XはC=Oを示し且つYはNHを示すか、またはXはNHを示し且つYはC=Oを示す]
【0013】
下記工程A〜Dを含むことを特徴とする。
【0014】
【化3】

[式中、Ar、XおよびYは上記と同義を示し;Zはハロゲン原子を示し;R1はカルボキシル基の保護基を示し;Mはアルカリ金属原子を示す]
【0015】
上記方法において、工程Bは、下記式の通り二段階で行うことが好ましい。工程B−1で化合物が酸塩として精製することが可能になり、化合物の着色を低減でき、高品質なアルカリ金属塩化合物が得られるからである。また、塩基触媒を使った加水分解反応により直接アルカリ金属塩を製造するよりも、全体としての効率は良い。
【0016】
【化4】

[式中、ArおよびMは上記と同義を示し;R1’はカルボキシル基の保護基であるR1のうち酸で除去できるものを示す]
【0017】
上記方法の工程B−2においては、ナトリウムまたはカリウムの水酸化物、炭酸塩、または炭酸水素塩を用い、ナトリウム塩またはカリウム塩を得ることが好適である。ナトリウム塩またはカリウム塩を用いれば、次の工程Cにおける閉環反応が良好に進行するからである。
【0018】
上記方法工程Cにおいては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、またはこれらの混合物の溶融液中で閉環反応を行うことが好ましい。閉環反応が効率的に進行するからである。
【発明の効果】
【0019】
本発明方法によれば、高い耐熱性や耐溶剤性といった優れた特性を有するポリインジゴを、極めて効率的に製造することができる。従って本発明は、ポリインジゴの工業的な大量生産を可能にするものとして、産業上極めて有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
本発明において、「アリール基」とは芳香族炭化水素基をいい、例えば、フェニル、ナフチル、ビフェニル、インデニルを挙げることができる。
【0021】
アリール基は、可能であれば一般的な置換基を有していてもよい。置換基としては、C1−C6アルキル、ハロゲン原子、フェニル、およびベンジルからなる群より選択される1または2以上を挙げることができる。上記置換基のうち、フェニルおよびベンジルは、さらに、C1−C6アルキルおよびハロゲン原子からなる群より選択される1または2以上で置換されていてもよい。なお、置換基の数は、置換可能であれば特に制限されないが、好適には1〜4個であり、さらに1または2個が好ましく、さらに2個が好ましい。また、置換基が複数存在する場合、それらは互いに同一であってもよいし、異なっていてもよい。
【0022】
本発明において「C1−C6アルキル」は、炭素数が1〜6の直鎖状または分枝鎖状の脂肪族炭化水素を意味する。例えば、メチル、エチル、プロピル、イソプロピル、ブチル、イソブチル、t−ブチル、ペンチル、ヘキシル等である。好ましくは(C1−C4)アルキルであり、より好ましくはメチル、エチル、またはt−ブチルであり、さらに好ましくはメチルである。
【0023】
「ハロゲン」にはフッ素原子、塩素原子、臭素原子およびヨウ素原子が含まれ、好ましくはフッ素原子、塩素原子、または臭素原子である。
【0024】
本発明方法の製造目的化合物であるポリインジゴ(1)は、下記の通りである。
【0025】
【化5】

[式中、Arはアリール基を示し;XはC=Oを示し且つYはNHを示すか、またはXはNHを示し且つYはC=Oを示す]
【0026】
なお、nは正の整数を示し、具体的な数値は特に特定されないが、本願発明によれば、分子量が3000以上の高分子量のポリインジゴを良好に製造できると考えられる。
【0027】
上記式中のアリール基は、上記定義の通りである。従って、ポリインジゴ(1)としては、以下のものを例示できる。
【0028】
【化6】

【0029】
上記全ての例においては、2つのピロリジン−3−オン構造が点対称の関係にあるが、原料化合物を選択することによって、当該構造が線対称の関係にあるポリインジゴも合成可能である。また、点対称のモノマーと線対称のモノマーを混合して重合させることによって、それらのランダム共重合体を製造することも可能である。
【0030】
各モノマー間は炭素−炭素二重結合により結合されており自由回転が阻害されている。よって、ポリインジゴ内には上下が逆のまま重合しているモノマーが存在し、実際には、各モノマーの上下はランダムに重合されていると考えられる。
【0031】
ポリインジゴ(1)において、「n」は正の整数を表す。本発明方法によれば、重合度の高いポリインジゴを効率よく製造することができる。
【0032】
本発明方法は、工程A〜Dを含むことを特徴とする。
【0033】
【化7】

[式中、Ar、XおよびYは上記と同義を示し;Zはハロゲン原子を示し;R1はカルボキシル基の保護基を示し;Mはアルカリ金属原子を示す]
【0034】
以下、各工程につき説明する。
【0035】
・工程A
工程Aは、ジアミノ化合物の2つのアミノ基へ酢酸エステル基を導入することにより化合物(4)を製造するための工程である。本工程では、触媒の存在下、溶媒中でジアミノ化合物(2)と酢酸エステル化合物(3)を反応させる。
【0036】
ジアミノ化合物(2)は、比較的シンプルな構造を有することから、市販のものを購入して用いることができ、或いは有機化学分野の当業者に周知の方法で市販化合物から合成してもよい。
【0037】
化合物(2)は、所望のポリインジゴ(1)に応じたものを用いればよいが、後述する閉環反応のために、アミノ基に隣接する炭素原子のうち少なくとも一方は、無置換である必要がある。
【0038】
また、目的化合物のポリインジゴにおいて、2つのピロリジン−3−オン構造がAr基を中心として点対称の関係にあるか線対称の関係にあるかは、使用するジアミノ化合物(2)の構造により制御することができる。例えば、ジアミノ化合物(2)としてp−フェニレンジアミンを用いれば、ポリインジゴにおける2つのピロリジン−3−オン構造は点対称の関係となる。一方、m−フェニレンジアミンを用いれば、2つのピロリジン−3−オン構造は線対称の関係となる。
【0039】
本発明方法で使用できるジアミノ化合物(2)としては、例えば、m−フェニレンジアミン、p−フェニレンジアミン、2,5−ジメチルフェニレン−1,4−ジアミン、2,5−ジエチルフェニレン−1,4−ジアミン、2,5−ジ−t−ブチルフェニレン−1,4−ジアミン、2,5−ジクロロフェニレン−1,4−ジアミン、2,5−ジブロモフェニレン−1,4−ジアミン、2,5−ジフェニルフェニレン−1,4−ジアミン、2,5−ジトリルフェニレン−1,4−ジアミン、ベンジジン、3,3’−ジメチル−4,4’−ジアミノビフェニル、3,3’−ジエチル−4,4’−ジアミノビフェニル、3,3’−ジ−t−ブチル−4,4’−ジアミノビフェニル、3,3’−ジフェニル−4,4’−ジアミノビフェニル、3,3’−ジトリル−4,4’−ジアミノビフェニル、3,3’−ジクロロ−4,4’−ジアミノビフェニル、3,3’−ジブロモ−4,4’−ジアミノビフェニル、3,3’−ジヨウ化−4,4’−ジアミノビフェニル、1,5−ジアミノナフタレン、2,6−ジアミノナフタレンを例示することができる。
【0040】
酢酸エステル化合物(3)も、比較的シンプルな構造を有することから、市販のものを購入して用いることができ、或いは有機化学分野の当業者に周知の方法で市販化合物から合成してもよい。
【0041】
酢酸エステル化合物(3)のR1は、工程Aの反応において安定である一方で、比較的容易に除去できるものであれば、その種類は特に制限されない。例えば、メチル、エチル、イソプロチル、t−ブチル、ベンジル、フェニル等を挙げることができる。また、Zも特に制限されず、脱離基として一般的な塩素原子や臭素原子、ヨウ素原子であればよい。
【0042】
よって、本発明方法で使用できる酢酸エステル化合物(3)としては、例えば、クロロ酢酸メチル、クロロ酢酸エチル、クロロ酢酸ベンジル、クロロ酢酸フェニル、ブロモ酢酸メチル、ブロモ酢酸エチル、ブロモ酢酸ベンジル、ブロモ酢酸フェニル、ヨウ化酢酸メチル、ヨウ化酢酸エチル、ヨウ化酢酸ベンジル、ヨウ化酢酸フェニルを例示することができる。
【0043】
本工程で用いる溶媒は、原料化合物を適度に溶解することができ且つ本工程において不活性なものであれば特に制限されないが、ジメチルホルムアミドやジメチルアセトアミド等のアミド;1,4−ジオキサンやテトラヒドロフラン等のエーテル;アセトン;ピリジン;水;これらの混合溶媒が含まれる。
【0044】
本工程で触媒として用いる塩基には、トリエチルアミン等の有機アミン;水酸化ナトリウムや水酸化カリウム等のアルカリ金属の水酸化物;水酸化カルシウム等のアルカリ土類金属の水酸化物;炭酸ナトリウムや炭酸カリウム等のアルカリ金属の炭酸塩;炭酸カルシウム等のアルカリ土類金属の炭酸塩;炭酸水素ナトリウムや炭酸水素カリウム等のアルカリ金属の炭酸水素塩が含まれる。
【0045】
本工程では、一般的には、ジアミン化合物(2)を溶媒に溶解し、冷却した後に塩基を加え、さらに酢酸エステル化合物(3)をそのまま或いは溶媒に溶解した上で滴下する。使用する酢酸エステル化合物(3)の添加量は、ジアミン化合物(2)の2つのアミノ基へ酢酸エステル基を導入する必要があるので、ジアミン化合物(2)に対して1.6〜2.4当量程度とすればよい。また、原料化合物の存在やモノ酢酸エステル化化合物の存在をTLC等により確認できた場合には、酢酸エステル化合物(3)をさらに追加してもよい。
【0046】
塩基を添加する際の温度は、氷冷などにより10℃以下とすることが好ましく、酢酸エステル化合物(3)の添加時の温度は、30℃以下に調節することが好ましい。滴下後は、室温でさらに反応させてもよい。反応時間は特に制限されず、例えば原料化合物等の存在をTLC等で確認できなくなった時点で反応を収量させればよいが、通常は、滴下時間とその後の反応時間を合わせて2〜10時間程度とすることができる。
【0047】
反応後は、一般的な方法により精製すればよい。例えば、反応混合液を氷水や氷に滴下し、析出した目的化合物を濾別し乾燥すればよい。さらに、再結晶などの方法により精製してもよい。
【0048】
・工程B
工程Bは、工程Aで得られたエステル化合物(4)を脱保護し、アルカリ金属塩(5)を得る工程である。当該工程の反応条件は、保護基R1の種類に応じたものを採用すればよい。例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、アンモニア等を含む塩基性水溶液中、室温〜100℃程度でエステル化合物(4)を加水分解すればよい。必要に応じて、所望のアルカリ金属塩に変換する。しかし、好適には、下記の通り先ず酸で脱保護した後にアルカリ金属塩とする。従来方法に基づいて、塩基性溶媒中、一段階で脱保護してアルカリ金属塩にすると、アルカリ金属塩(5)が着色するなど、高品質なものが得られ難い場合があるからである。また、以下に示す様に、二段階でアルカリ金属塩とした方が、全体として効率が良い。
【0049】
【化8】

[式中、ArおよびMは上記と同義を示し;R1’はカルボキシル基の保護基であるR1のうち酸で除去できるものを示す]
【0050】
上記工程B−1は、エステル化合物(7)を酸により加水分解して脱保護する工程である。従って、カルボキシル基の保護基であるR1’は、酸で除去できるものである必要がある。具体的には、メチル、エチル、t−ブチル等であればよい。
【0051】
本工程では、一般的には、塩酸、硫酸、リン酸等を含む酸性水溶液中、室温〜100℃程度でエステル化合物(7)を加水分解する。当該反応によれば、カルボン酸化合物(8)は塩の状態で精製でき、高品質なものが得られる。
【0052】
反応条件は、一般的なエステルの加水分解反応の条件を用いることができる。例えば、反応時間は特に制限されず、原料化合物の消失をTLC等で確認できるまでとすることができるが、一般的には30分間〜6時間程度とすることができる。
【0053】
反応後は、一般的な方法により精製すればよい。例えば、反応終了後の反応液を室温まで放冷し、一晩程度放置して結晶を析出させ、これを濾別し乾燥すればよい。さらに精製を進める場合や着色を除く場合には、例えば熱水に溶解した後に活性炭により脱色し、活性炭を濾別し、濾液を放冷して結晶を析出させてもよい。
【0054】
上記工程B−2は、カルボン酸化合物(8)を、アルカリ金属塩化合物(5)にする工程である。反応条件は、一般的なものを採用すればよい。
【0055】
例えば、カルボン酸化合物(8)を1〜50質量%程度の水溶液とし、アルカリ金属の水酸化物、炭酸塩、炭酸水素塩などの水溶液を滴下すればよい。この際のアルカリ金属化合物の水溶液の濃度は、0.1〜20質量%程度にすることができる。また、アルカリ金属化合物としては、ナトリウムまたはカリウムの水酸化物、炭酸塩、または炭酸水素塩を好適に用いることができる。
【0056】
使用するアルカリ金属化合物の量は、カルボン酸化合物(8)の2つのカルボキシル基と、それに付加している酸を正確に中和できるものとすることが好ましい。目的化合物であるアルカリ化金属塩(5)をできる限り定量的に得たい一方で、アルカリ金属化合物の残留を抑制したいことによる。例えば、カルボン酸化合物(8)が二塩酸塩である場合は、アルカリ化金属化合物をカルボン酸化合物(8)に対して4当量使用することが好ましい。また、アルカリ金属化合物を滴下しつつ反応混合物のpHを測定し、pHが7になった時点で添加を止めてもよい。
【0057】
反応後は、一般的な方法により精製すればよい。しかし、主な副生物は単なる無機塩であるので、反応溶液を減圧濃縮し、そのまま次工程で用いてもよい。
【0058】
・工程CとD
本発明に係るポリインジゴ(1)は、アルカリ化金属塩(5)を閉環反応に付してビスピロリジノン化合物(6)とし、これを酸化重合することにより製造することができる。
【0059】
このビスピロリジノン化合物(6)では、その活性メチレン部位が空気中の酸素と反応して2量化や酸化反応等の反応が進むため、この化合物を安定に取り出すことは非常に困難である。そのため、通常、アルカリ化金属塩(5)を閉環させ、ビスピロリジノン化合物(6)を単離することなく水中で酸素と接触せしめて酸化重合を行う。従って、いかに高品質のアルカリ化金属塩(5)を製造できるかが重要となってくる。従来の製造方法では、高品質のアルカリ化金属塩(5)は得られ難かったが、本発明方法によれば、高品質のアルカリ化金属塩(5)を効率的に製造することができる。
【0060】
工程Cでは、アルカリ溶融反応を行うことが好ましい。具体的には、乾燥不活性ガス気流下でアルカリ金属の水酸化物を190〜350℃程度に加熱して溶融する。当該溶融物へは、好適にはナトリウムアミド等を、水酸化物に対して5〜60質量%程度、より好適には5〜30質量%程度加える。また、ナトリウムアミドの代わりに、酸化カルシウムや酸化バリウム等のアルカリ金属酸化物を添加しても、閉環反応は進行する。
【0061】
上記溶融物を攪拌しながら、アルカリ化金属塩(5)をゆっくり加える。添加時の温度も、190〜300℃程度に維持する。添加後、同様の温度で10〜120分間程度攪拌を継続する。次いで、反応混合物の温度を室温まで冷却した後、続いて重合工程である工程Dに移行する。具体的には、工程Cを経た反応混合物を水に加えて溶解した後、空気などの酸素含有ガスを溶液中に吹き込む。この際の反応温度は100℃以下が好ましく、80℃以下がより好ましく、さらに60℃以下が好ましい。また、反応時間は特に制限されず、例えばTLC等によりビスピロリジノン化合物(6)が検出されなくなるまでとすればよいが、通常は10分間〜48時間程度、より好ましくは30分間〜24時間程度である。
【0062】
反応後は、一般的な方法により精製すればよい。例えば、塩酸や硫酸などの酸を用いて反応混合液を中和した後、中和による析出物を濾取し、多量の水で充分に洗浄する。得られたポリインジゴ(1)は、乾燥後、さらに、ジメチルホルムアミドやジメチルアセトアミド等のアミド;1,4−ジオキサンやテトラヒドロフラン等のエーテル;アセトン;メタノールやエタノール等のアルコール;などの有機溶媒により洗浄して、低分子量成分を除くことができる。
【0063】
このようにして製造されたポリインジゴは、様々な成形体に加工され得る。例えば、以下の方法により繊維に加工することができる。
【0064】
先ず、ポリインジゴの溶液を調整する。ポリインジゴは汎用溶媒にはほとんど不溶であるが、塩基性条件下でハイドロサルファイトを用いて還元することによって、その水溶液を得ることができる。また、メタノールやエタノール等のアルコール中で水素化ホウ素ナトリウムや水素化ホウ素カリウムを用いて還元することにより、溶液を得ることができる。これら水溶液を濾過して不溶物を濾別した後、溶液を濃縮して曳糸性のある溶液とする。
【0065】
上記で得られたポリインジゴ溶液を紡糸口金から押し出す。紡糸口金を出たドープは、紡糸口金と洗浄バス間の空間で引き伸ばされてフィラメントとなる。この空間は一般にエアギャップと呼ばれており、空気または酸素で満たされていることが必要である。このエアギャップを通過する際に、溶液中のポリインジゴは酸化され、ロイコ体からケトン体に変化し、溶媒に対する溶解度が減じて系から析出して繊維状に成形される。成形されたフィラメントは、水やアルコール等の溶剤により洗浄され還元剤や酸化剤等が除去される。その後、フィラメントに対して、乾燥や加熱などの処理を必要に応じて行なってもよい。
【0066】
その他、上記ポリインジゴ溶液をダイから押し出してキャスト成膜したり、スピンコートすることによりシートやフィルムに加工することもできる。より具体的には、基板上に塗布した溶液に空気を接触させて酸化を行うと同時に、溶媒を蒸発させる。基板上からポリインジゴフィルムを剥がし、水洗して還元剤を除去した後収縮しないように、フィルムを枠に固定して乾燥する。乾燥は、風乾または50〜300℃の加熱乾燥、または減圧下100℃以下で行うことができる。その後、ポリインジゴフィルムに対して、必要に応じて加熱処理を行ってもよい。
【0067】
こうして得られたポリインジゴ成形体は、優れた耐熱性や強度、弾性率、耐溶剤性といったポリインジゴ本来の特性をそのまま享有するため、極めて有用である。
【実施例】
【0068】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例により制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0069】
実施例1−1 ジエチル p−フェニレンジグリシネート
500mL容の四つ口フラスコに、DMF(250mL)と炭酸ナトリウム(19.6g、0.185mol)を入れ、窒素バブリング後、p−フェニレンジアミン(20.0g、0.185mol)を加えた。当該反応混合液を5℃に氷冷した。別途、ブロモ酢酸エチル(49.4g、0.296mol)をDMF(50g)に溶解した。当該溶液を、上記反応混合液へ約4時間かけて滴下した。滴下後、当該混合液の温度は10℃まで上昇した。当該混合液をTLCにより分析したところ、モノグリシネート体であるN−(エトキシカルボニルメチル)−p−フェニレンジアミンのスポットが観察されたことから、反応を完結させるために、ブロモ酢酸エチル(2.47g)をDMF(2.5g)に溶解した溶液を、2回滴下した。滴下後、氷浴を外して室温で1時間攪拌した。当該反応混合液を氷(500g)中へ滴下し、析出した白黄色固体を濾取した。得られた固体を、真空下40℃で5時間乾燥した。その結果、目的化合物(37.4g、収率:82.0%)が得られた。当該化合物の1H−NMRスペクトルを、図1に示す。
【0070】
実施例1−2 p−フェニレンジグリシン二塩酸塩
上記実施例1−1で得られたジエチル p−フェニレンジグリシネート(31.5g、0.112mol)を濃塩酸(250mL)に加え、90℃で100分間加熱した。未溶解物が残留していたため、温度を維持しつつ当該未溶解物を濾別した。反応混合液を一晩放置した後、析出した白色結晶を濾取し、イソプロパノールで洗浄することによって、目的化合物(21.0g、収率:63.3%)を得た。得られた目的化合物の純度をHPLCにより分析したところ、純度は98.4%であった。さらに、同様にして精製を行ったところ、得られた目的化合物の収量は16.0g、収率は88.7%であり、HPLCによる純度は99.3%であった。得られた目的化合物の1H−NMRスペクトルを図2に示す。なお、HPLCの測定条件は、以下の通りである。
カラム: GLサイエンス社製、GC−Pack
溶離液: 水/アセトニトリル=20/80(0.02Mリン酸)
検出波長: 230nm。
【0071】
実施例1−3 p−フェニレンジグリシン二カリウム塩
上記実施例1−2で得た高純度の塩酸塩(3.0g)を、10分間窒素バブリングした水(50mL)の中へ加えた。当該反応混合液を窒素バブリングしながら1N水酸化カリウム水溶液(40mL)を加え、そのpHを7に調整した。エバポレーターにより少しずつ水を減圧留去し、固体が析出し始めたところで留去を中止した。析出した固体を濾別して分析したところ、この時点で目的化合物と塩化カリウムの混合物であったところから、濾液も全て減圧濃縮し、そのまま次工程で用いることにした。得られた固体の収量は4.6gであった。
【0072】
実施例1−4 ポリインジゴ
100mL容のステンレスビーカーに、水酸化カリウム(19.38g、0.35mol、53.1当量)と水酸化ナトリウム(19.28g、0.48mol、74.2当量)を入れ、約350℃に加熱して溶融させた。当該溶融物を、同温度で30分間窒素バブリングした。当該溶融物を220℃まで降温した後、ナトリウムアミド(3.27g、0.083mol、12.9当量)を少量ずつ加え始めた。当該溶融物へ、上記実施例1−3で得たp−フェニレンジグリシン二カリウムと塩化カリウムの混合物(4.6g)を220℃で少しずつ加えた。その結果、反応混合物は黒色に変化した。当該反応混合物を220℃で1時間攪拌し、発泡が消失したところで攪拌を停止し、室温まで放冷した。次いで、当該反応混合物を水(100mL)に加えて溶解し、2時間空気を吹き込んだ後、濃塩酸を加えることによりpHを1にした。生じた析出物を濾過し、減圧乾燥することによって、黒色固体である目的化合物を得た。図3に、得られた目的化合物の13C−NMRスペクトルを示す。
【0073】
図3の通り、ベンゼン環の炭素ピークの他に、ピロリジン−3−オン構造を構成する炭素−炭素二重結合を有する炭素のピークも明確に見られる。また、炭素−炭素二重結合を有する炭素のピークは、比較的ブロードになっている。これは、閉環反応と重合反応が適切に進行し、高分子中における位置や、単位構造における二級アミノ基とカルボニル基のシスまたはトランス構造など、様々な環境下の二重結合を有する炭素が存在することを示している。
【0074】
実施例2 p−フェニレンジグリシン二塩酸塩
上記実施例1−2において、炭酸ナトリウムの代わりに水酸化ナトリウム(8.88g、0.37mol)を使用した以外は同様にして、反応を行った。その結果、同様に目的化合物(36.7g、収率:80.5%)が得られた。
【0075】
実施例3−1 ジエチル 4,4’−ビフェニレンジグリシネート
500mL容の四つ口フラスコに、DMFと炭酸ナトリウムを入れ、窒素バブリング後、3,3’−ジメチルベンジジンを加える。別途、ブロモ酢酸エチルをDMFに溶解する。当該溶液を滴下する。滴下後、原料化合物や中間体が存在する場合には、ブロモ酢酸エチルをさらに追加してもよい。その後、氷浴を外し、室温で撹拌する。反応液を氷中に滴下し、析出する固体を濾取する。得られた固体を乾燥することにより、目的化合物が得られる。
【0076】
実施例3−2 4,4’−ビフェニレンジグリシン二塩酸塩
実施例3−1で得られるジエチル 4,4’−ビフェニレンジグリシネートを濃塩酸に加える。温度を90℃まで上げて反応させる。未溶解物が存在する場合には、温度を維持したまま濾別し、これを除去する。室温で放置した後、析出する結晶を濾取し、イソプロパノールで洗浄する。得られる結晶を、窒素バブリングした水に溶解する。窒素気流下で90℃に加熱し、活性炭を加えて撹拌した後、温度を維持したまま濾過して活性炭を濾別する。濾液を室温まで冷却後、エバポレーターによりある程度まで減圧濃縮する。結晶が析出するまで濃塩酸を加えた後、加熱還流し、全てを溶解させる。一晩静置した後、析出する結晶を濾取する。必要に応じて、さらに同様の精製を行ってもよい。
【0077】
実施例3−3 4,4’−ビフェニレンジグリシン二カリウム塩
上記実施例3−2で得られる高純度の塩酸塩を、10分間窒素バブリングした水の中へ加える。窒素バブリングしながら1N水酸化カリウム水溶液を加え、そのpHを7に調節する。当該反応混合液を濾過し、エバポレーターにより濾液を減圧濃縮する。得られた固体は、目的化合物と塩化カリウムの混合物であると考えられる。
【0078】
実施例3−4 ポリインジゴ
ステンレスビーカーに水酸化カリウムと水酸化ナトリウムを入れ、約350℃に加熱して溶融させ、同温度で窒素バブリングを行う。220℃まで降温させた後、ナトリウムアミドを少しずつ加える。未溶解物が存在する場合には、300℃まで昇温してもよい。当該反応混合物の温度を230℃まで降温させ、上記実施例3−3で得られるジグリシルカリウム塩と塩化カリウムとの混合物を少量ずつ加える。当該反応混合物を加熱攪拌し、発泡がなくなってきたところで攪拌を停止し、放冷する。その後、当該反応混合物を水に加え溶解させる。当該反応混合物へ空気を吹き込んだ後、濃塩酸を加えてそのpHを1に調整する。析出物を濾過し、減圧乾燥することによって、目的化合物が得られる。
【0079】
比較例1 ジエチル p−フェニレンジグリシネート
50mL容の三口フラスコに水(30mL)を入れ、10分間窒素バブリングした。その後、クロロ酢酸(5.278g、0.0559mol)を加えた。さらに、4N水酸化ナトリウムを加えることによって、当該反応混合液のpHを7に正確に調節した。次いで、p−フェニレンジアミン(3.0g、0.0277mol)をゆっくり加えた。90℃まで昇温したところ、未溶解物は無くなった。当該反応混合物を2時間45分間加熱還流した後、室温まで放冷した。一晩放置し、析出した白色結晶を濾取した。得られた結晶を水(20mL)で洗浄し、30℃で5時間真空乾燥した。その収量は6.47gであった。
【0080】
得られた結晶をNMRにより分析したところ、目的化合物のみならず、片側のN位に2分子のクロロ酢酸が反応した副生物等が50%程度含まれていることがわかった。この様に、従来方法によれば、純度の高いアリールジグリシネートを効率的に製造できないことが明らかとなった。
【図面の簡単な説明】
【0081】
【図1】実施例1−1で製造したジエチル p−フェニレンジグリシネートの1H−NMRスペクトルである。
【図2】実施例1−2で製造したp−フェニレンジグリシン二塩酸塩の1H−NMRスペクトルである。
【図3】実施例1−4で製造したポリインジゴの13C−NMRスペクトルである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)のポリインジゴを製造するための方法であって、
【化1】

[式中、Arはアリール基を示し;XはC=Oを示し且つYはNHを示すか、またはXはNHを示し且つYはC=Oを示す]
下記工程A〜Dを含むことを特徴とするポリインジゴの製造方法。
【化2】

[式中、Ar、XおよびYは上記と同義を示し;Zはハロゲン原子を示し;R1はカルボキシル基の保護基を示し;Mはアルカリ金属原子を示す]
【請求項2】
上記工程Bを下記式の通り二段階で行う請求項1に記載のポリインジゴの製造方法。
【化3】

[式中、ArおよびMは上記と同義を示し;R1’はカルボキシル基の保護基であるR1のうち酸で除去できるものを示す]
【請求項3】
上記工程B−2において、ナトリウムまたはカリウムの水酸化物、炭酸塩、または炭酸水素塩を用いる請求項2に記載のポリインジゴの製造方法。
【請求項4】
上記工程Cにおいて、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、またはこれらの混合物の溶融液中で閉環反応を行う請求項1〜3の何れかに記載のポリインジゴの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−56814(P2008−56814A)
【公開日】平成20年3月13日(2008.3.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−235957(P2006−235957)
【出願日】平成18年8月31日(2006.8.31)
【出願人】(000003160)東洋紡績株式会社 (3,622)
【出願人】(503361400)独立行政法人 宇宙航空研究開発機構 (453)
【Fターム(参考)】