説明

ポリエステル系繊維用難燃加工剤、それを用いた難燃性ポリエステル系繊維、及びその製造方法

【課題】ポリエステル系繊維に対して、耐光堅牢度、摩擦堅牢度及びフォギング性(曇り性)に対する悪影響を十分に防止しつつ、優れた難燃性を付与することができると共に熱安定性及び耐加水分解性にも優れたリン系難燃加工剤を提供すること。
【解決手段】トリフェニルホスフィンオキシド(A)と、クレジルジフェニルホスフェートなどの有機リン酸エステル系化合物(B)及びフェニレンビスマレイミドなどのビスマレイミド系化合物(B)からなる群から選択される少なくとも一つの化合物(B)と、を難燃加工成分として含有することを特徴とするポリエステル系繊維用難燃加工剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリエステル系繊維用難燃加工剤及びそれを用いた難燃性ポリエステル系繊維の製造方法、並びに難燃性ポリエステル系繊維に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、ポリエステル系繊維に難燃性を付与する方法として、ヘキサブロモシクロドデカン等のハロゲン化シクロアルカン化合物を難燃加工成分として用い、その難燃加工成分を分散剤によって水に分散させてなる難燃加工剤を用いる方法が知られている。
【0003】
しかしながら、近年、地球環境や生活環境の保護への関心の高まりから、ハロゲン系化合物に代えて、ハロゲン元素を含有しないリン系化合物を難燃加工成分として用い、ポリエステル系繊維に難燃性を付与する方法が開発されている。例えば、特開2000−328445号公報(特許文献1)には、界面活性剤の存在下、乳化分散させたレゾルシノールビス(ジフェニルホスフェート)を含有する難燃加工剤を染色液に添加して、染色と同時にポリエステル系繊維に吸着させる難燃加工方法が開示されている。また、特開2003−193368号公報(特許文献2)には、界面活性剤の存在下、溶剤に分散させた1,4−ピペラジンジイルビス(ジアリールホスフェート)等のアリールジアミノホスフェートを含有する難燃加工剤を染色液に添加して、染色と同時にポリエステル系繊維に難燃加工剤を吸着させて乾燥させた後に、170〜220℃で熱処理する難燃加工方法、並びに、ポリエステル系繊維を染色した後に前記難燃加工剤を付着させて乾燥させて170〜220℃で熱処理する難燃加工方法が開示されている。
【0004】
しかしながら、特許文献1や特許文献2で開示された難燃加工方法ではポリエステル系繊維内部にリン系難燃加工成分を十分に吸尽させることが困難であったため、ポリエステル系繊維に十分な難燃性を付与することができないという問題や、またポリエステル系繊維中のリン酸アミドが紫外線等によりポリエステル系繊維中の染料を劣化させ色目を変化させるという問題があった。
【0005】
また、リン酸エステル系難燃加工剤の一般的な問題点として、フォギング性(曇り性)、加水分解性、熱安定性、染色性への影響や、耐光堅牢度、摩擦堅牢度の低下等があった。これらは特に車輌用内装材に対してかかる難燃加工剤が用いられた場合に重大な問題となった。そのため、これらの問題を比較的低減できるリン系難燃加工剤として、例えば、特開2007−092263号公報(特許文献3)にはトリフェニルホスフィンオキシドを難燃加工成分として用いた難燃加工剤が開示されている。しかしながら、特許文献3で開示された難燃加工剤であっても、トリフェニルホスフィンオキシドのポリエステル系繊維の内部への吸尽量が低く、十分な難燃性を付与することができないという問題があった。
【特許文献1】特開2000−328445号公報
【特許文献2】特開2003−193368号公報
【特許文献3】特開2007−092263号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記従来技術の有する課題に鑑みてなされたものであり、ポリエステル系繊維に対して、耐光堅牢度及び摩擦堅牢度、フォギング性(曇り性)に対する悪影響を十分に防止しつつ、優れた難燃性を付与することができると共に熱安定性及び耐加水分解性にも優れたリン系難燃加工剤、並びに優れた難燃性を有するポリエステル系繊維及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、トリフェニルホスフィンオキシドと特定の有機リン酸エステル系化合物及び/又は特定のビスマレイミド化合物を難燃加工成分として用いることにより、フォギング性(曇り性)、耐光堅牢度及び摩擦堅牢度に対する悪影響を十分に防止しつつ優れた難燃性を有するポリエステル系繊維を得ることができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明のポリエステル系繊維用難燃加工剤は、下記式(1):
【0009】
【化1】

【0010】
で表されるトリフェニルホスフィンオキシド(A)と、
下記一般式(2):
【0011】
【化2】

【0012】
[式(2)中、R〜Rは同一でも異なっていてもよく、それぞれ水素原子又は炭素数1〜4のアルキル基を表す。]
で表される有機リン酸エステル系化合物(B)及び下記一般式(3):
【0013】
【化3】

【0014】
[式(3)中、Rは炭素数6〜20のアリーレン基を表す。]
で表されるビスマレイミド系化合物(B)からなる群から選択される少なくとも一つの化合物(B)と、
を難燃加工成分として含有することを特徴とするものである。
【0015】
本発明のポリエステル系繊維用難燃加工剤においては、前記トリフェニルホスフィンオキシド(A)と前記化合物(B)との比率(A:B)が質量比で1:0.05〜1:0.8であることが好ましい。
【0016】
また、前記有機リン酸エステル系化合物(B)がクレジルジフェニルホスフェートであることが好ましく、前記ビスマレイミド系化合物(B)がフェニレンビスマレイミドであることが好ましい。
【0017】
さらに、本発明のポリエステル系繊維用難燃加工剤においては、前記トリフェニルホスフィンオキシド(A)及び前記化合物(B)が界面活性剤(C)により水(D)に乳化又は分散されていることが好ましく、この場合、前記界面活性剤(C)がリン酸エステル系アニオン界面活性剤であることが好ましい。
【0018】
本発明の難燃性ポリエステル系繊維は、ポリエステル系繊維と、前記ポリエステル系繊維に難燃加工成分として固着されている、前記式(1)で表されるトリフェニルホスフィンオキシド(A)と、前記一般式(2)で表される有機リン酸エステル系化合物(B)及び前記一般式(3)で表されるビスマレイミド系化合物(B)からなる群から選択される少なくとも一つの化合物(B)とを備えることを特徴とするものである。
【0019】
また、本発明の難燃性ポリエステル系繊維の製造方法は、ポリエステル系繊維に前記本発明の難燃加工剤を接触させる工程と、加熱により前記トリフェニルホスフィンオキシド(A)及び前記化合物(B)を前記ポリエステル系繊維に固着させる工程とを含むことを特徴とする方法である。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、ポリエステル系繊維に対して、耐光堅牢度、摩擦堅牢度及びフォギング性(曇り性)に対する悪影響を十分に防止しつつ、優れた難燃性を付与することができると共に熱安定性及び耐加水分解性にも優れたリン系難燃加工剤、並びに優れた難燃性を有するポリエステル系繊維及びその製造方法を提供することが可能となる。
【0021】
また、本発明のポリエステル系繊維用難燃加工剤はハロゲン原子を含まないため、それを用いて得られた本発明の難燃性ポリエステル系繊維を廃棄焼却する際等に難燃加工剤に起因するダイオキシンの発生は十分に防止され、環境保護、エコロジーの面からも好ましいものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下、本発明をその好適な実施形態に即して詳細に説明する。先ず、本発明のポリエステル系繊維用難燃加工剤について説明する。
【0023】
本発明のポリエステル系繊維用難燃加工剤は、難燃加工成分として、トリフェニルホスフィンオキシド(A)と、以下に詳細に説明する特定の有機リン酸エステル系化合物(B)及び特定のビスマレイミド系化合物(B)からなる群から選択される少なくとも一つの化合物(B)とを含有するものである。
【0024】
本発明にかかるトリフェニルホスフィンオキシド(A)は、下記式(1)で表される化合物である。なお、本発明にかかるトリフェニルホスフィンオキシド(A)は、本発明の効果に影響がない範囲であれば、不純物としてトリフェニルホスフィン等を含有していてもよい。
【0025】
【化4】

【0026】
本発明にかかる有機リン酸エステル系化合物(B)は、下記一般式(2)で表される化合物である。
【0027】
【化5】

【0028】
一般式(2)において、R〜Rは、同一でも異なっていてもよく、それぞれ水素原子又は炭素数1〜4のアルキル基を表す。このような有機リン酸エステル系化合物(B)としては、例えば、トリキシリルホスフェート、トリフェニルホスフェート、トリクレジルホスフェート(トリトリルホスフェート)、トリルジフェニルホスフェート、トリクメニルホスフェート、クレジルジフェニルホスフェートが挙げられる。これらの中でも、ポリエステル系繊維に付与できる難燃性がより向上するという観点から、クレジルジフェニルホスフェートが特に好ましい。
【0029】
本発明にかかるビスマレイミド系化合物(B)は、下記一般式(3)で表される化合物である。
【0030】
【化6】

【0031】
一般式(3)において、Rは炭素数6〜20のアリーレン基を表す。かかる炭素数6〜20のアリーレン基としては、例えば、フェニレン、メチレンビスフェニレン、メチルフェニレン、ジメチルメチレンビスフェニレン、スルホンビスフェニレン、エチルフェニレン、ブチルフェニレン、エチレンビスフェニレン、ブチレンビスフェニレン、メチレンビスフェニレンが挙げられる。このようなビスマレイミド系化合物(B)としては、例えば、4,4’−ジフェニルメタンビスマレイミド、フェニレンビスマレイミド、4−メチル−1,3−フェニレンビスマレイミドが挙げられる。これらの中でも、ポリエステル系繊維に付与できる難燃性がより向上するという観点から、フェニレンビスマレイミドが特に好ましい。
【0032】
本発明の難燃加工剤における難燃加工成分、すなわち前記トリフェニルホスフィンオキシド(A)と前記化合物(B){前記有機リン酸エステル系化合物(B)及び/又は前記ビスマレイミド系化合物(B)}の配合比は、質量比で、(Aの質量):(Bの総質量)=1:0.05〜1:0.8であることが好ましく、1:0.3〜1:0.6であることがより好ましい。前記化合物(B)の配合比が前記下限未満の場合は耐光堅牢度やフォギング性に対する悪影響を十分に防止しつつポリエステル系繊維に十分な難燃性を付与することが困難となる傾向にあり、他方、前記上限を超える場合も耐光堅牢度やフォギング性に対する悪影響を十分に防止しつつポリエステル系繊維に十分な難燃性を付与することが困難となる傾向にある。
【0033】
また、前記化合物(B)としては、前記有機リン酸エステル系化合物(B)又は前記ビスマレイミド系化合物(B)のいずれかを用いればよいが、耐光堅牢度やフォギング性に対する悪影響をより十分に防止しつつポリエステル系繊維により高い難燃性を付与できる傾向にある観点から、前記有機リン酸エステル系化合物(B)と前記ビスマレイミド系化合物(B)とを併用することが好ましい。この場合、前記トリフェニルホスフィンオキシド(A)と前記有機リン酸エステル系化合物(B)と前記ビスマレイミド系化合物(B)との配合比は、質量比で、(Aの質量):(Bの質量):(Bの質量)=1:0.03:0.02〜1:0.6:0.2であることが好ましく、1:0.2:0.1〜1:0.45:0.15であることがより好ましい。
【0034】
本発明のポリエステル系繊維用難燃加工剤は、前記難燃加工成分を含有していればよく、用いる溶剤は特に限定されないが、環境への配慮等の観点から水を用いることが好ましい。また、その場合、前記難燃加工成分が水(D)に乳化又は分散されていることが好ましく、乳化又は分散させるために界面活性剤(C)を用いることがより好ましい。
【0035】
かかる界面活性剤としては、例えば、非イオン界面活性剤、アニオン界面活性剤が挙げられる。このような非イオン界面活性剤としては、特に限定されず、例えば、ポリオキシアルキレンエーテル、ポリオキシアルキレンアルキルエーテル、ポリオキシアルキレンアリールエーテル、ポリオキシアルキレンアルキル多価アルコールエーテルを挙げることができる。
【0036】
また、このようなアニオン界面活性剤としても、特に限定されず、例えば、アルキルベンゼンスルホン酸塩、α−オレフィンスルホン酸塩、ポリオキシアルキレンエーテル硫酸塩、ポリオキシアルキレンアルキルエーテル硫酸塩、ポリオキシアルキレンアリールエーテル硫酸塩、ポリオキシアルキレンアルキル多価アルコールエーテル硫酸塩、アルコール硫酸塩の硫酸塩類;ポリオキシアルキレンエーテルリン酸エステル、ポリオキシアルキレンアルキルエーテルリン酸エステル、ポリオキシアルキレンアリールエーテルリン酸エステル、ポリオキシアルキレンアルキル多価アルコールエーテルリン酸エステル、アルコールリン酸エステル等のリン酸エステル及びそれらの塩を挙げることができる。これらの中でも、分散性及び熱安定性の観点から、ポリオキシアルキレンエーテルリン酸エステル、ポリオキシアルキレンアルキルエーテルリン酸エステル、ポリオキシアルキレンアリールエーテルリン酸エステル、ポリオキシアルキレンアルキル多価アルコールエーテルリン酸エステル、アルコールリン酸エステル等のリン酸エステル及びそれらの塩等のリン酸エステル系界面活性剤が好ましく、ポリオキシアルキレンアリールエーテルリン酸エステルが特に好ましい。前記の塩としては、例えば、アルカリ金属塩、アミン塩が挙げられ、アルカリ金属塩としては、例えば、リチウム、ナトリウム、カリウムの塩が挙げられる。また、アミン塩としては、例えば、アンモニア、メチルアミン、エチルアミン、プロピルアミン、ブチルアミン、アリルアミン等の1級アミンの塩;ジメチルアミン、ジエチルアミン、ジプロピルアミン、ジブチルアミン、ジアリルアミン等の2級アミンの塩;トリメチルアミン、トリエチルアミン、トリプロピルアミン、トリブチルアミン等の3級アミンの塩;モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン等のアルカノールアミンの塩が挙げられる。これらの非イオン界面活性剤及びアニオン界面活性剤は、1種のものを単独で用いても、2種以上のものを混合して用いてもよい。
【0037】
このような界面活性剤の使用量は特に制限されないが、前記難燃加工成分の総量100質量部に対して、1〜50質量部程度であることが好ましく、1〜30質量部程度であることがより好ましい。このような界面活性剤の使用量が前記下限未満では、得られる難燃加工剤のエマルジョンの安定性が不良となる傾向があり、他方、前記上限を超えると、前記難燃加工成分のポリエステル系繊維への付着量の低下を招き難燃性が低下する傾向がある。
【0038】
また、本発明の難燃加工剤における前記難燃加工成分の含有量は特に制限されないが、難燃加工剤の総質量に対して、20〜90質量%程度であることが好ましく、25〜60質量%程度であることがより好ましい。このような難燃加工成分の含有量が前記下限未満では、難燃加工剤の処理量を多くしないと耐久性を満足する良好な難燃性が得られない傾向があり、他方、前記上限を超えると、難燃加工剤を液状として得ることが困難になり取り扱いが難しくなる傾向がある。なお、本発明の難燃加工剤は、後述するようにポリエステル系繊維に難燃加工処理を施す際に、採用する塗布方法等に応じて、そのまま又は適宜希釈して用いることができる。
【0039】
また、本発明において、前記難燃加工成分を乳化又は分散させる方法としては、特に限定されず、例えば、乳化させる方法としては、ホモミキサーを用いて転相乳化させる方法が挙げられる。また、分散させる方法としては、例えば、ガラスビーズを用いたビーズミルにより湿式分散させる方法が挙げられる。
【0040】
さらに、本発明の難燃加工剤中における前記難燃加工成分の乳化又は分散物の平均粒径としては、0.01〜1μmであることが好ましい。乳化又は分散物の平均粒径が前記上限を超えると、十分な難燃性が安定的に維持される効果が減少する傾向にある。
【0041】
なお、本発明の難燃加工剤は、前記トリフェニルホスフィンオキシド(A)と前記化合物(B)とが混合された乳化又は分散物であってもよいが、前記トリフェニルホスフィンオキシド(A)を含有する乳化又は分散物と前記化合物(B)を含有する乳化又は分散物とのキットであってもよい。
【0042】
次に、本発明の難燃性ポリエステル系繊維の製造方法について説明する。
【0043】
本発明のポリエステル系繊維の難燃加工方法は、ポリエステル系繊維に前述の本発明の難燃加工剤を接触させる工程と、加熱により前記トリフェニルホスフィンオキシド(A)及び前記化合物(B)を前記ポリエステル系繊維に固着させる工程とを含む方法である。
【0044】
本発明で用いられるポリエステル系繊維としては、特に限定されないが、例えば、レギュラーポリエステル繊維、カチオン可染ポリエステル繊維、再生ポリエステル繊維、又はこれら2種以上からなるポリエステル繊維が挙げられる。また、このようなポリエステル繊維と綿、麻、絹、羊毛等の天然繊維;レーヨン、アセテート等の半合成繊維;ナイロン、アクリル、ポリアミド等の合成繊維;炭素繊維、ガラス繊維、セラミックス繊維、金属繊維等の無機繊維;又はこれら2種以上からなる繊維との混紡により得られる複合繊維をポリエステル系繊維として用いてもよい。さらに、本発明で用いられるポリエステル系繊維の形態としては特に制限されず、糸、トウ、トップ、カセ、織物、編み物、不織布、ロープ等の形態であってもよい。
【0045】
先ず、前記難燃加工剤を前記ポリエステル系繊維に接触させる工程について説明する。この工程は、被処理材であるポリエステル系繊維に前記難燃加工剤を接触させて付着させる方法であり、例えば、浸漬法、パディング法、スプレー法、塗布法(コーティング法、プリント法)等の方法によって前記難燃加工剤をポリエステル系繊維に接触させることができる。
【0046】
なお、本発明の難燃加工剤として前記トリフェニルホスフィンオキシド(A)と前記化合物(B)とが混合された乳化又は分散物を用いる場合は、そのまま又は適宜希釈して処理液として用いられる。また、本発明の難燃加工剤として前記トリフェニルホスフィンオキシド(A)を含有する乳化又は分散物と前記化合物(B)を含有する乳化又は分散物とのキットを用いる場合は、事前に混合して処理液として用いることが好ましいが、それぞれの乳化又は分散物を処理液として用いて順次(順番はA→B、B→Aのいずれでもよい)又は同時にポリエステル系繊維に接触させるようにしてもよい。
【0047】
また、浸漬法を用いる場合には、前記難燃加工剤を含む処理液にポリエステル系繊維を浸漬して前記難燃加工剤をポリエステル系繊維に付着させることができる。また、難燃加工剤と同時に分散染料や蛍光染料を用いて染色と難燃加工剤を付着させる工程とを同時に行うこともできる。この場合、例えば、液流染色機、ビーム染色機、チーズ染色機を使用することができる。
【0048】
さらに、コーティング法を用いる場合には、前記難燃加工剤を処理に適した粘度に調整したものを用いてもよく、このような難燃加工剤を含む液体を泡状にして前記ポリエステル系繊維に付着させる泡加工コーティング法を用いてもよい。このような泡加工コーティングによれば、起泡した難燃加工剤を含む液体を必要量ポリエステル系繊維に付着させることができ、従って乾燥に要するエネルギー及び時間を大幅に短縮することができ、且つ難燃加工剤を無駄なく使用することができる。加工に適した粘度に調整するための粘度調整剤としては、特に制限されないが、例えば、ポリビニルアルコール、メチルセルロース、プロピルセルロース、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ザンタンガム、デンプン糊等が挙げられる。また、この場合、例えば、エアードクターコーター、ブレードコーター、ロッドコーター、ナイフコーター、スクイズコーター、リバースコーター、トランスファーコーター、グラビアコーター、キスロールコーター、キャストコーター、カーテンコーター、カレンダーコーターを使用することができる。
【0049】
また、スプレー法を用いる場合には、例えば、圧搾空気により前記難燃加工剤を含む処理液を霧状にして吹き付けるエアースプレー、液圧霧化方式のエアースプレーを使用することができる。さらに、プリント法を用いる場合には、例えば、ローラー捺染機、フラットスクリーン捺染機、ロータリースクリーン捺染機を使用することができる。
【0050】
次に、前記難燃加工成分を加熱によりポリエステル系繊維に固着せしめる工程について説明する。この工程は、前記難燃加工剤を付着させたポリエステル系繊維を熱処理して難燃加工成分をポリエステル系繊維に固着(吸尽)させる熱処理工程であり、前記難燃加工剤を付着させる工程(付着工程)を実施した後に熱処理工程を実施しても、或いは付着工程と熱処理工程とを同時に実施してもよい。
【0051】
なお、このような熱処理工程を、前記付着工程を実施した後に行う場合は、前記難燃加工剤を付着させたポリエステル系繊維を乾熱処理、飽和常圧スチーム処理、加熱スチーム処理、高圧スチーム処理等の蒸熱処理によって熱処理することができる。このような熱処理においては、熱処理温度が110℃〜210℃の範囲であることが好ましく、160℃〜210℃の範囲であることがより好ましい。熱処理温度が前記下限未満では、難燃加工成分のポリエステル系繊維への固着が不十分であり、次の工程での難燃加工成分の脱落により難燃性が不十分となる傾向にあり、他方、前記上限を超えるときは、ポリエステル系繊維の変色や脆化が起こる傾向にある。また、このような熱処理においては、処理時間が10秒〜10分の範囲であることが好ましい。熱処理時間が前記下限未満では、難燃加工成分のポリエステル系繊維への固着が不十分であり、次の工程での難燃加工成分の脱落により難燃性が不十分となる傾向にあり、他方、前記上限を超えるときは、ポリエステル系繊維の変色や脆化が起こる傾向にある。
【0052】
また、前記難燃加工剤を付着させたポリエステル系繊維を、浴中にて浴中熱処理を行うことができる。浴中熱処理は、染色浴中又は染料を含まない浴中にて難燃加工成分をポリエステル系繊維に固着(吸尽)せしめる処理である。このような浴中熱処理においては、熱処理温度が90〜150℃の範囲が好ましく、110℃〜140℃の範囲がより好ましい。浴中での熱処理温度が前記下限未満では、難燃加工成分が十分に吸尽されず、難燃性が不十分となる傾向にあり、他方、前記上限を超えるとポリエステル繊維の変化や脆化が起こる傾向にある。また、このような浴中熱処理においては、処理時間が10分〜60分の範囲であることが好ましい。熱処理時間が前記下限未満では、難燃加工成分のポリエステル系繊維への吸尽が不十分であり、次の工程での難燃加工成分の脱落により難燃性が不十分となる傾向にあり、他方、前記上限を超えるときは、ポリエステル系繊維の脆化が起こり易くなる傾向にある。さらに、このような浴中熱処理においては、例えば、液流染色機、ビーム染色機、チーズ染色機等を使用することができる。また、前述の乾熱処理又は蒸熱処理と前述の浴中熱処理を組み合わせて実施することもできる。これらの処理を組み合わせて実施することで、より確実に難燃加工成分をポリエステル系繊維へ吸尽させることができ、より優れた耐久性を有する難燃性ポリエステル系繊維を得ることができる傾向にある。
【0053】
また、このような熱処理工程を、前記付着工程と同時に実施する場合は、前記難燃加工剤を含む処理液にポリエステル系繊維を浸漬して難燃加工剤をポリエステル系繊維に付着しつつ又は、前記難燃加工剤と同時に分散染料や蛍光染料を用いて染色と難燃加工剤の付着とを同時に実施しつつ熱処理することができる。このような熱処理の条件(処理温度及び処理時間)は、前記浴中熱処理における条件と同様でよい。
【0054】
以上説明した本発明の難燃性ポリエステル系繊維の製造方法においては、前記ポリエステル系繊維に付与される前記難燃加工成分の量については特に制限されないが、通常は前記ポリエステル系繊維に対する前記難燃加工成分の固着量(吸尽量)が0.1〜10%o.w.f.(on weight of fiber)であることが好ましく、0.5〜5%o.w.f.であることがより好ましい。前記難燃加工成分の固着量が前記下限未満であると、十分な難燃性を安定的に維持する効果が発揮されない傾向にある。他方、前記上限を超えると、難燃性安定化の効果は大きくなるものの、風合の低下や繊維強度の低下が問題となる傾向にある。
【0055】
さらに、本発明の難燃性ポリエステル系繊維の製造方法においては、前記熱処理工程を実施した後に、通常の公知の方法によってポリエステル系繊維のソーピング処理を行い、ポリエステル系繊維に固着されず表面に付着しているだけの難燃加工成分を除去することが好ましい。このようなソーピング処理に用いられる洗浄剤としては、ポリエステル系繊維染色物の還元洗浄時に通常用いられる洗浄剤を用いることができ、例えば、アニオン系、非イオン系、両性系界面活性剤及びこれらが配合された洗浄剤を使用することができる。
【0056】
また、本発明の難燃性ポリエステル系繊維の製造方法においては、前記難燃加工剤の他に、従来から用いられている他の繊維用加工剤を、難燃性を損なわない程度に併用することもできる。このような繊維用加工剤としては、例えば、帯電防止剤、撥水撥油剤、防汚剤、硬仕上剤、風合調整剤、柔軟剤、抗菌剤、吸水剤、スリップ防止剤、耐光堅牢度向上剤が挙げられる。
【0057】
本発明の難燃性ポリエステル系繊維は、前述したポリエステル系繊維と、前記ポリエステル系繊維に固着(吸尽)されている前述した難燃加工成分、すなわち前記トリフェニルホスフィンオキシド(A)と前記化合物(B){前記有機リン酸エステル系化合物(B)及び/又は前記ビスマレイミド系化合物(B)}とを備えるものである。このような難燃性ポリエステル系繊維は、優れた難燃性を有していると共に、耐光堅牢性やフォギング性も良好なものである。
【実施例】
【0058】
以下、実施例及び比較例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。なお、試料としたポリエステル繊維の難燃性、耐光堅牢度、曇り度及び摩擦堅牢度、並びに試料とした難燃加工剤の熱安定性及び耐加水分解性の評価はそれぞれ以下の方法により行った。
【0059】
(i)難燃性試験
FMVSS−302法(自動車内装用品の安全基準の試験方法)として公知の試験方法に従って、試料としたポリエステル繊維の水平燃焼速度を測定した。
【0060】
(ii)耐光堅牢度試験
試験装置としてキセノンアークウエザオメータ(アトラス(株)製)を使用し、照射強度100W/m(300〜400nm)、積算照射強度80MJ/m、ブラックパネル温度89℃、相対湿度50%RHの条件下で試験を実施した。なお、試料としたポリエステル繊維はウレタン(発泡ウレタンシート、厚み10mm)で裏打ちした上で試験を行なった。また、級数はJIS L 0804「変退色用グレースケール」に記載の判定方法にしたがって判定し、3級以上を合格と評価した。
【0061】
(iii)曇り度(フォギング度)試験
ウインドスクリーンフォギングテスター(スガ試験機(株)製)を用い、80℃で20時間加熱して、試料として容器下部に設置したポリエステル繊維(直径80mm)からの昇華物が容器上部のガラス板を曇らす度合いを曇り度として、デジタルヘーズコンピューター(スガ試験機(株)製)を用いて測定し、10%以下を合格と評価した。
【0062】
(iv)熱安定性試験
試料とした難燃加工剤を45℃に設定した恒温槽にて1週間放置し、目視にて状態を確認し、以下の基準にしたがって評価した。
○:変化なし
△:分離・凝集物あり
×:固化。
【0063】
(v)加水分解性試験
試料とした難燃加工剤(初期pH=7.0)を45℃に設定した恒温乾燥機中に1週間放置し、pH変化を確認することによって耐加水分解性の指標とした。pHの低下が著しいものは耐加水分解性が低いと評価した。
【0064】
(vi)摩擦堅牢度試験
JIS L 0849(2004)に記載の試験方法にしたがって、学振型摩擦試験機((株)大栄科学精機製作所製)を用いて試料としたポリエステル繊維の湿式摩擦堅牢度を評価した。その際、綿金巾の汚染度を汚染用グレースケールと比較し、以下の5段階の基準にしたがって摩擦堅牢度を評価した。
5級:汚染が認められない。
4級:汚染がわずかに認められる。
3級:汚染が明瞭に認められる。
2級:汚染がやや著しく認められる。
1級:汚染が著しく認められる。
【0065】
(実施例1〜18及び比較例1〜6)
先ず、表1〜表3に示す諸成分{トリフェニルホスフィンオキシド(A)、有機リン酸エステル系化合物(B)、ビスマレイミド系化合物(B)、界面活性剤(C)、比較例6においてはレゾルシノールジフェニルホスフェート}を、それぞれ同表に示す配合量(表中の数値の単位は「質量部」であり、「−」は0質量部を示す。)となるように同表に示す配合量の水(D)に添加して混合し、乳化分散せしめて試料とする難燃加工剤を得た。
【0066】
次いで、ミニカラー染色機((株)テクサム技研製)を使用し、以下の組成:
(i)分散染料(DianixBlack HLA、ダイスタージャパン(株)製)3%o.w.f.、
(ii)分散均染剤(ニッカサンソルトRM−340E、日華化学(株)製)0.5g/L、
(iii)80wt%酢酸0.5mL/L、及び
(iv)前記で得られた難燃加工剤8%o.w.f.、
を含む染色浴により、浴比1:15、温度130℃の条件下で、ポリエステル繊維(目付400g/mの横糸原着レギュラーポリエステル100質量%未染色布)を30分間処理した。次いで、前記の処理が施されたポリエステル繊維に対して、ソーピング剤(エスクードFR−7、日華化学(株)製)2g/L、芒硝1g/L及びハイドロサルファイト1g/Lを含む水溶液を用いて、80℃で20分間ソーピング処理を施し、150℃で3分間乾燥し、試料とする難燃性ポリエステル繊維を得た。
【0067】
(比較例7)
染色浴に(iv)難燃加工剤を添加せず、難燃加工剤を用いなかった以外は実施例1と同様にして試料とするポリエステル繊維を得た。
【0068】
試料としたポリエステル繊維の難燃性、耐光堅牢度、曇り度及び摩擦堅牢度、並びに試料とした難燃加工剤の熱安定性及び加水分解性をそれぞれ評価した結果を表1〜表3に示す。
【0069】
【表1】

【0070】
【表2】

【0071】
【表3】

【0072】
表1〜表3に示した結果から明らかなように、トリフェニルホスフィンオキシド(A)と有機リン酸エステル系化合物(B)及び/又はビスマレイミド系化合物(B)を含有する本発明の難燃加工剤を用いた場合(実施例1〜18)は、得られた難燃加工剤は熱安定性及び耐加水分解性に優れており、それを用いて得られたポリエステル繊維は難燃性、耐光堅牢度、耐フォギング性及び摩擦堅牢度に優れたものであることが確認された。
【0073】
一方、トリフェニルホスフィンオキシド(A)のみを用いた場合(比較例1)並びにビスマレイミド系化合物(B)のみを用いた場合(比較例2)は、得られたポリエステル繊維は難燃性に劣ったものであることが確認された。
【0074】
また、有機リン酸エステル系化合物(B)のみを用いた場合(比較例3〜5)は、得られたポリエステル繊維は難燃性が低下すると共に耐光堅牢度及び耐フォギング性が劣ったものであることが確認された。
【0075】
さらに、有機リン酸エステル系化合物としてレゾルシノールジフェニルホスフェートを用いた場合(比較例6)は、得られたポリエステル繊維は摩擦堅牢度が劣っており、難燃加工剤の熱安定性及び耐加水分解性も劣ったものであることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0076】
以上説明したように、本発明によれば、ポリエステル系繊維に対して、耐光堅牢度、摩擦堅牢度及びフォギング性(曇り性)に対する悪影響を十分に防止しつつ、優れた難燃性を付与することができると共に熱安定性及び耐加水分解性にも優れたリン系難燃加工剤、並びに優れた難燃性を有するポリエステル系繊維及びその製造方法を提供することが可能となる。
【0077】
したがって、本発明のポリエステル系繊維用難燃加工剤を用いて得られた本発明のポリエステル系繊維は優れた難燃性と共に良好な耐光堅牢度、摩擦堅牢度及び耐フォギング性を有しており、衣料用、資材用の様々な分野に用いることができる。特に自動車シート等の自動車内装材の分野では、難燃性だけでなく、良好な風合い及び耐フォギング性を有しており且つ耐光堅牢度や摩擦堅牢度の低下が少ないことが要求されることから、本発明のポリエステル系繊維用難燃加工剤を用いて得られた本発明の難燃性ポリエステル系繊維はこのような分野に特に有用なものである。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1):
【化1】

で表されるトリフェニルホスフィンオキシド(A)と、
下記一般式(2):
【化2】

[式(2)中、R〜Rは同一でも異なっていてもよく、それぞれ水素原子又は炭素数1〜4のアルキル基を表す。]
で表される有機リン酸エステル系化合物(B)及び下記一般式(3):
【化3】

[式(3)中、Rは炭素数6〜20のアリーレン基を表す。]
で表されるビスマレイミド系化合物(B)からなる群から選択される少なくとも一つの化合物(B)と、
を難燃加工成分として含有することを特徴とするポリエステル系繊維用難燃加工剤。
【請求項2】
前記トリフェニルホスフィンオキシド(A)と前記化合物(B)との比率(A:B)が質量比で1:0.05〜1:0.8であることを特徴とする請求項1に記載のポリエステル系繊維用難燃加工剤。
【請求項3】
前記有機リン酸エステル系化合物(B)がクレジルジフェニルホスフェートであることを特徴とする請求項1又は2に記載のポリエステル系繊維用難燃加工剤。
【請求項4】
前記ビスマレイミド系化合物(B)がフェニレンビスマレイミドであることを特徴とする請求項1〜3のうちのいずれか一項に記載のポリエステル系繊維用難燃加工剤。
【請求項5】
前記トリフェニルホスフィンオキシド(A)及び前記化合物(B)が界面活性剤(C)により水(D)に乳化又は分散されていることを特徴とする請求項1〜4のうちのいずれか一項に記載のポリエステル系繊維用難燃加工剤。
【請求項6】
前記界面活性剤(C)がリン酸エステル系アニオン界面活性剤であることを特徴とする請求項5に記載のポリエステル系繊維用難燃加工剤。
【請求項7】
ポリエステル系繊維に請求項1〜6のうちのいずれか一項に記載の難燃加工剤を接触させる工程と、加熱により前記トリフェニルホスフィンオキシド(A)及び前記化合物(B)を前記ポリエステル系繊維に固着させる工程とを含むことを特徴とする難燃性ポリエステル系繊維の製造方法。
【請求項8】
ポリエステル系繊維と、
前記ポリエステル系繊維に難燃加工成分として固着されている、下記式(1):
【化4】

で表されるトリフェニルホスフィンオキシド(A)と、
下記一般式(2):
【化5】

[式(2)中、R〜Rは同一でも異なっていてもよく、それぞれ水素原子又は炭素数1〜4のアルキル基を表す。]
で表される有機リン酸エステル系化合物(B)及び下記一般式(3):
【化6】

[式(3)中、Rは炭素数6〜20のアリーレン基を表す。]
で表されるビスマレイミド系化合物(B)からなる群から選択される少なくとも一つの化合物(B)と、
を備えることを特徴とする難燃性ポリエステル系繊維。

【公開番号】特開2009−242969(P2009−242969A)
【公開日】平成21年10月22日(2009.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−89360(P2008−89360)
【出願日】平成20年3月31日(2008.3.31)
【出願人】(000226161)日華化学株式会社 (208)
【Fターム(参考)】