説明

ポリエチレンナフタレート繊維の溶融紡糸装置

【課題】大幅な口金の面掃周期の延長を可能とすることによって、紡糸装置の稼働率の向上と、口金の面掃作業の低減とを具現化して、ポリエチレンナフタレート繊維の製造コストを低減するとともに、品質に優れたポリエチレンナフタレート繊維を製造できる溶融紡糸装置を提供する。
【解決手段】ポリエチレンナフタレート樹脂からなるポリマーを紡出する紡糸口金1と、該口金の下方に飽和水蒸気又は過熱水蒸気を該口金に向って放射状に吹き出す水蒸気付与装置2とを備え、口金下のポリマー吐出面と接触する空気を水蒸気で置換して、ポリエチレンナフタレート繊維を溶融紡糸することを特徴とするポリエチレンナフタレート繊維の溶融紡糸装置とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリエチレンナフタレート繊維の溶融紡糸装置に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリエチレンナフタレートはもちろんのこと、一般に広く用いられるポリエステル、ポリアミドなどからなる熱可塑性ポリマーの溶融紡糸に際しては、溶融紡糸を継続する間に、紡出された溶融ポリマー中に微小量であってもその中に含まれたモノマーやオリゴマーがでてくる。そして、このような異物が、口金のポリマー吐出面、特に、口金に穿設された紡糸孔のエッジ部に析出すると、この異物が長時間にわたって高温度で加熱され続けるので、空気中の酸素に高温で曝されて炭化あるいは酸化された異物として固着成長する現象が一般に見られる。
【0003】
そうすると、炭化物あるいは酸化物となった異物は、紡糸孔から溶融ポリマーが正常に吐出されるのを阻害して、単糸切れを誘発するようになり、その結果として、溶融紡糸を良好に継続する上での障害となる。更には、紡糸孔のエッジ部に付着した異物が紡糸孔を部分的にふさぐと、設計した通りの孔形状と異なる紡糸孔からポリマーを紡出する結果を招来し、意図しない異形断面を持った糸を紡糸してしまうことにもなる。また、このような異物が紡出された糸条に接触して付着すると、得られる糸の物性や品質を損なうことは言うまでも無い。
【0004】
そこで、このような工程不調や品質不良をおこさないように、口金面に付着した前記異物を定期的に清掃するための「面掃」と呼ばれるポリマー吐出面の清掃を定期的に行なわなければならなくなる。しかしながら、このような面掃を頻繁に行なう必要が生じると、面掃を実施している間、溶融紡糸を休止しなければならず、この面掃の間に発生するポリマーロスや機会損失、あるいは面掃するための作業要員の確保などが要求され、繊維生産コストを上昇させてしまう原因となる。
【0005】
そこで、従来より、清掃周期を可能な限り延長させるための技術が色々と試されてきた。これらの従来技術の中で、紡出するポリマーから出るモノマーやオリゴマーが、口金のポリマー吐出面に付着して空気中の酸素によって炭化あるいは酸化されないようにするために、口金のポリマー吐出面に沿って水蒸気あるいは窒素ガスを流して口金下をシールして直接空気中の酸素と接触しないようにすると共に、ポリマーから出てくる異物の原因である昇華物を不活性ガスと共に流し去って、ポリマー吐出面における異物の成長を抑制する技術が提案されている。
【0006】
例えば、特許文献1(特開2000−314031号公報)において、円形形状の紡糸口金の中心部直下に不活性ガスを吹出すための均圧室を設け、口金ホルダーから口金内部へ通じる気体流路より窒素を前記均圧室へ送り、この均圧室から紡糸口金の吐出孔へ向かって放射状に窒素を吹出す装置が提案されている。
【0007】
そこで、本発明者らは、ポリエチレンナフタレート繊維の溶融紡糸装置において、この従来技術が提案するように、不活性ガスによる口金下のシール効果を確認した。その結果、確かに、不活性ガスで口金下をシールすると、ポリマーと一緒に出てきて口金のポリマー吐出面に付着したモノマーやオリゴマーが炭化したり酸化したりするのを防止することができることを確認した。また、出てきたモノマーやオリゴマーなどからなる昇華物を不活性ガスと一緒に口金下から流し去ることができることも確認した。したがって、面掃周期を延ばすことが可能であることも確認できた。
【0008】
しかしながら、ポリエチレンナフタレート繊維の溶融紡糸では、通常一般に広く行なわれているポリエステル繊維やポリアミド繊維の溶融紡糸と異なって、モノマーやオリゴマーがより多く出てくるような状態が現出し、このような状況下では、その作用効果が減殺されて、十分と言えるほどの作用効果を発現し得ないことが分かった。
【特許文献1】特開2000−314031号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、前述のように、ポリエチレンナフタレート繊維の溶融紡糸においては、不活性ガスによる口金下シールを実施しても、その面掃延長効果が十分でないという状況を打破することを目的とする。そして、大幅な口金の面掃周期の延長を可能とすることによって、紡糸装置の稼働率の向上と、口金の面掃作業の低減とを具現化して、ポリエチレンナフタレート繊維の製造コストを低減するとともに、品質に優れたポリエチレンナフタレート繊維を製造できる溶融紡糸装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために、本発明者らが鋭意検討したところ、紡糸原料であるポリエチレンナフタレート・ポリマーに含まれるモノマーやオリゴマーは、加水分解が極めて起り易いことが分かった。しかも、ポリエチレンナフタレート自体は、ポリエステルとは異なり、極めて加水分解が起り難いことにも着目した。本発明者らは、この着想に基づいて、従来使用されている不活性ガス(通常、安全性やコストを考慮して、窒素ガスが使用される)として、口金のポリマー吐出面を水蒸気でシールすることにした。つまり、口金下をシールする不活性ガスとした従来から用いられている窒素ガスに代えて、水蒸気を使用することに着想するに及んで、下記(1)〜(3)に係る本発明に到達したものである。
【0011】
(1) ポリエチレンナフタレート樹脂からなるポリマーを紡出する紡糸口金と、該口金の下方に飽和水蒸気又は過熱水蒸気を該口金に向って放射状に吹き出す水蒸気付与装置とを備え、口金下のポリマー吐出面と接触する空気を水蒸気で置換して、ポリエチレンナフタレート繊維を溶融紡糸することを特徴とするポリエチレンナフタレート繊維の溶融紡糸装置。
(2) 前記水蒸気付与装置が前記口金の中心を円中心とする多重同心円群上に穿設された紡糸孔群からポリエチレンナフタレート繊維からなるフィラメント群に対して該フィラメント群の最外周側から最内周側へと口金方向へ向って前記水蒸気を吹き出す水蒸気供給管を備えたことを特徴とする(1)に記載のポリエチレンナフタレート繊維の溶融紡糸装置。
(3) 前記多重同心円群上に紡糸孔群が穿設された領域である穿孔領域に対して、前記円中心から半径方向に向う放射形状を有する非穿孔領域を有することを特徴とする(2)に記載のポリエチレンナフタレート繊維の溶融紡糸装置。
【発明の効果】
【0012】
何故ならば、水蒸気を使用すれば、口金下は水蒸気によって空気中の酸素との接触からガードされるばかりでなく、。このために、ポリマー吐出面に付着した異物は、高温度に加熱された口金からの熱と空気中の酸素によって炭化されたり、酸化されたりすることがなくなる。
【0013】
したがって、ポリエチレンナフタレートからなるポリマーから出てくる異物(モノマーやオリゴマーからなる昇華物)が口金のポリマー吐出面に付着しても、水蒸気中に含まれる水分によって、付着した異物は加水分解されてしまう。ただし、ポリマー吐出面に付着した異物が高温度に曝された状態で空気中の酸素によって炭化あるいは酸化されてしまうと、このような加水分解は水蒸気の存在にもかかわらず起らない。
【0014】
以上に説明したように、水蒸気による口金下シールが実施される本願発明によれば、紡出されたポリマーから出てくるモノマーやオリゴマーなどの昇華物からなる異物が口金のポリマー吐出面に付着したとしても、水蒸気の存在によって空気中の酸素との接触が断ち切られるために、例え高温に曝されても付着した異物の炭化や酸化が抑制される。それどころか、水蒸気の存在によって、付着した異物は加水分解されてしまって、水蒸気と共に運び去られるために、ポリマー吐出面のクリーニング効果を有する。
【0015】
このため、口金のポリマー吐出面は、絶えず清浄な状態に維持され、その結果、ポリマー吐出面の面掃周期を大幅に延長することができる。また、口金のポリマー吐出面が清浄な状態に維持されることにより、紡糸孔から紡出されるポリマーの吐出状況を悪化させる紡糸孔エッジ部へ付着堆積する異物の存在がなくなるか、あるいは、存在しても極わずかとなって、紡糸工程の操業性向上と、得られる糸品質の向上に極めて顕著な効果を奏する。すなわち、本発明は、ポリエチレンナフタレート繊維の溶融紡糸において、極めて異質で、かつ特異な効果を奏するのである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明の実施形態について図面を用いて詳細に説明する。
図1は、本発明に係る「ポリエチレンナフタレート繊維の溶融紡糸装置」の実施態様を例示した説明図であって、本発明を特徴付ける要部を模式的に示した概略正断面図である。この図1において、先ず各参照符号について説明すると、参照符号1は、溶融紡糸装置に取り付けられる口金パックに装着された口金を示す。ただし、図1において、この口金1部分より上の部分(図1に記載した一点鎖線より上の部分)については、図示省略した。
【0017】
ここで、本発明の口金1に穿設された紡糸孔群について、図2(a)及び(b)を参照しながら説明する。なお、この図2は、本発明に係る口金の実施形態を例示した模式平面図である。この図2より明らかなように、口金1のポリマー吐出面Fには、紡糸孔群Hが口金中心を円中心とする多重同心円群C1及びC2上に等ピッチで穿設されている。なお、図2(a)の例では、「多重同心円群」として二重同心円群の場合を示しているが、一重同心円、三重同心円群、四重同心円群であってもかまわない。
このとき、本発明においては、参照符号2で示した、前記口金1の周りに設ける水蒸気付与装置が特に重要な役割を果たす。
【0018】
図1の例では、この水蒸気付与装置2は、参照符号2aで示した水蒸気供給管を備えており、この水蒸気供給管2aから口金1の方向へ向って吹き出された飽和水蒸気又は過熱水蒸気(以下、単に「水蒸気」という)は口金1のポリマー吐出面まで上昇して、これを水蒸気シールする。そうすると、口金1の下部(ポリマー吐出面F)からは水蒸気の存在によって空気が排除され、口金面と空気の接触が遮断され、口金面が水蒸気で覆われた状態が現出される。
【0019】
このとき、紡糸口金1から紡出されたポリエチレンナフタレート樹脂から成る糸条は下方へ走行するので、口金1下に形成された水蒸気シール中を走行する際に糸条の周りに形成される下降随伴流となって口金1の下方へ排出される。したがって、このようにして排出される水蒸気の量と水蒸気供給管2aから供給される水蒸気の量とがバランスされて、ポリエチレンナフタレート樹脂からなる繊維の溶融紡糸が良好に続行される。
【0020】
その際、本発明においては、口金1に穿設する紡糸孔群Hに関して、多重同心円群C1,C2上に等配して等ピッチで穿設することが好ましい。このようにすることによって、帯状円周領域を持つ穿孔領域に対して、その最外周側から前記多重同心円群の円中心方向(最内周側)へ向って、放射状に水蒸気を吹き付けることができる。このため、水蒸気が紡出された単繊維群(フィラメント群)の間を貫流して口金1のポリマー吐出面Fへ容易に到達させることができる。その結果、口金1の直下に形成する水蒸気シールの効果をより向上させることができる。
【0021】
本発明においては、二重同心円群以上の多重同心円群上に紡糸孔群Hが穿設されている場合には、紡糸孔群Hから紡出されたフィラメント群に随伴する気流の影響を受けて、水蒸気が紡出されたフィラメント群を貫流できない場合が生じる。特に、紡出するフィラメント群の数が多くなると共に、紡糸孔群Hをその上に穿設する多重同心円の数も多くなるとこの傾向はより顕著になる。
【0022】
そこで、本発明の実施形態において、図2(b)に例示したように、口金1のポリマー吐出面Fの全面に水蒸気が十分に行き渡るように、帯状に形成された紡糸孔群Hの穿孔領域Aに対して、水蒸気が通過する通路を非穿孔領域として設けることが好ましい。なお、この非穿孔領域は、図2(b)に例示したように、水蒸気が紡出された糸条(フィラメント群)の最外周側から最内周側へむかって放射状に吹き付けられるため、図示したように、前記水蒸気の通路となる非穿孔領域も放射形状とすることが好ましい。
【0023】
なお、この水蒸気の通路(非穿孔領域)の数は、1〜10個程度とすることが好ましい。何故ならば、その個数が10個以上設けるような場合には、非穿孔領域が大きな面積を占めるため、口金1に穿孔する紡糸孔の孔数もそれだけ少なくなってしまうからである。したがって、その通路の個数は、穿孔する紡糸孔群の孔数と水蒸気の面掃効果のバランスを考慮する必要があり、このような観点から、その個数の上限として10個程度が好ましい。
【0024】
以上に説明したように、本発明においては、口金1の下が水蒸気によってシールされるためにポリエチレンナフタレート樹脂からオリゴマーなどからなる低沸物が出てきたとしても、水蒸気によって持ち去られる。また、その一部が口金1に穿設された紡糸孔群Hのエッジ部に付着したとしても、これらは水蒸気によって加水分解されて除去されてしまうため、口金1のポリマー吐出面は常にクリーンな状態に維持される。
【0025】
このようにして、口金1のポリマー吐出面が常にクリーンな状態に保たれる結果として、口金1に付着する汚れを清掃する面掃作業の周期を大幅に延長すすることができる。その上、口金1に穿設された紡糸孔群Hのエッジ部などに異物が付着堆積し、これによって、ポリマーの吐出安定性が妨げられることもなくなる。このため、紡糸孔群Hからポリマーが吐出される時に生じるベンディングやニーリングと呼ばれるポリマーの異常吐出現象が抑制され、その結果として、単繊維切れの発生も大幅に低下すると言う顕著な効果が得られる。
【0026】
なお、前述のポリマーの加水分解は、本発明において、非常に重要であるので、ここで、この加水分解について簡単に付言しておくと、ポリエチレンナフタレート樹脂は、ポリエチレンテレフタレート(PET)や前述のオリゴマーからなる低沸物と異なって、加水分解が起り難い性質を有している。このため、水蒸気シールを行なっても、前述のポリエステル繊維(PET繊維)と異なり、得られるポリエチレンナフタレート繊維の物性低下が生じない。
【0027】
以下、本発明に係る装置を用いた実験例について説明する。
[実験例1,実験例2]
ポリエチレンナフタレート樹脂からなるチップを押出機にて供給し、図1に示す紡糸装置を用いて、溶融紡糸を行なってポリエチレンナフタレート樹脂を繊維化して巻き取った。このとき、口金1に孔径が0.6mmの円形断面を有する紡糸孔群Hを256個を三重同心円群上に等ピッチで穿設した口金を用いた。その際、水蒸気付与装置2として、直径2mmの円形断面有する水蒸気供給管を円周方向に18等配して設けたものを使用し、0.5MPaの蒸気圧を有する水蒸気を流量が10L/minで口金1へ向って供給した。なお、口金1の下面は、310℃になるよう温度制御した。なお、主要な条件を表1に示す。
【0028】
[実験例3]
実験例1及び2に使用した水蒸気に代えて、水蒸気付与装置2から10L/minでの窒素ガスを口金1の直下に付与した以外の条件は、実験例1及び実験例2と同一の条件で紡糸した。このときの主要条件を表1に示す。
【0029】
【表1】

【0030】
表1から明らかなように、実験例1及び実験例2では、面掃周期を共に10日/回と延ばすことが可能となったのに対して、実験例3の窒素ガスを使用した場合には、面掃周期が3日/回であり、面掃周期を延長する効果は、ほとんど確認されなかった。なお、このとき得られた繊維物性に関して、強度、モジュラス、伸度などの機械物性については、実験例1及び実験例2の何れの条件においても、糸物性に差は無く、紡糸調子にも影響は無いことが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明に係る「ポリエチレンナフタレート繊維の溶融紡糸装置」の実施態様を例示した説明図である。
【図2】本発明に係る口金の実施形態を例示した模式平面図である。
【符号の説明】
【0032】
1 口金
2 水蒸気付与装置
2a 水蒸気供給管
3 口金加熱装置
4 紡糸筒

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリエチレンナフタレート樹脂からなるポリマーを紡出する紡糸口金と、該口金の下方に飽和水蒸気又は過熱水蒸気を該口金に向って放射状に吹き出す水蒸気付与装置とを備え、口金下のポリマー吐出面と接触する空気を水蒸気で置換して、ポリエチレンナフタレート繊維を溶融紡糸することを特徴とするポリエチレンナフタレート繊維の溶融紡糸装置。
【請求項2】
前記水蒸気付与装置が前記口金の中心を円中心とする多重同心円群上に穿設された紡糸孔群からポリエチレンナフタレート繊維からなるフィラメント群に対して該フィラメント群の最外周側から最内周側へと口金方向へ向って前記水蒸気を吹き出す水蒸気供給管を備えたことを特徴とする、請求項1に記載のポリエチレンナフタレート繊維の溶融紡糸装置。
【請求項3】
前記多重同心円群上に紡糸孔群が穿設された領域である穿孔領域に対して、前記円中心から半径方向に向う放射形状を有する非穿孔領域を有することを特徴とする、請求項2に記載のポリエチレンナフタレート繊維の溶融紡糸装置。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−280639(P2008−280639A)
【公開日】平成20年11月20日(2008.11.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−125514(P2007−125514)
【出願日】平成19年5月10日(2007.5.10)
【出願人】(302011711)帝人ファイバー株式会社 (1,101)
【Fターム(参考)】