説明

ポリカーボネート樹脂組成物及びそれよりなる医療用器具

【課題】 滅菌のために電離放射線を照射しても、成形片の黄色味が目立たず、医療用部品内部の薬液及び血液等の内容物の液面や色の識別が容易で、かつ機械的強度の低下の小さいポリカーボネート樹脂組成物及びそれからなる医療用部品を提供する。
【解決手段】 芳香族ポリカーボネート(A)100重量部に、スルフィド化合物(B)0.01〜5重量部および着色剤を配合し、電離放射線照射後7日目の3mm厚成形片の色調が、ハンターのLab法におけるb値で2以下であるポリカーボネート樹脂組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリカーボネート樹脂組成物及びそれよりなる医療用器具に関する。更に詳しくは、電離放射線の照射処理を行っても色調の変化や衝撃強度等の機械的強度の低下が小さく、かつ内部の薬液や血液等の内容物の液面及び色の識別が容易な医療用器具に好適な樹脂組成物及びそれよりなる医療用器具に関する。
【背景技術】
【0002】
芳香族ポリカーボネートは、耐熱性、透明性、衛生性、機械的強度等に優れているため注射器、外科用具、手術用器具やこれらを収容、包装する容器状包装具や、人工肺、人工腎臓、麻酔吸収装置、静脈用コネクター及び付属品、血液遠心分離装置等各種の医療用器具に使用されている。これらの医療用器具は、通常、完全滅菌が行われる。具体的な滅菌法としては、エチレンオキサイドによる接触処理、オートクレーブ中での加熱処理、γ線や電子線等の電離放射線による処理等がある。このうち、エチレンオキサイドを使用することは、エチレンオキサイド自体の毒性、不安定性、廃棄処理に関する環境問題等があり、好ましくない。また、オートクレーブを使用する場合には、高温処理の際に樹脂の劣化を招くこと、エネルギーコストが高いこと、及び処理後の部品に湿気が残るために使用前に乾燥する必要があること等の欠点を有する。従って、低温で処理でき、しかも比較的安価である電離放射線による滅菌処理がこれらの方法に代わって使用されている。
しかしながら、本来、無色透明で機械的強度に優れた芳香族ポリカーボネートは、電離放射線を照射されると黄変して外観が悪化するばかりではなく、医療用器具内部の薬液や血液等の内容物の液面や色の識別が困難になるという欠点がある。さらに、電離放射線の照射された医療用器具は機械的強度が低下し、医療用器具を落とした時やネジで締め付けた時に破壊するといった問題がある。
【0003】
放射線照射による芳香族ポリカーボネートの黄変防止に関しては従来より検討がなされており、特に、添加物(黄変防止剤と称する)を配合した組成物が種々提案されている。例えば、芳香族ポリカーボネートにポリエーテルポリオール又はそのアルキルエーテルを配合した樹脂組成物(特許文献1)、ベンジルオキシ又はベンジルチオ骨格を有する化合物を配合した樹脂組成物(特許文献2)、ハロゲン原子を含有しない構造単位からなる主鎖に、末端基としてハロゲン原子を含有しないヒドロキシベンゾフェノンを導入した特定のポリカーボネート樹脂(特許文献3)、ポリカーボネート樹脂に特定のトリアジン系化合物を配合したポリカーボネート樹脂組成物(特許文献4)、末端にγ線照射により開裂し得る炭素−炭素不飽和結合を実質的に持たないポリカーボネート及びジベンジルエーテル又はp−(α,α’−ジベンジロキシ)キシリレンとからなるポリカーボネート樹脂組成物(特許文献5)等が挙げられる。
しかしながら、従来から提案されているこれらの樹脂組成物は、黄変防止効果が不充分であったり、または効果を発現するに充分な量の黄変防止剤を配合すると、樹脂組成物の機械的強度が著しく損なわれるという欠点があり、実用性の低いものであった。
また、従来から提案されている樹脂組成物の場合、医療用器具内部の薬液及び血液等の内容物の液面や色の識別に重要な影響を及ぼす透明性の具体的な記載がなく、その重要性は認識されていなかった。また、機械的強度についての具体的な記載もなかった。
【0004】
【特許文献1】特開昭62−135556号公報
【特許文献2】特開平08−225732号公報
【特許文献3】特開平08−238309号公報
【特許文献4】特開2001−72851号公報
【特許文献5】特開2002−60616号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、かかる現状に鑑みなされたものであって、滅菌のために電離放射線を照射しても、黄色味が目立たず、透明性に優れ、医療用器具内部の薬液及び血液等の内容物の液面や色の識別が容易で、かつ機械的強度の低下の小さいポリカーボネート樹脂組成物及びそれからなる医療用器具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、鋭意検討を重ねた結果、放射線照射後の試験片の色調がハンターのLab法のb値で2以下であれば黄色味が目立たず、黄変による問題がないこと、そして、スルフィド化合物(B)と共に適量の着色剤を用いることにより、スルフィド化合物の量を低減しても、放射線照射後のb値が2以下の組成物を得ることが出来、その結果、スルフィド化合物配合による機械的強度の低下を抑制した芳香族ポリカーボネート樹脂組成物が得られること、更にポリアルキレングリコール類を配合すると効果が向上することを見出した。また、放射線照射後のL値が80以上の組成物を用いた医療用器具は透明性に優れ、医療器具内部の薬液や血液等の内容物の液面や色の識別が容易であることを見出し、本発明を完成した。すなわち本発明の要旨は、芳香族ポリカーボネート樹脂(A)100重量部、スルフィド化合物(B)0.01〜5重量部および着色剤(C)を含有する組成物であって、該組成物から形成された厚さ3mmの成形片に電離放射線を照射し、照射後7日目に測定した色調が、ハンターのLab法におけるb値で2以下であるポリカーボネート樹脂組成物、及び芳香族ポリカーボネート樹脂(A)100重量部、スルフィド化合物(B)0.01〜5重量部、ポリアルキレングリコール、ポリアルキレングリコールのエーテル、ポリアルキレングリコールのエステルから選ばれる少なくとも1種のポリアルキレングリコール類(D)および着色剤(C)を含有する組成物であって、該組成物から形成された厚さ3mmの成形片に電離放射線を照射し、照射後7日目に測定した色調が、ハンターのLab法におけるb値で2以下であるポリカーボネート樹脂組成物、並びにかかる樹脂組成物から形成された医療用器具に存する。
【発明の効果】
【0007】
本発明の樹脂組成物は、着色剤を併用することにより、スルフィド化合物のみを用いる場合に比し、少量のスルフィドを用いて十分な黄変防止効果を得ることが出来るので、スルフィド化合物による物性低下を抑制することができる。本発明のポリカーボネート樹脂組成物から形成される成形品は、電離放射線を照射してもハンターのLab法におけるb値が2以下と黄色味が目立たず、且つ機械的強度の低下が小さい。更に、L値を制御することにより、透明性に優れ、医療用器具内部の薬液及び血液等の内容物の液面や色の識別が容易で、かつ機械的強度の低下が小さい。従って、滅菌のため放射線を照射される各種の医療用器具の材料として好適である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
以下、本発明につき詳細に説明する。本発明組成物に使用される芳香族ポリカーボネート(A)は、芳香族ヒドロキシ化合物、またはこれと少量のポリヒドロキシ化合物とを、ホスゲンまたは炭酸のジエステルと反応させることによって得られる、分岐していてもよい熱可塑性芳香族ポリカーボネート重合体または共重合体である。芳香族ポリカーボネートの製造方法は、ホスゲン法(界面重合法)または溶融法(エステル交換法)などの従来法によることができるが、溶融法で製造され、かつ末端OH基含有率が50〜1000ppmに調整された芳香族ポリカーボネートは、薬液や血液との濡れ性に優れているので、該芳香族ポリカーボネート製医療部品も薬液や血液との濡れ性が良く、薬液や血液との界面に気泡が発生せず、医療用器具中の薬液や血液の流動がスムーズになるという利点がある。
【0009】
芳香族ポリカーボネート(A)の原料の一つである芳香族ジヒドロキシ化合物としては、例えば、ビス(4−ヒドロキシジフェニル)メタン、2,2−ビス(4−ヒドロキシフェニル)プロパン、2,2−ビス(4−ヒドロキシ−3−メチルフェニル)プロパン、2,2−ビス(4−ヒドロキシ−3−t−ブチルフェニル)プロパン、2,2−ビス(4−ヒドロキシ−3,5−ジメチルフェニル)プロパン、4,4−ビス(4−ヒドロキシフェニル)ヘプタン、1,1−ビス(4−ヒドロキシフェニル)シクロヘキサン、4,4’−ジヒドロキシビフェニル、3,3’,5,5’−テトラメチル−4,4’−ジヒドロキシビフェニル、ビス(4−ヒドロキシフェニル)スルホン、ビス(4−ヒドロキシフェニル)スルフィド、ビス(4−ヒドロキシフェニル)エーテル、ビス(4−ヒドロキシフェニル)ケトン等が挙げられる。これらの芳香族ジヒドロキシ化合物は、単独で、又は2種以上を混合して用いることができる。これらのなかでも、2,2−ビス(4−ヒドロキシフェニル)プロパン(以下、「ビスフェノールA」とも言う。)が好ましい。
分岐を有する芳香族ポリカーボネートを製造する場合は、フロログルシン、1,1,1−トリス(2−ヒドロキシフェニル)エタン等の分岐化剤(ポリヒドロキシ化合物)を、芳香族ジヒドロキシ化合物の1部として使用すればよい。
【0010】
芳香族ポリカーボネートを溶融法で製造する場合の原料の一つである炭酸ジエステルとしては、例えば、ジフェニルカーボネート、ジトリルカーボネート等に代表される置換ジフェニルカーボネート、ジメチルカーボネート、ジエチルカーボネート、ジ−t−ブチルカーボネート等に代表されるジアルキルカーボネートが挙げられる。これらの炭酸ジエステルは、単独で、又は2種以上を混合して用いることができる。これらのなかでも、ジフェニルカーボネート、置換ジフェニルカーボネートが好ましい。
【0011】
また、上記の炭酸ジエステルは、好ましくはその50モル%以下、さらに好ましくは30モル%以下の量を、ジカルボン酸又はジカルボン酸エステルで置換してもよい。代表的なジカルボン酸又はジカルボン酸エステルとしては、テレフタル酸、イソフタル酸、テレフタル酸ジフェニル、イソフタル酸ジフェニル等が挙げられる。このようなジカルボン酸又はジカルボン酸エステルで置換した場合には、ポリエステルカーボネートが得られる。
【0012】
これら炭酸ジエステル(上記の置換したジカルボン酸又はジカルボン酸のエステルを含む。以下同じ。)は、芳香族ジヒドロキシ化合物に対して、通常、過剰に用いられる。すなわち、芳香族ジヒドロキシ化合物1モルに対して1.001〜1.3モル、好ましくは1.01〜1.2モルの範囲内で用いられる。モル比が1.001より小さくなると、溶融法芳香族ポリカーボネートの末端OH基が増加して、特に1000ppmを越えると熱安定性、耐加水分解性が悪化し、また、モル比が1.3より大きくなると、溶融法芳香族ポリカーボネートの末端OH基は減少するが、同一条件下ではエステル交換反応の速度が低下し、所望の分子量を有する芳香族ポリカーボネートの製造が困難となる傾向があり、さらに末端OH基含有率が50ppm未満では薬液や血液との濡れ性が劣り好ましくない。従って、本発明においては、末端OH基含有率が50〜1000ppmの範囲内に調整した溶融法芳香族ポリカーボネートの使用が好ましい。
【0013】
芳香族ポリカーボネート(A)を溶融法により製造する際には、通常、触媒が使用される。本発明で使用される芳香族ポリカーボネート(A)の製造方法においては、触媒種に制限はないが、一般的にはアルカリ金属化合物、アルカリ土類金属化合物、塩基性ホウ素化合物、塩基性リン化合物、塩基性アンモニウム化合物又はアミン系化合物等の塩基性化合物が使用される。これらは、1種類で使用してもよく、2種類以上を組み合わせて使用してもよい。触媒の使用量は、芳香族ジヒドロキシ化合物1モルに対して0.05〜5μモル、好ましくは0.08〜4μモル、さらに好ましくは0.1〜2μモルの範囲内で用いられる。触媒の使用量が上記量より少なければ、所望の分子量の芳香族ポリカーボネートを製造するのに必要な重合活性が得られず、この量より多い場合は、ポリマー色相が悪化し、またポリマーの分岐化も進み、成形時の流動性が低下する傾向がある。
【0014】
溶融法による芳香族ポリカーボネート(A)の製造方法は、特に限定されるものではなく、公知の種々の方法が採用できるが、例えば、以下のような方法で製造できる。すなわち、通常、原料混合槽等で芳香族ジヒドロキシ化合物と炭酸ジエステルを均一に攪拌混合した後、触媒を添加して溶融状態で重合(エステル交換反応)を行い、ポリマーが生産される。反応の形式は、バッチ式、連続式、あるいはバッチ式と連続式の組み合わせの何れの形式でも良いが、一般的には2以上の重合槽での反応、すなわち2段階以上、通常3〜7段の多段工程で連続的に実施されることが好ましい。
【0015】
芳香族ポリカーボネートの溶融法による重合反応の具体的な反応条件としては、温度:150〜320℃、圧力:常圧〜2Pa、平均滞留時間:5〜150分の範囲とし、各重合槽においては、反応の進行とともに副生するフェノールの排出をより効果的なものとするために、上記反応条件内で、段階的により高温、より高真空に設定する。なお、得られる芳香族ポリカーボネートの色相等の品質低下を防止するためには、できるだけ低温、できるだけ短い滞留時間の設定が好ましい。
【0016】
本発明で使用される芳香族ポリカーボネート(A)の分子量は、溶媒としてメチレンクロライドを用い、25℃で測定された溶液粘度より換算した粘度平均分子量で、15,000〜40,000であり、好ましくは20,000〜30,000である。粘度平均分子量が15,000未満では機械的強度に劣り、40,000を越えると成形性に劣るので好ましくない。
【0017】
本発明の樹脂組成物に使用されるスルフィド化合物(B)を含有する。このようなスルフィド化合物(B)は、下記一般式(1)または(2)で示される化合物から選ばれる少なくとも1種である。
【0018】
【化1】

【0019】
【化2】

【0020】
(式中、R、R、RおよびRは、それぞれ、炭素数1〜30の、アルキル基、シクロアルキル基、アルケニル基、アリール基、アリールアルキル基、アリールアルケニル基、アシル基、アシルアルキル基、アルコキシアルキル基、アリールアルコキシアルキル基またはアリールアルコキシアルケニル基であり、これらの基に含まれる芳香環は更に置換基として、炭素数1〜4のアルキル基、ハロゲン原子、−NO基、−N(R)基、−COOR基、−OR基または−CHOR基を有することができ、アシルアルキル基、アルコキシアルキル基、アリールアルコキシアルキル基およびアリールアルコキシアルケニル基は、それぞれ、アシル基、アルコキシ基またはアリールアルコキシ基を、アルキル幹またはアルケニル幹に複数個有していても良い。RとRおよびRとRは、共有結合で結ばれていても良く、Rは、炭素数1〜15のアルキレン基、アルケニレン基、アリーレン基、アルキリデン基、アリールアルキリデン基またはジアルキレンアリーレン基であり、アリーレン基、アリールアルキリデン基およびジアルキレンアリーレン基の核には置換基として、炭素数1〜4のアルキル基、ハロゲン原子、−NO基、−N(R)基、−COOR基、−OR基または−CHOR基を有することができ、R、R、RおよびRは、それぞれ、水素原子、炭素数1〜10のアルキル基、アリール基またはアリールアルキル基であり、k、mおよびnは、それぞれ、1〜10の整数であり、pは1〜1000の整数である。)。
【0021】
一般式(1)で示される化合物の具体例としては、ジメチルスルフィド、ジメチルジスルフィド、ジメチルトリスルフィド、ジエチルスルフィド、ジビニルスルフィド、ジフェニルスルフィド、ジフェニルジスルフィド、ジフェニルトリスルフィド、ビス(ヒドロキシフェニル)スルフィド、ジトリルスルフィド、ジトリルジスルフィド、ビス(ニトロフェニル)スルフィド、ビス(アミノフェニル)スルフィド、ビス(クロロフェニル)スルフィド、ビス(メトキシフェニル)スルフィド、ジベンゾイルスルフィド、ジベンゾイルジスルフィド、ジベンジルスルフィド、ジベンジルジスルフィド、ジベンジルトリスルフィド、ジベンジルテトラスルフィド、ベンジルメチルスルフィド、ジベンジルペンタスルフィド、ジベンジルヘキサスルフィド、ジベンジルヘプタスルフィド、ジベンジルオクタスルフィド、ジシクロヘキシルスルフィド、ジシクロヘキシルジスルフィド、メチルシクロヘキシルスルフィド、メチルフェニルスルフィド、メチルアリルスルフィド、メチルベンジルスルフィド、フェニルアリルスルフィド、フェニルビニルスルフィド、フェニルベンジルスルフィド、フェニルスチリルスルフィド、フェニルシンナミルスルフィド、フェニルベンゾイルスルフィド、フェニルフェナシルスルフィド、フェニルシクロヘキシルスルフィド、トリルベンジルスルフィド、ベンジルアリルスルフィド、トリメチレンスルフィド、トリメチレンジスルフィド、テトラメチレンスルフィド、テトラメチレンジスルフィド、ペンタメチレンスルフィド、チオフェン、4H−チイン、ベンゾチオフェン、ジベンゾチオフェン、チアクロマン、チアキサンテン等が挙げられる。
【0022】
一般式(2)で示される化合物の具体例としては、ジエチルチオアセタール、α−フェニル−ジエチルチオアセタール、1、1−ビス(エチルチオ)プロパン、1、1−ビス(エチルチオ)プロペン、1、4−ビス(メチルジチオ)シクロヘキサン、1、3−ジチオラン、1、3−ジチアン、1、4−ジチアン、1、4−ジチエン、1、4−ジチアジエン、チアントレン、1、3、5−トリチアン、ポリフェニレンスルフィド等が挙げられる。
【0023】
スルフィド化合物(B)は、1種類で、あるいは2種以上を混合して使用しても良い。本発明組成物中のスルフィド化合物(B)の量は、芳香族ポリカーボネート(A)100重量部に対して、0.01〜5重量部である。スルフィド化合物の量が0.01重量部未満では、目的とする電離放射線照射による黄変度の改良効果が不十分となりやすく、5重量部を超えると、機械物性が低下する。スルフィド化合物の配合量は、黄変度の改良効果と機械物性とのバランスの点から、ポリカーボネート樹脂100重量部に対して、好ましくは0.05〜3重量部である。
一般式(1)、(2)で示される化合物の一部は、放射線照射に対して黄変防止効果を有する化合物として特許文献2等に報告されているが、単独で用いた場合は黄変防止効果が不十分であり、黄変防止効果を上げるため多量に用いると樹脂組成物の機械的物性が大幅に低下する欠点があった。
【0024】
前記一般式(1)又は(2)で示されるスルフィド化合物(B)と併用される着色剤(C)としては、アゾ系着色剤、アントラキノン系着色剤、インジゴ系着色剤、トリフェニルメタン系着色剤、キサンテン系着色剤が挙げられる。それらの着色剤は、例えば三菱化学社製のD−BLUE−G、バイエル社製M−BLUE−2R、M−Violet−3Rなどを例示できる。着色剤(C)の配合量は、これを芳香族ポリカーボネート(A)100重量部及びスルフィド化合物(B)0,01〜5重量部を含有する組成物に配合して得られる組成物から成形される厚さ3mmの成形片に放射線を照射し、照射後7日目に測定した色調が、ハンターのLab法におけるb値で2以下となる量であり、(B)成分の量、照射される放射線の線種、照射量、着色剤により異なるが、予め実験により最適な量を定めることが出来る。例えば、コバルト60のγ線を25kGy照射する場合の着色剤の使用量の目安としては、芳香族ポリカーボネート100重量部に対し、0.0001〜0.005重量部が好ましく、青色の着色剤を用いる場合、樹脂組成物が青色を呈する量である。着色剤の配合量が0.0001重量部未満ではb値が2より大きくなり、黄色味が目立ち、好ましくない。
【0025】
逆に、着色剤を0.005重量部を越えて多量に用いると、樹脂組成物の青味が強すぎてL値が80未満となり、透明性が低下するので好ましくない。本発明の樹脂組成物は、該組成物から形成された厚さ3mmの成形片の放射線照射後7日目に測定されたハンターLab法のL値が80以上であること好ましい。L値が80以上の透明性を有することにより、医療器具として用いた場合、内部の薬液や血液等の液面及び色の識別が容易になる。なお、上記に例示した着色剤には、所謂、ブルーイング剤として、黄変防止を目的として樹脂に添加することが知られているものもある。しかしてブルーイング剤として添加される着色剤の量は0.数ppm程度で、添加された樹脂がアイス色を呈する量であるが、この程度の着色剤の使用では、ハロゲン含有芳香族ポリカーボネートと併用しても充分な併用効果を示さない。
【0026】
本発明の樹脂組成物は上記(A)、(B)、(C)を必須成分として含有するが、更に、ポリアルキレングリコール類(D)を配合することにより、電離放射線照射後の黄変防止効果を一段と向上させ、透明性と機械的強度の低下を抑制することができる。
【0027】
本発明組成物に使用されるポリアルキレングリコール類(D)としては、下記一般式(3)で示されるポリアルキレングリコール(D−1)、ポリアルキレングリコールのエーテル(D−2)、及び下記一般式(4)で示されるポリアルキレングリコールのエステル(D−3)から選ばれる少なくとも1種の化合物が挙げられる。
【0028】
【化3】

【0029】
【化4】

【0030】
(式(3)、(4)中、R10、R12、R13及びR15は、それぞれ、水素原子、炭素数1〜30のアルキル基、シクロアルキル基、アルケニル基、アリール基、アリールアルキル基又はアリールアルケニル基であり、これらの基の芳香環には更に、炭素数1〜10のアルキル基又はハロゲン原子が置換されていても良い。R11及びR14は、それぞれ、水素原子又は炭素数1〜4のアルキル基を示す。uは1以上の整数、wは2以上の整数であり、t及びvは、それぞれ、1〜10の整数である。)。
【0031】
一般式(3)又は(4)において、好ましくはR10,R12は水素原子、アルキル基、アリールアルキル基であり、R13,R15はアルキル基、アリール基であり、R11,R14は水素原子又はメチル基である。uは好ましくは1〜3000、より好ましくは1〜500の整数であり、wは2〜3000、より好ましくは2〜500の整数である。t、vは1〜7の整数であり、より好ましくは1〜5の整数である。ポリアルキレングリコール(C−1)、ポリアルキレングリコールのエーテル(C−2)又はポリアルキレングリコールのエステル(C−3)は、1種類又は2種類以上を混合して使用しても良い。
【0032】
一般式(3)で示される化合物の具体例としては、ポリエチレングリコール、ポリエチレングリコールメチルエーテル、ポリエチレングリコールジメチルエーテル、ポリエチレングリコールドデシルエーテル、ポリエチレングリコールベンジルエーテル、ポリエチレングリコール−4−ノニルフェニルエーテル、ポリプロピレングリコール、ポリプロピレングリコールメチルエーテル、ポリプロピレングリコールジメチルエーテル、ポリプロピレングリコールドデシルエーテル、ポリプロピレングリコールベンジルエーテル、ポリプロピレングリコールジベンジルエーテル、ポリプロピレングリコール−4−ノニルフェニルエーテル、ポリテトラメチレングリコール等が挙げられる。
【0033】
一般式(4)で示される化合物の具体例としては、ポリエチレングリコール酢酸エステル、ポリエチレングリコール酢酸プロピオン酸エステル、ポリエチレングリコールジ酪酸エステル、ポリエチレングリコールジステアリン酸エステル、ポリエチレングリコールジ安息香酸エステル、ポリエチレングリコールジ−2,6−ジメチル安息香酸エステル、ポリエチレングリコールジ−p−tert−ブチル安息香酸エステル、ポリエチレングリコールジカプリン酸エステル、ポリプロピレングリコールジ酢酸エステル、ポリプロピレングリコール酢酸プロピオン酸エステル、ポリプロピレングリコールジ酪酸エステル、ポリプロピレングリコールジステアリン酸エステル、ポリプロピレングリコールジ安息香酸エステル、ポリプロピレングリコールジ2−、6−ジメチル安息香酸エステル、ポリプロピレングリコールジ−p−tert−ブチル安息香酸エステル、ポリプロピレングリコールジカプリン酸エステル等が挙げられる。
【0034】
これらのポリアルキレングリコール類は1種を用いても或いは2種以上を併用しても良く、その量は、合計で、芳香族ポリカーボネート(A)100重量部に対し、0.0〜5重量部であり、好ましくは3重量部以下である。ポリアルキレングリコール類(D)の量が5重量部を越えると本発明樹脂組成物の機械物性が低下するので好ましくない。また、ポリアルキレングリコール類を配合する場合、着色剤(C)の量は、(A)、(B)、(C)及び(D)を配合した組成物から形成された厚さ3mmの成形片に放射線を照射し、照射後7日目に測定した色調がハンターのLab法におけるb値で2以下となる量であり、照射される放射線の線種や線量、使用されるポリアルキレングリコール類の種類や量、着色剤により異なるが、予め実験により最適な使用量を定めることが出来る。また、この場合、放射線照射後7日目の厚さ3mmの成形片のL値は80以上であることが好ましい。
【0035】
更に、本発明の樹脂組成物には、オレフィン性の炭素−炭素不飽和結合を含有しない離型剤を配合することが好ましい。離型剤の配合により、成形時の離型抵抗を低減することができ、特に、薄肉の成形物を良好に製造することができる。離型剤の配合量は、芳香族ポリカーボネート100重量部に対し、3重量部以下であり、好ましくは1重量部以下である。3重量部を超えると耐加水分解性の低下、射出成形時の金型汚染等の問題がある。離型剤は1種でも使用可能であるが、複数併用して使用することもできる。
【0036】
本発明組成物に使用される離型剤は、芳香族ポリカーボネート樹脂用として用いられる公知の離型剤で、オレフィン性炭素−炭素不飽和二重結合を分子中に実質的に含有しないものであれば、特に限定されるものではない。具体的には、ステアリン酸、パルミチン酸、ミリスチン酸、ベヘニン酸等の飽和高級脂肪酸とブチルアルコール、ヘキシルアルコール、オクチルアルコール、ノニルアルコール、ラウリルアルコール、ミリスチルアルコール、ステアリルアルコール、ヘベニルアルコール、エチレングリコール、プロピレングリコール、ブタンジオール、ヘキサンジオール、グリセリン、ブタントリオール、ペンタントリオール、エリトリット、ペンタエリトリットなどの飽和アルコールとのエステル又は部分エステル;パラフィン、低分子量ポリオレフィン、その他のワックス類などが例示される。
【0037】
本発明のポリカーボネート樹脂組成物は、本発明の目的を損なわない範囲で、さらに、他の熱可塑性樹脂、難燃剤、耐衝撃性改良剤、帯電防止剤、リン系熱安定剤、ヒンダードフェノール系酸化防止剤、スリップ剤、アンチブロッキング剤、防曇剤、天然油、合成油、ワックス、有機系充填剤、無機系充填剤等の添加剤を添加しても良い。
【0038】
本発明の樹脂組成物の製造法は特に限定されるものではなく、芳香族ポリカーボネート(A)に、スルフィド化合物(B)、着色剤(C)、及び必要に応じてポリアルキレングリコール(D−1)、ポリアルキレングリコールのエーテル(D−2)、ポリアルキレングリコールのエステル(D−3)から選ばれた1種以上の化合物、離型剤その他の添加剤を配合することにより製造される。配合方法は、特に限定されるものではなく、当業者に周知の種々の方法によって行うことができる。例えば、タンブラー、ヘンシェルミキサー等で混合する方法や、フィーダーにより定量的に押出機ホッパーに供給して混合する方法等がある。
【0039】
本発明のポリカーボネート樹脂組成物は、射出成形、ブロー成形、押出成形、回転成形等、公知の成形方法に従って所望の成形品とすることができ、電離放射線の照射処理を行っても色調の変化や衝撃強度等の機械的強度の低下が小さく、かつ医療用器具内部の薬液や血液等の内容物の液面及び色の識別が容易である。また、離型剤の配合されたポリカーボネート樹脂組成物は、成形時の離型性に優れるので、生産性が向上し、また割れ等の破損が起こりにくい。さらに、芳香族ポリカーボネート(A)として、溶融法で製造され、かつ末端OH基含有率が50〜1000ppmである芳香族ポリカーボネートを用いると、薬液や血液との濡れ性に優れているので、薬液や血液との界面に気泡が発生せず、医療用器具中の薬液や血液の流動がスムーズになるという利点がある。
【0040】
本発明のポリカーボネート樹脂組成物から成形できる医療用器具としては、具体的には、人工透析器、人工肺、麻酔用吸入装置、静脈用コネクター及び付属品、血液遠心分離器ボウル、外科用具、手術室用具やこれらを包装する容器状包装具、酸素を血液に供給するチューブ、チューブの接続具、心臓プローブ並びに注射器、静脈注射液等を入れる容器等が挙げられる。本発明の医療用器具は、γ線、電子線その他医療器具の滅菌のために用いられる電離放射線の線種及び放射線量の照射に有効であり、また放射線滅菌が、実質的に酸素を含有しない雰囲気下である場合にも、或いは、放射線滅菌が、酸素雰囲気下である場合にも有用である。
【実施例】
【0041】
以下、本発明を実施例及び比較例により更に詳細に説明するが、本発明はその要旨を超えない限り、以下の例に限定されるものではない。各実施例及び比較例において使用した原材料は次の通りである。
(1)ポリカーボネート樹脂:「ユーピロンS−3000」、三菱エンジニアリングプラスチックス株式会社製、粘度平均分子量22、000。
(2)スルフィド化合物:ジベンジルスルフィド。
(3)スルフィド化合物:ベンジルメチルスルフィド。
(4)スルフィド化合物:ジシクロヘキシルジスルフィド。
(5)着色剤:「M−BLUE−2R」、バイエル社製。
(6)染顔料:「M−Violet−3R」、バイエル社製。
(7)ポリプロピレングリコール:分子量2000、「PPG2000」と表記する。
(8)ポリプロピレングリコールジステアリン酸:分子量3000、「PPGST30」と表記する。
(9)離型剤:ペンタエリスリトールテトラステアレート、「PTS」と表記する。
【0042】
各実施例及び比較例における評価方法は以下の通りである。
(10)色調:実施例または比較例において成形された厚さ3mmの成形片を、空気中及び脱酸素雰囲気(成形品を脱酸素剤(商品名;エージレス、三菱瓦斯化学(株)製)と共に密封したもの)に保持したものを用い、それぞれコバルト60γ線を25キログレイ(kGy)照射し、照射前及び照射後7日目のハンターLab法におけるL値及びb値を、JIS K7103に従って、スガ試験機(株)製の色差計SM−3−CHにて測定した。
(11)アイゾット衝撃強度:実施例または比較例において成形された3.2mm厚み、0.25Rノッチ付きの試験片を用い、コバルト60γ線を25キログレイ(kGy)照射し、照射前及び照射後、ASTM D256に準じて測定した。
【0043】
〔実施例1〜3、比較例1〜3〕
表−1の記載に従って、各成分を秤量し、タンブラーにて混合し、各々φ40mm一軸ベント式押出機を用いて、バレル温度270℃で押出してペレットを得た。このペレットを熱風乾燥器中で、120℃にて5時間以上乾燥した後、樹脂温度270℃、金型温度80℃にて50mmφ×3mm厚みの色調用試験片及び厚み3.2mmのアイゾット衝撃強度用の試験片を射出成形し、上記方法により試験した。結果を表−1に示した。
【0044】
【表1】

【0045】
表−1から明らかな様に、スルフィド化合物及び着色剤を夫々適量配合した実施例1〜3の組成物は、放射線照射後7日目の3mm厚試験片のb値が2以下且つL値が80であり、黄色味が目立たず、また、成形体内部の液面や色の識別が容易な組成物である。一方、スルフィドまたは着色剤の何れかを欠く比較例1、2の組成物は、放射線照射後のb値が2以上と黄色味が目立つ色調である。また、比較例3は着色剤の量を比較的少なくし、スルフィド化合物を多量に用いることにより、放射線照射後の色調を実施例1と同程度にした組成物であるが、放射線照射による黄色化は避けられるものの、多量のスルフィドの配合により、機械的強度が大幅に低下している。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明のポリカーボネート樹脂組成物は、放射線照射による滅菌が必要な、人工透析器、人工肺、麻酔用吸入装置、静脈用コネクター及び付属品、血液遠心分離器ボウル、外科用具、手術室用具やこれらを包装する容器状包装具、酸素を血液に供給するチューブ、チューブの接続具、心臓プローブ並びに注射器、静脈注射液等を入れる容器等の医療部品用の材料として利用し得る。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
芳香族ポリカーボネート樹脂(A)100重量部、スルフィド化合物(B)0.01〜5重量部および着色剤(C)を含有する組成物であって、該組成物から形成された厚さ3mmの成形片に電離放射線を照射し、照射後7日目に測定した色調が、ハンターのLab法におけるb値で2以下であるポリカーボネート樹脂組成物。
【請求項2】
芳香族ポリカーボネート樹脂(A)100重量部、スルフィド化合物(B)0.01〜5重量部、ポリアルキレングリコール、ポリアルキレングリコールのエーテル、ポリアルキレングリコールのエステルから選ばれる少なくとも1種のポリアルキレングリコール類(D)および着色剤(C)を含有する組成物であって、該組成物から形成された厚さ3mmの成形片に電離放射線を照射し、照射後7日目に測定した色調が、ハンターのLab法におけるb値で2以下であるポリカーボネート樹脂組成物。
【請求項3】
スルフィド化合物(B)が、下記一般式(1)または(2)で示される化合物から選ばれる少なくとも1種であり、芳香族ポリカーボネート樹脂(A)100重量部に対し、0.01〜5重量部配合されることを特徴とする請求項1又は2に記載のポリカーボネート樹脂組成物。
【化1】

【化2】

(式中、R、R、RおよびRは、それぞれ、炭素数1〜30の、アルキル基、シクロアルキル基、アルケニル基、アリール基、アリールアルキル基、アリールアルケニル基、アシル基、アシルアルキル基、アルコキシアルキル基、アリールアルコキシアルキル基またはアリールアルコキシアルケニル基であり、これらの基に含まれる芳香環は更に置換基として、炭素数1〜4のアルキル基、ハロゲン原子、−NO基、−N(R)基、−COOR基、−OR基または−CHOR基を有することができ、アシルアルキル基、アルコキシアルキル基、アリールアルコキシアルキル基およびアリールアルコキシアルケニル基は、それぞれ、アシル基、アルコキシ基またはアリールアルコキシ基を、アルキル幹またはアルケニル幹に複数個有していても良い。RとRおよびRとRは、共有結合で結ばれていても良く、Rは、炭素数1〜15のアルキレン基、アルケニレン基、アリーレン基、アルキリデン基、アリールアルキリデン基またはジアルキレンアリーレン基であり、アリーレン基、アリールアルキリデン基およびジアルキレンアリーレン基の核には置換基として、炭素数1〜4のアルキル基、ハロゲン原子、−NO基、−N(R)基、−COOR基、−OR基または−CHOR基を有することができ、R、R、RおよびRは、それぞれ、水素原子、炭素数1〜10のアルキル基、アリール基またはアリールアルキル基であり、k、mおよびnは、それぞれ、1〜10の整数であり、pは1〜1000の整数である。)。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載のポリカーボネート樹脂組成物から形成された厚さ3mmの成形片に電離放射線を照射し、照射後7日目の成形片の色調が、ハンターのLab法におけるL値で80以上であることを特徴とするポリカーボネート樹脂組成物。
【請求項5】
更に、オレフィン性の炭素−炭素不飽和結合を含有しない離型剤を配合することを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載のポリカーボネート樹脂組成物。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載のポリカーボネート樹脂組成物から成形された医療用器具。

【公開番号】特開2006−199846(P2006−199846A)
【公開日】平成18年8月3日(2006.8.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−13822(P2005−13822)
【出願日】平成17年1月21日(2005.1.21)
【出願人】(594137579)三菱エンジニアリングプラスチックス株式会社 (609)
【Fターム(参考)】