説明

ポリテトラフルオロエチレン繊維状粉体、ポリテトラフルオロエチレン抄紙物、ポリテトラフルオロエチレン成形体、およびポリテトラフルオロエチレン繊維状粉体の製造方法

毎分5℃の昇温速度で為される示差走査型熱量計分析において、得られる溶融吸熱曲線における低温側のピーク面積比率が全ピーク面積の88.5%以上であるポリテトラフルオロエチレン繊維状粉体である。また、該ポリテトラフルオロエチレン繊維状粉体からなる、均圧性、通気性、粉塵捕集性に優れる抄紙物である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は、均圧性、通気性、粉塵捕集性に優れるポリテトラフルオロエチレン抄紙物、その原料であるポリテトラフルオロエチレン繊維状粉体、前記抄紙物からなる成形体、および生産効率に優れたポリテトラフルオロエチレン繊維状粉体の製造方法に関する。詳細には、抄造した場合に表面が滑らかで、通気性に優れるポリテトラフルオロエチレン製ペーパーを得ることのできるポリテトラフルオロエチレン繊維状粉体の製造方法に関する。
【背景技術】
ポリテトラフルオロエチレン(以下、PTFEと略す)は、優れた耐薬品性、耐熱性、機械的特性、電気的特性を有しており、その用途は工業的用途を中心として多岐にわたっている。したがって、その使用形態もさまざまであり、紙状品は濾紙、断熱材、絶縁材などに使用されている。
紙状品の製造方法としては、種々の方法が知られている。たとえば、特公昭45−8165号公報には、平均繊維長100〜5000μm、平均形態係数5以上であるPTFE繊維状粉末あるいはこれに充填材を均一に混合してなる組成物を液体中に分散させて紙料とし、これを抄造、乾燥したのち、基材から抄紙を剥離して焼成する方法が開示されている。ここで使用されるPTFE繊維状粉末は、原料PTFEを高温において強い剪断力を作用させることにより粉砕して得られる。この粉砕時に、粉砕機自体を加熱する、または粉末を加熱してもよいことが記載されており、さらに熱風を吹き込みながら粉砕する方法が最も好ましいことが記載されている。
しかしながら、そのような記載があるのみで、具体的な実施内容および実施例については開示がなく、粉砕処理時の温度条件についても記載はない。従来、20〜50℃程度の温度条件で粉砕処理されているが、この温度条件で処理すると、粒径5μm以下の比較的細かいPTFE粉末が生成し、通気性の低い、硬いPTFE製ペーパーになるという問題がある。
これに対して発明者らは、特公昭40−11642号公報、あるいは特公昭45−14127号公報などに記載されるように、PTFE抄紙物の製法を見出し、これがクッション性、均圧性に優れることを見出した。しかしながら、いかなる性質を満たすPTFE繊維状粉体をもってすれば、クッション材、フィルター材などに適した均一な抄紙物が得られるかについては知見がなかった。
また機械強度を改善するためには手作業での補強糸の取付や金網による裏打ちが必要となり、結果として歪の不均一性が耐用寿命を短くするなどの問題があるほか、PTFEの優れた電気特性を活かして基板材として使用する場合、自己保持性の問題から薄化が困難であった。
【発明の開示】
本発明は、前記課題を明らかにして、これを克服するものであり、均一な物性分布を有し、凝集性、均圧性、通気性、粉塵捕集性に優れるPTFE抄紙物、その原料となるPTFE繊維状粉体、前記PTFE抄紙物からなる成形体、および生産効率に優れた前記PTFE繊維状粉体の製造方法を提供することにある。
すなわち、本発明は、毎分5℃の昇温速度で為される示差走査型熱量計分析において、得られる溶融吸熱曲線における低温側のピーク面積比率が全ピーク面積の88.5%以上であるPTFE繊維状粉体に関する。
前記PTFE繊維状粉体において、平均繊維長100〜5000μm、および平均形態係数5以上であることが好ましい。
窒素吸着法により測定される比表面積が4.0m/g以上であることが好ましい。
また、本発明は、前記PTFE繊維状粉体を原料とし、抄紙工程を経ることにより得られるポリテトラフルオロエチレン抄紙物に関する。
さらに本発明は、毎分5℃の昇温速度で為される示差走査型熱量計分析において、得られる溶融吸熱曲線における低温側のピーク面積比率が全ピーク面積の88.5%以上であり、平均繊維長が100〜5000μmであり、平均形態係数が5以上であるポリテトラフルオロエチレン繊維状粉体の製造方法であって、原料ポリテトラフルオロエチレン粉末を供給手段によりホッパーに送り込む工程、前記原料ポリテトラフルオロエチレン粉末を前記ホッパーから延伸処理槽に供給する工程、延伸手段により延伸処理する工程、および延伸処理したのちに分級する工程からなるポリテトラフルオロエチレン繊維状粉体の製造方法に関する。
前記製造方法において、ホッパーから延伸処理槽への原料ポリテトラフルオロエチレン粉末の供給を、媒体の流動を用いて行なうことが好ましい。
延伸処理後に行なう分級工程により、粒径5.0μm以下のポリテトラフルオロエチレン粉末を除去することが好ましい。
前記延伸処理時に前記延伸手段からポリテトラフルオロエチレン粉末に加えるエネルギー量が10〜200kcal/kgであることが好ましい。
また、本発明は、前記PTFE抄紙物より得られる成形体に関する。
【図面の簡単な説明】
図1は、PTFE粉末を示差走査型熱量計で分析して得られる溶融吸熱曲線の例、およびこの溶融吸熱曲線をピーク分離して得た2つのピーク曲線である。
【発明を実施するための最良の形態】
図1に、PTFE粉末を示差走査型熱量計で分析して得られる溶融吸熱曲線(以下、DSC曲線ともいう)の例(実線)、およびこのDSC曲線をピーク分離して得た2つのピーク曲線(破線)を示す。
通常の分子量を有するPTFEのファインパウダーを示差走査型熱量計測定すると、図1に示すように、337℃付近から340℃付近にかけて、ダブルピークあるいは明確にショルダーを有することが確認されるシングルピークが見られる。これは、PTFEの重合過程において解きほぐしが進んだ分子のミクロブラウン運動の解放による第1の(低温側の)ピーク(またはショルダー)と、重合過程において解きほぐしが進んでいない分子のミクロブラウン運動の解放による第2の(高温側の)ピーク(またはショルダー)からなるものであり、PTFEの重合過程において解きほぐしが進んでいない分子は、昇温により、まず解きほぐしが起こり、その後に分子のミクロブラウン運動の解放が発生するため、第1のピーク発生からタイムラグが生じて、見掛け上高温側に融解ピーク(またはショルダー)が生じる。そのためにあまりに遅い昇温速度で測定を行うと、タイムラグは非常に小さなものとなり、見掛け上から区別することが難しくなる。
PTFE分子は、汎用の溶融樹脂と比較してその分子量が非常に大きいために、集団として組織化するよりも一本の分子鎖で組織化する方がよりエネルギー的に安定化する場合がある。特に重合過程においては比較的周囲からの拘束力の少ない状態で分子が存在するために、一本の分子鎖でのコンフォメーション的安定化は生じ易い状況にあるといえる。しかしながら理想空間における重合・成長反応とは異なり、少なからず周囲から剪断力などの外力や、分子間力による干渉を受ける中では組織化する分子もある。
PTFE粉体を成形し焼結する過程では、より分子の解きほぐしが進行し、組織間での融着が多く生じるほど、凝集力に優れた型崩れのない成形品が得られるばかりでなく、抄紙物の場合では応力が均一に伝達され、均圧性に優れたものとなる。
分子鎖の解きほぐしが昇温中に発生しているであろうことは前述したが、熱的な解きほぐし操作のみに依存する場合、その均一な制御が困難であり、部分的に過剰な熱が掛かった場合にはその部位が強固に組織化してしまい、他の組織との融着性を喪失してしまうという問題がある。これを回避するには外力による解きほぐしと、熱による解きほぐしを併用することが好ましい。
分子の解きほぐしが完了してしまっている場合、抄紙物の成形が好ましい状態にできない場合が多い。これは抄紙という操作の過程において、PTFE繊維状粉体に掛かる外力および熱が、その組織化を進行させてしまい、抄紙物として組織化させる際の最適状態を通過してしまっていることに原因があると考えられる。このためPTFE繊維状粉体は抄紙前に最適の解きほぐし状態にあることが、抄紙物の性状を制御する上で必要であることが容易に理解される。解きほぐしが完全に完了してしまったPTFE粉体のDSC曲線上の融解ピークはシングルピークとなり、325〜328℃付近へとシフトしてしまい、本発明のPTFE繊維状粉体には含まれない。
示差走査型熱量計において得られる溶融吸熱曲線におけるピーク面積は、その熱量と正比例し、また一般に許容される範囲においてその分子の数に比例するものであるといえる。したがって、図1に示すように、2つのピークあるいはショルダーの明確な1つのピークを有するDSC曲線を破線に示すような2つの正規分布あるいはその他の分布曲線に分離した場合、低温側のピーク(P)の面積が解きほぐされている分子の数に比例するものであり、高温側のピーク(P)の面積が解きほぐされていない分子の数に比例するものであると考えることができるので、解きほぐされたPTFE分子の比率は、示差走査型熱量計において得られる溶融吸熱曲線における低温側のピーク(P)の面積と全ピーク面積との比によって評価することが可能である。
ダブルピークあるいは明確なショルダーを持つシングルピークは、数学的には3つ以上の複数の正規分布による合成曲線として理解することも可能であるが、2つの頂点を持つことから2つの正規分布あるいはそれに類する分布曲線として分離することは充分妥当であると考えられ、本発明の検討においても妥当な結果が得られている。これは部分的に解きほぐされた分子も、評価上は解きほぐしに必要な熱量の小さいものとして、解きほぐされていない分子の正規分布に含まれているものと理解すればよい。
前記複合吸収ピークは、通常はGaussian−Lorentian型の曲線を用いて近似することで分離することが可能である。Gaussian型あるいはLorentian型の曲線のいずれかのみを用いる場合に比べて乖離の度合いが少ない特徴があり、市販されている多くの分析機器に附属の計算ソフトウェアでもこの手法が用いられている。本発明においては原料となるPTFE粉体に見られる見掛け上の二つの頂点を初期値として与え、これに制限を与えず近似を行うことで、基本的なピーク位置を決定する。これによって得られた基本ピーク位置は339.14℃と343.01℃であり、これを基準として線形・半値幅は制限なし、ピーク温度のみ初期値から0.6〜0.7℃以下に制限して近似を行うことで、複合曲線を二つに分離し、そのピーク面積を求めた。今回の検討では値の収束に要する時間の短縮のために原料粉体の情報を利用したが、直接的に繊維状粉体の融解曲線から求めることもできる。
本発明のPTFE繊維状粉体は、毎分5℃の昇温速度で示差走査型熱量計分析を行ない、求めた溶融吸熱曲線の低温側のピーク面積が、全ピーク面積の88.5%以上であり、92.0%以上、99.5%以下であることが好ましい。低温側ピーク面積が全ピーク面積の88.5%未満である場合、凝集力が不足し成形品の形崩れが生じやすい傾向があり、また、得られた抄紙物のクッション性が乏しくなる傾向がある。低温側のピーク面積が大きすぎ、すなわち2つのピーク(あるいはショルダー)が見られないような場合、抄紙物の成形が好ましい状態にできない場合が多いのは、すでに述べたとおりである。
一般に抄紙や圧縮成形などの成形方法では、分子レベルでの均一な融解を伴う成形方法と異なり、原料の比表面積がその凝集力、すなわち成形物の機械特性に大きく関与し、ある一定の範囲において比表面積が大きいほど、その成形物の機械特性は向上する。これは個々の原料の接触面積は増大することにより、組織としての応力伝達点が増加し、結果として組織全体の機械特性が向上することによる。これはPTFEの場合も同様であり、PTFE繊維状粉体の比表面積が大きいほど、その凝集力は増大し、組織として型崩れがなく機械特性により優れたものが得られる。一方でPTFE繊維状粉体同士の融着が多く生じるほど、抄紙物の比表面積は小さくなり、ある一定程度以上の比表面積の減少率を示すことは抄紙物の物性を推測する上で重要なパラメータになると言える。
これは、PTFE繊維状粉末およびその成形品の場合についても同様であり、PTFE繊維状粉末の比表面積が大きいほど、その凝集力が大きく、型崩れがなく機械的特性に優れた成形品が得られる。そこで、本発明において、PTFE繊維状粉末の比表面積は4.0m/g以上であることが好ましく、5.0m/g以上、8.5m/g以下であることがより好ましい。なお、ここで比表面積とは、窒素吸着法によって測定した値である。比表面積が4.0m/g未満である場合、凝集力が不足し成形時に型崩れが生じやすくなる。また、成形品が均一性に欠けるものとなり、所望の物性が得られなくなってしまう。比表面積が8.5m/gよりも大きい場合、繊維状粉体が密に充填され易く得られる抄紙物の目付重量が大きくなり、通気性が低くクッション性を発現し難くなる傾向がある。
また紙としての特性を発揮させるには原料粉体の形状が繊維状であることが好ましく、一般には形態係数で繊維状であることを示すことができるが、多数のひげが伸びたような形状をとる不定形粉体に関しては、紙としての凝集力を示す一方で形態係数的には繊維状であるとはいえない場合もある。このような場合には比表面積を形態係数に併せて規定することで、紙としての性質を発揮し得る原料であるか判断することができる。これらを鑑みれば繊維状であるとは、その全部ないしは一部が外力により延伸され、物性的に異方性を示し得るものと考えてよい。
本発明において使用する原料PTFEとしては、テトラフルオロエチレン(以下、TFEと略す)の単独重合体でもよいし、TFE95〜100モル%と、式(I):
CX=CY(CFZ (I)
(式中、X、YおよびZは同じかまたは異なり、いずれも水素原子またはフッ素原子、nは1〜5の整数)で示されるフルオロオレフィン、および式(II):
CF=CF−OR (II)
(式中、Rは炭素数1〜3の含フッ素アルキル基)で示される含フッ素(アルキルビニルエーテル)(以下、PAVEと略す)よりなる群から選ばれた少なくとも1種のモノマー0〜5モル%との変性されたTFE共重合体(変性PTFE)があげられる。
前記式(I)で示されるフルオロオレフィンとしては、たとえばヘキサフルオロプロピレン(以下、HFPと略す)などのパーフルオロオレフィン;パーフルオロブチルエチレンなどのフルオロオレフィンなどがあげられる。
また、前記式(II)で示される含フッ素(アルキルビニルエーテル)としては、パーフルオロ(メチルビニルエーテル)(以下、PMVEと略す)、パーフルオロ(エチルビニルエーテル)(以下、PEVEと略す)、パーフルオロ(プロピルビニルエーテル)(以下、PPVEと略す)があげられる。
本発明で使用する原料PTFE粉末は、水溶性含フッ素分散剤の存在下に重合開始剤を用いて重合することにより得られる。得られる重合体の分子量を低分子量化するには、重合開始剤の量を増やす、連鎖移動剤を添加する、または変性モノマーの添加などの方法が採用される。重合開始剤としては、たとえば過硫酸塩や有機過酸化物などが、連鎖移動剤としてはたとえば水素、プロパンなどの炭化水素、エタノールなどの水溶性化合物などがあげられる。
このようにして得られる原料PTFE粉末の平均粒径は、5〜2000μmであることが好ましい。平均粒径が5μmより小さいと、処理後に微粉末が多いため、硬く通気性の低いペーパーとなる。また、平均粒径が2000μmをこえると、処理後に粗粉が残るため、表面の粗いペーパーとなる。
本発明のPTFE繊維状粉体は、たとえば原料ホッパー、延伸処理槽および分級装置を有する装置により、以下のような製造方法で製造することができる。
まず前記原料PTFE粉末を供給機から原料ホッパーに投入し、原料ホッパーから延伸処理槽へ原料PTFE粉末の供給を行なう。延伸処理槽への原料PTFE粉末の供給は、自重による落下によってなされてもよく、原料PTFE粉末の形態によっては機械的に行なってもよいが、得られるPTFE繊維状粉体の形状を完全に制御するためには、液体や気体などの流動性の高い媒体によってなされるほうが好ましい。
延伸処理槽には、延伸手段(詳細は後述)が設けられており、原料PTFE粉末を延伸処理してPTFE繊維状粉体とする。ここで、原料PTFE粉末を処理する際に、工程中にPTFE粉末に加えるエネルギー量を制御して、PTFE繊維状粉体の解きほぐしの進行度を制御することが好ましい。
ついで、分級装置により、充分に延伸された粉末だけが選別され、次の分級装置へと送られる。それ以外の粉末は延伸処理槽に戻され、さらに処理される。最後に、分級装置により(測定方法は後述する)、粒径5μm以下のPTFE粉末が除去され、本発明のPTFE繊維状粉末が得られる。
以下、各工程について詳述する。
前記原料PTFE粉末を原料ホッパーから延伸処理槽に供給する工程において、粒径の小さなものを用いる場合にはホッパー内で固まってしまい、自重で落下供給させることが困難になる。その場合は水などの液体を媒体として延伸処理槽へ強制的に供給することができる。得られたPTFE繊維状粉体を即時に抄紙工程に送ることなく貯蔵する場合は、液状媒体を用いることは好ましくないため、乾燥空気などの気体を媒体として原料PTFE粉体の供給を行うことができる。ただし、延伸処理槽内の回転体の動き、あるいは延伸処理済の原料PTFE粉体の排出に影響をおよぼす場合があるのであまり好ましくない。このような操作により、平均繊維長を100〜5000μm、平均形態係数5以上のPTFE繊維状粉末を非常に効率よく製造することができる。
また延伸処理温度は、延伸時の摩擦熱を利用することが好ましい。これにより、フィブリル化しやすくなり、比較的安定した繊維長の粉末が得られる傾向にある。したがって、前記延伸手段としては、摩擦力を利用して延伸処理を行うものが好ましい。このような延伸手段としては、たとえばハンマーミル、スクリーンミルなどがあげられるが、回転体により一方向にのみ剪断力を与え、原料粉体を延伸し得る装置であることが好ましい。
前記延伸処理時に延伸手段からPTFE粉末に加えるエネルギー量を10〜200kcal/kgに制御することにより、PTFE塊状物の発生を防ぐことが可能となる。とくに、エネルギー量を10〜60kcal/kgに制御することが好ましい。これによって得られたPTFE繊維状粉末で抄造したPTFE紙は、繊維状粉体同士の絡み合いが多く得られ、局部的には粉同士の熱融着を伴うクッション性の優れたPTFE抄紙物を得ることができる。ここで、延伸手段からPTFE粉末に加えるエネルギー量が10kcal/kg未満であると、短い繊維状粉末が多くなり充分な物理的絡み合いが得られない。また、前記エネルギー量が200kcal/kgをこえると、繊維状粉体同士の熱融着が起こり難い傾向にある。
ここで、延伸処理時に延伸手段からPTFE粉末に加える前記エネルギー量は、延伸手段に与えるエネルギー量で定義をすることができる。延伸手段に与えるエネルギー量は、PTFE粉末を前記延伸手段で延伸する際に、延伸回転数を維持するのに要する前記PTFE粉末1kgあたりのエネルギー量のことで、延伸時と空転時に延伸手段の電流値の差から求めることができる。媒体を用いて延伸処理槽への原料を供給する場合は、与える熱量は40℃以下の室温を基準とし、媒体との温度差から与えられる熱量も含めて算出しなければならない。
PTFE粉末を処理したのちに分級する工程においては、原料PTFE粉体を処理後、分級装置により分級操作を行う。この分級操作により、延伸が不充分であるPTFE繊維状粉末が、延伸処理槽から流出することを防ぐことができる。そのため、平均繊維長100〜5000μmを有するPTFE繊維状粉末を効率よく得ることができる。とくに、平均繊維長は100〜4000μmであることが好ましい。前記平均繊維長が100μm未満であると、抄造する際に、網状の基材から一部脱落し、ピンホールの原因となる。また、平均繊維長が5000μmをこえると、繊維長が長いため、厚みの均一なペーパーをつくることが困難となる。分級装置としては、分級用スクリーンなどがあげられるが、所定サイズを境界として粉体を分離し得るものが好ましい。
さらに、粒径5μm以下のPTFE繊維状粉末を除去することで、前記粉末を使用して抄造されたPTFE抄紙物の通気性が向上し、しなやかでクッション性に優れる点で好ましい。さらには、粒径10μm以下のPTFE繊維状粉末を除去することが好ましい。
ここで、前記粒径の測定は、レーザー回折式粒度分布測定装置HELOS&RODOSシステム(SYMPATEC社製)を用いて、PTFE繊維状粉末を3barの圧縮エアで分散させながら測定する。粒径とは50%粒径をいう。
また、PTFE繊維状粉末の平均形態係数は5以上が好ましく、10以上であることがより好ましい。また、平均形態係数の上限値は特に限定されないが、1000以下であることが好ましい。前記平均形態係数とは、繊維幅で繊維長を割って得られるものである。前記平均形態係数が5より小さいと、焼成後に網状の基材から剥離しにくく、表面平滑性や外観(毛羽立ち、歪み)などが劣る仕上がりのわるいペーパーとなる。
このようにして得られたPTFE繊維状粉末は、以下の方法によって、抄紙することができる。
まず、前記PTFE繊維状粉末は、分散剤により水中などに均一に分散され、紙料とされる。このとき紙料に、有機高分子強化繊維、無機充填材などを添加してもよい。この紙料を網状などの基材上に抄造する。そののち、乾燥、焼成して、PTFE製ペーパーが得られる。特に有機高分子強化繊維を含有する場合、より大面積のフィルターを裏打ちすることなく設置することができ、これによりフィルタユニットの小型化が図れる。
抄紙して得たPTFE製ペーパーの厚さは、その用途にもよるが、0.02mm以上、8.00mm以下であることが好ましく、0.05mm以上、6.00mm以下であることがより好ましく、0.10mm以上、4.00mm以下であることがさらに好ましい。厚さが0.02mm未満である場合、フィルタとして用いた場合に、捕集能力が不足する傾向がある。厚さが8.00mmよりも大きい場合、抄紙物が自重によりクリープ変形してしまうため、目付の均一性が損なわれてしまう傾向がある。
また、抄紙して得たPTFE製ペーパーの表面平滑性は、10.5μm以下が好ましく、10.0μm以下がより好ましい。表面平滑度が10.5μmよりも大きい場合、ハンドリング時に毛羽立ち、ダストを生じてしまう傾向がある。なお、ここで表面平滑性とは、後述のとおり、触針式表面粗さ計による算術平均粗さである。
また、抄紙して得たPTFE製ペーパーの透気度は、PTFE製ペーパーの用途にもよるが、5.5sec/cmφ・300mL以上、14.0sec/cmφ・300mL以下であることが好ましく、6.0sec/cmφ・300mL以上、13.0sec/cmφ・300mL以下であることがさらに好ましい。透気度の値が5.5sec/cmφ・300mL未満である場合、フィルタとしての捕集効率に劣る傾向があり、透気度の値が14.0sec/cmφ・300mLよりも大きい場合、処理能力に劣る傾向がある。なお、ここで透気度は、後述のとおり、ガーレ試験機を用いて、300mLの空気が1cmφのオリフィスを通過するのに要する時間を測定したものである。
本発明の抄紙物は、いわゆる紙状のまま用いられるばかりではなく、立体形状に加工されて成形品としても使用される。例えば抄紙物をシートスタンピング成形すると、外装板のように凹凸のある板状物が得られる。また例えば、筒状にして固定すると、ベルト状のクッション材あるいはフィルターなどとして用いることができる。このように抄紙物を立体形状に加工することで、基材への貼り付けなどによらず立体形状を付与し、その形状に基づく機能を発現させることも可能である。
PTFEでは発揮し得ない物性を他材との複合化により付与することで、本発明のPTFE成形物はより多様な用途に適用することができる。たとえばPTFE単体の成形物では発揮されえない高強度やリフロー耐性などの熱間寸法安定性を付与するにはアラミドからなる粉体、繊維、フィブリッドなどと混合し、成形すればよい。ポリベンズチアゾールからなる繊維、フィブリッドなどと混合すれば耐磨耗性の向上が期待できる。他材との混合物から得られる成形物は、円柱状や直方体などの形状であっても、本発明の繊維状粉体を用いれば、容易な乾式の混合法で比較的分散性のよい複合体が得られる。乾式での混合は容易であるが、必要に応じて湿式の混合を用いてもよい。これらの知見をもとに混合抄紙物を得ることもまた可能である。このように、複合化する相手材はPTFEの高い耐熱性を損なわないために、その融点が200℃以上であることが好ましく、より好ましくは220℃以上である。その成分が有機物である必要は必ずしもなく、目的に応じて適宜1種ないしは2種以上の相手材が選択されるべきである。これらの例としては、ポリパラフェニレンベンズオキサゾール、液晶性ポリエステル、アラミドパルプ、ガラス、炭素などの各繊維があげられるが、本発明はこれらの例に制限されるものではない。また融点はDSC法により求められる数値である。
前述したように耐熱性を維持する上では、複合化する際の相手材が高い耐熱性を有していることが好ましいが、耐熱性を特に必要としない用途によっては必ずしも高い耐熱性を備える必要はない。たとえばPTFEの備える帯電特性を維持しつつ、その抄紙物の強度を向上させたい場合はアクリル繊維の裁断物、フィブリッドなどを相手材として選択することも可能であり、ロフティング加工などにより嵩高く抄紙物を膨張させるには、ポリアミド、ポリエステル、ポリオレフィンなどを相手材として選択することもできる。
本発明の抄紙物は、その優れた耐熱性から様々な用途に適用し得るが、場合によっては前述の複合抄紙物化することでさらに適したものとして使用することができる。たとえば圧縮成形用中子材として用いれば、シートスタンピング成形物と金型のエッジ部での擦れ傷の発生を防ぐことができる上、優れた離型性を連続して確保できる。また濾材として使用すれば静電的に集塵することができる他、強酸、強アルカリに対する耐久性、高温下での濾別性を発揮させることができる。電線巻付被覆材として使用すれば内部に空孔を有することからより優れた絶縁特性を発揮する他、断熱層としての特性も期待できる。筒型ベルト材にするには筒状のシームレスメッシュを用いて抄紙することで容易にシームレスで離型性に優れたシームレスベルトを得ることができ、さらに強度が必要であれば強化繊維と混合抄紙すればよい。半田リフロー加工用位置決め型紙として用いれば、半田付着も少なく作業性に格段の向上が期待できる。絶縁紙として用いた場合、周囲からの液剤などの付着を防ぎ、ポンプユニットなどの制御部を安全に長時間保護することができる。情報処理速度、通信速度の高速化に伴い回路基板材にも高周波に対応する低誘電率が求められるが、これにPTFE製ペーパーあるいは混合抄紙物を適用すれば、優れた電気特性を発揮するだけでなく、強化材と複合化すれば充分な寸法安定性、耐熱性も期待できる。特開2002−23131号公報にあるようにPTFE製ペーパーを液晶製造ラインの中でクッション材として用いることは公知であるが、その他の用途においては求められるクッション性は様々であり、寸法安定性や耐磨耗性も求められる範囲であれば混合抄紙物を適用することができる。
PTFE繊維状粉体は非常に嵩高い状態にあるため、乾燥状態で他材との混合が非常に容易であるため、複合成形物の原料として好適である。
これらの用途において他材と複合化する場合、PTFEの重量分率が2%未満であればPTFEの特性が充分に発揮されず、また98%を超えればPTFE以外の成分を添加した効果が充分に得られない。したがって混合成形物に含有されるPTFE以外の成分の重量分率は2〜98%が好ましく、より好ましくは4〜96%であり、さらに好ましくは5〜95%である。
つぎに、本発明を実施例に基づいてさらに具体的に説明するが、本発明はこれらのみに限定されない。
なお、本発明の実施例で測定した各物性値は、つぎの方法で測定したものである。
(平均繊維長)
粉末を電子顕微鏡で測定し、得られた繊維方向の長さ200点以上を算術平均により求める値であって、測定にあたっては、長さ80μm以下のものを測定しないものとする。
(平均形態係数)
粉末を電子顕微鏡で測定し、得られた繊維方向の長さを繊維の幅で割って得られる形態係数200点以上を算術平均により求められる値であって、測定にあたっては、長さ80μm以下のものを測定しないものとする。
(透気度)
PTFE製ペーパーを、ガーレ試験機を用いて、300mLの空気が1cmφのオリフィスを通過するのに要する時間を測定する。
(表面平滑性)
PTFE製ペーパーを触針式表面粗さ計により、算術平均粗さを測定する。
(クッション性)
コンプレッションテスターを用いて、PTFE製ペーパーの圧縮仕事量および10回くり返した場合の圧縮回復仕事量を測定し、標準サンプルを100としたときの相対値で表わす。クッション性が大きいほど、数値は大きい。標準サンプルとは、圧縮回復仕事量/圧縮仕事量×100(%)の値が60%のPTFE製ペーパーをいう。
(示差走査型熱量測定)
セイコーインスツルメンツ株式会社製RPC−220を用いて、昇温速度5℃/分、サンプル量3mgにて測定を行った。JIS−K7123を参考とした。
(ピーク面積比率)
毎分5℃の昇温速度で示差走査型熱量計分析を行ない、得られたDSC曲線をGaussian−Lorentian型の曲線を用いて2つのピーク曲線へと分離し、低温側ピークの面積を全ピーク面積で除算し、ピーク面積比率を算出する。
(抄紙厚み)
該PTFE製ペーパーをダイヤルゲージH型(加圧200g以下のタイプ)を用いて測定する。
(比表面積)
湯浅アイオニクス株式会社製Biosorbを用い、標準付帯セルにて窒素吸着法により、粉体の比表面積の評価を行った。
(抗張力)
(株)オリエンテック製テンシロンSTA−1150を用い、15mm巾のサンプルをチャック間距離100mm、引張速度200mm/分にして測定し、下記の換算式で抗張力を算出した。
抗張力(MPa)=(測定値(N)/15mm)/サンプル厚さ(mm)
【実施例1〜3】
テトラフルオロエチレン100モル%を乳化重合させた重合体を、原料PTFE粉末(平均粒径570μm)とした。得られた原料PTFE粉末を供給機によりホッパーに送り込んだ。つぎに、前記PTFE粉末を適宜乾燥空気により補助しながら回転翼を備えた延伸処理槽(槽内径160mmφ)に供給し延伸処理した。粉砕能力は10〜15kg/時間であった。このときの原料粉末に与えたエネルギー量を算出した結果は、表1に記載のとおりであった。
延伸処理槽の下面は一部メッシュとなっており、一定サイズよりも小さなもののみ延伸処理槽から出るようにした。これを標準分級ふるいにて処理することで5μm以下の粉体を除去した。
得られたPTFE繊維状粉末10重量部に対し、分散剤(東邦化学工業(株)製、ノナール206)0.25重量部、水1000重量部を混合して紙料とした。前記紙料を丸網型抄紙機にて抄造した。抄紙速度は1m/分であった。ついで、乾燥(150℃、10分)、焼成(380℃、10分)し、それぞれ厚み0.49〜0.52mmのPTFE製ペーパーを得た。
得られたPTFE製ペーパーの表面平滑性、透気度、クッション性および抗張力は、表1に示すとおりであった。何れのペーパーにおいても適度な透気性を有し、表面の平滑なものが得られている。また何れのペーパーも裁断時に端部にほつれを発生させることはなく、良好な凝集力を発揮している。

比較例1〜3
表2に記載の温度の熱風で原料PTFE粉末を延伸処理槽に供給し、延伸処理した以外は、実施例1と同様にしてPTFE繊維状粉末を得た。得られたPTFE繊維状粉末は、それぞれ表2に記載の平均繊維長、平均形態係数、ピーク面積比率および比表面積を有していた。
ついで、実施例1と同様にして抄造し、それぞれ厚み0.47〜0.51mmのPTFE製ペーパーを得た。得られたPTFE製ペーパーの表面平滑性、透気度、クッション性、および抗張力は、表2に示すとおりであった。比較例1で得られたPTFE製ペーパーは透気性が著しく悪くフィルター用途に全く適さない。また何れのPTFE製ペーパーにおいても裁断時にほつれが生じてしまい、カット部の寸法保持性に劣ることが確認された。

【実施例4】
湿式抄紙時にPTFE繊維状粉末8重量部に対して、アラミドパルプ(東レ(株)製、ケブラーパルプ)を2重量部添加したほかは実施例1と同様の操作により混合抄紙物を得た。室温から250℃での線熱膨張係数を測定したところ0.5ppmであり、優れた熱間寸法安定性を示すことが確認された。
【産業上の利用可能性】
本発明によれば、均一な物性分布を有し、凝集性、表面平滑性、均圧性、通気性、粉塵捕集性、電気的特性、機械的特性に優れるPTFE抄紙物を得ることができる。また、本発明によれば、平均繊維長100〜5000μm、平均形態係数5以上のPTFE繊維状粉末を効率よく得ることができる。
【図1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
毎分5℃の昇温速度で為される示差走査型熱量計分析において、得られる溶融吸熱曲線における低温側のピーク面積比率が全ピーク面積の88.5%以上であるポリテトラフルオロエチレン繊維状粉体。
【請求項2】
平均繊維長100〜5000μm、および平均形態係数5以上である請求の範囲第1項記載のポリテトラフルオロエチレン繊維状粉体。
【請求項3】
窒素吸着法により測定される比表面積が4.0m/g以上である請求の範囲第1項記載のポリテトラフルオロエチレン繊維状粉体。
【請求項4】
請求の範囲第1項記載のポリテトラフルオロエチレン繊維状粉体を原料とし、抄紙工程を経ることにより得られるポリテトラフルオロエチレン抄紙物。
【請求項5】
毎分5℃の昇温速度で為される示差走査型熱量計分析において、得られる溶融吸熱曲線における低温側のピーク面積比率が全ピーク面積の88.5%以上であり、平均繊維長が100〜5000μmであり、平均形態係数が5以上であるポリテトラフルオロエチレン繊維状粉体の製造方法であって、原料ポリテトラフルオロエチレン粉末を供給手段によりホッパーに送り込む工程、前記原料ポリテトラフルオロエチレン粉末を前記ホッパーから延伸処理槽に供給する工程、延伸手段により延伸処理する工程、および延伸処理したのちに分級する工程からなるポリテトラフルオロエチレン繊維状粉体の製造方法。
【請求項6】
ホッパーから延伸処理槽への原料ポリテトラフルオロエチレン粉末の供給を、媒体の流動を用いて行なう請求の範囲第5項記載のポリテトラフルオロエチレン繊維状粉体の製造方法。
【請求項7】
延伸処理後に行なう分級工程により、粒径5.0μm以下のポリテトラフルオロエチレン粉末を除去する請求の範囲第5項記載のポリテトラフルオロエチレン繊維状粉体の製造方法。
【請求項8】
前記延伸処理時に前記延伸手段からポリテトラフルオロエチレン粉末に加えるエネルギー量が10〜200kcal/kgである請求の範囲第5項記載のポリテトラフルオロエチレン繊維状粉体の製造方法。
【請求項9】
請求の範囲第4項記載のポリテトラフルオロエチレン抄紙物より得られる成形体。

【国際公開番号】WO2004/072157
【国際公開日】平成16年8月26日(2004.8.26)
【発行日】平成18年6月1日(2006.6.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−504949(P2005−504949)
【国際出願番号】PCT/JP2004/001187
【国際出願日】平成16年2月5日(2004.2.5)
【出願人】(000002853)ダイキン工業株式会社 (7,604)
【Fターム(参考)】