説明

ポリビニルアルコール系コンポジット繊維およびその製造方法

【課題】力学物性、特に引張強度に優れたPVA系コンポジット繊維およびその製造法を提供すること。
【解決手段】グラフェンシート構造の欠陥の極めて少ない単層カーボンナノチューブをナノメートルレベルで分散させたポリビニルアルコール溶液を紡糸液とし、ノズルを通して冷却相へ押し出すことによってゲル繊維を得、脱溶媒後、延伸により、PVAおよびSWNTを高度に配向させることで、高強度コンポジット繊維を得ることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリビニルアルコール(以下、PVA)系のコンポジット繊維、およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
PVA系繊維は、ポリエステル、ポリアミド、ポリアクリロニトリル等の汎用繊維と比較して、強度、弾性率、耐アルカリ性に優れており、タイヤコード、ベルト、ホースなどのゴム補強材、繊維強化プラスチックなどの産業資材用途に利用されている。
【0003】
特に最近では、アスベスト代替繊維材料、あるいは建造物の耐震性能向上のためのセメント補強繊維のような産業資材用繊維を使途として、高い注目を集めているところであるが、このような用途のために、安価でかつ高強度を有するPVA系繊維が求められるようになってきた。
【0004】
PVA系繊維は、水を溶媒とした湿式紡糸法および乾式紡糸法、ジメチルスルホキシドのような有機溶媒、または有機溶媒と水の混合溶媒を用いたゲル紡糸法などにより製造されている。この中にあって、高強度PVA系繊維を製造する方法として、超高分子量ポリエチレンの高強度化で実現されたゲル紡糸−超延伸の考え方をPVAに応用した特許文献1などが知られ、更にはゲル紡糸にかえ、高重合度PVAを用い、有機溶媒を使用して湿式あるいは乾湿式紡糸で凝固紡糸することも特許文献2、特許文献3、特許文献4、特許文献5、および特許文献6などで知られている。例えば、特許文献6によれば、重合度17000のPVAより22.5g/dr(2.6GPa)の高強度PVAが製造されることが記載されているが、上記文献ではいずれも重合度3000以上の高重合PVAが用いられており、コストが高くつく。
【0005】
一方、別の高強度PVA繊維の製造法として、ヨウ素やホウ酸などの無機成分を添加することによって、PVA繊維の延伸性や延伸効率を向上させることで、重合度が1500〜2000程度の汎用PVAを原料として、引張強度2GPaを超える高強度PVA繊維の製造を実現できる方法も特許文献7や非特許文献1で知られている。しかしこれらの方法は、繊維中にヨウ素やホウ酸といった腐食・有害性成分を含むため、最終的に除去しなければならない問題がある。
【0006】
一方で、PVAはモノマー単位内に1個の水酸基を有し、分子鎖間の水素結合の割合が高いため、ポリエチレンゲル繊維で達成されたような延伸倍率が100倍を超す超延伸を実現し高強度化させることは、困難とされている。
【0007】
このような延伸性を阻害する水素結合能を有するPVAのようなポリマーからなる繊維の強度を向上させる容易な手段として、非常に高い強度を持つとされているカーボンナノチューブ(以下、CNT)を、ポリマー中に導入する手法が挙げられる。CNTをポリマー中にナノスケールで分散させた後、粘性流動場や延伸に伴う塑性変形によって生じるせん断作用によってマトリックス中で配向させることで、高強度材料を製造する方法が、特許文献9、特許文献10、特許文献11、非特許文献2、非特許文献3などに記載されている。
【0008】
CNTは、炭素6員環からなるグラフェンシートが円筒を形成した形態を有する炭素物質であり、1層に巻いたものをSWNT(Single Wall Carbon Nanotube/以下、SWNTという)、2層以上に巻いたものをMWNT(Multi Wall Carbon Nanotube/以下、MWNTという)という。CNTは、機械的性質や高電気伝導性、高熱伝導性、化学安定性等の物性において、従来にない優れた特性を有しており、特に力学物性面では、有機高分子単体からなる繊維では到底発現し得ない優れた強度、弾性率を持つ素材である。特にSWNTにおいては、MWCNと比較して各種物性に優位性があるとされており、非常に魅力的な素材といえる。
【0009】
CNTは、高強度で且つ高いアスペクト比を有することから、ポリマー系複合材料の補強用フィラーとして高い期待を集めているが、その特性を生かすには、CNTがポリマーマトリックスから伝達される応力を受け止められる状態で分散していること、すなわち力のかかる方向と平行にCNTが配列していることが必要となる。このことを考慮すると、先に紹介した特許文献8〜11、および非特許文献2〜3に示したように、CNTをポリマー中に導入し延伸することによってCNTを高度に配列させたコンポジット繊維が、CNTの補強特性を最も生かせる材料形態であるといえる。
【0010】
CNTの機能を十分に発現させるためには、これを高度に分散させる必要がある。しかしながら、CNTは絡まった状態で製造され、さらに強い凝集力を有するため、溶融あるいは溶液状態のポリマー中に混合する際、CNTをナノスケールで分散させることが困難であり、凝集塊で残留すると、CNT本来の特性が発現できないという問題がある。特にSWNTは、サイズが小さいため比表面積が大きくなるため、MWCTより高い凝集力を持ち、ポリマー中へのナノレベルでの分散が著しく困難である。
【0011】
これまで、SWNTを、ポリマー溶液中に分散するために種々の方法が提案されている。例えば、強酸中で超音波処理することにより、カルボキシル基、ヒドロキシル基といった官能基をSWNT表面に付与し、これらに有機化合物で修飾することで、有機溶媒に可溶なSWNTを合成する技術が、非特許文献4、5に開示されている。しかしながら、これらの技術は操作が煩雑であるばかりか、表面修飾するための前処理として強酸処理を行っているため、SWNTのグラフェン構造を破壊し、機械的特性や導電性が低下させるといった問題があった。
【0012】
上記の他、化学的な改質無しにSWNTを分散させる方法として、SWNTを導入したポリマー溶液への超音波照射が挙げられる。たとえば全芳香族ポリアミド溶液中に導入したSWNTに超音波を照射しナノレベルでのCNTを達成している方法が特許文献11に紹介されているが、この文献にあるように、一般的には数時間といったオーダーのかなり長い時間超音波を照射することによって、ナノレベルでの分散を実現している。このような方法をもって複合材料を製造することは、生産性が非常に低く、工業化を考慮すると現実的な手法とは言えない。
【0013】
また、PVAに関しては、非特許文献6、および非特許文献7等に、SWNTを導入した高強度繊維の製造法が記載されているが、製造法が一般的な溶液紡糸法に適用できるものではなく、また高価なSWNTを多量にPVA繊維に導入しているため、コスト的にも明らかに採算が合わない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】特開昭59−130314号公報
【特許文献2】特開昭59−100710号公報
【特許文献3】特開昭60−126312号公報
【特許文献4】特開平06−128808号公報
【特許文献5】特開平08−246233号公報
【特許文献6】特開平05−78902号公報
【特許文献7】特開2008−013855号公報
【特許文献8】特開2004−124277号公報
【特許文献9】特開2005−501935号公報
【特許文献10】特開2008−285789号公報
【特許文献11】特開2006−83482号公報
【非特許文献】
【0015】
【非特許文献1】J.Polym.Sci.、vol.37,p.1403 (1989)
【非特許文献2】Polymer、vol.46、p.10925(2005)
【非特許文献3】Polymer、vol.47、p.4734(2006)
【非特許文献4】Adv.Mater.、vol.11、p.834(1999)
【非特許文献5】Nano.Lett.vol.3、p.565(2003)
【非特許文献6】Science、vol.290、p.1331(2000)
【非特許文献7】Nano.Lett.vol.5、p.2212(2005)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
上記の問題点に鑑みて、本発明の課題、力学物性、特に引張強度に優れたPVA系コンポジット繊維およびその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、グラフェン構造の完全性が高く有機溶媒へ分散性が良好なSWNTを使用することによって、超音波照射を行うことなく1wt%以下のSWNTをナノレベルで分散させた高強度PVA系コンポジット繊維を製造するに至った。
【0018】
すなわち、本発明に係るポリビニルアルコール系コンポジット繊維、およびその製造方法では、カーボンナノチューブおよびポリビニルアルコール系ポリマーを含む紡糸溶液が冷却によりゲル化する現象を利用して得られる紡糸ゲル状原糸を、延伸することによってカーボンナノチューブにより補強された高強度ポリビニルアルコール系コンポジット繊維を得ることを特徴とする。ここで、ポリビニルアルコール系ポリマーとしては、重合度が1000〜2000のものを用いることが好ましい。
【0019】
本発明において、前記カーボンナノチューブは、単層カーボンナノチューブであり、かつ、ラマン分光測定から算出した黒鉛結晶の規則性の尺度を示すD/G値(1340cm−1付近に観測されるDバンドピーク強度/1590cm−1付近に観測されるGバンドピーク強度)が0.01以下を示すことが好ましい。かかるSWNTは、独立行政法人産業技術総合研究所で開発された改良直噴熱分解合成(Enhanced Direct Injection Pyrolytic Synthesis)法で製造されたものであり、構造欠陥やアモルファスカーボン由来のDバンドと呼ばれるラマンススペクトルのピークがほとんど確認されない極めて高品質なものである。
【0020】
本発明においては、ジメチルスルホキシドが前記紡糸溶液の溶媒として含まれることが好ましい。すなわち、本発明に使用する紡糸溶液用の有機溶媒は、ジメチルスルホキシド、あるいは一部がジメチルスルホキシドであることが好ましい。
【0021】
本発明を適用したポリビニルアルコール系コンポジット繊維は、例えば、引張強度が1.8GPaを超えるように構成される。
【発明の効果】
【0022】
本発明は、高強度ポリビニルアルコール(以下、PVA)系繊維に関するもので、PVA中にカーボンナノチューブを添加して高度に分散させ、繊維軸方向に配向させることで、PVA単体と比較して、より高い引っ張り強度を付与する。また、本発明は、グラフェンシートの構造的な欠陥が極めて少なく、ジメチルスルホキシド(dimethyl sulfoxide/DMSO)のような有機溶媒への分散性が良好なSWNTを利用したPVA系繊維の高強度化に関するものである。本発明によれば、PVAの分子量が1500〜2000程度の汎用グレードであっても、PVAに対して比較的低含有量(1wt%以下)のSWNT導入で、引張強度が1.8GPa以上の高強度ポリビニルアルコール繊維を製造することができる。そして、タイヤコード、ベルト、ホースなどのゴム補強用、ロープ、FRP、FRC用途など産業資材用途で顕著な効果を発揮できる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明で使用するSWNTのラマン分光スペクトルの説明図である。
【図2】実施例1乃至3で得られるSWNTを含むDMSO溶液の状態を示す説明図である。
【図3】実施例1で得られる0.05wt%のSWNTを含むPVA系コンポジット中でのSWNTの透過型電子顕微鏡像を示す説明図である。
【図4】実施例1で得られる24倍に延伸した0.05wt%のSWNTを含むPVA系コンポジット繊維の走査型電子顕微鏡像を示す説明図である。
【図5】実施例2で得られる24倍に延伸した0.1wt%のSWNTを含むPVA系コンポジット繊維の走査型電子顕微鏡像を示す説明図である。
【図6】実施例3で得られる23倍に延伸した0.3wt%のSWNTを含むPVA系コンポジット繊維の走査型電子顕微鏡像を示す説明図である。
【図7】実施例3で得られる23倍に延伸した0.3wt%のSWNTを含むPVA系コンポジット繊維の応力−ひずみ曲線を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明の実施の形態について詳述する。
【0025】
(SWNTについて)
本発明において使用するSWNTとは、平均直径が1〜3nmの単層グラフェンシートからなるチューブ状材料であり、ラマン分光測定から算出した黒鉛結晶の規則性の尺度を示すD/G値(1340cm−1付近に観測されるDバンドピーク強度/1590cm−1付近に観測されるGバンドピーク強度)が0.01以下を示すこと、すなわちグラフェン構造の完全性が極めて高いこと、を特徴とするSWNTを導入したポリビニルアルコール系高強度コンポジット繊維を作製し、本発明に至った。
【0026】
上記のSWNTの従来公知の製法として、独立行政法人産業技術総合研究所で開発された改良直噴熱分解合成法(Enhanced Direct Injection Pyrolytic Synthesis、以下、e−DIPS法という)法が挙げられる。この製法において、直噴熱分解合成法(Direct Injection Pyrolytic Synthesis、以下、DIPS法という)とは、触媒(あるいは触媒前駆体)、および反応促進剤を含む炭化水素系の溶液をスプレーで霧状にして高温の加熱炉に導入することによって、流動する気相中でSWNTを合成する気相流動法である。このDIPS法を改良したe−DIPS法とは、触媒で使用されるフェロセンが反応炉内の上流下流側で粒子径が異なるという粒子形成過程に着目し、有機溶媒のみを炭素源として用いてきたDIPS法とは異なり、キャリアガス中に比較的分解されやすい、すなわち炭素源となりやすい第2の炭素源を混合することによってSWNTの成長ポイントを制御した方法である。このe−DIPS法によって製造されたSWNTは、平均直径が0.1nm刻みで制御され、またSWNTの純度が最高約98%と、従来の量産SWNTの品質(粗生成物の純度:およそ50〜70%)を大きく上回る。さらに構造欠陥やアモルファスカーボン由来のDバンドと呼ばれるラマンスペクトルのピークがほとんど確認されず、強度低下の原因となる構造欠陥が従来品と比較して極めて少なく、高品質であるため、複合材料用の補強用フィラーとして非常に有用である。
【0027】
本発明において使用するSWNTは、不純物としての非晶質カーボンや金属成分等の含有量の合計が10wt%以下である。これらの含有量が多くなると、コンポジット繊維の欠陥点として作用するおそれがあり好ましくない。不純物の合計量としては5wt%以下であることが好ましく、3wt%以下であることがより好ましい。
【0028】
また、本発明で使用されるSWNTは、ラマン散乱測定から算出したDバンドとGバンドの強度比(D/G)が、0.01以下であることが好ましく、さらには0.006以下であることが好ましい。D/Gの値が0.01よりも小さい場合は、非晶質カーボン等炭素質不純物の含有量が極めて低く、かつグラフェン構造の欠陥が少なく、強度に優れる。
【0029】
SWNTのポリマー溶液中での分散性を向上させる目的で、一般的には各種化学的な修飾処理が行われているが、処理の過程でグラフェン構造が損傷を受け、機械的な特性が低下するため、本発明においては、化学的修飾を実施しない。ただし、不純物である金属成分を除去する目的で、酸などの薬剤で洗浄することもある。
【0030】
(ポリビニルアルコールについて)
本発明に用いるPVAの重合度は1500〜4000程度が好ましい。1500以上であると更に好ましい。また、PVAのケン化度についても大きな制限はないが、冷却によるゲル化を速やかに進行させる上で90モル%以上が好ましく、PVA繊維の耐熱性、耐水性の観点より、99モル以上であると更に好ましい。また、用いるPVAは、他のビニル基を有するモノマー、例えば酢酸ビニル、エチレン、ポリエチレングリコールなどの若干の共重合成分を含んでいても良い。
【0031】
(コンポジット繊維の組成と構造について)
本発明のコンポジット繊維の組成としてはPVA100重量部に対して、SWNTが0.01〜5重量部、好ましくは0.05〜1重量部、さらに好ましくは0.1〜0.5重量部である。SWNTが0.01重量部未満であると機械特性の向上の効果が観察されにくく、5重量部より高いと、製造コストを押し上げる他、SWNTの分散性が低下する。
【0032】
本発明ではコンポジット繊維中のSWNTが、凝集直径が20nm以下で分散していることが好ましい。
【0033】
PVAおよびSWNTの繊維軸方向への配向方法としては、PVAとSWNTからなる混合溶液から紡糸する際のノズルやエアギャップを通して生じる流動配向、せん断配向による配向等が挙げられる。さらに、得られた繊維組成物をさらに延伸配向させることによりSWNTおよびPVAの配向を向上させる事も本発明のコンポジット繊維を製造する上で非常に好ましい。
【0034】
(コンポジット繊維の製造法)
本発明のコンポジット繊維の製造法としては、PVAとSWNTの混合液を調製し、その混合液から紡糸する方法が好ましい。混合溶液を調製する方法としては、例えば、
(1)PVA溶液にSWNTを添加する方法
(2)PVA溶液とSWNTの溶媒分散液とを混合する方法
(3)SWNTの溶媒分散液に固体のPVAを添加し、PVAを溶解させる等の方法
が挙げられる。混合液内でSWNTが均一に分散していることが、コンポジット繊維の強度向上のためには重要である。本発明に用いられるSWNTにおいては、紡糸用混合溶液の調製方法として上記(1)または(2)の方法が好ましい。
【0035】
しかし、単にSWNTを溶媒あるいはPVA溶液と混合するだけでは、分散性に優れた紡糸用混合溶液を得ることは困難である。
【0036】
そこで、本発明者らは、SWNT分散液の分散性を向上させる方法として、紡糸溶液よりポリマー濃度の低いPVA溶液を調製し、これにSWNTを添加し、分散させることで飛躍的にSWNTの分散性が向上することを見出した。
【0037】
さらに本発明において、必要に応じて、PVA溶液中でのSWNTの分散性を向上させる目的で、ホモジナイザーによる攪拌や超音波処理による分散を利用できる。特に、攪拌翼を高速で回転させて攪拌するホモジナイザーの使用は、SWNTの分散性を高め、超音波処理に比較して、その工程時間を大幅に短縮させるためより好ましい方法である。
【0038】
(PVA系コンポジット繊維の製造方法について)
本発明における好ましい高強度PVA系コンポジット繊維は、主に以下の工程より構成される。SWNTおよび紡糸液よりポリマー濃度の低いPVA溶液を混合して混合液を得る工程、ついで混合液中に固体のPVAまたは紡糸液よりポリマー濃度の高いPVA溶液を添加して紡糸液濃度を調整する工程、ついでその紡糸溶液から紡糸する工程、ついで延伸にPVAおよびSWNTを配向させる工程を経ることにより、本発明のコンポジット繊維を好ましく製造することができる。
【0039】
以下、本発明のコンポジット繊維の製造方法について詳述する。
【0040】
紡糸溶液用の溶媒は、PVAおよびSWNT双方を高度に分散させることが容易なものであれば特に限定されるものではない。具体的には、MNSO(ジメチルスルホキシド)、N−メチル−2−ピロリドン、N−メチルモルホリン−N−オキシド、水等が挙げられる。これらの中でも、特にジメチルスルホキシドが、PVAの良溶媒であり、かつSWNTとの親和性が高いため、好ましい溶媒である。上記の各種液体は単独で用いても、2種以上を混合して用いることもできる。これらの分散媒は、本発明で使用するSWNTを分散させるのに好ましい液体である。また、分散性を阻害しない範囲において各種アルコール類や界面活性剤を含んでいてもさしつかえない。
【0041】
SWNTを分散媒に混合する際には、特に限定されないが、超音波処理や各種攪拌方法を用いることができる。攪拌方法としては、ホモジナイザーのような高速攪拌やボールミル等の攪拌方法も使用することができる。中でもホモジナイザーによる高速攪拌処理が、時間効率も良くもっとも好ましい。
【0042】
本発明において、紡糸液よりポリマー濃度の低いPVA溶液にSWNTを添加し、高速攪拌することによって、分散液中のSWNTの分散性および安定性が極めて向上する。紡糸液よりポリマー濃度の低いPVA溶液に関して、溶液粘度が低すぎる場合はSWNTの分散性が十分得られず、逆に高すぎる場合は攪拌による分散効率が低下するため、PVAの濃度は1〜15wt%が好ましく、5〜10wt%がさらに好ましい。
【0043】
本発明における紡糸液の調製は以下の通りである。前記したSWNT分散に、固体のPVA、または紡糸液よりポリマー濃度の高いPVA溶液を添加して、最終的な紡糸溶液のPVA濃度を5〜30wt%に調整する。また、この範囲においてもPVAが低濃度である場合は生産性が低く逆に高い場合は、分子鎖のからみ合いに起因する延伸性低下のため、より好ましくは、紡糸溶液のPVA濃度は10〜20wt%が良い。
【0044】
本発明に用いるコンポジット繊維を製造するのに、PVAの重合度は、特に限定されるものではないが、相対的に安価で、汎用性の高い重合度4000以下のPVAを使用するのが好ましい。さらに、この範囲で、より高強度なPVAコンポジット繊維を得るためには、高重合度であるものの方が良いため、重合度は1500〜2000のPVAの使用がさらに好ましい。
【0045】
さらに、本発明に用いるPVAのケン化度についても大きな制限はないが、冷却によるゲル化を速やかに進行させる上で90モル%以上が好ましく、PVA繊維の高強度化、耐熱性向上、耐水性向上のためには、99モル以上であると更に好ましい。また用いるPVAは、他のビニル基を有するモノマー、例えば酢酸ビニル、エチレン、ポリエチレングリコールなどの若干の共重合成分を含んでいても良いが、この割合は小さい方が好ましい。
【0046】
本発明で用いる溶液紡糸法は、特に限定されないが、湿式紡糸、乾式紡糸、乾湿式紡糸、ゲル紡糸等の各種方法を適用できる。その中でも、PVA繊維に高い二次延伸性を付与するゲル紡糸法の適用が好ましい。ここでいう、二次延伸性とは、紡糸によって得られた繊維を機械的に延伸することによって、強度、弾性率を向上させるような操作である。ゲル紡糸においては、メタノール等の冷却溶媒の入った固化浴によるゲル化に限定されず、紡糸溶液をゾルからゲルへ転移させる手法として、冷却気体の吹きつけなどによる乾式によるゲル化でも良い。
【0047】
本発明で用いる紡糸液であるPVA溶液は、室温付近では高粘度であり、場合によってはゲル化することもあるため、紡糸の妨げになる。従って、曳糸性を付与することを目的として紡糸溶液を70℃以上に加温し、溶液粘度を下げて完全なゾル(溶液)状態でゲル紡糸を行うことが望ましい。
【0048】
紡糸溶液をゾルからゲルへ転移させる、すなわちゲル化させる手法として、本発明においては、ゲル紡糸法で主にもっとも一般的な手法である冷却液体の入った固化浴に紡糸液を吐出させることによって行っているが、ゲル化紡糸液を冷却によって速やかにゲル化できれば手段を選ばないため、冷却液体の入った固化浴によるゲル化に限定されず、冷却気体の吹きつけなどによる乾式によるゲル化でも良い。ただし、速やかな凝固のためには、0℃以下に冷却した液体、例えば冷メタノールなどを用いるのがよい。
【0049】
延伸する前工程として、紡糸の脱溶媒・乾燥を行う。ゲル紡糸して得られたゲル繊維をメタノールなどの有機溶媒中に浸漬して脱溶媒を進めた後に風乾あるいは減圧乾燥しても良いし、有機溶媒を使用せずにゲル繊維をそのまま風乾あるいは減圧乾燥しても良い。
【0050】
繊維の延伸については、乾燥糸を100〜250℃の雰囲気温度中、乾熱延伸を行う。この際、延伸雰囲気はポリマーの酸化劣化を抑制するために窒素などの不活性ガスとすることも好ましい。また、より高倍率に延伸を施すために延伸温度の異なる条件で2段以上の乾熱多段延伸を行うことも有効な手段である。本発明において、より容易に高強度を得るためには、上記の延伸工程による全延伸倍率を15倍以上とするのが好ましく、20倍以上にすることはさらに好ましい。
【実施例】
【0051】
以下、本発明の実施例を詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0052】
[実施例1]
重合度1500、ケン化度99.9mol%のPVA3グラムをポリマー濃度が10重量%となるよう27グラムのDMSOに加え、約120℃の温度でポリマーが完全に溶解するまで撹拌・溶解させた。これに、添加するSWNTのラマン分光スペクトルを図1に示す。1340cm−1におけるDバンド強度が68735(単位無し)、1590cm−1におけるGバンド強度が414(単位無し)であり、これらからD/G値が0.006となり、グラフェン構造の完全性が非常に高いことを示しいている。このSWNT(直径2nm)を0.0015グラム加えて(株)エスエムテー製PH91型ホモジナイザー(処理時間:10分、回転数:2万回転/分、攪拌温度:95℃)を使用して分散液を作製した(この紡糸液に含まれるSWNTは、PVAの固形分に対して、0.05wt%である)。
【0053】
図2にSWNT分散液の様子を示す。図2(a)は、PVAを含まないDMSOにSWNTを添加し、ホモジナイザー(処理時間:10分、回転数:2万回転/分、攪拌温度:95℃)攪拌した分散液の様子を示す説明図であり、図2(b)は、10wt%のPVAを含むDMSOにSWNTを添加し、ホモジナイザー(処理時間:10分、回転数:2万回転/分、攪拌温度:95℃)攪拌した分散液の様子を示す説明図である。
【0054】
図2に示すように、PVAを含む分散液は良好な分散性を示した。次に、透過型電子顕微鏡で観察したところ、図3に示すように、直径10〜20nmの束状のSWNTが観察され、ナノメートルレベルのバンドル構造を形成していることが確認された。この分散液に、さらに20wt%PVA溶液を加えて、最終的にPVA濃度が15wt%となるように加熱攪拌して紡糸溶液を調製した。
【0055】
この紡糸溶液を孔径0.5mmのノズルより、0.38cc/minの吐出速度で−15〜−10℃の冷メタノール中に押し出して冷却固化させた後、さらにメタノール中に浸漬することによってDMSOの抽出を進めた。この繊維を室温で24時間、さらに60℃で4時間減圧乾燥させることで未延伸乾燥ゲル繊維を得た。
【0056】
延伸は、220℃に加熱したオーブン中で、原長に対して24倍まで行い、延伸後は両端を固定したまま210℃で5分間熱処理を行った。図4に、延伸したコンポジット繊維の電子顕微鏡像を示す。エー・アンド・ディ株式会社製テンシロンRTC1250A引張試験機を用い、20℃、相対湿度65%、引張速度100%/minで引張試験を行ったところ、破断強度1.99GPa、破断伸度11%、初期弾性率28GPaの値が得られた。
【0057】
[実施例2]
実施例1と同様の方法で、SWNTをPVAの固形分に対して0.1wt%を含むコンポジット延伸繊維を作製した。延伸倍率は、24倍である。図5に延伸したコンポジット繊維の電子顕微鏡像を示す。この繊維を実施例1と同様の条件で引張試験を行ったところ、破断強度1.84GPa、破断伸度10%、初期弾性率29GPaの値が得られた。
【0058】
[実施例3]
実施例1と同様の方法で、SWNTをPVAの固形分に対して0.3wt%を含むコンポジット延伸繊維を作製した。延伸倍率は、23倍である。図6に延伸したコンポジット繊維の電子顕微鏡像を示す。この繊維を実施例1と同様の条件で引張試験を行ったところ、図7のような応力−ひずみ曲線となり、これより破断強度2.05GPa、破断伸度10%、初期弾性率32GPaの値が得られ、優れた力学強度を有していた。
【0059】
[比較例1]
重合度1500、ケン化度99.9mol%のPVA4.5グラムをポリマー濃度が10重量%となるよう25.5グラムのDMSOに加え、約120℃の温度でポリマーが完全に溶解するまで撹拌・溶解させた(PVA濃度は15wt%である)。
【0060】
実施例1と同様の方法で、ゲル紡糸・延伸を行い、コンポジット延伸繊維を作製した。延伸倍率は、26倍である。実施例1と同条件で引張試験を行ったところ、破断強度1.66GPa、破断伸度11%、初期弾性率25GPaの値となり、コンポジット繊維と比べ、引張りに対する強度、弾性率が低かった。
【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明によれば、SWNTがナノメートルレベルで分散し、且つ引張強度、引張弾性率などの機械的特性に優れたPVA系コンポジット繊維が提供されるので、コンクリート補強材のような産業資材用途や防弾・防刃用衣料用途に有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カーボンナノチューブおよびポリビニルアルコール系ポリマーを含む紡糸溶液を冷却によりゲル化させて得た紡糸ゲル状原糸を延伸してなることを特徴とするポリビニルアルコール系コンポジット繊維。
【請求項2】
前記カーボンナノチューブは、単層カーボンナノチューブであり、かつ、ラマン分光測定から算出した黒鉛結晶の規則性の尺度を示すD/G値(1340cm−1付近に観測されるDバンドピーク強度/1590cm−1付近に観測されるGバンドピーク強度)が0.01以下を示すことを特徴とする請求項1に記載のポリビニルアルコール系コンポジット繊維。
【請求項3】
前記ポリビニルアルコールの重合度が1500〜2000であり、
引張強度が1.8GPaを超えることを特徴とする請求項1または2に記載のポリビニルアルコール系コンポジット繊維。
【請求項4】
カーボンナノチューブおよびポリビニルアルコール系ポリマーを含む紡糸溶液を冷却によりゲル化させて得た紡糸ゲル状原糸を延伸することを特徴とするポリビニルアルコール系コンポジット繊維の製造方法。
【請求項5】
前記カーボンナノチューブは、単層カーボンナノチューブであり、かつ、ラマン分光測定から算出した黒鉛結晶の規則性の尺度を示すD/G値(1340cm−1付近に観測されるDバンドピーク強度/1590cm−1付近に観測されるGバンドピーク強度)が0.01以下を示すことを特徴とする請求項4に記載のポリビニルアルコール系コンポジット繊維の製造方法。
【請求項6】
前記紡糸溶液は、溶媒としてジメチルスルホキシドを含んでいることを特徴とする請求項4または5に記載のポリビニルアルコール系コンポジット繊維の製造方法。
【請求項7】
前記ポリビニルアルコールの重合度が1500〜2000であり、
ポリビニルアルコール系コンポジット繊維の引張強度が1.8GPaを超えることを特徴とする請求項4乃至6の何れか一項に記載のポリビニルアルコール系コンポジット繊維の製造方法。

【図1】
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【図7】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−216018(P2010−216018A)
【公開日】平成22年9月30日(2010.9.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−60427(P2009−60427)
【出願日】平成21年3月13日(2009.3.13)
【出願人】(504180239)国立大学法人信州大学 (759)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】