説明

ポリ乳酸樹脂組成物、及びその製造方法

【課題】剛性を低下させないで、結晶化速度を向上させることのできる、ポリ乳酸樹脂組成物及びその製造方法を提供する。
【解決手段】ポリ乳酸系樹脂成分と、前記ポリ乳酸系樹脂の結晶化を促進させる、酸アミド化合物成分と、脂肪酸グリセライド及び脂肪酸エステルの少なくとも一方を含む、低分子有機化合物成分とを含み、前記脂肪酸エステルは、ステアリン酸ステアリル、ベヘニン酸ベヘニン、ミリスチン酸セチル、ラウリン酸ラウリル、ステアリン酸オクチル、パルミチン酸オクチル、パルミチン酸イソプロピル、ミリスチン酸イソプロピル、ステアリン酸ブチル、及びラウリン酸ブチルからなる集合から選択される少なくとも一つの化合物である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリ乳酸樹脂組成物、及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
バイオプラスチックは、再生可能な植物資源を原料としており、自然環境中での優れた生分解性を有し、生産時における二酸化炭素の排出量が少ない。そのため、バイオプラスチックは、石油を原料としたプラスチックに代わる環境適合素材として、期待されている。バイオプラスチックの一つとして、ポリ乳酸系樹脂が知られている。ポリ乳酸系樹脂は、トウモロコシなどから得られる糖類を原料として得られる。ポリ乳酸系樹脂は、他のバイオプラスチックに比べて耐熱性や剛性が高く、透明性に優れ、融点が高い。そのため、ポリ乳酸系樹脂は、食器、フィルム、及び衣料などの一般消費材や、電子機器用の筐体及び部品や、自動車の内装材などとして利用され始めている。
【0003】
しかし、ポリ乳酸系樹脂は結晶化速度が遅いという課題を有している。そのため、成形体の結晶化不足が生じ、耐熱性が低下しやすい。結晶化速度を上げるために、成形時に金型温度を高温にし、金型内での冷却保持時間を長くする方法が知られている。しかし、この方法では、成形サイクルが長くなってしまい、生産性が低下し、コストが増加する。また、成形時に発生する二酸化炭素排出量も増加してしまい、環境負荷が高まってしまう。
【0004】
ポリ乳酸系樹脂の結晶化速度を促進させるために、添加剤を加える手法が検討されている。例えば、特許文献1(特許第3410075号公報)には、結晶核剤として、タルクを用いることが記載されている。また、特許文献2(特開2003−82212号公報)には、層状珪酸塩を用いることが記載されている。また、特許文献3(特開平10−87975号公報)には、アミド系化合物を用いることが記載されている。また、特許文献4(特開平10−158369号公報)には、低分子成分として、ソルビトール誘導体を用いることが記載されている。また、特許文献5(特開2007−332343号公報)には、透明核剤として、カルボン酸アミド、脂肪族アミン、脂肪族ウレタン、脂肪族カルボン酸エステルから選ばれる少なくとも一種を用いることが記載されている。
【0005】
【特許文献1】特許第3410075号公報
【特許文献2】特開2003−82212号公報
【特許文献3】特開平10−87975号公報
【特許文献4】特開平10−158369号公報
【特許文献5】特開2007−332343号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、添加剤を加えた場合には、ポリ乳酸樹脂本来の剛性が低下してしまうことがあった。また、結晶化速度についても、依然として不十分であった。
【0007】
従って、本発明の目的は、剛性を低下させないで、結晶化速度を向上させることのできる、ポリ乳酸樹脂組成物及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係るポリ乳酸樹脂組成物は、ポリ乳酸系樹脂成分と、そのポリ乳酸系樹脂の結晶化を促進させる、酸アミド化合物成分と、脂肪酸グリセライド及び脂肪酸エステルの少なくとも一方を含む低分子有機化合物成分とを含む。その脂肪酸エステルは、ステアリン酸ステアリル、ベヘニン酸ベヘニン、ミリスチン酸セチル、ラウリン酸ラウリル、ステアリン酸オクチル、パルミチン酸オクチル、パルミチン酸イソプロピル、ミリスチン酸イソプロピル、ステアリン酸ブチル、及びラウリン酸ブチルからなる集合から選択される少なくとも一つの化合物である。
【0009】
本発明に係るポリ乳酸樹脂組成物の製造方法は、ポリ乳酸系樹脂成分を準備する工程と、そのポリ乳酸形樹脂成分に、ポリ乳酸系樹脂の結晶化を促進させる、酸アミド化合物成分を混合する工程と、ポリ乳酸系樹脂成分に、脂肪酸グリセライド及び脂肪酸エステルの少なくとも一方を含む低分子有機化合物成分を混合する工程とを具備する。その脂肪酸エステルは、ステアリン酸ステアリル、ベヘニン酸ベヘニン、ミリスチン酸セチル、ラウリン酸ラウリル、ステアリン酸オクチル、パルミチン酸オクチル、パルミチン酸イソプロピル、ミリスチン酸イソプロピル、ステアリン酸ブチル、及びラウリン酸ブチルからなる集合から選択される少なくとも一つの化合物である。
【0010】
本発明に係るポリ乳酸樹脂構造体は、上述のポリ乳酸樹脂組成物を準備する工程と、そのポリ乳酸樹脂組成物を成形する工程とを具備する。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、剛性を低下させないで、結晶化速度を向上させることのできる、ポリ乳酸樹脂組成物及びその製造方法が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下に、本発明の実施形態について説明する。
【0013】
本実施形態に係るポリ乳酸樹脂組成物は、ポリ乳酸系樹脂成分(A成分)と、酸アミド化合物成分(B成分)と、低分子有機化合物成分(C成分)とを含む混合物である。このポリ乳酸樹脂組成物は、熱可塑性樹脂として用いられる。すなわち、熱可塑性樹脂として成形されることにより、成形体(ポリ乳酸樹脂構造体)を生成する。その成形法としては、例えば、公知の射出成形、射出圧縮成形、及び圧縮成形法などの方法を用いることができる。
【0014】
(A成分);ポリ乳酸系樹脂成分
ポリ乳酸系樹脂成分は、ポリ乳酸を含んでいる。ここで、ポリ乳酸としては、乳酸のホモポリマーであってもよく、乳酸のコポリマーであってもよい。
【0015】
ポリ乳酸としては、例えばラクチドを開環重合させた樹脂や、D体、L体、及びラミセ体などの乳酸を直接重合したものを用いることができる。また、ポリ乳酸としては、熱、光、及び放射線などにより、架橋化された樹脂を用いることもできる。
【0016】
ポリ乳酸系樹脂成分の数平均分子量として、好ましくは、10000以上、300000以下である。数平均分子量がこの範囲よりも小さいと、十分な機械的特性や熱的特性が得られない。また、この範囲よりも大きいと、成形時の樹脂の流動性が悪くなるため、成形性が低下する。
【0017】
また、ポリ乳酸系樹脂成分は、ポリ乳酸を主成分(含有率が50質量%以上)としていれば、ポリ乳酸以外の樹脂を含んでいてもよい。そのポリ乳酸以外の樹脂としては、例えば、ポリ乳酸以外のバイオプラスチック、ポリカーボネート樹脂、石油系プラスチック(例示;ABS(Acrylonitrile butadiene styrene)系樹脂)などが挙げられる。
【0018】
(B成分);酸アミド化合物成分
酸アミド化合物は、ポリ乳酸系樹脂成分の結晶化を促進させるために加えられる。
【0019】
酸アミド成分としては、例えば、結晶性の脂肪族カルボン酸アミドを用いることができる。脂肪族カルボン酸アミドとしては、主鎖の炭素数が8以上44以下である化合物が好ましい。また、その脂肪族カルボン酸アミドの分子量は、好ましくは200以上1500以下である。このような範囲(主鎖の炭素数8〜44;分子量200〜1500)の脂肪族カルボン酸アミドは、植物性油脂や動物性油脂などの天然油脂から合成できるものが多く、安価であり、取り扱いも容易である。また、脂肪族カルボン酸アミドの分子量としては、天然油脂からの得やすさの観点から、300以上1000以下であることがより好ましい。
【0020】
その脂肪族カルボン酸アミドとして、より好ましくは、エチレンビス−12−ヒドロキシステアリン酸アミドである。エチレンビス−12−ヒドロキシステアリン酸アミドは、ポリ乳酸分子と、特異的に相互作用する。その相互作用により、ポリ乳酸系樹脂成分の結晶化を特異的に促進させることができる。
【0021】
また、酸アミド成分としては、分子中に1つあるいは2つ以上の極性基が導入された化合物を用いることもできる。その極性基としては、例えば、水酸基、カルボキシル基、及びグリシジル基などに例示される酸素含有基、アミノ基、ニトロ基、シアノ基、及びイソシアネート基などに例示される窒素含有基、及びフッ素含有基などが挙げられる。このような極性基が導入されている場合、強化用の無機フィラーを含有させたときに、酸アミド化合物成分とフィラーとの間に相互作用が生じる。また、酸アミド化合物成分とポリ乳酸との間にも、水素結合などの物理化学的作用が生じる。酸アミド化合物成分がポリ乳酸系樹脂成分とフィラーの双方に対して相互作用することにより、フィラーによる機械的強度の向上作用を高めることができる。
【0022】
酸アミド化合物成分の含有量は、ポリ乳酸系樹脂成分に対して0.5質量%以上10質量%以下であることが好ましく、より好ましくは1質量%以上5質量%以下である。酸アミド化合物の含有量が0.5質量%よりも少ないと、結晶化促進の効果が十分に得られにくくなる。逆に、酸アミド化合物の含有量が10質量%よりも多いと、酸アミド化合物同士が合一(凝集)し易くなり、酸アミド化合物がポリ乳酸系樹脂成分とマクロ的に相分離し易くなる。酸アミド化合物がポリ乳酸系樹脂成分と相分離した場合、成形後の機械的強度が低下する。また、成形後に得られる成形体の表面に酸アミド化合物が露出し易くなり、成形体の表面状態が不均一となり、外観不良や塗装不良が発生し易い。
【0023】
(C成分);低分子有機化合物成分
酸アミド化合物成分は、ポリ乳酸系樹脂成分中において凝集し易く、成形体の強度を低下させやすい。そこで、本実施形態では、酸アミド化合物成分の分散性を向上させるために、低分子有機化合物成分が添加されている。
【0024】
本実施形態の低分子有機化合物成分としては、溶解度パラメータ(以下、Sp値)がポリ乳酸系樹脂成分及び酸アミド化合物の双方と比較的近く、且つ、ポリ乳酸系樹脂成分に対して立体障害がある程度大きい化合物が用いられる。
【0025】
このような低分子有機化合物成分を用いると、溶解度パラメータによる効果により、低分子有機化合物成分がポリ乳酸系樹脂成分と相分離することが抑制される。しかし、立体障害の効果により、低分子有機化合物成分とポリ乳酸系樹脂成分とが完全に相溶することは抑制される。従って、ポリ乳酸系樹脂成分との相溶性が適当な度合いになる。その結果、低分子有機化合物成分は、適当なサイズ(粒径がサブミクロン以下)の微粒子状態で、微分散する。
【0026】
酸アミド化合物と微分酸した低分子有機化合物成分との間では、相互作用が生じる。この相互作用により、酸アミド化合物も微分散する。酸アミド化合物成分を添加した場合、ポリ乳酸系樹脂成分の結晶核の生成は、酸アミド化合物成分の粒子表面で起こると考えられる。酸アミド化合物が微分散することにより、系内における酸アミド化合物の表面積を増やすことができ、結晶核生成の場を著しく増加させることができる。
【0027】
その上、低分子有機化合物が微分散することにより、成形体の強度を向上させることができる。仮に、低分子有機化合物とポリ乳酸系樹脂成分とが完全に相溶した場合には、ポリ乳酸分子の配向(結晶化)が阻害されるため、成形体の剛性や強度が低下してしまう。逆に、低分子有機化合物とポリ乳酸系樹脂成分とが完全に非相溶である場合には、低分子有機化合物がポリ乳酸系樹脂とマクロ的に相分離してしまう。マクロ的に相分離した場合には、その界面で応力集中が生じやすくなり、衝撃強度などの機械的特性が低下する。また、酸アミド化合物成分をポリ乳酸樹脂中に微分散させることができないため、ポリ乳酸の結晶化を促進させることができない。さらに、マクロ的に相分離した場合には、成形体の表面に低分子有機化合物成分が露出し、成形体の表面状態が不均一になってしまう。これに対して、本実施形態では、低分子有機化合物が微分散することにより、マクロ的な相分離を発生させずに、ポリ乳酸分子の結晶化(配向)の阻害をも抑制することができる。成形時に、流動性を有効に向上させることができ、ポリ乳酸の結晶の成長を促進させることができる。
【0028】
低分子有機化合物成分のSp値に関しては、ポリ乳酸系樹脂成分及び酸アミド化合物の双方に対して、同等かそれ以下であることが好ましい。具体的には、低分子有機化合物成分とポリ乳酸系樹脂成分とのSp値の差が、ポリ乳酸系樹脂成分のSp値の30%以内であることが好ましく、低分子有機化合物成分と酸アミド化合物成分とのSp値の差も、酸アミド化合物成分のSp値の30%以内であることが好ましい。このような範囲のSp値を有する低分子有機化合物成分を添加すれば、低分子有機化合物の分子構造の一部に反応活性を有する官能基が含まれていたとしても、ポリ乳酸系樹脂成分中でのマクロ的な相分離が抑制される。また、酸アミド化合物成分との相互作用が十分に働く。その結果、ポリ乳酸系樹脂成分中において、酸アミド化合物成分を十分に分散させることができる。
【0029】
尚、本実施形態で用いられるSp値としては、汎用的に用いられる原子団寄与法(the group contribution method)を用いて理論的に算出された値を適用することができる。具体的には、下記式(1)を用いて算出される値を用いることができる。
【0030】
(数式1);δ=(ΣEcohi/ΣVmi)1/2
尚、数式1中において、δは溶解度パラメーター(Sp値)を表し、Ecohiは各原子団のモル凝集エネルギーを表し、EVmiは各原子団のモル体積を表す。また、数式1において用いられる各物性値としては、文献値(例えば、D.W.Van Krevelen and P.J.Hoftyzer、PROPERTY OF POLYMERS:THEIR ESTIMATION AND CORRELATION WITH CHEMICAL STRUCTURE、Elsevier、New York、1976に記載)の値を用いてもよく、実験値を用いてもよい。
【0031】
酸アミド化合物成分としてエチレンビス−12−ヒドロキシステアリン酸アミドを用いた場合、上述のような溶解度パラメータ及び立体障害を有する低分子有機化合物成分として、具体的には、脂肪酸グリセライド及び脂肪酸エステルの少なくとも一方を含む化合物が用いられる。
【0032】
脂肪酸グリセライド又は脂肪酸エステルとしては、炭素数が8以上44以下である化合物が好ましい。このような化合物は、既述の酸アミド化合物成分と同様に、植物性油脂や動物性油脂などの天然油脂から合成できるものが多く、取り扱いが容易である。また、安価で得られるという利点がある。合成の容易性及び取り扱いの容易性の観点から、脂肪酸グリセライド又は脂肪酸エステルとしては、分子量が150以上1500以下である化合物が、より好ましい。また、同様に、合成の容易性及び取り扱いの容易性の観点から、脂肪酸グリセライド又は脂肪酸エステルとしては、融点が30℃以上170℃以下である化合物が好ましい。尚、取り扱いが容易である観点から、脂肪酸グリセライド又は脂肪酸エステルとしては、分子量が150以上1000以下である化合物が、より好ましい。
【0033】
より好ましい脂肪酸エステルとして、具体的には、ステアリン酸ステアリル、ベヘニン酸ベヘニン、ミリスチン酸セチル、ラウリン酸ラウリル、ステアリン酸オクチル、パルミチン酸オクチル、パルミチン酸イソプロピル、ミリスチン酸イソプロピル、ステアリン酸ブチル、及びラウリン酸ブチルからなる集合から選択される少なくとも一つの化合物が挙げられる。
【0034】
また、脂肪酸グリセライドとしては、脂肪酸モノグリセライドがより好ましい。その脂肪酸モノグリセライドとして、特に好ましくは、ステアリン酸モノグリセライド、オレイン酸モノグリセライド、ベヘニン酸モノグリセライド、パルミチン酸モノグリセライド、ミリスチン酸モノグリセライド、及びラウリン酸モノグリセライドからなる集合から選択される少なくとも一の化合物である。
【0035】
本実施形態における低分子有機化合物成分としては、脂肪酸アミド化合物を含んでいてもよい。脂肪酸アミド化合物も、脂肪酸モノグリセライド及び脂肪酸エステルと同様に、Sp値がポリ乳酸系樹脂成分及び酸アミド化合物の双方と比較的近く、且つ、ポリ乳酸系樹脂成分に対して立体障害がある程度大きい。従って、成形体の強度を損なわずに、ポリ乳酸系樹脂成分の結晶化を促進させることができる。
【0036】
上述の脂肪酸アミド化合物としては、合成の容易性及び取り扱いの容易性の観点から、炭素数が8以上44以下である化合物が好ましい。また、同様な観点から、分子量が150以上1500以下である化合物、及び融点が30℃以上170℃以下である化合物が、より好ましい。また、取り扱いが容易である観点から、分子量が150以上1000以下である化合物が、より好ましい。
【0037】
好ましい脂肪酸アミド化合物として、具体的には、ラウリン酸アミド、パルミチン酸アミド、オレイン酸アミド、ステアリン酸アミド、エルカ酸アミド、ベヘニン酸アミド、N−オレイルパルミチン酸アミド、N−オレイルオレイン酸アミド、N−オレイルステアリン酸アミド、N−ステアリルオレイン酸アミド、N−ステアリルステアリン酸アミド、N−ステアリルエルカ酸アミド、メチレンビスステアリン酸アミド、エチレンビスラウリン酸アミド、エチレンビスカプリン酸アミド、エチレンビスオレイン酸アミド、エチレンビスステアリン酸アミド、エチレンビスエルカ酸アミド、オレイン酸パルミトアミド、エチレンビスベヘン酸アミド、エチレンビスイソステアリン酸アミド、ブチレンビスステアリン酸アミド、及びp−キシリレンビスステアリン酸アミドからなる集合から選ばれる少なくとも一の化合物が挙げられる。
【0038】
また、取り扱いが容易である観点から、脂肪酸アミド化合物として、より好ましくは、ラウリン酸アミド、パルミチン酸アミド、オレイン酸アミド、ステアリン酸アミド、エルカ酸アミド、及びベヘニン酸アミドからなる集合から選択される少なくとも一の脂肪酸モノアミド、及び、メチレンビスステアリン酸アミド、エチレンビスラウリン酸アミド、エチレンビスカプリン酸アミド、エチレンビスステアリン酸アミド、エチレンビスエルカ酸アミド、エチレンビスベヘン酸アミド、エチレンビスイソステアリン酸アミド、及びブチレンビスステアリン酸アミドからなる集合から選択される少なくとも一つの脂肪酸ビスアミド、を用いることができる。
【0039】
本実施形態に係る低分子有機化合物成分としては、分子中に1つ以上の極性基が導入された化合物を用いることが好ましい。極性基が導入されることにより、成形体の強度を高めるための無機フィラーを添加したときに、そのフィラーと低分子有機化合物成分との間に相互作用が生じる。また、低分子有機化合物成分とポリ乳酸系樹脂成分との間に、水素結合などの物理化学的作用が発生する。そのため、フィラーによる機械的強度の向上効果を高めることができる。また、低分子有機化合物成分に導入される極性基として、具体的には、水酸基、カルボキシル基、及びグリシジル基などの酸素含有基、アミノ基、ニトロ基、シアノ基、及びイソシアネート基などの窒素含有基、及びフッ素含有基などが挙げられる。
【0040】
本実施形態における低分子有機化合物成分の含有量は、好ましくは、ポリ乳酸系樹脂成分に対して0.5質量%以上20質量%以下であり、より好ましくは、総量に対して1質量%以上10質量%以下である。低分子有機化合物の含有量が0.5質量%よりも少ないと、酸アミド化合物成分を十分に分散させることができなくなる。また、強化用のフィラーを添加した場合には、フィラーとの相互作用により得られる効果が少なくなってしまう。逆に、低分子有機化合物成分の含有量が20質量%よりも多いと、微分散した低分子有機化合物成分同士の合一が生じ易くなる。これによって、低分子有機化合物成分の連続相が形成され、マクロ相分離が発生し、成形後の機械的強度が低下する。さらに、生形体の表面に合一した低分子有機化合物成分が露出し易くなり、表面状態が不均一となり、外観不良や塗装不良が発生し易くなる。
【0041】
本実施形態に係るポリ乳酸樹脂組成物には、必要に応じて、様々な他の添加剤を加えることができる。
【0042】
例えば、必要に応じて、成形体の強度を高めるために、フィラーを添加することができる。そのフィラーとしては、例えば、炭素繊維、有機繊維、及び天然繊維などの繊維状フィラー、タルク、モンモリロナイト、及び窒化ホウ素に例示される層状フィラー、シリカ、アルミナ、酸化亜鉛、窒化アルミニウム、窒化ケイ素、炭化ケイ素、水酸化アルミニウム、及び水酸化マグネシウムに例示される粒状フィラーなどを用いることができる。フィラーを添加することにより、成形体の機械的特性を向上させることができる。また、難燃性や熱伝導性などの特性を付与することができる。本実施形態では、フィラーが酸アミド化合物及び低分子有機化合物成分と相互作用するため、フィラーが分散しやすく、界面強度が向上しやすい。従って、フィラーによる作用をより一層を向上させることができる。
【0043】
上述のフィラーのうち、炭素繊維は他のフィラーに比べて密度が小さく、機械的強度が高く、ポリ乳酸の耐熱性や機械的強度を向上させるのに好適である。また、成形体が、電子材料の筐体などの熱伝導性が求められる材料として使用される場合には、炭素繊維として、異方性(メソフェーズ)ピッチ系炭素繊維や、カーボンナノチューブなどの気相法により作製された炭素繊維を用いることが特に好ましい。このような炭素繊維は、構造中の結晶欠陥が少なく、繊維軸方向の熱伝導率が金属並みに高いため、熱伝導性を付与するにあたり、好適である。
【0044】
フィラーとして炭素繊維を用いる場合、その数平均繊維長は、0.1mm〜20mmであることが好ましい。このような数平均繊維長の炭素繊維は、樹脂中で互いに接触しやすく、熱伝導性を向上させる。数平均繊維長が0.1mmよりも小さいと、樹脂中への高充填が可能になるという利点がある一方で、凝集しやすくなる。そのため、樹脂中での分散性が不十分となる傾向にある。また、嵩密度が小さいために浮遊しやすくなり、取り扱いが難しくなる。逆に、数平均繊維長が20mmよりも長くなると、繊維同士が絡み合い、樹脂との混合や成形が困難になりやすい。
【0045】
ポリ乳酸樹脂組成物におけるフィラーの含有量は、ポリ乳酸系樹脂成分に対して、5〜30質量%であることが好ましい。5質量%より少ないと、フィラーによる成形体の強度向上効果が十分に得にくくなる。一方、30質量%よりも覆いと、樹脂中での分散性が不十分となる傾向にある。
【0046】
本実施形態に係るポリ乳酸樹脂組成物には、フィラー以外にも、種々の添加剤を混合することができる。そのような添加剤として、例えば、補強剤、難燃剤、発泡剤、劣化防止剤、結晶核剤、着色剤、酸化防止剤、耐熱性向上剤、耐光剤、加工安定剤、抗菌剤、防かび剤、及び可塑剤などが挙げられる。その難燃剤としては、例えば、メラミン及びイソシアヌル酸化合物などの窒素系難燃剤、リン酸化合物などのリン系難燃剤などが挙げられる。また、その結晶核剤としては、種々の無機系あるいは有機系化合物が挙げられる。また、その着色剤としては、酸化チタンなどが例示される。また、その安定剤としては、ラジカルトラップ剤、酸化防止剤、及び加水分解抑制剤などがあげられる。また、その抗菌剤としては、例えば、銀イオンを含む材料が挙げられる。
【0047】
本実施形態に係るポリ乳酸樹脂組成物は、既述の(A)ポリ乳酸系樹脂成分、(B)酸アミド化合物成分、及び(C)低分子有機化合物成分を、必要に応じてフィラーなどの添加剤と共に混合することにより、得られる。ここで、混合の方法としては特に制限はなく、ハンドミキシング、タンブラーミキサー、リボンブレンダー、単軸又は多軸混合押出機、及びロール等を用いた溶融混合方法などを用いることができる。また、熱伝導性を高める目的で繊維状フィラーを加えた場合には、タンブラーミキサー、リボンブレンダー、及び単軸押出機などの比較的混合力が弱い混合方法を用いることが好ましい。比較的混合力が弱い混合方法を用いることにより、繊維状フィラーの破断や粉砕が抑制され、繊維状フィラーが有する本来の繊維軸方向の高熱伝導性を、成形体に反映させやすくなる。
【0048】
本実施形態に係るポリ乳酸樹脂組成物を成形し、成形体を得る際の成形方法としては、特に制限はない。その成形方法としては、公知の射出成形、射出圧縮成形、及び圧縮成形法などの、通常の熱可塑性樹脂の成形に用いられる方法を適用することができる。これらの成形方法を用いて成形を行う際の溶融混合時や成形時における温度については、母材となる樹脂(ポリ乳酸系樹脂成分)の融点以上で、かつ、それぞれの成分が劣化しない範囲とすることが好ましい。
【0049】
(実施例)
以下、実施例及び比較例を挙げて、本発明をより詳細に説明する。
【0050】
ポリ乳酸樹脂(ユニチカ製 TE−4000、数平均分子量120000、融点170℃)を準備した。また、下記表1に示される酸アミド化合物(EBHSA)を準備した。EBHSAは、分子量が624、融点が142℃、Sp値が21.4である。
【0051】
【表1】

【0052】
また、下記表2で示される7種類の低分子有機化合物(A〜G)を用意した。表2には、各低分子有機化合物の化合物名、分子量、融点、及びSp値が示されている。
【0053】
【表2】

【0054】
次に、総量が100質量部となるように、下記表3で示されるような組成で、アミド化合物及び低分子有機化合物を溶融混合(200℃)し、その後冷却した。これにより、実施例1乃至7のポリ乳酸系樹脂組成物が、非晶状態で得られた。尚、実施例6及び7には、フィラー剤として、炭素繊維を添加した。
【0055】
【表3】

【0056】
また、表3に示されるように、比較例1として、ポリ乳酸系樹脂成分だけのものを用意した。また、比較例2として、ポリ乳酸系樹脂成分に、酸アミド化合物を3質量部加えた組成物を用意した。また、比較例3として、ポリ乳酸系樹脂成分に、低分子化合物を5質量部加えた組成物を用意した。
【0057】
得られた実施例1乃至7及び比較例1乃至3の組成物のそれぞれについて、一部を採取し、DSC(示差走査熱量測定)装置(セイコーインスツルメント社製、EXSTER6200)により、結晶化速度を測定した。測定条件としては、室温から200℃まで20℃/分で昇温した。昇温後、溶融状態を維持したまま、5分間保持した。その後、105℃まで30℃/分で冷却した。その後、ポリ乳酸の結晶化ピーク(発熱ピーク)が確認できるまで、試料を保持した。この結晶化ピークの温度(Tc)が高いほど、又は、結晶化ピークの出現時間(tc;冷却開始時を基準する)が短いほど、ポリ乳酸系樹脂成分の結晶化が促進されているといえる。
【0058】
表3には、実施例1乃至7、及び比較例1乃至3のそれぞれについて、Tc及びtcの結果が示されている。実施例1乃至7のポリ乳酸樹脂組成物は、いずれも、ポリ乳酸のみ(比較例1)と比較して、結晶化ピークでの温度(Tc)が高く、結晶化ピークの出現時間(tc)が短い。すなわち、結晶化が促進されたことが確認された。実施例1乃至7のいずれも、比較例2及び3と比較して、Tcが高く、tcが短かった。すなわち、比較例2及び3の組成物よりも、結晶化が促進されたことが確認された。
【0059】
本発明のポリ乳酸樹脂用組成物は、射出成形法、プレス成形法、フィルム成形法、ブロー成形法、及び発泡成形法などの方法により、日用品用途、医療用途、衣料用途、包装用途、電気・電子機器用途、建材用途、自動車部品用途、及び玩具用途などの成形体全般に亘って利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリ乳酸系樹脂成分と、
酸アミド化合物成分と、
脂肪酸グリセライド及び脂肪酸エステルの少なくとも一方を含む、低分子有機化合物成分と、
を含み、
前記脂肪酸エステルは、ステアリン酸ステアリル、ベヘニン酸ベヘニン、ミリスチン酸セチル、ラウリン酸ラウリル、ステアリン酸オクチル、パルミチン酸オクチル、パルミチン酸イソプロピル、ミリスチン酸イソプロピル、ステアリン酸ブチル、及びラウリン酸ブチルからなる集合から選択される少なくとも一つの化合物である
ポリ乳酸樹脂組成物。
【請求項2】
請求項1に記載されたポリ乳酸樹脂組成物であって、
前記酸アミド化合物成分は、エチレンビス−12−ヒドロキシステアリルアミドを含んでいる
ポリ乳酸樹脂組成物。
【請求項3】
請求項1又は2に記載されたポリ乳酸樹脂組成物であって、
前記低分子有機化合物成分は、炭素数が8以上44以下である化合物である
ポリ乳酸樹脂組成物。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれかに記載されたポリ乳酸樹脂組成物であって、
前記低分子有機化合物成分は、分子量が150〜1000である化合物である
ポリ乳酸樹脂組成物。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれかに記載されたポリ乳酸樹脂組成物であって、
前記低分子有機化合物成分は、融点が30〜170℃である化合物である
ポリ乳酸樹脂組成物。
【請求項6】
請求項1乃至5のいずれかに記載されたポリ乳酸樹脂組成物であって、
前記脂肪酸グリセライドは、ステアリン酸モノグリセライド、オレイン酸モノグリセライド、ベヘニン酸モノグリセライド、パルミチン酸モノグリセライド、ミリスチン酸モノグリセライド、及びラウリン酸モノグリセライドからなる集合から選択される少なくとも一の脂肪酸モノグリセライドを含んでいる
ポリ乳酸樹脂組成物。
【請求項7】
請求項1乃至6のいずれかに記載されたポリ乳酸樹脂組成物であって、
前記低分子有機化合物成分は、更に、脂肪酸モノアミドを含んでいる
ポリ乳酸樹脂組成物。
【請求項8】
請求項7に記載されたポリ乳酸樹脂組成物であって、
前記脂肪酸モノアミドは、ラウリン酸アミド、パルミチン酸アミド、オレイン酸アミド、ステアリン酸アミド、エルカ酸アミド、及びベヘニン酸アミドからなる集合から選択される少なくとも一の化合物である
ポリ乳酸樹脂組成物。
【請求項9】
請求項1乃至8のいずれかに記載されたポリ乳酸樹脂組成物であって、
前記低分子有機化合物成分は、更に、脂肪酸ビスアミドを含んでいる
ポリ乳酸樹脂組成物。
【請求項10】
請求項9に記載されたポリ乳酸樹脂組成物であって、
前記脂肪酸ビスアミドは、メチレンビスステアリン酸アミド、エチレンビスラウリン酸アミド、エチレンビスカプリン酸アミド、エチレンビスステアリン酸アミド、エチレンビスエルカ酸アミド、エチレンビスベヘン酸アミド、エチレンビスイソステアリン酸アミド、及びブチレンビスステアリン酸アミドからなる集合から選択される少なくとも一つの化合物である
ポリ乳酸樹脂組成物。
【請求項11】
請求項1乃至10のいずれかに記載されたポリ乳酸樹脂組成物であって、
前記エチレンビス−12−ヒドロキシステアリルアミドの含有量は、前記ポリ乳酸系樹脂成分に対して1〜5質量%である
ポリ乳酸樹脂組成物。
【請求項12】
請求項1乃至11のいずれかに記載されたポリ乳酸樹脂組成物であって、
前記低分子有機化合物成分の含有量は、前記ポリ乳酸系樹脂成分に対して1〜10質量%である
ポリ乳酸樹脂組成物。
【請求項13】
請求項1乃至12のいずれかに記載されたポリ乳酸樹脂組成物であって、
更に、
フィラー成分を含む
ポリ乳酸樹脂組成物。
【請求項14】
請求項13に記載されたポリ乳酸樹脂組成物であって、
前記フィラー成分は、繊維状フィラーを含んでいる
ポリ乳酸樹脂組成物。
【請求項15】
請求項14に記載されたポリ乳酸樹脂組成物であって、
前記繊維状フィラーは、数平均繊維長が1〜20mmである
ポリ乳酸樹脂組成物。
【請求項16】
請求項14又は15に記載されたポリ乳酸樹脂組成物であって、
前記繊維状フィラーは、メソフェーズピッチ系炭素繊維を含んでいる
ポリ乳酸樹脂組成物。
【請求項17】
請求項14乃至16のいずれかに記載されたポリ乳酸樹脂組成物であって、
前記繊維状フィラーは、カーボンナノチューブを含んでいる
ポリ乳酸樹脂組成物。
【請求項18】
請求項13乃至17のいずれかに記載されたポリ乳酸樹脂組成物であって、
前記フィラー成分の含有量は、前記ポリ乳酸系樹脂成分に対して5〜30質量%である
ポリ乳酸樹脂組成物。
【請求項19】
請求項1乃至18のいずれかに記載されたポリ乳酸樹脂組成物であって、
前記ポリ乳酸系樹脂成分は、数平均分子量が10000以上300000以下である
ポリ乳酸樹脂組成物。
【請求項20】
ポリ乳酸系樹脂成分を準備する工程と、
前記ポリ乳酸形樹脂成分に、前記ポリ乳酸系樹脂の結晶化を促進させる、酸アミド化合物成分を混合する工程と、
前記ポリ乳酸系樹脂成分に、脂肪酸グリセライド及び脂肪酸エステルの少なくとも一方を含む低分子有機化合物成分を混合する工程と、
を具備し、
前記脂肪酸エステルは、ステアリン酸ステアリル、ベヘニン酸ベヘニン、ミリスチン酸セチル、ラウリン酸ラウリル、ステアリン酸オクチル、パルミチン酸オクチル、パルミチン酸イソプロピル、ミリスチン酸イソプロピル、ステアリン酸ブチル、及びラウリン酸ブチルからなる集合から選択される少なくとも一つの化合物である
ポリ乳酸樹脂組成物の製造方法。
【請求項21】
請求項1乃至19のいずれかに記載されたポリ乳酸樹脂組成物を準備する工程と、
前記ポリ乳酸樹脂組成物を成形する工程と、
を具備する
ポリ乳酸樹脂構造体の製造方法。

【公開番号】特開2010−83914(P2010−83914A)
【公開日】平成22年4月15日(2010.4.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−251157(P2008−251157)
【出願日】平成20年9月29日(2008.9.29)
【出願人】(000004237)日本電気株式会社 (19,353)
【Fターム(参考)】