説明

マイクロチップの製造方法

【課題】 特定波長の紫外線を利用して、ポリジメチルシロキサンよりなる基板の表面に、荒れやクラックを発生させることなく、流路形成部分の表面の親水化処理を行うことができると共に2枚の基板を確実に貼り合わせることができ、従って、所期の性能を有するものを確実に製造することのできるマイクロチップの製造方法を提供すること。
【解決手段】 ポリジメチルシリコンよりなる一方の基板、および、ガラスまたはポリジメチルシリコンよりなる他方の基板の少なくとも一方に対して波長172nmの光を含む紫外線を照射して両基板を貼り合わせることにより、内部に媒体が流れる流路を有するマイクロチップを製造する方法において、紫外線を照射する工程においては、基板の表面における流路形成部分および当該流路形成部分以外の接着面形成部分の各々に対して、互いに異なる照射エネルギー量で、紫外線が照射される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、小さな基板に形成された微細な流路内において、試薬の分離、合成、抽出、分析を行うマイクロチップの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、生化学分野において、小さな基板上に、半導体微細加工の技術によってマイクロスケールの分析用チャネルなどを形成したマイクロチップ(マイクロリアクタと称される。)を用いて微量の試薬の分離、合成、抽出、分析などを行う手法が注目されている。
【0003】
このようなマイクロリアクタを用いた反応分析システムは、マイクロ・トータル・アナリシス・システム(以下、「μTAS」という。)と称されており、μTASによれば、試薬の体積に対する表面積の比が大きくなることなどから高速かつ高精度の反応分析を行うことが可能となり、また、コンパクトで自動化されたシステムを実現することが可能となる。
実際上、μTASによれば、例えば従来の反応分析システムにおいて数時間〜数十時間を要していた反応分析を、数分〜数十分間と非常に短時間で行うことができる。
【0004】
このようなマイクロリアクタは、例えば注入ポート、排出ポートおよびこれらに連通するチャネル(流路)が表面に形成された平板状の一方の基板と、平板状の他方の基板とが貼り合わせられて構成されている。
基板の材質としては、例えばシリコーン樹脂の一種であり、チャネル等の加工形成が容易なポリジメチルシロキサン(以下「PDMS」という。)が好適に用いられている。また、チャネル等を有さない他方の基板としては、例えばガラスを用いることもできる。
【0005】
このようなマイクロリアクタの製造方法について、一方の基板としてPDMS基板を用い、他方の基板としてガラス基板を用いる場合を例に挙げて説明する。
先ず、PDMS基板およびガラス基板を適当な大きさに加工(切断)した後、PDMS基板の表面にチャネル等の回路を形成すると共に、ガラス基板を洗浄する。
次いで、PDMS基板に対してO2 プラズマ処理を行うことによりPDMS基板の表面を活性化させ、PDMS基板のO2 プラズマ処理した側をガラス基板に向けて2枚の基板を密着させ(貼り合わせ)、しばらく放置することにより2枚の基板を接合し、これにより、マイクロリアクタを得ることができる。
【0006】
しかしながら、O2 プラズマ処理には、真空チャンバを備えた大掛かりなプラズマ処理装置が必要である、という問題がある。
このような問題に対して、例えば波長200nm以下の紫外線を利用して2枚の基板を接合する方法が提案されている(例えば特許文献1〜特許文献4参照)。
このような接合方法によれば、大気中で処理することができ、小型で取り扱いも容易であることなどから、今後の実用化が期待されている。
【0007】
而して、PDMSは疎水性が高いものであるため、そのままの状態では、血液や各種溶液といった液体試料がチャネル内を流れにくく、チャネルの形状や大きさによっては液体試料が流れないことがあり、また、液体試料を必要量流すために大きな圧力を加える必要になることがある。
以上のように、マイクロリアクタにおいては、チャネル部分の表面を親水性を有する状態とされていることが必要とされており、例えば特許文献4には、酸素プラズマ処理を行うことにより、あるいはエキシマUV光を照射することにより、チャネル部分の表面を親水化することが記載されている。
しかしながら、単に、エキシマUV光を照射するだけでは、基板の表面に荒れやクラックが発生する場合があることが判明した。
【0008】
【特許文献1】特開2004−154898号公報
【特許文献2】特開2004−325158号公報
【特許文献3】特開2004−331731号公報
【特許文献4】特開2005−156279号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、以上のような事情に基づいてなされたものであって、特定波長の紫外線を利用して、ポリジメチルシロキサンよりなる基板の表面に、荒れやクラックを発生させることなく、流路形成部分の表面の親水化処理を行うことができると共に2枚の基板を確実に貼り合わせることができ、従って、所期の性能を有するものを確実に製造することのできるマイクロチップの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明のマイクロチップの製造方法は、ポリジメチルシリコンよりなる一方の基板、および、ガラスまたはポリジメチルシリコンよりなる他方の基板の少なくとも一方に対して波長172nmの光を含む紫外線を照射して両基板を貼り合わせることにより、内部に媒体が流れる流路を有するマイクロチップを製造する方法において、
前記紫外線を照射する工程においては、基板の表面における流路形成部分および当該流路形成部分以外の接着面形成部分の各々に対して、互いに異なる照射エネルギー量で、紫外線が照射されることを特徴とする。
【0011】
本発明のマイクロチップの製造方法においては、紫外線を照射する工程は、紫外線を基板の流路形成部分のみに照射する工程と、紫外線を流路形成部分を含む基板の全面に照射する工程とを有するものとすることができる。
【0012】
また、本発明のマイクロチップの製造方法においては、流路形成部分における被照射面が受ける照射エネルギー量が、接着面形成部分における被照射面が受ける照射エネルギー量より大きくなるよう紫外線照射処理条件が設定される。
このような紫外線照射工程においては、基板の接着面形成部分における被照射面が受ける照射エネルギー量が50〜900mJ/cm2 であり、流路形成部分における被照射面が受ける照射エネルギー量が1500〜3000mJ/cm2 であることが好ましい。
【0013】
さらに、本発明のマイクロチップの製造方法においては、紫外線を照射する工程は、紫外線を基板の流路形成部分のみに照射する工程と、紫外線を当該流路形成部分以外の接着面形成部分のみに照射する工程とを有するものとすることができる。
このような紫外線照射工程においては、基板の接着面形成部分における被照射面が受ける照射エネルギー量が50〜900mJ/cm2 であり、流路形成部分における被照射面が受ける照射エネルギー量が1500〜3000mJ/cm2 であることが好ましい。
【0014】
さらにまた、本発明のマイクロチップの製造方法においては、紫外線を照射する工程は、光源からの紫外線をフィルターを介して照射することにより基板における流路形成部分に対する紫外線照射処理と接着面形成部分に対する紫外線照射処理とを同時に行うものであって、
フィルターとして、基板における流路形成部分に対する透過領域と当該流路形成部分以外の接着面形成部分に対する透過領域とで紫外線透過率が異なるものが用いられるものとすることができる。
このような紫外線照射工程においては、フィルターとして、基板の流路形成部分における被照射面が受ける照射エネルギー量が、1500〜3000mJ/cm2 の範囲内であるとき、当該流路形成部分以外の接着面形成部分における被照射面における照射エネルギー量が50〜900mJ/cm2 の範囲内となるものが用いられることが好ましい。
【発明の効果】
【0015】
本発明のマイクロチップの製造方法によれば、基板の表面に対する紫外線照射処理が、波長172nmの光を含む紫外線によって、流路形成部分および接着面形成部分の各々について適正な大きさに設定された照射エネルギー量で、行われるので、流路形成部分の表面を十分な親水性を有する状態とすることができると共に、接着面形成部分の表面を十分な接着性を有する状態にすることができて2枚の基板を十分に高い信頼性をもって確実に接合することができ、従って、所期の性能を有するものを確実に得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明のマイクロチップの製造方法は、ポリジメチルシリコンよりなる平板状の一方の基板、および、ガラスまたはポリジメチルシリコンよりなる平板状の他方の基板の少なくとも一方に対して波長172nmの光を含む紫外線を照射する紫外線照射処理工程と、2枚の基板を密着させて貼り合わせる密着処理工程とを有する。
【0017】
紫外線照射処理工程は、例えば大気中などの酸素またはオゾンを含有する雰囲気中において、波長172nmの光を含む紫外線を、基板における流路形成部分および接着面形成部分の各々に対して互いに異なる照射エネルギー量で、照射することにより、基板の表面改質処理を行う工程である。
【0018】
紫外線照射処理に用いられる紫外線光源としては、波長172nm付近に高い輝線を有する例えばエキシマランプが用いられる。
図1は、本発明において用いられる紫外線光源であるエキシマランプの一例における構成の概略を、管軸方向に沿って切断した状態で示す断面図である。
このエキシマランプ10は、各々、例えばシリカガラスよりなる円筒状の外側管12および円筒状の内側管13が同軸上に配置されると共に、両端部において溶融、接合されて外側管12と内側管13との間に環状の放電空間Sが形成されてなる二重管構造をなすバルブ11を備えており、例えば金網などの導電性材料よりなるメッシュ状の外部電極16が外側管12の外周面に密接して設けられていると共に例えばアルミニウムよりなる内部電極15が内側管13の内周面に密接して設けられており、例えばキセノンガスに塩素などのハロゲンガスを混合した放電ガスが放電空間S内に封入されて、構成されている。図1において、17は、放電空間S内の一端部に設けられたゲッターであり、18は、ランプ点灯用電源である。
【0019】
密着処理工程は、紫外線照射処理がなされた2枚の基板を重ね合わせて密着させることにより接合する工程である。
この密着処理工程においては、2枚の基板を密着させた状態で所定時間の間保持されることが好ましい。2枚の基板が密着された状態を保持する時間(以下、「密着時間」という。)は、少なくとも20分以上に設定されることが好ましい。これにより、2枚の基板を十分に高い接着性をもって確実に接合することができる。
【0020】
以下においては、一方の基板および他方の基板として、ポリジメチルシリコンよりなるものが用いられる場合を例に挙げて本発明について具体的に説明する。
【0021】
〔第1の実施形態〕
第1の実施形態に係る紫外線照射処理工程は、基板における流路形成部分のみに紫外線を照射する第1工程と、流路形成部分を含む基板の全面に紫外線を照射する第2工程とを有し、流路形成部分における被照射面を接着面形成部分における被照射面よりも大きい照射エネルギー量で処理するものである。
【0022】
第1工程;
各々PDMSよりなる2枚の平板状の基板(以下、「PDMS基板」という。)20,25を用意し、一方のPDMS基板20の一面に、試薬注入用貫通孔を有する注入ポート、試薬排出用貫通孔を有する排出ポートおよびこれらと連通する流路形成部分などの必要な構造凹部21を例えば機械加工やモールド転写などの公知技術によって形成する(図2(イ)参照)。この実施例においては、他方のPDMS基板25については、構造凹部を形成しないが、一方のPDMS基板20の構造凹部21に対応する構造凹部を形成してもよい。
そして、図2(イ)に示すように、一方のPDMS基板20における構造凹部21が形成された一面上に、構造凹部21に対応した透光部31を有する金属板よりなる遮光マスク30を密着状態で載置して構造凹部21以外の接着面形成部分22を遮光マスク30により遮光し、この状態で、上記のようなエキシマランプ10によって、172nmの光を含む紫外線を一方のPDMS基板20における構造凹部21の表面に対して遮光マスク30を介して照射する。
また、他方のPDMS基板25については、図2(ロ)に示すように、一方のPDMS基板20と重ね合せたときに一方のPDMS基板20の構造凹部21を密閉する、いわば蓋になる表面部分(以下、「蓋部分26」という。)以外の接着面形成部分27を遮光する遮光マスク30を密着状態で載置し、この状態で、エキシマランプ10によって、172nmの光を含む紫外線を遮光マスク30を介して他方のPDMS基板25における蓋部分26に照射する。
【0023】
第2工程;
エキシマランプ10による紫外線照射を一旦停止し、一方のPDMS基板20および他方のPDMS基板25の各々から遮光マスク30を取り除いた後、図3に示すように、上記第1工程において紫外線照射処理を行った、構造凹部21における被処理面21Aを含む一方のPDMS基板20の表面全面に、エキシマランプ10によって、172nmの光を含む紫外線を照射する。
また、蓋部分26の被処理面26Aを含む他方のPDMS基板25の表面全面に、エキシマランプ10によって、172nmの光を含む紫外線を照射する。
【0024】
上記紫外線照射処理工程においては、一方のPDMS基板20における構造凹部21の表面に対しては、第1工程および第2工程の両工程において紫外線が照射され、接着面形成部分22に対しては、第2工程のみにおいて紫外線が照射され、従って、構造凹部21における被照射面が受ける照射エネルギー量(第1工程および第2工程による照射エネルギー量の合計)が、接着面形成部分22における被照射面が受ける照射エネルギー量より大きくなるよう、紫外線照射処理条件が設定される。
具体的には、一方のPDMS基板20における接着面形成部分22の被照射面が受ける照射エネルギー量が50〜900mJ/cm2 の範囲内となると共に、構造凹部21の被照射面が受ける照射エネルギー量が1500〜3000mJ/cm2 の範囲内となるよう、紫外線照射処理条件が設定されることが好ましい。
接着面形成部分22の被照射面が受ける照射エネルギー量が上記範囲外である場合には、接着面形成部分22の表面を十分な接着性を有する状態とすることができない。
また、構造凹部21の被照射面が受ける照射エネルギー量が、上記範囲外である場合には、構造凹部21の表面を十分な親水性を有する状態とすることができず、特に、照射エネルギーが過大である場合には、表面荒れやクラックが発生しやすくなる。
【0025】
また、他方のPDMS基板25についても同様に、蓋部分26の被照射面が受ける照射エネルギー量(第1工程および第2工程による照射エネルギー量の合計)が接着面形成部分27の被照射面が受ける照射エネルギー量より大きく、具体的には、接着面形成部分27の被照射面が受ける照射エネルギー量が50〜900mJ/cm2 の範囲内となると共に、蓋部分26の被照射面が受ける照射エネルギー量が1500〜3000mJ/cm2 の範囲内となるよう、紫外線照射処理条件が設定される。
【0026】
PDMS基板に対する紫外線照射エネルギー量は、例えばエキシマランプによる紫外線の照射時間を調整することにより設定することができるが、PDMS基板における流路形成部分と接着面形成部分とで所期の表面状態に改質するために必要とされる紫外線照射エネルギー量の差の程度が比較的大きいことから、処理効率を向上させるために、第1工程と第2工程とで、異なる出力のエキシマランプを用いること(異なるランプハウス内で処理を行うこと)が実用上好ましい。
【0027】
上記のような紫外線照射処理が行われた後、2枚のPDMS基板20,25は密着処理工程に付される。すなわち、図4に示すように、2枚のPDMS基板20,25をその紫外線照射処理が行われた面どうしを重ね合わせて密着させ、この状態で所定時間の間保持することにより2枚のPDMS基板20,25を接合し、以って、一方のPDMS基板20に形成された構造凹部21が他方のPDMS基板25によって密閉されてなるマイクロチップを得ることができる。
【0028】
而して、上記マイクロチップの製造方法によれば、2枚のPDMS基板20,25に対する紫外線照射処理が、波長172nmを含む紫外線によって、一方のPDMS基板20における構造凹部21および他方のPDMS基板25における蓋部分26と、接着面形成部分22,27との各々について適正な大きさに設定された照射エネルギー量、すなわち、構造凹部21および蓋部分26の被照射面が接着面形成部分22,27の被照射面より大きい照射エネルギー量で、行われるので、後述する実験例の結果に示すように、構造凹部21および蓋部分26の表面を荒れやクラックを発生させることなしに十分な親水性を有する状態とすることができると共に、接着面形成部分22,27の表面を十分な接着性を有する状態にすることができる。すなわち、一方のPDMS基板20における構造凹部21および他方のPDMS基板25における蓋部分26の被照射面においては、PDMS材料それ自体の疎水性を有する表面状態から、照射エネルギー量の増加に伴って、接着性を有する表面状態に活性化され、さらに親水性を有する表面状態とされる。一方、接着面形成部分22,27の被照射面においては、接着性を有する表面状態とされる。
従って、2枚のPDMS基板20,25を、構造凹部21および蓋部分26の表面が親水性を有する状態が維持された状態において、十分に高い信頼性をもって確実に接合することができ、このようにして作製されたマイクロチップ(マイクロリアクタ)によれば、例えば注入ポートに試薬を注入するためにポンプなどによって圧力が加えられた際に、この圧力によって接合面に隙間が生じて反応分析実行中に所望の密閉状態を保持することができなくなるなどの弊害が生じるおそれがなく、しかも、内部流路の表面が親水化されているので、血液や各種溶液といった液体試料を大きな圧力を加えることなしに流すことができて、一連の反応分析を確実に行うことができる。
【0029】
この第1実施形態に係る製造方法においては、紫外線照射処理工程を構成する第1工程と第2工程との処理順序が入れ替えられて、第2工程が行われた後、第1工程が行われるようにしてもよい。
【0030】
〔第2の実施形態〕
この第2の実施形態に係る製造方法は、紫外線照射処理工程が、基板における流路形成部分のみに紫外線を照射する第1工程と、接着面形成部分のみに紫外線を照射する第2工程とを有し、構造凹部および蓋部分の被照射面を、接着面形成部分の被照射面よりも大きい照射エネルギー量で、処理するものであることの他は、第1の実施形態に係る製造方法と同一である。
【0031】
第1工程;
試薬注入用貫通孔を有する注入ポート、試薬排出用貫通孔を有する排出ポートおよびこれらと連通する流路形成部分などの必要な構造凹部21が一面に形成された一方のPDMS基板20と、構造凹部を有さない他方のPDMS基板25とを用意し、図5に示すように、一方のPDMS基板20における構造凹部21が形成された一面上に、構造凹部21に対応した透光部31を有する金属板よりなる遮光マスク30を密着状態で載置して構造凹部21以外の接着面形成部分22を遮光マスク30により遮光し、この状態で、エキシマランプ10によって、172nmの光を含む紫外線を一方のPDMS基板20における構造凹部21の表面に対して遮光マスク30を介して照射する。
また、他方のPDMS基板25については、一方のPDMS基板20と重ね合せたときに一方のPDMS基板20の構造凹部21を密閉する蓋部分26以外の接着面形成部分27を遮光する遮光マスク30を密着状態で載置し、この状態で、エキシマランプ10によって、172nmの光を含む紫外線を遮光マスク30を介して他方のPDMS基板25における蓋部分26に照射する。
【0032】
この第1工程においては、一方のPDMS基板20における構造凹部21の被照射面および他方のPDMS基板25における蓋部分26の被照射面が受ける照射エネルギー量が1500〜3000mJ/cm2 の範囲内となるよう、エキシマランプ10による紫外線照射処理条件が設定されることが好ましい。
この第1工程が行われた後においては、一方のPDMS基板20における構造凹部21の被処理面21Aおよび他方のPDMS基板25における蓋部分26の被処理面26Aは、親水性を有する表面状態となる。
【0033】
第2工程;
エキシマランプ10による紫外線照射を一旦停止し、一方のPDMS基板20および他方のPDMS基板25の各々から遮光マスク30を取り除いた後、図6(イ)に示すように、一方のPDMS基板20の構造凹部21を遮光マスク32により遮光し、この状態で、エキシマランプ10によって、172nmの光を含む紫外線を一方のPDMS基板20における接着面形成部分22の表面に対して遮光マスク32を介して照射する。
また、図6(ロ)に示すように、他方のPDMS基板25における蓋部分26の被処理面26Aを遮光マスク32により遮光し、この状態で、エキシマランプ10によって、172nmの光を含む紫外線を他方のPDMS基板25における接着面形成部分27の表面に対して遮光マスク32を介して照射する。
【0034】
この第2工程においては、一方のPDMS基板20における接着面形成部分22の被照射面および他方のPDMS基板25における接着面形成部分27の被照射面が受ける照射エネルギー量が50〜900mJ/cm2 の範囲内となるよう、エキシマランプ10による紫外線照射処理条件が設定されることが好ましい。
この第2工程が行われた後においては、一方のPDMS基板20における接着面形成部分22の被処理面および他方のPDMS基板25における接着面形成部分27の被処理面は、接着性を有する表面状態となる。
【0035】
この第2の実施形態における紫外線照射処理工程においても、PDMS基板における流路形成部分と接着面形成部分とで所期の表面状態に改質するために必要とされる紫外線照射エネルギー量の差の程度が比較的大きいことから、処理効率を向上させるために、第1工程と第2工程とで、異なる出力のエキシマランプを用いること(異なるランプハウス内で処理を行うこと)が実用上好ましい。
【0036】
上記のような紫外線照射処理が行われた後、2枚のPDMS基板20,25は密着処理工程に付される。すなわち、2枚のPDMS基板20,25をその紫外線照射処理が行われた面どうしを重ね合わせて密着させ、この状態で所定時間の間保持することにより2枚のPDMS基板20,25を接合し、以って、一方のPDMS基板20に形成された構造凹部21が他方のPDMS基板25によって密閉されてなるマイクロチップを得ることができる。
【0037】
このような製造方法によれば、第1の実施形態に係る製造方法と同一の効果、すなわち、構造凹部21および蓋部分26の表面を荒れやクラックを発生させることなしに十分な親水性を有する状態とすることができると共に、接着面形成部分22,27の表面を十分な接着性を有する状態に活性化することができ、従って、2枚のPDMS基板20,25を、構造凹部21および蓋部分26の表面が親水性を有する状態が維持された状態において、十分に高い信頼性をもって確実に接合することができ、所期の性能を有するものを確実に得ることができる。
【0038】
この第2実施形態に係る製造方法においては、紫外線照射処理工程を構成する第1工程と第2工程との処理順序が入れ替えられて、第2工程が行われた後、第1工程が行われるようにしてもよい。
【0039】
〔第3の実施形態〕
上記第1の実施形態および第2の実施形態に係る方法は、PDMS基板の表面を所期の状態にするために必要とされる紫外線照射エネルギー量の差の程度が構造凹部と接着面形成部分とで比較的大きいことから、紫外線照射処理工程を2回の工程に分けて行うものであるが、この第3の実施形態に係る方法における紫外線照射処理工程は、遮光部が完全に光を遮るのではなく、所望の領域に対して照度を弱めて光を透過させることにより、透過率を制御する機能を有するフィルターを用い、1回の工程により、基板の表面を親水性を有する状態とする表面改質処理と、接着性を有する状態とする表面改質処理とを同時に行うものである。
【0040】
試薬注入用貫通孔を有する注入ポート、試薬排出用貫通孔を有する排出ポートおよびこれらと連通する流路形成部分などの必要な構造凹部21が一面に形成された一方のPDMS基板20と、構造凹部を有さない他方のPDMS基板25とを用意し、図7(イ)に示すように、一方のPDMS基板20における構造凹部21が形成された一面側の上方位置に、紫外線透過量制御フィルター40を配設し、エキシマランプ10によって、172nmの光を含む紫外線を一方のPDMS基板20の表面に対して紫外線透過量制御フィルター40を介して照射する。
また、他方のPDMS基板25についても同様に、図7(ロ)に示すように、他方のPDMS基板25における、一方のPDMS基板20と重ね合せられる一面側の上方位置に、紫外線透過量制御フィルター40を配設し、エキシマランプ10によって、172nmの光を含む紫外線を一方のPDMS基板20の表面に対して紫外線透過量制御フィルター40を介して照射する。
【0041】
紫外線透過量制御フィルター40は、図8に示すように、波長172nmの光を含む紫外線を透過するガラス基板41上に、光の透過量を制限するパターンが形成されてなるものが用いられる。
この紫外線透過量制御フィルター40のパターンは、例えば金属製の細かいドット42Aやメッシュ42Bが蒸着により形成されてなり、ドット42Aまたはメッシュ42Bの開口率に基づいて光の透過率を設定することができる。
また、パターンの部分に色素を添加し、その濃淡に基づいて透過率を設定する構成のものとすることができる。
【0042】
この紫外線透過量制御フィルター40は、一方のPDMS基板20における構造凹部21および他方のPDMS基板25における蓋部分26に対して紫外線を照射する透過領域40Aの透過率が、一方のPDMS基板20における構造凹部21の被照射面および他方のPDMS基板25における蓋部分26の被照射面が受ける紫外線照射エネルギー量が1500〜3000mJ/cm2 の範囲内となるよう、設定されている。
また、一方のPDMS基板20および他方のPDMS基板25における接着面形成部分22,27に対して紫外線を照射する透過領域40Bの透過率が、一方のPDMS基板20における構造凹部21の被照射面および他方のPDMS基板25における蓋部分26の被処理面が受ける照射エネルギーが上記範囲内であるとき、共通のエキシマランプから照射される紫外線の、接着面形成部分22,27の被照射面における照射エネルギーが50〜900mJ/cm2 の範囲内に制限されるよう、設定されている。
紫外線透過量制御フィルター40における各透過領域40A,40Bの透過率は、上記条件を満足するよう設定されていれば特に限定されるものではないが、例えば接着面形成部分に対する透過領域40Bの透過率を、構造凹部21または蓋部分26に対する透過領域40Aの透過率の1/3程度に設定することができる。
【0043】
このような紫外線照射処理工程が行われた後においては、一方のPDMS基板20における構造凹部21の被処理面および他方のPDMS基板25における蓋部分26の被処理面が親水性を有する表面状態とされ、一方のPDMS基板20および他方のPDMS基板25における接着面形成部分22,27の被処理面が接着性を有する表面状態とされる。
【0044】
上記のような紫外線照射処理が行われた後、2枚のPDMS基板20,25は密着処理工程に付される。すなわち、2枚のPDMS基板20,25をその紫外線照射処理が行われた面どうしを重ね合わせて密着させ、この状態で所定時間の間保持することにより2枚のPDMS基板20,25を接合し、以って、一方のPDMS基板20に形成された構造凹部21が他方のPDMS基板25によって密閉されてなるマイクロチップを得ることができる。
【0045】
このような製造方法によれば、第1の実施形態に係る製造方法と同一の効果、すなわち、構造凹部21および蓋部分26の表面を荒れやクラックを発生させることなしに十分な親水性を有する状態とすることができると共に、接着面形成部分22,27の表面を十分な接着性を有する状態に活性化することができ、従って、2枚のPDMS基板20,25を、構造凹部21および蓋部分26の表面が親水性を有する状態が維持された状態において、十分に高い信頼性をもって確実に接合することができ、所期の性能を有するものを確実に得ることができる。
【0046】
以上においては、2枚のPDMS基板を接合してマイクロチップを製造する場合を例に挙げて説明したが、いずれか一方の基板としてガラスを用いた場合でも、実用上同様の効果を得ることができる。
このような場合には、PDMS基板の表面に必要な構造凹部を形成し、PDMS基板に対してのみ上記のような特定の紫外線照射処理を行い、その後、洗浄処理を行ったガラス基板とPDMS基板とを密着させて貼り合わせることにより、所期のマイクロチップを得ることができる。
【0047】
以下、本発明の効果を確認するために行った実験例について説明する。
172nm付近に強い発光を有する、キセノン(Xe)と塩素(Cl2 )が封入されてなるXeClエキシマランプを紫外線光源として具えたエキシマ照射装置「UVS−1000SM」(ウシオ電機(株)製)を用いて、紫外線の照射エネルギー量を下記表1に従って変化させてPDMS基板に対する紫外線照射処理を行うことにより、PDMS基板の、エキシマ光の照射エネルギー量に対する、表面状態の変化を調べると共に、表面荒れやクラックの発生有無を調べた。結果を下記表1に示す。
PDMS基板としては、製品名「sylgard184」(Dow Corning社製)(以下、「PDMS基板A」という。)および製品名「KE 1603」(信越シリコーン社製)(以下、「PDMS基板B」という。)の2種類を用いた。
また、エキシマ光の照射エネルギー量の調整は、PDMS基板の被照射面における、波長172nmの紫外線照度を紫外線照度測定器「UIT−150/VUV−S172」(ウシオ電機(株)製)により測定することにより、行った。
【0048】
接着性の評価は、PDMS基板にエキシマUV光を照射して2枚の基板を貼り合わせた後30分間放置し、2枚の基板を引き剥がしたとき、2枚の基板が界面で剥がれた場合を「接着性なし:×」、界面でははがれずPDMS基板が破れてしまった場合を「接着性有り:○」として判定した。
親水性は、純水との接触角を測定し、15°以下の場合を「親水性有り:○」、90°以上の場合を「疎水性:×」、15〜90°の場合を「中間状態:△」と判定した。
表面荒れやクラックの発生有無は、目視にて判定し、表面荒れやクラックが発生していることが確認されない場合を「○」、表面荒れやクラックが発生していることが確認された場合を「×」とした。
【0049】
【表1】

【0050】
以上の結果より、PDMS基板AおよびPDMS基板Bのいずれのものも、エキシマUV光(172nm)の照射エネルギー量が50〜900mJ/cm2 の範囲内である場合には、被照射面が接着性を有する状態となり、1500〜3000mJ/cm2 の範囲内である場合には、被照射面が親水性を有する状態となることが確認された。また、照射エネルギー量が3000mJ/cm2 を超えると表面荒れやクラックが発生することが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】本発明において用いられる紫外線光源であるエキシマランプの一例における構成の概略を、管軸方向に沿って切断した状態で示す断面図である。
【図2】本発明に係る第1の実施形態における紫外線照射処理工程の第1工程を説明するための説明図である。
【図3】本発明に係る第1の実施形態における紫外線照射処理工程の第2工程を説明するための説明図である。
【図4】本発明に係る第1の実施形態における密着処理工程を説明するための説明図である。
【図5】本発明に係る第2の実施形態における紫外線照射処理工程の第1工程を説明するための説明図である。
【図6】本発明に係る第2の実施形態における紫外線照射処理工程の第2工程を説明するための説明図である。
【図7】本発明に係る第3の実施形態における紫外線照射処理工程を説明するための説明図である。
【図8】紫外線透過量制御フィルタの一構成例の概略を示す断面図である。
【符号の説明】
【0052】
10 エキシマランプ
11 バルブ
12 外側管
13 内側管
15 内部電極
16 外部電極
17 ゲッター
18 ランプ点灯用電源
S 放電空間
20 一方のPDMS基板
21 構造凹部
21A 被処理面
22 接着面形成部分
25 他方のPDMS基板
26 蓋部分
26A 被処理面
27 接着面形成部分
30 遮光マスク
31 透光部
32 遮光マスク
40 紫外線透過量制御フィルター
40A 構造凹部または蓋部分に対する透過領域
40B 接着面形成部分に対する透過領域
41 ガラス基板
42A ドット
42B メッシュ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリジメチルシリコンよりなる一方の基板、および、ガラスまたはポリジメチルシリコンよりなる他方の基板の少なくとも一方に対して波長172nmの光を含む紫外線を照射して両基板を貼り合わせることにより、内部に媒体が流れる流路を有するマイクロチップを製造する方法において、
前記紫外線を照射する工程においては、基板の表面における流路形成部分および当該流路形成部分以外の接着面形成部分の各々に対して、互いに異なる照射エネルギー量で、紫外線が照射されることを特徴とするマイクロチップの製造方法。
【請求項2】
紫外線を照射する工程は、紫外線を基板の流路形成部分のみに照射する工程と、紫外線を流路形成部分を含む基板の全面に照射する工程とを有することを特徴とする請求項1に記載のマイクロチップの製造方法。
【請求項3】
流路形成部分における被照射面が受ける照射エネルギー量が、接着面形成部分における被照射面が受ける照射エネルギー量より大きいことを特徴とする請求項1または請求項2に記載のマイクロチップの製造方法。
【請求項4】
基板の接着面形成部分における被照射面が受ける照射エネルギー量が50〜900mJ/cm2 であり、流路形成部分における被照射面が受ける照射エネルギー量が1500〜3000mJ/cm2 であることを特徴とする請求項3に記載のマイクロチップの製造方法。
【請求項5】
紫外線を照射する工程は、紫外線を基板の流路形成部分のみに照射する工程と、紫外線を当該流路形成部分以外の接着面形成部分のみに照射する工程とを有することを特徴とする請求項1に記載のマイクロチップの製造方法。
【請求項6】
基板の接着面形成部分における被照射面が受ける照射エネルギー量が50〜900mJ/cm2 であり、流路形成部分における被照射面が受ける照射エネルギー量が1500〜3000mJ/cm2 であることを特徴とする請求項5に記載のマイクロチップの製造方法。
【請求項7】
紫外線を照射する工程は、光源からの紫外線をフィルターを介して照射することにより基板における流路形成部分に対する紫外線照射処理と接着面形成部分に対する紫外線照射処理とを同時に行うものであって、
フィルターとして、基板における流路形成部分に対する透過領域と当該流路形成部分以外の接着面形成部分に対する透過領域とで紫外線透過率が異なるものが用いられることを特徴とする請求項1に記載のマイクロチップの製造方法。
【請求項8】
フィルターとして、基板の流路形成部分における被照射面が受ける照射エネルギー量が、1500〜3000mJ/cm2 の範囲内であるとき、当該流路形成部分以外の接着面形成部分における被照射面における照射エネルギー量が50〜900mJ/cm2 の範囲内となるものが用いられることを特徴とする請求項7に記載のマイクロチップの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2008−58132(P2008−58132A)
【公開日】平成20年3月13日(2008.3.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−234940(P2006−234940)
【出願日】平成18年8月31日(2006.8.31)
【出願人】(000102212)ウシオ電機株式会社 (1,414)
【Fターム(参考)】