説明

マイクロリアクター、並びに、それを用いた多段階酵素反応方法、及び、糖鎖連続合成方法

【課題】1チップのマイクロリアクター上で連続的な酵素反応を行なう方法、それを用いて複数の糖を順次反応させる方法、及びそのマイクロリアクターの提供。
【解決手段】基材1と基材1に形成されたマイクロチャンネル2とを有するマイクロリアクター10において、該マイクロチャンネル2が、直列に配設された複数の反応場3a,3b,3cを有し、該反応場3a,3b,3cが、酵素を固定した担体5と、該担体5の流れを止める堰止め部4とを有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多段階酵素反応が可能なマイクロリアクター、並びに、それを用いた多段階酵素反応方法、及び、糖鎖合成方法に関する。本発明は、糖鎖合成に限定されず、マイクロオーダーで多段階の酵素反応を行なう全ての系に適用することができる。
【背景技術】
【0002】
糖鎖は生体内において糖タンパク質や糖脂質として主に細胞表面に存在し、発生、分化誘導、受精、免疫、がん化、感染症等、様々な生命現象に深く関与している。このように多彩な機能を有する糖鎖は疾患などの発症メカニズムの解明や創薬研究のターゲットとされ、近年盛んに研究開発が行われている。
これらの機能発現のメカニズムの研究開発の推進には、効率的でかつ汎用性に富む糖鎖合成法の構築が求められる。しかし、糖鎖は、多様で高度に複雑であるため、未だ合成法は確立されていない。
【0003】
一方、より効率よい反応あるいは多機能の集積を目指したマイクロチップ技術が注目されている。化学反応を行なうことのできるマイクロチップとしては、マイクロチャンネルの微小空間で化学反応を行なうマイクロリアクター、さらにサンプルの前処理、反応、分離、検出といった機能を集積したμ−TAS(micro-Total Analysis System)あるいはラボオンチップ(Lab-on-a-chip, LOC)等がある。
【0004】
近年、このマイクロリアクターを用いて、糖鎖を合成する方法が検討されている。
糖鎖の合成法は、有機合成化学的手法と糖転移酵素を用いた手法とに大別でき、特に後者の方法として、マイクロチャンネル内に導入した担体に酵素を固定させる方法、酵素をマイクロチャンネル内壁に化学修飾により固定する方法等が挙げられる。
【0005】
マイクロチャンネル内に導入した担体に酵素を固定させる方法としては、例えば、抗体を吸着させたポリスチレンビーズをマイクロチャンネル内に導入し、ここで抗原抗体反応を行なうイムノアッセイシステムが知られている(特許文献1、非特許文献1参照)。
【0006】
また、多段階酵素反応方法として、マイクロチャンネル内の表面修飾により酵素を固定したマイクロチップ間を連結することで、酵素反応を行なう方法が知られている(特許文献2)。この方法は、複数の酵素をそれぞれのマイクロチャンネルに固定することで多段的に酵素反応を行っている。このことは同一マイクロチャンネル内での複数の酵素固定が困難であることを示している。これらはいずれもマイクロチップでの糖合成を目的とするものではないが、酵素反応におけるマイクロチャンネル利用の有効性と課題を示している。
【0007】
【特許文献1】国際公開WO2003/062823号パンフレット
【特許文献2】特開2005−65632号公報
【非特許文献1】Sato, K. et al., Anal. Chem., 2000, 72, 1144-1147
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
このようにマイクロリアクターは物質の反応においては非常に有用であるが、1つのマイクロリアクターによる連続的な反応は達成されてはこなかった。
【0009】
本発明は上記の課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、1チップのマイクロリアクター上で連続的な酵素反応を行なう方法、それを用いて複数の糖を順次反応させる方法、及びそのマイクロリアクターを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者等は上記課題に鑑み、1本のマイクロチャンネル内に酵素(糖転移酵素)を固定化した担体を導入し、これを複数個所それぞれ異なる酵素を付加させた担体を直列に配置することで連続した反応場を構築した。ここに基質および糖核酸を含む液体媒体を供給し、複数段階の酵素反応を行わせることにより連続的な糖鎖の伸長できることを見出して、本発明を完成させた。
【0011】
すなわち、本発明の要旨は、基材と基材に形成されたマイクロチャンネルとを有するマイクロリアクターにおいて、該マイクロチャンネルが、直列に配設された複数の反応場を有し、該反応場が、酵素を固定した担体と、該担体の流れを止める堰止め部とを有する
ことを特徴とする、マイクロリアクターに存する(請求項1)。
【0012】
このとき、上記反応場に上記担体を挿入する側道を備えることが好ましい(請求項2)。
【0013】
本発明の別の要旨としては、上記のマイクロリアクターに、原料物質を含有する組成物を供給し、複数段階の酵素反応を行なうことを特徴とする、多段階酵素反応方法に存する(請求項3)。
【0014】
本発明の更に別の要旨としては、上記の多段階酵素反応方法によって、糖鎖を合成することを特徴とする、糖鎖連続合成方法に存する(請求項4)。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、1チップのマイクロリアクター上で連続的な酵素反応を行なって、複数の糖を順次反応させる方法、及びそのマイクロリアクターを提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明を詳細に説明するが、本発明は以下の説明に限定されるものではなく、その要旨の範囲内において、種々に変更して実施することができる。
【0017】
以下、まず本発明のマイクロリアクターについて説明し、その後で本発明のマイクロリアクターを用いた多段階酵素反応方法(以下、単に「多段階酵素反応」ということがある)、及び、本発明のマイクロリアクターを用いた糖鎖連続合成方法(以下、単に「糖鎖連続合成方法」ということがある)について説明する。
【0018】
[1.マイクロリアクター]
マイクロリアクターとは、マイクロチップの一種である。マイクロチップとは、各種基板上に、通常、幅数十μmから数百μm程度の流路を有することを特徴としたチップである。なお、該流路は、マイクロチャンネルという。
本発明のマイクロリアクターは、基材と基材に形成されたマイクロチャンネルとを有し、マイクロチャンネルが、直列に配設された複数の反応場を有し、さらにその反応場が、酵素を固定した担体と、該担体の流れを止める堰止め部とを有することを特徴としている。
以下、詳細にマイクロリアクターについて説明するが、以下の例に限定される物ではなく、本発明の効果を著しく損なわない限り、任意の部位を変更することができる。
【0019】
(基材)
本発明のマイクロリアクターに用いられる基材としては、多段階酵素反応に用いられる原料物質を含有する組成物(以下、適宜「反応組成物」ということがある)、酵素、及び生成物に対して反応性を示さなければ、本発明の効果を著しく損なわない限り制限はない。
【0020】
ただし、マイクロチャンネルを形成するため、加工性に優れている物質が好ましい。このような基材の材料としては、従来マイクロリアクターの基材として用いられていた全ての材料を用いることができる。例えば、ガラス、石英、又はシリカ等の珪酸化合物;マグネシア、ジルコニア、アルミナ、アパタイト、窒化ケイ素、チタン、アルミニウム、イットリウム、タングステン等の金属、及びこれらの金属の酸化物、炭化物、窒化物、ホウ化物、ケイ化物;セラミックス;プラスチック等を挙げることができる。
中でも、ガラス、石英、又はシリカ等の珪酸化合物が好ましい。精度の良いマイクロチャンネルの形成が比較的容易であること、チャンネル内の化学修飾が可能であること、また、十分な耐薬品性、耐衝撃性を兼ね備えているためである。
なお、これらの材料は1種を単独で用いてもよいし、2種以上を任意の組み合わせ、及び比率で併用してもよい。
【0021】
基材の形状は、通常板状体であるが、多段階酵素反応が進行する限り制限はない。例えば、弧状体、球体、粒体、及びこれらを任意に組み合わせた形状であってもよい。
【0022】
基材が板状体で有る場合、その厚みは通常0.5mm以上、好ましくは1mm以上、さらに好ましくは1.5mm以上、また、通常5mm以下、好ましくは3mm以下、さらに好ましくは2mm以下である。この範囲を上回ると、マイクロリアクターへの化合物の導入、搬出時におけるデッドボリュームの影響を受ける傾向がある。また、この範囲を下回ると、耐衝撃性、耐圧性が低下する傾向がある。
また、板状体の一辺の長さは、通常0.5mm以上、好ましくは1mm以上、さらに好ましくは10mm以上、また、通常50mm以下、好ましくは30mm以下、さらに好ましくは20mm以下である。この範囲を上回ると、高価となり、使い勝手が悪く、加工が困難になる傾向がある。
【0023】
(マイクロチャンネル)
マイクロチャンネルは、多段階酵素反応において反応組成物を通過させる流路である。マイクロチャンネルは、通常1チップのマイクロリアクターにつき、1本のマイクロチャンネルを形成するが、2本以上のマイクロチャンネルを形成してもよい。2本以上のマイクロチャンネルを配設する場合には、マイクロチャンネル同士の位置関係は任意であり、それぞれ並列に配設してもよいし、直列に配設してもよいし、その他の位置関係で配設をしてもよい。
また、マイクロチャンネルは、一本路であってもよいし、分岐路であってもよい。また、マイクロチャンネルは直線状であってもよいし、曲線状であってもよい。
【0024】
マイクロチャンネルの幅、及び深さは、通常1μm以上、好ましくは10μm以上、更に好ましくは50μm以上、また、通常1000μm以下、好ましくは500μm以下、さらに好ましくは200μm以下である。この範囲を上回ると、マイクロチャンネル内における液体の特性(例えば、界面における張力による液体制御が可能であること等)を生かすことができない可能性がある。また、この範囲を下回ると、溶媒の粘性の影響により送液が困難となる可能性がある。
【0025】
マイクロチャンネルの長さは、通常10μm以上、また、通常400μm以下、好ましくは300μm以下である。
【0026】
マイクロチャンネルの形成方法は、例えば、マイクロドリルを用いる加工法、レーザを用いるエッチング処理法、化学薬剤によるウエットエッチング法等を挙げることができる。中でもウエットエッチング法が好ましい。滑らかなエッチング面を得ることができ、また、迅速に加工ができるためである。
なお、これらの方法は、1種を単独で用いてもよく、2種以上を任意の組み合わせ及び比率で併用してもよい。
【0027】
(反応場)
マイクロチャンネルには、直列に複数の反応場が配設される。反応場とは、マイクロチャンネルのうち、反応組成物が通過すると酵素反応が進行する部位をいう。本発明においては、1つのマイクロチャンネル内に直列に複数の反応場が形成されている。反応場の数は、酵素反応の段階数以上存在すればよい。
【0028】
反応場には酵素が担持されている。酵素の担持の形態は、本発明の効果を著しく損なわない限り制限されないが、例えば、反応場の壁面に酵素を直接固定する方法(以下、適宜「酵素直接固定法」ということがある)、酵素を固定した担体を反応場に設置する方法(以下、適宜「酵素担体固定法」ということがある)などが挙げられる。本発明においては、基本的に酵素担体固定法を用いるが、必要により直接固定法を用いてもよい。
酵素直接固定法は、ディスポーサブルの用途においては取り扱いが簡便になるという利点が有る反面、マイクロチャンネルに固定化された酵素は、特定の固定方法で固定化された場合を除き交換することはできず、該固定法以外でしか固定できない酵素を用いる場合には、一度酵素が失活すると、マイクロリアクターごと利用できなくなる。逆に、酵素担体固定法は、担体を取り替えることによって、マイクロリアクターを繰り返し利用することができ、また酵素を固定する素材を選択することができるため、用いることのできる酵素の種類が多くなる。従って、マイクロリアクターの用途によって適切な形態の反応場の種類を選択することが好ましい。
【0029】
酵素担体固定法においては、反応組成物の流れによって、反応場から担体が流れ出さないように係留することが好ましい。係留する方法としては、例えば、堰止め部を形成する方法、磁性を帯びた担体を用いて外部からの磁界によって係留する方法等が挙げられる。
【0030】
堰止め部としては、例えば、図1に示すように反応場のマイクロチャンネルの深さを浅くする構造、反応場のマイクロチャンネルの幅を狭くする構造等が挙げられる。これらの方法によって、担体の下流部への流れ(移動)をせき止めることができる。
【0031】
図1は、本発明のマイクロリアクターの一例を示したものであり、反応場3を側面からみた模式的な断面図である。1は基材、2はマイクロチャンネル、4は堰止め部、5は担体を表わしている。反応組成物は、マイクロチャンネル2を図面左方から右方に向けて流れている。
【0032】
堰止め部の形状は、担体の流れを防ぎつつ、反応組成物が反応場を通過することができれば制限はない。このような効果を有する堰止め部の具体的な形状は、マイクロチャンネルの深さ、幅、断面積、反応場に挿入される担体の直径、体積、比重、マイクロチャンネル内での反応組成物の流速等に依存する。したがって、これらの値を適宜調整して堰止め部を形成することが好ましい。
【0033】
具体的には、担体の直径よりも、マイクロチャンネルの深さと堰止め部深さとの差(堰止め部の高さ)、及び、堰止め部の幅が大きい方が好ましい。
【0034】
また、堰止め部の上流部分には、上記反応場に上記担体を挿入する側道を備えることが好ましい。側道部の幅、深さ等は、担体を挿入することができれば制限はないが、マイクロチャンネルと同様の範囲が好ましい。また、側道部は、1つの反応場に複数設けてもよい。
側道部の長さは、5mm以上15mm以下が好ましい。ビーズの充填をスムーズに行なうためである。
また、側道部とマイクロチャンネルとの交差角は、30°以上60°以下が好ましい。ビーズの充填をスムーズに行なうためである。
【0035】
一方、酵素直接固定法は、マイクロチャンネルの反応場部分の壁面に酵素を直接固定する方法である。具体的な固定の方法としては、例えば、基材と親和性を有するアミノ基含有化合物をマイクロチャンネルの壁面と接触させて、壁面にアミノ基含有化合物残基を導入した後、該アミノ基と酵素分子とを反応させることによって、固定することができる。
【0036】
以下、基材としてガラスや石英や、シリカ等のシリカ系材料をベースとして用いた場合を例にして説明する。
【0037】
基材にシリカ系材料を用いた場合、例えば、アミノプロピルシラン等のアミノ基含有ケイ素化合物と基材とを反応させ、マイクロチャンネル壁面のシラノール基に該化合物の残基を導入し、該残基中のアミノ基に酵素分子を結合させて固定する方法が挙げられる。
【0038】
この場合、基材に導入された上記アミノ基に酵素分子を結合させる方法としては、酵素を失活させず、安定的に酵素を反応場に固定できれば制限はない。例えば、上記アミノ基に、コハク酸等のジカルボン酸を介して直接結合させる方法;上記アミノ基と、グルタルアルデヒド等のアミノ基反応性架橋剤とを結合させた後、該架橋剤と酵素分子のアミノ基とを結合させる方法;上記アミノ基と、水酸基含有アルキルシラン誘導体とを反応させ、脱水縮合によって、酵素とエステル結合を形成させて結合させる方法;上記アミノ基と、ハロゲン化アルキルシラン誘導体とを反応させた後、イミン形成によりチオール含有アミンを導入する方法;等をあげることができる。
【0039】
このようにして、マイクロチャンネルの反応場部分の壁面に、グリコシルトランスフェラーゼ、アミラーゼ、プロテアーゼ、リパーゼ、セルラーゼ、ヘミセルラーゼ、ペクチナーゼ等の酵素分子を固定化することができる。
【0040】
その他、基材に導入された上記アミノ基に酵素分子を結合させる方法としては、例えば、上記アミノ基をニッケル錯体に変換し、該ニッケル錯体を介して直接固定化する方法も挙げられる。この方法は、アミノ末端又はカルボキシル末端に連続したヒスチジン残基をもつ酵素分子、例えばカゼインキナーゼ、アルカリ性ホスファターゼ、乳酸脱水素酵素などの酵素分子において得に有効に用いることができる。
【0041】
ニッケル錯体を介して直接固定化する方法は、例えば、上述前記のようにシリカ系基材に導入されたアミノ基に対して、無水コハク酸等のジカルボン酸無水物で処理し、次いで1−エチル−3−アミノプロピルカルボジイミドとN−ヒドロキシスクシンイミドとの混合物を反応させることにより、N−ヒドロキシスクシンイミド活性エステルを形成させ、この活性エステルに、例えばN−(5‐アミノ−1−カルボキシペンチル)イミノジ酢酸等の錯化合物形成剤を反応させた後、例えば硫酸ニッケル等の可溶性ニッケル塩の溶液を反応させて、ニッケル錯体を形成させることにより、チャネル表面にニッケル錯体を固定化することができる。
【0042】
このようにして得られたニッケル錯体と、アミノ末端又はカルボキシル末端に連続したヒスチジン残基をもつ酵素分子とを接触させると、該酵素分子は、ニッケル錯体を介して簡単にマイクロチャンネル表面に固定化される。
【0043】
また、ニッケル錯体を介して固定された酵素分子は、還元処理するか、あるいはイミダゾールやEDTAのようなキレート剤で処理することにより、容易に脱離させることができ、固定化及び脱離反応は可逆的であるので、触媒能が低下した場合などには簡単に新しい酵素分子と交換することができる。
【0044】
(担体)
酵素担体固定法において用いられる単体は、反応組成物、酵素、及び生成物等に対して反応性を示さなければ、本発明の効果を著しく損なわない限り制限はない。
【0045】
ただし、所望の形状に形成するため、加工性に優れている物質が好ましい。このような基材の材料としては、従来担体として用いられていた全ての材料を用いることができる。例えば、アガロース;ポリスチレン、ポリアクリルアミド、表面修飾されていても良い磁性ビーズ、ガラス、石英、又はシリカ等の珪酸化合物;マグネシア、ジルコニア、アルミナ、アパタイト、窒化ケイ素、及びチタン、アルミニウム、イットリウム、タングステン等の金属、及びこれらの金属の酸化物、炭化物、窒化物、ホウ化物、ケイ化物;セラミックス;プラスチック等を挙げることができる。
中でもアガロースが好ましい。生体触媒である酵素等を、アガロース表面だけでなく、アガロースが有する細孔にも高濃度に担持可能なためである。
なお、これらの材料は1種を単独で用いてもよいし、2種以上を任意の組み合わせ、及び比率で併用してもよい。
【0046】
基材の形状は、通常粒状(ビーズ)であるが、多段階酵素反応が進行する限り制限はない。例えば、弧状体、円盤状、球体、及びこれらを任意に組み合わせた形状であってもよい。
【0047】
基材が粒状体で有る場合、その粒径は通常5μm以上300μm以下である。また、ビーズを効率よく充填するため粒子径が均一に近いことが好ましい。
【0048】
酵素を担体に固定化する方法は、上述した酵素をマイクロチャンネルの反応場部分の壁面に酵素を直接固定化する方法と同様の方法を用いることができる。また、酵素などの発現時に特異抗原等のタグを導入し、抗体等を用いて固定化することもできる。
【0049】
[2.多段階酵素反応]
多段階酵素反応は、本発明のマイクロリアクターを用いて行った酵素反応であればよく、公知の何れの酵素反応にも適用できる。
本発明のマイクロリアクターには、マイクロチャンネル内に直列に複数の反応場が配設されており、反応組成物がマイクロチャンネル内を流れる際に、各反応場を通過するごとに、1段階ずつ反応が進行し、各反応場をすべて経過したときに、多段階反応が完了する。
【0050】
(酵素)
本発明のマイクロリアクターにおいては、反応場に固定することができれば、制限はない。マイクロリアクターを用いて行ないたい化学反応の種類に応じて、適宜選択することができる。例えば、糖転移酵素、糖加水分解酵素、リン酸化酵素、脱リン酸化酵素、酸化還元酵素、プロテアーゼ、薬物代謝に関わる酵素群等が挙げられる。
これらの酵素は1つの反応場に1種類の酵素を固定しもよいし、2種以上を任意の組み合わせ、及び比率で固定してもよい。
【0051】
(反応組成物)
反応組成物は、酵素反応が進行すれば制限はないが、通常、原料物質が溶媒に溶解している組成物である。多段階酵素反応を行なう場合には、各反応段階で用いられる全ての原料物質を含有した反応組成物を用いる。各原料物質の構成比は、各反応場における反応効率(収率)等を考慮して調整することが好ましい。
【0052】
原料物質の種類としては、マイクロリアクターを用いて行ないたい化学反応の種類に応じて、適宜選択することができるが、合成物、天然物、生体抽出物、低分子化合物、蛋白質、糖類、医薬または農薬の候補薬剤等のいかなるものでもよい。例えば、単糖、二糖、オリゴマー、糖核酸等が挙げられる。
これらの原料物質は1種を単独で用いてもよく、2種以上を任意の組み合わせ、及び比率で用いてもよい。
【0053】
本発明は酵素反応を行なうので、溶媒としては、水、若しくは、リン酸又はトリス塩酸等の緩衝液が好ましい。
【0054】
また、酵素反応の性質を考慮して、反応場に固定された酵素に対する、反応至適pH、及び反応至適濃度に調整することが好ましい。具体的な範囲は、利用する酵素の種類に拠る。
【0055】
(反応条件)
反応場における反応組成物の温度が、反応場に固定された酵素の反応至適温度の範囲になることが好ましい。具体的には、マイクロリアクター、及び反応組成物を予め至適温度で保温してから、反応組成物を流通させることが好ましい。至適温度より高すぎると、酵素が失活する可能性がある。また、至適温度より低すぎると、反応の進行が非常に遅くなり、マイクロリアクターから未反応の反応組成物が排出される可能性がある。
【0056】
(分析系)
マイクロリアクター内で合成されたサンプルを、オンラインで分析することが好ましい。分析系をオンライン化すると、オフライン分析で必要とされる脱塩等の前処理(Sep pak等)を行なう必要がなく、迅速に結果に対する知見を得ることができるためである。ここで、オンライン分析とは、マイクロチップから内部試料を取り出すことなく系内で分光学的な手法などにより分析を行う、あるいは、直接質量分析装置にマイクロチップを連結し内部試料を直接質量分析法により構造解析することをいう。
【0057】
(マイクロリアクターの利点)
マイクロリアクターにおける反応では、マイクロチャンネルという微小空間の中で反応を行なう。
微小空間は、マイクロチャンネルのもつ体積に対する表面積の比率が大きくなるため、従来の方法に比べ、酵素反応の反応効率を著しく向上させることができる。
さらに微小空間は、拡散距離が短く、酵素反応の反応効率を向上させることができる。この点、複数のマイクロリアクターを接続する場合にはコネクションに隙間などが生じる可能性があり、それにより拡散距離が長くなる可能性があった。しかし、本発明においては、マイクロチャンネル内に直列に複数の反応場を配設しているので、コネクション自体が存在しない。
また、微小空間は、熱容量が小さく、迅速な温度制御が容易である。
【0058】
[3.糖鎖連続合成方法]
本発明の糖鎖連続合成方法は、反応場に糖転移酵素を固定したマイクロリアクターに、単糖、二糖等の糖を原料(基質)にした反応組成物を流通させることによって、糖鎖を合成する方法である。なお所望により、上記糖が結合した化合物を反応組成物に混合してもよい。
【0059】
糖鎖連続合成方法は多段階酵素反応の一種であり、反応組成物の至適pHや至適濃度、また反応温度などは、多段階酵素反応の規定と同一である。
また、本発明の糖鎖連続合成法は、マイクロリアクターによって反応を行なうことの利点も得ることができ、したがって、各反応場において高効率な糖転移反応法を行なうことができる。さらに、マイクロチャンネル内に直列に複数の反応場が配設することによって、糖鎖の連続生合成反応が可能になる。
【実施例】
【0060】
以下、本発明について、実施例を用いてさらに詳細に説明するが、本発明はその要旨を逸脱しない限り、以下の実施例に限定されるものではない。なお、特に断りがない限り、以下の記載において部とは重量部をあらわす。
【0061】
本実施例では、糖鎖連続合成の一例として以下の3段階連続糖鎖合成反応を行なった。なお、反応は、マイクロリアクターの各反応場を通過するごとに各段階の反応が進む連続酵素反応であるが、便宜上、各段階に分けて説明する。
【0062】
まず第1段階として、キシロース(以下、Xyl)にパラニトロフェニル(以下、PNP)が結合したXyl−PNPを基質とし、糖供与体として糖核酸であるUDP−ガラクトース(以下、Gal)を用いて、糖転移酵素としてGalT−Iを用いて反応を行なっ
た。該反応は以下式(1)で表わされる。
【化1】

【0063】
第2段階として、第1段階で得られた二糖を基質として、糖供与体として糖核酸であるUDP−ガラクトース(以下、UDP−Gal)を用いて、糖転移酵素としてGalT−IIを用いて反応を行なった。該反応は以下式(2)で表わされる。
【化2】

【0064】
第3段階として、第2段階で得られた三糖を基質として、糖供与体として糖核酸であるUDP−グルクロン酸(以下、UDP−GlcA)を用いて、糖転移酵素としてグルクロン酸(GlcA)T−Iを用いて反応を行なった。該反応は以下式(3)で表わされる。
【化3】

以下、具体的に説明する。
【0065】
[反応装置及び分析系]
(マイクロリアクターの製造)
本実施例で用いるマイクロリアクターの模式的な概念図を図2に示す。基材1はホウケイ酸ガラス(Pyrex)(登録商標)でできており、ここにフォトリソグラフィー法およびウエットエッチング法を用いて、幅560μm、深さ130μmのマイクロチャンネル2を形成した。また、各反応場3a,3b,3cには、高さ80μmの堰止め構造4を形成し、堰止め構造4の上流側に、幅410μm、深さ130μmで側道部6をそれぞれ1本ずつ、合計3本形成した。なお、本実施例は後述するように、3段階の糖鎖連続合成を行なったため、反応場は3ヶ所配設した。
【0066】
(担体の製造)
アガロース製ビーズは、抗FLAG抗体標識したものを(以下、適宜「アガローズビーズ」ということがある)使用し、以下の方法で固定化酵素ビーズを得た。
アガロースビーズに、精製用FLAGタグを導入し昆虫細胞で発現し、免疫沈降法により精製した糖転移酵素GalT−I、GalT−II、(GlcA)T−Iをそれぞれ固定した。
【0067】
(分析系)
分析系の機能ブロック図を図3に示す。まず、マイクロリアクターから得られたサンプルを、バルブ2を通しサンプルループ(2.5μL)に送液した。サンプルは、測定時以外は廃液として排出した。
サンプルの分析は、バルブ1及び2を切り替え、HPLCポンプを利用して、分析カラムへサンプルをインジェクトし、UV-IT-TofMS(島津製作所)によりオンライン検出を行った。
本分析システムにより合成生成物の定量と定性による評価が可能であった。
【0068】
[実施例1]
マイクロリアクターを用いて、二糖の酵素合成(第1段階の反応)を行った。
【0069】
以下の組成比で基質及び糖核酸を含んだ反応溶液(Xyl−PNP:1mM, UDP−Gal:1mM, Alkaline Phosphatase:1unit, Hepes−KOH:14mM, MnCl2:11mM)を調製した。
【0070】
側道部より、糖転移酵素GalT−Iを固定化したアガロース製ビーズを反応場3aに充填した。また、マイクロチップは温度調節器上に設置し、反応時の温度を37℃に設定した。
次に、シリンジポンプにて上記反応組成物をマイクロチップ内に一定流量で連続送液した。
【0071】
このときの分析系を用いた二糖合成結果を図4〜7に示す。なお、分析は、展開溶媒としてCH3CN(95%)を用いて、0.1mL/分で流した。また、カラムはSenshu pak C18 100mL x 1mml.D.(センシュー科学社製)を45℃の条件下で用いた。
【0072】
(結果と考察)
図4は、UVクロマトグラフ(214nm)の結果を表している。後述するマススペクトル等の結果より、ピーク1は基質であるXyl−PNPであり、ピーク2は合成された二糖(Galβ1−4Xylβ−PNP)であると考えられる。ピークパターンより、収率約60%で二糖が得られていることが分かった。
【0073】
図5は、ピーク1のマススペクトル(MS)の結果をあらわしている。Xyl−PNPの分子量は271であり、MSにおいて[M+Na]+、m/z=294が検出された。
また、図6は、ピーク2のマススペクトル(MS)の結果をあらわしている。Galβ1−3Xylβ−PNPの分子量は433であり、MSにおいて[M+Na]+、m/z=456が検出された。
【0074】
図7は、m/z=456に関してMSMS分析をした結果である。ここから、元構造に関連したフラグメントが得られたことがわかり、ピーク2が合成物質であるGalβ1−4Xylβ−PNPであることが確認された。
【0075】
[実施例2]
マイクロリアクターを用いて、三糖の連続酵素合成(第1段階、及び第2段階の反応)を行った。
【0076】
側道部より、糖転移酵素GalT−Iを固定化したアガロース製ビーズを反応場3aに
充填し、また、糖転移酵素GalT−IIを固定化したアガロース製ビーズを反応場3bに充填した。さらに、反応組成液のXyl−PNPの濃度を2mMとした。
上記の条件以外は、実施例1と同様に実施した。
【0077】
このときの分析系を用いた二糖合成結果を図8〜図10に示す。なお、分析は、展開溶媒としてCH3CN(90%)を用いて、0.1mL/分で流した。また、カラムはSenshu pak C18 100mL x 2mml.D.(センシュー科学社製)を45℃の条件下で用いた。
【0078】
(結果と考察)
図8は、UVクロマトグラフ(214nm)の結果を表している。実施例1におけるピークパターンと同様であるため、ピーク1は基質であるXyl−PNPであり、ピーク2はGalβ1−4Xylβ−PNPと考えられる。また、後述するマススペクトル等の結果より、ピーク3は合成された三糖(Galβ1−3Galβ1−4Xylβ−PNP)であると考えられる。ピークパターンより、収率約30%で三糖が得られていることが分かった。
【0079】
図9は、ピーク3のマススペクトル(MS)の結果をあらわしている。Galβ1−3Galβ1−4Xylβ−PNPの分子量は595であり、MSで検出された([M+Na]+, m/z=618)に相当する。
【0080】
図10は、m/z=618に関してMSMS分析をした結果である。ここから、元構造に関連したフラグメントが得られたことがわかり、ピーク3が合成物質であるGalβ1−3Galβ1−3Xylβ−PNPであることが確認された。
【0081】
[実施例3]
マイクロリアクターを用いて、四糖連続酵素合成(第1段階、第2段階、及び第3段階の反応)を行った。
側道部より、糖転移酵素GalT−Iを固定化したアガロース製ビーズを反応場3aに
充填し、糖転移酵素GalT−IIを固定化したアガロース製ビーズを反応場3bに充填し、また、糖転移酵素(GlcA)T−Iを固定化したアガロース製ビーズを反応場3cに
充填した。さらに、反応組成液にUDP−GlcA(1mM)をさらに含有させた。また、反応場3a、3bの温度は37℃、反応場3cの温度は25℃であった。
上記の条件以外は、実施例1と同様に実施した。
【0082】
このときの分析系を用いた二糖合成結果を図11〜図14に示す。なお、分析は、展開溶媒としてCH3CN(90%)を用いて、0.1mL/分で流した。また、カラムはSenshu pak C18 100mL x 2mml.D.(センシュー科学社製)を45℃の条件下で用いた。
【0083】
(結果と考察)
図11は、UVクロマトグラフ(214nm)の結果を表している。実施例1におけるピークパターンと同様であるため、ピーク1は基質であるXyl−PNPであり、ピーク2はGalβ1−4Xylβ−PNPであり、ピーク3はGalβ1−3Galβ1−4Xylβ−PNPであると考えられる。
また、図12は、MSクロマトグラフ(m/z=770)の結果を表している。後述するマススペクトル等の結果より、ピーク4は、合成された四糖(GlcAβ1−3Galβ1−3Galβ1−4Xylβ−PNP)であると考えられる。
【0084】
図13は、マススペクトル(MS)の結果をあらわしている。合成される四糖構造はカルボン酸を構造内に持つGlcAが含まれているため、MS分析においてNegative modeで検出されやすい。そこで、マススペクトルにおいてNegative分析を行った。マススペクトルの結果、m/z=770が検出された。
これは、反応生成物であるGlcAβ1−3Galβ1−3Galβ1−4Xylβ−PNPの分子量は771であり、MSで検出された([M−H]−, m/z=770)に相当する。
【0085】
図14は、m/z=770に関してのMSMS分析を行なった結果である。ここから、元構造に関連したフラグメントが得られたことがわかり、ピーク4が合成物質であるGlcAβ1−3Galβ1−3Galβ1−3Xylβ−PNPであることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0086】
本発明は、1チップのマイクロリアクター上で連続的な酵素反応を行なう方法、及びそのマイクロリアクターが使用されるあらゆる分野に利用することができる。例えば、臨床検査キット、臨床検査装置、製薬、分析機器、などの分野において、好適に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0087】
【図1】堰止め部の一例を示す模式的な断面図である。
【図2】本実施例で用いるマイクロリアクターの模式的な概念図である。
【図3】本実施例で用いる分析系の機能ブロック図である。
【図4】UVクロマトグラフ(214nm)のピークを表わす図である。
【図5】図4のピーク1のマススペクトルの結果を表わす図である。
【図6】図4のピーク2のマススペクトルの結果を表わす図である。
【図7】図4のピーク2のMSMS分析の結果を表わす図である。
【図8】UVクロマトグラフ(214nm)のピークを表わす図である。
【図9】図8のピーク3のマススペクトルの結果を表わす図である。
【図10】図8のピーク3のMSMS分析の結果を表わす図である。
【図11】UVクロマトグラフ(214nm)のピークを表わす図である。
【図12】m/z=770MSクロマトグラフのピークを表わす図である。
【図13】図12のピークのマススペクトルの結果を表わす図である。
【図14】図12のピークのMSMS分析の結果を表わす図である。
【符号の説明】
【0088】
1 基材
2 マイクロチャンネル
3,3a,3b,3c 反応場
4 堰止め部
5 担体
6 側道部
10 マイクロリアクター

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と基材に形成されたマイクロチャンネルとを有するマイクロリアクターにおいて、該マイクロチャンネルが、直列に配設された複数の反応場を有し、
該反応場が、酵素を固定した担体と、該担体の流れを止める堰止め部とを有する
ことを特徴とする、マイクロリアクター。
【請求項2】
上記反応場に上記担体を挿入する側道を備える
ことを特徴とする、請求項1記載のマイクロリアクター。
【請求項3】
請求項1記載のマイクロリアクターに、
前記酵素と接触して酵素反応を生じうる原料物質を含有する組成物を供給し、複数段階の酵素反応を行なう
ことを特徴とする、多段階酵素反応方法。
【請求項4】
請求項3の多段階酵素反応方法によって、糖鎖を合成する
ことを特徴とする、糖鎖連続合成方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2008−271876(P2008−271876A)
【公開日】平成20年11月13日(2008.11.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−120089(P2007−120089)
【出願日】平成19年4月27日(2007.4.27)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の補助金の成果に係る特許出願(平成18年度、文部科学省科学研究費補助金特定領域研究(18038050)、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受けるもの)
【出願人】(000005968)三菱化学株式会社 (4,356)
【Fターム(参考)】