説明

マグネシウム合金部材の締結構造

【課題】
安価な電食対策、締結軸力向上が可能なマグネシウム合金部材の締結構造を提供すること。
【解決手段】
マグネシウム合金部材と、該マグネシウム合金部材を基体に固定するボルトとを有するマグネシウム合金部材の締結構造において、マグネシウム合金製又はアルミニウム合金製の板の表面を陽極酸化処理し、板金プレス又は切り出しによって成形した座金を用いること、マグネシウム合金部材のボルト締結部周辺が、圧縮加工によって凹部が形成され、加工硬化していること、該マグネシウム合金製又はアルミニウム合金製の座金が該マグネシウム合金部材の加工硬化している凹部に固着されていること、及び鉄製、ステンレススチール製、チタン製又は銅製のボルトを用いることからなる、マグネシウム合金部材の締結構造。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はマグネシウム合金部材の締結構造に関し、具体的には軽量化を必要とする自動車、携帯電話、ノート型パソコンなどの民生電機・情報機器、電動工具、汎用エンジンなどの産業機械等において、ボルトを用いてマグネシウム合金部材を他部材に固定するマグネシウム合金部材の締結構造に関する。
【背景技術】
【0002】
マグネシウム合金部材を他部材に締結させた場合に二つの問題がある。一つは、マグネシウム合金部材と鉄ボルト等との直接接触及び水分による電食の発生であり、もう一つは、締結部の残存軸力の低さである。前者に対してはマグネシウム合金部材に塗装等の表面処理を行うこと(例えば、特許文献1、2及び3参照)、鉄ボルトに亜鉛メッキやコーティングを行うこと(例えば、特許文献4及び5参照)、ボルト材自身をアルミニウム合金やマグネシウム合金にすること(例えば、特許文献3参照)等によって電食を抑制することが実施されている。
【特許文献1】特開2002−188616号公報
【特許文献2】特開2003−253480号公報
【特許文献3】特開2005−121098号公報
【特許文献4】特開2006−077953号公報
【特許文献5】特開2006−242213号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかし、塗装や表面処理は何らかの要因で剥がれることがあり、アルミニウム合金やマグネシウム合金のボルトは強度的に弱いので重要部材の締結には敬遠される傾向にある。また、座金にアルマイト板を使うことがあるが一般に高価で顧客により他材に変更されてしまうことがある。電食はボルト脱落の原因にもなる深刻な事象であり、これに対する安価で確実な対策が確立されていないことがマグネシウム合金部材の需要拡大のネックになっている。
【0004】
締結部の残存軸力の低さについては、マグネシウム合金部材の残存締結力はアルミニウム合金部材の残存締結力と比較して30%程度低いため、アルミニウム合金部材をマグネシウム合金部材に変更する際に締結部の設計仕様を変更する必要が生じる。そのため、自動車の部品については、新たに試作金型を作製して検証する必要が生じ、多額の開発コストと開発時間が必要となる。このこともマグネシウム合金部材の需要拡大のネックになっている。
【0005】
マグネシウム合金の締結力アップのためには、材質として耐力、ヤング率、クリープ強度の向上したものを用いること、締結方法として座金等を用いる締結座面の拡大が挙げられる。ヤング率は合金の一次物性であるのでヤング率の向上は難しい。クリープ強度については多くの耐クリープ性マグネシウム合金が開発されている。しかし、耐力を向上させる試みはなされていない。また、締結座面の拡大については設計上の制約が大きく、この方法にだけ依存することは上記の試作開発に通じてしまう。
【0006】
本発明は、安価な電食対策、締結軸力向上が可能なマグネシウム合金部材の締結構造を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは上記の目的を達成するための方策を種々検討した結果、次の知見を得るに到った。すなわち電食対策が必要な箇所については、鉄とマグネシウムとの直接接触を避ける締結構造であることが最も適していると判断され、そのためには表面を陽極酸化処理した座金を用いることが最も安価であると判断された。さらに締結部材は顧客等により無造作に変えられる可能性があり、その防止策として座金をマグネシウム合金部材側に接着あるいは溶着してしまうことを考えた。
【0008】
次に締結軸力の向上であるが、マグネシウム合金ダイカスト部材の場合、鋳造成形で各部位の強度は一義的に決まってしまうので締結部だけ耐力を向上させることができない。そこで締結部のみを圧縮変形させて加工硬化させることにより該締結部の耐力を向上させることができる。
【0009】
即ち、本発明のマグネシウム合金部材の締結構造は、マグネシウム合金部材と、該マグネシウム合金部材を基体に固定するボルトとを有するマグネシウム合金部材の締結構造において、
マグネシウム合金製又はアルミニウム合金製の板の表面を陽極酸化処理し、板金プレス又は切り出しによって成形した座金を用いること、
マグネシウム合金部材のボルト締結部周辺が、圧縮加工によって凹部が形成され、加工硬化していること、
該マグネシウム合金製又はアルミニウム合金製の座金が該マグネシウム合金部材の加工硬化している凹部に固着されていること、及び
鉄製、ステンレススチール製、チタン製又は銅製のボルトを用いること、
を特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明のマグネシウム合金部材の締結構造により安価な電食対策、締結軸力向上が可能になり、アルミニウム合金ダイカスト部材の締結と同等の信頼性を確保することができることになり、自動車、携帯電話、ノート型パソコンなどの民生電機・情報機器、電動工具、汎用エンジンなどの産業機械の軽量化の進展が可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
マグネシウム合金部材の電食対策が必要な箇所については電食の発生要因である異種金属との直接接触、水分の何れかを確実に排除することが必要である。それには座面に非電導性の樹脂製、セラミックス製等の座金を用いることが挙げられるが、座金の割れ等の問題が懸念される。そこで金属座金への非電導性のコーティングが考えられるが、塗装は使用時に剥がれる可能性がある。それで、表面を陽極酸化処理したマグネシウム合金製又はアルミニウム合金製の座金を用いることが好適である。
【0012】
しかし、一般にアルマイト座金は高価であり、入手できる形状に自由度がない。それで本発明においては、マグネシウム合金製又はアルミニウム合金製の板、好ましくはダイカスト鋳造によって作製したマグネシウム合金製又はアルミニウム合金製の板の表面を陽極酸化処理し、板金プレス又は切り出しによって所望の形状に成形した座金を用いる。従って、設計上許される形状で、従来の座金・ワッシャーの形状にこだわることなく座面積の拡大を図ることもできる。この場合、座金の側面が陽極酸化処理されていなくても電食対策上問題はない。また、ダイカスト鋳造のアルミニウム合金製の座金を用いた場合には、鉄ボルトでの締結でも深刻な電食は生じておらず、ダイカスト鋳造のアルミニウム合金製の座金表面のアルマイトが万一剥がれた場合でも安全である。
【0013】
マグネシウム合金製又はアルミニウム合金製板の表面の陽極酸化処理は周知のいずれの陽極酸化処理でも実施することができ、本発明においては陽極酸化処理方法によって制限されるものではない。
【0014】
次に締結軸力の向上であるが、ダイカスト鋳造によって作製したマグネシウム合金部材の場合、鋳造成形で各部位の強度は一義的に決まってしまうので締結部周辺だけ耐力を向上させることはできない。そこで、マグネシウム合金部材のボルト締結部周辺のみを圧縮加工して凹部を形成し且つ加工硬化させることにより該締結部周辺の耐力を向上させることができる。この場合、マグネシウム合金の再結晶温度より低い473K以下の温度で圧縮加工を施すことにより加工硬化の度合いを大きくすることができ、締結強度を30%以上向上させることができる。例えば、自動車部品に多用されているAM50合金のダイカスト材においては、圧縮加工率20%での加工硬化により硬さを50%向上させることができ、締結強度も40%向上させることができる。アルミニウム合金ダイカスト部材に対してマグネシウム合金ダイカスト部材の締結軸力は30%程度低いので本発明によりマグネシウム合金ダイカスト部材は電食・締結軸力の双方においてアルミニウム合金ダイカスト部材と同等の信頼性を有することができる。
【0015】
なお、締結部材は顧客等により無造作に変えられる可能性があり、その防止策として、上記のようにして作製した座金をマグネシウム合金部材の加工硬化している凹部に接着剤又は溶着により固着させてしまうことが好適である。また、この場合、マグネシウム合金部材の加工硬化している凹部の形状と座金の形状とを同一にすることにより、外観上の違和感をなくし、悪戯で剥がされることも防止できる。
【0016】
本発明のマグネシウム合金部材の締結構造においては、マグネシウム合金部材のボルト締結部周辺に座金を重ねて圧縮加工することによってマグネシウム合金部材に凹部を形成させ且つ加工硬化させ、同時に該座金の一部又は全部を該マグネシウム合金部材の加工硬化している凹部に埋め込み、圧着させることもできる。
【0017】
また、本発明のマグネシウム合金部材の締結構造においては、マグネシウム合金部材のボルト締結部周辺に座金を固着させて圧縮加工することによってマグネシウム合金部材に凹部を形成させ且つ加工硬化させ、同時に該座金の一部又は全部を該マグネシウム合金部材の加工硬化している凹部に埋め込み、固着させることもできる。
【0018】
本発明のマグネシウム合金部材の締結構造においては、上記のような構成を採用しているので、鉄製、ステンレススチール製、チタン製又は銅製のボルトを用いても電食の問題は生じない。
【0019】
以下に実施例及び比較例に基づいて本発明を具体的に説明する。
実施例1〜6及び比較例1〜3
板厚2mmのアルミニウム圧延板(A7075=Al−5.5Zn−1.6Cu−1.5Mg−0.3Mn−0.2Ti)、ダイカスト鋳造によって製造した板厚2mm、A4サイズのマグネシウム合金板(AZ91=Mg−9Al−0.7Zn−0.2Mn)及びダイカスト鋳造によって製造した板厚2mm、A4サイズのアルミニウム合金板(ADC12=Al−11Si−2.5Cu)を準備した。これらの板材を陽極酸化処理し、板金プレスによって肉厚2mm、外径18mm、穴径10mmの座金を作製した。また、同形状の鉄(SS400)製の座金を準備した。
【0020】
マグネシウム締結部を模して、AM50合金(Mg−5Al−0.2Mn)ダイカスト板材から作製した肉厚15mm、□100×200mmの板材にその長手方向の中心線に沿って径10mmの貫通穴を四箇所設けて試験片とした。締結相手材としてADC12合金ダイカスト板材から作製した肉厚10mm、□100×200mmの板材に、AM50合金板材試験片の貫通穴に対応する位置に径10mmの貫通穴を設けて試験片とした。これらの試験片には化成処理は施さなかった。
【0021】
AM50合金板材試験片の締結部四箇所にそれぞれプレスによる圧縮加工によって外径18mm、深さ2mmの凹部を形成した。この凹部を形成したAM50合金板材試験片とADC12合金板材試験片とを重ね、その四箇所の凹部に、上記のA7075アルミニウム圧延板、ADC12アルミニウム合金ダイカスト板、AZ91マグネシウム合金ダイカスト板から作製した三種類の座金、及びSS400鉄製の座金をそれぞれ1個接着した。それらの試験片を10mm径の鉄製(亜鉛メッキなし)のボルトにて締結した。
【0022】
これらの締結構造について塩水噴霧試験法(JIS Z 2371)による塩水噴霧試験を行ない、塩水噴霧144時間後の締結部の肉厚減を測定した。その結果は第1表に示す通りであった。
【0023】
【表1】

【0024】
また、AM50合金板材試験片とADC12合金板材試験片とを重ね、第2表に示す材質の肉厚2mm、外径18mm、穴径10mmの座金をAM50合金板材試験片のボルト締結部周辺に接着させ、10mm径の鉄製(亜鉛メッキなし)のボルトにて締結した締結構造(比較例2及び比較例3)、第2表に示す材質の肉厚2mm、外径18mm、穴径10mmの座金をAM50合金板材試験片のボルト締結部周辺に接着させ、圧縮加工することによってAM50合金板材試験片に凹部を形成させ、加工硬化させ、同時に該座金の全部をAM50合金板材試験片の加工硬化している凹部に埋め込ませ、固着させたAM50合金板材試験片とADC12合金板材試験片とを重ね、10mm径の鉄製(亜鉛メッキなし)のボルトにて締結した締結構造(実施例4)、AM50合金板材試験片の締結部にプレスによる圧縮加工によって外径18mm、深さ2mmの凹部を形成し、この凹部を形成したAM50合金板材試験片とADC12合金板材試験片とを重ね、その凹部に第2表に示す材質の肉厚2mm、外径18mm、穴径10mmの座金を接着し、10mm径の鉄製(亜鉛メッキなし)のボルトにて締結した締結構造(実施例5及び6)について、ボルトをトルクレンチにて1000kgfで締結させ、24時間経過後のボルトをゆるめる時の残存締結力を測定した。その測定結果は第2表に示す通りであった。
【0025】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
マグネシウム合金部材と、該マグネシウム合金部材を基体に固定するボルトとを有するマグネシウム合金部材の締結構造において、
マグネシウム合金製又はアルミニウム合金製の板の表面を陽極酸化処理し、板金プレス又は切り出しによって成形した座金を用いること、
マグネシウム合金部材のボルト締結部周辺が、圧縮加工によって凹部が形成され、加工硬化していること、該マグネシウム合金製又はアルミニウム合金製の座金が該マグネシウム合金部材の加工硬化している凹部に固着されていること、及び
鉄製、ステンレススチール製、チタン製又は銅製のボルトを用いること、
を特徴とするマグネシウム合金部材の締結構造。
【請求項2】
ダイカスト鋳造によって作製したマグネシウム合金製又はアルミニウム合金製の板の表面を陽極酸化処理し、板金プレス又は切り出しによって成形した座金を用いることを特徴とする請求項1記載のマグネシウム合金部材の締結構造。
【請求項3】
マグネシウム合金部材のボルト締結部周辺が473K以下の温度での圧縮加工によって凹部が形成され、加工硬化していることを特徴とする請求項1又2記載のマグネシウム合金部材の締結構造。
【請求項4】
マグネシウム合金部材の加工硬化している凹部の形状と座金の形状とが同一であることを特徴とする請求項1、2又は3記載のマグネシウム合金部材の締結構造。
【請求項5】
固着が接着剤又は溶着によって実施されていることを特徴とする請求項1、2、3又は4記載のマグネシウム合金部材の締結構造。
【請求項6】
マグネシウム合金部材のボルト締結部周辺に座金を重ねて圧縮加工することによってマグネシウム合金部材に凹部が形成され、加工硬化しており、該座金の一部又は全部が該マグネシウム合金部材の加工硬化している凹部に埋め込まれ、圧着されていることを特徴とする請求項1、2、3又は4記載のマグネシウム合金部材の締結構造。
【請求項7】
マグネシウム合金部材のボルト締結部周辺に座金を固着させて圧縮加工することによってマグネシウム合金部材に凹部が形成され、加工硬化しており、該座金の一部又は全部が該マグネシウム合金部材の加工硬化している凹部に埋め込まれ、固着されていることを特徴とする請求項1、2、3、4又は5記載のマグネシウム合金部材の締結構造。

【公開番号】特開2008−261358(P2008−261358A)
【公開日】平成20年10月30日(2008.10.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−102584(P2007−102584)
【出願日】平成19年4月10日(2007.4.10)
【出願人】(000006183)三井金属鉱業株式会社 (1,121)
【Fターム(参考)】