説明

マグネシウム電池用電極材料とその製造方法、および該電極材料を用いた電極を用いる電池

【課題】マグネシウム電池用の負極として有用な電極材料、この電極材料を用いた電極を負極とする電池を提供する。
【解決手段】Mg初晶と共晶物を含む鋳造材等の初晶の選択的腐食反応を利用し、表面から所定の深さまで粒界に残存したネットワーク状の共晶物からなる多孔質状マグネシウム合金表面を有する電極材料とその製造方法。この電極材料を用いた電極を負極とし、この負極上に電解質及びセパレータを介して対向して設けられる正極を収容したハウジングからなる電池。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マグネシウム電池用電極材料とその製造方法、この電極材料を用いた電極を用いる電池に関する。本願発明の電池は、マグネシウムを活物質に用いるマグネシウム一次電池、マグネシウム空気電池、およびマグネシウム二次電池であることができる。
【背景技術】
【0002】
従来、携帯電話、ノートパソコン、デジタルカメラなどの携帯型電子機器向け電池として電池が使用されてきた。近年では大型のエネルギー貯蔵用途として、ハイブリッド車や電気自動車、燃料電池車などの自動車向けと、電力の送配電網や工場、一般家庭などに設置する定置向けである。これらの新用途に向けた電池には、従来の携帯型電子機器向けと比較して、高エネルギー密度(単位体積/重量に蓄えられるエネルギー量)、高出力密度(瞬間的に出力できるエネルギー量)、長充放電サイクル寿命、低コスト、そして高い安全性が必要とされる。
【0003】
電池は一次電池、二次電池、及び燃料電池に大別される。一次電池は一度しか使えず、Mn電池、アルカリMn電池、Li電池、Ag電池などがある。二次電池は充電を行うことで繰り返し使用でき、Pb電池、Ni-Cd電池、Ni水素電池、Liイオン電池、Liポリマー電池などがある。燃料電池は、H2とO2の反応を利用して電力を得るタイプで、リン酸型、溶融塩型、固体電解質型などがある。
【0004】
電池の中では、Li電池のLiが有する酸化還元電位が金属の中で最も卑(3.03V)であり、エネルギー密度が非常に高い電池として注目されている(例えば、特許文献1)。しかし、Liの確認埋蔵量は1,100万トン程度と少なく、偏在性が高いという欠点がある。さらに、Li金属は反応性が極めて高いため、安全性を確保することが難しく、電解液に水を使えないという問題点がある。
【0005】
これに対してMgは、Li程ではないが酸化還元電位は比較的高く(2.76V)、電解液に水も使える上に資源量も豊富であり、理想的な電池用の負極材料と言え、近年注目されてきている (特許文献2、3、4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平8-321310号公報
【特許文献2】特表2006-505109号公報
【特許文献3】特開2009-117126号公報
【特許文献4】特開2005-228589号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
一般に電池の負極材の形態としては、表面積を大きくするために多孔質であることが望まれる。特許文献2に記載の電池における負極は、例えば、黒鉛複合構造の中にマグネシウム金属等がインターカレートされたものである。また、特許文献3、4に記載の電池における負極は、例えば、マグネシウム金属板である。マグネシウム金属を含有する板などで負極を形成する場合、圧延材などでは表面が平滑であるために十分な特性が得られないという課題があった。
【0008】
従来、金属表面の形態制御方法に関しては、熱的、機械的、物理的、電気化学的、あるいは化学的な手法を単独あるいは複合して用いられてきた。たとえば特許文献1に示されるように、母材となる箔もしくは板状の金属材料に対して、電解酸化や酸素などを含んだ雰囲気、あるいは各種プラズマや電磁波を用いて融点以下で加熱して表面酸化物を生成させた後、電解還元や水素を含んだ雰囲気、あるいは前記同様の励起源を用いて還元処理を施すことにより、平均直径3μm以下の細孔が母材の金属材料に形成される。
【0009】
熱的手法に関しては、素材前駆体を不活性あるいは還元生雰囲気で各種の熱源を用いて加熱することで揮発成分を昇華あるいは熱分解させる。機械的手法としてのショットブラストに関しては、ガラスや金属の微細なメディアを対象とする素材表面に投射することにより、所定の凹凸面を形成することができる。物理的手法としてのイオンエッチングに関しては、真空チャンバー内を減圧した後にArなどを所定圧力まで導入して電場を加えてグロー放電を起こさせ、生成した電離ガスイオンを負のバイアスを印加された素材表面にスパッタリングさせることにより、素材金属表面に付着している不純物のクリーニングや酸化物の除去、さらに所定深さまでエッチングさせることができる(図3)。
【0010】
しかし、従来の手法では、それぞれ以下の問題点を有していた。熱的手法は材料の構造変化や熱変形を伴う。機械的手法は表面へのひずみの蓄積や局所的ダメージを伴う。物理的手法は特別な真空チャンバーや排気システムを必要とする。電気化学的手法は高価な電源装置や電力を必要とする、などの問題点を有していた。また、比較液安価な化学的手法によっても、素材が単相からなる単結晶、多結晶、あるいはアモルファス材料の場合は、腐食液に浸漬しても溶解が全面にわたりほぼ均一に進行するため、表面形態を多孔質に制御することが不可能であった。また、特殊な手法により二次元あるいは三次元構造の金属材料を作製する手法が報告されているが、いずれも高価な装置を用いるために量産技術として確立していない。
【0011】
本発明は上記したような課題に鑑みなされたものであって、表面積が大きく、高エネルギー密度の優れた性能のMg電池用負極として使用できる電極材料と、その製造方法を提供することを目的とする。さらに本発明は、前記電極材料で負極を構成したMg電池を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本願発明者は、上記した課題を解決すべく、鋭意研究を重ねた結果、負極となるMg合金薄板、箔、もしくは粉を表面から中心部に向けて、合金素材の表面から厚さ5〜25%または合金素材の直径の5〜25%の範囲の深さまで多数の細孔が形成された多孔質金属を負極とすることにより高エネルギー密度の二次電池が得られることを見いだした。また、細孔を多数形成する手法として、酸による選択的な腐食反応を利用することが低コストあることを見出した。これらの知見に基づいて本発明は完成された。
【0013】
本発明は以下のとおりである。
[1]
初晶マグネシウム相と晶出物からなる混合組織を有するマグネシウム合金素材をマグネシウム腐食性溶液に浸漬して、前記鋳造材に含まれるマグネシウムを溶解して、前記素材の表面の少なくとも一部に多孔質層を形成することを含む、多孔質層を有するマグネシウム合金素材からなる電極材料の製造方法。
[2]
前記多孔質層は、少なくとも一部が前記マグネシウム合金鋳造材の晶出物からなる[1]に記載の製造方法。
[3]
マグネシウム腐食性溶液が塩酸、硝酸、酢酸、硫酸、フッ酸、リン酸、およびクロム酸の一種若しくは二種類以上の酸を含む酸性水溶液、またはメタノール、エタノール、イソプロピルアルコール、エチレングリコール、およびグリセリンの一種若しくは二種類以上のアルコールを含むアルコール溶液である[1]または[2]に記載の製造方法。
[4]
前記マグネシウム合金素材は、マグネシウム合金の鋳造材である[1]〜[3]のいずれかに記載の製造方法。
[5]
初晶マグネシウム相と晶出物からなる混合組織を有するマグネシウム合金素材で構成され、かつ少なくとも一部の表面に多孔質層を有する電極材料であって、前記多孔質層は、少なくとも一部が前記マグネシウム合金の晶出物からなる電極材料。
[6]
前記マグネシウム合金素材は、マグネシウム合金の鋳造材である[5]に記載の製造方法。
[7]
前記晶出物は、過飽和マグネシウム固溶体と金属間化合物を含む、[5]または[6]に記載の電極材料。
[8]
前記多孔質層の厚さは、合金素材の表面から厚さ5〜25%または合金素材の直径の5〜25%の範囲である、[5]〜[7]のいずれかに記載の電極材料。
[9]
レーザー顕微鏡により200μm×250μmの面積について測定した表面積から算出した表面積/面積が2〜10の範囲である、[5]〜[8]のいずれかに記載の電極材料。
[10]
前記電極材料は、粉末、薄板または箔状である、[5]〜[9]のいずれかに記載の電極材料。
[11]
前記マグネシウム合金は、マグネシウムと少なくともアルミニウム、亜鉛、マンガン、ケイ素、希土類元素、カルシウム、ストロンチウム、スズ、ゲルマニウム、リチウム、ジルコニウム、ベリリウムから成る群から選ばれる少なくとも1種の金属からなる、[5]〜[10]のいずれかに記載の電極材料。
[12]
初晶マグネシウム相の含有量が10〜90%の範囲であり、晶出物の含有量が10〜90%の範囲である、[5]〜[11]のいずれかに記載の電極材料。
[13]
過飽和マグネシウム固溶体の含有量が10〜90%の範囲であり、金属間化合物の含有量が10〜90%の範囲である、[7]に記載の電極材料。
[14]
前記電極材料が[5]〜[13]のいずれかに記載の電極材料である、[1]〜[4]のいずれかに記載の製造方法。
[15]
[1]〜[4]及び[14]のいずれかに記載の方法で製造された電極材料または[5]〜[13]のいずれかに記載の電極材料を用いた負極、この負極上に電解質およびセパレータを介して対向して設けられる正極を含む電池。
[16]
前記負極、電解質、セパレータ及び正極を1組または2組以上収容するハウジングを有する[15]に記載の電池。
[17]
一次電池、または二次電池である、[15]または[16]に記載の電池。
[18]
[1]〜[4]及び[14]のいずれかに記載の方法で製造された電極材料または[5]〜[13]のいずれかに記載の電極材料を用いた負極、この負極上に電解質および対向して設けられる空気極を含む空気電池。
[19]
前記負極、電解質、及び空気極を1組または2組以上収容するハウジングを有する[18]に記載の空気電池。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、安価な鋳造プロセスで得られる金属素材に対して、入手しやすい化学物質と溶液を用い、比較的短時間で、かつ特別な装置を使用せずに表面形態を任意の多孔質に制御することで、低コストでMg電池用負極として利用できる電極材料を製造することが可能であり、かつ製造された電極材料は、表面にマグネシウムを含有するマグネシウム合金の多孔質層を有することから、反応効率の高いMg電池用負極材となり得る。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の一実施例による化学的エッチングの概念図である。
【図2】処理前後の表面近傍拡大模式図である。
【図3】従来の表面形態制御方法の一例であるArスパッタエッチングの概念図である。
【図4】実施例における、各種処理液への浸漬時間と重量減少率との関係を示す。
【図5】実施例において得られたMg合金表面の走査型電子顕微鏡による二次電子観察像である。
【図6】実施例において調製した、表面制御されたMg合金素材を作用極に用いた場合のMg二次電池負極特性を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
[電極材料の製造方法]
本発明の電極材料の製造方法は、初晶マグネシウム相と晶出物からなる混合組織を有するマグネシウム合金素材をマグネシウム腐食性溶液に浸漬して、前記素材に含まれるマグネシウムを溶解して、前記素材の表面の少なくとも一部に多孔質層を形成することを含むものであり、この製造方法により、多孔質層を有するマグネシウム合金素材からなる電極材料を製造することができる。
【0017】
<マグネシウム合金素材>
本発明の製造方法では、電極材料の原料として初晶マグネシウム相(以下、Mg初晶と表記することがある)と晶出物からなる混合組織を有するマグネシウム合金素材を用いる。マグネシウム合金は、金属マグネシウムを主成分とし、マグネシウム以外の金属を副成分として含有する合金である。副成分として含有することができる金属には制限はないが、Mg初晶と晶出物からなる混合組織を有するマグネシウム合金素材とした場合に、初晶と晶出物を含有し、晶出物は、マグネシウム腐食性溶液に浸漬したときの溶解性が、Mg初晶に比べて高い合金であればよい。そのような溶解性を有する材料であれば、マグネシウム合金素材の表面の少なくとも一部に多孔質層を形成することができるからである。前記晶出物は、例えば、過飽和マグネシウム固溶体と金属間化合物を含むものであることができる。副成分として含有することができる金属は、例えば、アルミニウム、亜鉛、マンガン、ケイ素、希土類元素、カルシウム、ストロンチウム、スズ、ゲルマニウム、リチウム、ジルコニウム、ベリリウムから成る群から選ばれる少なくとも1種の金属であることができ、前記マグネシウム合金は、マグネシウムと少なくともアルミニウム、亜鉛、マンガン、ケイ素、希土類元素、カルシウム、ストロンチウム、スズ、ゲルマニウム、リチウム、ジルコニウム、ベリリウムから成る群から選ばれる少なくとも1種の金属からなるものであることができる。なお,鉄,銅,ニッケル,塩素は不純物として含まれることができる。
【0018】
Mg初晶と晶出物からなる混合組織を有するマグネシウム合金素材は、例えば、代表的には、鋳造材であることができる。但し、鋳造材以外に、展伸または粉末冶金プロセス等を経た合金素材であっても、Mg初晶と晶出物からなる混合組織を有するマグネシウム合金素材であれば、同様に、出発原料として用いることができる。
【0019】
出発原料であるマグネシウム合金の鋳造材の具体例としては、以下に示すもののような全世界で入手しやすく安価なMg-Al系合金新塊あるいは再生塊インゴットが望ましい。但し、上述のように、粒界晶出物の酸に対する耐食性が初晶Mg相よりも高ければ、その他の各種Mg合金であっても同様に、マグネシウム腐食性溶液への浸漬により、多孔質層を形成することができる。鋳造材中の初晶Mg相と粒界晶出物の存在量及び存在状態(組織)は、合金組成及び鋳造方法(条件)により適宜調整することができ、多孔質層を調製するという観点からは、初晶Mg相の結晶粒径が0.1mm以下で粒界晶出物の被覆率が0.5以上であることが好ましい。
【0020】
AZ91:Mg-9mass%Al-0.7mass%Zn-0.3mass%Mn
AZ80:Mg-8mass%Al-0.7mass%Zn-0.3mass%Mn
AZ61:Mg-6mass%Al-1mass%Zn-0.3mass%Mn
AZ31:Mg-3mass%Al-1mass%Zn
AM60:Mg-6mass%Al-0.3mass%Mn
AM50:Mg-5mass%Al-0.3mass%Mn
AS41:Mg-4mass%Al-1mass%Si-0.4mass%Mn
【0021】
これらインゴットを目的とする電極材料の形態に応じて、粉末、薄板、または箔状等に適宜加工することができる。
【0022】
例えば、粉末は、1)インゴットを旋盤などで機械的に切削後、分級して直径0.1mm以下の微粉を取り除く機械的粉末製造法、2)いったん溶解させた状態から急冷操作により直径数十μm程度に粉末化する溶融るつぼ遠心法、溶解電極遠心法、遠心アトマイズ法、ガスアトマイズ法、噴霧ロール法などにより作製される。
【0023】
また薄板は、1)厚さ数百mm程度のインゴットあるいはスラブを熱間圧延により5mm程度の厚みを持つ端板状の製品あるいはホットコイルにした後、冷間圧延で1mm弱程度の板厚まで仕上げる圧延法、2)インゴットやビレットを熱間でダイスを通して1mm弱程度の板厚まで仕上げる押出法、3)溶湯を直接ロールに導き一気に圧延することで薄板を製造するストリップキャスティング法、4)溶湯を金型内に高速で射出するダイカストなどの高圧鋳造法により作製される。
【0024】
また箔は、1)冷間圧延した薄板をさらに0.1mm未満の厚さまで仕上げる圧延法、2)溶湯をスリット状のノズルからガス圧により高速回転する水冷したCu製ドラムに噴射して急速に凝固させて0.1mm未満の箔を得る急冷凝固箔帯製造法で製造される。
【0025】
<マグネシウム腐食性溶液への浸漬>
以下、マグネシウム合金素材が鋳造材である場合を例に説明する。例えば、上記の手法で作製された、粉、薄板、または箔等のマグネシウム合金の鋳造材をマグネシウム腐食性溶液に浸漬する。マグネシウム腐食性溶液は、溶質元素をほとんど固相していないMgの初晶を、鋳造材中のMg初晶以外の相に比べて、選択的に溶解する溶液である。そのようなはマグネシウム腐食性溶液は、例えば、酸水溶液またはアルコール溶液であることができる。酸水溶液としては、例えば、塩酸、硝酸、酢酸、硫酸、フッ酸、リン酸、およびクロム酸の一種若しくは二種類以上の酸を含む酸水溶液を挙げることができる。酸水溶液における酸の濃度は、使用するマグネシウム合金の鋳造材の種類や浸漬温度、時間、所望の多孔質層の構造や厚み等を考慮して適宜決定することができる。酸水溶液における酸の濃度は、例えば、0.5〜50%の範囲であることができる。また、アルコール溶液としては、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール、エチレングリコール、グリセリン等のアルコールを含有する溶液を挙げることができる。アルコールは、一種若しくは二種類以上の混合物として用いることができる。アルコール溶液におけるアルコールの濃度は、使用するマグネシウム合金の鋳造材の種類や浸漬温度、時間、所望の多孔質層の構造や厚み等を考慮して適宜決定することができる。アルコール溶液におけるアルコールの濃度は、例えば、1〜99%の範囲であることができる。また、これらの酸水溶液とアルコールを混合して用いることもできる。
【0026】
マグネシウム腐食性溶液への浸漬条件(例えば、温度及び時間)は、使用するマグネシウム合金の鋳造材の種類や浸漬温度、時間、所望の多孔質層の構造や厚み等を考慮して適宜決定することができる。浸漬温度は、例えば、1〜90℃の範囲とすることができる。浸漬時間は、例えば、0.1〜100分の範囲とすることができる。マグネシウム腐食性溶液への浸漬条件を調整することで、多孔質層の厚みを適宜調整することができる。
【0027】
上記マグネシウム腐食性溶液に、所定の形状及び寸法に調整されたマグネシウム合金の鋳造材を浸漬することで、表面から所定の深さまで多孔質層を形成できる。多孔質層の形成は、鋳造材中の粒界に共晶反応で晶出した化合物のみで構成されたネットワーク状の多孔質層を形成する(そのため純MgではなくMg合金を用いる)。従って、前記多孔質層は、少なくとも一部がマグネシウム合金鋳造材の晶出物からなるものであることができる。マグネシウム腐食性溶液は、上述のようにMg初晶を鋳造材中のMg初晶以外の相に比べて選択的に溶解する溶液であるため、鋳造材中のMg初晶は表面から順次溶解し、マグネシウム合金鋳造材の晶出物が溶解せずに残り、その結果、多孔質層を形成する。マグネシウム腐食性溶液への浸漬時間が長くなればそれだけ、多孔質層の厚みは増すことになる。晶出物はマグネシウム腐食性溶液には溶解しないので、マグネシウム腐食性溶液への浸漬時間が長くなっても晶出物からなる構造に大きな変化はなく、結果として、多孔質層が形成される。多孔質層の厚みは、製造された電極材料の用途によって適宜選択できるが、例えば、1〜50μmの範囲で選択できる。多孔質層は、表面積が大きく、電極として用いる場合、表面における固液反応(電荷移動)面積が増大し、電流密度が増加する。また、多孔質層には晶出物と共に未溶出のMg初晶も存在する場合があり、多孔質層中の晶出物に含まれるマグネシウムと未溶出のMg初晶に含まれるマグネシウムが、マグネシウムイオンとして溶解することで負極として機能する。
【0028】
鋳造材は、Mg初晶と前記晶出物を含有するものであることができる。Mg初晶の含有量が10〜90%の範囲であり、晶出物の含有量が10〜90%の範囲である。晶出物は、過飽和マグネシウム固溶体と金属間化合物を含むものであることができる。過飽和マグネシウム固溶体と金属間化合物を含む晶出物においては、過飽和マグネシウム固溶体の含有量は10〜90%の範囲であり、金属間化合物の含有量は10〜90%の範囲である。
【0029】
Mg-Al系合金が凝固する過程において共晶反応により主として粒界に晶出する過飽和Mgと金属間化合物Mg17Al12(β相)は、初晶Mg(α相)等に比べて耐食性が高いことから、酸処理によってネットワーク状の形状を維持することで多孔質層の形成が可能となる。このβ相はAl含有量が高いほど体積率が増加し、特にAZ91合金では粒界でのネットワーク構造が発達した組織をすることが可能である。しかし、この粒界のβ相は溶体化熱処理により初晶に固溶してネットワーク構造が失われることから、薄板状に加工するための熱処理を必要とする圧延や押し出しよりも、高圧鋳造、ストリップキャスト、あるいは急冷凝固箔帯法などの鋳造したままの組織を用いる方が望ましい。また、Alを含まないMg合金であっても、粒界にネットワーク上に晶出する化合物が初晶α相よりも高い耐食性を有する組成であれば、同様の機構により、多孔質層を形成することができることは言うまでもない。
【0030】
本発明の製造方法における多孔質層の形成を図に基づいて説明する。
図1において、マグネシウム合金素材Mをマグネシウム腐食性溶液の例であるHCl水溶液中に浸漬すると、合金成分である金属イオンが溶液中に溶解するとともに、H2が発生する。この際の素材表面近傍におけるミクロ組織の模式図を図2に示す。鋳造時の晶出化合物β相は三次元構造を有しており、素材表面は初晶αとの複合組織となっている。この素材がHClに浸漬されると、表面に露出している耐食性の低いα相が選択的に溶解し、耐食性の高いβ相が三次元構造を維持したまま、多孔質状の形態に制御される。
【0031】
<後処理>
上記のようにマグネシウム腐食性溶液に浸漬して、表面から所定の深さまで多孔質層を形成したマグネシウム合金の鋳造材は、必要により、洗浄及び乾燥をすることで、本発明の電極材料とすることができる。
【0032】
[電極材料]
本発明は、マグネシウム合金素材で構成され、かつ少なくとも一部の表面に多孔質層を有する電極材料であって、前記多孔質層は、少なくとも一部が前記マグネシウム合金の晶出物からなる電極材料に関する。本発明の電極材料は上記本発明の製造方法により製造することができるものであり、マグネシウム合金素材の種類等については製造方法で説明したと同様である。
【0033】
本発明の電極材料が有する多孔質層の比表面積は、原料として用いるマグネシウム合金素材の組織(Mg初晶と晶出物の存在量と状態等)及びマグネシウム腐食性溶液への浸漬による多孔質層の形成条件により変動する。多孔質層は、レーザー顕微鏡により200μm×250μmの面積について測定した表面積から算出した表面積/面積が、例えば、2〜10の範囲であることができる。
【0034】
本発明の電極材料は、粉末、薄板または箔状であることができる。粉末は、一次粒子の平均粒子径が例えば、10nm〜2mmの範囲であることができる。薄板は、厚みが 0.1〜2mmの範囲であることができる。箔状は、厚みが1〜100μmの範囲であることができる。多孔層の厚さは、マグネシウム合金素材の表面から厚さ5〜25%または合金素材の直径の5〜25%の範囲とすることが、十分な厚さの多孔層とするという観点から適当である。
【0035】
本発明の電極材料は、そのまま電池の電極として用いることができる以外に、本発明の電極材料とそれ以外の炭素系や金属系粉末の導電助剤、およびバインダー材料を組合せて電池の電極として用いることもできる。本発明の電極材料とそれ以外の材料を組合せて電池の電極を構成する場合は、以下のようにすることができる。
【0036】
[電池]
本発明は、上記本発明の方法で製造された電極材料または本発明の電極材料を用いた負極、この負極上に電解質およびセパレータを介して対向して設けられる正極を含む電池に関する。本発明の電池は、前記負極、電解質、セパレータ及び正極を1組または2組以上収容するハウジングを有することができる。本発明のこの電池は、一次電池、または二次電池であることができる。
【0037】
上記本発明の方法で製造された電極材料または本発明の電極材料と、炭素系や金属系粉末の導電助剤、およびバインダー材料を組合せて作製した電極を負極とし、これに電解質、セパレータ及び正極を組合せることで、電池を構成できる。電解質は、少なくともマグネシウムイオンを含有するものであれば良く、例えば、電解液又は固体電解質からなることが好ましい。具体的には、例えば、Mg(AlCl2EtBu)2のテトラヒドロフラン(THF)溶液等を挙げることができる。セパレータは、例えば、ポリエチレングリコールからなるものを挙げることができる。但し、これに限定される意図ではない。
【0038】
正極としては、特許文献3に第1極として記載された電極を用いることができる。前記第1極は、活物質が、周期表1B族、2B族、6A族、7A族及び8族からなる群より選ばれた少なくとも1種の元素の化合物からなり、前記電解質と前記活物質との間の相互作用によって前記イオンの吸蔵又は放出が行われるように構成したものであることができる。前記活物質は、一般式(1)MXで表される金属酸化物又は金属硫化物、或いはこれらのうち少なくとも二種以上の混合物であることが望ましい。一般式(1)において、Mは、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu 、Zn、Pd、Ag、Pt又はAuであり、Xは、O又はSである。一般式(1)における前記Mとしては、特にCo、Cu、Fe、Niが好ましい。これは、より高容量が得られるためである。一般式(1)で表される前記金属酸化物又は金属硫化物において、MとXとの元素比(M/X)が0.3〜3であることが好ましく、より好ましくは0.5〜0.7である。
【0039】
前記活物質の平均一次粒子径が1nm以上、100μm以下であることが好ましく、より好ましくは1〜1000nmであり、更に好ましくは10〜300nmである。前記活物質の表面積が大きい程、前記イオンとの前記相互作用に関わる反応面積が増えるので、前記活物質の平均一次粒子径は小さい程望ましく、特にナノオーダーが望ましい。
【0040】
さらに、前記活物質が非導電性なので電気化学反応をスムーズに進行させるために、前記第1極が、前記活物質と導電材料と高分子バインダーとの混合物によって形成されていることが好ましい。前記導電材料としては、例えばグラファイトとカーボンの混合物等が挙げられる。前記高分子バインダーは、前記活物質と前記導電材料とを結着させるためであり、その材質としては特に限定されないが、例えばポリフッ化ビニリデン(PVdF)等が挙げられる。
【0041】
本発明は、空気電池も包含し、本発明の方法で製造された電極材料または本発明の電極材料を用いた負極、この負極上に電解質および対向して設けられる空気極を含むものである。空気電池は金属-空気電池と呼ばれることもある。空気電池は、正極として空気中の酸素を用い、空気中の酸素を正極として用いるための空気極を構成する触媒材料を用いる。空気電池は、充放電が可能な電池である。空気電池は、正極部分に相当する材料の容積を小さくでき、電池の軽量化、コンパクト化が可能である。空気電池は、前記負極、電解質、及び空気極を1組または2組以上収容するハウジングを有するものであることもできる。
【実施例】
【0042】
以下、本発明を実施例によりさらに説明する。
実施例1
素材として汎用Mg合金であるAZ91を高圧鋳造により0.5mmの肉厚の形状に成形した平板を用い、10mm×30mm切断後、両面を#800のエメリー紙で研磨してエタノールで脱脂した小片を準備した。腐食液として100mLのHCl水溶液(濃度1%)、酢酸エタノール溶液(混合組成、酢酸20v/v%、エタノール80v/v%)、およびNaCl水溶液(濃度20%)を用い、室温(20℃)にて、ビーカー(200mL)内に所定時間小片を浸漬して表面の多孔質層形成を行った。図4に各腐食液中に浸漬した時間と小片の重量減少量を示す。
【0043】
上記の中から、酢酸エタノール溶液に44分間浸漬した試料を水洗及び乾燥した後、その表面を走査型電子顕微鏡で二次電子像を観察した。結果を図5に示す。(1)の浸漬処理前に比較して、(3)の浸漬処理後は、表面が多孔質化していることが分かる。(2)にはHCl水溶液での浸漬処理後の写真も示す。(2)の浸漬処理後も、表面が多孔質化していることが分かる。上記酢酸エタノール溶液処理試料について、レーザー顕微鏡により200μm×250μmの面積における表面積を測定した。その結果、表面積/面積の値が、浸漬前は1.23であったものが、3.01まで大幅に増大していることが判明した。この試料を切断し断面構造から、多孔質化した部分(多孔質層)の厚みは、約20μmであった。
【0044】
実施例2
実施例1で酢酸エタノール溶液に44分間浸漬して調製した試料を作用極とし、Ptを対極、純Mgを参照極に用いた3電極セルを構成し、Mg(ClO4)2を溶解したPC(プロピルカーボネート)を電解質溶液として、走査速度5mV/sでCV(サイクリックボルタンメトリー)により作用極の電極特性を評価した。その結果を図5(下図)に示す。上図は浸漬処理前の小片を作用極とした場合である。多孔質層の形成により酸化および還元電流密度のいずれもが大幅に増大していることが確認された。この理由は、作用極の表面積が増大したことによる反応面積の増大によると考えられる。この結果、本発明の電極材料は、Mg二次電池用負極材に好適に利用できることが分かった。
【0045】
なお処理前の素材形状としては、初晶マグネシウム相とそれよりも耐食性に優れる晶出物からなる混合組織であることが必要条件であるため、上記実施例で述べた薄板の他に、箔、粉であっても同様の効果が期待できる。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明のマグネシウム電池は電流密度が高いため、携帯機器や情報機器等の電子機器のみならず、ハイブリッド車、プラグイン・ハイブリッド、電気自動車、燃料電池車などの自動車用電源として有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
初晶マグネシウム相と晶出物からなる混合組織を有するマグネシウム合金素材をマグネシウム腐食性溶液に浸漬して、前記鋳造材に含まれるマグネシウムを溶解して、前記素材の表面の少なくとも一部に多孔質層を形成することを含む、多孔質層を有するマグネシウム合金素材からなる電極材料の製造方法。
【請求項2】
前記多孔質層は、少なくとも一部が前記マグネシウム合金鋳造材の晶出物からなる請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
マグネシウム腐食性溶液が塩酸、硝酸、酢酸、硫酸、フッ酸、リン酸、およびクロム酸の一種若しくは二種類以上の酸を含む酸性水溶液、またはメタノール、エタノール、イソプロピルアルコール、エチレングリコール、およびグリセリンの一種若しくは二種類以上のアルコールを含むアルコール溶液である請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記マグネシウム合金素材は、マグネシウム合金の鋳造材である請求項1〜3のいずれかに記載の製造方法。
【請求項5】
初晶マグネシウム相と晶出物からなる混合組織を有するマグネシウム合金素材で構成され、かつ少なくとも一部の表面に多孔質層を有する電極材料であって、前記多孔質層は、少なくとも一部が前記マグネシウム合金の晶出物からなる電極材料。
【請求項6】
前記マグネシウム合金素材は、マグネシウム合金の鋳造材である請求項5に記載の製造方法。
【請求項7】
前記晶出物は、過飽和マグネシウム固溶体と金属間化合物を含む、請求項5または6に記載の電極材料。
【請求項8】
前記多孔質層の厚さは、合金素材の表面から厚さ5〜25%または合金素材の直径の5〜25%の範囲である、請求項5〜7のいずれかに記載の電極材料。
【請求項9】
レーザー顕微鏡により200μm×250μmの面積について測定した表面積から算出した表面積/面積が2〜10の範囲である、請求項5〜8のいずれかに記載の電極材料。
【請求項10】
前記電極材料は、粉末、薄板または箔状である、請求項5〜9のいずれかに記載の電極材料。
【請求項11】
前記マグネシウム合金は、マグネシウムと少なくともアルミニウム、亜鉛、マンガン、ケイ素、希土類元素、カルシウム、ストロンチウム、スズ、ゲルマニウム、リチウム、ジルコニウム、ベリリウムから成る群から選ばれる少なくとも1種の金属からなる、請求項5〜10のいずれかに記載の電極材料。
【請求項12】
初晶マグネシウム相の含有量が10〜90%の範囲であり、晶出物の含有量が10〜90%の範囲である、請求項5〜11のいずれかに記載の電極材料。
【請求項13】
過飽和マグネシウム固溶体の含有量が10〜90%の範囲であり、金属間化合物の含有量が10〜90%の範囲である、請求項7に記載の電極材料。
【請求項14】
前記電極材料が請求項5〜13のいずれかに記載の電極材料である、請求項1〜4のいずれかに記載の製造方法。
【請求項15】
請求項1〜4及び14のいずれかに記載の方法で製造された電極材料または請求項5〜13のいずれかに記載の電極材料を用いた負極、この負極上に電解質およびセパレータを介して対向して設けられる正極を含む電池。
【請求項16】
前記負極、電解質、セパレータ及び正極を1組または2組以上収容するハウジングを有する請求項15に記載の電池。
【請求項17】
一次電池、または二次電池である、請求項15または16に記載の電池。
【請求項18】
請求項1〜4及び14のいずれかに記載の方法で製造された電極材料または請求項5〜13のいずれかに記載の電極材料を用いた負極、この負極上に電解質および対向して設けられる空気極を含む空気電池。
【請求項19】
前記負極、電解質、及び空気極を1組または2組以上収容するハウジングを有する請求項18に記載の空気電池。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−249175(P2011−249175A)
【公開日】平成23年12月8日(2011.12.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−122229(P2010−122229)
【出願日】平成22年5月28日(2010.5.28)
【出願人】(000243434)本田金属技術株式会社 (10)
【Fターム(参考)】