説明

マンノース−6−リン酸塩組成物および線維性障害治療におけるその使用法

【課題】高い濃度で創傷治癒に改善創傷治癒を促進し、瘢痕形成も予防または軽減するマンノース−6−リン酸塩は、高濃度での効果は劣り、対照と比較してもさらに悪化するため、高い濃度で創傷治癒に効果のある組成を提案。
【解決手段】マンノース−6−リン酸塩を、pH調整により、pH6〜pH8の懸濁剤または液剤として、好ましくはpH6.5〜pH7.5の懸濁剤または液剤として、また、好ましくは65〜300mMの懸濁剤または液剤として製剤化し、懸濁剤は、粘性ヒアルロン酸ゲルとして作成した組成物は、創傷治癒に有効であり、特に瘢痕形成の予防または軽減に有効。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は線維性障害の予防または軽減の分野に属し、特に、創傷治癒における瘢痕形成の予防または軽減の分野に属する。
【背景技術】
【0002】
普通ヒトおよびその他の哺乳動物の創傷はかなり速く治癒するが、醜い瘢痕組織が形成されることが多く、問題となっている。瘢痕化およびその他の諸線維性障害は臨床上重要な問題であって、機能や成長に逆効果を及ぼすことも多く、時には美容の観点からも望ましくない外観をもたらすことがある。
【0003】
成人の創傷治癒は、急性炎症、収縮およびコラーゲン沈着、迅速な創傷閉鎖および感染の最小化のために最適化されたと思われる諸反応を特徴とする。瘢痕化は、ときとして身体のほぼすべての器官および組織において、例えば眼、中枢神経系、筋肉、関節などにおいて問題となる。同様のプロセスが、内科および外科の多くの領域でよく見られるその他の線維性障害に到ることもある。例えば、腹部手術がもとで腹腔内線維癒着および/または狭窄症が起こることが多く、一方線維性網膜症、緑内症手術がもとで起きる瘢痕化、増殖性硝子体網膜症、ケロイド、例えば表水胞症皮などの皮膚疾患、皮膚硬化症、全身性硬化症、肺線維症、糸状体腎炎、また、例えば卒中または神経手術がもとで起きる中枢神経系の瘢痕化、ならびに肝硬変なども医療上重大な問題である。従って医療上の主たる目的は、瘢痕化およびその他の諸線維性障害を低減することならびに理想的にそれらを予防することにある。
【0004】
WO93/18777(British Technology Group Ltd)には、線維性障害の治療にマンノース−6−リン酸塩を使用する方法が記載されている。マンノース−6−リン酸塩により創傷治癒は促進され、瘢痕形成も予防または軽減される。この特許出願では、マンノース−6−リン酸塩(M6P)は、例えばヒアルロン酸などを含めた種々の担体を使用しながら、従来のいかなる方法によっても製剤化できることを示唆している。そこで示唆されるM6P濃度は10〜60mMである。最良の結果は濃度20mMで得られると報告されているが、一方濃度100mMでは結果は劣り、対照と比較してもさらに悪化した。WO93/18777特許出願で得られた結果を改善することが課題である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開第93/18777号
【発明の概要】
【0006】
M6P液剤およびM6P懸濁剤のpHが6.5〜8の範囲内にあるとき、M6Pがより高い濃度で創傷治癒に改善が見られることが今回判明した。
【0007】
従って本発明は、そのpH値が6.5〜8の範囲内にあって、M6Pそれ自体もしくはM6Pの生物学的前駆体もしくはM6P残基を少なくとも一個含むポリマーであるようなM6P供与化合物の液剤または懸濁剤を提供することにある。その濃度は、通例50〜400mMであり、典型的な例では65〜300mM、好ましくは65〜120mM、さらに好ましくは80〜120mMである。濃度とは別に、pH値は6.5〜7.5であることが好ましく、7〜7.4であれば最も好ましい。
【0008】
所望のpH値を得るためには、普通例えば水酸化ナトリウムなどのアルカリを添加することが必要となる。要するに、例えば生理食塩水(pH7.4)中100mMのM6Pを溶解すると酸性が強すぎるためpH値を高める必要がある。M6Pモル濃度が低いマンノース−6−リン酸一ナトリウムの液剤は、仮に濃度を60mM未満とすると、pH調整をしない限りそのpH値は普通6.5〜7である。しかし、このような液剤も、pH値が異なっている場合、より高いpH値を得るためにpH6.5〜8の範囲内において、アルカリでpH調整することを必要とすることにより、本発明の範囲内に含めるものとする。いかなるものであれ疑わしきものを除去するために、pH調整していないM6Pの液剤または懸濁剤は本発明の範囲から明らかに除外されることを、ここに確認する。
【0009】
マンノース−6−リン酸塩特異的受容体を含有する組成物もまた本発明の組成物から除外される。マンノース−6−リン酸塩特異的受容体がマンノース−6−リン酸塩と結合してしまい、その有効性を減少させる。このようなマンノース−6−リン酸塩特異的受容体の除外は、二量体および四量体の状態のマンノース−6−リン酸塩特異的受容体の分離、ならびに受容体のオリゴマー化がリガンド結合の影響を受けるかどうかを探るために受容体試料を5mMのマンノース−6−リン酸塩とpH7.5でインキュベートする実験について開示しているWaheed他の参考文献Biochemistry29,2449−2455(1990年)に基づくものである。
【0010】
発明は組成物それ自体、並びに、諸線維性障害の予防または軽減、特にヒトおよび動物の創傷治癒に対する使用に関する。
【0011】
本発明は、世界各国の特許法が容認する範囲において、上記組成物を医学的に使用することを含むものである。従って、欧州においては、本発明は、諸線維性障害の予防または治療のための、特に創傷治癒のための薬剤の製造に当組成物を使用することを含んでいる。米国およびオーストラリアにおいては、本発明は、予期される線維性障害部位または実際の線維性障害部位、特に創傷部位に対し、上記疾患の予防または治療に有効量の、特に創傷における瘢痕形成を阻止するのに有効量の本発明の組成物を適用することを含めた、ヒトまたは動物における諸線維性障害の予防法または治療法が含まれる。
【0012】
本発明は眼の創傷の治療用として特に重要であって、従って眼に好適なゲル剤もしくは軟膏剤を一定量適用するためのまたは点眼薬を一定量適用するためのディスペンサを提供するものであり、そのディスペンサは本発明の組成物を収容する。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】唯一の図面は、横座標(x軸)のpHに対して縦座標(y軸)にM6P添加前のpHが7.4であるリン酸緩衝食塩水中に溶解したマンノース−6−リン酸一ナトリウムのモル濃度を示したプロットである。
【0014】
好ましい実施の態様の説明
M6Pは遊離リン酸、または製剤上許容し得る遊離リン酸の1もしくは2つの基を持つ塩、例えばナトリウム塩、カルシウム塩、マグネシウム塩もしくはバリウム塩などの状態で存在することができる。また、少なくとも一個のM6P残基、好ましくは少なくとも二個のM6P残基を含むポリマーの状態でも存在することができる。二糖M6P残基または多糖M6P残基は、隣接するM6P残基またはその他の糖残基と1,4−または1,6−結合することができる。M6Pモノマーが20個までのポリマーが予想され、好ましくはモノマー10個までのポリマーが予想される。M6P残基が一個のポリマーの骨格から、また、M6PおよびHAのポリマーの骨格から懸垂しているようなものも含め、その他のポリマーの状態も考えられる。また、M6Pはときとして生物学的前駆体の状態、すなわちin situで(身体に適用後)M6Pに転化する化合物の状態であることもある。これは、例えばM6Pの糖アルコール基を適切な酸と結合させてエステルを生成することによって達成することができ、このような場合このエステル結合はM6Pのリン酸塩結合より容易に加水分解され得る。加水分解条件下、酵素条件下またはその他の治療対象となる線維性障害状態の身体の適切な部位、特に皮膚の創傷部位において支配的な条件下でM6Pを放出する化合物のその他の形態については化学者等には明白であろうし、また、それらは本発明の目的であるM6Pの定義に含まれる。以下簡潔にするために、主としてM6Pそれ自体を参照することによって本発明を説明する。同様の原理は、必要な変更を加えることにより前述したその他のM6P共与化合物にも当てはまる。
【0015】
M6P化合物は、それが液剤であれまたは懸濁剤であれ、何らかの適合性のアルカリによって、特に水酸化ナトリウムによってpH調整され、その濃度が好ましくは20mM以上、特に50mM以上、また、最も好ましくは65〜300mMとなるように製剤化される。最適濃度は80〜120mM、特に約100mMであると思われる。M6Pの好ましい形態はナトリウム塩であるが、濃度についてはM6Pのその他の形態にも当てはまる。ポリマーの場合、モル濃度はM6P残基と関係するであろうし、生物学的前駆体の場合には、M6P当量のモル濃度に基づくであろう。例えば、1モルの前駆体が1モルのM6Pを遊離させる場合は、前駆体のモル濃度は前述のとおりであり、一方1モルの前駆体が2モルのM6Pを遊離させる場合は、前駆体のモル濃度は半減する。
【0016】
もしpH調整をしなければ、これら製剤の多くは望ましくない酸性のpH値を有することになろう。リン酸緩衝食塩水(PBS)中でさえ、65mMのM6P一ナトリウムのpH値は6.45程度まで低くなる。M6P濃度を高めてもさらに低いpH値しか得られない。このように、図面で詳説される、pH7.4のPBSに溶解したM6P一ナトリウムを使用した特別の場合には、曲線の上方にあってpH6.5を境にして右側を占める領域Bは、pH調整しなければpH6.5未満となりうるM6P(60mM以上)の濃度を表している。曲線の上方にあってpH6.5から左側を占める領域Aは、pH調整しなければpH6.5を上回るであろうM6P(60mM未満)の濃度を表している。従って、濃度60mM以上のM6P一ナトリウムを溶解したPBS溶液は、pH値を6.5以上に高めるためにpH調整が必要となる。濃度が比較的低いM6P一ナトリウムのPBS溶液の場合は、pH調整しなくとも6.5以上のpH値が得られるが、より好ましい範囲のpH7.0〜7.5のpH値を得るためにpH値を高めるのが好ましく、従って本発明は、M6Pの濃度にかかわらずpH値を高めることを要件とする。M6Pはアルカリ性のpH値で加水分解されるため、pH値の上限は約8であるが、高くても7.5程度が良いと言えよう。
【0017】
M6Pにヒアルロン酸(HA)を添加した製剤は創傷治癒によい効果をもたらす。すなわち、HAは単に不活性担体として作用するだけでなく、明白な効果を及ぼす補助成分としても作用する。HAを単独で使用しても創傷治癒を促進しないので、これは驚くべき効果である。WO93/18777の研究結果とは反対に、粘性の懸濁剤として製剤化したHA中のM6P濃度が高くなると、創傷治癒に卓越した効果が得られる。pH調整したM6Pをヒアルロン酸(HA)を添加して製剤化した場合、M6Pの供給を高めることができる。
【0018】
HAの分子量は、700,000〜3000,000の範囲にわたる種々の平均分子量のいずれであってもよいが、好ましくは750,000〜2250,000であり、最も好ましくは1000,000〜1750,000である。好適な粘性が得られるように製剤化されるため、一般にHAの平均分子量が大きくなればなるほど、必要とされるHAの濃度は低くなる。しかし、HAの分子量が小さければ小さいほど製造は一層容易になる。平均分子量が1.3×10のHAを使用することが好ましい。平均分子量が1×10〜1.5×10のHAの濃度は、重量で組成物総量の0.5〜2%の範囲にあることが好ましい。ゲルの粘性は、20,000〜50,000センチポワズの範囲内であることが好ましく、特に20,000〜30,000センチポワズの範囲内であることが好ましい。
【0019】
M6Pは、(a)創傷に無害であり(「生体適合性」)、(b)非炎症性であって(創傷部位に炎症を起こさない)、さらに(c)創傷部位に吸収され得る(「生体吸収性」または「生体再吸収性」)ようなポリマーと共に、本発明の組成物に製剤化される。本発明の組成物は、前述した好ましい範囲内にある一定濃度のM6Pを、適用から少なくとも3日間にわたって、好ましくは少なくとも7日間にわたって放出することができるはずである。このような好適なポリマーの例として、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、ポリガラクチド、ポリラクチド、およびポリ炭酸メチレンが挙げられる。一方、メチルセルロースやポリアクリル酸は炎症を引き起こすため不適当である。
【0020】
本発明の組成物は、考えられるいかなる形態にも調製することができる。例えば、ゲル剤、クリーム剤、ローション剤または軟膏剤として局所投与するのに適合させることができる。これらは従来の方法で製剤化され、水性または油脂性の賦形剤または担体を含み、さらに創傷治療において一般的な防腐薬およびその他の作用薬もふくむことができる。また、例えば生理食塩水(0.9%w/vNaCl)など、従来の溶媒のいずれか適切なものと共に処方することができる、滅菌の注射可能なまたは注入可能な液剤として処方することもできる。しかし、M6Pとヒアルロン酸(HA)の配合剤に特有の形態は粘性のゲル剤であることは、理解されよう。
【0021】
本発明の組成物を適用する方法として特に簡便な方法は、例えばコラーゲン、アルギン酸ナトリウムまたはポリ塩化ビニルの包帯、硬膏、吸収パッド、またはポリマー包帯もしくはヒドロゲル包帯などの、含浸またはコーティングを施した創傷用包帯による方法である。包帯は普通滅菌条件下で、使用に備えた状態で保管される。内臓への治療の場合、担体としてのポリマーと本発明の組成物を含むインプラントが提案される。
【0022】
本発明は、手術によって生じたものであるかどうかに関わらず、主として重症の擦過傷、裂傷および熱傷を含めた皮膚の創傷に関連するが、例えば皮膚の光線傷害、ケロイド、肥厚性瘢痕、腱傷害、挫滅損傷(crush injury)、緑内症手術の結果起こる増殖性硝子体網膜症および瘢痕化などその他の外傷、例えば卒中または神経手術の結果起こり瘢痕組織を残す中枢神経系(CNS)損傷、例えば腹膜癒着または腹部もしくは骨盤の大手術の結果起こる癒着などの組織癒着、例えば表皮水疱症などの水疱を起こしている皮膚疾患における瘢痕化、皮膚硬化症、全身性硬化症、肝臓および肺線維症、ならびに例えばWO91/04748(La Jolla)に関連して言及されるような疾患などにも適用できる。
【0023】
本発明の特に重要な態様は、眼に関連した線維性障害にいたる組織異常症、特に、術後の緑内症性再発、または眼組織の剥離が網膜の収縮としわを伴って線維形成する場所に起きる網膜上膜形成、または損傷の結果起こる角膜の瘢痕化などにいたる組織異常症の治療にある。本発明は、特にM6Pの滅菌点眼液剤を含む。それらの液剤は、点眼薬供給ノズルを備えた圧搾可能プラスチックボトルなどのディスペンサから適用されるか、またはふたに容器内部に延びるスポイトを取付けた、ふた付き容器から適用される。ゲル剤や軟膏剤は、眼製剤で一般に使用されている小径のノズルを備えたチューブから投薬することができる。
【0024】
本発明の別の重要な態様は、皮膚創傷、ならびに例えばケロイドや肥厚性瘢痕などの皮膚創傷に関連して起こる線維性障害の治療にある。本発明の製剤は創傷治癒を促進し、また、瘢痕形成を減じる。腱や靭帯の治癒も本発明によって改善される。
【0025】
本発明の組成物の投与形態は、例えば、創傷に対して局所的に(内側および/またはその周囲に)適用する様式であるが、患部組織により良く到達させるために、妥当である場合には、
例えば腱注射などの皮下もしくは皮内もしくは組織内注射、または移植が必要となることもある。極端な場合、筋内注射、静脈注射または眼球内注射が得策であることもある。M6Pは、少なくとも治療開始後最初の3日間患部に適用することが好ましく、一日少なくとも2回適用することが好ましい。
【0026】
本発明を次に述べる例によってより詳しく説明する。「Bioclusive」は登録商標である。M6Pは終始一ナトリウム塩として使用した。
【実施例】
【0027】
ラットにおけるマンノース−6−リン酸塩の創傷治癒効果
方法
体重250gのSprague−Dawleyラットの雄の背面皮膚を、長さ1cm、筋肉層に達する深さで、直線状に4箇所、切り始めから切り終りまで同じ太さになるように(full thickness)切開した。中線から両側に1cm、頭蓋底部から5cmおよび8cmの部位を切開した。中線とは、頭部から尾部にかけて背骨に沿って引かれる、動物の身体の縦軸の線である。従って、創傷は背骨に対して長さ方向に平行であった。創傷が二次治癒するように未縫合のまま放置した。どの時点でも、各治療群には少なくとも4匹の動物を使用した。どの動物にも必ず対照となる創傷を負わせた。「治療群」とは、同一群内の各動物が受けた治療を指す。特に治療される各創傷の動物上の位置は、なんらかの位置効果があることを考慮して、実験を繰り返すごとにローテーションした。各時点において4匹の動物を無作為で二つの治療群の各々に割り当て、創傷を負わせる前(第0日目)および創傷を負わせた後の第0日目から第7日目までの毎日、100μlの注射剤を注射した(創傷の両脇に50μlずつ)。対照とする創傷にはPBSのみを注射した。創傷
を負わせた後第80日目に、創傷を採取した。創傷の採取は周囲組織から切徐して行った。各創傷は二分され、創傷の半片は市販の包埋媒体「OCT」に入れて急速に凍結し、冷凍切片として免疫染色用とし、他の半片はワックス包埋して組織学的に使用する目的でホルムアルデヒド中で固定した。ワックス切片をヘマトキシリンとエオシンを用いて、また、ピクロシリアスレッド(picrosirius red)、ならびにマッソンリールの3色(Massons Lille trichrome)を用いて規定通りの手順で染色し、瘢痕の質が評価できるようにコラーゲン線維の厚さ、密度および配向を見た。
【0028】
組織学的に使用する切片(創傷一つ当たり4〜10個)を採取し、訓練を受け認可された研究員が目視アナログスケール(visual analogue scale)に従ってスコアリングした。目視アナログスケールとは10cmの線であって、一端(0)は正常な皮膚を表し、他端(10)は最もひどい瘢痕を表す。二人の訓練を受けた研究員のスコアを平均して一つのスコアとし、次いでそれを各創傷に割り当て、創傷の数(n)分のスコアの平均値を求めた。
【0029】
M6Pの抗瘢痕化作用に対するpHの効果
PBS溶液に溶解したM6P液剤のpHを測定したところ、
酸性の溶液となっていることが判明した。pHは濃度依存性で、最高濃度の溶液で最も酸性が強かった。M6Pの濃度が100mMおよび300mMのとき、溶液のpHはそれぞれ6.2および5.5であった。観察されたM6Pの創傷治癒に対する初期抑制効果は、モル浸透圧濃度によるものでなくpH値の低さによるのかどうかを決定するために、実験を行った。
【0030】
M6Pの抗瘢痕化作用に及ぼすpH値の影響を、生理学的pH値にて一定範囲の濃度のM6Pをラットに投与して調査した。M6Pを、適量の滅菌二重蒸留水(double-distilled water)の半量に溶解し、10MのNaOHを極少量、約10μl添加してそのpHを7.4に調整した。微調整は1M NaOHを用いて行い、pHをpH計でチェックした。次いで、2倍濃度の滅菌PBSを用いて必要量の液剤を調製した。pHを再チェックし、pHが依然7.4のままであることを確認した。次いで、使用前にこの液剤を濾過滅菌した。前述したように、M6Pを皮内注射によって創傷に投与した。創傷を負わせる前(第0日)および創傷を負わせた後の7日間、毎日M6Pをすべての濃度で適用した。1時点当たり4匹の動物を二つの治療群に無作為に割り当て、四つの創傷を、それぞれPBSのみ、10mMM6P、20mMM6Pおよび300mMM6Pの注射
剤で、またはそれぞれPBSのみ、50mMM6P、100mMM6Pおよび200mMM6Pの注射剤で治療した。創傷を負わせた後第1日目、第3日目、第7日目および第80日目に、創傷を採取した。
【0031】
高濃度のM6Pであっても創傷治癒に有害な影響は一切なく、概ね、高濃度のM6Pは瘢痕化を最も縮小させるという結果になった。M6Pの抗瘢痕化作用は、20mM濃度のM6Pを適用した時点で明らかであったが、濃度を100mMまで高めると瘢痕の質はさらに改善された。100mMを上まわる濃度では、瘢痕化のそれ以上の一貫した改善は観察されなかったが、治癒過程になんら有害な影響も見られなかった。このことから、先に報告されたような高濃度のM6Pにおける効果の低減はモル浸透圧濃度に起因するものではなく、最適以下のpHを使用したことに起因することが分かり、また、本発明のpH調整後の最適用量は100mMであることが分かる。
【0032】
創傷後7日間では、血管形成の減少、創傷のフィブロネクチン濃度の減少、ならびに単核細胞およびマクロファージの浸潤の減少がすべて、pH7.4のM6Pで治療した創傷に観察された。これらの影響は用量依存性であって、すなわち用量が増すとその影響も大きく、創傷部位のTGFβ活性の減少と一致
した。創傷後3日間では、創傷のフィブロネクチン濃度はM6Pで治療した創傷において最も高く、一方PBSのみで治療した創傷はこの時点でフィブロネクチンをほとんど含有していなかった。このような影響は、M6Pで治療した創傷において治癒速度が速くなることと一致する。
【0033】
モル濃度を一定にし(100mM)、pH値を変えながら(5.5、7.4、9.5)同様な方法でさらに実験をすすめた。
【0034】
M6Pが有効な抗瘢痕化剤であること、また、液剤のpHがin vivoでのこの分子の活性に決定的に重要であることが立証された。最も有効な治療は、約100mMのM6Pを有意量、創傷後長期間(第0日から第7日まで)にわたって投与することであると思われる。
【0035】
これらの実施例の主な結果を以下に表で表す。
【0036】
目視アナログスケールを用いた平均スコア
創傷後80日目に採取した組織切片の瘢痕の質について、二人の訓練を受けた観察者が、基準点無しの、0=正常な皮膚および10=最悪の瘢痕とする10cm目視アナログスケールを用い、そのスコアを記録した。
【0037】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルカリでpH6.5〜8にpH調製され、マンノース−6−リン酸塩特異的受容体を含有する組成物を除くマンノース−6−リン酸のナトリウム塩の液剤または懸濁剤を含む組成物。
【請求項2】
pHが6.5〜7.5である請求の範囲第1項に記載の組成物。
【請求項3】
pHが7〜7.5である請求の範囲第2項に記載の組成物。
【請求項4】
マンノース−6−リン酸のナトリウム塩の濃度が50〜400mMである請求の範囲第1項から第3項のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項5】
濃度が65〜300mMである請求の範囲第4項に記載の組成物。
【請求項6】
濃度が80〜120mMである請求の範囲第5項に記載の組成物。
【請求項7】
創傷内またはその周囲に保持するに好適な粘性のゲル剤を提供できるだけの、有効濃度のヒアルロン酸をさらに含む請求の範囲第1項から第6項のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項8】
滅菌状態にある請求の範囲第1項から第7項のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項9】
創傷治癒に使用することを目的とした請求の範囲第1項から第8項のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項10】
眼の創傷治癒に使用することを目的とした請求の範囲第8項に記載の組成物。
【請求項11】
請求の範囲第1項から第8項のいずれか一項に記載の組成物をコーティングまたは含浸させた創傷用包帯。
【請求項12】
眼に投与することを目的としてゲル剤、軟膏剤または点眼剤として製剤化された請求の範囲第1項から第8項のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項13】
眼に好適なゲル剤もしくは軟膏剤を一定量投与するための、または点眼剤を一定量投与するためのディスペンサであって、請求の範囲第12項に記載の組成物を収容するディスペンサ。
【請求項14】
創傷に投与する薬剤の製造における、請求の範囲第1項から第12項のいずれか一項に記載の組成物の使用。
【請求項15】
眼に投与する薬剤の製造における、請求の範囲第12項に記載の組成物の使用。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2009−221220(P2009−221220A)
【公開日】平成21年10月1日(2009.10.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−129987(P2009−129987)
【出願日】平成21年5月29日(2009.5.29)
【分割の表示】特願平10−509472の分割
【原出願日】平成9年7月31日(1997.7.31)
【出願人】(509127985)ビー・テイー・ジー・インターナシヨナル・リミテツド (1)
【Fターム(参考)】