説明

マンノース・グルコース同時測定方法

【課題】
一般的な装置を用いて、安価に、マンノースとグルコースを同時に測定する方法を提供すること。
【解決手段】
試料中の単糖を標識し、HPLCの一般的なシステムによりマンノースとグルコースを同時に測定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料中に存在するグルコースと同時にマンノースを測定する方法および該方法に使用するキットに関する。
【背景技術】
【0002】
グルコースは糖尿病のマーカーとして様々な検査機器が市販されているが、グルコースと同様に、マンノースの測定も臨床的に重要であると考えられている。
【0003】
例えば、マンノースの血中濃度は糖尿病や真菌感染症(特にカンジダ症)で上昇することが知られており、診断薬として期待されている(特許文献1)。また、血中マンノースと血中グルコースの両方を測定することにより、前糖尿病状態を把握できる可能性がある(特許文献2)。さらに、インスリンの上昇によりマンノースが低下する現象も認められており、インスリン作用の検査への応用が可能である(特許文献3)。
【0004】
マンノースを指標とした糖尿病または前糖尿病状態の診断に関し、マンノースとグルコースの血中濃度を予め設定した基準値と比較することで前糖尿病状態をスクリーニングする方法が開示されている(特許文献2)。また、マンノースを指標として糖尿病患者の肝臓からの糖放出状態を検査する方法が開示されている(特許文献4)。また、血中マンノース濃度の測定値の経時変化によりインスリン作用不足を検出する方法が開示されている。(特許文献3)。
【0005】
糖尿病はヒト以外の哺乳類においても深刻な疾患である。哺乳動物全般で糖尿病に罹ることが知られている。動物病院での症例としては主としてイヌ、ネコ、まれにウシの報告がされている。動物はヒトのように自覚症状を自ら表現することができないため、様々な哺乳動物で血中グルコ−スとマンノースを正確に測定することは動物の糖尿病の診断において非常に重要である。グルコ−スとマンノースの相対量は動物種によって異なるため、広い幅で検出可能な方法が求められている。
【0006】
マンノースを測定する方法としては、酵素法、HPLCポストカラム法、GC/MS、キャピラリーGCが一般に知られている。
【0007】
酵素法は測定時間が短く、操作が簡便であることが利点である。しかしながら、必要な試薬(酵素)の種類が多く、非常に高価な方法である(特許文献1、特許文献5)。マンノースはグルコースのエピマーであり構造が類似しているため、グルコースを消去してからマンノースを測定する必要がある。このためグルコースとマンノースを同時に測定することはできない。さらに、グルコースを消去する時にはグルコースに特異性の高い酵素を用いるがマンノースにも影響を及ぼしてしまうという問題がある(非特許文献1)。
【0008】
HPLCポストカラム法(非特許文献2、特許文献3等)は、検出限界が優れており、また、グルコースを消去しなくてもマンノースの測定が可能である。しかしながら、装置が特殊であること、およびグルコースはマンノースとダイナミックレンジがかなり異なる(ヒトの場合で約100:1)ため同時に測定することができないため別々に測定をしなければならず、測定時間が長いことが問題である。
【0009】
GC/MS、キャピラリーGC等は、煩雑な前処理と高度なメンテナンス技術を要し、実際に測定することは難しい(非特許文献3)。
【0010】
2種類以上の糖および糖誘導体を同時に分離・分析できる分析装置として、カルシウムイオン配位子交換カラムと鉛イオン配位子交換カラムを直列に連結したHPLCを用いる構成の分析装置が記載されている(特許文献6)。しかし、この装置を用いて実際に体液中に微量にしか存在しないマンノースと体液中に高濃度に存在するグルコースを同時に測定することは不可能である。
【特許文献1】特開2001−197900
【特許文献2】特開2002−277473
【特許文献3】特開2002−148267
【特許文献4】特開2003−248003
【特許文献5】特開平11−266896
【特許文献6】特開平10−300743
【非特許文献1】Clinical Chemistry 43: 3, 533-538頁, 1997年
【非特許文献2】Clinical Chemistry 49: 1, 181-183頁, 2003年
【非特許文献3】Biological Mass Spectrometry 23巻, 590-595頁, 1994年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
発明が解決しようとする課題は、一般的な装置を用いて、安価に、マンノースとグルコースを同時に測定する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
試料中の単糖を標識化し、HPLC(High-Performance Liquid Chromatography:高速液体クロマトグラフィー)の一般的なシステムによりマンノースとグルコースを測定することにより、上記課題が解決される。
【0013】
すなわち、本願は以下の発明を提供する。
(1)試料中の単糖を標識化し、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)のシステムにより標識化グルコースと標識化マンノースを測定することからなる、試料中のグルコースと試料中のマンノースを同時に測定する方法。
(2)上記(1)の方法において、HPLCのシステムが低感度の検出器と高感度の検出器を備える検出装置を有し、低感度の検出器によって標識化グルコースとその内部標準物質の標識化単糖を検出し、高感度の検出器によって標識化マンノースとその内部標準物質の標識化単糖を検出することを特徴とする方法。
(3)上記(1)または(2)の方法において、単糖の還元末端を化学的に標識化する蛍光試薬を用いて試料中の単糖を標識化することを特徴とする方法。
(4)上記(1)から(3)のいずれかの方法において、単糖の還元末端をアミノベンジル化またはアミノピリジル化する標識化試薬を用いて試料中の単糖を標識化することを特徴とする方法。
(5)標識化試薬が4−アミノ安息香酸エチルエステル(ABEE)であることを特徴とする上記(4)の方法。
(6)上記(2)から(5)のいずれかの方法において、低感度の検出器が紫外光検出器であり、高感度の検出器が蛍光検出器であることを特徴とする方法。
(7)試料が被験対象から採取された体液である、上記(1)から(6)のいずれかの方法。
(8)上記(1)から(7)のいずれかの方法に使用するキットであって、内部標準物質を含有する試薬および単糖の蛍光標識に必要な試薬を含む、前記キット。
(9)上記(1)から(7)のいずれかの方法により、被験対象から採取された体液中のグルコースとマンノースを測定することを含む、糖尿病または前糖尿病状態を鑑別する方法。
【発明の効果】
【0014】
従来では、マンノースとグルコースは構造が類似し、かつ濃度差があるためグルコースを消去しなければマンノースを測定することはできず、同時測定は困難であったが、本発明により初めて同時測定が可能となる。
【0015】
また、動物種によってグルコースやマンノースの相対量が異なるが、本発明の検出は広い幅で可能であり、ヒトでもその他の患畜でもどのような動物種においても同様の方法を使用して測定できる。
【0016】
本発明により、検出器を2段階にすることで、一般的な研究室にあるHPLCを用いて、一度の計測でグルコースとマンノースを同時に測定することが可能となる。標識化に用いる試薬やその他実験で使用する試薬は安価であり、一般のラボであればどこでも検査を行うことが可能である。また、血液検査の一つの指標とすることができれば、血液の前処理を含めた自動分析装置での測定も可能であり、有益な診断指標を簡便な方法で得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0018】
本発明においては、被験対象から採取された試料中に存在する単糖を蛍光および紫外吸収を持つように標識化し、2段階の検出器を備えた高速液体クロマトグラフィー(HPLC)のシステムにより標識化グルコースと標識化マンノースを測定することが特徴である。本発明により、試料中に存在するグルコースを測定するのと同時に当該試料中に存在するマンノースを測定することが可能となる。
【0019】
本発明の主要な適用対象は、ヒト並びにペットおよび家畜等の哺乳動物である。従って、本発明において、被験対象は哺乳動物全般である。本発明により、例えば、グルコースとマンノースの血中濃度を測定することにより、糖尿病または前糖尿病状態を診断することができるため、適用対象としては糖尿病に罹ることがある哺乳動物が挙げられる。適用対象の哺乳動物は、好ましくは、ヒト並びにイヌ、ネコ、ウサギ、げっ歯類、サルその他のペット、ウシ、ウマ、ブタその他の家畜等の哺乳動物である。
【0020】
本発明においては、好ましくは、被験対象から採取された体液を試料とする。試料とする体液は、臨床的にマンノース濃度を測定する意義のあるものであれば何でもよいが、特に血液(全血)、血清、血漿または尿などが挙げられる。
【0021】
本発明の方法の一般的な工程としては、まず、被験対象から採取された試料を除タンパクおよび内部標準物質(キシロース、ラムノース)を添加したのち、単糖(R−CHO)の還元末端に蛍光試薬を還元アミノ化反応により導入することにより標識化する。標識された単糖は蛍光または紫外吸収を持ち、市販の適当な糖鎖糖組成分析用カラムを用いてHPLC分析を行うことができる。低感度の検出器によって標識化グルコースとその内部標準物質の標識化単糖(例えばキシロース)を検出する。高感度の検出器によって標識化マンノースとその内部標準物質の標識化単糖(例えばラムノース)を検出する(図7)。以下では、各工程について詳細に説明する。
【0022】
まず、HPLC分析のための試料の前処理を行う。具体的には、HPLCのカラムにタンパクが付着するのを防ぐために、試料からタンパク質を除く。除タンパクは当業者に周知の慣用的な手段により行うことができ、例えば、ゲルろ過、あるいは適当な試薬でタンパク質を変性、沈殿させる等の適当な手段により行うことができる。次に、除タンパクされた試料に既知量の内部標準物質を加える。あるいは、内部標準物質を含む溶液と除タンパク溶液とを兼ねて、除タンパクと内部標準物質の添加を同時に行うこともできる。
【0023】
内部標準物質としてはマンノースおよびグルコースのいずれともクロマトグラムが重ならず、且つ元来の試料には含まれない単糖を用いることにより測定の精度を上げることができる。具体的には、内部標準物質として、ラムノースとキシロースを使用するのが望ましい。例えば、マンノースに対して既知量のラムノース、グルコースに対して既知量のキシロースを内部標準物質として用いることにより、マンノースとグルコースそれぞれの量を測定できる。あるいは、組合わせを入れ替えて、マンノースに対して既知量のキシロース、グルコースに対して既知量のラムノースを内部標準物質として用いることも可能である。
【0024】
次に、試料中に存在する単糖を標識化する。試料中の単糖の標識化は、糖の還元末端を化学的に標識するための蛍光試薬を用いて行うことができる。このような蛍光試薬の具体的な例としては、単糖の還元末端のカルボニル基をアミノベンジルまたはアミノピリジル化する標識試薬を用いるのが望ましい。このような試薬は数多く報告されており、例としては、4−アミノ安息香酸エチルエステル(ABEE)、2−アミノピリジン(AP)、2−アミノ安息香酸(ABA)、2−アミノベンズアミド(2−ABAD)、3−アミノベンズアミド(3−ABAD)、4−アミノベンゾニトリル(ABN)、2−アミノ−6−シアノエチルピリジン(ACP)等が挙げられるが、これらに限定されない。糖の還元末端を化学的に標識するための蛍光試薬の具体的なさらなる例としては、2−アミノアクリドン(AMAC)、8−アミノナフタレン−1,3,6−トリスルホン酸(ANTS)、7−アミノナフタレン−1,3−ジスルホン酸(ANDS)、8−アミノピレン−1,3,6−トリスルホン酸(APTS)、7−アミノ−4−メチルクマリン(AMC)、5−ジメチルアミノナフタレン−1−(N-(2-アミノメチル))スルホンアミド、その他の多環の芳香族アミンを用いることもできる。標識化された単糖は、蛍光および紫外吸収で検出可能となり、HPLCのシステムによる組成分析が可能となる。
【0025】
後述する実施例においては、4−アミノ安息香酸エチルエステル(ABEE)で試料中に存在するアルドース(すなわち、マンノース、グルコース、ラムノース、キシロース)をABEEで標識化しているが、この場合アルドース(R−CHO)の還元末端にABEEを還元アミノ化反応により結合させて標識化する。
【0026】
【化1】

【0027】
4つの単糖すべてが標識化されると紫外光の励起によって蛍光を発する。また、紫外光の励起波長は吸収波長として検出できる(Yasuno,S.,et al., Biosci. Biotechnol. Biochem.,61,1944(1997))。蛍光の方がより鋭敏に検出できるので、濃度の高いグルコースとキシロースは紫外吸収で、濃度の低いマンノースとラムノースは蛍光で検出する。
【0028】
HPLC分析は、市販の適当な糖鎖糖組成分析用カラムを用いて、一般的な糖組成分析の方法により行うことができる。使用するカラムと移動相により、標識された各単糖は構造に応じて溶出する時間が変わることがわかっているため、組成分析が可能となる。糖組成分析の一般的な手法については、例えば、「糖質I・糖タンパク質、新生化学実験講座3、日本生化学会編(東京化学同人)」等の一般的な教科書を参考にでき、HPLC分析の具体的な手法については、「高速液体クロマトグラィーハンドブック、改訂2版、日本分析化学関東支部編(丸善)」および、使用するHPLCカラムの使用説明書等を参考にすることができる。
【0029】
本発明において、HPLCのシステムは、低感度の検出器と高感度の検出器を備える検出装置を有することが特徴である。低感度の検出器としては紫外光検出器、高感度の検出器としては蛍光検出器を用いる。上述のように、低感度の検出器(紫外光検出器)によって標識化グルコースとその内部標準物質の単糖を検出し、高感度の検出器(蛍光検出器)によって標識化マンノースとその内部標準物質の単糖を検出する。低感度の検出器と高感度の検出器の順番はどちらが先でも構わない。ABEEを標識剤に使用する場合、溶出の順番を考慮して、低濃度のピークが高濃度のピークの影響を受けるのを避けるために、グルコースに対してキシロース、マンノースに対してラムノースを内部標準物質として用いるのが好適である。他の標識剤を用いる際には、溶出の順番が変化することにより、内部標準とする単糖を適宜入れ替える方が良い場合もある。
【0030】
このように、検出感度の異なる検出器を、直列に接続することにより、濃度差がおよそ1:100であるマンノースとグルコースを同時に定量することができる。従来では、マンノースとグルコースは構造が類似し、かつ濃度差があるためグルコースを消去しなければマンノースを測定することはできず、同時測定は困難であったが、本発明により初めて同時測定が可能となった。ここでいう同時測定とは、一度のHPLC分析で測定するという意味であり、前処理(試料の除タンパク)、標識化、そしてHPLC分析までの一連の工程を一回行うだけでグルコースとマンノースを同時に定量することができる。後述の実施例においては、前処理に20分、ABEE化に60分、HPLC分析に35分かかるだけで、非常に簡便且つ速やかにグルコースとマンノースの同時測定を行うことができた。
【0031】
本発明においては、体液中に含まれないラムノースとキシロースを、それぞれマンノース、グルコースの内部標準溶液とするため、相関係数の高い検量線を得ることができる(例えば実施例の図1)。すなわち、血清中の他のバックグラウンドとなる妨害ピークや、内在物質の影響を受けず、誤差の少ない測定ができると考えられる。
【0032】
後述する実施例の結果から、本発明によるマンノースとグルコースの検出限界は検量線(図1)の残差標準偏差の値に係数3.3を掛けた分析信号に対する濃度から、それぞれ0.09(μmol/l)、0.04(mmol/l)と求めることができた。これは既存のポストカラム法によるマンノースの検出限界(Clinical Chemistry 49:1 181-183,2003)の5μmol/lや、酵素法によるマンノースの検出限界(Metabolism, Vol 52, No 8(August),2003:p1019-1027)の0.5mg/ml(=2.8μmol/l)より優れている。また、本発明の方法でのグルコースの定量結果は既存の一般的な酵素法との高い相関があることも実証された。
【0033】
グルコ−スとマンノースの相対量は動物種によって異なるが、本発明の方法では、異なる生物種を測定対象としても、マンノースとグルコースの同時検出が可能である。検出は広い範囲で可能であり、例えグルコースが高値であってもマンノースとリテンションタイムが離れており、どちらの成分も分析可能である。発明者らは、本方法を用いてマンノース0.09〜320μmol/l、グルコース0.04〜64mmol/lの範囲で正確に検出可能であることを確認している。
【0034】
具体例として、マンノースとグルコースの血中濃度について、ヒトのマンノースとグルコースの血中濃度は健康なヒトの早朝空腹時(女性10名、男性5名)で、マンノース:35.6±12.6μM、グルコース:4.64±0.87mMという報告がある。(Determination of D-Mannnose in Plasma by HPLC:Clinical Chemistry 49巻,NO.1,181-183頁,2003年)動物の場合はまだ報告が少ないが、例えば、Glycobiology vol.8 no.3, pp.285-295,1998、TableIに各種哺乳動物の血清中マンノース濃度のデータが記載されている。さらに同文献において、グルコースはマンノースの50から150倍であったと記述がある。グルコースのデータとしては、例えば、本発明者らの文献(新井ら、D-glucose transport and glycolytic enzyme activities in erythrocytes of dogs, pigs, cats, horses, cattle and sheep: Resarch in Veterinary Science,58巻,195-196頁, 1995年)に記載がある。これら2つの文献からネコとイヌのデータを取り出すと、ネコ(Domestic cat)についてはマンノース135μM/グルコース4.7mM、イヌ(Domestic dog)についてはマンノース65μM/グルコース5.6mMとなる。これらの数値は、全て本発明の方法により正確な測定が可能な範囲に含まれることが明らかである。
【0035】
また、本発明は、被験対象から採取された試料中に存在するグルコースを測定するのと同時に、当該試料中に存在するマンノースを測定する方法に使用するキットの形態として利用することも可能である。本発明のキットには、内部標準物質を含有する試薬、単糖の蛍光標識に必要な試薬、および取扱説明書等が含まれる。
【0036】
さらに、上述の本発明の方法を用いて被験対象から採取された体液中のグルコースとマンノースとを測定することにより糖尿病または前糖尿病状態を鑑別する方法も本発明に含まれる。被験対象から採取された体液中のグルコースとマンノースとを測定し、それぞれの基準値と比較することにより糖尿病または前糖尿病状態を鑑別することができる。前糖尿病状態とは、境界型糖尿病あるいは耐糖能障害とも称され、糖尿病発症に至る前段階の状態であり、この状態を早期に鑑別して適切な治療を行うことにより糖尿病への進行を抑制できる。
【0037】
ヒトにおいて血液中のグルコース濃度による診断基準は明確であり、本発明の方法により糖尿病または前糖尿病状態を鑑別できる。グルコース濃度の具体的な基準値については、例えば、日本糖尿病学会判定基準の数値(空腹時の血液中のグルコースが110-125mg/dlで前糖尿病状態、126mg/dl以上で糖尿病、あるいは75gブドウ糖負荷後の血液中のグルコースの2時間値が140mg/dl以上で前糖尿病状態または糖尿病)を採用できるが、さらに独自の基準を採用することも可能である。また、被験対象がヒト以外の哺乳動物である場合は、それぞれの動物種に応じた適当な基準値を設定すべきである。マンノースについては、現在のところ、血液中のマンノース濃度と糖尿病または前糖尿病状態との関係について必ずしも確立された基準値があるわけではないが、本発明により血液中のグルコースとマンノースを同一の試料で同時に測定できるため、グルコース濃度の基準値との比較により正常型または糖尿病もしくは前糖尿病状態と鑑別された試料のマンノース濃度に基づくマンノース濃度の基準値を求めることが可能である。
【実施例】
【0038】
次に本発明を実施例によりさらに詳細に説明する。
【0039】
実施例1 イヌ血清中マンノースとグルコース濃度
方法
試薬:試薬は別途記述していないかぎり和光純薬から特級品を購入した。
サンプル:健康なイヌ3匹から静脈血の血清を得た。早朝空腹時と食後1時間30分後に採血を行った。血液採取についてはシリンジもしくは真空管採血後、30分程度放置後、遠心分離し上澄み液を血清とし、分析までは−20℃で保存した。
【0040】
標準溶液の調製:
標準溶液としてマンノース溶液2.5, 5, 10, 20, 40, 80, 160, 320μmol/l、グルコース溶液0.5, 1, 2, 4, 8, 16, 32, 64mmol/lの8点を調製した。
【0041】
除タンパク溶液を含む内部標準溶液の調製:
内部標準物質としてL-ラムノースとD-キシロースをそれぞれマンノースとグルコースに対して用いた。内部標準溶液として分析時にL-ラムノースを1280μmol/l、D-キシロースを80mmol/lになるよう4.8mol/l過塩素酸溶液に溶解した。なお、この内部標準溶液は除タンパク溶液も兼ねている。
【0042】
単糖のABEE標識化:
マイクロチューブに標準溶液またはサンプル(血清)100μlと、内部標準溶液12.5μlを入れ(つまり4.8mol/l過塩素酸溶液をサンプル100に対して12.5添加)、除タンパクのため試験管振盪機で10秒間混和後、遠心分離(13,000G、4℃、20分間)をおこなった。上清を別のマイクロチューブに10μl移し、そこに4-アミノ安息香酸エチルエステル(ABEE)標識化試薬(生化学工業製)を40μl添加し、試験管振盪機で5秒間混和してから80℃1時間保った後、放冷した。これを遠心分離(13,000G、4℃、10秒間)し蒸留水200μl、クロロホルム200μlを添加し、試験管振盪機で10秒間混和後、遠心分離(13,000G、4℃、5分間)し、上清10μlをHPLC分析に供した。
【0043】
HPLC分析条件と標識化単糖の分析:
HPLC(島津製作所製)のシステムは送液ポンプ(LC-20AD)2台、オートサンプラー(SIL-20AC)、カラムオーブン(CTO-20AC)紫外可視分光光度計検出器(SPD-20A)、分光蛍光検出器(RF-10A XL)、コントローラー(LC solution)で構成した。カラムには逆相カラムであるHonenpak C18(生化学工業製、Code 800445)を用い、流速1ml/minでカラム温度30℃にて、分析をおこなった。紫外可視分光光度計検出器、分光蛍光検出器は直列に接続し、紫外可視分光光度計検出器では標識化グルコースと内部標準物質の標識化キシロースを分析し、分光蛍光検出器では標識化マンノースと内部標準物質の標識化ラムノースを分析した。紫外可視分光光度計検出器の検出波長は305nmとした。分光蛍光検出器は励起波長305nm、蛍光波長360nmで検出した。0.2mol/lホウ酸カリウム緩衝液(pH8.9)/アセトニトニル(93/7、V/V)、0.02%TFA溶液/アセトニトリル(50/50 、V/V)をそれぞれ溶液A、溶液Bとし、移動相として使用した。溶液Aは分離のために35分間流し、次に溶液Bをカラムの洗浄のために5分間流した。次の試料の分析前には平衡化のために溶液Aを10分間流した。
【0044】
酵素法によるグルコース濃度の測定:
上述したイヌ血清サンプルを用い、血清中グルコースを酵素法であるグルコースC-IIテストワコーによって測定し、上述したHPLC分析法での測定結果と相関を取った。(表1、図4)
結果
図1(a),(b)に、マンノース検量線とグルコース検量線を示す。
【0045】
図2にイヌ1空腹時血清をサンプルとした標識化マンノースのクロマトグラム、図3にイヌ1空腹時をサンプルとした標識化グルコースのクロマトグラムを示す。本発明の方法(HPLC法)および酵素法によるイヌ血清中マンノースとグルコース濃度の分析結果を表1に示す。
【0046】
【表1】

【0047】
図4に、イヌ血清グルコース濃度のHPLC分析法と酵素法との相関を示す。本法でのイヌ血清中グルコースの定量結果は既存の一般的な酵素法との高い相関が得られた。マンノースは既存の一般的な方法がないため比較を行わなかった。
【0048】
血液中に含まれないL-ラムノースとD-キシロースを、それぞれマンノース、グルコースの内部標準溶液としたため、図1に示すような相関係数の高い検量線を得ることができた。すなわち、血清中の他のバックグラウンドとなる妨害ピークや、内在物質の影響を受けず、誤差の少ない測定ができると考える。
【0049】
マンノースとグルコースの検出限界は検量線の残差標準偏差の値に係数3.3を掛けた分析信号に対する濃度から、それぞれ0.09(μmol/l)、0.04(mmol/l)と求めることができた。これは既存のポストカラム法によるマンノースの検出限界(Clinical Chemistry 49:1 181-183,2003)の5(μmol/l)や、酵素法によるマンノースの検出限界(Metabolism, Vol 52, No 8(August),2003:p1019-1027)の0.5mg/ml(=2.8(μmol/l))より優れている。
【0050】
実施例2 ネコ血清中マンノースとグルコース濃度
実施例1のサンプルをイヌ血清に代えて、正常ネコ血清と糖尿病ネコ血清を用いた他は、実施例1と同様の実験操作を行って、ネコ血清中のマンノースとグルコースを定量した。図5に、糖尿病ネコ血清をサンプルとした標識化マンノースのクロマトグラム、図6に、糖尿病ネコ血清をサンプルとした標識化グルコースのクロマトグラムを示す。
【0051】
表2に分析結果を示す。
【0052】
【表2】

【0053】
検出感度の異なる検出器を、直列に接続することにより、濃度差がおよそ1:100であるマンノースとグルコースを表1および2に示すように同時に定量することができた。従来では、マンノースとグルコースは構造が類似し、かつ濃度差があるためグルコースを消去しなければマンノースを測定することはできず、同時測定は困難であったが、今回初めて同時測定を可能にした。また実施例1ではイヌ、実施例2ではサンプルにネコの血清を用いたがどちらでも定量可能であった。特に実施例2では糖尿病ネコの血清を使用したが、グルコースが高値であってもマンノースとリテンションタイムが離れているため、どちらの成分も分析可能であることを示している。すなわち本発明が、異なる生物種を測定対象としても、マンノースとグルコースの同時検出が可能であることを示している。
【産業上の利用可能性】
【0054】
本発明によりグルコースとマンノースを同時に定量することができるようなったため、糖尿病の症例の多面的な評価が可能になる。特に、血中グルコースと同時にマンノースを測定することで前糖尿病状態を把握することができ、このことから、前糖尿病状態の患者に適切に栄養指導を行うことで、糖尿病の予防を行うことができる。
【0055】
また、一般的な血液検査の一つの指標とすることができれば、血液の前処理を含めた自動化も可能であり、有益な診断指標を簡便な方法で得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】(a),(b)は、それぞれマンノース検量線とグルコース検量線である。
【図2】イヌ1空腹時血清をサンプルとした標識化マンノースのクロマトグラムである。
【図3】イヌ1空腹時血清をサンプルとした標識化グルコースのクロマトグラムである。
【図4】イヌ血清グルコース濃度のHPLC分析法と酵素法との相関を示す。
【図5】糖尿病ネコ血清をサンプルとした標識化マンノースのクロマトグラムである。
【図6】糖尿病ネコ血清をサンプルとした標識化グルコースのクロマトグラムである。
【図7】本発明によるマンノース、グルコース同時検出システムの模式図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料中の単糖を標識化し、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)のシステムにより標識化グルコースと標識化マンノースを測定することからなる、試料中のグルコースと試料中のマンノースを同時に測定する方法。
【請求項2】
HPLCのシステムが低感度の検出器と高感度の検出器を備える検出装置を有し、低感度の検出器によって標識化グルコースとその内部標準物質の標識化単糖を検出し、高感度の検出器によって標識化マンノースとその内部標準物質の標識化単糖を検出することを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
単糖の還元末端を化学的に標識化する蛍光試薬を用いて試料中の単糖を標識化することを特徴とする、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
単糖の還元末端をアミノベンジル化またはアミノピリジル化する標識化試薬を用いて試料中の単糖を標識化することを特徴とする、請求項1から3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
標識化試薬が4−アミノ安息香酸エチルエステル(ABEE)であることを特徴とする、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
低感度の検出器が紫外光検出器であり、高感度の検出器が蛍光検出器であることを特徴とする、請求項2から5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
試料が被験対象から採取された体液である、請求項1から6のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
請求項1から7のいずれかに記載の方法に使用するキットであって、内部標準物質を含有する試薬および単糖の蛍光標識に必要な試薬を含む、前記キット。
【請求項9】
請求項1から7のいずれかに記載の方法により、被験対象から採取された体液中のグルコースとマンノースを測定することを含む、糖尿病または前糖尿病状態を鑑別する方法。

【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図1】
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【公開番号】特開2007−212235(P2007−212235A)
【公開日】平成19年8月23日(2007.8.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−31175(P2006−31175)
【出願日】平成18年2月8日(2006.2.8)
【出願人】(803000034)学校法人日本医科大学 (37)
【Fターム(参考)】