説明

ミシンの糸通し装置

【課題】ヘッド部全体をコンパクト化することができるとともに、操作者が片手で確実に糸通し作業を実行することができるミシンの糸通し装置を提供する。
【解決手段】支持している縫針を上下に移動させる針棒に近接する糸通し軸、鉤部を針穴に出し入れすることが可能な糸通しフック、糸通し軸の下降限界位置を、鉤部と針穴との高さが一致する位置に規制する位置決め部材、糸通し軸の下降限界点近傍で鉤部が縫針の針穴に挿通するよう所定角度回動させる第1の回動機構、及び糸通し軸の下降限界点近傍で鉤部まで上糸を誘導する糸誘導部材を備える。糸通し軸の下降限界点近傍で糸誘導部材の糸引っかかり部が縫針の針穴の位置を通過するよう所定角度回動させる第2の回動機構を備え、第1の回動機構及び第2の回動機構は、糸通しフック及び糸誘導部材を互いに反対方向に回転させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、針棒に近接した1本の糸通し軸を下降及び回動させることにより、糸通し軸の下端部に付設した鉤部により針穴への糸通しを行うミシンの糸通し装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、ミシンを用いて加工布に縫目を形成する縫製作業に当たり、縫針の針穴に簡単に糸通しすることが可能な糸通し装置を装備したミシンが実用に供されている(特許文献1及び2参照)。例えば特許文献1では、操作者が糸通しレバーを下降させた場合、糸通し軸とスライダーガイド軸とが下降し、糸通し軸の上端部の摺動ピンが針棒側の係止部に当接した段階でこれら糸通し軸とスライダーガイド軸との高さ位置が規制される。その後さらに糸通しレバーを下降させた場合、摺動ピンを備えた糸通し軸が、摺動ピンを含むカム機構により所定角度だけ回動して、糸通し軸の下端部に付設のフックを針穴に挿通させた後、糸通しが実行される。
【0003】
しかし、特許文献1では、手動でフックに糸をかける必要があり、操作者は両手を用いて糸通し作業を行う必要があるという問題点があった。そこで特許文献2では、糸駒から提供される上糸をミシンの所定の位置に糸掛けしておき、操作者が糸通しレバーを下降させた場合、糸通し軸の上端部の摺動ピンが針棒側の係止部に当接した段階でこれら糸通し軸とスライダーガイド軸の高さ位置が規制される。
【0004】
その後さらに糸通しレバーを下降させた場合、摺動ピンを備えた糸通し軸が、摺動ピンを含むカム機構により所定角度だけ回動して、糸通し軸の下端部に付設のフックを針穴に挿通させる。フックは、針穴に挿通した状態で、糸掛けしてある上糸を引っ掛け、糸通しレバーを上昇させた場合にフックが針穴から抜け出るのに応じて糸通しが実行される。このように、操作者は、糸通しレバーを下降、上昇させる動作のみで糸通しを実行することができる。
【特許文献1】特開2005−160592号公報
【特許文献2】特開2002−200386号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、特許文献2では、特許文献2の図5及び図7を参照すれば明らかなように、針棒のほか、糸通し軸の下端部に固着されているフック機構の動作を制御し、上糸を確実に糸通しするために、糸通し軸とスライダーガイド軸との2本の操作軸が必要となっている。したがって、ミシンの針棒を含めたヘッド部分の慣性が大きく、ジグザグ縫い等の動きの細かい作業を行う場合に高速化が困難になるという問題点があった。
【0006】
また、部品点数が多くなることから、ヘッド部全体をコンパクトにすることが困難になるとともに、低コスト化することも困難になるという問題点もあった。
【0007】
本発明は斯かる事情に鑑みてなされたものであり、ヘッド部全体をコンパクト化することができるとともに、操作者が片手で確実に糸通し作業を実行することができるミシンの糸通し装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために第1発明に係るミシンの糸通し装置は、支持している縫針を上下に移動させる針棒に近接し、上下に移動することが可能であり、しかも軸を中心として回転することが可能に支持されている糸通し軸と、前記糸通し軸の下端部に固着され、縫針の針穴に挿通することが可能な鉤部と、該鉤部を針穴に誘導する第1のガイド部とを有する糸通しフックと、前記糸通し軸の下降限界位置を、前記鉤部と縫針の針穴との高さが一致する位置に規制する位置決め部材と、前記糸通し軸の下降限界点近傍で前記鉤部が縫針の針穴に挿通するよう前記第1のガイド部を所定角度回動させる第1の回動機構と、前記糸通し軸の下降限界点近傍で前記鉤部まで上糸を誘導する糸誘導部材とを備えるミシンの糸通し装置において、前記糸誘導部材は、糸を引っ掛ける糸引っかかり部と、該糸引っかかり部を縫針方向へ誘導する第2のガイド部とを有し、前記糸通し軸の下降限界点近傍で前記糸引っかかり部が縫針の針穴の位置を通過するよう前記第2のガイド部を所定角度回動させる第2の回動機構を備え、前記第1の回動機構及び前記第2の回動機構は、前記糸通しフック及び前記糸誘導部材を互いに反対方向に回転させるようにしてあることを特徴とする。
【0009】
また、第2発明に係るミシンの糸通し装置は、第1発明において、前記糸通し軸に外嵌又は内嵌されてミシン本体に固着されており、周面に第1のカム穴及び第2のカム穴を有する糸通し案内部材を有し、前記第1の回動機構は、前記第1のカム穴、及び前記糸通し軸に設けてある、前記第1のカム穴に嵌合する第1のカム軸を備え、前記第2の回動機構は、前記第2のカム穴、及び前記糸誘導部材に設けてある、前記第2のカム穴に嵌合する第2のカム軸を備え、前記第1のカム穴の傾斜方向と、前記第2のカム穴の傾斜方向とが反対方向となるようにしてあることを特徴とする。
【0010】
また、第3発明に係るミシンの糸通し装置は、第1又は第2発明において、前記第1のカム穴の最上部近傍での上下方向の幅は、前記第1のカム軸の軸径よりも大きくなるようにしてあり、前記糸通しフックと前記糸誘導部材との間に、前記糸通しフックと前記糸誘導部材とを離隔させるよう付勢する付勢部材を備えることを特徴とする。
【0011】
また、第4発明に係るミシンの糸通し装置は、第1乃至第3発明のいずれか1つにおいて、前記糸通し軸を操作する、上下に移動することが可能な操作体を備えることを特徴とする。
【0012】
第1発明では、支持している縫針を上下に移動させる針棒に近接する位置に、上下に移動することが可能であり、しかも軸を中心として回転することが可能に支持されている糸通し軸を1本備えている。糸通し軸の下端部には、縫針の針穴に挿通することが可能な鉤部と、該鉤部を針穴に誘導する第1のガイド部とを有する糸通しフックが装着されている。第1の回動機構は、糸通し軸の下降限界点近傍で鉤部が縫針の針穴に挿通するよう第1のガイド部を所定角度回動させる。糸誘導部材は、糸引っかかり部を縫針方向へ回転誘導し、第2の回動機構は、糸通し軸の下降限界点近傍で糸引っかかり部が縫針の針穴の位置を通過するよう第2のガイド部を所定角度回動させる。第1の回動機構による糸通しフックの回転方向と、第2の回動機構による糸誘導部材の回転方向とは互いに反対方向であり、1本の糸通し軸の上下動により、縫針の針穴に挿通することが可能な鉤部と糸を引っ掛ける糸引っかかり部とを接近させたり離隔させたりすることができる。これにより、第2のガイド部と一体となって回転する糸引っかかり部に上糸を引っ掛けておき、第1のガイド部と一体となって回転する鉤部が針穴に挿入された後、鉤部へ上糸が引っかかる。鉤部が針穴から引き戻されるのに伴って、上糸が針穴へ挿入される。したがって、1本の糸通し軸の上下動に応じて確実に糸通しを実行することができ、ヘッド部全体をコンパクト化することができるとともに、低コスト化を図ることが可能となる。また、細かい動きが要求される縫製時であっても、移動部分の慣性が小さいことから、縫製精度を維持するために縫製速度を減じる必要が無い。
【0013】
第2発明では、糸通し軸に外嵌又は内嵌されてミシン本体に固着されており、周面に第1のカム穴及び第2のカム穴を有する糸通し案内部材を有している。第1の回動機構は、第1のカム穴、及び糸通し軸に設けてある、第1のカム穴に嵌合する第1のカム軸とで構成され、第2の回動機構は、第2のカム穴、及び糸誘導部材に設けてある、第2のカム穴に嵌合する第2のカム軸とで構成されている。第1のカム穴の傾斜方向は、第2のカム穴の傾斜方向と反対方向としてあり、第1の回動機構が糸通し軸を中心として時計回り(反時計回り)に回転する場合、第2の回動機構は糸通し軸を中心として反時計回り(時計回り)に回転する。これにより、1本の糸通し軸の上下動により、上糸を誘導する糸引っかかり部と、針穴へ糸通しする鉤部との相対的な回転動作を制御することができ、確実に糸通しを実行することが可能となる。したがって、ヘッド部全体をコンパクト化することができるとともに、低コスト化を図ることが可能となる。
【0014】
第3発明では、第1のカム穴の最上部近傍での上下方向の幅は、第1のカム軸の軸径よりも大きくなるようにしてある。したがって、第2のガイド部、すなわち上糸を引っかけてある糸引っかかり部を、第1のガイド部、すなわち糸通しする鉤部の回転が止まった後にさらに下方へ移動させることができる。また、糸通しフックと糸誘導部材との間に、糸通しフックと糸誘導部材とを離隔させるよう付勢する付勢部材、例えばバネ等を備えることにより、鉤部が針穴から抜け出る前に糸誘導部材を元の位置、すなわち上糸を鉤部に引っかけることができる位置まで移動させることができる。したがって、例えば糸引っかかり部を糸通しフックより下降させた状態で鉤部を針穴に挿入し、鉤部が針穴から抜け出る前に糸引っかかり部を押し上げることで、鉤部に上糸が確実に引っかけられた状態で鉤部を針穴から引き出すことができ、確実に糸通しすることが可能となる。
【0015】
第4発明では、糸通し軸を操作する、上下に移動することが可能な操作体を備える。操作者は、操作体を上下動することにより糸通し軸を上下動及び回動させることができ、片手で糸通し作業を行うことが可能となる。
【発明の効果】
【0016】
第1発明によれば、第1の回動機構による第1のガイド部の回転方向と、第2の回動機構による第2のガイド部の回転方向は互いに反対方向であり、1本の糸通し軸の上下動により、縫針の針穴に挿通することが可能な鉤部と糸を引っかける糸引っかかり部とを接近させたり離隔させたりすることができる。これにより、第2のガイド部と一体となって回転する糸引っかかり部に上糸を引っ掛けておき、第1のガイド部と一体となって回転する鉤部が針穴に挿入された後、鉤部へ上糸が引っかかる。鉤部が針穴から引き戻されるのに伴って、上糸が針穴へ挿入される。したがって、1本の糸通し軸の上下動に応じて確実に糸通しを実行することができ、ヘッド部全体をコンパクト化することができるとともに、低コスト化を図ることが可能となる。また、細かい動きが要求される縫製時であっても、移動部分の慣性が小さいことから、縫製精度を維持するために縫製速度を減じる必要が無い。
【0017】
第2発明によれば、第1のカム穴の傾斜方向は、第2のカム穴の傾斜方向と反対方向となっており、第1の回動機構が糸通し軸を中心として時計回り(反時計回り)に回転する場合、第2の回動機構は糸通し軸を中心として反時計回り(時計回り)に回転する。これにより、1本の糸通し軸の上下動により、上糸を誘導する糸引っかかり部と、針穴へ糸通しする鉤部との相対的な回転動作を制御することができ、確実に糸通しを実行することが可能となる。したがって、ヘッド部全体をコンパクト化することができるとともに、低コスト化を図ることが可能となる。
【0018】
第3発明によれば、第2のガイド部、すなわち上糸を引っかけてある糸引っかかり部を、第1のガイド部、すなわち糸通しする鉤部の回転が止まった後にさらに下方へ移動させることができる。また、糸通しフックと糸誘導部材との間に、糸通しフックと糸誘導部材とを離隔させるよう付勢する付勢部材、例えばバネ等を備えることにより、鉤部が針穴から抜け出る前に糸誘導部材を元の位置、すなわち上糸を鉤部に引っかけることができる位置まで移動させることができる。したがって、例えば糸引っかかり部を糸通しフックより下降させた状態で鉤部を針穴に挿入し、鉤部が針穴から抜け出る前に糸引っかかり部を押し上げることで、鉤部に上糸が確実に引っかけられた状態で鉤部を針穴から引き出すことができ、確実に糸通しすることが可能となる。
【0019】
第4発明によれば、操作者は、操作体を上下動することにより糸通し軸を上下動及び回動させることができ、片手で糸通し作業を行うことが可能となるという優れた効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下に、本発明をその実施の形態を示す図面に基づいて説明する。以下の説明では、ミシンを操作する操作者から視た前後左右を前後左右として説明する。図1は、本発明の実施の形態に係るミシンのアーム部の構成を示す針棒を含む左右方向の面での断面図である。図1に示すように、本実施の形態に係るミシンのアーム部は、針棒支持部1と、針棒15、針棒15に近接して配置されている糸通し軸4と、糸通し軸4を内包して上下方向に移動すること及び糸通し軸4の中心軸を中心として回動させることが可能な第1の糸通し案内部2並びに第2の糸通し案内部3とを有する。
【0021】
針棒15の上下動は以下のように行われる。図1に示すように、主軸9の左端側部分には、図示しない天秤機構の天秤クランク11が設けられており、天秤クランク11にクランクピンを介して針棒クランクロッド12が回動自在に連結されている。針棒15の略中段部には針棒抱き13が連結されており、針棒クランクロッド12が針棒抱き13に連結されている。
【0022】
縫製する場合には、ミシンモータにより主軸9が回転駆動され、針棒クランクロッド12により針棒15が上下に往復駆動される。なお、ステッピングモータ等により針棒支持部1を介して縫針14を揺動駆動する機構は特に限定されるものではなく、一般的な機構であれば良いことから詳細な説明は省略する。
【0023】
糸通し軸4の下端部には、縫針14の針穴14aに挿通することが可能な糸通しフック5が設けられている。糸通しフック5の上部には、糸を糸通しフック5へ誘導するよう糸通し軸4とは独立して回転することが可能な糸誘導部材6が、糸通しフック5側へ糸誘導部材6を押し上げるように付勢する圧縮バネ7を挟んで備えられている。
【0024】
糸通しフック5と縫針14の針穴14aとの位置は、位置決め板(位置決め部材)8により適切な位置に調整することが可能となっている。アーム部の頭部には、針棒15を上下動可能に支持する針棒支持部1が上下方向に配設され、針棒支持部1の上端部は、ミシン機枠に揺動可能に支持されている。
【0025】
なお、上述した針棒15の上下動に連動させて糸通し軸4を上下動させても良いが、これに限定されるものではなく、例えば図1に示すように、操作者が片手で操作することが可能な操作機構16を設けることが好ましい。図1の例では、操作機構16は、操作体(操作レバー)17、糸通し軸4と連結されている糸通し軸連結板18、及び操作体軸19で構成されており、操作体17を上下動させることにより糸通し軸4及び針棒15が連動して上下動する。これにより、操作者は、操作体17を上下動することにより糸通し軸4を上下動及び回動させることができ、片手で糸通し作業を行うことが可能となる。
【0026】
次に、縫針14の針穴14aに上糸を糸通しする糸通し装置について説明する。図2は、本発明の実施の形態に係るミシンの糸通し装置の糸通し棒4の動作を説明するための断面図である。図2に示すように、実施の形態に係る糸通し棒4は、第1の糸通し案内部2及び第2の糸通し案内部3と円筒カム機構を介して連結されている。なお、第1の糸通し案内部2及び第2の糸通し案内部3は、近接して上下動する針棒支持部1に固着されている。本実施の形態では、円筒カム機構を確実に機能させるべく、糸通し案内部を針棒支持部1へより強固に固着するように糸通し案内部を2つに分割して、それぞれを針棒支持部1へネジ止めした構成となっている。もちろん、糸通し案内部を分割せずに一体物として形成しても特に問題はない。
【0027】
糸通し棒4は、第1の糸通し案内部2に設けてある第1のカム穴21に嵌挿することが可能な第1のカム軸41が周面から突出するように設けてある。第1の糸通し案内部2及び第2の糸通し案内部3が針棒15の下降に連動して下降(上昇)する場合、第1のカム軸41が第1のカム穴21に沿って移動し、糸通し棒4の下端に設けられている糸通しフック5が上から見て時計回り(反時計回り)に回転する(第1の回動機構)。
【0028】
第2の糸通し案内部3に設けてある第2のカム穴31に嵌挿することが可能な第2のカム軸(図示せず)は、糸通し棒4の下端部に回転することが可能に連結されている糸誘導部材6に設けられている。第1の糸通し案内部2及び第2の糸通し案内部3が針棒15の下降に連動して下降(上昇)する場合、第2のカム軸が第2のカム穴31に沿って移動し、糸通し棒4の下端に設けられている糸誘導部材6は糸通しフック5とは反対方向、すなわち上から見て反時計回り(時計回り)に回転する(第2の回動機構)。このように、糸通しフック5と糸誘導部材6とが、1本の糸通し軸4の上下動及び回転に応じて近接し又は離隔することにより、針穴14aへの糸通し動作を1本の糸通し軸4のみで制御することができる。
【0029】
図3は、本発明の実施の形態に係るミシンの糸通し装置の糸誘導部材6の構成を示す三面図(平面図、正面図、及び側面図)である。図3(a)は、本発明の実施の形態に係るミシンの糸通し装置の糸誘導部材6の平面図を、図3(b)は正面図を、図3(c)は側面図を、それぞれ示している。糸誘導部材6は、糸通し軸4を中心として回転する第2のガイド部61と、第2のガイド部61の端部に、針棒15と干渉しないように二股に分かれて設けられている糸引っかかり部62とで構成されている。第2のガイド部61には、第2の糸通し案内部3に設けてある第2のカム穴31に嵌挿することが可能な第2のカム軸63が設けてある。第2のカム軸63が第2のカム穴31に沿って移動し、糸誘導部材6は糸通し軸4の上から見て反時計回り(時計回り)に回転する。糸誘導部材6の第2のガイド部61の回転に応じて、糸引っかかり部62が針棒15まで誘導され、糸引っかかり部62に引っかけられた糸が、糸通しフック5の鉤部52(図4参照)近傍まで誘導される。
【0030】
図4は、本発明の実施の形態に係るミシンの糸通し装置の糸通しフック5の構成を示す二面図(正面図及び平面図)である。図4(a)は、本発明の実施の形態に係るミシンの糸通し装置の糸通しフック5の構成を示す正面図を、図4(b)は平面図を、それぞれ示している。糸通し軸4を中心として回転する第1のガイド部51と、第1のガイド部51の端部に設けられている糸を引っ掛ける鉤部52とで構成されている。第1のガイド部51の回転に応じて鉤部52が縫針14の針穴14aに出し入れされ、鉤部52で針穴14aへ糸通しする。
【0031】
図5は、本発明の実施の形態に係るミシンの糸通し装置の概要を示す斜視図である。図5は、糸通しを行う前の状態を示しており、糸通し棒4の構造をわかりやすくするために、糸通し棒4と針棒15との距離を実際より離して記載している。
【0032】
操作者が片手で操作体17を下降させた場合、糸通し棒4は針棒15と一体となって下降する。針棒15は、第1のカム軸41の動作を制御するカム制御部材20が針棒抱き13に接触するまで下降する。カム制御部材20が針棒抱き13に接触し、針棒抱き13が押し下げられることにより針棒クランクロッド12が最下点となるまで、第1の糸通し案内部2及び第2の糸通し案内部3は糸通し軸4と一体となって下降する。したがって、糸通しフック5及び糸誘導部材6は回転しない。
【0033】
カム制御部材20が針棒抱き13に接触し、針棒クランクロッド12が最下点となった場合、針棒15及び糸通し棒4はこれ以上下降せず、第1のカム軸41がカム制御部材20の端部に接触していることから、第1のカム軸41が第1のカム穴21の上縁部分に沿って移動する。本実施の形態では、第1のカム穴21の形状により、第1のカム軸41は以下のように挙動する。
【0034】
図6は、第1のカム穴21の中を移動する第1のカム軸41の挙動を説明する模式図である。図6に示すように、第1のカム穴21の最上部近傍では、上下方向の幅が第1のカム軸41の軸径よりも大きくなるようにしてある。したがって、操作体17を最下点から上昇させる場合、第1のカム軸41が上昇を開始するタイミングを遅らせることができ、糸誘導部材6の糸引っかかり部62のみ先に上昇させてから糸通しフック5を針穴14aから抜き出すよう挙動を制御することができる。したがって、糸通しフック5の鉤部52に確実に上糸を引っかけてから針穴14aから引き出すことができ、確実に糸通しすることが可能となる。
【0035】
具体的な挙動は以下の通りである。カム制御部材20が針棒抱き13に接触し、針棒クランクロッド12が最下点となっている場合、第1のカム軸41は、カム制御部材20の一端部に接触した状態で第1のカム穴21の最下端に位置している。操作体17をさらに下降させた場合、第1のカム軸41は移動ルート71に沿って移動し、糸通し軸4は回転することなく第1の糸通し案内部2及び第2の糸通し案内部3のみがさらに下降する。この時点で第2のカム軸63は第2のカム穴31に沿って移動を開始し、糸誘導部材6は上から見て反時計回りに回転することにより、針棒15の方向へ移動し始める。すなわち、第1のカム穴21と第2のカム穴31とは傾斜方向が相反していることから、1本の糸通し軸4により糸通しフック5と糸誘導部材6とを互いに逆方向に回転させることができる。
【0036】
操作体17をさらに下降させた場合、第1のカム軸41は移動ルート72に沿って移動し、糸通し軸4は上から見て時計回りに回転し、下端に備えている糸通しフック5は針穴14aへ移動して挿通される。糸通し軸4が回転することにより、第2の糸通し案内部3の第2のカム穴31に沿って第2のカム軸63がさらに移動する。第2のカム軸63が第2のカム穴31に沿ってさらに移動することにより、糸誘導部材6は上から見て反時計回りにさらに回転し、針棒15を挟むような位置まで移動する。
【0037】
このように糸通しフック5と糸誘導部材6とを互いに反対方向に回転させることにより、糸誘導部材6に引っかけられている上糸を確実に糸通しフック5まで誘導することができ、上糸の引っかけられた糸通しフック5を針穴14aから引き出すことにより、糸通しを確実に行うことができる。
【0038】
なお、本実施の形態では、上糸をより確実に糸通しフック5へ引っかけるために、付勢部材として圧縮バネ7を用いて糸誘導部材6をさらに上下動させている。つまり、第1のカム穴21の最上点に第1のカム軸41が到達する前に、第2のカム軸63が第2のカム穴31の最下点に到達するよう第1のカム穴21及び第2のカム穴31の長さを設定し、操作体17をさらに下降させた場合、第1のカム軸41が移動ルート73に沿って移動するようにしてある。
【0039】
このようにすることで、第2のカム軸63が第2のカム穴31の最下点に到達した後は、圧縮バネ7を圧縮して糸誘導部材6だけがさらに下降し、操作体17が最下点に到達する。したがって、糸通しフック5が針穴14aへ挿通される前に、糸誘導部材6は回転移動を終了し、糸通しフック5の鉤部52が針穴14aへ挿通された状態の位置よりも下方へ押し下げておくことができる。
【0040】
操作体17を上昇させ始めた場合、圧縮バネ7の弾性力により糸誘導部材6だけが上昇し、糸誘導部材6に引っかかっている上糸は、針穴14aに挿通されている糸通しフック5の鉤部52に確実に引っかかる。その状態でさらに操作体17を上昇させた場合、第1のカム軸41は、移動ルート74に沿って移動し、糸通し軸4は上から見て反時計回りに回転し、下端に備えている糸通しフック5は針穴14aから抜け出る。このとき、鉤部52に引っかかっている糸が、針穴14aを通過し、糸通しが完了する。
【0041】
図7乃至図9は、本発明の実施の形態に係るミシンの糸通し装置の挙動を説明する正面図、模式図及び平面図である。図7(a)は、初期状態の正面図及びカムの状態を示す模式図を、図7(b)は、初期状態の糸通しフック5と糸誘導部材6との位置関係を示す平面図を、図7(c)は、カム制御部材20が下降して針棒クランクロッド12が最下点となった状態の正面図及びカムの状態を示す模式図を、図7(d)は、カム制御部材20が下降して針棒クランクロッド12が最下点となった状態の糸通しフック5と糸誘導部材6との位置関係を示す平面図を、図7(e)は、第1のカム軸41が移動ルート71に沿って上昇した状態の正面図及びカムの状態を示す模式図を、図7(f)は、第1のカム軸41が移動ルート71に沿って上昇した状態の糸通しフック5と糸誘導部材6との位置関係を示す平面図を、それぞれ示している。
【0042】
図7(a)に示す位置から、操作者が片手で操作体17を下降させた場合、糸通し棒4は針棒15と一体となって下降し、糸通し棒4は、図7(c)に示すように、第1のカム軸41の動作を制御するカム制御部材20が針棒抱き13に接触し、針棒クランクロッド12が最下点となるまで下降する。カム制御部材20が針棒抱き13に接触し、針棒クランクロッド12が最下点に到達するまでは、糸通しフック5及び糸誘導部材6は回転しないことから、図7(b)及び(d)に示すように、糸通しフック5と糸誘導部材6との位置関係は変動しない。
【0043】
図7(c)に示す位置から操作体17をさらに下降させ、図7(e)に示す位置、すなわち第1のカム軸41が第1のカム穴21の上縁部分に到達した場合、糸通し軸4は回転することなく第1の糸通し案内部2及び第2の糸通し案内部3のみがさらに下降する。したがって、糸通しフック5は回転することなく図7(b)及び(d)に示す位置から移動しない。一方、第2のカム軸63は第2のカム穴31に沿って移動を開始し、図7(f)に示すように、糸誘導部材6は上から見て反時計回りに回転することにより、針棒15の方向へ移動し始める。
【0044】
図8(a)は、糸通しフック5が針穴14aに挿通直前の状態の正面図及びカムの状態を示す模式図を、図8(b)は、糸通しフック5が針穴14aに挿通直前の状態の糸通しフック5と糸誘導部材6との位置関係を示す平面図を、図8(c)は、操作体17が最下点にある状態での正面図及びカムの状態を示す模式図を、図8(d)は、操作体17が最下点にある状態での糸通しフック5と糸誘導部材6との位置関係を示す平面図を、図8(e)は、糸通し終了時の正面図及びカムの状態を示す模式図を、図8(f)は、糸通し終了時の糸通しフック5と糸誘導部材6との位置関係を示す平面図を、それぞれ示している。
【0045】
図8(a)に示すように操作体17をさらに下降させた場合、第1のカム軸41が第1のカム穴21の上縁部分に沿って移動し、糸通し軸4は上から見て時計回りに回転する。第1の糸通し案内部2及び第2の糸通し案内部3もさらに下降する。したがって、図8(b)に示すように、糸通しフック5は針穴14aに向かって回転する。一方、第2のカム軸63は第2のカム穴31に沿って移動を続け、図8(c)に示すように操作体17が最下点にある状態では、糸通しフック5の鉤部52が針穴14aに挿通された状態で、糸誘導部材6の糸引っかかり部62が鉤部52の直下へと押し下げられている。
【0046】
すなわち、第1のカム穴21の最上点に第1のカム軸41が到達する前に、第2のカム軸63が第2のカム穴31の最下点に到達するよう第1のカム穴21及び第2のカム穴31の長さを設定し、操作体17を下降させた場合、第1のカム軸41が移動ルート73に沿って移動するようにしてある。このようにすることで、第2のカム軸63が第2のカム穴31の最下点に到達した後は、圧縮バネ7を圧縮して糸誘導部材6だけがさらに下降し、操作体17が最下点に到達する。このようにカム穴の長さ、傾斜等を調整することにより、糸通しフック5の鉤部52と、糸誘導部材6の糸引っかかり部62との動作タイミングを調整することができ、糸通しをより確実に行うことができるようにしてある。
【0047】
したがって、糸通しフック5が針穴14aへ挿通される前に、糸誘導部材6は回転移動を終了し、操作体17が最下点にある状態では、糸通しフック5の鉤部52が針穴14aへ挿通された状態の位置よりも糸誘導部材6が下方へ押し下げられた状態となる。この状態では、圧縮バネ7は押し下げられているので、操作者が操作体17を離した状態では、圧縮バネ7の弾性力により糸誘導部材6は押し上げられる。よって、図8(e)及び(f)に示すように、糸通しフック5と糸誘導部材6との水平方向の位置関係が変動することなく、糸誘導部材6のみが上昇する。これにより、糸引っかかり部62に引っかけられている上糸が糸通しフック5の鉤部52まで上昇し、鉤部52に確実に係止される。
【0048】
図9(a)は、糸通しフック5が針穴14aから抜け出た状態の正面図及びカムの状態を示す模式図を、図9(b)は、糸通しフック5が針穴14aから抜け出た状態の糸通しフック5と糸誘導部材6との位置関係を示す平面図を、図9(c)は、カム制御部材152が固定部材151に接した状態の正面図及びカムの状態を示す模式図を、図9(d)は、カム制御部材152が固定部材151に接した状態の糸通しフック5と糸誘導部材6との位置関係を示す平面図を、図9(e)は、初期状態の正面図及びカムの状態を示す模式図を、図9(f)は、初期状態の糸通しフック5と糸誘導部材6との位置関係を示す平面図を、それぞれ示している。
【0049】
図9(a)に示すように操作体17を上昇させるにつれて、図9(b)に示すように、上糸が鉤部52に引っかけられている糸通しフック5が針穴14aから抜け出る。これに伴って、上糸が針穴14aを通過することにより、糸通しを行う。
【0050】
さらに操作体17を上昇させた場合、第1のカム軸41は移動ルート74に沿って、すなわち第1のカム穴21の下縁部に沿って移動し、図9(c)に示すように、カム制御部材152が固定部材151に接した状態まで戻る。第1のカム軸41が第1のカム穴21の上縁部に沿って移動するのに伴い、糸通し軸4は上から見て反時計回りに回転する。一方、第2のカム軸63は第2のカム穴31に沿って移動を続け、図9(d)に示すように糸誘導部材6は上から見て時計回りに回転する。
【0051】
さらに操作体17を上昇させた場合、第1のカム軸41は第1のカム穴21の最下端に戻り、針棒15及び糸通し軸4も上昇する。第2のカム軸63は第2のカム穴31に沿って移動を続け、図9(f)に示すように糸誘導部材6は上から見て時計回りに回転して元の位置へ戻る。
【0052】
以上のように本実施の形態によれば、2つのカム穴の傾斜方向が反対方向であることから、1本の糸通し軸4で糸通しフック5と糸誘導部材6とを反対方向に回転させることができ、ヘッド部全体をコンパクト化することができるとともに、部品点数の減少により低コスト化を図ることが可能となる。また、細かい動きが要求される縫製時であっても、移動部分の慣性が小さいことから、縫製精度を維持するために縫製速度を減じる必要が無い。
【0053】
その他、本願発明の趣旨を逸脱しない範囲において前記実施形態に種々の変更を付加した形態で実施可能である。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】本発明の実施の形態に係るミシンのアーム部の構成を示す針棒を含む左右方向の面での断面図である。
【図2】本発明の実施の形態に係るミシンの糸通し装置の糸通し棒の動作を説明するための断面図である。
【図3】本発明の実施の形態に係るミシンの糸通し装置の糸誘導部材の構成を示す三面図(平面図、正面図、及び側面図)である。
【図4】本発明の実施の形態に係るミシンの糸通し装置の糸通しフックの構成を示す二面図(平面図及び正面図)である。
【図5】本発明の実施の形態に係るミシンの糸通し装置の概要を示す斜視図である。
【図6】第1のカム穴の中を移動する第1のカム軸の挙動を説明する模式図である。
【図7】本発明の実施の形態に係るミシンの糸通し装置の挙動を説明する正面図、模式図及び平面図である。
【図8】本発明の実施の形態に係るミシンの糸通し装置の挙動を説明する正面図、模式図及び平面図である。
【図9】本発明の実施の形態に係るミシンの糸通し装置の挙動を説明する正面図、模式図及び平面図である。
【符号の説明】
【0055】
2 第1の糸通し案内部
3 第2の糸通し案内部
4 糸通し軸
5 糸通しフック
6 糸誘導部材
13 針棒抱き
14 縫針
14a 針穴
15 針棒
17 操作体
20 カム制御部材
21 第1のカム穴
31 第2のカム穴
41 第1のカム軸
51 第1のガイド部
52 鉤部
61 第2のガイド部
62 糸引っかかり部
63 第2のカム軸

【特許請求の範囲】
【請求項1】
支持している縫針を上下に移動させる針棒に近接し、上下に移動することが可能であり、しかも軸を中心として回転することが可能に支持されている糸通し軸と、
前記糸通し軸の下端部に固着され、縫針の針穴に挿通することが可能な鉤部と、該鉤部を針穴に誘導する第1のガイド部とを有する糸通しフックと、
前記糸通し軸の下降限界位置を、前記鉤部と縫針の針穴との高さが一致する位置に規制する位置決め部材と、
前記糸通し軸の下降限界点近傍で前記鉤部が縫針の針穴に挿通するよう前記第1のガイド部を所定角度回動させる第1の回動機構と、
前記糸通し軸の下降限界点近傍で前記鉤部まで上糸を誘導する糸誘導部材と
を備えるミシンの糸通し装置において、
前記糸誘導部材は、糸を引っ掛ける糸引っかかり部と、該糸引っかかり部を縫針方向へ誘導する第2のガイド部とを有し、
前記糸通し軸の下降限界点近傍で前記糸引っかかり部が縫針の針穴の位置を通過するよう前記第2のガイド部を所定角度回動させる第2の回動機構を備え、
前記第1の回動機構及び前記第2の回動機構は、前記糸通しフック及び前記糸誘導部材を互いに反対方向に回転させるようにしてあることを特徴とするミシンの糸通し装置。
【請求項2】
前記糸通し軸に外嵌又は内嵌されてミシン本体に固着されており、周面に第1のカム穴及び第2のカム穴を有する糸通し案内部材を有し、
前記第1の回動機構は、前記第1のカム穴、及び前記糸通し軸に設けてある、前記第1のカム穴に嵌合する第1のカム軸を備え、
前記第2の回動機構は、前記第2のカム穴、及び前記糸誘導部材に設けてある、前記第2のカム穴に嵌合する第2のカム軸を備え、
前記第1のカム穴の傾斜方向と、前記第2のカム穴の傾斜方向とが反対方向となるようにしてあることを特徴とする請求項1記載のミシンの糸通し装置。
【請求項3】
前記第1のカム穴の最上部近傍での上下方向の幅は、前記第1のカム軸の軸径よりも大きくなるようにしてあり、
前記糸通しフックと前記糸誘導部材との間に、前記糸通しフックと前記糸誘導部材とを離隔させるよう付勢する付勢部材を備えることを特徴とする請求項1又は2記載のミシンの糸通し装置。
【請求項4】
前記糸通し軸を操作する、上下に移動することが可能な操作体を備えることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか一項に記載のミシンの糸通し装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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