説明

ミトコンドリア異常を伴う先天性筋ジストロフィーの検出及び治療

【課題】ミトコンドリア異常を伴う先天性筋ジストロフィーの検出法を提供する。
【解決手段】ヒト被験者からの検体においてヒトコリンキナーゼβ(CHKB)遺伝子の変異を測定し、該変異によりコリンキナーゼβ(CHKB)活性が正常活性の0〜約30%に低下しているときミトコンドリア異常を伴う先天性筋ジストロフィーであると決定することを含む、ミトコンドリア異常を伴う先天性筋ジストロフィーの検出方法、並びに、ヒト正常コリンキナーゼβ(CHKB)をコードするDNAを発現可能に含むベクターを含有する該疾患の遺伝子治療用組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ミトコンドリア異常を伴う先天性筋ジストロフィーの検出及び治療に関する。
【背景技術】
【0002】
先天性筋ジストロフィーは生下時または乳児期早期より骨格筋症状を来す重篤な遺伝性筋疾患の総称である。その中で、ミトコンドリア異常を伴う先天性筋ジストロフィーは、乳児期早期より筋力低下と筋萎縮を来たし、精神遅滞を伴う常染色体劣性遺伝性疾患である。この疾患について1998年に本発明者らによってはじめてその疾患概念が報告された(非特許文献1)。
【0003】
しかしながら、ミトコンドリア異常を伴う先天性筋ジストロフィーは、その疾患概念が報告されて以来、その原因や病態は全く不明であり、従って確定診断が不可能であった。このため、数多い筋ジストロフィーの中から、ミトコンドリア異常を伴う先天性筋ジストロフィーの診断を確定できる方法が待ち望まれてきた。
【0004】
2006年にコリンキナーゼβ(Chkb)遺伝子内に約1.6kbpの欠失変異を有するChkbノックアウトマウスが見出された(非特許文献2)。このマウスは、筋ジストロフィー様の筋力低下を示す。
【0005】
コリンキナーゼは、主要な膜リン脂質であるホスファチジルコリン(PC)生合成の初期段階反応を触媒する酵素であり、αとβの2つのアイソザイムが存在している。コリンキナーゼはダイマータンパク質の形態で作用し、ホモダイマーとヘテロダイマーがあり、ホモダイマーとして、α/αホモダイマー(高いコリンキナーゼ活性をもつ)とβ/βホモダイマー(低いコリンキナーゼ活性をもつ)が知られており、一方、ヘテロダイマーとして、α/βヘテロダイマー(中程度のコリンキナーゼ活性をもつ)が知られている。これまで、癌の増殖、発症及び進行に対するコリンキナーゼの関与が提案されており、例えば乳癌、肺癌、大腸癌、前立腺癌、膀胱癌などの癌のなかにコリンキナーゼ、特にα型が過剰発現されるものがあることが知られている(非特許文献3)。
【0006】
しかしながら、CHKB遺伝子の変異とヒト先天性筋ジストロフィーとの関係についてこれまで具体的な報告がないし、また、ヒト先天性筋ジストロフィーには原因遺伝子が同定されているものがいくつかあるものの、原因不明のものも多数知られているため、上記のような動物モデルが知られていたとしても多種類ありかつ希少疾患であるヒト先天性筋ジストロフィーとの関連性を見出すことは容易ではない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Nishino, I et al., Muscle Nerve. 1998, 21(1):40-47
【非特許文献2】Sher, R.B. et al., J. Biol. Chem. 2006, 281(8):4938-4948
【非特許文献3】Gallego-Ortega, David et al., Plos ONE, 2009, 4(11):e7819
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、福山型先天性筋ジストロフィー、muscle-eye-brain disease、Walker-Warburg syndrome、メロシン陽性又はメロシン欠損型先天性筋ジストロフィーなどを含むおそらく原因の異なる多くの種類のヒト先天性筋ジストロフィーのなかで、筋力低下、筋萎縮、精神遅滞などの重い症状のミトコンドリア異常を伴う先天性筋ジストロフィーの原因を解明し、その疾患の検出法と治療法を提供することである。これによって該疾患の確定診断と有効な治療を可能にするだろう。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、要約すると、以下の特徴を包含する。
【0010】
(1) ヒト被験者からの検体においてヒトコリンキナーゼβ(CHKB)遺伝子の変異を測定し、該変異によりCHKB活性がフル活性の0〜約30%に低下しているときミトコンドリア異常を伴う先天性筋ジストロフィーであると決定することを含む、ミトコンドリア異常を伴う先天性筋ジストロフィーの検出方法。
(2) 前記変異が、ヒトCHKB遺伝子の塩基配列中のCHKB活性に関与するドメインをコードする領域の少なくとも1塩基の置換、挿入又は欠失である、請求項1に記載の方法。
(3) 前記変異が、正常ヒトCHKB遺伝子の塩基配列(配列番号2)中の少なくとも100〜130位、400〜700位、及び/又は、800〜1200位に存在し、かつ、CHKB活性の低下を引き起こす、上記(1)又は(2)に記載の方法。
(4) 前記変異が、正常ヒトCHKB遺伝子の塩基配列(配列番号2)において、116C>A, 810T>A, 847G>A, 902C>T, 922C>T, 983A>G及び1130G>Tの置換、459-460位間のTの挿入、611-612位間のCの挿入、554-562位間の欠失、1031+1G>A、並びに677+1G>Aからなる群から選択される少なくとも1つの変異である、上記(1)〜(3)のいずれかに記載の方法。
(5) 前記検体が、体液、細胞、組織又は羊水である、上記(1)〜(4)のいずれかに記載の方法。
(6) 前記変異の測定を配列決定分析によって行う、上記(1)〜(5)のいずれかに記載の方法。
(7) ヒト被験者からの筋組織検体においてヒトコリンキナーゼβ(CHKB)活性を測定し、CHKB活性が正常活性の0〜約30%に低下しているときミトコンドリア異常を伴う先天性筋ジストロフィーであると決定することを含む、ミトコンドリア異常を伴う先天性筋ジストロフィーの検出方法。
(8) ヒト正常コリンキナーゼβ(CHKB)をコードするDNAを発現可能に含むベクターであって、該ベクターを投与したとき、ミトコンドリア異常を伴う先天性筋ジストロフィー患者の異常な筋組織内での該DNAの発現の結果として正常CHKBが産生する、前記ベクターを、薬学的に許容されうる担体とともに含む、ミトコンドリア異常を伴う先天性筋ジストロフィーの改善のための遺伝子治療用組成物。
【発明の効果】
【0011】
本発明の方法は、これまで確定診断が不可能であった、ミトコンドリア異常を伴う先天性筋ジストロフィーの検出を可能にするという格別の利益を提供する。また、本発明によって、上記疾患の原因が明確となったため、その改善のための治療が可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】コリンキナーゼβ(CHKB)遺伝子上に今回見出された変異の種類と位置を示す。
【図2】ミトコンドリア異常を伴う先天性筋ジストロフィー患者由来の骨格筋のコリンキナーゼ(CHK)活性を示す。
【図3】ミスセンス変異リコンビナントタンパク質での野生型(WT)に対するコリンキナーゼ(CHK)の相対活性を示す。ここで、ΔPHWはプロリン、ヒスチジン、トリプトファンの、3アミノ酸の欠失を表し、E283K及びR377Lは表1に示すCHKB変異体を表す。
【図4】ミトコンドリア異常を伴う先天性筋ジストロフィー患者由来の骨格筋のリン脂質含量を示す。ここで、PEはホスファチジルエタノールアミン、PCはホスファチジルコリンをそれぞれ表す。患者は、ミトコンドリア異常を伴う先天性筋ジストロフィー患者であり、コントロールは正常人である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明者らは、14名のミトコンドリア異常を伴う先天性筋ジストロフィー患者について、今回、コリンキナーゼβ(CHKB)遺伝子に異常な変異が共通して存在すること、そして異常な筋組織において該酵素の活性がほとんど検出されないことを初めて明らかにし、さらにまた、患者骨格筋ではホスファチジルコリン(PC)含量が低下し、一方、相対的にホスファチジルエタノールアミン(PE)が増加し、PC/PE比が正常の場合の約半分であることが判明したことにより、ヒトにおけるミトコンドリア異常を伴う先天性筋ジストロフィーの原因遺伝子がCHKBであることを見出した。
【0014】
このような知見によって、本発明者らは、CHKB遺伝子の配列解析及び/又はCHKB活性を測定することによってミトコンドリア異常を伴う先天性筋ジストロフィーの臨床検査を可能にし、同時に、該疾患に対する遺伝子治療の途を開くことができた。
【0015】
以下に本発明をさらに詳細に説明する。
【0016】
1. ミトコンドリア異常を伴う先天性筋ジストロフィーの検出法
(1.1.)ヒトコリンキナーゼβ(CHKB)遺伝子の変異の検出
本発明は、ヒト被験者からの検体においてヒトコリンキナーゼβ(CHKB)遺伝子の変異を測定し、該変異によりコリンキナーゼβ(CHKB)活性が正常活性の0〜約30%に低下しているときミトコンドリア異常を伴う先天性筋ジストロフィーであると決定することを含む、ミトコンドリア異常を伴う先天性筋ジストロフィーの検出方法を提供する。
【0017】
ヒトCHKB遺伝子は、ヒト22番染色体に存在し、エクソン1からエクソン11までのオープンリーディングフレーム(ORF)を含む配列からなる(図1、NM_005198)。正常なCHKBタンパク質のアミノ酸配列及びそれをコードする遺伝子(cDNA)の塩基配列はそれぞれ、配列番号3及び配列番号2に示されている。
【0018】
本発明によれば、CHKB活性が、正常CHKBの活性(100%)の0〜約30%に低下させうるようなCHKB遺伝子に変異が生じている場合に、多様な先天性筋ジストロフィーのなかでミトコンドリア異常を伴う先天性筋ジストロフィーであると判定することができる。それゆえ、この疾患の臨床検査では、2つの方法、すなわちCHKB遺伝子の変異を測定する方法及びCHKB活性を測定する方法によって検出を行うことが可能であるし、必要であればこれら2つの方法を併用することも可能である。
【0019】
ミトコンドリア異常を伴う先天性筋ジストロフィーは、背景技術に記載したように乳児期早期より筋力低下と筋萎縮を来たし精神遅滞を伴う常染色体劣性遺伝性疾患である(非特許文献1)。この疾患は、年齢とともにゆっくりと進行し、拡張型心筋症を併発する症例も知られている。筋ジストロフィーの症状に加えてミトコンドリアの減少と巨大化からなる構造異常が特徴である。これまでにこの疾患の確定診断法も治療法も確立されていない。
【0020】
ヒトCHKB遺伝子の変異については、患者の任意検体からゲノムDNAを調製するか又は、該検体からのトータルRNAから得たmRNAからcDNAを合成し、これらのゲノムDNA又はcDNAについて、CHKB遺伝子の塩基配列を測定し、正常な配列と比較することによって変異を識別することができる。
【0021】
本発明の方法に使用しうる検体は、核酸を得ることができるものであれば特に制限されないため、ヒトのあらゆる種類の細胞、組織及び体液であり、出生前の検査であれば羊水も含む。ただし、CHKB活性を測定するときには、筋肉組織、特に骨格筋、が望ましい。これは、他の組織に比べて骨格筋でのCHKB活性の低下が顕著であるからである。好ましい検体は、血液、羊水、白血球又はリンパ球、皮膚、毛根、口腔粘膜、骨格筋などである。羊水は、細針吸引法によって採取することができる。血液や羊水は、遠心分離によって細胞と上清に分離し、細胞画分から核酸を調製する。
【0022】
ゲノムDNA及びRNAの調製法や、mRNAからcDNAの合成法については、当業界で周知のいずれの手法も使用できる。そのような手法は、例えばSambrook et al., Molecular Cloning A Laboratory Manual, second ed. (1989), Cold Spring Harbor Laboratory Press (USA)に詳細に記載されている。あるいは、上記の手法のための種々のキットが市販されているのでそのようなキットの使用も好ましい。
【0023】
ゲノムDNAの場合、組織や細胞を、例えばEDTA、SDS、NaClを含有するTris-HCl(pH7.5)からなる溶解バッファー中でproteinase Kで処理し、Tris-HCl飽和フェノールを加えてて抽出し、上清にフェノール/クロロホルムを加えて抽出し、その後、上清にイソプロパノールを加え沈殿を採取し、エタノールで洗浄し、最後にRNase AなどのRNaseで処理することを含む手法によって、組織や細胞からゲノムDNAを調製することができる。
【0024】
トータルRNAの場合、組織や細胞を、グアニジウムイソチオシアネートを含有する変性バッファーで処理し、フェノール、次いでクロロホルム/イソアミルアルコールを加えて攪拌、静置後、上層を採取し、これにイソプロパノールを加えて沈殿を集め、75%エタノールで洗浄することを含む手法によって、トータルRNAを調製することができる。トータルRNAからのmRNAの分離は、例えばoligo dTセルロースカラムを使用することによって常法どおりに行うことができる。mRNAからのcDNA合成は、逆転写酵素を用い、mRNA配列を鋳型にして常法どおりに行うことができる。
【0025】
上記のように調製又は合成されたゲノムDNA及びcDNAは、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を利用することで増幅することができる。このとき、ヒトCHKB遺伝子の塩基配列に基づいて作製された約20〜30塩基の5'末端配列及び3'末端配列をもつセンスプライマー及びアンチセンスプライマーを使用してPCRを実施すると、例えば配列番号1の219位〜1406位の塩基配列を有する、CHKBをコードするDNAを増幅することができる。
【0026】
PCRは、一般的な反応条件によって行うことができる。この反応は、変性、アニーリング、伸長の3つの工程を含む。例えば、変性は、約94〜96℃、約30秒〜約5分の処理によって二本鎖DNAを一本鎖に変性させる工程であり、アニーリングは、約50〜65℃、約15秒〜1分の処理によって鋳型DNAにプライマーを結合させる工程、伸長は、約72℃、約30秒〜10分の処理によってプライマーを伸長させてDNA鎖を合成する工程である。これら3つの工程を1サイクルとし、約20〜40サイクルを行うことができる。また、サイクルを開始する前に、約94〜96℃、約30秒〜約1分の処理を行ってもよいし、さらに、サイクルの終了後に、約72℃、約2〜7分の処理を行うことができる。PCRでは、PCRバッファー(MgCl2含有)、dNTPs(N=A, T, G, C)、耐熱性ポリメラーゼが使用される。また、PCRを自動で行う装置、例えばサーマルサイクラー(商品名)が市販されているので、このような装置の使用が好ましい。
【0027】
上記のようにして増幅されたDNAについて、塩基配列の配列決定分析を行う。配列決定は、DNAを複数の制限酵素で切断し、アガロースゲル電気泳動にて各断片を分離及び単離した後に、その塩基配列を、例えばジデオキシ鎖終止法で知られるSanger法によって決定することができる。
【0028】
ミトコンドリア異常を伴う先天性筋ジストロフィーであると確定可能であるヒトCHKB遺伝子の変異は、CHKB活性を著しく低下させる、好ましくは野生型CHKBの活性に対し0〜30%に低下させるようなものであり、したがって、本発明の実施形態によれば、1塩基の置換、挿入又は欠失などの変異である。
【0029】
あるいは、表1(実施例参照)に示されるように、実際、14名の患者検体で、全28アレル中、12アレルがヌル(null)変異、9アレルがスプライス部位変異、5アレルがミスセンス変異、2アレルが3アミノ酸欠失であった。患者骨格筋では、調べた全員でCHKB活性が認められなかった。また、ミスセンス変異をもつリコンビナントタンパク質を作製したときのそのCHKB活性は対照の30%以下に低下していた。
【0030】
具体的に、ヒトCHKB遺伝子の変異は、正常ヒトCHKB遺伝子の塩基配列(配列番号2)中の少なくとも100〜130位、400〜700位、及び/又は、800〜1200位に存在しており、ヒトCHKBアレルのこれらの領域に、ヌル変異、スプライス部位変異、ミスセンス変異、アミノ酸欠失などの少なくとも1つの変異が生じるとき、CHKB活性の著しい低下が生じる。さらに具体的な変異の例は、配列番号2の塩基配列において、116C>A, 810T>A, 847G>A, 902C>T, 922C>T, 983A>G及び1130G>Tの置換、459-460位間のTの挿入、611-612位間のCの挿入、554-562位間の欠失、1031+1G>A、並びに677+1G>Aからなる群から選択される少なくとも1つの変異である。
【0031】
上記の変異によってCHKB活性が低下したことは、特定の変異をもつリコンビナントCHKBタンパク質を作製し、その活性を測定することによって確認できる。リコンビナントCHKBタンパク質は、次のようにして作製できる。
【0032】
すなわち、特定の変異をもつリコンビナントCHKBタンパク質は、該タンパク質をコードするDNAを適当な発現ベクターに挿入し、適合する宿主細胞に導入し、該細胞を培養することによって該タンパク質を発現、産生することができる。ここで、上記DNAは、PCRによって増幅可能である。また、ベクターは、それによって形質転換又はトランスフェクションされる宿主細胞の種類、すなわち原核細胞又は真核細胞によって、或いは、真核細胞であっても昆虫細胞、哺乳動物細胞などの動物細胞、植物細胞、酵母、担子菌、糸状菌などの微生物に応じて、適宜選択されうる。原核細胞には、例えば大腸菌、シュードモナス属細菌、バチルス属細菌、ブレビバチルス属細菌、アグロバクテリウム属細菌などの周知の細菌類が含まれる。ベクターは、例えば、Bluescript系、pUC系、pBR系、pET系、バイナリーベクターpBI系などを包含する。ベクターには、プロモーター、エンハンサー、複製開始配列、ターミネーター、リボソーム結合サイト又はシャイン−ダルガルノ配列などの他に、選択マーカー配列(例えば薬剤耐性遺伝子(例えばアンピシリン耐性遺伝子、ネオマイシン耐性遺伝子、カナマイシン耐性遺伝子、テトラサイクリン耐性遺伝子等)、β-グルクロニダーゼ(GUS)遺伝子、蛍光タンパク質コード遺伝子(例えばGFP遺伝子)、発光タンパク質コード遺伝子(例えばルシフェラーゼ遺伝子)等)、マルチクローニングサイトなどを適宜含むことができる。上記DNAの5'端に、上記タンパク質の分泌用のシグナル配列をコードするDNAを連結するときには、形質転換細胞の培養の際、細胞外にタンパク質を分泌させることができる。ベクターについては、宿主細胞の種類に応じて種々のベクターが市販されているのでそれらを使用すると便利である。また、プロモーターについては、宿主細胞の種類に応じて選択可能であり、例えば原核細胞の場合にはlacプロモーター、trpプロモーター、λPLプロモーター、tacプロモーター、T7プロモーター、T5プロモーター、解糖系酵素プロモーターなどを使用できるし、真核細胞の場合にはPGKプロモーター、ADH1プロモーター、ウイルスプロモーター(例えばCMVプロモーター、MMTVプロモーター、SV40プロモーター、バキュロウイルスプロモーター、CAGプロモーター、EF1αプロモーターなど)、P10プロモーター、ポリヘドロンプロモーターなどを使用できる。
【0033】
遺伝子組換え技術によるリコンビナントタンパク質の作製に関しては、Sambrookら(上記)、Ausubelら, Short Protocols in Molecular Biology, Fifth ed. (2002), John Wiley & Sons (USA)などの一般的教書に記載されている。
【0034】
(1.2.) ヒトコリンキナーゼβ活性測定による検出
ミトコンドリア異常を伴う先天性筋ジストロフィー患者のいずれも、両方のアレルにヒトCHKB遺伝子の変異が存在し、そのためにCHKB活性が0〜約30%に低下していることが判明した。さらに、患者骨格筋でのCHKB活性を測定した結果、ほとんどCHKB活性がなく、かつ、リン脂質中のホスファチジルコリン含量が低下することが判明し、これに対し、その他の組織では、CHKB活性が低下するもののリン脂質のPC含量の減少は見られなかった。このような知見に基づくと、筋組織、特に骨格筋組織中のCHKB活性を測定することによって上記先天性筋ジストロフィーを検出することができる。
【0035】
したがって、本発明は、ヒト被験者からの筋組織検体においてヒトCHKB活性を測定し、CHKB活性が正常活性の0〜約30%に低下しているときミトコンドリア異常を伴う先天性筋ジストロフィーであると決定することを含む、ミトコンドリア異常を伴う先天性筋ジストロフィーの検出方法を提供する。
【0036】
CHKB活性の測定法は、後述の実施例に記載の方法で行うことができる。すなわち、塩化コリンを基質とし、ATP-2Na及びMgCl2を含有するTris-HCl(pH8.8)中、37℃で30〜60分インキュベーションし、生成したホスフォコリンの量を、抗CHKB抗体を用いて測定する。
【0037】
上記のとおり、患者骨格筋ではPC含量が低下し、相対的にホスファチジルエタノールアミン(PE)が増加しており、PC/PE比が正常人の場合の約半分であることが判明した。それゆえ、CHKB活性測定の他に、骨格筋のPC/PE比を測定することによって、該疾患の検出の確度がより高まるといえる。リン脂質の測定には、一般的なBligh-Dyer法で全脂質を抽出し、薄相クロマトグラフィー(TLC)によって各リン脂質を分離し定量する。
【0038】
2. 遺伝子治療
今回、本発明者らは、ミトコンドリア異常を伴う先天性筋ジストロフィーの原因遺伝子がCHKB遺伝子であることを明らかにした。すなわち、発生の段階でCHKB遺伝子に変異が生じ、CHKB活性が0〜約30%に低下する(ほとんどの場合CHKB活性が消失する)ことによって筋ジストロフィーが起こる。したがって、患者において、異常のある骨格筋に正常なヒトCHKBタンパク質を発現・生成させるならば、疾患が改善されるはずである。そのための治療法の1つが遺伝子治療である。
【0039】
したがって、本発明はまた、ヒト正常CHKBをコードするDNAを発現可能に含むベクターであって、該ベクターを投与したとき、ミトコンドリア異常を伴う先天性筋ジストロフィー患者の異常な筋組織内での該DNAの発現の結果として正常CHKBが産生する、前記ベクターを、薬学的に許容されうる担体とともに含む、ミトコンドリア異常を伴う先天性筋ジストロフィーの改善のための遺伝子治療用組成物を提供する。
【0040】
ヒト正常CHKBをコードするDNAは、例えば配列番号1又は2に示される塩基配列を含むDNA、或いはヒト正常CHKBをコードするゲノムDNAである。このDNAをPCRによって増幅し、遺伝子治療用ベクターに発現可能に挿入する。ベクターとして、プラスミド、ウイルスベクター、人工染色体などのベクターを使用できる。
【0041】
このうち、特にウイルスベクターが好ましい。ウイルスベクターには、非限定的に、レトロウイルスベクター、アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター、ヘルペスウイルスベクター、ワクシニアウイルスベクターなどが含まれる。これらのベクターは、env及び/又はgagなどの構造遺伝子に欠陥を有し、結果として複製欠陥である一方、パッケージング可能であることが望ましい。例えば、少なくともE1及び/又はE4領域に欠陥があるアデノウイルスが知られている。
【0042】
ヒト正常CHKBをコードするDNAを発現するために、ウイルスプロモーター、例えばCMVプロモーター、E1Aプロモーター、MLPプロモーター、RSVプロモーターなど、或いは、筋肉で特異的に発現するプロモーターを使用することができる。また、プロモーターの他に、エンハンサー、リボソーム結合サイト、ターミネーター、ポリAサイトなどの1以上の調節配列、及び必要に応じて上記のような選択マーカー配列、をベクターに挿入することができる。さらに、標的である筋細胞内の核ゲノムに前記DNAを組み込むためのヒト正常CHKB遺伝子の5'非翻訳領域及び3'非翻訳領域を前記DNAの末端に連結してもよい。この場合、該非翻訳領域のサイズは1〜7kbが好ましい。前記ベクター中に前記非翻訳領域を連結することによって、前記CHKB DNAと、患者ゲノム上の異常なCHKB遺伝子との相同組換えが容易になる。
【0043】
ベクターは、生理食塩水、緩衝化された生理食塩水などの、製薬上許容されうる担体とともに、必要であればマンニトール、デキストロース、サッカロースなどの糖類、グリセロール、タンパク質などの安定化剤を添加して製剤に処方されうる。ベクターの含有量は、特に制限されないが、例えば約50ng〜約100μgの範囲である。
【0044】
投与は、例えば静脈内、筋肉内、皮下、腹腔内、粘膜、鼻腔内など、好ましくは筋肉内、特に骨格筋内であり、直接筋肉内に投与することが好ましい。
【0045】
遺伝子治療用ベクターをミトコンドリア異常を伴う先天性筋ジストロフィー患者の異常な筋肉部位に、1〜6ヶ月ごとに約1回の回数でベクターを注入投与することができる。この間、副作用と治療効果を観察しながら、投与間隔と投与回数を決定するべきである。
【0046】
(実施例)
以下に実施例を挙げて本発明をされに詳細に説明するが、本発明の範囲はそれらの実施例によって制限されないものとする。
【0047】
[実施例1]
ミトコンドリア異常を伴う先天性筋ジストロフィー患者骨格筋におけるコリンキナーゼβ(CHKB)遺伝子変異
本発明者らが1998年(非特許文献1)にミトコンドリア異常を伴う先天性筋ジストロフィーに関して最初に報告した症例4例および最近新たに見出された10例の計14名の患者でCHKB遺伝子解析を行った。CHKB遺伝子はホスファチジルコリン(phosphatidylcholine, PC)新規生合成経路の最初の段階を触媒する酵素コリンキナーゼβをコードしている。本発明者らは、CHKB遺伝子上の変異について詳細な検討を行い(図1)、また患者骨格筋においてcholine kinase活性を測定した(図2)。このとき見出されたミスセンス変異については、リコンビナント蛋白質を作製しコリンキナーゼ活性を測定した(図3)。さらに、PC, phosphatidylethanolamine (PE), 総リン脂質量を薄層クロマトグラフィー法により決定した(図4)。
【0048】
以下に、その実験と結果を示す。
【0049】
(1) 実験方法
(変異検査)
患者ゲノムDNAを末梢リンパ球から単離した。BigDye(登録商標)terminater cycle sequencing kit(Applied Biosystems)を使用し、ABI3100シーケンサー(Applied Biosystems)によってCHKB遺伝子の全エクソン(exon 1〜exon 11)とその隣接領域のダイレクトシークエンスを行った。データは、SeqScape プログラム(Applied Biosystems)によって、参照塩基配列(GenBank GeneID 1120)と比較して解析した。ミスセンス変異には、正常コントロール100アレルのDNAをダイレクトシークエンスもしくはSSCPによって解析した。SSCPは、Gene Gel Excel(GE)を使用して解析した。
【0050】
(ミスセンス変異解析、大腸菌によるリコンビナントタンパク発現)
正常配列ヒトCHKBは、以下のプライマーを用いてPCR増幅を行った。
5'-GGAATTCAAAAGGAACCGAGCCCGTCCGAAG-3'(配列番号4)
5'-CCGCTCGAGTCAGGATGAGGAGTGGACACTG-3'(配列番号5)
【0051】
PCR産物は、一旦pGEM-T Easy(Promega)にサブクローニングし、Nde1とBamH1で制限酵素処理した後、pET15b(Novagen)にサブクローニングする。点変異は以下のプライマーを用いて作製した。
【0052】
P185_W187deletion:
5'-GATGCCTTTCACCAAGGAGC-3' (sense) (配列番号6)
5'-CGTCCATGGTCCCAAACA -3' (antisense) (配列番号7)
E283K:
5'-GACATTGGGAACCATTTTTGTAAGTGGG-3' (sense) (配列番号8)
5'- CCCACTTACAAAAATGGTTCCCAATGTC-3' (antisense) (配列番号9)
T301I:
5'-CAAAGCAAGGCCCATAGACTACCCCACTC-3' (sense) (配列番号10)
5'-GAGTGGGGTAGTCTATGGGCCTTGCTTTG-3' (antisense) (配列番号11)
Q328R:
5'-GGTGAGACCCTCTCCCGAGAGGAGCAG-3' (sense) (配列番号12)
5'-CTGCTCCTCTCGGGAGAGGGTCTCACC-3' (antisense) (配列番号13)
R377L:
5'-CTATGCCCAGTCTCTGTTCCAGTTCTAC-3' (sense) (配列番号14)
5'-GTAGAACTGGAACAGAGACTGGGCATAG-3' (antisense) (配列番号15)
【0053】
リコンビナントタンパク質は、大腸菌BL21株にトランスフェクションし、0.4mM isopropyl-b-D-thiogalactopyranoside添加後、20℃で培養する。大腸菌は超音波破砕機で破砕し、上清をニッケルカラム(GE)で精製した。
【0054】
(コリンキナーゼ活性測定)
精製した大腸菌発現タンパク質もしくは患者生検筋のコリンキナーゼ活性を測定した。生検筋は、超音波破砕を行い、超遠心(105,000×g、60分)し、測定にはその上清を用いた。0.25mM [14C]choline chloride (2.1μCi/μmol)、0.1M Tris-HCl, pH8.8、10μM ATP-2Na、15mM MgCl2を添加して37℃60分反応を行った。反応液はAG1-X8カラム(Bio-Rad)で精製し、液体シンチレーションカウンターで測定した。
【0055】
(生検筋中のホスファチジルコリン含量の測定)
生検筋を超音波破砕し、Bligh-Dyer法により総脂質を抽出する。総脂質は、薄層クロマトグラフィー(Merck, Silica Gel 60)によって分離し、ホスファチジルコリン含量はリン定量によって測定した。
【0056】
2. 結果
14名の患者全員にCHKB遺伝子変異を見出した。全28アレル中、12アレルがnull変異(患者番号1,2,3,4,5,13)10アレルがsplice-site変異(患者番号6,7,8,12,14)、6アレルがミスセンス変異(患者番号9, 10, 11)、2アレルが3アミノ酸欠失(患者番号10)であった。変異の詳細を表1に示す。
【0057】
【表1】

【0058】
表中、各患者に関する2つの変異は各アレルの変異を表す。ここで、例えば患者1のc.810T>Aは、配列番号1又は配列番号2のコリンキナーゼβ遺伝子(cDNA)の開始コドン(ATG)のAを1位とした場合に810位の塩基TがAに変異したことを意味し、同様に、それに対応するアミノ酸変異p.Y270Xは、配列番号3のアミノ酸配列の270位のアミノ酸YがX、すなわちストップコドンに変異したことを意味する。また、例えば患者3のc.459_460insTは、459位と460位との間にTが挿入されたことを意味し、それに対応するp.L153fs209Xは、153位のロイシンをコードする部位での変異によりフレームシフトを来たし、209位のアミノ酸にストップコドンを生じることを意味する。さらにまた、患者6のc.1031+1G>Aはイントロン部位の変異を意味し、患者10のc.554_562del及びp.P185_W187delはそれぞれ、554〜562位の欠失、185位P〜187位Wの欠失を意味する。
【0059】
上記表に示されるように、患者によって、アレル間で同一の変異が見られる場合もあれば、異なる変異の場合もある。
【0060】
表に示されるいずれの変異の結果、患者骨格筋では、調べた全員でコリンキナーゼ活性が認められなかった(図2)。
【0061】
上記変異のなかでミスセンス変異について、同様の変異をもつリコンビナントタンパク質を作製しそのコリンキナーゼ活性を測定したところ、該活性は野生型(すなわち、正常)コントロールの30%以下に低下していた(図3)。
【0062】
さらにまた、上記患者の骨格筋ではいずれもPC含量が低下し、相対的にPEが増加していた(図4)。正常人と比べてPC/PEの約1/2への減少は、骨格筋の細胞膜のリン脂質組成を乱し、細胞膜自体を弱化させるため、骨格筋の破壊又は壊死を引き起こすことが示唆される。また、ミトコンドリアの構造異常についてもミトコンドリア膜リン脂質の組成変化が原因したことが予想される。
【0063】
これらの結果から、ミトコンドリア異常を伴う先天性筋ジストロフィーの原因遺伝子がコリンキナーゼ遺伝子(CHKB)であることが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0064】
本発明は、ミトコンドリア異常を伴う先天性筋ジストロフィーの検出を可能にする方法であり、CHKB遺伝子解析又はコリンキナーゼ活性測定という簡便な手法により該疾患の検出ができるようになり医療上有用である。
【配列表フリーテキスト】
【0065】
配列番号4〜15: プライマー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒト被験者からの検体においてヒトコリンキナーゼβ(CHKB)遺伝子の変異を測定し、該変異によりコリンキナーゼβ(CHKB)活性が正常活性の0〜約30%に低下しているときミトコンドリア異常を伴う先天性筋ジストロフィーであると決定することを含む、ミトコンドリア異常を伴う先天性筋ジストロフィーの検出方法。
【請求項2】
前記変異が、ヒトCHKB遺伝子の塩基配列中のCHKB活性に関与するドメインをコードする領域の少なくとも1塩基の置換、挿入又は欠失である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記変異が、正常ヒトCHKB遺伝子の塩基配列(配列番号2)中の少なくとも100〜130位、400〜700位、及び/又は、800〜1200位に存在し、かつ、CHKB活性の低下を引き起こす、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記変異が、正常ヒトCHKB遺伝子の塩基配列(配列番号2)において、116C>A, 810T>A, 847G>A, 902C>T, 922C>T, 983A>G及び1130G>Tの置換、459-460位間のTの挿入、611-612位間のCの挿入、554-562位間の欠失、1031+1G>A、並びに677+1G>Aからなる群から選択される少なくとも1つの変異である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記検体が、体液、細胞、組織又は羊水である、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記変異の測定を配列決定分析によって行う、請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
ヒト被験者からの筋組織検体においてヒトコリンキナーゼβ(CHKB)活性を測定し、CHKB活性が正常活性の0〜約30%に低下しているときミトコンドリア異常を伴う先天性筋ジストロフィーであると決定することを含む、ミトコンドリア異常を伴う先天性筋ジストロフィーの検出方法。
【請求項8】
ヒト正常コリンキナーゼβ(CHKB)をコードするDNAを発現可能に含むベクターであって、該ベクターを投与したとき、ミトコンドリア異常を伴う先天性筋ジストロフィー患者の異常な筋組織内での該DNAの発現の結果として正常CHKBが産生する、前記ベクターを、薬学的に許容されうる担体とともに含む、ミトコンドリア異常を伴う先天性筋ジストロフィーの改善のための遺伝子治療用組成物。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−244754(P2011−244754A)
【公開日】平成23年12月8日(2011.12.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−122028(P2010−122028)
【出願日】平成22年5月27日(2010.5.27)
【出願人】(510147776)独立行政法人国立精神・神経医療研究センター (4)
【Fターム(参考)】