説明

メソポーラス酸化チタン系糖センサー

【課題】金属酸化物の可視光領域における光吸収を指標とした糖センサー、糖測定用試薬、及び糖測定方法を提供する。
【解決手段】メソポーラス構造を有する金属酸化物からなる糖センサーであって、該金属酸化物と糖類の反応生成物に基づく可視光領域における光吸収を指標として糖類の濃度を測定する糖センサー、糖測定用試薬、及び糖測定方法。
【効果】広い濃度範囲にわたり、高精度で、簡便、迅速に糖類濃度を測定することが可能であり、また、保存安定性に優れた糖センサーを提供することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、糖センサー、糖測定用試薬、及び糖測定方法に関するものであり、更に詳しくは、メソポーラス構造を有する金属酸化物ナノ球状粒子多孔体と糖類の反応により形成された錯化合物が、可視光領域の波長の光を吸収して呈色する性質を利用して、試料中に含有される糖類の濃度を高精度で測定することを可能とする新しい糖センサー、糖測定用試薬、及び糖測定方法に関するものである。
【0002】
本発明は、例えば、体液中に含まれる糖類を測定し、病気の診断、治療に利用する糖センサーの、高精度で、品質のばらつきの少ない製品を提供することが求められている中で、チタン酸化物等のメソポーラス構造を有する金属酸化物と糖類による新しい呈色反応を見出し、開発されたものであり、本発明により、高精度で、品質のばらつきのない、簡便で、廉価な糖センサーを構築することが可能となった。本発明の糖センサーは、例えば、生理学的試料である血液、尿、涙、唾液等に含まれる糖類を、精度良く測定することを可能とするものであり、医療技術分野における糖類の測定手段として有用である。
【背景技術】
【0003】
従来、生理学的検査において、尿中、血液、リンパ液等の体液中に含まれるグルコース、蛋白質、潜血、PH等を検査して、病気の発見、診断、治療に利用することが行われている。例えば、尿中のグルコースの量を迅速に、且つ簡便に測定することは、糖尿病の早期発見、診断、並びに管理に必要不可欠なものである。
【0004】
尿中に含まれるグルコースの有無、並びにその量を簡便に且つ迅速に検査する方法としては、例えば、紙等の支持体に、尿中の糖類と反応して発色する試薬組成物を担持させ、これを試験片として、採取した尿に浸漬した後、試験紙の色の変化を肉眼等で観察して、その量を判定する方法がある(特許文献1参照)。
【0005】
従来、この種のグルコース検査用試験片による測定は、グルコース酸化酵素の作用により、グルコースが空気中の酸素と反応して最終的にグルコン酸と過酸化水素に酸化され、過酸化水素は、ペルオキシダーゼの作用により発生期の酸素を生成し、この酸素は直ちにO−トリジン等の被酸化性指示薬と結びつき、該指示薬を発色させる反応により行われた。この種の反応を利用した体液中のグルコース検出用試験片は、糖酸化酵素、ペルオキシダーゼ、被酸化性指示薬からなる試薬組成物を、水又は水−アルコール系溶媒中に溶解又は分散させ、得られた液を濾紙等に含浸させた後、乾燥し、この濾紙をプラスチックフィルム等に貼着し、適宜な大きさに裁断して試験片とした(特許文献2参照)。
【0006】
しかし、この測定方法には、(a)糖酸化酵素、ペルオキシダーゼ、被酸化性指示薬等からなる試薬組成物を、水又は水−アルコール系溶媒に溶解或いは分散して含浸液を調整すると、酵素は不安定で失活し易く、しかも、含浸液は急速に変質してしまう、(b)含浸液の製造工程が複雑であるため、得られた試験片の品質を一定に保持することが難しく、試験片の試験精度及び信頼性を確保するためには特別な注意と熟練が要求されていた、という問題があった。
【0007】
また、糖酸化酵素、ペルオキシダーゼ、被酸化性指示薬等の試薬を使用しない糖センサーとして、ナノサイズの無機微粒子を使用した測定方法が提案されている。この方法では、デキストランで被覆したナノサイズの金粒子(粒径20nm)とコンカナバリンA(ConA)の凝集体に糖が接触すると、ConAと糖との競争反応が起こり、ConAが遊離することにより、赤色付近の波長の光の吸収が変化する。この現象を利用して、涙、尿、血液等に含まれる糖を定量するものである(非特許文献1参照)。この金ナノ粒子を使用した糖センサーは、高感度で、安定性が良好である利点はあるものの、高価な金を使用し、また、特殊なタンパク質であるConAを必須とする難点がある。
【0008】
ナノサイズの無機微粒子である酸化チタンは、太陽電池、光触媒、センサー等の材料として、その低価格と、環境に優しい特性により注目されている。この種の光を利用する技術分野では、酸化チタンが可視領域の波長の光を殆ど吸収しない欠点を克服するための努力がなされている。酸化チタンを太陽電池や光触媒として利用するにあたり、色素吸着、酸素欠陥形成、原子置換等により可視光領域の波長を吸収する可視光感受性を与える処理を施す提案が多くなされている(特許文献3,4,5参照)。しかしながら、この種の酸化チタンを可視光感受性とする過程を利用して、特定の物質のセンサー等として酸化チタンを使用した事例はない。
【0009】
こうした中で、安定して、広い濃度範囲の糖類を精度良く測定することができる特性を有し、測定操作が簡便であり、更に、可視光領域の波長の光を吸収して形成された呈色を肉眼又機器により測定することが可能な、廉価で、環境に優しい糖センサーの開発が求められていた。
【0010】
【特許文献1】特開平10−215896号公報
【特許文献2】特開平5−3799号公報
【特許文献3】特開2002−211928号公報
【特許文献4】特開2004−283790号公報
【特許文献5】特開2002−252040号公報
【非特許文献1】Analitical Biochemistry 330(2004)145−155
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
このような状況の中で、本発明者らは、上記従来技術に見られる諸問題を抜本的に解決することが可能な新しい糖センサーを開発することを目標として鋭意研究を積み重ねた結果、メソポーラス構造を有する金属酸化物と糖類の反応により生成した電荷移動錯化合物が、生理学的試料等に含まれる糖類の濃度を測定する手段として有用であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
本発明は、メソポーラス構造を有する金属酸化物、更に具体的には、金属酸化物ナノ球状粒子の集合構造から形成されるナノ細孔からなるメソポーラス構造を有する金属酸化物ナノ球状粒子多孔体と、糖類の反応により形成された錯化合物が、可視光領域の波長の光を吸収するという知見に基づいて糖センサーを構築し、提供することを目的とするものである。また、本発明は、生理学的試料等に含まれる微量の糖類を、精度良く測定することができる糖センサーを提供することを目的とするものである。また、本発明は、保存安定性に優れ、個人差、測定条件に関係なく、精度良く糖類を測定することができる糖センサーを提供することを目的とするものである。更に、本発明は、特殊な材料を必要としないで作製することが可能であり、また、簡便な操作で、涙、尿、血液等の生理学的試料中に含まれる糖類を測定することが可能な、新しいタイプの糖センサーを提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するための本発明は、以下の技術的手段から構成される。
(1)メソポーラス構造を有する金属酸化物からなる糖センサーであって、該金属酸化物と糖類の反応生成物に基づく可視光領域における光吸収を指標として糖類の濃度を測定する機能を有することを特徴とする糖センサー。
(2)金属酸化物が、金属酸化物ナノ球状粒子の集合構造から形成されるナノ細孔からなるメソポーラス構造を有する金属酸化物ナノ球状粒子多孔体である、前記(1)に記載の糖センサー。
(3)金属酸化物が、400℃以上の高耐熱性のメソポーラス構造を有する金属酸化物である、前記(1)に記載の糖センサー。
(4)金属酸化物が、1)平均粒子径が20〜400nm、2)比表面積が200〜600m/g、3)平均細孔径が1.0〜9.0nm、4)アモルファスないし高結晶に結晶性が制御されている、5)メソとマイクロポーラスの細孔を含む三次元的な細孔構造を有する金属酸化物である、前記(1)に記載の糖センサー。
(5)金属酸化物が、チタン、セリウム、及びニオブから選ばれる一種又はそれ以上の金属の酸化物である、前記(1)に記載の糖センサー。
(6)金属酸化物が、アモルファス又はアナターゼ型の酸化チタンである、前記(5)に記載の糖センサー。
(7)金属酸化物が、0.3〜0.6ml/gの細孔容積を有する金属酸化物である、前記(1)に記載の糖センサー。
(8)糖類が、グルコース、フラクトース、マルトース、ラクトース、又はそれらの誘導体から選ばれる、前記(1)に記載の糖センサー。
(9)金属酸化物が、多孔質物に担持されている、前記(1)に記載の糖センサー。
(10)多孔質物が、多孔質セルロースである、前記(9)に記載の糖センサー。
(11)メソポーラス構造を有する金属酸化物からなる糖測定用試薬であって、該金属酸化物と糖類の反応生成物に基づく可視光領域における光吸収を指標として糖類の濃度を測定する機能を有することを特徴とする糖測定用試薬。
(12)金属酸化物が、金属酸化物ナノ球状粒子の集合構造から形成されるナノ細孔からなるメソポーラス構造を有する金属酸化物ナノ球状粒子多孔体である、前記(11)に記載の糖測定用試薬。
(13)前記(1)から(10)のいずれかに記載の糖センサーを使用して、生理学的試料中に含まれる糖類の濃度を測定することを特徴とする糖測定方法。
【0014】
次に、本発明について更に詳細に説明する。
本発明は、メソポーラス構造を有する金属酸化物、例えば、金属酸化物ナノ球状粒子の集合構造から形成されるナノ細孔からなるメソポーラス構造を有する金属酸化物ナノ球状粒子多孔体と糖類の反応により、可視光領域に吸収波長を有する錯化合物が形成されるという新しい原理に基づく糖センサーに係るものであり、メソポーラス構造を有する金属酸化物を呈色試薬として使用することにより、試料中に含まれる微量の糖類を高精度で、簡便に測定することを可能とするものである。
【0015】
本発明のメソポーラス構造を有する金属酸化物を構成する金属としては、例えば、チタン、セリウム、ニオブ等が挙げられるが、これらの金属は、チタンと同等の作用効果を奏するものであるから、以下においては、メソポーラス構造を有する酸化チタンを例として説明する。
【0016】
メソポーラス構造を有する酸化チタンが糖類と接触すると、糖類の環を構成する酸素から電子が酸化チタンへ移行してメソポーラス構造を有する酸化チタンと糖類の錯化合物を形成するものと考えられる(図1左参照)。通常、酸化チタンは、紫外線領域の波長を吸収し、可視光領域の波長を透過する性質を有するが、この錯化合物は、可視光領域に吸収波長を有するため呈色する。このときの可視光領域の吸収波長の強度を測定することにより試料中に含有されている糖類の濃度を測定することが可能となる。
【0017】
図1左に、メソポーラス構造を有する酸化チタン(a)と、メソポーラス構造を有する酸化チタンとグルコースの錯化合物が呈色した状態(b)の写真を示す。図1右に、紫外線から可視光線の波長領域での吸収スペクトルを示す。反応前のメソポーラス構造を有する酸化チタンは、波長約400nm以上の可視光領域では吸収を示さないが、糖類と反応した錯化合物は可視光領域で吸収を示すことが、図1から分かる。
【0018】
本発明の糖センサーは、何れの糖類であっても測定可能であり、測定対象となる糖類は特に限定されないが、例えば、グルコース、マルトース、フラクトース、ラクトース、及びそれらの誘導体が例示される。好適には、例えば、グルコース、アセチル化グルコースが例示される。
【0019】
また、本発明の糖センサーに使用されるメソポーラス構造を有する金属酸化物としは、例えば、金属酸化物ナノ球状粒子の集合構造から形成されるナノ細孔からなるメソポーラス構造を有するナノ球状粒子多孔体が例示されるが、その製造方法、組成、多孔構造等に特に制限はない。メソポーラス構造を有する金属酸化物を構成する金属としては特に限定されないが、チタン、セリウム、及びニオブから選ばれた一種又はそれ以上の金属が例示される。例えば、メソポーラス構造を有する酸化チタン多孔体として、アナターゼ型酸化チタンが例示される。
【0020】
本発明の糖センサーにより糖類を定量的に測定することができる濃度範囲は、0・000001〜0.01モル/lであり、好適には0.00001〜0.001モル/lの濃度を有する溶液中の糖類を精度良く定量することができる。例えば、糖類がメソポーラス構造を有する酸化チタンと錯化合物を形成して呈する色彩は、糖類の濃度に対応した明確な階調構造を有するため(図5参照)、低濃度から高濃度に至るまで、糖類の濃度を精度良く測定することができる。したがって、試料に複雑な処理等をしなくても、生理学的試料、例えば、涙、尿、血液等の検体をそのまま使用することが可能となる。しかも、メソポーラス構造を有する酸化チタンは、高温等の過激な条件下において、そのメソポーラス構造を長期間にわたり安定に保持することができるため、本発明の糖センサーは保存安定性が極めて良好である。
【0021】
次に、本発明の糖センサーの作製と試料中の糖濃度の測定について説明すると、本発明の糖センサーは、その形態、形状等は特に限定されるものではないが、例えば、多孔質の紙にメソポーラス構造を有する酸化チタンを担持した試験紙が例示される。この種の試験紙を作製するには、多孔質の紙片に、予め合成したメソポーラス構造を有する酸化チタンの微粒子を含浸、塗布、吹き付け等により、紙片表面、又はその細孔内に担持させることにより、また、アルコキシチタン等の溶液を紙片に含浸させ、加水分解させることにより、紙面に強固に結合したメソポーラス構造を有する酸化チタン多孔体を析出させる等の方法が例示される。試験紙に、メソポーラス構造を有する酸化チタンを、例えば、紙片1cmあたり、0.001g以下担持させるのが好適である。次いで、例えば、この酸化チタンを担持した紙片を、40〜100℃で水熱処理して、酸化チタンをアナターゼ型の結晶に変換して、本発明の糖センサーの糖検査用試験紙とすることができる。
【0022】
このようにして作製された試験紙は、糖類を含有する溶液中へ浸漬するなどして、試験紙に担持されたメソポーラス構造を有する酸化チタンと糖類を接触させる。糖類と反応したメソポーラス構造を有する酸化チタンは、例えば、明るい白色から黄褐色へと変色する。次いで、例えば、この試験紙を、40〜100℃で、1〜6時間水熱処理した後、呈色濃度を、目視又は反射濃度計等により測定して試料溶液中の糖類の濃度を求めることができる。
【0023】
次に、本発明のメソポーラス構造を有する酸化チタンの製造方法の一例として、金属酸化物ナノ球状粒子の集合構造から形成されるナノ細孔からなるメソポーラス構造を有する金属酸化物ナノ球状粒子多孔体(以下、メソポーラス構造を有する金属酸化物ナノ球状粒子多孔体ともいう。)の製造方法について説明する。まず、金属アルコキシドと有機溶媒を均一に混合して極微細のクラスターを生成させ、これに水を添加して前記金属アルコキシドを加水分解させることにより、有機溶媒/金属酸化物の極微細な構造が生成する。この構造中では、有機溶媒が金属酸化物のマイクロポア中に包含されている。次いで、この多孔体のマイクロポア中に包含されている有機溶媒及びその他の有機物残渣を、亜臨界ないし超臨界二酸化炭素媒体により抽出除去することにより、あるいは、加熱処理、例えば、100℃で真空乾燥又は400℃で焼成することにより、それらを除去して金属酸化物ナノ球状粒子多孔体が製造される(図6)。上記プロセスでは、例えば、有機溶媒を使用することで高耐熱性のメソポーラス構造を有する金属酸化物ナノ球状粒子多孔体が得られる。
【0024】
本発明では、平均粒子径が約20〜400nm、比表面積が約200〜600m/g、平均細孔径が約1.0〜9.0nm、細孔容積が0.3〜0.6ml/gであり、アモルファスないし高結晶に結晶構造が制御された、400℃以上の耐熱性を有するメソポーラス構造を有する金属酸化物ナノ球状粒子多孔体が製造される。
【0025】
本発明において、「ナノ球状粒子多孔体」とは、ナノオーダーの粒径を有する球形の粒子の集合体からなるナノオーダーの細孔を有する多孔体であって、細孔径が2nm以下のマイクロポーラス及び/又は細孔径が2〜50nmのメソポーラスの細孔を含む、三次元的に規則正しく整列した細孔構造(これを、「メソポーラス構造」ということがある。)を有する多孔構造体を意味する。また、本発明において、「高耐熱性」とは、400℃以上の耐熱性を有することを意味する。
【0026】
本発明で使用される金属アルコキシドとしては、例えば、チタン、ニオブ、及びセリウムからなる群から選ばれる金属のアルコキシドが挙げられる。具体的には、例えば、チタニウムアルコキシドとしては、Ti(OR(ただし、Rは炭素数1〜6の低級アルキル基を表す。)により表される化合物が好適であり、特に、Ti(OCH、Ti(OC、Ti(O−iso−C、Ti(OC等が好適なものとして挙げられる。
【0027】
有機溶媒としては、金属アルコキシドと、均一な溶液、分散体を形成し、極微細なクラスターを形成することが可能なものであれば良く、特に制限されるわけではないが、有機溶媒の特性は、生成物の、孔径、孔の均一性等にも影響を与えることを考慮すると、好適には、例えば、エチルアセテート(ETAC)、アセトン、アセトニトリル等が例示される。また、金属アルコキシドと有機溶媒の混合比は、重量比で、1:0から1:10の範囲が好適であるが、これらに限定されるものではない。
【0028】
金属アルコキシドの加水分解反応は、通常、金属アルコキシドに水を添加し、十分に撹拌することにより行われる。また、水と金属アルコキシドとの均一な接触を確保させて均一な加水分解反応を行うためには、前記有機溶媒との混和性が良い媒体に水を溶解して反応系に添加、混合することも可能である。
【0029】
金属アルコキシドの加水分解反応で生成したメソポーラス構造を有する金属酸化物ナノ球状粒子多孔体中に存在する有機物残渣を除去するには、特に、亜臨界ないし超臨界二酸化炭素による抽出処理が好適であり、例えば、約20〜100℃及び12〜40MPaの条件下で抽出処理が行われるが、加熱処理、例えば、100℃程度で5分間の真空乾燥、400℃程度で3時間の加熱によることも可能である。また、メソポーラス構造を有する金属酸化物ナノ球状粒子多孔体を製造する際に、二酸化炭素に親和性のある化合物、例えば、アセチル化した糖を存在させることにより、孔の構造を制御することが可能である。
【0030】
メソポーラス構造を有する金属酸化物ナノ球状粒子多孔体は、アモルファスないし結晶性の粒子として、その結晶性を制御して製造することが可能である。金属アルコキシドを、例えば、室温で加水分解することにより、アモルファスの金属酸化物ナノ球状粒子が生成するが、加水分解生成物を水熱反応処理、例えば、温度40〜250℃の条件下に、2〜48時間の間保持して水熱処理することにより、あるいは、加水分解性生物を、例えば、400℃程度で焼成して熱処理することにより結晶化した金属酸化物ナノ球状粒子を得ることができる。
【0031】
有機溶媒を使用した製造法により合成したメソポーラス酸化チタンナノ球状粒子多孔体は、例えば、多孔体の粒子径が50〜400nmの範囲にあり(図7)、集合状態を形成し(図7A)、メソとマイクロポーラス構造を有している(図7B、C、D)。この試料に水を加え、60℃で48時間かけて乾燥すると、d100(5.3nm)が増加し、また、60℃で7日間の加熱、又は400℃での加熱で、d値は、11.3nmとなる(図8A)。この熱処理した試料は、アナターゼ型の結晶構造を有し(図8B)、図7E、Fに示す形状を有する。この試料を、60、80、100℃、で24時間水熱反応すると、ストーンウオール型のアナターゼ結晶が生成する(図9A、B)。室温で合成し、超臨界二酸化炭素により処理した、試料(A)、及び60℃で48時間熱処理した試料(B)は、図10に示す吸脱着特性を示す。
【0032】
本発明は、チタン酸化物等の金属酸化物に可視光領域の波長の光感受性を付与する反応を利用して糖類含有液中の糖濃度を測定することが可能な、新しいタイプの糖センサーを提供するものである。これまで、酸化チタンに可視光感受性を付与する技術は、太陽電池、光触媒等の技術分野において開発が進められてきたが、この種の反応を、特定の物質の検出に応用する提案はない。本発明は、メソポーラス構造を有する酸化チタンと糖類の反応生成物が、可視光感受性を有することを新たに見出し、この反応を利用して、糖類の濃度を精度良く簡便に測定することが可能な糖センサーを構築し、提供するものである。
【発明の効果】
【0033】
本発明により、次のような効果が奏される。
(1)被検体中に含有されている糖類を、広い濃度範囲(0.000001〜0.01モル/l)で、迅速且つ簡便に測定することができるセンサーを提供することができる。
(2)広い糖濃度範囲にわたり呈色した色彩は、階調性に優れているため、広い範囲で精度良く糖濃度を測定することができる糖センサーを提供することができる。
(3)メソポーラス構造を有する金属酸化物のメソポーラス構造が安定性に優れているため、長期間の保存が可能であり、測定値の再現性が高い糖センサーを提供することができる。
(4)本発明により、測定者の個人差や、測定環境に関係のない精度の高い測定が可能である。
(5)廉価で、入手しやすい物質、また、環境に優しい物質により糖センサーを作製し、提供することができる。
(6)生理学的試料を含めて何れの試料にも適用が可能である糖センサー、糖測定用試薬、及び糖測定方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0034】
次に、本発明を実施例に基づいて具体的に説明するが、本発明は、以下の実施例によって何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0035】
本実施例では、メソポーラス構造を有する酸化チタンと糖類の錯化合物を合成し、その光吸収特性等を測定した。まず、約0.5gのβ―D−グルコースペンタアセテート(GPA)を約8mlのエチルアセテートに溶解した溶液を作製した。これに、2mlのチタン(IV)n−ブトキシド(TiOB)を加え、この混合物を、マグネチックスターラーにより良く撹拌した。次に、水を加えてTiOBの加水縮合を開始させると、直ちに沈殿が生成した。これを一晩エイジングして、乾燥した。このようにして得た乾燥粉末を、オートクレーブ中で48時間水熱反応処理して、GPAと酸化チタンの電荷移動錯化合物である黒褐色の物質を得た。この物質から未反応のGPAを除去するにあたり、超臨界二酸化炭素(40℃、16MPa)により、約6時間抽出処理した。精製した生成物の写真、及び可視−UV領域での吸収スペクトルを観察した。図1右で、可視光領域で吸収を示すのが錯化合物の吸収スペクトルであり、可視光領域で吸収を示さないのが比較試料(GPAを含まない)の吸収スペクトルである。この結果、グルコースと酸化チタンの電荷移動錯化合物は、可視光領域の波長でかなりの吸収があることが分かった。
【0036】
この実験において、糖類として、アセチル化グルコースを使用したのは、(1)TiOBの分散媒であるエチルアセテートへの溶解度が非常に高いこと、(2)超臨界二酸化炭素への溶解性が非常に高いため、未反応のグルコースを超臨界流体により抽出することが容易であること、による。糖処理した二酸化チタン試料の結晶性と比表面積を測定した。透過電子顕微鏡(TEM)画像と粉末X線回折パターンにより、比表面積が250m/gのメソポーラス構造と、アナターゼ型の結晶構造を有することが分かった。また、高解像度のTEM画像が、生成した二酸化チタンがアナターゼ型であることを示していた。図2は、アセチル化グルコースにより可視光感受性としたメソポーラス構造を有する酸化チタンを、水熱反応処理した後のTEM画像を示し、図3は、その高解像度のTEM画像を示す。
【実施例2】
【0037】
本実施例では、メソポーラス構造を有する酸化チタンからなるグルコースセンサーを作製した。
【0038】
(1)糖測定用試験紙の作製
ワッターマンフィルター上に、メソポーラス構造を有する二酸化チタンが担持された安定な試験紙を、以下に記載する方法で作製した。まず、エチルアセテート中に分散したTiOB分散液(体積比で3:1)を調製し、この分散液中に、ワッターマンフィルター片を浸漬した。次いで、TiOBを含浸したフィルター片を取り出し、余分な液を除去した後、脱イオン水に浸漬して、TiOBを加水分解した。この操作により、フィルター片上には、安定な酸化チタンの被覆が速やかに形成され、それは、十分な強度と、耐水性を有していた。約1時間放置した後、フィルター片を、80℃の熱水で6時間加熱処理して、酸化チタンを結晶化した。
【0039】
(2)糖類の測定
上記の方法で作製した試験紙を、あらかじめ濃度が判明しているグルコース溶液中に浸漬した。試験紙を浸漬した状態でグルコース溶液を、80℃で1時間加熱処理した。その結果、図4に示すように、グルコースと二酸化チタンが反応して、二酸化チタンは明るい白色から黄褐色へと溶液中のグルコース濃度の変化に対応して色彩が変化した。図4中の各試料のグルコースの濃度(モル/20ml)は、(a)0.0000;(b)0.00025;(c)0.0005;(d)0.001;(e)0.002;(f)0.004;(g)0.008;(h)0.016;(i)0.048;(j)0.1;(k)0.25;(l)0.425である。
【0040】
各試験片の紫外線から可視光の領域の吸収スペクトルを詳細に測定した。図1右に示されている電荷移動錯化合物の可視光領域の広帯域にわたる吸収スペクトルを、各濃度の試験片について測定し、各スペクトル(ブランクスペクトルを差し引いたスペクトル)をまとめて図5に示した。図5より、電荷移動帯域での極大吸収スペクトルの強度が、グルコースの濃度に関連していることが明らかとなった。試験したグルコース溶液の最低の濃度である0.00025mol/20ml(5×10―6mol/l)において、十分な呈色が確認されたので、本発明の糖センサーが、高感度であり、糖類の測定を必要とする多くの応用分野において有用なものであることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0041】
以上詳述したように、本発明は、糖センサー、糖測定用試薬、及び糖測定方法に係るものであり、メソポーラス構造を有する金属酸化物ナノ球状多孔体と糖類の反応により形成された錯化合物が、可視光領域の波長の光を吸収することを利用した糖センサーに係るものである。この反応により、チタン酸化物ナノ球状多孔体の色彩は、明るい白色から黄褐色へと変化し、その吸収スペクトル変化を計測することにより、試料中に存在する糖類の濃度を、高精度で簡便に測定することが可能となる。本発明は、試料中に含まれる微量の糖類を、精度良く、個人差や測定条件に関係なく測定することができる糖センサーを提供するものである。また、本発明は、保存安定性に優れ、また、特殊な材料を必要としないで作製することが可能な糖センサーを提供するものであり、例えば、涙、尿、血液等の生理学的試料中に含まれる糖類を、簡便な走査により高精度で測定することを実現するものである。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】メソポーラス構造を有する酸化チタンとグルコースとの電荷移動錯化合物の形成機構と色変化、及びそれらの光吸収スペクトルを示す。左図(a)はメソポーラス構造を有する酸化チタン、(b)はメソポーラス構造を有する酸化チタンとグルコースの錯化合物を示す。右図は、酸化チタンの吸収スペクトル(下の曲線)、上記錯化合物の吸収スペクトル(上の曲線)を示す。
【図2】水熱反応処理し、グルコースにより呈色したメソポーラス構造を有する酸化チタンの透過電子顕微鏡画像を示す。
【図3】水熱反応処理し、グルコースにより呈色したメソポーラス構造を有する酸化チタンの高解像度透過電子顕微鏡画像を示す。
【図4】グルコース濃度と、呈色の関係を示す。
【図5】グルコース濃度と、本発明の錯化合物の光吸収スペクトル(ブランク試料のスペクトル値を差し引いた値)の関係を示す。
【図6】メソポーラス構造を有する酸化チタンの形成過程を模式的に示す。
【図7】メソポーラス構造を有する酸化チタンの透過電子顕微鏡画像を示す。(A)〜(D)は室温で合成したものであり、(E)、(F)は熱処理したものである。
【図8】メソポーラス構造を有する酸化チタンの低角度粉末X線回折パターン(A)、及び高角度粉末X線回折パターン(B)を示す。
【図9】メソポーラス構造を有する結晶性酸化チタンの電子顕微鏡画像(A)、電子線回折パターン(B)、及び低角度粉末X線回折パターン(C)を示す。
【図10】メソポーラス構造を有する酸化チタンの窒素ガス吸・脱着曲線を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
メソポーラス構造を有する金属酸化物からなる糖センサーであって、該金属酸化物と糖類の反応生成物に基づく可視光領域における光吸収を指標として糖類の濃度を測定する機能を有することを特徴とする糖センサー。
【請求項2】
金属酸化物が、金属酸化物ナノ球状粒子の集合構造から形成されるナノ細孔からなるメソポーラス構造を有する金属酸化物ナノ球状粒子多孔体である、請求項1に記載の糖センサー。
【請求項3】
金属酸化物が、400℃以上の高耐熱性のメソポーラス構造を有する金属酸化物である、請求項1に記載の糖センサー。
【請求項4】
金属酸化物が、(1)平均粒子径が20〜400nm、(2)比表面積が200〜600m/g、(3)平均細孔径が1.0〜9.0nm、(4)アモルファスないし高結晶に結晶性が制御されている、(5)メソとマイクロポーラスの細孔を含む三次元的な細孔構造を有する金属酸化物である、請求項1に記載の糖センサー。
【請求項5】
金属酸化物が、チタン、セリウム、及びニオブから選ばれる一種又はそれ以上の金属の酸化物である、請求項1に記載の糖センサー。
【請求項6】
金属酸化物が、アモルファス又はアナターゼ型の酸化チタンである、請求項5に記載の糖センサー。
【請求項7】
金属酸化物が、0.3〜0.6ml/gの細孔容積を有する金属酸化物である、請求項1に記載の糖センサー。
【請求項8】
糖類が、グルコース、フラクトース、マルトース、ラクトース、又はそれらの誘導体から選ばれる、請求項1に記載の糖センサー。
【請求項9】
金属酸化物が、多孔質物に担持されている、請求項1に記載の糖センサー。
【請求項10】
多孔質物が、多孔質セルロースである、請求項9に記載の糖センサー。
【請求項11】
メソポーラス構造を有する金属酸化物からなる糖測定用試薬であって、該金属酸化物と糖類の反応生成物に基づく可視光領域における光吸収を指標として糖類の濃度を測定する機能を有することを特徴とする糖測定用試薬。
【請求項12】
金属酸化物が、金属酸化物ナノ球状粒子の集合構造から形成されるナノ細孔からなるメソポーラス構造を有する金属酸化物ナノ球状粒子多孔体である、請求項11に記載の糖測定用試薬。
【請求項13】
請求項1から10のいずれかに記載の糖センサーを使用して、生理学的試料中に含まれる糖類の濃度を測定することを特徴とする糖測定方法。


【図8】
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【図10】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図9】
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【公開番号】特開2007−205821(P2007−205821A)
【公開日】平成19年8月16日(2007.8.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−23919(P2006−23919)
【出願日】平成18年1月31日(2006.1.31)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】