説明

メラニン分布可視化方法及びその装置

【課題】生体組織を傷つけずに精度よくかつ信頼性の高い生体組織中のメラニンの判別を提供する。
【解決手段】生体組織の所定深度に対してレーザー光を平面的に走査させて照射し該組織からの自家蛍光を受光する装置を用い、生体組織に存在するメラニンの自家蛍光の減衰曲線を2次減衰曲線に近似して、蛍光寿命に係る係数τ1及びτ2と、蛍光寿命に対する振幅に係る係数A1及びA2を決定してメラニン分布を可視化する方法であって、A1/A2比に12〜33の閾値を設け、当該閾値を超える蛍光をメラニンに起因する蛍光と判別することを特徴とする、生体組織のメラニン分布可視化方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体組織のメラニン分布を可視化する方法及びその装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、非侵襲でかつ、細胞レベルの分解能をもつ皮膚内部イメージング法として、共焦点顕微鏡が広く使用されてきた。この共焦点顕微鏡としては、反射型共焦点顕微鏡、例えばVivascope(登録商標)(Lucid社, NY, USA)、及び蛍光共焦点顕微鏡、例えばOptiscan(登録商標)(Optiscan Pty Ltd, Melbourne, Austraria)が市販されている。Vivascopeは830nmの近赤外レーザー光源を持ち、生体からの反射光をイメージングする装置である。細胞内小器官や、特にメラノソーム(メラニン)が高い屈折率(n=1.7)をもち画像に高いコントラストを与える(非特許文献1〜3)。一方、Optiscan(登録商標)は488nmのブルーレーザー光源を持ち、フルオレセインナトリウムなどの蛍光物質を塗布あるいは、皮下注射して、生体内の蛍光物質の分布をイメージングする(非特許文献4及び5)。いずれも、ピンホールを用いることで高い空間分解能を実現している。
【0003】
Vivascopeは、メラニンによるレーザーの反射光を利用することで、生体内部のメラニン分布の可視化が可能であるとの報告があるが(特許文献1)、実際は、真皮コラーゲン線維、顆粒層、角層などメラニン以外にもさまざまな反射物質が存在し、それらと区別できない。また、メラノソームのサイズは300〜700nmであり(非特許文献6)、サイズの小さなメラノソームはイメージングできない。このため、メラニンとそれ以外のものとを判別する際に、精度や信頼性に問題ある。
【0004】
また、最近では、非侵襲、高分解能で生体皮膚内部が観察可能であり、蛍光寿命から物質を特定することが可能である生体2光子励起蛍光顕微鏡、例えば、DermaInspect (JENLAB GMBH, Jena, Germany)が市販されている。この蛍光顕微鏡は、可変波長(720nm〜930nm)フェムト秒レーザー光源を持ち、対物レンズでレーザーを生体中の一点に焦点し、当該焦点に十分な光子が存在する場合のみ非線形過程である2光子励起を起こすという特徴を有している。ここで、2光子励起とは、励起光波長に相当するエネルギーの2倍に相当する励起過程を指す。2光子励起による蛍光を利用することによって、当該蛍光顕微鏡は上述の共焦点顕微鏡とは異なりピンホールを用いずに高分解能のイメージングを実現している。
当該蛍光顕微鏡は、発色団(Chromophore)として生体内の自家蛍光物質を利用するものであり、NAD(P)H、フラビン類(Flavines)、エラスチン(Elastin)、コラーゲン(Collagen)、メラニン(Melanin)、リポスチン(Lipofuscin)等の生体物質の蛍光寿命が測定できることが報告されている(非特許文献7)。
【0005】
当該蛍光顕微鏡を用いたメラニン測定に関しても、いくつかの報告が挙げられている。
例えば、Teuchnerらは合成メラニンの蛍光特性を減衰曲線を用いて詳細に調べ(非特許文献8)、自家蛍光の減衰曲線を3つの指数係数(exponential curve)でフィッティングすると、τ1=0.20ns(A1/(A1+A2+A3)=0.56)、τ2=1.5ns(A2/(A1+A2+A3)=0.32)、τ3=5.8ns(A2/(A1+A2+A3)=0.11)であるとの報告がなされている。ここでτ1、τ2、τ3は3つの蛍光寿命、A1、A2、A3はそれら蛍光寿命に対応する振幅を示す。
【0006】
また、Konigらは、メラノーマ組織の蛍光寿命イメージングを行った組織中メラニンクラスターからの自家蛍光の減衰曲線を2つの指数係数(exponential curve)でフィッティングした結果、τ1=30ps〜150psであるとの報告がなされている。また、蛍光波長は青から赤にわたり590nmをピークとする(非特許文献9)。人毛髪(黒色)中のメラニンを対象とした研究では、同様の解析で、τ1=0.20ns、τ2=1.3ns、A1/A2=9(A1/(A1+A2)=0.90、A2/(A1+A2)=0.10)であること、また、合成メラニンあるいは母斑(ほくろ)メラノサイトではA1/A2>4(A1/(A1+A2)>0.80)であるとの報告がなされている(非特許文献10)。
【特許文献1】特開2003-57170号公報
【非特許文献1】Rajadhyaksha M, Grossman M, Esterowitz D, Webb RH, Anderson RR., J Invest Dermatol. 1995 Jun;104(6):946-52.
【非特許文献2】Huzaira M, Rius F, Rajadhyaksha M, Anderson RR, Gonzalez S.,J Invest Dermatol. 2001 Jun;116(6):846-52.
【非特許文献3】Yamashita T, Kuwahara T, Gonzalez S, Takahashi M.,J Invest Dermatol. 2005 Jan;124(1):235-40.
【非特許文献4】Lademann J, Otberg N, Richter H, Meyer L, Audring H, Teichmann A, Thomas S, Knuttel A, Sterry W.,Skin Res Technol. 2007 May;13(2):119-32.
【非特許文献5】Thomas SG, Murr ER, Anikijenko P, Rese A, Delaney PM.,Skin Res Technol. 2003;9 :162.
【非特許文献6】基本皮膚科学I小嶋理一、三浦修、清寺真編集、医歯薬出版株式会社
【非特許文献7】Konig K, Riemann I., J Biomed Opt. 2003 Jul;8(3):432-9.
【非特許文献8】Teuchner K, Freyer W, Leupold D, Volkmer A, Birch DJ, Altmeyer P, Stucker M, Hoffmann K., Photochem Photobiol. 1999 Aug;70(2):146-51.
【非特許文献9】Proceedings of SPIE volume 6089,,Multiphoton Microscopy in the Biomedical Science VI Ammasi Periasamy, Peter T. C. So, Editors, 60890R(Feb.23, 2006) pp.118-124
【非特許文献10】Ehlers A, Riemann I, Stark M, Konig K., Microsc Res Tech. 2007 Feb;70(2):154-61.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、生体内メラニンの分布を精度よく可視化する方法及び装置を提供することに関する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
生体組織には種々の自家蛍光物質が存在し、また蛍光寿命は発色団(Chromophore)の環境により大きく変化する。また、生体組織は組織変性が起こりやすく、特にメラニンを多く含む組織(毛髪など)でこの現象は多発する。
このため、本来であれば、生体組織中のメラニンの蛍光減衰曲線を求めるためには、レーザパワーに対して細心の注意を払いつつ測定すると同時に、測定後、精度の高いフォンタナマッソン染色法など従来法によるメラニン分布との対比が必要であるが、従来、このような測定や対比はなされていない。従って、信頼性の高い生体メラニン判別法は未だ確立されていないと考えられた。
そこで、本発明者らは、後述したように、生体2光子励起顕微鏡を用いて、メラニンを含む生体サンプルを対象として、意図的にレーザパワーを上げ蛍光強度を明るく変化させて組織変性となった部分を測定したところ、τ1=0.13ns、τ2=0.5ns、A1/A2は10程度の測定値が得られ、この測定値はKonigらの毛髪における報告値(非特許文献10)とほぼ同じであった。つまり、Konigらは変性した組織を観察した可能性が高いことを見出した。
【0009】
更に、本発明者らは、生体2光子励起顕微鏡を用いて、メラニンを含むさまざまなサンプルを対象としてメラニン蛍光特性を種々検討した結果、皮膚からの自家蛍光の減衰曲線を2次減衰曲線に近似して、蛍光寿命に係る2つの係数τ1及びτ2と、蛍光寿命に対する振幅に係る2つの係数A1及びA2を決定し、A1/A2比を求めた場合に、その値が所定値以上となる蛍光をメラニンからの蛍光と判定でき、これを指標としてメラニン分布を可視化できることを見出した。
【0010】
すなわち、本発明は以下に係るものである。
1)生体組織の所定深度に対してレーザー光を平面的に走査させて照射し該組織からの自家蛍光を受光する装置を用い、生体組織に存在するメラニンの自家蛍光の減衰曲線を2次減衰曲線に近似して、蛍光寿命に係る係数τ1及びτ2と、蛍光寿命に対する振幅に係る係数A1及びA2を決定してメラニン分布を可視化する方法であって、A1/A2比に12〜33の閾値を設け、当該閾値を超える蛍光をメラニンに起因する蛍光と判別することを特徴とする、生体組織のメラニン分布可視化方法。
【0011】
2)生体組織の所定深度に対してレーザー光を平面的に走査させて照射し該組織からの自家蛍光を受光する装置を用い、生体組織に存在するメラニンの自家蛍光の減衰曲線を2次減衰曲線に近似して、蛍光寿命に係る係数τ1及びτ2と、蛍光寿命に対する振幅に係る係数A1及びA2を決定してメラニン分布を可視化する皮膚のメラニン分布を可視化する装置であって、A1/A2比に12〜33の閾値を設け、当該閾値を超える蛍光をメラニンに起因する蛍光と判別する解析手段を具備することを特徴とする、メラニン分布可視化装置。
【発明の効果】
【0012】
本発明を用いれば、生体組織を傷つけることなく、生体組織内の所定深度に存在するメラニンをより精度よく簡便に可視化することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明において、生体組織の所定深度に対してレーザー光を平面的に走査させて照射すると共に該組織からの自家蛍光を受光する装置としては、例えば、図1に示す光学系を備えた、生体2光子励起蛍光顕微鏡装置1(以下、顕微鏡装置ともいう。)が挙げられる。具体的には、例えば、Dermalnspect(登録商標:JenLab GmbH Jena社)が挙げられ、当該顕微鏡装置1には、フェムトセカンドレーザー光源2、同期用光検出素子3、レーザーパワー減衰器4、レーザーパワー検出素子5、シャッター6、高速ガルバノスキャナー7、ビームエキスパンダー8、ビームスプリッター9、Z軸微動用ピエゾ素子10、対物レンズ11、サンプル固定器12、フィルター13、フォトンカウンター14が備えられている。
【0014】
当該顕微鏡装置1は、フェムトセカンドレーザー光源2を備え、この光源2は、平均出力100mW以上、パルス幅300fs以下のレーザー光(IR光)を出力する能力を有する。 波長可変型(720nm〜930nm)、平均出力2.5W、パルス幅80fs以下、モードロック周波数80MHzがより好ましい。当該光源2の波長は、生体組織による光吸収、散乱の少ない700nm〜1000nmが好ましく、生体組織に存在するメラニンを十分に励起でき(より短波長がよい)、かつ、生体皮膚へのダメージを最小限にとどめるため(より長波長がよい)750〜850nmがより好ましい。
【0015】
この光源2から照射されたレーザー光は、サンプル固定器12の上に固定された生体組織のX−Y平面状を走査するための高速ガルバノスキャナー7を通過し、ビームスプリッター9で反射し、対物レンズ11によって、生体組織、例えば皮膚組織の所定の深度に対して一点に集光される。
【0016】
生体からの自家蛍光強度は小さく励起レーザーパワーは0.1mW以上が望ましい。
強いエネルギーの励起光を生体組織に照射すると突然、生体組織からの蛍光強度が強くなる場合があり、輝度の明るく変化した部分の蛍光特性(寿命)はメラニン蛍光と区別がつかない場合があることから(試験例2参照)、励起レーザーパワーは、最小限に抑えることが好ましく、20mW以下に制限するのが好ましい。
また、励起レーザーパワーはメラニンの密度の高い抜去毛球部のFLIM(Fluorescence Life Time Imaging)をとる場合1mW以下、直接レーザーに暴露される皮膚表面近傍で8mW以下、メラニンの比較的多い露光部表皮基底層で10mW以下が望ましい。
【0017】
そして、生体組織に存在するメラニンから発生した自家蛍光は、対物レンズ11、ビームスプリッター9を通過して、フォトンカウンター14によって検出される。
検出の際の波長は、できるだけ多くのフォトンを検出するために、フィルター等により制限しないほうが良いが、生体組織に存在するメラニン以外の物質からメラニンの自家蛍光と誤認されやすい光が発生するおそれがある場合には、この誤認されやすい光を除くため、ビームスプリッター9とフォトカウンター14との間にバンドパスフィルターのようなフィルター13を設置することが好ましい。
例えば、生体組織中にコラーゲンが存在する可能性がある場合には、生体組織においてコラーゲン分子から生体第2高調波発生光(SHG光)が発生し、このSHG光はメラニンの自家蛍光と誤認されるおそれがあることから、このSHG光を除くためバンドパスフィルター(450±40nm)をフィルター13として設置することが好ましい。
【0018】
検出された自家蛍光のデータに基づき自家蛍光減衰曲線を作成し、当該蛍光減衰曲線(τ)を下記式で示される二次減衰関数に近似して、蛍光寿命に関する4つのパラメータ(蛍光寿命(τ1、τ2)、蛍光寿命に対する振幅(A1、A2))を決定する。
【0019】
【数1】

【0020】
上記パラメータの算出は、例えば、SPCImage2.8(Becker & Hickl GmbH)等の解析ソフトウェアを用いて行うことができる。
【0021】
次いで、決定されたA1とA2に基づき、A1/A2比を算出し、当該A1/A2比が、当該A1/A2比に対して設定されている12〜33の閾値を超える自家蛍光をメラニンに起因する蛍光と判別される。
後記実施例に示すように、メラニンの蛍光特性は、τ1成分がτ2成分より短く(τ1の平均が120±19ps、τ2の平均1100±401ps)、A1/A2比が大きい(14〜33(平均:24±7)という特徴を有する(表1)。また、正常な組織において、メラニン以外の生体成分からA1/A2>12の蛍光特性は観察されない。
【0022】
閾値を12〜33に設定すれば、強いエネルギーの励起光を生体組織に照射した場合あるいは生体組織の一点に長時間照射した場合に出現する、メラニンの存在の有無に関わらず生体組織から発せられる強い自家蛍光と、メラニンからの自家蛍光との分離が可能であり、また、組織が損傷(細胞死)した場合に出現するメラニンと似た蛍光寿命を持つ自家蛍光物質、例えば、傷害を受けたケラチノサイトからの自家蛍光とメラニンからの自家蛍光を分離することが可能である(試験例2)。
また、閾値(A1/A2)を20に設定すれば、3D培養皮膚組織切片において、そのイメージング画像は、メラニン顆粒の染色法として知られているフォンタナマッソン染色による染色像と一致した。
よって、メラニンからの蛍光の閾値として、12〜33を設定することができ、係る閾値を超える蛍光をメラニンに起因する蛍光と判断し、生体皮膚、毛髪、細胞等の生体組織に対して、メラニン分布のインビボでの可視化が可能となる。
【0023】
一般的に蛍光寿命曲線を構成する4つのパラメータτ1、A1、τ2、A2の算出には、1000カウント以上のピークフォトン数(蛍光強度)が必要とされる。一方で、生体組織のダメージを低減するために励起パワーをできるだけ小さく抑えることが求められる。
表1からの各試料のメラニン蛍光寿命から求めたτ1=97ps〜162ps及びτ2=503ps〜1598psを下記式のごとく、τ1、τ2を固定値にすると、より少ないピークフォトン数で曲線近似が可能でありる。
【0024】
【数2】

【0025】
すなわち、本発明おいては、自家蛍光の減衰曲線を上記式によって、カーブフィッティングし、A1/A2比を求め、その閾値に基づきメラニンに起因する蛍光と判別し、この結果をメラニン分布のイメージングするのが最適である。
【0026】
本発明の方法で判別する生体組織としては、ヒトやイヌ、ネコ、マウス、ラット、サル等の非ヒト動物及びこれら由来のものであれば特に制限されないが、ヒト及びヒト由来のものが好ましい。ヒト及びヒト由来のものとしては、白色人種、黄色人種又は黒色人種のいずれのものでもよいが、黄色人種又は黒色人種のものが好ましい。
また、判別する生体組織の部位としては、メラニンが組織内に存在する部位であればよく、例えば、皮膚、毛髪、毛包、培養細胞等が挙げられる。
【0027】
上記の手法を用いるメラニン分布の解析は、生体組織の所定の深部に対してレーザー光を平面的に走査させて照射し、生体組織に存在するメラニンを励起させ、このメラニンから発生する自家蛍光を受光して自家蛍光の減衰曲線を作成し、自家蛍光の減衰曲線を二次減衰曲線に近似して、蛍光寿命に関する4つのパラメータ(蛍光寿命(τ1、τ2)、蛍光寿命に対する振幅(A1、A2))が算出された後、以下のようなプログラムを構築してコンピュータに実行させることによって行われる(図2のフローチャート参照)。
【0028】
1)A1/A2比を求める(ステップ1)
2)A1/A2比の値が上述の所定の閾値を超えるか否かを判断する(ステップ2:YES/NO)。
3)A1/A2比が上述の所定の閾値を越える場合には、メラニンに起因する蛍光と判別する(ステップ2:YES,ステップ3)。一方、A1/A2比が所定の閾値を超えない場合には、メラニン以外の物質に起因する蛍光と判別する(ステップ2:No,ステップ4)。
【0029】
尚、ステップ3及び4において、メラニンに起因する蛍光として判別されたデータと、メラニン以外の物質として判別されたデータとを、それぞれ異なる色調データに変換し、更にメラニンとメラニン以外の物質とにイメージングしてディスプレイやプリンタ等に出力することも可能である。
【0030】
本発明のメラニン分布可視化装置は、上述した生体組織の所定深度に対してレーザー光を平面的に走査させて照射すると共に生体組織からの自家蛍光を受光する装置(光学顕微鏡部)と、蛍光寿命に関する4つのパラメータ(蛍光寿命(τ1、τ2)、蛍光寿命に対する振幅(A1、A2))の算出、メラニンの判別及びメラニン分布の可視化等の処理を行う解析部並びにメラニン分布の2次元又は3次元の画像を出力する等の入出力部を備え、これら各部はバスで相互に接続されている。
【0031】
この解析部には、記憶部及び記憶部に格納されたプログラムに従って実行するCPU等が備えられている。
この記憶部には、例えば、CD、DVD及びハードディスク等の磁気的、光学的記録媒体又は半導体メモリで構成される不揮発性の記憶媒体が備えられている。
この記憶部には、メラニンの分布の判別及びレーザー光を走査した範囲におけるメラニン分布の2次元又は3次元画像生成並びに装置全体の動作に係る各種機能を実現するためのプログラムと、当該プログラムの実行に使用されるデータとを記憶しており、当該プログラムはCPUによって実行される。
なお、この記憶部には、蛍光寿命に係る係数τ1及びτ2と、蛍光寿命に対する振幅に係る係数A1及びA2を算出し、算出されたパラメータに基づき2次元又は3次元画像生成できるソフトウェア、たとえばSPCImage2.8(Becker & Hickl GmbH)を格納していてもよい。
【0032】
入出力部は、キーボード、プリンタ、液晶ディスプレイ等の表示画面等を備えており、キーボード等により入力されたデータを解析部に送信したり、また解析部で算出・判別されたデータに基づきメラニン分布の2次元又は3次元画像を生成してプリンタや表示画面等に出力する。
【実施例1】
【0033】
試験例1:メラニン蛍光特性の検討
(1)生体2光子励起蛍光顕微鏡
生体組織中にメラニンを多く含むと思われる以下のサンプルa)〜d)のヒト皮膚、ヒト皮膚由来、ヒト毛球のヒト由来サンプル4種、メラニンが存在しない3D培養皮膚のサンプルe)について、生きたままの試料の蛍光寿命を生体2光子励起蛍光顕微鏡(DermaInspect JENLAB GMBH, Jena, Germany)を用いて測定した。
サンプル:
a)3D培養皮膚(MEL-300(Mat Tek Corporation アジア人種由来メラノサイト含)
b)培養メラノサイト(黒人由来 入手先 クラボウ)
c)人前腕しみ部表皮メラニンキャップ(日本人健康男性前腕部)
d)抜去毛の毛根部(日本人健康男性頭部より抜去)
e)3D培養皮膚(EPI-200(Mat Tek Corporation メラノサイト無)入手先 クラボウ)
【0034】
測定条件としては、励起波長は760nm、800nm、走査範囲は200μm四方(場合により100μm四方)、レーザーによる損傷を防ぐため、レーザーのパワーはメラニンを含有する組織に対しては1mW〜10mWの範囲であった。サンプルa)、c)、e)は表面を水でぬらし、カバーグラスを乗せカバーグラスを介して測定した。サンプルb)は培養チャンバー(ガラスベースデッシュ(旭テクノグラス))にメラノサイトを播種したのち、培地(Medium254(クラボウ))でチャンバー内を満たし、培養チャンバー底面のカバーグラスを介して測定した。サンプルd)は抜去直後にスライドグラス上のPBS(−)に浸し、そのままカバーグラスで覆い、カバーグラスを介して測定した。
各試料から得られたデータに基づき、ソフトウェアSPCImage2.8(Becker & Hickl GmbH)により、自家蛍光減衰曲線を二次減衰曲線にフィッティングして蛍光寿命を構成する4つのパラメータのτ1、A1、τ2、A2を求めた。
【0035】
(2)従来法(フォンタナマッソン染色)
3D培養皮膚(MEL-300(Mat Tek Corporation アジア人種由来))の10μm厚の凍結組織切片を作成し、蛍光寿命イメージングを取得後、定法に従いフォンタナマッソン染色((月間)MEDICAL TECHNOLOGY 別冊 染色法のすべて P54 医歯薬出版株式会社発行(1988))を行い比較した。染色試薬として、フォンタナマッソン染色用フォンタナアンモニア銀(武藤化学株式会社)を使用した。
【0036】
(3)結果
表1に示すように、生体2光子励起蛍光顕微鏡により求められた各試料のτ1成分は97psから162ps(平均120ps)、τ2成分は503psから1598ps(平均1100ps)であり、各試料により異なった。
【0037】
3D培養皮膚(EPI-200、メラノサイトなし)からの蛍光と比較して、メラニンを含有する皮膚及び毛球部のサンプルは、τ1成分が短く、A1/A2の比が大きいという特徴を持つことを明らかにした(表1)。
このことから、τ1やA1/A2を指標とした場合、精度よく、信頼性の高いメラニンの判別方法の確立及びそれを基にしたメラニンの可視化の可能性が示された。
更に、今回求められたτ1やA1/A2について検討をした。
今回求められたτ1は、従来の報告(Ehlers A, Riemann I, Stark M, Konig K.,Microsc Res Tech. 2007 Feb;70(2):154-61)をほぼ再現した値と考えられる。
しかし、従来A1/A2=9(A1/(A1+A2)=0.90)あるいはA1/A2>4(A1/(A1+A2)>0.80)( Ehlers A, Riemann I, Stark M, Konig K., Microsc Res Tech. 2007 Feb;70(2):154-61))と報告されているが、今回求められたA1/A2はより大きく14<A1/A2<33であった。
この理由として、従来の報告では、励起レーザーによる皮膚変性の可能性が考えられた。さらに、以下の試験例2を行い、更にメラニンの判別方法について検討を行った。
【0038】
【表1】

【0039】
試験例2
メラニンの自家蛍光と区別すべき生体光信号とメラニンのイメージングの最適化について以下のとおり検討を行った。
(1)生体組織においてコラーゲン分子から特異的に生体第2高調波発生光(SHG光)が発生する場合があるので、この点について本装置について検討を行った。
SHG光は、物質の構造非中心対称性に起因する非線形光学現象の1つで、蛍光現象とは異なるものである(T. Yasui, Y. Tohno, and T. Araki, Appl. Opt., Vol. 43, pp. 2861-2867 (2004).; T. Yasui, Y. Tohno, and T. Araki, J. Biomed. Opt., Vol. 9, No. 2, pp. 259-264 (2004).)。
本装置では、励起波長800nm付近でコラーゲン由来のSHG強度が最も高まる。励起波長800nmの場合、波長400nmのSHG光が蛍光寿命の短い蛍光(メラニン)として誤って検出されるおそれがある。また、メラニン分布と組織、細胞の形態を同時に観察するために、NAD(P)H由来の蛍光(蛍光波長450nm〜470nm)も検出することが望ましい。そこで、SHG光(400nm)を排除し、かつ、NAD(P)H由来の蛍光(蛍光波長のピークが450nm)が検出可能である、バンドパスフィルター(450±40nm)をフォトンカウンター検出器前に設置した。
【0040】
(2)強いエネルギーの励起光を生体組織に照射する、あるいは、生体組織の一点に長時間照射すると突然、生体組織からの蛍光強度が強くなる場合があるので、この点について本装置について検討を行った。
図3中の矢印が変化した部分である。皮膚表面近く(角層)をレーザーパワー10mWで走査中にこの現象が起きた。輝度の明るく変化した部分の蛍光特性(寿命)を調べると、τ1=134ps(A1=0.91)、τ2=1588ps(A2=0.09)、A1/A2=10程度であり、この輝点のτ1はメラニン蛍光のτ1とほぼ同じであった。
このように、意図的にレーザパワーを上げ蛍光強度を明るく変化させた部分では、τ1=0.13ns、τ2=0.5ns、A1/A2は10程度であり、Konigらの毛髪における報告値(非特許文献10)とほぼ同じである。長期間強いエネルギーを照射すると生体組織が組織変性されるため、Konigらの報告は変性した組織を観察した可能性が高い。
一般に、表皮基底層で作られたメラニンは角化に伴い分解され、正常部位の角層からはごく微量、あるいは検出されないと考えられ、出現した輝点はメラニンではない。よって、この現象が起きた場合τ1を指標としたメラニンイメージングはできないことは明らかである。
しかし、メラニンからの蛍光の閾値として、A1/A2=12〜33を設定すれば、この輝点とメラニン蛍光を分離することが可能である。
【0041】
蛍光信号が弱くパワーが落とせない場合は、A1/A2を指標としてメラニンイメージングするのが良いと考えられた。
このようなサンプルの変化を避けるためには、励起パワーはメラニンの密度の高い抜去毛球部のFLIM(Fluorescence Life Time Imaging)をとる場合1mW以下、直接レーザーに暴露される皮膚表面近傍で8mW以下、メラニンの比較的多い露光部表皮基底層で10mWが望ましい。
【0042】
(3)組織が損傷(細胞死)した場合もメラニンと似た蛍光寿命を持つ蛍光物質が現れる可能性があるので、この点について本装置について検討を行った。
図4に実験的に皮膚細胞に障害を与えた例を示した。皮膚に微細な針電極を刺した上で電流を流した(電圧9V)。針電極の穴(図5中のX印)付近のケラチノサイトのFLIMを取得した結果、τ1=143ps(A1=0.92)、τ2=1818ps(A2=0.08)、A1/A2=11であった(図5矢印)。
先に述べた強いレーザーを照射した場合と異なり、蛍光強度は低下するが、τ1はメラニンの自家蛍光とほぼ同じレベルに変化した。よって、このような現象が起きた場合もτ1を指標としたメラニンイメージングはできないことを明らかにした。
メラニンからの蛍光の閾値として、A1/A2=12〜33を設定すれば、電流により傷害を受けたケラチノサイトとメラニンを分離することが可能であった。
【0043】
以上これまでの検討から、a)励起レーザーのパワーは最小限に抑えるべきである、b)τ1より、A1/A2がメラニン蛍光により特異的であることが示唆された。
【0044】
従来、自家蛍光の減衰曲線から蛍光寿命曲線を構成するための、4つのパラメータτ1、A1、τ2、A2を求めていたが、これには1000カウント以上のピークフォトン数(蛍光強度)が必要とされる。一方で、生体組織のダメージを低減するために励起パワーをできるだけ小さく抑えることが求められる。
表1からの各試料のメラニン蛍光寿命から求めたτ1=120ps(平均値)及びτ2=1100ps(平均値)を上記式(2)のように二次減衰曲線に固定し、これに自家蛍光の減衰曲線をカーブフィッティングし、A1/A2比を求め、A1/A2に閾値を設けてメラニンを判別し、この結果をメラニン分布のイメージングする手法が最適であると考えた。更にτ1、τ2を固定値にすると、より少ないピークフォトン数でカーブフィッティングが可能であることが示唆された。
【0045】
試験例3:本発明のメラニン分布可視化方法の精度についての確認試験
従来法でメラニンの判別の精度及び信頼性の高いフォンタナマッソン染色法との比較による、本発明のメラニンイメージングの妥当性の検討を行った。
図5に、3D培養皮膚10μm厚凍結切片のフォンタナマッソン染色像(黒褐色顆粒がメラニン顆粒)と、上記本発明のメラニン判別方法(閾値20)によるイメージング画像を示した。メラニンとして判別されたデータを青の色調とし、それ以外と判別されたデータを黄〜こげ茶の色調とした。
イメージング画像中の青い部分の位置と信頼性の高いフォンタナマッソン染色により黒く染色されたメラニン顆粒の位置が一致した。このとき、青い部分はA1/A2>20の領域であり、A1/A2比とその閾値に基づくメラニンイメージングの妥当性が示された。
また、メラニンからの蛍光の閾値として、A1/A2=12〜33を設定すれば、生体皮膚、毛髪、細胞など幅広い対象に対して、信頼性の高いメラニン分布のin vivoイメージングが可能であった。
以上のことより、本願発明のメラニンの判別方法によれば、生体組織を傷つけず、簡便に、生体組織中のメラニンを精度よく信頼性の高い判別することができた。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】生体2光子顕微鏡光学システム
【図2】メラニン判定を行うフローチャート
【図3】観察中に出現した輝点の蛍光寿命解析。左上図 FLIM(矢印は輝点をしめす)。下図 矢印部位の蛍光減衰曲線。
【図4】障害を受けた表皮ケラチノサイトの蛍光寿命。左上図 FLIM(×は針電極のあとを示す。矢印は蛍光特性が変化した部分)。下図 矢印部位の蛍光減衰曲線。
【図5】フォンタナマッソン染色像との対応(左FLIM、右フォンタナマッソン像)
【符号の説明】
【0047】
1 生体2光子励起蛍光顕微鏡装置
2 フェムトセカンドレーザー光源
9 ビームスプリッッター
11 対物レンズ
12 サンプル固定器
13 フィルター
14 フォトカウンター

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体組織の所定深度に対してレーザー光を平面的に走査させて照射し該組織からの自家蛍光を受光する装置を用い、生体組織に存在するメラニンの自家蛍光の減衰曲線を2次減衰曲線に近似して、蛍光寿命に係る係数τ1及びτ2と、蛍光寿命に対する振幅に係る係数A1及びA2を決定してメラニン分布を可視化する方法であって、A1/A2比に12〜33の閾値を設け、当該閾値を超える蛍光をメラニンに起因する蛍光と判別することを特徴とする、生体組織のメラニン分布可視化方法。
【請求項2】
蛍光寿命τ1を97ps〜162ps、τ2を503ps〜1598psに固定したうえで、A1及びA2を決定し、A1/A2比を算出する請求項1記載の方法。
【請求項3】
メラニンに起因する蛍光として判別されたデータと、メラニン以外の物質に起因する蛍光として判別されたデータとを、それぞれ異なる色調にて可視化する請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
生体組織の所定深度に対してレーザー光を平面的に走査させて照射し該組織からの自家蛍光を受光する装置を用い、生体組織に存在するメラニンの自家蛍光の減衰曲線を2次減衰曲線に近似して、蛍光寿命に係る係数τ1及びτ2と、蛍光寿命に対する振幅に係る係数A1及びA2を決定してメラニン分布を可視化する生体組織のメラニン分布を可視化する装置であって、A1/A2比に12〜33の閾値を設け、当該閾値を超える蛍光をメラニンに起因する蛍光と判別する解析手段を具備することを特徴とする、メラニン分布可視化装置。
【請求項5】
生体組織の所定深度に対してレーザー光を平面的に走査させて照射し生体組織からの自家蛍光を受光する装置が、生体2光子励起蛍光顕微鏡装置である請求項4記載の装置。
【請求項6】
蛍光寿命τ1を97ps〜162ps、τ2を503ps〜1598psに固定したうえで、A1及びA2を決定し、A1/A2比を算出する請求項4又は5記載の装置。
【請求項7】
メラニンに起因する蛍光として判別されたデータと、メラニン以外の物質に起因する蛍光として判別されたデータとを、それぞれ異なる色調にて可視化する請求項4〜6の何れか1項記載の装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2009−142597(P2009−142597A)
【公開日】平成21年7月2日(2009.7.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−325726(P2007−325726)
【出願日】平成19年12月18日(2007.12.18)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】