説明

モモ検出用プライマーセットおよびモモ検出方法

【課題】複数の植物種を含む試料であっても、モモを他の近縁種の果物と区別して、特異的にかつ高感度で検出する簡便な手段を提供する。
【解決手段】モモの、trnS-trnG intergenic spacer遺伝子に由来するDNA断片を特異的に増幅する、モモ検出用プライマーセットであって、特定の塩基配列を有するオリゴヌクレオチドと、別の特定の塩基配列を有するオリゴヌクレオチドとから構成される、モモ検出用プライマーセット。(但し、ある特定の塩基配列の組合せを有するオリゴヌクレオチドから構成されるプライマーセットは、除く。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食物アレルギーの原因となるモモを特異的かつ高感度で検出することのできるプライマーセット、およびモモ検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
モモ(Prunus persica)はサクラ属(Prunus属)の植物で、モモの摂取により口腔アレルギー(OAS)、胃腸や全身性の症状、アナフィラキシーショックが引き起こされることが知られている。また、モモアレルギー患者の中には、桜桃、あんず、すもも、リンゴ、洋ナシや花粉と交差反応を示す人もいる。モモは、現在、アレルギー物質を含む食品のうち、特定原材料に準ずる20品目に含まれており、食品に対する安全・安心を確保する上で、モモの検出法を確立する必要がある。
【0003】
従来のモモ検出法として、モモのアレルゲンタンパク質に特異的に反応する抗体を用いて検出するELISA法が報告されている(非特許文献1)。ここで、ELISAのような抗原抗体反応では、抗体が標的とするモモ以外のタンパク質と交差反応する恐れがある。そのため、ELISAで陽性が出た場合には、別途PCRのような方法により偽陽性かどうかを確認する必要がある。しかし、現在までにモモを検出するためのPCR法というものは報告されておらず、モモに特有のDNA配列の有無を指標としたモモ検出PCR法の開発が求められている。
【0004】
DNAを用いてモモと近縁種を見分ける方法として、モモや近縁種の遺伝子連鎖地図の作成を目的として、RAPDマーカー、SSRマーカーを利用する方法(非特許文献2)や、モモや近縁種の系統解析を行うことを目的としてPCR増幅産物の塩基配列の違いを分析する方法(非特許文献3)などの報告がある。しかしながら、これらの方法は、様々な原料で構成される食品中に存在するモモを検出することを目的としたものではない。また、これらの方法で使用されるPCRプライマーは、被験試料が単一の植物種(例えばモモ)で構成される場合に使用することを前提にしており、複数の植物種を含む試料の場合は、モモ以外の植物種由来のDNAとも反応する可能性が非常に高い。従って、食品のように複数の植物種を含むものを被験試料とする場合、試料中のモモだけを特異的に検出して、モモの有無を判別することは困難となる。よって、食品中のモモ検出法として、これらの方法を使用することはできない。
【0005】
【非特許文献1】Duffort O.A., Polo F., Lombardero M., Diaz-Perales A., Sanchez-Monge R., Garcia-Casado G., Salcedo G., Barber D. Immunoassay to quantify the major peach allergen Pru p 3 in foodstuffs. Differential allergen release and stability under physiological conditions. J Agric Food Chem. 2002, 50, 7738-7741
【非特許文献2】Bliss F. A., Arulsekar S., Foolad M. R., Becerra V., Gillen A. M., Warburton M. L., Dandekar A. M., Kocsisne G. M., Mydin K. K. An expanded genetic linkage map of Prunus based on an interspecific cross between almond and peach. Genome 2002, 45, 520-529
【非特許文献3】Lee S., Wen J. A phylogenetic analysis of Prunus and the Amygdaloideae (Rosaceae) using ITS sequences of nuclear ribosomal DNA. American Journal of Botany 2001, 88, 150-160
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従って、本発明は、複数の植物種を含む試料であっても、モモを他の近縁種の果物と区別して特異的にかつ高感度で検出する簡便な手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記の課題を解決するために鋭意検討を行った結果、モモの葉緑体ゲノム上にあるtrnS-trnG intergenic spacer領域における、モモに特異的な塩基配列に基づいて設計したプライマーを用いてPCRを行えば、モモを含む試料において特定のサイズのDNA断片が増幅され、モモを特異的にかつ高感度に検出できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0008】
すなわち、本発明は以下の発明を包含する。
(1) モモのtrnS-trnG intergenic spacer遺伝子に由来するDNA断片を特異的に増幅するモモ検出用プライマーセットであって、配列番号1または2または4に示す塩基配列を有するオリゴヌクレオチドと、配列番号3または5に示す塩基配列を有するオリゴヌクレオチドとから構成される、モモ検出用プライマーセット(但し、配列番号4に示す塩基配列を有するオリゴヌクレオチドと配列番号5に示す塩基配列を有するオリゴヌクレオチドとから構成されるプライマーセットは除く)。
5’- aattggtcgtaataaaaagtcaaaa-3’(配列番号1)
5’- tggtcgtaataaaaagtcaaaa-3’(配列番号2)
5’- cgtaaacgctctaattttaatgg-3’(配列番号3)
5’- aattggtcgtaataaaaagtcaata-3’(配列番号4)
5’- cgtaaacgctctaattttaatag-3’(配列番号5)
(2) 試料から抽出したDNAを鋳型とし、(1)に記載のいずれかのプライマーセットを用いてPCRを行い、該PCRにより得られた増幅産物の有無を検出する工程を含む、モモの検出方法。
(3) 前記増幅産物の塩基配列からプライマー配列を除いた塩基配列が、配列番号6に示す塩基配列の829番目にあるモモ特徴的塩基部分「g」を含むかどうかを指標として前記増幅産物がモモ由来DNAから増幅されたものであるかどうかを確認する工程を含む、(2)に記載の方法。
(4) (1)に記載のプライマーセットを含む、モモ検出用キット。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、食物アレルギーの原因となる可能性があるモモを特異的にかつ高感度で検出することのできるモモ検出用プライマーセットが提供される。本発明のモモ検出用プライマーセットによれば、1回のPCRで、食品中における微量のモモの有無を特異的にかつ高感度で検出することができる。また、本発明のプライマーセットを用いたPCRで得られる増幅産物は約74〜77bpと比較的短いため、食品の加工工程でDNA が断片化した場合でも、増幅産物が長い場合に比べてモモDNAを高感度に検出できる。さらに、本発明のプライマーセットを用いたPCRにより目的とする増幅産物が得られた試料においては、その増幅産物の塩基配列を確認することによって、その増幅産物がモモDNAの混入が原因で得られたかどうかを検証することができるので、検査結果の信頼性を確保できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明のモモ検出用プライマーセットは、モモのtrnS-trnG intergenic spacer遺伝子に由来するDNA断片を特異的に増幅するプライマーセットであって、増幅されるDNA断片にはモモ特徴的塩基部分が含まれる。
【0011】
ここで、「モモのtrnS-trnG intergenic spacer遺伝子に由来するDNA断片」とは、モモのtrnS-trnG intergenic spacer遺伝子を鋳型としてPCRを行った場合に増幅されるDNA断片をいい、「モモのtrnS-trnG intergenic spacer遺伝子に由来するDNA断片を特異的に増幅する」とは、モモのtrnS-trnG intergenic spacer遺伝子を鋳型としてPCRを行った場合のみ、目的とする断片長の標的増幅産物(配列番号2と5のプライマーセットの場合、74bpの増幅産物)が得られ、それ以外のものを鋳型とした場合には、上記増幅産物が得られないことをいう。また、「モモ特徴的塩基部分」とは、GenBankにAccession Number AY500733で登録されているモモの塩基配列(配列番号6)の829番目の「g」をいう。
【0012】
本発明において、「モモの検出」とは、食品材料や食品中に混入等により含まれているかもしれないモモの有無をPCRによる標的増幅産物の有無によって判定することを意味する。また、ここにいう「モモ」とは、バラ科サクラ属モモ(Prunus persica)およびネクタリン(Prunus persica var. nucipersica)を指す。バラ科サクラ属モモ(Prunus persica)は、白桃、黄桃および蟠桃(ばんとう)を含み、通常日本において栽培、食用されている「モモ」に相当し、「白桃」、「白鳳」、「川中島白桃」、「清水白桃」、「黄金桃」、「大久保」、「あかつき」、「ゆうぞら」、これらの交配種などが含まれるが、これらに限定はされない。また、ネクタリン(Prunus persica var. nucipersica)は、椿桃(つばきもも)、または油桃(あぶらもも)とも呼ばれ、通常日本において栽培、食用されている「ネクタリン」に相当し、「秀峰」、「ファンタジア」、「フレーバートップ」、これらの交配種などが含まれるが、これらに限定はされない。
【0013】
本発明のモモ検出用プライマーセットを構成するオリゴヌクレオチドは、モモの葉緑体ゲノム上にあるtrnS-trnG intergenic spacer領域における、モモに特異的な塩基配列に基づいて設計される。
【0014】
モモ検出用プライマーを設計するにあたり、まず「モモに特異的な塩基配列」を特定する。この「モモに特異的な塩基配列」は、モモおよびその他の果物から収集した複数のtrnS-trnG intergenic spacer領域の塩基配列を整列(アラインメント)し、比較することにより特定することができる。具体的には、モモおよびその他の果物のtrnS-trnG intergenic spacer領域の塩基配列を比較し、モモ栽培品種に共通する複数の塩基を含む部分であって、その共通する塩基の中にその他の果物と区別できる塩基が含まれる塩基配列をモモに特異的な塩基配列として特定する。
【0015】
上記アラインメントに用いる上記の複数の塩基配列はGenBank等のDNAデータベースを用いて検索し、入手することができる。また、データベースになかったモモ栽培品種の塩基配列については、新たに塩基配列を独自に解析することにより入手できる。塩基配列のアラインメントには、インターネットで公開されているアラインメントソフト(例えば、CLUSTALW、URL: http://www.ddbj.nig.ac.jp/)を利用することができる。
【0016】
次に、特定した塩基配列に基づき、プライマーを設計する。まず、上記の「モモに共通し、その他の果物と区別できる塩基」はプライマーの3’末端に配置されるようにする。プライマーの設計にあたっては、例えば「PCR法最前線−基礎技術から応用まで」(蛋白質・核酸・酵素 臨時増刊号 1996年 共立出版株式会社)や、「バイオ実験イラストレイテッド3 本当にふえるPCR: 細胞工学別紙 目で見る実験ノートシリーズ」(中山広樹著 株式会社秀潤社)、「PCRテクノロジー−DNA増幅の原理と応用−」(Henry A Erlich編、加藤邦之進 監修、宝酒造株式会社)等を参考にすればよい。また、加工食品での検出の場合には、DNAが分解して短くなっている可能性が考えられることから、プライマーセットから得られる目的とする増幅産物は可能な限り短いことが、加工食品でも高感度を得るという目的において好ましい。
【0017】
その一方で、理論上は首尾よく設計されたプライマーであっても、必要な感度と特異性を保有し得ない場合がある。したがって、設計したプライマーを実際に使用してPCRを行い、必要な感度と特異性が得られることを確認することより本発明のプライマーセットを決定する。
【0018】
更に、PCR装置の機種の違いによって再現性が得られない場合がある。PCR装置の機種間で異なる結果が得られる原因は、PCRサイクル中の微妙なサンプル温度の違いによるものであると考えられる。特にPCRの感度と特異性に大きく影響する因子としては、プライマーと鋳型DNAが結合するアニーリング反応の時の微妙な温度差と考えられる。そこで、本発明においては、更に複数機種のPCR装置で同様な検査結果が得られることを目標として上記のプライマー設計に加え、その3’側塩基の改変を行うこともできる。
【0019】
プライマーの3’側塩基の改変は、例えば、Pettersson M., Bylund M., Alderborn A. Molecular haplotype determination using allele-specific PCR and pyrosequencing technology. Genomics 2003, 82, 390-396に記載の方法を参考にして行うことができる。
上記のように、「モモに共通し、その他の果物と区別できる塩基」はプライマーの3’末端に設定されている。もし、プライマーの3’末端から2番目の塩基を標的とするモモやモモ近縁種の配列とは異なるミスマッチ塩基とすれば、モモのDNAに対してはプライマーの3’末端から2番目の1塩基のみがのみがミスマッチとなるが、モモ近縁種のDNAに対しては少なくとも3’末端から1番目と2番目の2塩基が連続してミスマッチすることになる。そうすることで、例えばアニーリング温度がPCR装置の違い等によって多少異なる場合でも、モモDNAのみを検出し、モモ近縁種DNAを誤って検出しないようなPCR温度条件を得られるだろうと考えた。この考え方に基づき、設計したプライマーのオリゴヌクレオチドの3’末端から2番目の塩基をミスマッチ塩基に置換した。
【0020】
本発明のモモ検出用プライマーセットを構成するオリゴヌクレオチドは、上記のようなプライマー設計と改変手法に基づいて合成されたものであって、具体的には、配列番号1〜3に示す塩基配列を有するオリゴヌクレオチド、配列番号1の3’末端から2番目の塩基「a」をミスマッチ塩基「t」に置換した配列番号4に示す塩基配列を有するオリゴヌクレオチド、配列番号3の3’末端から2番目の塩基「g」をミスマッチ塩基「a」に置換した配列番号5に示す塩基配列を有するオリゴヌクレオチドの5種のオリゴヌクレオチドである。
【0021】
上記各配列番号に示す塩基配列は、以下のとおりである。
配列番号1:5’- aattggtcgtaataaaaagtcaaaa-3’
配列番号2:5’- tggtcgtaataaaaagtcaaaa-3’
配列番号3:5’- cgtaaacgctctaattttaatgg-3’
配列番号4:5’- aattggtcgtaataaaaagtcaata-3’
配列番号5:5’- cgtaaacgctctaattttaatag-3’
【0022】
プライマーとなるオリゴヌクレオチドは、オリゴヌクレオチドの合成法として当技術分野で公知の方法、例えば、ホスホトリエチル法、ホスホジエステル法等により、通常用いられるDNA自動合成装置を利用して合成することが可能である。
【0023】
本発明のモモ検出用プライマーセットは、上記のようにして設計・改変されたオリゴヌクレオチドの組み合わせ、具体的には、配列番号1または2または4に示す塩基配列を有するオリゴヌクレオチドと、配列番号3または5に示す塩基配列を有するオリゴヌクレオチドとから構成される。但し、配列番号4に示す塩基配列を有するオリゴヌクレオチドと配列番号5に示す塩基配列を有するオリゴヌクレオチドとから構成されるプライマーセットは除く。
【0024】
上記の配列番号1または2または4に示す塩基配列を有するオリゴヌクレオチドは、モモのtrnS-trnG intergenic spacer遺伝子における、モモに特異的な塩基配列に相補的な塩基配列にアニーリングすることができ、モモ検出用プライマーセットのフォワードプライマーとして用いる。配列番号3または5に示す塩基配列を有するオリゴヌクレオチドは、上記の特異的な塩基配列にアニーリングすることができ、モモ検出用プライマーセットのリバースプライマーとして用いる。
【0025】
後記実施例において示されるように、モモDNA検出感度は、配列番号1と3からなるプライマーセットおよび配列番号2と5からなるプライマーセットでは5fg、配列番号1と5からなるプライマーセットでは50fg、配列番号2と3からなるプライマーセットおよび配列番号4と3からなるプライマーセットでは500fgであり、かついずれのプライマーセットもモモ近縁種である桜桃を誤って検出しないことが確認された。一方、配列番号4と5からなるプライマーセットは、フォワードプライマーとリバースプライマーの両方にミスマッチ塩基を導入しているにもかかわらず、実際のPCRではモモDNA 500 fgを検出する条件でも桜桃が誤って検出され、モモ検出用プライマーとしては不適当であると判断された。
【0026】
従って、配列番号2と5からなるプライマーセット、配列番号1と3からなるプライマーセット、配列番号1と5からなるプライマーセット、配列番号2と3からなるプライマーセット、配列番号4と3からなるプライマーセットは、いずれもモモ検出用プライマーセットとして好適に使用できるが、なかでも、配列番号2と5からなるプライマーセット、配列番号1と3からなるプライマーセット、配列番号1と5からなるプライマーセットが好ましく、PCR装置が変わっても感度と特異性を維持できる頑健性の観点からすると、配列番号2と5からなるプライマーセットが特に好ましい。
【0027】
また、上記の標的増幅産物が得られた試料においては、その増幅産物の塩基配列、殊に前記増幅産物のプライマー配列を除いた塩基配列が、GenBankに登録されているモモ塩基配列(Accession Number AY500733:配列番号6)のtrnS-trnG intergenic spacer遺伝子の829番目にあるモモ特徴的塩基部分「g」を含むかどうかを確認することによって、その増幅産物がモモDNAの混入によって得られたかどうかを検証することができるので、検査結果のより高い信頼性を確保できる。
【0028】
上記プライマーセットはキット化することもできる。本発明のキットは、上記プライマーセットを少なくとも含むものであればよく、必要に応じて、DNA抽出用試薬、PCR用緩衝液やDNAポリメラーゼ等のPCR用試薬(プライマーセットを除く)、反応の陽性コントロールとなるPCR増幅領域を含むDNA溶液、染色剤や電気泳動用ゲル等の検出用試薬、説明書などを含んでいてもよい。
【0029】
本発明によればまた、上記のプライマーセットを用いたモモの検出方法が提供される。本発明の方法によって検出可能な「モモ」は、前記のとおりである。本方法は、試料より抽出したDNAを鋳型とし、上記のプライマーセットを用いてPCRを行い、該PCRにより得られた標的増幅産物の有無を検出する工程を含む。
【0030】
試料としては、モモが混入する可能性のある食品原料や食品であればよく、特に制限されない。本発明の方法により得られた検出結果は、食品のアレルギー表示に利用できるほか、製造ラインにおける生産者の意図せざる混入の有無の確認に利用できる。
【0031】
試料からのDNAの抽出は、核酸抽出法として当業者に公知のいかなる方法を用いてもよく、たとえば、フェノール/クロロホルム法、界面活性剤による細胞溶解やプロテアーゼ酵素による細胞溶解、ガラスビーズによる物理的破壊方法、凍結溶融を繰り返す処理方法などにより行うことができる。試薬はメーカーから販売されている各種DNA抽出キットを用いてもよい。試料の抽出によっては、メンブランフィルターによる濾過やホモジナイズを行う。
【0032】
PCR増幅は上記のプライマーセットを用いる以外は特に制限はなく、常法に従って行えばよい。具体的には、鋳型DNAの変性、プライマーへの鋳型へのアニーリング、および耐熱性酵素(TaqポリメラーゼやThermus themophilis由来のTth DNAポリメラーゼなどのDNAポリメラーゼ)を用いたプライマーの伸長反応を含むサイクルを繰り返すことにより、trnS-trnG intergenic spacer領域の特定の塩基配列を含む断片を増幅させる。PCR反応液の組成、PCR反応条件(温度サイクル、サイクルの回数等)は、前記のプライマーセットを用いたPCRにおいて高感度でPCR増幅産物が得られるような条件を予備実験等により当業者であれば適切に選択および設定することができる。上記のアニーリングの条件としては、58℃で、1.5mM程度のMgCl2を含むPCR反応液中で1分行うことを例示することができるが、これは一例に過ぎず、アニーリング温度、PCR反応液の組成、アニーリング時間等は、プライマーとなるオリゴヌクレオチド配列の長さや塩基組成などに応じて適宜設定することができる。これらPCRの一連の操作は、市販のPCRキットやPCR装置を利用して、その操作説明書に従って行うことができる。PCR装置は、通常はGeneAmp PCR System 9700(アプライドバイオシステムズ社製)を用いるが、他にGeneAmp PCR System 9600(アプライドバイオシステムズ社製)も使用可能である。
【0033】
PCRにより標的増幅産物が得られたかどうかは、アガロースゲル電気泳動、DNAハイブリダイゼーションやリアルタイム PCR等の方法を用いて確認することができる。標的増幅産物の断片長は、検出しようとするtrnS-trnG intergenic spacer領域の塩基配列において両プライマーに挟まれる領域の塩基数となる。例えば、配列番号2と配列番号5からなるプライマーセットを用いた場合は、標的増幅産物の断片長は約74bpである。このように標的増幅産物の長さが比較的短いことは、加工食品でも高感度を得るという目的において有効である。
【0034】
また、本方法においては、上記のPCRの結果からモモが混入していると判定された試料(標的増幅産物が検出された試料)に関し、得られた標的増幅産物が真にモモDNA由来のものであることを、増幅産物の塩基配列におけるモモ特徴的塩基部分を指標として確認する工程を行うこともできる。具体的には、標的増幅産物をアガロース電気泳動等により精製し、バンドを切り出してDNAを抽出し、得られたDNA断片をダイレクトシーケンス法により塩基配列の決定を行うかまたは、適当なベクターに挿入後、大腸菌等にクローニングして培養した後に、得られたDNA断片の塩基配列を確認する。配列の確認はサンガー法やマキサム−ギルバート法等の一般的な方法によって行えばよい。確認された塩基配列のうち、プライマー配列を除いた塩基配列が、GenBankに登録されているモモ塩基配列(Accession Number AY500733:配列番号6)のtrnS-trnG intergenic spacer遺伝子の829番目にあるモモ特徴的塩基部分「g」を含む場合に、前記増幅産物がモモ由来DNAから増幅されたものであると判定できる。
【実施例】
【0035】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
(実施例1)モモ検出用プライマーの設計および合成
モモ検出用プライマーの設計にあたり、モモ(Prunus persica)を検出対象とし、また、モモ以外の植物は検出してはならないものと設定した。
【0036】
モモ検出用プライマーの設計に際し、GenBankから入手したモモのtrnS-trnG intergenic spacer領域1配列、モモ以外のバラ科植物のtrnS-trnG intergenic spacer領域101配列、ならびにダイレクトシーケンスにより解析した市販のモモ6品種(白鳳、川中島白桃、黄金桃、フレーバートップ、秀峰、蟠桃)のtrnS-trnG intergenic spacer領域6配列をアラインメントして比較することでモモに特異的な塩基配列を探索した。
【0037】
モモの塩基配列(GenBank):
モモ:Prunus persica(AY500733)
【0038】
アラインメントを行ったモモ以外のバラ科植物の塩基配列のうち、主要なもの(GenBank):
桜桃:Prunus avium(AY871252)
すもも:Prunus salicina(AY500722)
あんず:Prunus armeniaca(AY500725)
うめ:Prunus mume(AY500726)
アーモンド:Prunus dulcis(AY500730)
スピノサモモ:Prunus spinosa(AY500720)
プルーン:Prunus domestica(AY500719)
プルーンの一種:Prunus insititia(AY500718)
サクラ属の一種:Prunus davidiana(AY500731)
サクラ属の一種:Prunus mira(AY500732)
ジューンベリーの近縁種:Amelanchier arborea (EF127115)
サンザシの近縁種:Crataegus laevigata(EF127093)
【0039】
アラインメントの結果を図1に示す。まず、アラインメントにより、モモに共通する複数の塩基を含む部分であって、その共通する塩基の中にその他の果物と区別できる塩基が含まれる塩基配列をモモに特異的な塩基配列として特定した。
【0040】
特定した上記のモモに特異的な塩基配列の中で、モモに共通でその他の果物とは異なる塩基をプライマーの3’末端に対応する塩基とし、それより5’側方向に30bp程度を含む領域をプライマー設計領域として検討した。フォワードプライマーとリバースプライマー設計領域の間には、モモに共通でその他の果物とは異なる塩基配列を配置した。その結果、フォワードプライマーとして配列番号1の塩基配列を有するオリゴヌクレチド(5’- aattggtcgtaataaaaagtcaaaa-3’)および配列番号1の5’末端から3塩基を削除した配列番号2の塩基配列を有するオリゴヌクレチド(5’- tggtcgtaataaaaagtcaaaa-3’)、リバースプライマーとして配列番号3の塩基配列を有するオリゴヌクレオチド(5’- cgtaaacgctctaattttaatgg-3’)を選定した。
【0041】
なお、フォワードプライマーとして選定した配列番号1および2の塩基配列の3’末端は、いずれもGenBankに報告されているモモ塩基配列(Accession Number AY500733)の814番目の塩基に相当するもので、モモとモモ以外の果物とを区別できる塩基である(Prunus属ではP. miraだけがモモと同じで区別できない)。リバースプライマーとして選定した配列番号3の塩基配列の3’末端は、同じくGenBankのモモ塩基配列(Accession Number AY500733)の844番目の塩基に相当し、モモとモモ以外の果物を区別できる塩基である(Prunus属ではP. mira とP. davidianaがモモと同じで区別できない)。また、これらフォワードプライマーである配列番号1または2とリバースプライマーである配列番号3の間にある塩基配列は、同じくGenBankのモモ塩基配列(Accession Number AY500733)の829番目の塩基を含み、モモとモモ以外の果物を区別できる塩基である(Prunus属ではP. miraだけがモモと同じで区別できない)。なお、P. miraとP. davidianaはいずれも食用を目的とした栽培品種ではなく、食品への混入の可能性も極めて低いことから、配列上からモモと同様に検出されると予想されても問題はないと考えられた。
【0042】
設計した上記のプライマーのうち、配列番号2と3からなるプライマーセットを用い、検出対象であるモモ(1配列)、Blast検索でフォワードプライマーとリバースプライマーの配列のいずれにも相同性が高い配列としてヒットした、モモ以外のバラ科植物(上位99配列:Spiraea属、Aronia属、Malus属、Amelanchier属、Mespilus属、Oemleria属、Maddenia属、Crataegus属、Prunus属)、およびBlast検索ではヒットしなかったがアラインメントを行ったバラ科植物(2配列:Prunus 属)、主要な果物、穀物、野菜(14配列:オレンジ、ブドウ、ブルーベリー、米、小麦、とうもろこし、大豆、ばれいしょ、にんじん、ホウレンソウ、レタス、きゅうり、なす、トマト)のtrnS-trnG intergenic spacer領域を対象としてAmplify 1.0(Bill Engels)によるPCRシミュレーションを行った。その結果、配列番号2と3からなるプライマーセットの標的増幅産物は、モモおよびP. miraの配列にのみ得られ、他のいずれの配列からも標的増幅産物は得られないことが予想された。
【0043】
配列番号1は配列番号2と3’末端が共通であることから、配列番号1と3からなるプライマーセットでPCRシミュレーションを行った場合も、配列番号2と3からなるプライマーセットと同様に、標的増幅産物がモモおよびPrunus miraの配列にのみ得られ、他のいずれの配列からも標的増幅産物が得られないことが予想された。
【0044】
(実施例2)フォワードプライマーに配列番号1、リバースプライマーに配列番号3を用いたプライマーセットの特異性および感度評価
(1) DNA試料の調製
サンプルは、モモとして、白鳳、川中島白桃、黄金桃、フレーバートップ、秀峰、蟠桃の6品種(種子)、モモ以外の植物試料として、モモ近縁種の中でプライマーが結合すると予想される塩基配列がプライマーと最も高い相同性を示した、桜桃(種子)を用いた。種子については種皮をかみそりで直接手を触れないように剥き、胚を取り出してDNA抽出に用いた。種子は約0.1gを2ml容チューブ(eppendorf社製)に入れ、φ7mm径のジルコニアビーズ(株式会社ニッカトー製)1粒を入れてRetsch MM 300(QIAGEN社製)により細かく粉砕した。種子の粉砕物約0.1gを15mlのバッファー G2(QIAGEN社製)、100μlのProteinase K(20mg/ml)(QIAGEN社製)、20μlのRNase A(100mg/ml)(QIAGEN社製)を入れた50mlチューブに加え、混合した後、50℃で2時間保温した。混合液を2mlチューブに移し替え、約20,000×gで5分間遠心分離し、その上清液を得た。得られた上清液を、予め1mlのバッファー QBT(QIAGEN社製)で平衡化したGenomic-tip 20/G(QIAGEN社製)に供してDNAをtipに吸着させた。その後、6mlのバッファーQC(QIAGEN社製)でtipを洗浄し、予め50℃に加温してある1mlのバッファーQF(QIAGEN社製)でDNAを溶出させた。イソプロパノール沈澱により回収した沈澱物を50μlのTE緩衝液(pH8.0)に溶解した。DNA溶液を分光光度計で220〜350nmのスペクトルを測定し、260nmに極大値がみられたものを、260nmの吸光度から溶液中のDNA濃度を計算した。モモについては、DNA溶液をTE緩衝液(pH8.0)で20ng/μlに希釈し、さらにサケ精子DNA 20ng/μl含有TE緩衝液(pH8.0)で段階希釈したものをPCRの鋳型DNA試料とした。桜桃については、DNA溶液をTE緩衝液(pH8.0)で20ng/μlに希釈したものをPCRの鋳型DNA試料とした。なお、PCR 1反応液には、モモDNA試料として500fg、50fg、5fgを用い、桜桃DNA試料として50ngを用いた。
【0045】
20ng/μlに希釈したそれぞれの鋳型DNA試料は、全て文献(Watanabe T., Akiyama H., Maleki S., Yamakawa H., Iijima K., Yamazaki F., Matsumoto T., Futo S., Arakawa F., Watai M., and Maitani T., 2007. A specific qualitative detection method for peanut (Arachis hypogaea) in foods using polymerase chain reaction; Journal of Food Biochemistry(2006) 30:215-233)に記載の植物DNA検出PCRにより、PCR増幅産物が得られるレベルの精製度であることを確認した。
【0046】
(2) PCR反応
上記のようにして調製した各鋳型DNA試料を用いてPCRを行った。
PCR反応は、下記表1のPCR反応液組成とPCR反応条件で、フォワードプライマーに配列番号1、リバースプライマーに配列番号3を用い、0.2mlチューブに入れ、PCR装置にABI PRISM 7700(アプライドバイオシステムズ社製:PCR装置としてはGeneAmp PCR System 9600と同等の装置)を使用して行った。
【0047】
【表1】

【0048】
(3) 検出
PCR反応後の溶液8μlをそれぞれエチジウムブロマイド含有の3%アガロースゲル電気泳動に供した。同時に分子量マーカーとして20bp DNA Ladder、および100bp DNA Ladder(タカラバイオ株式会社)を100bpのバンドのDNA量が5ngになるように供し、UV照射で視覚化することで、PCR増幅産物の有無および断片長の確認を行い、さらにPCR増幅産物の断片が100bpのバンド5ngよりも明瞭に確認できるかの判定を行った。
【0049】
判定の結果、モモDNA 5fg、50fg、500fgで約77bpの断片長の標的増幅産物が確認され、他方、桜桃DNA 50ngでは標的増幅産物が見られなかった。
【0050】
これらの結果から、配列番号1と3のプライマーセットを用いたPCRは、モモを特異的に検出すること、また、サケ精子DNA 50ng中のモモDNA 5fg(0.1ppm重量/重量)を検出できること、すなわち0.1ppmモモDNA/試料DNAレベルの感度でモモを検出できることが示された。
【0051】
(実施例3)フォワードプライマーに配列番号2、リバースプライマーに配列番号3を用いたプライマーセットの特異性および感度評価
試料はモモDNA 500fg、およびモモ近縁種の中の代表としてプライマー配列との相同性が高く増幅の恐れがある桜桃DNA 50ngを用いた。
【0052】
PCR反応は、下記表2のPCR反応液組成とPCR反応条件で、フォワードプライマーに配列番号2、リバースプライマーに配列番号3を用い、0.2mlチューブに入れ、PCR装置にGeneAmp PCR System 9600(アプライドバイオシステムズ社製)を使用して行った。
【0053】
【表2】

【0054】
検出は、実施例2の(3)と同様に、アガロース電気泳動によって確認した。その結果、配列番号2と3のプライマーセットを用いた場合、モモDNA 500fgで約74bpの断片長の標的増幅産物が確認され、かつ、桜桃DNA 50ngでは標的増幅産物が見られなかった。
【0055】
この結果から、配列番号2と3のプライマーセットを用いたPCRは、モモを特異的に検出すること、また、サケ精子DNA 50ng中のモモDNA 500fg(10ppm重量/重量)を検出できること、すなわち10ppmモモDNA/試料DNAレベルの感度でモモを検出できることが示された。
【0056】
(実施例4)ミスマッチ塩基を導入したモモ検出用プライマーの設計および合成
配列番号1の3’末端から2番目に、本来「a」であるところを、モモおよびモモ近縁種の塩基配列とミスマッチする「t」に置換した塩基配列(配列番号4)を有するオリゴヌクレオチド(5’- aattggtcgtaataaaaagtcaata-3’)、配列番号3の3’末端から2番目に、本来「g」であるところを、モモおよびモモ近縁種の塩基配列とミスマッチする「a」に置換したした塩基配列(配列番号5)を有するオリゴヌクレオチド(5’- cgtaaacgctctaattttaatag-3’)を、それぞれ通常のオリゴヌクレオチド合成法に従って合成した。
【0057】
実施例1で設計した配列番号1、2、3のプライマー、および上記の配列番号4、5のプライマー中から、配列番号2と5のプライマーの組み合わせを選択し、この組み合わせからなるプライマーセットを用い、実施例1と同様に、モモおよびその他の植物のtrnS-trnG intergenic spacer領域の塩基配列を対象としてAmplify 1.0(Bill Engels)によるPCRシミュレーションを行った。その結果、配列番号2と5からなるプライマーセットを用いたPCRでは、標的増幅産物はモモおよびPrunus miraの配列にのみ得られ、他のいずれの配列からも標的増幅産物は得られないことが予想された。
【0058】
実施例1におけるPCRシミュレーションの結果と併せると、配列番号3または配列番号3の3’末端から2番目の塩基をミスマッチ塩基に置換した配列番号5のどちらをリバースプライマーに使用しても同様の結果が得られたことから、3’末端から2番目の塩基のミスマッチはPCRシミュレーションの結果に影響しないと考えられた。従って、配列番号1または2または4をフォワードプライマー、配列番号3または5をリバースプライマーとするプライマーセットでは、いずれの組み合わせでPCRシミュレーションを行った場合でも、標的増幅産物がモモおよびPrunus miraの配列にのみ得られ、他のいずれの配列からも標的増幅産物が得られないことが予想された。
【0059】
(実施例5)フォワードプライマーとリバースプライマーの組み合わせを配列番号2と5、配列番号1と5、配列番号4と3、および配列番号4と5としたプライマーセットの特異性および感度評価
試料は実施例2で調製した鋳型DNA試料、すなわちモモDNA 5fg、50fg、500fg、およびモモ近縁種の代表としてプライマー配列との相同性が高く増幅の恐れがある桜桃DNA 50ngを用いた。
【0060】
PCR反応は、上記表2のPCR反応液組成とPCR反応条件(ただし、アニーリング反応ステップにおける温度は、60℃に代えて48℃または52℃)で、フォワードプライマーとリバースプライマーの組み合わせを配列番号2と5、配列番号1と5、配列番号4と3、および配列番号4と5とするプライマーセットをそれぞれ用い、0.2mlチューブに入れ、PCR装置にGeneAmp PCR System 9700またはGeneAmp PCR System 9600を使用して行った。
【0061】
検出は、実施例2の(3)と同様に、アガロース電気泳動によって確認した。下記表3に結果を示す。
【0062】
【表3】

【0063】
配列番号2と5からなるプライマーセットを用いた場合は、アニーリング温度48℃、52℃のいずれにおいても、モモDNA 5fg、50fg、500fgで約74bpの断片長の標的増幅産物が確認され、かつ、桜桃DNA 50ngで標的増幅産物が見られなかった。
【0064】
配列番号1と5からなるプライマーセットを用いた場合は、アニーリング温度48℃、52℃のいずれにおいても、モモDNA 50fg、500fgで約77bpの断片長の標的増幅産物が確認され、かつ、桜桃DNA 50ngで標的増幅産物が見られなかった。
【0065】
配列番号4と3からなるプライマーセットを用いた場合、アニーリング温度48℃、52℃のいずれにおいても、モモDNA 500fgで約77bpの断片長の標的増幅産物が確認され、かつ、桜桃DNA 50ngで標的増幅産物が見られなかった。
【0066】
配列番号4と5からなるプライマーセットを用いた場合、モモDNA 50fg、500fgで約77bpの断片長の標的増幅産物は確認された。しかしながら、桜桃DNA 50ngでも標的増幅産物が見られ、標的増幅産物が見られないアニーリング温度を見つけることができなかった。
【0067】
これらの結果から、最良の形態は配列番号2と5からなるプライマーセットであり、試験したPCR条件において、少なくとも4℃のアニーリング温度の範囲においてモモDNAを 5fgの感度で検出でき、桜桃を誤って検出しないことが示された。配列番号1と5、および配列番号4と3からなるプライマーセットは、いずれもモモDNA 50-500fgを検出でき、桜桃を誤って検出しないことを確認できたが、配列番号2と5からなるプライマーセットの方がより高感度だった。以上3種類のプライマーセットを用いたPCRは、それぞれ感度が異なるものの、モモを特異的に検出すること、また、サケ精子DNA 50ng中の少なくともモモDNA 500fg(10ppm重量/重量)を検出できること、すなわち少なくとも10ppmモモDNA/試料DNAレベルの感度でモモを検出できることから、いずれもモモ検出用に使用可能であり、更にこれらのプライマーセットによれば、アニーリング温度が4℃異なる範囲で同じPCR結果が得られていることから、仮に異なる機種のPCR装置を使用した場合にも、同じPCR条件で同じ検出結果が再現性よく得られると考えられるため、一般的なPCR装置をもつ試験室であればどこでも、また当該分野において一般的な訓練を受けた人なら誰でも簡便に利用可能である。他方、配列番号4と5からなるプライマーセットは、フォワードプライマーとリバースプライマーの両方にミスマッチ塩基を導入しているにもかかわらず、実際のPCRではモモDNA 500 fgを検出する条件でも桜桃を誤って検出してしまったため、モモ検出用プライマーとしては不適当と考えた。
【0068】
(実施例6)フォワードプライマーに配列番号2、リバースプライマーに配列番号5を用いたプライマーセットの特異性および感度評価
(1) DNA試料の調製
サンプルは、モモとして、白鳳、川中島白桃、黄金桃、フレーバートップ、秀峰、蟠桃の6品種(種子)、モモ以外の植物試料として、すもも(種子)、あんず(種子)、桜桃(種子)、うめ(種子)、アーモンド(葉)、プルーン(種子)、リンゴ(種子)、洋ナシ(種子)、ナシ(種子)、いちご(果実)、ラズベリー(果実)、アロエベラ(葉)、パイナップル(果実)、パパイヤ(果実)、オレンジ(果実)、ミカン(果実)、メロン(果実)、柿(種子)、いちじく(果実)、マンゴー(果実)、バナナ(果実)、アボカド(果実)、ブルーベリー(果実)、ぶどう(果実)、キウイ(果実)、コメ(種子)、大豆(種子)、とうもろこし(種子)、小麦(種子)、ばれいしょ(塊茎)、にんじん(根)、たまねぎ(鱗茎)、白菜(葉)、ほうれんそう(葉)、きゅうり(果実)、トマト(果実)の計36種を用いた。
【0069】
種子については種皮をかみそりで直接手を触れないように剥き、胚を取り出してDNA抽出に用いた。果実、塊茎、根および鱗茎は外皮をかみそりで直接手を触れないように剥き、内部を取り出してDNA抽出に用いた。種子または葉は約0.1gを、果実、塊茎、根または鱗茎は約2gを約1gずつに分けたものを、それぞれ2ml容チューブ(eppendorf社製)に入れ、φ7mm径のジルコニアビーズ(株式会社ニッカトー製)1粒を入れてRetsch M 300(QIAGEN社製)により細かく粉砕した。種子または葉の粉砕物約0.1g、果実、塊茎、根または鱗茎の粉砕物約2gを、それぞれ15mlのバッファー G2(QIAGEN社製)、100μlのProteinase K(20mg/ml)(QIAGEN社製)、20μlのRNase A(100mg/ml)(QIAGEN社製)を入れた50mlチューブに加え、混合した後、50℃で2時間保温した。
【0070】
以降は実施例2の(1)中の、混合液を2mlチューブに移し替える以降の操作と同様にして、20ng/μlに希釈した鋳型DNA試料をそれぞれ作製した。なお、20ng/μlに希釈したそれぞれの鋳型DNA試料は、実施例2の(1)と同様に、植物DNA検出PCRにより、PCR増幅産物が得られるレベルの精製度であることを確認した。
【0071】
(2) PCR反応
上記のようにして調製した各鋳型DNA試料を用いてPCRを行った。
PCR反応は、下記表4のPCR反応液組成とPCR反応条件で、フォワードプライマーに配列番号2、リバースプライマーに配列番号5を用い、0.2mlチューブに入れ、PCR装置にGeneAmp PCR System 9700またはGeneAmp PCR System 9600を使用して行った。
【0072】
【表4】

【0073】
検出は、実施例2の(3)と同様に、アガロース電気泳動によって確認した。配列番号2と5からなるプライマーセットを用い、表4の条件で、GeneAmp PCR System 9700でPCRを行った場合の電気泳動による検出結果を図2〜5に示す。図2に示すように、試験した6品種のモモでは、モモDNA 50fg、500fgを鋳型に用いた場合、約74bpの断片長の標的増幅産物が明瞭に確認された。一方、図3〜5に示すように、モモ以外の植物36種では、DNA 50ngを鋳型に用いても約74bpの断片長の標的増幅産物が見られなかった。また、GeneAmp PCR System 9600でも図2〜5と同様の結果が得られた。これらの結果から、配列番号2と5からなるプライマーセットを用いたPCRは、モモを特異的に検出すること、サケ精子DNA 50ng中のモモDNA 50fg(1ppm重量/重量)を検出できること、すなわち1ppmレベルの感度でモモを検出できること、異なるPCR機器でも再現性が得られる頑健性を発揮することが示された。
【0074】
(実施例7)標的増幅産物の塩基配列の確認による検証
モモ(白鳳)から得られた標的増幅産物の塩基配列をダイレクトシーケンス法により確認したところ、標的増幅産物のプライマー配列を除いた塩基配列は以下の塩基配列を有していた。
5’- ttaaaagaaaagatgggatcataaaacaa -3’(配列番号7)
【0075】
上記配列番号7の塩基配列をGenBankに登録されているモモ塩基配列(Accession Number AY500733:配列番号6)とアラインメントしたところ、配列番号7の5’末端から数えて15番目の塩基(二重下線部)と配列番号6のモモ特徴的塩基部分である829番目の塩基が重なり、共に「g」だったことから、標的増幅産物はモモ由来DNAから増幅されたものであることが確認できた。
【0076】
(実施例8)モデル加工食品による検出感度の確認
(1) モモ標準試料の調製
モモの果皮を剥き、種子を取り除いた果肉部分を凍結乾燥後粉砕し、直ちに等量の炭酸カルシウムを混ぜて均一化した。これをモモ標準試料とした。
【0077】
(2) モモ標準試料のタンパク質定量
モモ標準試料2gを50mLチューブに採取し、タンパク質抽出用緩衝液(0.5% SDS、2% 2-メルカプトエタノール、0.5M NaCl、0.1M Tris-HCl (pH8.6))20mLを加え、よく混合して固形物を分散させ、室温下16時間振とう抽出した。抽出液を10,000×gで30分間遠心分離した後、上清を孔径0.8μmのミクロフィルターでろ過し、タンパク質抽出液とした。得られたタンパク質抽出液16μlについて、2-D Quant kit(GEヘルスケア バイオサイエンス社製)を用い、キットの説明に従ってタンパク質濃度を定量した。
【0078】
(3)モデル加工食品の選定
モモを含む可能性があると思われた、市場によく見られる食品を候補に挙げ、そのうちモモDNAの検出が困難と思われた加工食品を選択した。その中から、モデル加工食品の1つ目には、加工工程においてDNAの分解が最も激しいと考えられ、検出できない可能性が高いと考えられるジャムを選定した。2つ目には、モデル加工食品中のDNA量が多いため、添加したモモのDNA濃度が相対的に薄くなり、検出できない可能性が高いと考えられる、クッキーを選定した。
【0079】
(4) モデル加工食品の作製
ジャムは図6、クッキーは図7に示すように作製した。ジャム、クッキーともに、モモ標準試料 添加品/無添加品を作製した。添加品については、モデル加工食品の最終重量あたりのモモタンパク質が10μg/gとなるようにモモ標準試料を添加した。なお、添加品については、ジャム、クッキーとも、それぞれ2回反復で作製し、無添加品はそれぞれ1回作製した。
【0080】
(5) DNA試料の調製
実施例2の(1)と同様にして、粉砕均一化したモデル加工食品2gからそれぞれ1回DNAを抽出しDNA濃度を測定した。20ng/μlより濃いものについてはTE緩衝液(pH8.0)で20ng/μlに希釈し、20ng/μlより薄いものについては、そのままのものをDNA試料とした。添加品から抽出したDNA試料は、モモタンパク質10μg/gに相当する。また、モモ標準試料を添加したジャムから抽出したDNA試料を、添加しなかったジャムから抽出したDNA試料で10倍希釈したものを、ジャム1/10希釈DNA試料とした。クッキーでも同様にして作製したものをクッキー1/10希釈DNA試料とした。1/10希釈DNA試料は、モモタンパク質1μg/gに相当する。これらDNA試料2.5μlを1反応液あたりのPCRに用いた。
【0081】
(6) PCR反応
調製したそれぞれのDNA試料について2回反復で、実施例6の(2)と同様にしてPCR反応を行った。
【0082】
(7) 検出
実施例2の(3)と同様に、アガロース電気泳動によって確認した。
(8) 標的増幅産物の塩基配列の確認
実施例7と同様にして塩基配列を確認した。
(9) 検出結果および塩基配列の確認結果
作製したモデル加工食品に添加したモモタンパク質量、およびモモ検出PCR法での標的増幅産物の検出結果を表5に示す。電気泳動図を図8に示す。
【0083】
【表5】

【0084】
表5および図8の結果から明らかなように、モモタンパク質10μg/g相当量のモモ標準試料を添加したモデル加工食品のDNA試料では、約74bpの断片長の標的増幅産物が明瞭に確認されたのに対し、モモ標準試料を添加しなかったモデル加工食品のDNA試料では、標的増幅産物が見られなかった。さらに、モモタンパク質1μg/g相当量のDNA試料からも、標的増幅産物が明瞭に確認された。
【0085】
モモ標準試料を添加したジャム、クッキーから得られた標的増幅産物の塩基配列をそれぞれGenBankに登録されているモモ塩基配列(Accession Number AY500733)とアラインメントしたところ、いずれの塩基配列も配列番号7と同様に、5’末端から数えて15番目の塩基(配列番号7での二重下線部に該当)とモモ塩基配列(Accession Number AY500733)のモモ特徴的塩基部分である829番目の塩基が重なり、共に「g」だったことから、標的増幅産物はモモ由来DNAから増幅されたものであることが確認できた。このことから、本プライマーセットを用いたPCRは、複数の食品において、モモタンパク質10μg/gレベルで混入したモモを検出すること、またおそらく1μg/gレベルの混入でも検出することが示された。
【図面の簡単な説明】
【0086】
【図1】モモおよびモモ近縁種の果物のtrnS-trnG intergenic spacer遺伝子の塩基配列のアラインメントを示す。
【図2】モモ(白鳳、川中島白桃、黄金桃、フレーバートップ、秀峰、蟠桃)由来のDNA試料(500fg、50fg、5fg)に対する本発明のプライマーセット(配列番号2のプライマーと配列番号5のプライマーからなるプライマーセット)の感度評価試験結果(PCR増幅産物のアガロースゲル電気泳動写真)を示す。矢印:約74bpの増幅産物のバンド。
【図3】モモ(白鳳)由来のDNA試料(500fg)、すもも、あんず、桜桃、うめ、アーモンド、プルーン、リンゴ、洋ナシ、ナシ、いちご、ラズベリー由来のDNA試料(50ng)に対する本発明のプライマーセット(配列番号2のプライマーと配列番号5のプライマーからなるプライマーセット)の特異性評価試験結果(PCR増幅産物のアガロースゲル電気泳動写真)を示す。矢印:約74bpの増幅産物のバンド。
【図4】モモ(白鳳)由来のDNA試料(500fg)、アロエベラ、パイナップル、パパイヤ、オレンジ、ミカン、メロン、柿、いちじく、マンゴー、バナナ、アボカド、ブルーベリー、ぶどう、キウイ由来のDNA試料(50ng)に対する本発明のプライマーセット(配列番号2のプライマーと配列番号5のプライマーからなるプライマーセット)の特異性評価試験結果(PCR増幅産物のアガロースゲル電気泳動写真)を示す。矢印:約74bpの増幅産物のバンド。
【図5】モモ(川中島白桃)由来のDNA試料(500fg)、コメ、大豆、とうもろこし、小麦、ばれいしょ、にんじん、たまねぎ、白菜、ほうれんそう、きゅうり、トマト由来のDNA試料(50ng)に対する本発明のプライマーセット(配列番号2のプライマーと配列番号5のプライマーからなるプライマーセット)の特異性評価試験結果(PCR増幅産物のアガロースゲル電気泳動写真)を示す。矢印:約74bpの増幅産物のバンド。
【図6】ジャムの作製方法のフロー図を示す。
【図7】クッキーの作製方法のフロー図を示す。
【図8】モモ(白鳳)由来のDNA試料(50fg)、ジャム 添加、ジャム 添加 1/10希釈、ジャム 無添加、クッキー 添加、クッキー 添加1/10希釈、クッキー 無添加のDNA試料(50ng)に対する本発明のプライマーセット(配列番号2のプライマーと配列番号5のプライマーからなるプライマーセット)の感度評価試験結果(PCR増幅産物のアガロースゲル電気泳動写真)を示す。矢印:約74bpの増幅産物のバンド。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
モモのtrnS-trnG intergenic spacer遺伝子に由来するDNA断片を特異的に増幅するモモ検出用プライマーセットであって、配列番号1または2または4に示す塩基配列を有するオリゴヌクレオチドと、配列番号3または5に示す塩基配列を有するオリゴヌクレオチドとから構成される、モモ検出用プライマーセット(但し、配列番号4に示す塩基配列を有するオリゴヌクレオチドと配列番号5に示す塩基配列を有するオリゴヌクレオチドとから構成されるプライマーセットは除く)。
5’- aattggtcgtaataaaaagtcaaaa-3’(配列番号1)
5’- tggtcgtaataaaaagtcaaaa-3’(配列番号2)
5’- cgtaaacgctctaattttaatgg-3’(配列番号3)
5’- aattggtcgtaataaaaagtcaata-3’(配列番号4)
5’- cgtaaacgctctaattttaatag-3’(配列番号5)
【請求項2】
試料から抽出したDNAを鋳型とし、請求項1に記載のいずれかのプライマーセットを用いてPCRを行い、該PCRにより得られた増幅産物の有無を検出する工程を含む、モモの検出方法。
【請求項3】
前記増幅産物の塩基配列からプライマー配列を除いた塩基配列が、配列番号6に示す塩基配列の829番目にあるモモ特徴的塩基部分「g」を含むかどうかを指標として前記増幅産物がモモ由来DNAから増幅されたものであるかどうかを確認する工程を含む、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
請求項1に記載のプライマーセットを含む、モモ検出用キット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2009−183213(P2009−183213A)
【公開日】平成21年8月20日(2009.8.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−26863(P2008−26863)
【出願日】平成20年2月6日(2008.2.6)
【出願人】(000111487)ハウス食品株式会社 (262)
【Fターム(参考)】