説明

モーレラ属細菌及びプライマー

【課題】宿主細胞として広い用途に使うことが可能なモーレラ属細菌を提供すること、及び、宿主細胞として広い用途に使うことが可能なモーレラ属細菌を作出する際に利用可能なプライマーを提供すること。
【解決手段】相同性組換えによって染色体上の遺伝子が欠失又は破壊され、栄養要求性を示すことを特徴とするモーレラ属細菌、及び、オロチン酸ホスホリボシルトランスフェラーゼをコードする遺伝子と隣接する領域を増幅する特定なプライマー。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はモーレラ属細菌の組換え体に関し、詳しくは相同性組み換えにより染色体上の遺伝子を欠失又は破壊して栄養要求性を付与したモーレラ属細菌及び栄養要求性株の作出に利用可能なプライマーに関する。
【背景技術】
【0002】
温暖化対策や、化石燃料の消費抑制のため、新たなエネルギーに関する研究が進められている。特に、エタノールは近年、燃料としての需要が高まっており、有用物としての価値が高い。
【0003】
産業廃ガスや木質系バイオマスのガス化・改質にともなって排出されるガスに含まれる気体状の二酸化炭素や一酸化炭素、水素などを原料として、クロストリジウムなどの(好熱性)酢酸生成菌によって、酢酸やエタノールなどの有用物を生産させ回収する技術がある(例えば特許文献1)。
【0004】
この技術は、サトウキビやトウモロコシといった食糧にもなりうる農作物を原料として用いるものではないので、食料価格への影響が無く、また、二酸化炭素を原料としているので温暖化ガスの削減効果も期待できる技術である。
【0005】
モーレラ(Moorella) sp.HUC22−1(クロストリジウム・エスピー
No.22−1株(FERM P−18852))は、特許文献1の技術に用いることが可能な、好熱性酢酸生産菌の菌株であり、45〜65℃、pH4.5〜7.5で生育可能、55〜60℃、pH5.7〜6.7で最も高い増殖を示し、エタノール生産性が高く、H2、エタノール、酢酸に対する耐性のバランスが良好である(非特許文献1)。また、非
特許文献2には、H2−CO2を基質とし、pH5.8一定制御の条件で反復回分培養を行ったところ、合計エタノール生産量は15.4mmol/(L−reactor)であったことが記載されている。
【特許文献1】特開2003−339371号公報
【非特許文献1】酒井他「水素と二酸化炭素からエタノールを生産する好熱性細菌Moorella sp.HUC22−1」(Ethanol productionfrom H2 and CO2 by a newly isolated thermophilic bacterium, Moorella sp. HUC22-1)バイオテクノロジー レターズ、2004、26、1607−1612
【非特許文献2】酒井他「モーレラ(Moorella)属菌を用いた反復回分培養における水素と二酸化炭素からの酢酸及びエタノールの生産」(Acetateand ethanol production from H2 and CO2 by Moorella sp. using a repeated batchculture.) ジャーナル オブ バイオサイエンス アンド バイオエンジニアリング、2005、99、252−258
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
好熱性酢酸生産菌をエタノールの発酵生産に用いることは、酵母や中温性酢酸生産菌を用いる場合に比べて、(1)培養温度が高温(50〜80℃)であるため減圧蒸留によるエタノールの回収が容易になる、(2)好熱性菌の場合の加熱するコストの方が酵母などの場合の冷却するコストに比べて安い、(3)培養温度が高温であるため、自然条件に左右されにくく安定したオペレーションが可能になる、(4)培養が高温、無酸素の状態で行われるため、コンタミネーションの危険が非常に少ない、等の利点があるが、未だ研究段階であり、商業的な生産を実現するためには、微生物の生産効率を向上させることが必
要である。
【0007】
本発明者らは、エタノール生産能力が優れた菌株を得るために、Moorella sp.HUC22−1に対してNTGなど化学物質による変異処理を行ったが継代後もエタノール高生産を維持する株は得られなかった。
【0008】
そこで本発明者らは、標的とする遺伝子をピンポイントに導入、あるいは破壊できる、分子生物学的育種によるエタノール高生産株の作製を試みることにした。しかしながら、E.coliの様な一般的な菌の場合とは異なり、好熱性嫌気性細菌を宿主とした遺伝子導入法は報告例が少なく、特にモーレラ属の細菌を宿主とした遺伝子導入法はこれまで全く報告されていない。
【0009】
まず、分子生物学的育種のひとつであるプラスミドベクターを用いた遺伝子導入を試みたが、この方法では形質転換が確認された株は得られなかった。
【0010】
そこで、本発明者らは、相同性部位を探し出し、相同性組換え法による組換えを試み、宿主細胞として広い用途に使うことが可能なモーレラ属細菌を作出することに成功した。
【0011】
すなわち、本発明の課題は、宿主細胞として広い用途に使うことが可能なモーレラ属細菌を提供することにある。
【0012】
また、本発明の他の課題は、宿主細胞として広い用途に使うことが可能なモーレラ属細菌を作出する際に利用可能なプライマーを提供することにある。
【0013】
さらに、本発明の他の課題は以下の記載によって明らかになる。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記課題は以下の発明によって解決される。
【0015】
(請求項1)
相同性組換えによって染色体上の遺伝子が欠失または破壊され、栄養要求性を示すことを特徴とするモーレラ属細菌。
【0016】
(請求項2)
染色体上の遺伝子が、ピリミジン塩基の生合成経路に関与する酵素をコードする遺伝子であり、栄養要求性がウラシル要求性であることを特徴とする請求項1記載のモーレラ属細菌。
【0017】
(請求項3)
染色体上の遺伝子が、オロチン酸ホスホリボシルトランスフェラーゼをコードする遺伝子であることを特徴とする請求項1又は2記載のモーレラ属細菌。
【0018】
(請求項4)
Moorella sp.22−1−U(受領番号 NITE AP−606)として独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センターに寄託されている請求項1〜3の何れかに記載のモーレラ属細菌。
【0019】
(請求項5)
モーレラ属細菌において、相同性組換えによって染色体上の遺伝子が欠失又は破壊された栄養要求性株を作出する際に用いるプライマーであって、オロチン酸ホスホリボシルト
ランスフェラーゼをコードする遺伝子と隣接する領域を増幅する配列番号1及び/又は配列番号2で示されるプライマー。
【0020】
(請求項6)
請求項5のプライマーにより増幅された配列を鋳型として、隣接領域のみを増幅する配列番号5及び/又は配列番号6で示されるプライマー。
【0021】
(請求項7)
モーレラ属細菌において、相同性組換えによって染色体上の遺伝子が欠失又は破壊された栄養要求性株を作出する際に用いるプライマーであって、オロチン酸ホスホリボシルトランスフェラーゼをコードする遺伝子の欠失又は破壊を確認する配列番号9及び/又は配列番号10で示されるプライマー。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、宿主細胞として広い用途に使うことが可能なモーレラ属細菌を提供することができる。
【0023】
また、本発明によれば、宿主細胞として広い用途に使うことが可能なモーレラ属細菌を作出する際に利用可能なプライマーを提供することができる。
【0024】
すなわち、本発明のモーレラ属細菌は、相同性部位と、欠失又は破壊された遺伝子がわかっている栄養要求性株である。
【0025】
本発明のモーレラ属細菌を宿主細胞として、相同性部位の間に欠失又は破壊された遺伝子、有用遺伝子をもつプラスミドを作製して更に相同性組換えを行うことで、優れた菌株を作出することができる。
【0026】
例えば、有用遺伝子が、エタノール生産に関与する遺伝子であれば、エタノール生産性が高い菌株を作出するために宿主細胞として使用することができる。有用遺伝子を目的に沿って選ぶことにより、宿主細胞として広い用途に使うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
以下、本発明の実施の形態を説明する。
【0028】
染色体上の遺伝子の欠失または破壊には、相同性組換えの技術を用いる。
【0029】
相同性組換えは、1対の2本鎖DNAの相同的な塩基配列を持つ部分に起こる組換えであり、人工的にゲノム上の特定遺伝子を変化させる手段の1つである。ゲノム上の特定の塩基配列と相同性を持つDNAを細胞に導入すると、この相同部分で組換えを起こし、外来のDNAがゲノムに取り込まれる。これを利用して特定の遺伝子を破壊したり別の遺伝子と置き換えたりすることが可能となる。
【0030】
また、ゲノムDNAへの相同性組換えによる遺伝子導入には、プラスミドベクターを用いた方法に比べて、導入した遺伝子を多コピーで持たせることが困難という問題点はあるものの、プラスミドの脱落を防ぐために常に培地に抗生物質を添加する等、選択圧をかけ続ける必要性が無く、形質が安定しているという利点もある。
【0031】
相同性組換え(ダブルクロスオーバー)による遺伝子の破壊には、遺伝子に隣接した上流、下流領域(遺伝子のタンパク質コード領域の一部を含んでも良い)をクローン化し、クローン化した隣接上流、下流領域からなるプラスミド(ベクター)を作り、このプラス
ミドで宿主細胞を形質転換することによって行う。隣接配列は、対応する目的細胞ゲノムの配列に対し、少なくとも90%、好ましくは少なくとも95%、より好ましくは98%、またさらにより好ましくは99%相同性を有する。このプラスミドには、遺伝子の全タンパク質コード領域を含んではならないが、標的遺伝子のタンパク質コード領域の一部分を含んでも構わない。この隣接領域は、少なくとも100塩基対であり、理論的には隣接配列の長さに上限はないが、4000塩基対までが好ましく、より好ましい隣接領域は、500塩基対から1200塩基対までの長さである。
【0032】
遺伝子の欠失又は破壊によって付与される栄養要求性株の具体的な種類は特に限定されるものではなく、例えば、ロイシン、ヒスチジン、メチオニン、アルギニン、トリプトファン、リジン等のアミノ酸要求性株;ウラシル、アデニン等の核酸塩基要求性株;ビタミン要求性株;等を挙げることができるが、このうちでもウラシル要求性を付与することが、下記の理由で望ましい。
【0033】
ウラシル要求性は、ピリミジン塩基の生合成経路に関与する酵素をコードする遺伝子を破壊することで得ることができる。
【0034】
ピリミジン塩基(チミン、シトシン、ウラシル)の生合成経路は細菌から菌類、植物、動物に至るまで共通の酵素系によって構成されており、極一部の病原菌を除くすべての生物にとって必須の経路である。この経路はすべてのピリミジン塩基の前駆体であるUMP(ウリジン一リン酸)に至る6つの酵素反応から成ることが分かっている。6つの酵素(及びそれをコードする遺伝子)と、E.coli及びSalmonella typhimuriumにおけるピリミジン塩基の生合成経路を図1に示す。これらの酵素をコードする遺伝子を破壊された株はUMPを生合成出来なくなるために、ウラシル要求性株となる。
【0035】
これらのうち、pyrE(オロチン酸ホスホリボシルトランスフェラーゼをコードする遺伝子)もしくはpyrF(オロチジン−5−リン酸デカルボキシラーゼをコードする遺伝子)を破壊された株については、5−フルオロオロチン酸(5−FOA)によるポジティブセレクションが可能であることが分かっている。5−FOAは、遺伝子破壊が無い株ではオロチン酸(orotate)の代わりにピリミジン経路に取り込まれ、最終的にRNAに
取り込まれて正常なRNAの合成を阻害し、菌体を死滅させるが、pyrE破壊株及びpyrF破壊株では代謝されることがないために菌体は生存できる。このことを利用すると、5−FOAと十分な量のウラシルを含む培地を用いることで、前述の相同性組換えによってpyrEもしくはpyrFの破壊株を選択、単離することが可能となる。このpyrEもしくはpyrFを選択マーカーに用いれば、選択マーカーとして抗生物質耐性遺伝子を導入する方法に比べ、菌が元々持っていた遺伝子なので、確実に発現させることができると考えられる。このため、ウラシル要求性の付与には、pyrE或いはpyrF遺伝子を破壊させることが好ましい。
【0036】
モーレラ属細菌において、オロチン酸ホスホリボシルトランスフェラーゼをコードする遺伝子(pyrE)を相同性組換えにより欠失または破壊するには、(1)まずpyrEと、その上流及び下流の隣接領域をクローニングしてプラスミドに組み込み、(2)さらにそのプラスミドからpyrE部分を除いたプラスミドを作製することが必要である。
【0037】
上記(1)のクローニングには配列番号1及び配列番号2のプライマーを用いることができる。なお、配列番号1はフォワード、配列番号2はリバースのプライマーである。配列番号1及び2は、pyrE遺伝子と、pyrE遺伝子の上流および下流に隣接する約1000bpを増幅することができる。
【0038】
上記(1)で増幅した領域からpyrE遺伝子部分のみを除くために配列番号5及び/
又は配列番号6のプライマーを用いることができる。なお、配列番号5はフォワード、配列番号6はリバースのプライマーである。配列番号5は、上記(1)でクローニングした配列のうちpyrE遺伝子のORFまで、配列番号6はpyrE遺伝子ORFの終了部分から下流隣接領域の末端までを増幅するため、上記(1)で増幅した領域を鋳型として配列番号5、6のプライマーを用いてPCRを行うと、pyrE遺伝子を除いた領域のみが増幅される。
【0039】
配列番号9および10のプライマーは、作出した細胞からpyrEが欠失又は破壊されているかを確認する時に使用することができる。
【0040】
本発明のプライマーは、Moorella thermoacetia、M.thermoautotrophica、M.glycerini等のモーレラ属細菌、エタノール生産効率が高い菌株の作出のためには、好ましくは水素と二酸化炭素、又は一酸化炭素の合成ガスからエタノールを生産する能力を有するモーレラ属細菌、より好ましくはMoorella sp.HUC22−1のオロチン酸ホスホリボシルトランスフェラーゼをコードする遺伝子を、相同性組換えにより欠失又は破壊する際に利用可能なプライマーである。
【0041】
本発明のモーレラ属細菌は、Moorella thermoacetia、M.thermoautotrophica、M.glycerini等のモーレラ属細菌に栄養要求性を付与したものであり、エタノール生産効率が高い菌株の作出の上では、その中でも水素と二酸化炭素、又は一酸化炭素の合成ガスからエタノールを生産する能力を有するモーレラ属細菌に栄養要求性を付与したものであり、更にはMoorella sp.HUC22−1に栄養要求性を付与したものが好ましい。
【0042】
Moorella sp.HUC22−1のpyrE遺伝子を相同性組換えによって破壊しウラシル要求性を付与した菌株は、Moorella sp.22−1−U(受領番号 NITE AP−606)として独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センターに寄託されている。
【0043】
培養的な性質は、以下の通りである。
【0044】
改変型ATCC 1754 PETC 寒天培地(※1)において、嫌気的、55℃、培養日数3〜5日で直径1〜2mmの円形コロニーを形成する。
i)色: 白
ii)表面の形状:スムーズ
iii)透明度:不透明
【0045】
※1 改変型ATCC 1754 PETC 寒天培地
NHCl 1.0g
KCl 0.1g
MgSO 0.2g
NaCl 0.8g
KHPO 0.1g
CaCl 0.02g
Yeast Extract 1.0g
(Yeast Extract無添加の場合 Uracil 0.01g)
NaHCO 2.0g
Cysteine−HCl 0.3g
Trace element solution(I) 10ml
Vitamin solution (II) 10ml
Distilled water 1000ml
(Agar(高温用) 20g)
(Fructose 5.0g)
pH 5.9(滅菌前)
滅菌温度・時間 121℃ 15分
【0046】
なお、上記の(I)Trace element solution及び(II) Vitamin solutionは以下の組成である。
【0047】
(I)Trace element solution
Nitrilotriacetic acid 2.0g
MnSO・HO 1.0g
Fe(SO(NH・6HO 0.8g
CoCl・6HO 0.2g
ZnSO・7HO 0.0002g
CuCl・2HO 0.02g
NiCl・6HO 0.02g
NaMoO・2HO 0.02g
NaSeO 0.02g
NaWO 0.02g
Distilled water 1000ml
【0048】
(II)Vitamin solution
Biotin 2.0mg
Folic acid 2.0mg
Pyridoxine−HCl 10mg
Thiamine−HCl 5.0mg
Riboflavin 5.0mg
Nicotinic acid 5.0mg
D−Ca−pantothenate 5.0mg
Vitamin B12 0.1mg
p−Aminobenzoic acid 5.0mg
Thioctic acid 5.0mg
Distilled water 1000ml
【0049】
この菌株は、オロチン酸ホスホリボシルトランスフェラーゼをコードするpyrE遺伝子が欠失しているため、ウラシル要求性を有する。
【0050】
また、フルクトースから酢酸及びエタノールを生成する。二酸化炭素と水素、または一酸化炭素と二酸化炭素から、酢酸及びエタノールを生成する。
【0051】
この菌株は、相同性部位と、破壊遺伝子がわかっているので、例えばエタノール生産性の向上に寄与する遺伝子のような有用遺伝子を導入してエタノール生産能力が優れた菌株の作出を試みる際に、本発明のモーレラ属細菌を宿主細胞として利用することができる。
【0052】
すなわち、2つの相同性部位の間にpyrE遺伝子及び導入したい遺伝子(有用遺伝子)を入れたベクターを作製し、再組換えすることで目的遺伝子の導入と、ウラシル生合成能の復活による選抜を行って、更なる組換え細胞を得ることができる。
【実施例】
【0053】
以下に本発明の実施例を説明するが、本発明はかかる実施例によって限定されない。
【0054】
なお、以下必要に応じてウラシル要求性を付与したMoorella sp.菌株は、pyrE破壊株と称し、Moorella sp.HUC22−1株は、HUC22−1あるいは野生株と称することがある。
【0055】
実施例1
1.Moorella sp.HUC22−1株からのゲノムDNAの抽出
グラム陽性菌であるMoorella sp.HUC22−1からのゲノムDNAの抽出には、Marmur法(参考文献1)を改変した以下の方法を用いた。
【0056】
フルクトースを基質として定常期まで培養した培養液20mlを3,000rpm、15分間遠心して集菌し、上清を除去した。得られた菌体に1.5mlのTEbuffer(10 mM Tris, 1 mM EDTA-2Na)と5mgのリゾチーム(粉末)を加えて懸濁し、37℃で30分間ゆっくりと振とうした。その後、2.5mlの溶菌液[100 mM Tris-HCl (pH 8.0),300 mM NaCl, 20 mM EDTA-2Na, 2%SDS, 100 μg/ml Proteinase K]を加えて混合させ、55℃で60分間静置し、菌体を溶解させた。菌体溶解液に1.25mlのフェノール:クロロホルム:イソアミルアルコール(25:24:1)混液を加えて室温で10分間振盪して完全に混合させたのち、11,000rpm、5分間遠心して3層に分離し、上層を新しいチューブに移した。この操作を計2回繰り返し、タンパクを除去した。得られた溶液量の1/10量の3M酢酸ナトリウム溶液(pH5.2)と2.5倍量のエタノールを加えて静かに混合させ、室温で10分間静置したのち、11,000rpm、15分間遠心して上清を除去し、DNAを沈殿させた。その後、75%エタノールを5ml加えて11,000 rpm、5分間遠心して上清を除去し、DNAをリンスした。最後に、11,000rpm、30秒間遠心して余分なエタノールを完全に除去し、200μlの超純水に溶解させ、−20℃に保存した。得られたゲノムDNAは、超純水で10倍に希釈し、分光光度計(Ultrospec3000, Pharmacia Biotech)のDNA定量モードで濃度と純度を確認した。
【0057】
2.M. thermoacetica ATCC 39073株のゲノムデータベースからのpyrEの検索
Genbankに登録されている、HUC22−1株の近縁種であるM. thermoacetica
ATCC 39073株のゲノムデータベース(accession number: CP000232)から、BLAST
検索を用いてpyrEと思われる遺伝子の検索を行った。
【0058】
3.HUC22−1株ゲノム由来のpyrEのクローニング
上記1で得られたHUC22−1株のゲノムDNAを鋳型に、Premix TaqTM(TaKaRa Ex TaqTMVersion)を用いてPCRを行い、上記2で見つかったpyrEと思われる遺伝子を、ORFの前後約1,000 bpずつを含めて増幅した。PCR反応液組成と反応条件を表1に、用いたプライマーの配列を表2に示す。反応終了後、各PCR産物を0.7%アガロースゲル電気泳動で確認した。
【0059】
その結果、pyrEについて予想されたサイズの単一バンドが確認された。
【0060】
次に、pGEM(商標)−T Easy Vector Systemを用いたTAクローニングによってpGEM(商
標)−T Easy vectorに組み込み、E. coli DH5aにヒートショック法で導入し、形質転換させた。100 μg/ml ampicillin、0.1mM IPTG、及び40 μg/ml X-galを含むLBプレートで一晩培養し、Blue/White selectionによって目的遺伝子がクローニングされたプラスミドを持つコロニーを選択した。選択した各コロニーをそれぞれ100μg/ml ampicillinを含む2mlのLB培地に植菌し、さらに一晩振とう培養した後、Quantum Prep(商標) Plasmid Miniprep Kitを用いてプラスミドを回収した。回収された各プラスミドは、適当な制限酵素で切断された後、0.7%アガロースゲル電気泳動で目的の断片がクローニングされていることが確認された。確認された各プラスミドにクローニングされた断片の配列決定は、広島大学 自然科学研究支援開発センター 遺伝子実験部門のDNA塩基配列
決定サービスに依頼した。まず、M13フォワードプライマーとM13リバースプライマーを用いて両端から配列を決定し、さらに内側の配列については、表3に示すプライマーを用いて決定した。
【0061】
その結果、M. thermoacetica ATCC 39073株のゲノムデータベースに示されている配列
と99%以上の相同性を持つことが確認された。
【0062】
【表1】

【0063】
【表2】

【0064】
【表3】

【0065】
4.pyrE破壊用プラスミドpGDPyrEの構築
Satoらの方法(参考文献2)に従い、相同性組換え(ダブルクロスオーバー)によるpyrEの破壊(図2)を行うためのプラスミドを構築した。構築の概略を図3に示す。上記3で得られたプラスミドpGEMPyrEを鋳型にPremix TaqTM(TaKaRaEx TaqTM Version)を用いてアダプターPCRを行い、プラスミド上のpyrEのORFを除いた部分を増幅するとともに、その両末端にBamHIサイトを付与した。PCR反応液組成と反応条件を表4に、用いたプライマーの配列を表5に示す。得られたPCR産物を0.7%アガロースゲル電気泳動で確認した後、制限酵素BamHIで一晩反応させて切断し、MagExtractor(商標)−PCR & Gel Clean Upを用いて精製した。その後、DNA Ligation Kit Ver. 2を用いてライゲーションさせ、pyrE破壊用プラスミドpGDPyrE(図3)を構築した。
【0066】
【表4】

【0067】
【表5】

【0068】
5.pyrE破壊用プラスミドpGDPyrE2の構築
ダブルクロスオーバーを起こすための相同性領域をより短くしても形質転換が行えるのかを確認するために、上記4で構築したpGDPyrEから、PCRにより前後の相同性領域が500bpずつになるように断片を取り出し、pGEM(商標)−TEasy vectorに再クローニングしたプラスミドpGDPyrE2(図3)を構築した(クローニングの方法は上記3と同様)。PCR反応液組成と反応条件を表6に、用いたプライマーの配列を表7に示す。
【0069】
【表6】

【0070】
【表7】

【0071】
6.相同性組換えによるHUC22−1株ゲノム上のpyrEの破壊
HUC22−1株に対する遺伝子導入には、エレクトロポレーション法を用いた。Satoらの方法(参考文献2)を参考に、以下の手順で行った。
【0072】
使用する培地、バッファーはすべて嫌気的、無菌的に調製したものを用い、また操作はすべて二酸化炭素ガスを吹き付けながら嫌気的に行った。フルクトースを基質に対数増殖後期(濁度、波長660nm、OD660=1.5〜2.0)まで培養した本菌の培養液20mlを6,000 rpm、4℃で5分間遠心して上清を除去し、菌体を回収した。菌体を5mlの272mM スクロース溶液に再懸濁し、6,000 rpm、4℃で5分間遠心して洗浄し、上清を除去した。この洗浄を計2回繰り返した後、菌体を1mlの272mMスクロース溶液に再懸濁した。菌体に導入するDNA(pGDPyrEもしくはpGDPyrE2)5〜10μgを含む溶液を添加して混合した。ネガティブコントロールの場合はDNA溶液の代わりに超純水を同じ量添加した。氷中で10分間静置した後、予め氷中で冷却しておいた2mmギャップのエレクトロポレーション用キュベット(ELECTROPORATIONCUVETTES PLUSTM, BTX)に100μlを移し、エレクトロポレーション装置(ECM 630, BTX)にセットして、2.0 kV(10.0 kV/cm)、400Ω、50 μFの条件でパルスを1回かけた。パルスをかけ終わった溶液を、注射針(ニプロ)を取り付けたプラスチック注射器(テルモ)を用いて回収し、8ml容量のバイアル瓶に入った2mlのフルクトース培地(10μg/mlのウラシルを含む)に加えた。氷中で10分間静置した後、55℃で10時間前培養を行った。
【0073】
選択物質である0.2%(w/v)の5−FOAと10μg/mlのウラシルと2%(w/v)の高温培養用寒天(ナカライテスク)を含むフルクトース培地に前培養液全量を加えてロールチューブを作製した。ただし、ポジティブコントロールに対しては5−FOAを加えなかった。作製したロールチューブを55℃に静置し4〜7日間培養した後、得られたコロニーを滅菌したパスツールピペットを用いて嫌気的に採取し、0.2%(w/v)の5−FOAと10μg/mlのウラシルを含むフルクトース液体培地へ植え継いだ。
【0074】
2回の植え継ぎの後、一部をウラシルも酵母エキスも含まない完全合成培地へ植え継いだところ、野生株は問題なく増殖できたのに対し、これらの株は全く増殖できなかった。
【0075】
また、この完全合成培地に10μg/mlのウラシルのみを添加すると、これらの株は増殖できるようになった。これらのことから、これらの株がウラシル要求性株に形質転換していることが確認された(pyrE破壊株)。
【0076】
形質転換の効率は、pGDPyrEを用いた場合DNA1μg当たり約35個、pGDPyrE2を用いた場合には、DNA1μg当たり約8個であった。
【0077】
7.PCRによるpyrEの破壊の確認
野生株とpyrE破壊株のゲノムDNAを鋳型にPremix TaqTM(TaKaRa Ex TaqTM Version)を用いてPCRを行い、pyrEの破壊の確認を行った。PCR反応液組成と反応条件を表8に、各遺伝子に対して用いたプライマーの配列を表9に示す。反応終了後、各PCR産物のサイズを0.7%アガロースゲル電気泳動で確認した。
【0078】
その結果、野生株で見られるバンド(約2,600 bp)が無くなっていることが確認できた。
【0079】
また、pyrE破壊株ではpyrEの上流は少なくとも約8kbp、下流は少なくとも2kbpの長さにわたって配列が失われている可能性が高いことがわかった。
【0080】
【表8】

【0081】
【表9】

【0082】
[参考文献]
(1)Marmur, J.: A procedure for the isolation of deoxyribonucleic acid frommicro-organisms. J. Mol. Biol. 1961; 3: 208-18

(2)Sato, T., Fukui, T., Atomi, H., and Imanaka, T.: Improved and versatiletransformation system allowing multiple genetic manipulations of thehyperthermophilic archaeon Thermococcus kodakaraensis. Appl. Environ.Microbiol. 2005; 71: 3889-99
【図面の簡単な説明】
【0083】
【図1】ピリミジン塩基の生合成経路
【図2】相同性組換え(ダブルクロスオーバー)によるpyrEの破壊
【図3】pyrE破壊用プラスミドpGDPyrE及びpGDPyrE2の構築

【特許請求の範囲】
【請求項1】
相同性組換えによって染色体上の遺伝子が欠失又は破壊され、栄養要求性を示すことを特徴とするモーレラ属細菌。
【請求項2】
染色体上の遺伝子が、ピリミジン塩基の生合成経路に関与する酵素をコードする遺伝子であり、栄養要求性がウラシル要求性であることを特徴とする請求項1記載のモーレラ属細菌。
【請求項3】
染色体上の遺伝子が、オロチン酸ホスホリボシルトランスフェラーゼをコードする遺伝子であることを特徴とする請求項1又は2記載のモーレラ属細菌。
【請求項4】
Moorella sp.22−1−U(受領番号 NITE AP−606)として独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センターに寄託されている請求項1〜3の何れかに記載のモーレラ属細菌。
【請求項5】
モーレラ属細菌において、相同性組換えによって染色体上の遺伝子が欠失又は破壊された栄養要求性株を作出する際に用いるプライマーであって、オロチン酸ホスホリボシルトランスフェラーゼをコードする遺伝子と隣接する領域を増幅する配列番号1及び/又は配列番号2で示されるプライマー。
【請求項6】
請求項5のプライマーにより増幅された配列を鋳型として、隣接領域のみを増幅する配列番号5及び/又は配列番号6で示されるプライマー。
【請求項7】
モーレラ属細菌において、相同性組換えによって染色体上の遺伝子が欠失又は破壊された栄養要求性株を作出する際に用いるプライマーであって、オロチン酸ホスホリボシルトランスフェラーゼをコードする遺伝子の欠失又は破壊を確認する配列番号9及び/又は配列番号10で示されるプライマー。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−17131(P2010−17131A)
【公開日】平成22年1月28日(2010.1.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−180657(P2008−180657)
【出願日】平成20年7月10日(2008.7.10)
【出願人】(000005902)三井造船株式会社 (1,723)
【出願人】(504136568)国立大学法人広島大学 (924)
【Fターム(参考)】