説明

ラックアンドピニオン式ステアリング装置用ラックの製造方法

【課題】従来の鉄系材料のみを用いたラックに対して、同等以上のラック歯部と軸方向端部ねじ部の強度と、耐久性を備え、大幅に軽量化された信頼性の高いラックアンドピニオン式ステアリング装置用ラックを提供する。
【解決手段】鋼製の芯金11にラック歯部13と軸方向の一部を細くした小径部14を形成し、小径部14に炭素繊維の一方向プリプレグ又は織物プリプレグの少なくとも一つを巻きつけた積層体からなる炭素繊維強化プラスチック外殻12を形成した後、炭素繊維プラスチック外殻12の外径を切削加工し、ラックを得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ラックアンドピニオン式ステアリング装置に関し、より詳細には、コラムアシスト式及び、ピニオンアシスト式の、ラックアンドピニオン式電動パワーステアリング装置に用いられるラックの製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
乗用車においては、ステアリング軸の回転を左右の転舵輪の運動に変換する機構として、高剛性且つ軽量であることから、ラックアンドピニオン機構が主に用いられている。一方、電動モータの出力によって操舵を補助する電動パワーステアリング装置は、モータの回転力をステリング軸に伝達するコラムアシスト式、回転力をピニオンに伝達するピニオンアシスト式、及び回転力をボールねじを介してラックに伝達するラックアシスト式が知られている。
【0003】
操舵の補助を行わないマニュアルステアリング装置においては、運転者がステアリングホイ−ルに加えた回転力のみがラックアンドピニオン機構によって転舵輪の運動に変換されるので、ラック及びピニオンに負荷される応力は小さい。また、油圧によって操舵を補助する油圧式パワーステアリング装置においては、操舵を補助する力がラックアンドピニオン機構を介さず直接ラックに伝達されるため、ラック及びピニオンに負荷される応力は小さい。さらに、ラックアシスト式の電動パワーステアリング装置においても、前述したように操舵を補助する回転力がラックアンドピニオン機構を介さず、ボールねじを介してラックに伝達されるため、ラック及びピニオンに負荷される応力は油圧式パワーステアリング装置と同程度である。
【0004】
これに対して、コラムアシスト式及びピニオンアシスト式の電動パワーステアリング装置においては、運転者がステアリングホイールに加えた回転力と、電動モータから出力される操舵を補助する回転力との合力が、ラック及びピニオンに負荷されるため、ラック及びピニオンに負荷される応力は、マニュアルステアリング装置や油圧式パワーステアリング装置の応力と比較すると10倍以上にもなり、相互に噛み合うラック及びピニオンの歯部に摩耗が生じる可能性があるという問題点があった。
【0005】
通常、このラック及びピニオンの歯部の摩耗を抑制するため、ラック及びピニオンの歯部とラックの背面に浸炭焼入れ処理や高周波焼入れ処理を施して、表面硬さをHV600〜800程度とすると共に、歯の根元芯部の硬さをHV150程度の硬さとしている。また、ラック及びピニオンの歯部とラックの背面に、焼入れ処理による第1硬化層と、第1硬化層にショットピーニング処理を施し、焼き入れ硬化層よりも硬い第2硬化層と、の2重の硬化層を設け、ラック及びピニオンの歯部の摩耗を抑制する技術が開示されている(例えば、先行技術文献1参照)。
【0006】
また、樹脂化により軽量化を図ったウォームギヤ減速機構として、アラミド繊維連続シートを複数層重ねて巻き付けた後、マトリックス樹脂組成物液を含浸して環状形状体を成形し、更に切削加工を施した樹脂製歯車が開示されている(例えば、先行技術文献2参照)。さらに、ウォームギヤ減速機が、熱可塑性樹脂とポリパラフェニレンベンゾビスオキサゾール繊維(PBO繊維)を成分とする材料にて形成されたウォームホイールを備える電動パワーステアリング装置が知られている(例えば、先行技術文献3参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2005−125972号公報
【特許文献2】特開2006-77809号公報
【特許文献3】再公表特許WO2006−126627号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
近年、地球温暖化対策として、炭酸ガス排出量の低減や、自動車の低燃費化を達成するため、各部品の軽量化が強く求められている。しかしながら、上記先行技術文献1に記載のラックアンドピニオン式ステアリング装置は、全鋼製のラック及びピニオンの歯部摩耗を抑制する技術であり、部品の軽量化に対する寄与率は大きくない。また、電動パワーステアリング装置に用いられるラックアンドピニオン機構においても、中空構造とすることによって軽量化を図ったラックもあるが、全鋼製である限り、一定以上の強度を維持しつつ、更なる軽量化をすることには限界がある。
また、上記先行技術文献2及び3に記載の電動パワーステアリング装置は、部品を樹脂化することによって軽量化を図っているが、ウォームギヤ減速機構を対象とした技術であり、ラックアンドピニオン式ステアリング装置の軽量化を目的としたものではなく、ラックに適用するには強度が不十分である。
そこで、本発明は、炭素繊維強化プラスチック及び鋼の組合わせでラックを形成し、全鋼製のラック並みの強度及び抗曲性を維持しながら、大幅に軽量化することにより慣性力を低減したラックアンドピニオン式電動パワーステアリング装置を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記問題を解決するために、請求項1に記載の発明は、運転者の操舵によって回転するステアリング軸と、前記ステアリング軸に連結されるピニオンと、前記ピニオンに噛合すると共に車輪に連結されるラックと、を備えるラックアンドピニオン式ステアリング装置において、前記ラックが、鋼製の、軸方向端部を除く軸方向全長の一部に形成されたラック歯部と、前記ラック歯部を除く軸方向全長の一部に設けられた軸方向端部よりも小径である小径部と、を有する芯金と、前記芯金の小径部に、炭素繊維の一方向プリプレグ又は織物プリプレグの少なくとも一つを巻きつけた積層体からなる炭素繊維強化プラスチック外殻からなることを特徴としている。
また、請求項2に記載の発明は、請求項1に記載のラックアンドピニオン式ステアリング装置用おいて、
前記ラックの芯金は前記ラック歯部の硬度がHV600以上、歯部以外の硬度がHV150以上であること特徴としている。
また、請求項3に記載の発明は、請求項1、請求項2に記載されたラックアンドピニオン式ステアリング装置用のラックにおいて、
前記ラック芯金の軸方向両端面に、雌ねじが形成されていることを特徴としている。
また、請求項4に記載の発明は、請求項1乃至請求項3に記載されたラックアンドピニオン式ステアリング装置用のラックにおいて、
前記炭素繊維強化プラスチック外殻を形成するプリプレグについて、炭素繊維の方向が前記芯金の軸方向に対して0°及び90°に配向される様に前記芯金に巻きつけられることを特徴としている。
また、請求項5に記載の発明は、請求項1乃至請求項3に記載されたラックアンドピニオン式ステアリング装置用のラックにおいて、
前記炭素繊維強化プラスチック外殻を形成するプリプレグについて、前記芯金の軸方向線膨張整数と同程度となる様、炭素繊維の方向を前記芯金の軸方向に対して傾斜して配向される様、前記芯金に巻きつけられることを特徴としている。
【0010】
まず、ラックの芯金を製造する。棒状鋼材を加工し、軸方向全長の内、両端部を除く中間部の一部に、ラック歯部を形成する部位の直径より小さい小径部を形成する。そして、両端部、小径部を除く軸方向中間部にラック歯部を形成する。その後、ラック歯部表面には硬度はHV600以上となる様、表面硬化処理行う。また、ラック歯部の内部や小径部、両端部は硬度がHV150〜220となる様熱処理が施され、ラック芯金となる。そして、ラック芯金の小径部に一方向炭素繊維から成るプリプレグを鋼製の芯金に巻きつけて積層することによって積層体を形成した。使用されるプリプレグはエポキシ樹脂に代表される熱硬化性樹脂を22〜50質量%、より好ましくは25〜40質量%含有している。熱硬化性樹脂の量が22質量%を下回ると、繊維間に樹脂が十分にないため、プリプレグ同士の接着性が低下する或いはボイドの発生を抑制できない。また、50質量%を超えると、繊維数が減少するため、強度や剛性の低下の原因と成る。
前記積層体を130℃で2時間保持することにより、樹脂を硬化させて炭素繊維強化プラスチック外殻を形成する。そして炭素繊維強化プラスチック外殻の外径形状を切削加工及び研削加工を行い、ラックを得る。
本発明で使用されるプリプレグは、炭素繊維が一方向に配向した一方向プリプレグの他、炭素繊維を織り込んだ織物プリプレグを用いることができる。
また、構成する炭素繊維は直径5〜15μmの範囲にあり、引張り強度が3〜8.5GPa、引張り弾性率が200〜800GPa、伸度が0.8〜2.5%の範囲に入るものが望ましい。
【発明の効果】
【0011】
本発明は以上のような構成を有しており、従来の全鋼製のラックに対して同等以上の抗曲性や強度を有しつつ、大幅に軽量化できる。また、ラック歯部とラック軸方向端面の雌ねじ部は鋼製の芯金に形成される為、信頼性を確保できるという効果が有る。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明による第一の実施例を示す図である。
【図2】ラックアンドピニオン式電動パワーステアリング装置を示すものである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
図1に、本発明による第一の実施例を示す。
ラック10は、軸方向中間部にラック歯部13、小径部14、を、両端部に雌ねじ15、16を加工し芯金11とした。両端部の内、小径部側は雌ねじ16が加工可能な程度に外径を小さくした。そして、芯金11の小径部14及び、雌ねじ16を形成した側の端部外径にプリプレグを巻きつけて積層し、130℃で2時間保持して炭素繊維強化プラスチック外殻12を形成した。次に、炭素繊維強化プラスチック外殻12の外径面を切削加工により所定の外径寸法に形成し、完成とした。
炭素繊維強化プラスチック外殻12を芯金11の小径部のみに形成し、芯金端部と同じ直径となる様に加工してラック10としても良いが、この場合はラック10の雌ねじ16側端部近傍で、炭素繊維強化プラスチック外殻12を芯金11の境界が生じる為、ここを滑り軸受けの摺動面として使用する際、前記境界を境に摺動力が変化する為ステアリング装置の操舵感に悪影響となり好ましくない。
芯金11は、ラック歯部13と、雌ねじ15、16が形成される箇所以外の部分の径を小さくして小径部14を設けることにより、軸方向断面積における芯金11の断面積の割合を少なく、炭素繊維強化プラスチック外殻12の断面積の割合を多くすることで、強度を維持しつつ軽量化を行っている。
炭素繊維強化プラスチック外殻12の繊維配向は、軸方向を0°として繊維角度θの設定を行った。図1に繊維配向角度基準を示す。実施例1での繊維配向角度θは0°:90°=1:1の繊維配向割合にてプリプレグの巻き付けを行った。この繊維配向割合によって曲げのみならず座屈や圧縮にも対応可能な構造となっている。
【0014】
第2の実施例は、炭素繊維強化プラスチック外殻12の繊維配向角度θを芯金11の軸方向に対して傾斜させることで、芯金の軸方向線膨張係数と同程度とし、硬化時に発生する残留応力を抑制することができる。さらに、硬化時に成型体のひずみが少ない為、真直度を高めることが出来、精度の高いラックの製作が容易となる。
本実施例では、θ=±55°程度とし、炭素繊維強化プラスチックの線膨張率を鋼と同等(11×10-6/℃)としている。その他の構成は、本発明による第一の実施例と同様である。θは、芯金11の材質や寸法により適宜設定することが可能である。
【0015】
上記2つの実施例と、従来の全鋼製ラックについて、重量と耐久性の比較を行った結果を以下に示す。
第一の実施例、第二の実施例共に、ラック歯部、小径部、雌ねじ部を形成し、ラック歯部に表面硬化処理を施した芯金に、熱硬化性樹脂量25質量%のプリプレグを巻き付けて積層し、130℃で2時間保持して樹脂を硬化させて炭素繊維強化プラスチック外殻を形成後、外径を切削してラックを完成した。
比較例のラックは上記実施例のラックと同じ外形寸法の全鋼製ラックを用いた。
耐久性の評価は、ラックを図2に示すようなラックアンドピニオン式パワーステアリングユニット30のラックアンドピニオン機構40のラック36として組み込み、ラック端部38、39に不図示の負荷装置を、ステアリング軸31に運転時の操舵を模擬した動作を行う為の不図示のモータを取り付け、所定の繰り返し数まで操舵動作を繰り返し、ラックアンドピニオン機構40を連続して動作させることにより行った。また、この時ラックに発生した振動の振幅値を併せて測定した。
【0016】
表1に、比較例のラックの重量、耐久性を100とした時の、第一の実施例(実施例1)、第二の実施例(実施例2)のラックの重量、耐久性、振動の振幅値を比較した結果を示す。
【0017】
表1に示す通り、本発明による炭素繊維強化プラスチックの外殻と鋼製の心金で構成されたラックは従来の鉄鋼ラック並みに高強度での耐久性を有しながら軽量化を実現している。また、可動部品であるステアリングラックを軽量化することによってステアリングの切り返し時の慣性力が低減するため、反応性を高めたステアリングシステムの提供が可能となる。更に振動吸収特性に富んだ炭素繊維強化プラスチックをステアリングラックに適用することによって、ロードノイズや各種振動の低減が可能となった。また鋼よりも破壊時に必要なエネルギーが高いため、衝突時にも吸収可能なエネルギーが多くより安全性の高いステアリングシステムの提供が可能となった。
【0018】
なお、本発明は、前述した実施形態及び実施例に限定されるものではなく、適宜、変形、改良、等が可能である。
【0019】
(表1)

【産業上の利用可能性】
【0020】
コラムアシストタイプ及びピニオンアシストタイプのラックアンドピニオン式パワーステアリング装置用ラックとして利用できる。
【符号の説明】
【0021】
10 ラック(第一の実施例)
11 芯金
12 炭素繊維強化プラスチック外殻
13 ラック歯部
14 小径部
15 雌ねじ
16 雌ねじ
20 ラック(第二の実施例)
21 芯金
22 炭素繊維強化プラスチック外殻
23 ラック歯部
24 雌ねじ
25 雌ねじ
30 ラックアンドピニオン式電動パワーステアリング装置
31 ハンドル軸
32 電動モータ
35 ラックアンドピニオン機構
36 ラック
37 ピニオン
38 ラック端部
39 ラック端部
θ 繊維配向角度

【特許請求の範囲】
【請求項1】
運転者の操舵によって回転するステアリング軸と、前記ステアリング軸に連結されるピニオンと、前記ピニオンに噛合すると共に車輪に連結されるラックと、を備えるラックアンドピニオン式ステアリング装置において、
前記ラックが、鋼製の、軸方向端部を除く軸方向全長の一部に形成されたラック歯部と、前記ラック歯部を除く軸方向全長の一部に設けられた軸方向端部よりも小径である小径部と、を有する芯金と、前記芯金の少なくとも小径部に炭素繊維の一方向プリプレグ又は織物プリプレグの少なくとも一つを巻きつけた積層体からなる炭素繊維強化プラスチック外殻からなることを特徴としている。
【請求項2】
請求項1に記載のラックアンドピニオン式ステアリング装置用おいて、前記ラックの芯金は前記ラック歯部の硬度がHV600以上、歯部以外の硬度がHV150以上であること特徴とするラックアンドピニオン式ステアリング装置用ラック。
【請求項3】
前記鋼製の芯金の軸方向両端面に、雌ねじが形成されていることを特徴とする、請求項1、請求項2のいずれかに記載のラックアンドピニオン式ステアリング装置用ラック。
【請求項4】
前記炭素繊維強化プラスチック外殻を形成するプリプレグについて、炭素繊維の方向が前記芯金の軸方向に対して0°及び90°に配向される様に前記芯金に巻きつけられることを特徴とする、請求項1乃至請求項3に記載のラックアンドピニオン式ステアリング装置用ラック。
【請求項5】
前記炭素繊維強化プラスチック外殻を形成するプリプレグについて、前記芯金の軸方向線膨張整数と同程度となる様、炭素繊維の方向を前記芯金の軸方向に対して傾斜して配向される様、前記芯金に巻きつけられることを特徴とする、請求項1乃至請求項3に記載のラックアンドピニオン式ステアリング装置用ラック。
前記

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2013−75533(P2013−75533A)
【公開日】平成25年4月25日(2013.4.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−214864(P2011−214864)
【出願日】平成23年9月29日(2011.9.29)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】