説明

ラック軸支持ユニット

【課題】ラック軸をブッシュで支持する構成において、操舵開始時における引っ掛かり感をなくして操舵フィーリングの向上を図ることができるラック軸支持ユニットを提供すること。
【解決手段】ラック軸支持ユニット10は、ラック軸8を軸方向Xに摺動可能に支持するラックブッシュ18と、ラックブッシュ18を中立位置から軸方向Xの両側に移動できるように収容するケース17と、弾性リング19とを含む。ケース17の内周面17Aには、センタリング溝27が形成され、ラックブッシュ18の外周面18Aには、嵌込溝30が形成されている。弾性リング19は、嵌込溝30およびセンタリング溝27に対して嵌合した状態で、ラックブッシュ18を弾性的に支持し、ラックブッシュ18がケース17内で中立位置から軸方向Xに移動するのに応じて弾性変形する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、車両用ステアリング装置においてラック軸を支持するためのラック軸支持ユニットに関する。
【背景技術】
【0002】
ラックアンドピニオン式の車両用ステアリング装置が知られている。特許文献1のステアリング装置では、ステアリングホールに連結されたピニオン軸と、ピニオン軸のピニオンに噛合するラック歯を有し、ステアリングホイールの操舵に応じて車幅方向にスライドしながら車輪を転舵させる転舵軸とを含んでいる。
このステアリング装置は、転舵軸を収容する円筒状のハウジングと、転舵軸に対して外嵌された状態でハウジング内に収容されていて、この状態で軸方向へ移動可能な円筒状のブッシュとをさらに含んでいる。
【0003】
ハウジングの内周面には、転舵軸の軸方向に延びる円周面をなす嵌合部と、嵌合部の軸方向一端縁から径方向外側へ直交して延びる環状の第1段部と、第1段部の外周縁から軸方向外側に延びる円周面をなす環状凹部と、環状凹部の軸方向外側端縁から径方向外側へ直交して延びる環状の第2段部とが形成されている。
ブッシュの軸方向一端には、環状のフランジが突設されており、ブッシュにおいてフランジ以外の部分における外周面には2つの環状溝が設けられている。各環状溝には、Oリング等の可撓環が嵌め込まれている。各環状溝の可撓環では、一部が環状溝から径方向外側へはみ出ている。
【0004】
ハウジング内に収容されたブッシュでは、フランジ以外の部分が嵌合部内に配置されていて、フランジが環状凹部内に配置されている。この状態で、ブッシュの各可撓環は、ハウジングの嵌合部に接触している。また、制限環が転舵軸に対して外嵌されつつ、軸方向外側から第2段部に接触しているので、環状凹部内のフランジは、軸方向において制限環と第1段部との間に位置している。ブッシュ全体は、フランジが制限環や第1段部に接触しない範囲で軸方向に移動できる。フランジが制限環と第1段部とのちょうど真ん中に位置するときに、ブッシュは中立位置にある。
【0005】
ハウジングは、嵌合部において、可撓環を介することによってブッシュおよび転舵軸を径方向において弾性支持している。これにより、通常走行時において、転舵軸のがたつきを抑えるとともに、がたつきに伴う異音の発生を防止している。一方、車輪側からの逆入力によって、転舵軸からブッシュへの径方向の荷重(ラジアル荷重)が大きくなると、ブッシュが径方向外側へ変位して、その外周面がハウジングの内周面(嵌合部)に接触する。これにより、転舵軸の径方向への撓みが防止されるので、転舵軸の支持剛性を維持できる。
【0006】
特許文献1に記載の構成では、前述したようにブッシュが軸方向に移動できるので、ステアリングホールの操舵を開始して転舵軸をスライドさせ始めた初期の時点では、転舵軸は、ブッシュの内周面と摺擦することなく、ブッシュを伴ってスライドする。これにより、操舵者は、ステアリングホイールを操舵し始めたときに、転舵軸とブッシュの内周面との摺擦に起因する引っ掛かり感を受けにくくなる。そのため、操舵開始初期における操舵フィーリングの向上を図ることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2007−50762号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1に記載の構成では、操舵開始初期において、転舵軸とブッシュとの摺擦は防げるが、転舵軸がブッシュを伴ってスライドする際に、ブッシュの外周面の各環状溝に嵌め込まれた可撓環が嵌合部に摺擦する虞がある。そのため、操舵者は、ステアリングホイールを操舵し始めたときに、可撓環と嵌合部との摺擦に起因する引っ掛かかり感を受ける虞があるので、操舵開始初期における操舵フィーリングの向上に限界がある。
【0009】
また、特許文献1に記載の構成では、転舵軸がブッシュを伴ってスライドすることによって、ブッシュが当初の中立位置から軸方向にずれてしまう。ブッシュが軸方向におけるどちらかに目一杯ずれてしまった状態で、転舵軸を当該どちらかの方向へさらにスライドさせ始めようとしても、今度は、ブッシュが転舵軸と一緒にスライドできない。そのため、転舵軸とブッシュの内周面との摺擦が発生するので、操舵者は、操舵再開時において、引っ掛かり感を感じながらステアリングホイールを操舵し始めなければならない虞がある。
【0010】
この発明は、かかる背景のもとでなされたもので、ラック軸をブッシュで支持する構成において、操舵開始時における引っ掛かり感をなくして操舵フィーリングの向上を図ることができるラック軸支持ユニットを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
請求項1記載の発明は、軸方向(X)に移動可能なラック軸(8)を支持するためのラック軸支持ユニット(10)であって、前記ラック軸に対して外嵌される環状体であり、前記ラック軸を軸方向に摺動可能に支持するラックブッシュ(18)と、前記ラックブッシュに対して外嵌される環状体であって、位置が固定されており、前記ラックブッシュが軸方向において所定の中立位置から前記軸方向両側に移動できるように動き代(Q)が確保された状態で前記ラックブッシュを収容するケース(17)と、前記ケースの内周面(17A)において、前記中立位置にある前記ラックブッシュの外周面(18A)と対向する位置に形成されたセンタリング溝(27)と、前記ラックブッシュの外周面に、前記センタリング溝と対向して形成されたリング嵌め込み用の嵌込溝(30)と、前記ラックブッシュの嵌込溝に嵌められるとともに、前記センタリング溝に対して径方向内側から嵌合され、前記ラックブッシュを軸方向および径方向(R)において弾性的に支持し、前記ラックブッシュが前記ケース内で前記中立位置から軸方向に移動するのに応じて弾性変形する弾性リング(19)と、を含むことを特徴とする、ラック軸支持ユニットである。
【0012】
請求項2記載の発明は、前記ラックブッシュの嵌込溝は、前記ラックブッシュの外周面の軸方向中央に形成されて周方向に延びる1本の環状溝であり、当該嵌込溝に1本の前記弾性リングが嵌合されていて、前記センタリング溝は、前記ラックブッシュが前記中立位置にある場合において前記嵌込溝に径方向外側から対向する位置に、1本設けられていることを特徴とする、請求項1記載のラック軸支持ユニットである。
【0013】
請求項3記載の発明は、前記ラックブッシュの嵌込溝は、前記ラックブッシュの外周面の軸方向両側端部に1つずつ形成され、当該端部を全周に亘って切欠きつつ軸方向および径方向の両外側へ開放されたオープンエンド形状であり、各嵌込溝に前記弾性リングが1本ずつ嵌合されていて、前記センタリング溝は、前記ラックブッシュが前記中立位置にある場合において各前記嵌込溝に径方向外側から対向する位置に、1本ずつ設けられていることを特徴とする、請求項1記載のラック軸支持ユニットである。
【0014】
請求項4記載の発明は、前記弾性リングは、Oリングを含むことを特徴とする、請求項1〜3のいずれかに記載のラック軸支持ユニットである。
請求項5記載の発明は、前記ケースの軸方向両端には、径方向内側へ突出する環状をなし、前記ラックブッシュの軸方向における所定以上の移動を規制するフランジ(25)が設けられていることを特徴とする、請求項1〜4のいずれかに記載のラック軸支持ユニットである。
【0015】
請求項6記載の発明は、前記ラックブッシュには、前記ラックブッシュを前記ケースに収容するときに前記フランジよりも縮径させるための複数のスリット(31)が周方向に間隔を隔てて形成されていることを特徴とする、請求項5記載のラック軸支持ユニットである。
請求項7記載の発明は、前記ケースは、前記ラック軸または前記ラック軸とともに移動する部材(11)に当接することによって前記ラック軸の所定以上の移動を規制するストッパを兼ねることを特徴とする、請求項1〜6のいずれかに記載のラック軸支持ユニットである。
【0016】
なお、上記において、括弧内の数字等は、後述する実施形態における対応構成要素の参照符号を表すものであるが、これらの参照符号により特許請求の範囲を限定する趣旨ではない。
【発明の効果】
【0017】
請求項1記載の発明によれば、ラックブッシュは、弾性リングによって弾性的に支持されているとともにラック軸に押し付けられていて、この状態で、ケース内において、中立位置から軸方向両側に動き代だけ移動できる。そのため、操舵開始に伴ってラック軸が軸方向への移動を開始した初期の時点では、ラックブッシュが、ラック軸と一体となって、中立位置から軸方向に移動する。これにより、操舵者は、操舵開始時において、ラック軸とラックブッシュの内周面との摺擦に起因する引っ掛かり感を受けにくくなる。
【0018】
さらに、操舵開始時においてラックブッシュが中立位置から軸方向に移動する際、弾性リングが、ラックブッシュの嵌込溝およびケースの内周面のセンタリング溝の両方に嵌合した状態で弾性変形する。つまり、ラックブッシュが移動する際、弾性リングがケースの内周面に摺擦しないので、操舵者は、操舵開始時において、弾性リングとケースの内周面との摺擦に起因する引っ掛かり感も受けにくくなる。
【0019】
なお、操舵開始に伴ってラックブッシュがしばらく動くと、弾性リングが弾性変形することで生じる剪断抵抗が、ラックブッシュとラック軸との間の静止摩擦力を上回るので、ラックブッシュはそれ以上ラック軸とともに移動できなくなり、ラック軸は、ラックブッシュに対して摺動しながら軸方向へ移動することになる。
そして、嵌込溝およびセンタリング溝の両方に嵌合した状態で弾性変形した弾性リングは、元の形状に戻ろうとする復元力(前述した剪断抵抗)を発生している。そのため、操舵(つまり、ラック軸の移動)を停止すると、この復元力によって、ラックブッシュがラック軸に対して摺動しながらケース内において中立位置まで戻る。よって、その後に再び操舵を開始した初期の時点においても、ラックブッシュがラック軸と一体となって中立位置から軸方向に移動するとともに、弾性リングが弾性変形するので、操舵者は、前述した引っ掛かり感を受けずに済む。
【0020】
以上の結果、ラック軸をブッシュで支持する構成において、操舵開始時における引っ掛かり感をなくして操舵フィーリングの向上を図ることができる。
さらに、ラックブッシュ、ケースおよび弾性リングは、ラック軸支持ユニットとしてユニット化されているので、このユニット自体をステアリング装置等に取り付けさえすれば、面倒な調整をしなくても、容易に、前述した引っ掛かり感をなくして操舵フィーリングの向上を図ることができる。
【0021】
請求項2記載の発明によれば、弾性リングが1本しか設けられていないことから、ラックブッシュがラック軸と一体となって中立位置から軸方向に移動する際、弾性リングは、弾性変形し易くなっている。これにより、操舵開始時において、ラックブッシュがラック軸と一体となって中立位置から軸方向に移動するときに、弾性リングの弾性変形による剪断抵抗が低減される。よって、操舵者は、前述した引っ掛かり感を一層受けずに済み、操舵フィーリングの一層の向上を図ることができる。
【0022】
請求項3記載の発明によれば、弾性リングが全部で2本設けられていることから、弾性リングが1本しか設けられていない場合に比べて、ラックブッシュは、径方向においてケースの内周面側へ変位しにくくなる。これにより、車輪側からの逆入力によって、ラック軸からラックブッシュへの径方向の荷重(ラジアル荷重)が大きくなっても、ラックブッシュがケースの内周面に接触しにくくなるので、ラックブッシュとケースの内周面との接触に伴う異音の発生を抑制できる。これにより、操舵フィーリングの一層の向上を図ることができる。
【0023】
さらに、ラックブッシュの外周面の軸方向両端部において弾性リングが1本ずつ嵌合される嵌込溝は、オープンエンド形状なので、ラックブッシュがラック軸と一体となって中立位置から軸方向に移動する際、2本の弾性リングのうち、ラックブッシュの移動方向における下流側の弾性リングだけが弾性変形する。そのため、ラックブッシュが軸方向に移動する点においては、弾性リングが1本しか設けられていない場合と実質的には変わらない。よって、請求項2記載の発明と同様に、操舵開始時において、ラックブッシュの移動に伴う弾性リングの弾性変形による剪断抵抗が低減されることで、操舵フィーリングの一層の向上を図ることができる。
【0024】
請求項4記載の発明によれば、弾性リングをOリングによって簡易に構成できる。
請求項5記載の発明によれば、フランジによって、動き代の範囲内におけるラックブッシュの軸方向移動を実現できる。また、車輪(タイヤ等)からの入力が、ラック軸が曲がるような過大入力になった時に、フランジがラック軸をサポートするので、ラック軸が曲がったり折損に至ったりするまでに耐えられる荷重を向上させることができる。
【0025】
請求項6記載の発明によれば、ラックブッシュを縮径させることで、容易にフランジの中空部分に通してケースに収容することができる。
請求項7記載の発明によれば、ラック軸の所定以上の移動を規制するストッパを別途設けずに済むので、部品点数の削減を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】図1は、本発明の一実施形態におけるラック軸支持ユニット10が適用された車両用操舵装置1の概略構成を示す模式図である。
【図2】図2は、ラック8Aおよびピニオン7Aの噛み合い部分に予圧を与えるバックラッシ除去機構14の概略断面図である。
【図3】図3は、図1におけるラック軸支持ユニット10の周囲の部分の拡大断面図である。
【図4】図4は、ラック軸支持ユニット10の概略断面図である。
【図5】図5は、ラックブッシュ18の正面図である。
【図6】図6は、図5のVI−VI線に沿う断面図である。
【図7】図7は、図4においてラックブッシュ18が軸方向Xにおける一方側へ移動した状態を示している。
【図8】図8は、操舵部材2の操作トルクとラック軸8のストローク量との関係を示すグラフであり、実線が本実施形態の場合を示し、破線が従来の場合を示している。
【図9】図9は、操舵部材2の操作トルクとラック軸8のストローク量との関係に基づくヒステリシスを示す図である。
【図10】図10は、図3において変形例を適用した図である。
【図11】図11は、図6において変形例を適用した図である。
【図12】図12は、図4において変形例を適用した図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
本発明の好ましい実施の形態について、添付図面を参照しつつ説明する。
図1は、本発明の一実施形態におけるラック軸支持ユニット10が適用された車両用操舵装置1の概略構成を示す模式図である。
図1を参照して、車両用操舵装置1は、ステアリングホイール等の操舵部材2と、ステアリングシャフト3と、第1自在継手4と、中間軸5と、第2自在継手6と、ピニオン軸7と、ラック軸8とを含んでいる。ステアリングシャフト3は、操舵部材2に連結されている。ステアリングシャフト3と中間軸5とは、第1自在継手4を介して連結されている。中間軸5とピニオン軸7とは、第2自在継手6を介して連結されている。
【0028】
ピニオン軸7の端部近傍には、ピニオン7Aが設けられ、ラック軸8には、ピニオン7Aに噛み合うラック8Aが設けられている。ラック軸8は、車幅方向(左右方向)に延びている。ピニオン軸7およびラック軸8によりラックアンドピニオン機構からなる転舵機構100が構成されている。
ラック軸8は、車体(図示せず)に固定されるハウジング9内に、軸方向X(車幅方向に相当する)に沿って直線往復移動可能に支持されている。ハウジング9は、たとえばアルミニウム等の金属で形成されている。ハウジング9の軸方向Xにおける両端部のうち、第1端部91は、ピニオン7Aから相対的に遠く、第2端部92は、ピニオン7Aに相対的に近い。本発明の実施形態に係るラック軸支持ユニット10は、ハウジング9の第1端部91に配置され、ラック軸8を軸方向Xに移動可能に支持している。
【0029】
本実施形態では、ラック軸支持ユニット10が、ハウジング9の第1端部91のみに配置された例に則して説明するが、ラック軸支持ユニット10が、ハウジング9の第2端部92のみに配置されていてもよいし、第1端部91および第2端部92の双方に配置されていてもよい。
ラック軸8の両端部はハウジング9の両外側へ突出し、各端部には、継手11を介してタイロッド12が結合されている。各タイロッド12は、対応するナックルアーム(図示せず)を介して車輪13に連結されている。
【0030】
操舵部材2が操作されてステアリングシャフト3が回転されると、この回転がピニオン7Aおよびラック8Aによって、軸方向Xに沿ってのラック軸8の直線運動(スライド)に変換される。これにより、各車輪13の転舵が達成される。
図1には示していないが、ハウジング9の軸方向Xにおける途中部には、ラック8Aおよびピニオン7Aの噛み合い部のバックラッシを除去するために、ラック軸8をピニオン軸7側へ弾性的に付勢するバックラッシ除去機構14が設けられている。
【0031】
図2は、ラック8Aおよびピニオン7Aの噛み合い部分に予圧を与えるバックラッシ除去機構14の概略断面図である。
図2に示すように、バックラッシ除去機構14は、一例として、ラック軸8を軸方向Xへ摺動可能となるように支持するサポートヨーク15と、サポートヨーク15を介してラック軸8をピニオン軸7側へ付勢する弾性部材16とを備えている。
【0032】
図3は、図1におけるラック軸支持ユニット10の周囲の部分の拡大断面図である。
図3では、ハウジング9における第1端部91の周辺が図示されている。第1端部91において、軸方向Xにおける外側端面では、ハウジング9の中空部分が開口9Aとして露出されている。ハウジング9において中空部分を区画する内周面9Bは、開口9Aから連続して軸方向Xに沿って延びる円周面である。内周面9Bは、開口9Aから離れる方向(図3における右側)へ向かって、2段階でテーパー状に縮径してから、1段縮径し、その後は、同一径で延びている。内周面9Bにおいて1段縮径している部分は、径方向Rに平坦な環状の面であり、位置決め面9Cとされる。
【0033】
ラック軸支持ユニット10は、ハウジング9の内周面9Bに対して開口9A側から圧入されているとともに、位置決め面9Cに対して開口9A側から当接することで軸方向Xにおいて位置決めされている。
図4は、ラック軸支持ユニット10の概略断面図である。
図4に示すように、ラック軸支持ユニット10は、ケース17と、ラックブッシュ18と、弾性リング19とを含んでいる。
【0034】
ケース17は、たとえばアルミニウム等の金属製の環状体である。なお、ケース17の軸方向と、ラック軸8の軸方向Xとは同じである。ケース17の径方向Rとハウジング9の内周面9B(図3参照)の径方向とは同じである。
ケース17の軸方向Xにおける両端には、径方向Rにおける内方へ突出するフランジ25が一体的に設けられている。各フランジ25は、軸方向Xから見て環状をなしている。軸方向Xにおける両端にフランジ25が設けられたケース17を、周方向に直交する平坦面で切断したときの断面形状は、図4に示すように略U字状になっている。そのため、ケース17の内周には、両側のフランジ25とケース17とによって区画された環状の内周凹部28が設けられている。
【0035】
ケース17においてフランジ25以外の部分における内周面17Aでは、軸方向Xにおける中央に、径方向Rにおける外側へ窪む嵌合溝26が形成されている。嵌合溝26は、周方向に延びる環状である。嵌合溝26の溝壁26Aは、径方向Rに平坦であり、嵌合溝26の底面26Bは、軸方向Xに平坦になっている。この底面26Bの軸方向Xにおける中央には、径方向Rにおける外側へ窪むセンタリング溝27が1本形成されている。周方向に直交する平坦面で切断したときのセンタリング溝27の断面は、略三角形状であり、径方向Rの外側へ向かうに従って幅狭になって尖っている。
【0036】
図5は、ラックブッシュ18の正面図である。図6は、図5のVI−VI線に沿う断面図である。
引き続き図4を参照して、ラックブッシュ18は、合成樹脂製の環状体である。ラックブッシュ18の材料として、たとえば、POM(ポリオキシメチレン)が挙げられる。なお、ラックブッシュ18の軸方向Xと、ケース17の軸方向Xとは同じであり、ラックブッシュ18の径方向Rと、ケース17の径方向Rとは同じである。
【0037】
ラックブッシュ18の外周面18Aの軸方向Xにおける中央には、嵌込溝30が1本形成されている。嵌込溝30は、ラックブッシュ18の周方向に延びる環状溝である。嵌込溝30には、後述するように弾性リング19が1本嵌合される。周方向に直交する平坦面で切断したときの嵌込溝30の断面は、矩形状である。
ラックブッシュ18には、複数のスリット31が周方向に間隔を隔てて形成されている。各スリット31は、ラックブッシュ18の周壁を径方向Rにおいて貫通しつつ、軸方向Xに延びている(図5および図6参照)。スリット31には、軸方向Xにおいてラックブッシュ18の一端(図4における左端)から他端側(右端側)の途中まで延びるスリット31Aと、ラックブッシュ18の他端(図4における右端)から一端側(左端側)の途中まで延びるスリット31Bとがある。スリット31Aおよびスリット31Bは、周方向に互い違いに配置されている。
【0038】
ラックブッシュ18を径方向Rにおける外側から締め付けると、各スリット31の周方向間隔が狭まることによって、ラックブッシュ18は、縮径することができる。縮径したラックブッシュ18には、元に戻ろうとする弾性反発力が生じている。そのため、ラックブッシュ18に対する締め付けをなくすと、ラックブッシュ18自身の弾性反発力によって各スリット31の周方向間隔が広がるので、ラックブッシュ18は、元の大きさまで拡径する。このように、ラックブッシュ18は、各スリット31の周方向間隔の範囲内で、径方向Rおよび周方向において弾性変形できる。
【0039】
このようなラックブッシュ18は、ケース17内に収容されている。換言すれば、ケース17がラックブッシュ18に対して外嵌されている。
弾性リング19は、ゴム等の弾性体で環状に形成されている。なお、弾性リング19の軸方向Xと、ケース17およびラックブッシュ18のそれぞれの軸方向Xとは同じであり、弾性リング19の径方向Rと、ケース17およびラックブッシュ18のそれぞれの径方向Rとは同じである。
【0040】
弾性リング19を周方向に直交する平坦面で切断したときの断面形状は、円形状になっている。弾性リング19としてOリングを用いることができる。これにより、弾性リング19を簡易に構成できる。
図4では、1本の弾性リング19が、ラックブッシュ18に対して外嵌されていて、ラックブッシュ18の外周面18Aの嵌込溝30に嵌められている。このとき、弾性リング19では、径方向Rにおける略外側半分以上の部分が、嵌込溝30からはみ出ている。
【0041】
次に、ラック軸支持ユニット10の組み立てについて説明する。
まず、嵌込溝30に1本の弾性リング19が嵌められた状態のラックブッシュ18を、ケース17のフランジ25に対する軸方向Xにおける外側に配置する。そして、このラックブッシュ18を、手や工具等で摘むことによって、一旦ケース17のフランジ25よりも縮径させる。次いで、縮径した状態のラックブッシュ18を、軸方向Xからフランジ25の中空部分に通す。その後、ラックブッシュ18から手や工具等が離れると、ラックブッシュ18が、自身の弾性反発力で拡径し、図4に示すように、ケース17の内周凹部28内に収まる。このように、ラックブッシュ18は、スリット31が形成されていることによって縮径可能なので、容易にフランジ25の中空部分に通してケース17に収容することができる。
【0042】
ケース17に収容されたラックブッシュ18は、内周凹部28内、つまり、ケース17の両側のフランジ25の間に位置している。軸方向Xにおけるラックブッシュ18の両外側にはフランジ25が位置しているので、ケース17内からラックブッシュ18が軸方向Xへ抜け出ることが防止されている。
また、ケース17に収容された状態にあるラックブッシュ18の内周面18Bは、各フランジ25の内周縁よりも径方向Rにおける内側へはみ出ている。
【0043】
ここで、軸方向Xにおける両側のフランジ25のちょうど真ん中の位置が、ラックブッシュ18の軸方向Xにおける中立位置であり、図4では、ラックブッシュ18が中立位置にある状態が示されている。このとき、中立位置にあるラックブッシュ18と各フランジ25との間には、軸方向Xにおける動き代Qが確保されている。ラックブッシュ18が中立位置にあるときにおけるラックブッシュ18の両側の動き代Qは、ほぼ同じ大きさになっている。そのため、ラックブッシュ18は、ケース17内に収容された状態で、中立位置から軸方向Xにおける両側のそれぞれに、同じ動き代Qだけ移動できる。そして、ラックブッシュ18が中立位置から軸方向Xにおけるいずれの方向へ動き代Qだけ移動すると、その先には、どちらかのフランジ25が位置しているので、それ以上の移動はできない。つまり、各フランジ25は、ラックブッシュ18の軸方向Xにおける所定以上の移動を規制する。このようなフランジ25によって、動き代Qの範囲内におけるラックブッシュ18の軸方向Xの移動を実現できる。
【0044】
ケース17に収容されたラックブッシュ18が中立位置にあるとき、ケース17の内周面17Aの嵌合溝26およびセンタリング溝27は、ラックブッシュ18の外周面18Aに対して径方向Rの外側から対向しており、外周面18Aの嵌込溝30とは軸方向Xで同じ位置にあって、嵌込溝30に対して径方向Rの外側から対向している。
前述したようにラックブッシュ18をケース17に収容して中立位置に配置すると、ラックブッシュ18の外周面18Aの嵌込溝30に嵌められている1本の弾性リング19が、ケース17の嵌合溝26およびセンタリング溝27に対して径方向Rの内側から嵌合される。これによって、ラック軸支持ユニット10の組み立てが完了する。
【0045】
この状態で、ケース17とラックブッシュ18とは、1本の弾性リング19だけを介して連結されており、弾性リング19は、ケース17とラックブッシュ18とに挟まれることによって、径方向Xにおいてある程度圧縮された状態にあるとともに、ラックブッシュ18を軸方向Xおよび径方向Rにおいて弾性的に支持している。このように圧縮された状態の弾性リング19の径方向Rにおける内側部分は、ラックブッシュ18の嵌込溝30内に対して、軸方向Xに隙間がない程度に嵌り込んでいる。また、弾性リング19の径方向Rにおける外側部分は、ケース17の嵌合溝26に対しては、軸方向Xにある程度の隙間が生じるように、遊びを持って嵌り込んでいる。しかし、弾性リング19の径方向Rにおける外側端部は、センタリング溝27に対しては、径方向Rにおける内側から食い込むように嵌り込んでいる。よって、弾性リング19は、ラックブッシュ18の嵌込溝30およびケース17のセンタリング溝27に対しては、外れ不能にきっちりと(タイトに)嵌り込んでいる。
【0046】
このように組み立てられたラック軸支持ユニット10を、図3を参照して、前述したようにハウジング9の内周面9Bに圧入するとともに位置決め面9Cに当接させることで、ハウジング9に組み付ける。このとき、ラック軸支持ユニット10では、ケース17が、ハウジング9の内周面9Bに圧入されて位置決め面9Cに当接することで、軸方向Xおよび径方向Rのそれぞれにおけるケース17の位置が固定されている。これによって、ラック軸支持ユニット10がハウジング9に保持されている。なお、ハウジング9の内周面9Bには、軸方向Xに関してケース17の外周の一部のみが圧入されるようにされている。これにより、ケース17とハウジング9との嵌合長を必要最小限として、ケース17からハウジング9への負荷を軽減し、ハウジング9の耐久性を向上している。
【0047】
この状態において、図4を参照して、ラックブッシュ18は、ラック軸8に対して外嵌されており、ラックブッシュ18の内周面18Bが、ラック軸8の外周面8Bに対して面接触している。これにより、ラックブッシュ18は、ラック軸8を、軸方向Xにおいて摺動可能に支持している。
このようにラックブッシュ18によって支持されたラック軸8は、操舵部材2(図1参照)の操舵に伴って、ラックブッシュ18の内周面18Bに対して摺擦しながら軸方向Xにスライドする。ここで、ラック軸8が開口9A(図3参照)からハウジング9内に進入する方向(図3における右側)へ目一杯スライドしたときに、ラック軸8とともに移動する部材(たとえば、前述した継手11であり、図1参照)も開口9Aからハウジング9内に進入し、ケース17の左側面(左側のフランジ25)に当接する。これによって、ラック軸8のそれ以上のスライドが規制される。つまり、ケース17(左側のフランジ25)は、ラック軸8の所定以上の移動を規制するストッパを兼ねている。なお、ケース17に当接する部分がラック軸8自体に設けられていて、ラック軸8の当該部分がケース17に当接することで、ラック軸8のそれ以上のスライドが規制されてもよい。いずれにせよ、ラック軸8の所定以上の移動を規制するストッパを別途設けずに済むので、部品点数の削減を図ることができる。
【0048】
前述したように、弾性リング19がラックブッシュ18を軸方向Xおよび径方向Rにおいて弾性的に支持している。そのため、弾性リング19において径方向Rにおける内側へ作用する弾性収縮力によって、スリット31を有するラックブッシュ18が弾性的に縮径されている。これにより、ラックブッシュ18の内周面18Bが、ラック軸8の外周面8Bに隙間無く面接触している。
【0049】
ここで、車両の走行中において、ラック軸8からラックブッシュ18に負荷される径方向Rの荷重(ラジアル荷重)が小さいときには、ラックブッシュ18の外周面18Aとケース17の内周凹部28における内周面17Aとの間に、径方向Rにおける隙間Sが周方向全域に亘って確保されている。したがって、前記ラジアル荷重が小さいときには、ラックブッシュ18は、径方向Rにおいてケース17の内周面17Aから内側へ浮いた状態になるように、弾性リング19によって弾性支持されている。そのため、ラックブッシュ18に支持されたラック軸8も弾性支持されているので、ラック軸8のがたつきを防止できる。
【0050】
一方、走行中に車輪13(図1参照)が縁石にぶつかる等によって、車輪13からの逆入力がラック軸8に作用することがある。この逆入力によってラック軸8からラックブッシュ18へのラジアル荷重が大きくなると、ラックブッシュ18が弾性リング19を圧縮しながら径方向Rの外側へ変位して、最終的には、ラックブッシュ18の外周面18Aがケース17の内周面17Aに接触する。これにより、ラックブッシュ18が径方向Rの外側へこれ以上変位できなくなることから、ラック軸8の径方向Rへの撓みが防止されるので、逆入力作用時におけるラック軸8の支持剛性を維持できる。また、車輪13からの入力が、ラック軸8が曲がるような過大入力になった時に、フランジ25がラック軸8をサポートするので、ラック軸8が曲がったり折損に至ったりするまでに耐えられる荷重を向上させることができる。
【0051】
そして、この実施形態に係るラック軸支持ユニット10における要部の寸法の大小関係は、以下の通りである。ここで、「幅」とは、軸方向Xにおける寸法を指している。
(1)ケース17の内幅(1対フランジ25の間隔)B−ラックブッシュ18の全幅AS>ケース17の嵌合溝26の溝幅GB−嵌込溝30の溝幅GA
(2)GB≧GA
(3)ラックブッシュ18の外径A>弾性リング19の中心径(円形状の断面の中心における直径)RC
(4)A>フランジ25の内径RB>ラックブッシュ18の内径a
上記(1)の条件により、前述した動き代Qがラックブッシュ18の両側に確保される。上記(2)および(3)の条件により、ラックブッシュ18の軸方向Xへの移動に応じて、弾性リング19が、嵌合溝26および嵌込溝30の両方に嵌った状態を維持しつつ、軸方向Xに弾性変形できる。なお、弾性リング19が嵌合溝26および嵌込溝30に嵌った状態で軸方向Xにずれないようにするために、GBおよびGAは、弾性リング19を周方向に直交する平坦面で切断したときの断面の直径と同じ、または、当該直径よりも小さいことが好ましい。上記(4)の条件により、ラックブッシュ18がケース17内から軸方向Xの外側へ抜け出なくなるとともに、ラックブッシュ18の内周面18Bがラック軸8の外周面8Bに接触してラック軸8を確実に支持できる。なお、RBは、aに極力近い値であることが好ましい。そうであれば、フランジ25は、ラック軸8や、ラック軸8とともに移動する部材(前述した継手11等であり、図1参照)に対して確実に当接できるので、前述したストッパとしての役割を確実に果たすことができる。
【0052】
図7は、図4においてラックブッシュ18が軸方向Xにおける一方側へ移動した状態を示している。
このラック軸支持ユニット10において、図7に示すように、ラックブッシュ18を、ケース17内で中立位置(図4参照)から軸方向Xにおけるいずれか一方の側(図4では右側)へ移動させる。弾性リング19は、ラックブッシュ18の嵌込溝30およびケース17のセンタリング溝27に対して、外れ不能にきっちりと嵌り込んでいるので、ラックブッシュ18の移動に応じて、弾性変形する。変形前は真円形状だった弾性リング19の断面(図4参照)が、弾性リング19の弾性変形に伴って、楕円形状になっている。
【0053】
前述したように、ラックブッシュ18は、弾性リング19によって弾性的に支持されているとともにラック軸8に押し付けられている。この状態で弾性リング19が弾性変形を開始した場合、開始直後では、ラックブッシュ18の内周面18Bとラック軸8の外周面8Bとの間の静止摩擦力の方が、弾性リング19が弾性変形することで生じる剪断抵抗を上回っている。そして、ラックブッシュ18は、ケース17内に収容された状態において、中立位置から軸方向Xの両側に動き代Qだけ移動できる。
【0054】
そのため、操舵部材2(図1参照)の操舵開始に伴ってラック軸8が軸方向Xへの移動を開始した初期の時点(いわゆる、微小舵角領域の時点)では、ラック軸8を摺動可能に支持するラックブッシュ18が、ラック軸8と一体となって、中立位置から軸方向Xに移動する。つまり、ラック軸8とラックブッシュ18とが軸方向Xに同行するので、操舵者は、操舵開始時(ラック軸8の移動開始初期)において、ラック軸8とラックブッシュ18の内周面18Bとの摺擦に起因する引っ掛かり感を受けにくくなる。
【0055】
詳しくは、操舵に伴ってラック軸8が軸方向Xに移動するときに、まず、弾性リング19が剪断変形し、弾性リング19が剪断変形している間は、ラックブッシュ18がラック軸8と微小ストロークの間、軸方向Xにおいて同行(一体移動)する。したがって、ラック軸8とラックブッシュ18との間の静止摩擦力よりも小さな力で、ラック軸8を始動させることができるので、操舵部材2の操舵し始めの操作トルクを非常に小さくすることができる。よって、操舵フィーリングとして、従来生じていた引っ掛かるような感じを失くすことができる。
【0056】
さらに、操舵開始時においてラックブッシュ18が中立位置から軸方向Xに移動する際、弾性リング19が、ラックブッシュ18の嵌込溝30およびケース17のセンタリング溝27の両方に嵌合した状態で弾性変形する。つまり、ラックブッシュ18が移動する際、弾性リング19がケース17の内周面17Aに摺擦しないので、操舵者は、操舵開始時において、弾性リング19とケース17の内周面17Aとの摺擦に起因する引っ掛かり感も受けにくくなる。
【0057】
図8は、操舵部材2の操作トルクとラック軸8のストローク量との関係を示すグラフであり、実線が本実施形態の場合を示し、破線が従来の場合を示している。
本実施形態では、図8の実線に示すように、操舵部材2の操作トルクが小さい段階で、ラック軸8をストロークさせることができる。図8において、破線は従来のラックブッシュを用いた場合を示している。従来の場合、操舵部材2の操作トルクが、ラックブッシュ18とラック軸8との間の静止摩擦力に相当するトルクを超えるまで大きくならないと、ラック軸8がストロークしない。
【0058】
本実施形態では、図7を参照して、操舵開始直後の段階でラックブッシュ18がしばらく動くと、弾性リング19が弾性変形(剪断変形)することで生じる剪断抵抗が、ラックブッシュ18とラック軸8との間の静止摩擦力を上回る(図8のポイントP参照)。なお、ラックブッシュ18が動き代Qぶん移動し切るまでに、前記剪断抵抗が前記静止摩擦力を上回るようになっており、そのために弾性リング19の弾性率等が適宜設定されている。
【0059】
このように前記剪断抵抗が前記静止摩擦力を上回ると、ラックブッシュ18はそれ以上ラック軸8とともに移動できなくなり、ラック軸8は、操舵部材2の操舵量に応じて、ラックブッシュ18に対して摺動しながら軸方向Xへさらに移動することになる。
そして、嵌込溝30およびセンタリング溝27の両方に嵌合した状態で弾性変形した弾性リング19は、元の形状に戻ろうとする復元力(前述した剪断抵抗)を発生している。そのため、操舵(つまり、ラック軸8の移動)を停止すると、この復元力によって、ラックブッシュ18がラック軸8に対して軸方向Xに摺動しながら、ケース17内において中立位置まで戻る(図4参照)。このとき、センタリング溝27が、嵌込溝30に嵌合した弾性リング19を中立位置側へ付勢(センタリング)している。そのため、その後に再び操舵を開始した初期の時点においても、ラックブッシュ18がラック軸8と一体となって中立位置から軸方向Xに移動するとともに、弾性リング19が弾性変形するので、操舵者は、前述した引っ掛かり感を受けずに済む。
【0060】
図9は、操舵部材2の操作トルクとラック軸8のストローク量との関係に基づくヒステリシスを示す図である。
このようにラックブッシュ18が中立位置に戻りやすくなっていることから、図9を参照して、操舵部材2を今までとは逆向きに操舵した場合に生じるヒステリシスを低減できるとともに、ヒステリシスの軌跡の矩形度を高めること(当該軌跡を矩形に近づけること)もできる。これにより、ラックブッシュ18の応答性の向上を図ることができる。
【0061】
以上の結果、図4に示すようにラック軸8をラックブッシュ18で支持する構成において、操舵部材2(図1参照)の操舵開始時における引っ掛かり感をなくして操舵フィーリングの向上を図ることができる。
特に、弾性リング19が1本しか設けられていないことから、ラックブッシュ18がラック軸8と一体となって中立位置から軸方向Xに移動する際、弾性リング19は、弾性変形し易くなっている(図7参照)。これにより、操舵開始時において、ラックブッシュ18がラック軸8と一体となって中立位置から軸方向Xに移動するときに、弾性リング19の弾性変形による剪断抵抗が低減される。よって、操舵者は、前述した引っ掛かり感を一層受けずに済み、操舵フィーリングの一層の向上を図ることができる。
【0062】
さらに、ラックブッシュ18、ケース17および弾性リング19は、ラック軸支持ユニット10としてユニット化されているので、車両への組付け性が格段に向上している。そして、このユニット自体を車両のステアリング装置等に取り付けさえすれば、面倒な調整をしなくても、容易に、前述した引っ掛かり感をなくして操舵フィーリングの向上を図ることができる。
【0063】
次に、変形例について説明する。
図10は、図3において変形例を適用した図である。図11は、図6において変形例を適用した図である。図12は、図4において変形例を適用した図である。
図10〜図12において、今まで説明した部材と同様の部材には、同一の参照符号を付し、その説明を省略する。
【0064】
図10〜図12に示す変形例では、弾性リング19の数が2本になっており、それに応じて、ケース17のセンタリング溝27およびラックブッシュ18の嵌込溝30も2本ずつ形成されている。なお、変形例では、ケース17側の嵌合溝26(図4参照)を省略している。それ以外の構成は、今まで説明した実施形態(図3〜図7参照)と同じである。
図11を参照して、ラックブッシュ18の嵌込溝30は、ラックブッシュ18の外周面18Aの軸方向Xにおける両端部に1つずつ形成されている。各嵌込溝30は、ラックブッシュ18の外周面18Aの軸方向Xにおける端部を全周に亘って切欠いている。各嵌込溝30は、周方向から見てL字状であり、換言すれば、軸方向Xおよび径方向Rの両外側へ開放されたオープンエンド形状である。図11において、左側の嵌込溝30Aは、軸方向Xにおける外側(左側)および径方向Rの外側へ開放されており、右側の嵌込溝30Bは、軸方向Xにおける外側(右側)および径方向Rの外側へ開放されている。図12に示すように、各嵌込溝30に弾性リング19が1本ずつ嵌合されている。各弾性リング19は、ケース17とラックブッシュ18との間で圧縮されている。
【0065】
ケース17のセンタリング溝27は、図12に示すようにラックブッシュ18が中立位置にある場合において各嵌込溝30に径方向Rの外側から対向する位置に、1本ずつ設けられている。
このような変形例に係るラック軸支持ユニット10における要部の寸法の大小関係は、以下の通りである。
(1)ケース17の内幅(1対フランジ25の間隔)B>ラックブッシュ18の全幅AS
(2)前述した実施形態の(3)の条件(A>RC)
(3)前述した実施形態の(4)の条件(A>RB>a)
上記(1)の条件により、前述した動き代Qがラックブッシュ18の両側に確保される。上記(2)および(3)の条件による効果は、前述した実施形態で述べた通りである。
【0066】
ラックブッシュ18の外周面18Aの軸方向Xにおける両端部において弾性リング19が1本ずつ嵌合される嵌込溝30は、前述したようにオープンエンド形状である。そのため、ラックブッシュ18がラック軸8と一体となって中立位置から軸方向Xに移動する際、2本の弾性リング19のうち、ラックブッシュ18の移動方向における下流側の弾性リング19だけが弾性変形する。
【0067】
具体的には、たとえば、図12においてラックブッシュ18が右側に移動する場合、移動方向下流側である右側の嵌込溝30Bに嵌合した弾性リング19Bは、ラックブッシュ18によって移動方向上流側から押圧されるとともに、右側のセンタリング溝27Bに嵌合している。そのため、嵌込溝30Bに嵌合した弾性リング19Bは、ラックブッシュ18が右側に移動する最中は、右側の嵌込溝30Bおよびセンタリング溝27Bに対して外れ不能に嵌合している。一方、ラックブッシュ18が右側に移動する際、ラックブッシュ18の移動方向における上流側(図12の左側)の弾性リング19Aは、ラックブッシュ18に同行できずに、嵌込溝30Aから上流側へ部分的にはみ出で遊んだ状態になっている。よって、ラックブッシュ18が右側に移動する際、右側の弾性リング19Bだけが弾性変形し、左側の弾性リング19Aは弾性変形しない。
【0068】
逆に、図12においてラックブッシュ18が左側に移動する場合には、左側の弾性リング19Aだけが弾性変形し、右側の弾性リング19Bは弾性変形しない。
そのため、ラックブッシュ18が軸方向Xに移動する点においては、2本あるうちのどちらか一方の弾性リング19しか弾性変形しないので、弾性リング19が1本しか設けられていない場合と実質的には変わらない。よって、前述した実施形態の場合(図3〜図7参照)と同様に、操舵開始時において、ラックブッシュ18の移動に伴う弾性リング19の弾性変形による剪断抵抗が低減されることで、操舵フィーリングの一層の向上を図ることができる。また、嵌込溝30およびセンタリング溝27の両方に嵌合した状態で弾性変形した移動方向下流側の弾性リング19は、元の形状に戻ろうとする復元力(剪断抵抗)を発生している。そのため、変形例の場合でも、操舵(ラック軸8の移動)を停止すると、この復元力によって、ラックブッシュ18がラック軸8に対して軸方向Xに摺動しながら、ケース17内において中立位置まで戻る(図12参照)。なお、ラックブッシュ18が中立位置まで戻るときに、今まで遊んだ状態になっていた(操舵開始時に移動方向上流側にあった)弾性リング19は、再び嵌込溝30に嵌り込む。
【0069】
ただし、この変形例では、弾性リング19が全部で2本設けられていることから、弾性リング19が1本しか設けられていない場合に比べて、ラックブッシュ18は、径方向Rにおいてケース17の内周面17A側へ変位しにくくなる。つまり、ラックブッシュ18のラジアル剛性が向上している。これにより、車輪13(図1参照)側からの逆入力によって、ラック軸8からラックブッシュ18への径方向Rの荷重(ラジアル荷重)が大きくなっても、前述した実施形態の場合よりも、ラックブッシュ18がケース17の内周面17Aに接触しにくくなる。そのため、逆入力によるラックブッシュ18とケース17の内周面17Aとの接触に伴う異音の発生を一層抑制できる。これにより、操舵フィーリングの一層の向上を図ることができる。
【0070】
つまり、この変形例では、前述した実施形態と同様に操舵開始直後における引っかかり感を低減できるのに加えて、ラックブッシュ18がケース17の内周面17Aに接触することによる異音発生を一層抑制できる。
この発明は、以上に説明した実施形態に限定されるものではなく、請求項記載の範囲内において種々の変更が可能である。
【0071】
例えば、図3を参照して、ケース17をラック軸支持ユニット10側の部材でなく、ハウジング9側の部材としてもよい。この場合、ケース17を、ハウジング9と一体形成してもよい。そうすれば、ラック軸支持ユニット10では、ケース17の廃止によって、構造の簡素化を図ることができる。
また、センタリング溝27および嵌込溝30のそれぞれについて、周方向に直交する平坦面で切断したときの断面形状は、弾性リング19の外周面に沿う円弧形状であってもよい。そうすれば、弾性リング19がセンタリング溝27および嵌込溝30のそれぞれに対して、一層外れ不能に嵌合する。
【符号の説明】
【0072】
8…ラック軸、10…ラック軸支持ユニット、11…継手、17…ケース、17A…内周面、18…ラックブッシュ、18A…外周面、19…弾性リング、25…フランジ、27…センタリング溝、30…嵌込溝、31…スリット、Q…動き代、R…径方向、X…軸方向

【特許請求の範囲】
【請求項1】
軸方向に移動可能なラック軸を支持するためのラック軸支持ユニットであって、
前記ラック軸に対して外嵌される環状体であり、前記ラック軸を軸方向に摺動可能に支持するラックブッシュと、
前記ラックブッシュに対して外嵌される環状体であって、位置が固定されており、前記ラックブッシュが軸方向において所定の中立位置から前記軸方向両側に移動できるように動き代が確保された状態で前記ラックブッシュを収容するケースと、
前記ケースの内周面において、前記中立位置にある前記ラックブッシュの外周面と対向する位置に形成されたセンタリング溝と、
前記ラックブッシュの外周面に、前記センタリング溝と対向して形成されたリング嵌め込み用の嵌込溝と、
前記ラックブッシュの嵌込溝に嵌められるとともに、前記センタリング溝に対して径方向内側から嵌合され、前記ラックブッシュを軸方向および径方向において弾性的に支持し、前記ラックブッシュが前記ケース内で前記中立位置から軸方向に移動するのに応じて弾性変形する弾性リングと、
を含むことを特徴とする、ラック軸支持ユニット。
【請求項2】
前記ラックブッシュの嵌込溝は、前記ラックブッシュの外周面の軸方向中央に形成されて周方向に延びる1本の環状溝であり、当該嵌込溝に1本の前記弾性リングが嵌合されていて、
前記センタリング溝は、前記ラックブッシュが前記中立位置にある場合において前記嵌込溝に径方向外側から対向する位置に、1本設けられていることを特徴とする、請求項1記載のラック軸支持ユニット。
【請求項3】
前記ラックブッシュの嵌込溝は、前記ラックブッシュの外周面の軸方向両側端部に1つずつ形成され、当該端部を全周に亘って切欠きつつ軸方向および径方向の両外側へ開放されたオープンエンド形状であり、各嵌込溝に前記弾性リングが1本ずつ嵌合されていて、
前記センタリング溝は、前記ラックブッシュが前記中立位置にある場合において各前記嵌込溝に径方向外側から対向する位置に、1本ずつ設けられていることを特徴とする、請求項1記載のラック軸支持ユニット。
【請求項4】
前記弾性リングは、Oリングを含むことを特徴とする、請求項1〜3のいずれかに記載のラック軸支持ユニット。
【請求項5】
前記ケースの軸方向両端には、径方向内側へ突出する環状をなし、前記ラックブッシュの軸方向における所定以上の移動を規制するフランジが設けられていることを特徴とする、請求項1〜4のいずれかに記載のラック軸支持ユニット。
【請求項6】
前記ラックブッシュには、前記ラックブッシュを前記ケースに収容するときに前記フランジよりも縮径させるための複数のスリットが周方向に間隔を隔てて形成されていることを特徴とする、請求項5記載のラック軸支持ユニット。
【請求項7】
前記ケースは、前記ラック軸または前記ラック軸とともに移動する部材に当接することによって前記ラック軸の所定以上の移動を規制するストッパを兼ねることを特徴とする、請求項1〜6のいずれかに記載のラック軸支持ユニット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2013−36576(P2013−36576A)
【公開日】平成25年2月21日(2013.2.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−174702(P2011−174702)
【出願日】平成23年8月10日(2011.8.10)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【Fターム(参考)】