リニアテトラピロール系色素
【課題】有機物との相溶性及び有機溶媒への溶解度が高く、界面に吸着させたときに配向性がよいリニアテトラピロール系色素を提供する。
【解決手段】この発明にかかるリニアテトラピロール系色素は、フェニル基にアルキル基、アルコキシ基を有するテトラフェニルポルフィリン化合物を酸化・開裂して合成するものであることを主要な特徴とする。具体的には、
(式中、R1,R2,R3はH,CnH2n+1又はOCnH2n+1の何れか(ただし、R1,R2,R3のすべてがHの場合を除く。)を表し、nは3から30の何れかの数字を表す。)のような化合物である。
【解決手段】この発明にかかるリニアテトラピロール系色素は、フェニル基にアルキル基、アルコキシ基を有するテトラフェニルポルフィリン化合物を酸化・開裂して合成するものであることを主要な特徴とする。具体的には、
(式中、R1,R2,R3はH,CnH2n+1又はOCnH2n+1の何れか(ただし、R1,R2,R3のすべてがHの場合を除く。)を表し、nは3から30の何れかの数字を表す。)のような化合物である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、リニアテトラピロール系色素に関し、特に機能性色素等として利用可能なリニアテトラピロール系色素に関するものである。
【背景技術】
【0002】
周りの環境に応じて構造を変化させる機能性色素は、新しいセンサー、分析試薬などへの幅広い応用が考えられており、なかでも、金属イオンや有機溶媒に感受性が高く光の吸収波長を変化させる機能性色素の開発がのぞまれている。
【0003】
このような機能性色素の一つとして、テトラフェニルポルフィリン環を酸化・開裂して合成するリニアテトラピロール系色素、例えば、ビリンジオン、ビラジエノン系化合物が以前から研究されている。また、このようなリニアテトラピロール系色素は、π電子共役の構造をもち、かつ、柔軟なコンフォーメーションをとるため、外部刺激に対する応答性に優れていることが知られている(非特許文献1を参照。)。
【0004】
しかし、上記リニアテトラピロール系色素は、有機物との相溶性があまりよくなく、有機溶媒に対する溶解度もあまりよくなかった。また、界面に吸着させたときの配向性もあまりよくなかった。そのため、上記テトラピロール系色素は、機能性色素、糖など生理活性分子の吸着剤、及びこれら生理活性分子のセンサーとして使用するには向いてなかった。
【非特許文献1】山内ら,「テトラアリルポルフィリンを原料とするビリンジオン、ビラジエンンの簡便で一般性のある合成法(A facile and versatile preparation of bilindiones and biladienones from tetraarylporphyrin)」,(イギリス),化学通信(Chem. Commun.),王立化学会(The Royal Society of Chemistry),2005年3月発行,第10号,p.1309−1311
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで、この発明は、有機物との相溶性及び有機溶媒への溶解度が高く、界面に吸着させたときに配向性がよいリニアテトラピロール系色素を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
この発明にかかるリニアテトラピロール系色素は、フェニル基にアルキル基・アルコキシ基を有するテトラフェニルポルフィリン化合物を酸化・開裂して合成するものであることを主要な特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
この発明のリニアテトラピロール系色素は、有機物との相溶性及び有機溶媒への溶解度が高い。そのため、界面に吸着させたときに配向性がよく、機能性色素、糖などの生理活性分子の吸着剤やセンサーとして使用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
この発明にかかる化合物は、以下の一般式(1)、式(3)、式(5)、式(7)、式(9)、(11)及び(14)の一般式で示される化合物であり、具体的に例示するならば、それぞれ式(2)、式(4)、式(6)、式(8)、式(10)、(12)、(13)、(15)の化学式で示される化合物である。
【0009】
式(1)
【化1】
(式中、R1,R2,R3はH,CnH2n+1又はOCnH2n+1の何れか(ただし、R1,R2,R3のすべてがHの場合を除く。)を表し、nは3から30の何れかの数字を表す。)
【0010】
式(2)
【化2】
【0011】
式(3)
【化3】
(式中、R1,R2,R3はH,CnH2n+1又はOCnH2n+1の何れか(ただし、R1,R2,R3のすべてがHの場合を除く。)を表し、nは3から30の何れかの数字を表し、MはZn,Mn,Fe,Co,Ni,Cu,Cdの何れかを表す。)
【0012】
式(4)
【化4】
【0013】
式(5)
【化5】
(式中、R1,R2,R3はH,CnH2n+1又はOCnH2n+1の何れか(ただし、R1,R2,R3のすべてがHの場合を除く。)を表し、nは3から30の何れかの数字を表し、MはZn,Mn,Fe,Co,Ni,Cu,Cdの何れかを表す。)
【0014】
式(6)
【化6】
【0015】
式(7)
【化7】
(式中、R1,R2,R3はH,CnH2n+1又はOCnH2n+1の何れか(ただし、R1,R2,R3のすべてがHの場合を除く。)を表し、nは3から30の何れかの数字を表す。)
【0016】
式(8)
【化8】
【0017】
式(9)
【化9】
(式中、R1,R2,R3はH,CnH2n+1又はOCnH2n+1の何れか(ただし、R1,R2,R3のすべてがHの場合を除く。)を表し、nは3から30の何れかの数字を表し、MはZn,Mn,Fe,Co,Ni,Cu,Cdの何れかを表す。)
【0018】
式(10)
【化10】
【0019】
式(11)
【化11】
(式中、RはH,CnH2n+1又はOCnH2n+1の何れか(ただし、Rは同一でも互いに異なっていてもよいが、すべてがHの場合は除く。)を表し、nは3から30の何れかの数字を表す。)で示されるリニアテトラピロール系色素。
【0020】
式(12)
【化12】
【0021】
式(13)
【化13】
【0022】
式(14)
【化14】
(式中、RはH,CnH2n+1又はOCnH2n+1の何れか(ただし、Rは同一でも互いに異なっていてもよいが、すべてがHの場合は除く。)を表し、nは3から30の何れかの数字を表し、MはZn,Mn,Fe,Co,Ni,Cu,Cdの何れかを表す。)で示されるリニアテトラピロール系色素。
【0023】
式(15)
【化15】
【0024】
また、これらの化合物は、例えば、(a)テトラフェニルポルフィリン又はオクタアルキルポルフィリンの錯体化、(b)この錯体の共役酸化による開裂、(c)化合物によっては、この開裂物の錯体化、により合成することができる。
【0025】
ここで、(a)のテトラフェニルポルフィリン又はオクタアルキルポルフィリンの錯体化は、例えばフェニル基にアルキル基、アルコキシ基を有するテトラフェニルポルフィリン、又はアルキル基を有するポルフィリンをジメチルホルムアミドなどの有機溶媒中で塩化鉄(FeCl2)などの金属塩とともに還流加熱することにより行う。また、(b)の錯体の開裂は、例えば(b1)還元剤存在下での酸素ガスバブリングによる酸化、(b2)テトラフルオロホウ酸ナトウム水溶液による結晶化、(b3)塩酸などの酸による中和によって行う。なお、(b1)における反応条件、具体的には、反応温度などを変えることにより、同じ錯体化合物から構造の異なる開裂化合物を製造することが可能である。さらに、(c)の錯体化は、例えば、酢酸鉛、酢酸銅などの金属酢酸塩と開裂物質を有機溶媒中で混合することにより行う。
【0026】
なお、この合成方法はあくまでも一つの例示であって、この合成方法の例示はいかなる意味でも、この発明の特許請求の範囲に含まれる化合物を限定するものではない。すなわち、化学的構造が同一でありさえすれば、特許請求の範囲に記載した化合物を上記合成方法以外の合成方法によって合成してもよい。
【0027】
このようにして得られたリニアテトラピロール系色素は、フェニル基にアルキル基、アルコキシ基を有する。そして、これらアルキル基・アルコキシ基が有機物や有機溶媒などと相互作用するため、有機物との相溶性、有機溶媒に対する溶解度が向上するとともに、無機−有機界面での配向性が向上する。
【0028】
つぎに、この発明の特徴をさらに具体的に明らかにするため、複数の化合物を製造して、その特性を調べた。なお、下記の実施例はこの発明をよりよく理解するためのものであり、いかなる意味でもこの発明の特許請求の範囲を限定するものではない。
【実施例1】
【0029】
図1に示す合成スキームに沿って、C12 H25O-biladienone Zn complex(化合物3及び化合物4)を合成した。以下にその詳細について以下に説明する。なお、図1と以下の説明との関係を明確にするため、同一の化合物には同一の番号を付与した。
【0030】
(1)[5,10,15,20-tetrakis(4-dodecyloxyphenyl)porphyrinato]iron(III) chloride(化合物1)の合成
100 mlの反応容器に蒸留したジメチルホルムアミド 50 ml、5,10,15,20-tetrakis(4-dodecyloxyphenyl)porphyrin 500 mg (3.70×10-3 mol)、塩化鉄(II)n水和物1.04 g をそれぞれ加え、かき混ぜながら160 ℃で3時間加熱還流した。反応終了後反応溶液を室温まで冷まし、そこに200 mlのクロロホルムを加えて分液漏斗に移し、有機層を蒸留水および0.05 mol/l塩酸で数回洗浄した。有機層を硫酸ナトリウムで脱水後、クロロホルムを減圧留去し黒紫色の結晶を得た。なお、収量は497 mg (95.6 %)であり、高速原子衝撃イオン化法(FAB)により質量分析したところ、m/z(質量/電価)が1405 ([M-Cl]+)にピークが確認できた。
【0031】
(2)C12H25O-biladienone(化合物2)の合成
500 mlの反応容器に酸素を飽和させたクロロホルム250 ml、化合物1 (500 mg, 3.47×10-4 mol)を溶解させたピリジン30 ml、L-(+)-アスコルビン酸2.5 gを加えた。酸素バブリングしながら室温で1.5時間かき混ぜた後、溶液をろ過した。ろ液を分液漏斗に移して蒸留水で洗浄し、硫酸ナトリウムで乾燥させた。その後エバポレーターで減圧留去したものを再びピリジン12.5 mlに溶かし、テトラフルオロホウ酸ナトリウム水溶液(125 ml, 1.2 mol/l)を加え、氷浴で冷やしながら1時間かき混ぜた。これをろ過したものを再びアセトン200 mlとクロロホルム35 mlの混合溶媒に溶かし、塩酸(30 ml, 1.5mol/l)を加え室温で1時間かき混ぜた。この溶液を600 mlの氷水中に注ぎ込み、ジクロロメタンで抽出した。抽出液はエバポレーターを用いて約100 mlまで減圧留去し、分液漏斗に移して蒸留水により洗浄し、硫酸ナトリウムで乾燥させた。溶媒を減圧留去したのち、シリカゲルカラムクロマトグラフィーにより、2回精製(1回目の展開溶媒はジクロロメタン、2回目の展開溶媒はジクロロメタン:アセトン=99:1)して、C12 H25O-biladienone(化合物2)を得た。
【0032】
なお、合成の収量は96.3 mg (収率 19.6 %) であった。また、1H NMR (CDCl3)スペクトルを測定すると、 0.97 (t, 12H), 1.28-1.50 (m, 72H), 1.75-1.83 (m, 8H), 3.93-4.04 (m, 8H), 6.18 (m, 3H), 6.32 (s, 1H), 6.39 (d, 1H, J = 4.8 Hz), 6.53 (d, 1H, J = 4 Hz ), 6.84-6.99 (m, 11H), 7.30 (m, 2H), 7.38 (d, 2H, J = 4.8 Hz), 7.49 (d, 2H, J = 8.4 Hz), 7.90 (d, 2H J = 8.8 Hz), 9.90 (br s, 1H), 11.0 (br s, 1H),12.3 (br s, 1H)にシグナルが確認できた。また、高速原子衝撃イオン化法(FAB)により質量分析したところ、m/z(質量/電価)は1384 ([M-OH]+) にピークが確認できた。さらに、クロロホルム中での紫外−可視光の吸収スペクトルUV-visible (CHCl3)λmaxを測定したところ、323, 379, 572 nmにピークが確認できた。
【0033】
(3)溶媒の違いが吸収スペクトルに与える影響
また、クロロホルムを含む有機溶媒、具体的にはジクロロメタン、クロロホルム、アセトン、エチルエステル、2−プロパノール、メタノール、DMF(N,N-ジメチルホルムアミド)、ヘキサン中での可視光吸収スペクトルを比較した。その結果を図2に示す。この図から分かるように、化合物2は溶解している溶媒の種類によってその色が変化した。
【0034】
(4)C12 H25O-biladienone Zn complex(化合物3)の合成
50 ml反応容器に脱水したクロロホルム20 mlを加え、そこに化合物2(20.4 mg, 1.46×10-5 mol)を溶解させ、その後、飽和酢酸亜鉛メタノール溶液(4ml)を加えた。室温で30分かき混ぜたのち、反応溶液を重曹水および蒸留水で洗浄した。有機層を硫酸ナトリウムで脱水したのち、溶媒を減圧した。なお、合成の収量は20.0 mg (収率 93.9 %)であり、高速原子衝撃イオン化法(FAB)により質量分析したところ、m/z(質量/電価) は1446(C92H125O6N4Znに対する計算値は1445.9である。) にピークが確認できた。また、クロロホルム中での紫外−可視光の吸収スペクトルUV-visible (CHCl3)λmaxを測定したところ、479, 812 nmにピークが確認できた。なお、化合物3 は空気中に放置するとその一部が化合物4に変化した。
【0035】
(5)金属イオンの違いが吸収スペクトルに与える影響
また、飽和酢酸亜鉛メタノール溶液の代わりに飽和酢酸銅メタノール溶液を使用して銅錯体を合成し、その可視光吸収スペクトルをクロロホルム中で測定した。その結果を亜鉛錯体(化合物3)の可視光吸収スペクトルとともに図3に示す。この図から分かるように、化合物2は配位する金属イオンによって、スペクトル、すなわち、その色が変化した。
【実施例2】
【0036】
図4に示す合成スキームに沿って、C12 H25O-bilindinone Mn complex(化合物6)を合成した。以下にその詳細について以下に説明する。なお、図4と以下の説明との関係を明確にするため、同一の化合物には同一の番号を付与した。
【0037】
(1)C12 H25O-bilindinone(化合物5)の合成
500 ml反応容器に酸素を飽和させたクロロホルム250 ml、化合物1 (500 mg, 3.47×10-4 mol)を溶解させたピリジン30 ml、L-(+)-アスコルビン酸2.5 gを加えた。酸素バブリングしながら60℃で1.5時間還流し、室温に放冷後、溶液をろ過した。ろ液を分液漏斗に移して蒸留水によって洗浄し、硫酸ナトリウムで乾燥させた。その後エバポレーターで減圧留去したものを再びピリジン12.5 mlに溶かし、テトラフルオロホウ酸ナトリウム水溶液(125 ml, 1.2 mol/l)を加え、氷浴で冷やしながら1時間かき混ぜた。これをろ過したものを再びアセトン200 mlとクロロホルム35 mlの混合溶媒に溶かし、塩酸(30 ml, 1.5mol/l)を加え室温で1時間かき混ぜた。この溶液を600 mlの氷水中に注ぎ込み、ジクロロメタンで抽出した。抽出液はエバポレーターを用いて約100 mlまで減圧留去し、分液漏斗に移して蒸留水によって洗浄し、硫酸ナトリウムで乾燥させた。溶媒を減圧留去したのち、シリカゲルカラムクロマトグラフィーにより、2回精製(1回目の展開溶媒はジクロロメタン、2回目の展開溶媒はジクロロメタン:アセトン=99:1)して、化合物5を得た。
【0038】
なお、合成の収量は19.3 mg (収率5%)であった。また、1H NMR (CDCl3)スペクトルを測定すると、12.052(br s, 1H),8.280 (br s, 2H),7.486(d s, 2H),7.283(m s, 1H),6.997(m , 4H),6.857(d, 4H),6.857(d, 2H),6.815(d, 2H),6.212(d, 2H),3.867〜4.046(m , 6H),1.690〜1.857(m , 6H),1.247〜1.523(m , 54H),0.884(t , 9H)にシグナルが確認できた。このように、化合物1を開裂して開裂物質を合成する際の反応温度を変えることによって、化合物2とは異なる化合物5を合成することができた。
【0039】
(2)C12 H25O-bilindinone Mn complex (化合物6)の合成
50 ml反応容器に脱水したクロロホルム20 mlを加え、そこに化合物5 (20.4 mg, 1.8×10-5 mol)を溶解させたのち、飽和酢酸亜鉛メタノール溶液(4 ml)を加えた。室温で30分かき混ぜた後、反応溶液を重曹水および蒸留水で洗浄した。有機層を硫酸ナトリウムで脱水後、溶媒を減圧した。なお、合成の収量は19.0 mg (収率91%)であった。
【実施例3】
【0040】
図5に示す合成スキームに沿って、2,3,7,8,12,13,17,18-オクタペンチル-1,19,21,24-テトラヒドロ-1,19-ビリンジオン(化合物8a)、2,3,7,8,12,13,17,18-オクタオクチル-1,19,21,24-テトラヒドロ-1,19-ビリンジオン(化合物8b)、2,3,7,8,12,13,17,18-オクタオクチル-1,19,21,24-テトラヒドロ-1,19-ビリンジオナト亜鉛(II)(化合物9)を合成し、その特性を調べた。以下にその詳細について以下に説明する。なお、図5と以下の説明との関係を明確にするため、同一の化合物には同一の番号を付与した。
【0041】
(1)化合物7aの合成
化合物7aの合成は次のようにして行った。100 mlの反応容器に蒸留したジメチルホルムアミド 60 ml、2,3,7,8,12,13,17,18-オクタペンチルポルフィリン80 mg (9.3 ×10-2 mol)、塩化鉄(II)n水和物0.074 g をそれぞれ加え、かき混ぜながら160 ℃で3時間加熱還流した。反応終了後反応溶液を室温まで冷まし、そこに200 mlのクロロホルムを加えて分液漏斗に移し、有機層を蒸留水および0.05 mol/l塩酸で数回洗浄した。有機層を硫酸ナトリウムで脱水後、クロロホルムを減圧留去し濃紫色の結晶を得た。なお、収量は63 mg (73 %)であり、高速原子衝撃イオン化法(FAB)により質量分析したところ、m/z(質量/電価)は925 ([M-Cl]+)にピークが確認できた。
【0042】
(2)化合物8aの合成
500 mlの反応容器に酸素を飽和させたクロロホルム50 ml、化合物7a(30 mg, 3.1 ×10-5 mol)を溶解させたピリジン6 ml、L-(+)-アスコルビン酸0.3 gを加えた。酸素バブリングしながら室温で30分間かき混ぜたのち、溶液をろ過した。ろ液を分液漏斗に移して蒸留水により洗浄し、硫酸ナトリウムで乾燥させた。その後、エバポレーターで減圧留去したものを再びピリジン2.5 mlに溶かし、テトラフルオロホウ酸ナトリウム水溶液(25 ml, 1.2 mol/l)を加え、氷浴で冷やしながら1時間かき混ぜた。これをろ過したものを再びアセトン50 mlに溶かし、塩酸(10 ml, 1.5mol/l)を加え室温で1時間かき混ぜた。この溶液を100 mlの氷水中に注ぎ込み、ジクロロメタンで抽出した。抽出液はエバポレーターを用いて約30 mlまで減圧留去し、分液漏斗に移して蒸留水で洗浄し、硫酸ナトリウムで乾燥させた。溶媒を減圧留去したのち、シリカゲルカラムクロマトグラフィーにより、2回精製(1回目の展開溶媒はジクロロメタン、2回目の展開溶媒はジクロロメタン:アセトン=98:2)して化合物7aを得た。
【0043】
なお、合成の収量は5.0 mg (収率 17 %、対ポルフィリン換算) であった。また、1H NMR (CDCl3)スペクトルを測定すると、6.58(s, 1H),5.84(s, 2H),2.19-2.58 (t, 16H),1.21-1.60 (m, 48H), 0.9 (t, 24H) にシグナルが確認できた。また、高速原子衝撃イオン化法(FAB)により質量分析したところ、m/z(質量/電価)は892 (MH+) にピークが確認できた。
【0044】
(3)化合物7bの合成
化合物7bの合成は次のようにして行った。
300 mlの反応容器に蒸留したジメチルホルムアミド 60 ml、2,3,7,8,12,13,17,18-オクタオクチルポルフィリン173 mg (1.43 ×10-4 mol)、塩化鉄(II)n水和物0.4 g をそれぞれ加え、かき混ぜながら160 ℃で3時間加熱還流した。反応終了後反応溶液を室温まで冷まし、そこに200 mlのクロロホルムを加えて分液漏斗に移し、有機層を蒸留水で数回洗浄した。有機層を硫酸ナトリウムで脱水後、クロロホルムを減圧留去し赤褐色の結晶を得た。なお、収量は180 mg (97 %)であり、高速原子衝撃イオン化法(FAB)により質量分析したところ、m/z(質量/電価)は1262 ([M-Cl]+)にピークが確認できた。
【0045】
(4)化合物8bの合成
300 mlの反応容器に酸素を飽和させたクロロホルム50 ml、化合物7b(173 mg,1.4 ×10-4 mol)を溶解させたピリジン6 ml、L-(+)-アスコルビン酸0.5 gを加えた。酸素バブリングしながら室温で30分かき混ぜたのち、溶液をろ過した。ろ液を分液漏斗に移して蒸留水で洗浄し、硫酸ナトリウムで乾燥させた。その後、エバポレーターで減圧留去したものを再びピリジン2.5 mlに溶かし、テトラフルオロホウ酸ナトリウム水溶液(25 ml, 1.2 mol/l)を加え、氷浴で冷やしながら1時間かき混ぜた。これをろ過したものを再びアセトン50 mlに溶かし、塩酸(10ml, 1.5mol/l)を加え室温で1時間かき混ぜた。この溶液を100 mlの氷水中に注ぎ込み、ジクロロメタンで抽出した。抽出液はエバポレーターを用いて約10 mlまで減圧留去し、分液漏斗に移して蒸留水で洗浄し、硫酸ナトリウムで乾燥させた。溶媒を減圧留去したのち、シリカゲルカラムクロマトグラフィーにより、2回精製(1回目の展開溶媒はジクロロメタン、2回目の展開溶媒はジクロロメタン:アセトン=98:2)して化合物7aを得た。
【0046】
なお、合成の収量は28 mg (収率 20 %、対ポルフィリン換算) であった。また、1H NMR (CDCl3)スペクトルを測定すると、 図6に示すように、6.57(s, 1H),5.83(s, 2H),2.52-2.19 (t, 24H),1.29-1.59(m. 96H),0.88(t, 24H)にシグナルが確認できた。なお、NHプロトンは確認できなかった。さらに、高速原子衝撃イオン化法(FAB)により質量分析したところ、図7に示すように、m/z(質量/電価)は1228 (MH+)にピークが確認できた。
【0047】
(3)溶媒の違いが吸収スペクトルに与える影響
化合物8bについて、クロロホルムを含む有機溶媒、具体的にはアセトン、クロロホルム、ヘキサン、ジクロロメタン、酢酸エチル中での可視光吸収スペクトルを比較した。その結果を図8に示す。この図から分かるように、化合物8bは溶解している溶媒の種類によってその色が変化した。
【0048】
(4)2,3,7,8,12,13,17,18-オクタオクチル-1,19,21,24-テトラヒドロ-1,19-ビリンジオナト亜鉛(II)(化合物9)の合成
300 ml反応容器にクロロホルム10mlを加え、そこに化合物 8b (20 mg, 0.016 mmol)を溶解させたのち、飽和酢酸亜鉛メタノール溶液(10ml)を加えた。室温で10分かき混ぜたのち、反応溶液を重曹水および蒸留水で洗浄した。有機層を硫酸ナトリウムで脱水したのち、溶媒を減圧して乾燥した。
【0049】
なお、合成の収量は20 mg (収率 97 %、対ビリンジオン換算)であった。また、1H NMR (CDCl3)スペクトルを測定すると、 6.43 (s, 1H), 5.70 (s, 1H), 5.28 (s, 1H), 3.68 (s, 1H), 2.03-2.49 (m, 16H), 1.16-1.45 (m, 96H), 0.92 (t, 24H)にシグナルが確認できた。また、高速原子衝撃イオン化法(FAB)により質量分析したところ、m/z(質量/電価)が1290 (MH+)の位置にピークが確認できた。
【0050】
(5)化合物8a、8b及び化合物9の特性
化合物8a、8b及び化合物9が液晶として利用可能であるかを調べるため、これらの化合物について下記の特性を調べた。
【0051】
(5a)熱的特性
化合物8aは融点が90℃の結晶性物質であることは分かった。この化合物の偏光顕微鏡観察の結果、メゾ相の発現は認められなかった。
【0052】
加熱しながら顕微鏡観察することにより、化合物8bが50℃から不透明な液体となり、81℃からは透明な液体になることが分かった。また、この化合物8bを示差走査熱量計(DSC)により熱分析した。その結果を図9(a)に示す。この図からも分かるように、化合物8bは51℃ 及び71℃に2つの小さな吸熱ピークを示し、81℃に大きな吸熱ピークを示した。
【0053】
また、化合物8bを粉末X線回折法により分析した。その結果を図10に示す。この結果から、化合物8bがカラム間の距離が29.3Å、ディスク間の距離が4.6Åの正方晶カラムナー構造を有していることが分かった。また、温度を上昇させながら測定することにより、低回折角度(角度2θ=4.2°)における回折ピークが、51℃でブロードになり、73℃では2つのピークに分裂することも分かった。
【0054】
さらに、偏光顕微鏡による観察結果から、化合物8bが51〜71℃の間でShrieren組織を示すことが分かった。その結果を図11に示す。なお、図11(a)は25℃における結晶相の顕微鏡写真であり、図11(b)は75℃における液晶相の顕微鏡写真である。
【0055】
化合物9を示差走査熱量計(DSC)により熱分析した。その結果を図9(b)に示す。この図からも分かるように、化合物9は92℃及び113℃に大きな吸熱ピークを示した。また、光学顕微鏡による観察から、化合物9が92℃で液体化することがわかった。これらのことから、化合物9は92〜113℃間ではキラルディスコティックネマティック相を示し、130℃以上では等方性液体相を示していることが分かった。
【0056】
さらに、化合物9を粉末X線回折法により分析した。その結果、25℃、2θ=4.1°で広く散乱したピークを示した。このことから、この温度では非常に結晶性が乏しいことが分かった。なお、52〜113℃においては、十分な分解能の解像度のX線回折ピークが得られていないため、どのような相を示すのかは不明であった。
【0057】
最後に、化合物8a、8b及び9の熱量分析のまとめた結果を下記の表1に示す。
【0058】
【表1】
【0059】
(5b)化合物9の構造及び熱特性
化合物9(As prepared)とこれをアニーリングしたもの(Annealed)との赤外線スペクトルを測定した。その結果を図12に示す。なお、アニーリングは、120℃まで加熱し、5分間保持した後、10℃/分の速度で冷却するという条件で行った。
【0060】
この図から分かるように、CH2の非対称性伸縮とCH2の対称性伸縮との割合、すなわちI2930/I2853は、化合物9では1.18であるのに対して、アニーリングしたものでは1.35であった。一般的に、2930 cm-1 から2850 cm-1における吸光度の割合の増加はゴーシュ型の数の増加を意味することから、アニーリングによって、ゴーシュ型の数が多くなることが分かった。
【0061】
また、前記赤外線スペクトル測定の結果から、ラクチム型とラクタム型の間に平衡が存在することが分かった。また、化合物9はOH伸縮バンド(図13のA又はBを参照)を示すのに対して、化合物9をアニーリングしたもの、及び化合物9を溶融して素早く冷却して得られたものは、N+H伸縮バンド (図13のCを参照)を示すことが分かった。興味深いことに、素早く冷却したサンプルは1692 cm-1にC=O伸縮バンドがあること、これはα位がN+H---Zn となったC=O伸縮振動に起因する、を示した。
【0062】
これらの観測結果は、加熱処理が、化合物9の再構成してテトラピロール構造物を安定化すること、ラクチム型からラクタム型への異性化を引き起こすこと、アルキル鎖の配座をアンチ配座からゴーシュ配座に変化させること、を示した。
【0063】
さらに、ラクタム型とラクチム型の安定性を見積もるため、分子軌道計算をモデル分子である[octamethylbilindionato]zincに対して行った。なお、分子軌道計算プログラムにはGaussian 98(Gaussian, Inc、米国)、密度汎関数法には密度汎関数(DFT)の一種であるB3LYP、基底関数としては6-31G(D)をそれぞれ使用し、A、B、Cの各異性体の構造を最適化した。また、分子軌道計算に用いた初期構造(仮定した構造)は以下のとおりである。
【0064】
すなわち、異性体A及びBはラクタム−ラクチム型であり、異性体AにおいてOH基の水素原子は水素結合に関与していないものとした。反対に、異性体BにおいてはOH基の水素原子がラクタム型窒素への水素結合に関与しているものとした。また、異性体Cはラクタム−ラクタム型であり、ラクタム窒素は水素原子を有しているものとした。
【0065】
その結果、異性体A、B、及びCのエネルギーは、それぞれ-3194.4549, -3194.4622 及び-3194.4609 hartreeであった。このことから、異性体Aは異性体Bよも4.6 kcal/molだけ不安定であることが分かった。また、異性体Bと異性体Cの間のエネルギーの差は僅か0.8 kcal/molであり、これは、もし分子の凝集が追加の安定化エネルギーを供給するのであれば、両異性体、すなわち、ラクタム−ラクチム型及びラクタム−ラクタム型が固体又は液晶状態となることを示している。このことは、この液晶がわずかな外場の影響により容易に構造変化できる、新しい機能を持った液晶であることを示している。
【0066】
(5c)化合物9のインピーダンス特性
化合物9のインピーダンススペクトルを、化合物9をITO電極にサンドイッチした状態(電極間の距離は50μm)で、LCRメータにより測定した。その結果を図14に示す。この図に示すナイキスト線図から、1 Hz と100 kHz の間では、緩和周波数が10-3 Hzであること、及び比誘電率が175であることが分かった。
【0067】
(6)まとめ
以上の結果から、化合物9は電場などの外場によってスイッチングされ易く、分子素子として利用できることが分かった。
【図面の簡単な説明】
【0068】
【図1】化合物3、化合物4の合成スキームを模式的に示した図である。
【図2】化合物2が溶解している溶媒と、可視光吸収スペクトルの関係を示すグラフである。
【図3】化合物2に配位している金属イオンと可視光吸収スペクトルの関係を示すグラフである。
【図4】化合物6の合成スキームを模式的に示した図である。
【図5】化合物8及び9の合成スキームを模式的に示した図である。
【図6】化合物8bのNMRスペクトルを示す図である。
【図7】化合物8bを質量分析した結果(マススペクトル)を示す図である。
【図8】化合物8bが溶解している溶媒と、紫外光吸収スペクトルとの関係を示すグラフである。
【図9】化合物8b又は化合物9を示差走査熱量計(DSC)により熱分析した結果を示す図である。なお、(a)は化合物8b、(b)は化合物9の結果を示している。
【図10】化合物8bを粉末X線回折法により分析した結果を示す図である。
【図11】化合物8bの偏光顕微鏡写真である。なお、(a)は25℃における結晶相の顕微鏡写真であり、(b)は75℃における液晶相の顕微鏡写真である。
【図12】化合物9と、これをアニーリングしたものとの赤外線スペクトルを測定した結果である。
【図13】化合物9の構造を説明するための図である。
【図14】化合物9のインピーダンススペクトルを測定した結果(ナイキスト線図)である。
【技術分野】
【0001】
この発明は、リニアテトラピロール系色素に関し、特に機能性色素等として利用可能なリニアテトラピロール系色素に関するものである。
【背景技術】
【0002】
周りの環境に応じて構造を変化させる機能性色素は、新しいセンサー、分析試薬などへの幅広い応用が考えられており、なかでも、金属イオンや有機溶媒に感受性が高く光の吸収波長を変化させる機能性色素の開発がのぞまれている。
【0003】
このような機能性色素の一つとして、テトラフェニルポルフィリン環を酸化・開裂して合成するリニアテトラピロール系色素、例えば、ビリンジオン、ビラジエノン系化合物が以前から研究されている。また、このようなリニアテトラピロール系色素は、π電子共役の構造をもち、かつ、柔軟なコンフォーメーションをとるため、外部刺激に対する応答性に優れていることが知られている(非特許文献1を参照。)。
【0004】
しかし、上記リニアテトラピロール系色素は、有機物との相溶性があまりよくなく、有機溶媒に対する溶解度もあまりよくなかった。また、界面に吸着させたときの配向性もあまりよくなかった。そのため、上記テトラピロール系色素は、機能性色素、糖など生理活性分子の吸着剤、及びこれら生理活性分子のセンサーとして使用するには向いてなかった。
【非特許文献1】山内ら,「テトラアリルポルフィリンを原料とするビリンジオン、ビラジエンンの簡便で一般性のある合成法(A facile and versatile preparation of bilindiones and biladienones from tetraarylporphyrin)」,(イギリス),化学通信(Chem. Commun.),王立化学会(The Royal Society of Chemistry),2005年3月発行,第10号,p.1309−1311
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで、この発明は、有機物との相溶性及び有機溶媒への溶解度が高く、界面に吸着させたときに配向性がよいリニアテトラピロール系色素を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
この発明にかかるリニアテトラピロール系色素は、フェニル基にアルキル基・アルコキシ基を有するテトラフェニルポルフィリン化合物を酸化・開裂して合成するものであることを主要な特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
この発明のリニアテトラピロール系色素は、有機物との相溶性及び有機溶媒への溶解度が高い。そのため、界面に吸着させたときに配向性がよく、機能性色素、糖などの生理活性分子の吸着剤やセンサーとして使用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
この発明にかかる化合物は、以下の一般式(1)、式(3)、式(5)、式(7)、式(9)、(11)及び(14)の一般式で示される化合物であり、具体的に例示するならば、それぞれ式(2)、式(4)、式(6)、式(8)、式(10)、(12)、(13)、(15)の化学式で示される化合物である。
【0009】
式(1)
【化1】
(式中、R1,R2,R3はH,CnH2n+1又はOCnH2n+1の何れか(ただし、R1,R2,R3のすべてがHの場合を除く。)を表し、nは3から30の何れかの数字を表す。)
【0010】
式(2)
【化2】
【0011】
式(3)
【化3】
(式中、R1,R2,R3はH,CnH2n+1又はOCnH2n+1の何れか(ただし、R1,R2,R3のすべてがHの場合を除く。)を表し、nは3から30の何れかの数字を表し、MはZn,Mn,Fe,Co,Ni,Cu,Cdの何れかを表す。)
【0012】
式(4)
【化4】
【0013】
式(5)
【化5】
(式中、R1,R2,R3はH,CnH2n+1又はOCnH2n+1の何れか(ただし、R1,R2,R3のすべてがHの場合を除く。)を表し、nは3から30の何れかの数字を表し、MはZn,Mn,Fe,Co,Ni,Cu,Cdの何れかを表す。)
【0014】
式(6)
【化6】
【0015】
式(7)
【化7】
(式中、R1,R2,R3はH,CnH2n+1又はOCnH2n+1の何れか(ただし、R1,R2,R3のすべてがHの場合を除く。)を表し、nは3から30の何れかの数字を表す。)
【0016】
式(8)
【化8】
【0017】
式(9)
【化9】
(式中、R1,R2,R3はH,CnH2n+1又はOCnH2n+1の何れか(ただし、R1,R2,R3のすべてがHの場合を除く。)を表し、nは3から30の何れかの数字を表し、MはZn,Mn,Fe,Co,Ni,Cu,Cdの何れかを表す。)
【0018】
式(10)
【化10】
【0019】
式(11)
【化11】
(式中、RはH,CnH2n+1又はOCnH2n+1の何れか(ただし、Rは同一でも互いに異なっていてもよいが、すべてがHの場合は除く。)を表し、nは3から30の何れかの数字を表す。)で示されるリニアテトラピロール系色素。
【0020】
式(12)
【化12】
【0021】
式(13)
【化13】
【0022】
式(14)
【化14】
(式中、RはH,CnH2n+1又はOCnH2n+1の何れか(ただし、Rは同一でも互いに異なっていてもよいが、すべてがHの場合は除く。)を表し、nは3から30の何れかの数字を表し、MはZn,Mn,Fe,Co,Ni,Cu,Cdの何れかを表す。)で示されるリニアテトラピロール系色素。
【0023】
式(15)
【化15】
【0024】
また、これらの化合物は、例えば、(a)テトラフェニルポルフィリン又はオクタアルキルポルフィリンの錯体化、(b)この錯体の共役酸化による開裂、(c)化合物によっては、この開裂物の錯体化、により合成することができる。
【0025】
ここで、(a)のテトラフェニルポルフィリン又はオクタアルキルポルフィリンの錯体化は、例えばフェニル基にアルキル基、アルコキシ基を有するテトラフェニルポルフィリン、又はアルキル基を有するポルフィリンをジメチルホルムアミドなどの有機溶媒中で塩化鉄(FeCl2)などの金属塩とともに還流加熱することにより行う。また、(b)の錯体の開裂は、例えば(b1)還元剤存在下での酸素ガスバブリングによる酸化、(b2)テトラフルオロホウ酸ナトウム水溶液による結晶化、(b3)塩酸などの酸による中和によって行う。なお、(b1)における反応条件、具体的には、反応温度などを変えることにより、同じ錯体化合物から構造の異なる開裂化合物を製造することが可能である。さらに、(c)の錯体化は、例えば、酢酸鉛、酢酸銅などの金属酢酸塩と開裂物質を有機溶媒中で混合することにより行う。
【0026】
なお、この合成方法はあくまでも一つの例示であって、この合成方法の例示はいかなる意味でも、この発明の特許請求の範囲に含まれる化合物を限定するものではない。すなわち、化学的構造が同一でありさえすれば、特許請求の範囲に記載した化合物を上記合成方法以外の合成方法によって合成してもよい。
【0027】
このようにして得られたリニアテトラピロール系色素は、フェニル基にアルキル基、アルコキシ基を有する。そして、これらアルキル基・アルコキシ基が有機物や有機溶媒などと相互作用するため、有機物との相溶性、有機溶媒に対する溶解度が向上するとともに、無機−有機界面での配向性が向上する。
【0028】
つぎに、この発明の特徴をさらに具体的に明らかにするため、複数の化合物を製造して、その特性を調べた。なお、下記の実施例はこの発明をよりよく理解するためのものであり、いかなる意味でもこの発明の特許請求の範囲を限定するものではない。
【実施例1】
【0029】
図1に示す合成スキームに沿って、C12 H25O-biladienone Zn complex(化合物3及び化合物4)を合成した。以下にその詳細について以下に説明する。なお、図1と以下の説明との関係を明確にするため、同一の化合物には同一の番号を付与した。
【0030】
(1)[5,10,15,20-tetrakis(4-dodecyloxyphenyl)porphyrinato]iron(III) chloride(化合物1)の合成
100 mlの反応容器に蒸留したジメチルホルムアミド 50 ml、5,10,15,20-tetrakis(4-dodecyloxyphenyl)porphyrin 500 mg (3.70×10-3 mol)、塩化鉄(II)n水和物1.04 g をそれぞれ加え、かき混ぜながら160 ℃で3時間加熱還流した。反応終了後反応溶液を室温まで冷まし、そこに200 mlのクロロホルムを加えて分液漏斗に移し、有機層を蒸留水および0.05 mol/l塩酸で数回洗浄した。有機層を硫酸ナトリウムで脱水後、クロロホルムを減圧留去し黒紫色の結晶を得た。なお、収量は497 mg (95.6 %)であり、高速原子衝撃イオン化法(FAB)により質量分析したところ、m/z(質量/電価)が1405 ([M-Cl]+)にピークが確認できた。
【0031】
(2)C12H25O-biladienone(化合物2)の合成
500 mlの反応容器に酸素を飽和させたクロロホルム250 ml、化合物1 (500 mg, 3.47×10-4 mol)を溶解させたピリジン30 ml、L-(+)-アスコルビン酸2.5 gを加えた。酸素バブリングしながら室温で1.5時間かき混ぜた後、溶液をろ過した。ろ液を分液漏斗に移して蒸留水で洗浄し、硫酸ナトリウムで乾燥させた。その後エバポレーターで減圧留去したものを再びピリジン12.5 mlに溶かし、テトラフルオロホウ酸ナトリウム水溶液(125 ml, 1.2 mol/l)を加え、氷浴で冷やしながら1時間かき混ぜた。これをろ過したものを再びアセトン200 mlとクロロホルム35 mlの混合溶媒に溶かし、塩酸(30 ml, 1.5mol/l)を加え室温で1時間かき混ぜた。この溶液を600 mlの氷水中に注ぎ込み、ジクロロメタンで抽出した。抽出液はエバポレーターを用いて約100 mlまで減圧留去し、分液漏斗に移して蒸留水により洗浄し、硫酸ナトリウムで乾燥させた。溶媒を減圧留去したのち、シリカゲルカラムクロマトグラフィーにより、2回精製(1回目の展開溶媒はジクロロメタン、2回目の展開溶媒はジクロロメタン:アセトン=99:1)して、C12 H25O-biladienone(化合物2)を得た。
【0032】
なお、合成の収量は96.3 mg (収率 19.6 %) であった。また、1H NMR (CDCl3)スペクトルを測定すると、 0.97 (t, 12H), 1.28-1.50 (m, 72H), 1.75-1.83 (m, 8H), 3.93-4.04 (m, 8H), 6.18 (m, 3H), 6.32 (s, 1H), 6.39 (d, 1H, J = 4.8 Hz), 6.53 (d, 1H, J = 4 Hz ), 6.84-6.99 (m, 11H), 7.30 (m, 2H), 7.38 (d, 2H, J = 4.8 Hz), 7.49 (d, 2H, J = 8.4 Hz), 7.90 (d, 2H J = 8.8 Hz), 9.90 (br s, 1H), 11.0 (br s, 1H),12.3 (br s, 1H)にシグナルが確認できた。また、高速原子衝撃イオン化法(FAB)により質量分析したところ、m/z(質量/電価)は1384 ([M-OH]+) にピークが確認できた。さらに、クロロホルム中での紫外−可視光の吸収スペクトルUV-visible (CHCl3)λmaxを測定したところ、323, 379, 572 nmにピークが確認できた。
【0033】
(3)溶媒の違いが吸収スペクトルに与える影響
また、クロロホルムを含む有機溶媒、具体的にはジクロロメタン、クロロホルム、アセトン、エチルエステル、2−プロパノール、メタノール、DMF(N,N-ジメチルホルムアミド)、ヘキサン中での可視光吸収スペクトルを比較した。その結果を図2に示す。この図から分かるように、化合物2は溶解している溶媒の種類によってその色が変化した。
【0034】
(4)C12 H25O-biladienone Zn complex(化合物3)の合成
50 ml反応容器に脱水したクロロホルム20 mlを加え、そこに化合物2(20.4 mg, 1.46×10-5 mol)を溶解させ、その後、飽和酢酸亜鉛メタノール溶液(4ml)を加えた。室温で30分かき混ぜたのち、反応溶液を重曹水および蒸留水で洗浄した。有機層を硫酸ナトリウムで脱水したのち、溶媒を減圧した。なお、合成の収量は20.0 mg (収率 93.9 %)であり、高速原子衝撃イオン化法(FAB)により質量分析したところ、m/z(質量/電価) は1446(C92H125O6N4Znに対する計算値は1445.9である。) にピークが確認できた。また、クロロホルム中での紫外−可視光の吸収スペクトルUV-visible (CHCl3)λmaxを測定したところ、479, 812 nmにピークが確認できた。なお、化合物3 は空気中に放置するとその一部が化合物4に変化した。
【0035】
(5)金属イオンの違いが吸収スペクトルに与える影響
また、飽和酢酸亜鉛メタノール溶液の代わりに飽和酢酸銅メタノール溶液を使用して銅錯体を合成し、その可視光吸収スペクトルをクロロホルム中で測定した。その結果を亜鉛錯体(化合物3)の可視光吸収スペクトルとともに図3に示す。この図から分かるように、化合物2は配位する金属イオンによって、スペクトル、すなわち、その色が変化した。
【実施例2】
【0036】
図4に示す合成スキームに沿って、C12 H25O-bilindinone Mn complex(化合物6)を合成した。以下にその詳細について以下に説明する。なお、図4と以下の説明との関係を明確にするため、同一の化合物には同一の番号を付与した。
【0037】
(1)C12 H25O-bilindinone(化合物5)の合成
500 ml反応容器に酸素を飽和させたクロロホルム250 ml、化合物1 (500 mg, 3.47×10-4 mol)を溶解させたピリジン30 ml、L-(+)-アスコルビン酸2.5 gを加えた。酸素バブリングしながら60℃で1.5時間還流し、室温に放冷後、溶液をろ過した。ろ液を分液漏斗に移して蒸留水によって洗浄し、硫酸ナトリウムで乾燥させた。その後エバポレーターで減圧留去したものを再びピリジン12.5 mlに溶かし、テトラフルオロホウ酸ナトリウム水溶液(125 ml, 1.2 mol/l)を加え、氷浴で冷やしながら1時間かき混ぜた。これをろ過したものを再びアセトン200 mlとクロロホルム35 mlの混合溶媒に溶かし、塩酸(30 ml, 1.5mol/l)を加え室温で1時間かき混ぜた。この溶液を600 mlの氷水中に注ぎ込み、ジクロロメタンで抽出した。抽出液はエバポレーターを用いて約100 mlまで減圧留去し、分液漏斗に移して蒸留水によって洗浄し、硫酸ナトリウムで乾燥させた。溶媒を減圧留去したのち、シリカゲルカラムクロマトグラフィーにより、2回精製(1回目の展開溶媒はジクロロメタン、2回目の展開溶媒はジクロロメタン:アセトン=99:1)して、化合物5を得た。
【0038】
なお、合成の収量は19.3 mg (収率5%)であった。また、1H NMR (CDCl3)スペクトルを測定すると、12.052(br s, 1H),8.280 (br s, 2H),7.486(d s, 2H),7.283(m s, 1H),6.997(m , 4H),6.857(d, 4H),6.857(d, 2H),6.815(d, 2H),6.212(d, 2H),3.867〜4.046(m , 6H),1.690〜1.857(m , 6H),1.247〜1.523(m , 54H),0.884(t , 9H)にシグナルが確認できた。このように、化合物1を開裂して開裂物質を合成する際の反応温度を変えることによって、化合物2とは異なる化合物5を合成することができた。
【0039】
(2)C12 H25O-bilindinone Mn complex (化合物6)の合成
50 ml反応容器に脱水したクロロホルム20 mlを加え、そこに化合物5 (20.4 mg, 1.8×10-5 mol)を溶解させたのち、飽和酢酸亜鉛メタノール溶液(4 ml)を加えた。室温で30分かき混ぜた後、反応溶液を重曹水および蒸留水で洗浄した。有機層を硫酸ナトリウムで脱水後、溶媒を減圧した。なお、合成の収量は19.0 mg (収率91%)であった。
【実施例3】
【0040】
図5に示す合成スキームに沿って、2,3,7,8,12,13,17,18-オクタペンチル-1,19,21,24-テトラヒドロ-1,19-ビリンジオン(化合物8a)、2,3,7,8,12,13,17,18-オクタオクチル-1,19,21,24-テトラヒドロ-1,19-ビリンジオン(化合物8b)、2,3,7,8,12,13,17,18-オクタオクチル-1,19,21,24-テトラヒドロ-1,19-ビリンジオナト亜鉛(II)(化合物9)を合成し、その特性を調べた。以下にその詳細について以下に説明する。なお、図5と以下の説明との関係を明確にするため、同一の化合物には同一の番号を付与した。
【0041】
(1)化合物7aの合成
化合物7aの合成は次のようにして行った。100 mlの反応容器に蒸留したジメチルホルムアミド 60 ml、2,3,7,8,12,13,17,18-オクタペンチルポルフィリン80 mg (9.3 ×10-2 mol)、塩化鉄(II)n水和物0.074 g をそれぞれ加え、かき混ぜながら160 ℃で3時間加熱還流した。反応終了後反応溶液を室温まで冷まし、そこに200 mlのクロロホルムを加えて分液漏斗に移し、有機層を蒸留水および0.05 mol/l塩酸で数回洗浄した。有機層を硫酸ナトリウムで脱水後、クロロホルムを減圧留去し濃紫色の結晶を得た。なお、収量は63 mg (73 %)であり、高速原子衝撃イオン化法(FAB)により質量分析したところ、m/z(質量/電価)は925 ([M-Cl]+)にピークが確認できた。
【0042】
(2)化合物8aの合成
500 mlの反応容器に酸素を飽和させたクロロホルム50 ml、化合物7a(30 mg, 3.1 ×10-5 mol)を溶解させたピリジン6 ml、L-(+)-アスコルビン酸0.3 gを加えた。酸素バブリングしながら室温で30分間かき混ぜたのち、溶液をろ過した。ろ液を分液漏斗に移して蒸留水により洗浄し、硫酸ナトリウムで乾燥させた。その後、エバポレーターで減圧留去したものを再びピリジン2.5 mlに溶かし、テトラフルオロホウ酸ナトリウム水溶液(25 ml, 1.2 mol/l)を加え、氷浴で冷やしながら1時間かき混ぜた。これをろ過したものを再びアセトン50 mlに溶かし、塩酸(10 ml, 1.5mol/l)を加え室温で1時間かき混ぜた。この溶液を100 mlの氷水中に注ぎ込み、ジクロロメタンで抽出した。抽出液はエバポレーターを用いて約30 mlまで減圧留去し、分液漏斗に移して蒸留水で洗浄し、硫酸ナトリウムで乾燥させた。溶媒を減圧留去したのち、シリカゲルカラムクロマトグラフィーにより、2回精製(1回目の展開溶媒はジクロロメタン、2回目の展開溶媒はジクロロメタン:アセトン=98:2)して化合物7aを得た。
【0043】
なお、合成の収量は5.0 mg (収率 17 %、対ポルフィリン換算) であった。また、1H NMR (CDCl3)スペクトルを測定すると、6.58(s, 1H),5.84(s, 2H),2.19-2.58 (t, 16H),1.21-1.60 (m, 48H), 0.9 (t, 24H) にシグナルが確認できた。また、高速原子衝撃イオン化法(FAB)により質量分析したところ、m/z(質量/電価)は892 (MH+) にピークが確認できた。
【0044】
(3)化合物7bの合成
化合物7bの合成は次のようにして行った。
300 mlの反応容器に蒸留したジメチルホルムアミド 60 ml、2,3,7,8,12,13,17,18-オクタオクチルポルフィリン173 mg (1.43 ×10-4 mol)、塩化鉄(II)n水和物0.4 g をそれぞれ加え、かき混ぜながら160 ℃で3時間加熱還流した。反応終了後反応溶液を室温まで冷まし、そこに200 mlのクロロホルムを加えて分液漏斗に移し、有機層を蒸留水で数回洗浄した。有機層を硫酸ナトリウムで脱水後、クロロホルムを減圧留去し赤褐色の結晶を得た。なお、収量は180 mg (97 %)であり、高速原子衝撃イオン化法(FAB)により質量分析したところ、m/z(質量/電価)は1262 ([M-Cl]+)にピークが確認できた。
【0045】
(4)化合物8bの合成
300 mlの反応容器に酸素を飽和させたクロロホルム50 ml、化合物7b(173 mg,1.4 ×10-4 mol)を溶解させたピリジン6 ml、L-(+)-アスコルビン酸0.5 gを加えた。酸素バブリングしながら室温で30分かき混ぜたのち、溶液をろ過した。ろ液を分液漏斗に移して蒸留水で洗浄し、硫酸ナトリウムで乾燥させた。その後、エバポレーターで減圧留去したものを再びピリジン2.5 mlに溶かし、テトラフルオロホウ酸ナトリウム水溶液(25 ml, 1.2 mol/l)を加え、氷浴で冷やしながら1時間かき混ぜた。これをろ過したものを再びアセトン50 mlに溶かし、塩酸(10ml, 1.5mol/l)を加え室温で1時間かき混ぜた。この溶液を100 mlの氷水中に注ぎ込み、ジクロロメタンで抽出した。抽出液はエバポレーターを用いて約10 mlまで減圧留去し、分液漏斗に移して蒸留水で洗浄し、硫酸ナトリウムで乾燥させた。溶媒を減圧留去したのち、シリカゲルカラムクロマトグラフィーにより、2回精製(1回目の展開溶媒はジクロロメタン、2回目の展開溶媒はジクロロメタン:アセトン=98:2)して化合物7aを得た。
【0046】
なお、合成の収量は28 mg (収率 20 %、対ポルフィリン換算) であった。また、1H NMR (CDCl3)スペクトルを測定すると、 図6に示すように、6.57(s, 1H),5.83(s, 2H),2.52-2.19 (t, 24H),1.29-1.59(m. 96H),0.88(t, 24H)にシグナルが確認できた。なお、NHプロトンは確認できなかった。さらに、高速原子衝撃イオン化法(FAB)により質量分析したところ、図7に示すように、m/z(質量/電価)は1228 (MH+)にピークが確認できた。
【0047】
(3)溶媒の違いが吸収スペクトルに与える影響
化合物8bについて、クロロホルムを含む有機溶媒、具体的にはアセトン、クロロホルム、ヘキサン、ジクロロメタン、酢酸エチル中での可視光吸収スペクトルを比較した。その結果を図8に示す。この図から分かるように、化合物8bは溶解している溶媒の種類によってその色が変化した。
【0048】
(4)2,3,7,8,12,13,17,18-オクタオクチル-1,19,21,24-テトラヒドロ-1,19-ビリンジオナト亜鉛(II)(化合物9)の合成
300 ml反応容器にクロロホルム10mlを加え、そこに化合物 8b (20 mg, 0.016 mmol)を溶解させたのち、飽和酢酸亜鉛メタノール溶液(10ml)を加えた。室温で10分かき混ぜたのち、反応溶液を重曹水および蒸留水で洗浄した。有機層を硫酸ナトリウムで脱水したのち、溶媒を減圧して乾燥した。
【0049】
なお、合成の収量は20 mg (収率 97 %、対ビリンジオン換算)であった。また、1H NMR (CDCl3)スペクトルを測定すると、 6.43 (s, 1H), 5.70 (s, 1H), 5.28 (s, 1H), 3.68 (s, 1H), 2.03-2.49 (m, 16H), 1.16-1.45 (m, 96H), 0.92 (t, 24H)にシグナルが確認できた。また、高速原子衝撃イオン化法(FAB)により質量分析したところ、m/z(質量/電価)が1290 (MH+)の位置にピークが確認できた。
【0050】
(5)化合物8a、8b及び化合物9の特性
化合物8a、8b及び化合物9が液晶として利用可能であるかを調べるため、これらの化合物について下記の特性を調べた。
【0051】
(5a)熱的特性
化合物8aは融点が90℃の結晶性物質であることは分かった。この化合物の偏光顕微鏡観察の結果、メゾ相の発現は認められなかった。
【0052】
加熱しながら顕微鏡観察することにより、化合物8bが50℃から不透明な液体となり、81℃からは透明な液体になることが分かった。また、この化合物8bを示差走査熱量計(DSC)により熱分析した。その結果を図9(a)に示す。この図からも分かるように、化合物8bは51℃ 及び71℃に2つの小さな吸熱ピークを示し、81℃に大きな吸熱ピークを示した。
【0053】
また、化合物8bを粉末X線回折法により分析した。その結果を図10に示す。この結果から、化合物8bがカラム間の距離が29.3Å、ディスク間の距離が4.6Åの正方晶カラムナー構造を有していることが分かった。また、温度を上昇させながら測定することにより、低回折角度(角度2θ=4.2°)における回折ピークが、51℃でブロードになり、73℃では2つのピークに分裂することも分かった。
【0054】
さらに、偏光顕微鏡による観察結果から、化合物8bが51〜71℃の間でShrieren組織を示すことが分かった。その結果を図11に示す。なお、図11(a)は25℃における結晶相の顕微鏡写真であり、図11(b)は75℃における液晶相の顕微鏡写真である。
【0055】
化合物9を示差走査熱量計(DSC)により熱分析した。その結果を図9(b)に示す。この図からも分かるように、化合物9は92℃及び113℃に大きな吸熱ピークを示した。また、光学顕微鏡による観察から、化合物9が92℃で液体化することがわかった。これらのことから、化合物9は92〜113℃間ではキラルディスコティックネマティック相を示し、130℃以上では等方性液体相を示していることが分かった。
【0056】
さらに、化合物9を粉末X線回折法により分析した。その結果、25℃、2θ=4.1°で広く散乱したピークを示した。このことから、この温度では非常に結晶性が乏しいことが分かった。なお、52〜113℃においては、十分な分解能の解像度のX線回折ピークが得られていないため、どのような相を示すのかは不明であった。
【0057】
最後に、化合物8a、8b及び9の熱量分析のまとめた結果を下記の表1に示す。
【0058】
【表1】
【0059】
(5b)化合物9の構造及び熱特性
化合物9(As prepared)とこれをアニーリングしたもの(Annealed)との赤外線スペクトルを測定した。その結果を図12に示す。なお、アニーリングは、120℃まで加熱し、5分間保持した後、10℃/分の速度で冷却するという条件で行った。
【0060】
この図から分かるように、CH2の非対称性伸縮とCH2の対称性伸縮との割合、すなわちI2930/I2853は、化合物9では1.18であるのに対して、アニーリングしたものでは1.35であった。一般的に、2930 cm-1 から2850 cm-1における吸光度の割合の増加はゴーシュ型の数の増加を意味することから、アニーリングによって、ゴーシュ型の数が多くなることが分かった。
【0061】
また、前記赤外線スペクトル測定の結果から、ラクチム型とラクタム型の間に平衡が存在することが分かった。また、化合物9はOH伸縮バンド(図13のA又はBを参照)を示すのに対して、化合物9をアニーリングしたもの、及び化合物9を溶融して素早く冷却して得られたものは、N+H伸縮バンド (図13のCを参照)を示すことが分かった。興味深いことに、素早く冷却したサンプルは1692 cm-1にC=O伸縮バンドがあること、これはα位がN+H---Zn となったC=O伸縮振動に起因する、を示した。
【0062】
これらの観測結果は、加熱処理が、化合物9の再構成してテトラピロール構造物を安定化すること、ラクチム型からラクタム型への異性化を引き起こすこと、アルキル鎖の配座をアンチ配座からゴーシュ配座に変化させること、を示した。
【0063】
さらに、ラクタム型とラクチム型の安定性を見積もるため、分子軌道計算をモデル分子である[octamethylbilindionato]zincに対して行った。なお、分子軌道計算プログラムにはGaussian 98(Gaussian, Inc、米国)、密度汎関数法には密度汎関数(DFT)の一種であるB3LYP、基底関数としては6-31G(D)をそれぞれ使用し、A、B、Cの各異性体の構造を最適化した。また、分子軌道計算に用いた初期構造(仮定した構造)は以下のとおりである。
【0064】
すなわち、異性体A及びBはラクタム−ラクチム型であり、異性体AにおいてOH基の水素原子は水素結合に関与していないものとした。反対に、異性体BにおいてはOH基の水素原子がラクタム型窒素への水素結合に関与しているものとした。また、異性体Cはラクタム−ラクタム型であり、ラクタム窒素は水素原子を有しているものとした。
【0065】
その結果、異性体A、B、及びCのエネルギーは、それぞれ-3194.4549, -3194.4622 及び-3194.4609 hartreeであった。このことから、異性体Aは異性体Bよも4.6 kcal/molだけ不安定であることが分かった。また、異性体Bと異性体Cの間のエネルギーの差は僅か0.8 kcal/molであり、これは、もし分子の凝集が追加の安定化エネルギーを供給するのであれば、両異性体、すなわち、ラクタム−ラクチム型及びラクタム−ラクタム型が固体又は液晶状態となることを示している。このことは、この液晶がわずかな外場の影響により容易に構造変化できる、新しい機能を持った液晶であることを示している。
【0066】
(5c)化合物9のインピーダンス特性
化合物9のインピーダンススペクトルを、化合物9をITO電極にサンドイッチした状態(電極間の距離は50μm)で、LCRメータにより測定した。その結果を図14に示す。この図に示すナイキスト線図から、1 Hz と100 kHz の間では、緩和周波数が10-3 Hzであること、及び比誘電率が175であることが分かった。
【0067】
(6)まとめ
以上の結果から、化合物9は電場などの外場によってスイッチングされ易く、分子素子として利用できることが分かった。
【図面の簡単な説明】
【0068】
【図1】化合物3、化合物4の合成スキームを模式的に示した図である。
【図2】化合物2が溶解している溶媒と、可視光吸収スペクトルの関係を示すグラフである。
【図3】化合物2に配位している金属イオンと可視光吸収スペクトルの関係を示すグラフである。
【図4】化合物6の合成スキームを模式的に示した図である。
【図5】化合物8及び9の合成スキームを模式的に示した図である。
【図6】化合物8bのNMRスペクトルを示す図である。
【図7】化合物8bを質量分析した結果(マススペクトル)を示す図である。
【図8】化合物8bが溶解している溶媒と、紫外光吸収スペクトルとの関係を示すグラフである。
【図9】化合物8b又は化合物9を示差走査熱量計(DSC)により熱分析した結果を示す図である。なお、(a)は化合物8b、(b)は化合物9の結果を示している。
【図10】化合物8bを粉末X線回折法により分析した結果を示す図である。
【図11】化合物8bの偏光顕微鏡写真である。なお、(a)は25℃における結晶相の顕微鏡写真であり、(b)は75℃における液晶相の顕微鏡写真である。
【図12】化合物9と、これをアニーリングしたものとの赤外線スペクトルを測定した結果である。
【図13】化合物9の構造を説明するための図である。
【図14】化合物9のインピーダンススペクトルを測定した結果(ナイキスト線図)である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
式(1)
【化1】
(式中、R1,R2,R3はH,CnH2n+1又はOCnH2n+1の何れか(ただし、R1,R2,R3のすべてがHの場合を除く。)を表し、nは3から30の何れかの数字を表す。)で示されるリニアテトラピロール系色素。
【請求項2】
式(2)
【化2】
で示される請求項1に記載のリニアテトラピロール系色素。
【請求項3】
式(3)
【化3】
(式中、R1,R2,R3はH,CnH2n+1又はOCnH2n+1の何れか(ただし、R1,R2,R3のすべてがHの場合を除く。)を表し、nは3から30の何れかの数字を表し、MはZn,Mn,Fe,Co,Ni,Cu,Cdの何れかを表す。)で示されるリニアテトラピロール系色素。
【請求項4】
式(4)
【化4】
で示される請求項3に記載のリニアテトラピロール系色素。
【請求項5】
式(5)
【化5】
(式中、R1,R2,R3はH,CnH2n+1又はOCnH2n+1の何れか(ただし、R1,R2,R3のすべてがHの場合を除く。)を表し、nは3から30の何れかの数字を表し、MはZn,Mn,Fe,Co,Ni,Cu,Cdの何れかを表す。)で示されるリニアテトラピロール系色素。
【請求項6】
式(6)
【化6】
で示される請求項5に記載のリニアテトラピロール系色素。
【請求項7】
式(7)
【化7】
(式中、R1,R2,R3はH,CnH2n+1又はOCnH2n+1の何れか(ただし、R1,R2,R3のすべてがHの場合を除く。)を表し、nは3から30の何れかの数字を表す。)で示されるリニアテトラピロール系色素。
【請求項8】
式(8)
【化8】
で示される請求項7に記載のリニアテトラピロール系色素。
【請求項9】
式(9)
【化9】
(式中、R1,R2,R3はH,CnH2n+1又はOCnH2n+1の何れか(ただし、R1,R2,R3のすべてがHの場合を除く。)を表し、nは3から30の何れかの数字を表し、MはZn,Mn,Fe,Co,Ni,Cu,Cdの何れかを表す。)で示されるリニアテトラピロール系色素。
【請求項10】
式(10)
【化10】
で示される請求項9に記載のリニアテトラピロール系色素。
【請求項11】
式(11)
【化11】
(式中、RはH,CnH2n+1又はOCnH2n+1の何れか(ただし、Rは同一でも互いに異なっていてもよいが、すべてがHの場合は除く。)を表し、nは3から30の何れかの数字を表す。)で示されるリニアテトラピロール系色素。
【請求項12】
式(12)
【化12】
で示される請求項11に記載のリニアテトラピロール系色素。
【請求項13】
式(13)
【化13】
で示される請求項11に記載のリニアテトラピロール系色素。
【請求項14】
式(14)
【化14】
(式中、RはH,CnH2n+1又はOCnH2n+1の何れか(ただし、Rは同一でも互いに異なっていてもよいが、すべてがHの場合は除く。)を表し、nは3から30の何れかの数字を表し、MはZn,Mn,Fe,Co,Ni,Cu,Cdの何れかを表す。)で示されるリニアテトラピロール系色素。
【請求項15】
式(15)
【化15】
で示される請求項14に記載のリニアテトラピロール系色素。
【請求項1】
式(1)
【化1】
(式中、R1,R2,R3はH,CnH2n+1又はOCnH2n+1の何れか(ただし、R1,R2,R3のすべてがHの場合を除く。)を表し、nは3から30の何れかの数字を表す。)で示されるリニアテトラピロール系色素。
【請求項2】
式(2)
【化2】
で示される請求項1に記載のリニアテトラピロール系色素。
【請求項3】
式(3)
【化3】
(式中、R1,R2,R3はH,CnH2n+1又はOCnH2n+1の何れか(ただし、R1,R2,R3のすべてがHの場合を除く。)を表し、nは3から30の何れかの数字を表し、MはZn,Mn,Fe,Co,Ni,Cu,Cdの何れかを表す。)で示されるリニアテトラピロール系色素。
【請求項4】
式(4)
【化4】
で示される請求項3に記載のリニアテトラピロール系色素。
【請求項5】
式(5)
【化5】
(式中、R1,R2,R3はH,CnH2n+1又はOCnH2n+1の何れか(ただし、R1,R2,R3のすべてがHの場合を除く。)を表し、nは3から30の何れかの数字を表し、MはZn,Mn,Fe,Co,Ni,Cu,Cdの何れかを表す。)で示されるリニアテトラピロール系色素。
【請求項6】
式(6)
【化6】
で示される請求項5に記載のリニアテトラピロール系色素。
【請求項7】
式(7)
【化7】
(式中、R1,R2,R3はH,CnH2n+1又はOCnH2n+1の何れか(ただし、R1,R2,R3のすべてがHの場合を除く。)を表し、nは3から30の何れかの数字を表す。)で示されるリニアテトラピロール系色素。
【請求項8】
式(8)
【化8】
で示される請求項7に記載のリニアテトラピロール系色素。
【請求項9】
式(9)
【化9】
(式中、R1,R2,R3はH,CnH2n+1又はOCnH2n+1の何れか(ただし、R1,R2,R3のすべてがHの場合を除く。)を表し、nは3から30の何れかの数字を表し、MはZn,Mn,Fe,Co,Ni,Cu,Cdの何れかを表す。)で示されるリニアテトラピロール系色素。
【請求項10】
式(10)
【化10】
で示される請求項9に記載のリニアテトラピロール系色素。
【請求項11】
式(11)
【化11】
(式中、RはH,CnH2n+1又はOCnH2n+1の何れか(ただし、Rは同一でも互いに異なっていてもよいが、すべてがHの場合は除く。)を表し、nは3から30の何れかの数字を表す。)で示されるリニアテトラピロール系色素。
【請求項12】
式(12)
【化12】
で示される請求項11に記載のリニアテトラピロール系色素。
【請求項13】
式(13)
【化13】
で示される請求項11に記載のリニアテトラピロール系色素。
【請求項14】
式(14)
【化14】
(式中、RはH,CnH2n+1又はOCnH2n+1の何れか(ただし、Rは同一でも互いに異なっていてもよいが、すべてがHの場合は除く。)を表し、nは3から30の何れかの数字を表し、MはZn,Mn,Fe,Co,Ni,Cu,Cdの何れかを表す。)で示されるリニアテトラピロール系色素。
【請求項15】
式(15)
【化15】
で示される請求項14に記載のリニアテトラピロール系色素。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【公開番号】特開2006−283014(P2006−283014A)
【公開日】平成18年10月19日(2006.10.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−63190(P2006−63190)
【出願日】平成18年3月8日(2006.3.8)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2006年2月14日 同志社大学、同志社大学工学研究科工業化学専攻主催の「修士論文審査会・修士論文公聴会」において文書をもって発表
【出願人】(503027931)学校法人同志社 (346)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成18年10月19日(2006.10.19)
【国際特許分類】
【出願日】平成18年3月8日(2006.3.8)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2006年2月14日 同志社大学、同志社大学工学研究科工業化学専攻主催の「修士論文審査会・修士論文公聴会」において文書をもって発表
【出願人】(503027931)学校法人同志社 (346)
【Fターム(参考)】
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