説明

レボフロキサシンもしくはその塩またはそれらの溶媒和物を含有する眼感染症治療用点眼剤

【課題】耐性菌の出現を阻止するために従来の用法又は用量の点眼液よりも短期間で眼感染症を治癒し、且つ副作用の発現率も増大させない新たな用法又は用量のレボフロキサシン点眼液の提供。
【解決手段】1.5%(w/v)レボフロキサシン点眼液の1日3回点眼。従来の用法又は用量である0.5%(w/v)点眼液の1日3回点眼よりも短期間で細菌性結膜炎を治癒し、しかも副作用の発現率も増大させないという特徴を併せもつ。短期間で眼感染症を治癒させることにより、従来の用法又は用量のレボフロキサシン点眼液の長期使用を原因とする耐性菌の出現を抑制することが期待される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有効成分として1.5%(w/v)の濃度のレボフロキサシンもしくはその塩またはそれらの溶媒和物を含有する眼感染症治療用点眼剤であって、1眼あたり1滴、1日3回点眼されるように用いられることを特徴とする点眼剤に関する。
【背景技術】
【0002】
レボフロキサシンは、DNAジャイレースおよびトポイソメラーゼIVを阻害することにより抗菌活性を発現するニューキノロン系抗菌剤の一つであり、汎用されている。我が国においても、レボフロキサシンの広い抗菌スペクトルとその優れた抗菌力から、レボフロキサシンを有効成分とする抗菌点眼薬は0.5%(w/v)レボフロキサシン点眼液(クラビット(登録商標)点眼液0.5%)として汎用されている。
【0003】
しかしながら、0.5%(w/v)レボフロキサシン点眼液を以ってしても眼感染症を短期間で治癒できないことがあり、そのような場合には、レボフロキサシン点眼液を長期間に亙り使用し続けることとなる。一方で、最近になって、0.5%(w/v)レボフロキサシン点眼液を長期間使用することにより耐性菌が出現するとの報告がなされている。例えば、あたらしい眼科, 21(11), 1531-1534 (2004)(非特許文献1)には、長期点眼患者の結膜嚢について細菌学的調査を実施したところ、レボフロキサシン非点眼群では臨床分離株の24%(6/25)がニューキノロン耐性であったのに対して、0.5%(w/v)レボフロキサシン3ヶ月点眼群においては臨床分離株の71%(20/28)がニューキノロン耐性であったことが報告されている。また、日本眼科学会雑誌, 110(12), 973-983 (2006)(非特許文献2)には、細菌性角膜炎患者から臨床分離されたメチシリン感受性黄色ブドウ球菌の約10%がレボフロキサシン耐性であったことも報告されている。
【0004】
このように、レボフロキサシン点眼液を長期間に亙り点眼し続けると、眼感染症起炎菌のレボフロキサシン耐性化が進み、将来的にはレボフロキサシンの眼感染症に対する有効性が低下してしまうリスクがある。さらに、レボフロキサシン点眼液の使用期間が長期化すればするほど、結果として、レボフロキサシン耐性化が進むという悪循環に陥ることになる。
【0005】
したがって、レボフロキサシン点眼液により短期間で眼感染症を治癒させ、眼感染症起炎菌のレボフロキサシンへの曝露期間を短くすることは、レボフロキサシン耐性菌の出現を阻止し、ひいては将来におけるレボフロキサシン点眼液の眼感染症に対する有効性を確保する上で、極めて重要なことである。しかしながら、レボフロキサシン点眼液をどのような用法または用量で点眼投与すれば、より短期間で眼感染症を治癒できるのかは明らかになっておらず、また、レボフロキサシン点眼液の用法または用量を変更すれば、従来の用法または用量(0.5%(w/v)、1日3回点眼)よりも副作用の発現率が却って増大することもある。したがって、レボフロキサシン点眼液の用法または用量を変更する場合には、従来の用法または用量よりも短期間で眼感染症を治癒することによってレボフロキサシン耐性菌の出現を阻止することに加えて、従来の用法または用量よりも副作用の発現率を増大させないことが求められる。
【0006】
ところで、特許文献1には、0.3〜4.0%(w/v)の濃度のレボフロキサシンおよび多価アルコールを含有する点眼液が開示されている。しかしながら、特許文献1は、レボフロキサシン点眼液に多価アルコールを配合することによって該点眼液の防腐効果を改善する発明であり、レボフロキサシン点眼液をどのような用法または用量で点眼投与すれば、より短期間で眼感染症を治癒できるのか、また、耐性菌の出現を阻止できるのかについては記載も示唆もされていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特表2007−526231号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】あたらしい眼科, 21(11), 1531-1534 (2004)
【非特許文献2】日本眼科学会雑誌, 110(12), 973-983 (2006)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
したがって、レボフロキサシン点眼液に関して、レボフロキサシン耐性菌の出現を阻止するために従来の用法または用量よりも短期間で眼感染症を治癒し、且つ副作用の発現率も増大させない新たな用法または用量のレボフロキサシン点眼液を探索することは興味深い課題である。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、種々の用法または用量のレボフロキサシン点眼液を用いて各種検討を行ったところ、1眼あたり1.5%(w/v)レボフロキサシン点眼液1滴を1日3回点眼する用法または用量(以下、「本用法用量」ともいう)を選択すれば、1眼あたり0.5%(w/v)レボフロキサシン点眼液1滴を1日3回点眼する用法または用量(以下、「従来用法用量」ともいう)の場合よりも、短期間で細菌性結膜炎を治癒させることができ、しかも副作用の発現率が増大しないことを見出し、本発明に至った。短期間で眼感染症を治癒させることは眼感染症起炎菌のレボフロキサシンへの曝露期間を短縮することになるので、本用法用量のレボフロキサシン点眼液は、結果的には、従来用法用量のレボフロキサシン点眼液の長期使用を原因とする耐性菌の出現を抑制することが期待される。
【0011】
また、本発明者らは、ウサギ角膜上皮剥離モデルを用いた検討から、1.5%(w/v)レボフロキサシン点眼液の1日3回点眼では前眼部に特に異常所見を認めないものの、3.0%(w/v)以上の濃度のレボフロキサシン点眼液を1日3回点眼した場合には、前眼部に異常所見および角膜上皮創傷治癒の遅延が認められることをも見出した。本知見は、1.5%(w/v)を超える濃度(用量)のレボフロキサシン点眼液を選択した場合、副作用の発現頻度が上昇する可能性を示唆するものである。
【0012】
さらに、本発明者らは、眼球結膜組織濃度シミュレーションモデルを用いて引き続き検討を行ったところ、従来用法用量のレボフロキサシン点眼液は短期間(24時間)の使用で黄色ブドウ球菌の耐性化を導くのに対し、本用法用量のレボフロキサシン点眼液では、驚くべきことに、この耐性化がほぼ完全に阻止されることを見出した。すなわち、本用法用量のレボフロキサシン点眼液は、従来用法用量のレボフロキサシン点眼液の短期使用を原因とする黄色ブドウ球菌などの眼感染症起炎菌の耐性化を、直接的に抑制しうる。
【0013】
つまり、本用法用量のレボフロキサシン点眼液は、副作用を増大させることなく短期間で眼感染症を治療する上、従来用法用量のレボフロキサシンの長期および/または短期使用により生じる眼感染症起炎菌の耐性化を効果的に抑制する、優れた眼感染症治療用点眼剤である。
【0014】
すなわち、本発明は、有効成分として1.5%(w/v)の濃度のレボフロキサシンもしくはその塩またはそれらの溶媒和物を含有する眼感染症治療用点眼剤であって、1眼あたり1滴、1日3回点眼されるように用いられることを特徴とする点眼剤である。
【0015】
また、本発明の1つの態様は、本用法用量で用いられることを特徴とする、有効成分として1.5%(w/v)の濃度のレボフロキサシンもしくはその塩またはそれらの溶媒和物を含有する眼感染症治療用点眼剤であって、該眼感染症が結膜炎、眼瞼炎、涙嚢炎、麦粒腫および瞼板腺炎からなる群より選択される少なくとも一つの感染症である、点眼剤である。
【0016】
また、本発明の他の態様は、本用法用量で用いられることを特徴とする、有効成分として1.5%(w/v)の濃度のレボフロキサシンもしくはその塩またはそれらの溶媒和物を含有する眼感染症治療用点眼剤であって、該眼感染症の起炎菌がレボフロキサシン感性のブドウ球菌属、レンサ球菌属、肺炎球菌、腸球菌属、ミクロコッカス属、モラクセラ属、コリネバクテリウム属、クレブシエラ属、エンテロバクター属、セラチア属、プロテウス属、モルガネラ・モルガニー、インフルエンザ菌、ヘモフィルス・エジプチウス/コッホ・ウィークス菌、シュードモナス属、緑膿菌、セテノトロホモナス(ザントモナス)・マルトフィリア、アシネトバクター属およびアクネ菌からなる群より選択される少なくとも1種の菌である、点眼剤である。
【0017】
また、本発明の他の態様は、本用法用量で用いられることを特徴とする、有効成分として1.5%(w/v)の濃度のレボフロキサシンもしくはその塩またはそれらの溶媒和物を含有する結膜炎治療用点眼剤であって、該結膜炎の起炎菌がレボフロキサシン感性のブドウ球菌属である、点眼剤である。ここにおいて、結膜炎は細菌性結膜炎であり、ブドウ球菌属は黄色ブドウ球菌であることが好ましい。
【発明の効果】
【0018】
後述する臨床試験の結果から明らかなように、本用法用量(1.5%(w/v)、1日3回点眼)のレボフロキサシン点眼液は、従来用法用量(0.5%(w/v)、1日3回点眼)のレボフロキサシン点眼液を用いる場合よりも種々の起炎菌から発症した細菌性結膜炎の短期治癒率を顕著に改善し、しかも、本用法用量のレボフロキサシン点眼液は従来用法用量のレボフロキサシン点眼液よりも高濃度であるにもかかわらず、副作用の発現率を増大させない。短期間で眼感染症を治癒させることは眼感染症起炎菌のレボフロキサシンへの曝露期間を短縮することになるので、本用法用量のレボフロキサシン点眼液は、結果的には、従来用法用量のレボフロキサシン点眼液の長期使用を原因とする耐性菌の出現を抑制することが期待される。
【0019】
また、後述する眼毒性試験の結果からも明らかなように、1.5%(w/v)レボフロキサシン点眼液の1日3回点眼は前眼部に特に異常所見を認めないものの、3.0%(w/v)以上の濃度のレボフロキサシン点眼液を1日3回点眼した場合には、前眼部の異常所見および角膜上皮創傷治癒の遅延が認められる。したがって、1.5%(w/v)を超える濃度(用量)のレボフロキサシン点眼液を選択した場合、副作用の発現頻度が上昇する可能性がある。
【0020】
さらに、後述する眼内動態試験および薬理試験(眼球結膜組織濃度シミュレーションモデル)の結果から明らかなように、従来用法用量のレボフロキサシン点眼液は短期間(24時間)の使用で黄色ブドウ球菌の耐性化を導くのに対し、本用法用量のレボフロキサシン点眼液では、驚くべきことにこの耐性化がほぼ完全に阻止される。すなわち、本用法用量のレボフロキサシン点眼液は、従来用法用量のレボフロキサシン点眼液の短期使用を原因とする黄色ブドウ球菌などの眼感染症起炎菌の耐性化を直接的に抑制しうる。
【0021】
つまり、本用法用量のレボフロキサシン点眼液は、副作用を増大させることなく短期間で眼感染症を治療する上、従来用法用量のレボフロキサシン点眼液の長期および/または短期使用により生じる眼感染症起炎菌の耐性化を効果的に抑制することから、優れた眼感染症治療用点眼剤となりうる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】1.5%(w/v)レボフロキサシン点眼液または0.5%(w/v)レボフロキサシン点眼液をそれぞれ1回点眼した後の眼球結膜中のレボフロキサシン濃度の推移を示すグラフであり、縦軸は眼球結膜中レボフロキサシン濃度(ng/g組織)、横軸は投与後時間(hr)である。
【図2】1.5%(w/v)レボフロキサシン前処置、0.5%(w/v)レボフロキサシン前処置、レボフロキサシン前処置なしの各群についてのレボフロキサシン濃度と生菌数との関係示すグラフであり、縦軸は生菌数(logCFU/mL)、横軸はレボフロキサシン濃度(μg/mL)である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
レボフロキサシンは、下記の化学構造式(I)で示される化合物である。
【0024】
【化1】

【0025】
レボフロキサシンの塩としては、医薬として許容される塩であれば特に制限はなく、塩酸、臭化水素酸、ヨウ化水素酸、硝酸、硫酸、リン酸などの無機酸との塩、酢酸、フマル酸、マレイン酸、コハク酸、クエン酸、酒石酸、アジピン酸、グルコン酸、グルコヘプト酸、グルクロン酸、テレフタル酸、メタンスルホン酸、乳酸、馬尿酸、1,2−エタンジスルホン酸、イセチオン酸、ラクトビオン酸、オレイン酸、パモ酸、ポリガラクツロン酸、ステアリン酸、タンニン酸、トリフルオロメタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸、p−トルエンスルホン酸、硫酸ラウリルエステル、硫酸メチル、ナフタレンスルホン酸、スルホサリチル酸などの有機酸との塩、臭化メチル、ヨウ化メチルなどとの四級アンモニウム塩、臭素イオン、塩素イオン、ヨウ素イオンなどのハロゲンイオンとの塩、リチウム、ナトリウム、カリウムなどのアルカリ金属との塩、カルシウム、マグネシウムなどのアルカリ土類金属との塩、鉄、亜鉛などとの金属塩、アンモニアとの塩、トリエチレンジアミン、2−アミノエタノール、2,2−イミノビス(エタノール)、1−デオキシ−1−(メチルアミノ)−2−D−ソルビトール、2−アミノ−2−(ヒドロキシメチル)−1,3−プロパンジオール、プロカイン、N,N−ビス(フェニルメチル)−1,2−エタンジアミンなどの有機アミンとの塩などが挙げられる。
【0026】
レボフロキサシンまたはその塩の溶媒和物としては、医薬として許容される溶媒和物であれば特に制限なく、水和物(1/2水和物、1水和物、2水和物など)、有機溶媒和物などが挙げられるが、好ましくは、水和物(1/2水和物、1水和物または2水和物)である。
【0027】
レボフロキサシンもしくはその塩またはそれらの溶媒和物に、結晶多形および結晶多形群(結晶多形システム)が存在する場合には、それらの結晶多形体および結晶多形群(結晶多形システム)も本発明の範囲に含まれる。ここで、結晶多形群(結晶多形システム)とは、それら結晶の製造、晶出、保存などの条件および状態(なお、本状態には製剤化した状態も含む)により、結晶形が変化する場合の各段階における個々の結晶形およびその過程全体を意味する。
【0028】
本発明のレボフロキサシンもしくはその塩またはそれらの溶媒和物として好ましいのはレボフロキサシンの水和物であり、さらに好ましいのはレボフロキサシンの1/2水和物である。
【0029】
レボフロキサシンもしくはその塩またはそれらの溶媒和物は、特公平3−27534号公報および特公平7−47592号公報に記載された方法に従って製造できる。また、本発明においては、市販されているレボフロキサシン塩酸塩(和光純薬社製、カタログ番号:555−70931など)を用いることもできる。
【0030】
本発明において、1.5%(w/v)レボフロキサシン点眼液(以下、「本点眼液」ともいう)とは、有効成分として、1.5%(w/v)の濃度のレボフロキサシン(フリー体)もしくはその塩またはそれらの溶媒和物を含有する点眼液である。
【0031】
本点眼液は、汎用されている技術を用い、必要に応じて製薬学的に許容され得る添加剤を用いて調製することができる。
【0032】
本点眼液は、例えば、塩化ナトリウム、濃グリセリンなどの等張化剤;塩酸、水酸化ナトリウムなどのpH調整剤;リン酸ナトリウム、酢酸ナトリウムなどの緩衝化剤;ポリオキシエチレンソルビタンモノオレート、ステアリン酸ポリオキシル40、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油などの界面活性剤;クエン酸ナトリウム、エデト酸ナトリウムなどの安定化剤;塩化ベンザルコニウム、パラベンなどの防腐剤などから必要に応じて選択して用い、調製することができる。本点眼液のpHは眼科製剤に許容される範囲内にあればよいが、通常4〜8の範囲内が好ましい。
【0033】
本発明において、本点眼液「1滴」を点眼するとは、通常、10〜60μLの本点眼液を点眼することを意味する。
【0034】
本発明において、本点眼液の「1日3回点眼」とは、24時間以内に本点眼液を3回点眼することを意味し、好ましくは、朝、昼および夜に各1回点眼することを意味する。
【0035】
本発明において、眼感染症(ocular infection)としては、結膜炎(conjunctivitis)、角膜炎(keratitis)、眼瞼炎(blepharitis)、涙嚢炎(dacryoadenitis)、涙小管炎(lacrimal canaliculitis)、瞼板腺炎(inflammation of the tarsal gland)、麦粒腫(hordeolum)および眼内炎(endophthalmitis)などが挙げられる。
【0036】
本発明において、結膜炎の具体例としては、細菌性結膜炎(bacterial conjunctivitis)、カタル性結膜炎(catarrhal conjunctivitis)、化膿性結膜炎(purulent conjunctivitis)、偽膜性結膜炎(pseudomembranous conjunctivitis)、結膜フリクテン(conjunctival phlyctenule)など;角膜炎の具体例としては、細菌性角膜炎(bacterial keratitis)、角膜潰瘍(corneal ulcer)、角膜フリクテン(corneal phlyctenule)など;眼瞼炎の具体例としては、眼瞼縁炎(marginal blepharitis)、眼瞼皮膚炎(eyelid dermatitis)、眼角眼瞼炎(angular blepharitis)、ブドウ球菌性眼瞼炎(staphylococcal blepharitis)、脂漏性眼瞼炎(seborrheic blepharitis)など;涙嚢炎の具体例としては、急性涙嚢炎(acute dacryocystitis)、慢性涙嚢炎(chronic dacryocystitis)、新生児涙嚢炎(dacryocystitis of the newborn)など;麦粒腫の具体例としては、外麦粒腫(external hordeolum)、内麦粒腫(internal hordeolum)など;眼内炎の具体例としては、細菌性眼内炎(bacterial endophthalmitis)、内眼手術後の術後眼内炎(endophthalmitis after intraocular surgery)などを挙げることができる。
【0037】
本発明において、細菌性結膜炎には急性細菌性結膜炎(acute bacterial conjunctivitis)および慢性細菌性結膜炎(chronic bacterial conjunctivitis)が含まれ、瞼板腺炎にはマイボーム腺炎(meibomitis)が含まれる。また、本発明における内眼手術には、白内障手術、緑内障手術、網膜硝子体手術などが含まれる。
【0038】
本用法用量のレボフロキサシン点眼液が使用される眼感染症として好ましいのは結膜炎、眼瞼炎、涙嚢炎、麦粒腫および瞼板腺炎からなる群より選択される少なくとも一つの感染症であり、より好ましいのは結膜炎であり、さらに好ましいのは細菌性結膜炎である。
【0039】
本発明の眼感染症の起炎菌としては、例えば、レボフロキサシン感性のブドウ球菌属(genus Staphylococcus)、レンサ球菌属(genus Streptococcus)、肺炎球菌(Streptococcus pneumoniae)、腸球菌属(genus Enterococcus)、ミクロコッカス属(genus Micrococcus)、モラクセラ属(genus Moraxella)、コリネバクテリウム属(genus Corynebacterium)、クレブシエラ属(genus Klebsiella)、エンテロバクター属(genus Enterobacter)、セラチア属(genus Serratia)、プロテウス属(genus Proteus)、モルガネラ・モルガニー(Morganella morganii)、インフルエンザ菌(Haemophilus influenzae)、ヘモフィルス・エジプチウス/コッホ・ウィークス菌(Haemophilus aegyptius)、シュードモナス属(genus Pseudomonas)、緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)、セテノトロホモナス(ザントモナス)・マルトフィリア(Stenotrophomonas maltophilia)、アシネトバクター属(genus Acinetobacter)、アクネ菌(Propionibacterium acnes)、淋菌(Neisseria gonorrhoeae)、バチルス属(genus Bacillus)、クロストリジウム属(genus Clostridium)、コマモナス属(genus Comamonas)などを挙げることができる。
【0040】
本発明において、前記ブドウ球菌属の具体例としては、黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)、コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(Coagulase Negative Staphylococcus)など;前記レンサ球菌属の具体例としては、α型レンサ球菌(α−hemolytic Streptococcus)、β型レンサ球菌(β−hemolytic Streptococcus)、γ型連鎖球菌(γ−hemolytic Streptococcus)、A群レンサ球菌(Group A Streptococcus)、B群レンサ球菌(Group B Streptococcus)、C群レンサ球菌(Group C Streptococcus)、D群レンサ球菌(Group D Streptococcus)、E群レンサ球菌(Group E Streptococcus)、F群レンサ球菌(Group F Streptococcus)、G群レンサ球菌(Group G Streptococcus)、H群レンサ球菌(Group H Streptococcus)、K群レンサ球菌(Group K Streptococcus)、L群レンサ球菌(Group L Streptococcus)、M群レンサ球菌(Group M Streptococcus)、N群レンサ球菌(Group N Streptococcus)、O群レンサ球菌(Group O Streptococcus)、P群レンサ球菌(Group P Streptococcus)、Q群レンサ球菌(Group Q Streptococcus)、R群レンサ球菌(Group R Streptococcus)、S群レンサ球菌(Group S Streptococcus)、T群レンサ球菌(Group T Streptococcus);腸球菌属の具体例としては、Enterococcus faecalis、Enterococcus duransなど;前記ミクロコッカス属の具体例としては、Micrococcus lylaeなど;前記モラクセラ属の具体例としては、Moraxella Branhamella catarrhalis、Moraxella−Axenfeld bacillus(Moraxella lacunata、Moraxella liquefaciensおよびMoraxella bovisを含む)など;前記コリネバクテリウム属の具体例としては、Corynebacterium species(Corynebacterium nebacterium diphtheriae、Corynebacterium pseudodiphthericumおよびCorynebacterium xerosisを含む)など;前記クレブシエラ属の具体例としては、Klebsiella oxytoca、Klebsiella pneumoniae、Klebsiella terrigena、Klebsiella planticolaなど;前記エンテロバクター属の具体例としては、Enterobacter aerogenes、Enterobacter agglomerans、Enterobacter cloacaeなど;前記セラチア属の具体例としては、Serratia marcescensなど;前記プロテウス属の具体例としては、Proteus mirabilis、Proteus vulgarisなど;前記シュードモナス属の具体例としては、Pseudomonas alcaligenes、Pseudomonas vesicularis、Pseudomonas cepacia、Pseudomonas chlororaphis、Pseudomonas fluorescens、Pseudomonas pickettii、Pseudomonas putidaなど;前記アシネトバクター属の具体例としては、Acinetobacter calcoaceticus、Acinetobacter baumannii、Acinetobacter lwoffiiなど;前記バチルス属の具体例としては、Bacillus cereusなど;前記クロストリジウム属の具体例としては、Clostridium perfringens、Clostridium tetaniなど;前記コマモナス属の具体例としては、Comamonas acidovoransなどを挙げることができる。
【0041】
本発明において、前記黄色ブドウ球菌には、メチシリン感受性黄色ブドウ球菌(MSSA)およびメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)が含まれ、前記表皮ブドウ球菌には、メチシリン感受性表皮ブドウ球菌(MSSE)およびメチシリン耐性表皮ブドウ球菌(MRSE)が含まれるものとする。また、本発明において、前記コアグラーゼ陰性ブドウ球菌には、S.capitis、S.caprae、S.haemolyticus、S.hominis、S.lugdunensis、S.sciuri、S.simulansおよびS.warneriが含まれ、レンサ球菌属には、Streptococcus agalactiae、Streptococcus equisimilis、Streptococcus gordonii、Streptococcus mitis、Streptococcus morbillorum、Streptococcus oralisおよびStreptococcus pyogenesが含まれる。
【0042】
本発明において、「レボフロキサシン感性」とは、その菌株が、臨床的に通常用いられる濃度のレボフロキサシン中において十分に殺菌もしくは静菌されることを意味する。
【0043】
本用法用量のレボフロキサシン点眼液が使用される眼感染症として好ましいのは、レボフロキサシン感性のブドウ球菌属、レンサ球菌属、肺炎球菌、腸球菌属、ミクロコッカス属、モラクセラ属、コリネバクテリウム属、クレブシエラ属、エンテロバクター属、セラチア属、プロテウス属、モルガネラ・モルガニー、インフルエンザ菌、ヘモフィルス・エジプチウス/コッホ・ウィークス菌、シュードモナス属、緑膿菌、セテノトロホモナス(ザントモナス)・マルトフィリア、アシネトバクター属およびアクネ菌からなる群より選択される少なくとも1種の菌を起炎菌とする眼感染症であり、より好ましいのは、レボフロキサシン感性のブドウ球菌属を起炎菌とする眼感染症であり、さらに好ましいのは、レボフロキサシン感性の黄色ブドウ球菌を起炎菌とする眼感染症であり、最も好ましいのは、レボフロキサシン感性のMSSAを起炎菌とする眼感染症である。
【0044】
本発明において、眼感染症治療用点眼剤には、前記眼感染症の治療だけでなく、前記眼感染症の感染予防のための点眼剤も含まれる。なお、本発明における眼感染症の感染予防には、眼科周術期の無菌化療法が含まれる。
【0045】
以下に、臨床試験、眼毒性試験、眼内動態試験および薬理試験の結果、並びに製剤例を示すが、これらの例は本発明をよりよく理解するためのものであり、本発明の範囲を限定するものではない。
【実施例】
【0046】
[臨床試験]
以下に示す臨床試験を実施して、本用法用量の1.5%(w/v)レボフロキサシン点眼液の1日3回点眼群と従来用法用量の0.5%(w/v)レボフロキサシン点眼液の1日3回点眼群が細菌性結膜炎に及ぼす影響(有効性および安全性)を比較検討した。
【0047】
(点眼液調製方法)
1.5%(w/v)レボフロキサシン点眼液および0.5%(w/v)レボフロキサシン点眼液は、レボフロキサシン1/2水和物を水に溶解させ、等張化剤(グリセリン)およびpH調節剤を添加した上で、汎用の技術により調製した(pH:6.1〜6.9)。
【0048】
(試験スケジュール)
細菌性結膜炎患者に対して、1.5%(w/v)レボフロキサシン点眼液または0.5%(w/v)レボフロキサシン点眼液を1回1滴、1日3回の用法用量で最大14日間点眼した。点眼開始日、点眼3、7および14日目を基準日として、患者の眼脂(眼分泌)および充血の程度、ならびにその他の自覚症状および他覚所見を調査すると共に、細菌検査を実施して細菌(推定起炎菌)の消失日数を評価し、本用法用量のレボフロキサシン点眼液の有効性および安全性を検討した。
【0049】
(自覚症状および他覚所見の調査方法)
眼脂(眼分泌)および充血については、下記表1に従ってスコアリングによる調査を行った。また、浮腫、眼瞼腫脹、眼痛、羞明、流涙などのその他の自覚症状および他覚所見についても、症状または所見が認められなかった場合を0点、最も症状または所見が重い場合を3点として、スコアリングによる調査を行った(症状または所見の重さに応じて、0点、0.5点、1点、2点、3点とした)。
【0050】
【表1】

【0051】
(細菌検査の方法)
感染部位から検体を採取し、汎用の方法で細菌の分離同定および感受性試験を実施した。
【0052】
(有効性評価)
点眼3日目を基準日とする観察日(第2回観察日)までに点眼開始日(初回観察日)に検出された菌(推定起炎菌)が消失し、且つ点眼7日目を基準とする観察日(第3回観察日)に眼脂(眼分泌)および充血のうち担当医が主症状と判断したものが消失している場合(スコアが0点となっている場合)を「短期治癒」と判断とした。ただし、第3回観察日における眼脂(眼分泌)、充血を含むスコアリングによる調査を行った自覚症状および他覚所見(以下、これらを総称して単に「自他覚症状」という)の合計スコアが、点眼開始日の自他覚症状の合計スコアの1/4を超える場合は、「短期治癒」とはしなかった。
【0053】
【表2】

【0054】
(安全性評価)
レボフロキサシン点眼液投与後に観察された全ての自覚症状の発現または悪化、および担当医師が医学的に有害であると判断した全ての他覚所見の発現または悪化のうち、レボフロキサシン点眼液との因果関係が明確に否定できないものを副作用とした。なお、早期に試験から脱落したなどの理由により有効性評価の対象とならない場合であっても、1.5%(w/v)レボフロキサシン点眼液または0.5%(w/v)レボフロキサシン点眼液を一度でも点眼した被験者については安全性評価の対象とした。
【0055】
【表3】

【0056】
(試験結果)
表2に示す通り、本用法用量の点眼群[1.5%(w/v)レボフロキサシン点眼液1日3回]は、従来用法用量の点眼群[0.5%(w/v)レボフロキサシン点眼液1日3回]と比較して、細菌性結膜炎に対する短期治癒率の顕著な改善が認められ、試験に供された起炎菌から発症したすべての細菌性結膜炎に対して、75%以上の高い短期治癒率であった。とりわけ、MSSAまたはMRSAを起炎菌とする場合には、本用法用量の細菌性結膜炎に対する短期治癒率は、それぞれ、97.1%または100%であり、従来用法用量の短期治癒率(56.5%または33.3%)よりも大幅に改善された。
【0057】
次に、表3に示すとおり、本用法用量の点眼群と従来用法用量の点眼群では、副作用発現率に実質的な差は認められなかった。本用法用量のレボフロキサシン点眼液の濃度(1.5%(w/v))は、従来用法用量の濃度(0.5%(w/v))よりも高濃度であるにもかかわらず、副作用の発現率が同程度であることは注目に値する。
【0058】
(考察)
臨床試験の結果より、本用法用量のレボフロキサシン点眼液は、従来用法用量のレボフロキサシン点眼液よりも、短期間で細菌性結膜炎に代表される眼感染症を治癒せしめ、且つ副作用の発現率も従来用法用量の場合と同程度であることが示唆された。
【0059】
また、短期間で眼感染症を治癒させることは眼感染症起炎菌のレボフロキサシンへの曝露期間を短縮することになるので、本用法用量のレボフロキサシン点眼液は、結果的には、従来用法用量のレボフロキサシン点眼液の長期使用を原因とする耐性菌の出現を抑制することが期待される。
【0060】
[眼毒性試験]
ウサギ角膜上皮剥離モデルを用いて、本用法用量のレボフロキサシン点眼液および本用法用量を超える用法用量のレボフロキサシン点眼液が、角膜上皮創傷治癒の遅延およびその他前眼部の異常を導くか否かを検討した。
【0061】
(点眼液調製方法)
レボフロキサシン1/2水和物を水に溶解させ、等張化剤(グリセリン)およびpH調節剤を添加した上で、1.5%(w/v)、3.0%(w/v)および6.0%(w/v)のレボフロキサシン点眼液(pH:6.1〜6.9)を調製し、レボフロキサシンを含まない点眼液を基剤として本試験に用いた。
【0062】
(ウサギ角膜上皮剥離モデルの作製方法)
雄性ウサギを用い、Cintronらの方法(Ophthalmic Res., 11, 90−96(1979))に準じて、ウサギ角膜上皮剥離モデルを作製した。
【0063】
(薬物投与方法)
基剤または1.5%(w/v)、3.0%(w/v)もしくは6.0%(w/v)のレボフロキサシン点眼液を、それぞれ角膜剥離処置当日に3回、角膜剥離処置翌日にも3回、上記ウサギに点眼した(つまり、1日3回点眼を2日に亙り実施した)。1回の点眼量は1眼あたり50μLであった。
【0064】
(試験方法)
角膜剥離直後に角膜上皮創傷部位の写真撮影を実施し、ウサギを基剤群ならびに1.5%(w/v)、3.0%(w/v)および6.0%(w/v)レボフロキサシン点眼群に振り分け(各群4例8眼)、上述した通り点眼を行った。剥離24および48時間後に角膜上皮創傷部位の写真撮影を再度実施した。また、前眼部観察(角膜混濁、充血など)を角膜剥離処置前と剥離24および48時間後の写真撮影開始前に行った。各群の剥離24および48時間後の前眼部症状を表4に示す。なお、角膜上皮創傷面積率は、剥離直後の角膜上皮創傷面積を100%として、下式に従い、各観察時間(剥離24および48時間後)において算出した。
【0065】
[式1]
角膜上皮創傷面積率(%)=(各観察時間の創傷面積/剥離直後の創傷面積)×100
(結果)
各群の剥離24および48時間後の前眼部症状を表4に示す。なお、表の括弧内は、(所見あり眼数/全眼数)を示す。表4に示されるように、1.5%(w/v)レボフロキサシン点眼液を1日3回点眼しても、角膜剥離したウサギの前眼部症状に異常所見は認められなかった。一方、3.0%(w/v)レボフロキサシン点眼液を1日3回点眼した場合には、角膜剥離48時間後において全例で充血(8眼中8眼)が認められた。さらに、6.0%(w/v)レボフロキサシン点眼液を1日3回点眼では、角膜剥離24時間後に充血(8眼中7眼)、眼瞼腫脹(8眼中4眼)および眼脂(8眼中2眼)が認められ、剥離48時間後には充血(8眼中8眼)および角膜混濁(8眼中5眼)が認められた。
【0066】
【表4】

【0067】
また、各群の角膜上皮損傷面積率を示す表5から明らかなように、1.5%(w/v)および3.0%(w/v)レボフロキサシン点眼液の1日3回点眼では、角膜剥離24および48時間後のいずれにおいても、角膜上皮創傷面積率の上昇は認められなかった。一方で、6.0%(w/v)レボフロキサシン点眼液の1日3回点眼では、角膜上皮創傷面積率の顕著な上昇が確認された。
【0068】
【表5】

【0069】
(考察)
以上より、1.5%(w/v)レボフロキサシン点眼液を1日3回点眼した場合には、前眼部の異常所見および角膜上皮創傷治癒の遅延が認められない一方、3.0%(w/v)以上の濃度のレボフロキサシン点眼液を1日3回点眼した場合には、前眼部に異常所見が認められ、6.0%(w/v)の濃度のレボフロキサシン点眼液の1日3回点眼は角膜上皮創傷治癒を遅延させることが示唆された。したがって、1.5%(w/v)を超える濃度(用量)のレボフロキサシン点眼液を選択した場合、副作用の発現頻度が上昇する可能性が示唆された。
【0070】
[眼内動態試験]
1.5%(w/v)レボフロキサシン点眼液および0.5%(w/v)レボフロキサシン点眼液の点眼後の眼内動態を評価するため、ウサギを用いて各濃度のレボフロキサシン点眼液を1回点眼したときの眼内動態試験を実施した。
【0071】
(点眼液調製方法)
(1)1.5%(w/v)レボフロキサシン点眼液
レボフロキサシン1/2水和物を水に溶解させ、等張化剤(グリセリン)およびpH調節剤を添加した上で、汎用の技術により調製した(pH:6.1〜6.9)。
(2)0.5%(w/v)レボフロキサシン点眼液
市販のクラビット(登録商標)点眼液0.5%(参天製薬株式会社製)を用いた。
【0072】
(試験方法)
ウサギ(雄性日本白色種、各群5または6例)の右眼に1.5%(w/v)レボフロキサシン点眼液を、左眼に0.5%(w/v)レボフロキサシン点眼液をそれぞれ50μLで1回点眼した。点眼0.25、0.5、1、2、4、6および8時間後にウサギを屠殺して眼球結膜を摘出し、眼球結膜中のレボフロキサシン濃度を高速液体クロマトグラフを用いて測定した。
【0073】
【表6】

【0074】
(試験結果と考察)
表6および図1は、1.5%(w/v)レボフロキサシン点眼液または0.5%(w/v)レボフロキサシン点眼液をそれぞれ1回点眼した後の眼球結膜中のレボフロキサシン濃度の推移を示す。これらの試験結果より、1.5%(w/v)レボフロキサシン点眼液および0.5%(w/v)レボフロキサシン点眼液はともに、投与8時間後の眼球結膜中濃度はそれぞれの投与後初期時間の眼球結膜中濃度に比べて十分低くなっていることが確認できたので、これらの点眼液を8時間間隔で1日3回投与しても、眼球結膜中レボフロキサシン濃度の積み上げはほとんどないものと考えられた。
【0075】
[薬理試験]
本用法用量の1.5%(w/v)レボフロキサシン点眼液の1日3回点眼と従来用法用量の0.5%(w/v)レボフロキサシン点眼液の1日3回点眼について、点眼後に耐性菌が出現するか否かを、眼球結膜組織中濃度シミュレーションモデルを用いて比較検討した。
【0076】
(臨床分離株の分離)
外眼部感染症患者からMSSA(レボフロキサシンに対するMIC=0.5μg/mL)を分離した。
【0077】
(試験方法)
前記眼内動態試験で得られたレボフロキサシン点眼後の眼球結膜動態(表6および図1)から、1.5%(w/v)レボフロキサシン点眼液、および0.5%(w/v)レボフロキサシン点眼液の1日3回点眼後のレボフロキサシンの24時間内の眼球結膜動態を推定した。その濃度推移をin vitro培養系に再現(眼球結膜中濃度ng/g組織をμg/mLに換算)し、レボフロキサシンをMSSAに24時間作用させた。具体的には、表7に示された濃度のレボフロキサシンを含むMueller Hinton brothに、表中に示された時間、MSSAを封入した寒天ブロック(約0.5〜1×108CFU/mL)を浸漬し、表に示された順に、寒天ブロックをレボフロキサシンを含むMueller Hinton brothにステップワイズに移した。
【0078】
この作業を3回繰り返した後(計24時間レボフロキサシンで処置した後)、寒天ブロックから菌株を回収し、生理食塩液で101倍〜106倍まで10倍希釈系列を作製した。各菌液の原液および各希釈菌液の50μLを0.5、1、2、4および8μg/mLのレボフロキサシンを含むMueller Hinton agar、またはレボフロキサシンを含まないMueller Hinton agarに滴下し、およそ15分静置した後にコンラージ塗抹し、35℃で2日間好気培養を行った(各群3例)。培養後、発育したコロニー数を計測して1mLあたりの生菌数を算出し、ポピュレーション解析を行った。なお、レボフロキサシンで前処置しない菌液でも同様の操作を行った。
【0079】
【表7】

【0080】
(試験結果)
図2から明らかなように、1.5%(w/v)レボフロキサシン点眼液1日3回点眼時(本用法用量)の結膜組織中濃度に相当する濃度のレボフロキサシンで前処置したMSSAについては、レボフロキサシンで前処置しない場合と同様に、0.5μg/mLのレボフロキサシンを含有する培地でもコロニーは形成されず、レボフロキサシンの耐性化が認められなかった。これに対して、0.5%(w/v)レボフロキサシン点眼液1日3回点眼時(従来用法用量)の結膜組織中濃度に相当する濃度のレボフロキサシンで前処置したMSSAについては、8μg/mLのレボフロキサシンを含有する培地でさえもコロニーを形成し、高度にレボフロキサシンの耐性化が生じていることが確認された。
【0081】
(考察)
薬理試験(眼球結膜組織中濃度シミュレーションモデル)の結果より、従来用法用量のレボフロキサシン点眼液は点眼後24時間でMSSAのレボフロキサシン耐性化を導くのに対し、本用法用量のレボフロキサシン点眼液では、この耐性化がほぼ完全に阻止されることが示唆された。すなわち、本用法用量のレボフロキサシン点眼液は、従来用法用量のレボフロキサシン点眼液の短期使用で耐性化が生じる眼感染症起炎菌、特にMSSA(黄色ブドウ球菌)に代表されるブドウ球菌属について、これらの耐性化を直接的に抑制するものである。
【0082】
したがって、前記臨床試験および本薬理試験(眼球結膜組織濃度シミュレーションモデル)から得られた知見を総合すると、本用法用量のレボフロキサシン点眼液は、副作用を増大させることなく短期間で眼感染症を治療する上、従来用法用量のレボフロキサシン点眼液の長期および/または短期使用により生じる眼感染症起炎菌の耐性化を効果的に抑制する、優れた眼感染症治療用点眼剤となりうる。
【0083】
[製剤例]
製剤例を挙げて本発明の薬剤をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの製剤例に限定されるものではない。
【0084】
処方例1:点眼剤(1.5%(w/v))
100ml中
レボフロキサシン1/2水和物 1500mg
塩化ナトリウム 900mg
滅菌精製水 適量
滅菌精製水にレボフロキサシン1/2水和物およびそれ以外の上記成分を加え、これらを十分に混合することで上記点眼剤を調製できる。
【0085】
処方例2:点眼剤(1.5%(w/v))
100ml中
レボフロキサシン(フリー体) 1500mg
濃グリセリン 2600mg
滅菌精製水 適量
滅菌精製水にレボフロキサシン(フリー体)およびそれ以外の上記成分を加え、これらを十分に混合することで上記点眼剤を調製できる。
【産業上の利用可能性】
【0086】
本用法用量のレボフロキサシン点眼液は、従来用法用量のレボフロキサシン点眼液よりも短期間で眼感染症を治癒し、しかも副作用の発現率も増大させないという特徴を併せもつ。短期間で眼感染症を治癒させることは眼感染症起炎菌のレボフロキサシンへの曝露期間を短縮することになることから、本用法用量のレボフロキサシン点眼液は、結果として、従来用法用量のレボフロキサシン点眼液の長期使用を原因とする耐性菌の出現を抑制することが期待される。また、本用法用量のレボフロキサシン点眼液は、従来用法用量のレボフロキサシン点眼液の短期使用を原因とする黄色ブドウ球菌などの眼感染症起炎菌の耐性化を直接的に抑制しうる。すなわち、本用法用量のレボフロキサシン点眼液は、副作用を増大させることなく短期間で眼感染症を治療する上、従来用法用量のレボフロキサシン点眼液の長期および/または短期使用により生じる眼感染症起炎菌の耐性化を効果的に抑制する、優れた眼感染症治療用点眼剤である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
有効成分として1.5%(w/v)の濃度のレボフロキサシンもしくはその塩またはそれらの溶媒和物を含有する眼感染症治療用点眼剤であって、1眼あたり1滴、1日3回点眼されるように用いられることを特徴とする点眼剤。
【請求項2】
眼感染症が結膜炎、眼瞼炎、涙嚢炎、麦粒腫および瞼板腺炎からなる群より選択される少なくとも一つの感染症である、請求項1記載の点眼剤。
【請求項3】
眼感染症の起炎菌がレボフロキサシン感性のブドウ球菌属、レンサ球菌属、肺炎球菌、腸球菌属、ミクロコッカス属、モラクセラ属、コリネバクテリウム属、クレブシエラ属、エンテロバクター属、セラチア属、プロテウス属、モルガネラ・モルガニー、インフルエンザ菌、ヘモフィルス・エジプチウス/コッホ・ウィークス菌、シュードモナス属、緑膿菌、セテノトロホモナス(ザントモナス)・マルトフィリア、アシネトバクター属およびアクネ菌からなる群より選択される少なくとも1種の菌である、請求項1または2記載の点眼剤。
【請求項4】
眼感染症の起炎菌がレボフロキサシン感性のブドウ球菌属である、請求項1または2記載の点眼剤。
【請求項5】
眼感染症が結膜炎であり、眼感染症の起炎菌がレボフロキサシン感性のブドウ球菌属である、請求項1記載の点眼剤。
【請求項6】
結膜炎が細菌性結膜炎であり、ブドウ球菌属が黄色ブドウ球菌である、請求項5記載の点眼剤。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−195564(P2011−195564A)
【公開日】平成23年10月6日(2011.10.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−280325(P2010−280325)
【出願日】平成22年12月16日(2010.12.16)
【出願人】(000177634)参天製薬株式会社 (177)
【出願人】(307010166)第一三共株式会社 (196)
【Fターム(参考)】