説明

レーザアブレーション誘導結合プラズマ質量分析装置

【課題】イオン強度のばらつきを低減させることができるレーザアブレーション誘導結合プラズマ質量分析装置を提供する。
【解決手段】レーザアブレーション誘導結合プラズマ質量分析装置1は、試料にレーザを照射し、試料を気化させて試料ガスとし、その試料ガスをキャリアガスと共に放出するレーザアブレーション部3と、誘電結合プラズマをイオン化源として、試料をイオン化し、質量分析を行う誘導結合プラズマ質量分析部5と、レーザアブレーション部及び誘導結合プラズマ質量分析部の間に設けられ、試料ガスとキャリアガスとの均一な混合を行う混合室を有する混合部7とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、レーザアブレーション誘導結合プラズマ質量分析装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
質量分析法の一つとして、誘導結合プラズマ質量分析(Inductively Coupled Plasma Mass Spectrometry)がある。かかる分析法は、固体試料を溶解して溶液化しさらに霧状にして、高温の誘導結合プラズマ中に導入して、試料をイオン化する。そして、得られたイオンを質量分析計に導入し、質量電荷比に応じた分離分析を経て、定性定量を行う。
【0003】
また、誘導結合プラズマ質量分析装置のなかには、特許文献1から了解されるように、レーザ気化装置(Laser Ablation system)を用い、固体試料に直接、レーザを照射して気化させるレーザアブレーション誘導結合プラズマ質量分析装置(LA−ICP−MS)も存在している。
【特許文献1】特開平11−51904号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、こうしたレーザアブレーション誘導結合プラズマ質量分析装置においては、イオン強度のばらつき低減が望まれている。本発明は、イオン強度のばらつきを低減させることができるレーザアブレーション誘導結合プラズマ質量分析装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上述した課題を解決するため、本発明に係るレーザアブレーション誘導結合プラズマ質量分析装置は、試料にレーザを照射し、試料を気化させて試料ガスとし、その試料ガスをキャリアガスと共に放出するレーザアブレーション部と、誘電結合プラズマをイオン化源として、試料をイオン化し、質量分析を行う誘導結合プラズマ質量分析部と、前記レーザアブレーション部及び前記誘導結合プラズマ質量分析部の間に設けられ、試料ガスとキャリアガスとの均一な混合を行う混合室を有する混合部とを備える。
【0006】
好適には、前記混合室の容積は、50〜100[ml]である。
【0007】
前記混合部は、開口を有する樹脂製容器と、前記開口を閉塞する蓋部材とを含み、前記蓋部材に、前記レーザアブレーション部から放出された試料ガス及びキャリアガスを受けるガス入口と、前記混合室内に受け容れられた試料ガス及びキャリアガスを前記誘導結合プラズマ質量分析部へと放出するガス出口とが設けられているように構成してもよい。
【0008】
前記ガス出口におけるガス進行方向のベクトル成分には、前記ガス入口におけるガス進行方向のベクトルと逆方向もしくは直交方向のものが含まれるように構成してもよい。
【0009】
前記ガス入口には、上流端が前記レーザアブレーション部に連通されている導入管の下流端側が挿入され、前記ガス出口には、下流端が前記誘導結合プラズマ質量分析部に接続されている導出管の上流端側が挿入されており、前記導入管のうち前記蓋部材から前記混合室内に延出する部分は、前記導出管における前記蓋部材から前記混合室内に延出する部分よりも長くなっているように構成してもよい。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、ガスを、レーザアブレーション部から直接に誘導結合プラズマ質量分析部に供給するのではなく、いったん、混合室に導いた後、誘導結合プラズマ質量分析部に供給するため、試料ガス及びキャリアガスを、混合室内で均質に混合したのち、誘導結合プラズマ質量分析部に供給することとなり、イオン強度のばらつきを低減させることができる。
【0011】
なお、本発明の他の特徴及びそれによる作用効果は、添付図面を参照し、実施の形態によって更に詳しく説明する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、この発明に係る実施の形態を、添付図面に基づいて説明する。なお、図中、同一符号は同一又は対応部分を示すものとする。
【0013】
図1は、本実施の形態に係るレーザアブレーション誘導結合プラズマ質量分析装置の構成を示す図である。レーザアブレーション誘導結合プラズマ質量分析装置1は、レーザアブレーション部3と、誘導結合プラズマ質量分析部5と、混合部7とを備えている。
【0014】
レーザアブレーション部3は、アブレーション室9と、キャリアガス導入路11とを有する。アブレーション室9は、試料13を収容する空間である。アブレーション室9の上部には、石英製などの透過窓が設けられており、上方からアブレーション室9内へのレーザの透過が許容されている。キャリアガス導入路11は、アブレーション室9内に連通する流路であって、キャリアガス、本実施の形態ではアルゴンガスをアブレーション室9内に導入する。
【0015】
また、誘導結合プラズマ質量分析部5は、ICPトーチ15と、質量分析計17とを有する。ICPトーチ15は、誘導結合プラズマをイオン化源として、試料ガスをイオン化する。また、ICPトーチ15には、アルゴンガスが供給されている。質量分析計17は、サンプリングコーン19、スキマーコーン21、イオンレンズ23を介して、ICPトーチ15の下流に設けられており、イオン化された試料の質量分析を行う。
【0016】
混合部7は、レーザアブレーション部3の下流であって、且つ、誘導結合プラズマ質量分析部5の上流に配置されている。混合部7は、開口を有する樹脂製容器25と、その開口を閉塞する蓋部材27とを含んでいる。樹脂製容器25の内部空間は、混合室29として機能する。混合室29の容積は、好適には50〜100[ml]である。
【0017】
蓋部材27には、ガス入口31と、ガス出口33とが設けられている。換言するならば、ガス入口31及びガス出口33は、樹脂製容器25の同一方向すなわち開口が存在する方向に形成されている。これにより、ガス出口33におけるガス進行方向のベクトル成分には、ガス入口31におけるガス進行方向のベクトルと逆方向のものを含んでいる。
【0018】
ガス入口31には、上流端がアブレーション室9に連通されている導入管35の下流端側が挿入されている。これによって、ガス入口31は、レーザアブレーション部3から放出された試料ガス及びキャリアガスを受ける。ガス出口33には、下流端がICPトーチ15に接続されている導出管37の上流端側が挿入されている。これによって、ガス出口33は、混合室29内に受け容れられた試料ガス及びキャリアガスを誘導結合プラズマ質量分析部5へと放出する。
【0019】
より詳細には、導入管35及び導出管37は共に蓋部材27に挿入されており、導入管35のうち蓋部材27から混合室29内に延出する部分は、導出管37における蓋部材27から混合室29内に延出する部分よりも長くなっている。
【0020】
続いて、このように構成されたレーザアブレーション誘導結合プラズマ質量分析装置の作用について説明する。まず、試料13をアブレーション室9内に配置する。より具体的には、アブレーション室9底面には、周知のX−Y−Z軸ステージが設けられ、試料13はそのステージ上にセットされていてもよい。そして、レーザを試料13に照射し、試料を気化させて試料ガスを発生させる。
【0021】
試料ガスは、キャリアガスであるアルゴンガスと共に、レーザアブレーション部3から放出され、導入管35を通って混合部7の混合室29内に受け容れられる。試料ガス及びキャリアガスは、混合室29内で均質に混合したのち、混合部7から放出され、導出管37を通って誘導結合プラズマ質量分析部5に供給される。試料ガスは、誘導結合プラズマ質量分析部5において、誘導結合プラズマをイオン化源としてイオン化され質量分析計17に導入されて、定性定量がなされる。
【0022】
ここで、誘導結合プラズマ質量分析装置においては、イオン強度のばらつき低減が望まれているところ、本発明者は、ICPトーチに導入されるガスの状態に着目し、試料ガス及びキャリアガスの均質混合によりイオン強度のばらつきを低減できるものと考えた。具体的には、ガスを、レーザアブレーション部からパイプを介して直接に誘導結合プラズマ質量分析部に供給するのではなく、いったん、パイプよりも広い空間を有する混合室に導いた後、誘導結合プラズマ質量分析部に供給することとした。さらに、混合状態に影響を及ぼすものとして、混合室へのガスの受け入れ態様と混合室からのガスの放出態様との関係を調査した。
【0023】
その結果を、図2の(a)〜(j)を参照しながら説明する。まず、図2の(j)は、既存の態様であって、混合部を設けることなくレーザアブレーション部と誘導結合プラズマ質量分析部とを直接、パイプで接続した態様である。
【0024】
図2の(g)〜(i)は、ガス入口のガス進行方向と、ガス出口のガス進行方向が同一となる態様であって、且つ、(g)は、ガス入口の軸芯とガス出口の軸芯とが一直線上にない態様、(h)は、ガス入口の軸芯とガス出口の軸芯とがほぼ一直線上にある態様、(i)は、ガス入口の軸芯とガス出口の軸芯とがほぼ一直線上にありさらに混合室内に千鳥状に配置された複数の遮蔽版が存在する態様である。
【0025】
また、(b)及び(c)は、ガス入口のガス進行方向と、ガス出口のガス進行方向が直交する態様であって、且つ、(b)は、導出管37の上流端の位置が、導入管35の下流端よりもガス進行方向前方側にある態様、(c)は、導出管37の上流端の位置が、導入管35の下流端よりもガス進行方向後方側にある態様である。
【0026】
さらに、(a)、(d)、(e)及び(f)は、導入管35及び導出管37が共に蓋部材27に挿入されている態様である。そのうち(a)は、蓋部材27から混合室29内に延出する部分に関し、導入管35のほうが導出管37よりも長い態様を示す。(d)は、蓋部材27から混合室29内に延出する部分に関し、導入管35及び導出管37が共に長い態様を示す。(e)は、蓋部材27から混合室29内に延出する部分に関し、導出管37のほうが導入管35よりも長い態様を示す。(f)は、蓋部材27から混合室29内に延出する部分に関し、導入管35及び導出管37が共に短い態様を示す。
【0027】
このような様々な態様のそれぞれにつき、質量分析を実施して0.1秒毎にデータを採取した。その結果を、イオン強度の相対標準偏差すなわちRSD(標準偏差/データの平均値)として以下に示す。なお、各態様において、質量の異なる成分を相対的な大小関係で抽出し、質量の異なる成分毎にRSDを得ている。
【0028】
【表1】

【0029】
上記の表から明らかであるように、態様(g)、(h)及び(i)は、既存の態様である態様(j)に対して大きな改善がみられない結果となった。これらに対し、態様(a)、(b)、(c)、(d)、(e)及び(f)は、既存の態様である態様(j)に対してRSDの値が半分以下になるなど大きな改善がみられた。また、なかでも本実施の形態に係る態様(a)は、質量に拘わらずイオン強度のばらつきが極めて低く抑えられていることが分る。
【0030】
また、混合室の容積が及ぼす影響についても試験を行った。混合室の容積が異なる態様で、スタートタイムと、ウオッシュアウトタイムを測定した。なお、スタートタイムとは、混合室に対するレーザの照射を開始し、誘導結合プラズマ質量分析部において信号を検出した後、その信号が安定するまでの時間をいい、ウオッシュアウトタイムとは、レーザの照射を停止し、誘導結合プラズマ質量分析部において信号が低下した後、その信号が安定するまでの時間をいう。混合室の容積は、30[ml]、50[ml]、100[ml]、250[ml]、400[ml]で測定したところ、次のような結果が得られた。
【0031】
【表2】

【0032】
上記の表から明らかであるように、容積が30[ml]の態様では、ウオッシュアウトタイムは10秒以下で極めて良好であったが、スタートタイムは50秒未満(20秒を超過)と良くない結果となった。容積が250[ml]の態様では、スタートタイム及びウオッシュアウトタイム共に50秒未満(20秒を超過)と良くない結果であった。容積が400[ml]の態様では、スタートタイム及びウオッシュアウトタイム共に50秒以上とさらに悪い結果であった。これらに対し、容積が50[ml]及び100[ml]の態様では、スタートタイム及びウオッシュアウトタイム共に20秒以下と良好な結果を得られた。したがって、スタートタイムやウオッシュアウトタイムまで考慮をすると、混合室29の容積は、50〜100[ml]が好適である。
【0033】
以上説明したように、本実施の形態に係るレーザアブレーション誘導結合プラズマ質量分析装置によれば、ガスを、レーザアブレーション部からパイプを介して直接に誘導結合プラズマ質量分析部に供給するのではなく、いったん、パイプよりも広い空間を有する混合室に導いた後、誘導結合プラズマ質量分析部に供給したため、試料ガス及びキャリアガスは、混合室内で均質に混合したのち、誘導結合プラズマ質量分析部に供給されることとなり、イオン強度のばらつきを低減させることができる。
【0034】
以上、好ましい実施の形態を参照して本発明の内容を具体的に説明したが、本発明の基本的技術思想及び教示に基づいて、当業者であれば、種々の改変態様を採り得ることは自明である。
【0035】
例えば、本発明は、混合部に関し、図2の(a)の態様に限定されるものではない。本発明は、図2の(b)〜(f)の態様に例示されるように、ガス出口におけるガス進行方向のベクトル成分に、ガス入口におけるガス進行方向のベクトルと逆方向もしくは直交方向のものを含み、また、導入管又は導出管のそれぞれの混合室内への延出態様も適宜改変して実施するものを含むことができる。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】本発明の実施の形態に係るレーザアブレーション誘導結合プラズマ質量分析装置の構成を示す図である。
【図2】イオン強度のばらつき調査で対象とした態様を示す図である。
【符号の説明】
【0037】
1 レーザアブレーション誘導結合プラズマ質量分析装置
3 レーザアブレーション部
5 誘導結合プラズマ質量分析部
7 混合部
25 樹脂製容器
27 蓋部材
29 混合室
31 ガス入口
33 ガス出口
35 導入管
37 導出管

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料にレーザを照射し、試料を気化させて試料ガスとし、その試料ガスをキャリアガスと共に放出するレーザアブレーション部と、
誘電結合プラズマをイオン化源として、試料をイオン化し、質量分析を行う誘導結合プラズマ質量分析部と、
前記レーザアブレーション部及び前記誘導結合プラズマ質量分析部の間に設けられ、試料ガスとキャリアガスとの均一な混合を行う混合室を有する混合部と
を備えた、レーザアブレーション誘導結合プラズマ質量分析装置。
【請求項2】
前記混合室の容積は、50〜100[ml]である請求項1のレーザアブレーション誘導結合プラズマ質量分析装置。
【請求項3】
前記混合部は、開口を有する樹脂製容器と、前記開口を閉塞する蓋部材とを含み、
前記蓋部材に、前記レーザアブレーション部から放出された試料ガス及びキャリアガスを受けるガス入口と、前記混合室内に受け容れられた試料ガス及びキャリアガスを前記誘導結合プラズマ質量分析部へと放出するガス出口とが設けられている
請求項2のレーザアブレーション誘導結合プラズマ質量分析装置。
【請求項4】
前記ガス出口におけるガス進行方向のベクトル成分には、前記ガス入口におけるガス進行方向のベクトルと逆方向もしくは直交方向のものが含まれる請求項3のレーザアブレーション誘導結合プラズマ質量分析装置。
【請求項5】
前記ガス入口には、上流端が前記レーザアブレーション部に連通されている導入管の下流端側が挿入され、前記ガス出口には、下流端が前記誘導結合プラズマ質量分析部に接続されている導出管の上流端側が挿入されており、
前記導入管のうち前記蓋部材から前記混合室内に延出する部分は、前記導出管における前記蓋部材から前記混合室内に延出する部分よりも長くなっている
請求項3又は4のレーザアブレーション誘導結合プラズマ質量分析装置。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−110853(P2009−110853A)
【公開日】平成21年5月21日(2009.5.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−283279(P2007−283279)
【出願日】平成19年10月31日(2007.10.31)
【出願人】(000003067)TDK株式会社 (7,238)
【Fターム(参考)】