説明

レーザープラズマX線発生装置

【課題】 従来X線管で発生させることにより利用されてきた特性X線をレーザープラズマX線発生装置で発生させることにより、レーザープラズマX線の短パルス高輝度点光源の特徴を併せ持つX線発生装置を実現する。
【解決手段】 遠赤外パルスレーザー光を低原子番号物質からなるターゲットに入射させることにより共鳴吸収現象に起因する高速電子を発生させ、該高速電子を高原子番号物質に衝突させることにより、短パルス高輝度点光源の特性X線を発生させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、レーザー光をターゲットに照射してプラズマを生成し、そのブラズマからX線を発生させるレーザープラズマX線発生装置に関する。
【背景技術】
【0002】
強力なパルスレーザー光を物質に集光照射することにより物質を電離イオン化して高温ブラズマを生成し、プラズマ中での制動輻射(制動放射)あるいは電離プラズマの再結合過程においてX線を発生させるレーザープラズマX線発生装置は、極短パルスの高輝度点X線源として産業応用が可能であり、特許文献1から12において開示されている。また本願出願人においても関連特許として特願2002−288426号,特願2003−178081号を出願している。
【0003】
これらの開示された従来例においてはX線の発生原理としてプラズマ中での制動輻射あるいは電離プラズマの再結合過程を用いており、制動輻射においては発生するX線のスペクトルは幅広い波長域に連続する連続スペクトルとなり、電離プラズマの再結合過程では特定波長の線スペクトルあるいは複数の線スペクトルの集合体となるが、主たる波長領域はプラズマの温度が支配的要因となって決まるため、通常は数keV以下の軟X線領域であり、それ以上の高い光子エネルギーを持った硬X線の発生は、困難であった。
【0004】
一方でレントゲン撮影や非破壊検査など古くから用いられているX線を利用した撮像装置においては、数keV以上の光子エネルギーを持った硬X線が使われており、これらの装置においては、真空中で高電圧を印加した電極によって加速された高速の電子線を固体表面に衝突させ、高速電子が原子内の内核電子を弾き飛ばし、生じた空孔へ同じ原子内の他の電子が遷移しそのときのエネルギー差を持った光子が放出されることによって特性X線を発生するX線管が用いられてきた。このX線管は簡単な構造で十分な量のX線を供給できたため広く用いられてきたが、レーザープラズマX線源と比較すると輝度が低く、パルス時間幅も長いため、光源サイズ(X線を発生させる場所のサイズ)が制限され、高空間分解や高時間分解能を必要とする精密計測には限界があった。
【0005】
またレーザー光を単位平方センチメートルあたり10の15乗から20乗にも及ぶ超高強度に集光することにより、非常に強い電界を生じさせ、この電界によって電子を加速して硬X線を発生させる方法も可能であるが、このような超高強度レーザーを得るためには1パルスあたりキロジュールにも及ぶ核融合研究に使われるような超大型レーザーあるいは、チャープドパルス増幅(CPA)と呼ばれる特殊なレーザー増幅装置を用いてフェムト秒の極短パルスレーザー光を発生させる装置が必要であり、大型かつ複雑なものとなる。
【0006】
さらに下記特許文献13から15にはレーザー光を電子ビームと衝突させることによりX線を発生させる方法が記載されている。これらはいずれもレーザープラズマを用いておらず、本願発明とは原理的に異なる方式である。単色のパルスX線を波長を連続可変で取り出すことができるなどの特徴を有するが、レーザー装置以外に電子線加速器を必要とする等の欠点があった。
【特許文献1】特開2004−37324号公報
【特許文献2】特開2001−135877号公報
【特許文献3】特開2001−15296号公報
【特許文献4】特開2001−357997号公報
【特許文献5】特開2001−357998号公報
【特許文献6】特開2003−257698号公報
【特許文献7】特開昭63−304596号公報
【特許文献8】特開平1−137543号公報
【特許文献9】特開平8−236292号公報
【特許文献10】特開平10−208998号公報
【特許文献11】特開平11−160499号公報
【特許文献12】特開2001−682969号公報
【特許文献13】特開2003−288999号公報
【特許文献14】特開2002−43664号公報
【特許文献15】特開平11−264899号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、従来X線管で発生させることにより利用されてきた特性X線をレーザープラズマX線発生装置で発生させることにより、X線管の欠点であった低輝度長パルスという問題点をレーザープラズマX線発生装置において克服し、短パルス高輝度点光源の特性X線を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明においては、特性X線発生に必要な高速電子をレーザープラズマ中で発生させる機構として共鳴吸収現象を利用する。共鳴吸収は密度勾配があるプラズマ中にレーザー光が特定の角度で入射する際に発生する現象であり、不均一な密度のプラズマ中をレーザー光が伝播する際に発生する電子プラズマ波の振動数とレーザー光の電界が共鳴し、プラズマ中に著しく大きな電界を生じさせる。この電界によってプラズマ中の電子が加速されると、通常の熱平衡状態にあるプラズマ中の電子とは異なり、著しく大きな速度を持った高速電子(数100keV程度)となる。
【0009】
この現象は逆制動輻射が少なく、レーザー光が到達する臨界密度付近まで減衰することなく多くのエネルギーを共鳴吸収領域に与えることができる炭酸ガスレーザーなど波長の長い遠赤外線をレーザーとして用いた場合に特に顕著である。
【0010】
しかるに炭酸ガスレーザーを用いて特性X線を発生させる装置はこれまでになかった。その理由はX線管のように特性X線を発生させるためには、高速電子が電離イオン化していない低温の物質と衝突させる必要があるにも関わらず、長波長の遠赤外レーザーを共鳴吸収に適合する密度勾配ができるまで照射するとターゲットの温度が上昇し、電離イオン化してX線管と同じ波長のX線が発生できなくなるためである。
【0011】
そこで本発明においてはポリエチレン、ポリスチレンなどの低原子番号物質(元素の周期表において、F(フッ素)以下の原始番号の物質、主にH(水素)、C(炭素)、N(窒素)、O(酸素)等からなり、高原子番号物質を含まない物質)にレーザー光を照射して効率よく高速電子を発生させ、その高速電子を近傍におかれた高原子番号物質(元素の周期表において、Ti(チタン)以上の原子番号の物質、主にTi(チタン)、Cu(銅)、Au(金)、W(タングステン)、Pb(鉛)等からなる純金属)と衝突させることにより、特定の波長の硬X線(原子番号が増加するにつれて、波長の短い硬X線を発止する)を発生させることを特徴としている。
具体的には、以下の手段を採用する。
(1)レーザープラズマX線発生装置において、
ターゲット物質にパルスレーザー光を集光照射して生じたプラズマを利用してX線を発生させるレーザープラズマX線発生装置において、パルスレーザーとして遠赤外レーザーを設け、前記遠赤外レーザーに対して所定の位置に物質を設け、前記赤外線レーザーが発生するレーザー光と前記物質との相互作用における共鳴吸収現象により高速電子を発生させ、この発生した高速電子が原子内の内核電子を弾き飛ばし、生じた空孔へ同じ原子内の他の電子を遷移させそのときのエネルギー差を持った光子を放出させて特性X線を発生させることを特徴とする。
(2)上記(1)記載のレーザープラズマX線発生装置において、前記物質を低原子番号物質および高原子番号物質とし、前記低原子番号物質にレーザー光を集光照射して高速電子を発生させ、この発生した高速電子を前記高原子番号物質に衝突させて特定波長のX線を発生させることを特徴とする。
(3)上記(1)又は(2)記載のレーザープラズマX線発生装置において、遠赤外レーザー光を発生させる手段として炭酸ガスレーザー装置を用いることを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、大型かつ複雑な超高強度レーザーを用いずとも、すでに広く産業用として普及している炭酸ガスレーザーを用いて、これまで汎用的に用いられてきたX線管と同じ波長のX線を、レーザープラズマX線源の特徴である短パルス高輝度点光源として実現できるという利点がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
【実施例1】
【0014】
図1は、本発明装置の1実施例の概略構成図である。1は炭酸ガスレーザーなどの遠赤外パルスレーザー装置であって、波長10μm程度の遠赤外バルスレーザー光Aを発生する。このレーザー光Aはレンズ2によってポリエチレンなどの低原子番号物質でできたターゲット3上に集光照射される。レンズ2にはレーザー波長に適した塩化ナトリウム等の材質を用いるが、あるいはレンズの代わりに金メッキ凹面鏡など異なった光学的手段を用いてターゲット3上にレーザー光Aを集光する構成とすることも可能である。ターゲット3はレーザー光の集光点に置かれるが、レーザー光に対して垂直ではなく、レーザー光が斜めに入射するように配置する。これはレーザー光によって発生するプラズマの密度勾配が一般にターゲット面に対して垂直となるのに対して、レーザー光がこの密度勾配に対して斜めに入射した場合にのみ共鳴吸収現象が発生するという理由による。ターゲットの設置角度には密度勾配の傾きとレーザー波長からくる最適値が存在するが、密度勾配はレーザー高強度、パルス幅、ターゲット材料等によって変化するので、実験的にあるいはプラズマについての数値シミュレーション等の手段によりもっとも効率的に高速電子を発生する角度を設定する。
【0015】
共鳴吸収によって発生した高速電子Bはターゲット3のごく近傍に配置された銅などの高原子番号物質からなる第2のターゲット4に衝突し、ターゲット4を構成する原子の内核電子を弾き飛ばす。これによって生じた空孔へ同じ原子内の他の電子が遷移しそのときのエネルギー差を持った光子が放出されることによって特性X線Cを発生する。高速電子はある程度の指向性を有するが、長距離を伝播すると発散して得られるX線の輝度が低下するため、ターゲット3とターゲット4は近接して配置することが望ましい。
【0016】
図1には明示していないが、大気の影響を避けるために必要に応じてターゲットを真空中あるいは低気圧ガス雰囲気中に配置することは、特許文献1から12など従来のレーザープラズマX線発生装置で行なわれているのと同様である。またパルスレーザーをターゲットに繰り返し連続照射するとターゲット3がプラズマ化によって滅損し、ターゲット4上にはターゲット3からの飛散物が堆積するためX線の発生量が次第に低下する。これを避けるためにはターゲットを定期的に交換する必要があるが、そのためにはターゲットを紙面に垂直な方向に長細い構造とし時間とともに移動する、あるいは円盤状、円筒状として回転させる、テープ状またはワイヤー状として巻き取られたものを送りながら供給するなど、従来のレーザープラズマX線発生装置のターゲットと同様の構成とすることができる。
【実施例2】
【0017】
図2は本発明の第2の実施例である。実施例1と異なるのは、低原子番号物質からなるターゲット3と高原子番号物質からなるターゲット4を近接して独立に配置するのではなく、高原子番号物質7上にごく薄い低原子番号物質6を付着させた積層構造を持つターゲット5を用いた点である。共鳴吸収による高速電子はターゲットの表面方向だけでなく裏面方向に向かっても発生するが、低原子番号物質6の層の厚さをごく薄くすることにより、発生した高速電子はこの層6を貫通し、高原子番号物質7に到達することができる。高速電子が高原子番号物質と衝突すれば、実施例1と同様の原理により、特性X線Cが発生する。発生したX線は層6を透過しなければならないが、もとより層6の厚さは薄い上に低原子番号物質であるためにX線吸収係数が低く、容易に透過することができる。層6はパルスレーザー光照射によりプラズマ化して消失してしまうため、パルスごとに新しいターゲットを用意する必要があるが、実施例1と異なり、積層構造にさえすればターゲットそのものは1つで済むため、板状、円盤状、円筒状、テープ状、ワイヤー状等の形状に加工して連続供給を行なうことはむしろ容易である。
【0018】
上記実施例においては、レーザー装置1は炭酸ガスレーザー等としているが、共鳴吸収を起こしやすい長波長のパルスレーザーであればこれに限ることなく、特許文献14記載のパルスレーザー発生装置等、他のレーザー装置であっても良い。
【0019】
またターゲットは固体を用いているが、これについても共鳴吸収に必要な密度勾配を発生させることができて、低原子番号物質と高原子番号物質を隣接して配置できるものであればこれに限定されるものではなく、液体、ガスジェット、クラスターなど、レーザープラズマX線発生装置として開示されている他のターゲット供給方式を適用することも可能である。
【産業上の利用可能性】
【0020】
これまで広く用いられてきたX線管による特性X線と同じ波長でありながらレーザープラズマX線発生装置の短パルス高輝度点光源の特徴を併せ持つものであり、かつレーザーとしては産業用に広く用いられている炭酸ガスレーザーをパルス動作させて使用できるものであるため、これでX線管では不可能であった高い時間空間分解計測が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明のレーザープラズマX線発生装置の実施方法を示した概略構成図である。
【図2】本発明のレーザープラズマX線発生装置の実施方法を示した概略構成図である。
【符号の説明】
【0022】
1 バルスレーザー装置
2 集光レンズ
3 低原子番号物質からなるターゲット
4 高原子番号物質からなるターゲット
5 高原子番号物質状に低原子番号物質を積層したターゲット
6 低原子番号物質層
7 高原子番号物質層
A レーザー光
B 高速電子
C 特性X線

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ターゲット物質にパルスレーザー光を集光照射して生じたプラズマを利用してX線を発生させるレーザープラズマX線発生装置において、パルスレーザーとして遠赤外レーザーを設け、前記遠赤外レーザーに対して所定の位置に物質を設け、前記赤外線レーザーが発生するレーザー光と前記物質との相互作用における共鳴吸収現象により高速電子を発生させ、この発生した高速電子が原子内の内核電子を弾き飛ばし、生じた空孔へ同じ原子内の他の電子を遷移させそのときのエネルギー差を持った光子を放出させて特性X線を発生させることを特徴とするレーザープラズマX線発生装置。
【請求項2】
請求項1記載のレーザープラズマX線発生装置において、前記物質を低原子番号物質および高原子番号物質とし、前記低原子番号物質にレーザー光を集光照射して高速電子を発生させ、この発生した高速電子を前記高原子番号物質に衝突させて特定波長のX線を発生させることを特徴とするレーザープラズマX線発生装置。
【請求項3】
請求項1または2記載のレーザープラズマX線発生装置において、遠赤外レーザー光を発生させる手段として炭酸ガスレーザー装置を用いることを特徴とするレーザープラズマX線発生装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2006−172898(P2006−172898A)
【公開日】平成18年6月29日(2006.6.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−363589(P2004−363589)
【出願日】平成16年12月15日(2004.12.15)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成16年度経済産業省「原子力試験研究委託費」委託研究、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】