説明

ワサビを有効成分とする医薬品

【課題】脂肪細胞への過剰な脂肪蓄積を抑制し、局所もしくは全体的な肥満を予防または解消する効果が期待される新規な材料として、前駆脂肪細胞の分化抑制作用および脂肪分解作用に基づいて脂肪蓄積を抑制する組成物を提供する。また脂肪蓄積抑制用組成物を含み、抗肥満用途に好適に用いられる医薬品を提供する。
【解決課題】ワサビの含水溶媒抽出物、好ましくはワサビの根茎、葉柄及び葉から選択される少なくとも1つの部位を熱水抽出する工程を経て調製される含水溶媒抽出物を有効成分とする脂肪蓄積抑制用組成物を、有効量配合して医薬品を調製する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、肥満を予防または解消するための材料として有用な脂肪蓄積抑制用組成物に関する。当該脂肪蓄積抑制用組成物は、前駆脂肪細胞から脂肪細胞への分化を抑制して脂肪細胞数の増加を抑制する作用、および脂肪細胞内に蓄積された脂肪を分解する作用に基づいて、局所ないしは全身の脂肪の蓄積を防ぐために有効に利用される組成物である。また本発明は、局所ないしは全身の脂肪蓄積を防ぐことにより肥満を予防または解消するために、好適に用いられる医薬品に関する。
【背景技術】
【0002】
肥満は、体の均整を損なう容姿面の問題だけでなく、高血圧症などの生活習慣病の引き金となる面もあわせもつことから、その予防及び解消に多くの人が関心を抱いている。
【0003】
肥満は、体質、食事、運動不足などに起因して、摂取カロリーが消費カロリーを上回ることによって起こり、結果的に生体内に過剰な脂肪の蓄積が認められる病態をいう。脂肪は、生体内の脂肪細胞内に蓄積されるが、この脂肪細胞は、前駆脂肪細胞と呼ばれる繊維芽細胞から分化したものである。したがって、この前駆脂肪細胞から脂肪細胞への分化を抑制してやれば、脂肪細胞数の増加や脂肪細胞への脂肪蓄積(肥大化)が抑制され、その結果、肥満を予防することができるものと期待される。また仮に脂肪細胞に脂肪が蓄積しても、それを分解してやれば肥満を解消することができる。
【0004】
この観点から、肥満を予防しまた解消するための方法として、従来から前駆脂肪細胞から脂肪細胞への分化を抑制する方法や脂肪細胞中の脂肪を分解する方法が提案されており、その有効材料として、アカネ、アスナロ、アマチャ、オオバナサルスベリ、ガイヨウ、ハクカユマトウ、ハスナゲ、ヒキオコシ、ホウキギから選択される1種以上の植物抽出物(例えば特許文献1参照)、ω-3系高度不飽和脂肪酸(例えば特許文献2参照)、カワラタケ、カノコソウ、ウワマサマナ、パスチャカ、パイコ、アグラヤホ、ガジュツ、カミツレ、クマザサ、グアバ葉、カッファライム、ジュニパーベリー、ナツメグ、バジル、メース、レモングラス、ローズマリー、柿の葉、ギムネマシルベスタ、青銭柳、レモンバーベナから成るキノコ又は植物の抽出成分(例えば特許文献3参照)、活性化乳清(例えば特許文献4参照)、およびある種のペプチド類(例えば特許文献5および6参照)が知られている。
【特許文献1】特開2002−138044号公報
【特許文献2】特開平11−130656号公報
【特許文献3】特開2004−075640号公報
【特許文献4】特開2000−37738号公報
【特許文献5】特開平6−293796号公報
【特許文献6】特開2005−220074号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、局所もしくは全身的な肥満を予防または解消する効果が期待される組成物として、前駆脂肪細胞から脂肪細胞への分化を抑制する作用とともに、脂肪細胞に蓄積した脂肪を分解する作用を有し、専ら局所または全身の脂肪蓄積抑制に使用される組成物を提供することを目的とする。特に本発明は、内用及び外用用途に対して安全性の高い、食履歴のある植物を材料とする脂肪蓄積抑制用組成物を提供することを目的とする。また、本発明は、かかる脂肪蓄積抑制用組成物を含み、抗肥満または痩身用途に好適に用いられる医薬品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねていたところ、島根県の特産物の一つであるワサビの含水溶媒抽出物に、前駆脂肪細胞(3T3-L1)から脂肪細胞への分化抑制を示す、トリグリセライド(中性脂肪)の蓄積遅延作用およびグリセロール-3-リン酸脱水素酵素(以下、「GPDH」という)活性を低下する作用があること、さらに当該抽出物に脂肪細胞に蓄積した脂肪を分解する作用があることを見いだし、当該ワサビの含水溶媒抽出物が、全身または局所における脂肪蓄積を抑制して、肥満の予防または解消に有効に利用できることを確信した。
【0007】
本発明は、かかる知見に基づいて完成されたものであり、下記の構成を有することを特徴とする:
項1.ワサビの含水溶媒抽出物を有効成分とする脂肪蓄積抑制用組成物を、前駆脂肪細胞の分化抑制作用または脂肪分解作用を発揮する有効量含有する医薬品。
項2.ワサビの含水溶媒抽出物が、ワサビの根茎、葉柄及び葉から選択される少なくとも1つの部位を水または含水アルコールで抽出する工程を経て調製されるものである、項1に記載する医薬品。
項3.ワサビの含水溶媒抽出物が、ワサビの根茎、葉柄及び葉から選択される少なくとも1つの部位を熱水抽出する工程を経て調製されるものである、項1に記載する医薬品。
項4.ワサビの含水溶媒抽出物が、グルコシノレートを前駆体とする辛味成分を実質的に含有しないものである、項1乃至3のいずれかに記載する医薬品。
項5.グルコシノレートを前駆体とする辛味成分が、アリルイソチオシアネート、n−ブチルイソチオシアネート、3−ブテニルイソチオシアネート、4−ペンテニルイソチオシアネート、5−ヘキセニルイソチオシアネート、ω―メチルチオアルキルイソチオシアネートおよびω−メチルスルフィニルアルキルイソチオシアネートである、項4に記載する医薬品。
項6.脂肪蓄積抑制用組成物が、ワサビの含水溶媒抽出物に含まれる分子量3000以下の画分を有効成分とするものである、項1乃至5のいずれかに記載する医薬品。
項7.抗肥満剤として用いられる項1乃至6のいずれかに記載する医薬品。
【0008】
なお、上記「脂肪蓄積抑制用組成物」は、その前駆脂肪細胞から脂肪細胞への分化を抑制する作用に基づいて前駆脂肪細胞分化抑制剤として、また、その脂肪細胞に蓄積した脂肪を分解する作用に基づいて脂肪分解剤として有効に使用することができる。このため、上記に記載する「脂肪蓄積抑制用組成物」は、「前駆脂肪細胞分化抑制組成物」または「脂肪分解組成物」といいかえることができる。
【発明の効果】
【0009】
本発明の脂肪蓄積抑制用組成物は、ワサビの含水溶媒抽出物が有する、前駆脂肪細胞分化抑制作用および脂肪分解作用に基づいて、全身または局所における脂肪蓄積を抑制する効果を有する。本発明の脂肪蓄積抑制用組成物は、ワサビを原料とするため経験的に人体に安全であるだけでなく、ワサビの水溶性画分、特に含水溶媒抽出物を有効成分とするため、ワサビの主として脂溶性画分に含まれ且つ水存在下で極めて不安定な辛味成分に基づくワサビ特有の辛味や刺激性による影響が少ない。このため食品、医薬品、医薬部外品および化粧品などの多くの分野で、脂肪蓄積抑制または抗肥満(肥満予防または肥満解消)のために有効に利用することができる。ゆえに、本発明の脂肪蓄積抑制用組成物は、抗肥満組成物の有効成分として、医薬品、食品(特に健康食品)ならびに外用組成物(医薬部外品および化粧品を含む)に有効に利用することができる。また、特にワサビの葉は通常利用されない部位であるため、この抽出物に、前駆脂肪細胞から脂肪細胞への分化を抑制する作用および脂肪分解作用が認められたことは、未利用資源の新たな用途を提供するものとして価値がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
(1)脂肪蓄積抑制用組成物
本発明の脂肪蓄積抑制用組成物は、ワサビの水溶性画分、特に含水溶媒抽出物を有効成分とするものである。
【0011】
ワサビは十字科植物に属する植物であり、大きく沢ワサビあるいは畑ワサビ(Wasabiajaponica Matsum.)、西洋ワサビ(Armoraciarusticana Gaertn.)、ユリワサビ(Wasabiatenuis Matsum.)、エゾワサビ(Cardamineyezoensis Maxim.)に分類することができる。
【0012】
本発明の脂肪蓄積抑制用組成物は特に限定されず、これらのいずれのワサビを用いても調製することができる。好ましくは 沢ワサビ、畑ワサビ、西洋ワサビであり、さらに好ましくは沢ワサビ、畑ワサビである。
【0013】
本発明の脂肪蓄積抑制用組成物の有効成分であるワサビの含水溶媒抽出物は、上記ワサビの植物体全てまたは一部(例えば、葉、葉柄、根茎、花など)を水溶性の含水溶媒で抽出することによって調製することができる。ここでワサビの抽出部位としては、好ましくは葉、葉柄または根茎であり、本発明の効果ならびに未利用部位の有効利用という観点からは葉が好ましい。
【0014】
ワサビの植物体(好ましくは葉、葉柄もしくは根茎、またはこれらの部位を含む植物体)はそのまま(生)若しくはその破砕物として抽出操作に付してもよいし、また乾燥後、必要に応じて破砕若しくは粉砕して抽出操作に付してもよい。
【0015】
上記抽出に用いられる溶媒としては、ワサビの水溶性画分(水溶性成分)を抽出することができるものであれば特に制限されない。好ましくは水であるが、本発明の効果を損なわないことを限度として、水と低級アルコールもしくは多価アルコールとの混合溶媒(含水アルコール)を用いることもできる。すなわち、本発明で「含水溶媒」とは少なくとも水を含んでいる溶媒であり、好適には水そのものまたは含水アルコールを挙げることができる。
【0016】
ここで低級アルコールとしては、メタノール、エタノール、プロパノール及びイソプロピルアルコール、ブタノール等の炭素数1〜6、好ましくは炭素数1〜4のアルコール;多価アルコールとしては、グリセリン、ポリエチレングリコール等を例示することができる。アルコールとして好ましくは低級アルコールであり、低級アルコールのなかでもエタノールまたはイソプロピルアルコールがより好ましい。最も好ましいアルコールはエタノールである。
【0017】
なお、抽出溶媒として水と上記アルコールとの混合溶媒(含水アルコール)を使用する場合のアルコールの含有割合としては、ワサビの水溶性画分(水溶性成分)が抽出できる割合であれば制限されないが、例えば80容量%以下、75容量%以下、50容量%以下、30容量%以下、20容量%以下、または10容量%以下を各々例示することができる。
【0018】
抽出方法としては、一般に用いられる方法を採用することができる。制限はされないが、例えば含水溶媒中に上記ワサビの植物体(そのまま若しくは粗末、細切物)又はそれらの乾燥物を冷浸、温浸若しくは加熱しながら浸漬することによって抽出する方法、またはパーコレーション法等を挙げることができる。なお、浸漬は静置状態で行ってもよいし、また攪拌しながら行ってもよい。好ましくは、抽出溶媒として水または含水アルコールを用いた加温抽出であり、より好ましくは抽出溶媒として水を用いた加温抽出である。
【0019】
この場合の温度条件としては、特に制限されず通常室温またはそれ以上の温度から適宜選択することができる。例えば30℃〜121℃の範囲、好ましくは50〜121℃の範囲を挙げることができる。後述する実験例で示すように、水の存在下、特に酵素(ミロシナーゼ)が失活する高温の条件下で抽出処理を行うことによって抽出物中の辛味成分(特にグルコシノレートを前駆体とするアリルイソチオシアネートなどの辛味成分)の割合が激減することから、酵素(ミロシナーゼ)失活条件下、好ましくは75℃以上、より好ましくは80℃以上、さらに好ましくは100℃以上の高温条件である。温度の上限は特に制限されない。浸漬時間も特に制限されない。通常10〜720分の範囲で適宜設定することができる。
【0020】
得られた抽出物は、必要に応じてろ過または遠心分離によって固形物を除去した後、使用の態様に応じて、そのまま用いるか、または溶媒を留去して一部濃縮するか乾燥して、ワサビの含水溶媒抽出物として用いることができる。また濃縮乃至は乾燥後、該濃縮物乃至は乾燥物を非溶解性溶媒で洗浄して精製して用いても、またこれを更に適当な溶剤に溶解もしくは懸濁して用いることもできる。また、抽出物を慣用の精製法に供して高度に精製して使用することも可能である。精製法としては特に制限されないが、例えば向流分配法や各種のカラムクロマトグラフィー等を用いて、分子量3000以下の画分を分画取得する方法;前駆脂肪細胞の脂肪細胞への分化抑制作用、具体的には後述する実験例で示すように中性脂肪蓄積の遅延作用またはGPDH活性低下作用を有する画分を取得する方法;または脂肪細胞に蓄積した脂肪を分解する活性(脂肪分解活性)を有する画分を取得する方法を挙げることができる。また、こうした各種の精製処理により得られた含水溶媒抽出物を更に減圧乾燥や凍結乾燥等の通常の手段により乾燥して使用することもできる。
【0021】
斯くして得られるワサビの含水溶媒抽出物は、後記の実験例に示すように、中性脂肪蓄積の遅延作用及びGPDH活性低下作用を有していることから前駆脂肪細胞が脂肪細胞に分化することを抑制する組成物(前駆脂肪細胞の分化抑制組成物)として、また脂肪分解作用を有していることから脂肪細胞に蓄積した脂肪を分解する組成物(脂肪分解組成物)として好適に用いることができる。また、このようにワサビの含水溶媒抽出物には、中性脂肪蓄積の遅延作用と細胞に蓄積した脂肪を分解する作用があることから、脂肪細胞への過剰な脂肪の蓄積を抑制して、全身または局所における脂肪蓄積を抑制する組成物(脂肪蓄積抑制用組成物)として好適に用いることができる。
【0022】
またワサビは古来より食されていることから動物や人に対する安全性が高いことが経験的に示されている。これらのことから、ワサビの水溶性画分、特にワサビの葉、葉柄および根茎を含水溶媒で抽出する工程を経て調製される水溶性画分(含水溶媒抽出物)は、全身または局所への脂肪蓄積を抑制し、抗肥満(肥満の予防または解消)を図る用途で食品、外用組成物(化粧品および医薬部外品を含む)または医薬品などの成分として用いることができる。
【0023】
本発明の脂肪蓄積抑制用組成物は、かかるワサビの含水溶媒抽出物を有効成分とするものであり、ワサビの含水溶媒抽出物100重量%からなるものであってもよいし、また本発明の効果を妨げないことを限度として、例えば5重量%以上の割合で他の成分を含有するものであってもよい。
【0024】
(2)医薬品
前述するように本発明の脂肪蓄積抑制用組成物によれば、その前駆脂肪細胞分化抑制作用および脂肪分解作用に基づいて、脂肪細胞への過剰な脂肪の蓄積を抑制し、局所的または全身的に肥満を予防すること、または肥満を解消することが可能である。
【0025】
この目的のため、上記本発明の脂肪蓄積抑制用組成物は、水、アルコール(例えば、エタノール)、その他の溶媒に溶解若しくは分散した液体状態(乳剤状、液剤状、懸濁剤状、シロップ状など)、若しくは公知の方法により調製・成形した固体状態(散剤状、粉状、顆粒状、錠剤状、丸剤状、カプセル剤)を有する経口的に服用または摂取される各種の医薬製剤〔抗肥満剤、脂肪蓄積抑制剤〕とすることができる。
【0026】
これらの製剤は、ワサビの含水溶媒抽出物を有効成分とする上記脂肪蓄積抑制用組成物に加えて、その製品形態に応じて、薬学的に許容される担体や添加剤が配合されていてもよい。例えば、固体状態の製剤を調製する場合の賦形剤としては、乳糖、ショ糖、ブドウ糖、コーンスターチ、ゼラチン、澱粉、デキストリン、リン酸カルシウム、炭酸カルシウム、合成ならびに天然のケイ酸アルミニウム、酸化マグネシウム、乾燥水酸化アルミニウム、ステアリン酸マグネシウム、重炭酸ナトリウム、乾燥酵母が例示される。また、溶液状態の製剤を調製する場合の賦形剤としては、水、グリセリン、プロピレングリコール、単シロップ、エタノール、エチレングリコール、ポリエチレングリコール、ソルビトール等が例示される。また、これらの製剤は、所望によりクエン酸、リン酸、リンゴ酸又はその塩類などの安定化剤;スクラロース、アセスルファムカリウムなどの高甘味度甘味料やショ糖、果糖などの甘味剤;アルコール類、グリセリンなどの防腐剤;粘滑剤、希釈剤、緩衝剤、着香剤及び着色剤のような通常の添加剤と混合されていてもよく、常法又はその他の適切な方法で、散剤、粉剤、錠剤、乳剤、カプセル剤、顆粒剤、チュアブル、液剤、シロップ剤等の経口投与用形態に製造することができる。
【0027】
なお、上記医薬品は、その中に含まれる脂肪蓄積抑制用組成物(ワサビの含水溶媒抽出物)の用量が、原料として用いるワサビの葉、葉柄または根茎などの固形乾燥物の量に換算して、体重60kgの成人につき一日当たり、例えば0.3mg〜300gの範囲となるような割合で用いることが好ましい。しかしながら、かかる用量は服用する人の健康状態、投与方法及び他の剤との組み合わせなどの種々の因子により変動し得る。
【0028】
本発明の医薬品(抗肥満剤、脂肪蓄積抑制剤)に配合する脂肪蓄積抑制用組成物(ワサビの含水溶媒抽出物)の割合は、本発明の医薬品の一日当たりの投与量または摂取量から、上記用量に基づいて、適宜設定調整することができる。例えば、体重60kgの成人を対象とした場合、本発明の医薬品には、その一日投与単位あたりに、脂肪蓄積抑制用組成物が、原料として用いるワサビの葉、葉柄または根茎などの固形乾燥物の量に換算して、0.3mg〜300gの範囲になる割合で含まれることが好ましい。
【0029】
(3)食品
また、上記本発明の脂肪蓄積抑制用組成物は、その前駆脂肪細胞分化抑制作用および脂肪分解作用に基づいて、過剰な脂肪の蓄積を抑制したり、肥満の予防または解消を目的とする食品、特に健康食品の配合成分としても有用である。
【0030】
ここで健康食品とは、通常の食品より積極的な意味での保健、健康維持・増進等の目的をもった食品をいう。本発明の脂肪蓄積抑制用組成物は、食品として許容される担体や添加剤を用いて前述するような製剤形態〔散剤、粉剤、顆粒剤、錠剤、乳剤、カプセル剤、チュアブル剤、液剤、シロップ剤等の経口投与用形態〕に調製して、抗肥満(肥満の予防または解消)や脂肪蓄積抑制を目的とするサプリメントとして提供することができる。また、一般の食品に添加することにより(言い換えれば、食品の原材料の一つとして使用することにより)、抗肥満(肥満の予防または解消)や脂肪蓄積抑制を目的・機能とする食品、特に健康食品(例えば、機能性食品、特定保健用食品)の調製に用いることができる。なお、特定保健用食品(条件付き特定保健用食品を含む)は、その包装容器などに、例えば肥満を予防または解消する旨、または脂肪の蓄積を抑制するなどの抗肥満を意味する表示を付するなど、食品の機能・効果を示すことが可能な食品であり、他の食品との差別化を図ることができる点で好適な態様である。
【0031】
食品の種類としては、特に制限されないが、(1)乳飲料、乳酸菌飲料、果汁入り清涼飲料、清涼飲料、炭酸飲料、果汁飲料、野菜飲料、野菜・果実飲料、粉末飲料、コーヒー飲料、紅茶飲料、茶飲料、乳飲料、豆乳飲料、ココア、スポーツ飲料、サプリメント飲料、青汁などの飲料;(2)カスタードプリン、ミルクプリン、スフレプリン、果汁入りプリン等のプリン類、ゼリー、及びババロア等のデザート類;(3)アイスクリーム、アイスミルク、ラクトアイス、ミルクアイスクリーム、果汁入りアイスクリーム及びソフトクリーム、アイスキャンディー、シャーベット、氷菓等の冷菓類;(4)チューインガムや風船ガム等のガム類(板ガム、糖衣状粒ガム);(5)板チョコ、マーブルチョコレート等のコーティングチョコレートの他、イチゴチョコレート、ブルーベリーチョコレート及びメロンチョコレート等の風味を付加したチョコレート等のチョコレート類;(6)ハードキャンディー(ボンボン、バターボール、マーブル等を含む)、ソフトキャンディー(キャラメル、ヌガー、グミキャンディー、マシュマロ等を含む)、ドロップ、タフィ等の飴類;(7)ハードビスケット、クッキー、おかき、煎餅等の焼き菓子類(以上、(2)〜(7)を総合して菓子という);(8)ケチャップ、ソース、醤油、ドレッシング、みそ、砂糖、塩、マヨネーズ、酢、黒酢等の調味料;(9)ハム、ソーセージ、ベーコン、冷凍ハンバーグ等の畜肉製品類;(10)マウススプレー等の口内薬剤、トローチ、嚥下補助食品、ドリンク剤、顆粒剤、散剤、錠剤等の医薬部外品、健康補助食品類;(11)マーマレード、ジャム、マーガリン、バター、フラワーペースト、ピーナツペーストなどのペースト類;(12)魚肉ハム、魚肉ソーセージ、蒲鉾、ちくわ、はんぺん、てんぷら等の魚介類練り製品類;(13)レトルトカレー、レトルトスープ、レトルトシチュー等のレトルト製品類;(14)うどん、そば、中華そば、スパゲッティ、マカロニ、乾麺、そうめん、インスタントラーメン等の各種麺類;(15)赤ワイン等の果実酒、リキュール、チュウハイ、炭酸アルコール飲料等のアルコール類;(16)豆腐、油揚げ等の大豆加工食品;(17)漬物、チーズ、ヨーグルト、テンペ、納豆等の各種発酵食品;(18)ドッグフード、キャットフード等の各種ペットフードを挙げることができる。
【0032】
中でも、継続的に服用するという観点から、各種の製剤形態を有するサプリメント;清涼飲料や栄養飲料などの飲料;またはガムを好適に例示することができる。
【0033】
なお、上記食品は、その中に含まれる脂肪蓄積抑制用組成物(ワサビの含水溶媒抽出物)の用量が、原料として用いるワサビの葉、葉柄または根茎などの固形乾燥物の量に換算して、体重60kgの成人につき一日当たり、例えば0.3mg〜300gの範囲となるような割合で摂取されることが好ましい。しかしながら、用量はそれを摂取する人の健康状態や他の食品成分との組み合わせなどの種々の因子により変動し得る。
【0034】
なお、本発明の食品に配合する脂肪蓄積抑制用組成物(ワサビの含水溶媒抽出物)の割合は、食品一日当たりの摂取量から、上記用量に基づいて適宜設定調整することができる。例えば、体重60kgの成人を対象とした場合、本発明の食品には、その一日摂取量あたりに、脂肪蓄積抑制用組成物が、原料として用いるワサビの葉、葉柄または根茎などの固形乾燥物の量に換算して、0.3mg〜300gの範囲になる割合で含まれることが好ましい。
【0035】
(4)外用組成物
本発明の脂肪蓄積抑制用組成物(ワサビの含水溶媒抽出物)は、脂肪蓄積抑制を目的として外用組成物に配合して用いることもできる。この場合、添加量は、特に限定されるものではないが、外用組成物10g中に配合される量として、原料として用いるワサビの葉、葉柄または根茎の固形乾燥物の量に換算して、0.001mg〜1gの範囲を挙げることができる。
【0036】
なお、本発明において外用組成物とは、医薬品、医薬部外品、化粧料または雑貨などの商品分類にかかわらず、痩身(部分痩せを含む)を目的として皮膚に適用されるものを広く意味するものである。例えばフェイス又はボディ用の乳液、クリーム、ローション、エッセンス、パック、シート、マッサージ剤、クレンジング剤、洗浄剤などを好適に例示することができる。このような外用組成物は、本発明の脂肪蓄積抑制用組成物(ワサビの含水溶媒抽出物)を成分の一つとして配合する以外は、常法に従って製造することができる。
【実施例】
【0037】
以下に、本発明の構成ならびに効果をより明確にするために、調製例、実験例、及び実施例を記載する。但し本発明は、これらの実施例等に何ら影響されるものではない。
【0038】
調製例1 ワサビの熱水抽出物の調製
ワサビ(Wasabia japonica Matsum.)は、葉、根茎、葉柄の各部位に分別し、凍結乾燥後粉砕した。それぞれ1gを採取し10倍量の蒸留水(10ml)を加え、それぞれ沸騰湯浴中(100℃)で10分間抽出した。この抽出液を12,000×g、4℃で10分間遠心分離し、得られた上清をそのまま0.45μmのメンブランフィルターでろ過滅菌した。かくして得られたワサビの葉、根茎ならびに葉柄の熱水抽出液を、それぞれワサビの葉、根茎ならびに葉柄の水溶性画分として、下記の試験に用いた。なお、ワサビの葉、根茎ならびに葉柄の熱水抽出液に含まれるエキス分(乾燥させて得られる固形分)の重量は、それぞれ1mlあたり、40mg、75mg、70mgであった。
【0039】
調製例2 ワサビの含水エタノール抽出物の調製
上記蒸留水に代えて、25容量%、50容量%および75容量%のエタノール(含水エタノール)を用いて、ワサビの葉、根茎および葉柄の凍結乾燥粉砕物をそれぞれ室温で3時間抽出し、ワサビの葉、根茎および葉柄の含水エタノール抽出液を調製した。なおこの場合、0.45μmのメンブランフィルターによるろ過滅菌は、上記で得られた抽出液の上清を2倍に濃縮した後に行なった。
【0040】
かくして得られたワサビ葉の含水エタノール抽出液をワサビの葉の水溶性画分として、下記の試験に用いた。なお、ワサビ葉の25容量%、50容量%および75容量%の含水エタノール抽出液に含まれるエキス分(乾燥させて得られる固形分)の重量は、それぞれ1mlあたり、70mg、55mg、45mgであった。
【0041】
実験例1 前駆脂肪細胞分化抑制作用の評価(その1)
(1)実験方法
動物培養細胞(前駆脂肪細胞)として、マウス由来前駆脂肪細胞(3T3-L1細胞,JCRB 9014)を用いた。
【0042】
当該前駆脂肪細胞を、10%牛胎児血清含有DMEM培地(標準培地)で、37℃、5% CO2条件下で培養した。コンフルエントに達した後、分化誘導培地(10%牛胎児血清含有DMEMに0.25μMデキサメタゾン、0.05mM 3-イソブチル-1-メチルキサンチン、1μg/mlインスリンを含む培地)1.5mlに交換し、48時間培養して分化を誘導した。
【0043】
1μg/mlインスリンを含む標準培地に交換すると同時に、これに上記調製例1で調製したワサビの熱水抽出液を2.5〜100μl添加し、37℃、5% CO2条件下で48時間培養した。この操作をもう一度繰り返し、培地を除去後、得られた脂肪細胞について、以下の方法により、前駆脂肪細胞から脂肪細胞への分化を示す形態学的指標であるトリグリセライド(中性脂肪)蓄積量と生化学的指標であるGPDH活性を測定し、脂肪細胞への分化抑制作用を評価した。
【0044】
(1-1) トリグリセライド(中性脂肪)蓄積量の測定
各ウェルの細胞をPBS(-)で洗浄後、1mM EDTA含有25mM Tris(pH7.4) を1ml加えて細胞を剥離させ、回収した。超音波により細胞を破砕後、トリグリセライドE-テストワコー(GPO・DAOS法、和光純薬工業製)を用いて細胞破砕液中のトリグリセライド量(TG量)を測定し、またProtein Quantification Kit-Rapid(Bradford法、同仁化学研究所製)を用いて細胞破砕液中の蛋白量を測定した。蛋白1mg当たりのトリグリセライド量(μg)でもって細胞中の中性脂肪蓄積量(TG μg/mg protein)とした。また、コントロールとして、ワサビの熱水抽出液を添加しないで培養した細胞についても同様に中性脂肪蓄積量を測定し、それを100とした場合の上記各中性脂肪蓄積量の割合(相対比)を算出した。
【0045】
(1-2) GPDH活性の測定
細胞破砕液を遠心分離して得られた上清100μlに、25mM EDTA、2mM DTT(ジチオトレイトール)を含む1M トリエタノールアミン(pH7.5)300μlと1.5mM NADH 50μl加えて混合後、4mM DHAP(ジヒドロキシアセトンリン酸)を50μl添加し、添加1分後から5分後まで1分間隔で340nmの吸光度を測定した。この吸光度の減少速度を求めることで、蛋白1mg及び1分間当たりのGPDH酵素活性(nmol/min・mg protein)を算出した。また、コントロールとして、ワサビの熱水抽出液を添加しないで培養した細胞についても同様にGPDH酵素活性を測定し、それを100とした場合の上記各GPDH酵素活性の割合(相対比)を算出した。
【0046】
(2)結果
ワサビ熱水抽出液の前駆脂肪細胞の脂肪細胞への分化抑制作用(中性脂肪蓄積量、GPDH活性)を表1に示す。
【0047】
【表1】

【0048】
表1からわかるように、葉、根茎、葉柄いずれの部位のワサビ熱水抽出液についても、前駆脂肪細胞に添加することにより、明らかな中性脂肪蓄積の遅延およびGPDH活性の低下が認められ、前駆脂肪細胞の脂肪細胞への分化が抑制されていることが確認された。なお、十分でかつ効果的に脂肪細胞の分化を抑制しうるワサビ熱水抽出液の添加量としては、葉抽出液、根茎抽出液および葉柄抽出液はそれぞれ培地に対し、1.67〜3.33容量%(原料葉の固体乾燥物に換算すると2.5〜5mg)、0.67〜1.67容量%(原料根茎の固体乾燥物に換算すると1〜2.5mg)、および0.67容量%(原料葉柄の固体乾燥物に換算すると1mg)であった。
【0049】
またワサビは、磨砕するなど物理的に組織が壊されると、組織中に含まれる酵素(ミロシナーゼ)の作用により、辛味成分の前駆体であるグルコシノレートの加水分解がおこり、その結果アリルイソチオシアネートなどの辛味成分が生成されることが知られている(伊奈和夫ら:日本食品工業学会誌,37,256-260(1990))。この辛味成分は、非常に不安定な物質で、水の存在や温度などの影響により分解が進行する。特に、温度が高温であるほどその分解が速いことが報告されている(伊奈和夫ら:日本食品工業学会誌,28,627-631(1981))。このため、上記調製例1で調製した熱水抽出液は、熱水処理によってワサビの組織が破壊され一時的にグルコシノレートを前駆体とする辛味成分が生成されると考えられるが、引き続く熱処理によって、辛味成分を生成する酵素が失活するとともに、生成された辛味成分は分解を受け、最終的には抽出液中に辛味成分(特に、アリルイソチオシアネートなどの揮発性の辛味成分)は残存していないと考えられた。事実、熱水抽出液をなめたり、においをかいだりしてみても辛味や刺激性は感じられなかった。このことからワサビの含水溶媒抽出物が有する前駆脂肪細胞の分化抑制作用は、少なくともワサビの揮発性のある辛味成分に起因するものではなく、おそらくは水溶性画分に含まれる成分に起因するものといえる。
【0050】
以上の結果から、ワサビの含水溶媒抽出物(水溶性画分)、特にワサビの葉、根茎ならびに葉柄の含水溶媒抽出物を用いることにより、脂肪蓄積抑制ならびに抗肥満を目的とした各種の製品(食品、医薬品、外用組成物(化粧品および医薬部外品を含む))を調製し、提供することができるものと期待される。
【0051】
実験例2 前駆脂肪細胞分化抑制作用の評価(その2)
(1)調製例1で調製したワサビ(葉、根茎、葉柄)の熱水抽出液を用いて、実験例1と同様にGPDH活性を測定して、前駆脂肪細胞分化抑制作用を評価した。
【0052】
具体的には、分化を誘導したマウス由来前駆脂肪細胞(3T3-L1細胞,JCRB 9014)に、上記ワサビの熱水抽出液を、培地(1.5ml)あたりのエキス含量(固形換算)が500〜2000μg(333〜1333μg/ml)になるように添加し、37℃、5% CO2条件下で48時間培養した。この操作をもう一度繰り返し、培地を除去後、得られた脂肪細胞について、実験例1と同じ方法でGPDH活性を測定し、脂肪細胞への分化抑制作用を評価した。結果を図1に示す。なお、結果は、コントロールとして、ワサビ抽出液を添加しないで培養した細胞について同様に測定したGPDH酵素活性を100%とした場合の、各GPDH酵素活性の割合(相対比)として表示している。
【0053】
この結果からわかるように、実験例1と同様に、葉、根茎、葉柄いずれの部位のワサビ熱水抽出液を用いた場合も、前駆脂肪細胞について明らかなGPDH活性の低下が認められ、前駆脂肪細胞の脂肪細胞への分化が抑制されていることが確認できた。なお、十分でかつ効果的に脂肪細胞の分化を抑制しうるワサビ熱水抽出液の添加量としては、葉抽出液、根茎抽出液および葉柄抽出液中のエキス含量(固形含量)に換算して、それぞれ培地1mlに対し333〜667μg、333〜1333μg、および333〜667μgと、いずれも少なくとも333μgであった。
【0054】
(2)ワサビ葉の熱水抽出物の継続添加による前駆脂肪細胞分化抑制作用を評価した。
【0055】
具体的には、分化を誘導したマウス由来前駆脂肪細胞(3T3-L1細胞,JCRB 9014)に、上記ワサビ葉の熱水抽出液を、培地(1.5ml)あたりのエキス含量(固形換算)が1000μg(667μg/ml)になるように添加し、37℃、5% CO2条件下で2日間培養した。この操作を5回繰り返し(培養総日数10日間)、培養2日目、4日目、6日目、8日目および10日目で得られた各脂肪細胞のGPDH活性(nmol/min・mg protein)を実験例1と同じ方法で測定した。その結果を、コントロールとしてワサビ葉抽出液を添加しないで培養した細胞について同様に測定したGPDH活性とともに、図2に示す。これからわかるように、ワサビ葉熱水抽出物に、長期にわたってGPDH活性の低下作用が認められ、前駆脂肪細胞の脂肪細胞への分化が抑制されることが確認できた。
【0056】
(3)ワサビ(葉、根茎、葉柄)の熱水抽出物を対象として、分子量3000以下の画分について前駆脂肪細胞の分化抑制作用を評価した。
【0057】
具体的には、調製例1で調製したワサビ(葉、根茎、葉柄)の熱水抽出液を限外ろ過に供して、分子量3000以下の画分を回収して、これを被験試料として用いて、実験例1と同様にしてトリグリセライド(中性脂肪)蓄積量およびGPDH活性を測定した。
【0058】
その結果、分画前の試料よりはやや効果が低いものの、葉、根茎、葉柄のすべての部位で分化抑制作用が認められた。これらの作用はいずれも、分画前と同様に、葉柄、葉、根茎の順に高く、また用量依存的であった。この結果から、ワサビ(葉、根茎、葉柄)の含水溶媒抽出物中に含まれる前駆脂肪細胞の分化抑制物質は、ワサビ(葉、根茎、葉柄)の含水溶媒抽出物中のほぼ分子量3000以下の画分に集中しているものと考えられた。
【0059】
(4)調製例2で調製したワサビ葉の含水エタノール抽出液(エタノール濃度:25容量%、50容量%、75容量%)を用いて、実験例1と同様にトリグリセライド(中性脂肪)蓄積量およびGPDH活性を測定して、前駆脂肪細胞分化抑制作用を評価した。
【0060】
その結果、ワサビ熱水抽出物と同様に、ワサビ葉の含水エタノール抽出液にも、中性脂肪蓄積量の遅延(低下)作用とGPDH活性の低下作用が有意に認められ、前駆脂肪細胞の脂肪細胞への分化抑制作用があることが確認できた。中でも最も高い前駆脂肪細胞の脂肪細胞への分化抑制作用を有するものは75容量%の含水エタノール抽出物であった。
【0061】
実験例3 前駆脂肪細胞における脂肪分解作用
マウス由来前駆脂肪細胞(3T3-L1細胞、JCRB9014)を実験例1に記載するように分化誘導した後、十分に中性脂肪を蓄積させたところで、調製例1に記載する方法で調製したワサビ葉熱水抽出液(凍結乾燥試料粉末1gを10mlの熱水で抽出)15μl添加し、37℃、5%CO2条件下で48時間培養した。ワサビ葉熱水抽出液の脂肪分解作用は、中性脂肪分解の結果、培養液中に遊離してくるグリセロール量を指標として評価した。なお、培養液中のグリセロール量は、Fキットグリセロール(ロシュ・ダイアグノスティックス(株)製)で測定した。
【0062】
結果を、コントロールとしてワサビ葉熱水抽出液を添加しないで培養した細胞について同様に測定したグリセロール遊離量(mg/ml)とともに、図3に示す。その結果、コントロールに比べ、ワサビ葉熱水抽出液添加区はグリセロール遊離量が顕著に多くなっており、これからワサビ葉熱水抽出液に脂肪分解作用があることが確認された。
【0063】
実験例4 ワサビの抽出条件と辛味成分(AIT)濃度との関係
(1)ワサビ葉の凍結乾燥粉末1gに対し10mlの水を加え、25℃、50℃、75℃、100℃、121℃で10分間抽出したときの抽出液中のアリルイソチオシアネート(AIT)濃度を、下記条件の高速液体クロマトグラフ(HPLC)で測定した。なお、121℃条件下での抽出操作は、オートクレーブを用いて行った。
【0064】
<HPLC分析条件>
装置:HITACHI L-7100
カラム:TSKGEL ODS-80TS(φ4.6×250mm)
カラム温度:25℃
移動相:アセトニトリル/水=50/50
流速:1ml/min
検出:UV240nm
試料注入量:5μl。
【0065】
結果を図4に示す。図からわかるように、ワサビ葉抽出液中のAIT濃度は、抽出温度が高くなるにつれて低くなった。75℃以上の熱水抽出処理でワサビ葉抽出液中のAIT濃度は格段に低減し(10ppm以下)、100℃以上の熱水抽出処理でAITの存在は認められなかった。実験例1で詳述するように、ワサビに含まれる辛味成分は、組織中に含まれる酵素(ミロシナーゼ)の作用により、辛味成分の前駆体であるグルコシレートの加水分解が生じることによって生成する(伊奈和夫ら、日本食品工業学会誌、37、256-260(1990))。このことから、本実験例において加熱抽出処理によって抽出物に含まれるAIT量が低減および消失した主な原因は、加熱処理による上記辛味成分生成酵素(ミロシナーゼ)が失活したことによるものと考えられる。また、グルコシレートの加水分解によって生成した辛味成分が、水存在下、高温条件で分解されたことも原因と考えられる(伊奈和夫ら、日本食品工業学会誌、28、627-631(1981))。
【0066】
以上のことから、抽出処理を高温、例えば75℃以上、好ましくは100℃以上で行うことによってグルコシレートを前駆体とする辛味成分(例えば、アリルイソチオシアネート、n−ブチルイソチオシアネート、3−ブテニルイソチオシアネート、4−ペンテニルイソチオシアネート、5−ヘキセニルイソチオシアネート、ω―メチルチオアルキルイソチオシアネートおよびω-メチルスルフィニルアルキルイソチオシアネートなど)の量が格段に低減されてなるか、またはこれらの辛味成分を含まないワサビ抽出物を調製することができる。
【0067】
(2)上記(1)で調製したワサビ葉の各温度での熱水抽出液を、室温(約30℃)で5時間、24時間、および96時間放置したときの抽出液中のAIT濃度を、上記と同様にして測定した。
【0068】
結果を図5に示す。この結果からわかるように、ワサビ葉抽出液を室温で放置することにより、5時間目で一旦AIT濃度は上昇するものの、その後は、伊奈らの報告(伊奈和夫ら:日本食品工業学会誌,28,627-631(1981))にあるとおり、水存在下でAITは分解を受け、その量は低下していった。このことから、比較的低い温度で抽出した場合も、その後の水存在下での放置によってAITなどの特に揮発性の辛味成分は徐々に分解されてしまうと考えられる。よって、ワサビの抽出物から辛味成分を低減または除去するには、抽出時の加熱処理や加熱処理や加熱温度に必ずしも拘泥されず、水存在下での処理、好ましくは高温且つ水存在下での処理で可能であることがわかった。
【0069】
(3)以上の結果から、本発明のワサビ葉、根茎および葉柄の含水溶媒抽出物が有する前駆脂肪細胞分化抑制作用および脂肪分解作用は、グルコシレートの酵素加水分解によって生じる辛味成分(例えば、アリルイソチオシアネート、n−ブチルイソチオシアネート、3−ブテニルイソチオシアネート、4−ペンテニルイソチオシアネート、5−ヘキセニルイソチオシアネート、ω―メチルチオアルキルイソチオシアネートおよびω-メチルスルフィニルアルキルイソチオシアネートなど)に由来するものではないと考えられる。
【0070】
実験例5 ワサビ含水溶媒抽出物の抗酸化活性
実施例1および2に記載する方法に従って調製したワサビ葉の熱水抽出液および70容量%含水エタノール抽出液について抗酸化活性を調べた。抗酸化活性は、安定なラジカルであるDPPH(1,1-diphenyl-2-picrylhydrazyl)を用い、DPPHラジカルの消去活性を求めることにより評価した。DPPHラジカル消去活性は、DPPH溶液にワサビ葉の抽出液(熱水抽出液または70容量%含水エタノール抽出液)を加えた前後での520nmの吸光度の変化(DPPHの紫色の退色度合)を測定することにより求め、ワサビ葉粉末1gあたりのトロロックス(Trolox)相当量で表した。
【0071】
結果を表2に示す。ワサビ葉の含水溶媒抽出物のDPPHラジカル消去活性は、熱水抽出液および70% エタノール抽出液ともに、約90μmol トロロックス eq./g であり、抗酸化作用を有することが報告されている植物(クワ葉、ソバガラ)と同等かまたはそれよりも高い値を示した(Katsube, T. et al., J. Agric. Food Chem., 52, 2391-2396 (2004); Katsube, T. et al., Food Chem., 97, 25-31 (2006))。
【0072】
【表2】

【0073】
このことから、本発明の脂肪蓄積抑制用組成物は、その有効成分であるワサビ含水溶媒抽出物が有する抗酸化活性に基づいて抗酸化作用を備えている。このため、本発明の脂肪蓄積抑制用組成物、並びに当該組成物を配合した医薬品、食品および外用組成物は、酸化による品質劣化(変質や腐敗など)を受けにくいという効果を有している。
【0074】
さらに、本発明の脂肪蓄積抑制用組成物、並びに当該組成物を配合した医薬品、食品および外用組成物は、その有効成分であるワサビ含水溶媒抽出物が有する抗酸化活性(DPPHラジカル消去活性)に基づいて、酸化によって生じる生体への悪影響や障害を防止する効果を有している。例えば、本発明の脂肪蓄積抑制用組成物を含有する医薬品、食品および外用組成物は、皮膚細胞を含む細胞の老化防止効果(シミ、皺、たるみの防止)、美白効果、細胞またはDNA損傷によって生じるガンなどの疾患や過酸化脂質の生成によって生じる各種疾病の予防効果を期待することができる。
【0075】
実施例1 サプリメント
調製例1で調製したワサビ葉の熱水抽出液を前駆脂肪細胞の脂肪細胞への分化抑制作用および脂肪分解作用に基づいて脂肪蓄積抑制作用を有する有効成分として用いて、下記の処方で材料を混合し、打錠機により錠剤を調製した。
【0076】
ショ糖脂肪酸エステル 0.15 (kg)
ワサビ葉の熱水抽出物 20.00
香料 0.10
甘味料 79.75
合 計 100.00 kg。
【0077】
実施例2 外用組成物
調製例1で調製したワサビ葉の熱水抽出液を脂肪蓄積抑制作用を有する有効成分として用いて、下記の処方に従ってフェイスクリームを調製した。
【0078】
イソステアリン酸イソプロピル 8.0(重量%)
ホホバ油 6.0
セタノール 8.0
ステアリルアルコール 2.0
ポリオキシエチレンラウリルエーテル 1.5
プロピレングリコール 6.0
ソルビトール 1.0
パラベン 0.4
ワサビ葉の熱水抽出物 0.5
ビタミンE 0.5
香料 0.1
精製水 残部
合 計 100.0 重量%。
【0079】
実施例3 外用組成物
下記に示す組成で、常法に従ってA成分とB成分を個別に混合溶解して調製した後、B成分をA成分に添加し攪拌することにより、ジェル状痩身用皮膚外用剤100重量%を調製した。
【0080】
<A成分>
ワサビ葉の熱水抽出物 1.0(重量%)
グリセリン 10.0
カルボキシビニルポリマー 0.3
エデト酸二ナトリウム 0.1
ジイソプロパノールアミン 1.0
スクワラン 10.0
精製水 残量
<B成分>
ポリオキシエチレン(60)硬化ヒマシ油 0.8(重量%)
カラギーナン 3.0
ポリビニルアルコール 2.0
エタノール 45.0
メントール 0.1
香料 0.1。
【0081】
なお、実施例1〜5で使用するワサビ葉の熱水抽出物に代えて、ワサビ根茎または葉柄の熱水抽出物を使用することができる、また熱水抽出物に代えて、ワサビ葉、根茎または葉柄の含水エタノール抽出物を使用することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0082】
【図1】ワサビ(葉、根茎、葉柄)の熱水抽出物について、前駆脂肪細胞の分化抑制作用を示す図である(実験例2(1))。コントロール(DMI:デキサメタゾン,3-イソブチル-1-メチルキサンチンおよびインスリンの混合物(分化誘導剤)存在下での培養)のGPDH(グリセロール-3-リン酸脱水素酵素)活性を100%とした場合の相対比(%)で示す(平均±標準誤差(n=3)、*p<0.05、**p<0.01(対コントロール))。凡例の数値は、培地中の試料エキス濃度(固形換算)を示す。
【図2】ワサビ葉の熱水抽出物の継続的添加による、前駆脂肪細胞の分化抑制作用を示す図である(実験例2(2))。横軸は最初に培地にワサビ葉の熱水抽出物を添加してからの日数(日)、縦軸は蛋白1mgあたりのGPDH(グリセロール-3-リン酸脱水素酵素)活性(nmol/min・mg protein)を示す(平均±標準誤差(n=3))。
【図3】ワサビ葉の熱水抽出物の前駆脂肪細胞における脂肪分解作用を示す図である(実験例3)。縦軸は培地へのグリセロール遊離量(mg/ml)を示す(平均±標準誤差(n=3))。
【図4】ワサビ葉含水溶媒抽出温度(℃)と、得られた抽出液中のアリルイソチオシアネート(AIT)濃度(ppm)との関係を示す(実験例4(1))。
【図5】ワサビ葉含水溶媒抽出温度(℃)および得られた抽出液の放置時間と、抽出液中のアリルイソチオシアネート(AIT)濃度(ppm)との関係を示す(実験例4(2))。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ワサビの含水溶媒抽出物を有効成分とする脂肪蓄積抑制用組成物を、前駆脂肪細胞の分化抑制作用または脂肪分解作用を発揮する有効量含有する医薬品。
【請求項2】
ワサビの含水溶媒抽出物が、ワサビの根茎、葉柄及び葉から選択される少なくとも1つの部位を水または含水アルコールで抽出する工程を経て調製されるものである、請求項1に記載する医薬品。
【請求項3】
ワサビの含水溶媒抽出物が、ワサビの根茎、葉柄及び葉から選択される少なくとも1つの部位を熱水抽出する工程を経て調製されるものである、請求項1に記載する医薬品。
【請求項4】
ワサビの含水溶媒抽出物が、グルコシノレートを前駆体とする辛味成分を実質的に含有しないものである、請求項1乃至3のいずれかに記載する医薬品。
【請求項5】
脂肪蓄積抑制用組成物が、ワサビの含水溶媒抽出物に含まれる分子量3000以下の画分を有効成分とするものである、請求項1乃至4のいずれかに記載する医薬品。
【請求項6】
抗肥満剤として用いられる請求項1乃至5のいずれかに記載する医薬品。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2008−50373(P2008−50373A)
【公開日】平成20年3月6日(2008.3.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−292531(P2007−292531)
【出願日】平成19年11月9日(2007.11.9)
【分割の表示】特願2006−228875(P2006−228875)の分割
【原出願日】平成18年8月25日(2006.8.25)
【出願人】(591282205)島根県 (122)
【Fターム(参考)】