説明

中空床版部材および床版補修工法

【課題】長期にわたって耐久性を発揮する床版部材、およびそれを用いた効率的な床版補修工法を提供する。
【解決手段】複数のH形鋼をフランジ面が上になるように横に並べて接合した中空骨組の上に、セメント100質量部に対しγC2Sを10〜85質量部含む混練物のセメント硬化体を配置して、一体化した、中空床版部材。
既設床版の上面劣化箇所を含む部分をはつり、前記はつり取った部分に上記の中空床版部材をその炭酸化処理されたセメント系材料表面が上表面になるように設置する床版の補修工法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、桟橋、道路橋床版、鉄道橋床版をはじめとするコンクリート床版の構成部材に適した床版部材、およびそれを用いた床版の補修工法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、コンクリート床版の補修工法としては、表面被覆工法、断面修復工法などがある。また、特に劣化が著しい場合には既設床版を撤去して新たな床版を構築する場合もある。
【0003】
表面被覆工法では、表面被覆層が紫外線によって劣化したり水蒸気の上昇によって剥離、膨れなどを起こしたりする問題がある。また、一般に表面が滑りやすくなるという欠点もある。
断面修復工法では、養生日数を必要とするため当該コンクリート構造物を供用しながらの補修ができない。また、無収縮モルタルなどの補修材料のコストが高くつくという問題がある。
既設床版を撤去し新たな床版を構築する方法では、床版の撤去に多大なコストを要し、また、いわゆる「現場打ち」でコンクリートを打設する場合には養生日数を必要とするので当該コンクリート構造物を供用しながらの補修は困難である。さらに、海上大気中にある桟橋や高所にある橋脚などでは、足場の設置に大きなコストがかかることや、作業空間が制約されることなど、施工性の面で問題が多い。
【0004】
そこで、プレキャストコンクリートからなる床版(プレキャスト床版)を用いて新たな床版を構築する工法が採られることもある(特許文献1、2)。この場合、上記の各問題点に比較的対処しやすい。
【0005】
【特許文献1】特開平6−146220号公報
【特許文献2】特開平7−268808号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、床版の劣化した箇所に新たな床版を単に構築しても、以前と同じ原因で経時劣化が進み、同様の補修を繰り返す必要に迫られる。このことはプレキャスト床版を用いる工法においても同じである。度重なる補修は交通遮断等による社会的損失を招き、好ましくない。したがって、補修後の床版には、当該床版が曝される環境に長期間耐えうる耐久性を付与することが望まれる。特に、塩分に曝される桟橋や凍結防止剤が散布される道路では塩害に対する耐久性を付与することが重要である。融雪剤を用いる寒冷地では凍結融解に対する耐久性も必要になる。また、風雨に曝される多くの床版では酸性雨による劣化も考慮する必要がある。さらに、施工に際してはできるだけ軽量化された部材を適用することが有利となる。
【0007】
本発明は、特に塩分や酸に対して優れた耐久性を発揮し、かつ構造的に十分な強度を有しながら軽量化を図った床版部材を提供するとともに、それを用いた効率的な補修工法を提供しようというものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
発明者らは詳細な研究の結果、前記目的は、強制的に炭酸化処理した高耐久セメント系材料と、鋼材からなる中空骨組で構成される複合部材によって効果的に達成できることを見出した。
【0009】
すなわち本発明では、複数のH形鋼をフランジ面が上になるように横に並べて接合した中空骨組の上に、γC2Sを含有するセメント硬化体に炭酸化処理を施した板状セメント系材料を配置して、一体化した、中空床版部材が提供される。ここで、セメント系材料にはモルタルおよびコンクリートが含まれる。「中空骨組の上に」とは、H形鋼のフランジ面で構成される中空骨組の「上面」の上に、という意味であり、板状セメント系材料は直接または接合層を介して中空骨組の「上面」に配置される。「一体化した」とは中空骨組と板状セメント系材料が接合されている状態をいう。
【0010】
特に、前記板状セメント系材料として、セメント100質量部に対しγC2Sを10〜85質量部含む混練物のセメント硬化体に炭酸化処理を施したもの使用した中空床版部材が好適な対象となる。
【0011】
また、床版の補修工法として、既設床版の上面劣化箇所を含む部分をはつり、前記はつり取った部分に前記中空床版部材をその炭酸化処理されたセメント系材料表面が上表面になるように設置する工法が提供される。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係る床版部材は、γC2Sと二酸化炭素との反応を利用して緻密化させた炭酸化セメント系材料を上表面に有するので、補修後の床版上面においてはCa分の溶出が顕著に抑制され、塩分や酸などに対して優れた耐久性を発揮する。この高耐久セメント系材料は板状の薄いプレキャストパネルで構成できるので全体を高耐久セメント系材料で構築する場合と比べ素材コストが軽減される。他方、この高耐久セメント系材料の下はH形鋼を利用した中空骨組で構成されるので、床版に必要な強度を維持しながら軽量化されるため、設置の作業性が向上する。また、この中空床版部材を設置後は、その上で作業が可能であり、構造物を供用したまま補修作業を実施することも可能である。このため、交通遮断等のデメリットを最小限にとどめることができる。
【0013】
さらに、現場打ちの工法においては床版のコンクリートに炭酸化処理を施すことは多大なコストを要し、現実的には採用し難い。したがって、予め必要部位を炭酸化したプレキャスト材料を用いる本発明の補修工法は、現場打ちの工法では得られない優れた耐久性を実現するものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
通常のセメントには、エーライト:3CaO・SiO2(組成式C3S)、ビーライト:2CaO・SiO2(組成式C2S)、アルミネート:3CaO・Al23(組成式C3A)、フェライト:4CaO・Al23・Fe23(組成式C4AF)等のセメント鉱物が含まれている。このうちビーライトは、ポルトランドセメントの主要鉱物成分の1つであり、水和熱や乾燥収縮を減少させ、また化学抵抗性を増大させる機能を有すると考えられている。
【0015】
ビーライトはCaOとSiO2を主成分とするダイカルシウムシリケートの1種であり、α型、α'型、β型およびγ型が存在し、それぞれ結晶構造や密度が異なる。このうちα型、α'型、β型は水と反応して水硬性を示す。ところがγ型は、水硬性を示さず、且つ二酸化炭素と反応するという特性を有する。本出願ではこのγ型のビーライトを「γC2S」と表記している。
【0016】
ポルトランドセメントをはじめとする通常のセメントには、γC2Sは基本的に含まれていない。なお、γC2Sには2CaO・SiO2の他、Al23、Fe23、MgO、Na2O、K2O、TiO2、MnO、ZnO、CuO等の酸化物が不純物として固溶している場合があるが、このような鉱物を固溶したγC2Sも本発明でいうγC2Sに含まれる。
【0017】
発明者らは種々検討の結果、γC2Sの含有量を増大させたセメント混練物を作ってこれを硬化させたとき、その硬化体は、炭酸ガス等による強制炭酸化処理によって表層部を顕著に緻密化できることを知見した。そして、その緻密化した表層部はCaの溶出抵抗が非常に高く、塩化物や酸の遮蔽効果にも優れることがわかってきた。
【0018】
γC2Sを富化したセメント硬化体が炭酸ガス等で緻密化するメカニズムについては未解明な部分も多いが、以下のように考えられる。すなわち、通常のセメント硬化体が炭酸化(中性化)する場合には、セメントの水和反応によって生じたCa(OH)2が炭酸ガス等と反応してCaCO3になるのであるが、セメント硬化体中にγC2Sが多量に存在すると、γC2Sが水和反応せずに直接炭酸ガス等と反応して多量のCaCO3とSiO2を生成する。さらにセメントの水和反応で生じたCa(OH)2も炭酸ガス等と反応してCaCO3になる。このため、通常のセメント硬化体に比べ早期に多量の反応生成物が生じ、これがセメント硬化体内の空隙を埋めて緻密化すると推察される。
【0019】
このような緻密化の効果を十分に得るには、セメント100質量部に対して10〜85質量部好ましくは30〜70質量部のγC2Sを含むセメント混練物を硬化させ、その後、強制炭酸化養生を行うことが望ましい。これにより炭酸化領域の空隙率が減少し、Caの溶出が抑えられるとともに塩害、スケーリング、凍結融解に対する抵抗力が顕著に向上する。このことは、本出願人らによる特願2004−375549に開示されている。
【0020】
この炭酸化されたセメント系材料は、例えば厚さ30〜50mm程度の比較的薄い板状材料(パネル)とすればよい。
この板状セメント系材料は、H形鋼を並べて溶接等により接合した中空骨組の上に接合され、一体化される。以下、具体例を挙げて説明する。
【実施例】
【0021】
〔中空床版部材〕
図1に本発明の中空床版部材の断面構造を模式的に例示する。図2にはH形鋼について本明細書で用いる各部の名称を示す。図1に示すように、本発明の中空床版部材11はH形鋼1を接合してなる中空骨組2と、板状セメント系材料4を、接合層3を介して接合した構造を有する。
【0022】
H形鋼1どうしはフランジ面が上になるように並べて接合部5で溶接により接合されている。そして隣り合うH形鋼1の間には各フランジとウェブに囲まれる中空部10が形成されている。各H形鋼1はウェブ高さが概ね同ものを使用し、上面のフランジ面が、できるだけ水平面内で揃うようにすることが好ましい。H形鋼としては、特に寸法に制限はなく、所要の構造耐力に合わせて決定するものであるが、ウェブ厚さ4〜10mm、フランジ厚さ6〜15mm、ウェブ高さ80〜300mm、フランジ長さ80〜300mmのものが好適である。また、H形鋼には必要に応じて防食用の塗装を行うことも可能である。
【0023】
ここでは具体的に、ウェブ厚さ6mm、フランジ厚さ8mm、ウェブ高さ100mm、フランジ長さ100mmのものを使用した。そして、各H形鋼を図1に示す接合部5(フランジ部の縁の部分)でTIG溶接して接合し、フランジ面によって形成される上面の大きさが2m(横方向)×4m(H形鋼の長手方向)の中空骨組2を作製した。
【0024】
一方、板状セメント系材料4は以下のような方法で製造する。まず、前述のようにセメント100質量部に対しγC2Sを10〜85質量%好ましくは30〜70質量%の範囲で含むセメント混練物を作る。γC2S以外の混和材としてフライアッシュやシリカフューム等が使用できる。次いで、この混練物を用いて厚さ20〜100mm程度の板状硬化体を作製する。その後、強制炭酸化処理を施して、少なくとも上表面となる側の表層に炭酸化層を形成する。炭酸化深さは5mm以上とすることが望ましく、板厚全体にわたって炭酸化しても構わない。炭酸化深さを確かめるには、炭酸化後の試料を割裂して、その割裂面に1%フェノールフタレイン溶液を噴霧し、赤変しなかった部分の深さを測定すればよい。予め実験によりセメント硬化体の組成と炭酸化処理条件の関係を調べておくことが望ましい。
【0025】
ここでは具体的に、低熱ポルトランドセメント、γC2S、フライアッシュおよびシリカフュームをそれぞれ45:35:20:5の質量割合で混合し、水粉体比30%、s/aが46%となるような混練物を得た。次いで、この混練物を用いて厚さ40mmのコンクリート硬化体を作った。そして、1日水中養生を行った後、硬化体を例えば10体積%CO2、30℃、60%R.H.の雰囲気に7日間曝す炭酸化養生を行うことで板状セメント系材料4(パネル)を製造した。この条件により、表面に炭酸化深さ10mm以上の炭酸化層が形成されることを別途実験で確かめている。この例ではパネルの両面に炭酸化処理を施しているので、このパネルはどちらの面が上表面になるように使用しても構わない。このパネルの寸法は前記中空骨組2に合うように、約2m×4mとした。
【0026】
次に、前記の中空骨組2と板状セメント系材料4を接合して一体化し、中空床版部材11を構築する。接合は、伸縮性に優れた接着剤を用いて行う。中空骨組2の上面(フランジ面により構成される面)と板状セメント系材料4との不陸調整として厚さ1〜5mm程度のゴムシートなどを介して接着することもできる。すなわち、図1の接合層3は接着剤、あるいはさらに不陸調整を兼ねたシート材により構成される層である。また、中空床版部材の妻部には必要に応じて鉄板などを溶接して、内部へ海水などが浸入するのを防止することができる。なお、中空床版部材11には現場での設置作業を考慮して吊り具を設けておくことが望ましい。
【0027】
ここでは、前記2m×4m寸法の中空骨組2の上面に前記厚さ40mmの板状セメント系材料4を、厚さ2mmの石油合成系ゴムシートを介して接着し、一体化した。接着剤にはエポキシ系のものを用いた。そして、幅約2m×長さ約4m×厚さ約142mmの中空床版部材11を構築した。
【0028】
〔床版補修工法〕
上記の中空床版部材を用いた床版補修工法を例示する。
図3に本発明の床版補修工法を適用しているコンクリート構造物(道路橋)を模式的に示す。この構造物の既設床版6は、既に上面の劣化箇所を含む部分をはつり取ってある。そのはつり作業は、ツインヘッダー、ウオータージェット等により行うことができ、手ばつりを行ってもよい。はつり厚さは、既設床版の厚さ、上面の劣化状況、構造耐力などに応じて決定されるが、一般的には100〜200mm程度が最適となる。
【0029】
上面をはつり取った既設床版6上にはモルタルを流し込んで下地層7を形成する。その上に本発明の中空床版部材11を並べる。下地層7には、不陸調整のためにゴムシートや樹脂モルタルを介在させることができる。中空床版部材11と下地層7の接合はエポキシ系接着剤などにより行う。なお、接合にはその他の接着剤を用いることも可能である。また、中空床版部材11と既設床版6をアンカーにてずれ止めすることが望ましい。なお、下地層7に代えて不陸調整治具を使用することも可能である。
【0030】
隣り合う中空床版部材11どうしの接合方法は、例えばピン8による接合など、種々のものが適用できる。目地部にはエポキシ樹脂系などの目地材9を充填するすることが望ましい。
【0031】
中空床版部材を配置する端部は、例えば図4のように、既設床版との間に無収縮モルタルを充填する方法で処理することができる。高流動モルタルと膨張材を併用したものを使用してもよい。
【0032】
充填材の硬化後には、敷設した中空床版部材11の上で次の中空床版部材11の設置作業を実施することが可能である。
このようにして効率的に床版の補修が実施でき、その後長期にわたって優れた耐久性が発揮される。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】本発明の中空床版部材の断面構造を模式的に表した図。
【図2】H形鋼の各部名称を示した断面図。
【図3】本発明の床版補修工法を適用しているコンクリート構造物(道路橋)の断面構造を模式的に示した図。
【図4】中空床版部材を配置する端部の処理方法を模式的に示した図。
【符号の説明】
【0034】
1 H形鋼
2 中空骨組
3 接合層
4 板状セメント系材料
5 接合部
6 既設床版
7 下地層
8 リンク
9 目地材
10 中空部
11 中空床版部材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数のH形鋼をフランジ面が上になるように横に並べて接合した中空骨組の上に、γC2Sを含有するセメント硬化体に炭酸化処理を施した板状セメント系材料を配置して、一体化した、中空床版部材。
【請求項2】
前記板状セメント系材料は、セメント100質量部に対しγC2Sを10〜85質量部含む混練物のセメント硬化体に炭酸化処理を施したものである請求項1に記載の中空床版部材。
【請求項3】
既設床版の上面劣化箇所を含む部分をはつり、前記はつり取った部分に請求項1または2に記載の中空床版部材をその炭酸化処理されたセメント系材料表面が上表面になるように設置する床版の補修工法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2007−63888(P2007−63888A)
【公開日】平成19年3月15日(2007.3.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−253091(P2005−253091)
【出願日】平成17年9月1日(2005.9.1)
【出願人】(000001373)鹿島建設株式会社 (1,387)
【出願人】(000003296)電気化学工業株式会社 (1,539)
【出願人】(000198307)石川島建材工業株式会社 (139)
【出願人】(391016130)ピーシー橋梁株式会社 (6)
【Fターム(参考)】