説明

乳癌の悪性度の評価方法ならびに該評価方法に用いるアレイおよびキット

【課題】簡単かつ迅速に、高い信頼度で、乳癌の悪性度の評価方法、ならびに該評価方法に用いるアレイおよびキットを提供すること。
【解決手段】被検試料において、BMP7、CD24、CD44、CXCL12、PIK3R1、およびSOCS2からなる群から選択される少なくとも3種の遺伝子の発現量に基づき、これら3種以上の遺伝子の発現パターンから、乳癌の悪性度を評価する方法、並びに前記3種以上の遺伝子に対応する核酸および/またはその断片が各支持体上の定められた領域に固定化された評価用アレイ、または該3種以上の遺伝子から発現されるmRNAおよび/またはそのmRNA断片を検出するための評価用キット、または該3種以上の遺伝子にコードされたポリペプチドおよび/またはそのポリペプチド断片に対する抗体および/またはその抗体断片を含有した評価用キット。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、乳癌の悪性度の評価方法、ならびに該評価方法に用いるアレイ及びキットに関する。
本発明は、具体的には、乳癌の転移および/または再発の可能性の評価方法、ならびに該評価方法に用いるアレイおよびキットに関する。
【背景技術】
【0002】
乳癌は、英国、米国および日本において、最も一般的にみられる女性の癌である。現在国内の乳癌罹患者数は4万人を超えており、その数は未だに増加傾向にある。近年、マンモグラフィーまたは他の画像診断法を用いた医療機器の進歩により、乳癌の早期診断が可能になり、乳癌の治癒率は徐々に上昇していくことが見込まれている。
【0003】
しかし、早期診断により、乳癌の初期ステージで外科的摘出や放射線治療を受けたにもかかわらず、転移再発に至る患者は少なくない。実際、初発乳癌の切除手術後の5年生存率が90%以上であるにも関わらず、非特許文献1には、乳癌罹患者の約40%は死に至ることが開示されている。すなわち、乳癌の早期診断は、転移または再発リスクの低減に、必ずしも貢献していない。
また、転移または再発を経験しない乳癌患者も数多くいるが、転移再発のリスクを抑えるため、副作用を引き起こす治療薬の投与を余儀なくされ、不要な治療を受けている患者が多い。
反対に、実際には転移再発のリスクが高い患者に対して、温存治療の方針が示されることもある。したがって、個々の乳癌患者に対し、乳癌の転移再発の可能性を、早期に、適切かつ正確に評価し、最適な予後の治療方針を決定する必要がある。
【0004】
転移再発のリスクは、すでに乳癌の予後マーカーとして知られている腫瘍径、腋窩リンパ節転移の有無(腋窩リンパ節転移陰性の患者においては、血管侵襲の有無も遠隔転移を占う予測因子として追加される)、癌細胞の未分化度(未分化であるほど、gradeが高い)により評価されている。
【0005】
しかし、非特許文献1には、腋窩リンパ節転移がない患者の約1/3が遠隔転移再発をきたし、腋窩リンパ節転移陽性患者の約1/3が局所治療後10年を経ても再発転移が認められないことが開示されている。また、エストロゲンレセプター発現レベルの低値は、転移の高リスクと相関があることが知られているが、非特許文献1には、エストロゲンレセプター陽性乳癌では、骨転移をきたし易いことが開示されている。つまり、現状では、乳癌患者それぞれの転移再発リスクを十分に予測することができない。非特許文献1に、これらの予後マーカーで予後の良否を確信して判定できるのは患者の約30%で、残りの70%のうち約30%の患者が転移再発をきたすことが開示されているように、適切かつ正確に再発リスクの高低を判断できる新しい予後マーカーが必要である。
【0006】
様々なバイオマーカーが新しい乳癌予後マーカーの候補に挙げられている中で、ERBB2(epidermal growth factor receptor 2またはHER2/neu)は有望な予後マーカーとして注目を集めるようになったが、WHO基準によれば、リンパ節転移陽性患者の無再発生存率、全生存率を占うための予後マーカーとしての価値は、低〜中程度とされている。
また、流血中を循環している癌細胞を検出する方法に関する研究も進められている。転移巣を形成するために、癌細胞は周囲の組織に浸潤し、血液を介し体循環に乗り遠隔臓器の毛細血管床に留まり、さらにそこで浸潤増殖する必要がある。したがって、遠隔転移が生じる前にこの播種性癌細胞を検出するような方法が開発されれば、患者の予後予測に有用であると期待される。しかし、乳腺上皮マーカーであるサイトケラチン19の非特異的発現などの技術的な問題と、体循環に入った腫瘍細胞の0.1%未満しか転移巣を形成し得ないという事実により、播種性腫瘍細胞の予後マーカーとしての意義に一定の見解は得られていない。さらに、乳癌原発巣から抽出したタンパク質中のuPA(ウロキナーゼ型プラスミノーゲンアクチベーター)とPAI1(プラスミノーゲンアクチベーターインヒビター1)の活性値をELISA法により測定する方法が提案されているが、まだ実地臨床で広く活用されていない。
【0007】
乳癌患者の転移再発リスクを予測する新しい予後マーカーを探索する研究は、わずか1〜3個のマーカーと患者転帰との相関関係を調べているものがほとんどであったが、本疾患の不均質性を考慮すると、乳癌の転移再発予測には、同時に多様なマーカーを解析することが必要であると考えられる。それを可能にしたのがDNAマイクロアレイ技術であり、染色体全域に渡って、遺伝子発現解析を行うことができる。DNAマイクロアレイ技術と、unsupervised analysis(目的変数を指定せず、自動生成的に要因分析をする教師なし解析)を用いた遺伝子発現パターンの解析をもとに、乳癌は5つの亜型(basal−like群、ERBB2+群、normal tissue−like群、luminal A群、luminal B群)に群別化されている(非特許文献2−4)。重要なことは、これらの5つの亜型が臨床的にはっきりと区別できる患者分画を表していることである。例えば、basal−like群とERBB2+群の患者は生存期間が短く、一方で、エストロゲンレセプター陽性のluminal A群はすべての患者群の中で最も予後が良い。乳癌患者を、それぞれ特徴的な臨床像を呈する亜型に分類することで、亜型特異的な治療標的を見つけ、効果的な治療を行うことができると期待される。
【0008】
乳癌の臨床像を予測し得る遺伝子発現パターンを決定するための別のアプローチは、対象患者を限定したsupervised層別化法(目的変数を指定する教師あり解析)である。これらの患者層別化の報告では、リンパ節転移を認めなかった55才未満の乳癌患者において、遠隔転移再発を予見し得る70遺伝子の発現プロファイルを同定した(非特許文献5および6)。この後視的研究は、患者転帰に影響を及ぼす補助療法を行っておらず、また10年以上の観察期間があったため、特に有益な報告であった。この遺伝子セットにより、初発乳がんの特性は、転移再発が予想される予後不良群か、転移再発を来たす可能性が低い予後良好群のいずれかに群別化された。また、前述の試験とは別のマイクロアレイによる76遺伝子の発現状況を後視的に解析することで、すべての年齢層でリンパ節転移陰性乳癌患者の転帰を予測し得ることが示された(非特許文献7)。これら遺伝子の発現プロファイルは、乳癌患者個々への個別化治療に有用と考えられ、不必要な補助治療を受ける患者の数も減らすことができると期待されている。
【0009】
しかし、非特許文献5および6と、非特許文献7に開示されたこれらの2つの遺伝子セット間で、3つの遺伝子しかオーバーラップが認められていない。また、実際には、これらの遺伝子発現プロファイルを比較することは、容易なことではない。なぜなら、これらのマイクロアレイ解析では異なるアレイチップを用いており、数学的な解析手法も異なっているからである。異なるマイクロアレイチップを用いると、生物学的に同じ現象を表しているにもかかわらず、異なる遺伝子群が同定されることは以前から知られていた。そのため、遺伝子発現量の差異を逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(Reverse Transcriptase−Polymerase Chain Reaction、RT−PCR)によりmRNAレベルで、または免疫学的測定法によりタンパク質レベルで検証する必要があるが、70以上の遺伝子マーカーを解析することは、臨床上実用的ではない。また、supervised層別化の手法で決定された予後マーカー群の各々のマーカーが、必ずしも前述した乳癌の組織亜型をも反映しているとはいえない。これは、候補遺伝子の選択が、解析の対象となった患者群の構成および層別化の影響を強く受けるためである。
【0010】
特許文献1には、乳癌の予後診断のため、乳癌患者の生存可能性、乳癌再発の可能性、転移特性の3つの要素に分割した分子サインが開示されている。
また、特許文献2には、癌の予後診断マーカー群が開示されている。
【0011】
【特許文献1】特表2008−508895号公報
【特許文献2】特表2006−526998号公報
【非特許文献1】Weigelt B, et al. Brest cancer metastasis: markers and models, Nature Reviews, 2005, vol.5, p.591-602
【非特許文献2】Perou CM, et al. Molecular portraits of human breast tumors, Nature, 2000, vol.406, p.747-52
【非特許文献3】Sorlie T, et al. Gene expression patterns of breast carcinomas distinguish tumor subclasses with clinical implications, Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 2001, vol.98, p.10869-74
【非特許文献4】Sorlie T, et al. Repeated observation of breast tumor subtypes in independent gene expression data sets, Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 2003, vol.100, p.8418-23
【非特許文献5】van de Vijver MJ, et al. A gene-expression signature as a predictor of survival in breast cancer, N. Engl. J. Med. 2002, vol.347, p.1999-2009
【非特許文献6】van't Veer LJ, et al. Gene expression profiling predicts clinical outcome of breast cancer. Nature 2002, vol.415, 530-6
【非特許文献7】Wang Y, et al. Gene-expression profiles to predict distant metastasis of lymph-node-negative primary breast cancer, Lancet, 2005, vol.365, p.671-9
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
特許文献1に開示された技術によれば、確かに、乳癌患者群の生存率、再発率、転移発生率の統計的データのそれぞれと相関のある分子サインを選択することは可能であるが、個々の患者において、これら3つの要素は容易に分割できるものではない。よって、特許文献1に開示された分子サイン群は、乳癌患者の個別化治療に結びつくかは疑問であり、最適な予後の治療方針を決定する場面において、かえって混乱を招く可能性がある。
また、特許文献1および2には、乳癌を含めた、様々な癌の予後診断マーカー群が開示されているものの、これらの癌の予後診断マーカー群は、マーカー群に含まれる個々の遺伝子、またはその遺伝子が属するシグナリングパスウェイの機能を十分に考慮しておらず、転移再発リスクに対し、間接的あるいは二次的に発現変動する遺伝子も含まれている。
【0013】
以上のとおり、乳癌患者の転移再発リスクを予測する新しい予後マーカーの探索において、DNAマイクロアレイ解析は有用であるが、前述のように、候補遺伝子の選択のために用いるサンプル群の構成あるいは層別化の問題と、選択された遺伝子マーカー数の実用上の問題、またはマーカー群の意義上の問題のため、現状では、乳癌患者それぞれの転移再発リスクを十分にかつ有意に予測できる遺伝子セットはない。
そこで、本発明が解決しようとする課題は、上記の問題点を克服し、個々の乳癌患者に対し、乳癌の悪性度を、早期に、適切かつ正確に評価し、最適な予後の治療方針の決定を可能にする評価方法、並びにそれに用いるアレイ、キットを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、BMP7、CD24、CD44、CXCL12、PIK3R1、およびSOCS2からなる群から選択される少なくとも3種の遺伝子の発現量を測定することにより、乳癌の悪性度を評価することができることを見出し、本発明を完成した。
【0015】
すなわち、本発明は、以下の乳癌の悪性度の評価方法ならびに該評価方法に用いるアレイおよびキットを提供する。
[1]
乳癌の悪性度を評価する方法であって、
(1)被検試料における、BMP7、CD24、CD44、CXCL12、PIK3R1、およびSOCS2からなる群から選択される少なくとも3種の遺伝子の発現量を測定するステップと、
(2)前記少なくとも3種の遺伝子の発現パターンにより乳癌の悪性度を評価するステップと、を含む、方法。
[2]
前記(1)が、mRNAおよび/またはポリペプチドの発現量を測定するステップである、[1]に記載の方法。
[3]
前記mRNAに対応する、核酸および/または核酸断片が固定化されたアレイを用いて前記mRNAの発現量を測定する、[2]に記載の方法。
[4]
前記mRNAに対応する、核酸および/または核酸断片を検出するためのプライマーおよび/またはプローブを用いて前記mRNAの発現量を測定する、[2]に記載の方法。
[5]
前記ポリペプチドおよび/またはポリペプチド断片に対する、抗体および/または抗体断片を用いて前記ポリペプチドの発現量を測定する、[2]に記載の方法。
[6]
前記(1)が、前記被検試料における前記遺伝子の発現量と対照試料における前記遺伝子の発現量を測定するステップである、[1]〜[5]のいずれか1項に記載の方法。
[7]
前記発現パターンが、前記遺伝子の発現量の発現比率からなる、[6]に記載の方法。
[8]
前記発現パターンが、前記対照試料における前記遺伝子の発現量に対する前記被検試料における前記遺伝子の発現量から求められる相対発現量からなる、[6]に記載の方法。
[9]
前記(2)が、前記被検試料における遺伝子の発現パターンが、健常個体由来、非病変部位由来、低転移性癌細胞株、および低転移性癌を有する組織由来からなる群から選択される少なくとも1種の対照試料における遺伝子の発現パターンに近似するほど、乳癌の悪性度が低いと評価し、および/または
前記被検試料における遺伝子の発現パターンが、高転移性癌細胞株および高転移性癌を有する組織由来からなる群から選択される少なくとも1種の対照試料における遺伝子の発現パターンに近似するほど、乳癌の悪性度が高いと評価するステップである、[6]〜[8]のいずれか1項に記載の方法。
[10]
前記(2)が、前記被検試料における遺伝子の発現パターンが、健常個体由来、非病変部位由来、低転移性癌細胞株、および低転移性癌を有する組織由来からなる群から選択される少なくとも1種の対照試料における遺伝子の発現パターンと比較して、
(A)CD44およびSOCS2からなる群から選択される少なくとも1種の遺伝子の発現量が増加した遺伝子の発現パターンを示す場合、および/または
(B)BMP7、CD24、CXCL12、およびPIK3RIからなる群から選択される少なくとも1種の遺伝子の発現量が減少した遺伝子の発現パターンを示す場合に、
乳癌の悪性度が高いと評価するステップである、[6]〜[8]のいずれか1項に記載の方法。
[11]
前記低転移性癌細胞株が、MCF7細胞である、[9]または[10]に記載の方法。
[12]
前記高転移性癌細胞株が、MDA−MB−231細胞である、[9]に記載の方法。
[13]
乳癌の悪性度を評価するためのアレイであって、
BMP7、CD24、CD44、CXCL12、PIK3R1、およびSOCS2からなる群から選択される少なくとも3種の遺伝子に対応する核酸および/または核酸断片が支持体上の定められた領域に固定化される、アレイ。
[14]
乳癌の悪性度を評価するためのアレイであって、
BMP7、CD24、CD44、CXCL12、PIK3R1、およびSOCS2からなる群から選択される少なくとも3種の遺伝子に対応する核酸および/または核酸断片のみが支持体上の定められた領域に固定化される、アレイ。
[15]
乳癌の悪性度を評価するためのキットであって、
BMP7、CD24、CD44、CXCL12、PIK3R1、およびSOCS2からなる群から選択される3種の遺伝子のmRNAおよび/またはmRNA断片に対応する核酸および/または核酸断片を検出するためのプライマーおよび/またはプローブを含有する、キット。
[16]
乳癌の悪性度を評価するためのキットであって、
BMP7、CD24、CD44、CXCL12、PIK3R1、およびSOCS2からなる群から選択される3種の遺伝子にコードされたポリペプチドおよび/またはポリペプチド断片に対する抗体および/または抗体断片を含有する、キット。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、個々の乳癌患者に対し、乳癌の悪性度を、早期に、適切かつ正確に評価し、最適な予後の治療方針を決定することができるため、乳癌患者の個別化治療に有用であり、不必要な補助治療を受ける患者の数を減らすこともできる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明を実施するための最良の形態について詳細に説明する。なお、本発明は以下の実施するための最良の形態に限定されるものではなく、その要旨の範囲内で種々変形して実施することができる。
【0018】
本発明の乳癌の悪性度を評価する方法は、
(1)被検試料における、BMP7、CD24、CD44、CXCL12、PIK3R1、およびSOCS2からなる群から選択される少なくとも3種の遺伝子の発現量を測定するステップと、
(2)前記少なくとも3種の遺伝子の発現パターンにより乳癌の悪性度を評価するステップと、を含む、方法である。
【0019】
本発明において、乳癌の悪性度とは、乳癌の性質としての悪さ、すなわち増殖、転移、再発しやすさの程度であることを意味する。
本発明において、乳癌の転移とは、乳癌細胞が、リンパ節(リンパ節転移)や他の臓器(遠隔転移)に辿り着き、そこで増殖することを意味する。
本発明にいて、乳癌の再発とは、乳癌が、治療後、数ヵ月から数年を経て再び活動的になることを意味する。再発する部位によって、温存乳房や胸壁に起こる局所再発、腋窩リンパ節に起こる領域再発、そして乳房から離れた器官や組織、例えば肺、骨、肝臓、脳に起こる遠隔(全身)再発(すなわち転移)に分かれる。
また、本発明において、乳癌の悪性度を評価することにより、乳癌の転移再発の可能性を、早期に、適切かつ正確に評価し、最適な予後の治療方針の決定を可能にすることができる。
【0020】
乳癌の悪性度を評価する方法において、評価対象である候補遺伝子の選択のためには、組織型を考慮した上で、年齢や補助療法の有無などの個体差によるノイズを排除したシンプルな乳癌転移モデルが必要である。
本発明においては、国際公開第2008/93886号パンフレットに開示されるMCF7−14細胞と、広く利用されているMDA−MB−231細胞とを、乳癌転移モデルとして用いることにより、組織型を考慮した上で、年齢や補助療法の有無などの個体差によるノイズを排除した、乳癌の悪性度を評価する方法とすることができる。
【0021】
MCF7−14細胞は、luminal(上皮)typeかつ浸潤性/転移性の低いMCF7乳癌細胞株から選択された細胞であり、in vitroにおける高浸潤性、およびin vivoにおける高転移性が確認されている(国際公開第2008/93886号パンフレット)。
また、MDA−MB−231細胞は、basal/mesenchymal(間葉)typeかつ悪性度の高い細胞として、知られている。
本発明の評価方法は、候補遺伝子の選択のため、乳癌の悪性度を評価するための有用な乳癌転移モデルとして、MCF7細胞、MCF7−14細胞およびMDA−MB−231細胞における遺伝子発現プロファイルを比較したことにより、個々の乳癌患者に対し、乳癌の悪性度、例えば、乳癌の転移再発の可能性を、早期に、適切かつ正確に評価することができる方法である。
【0022】
本発明において、MCF7乳癌細胞、MCF7−14乳癌細胞およびMDA−MB−231乳癌細胞における遺伝子発現プロファイルを比較した結果、転移および/または再発の可能性に応じて発現量が変動するプローブセット、すなわち、MCF7細胞と比較し、MCF7−14細胞およびMDA−MB−231細胞の両方で、発現量に2倍以上の差異が認められた163プローブセット(144遺伝子に対応する)が見出された(表1および表2)。
【0023】
【表1】

【0024】
【表2】

【0025】
これら144遺伝子には、乳癌の悪性度と直接的な因果関係をもつ遺伝子と、間接的あるいは二次的に発現変動する遺伝子とが含まれるため、遺伝子マーカーの選択において、遺伝子の機能的な関わりや、転移再発メカニズムにおける役割を考慮することが必要である。加えて、数十以上の遺伝子マーカーを解析することは臨床上実用的ではないことも考慮し、これら144遺伝子について、パスウェイ解析、およびネットワーク解析を行い、転移再発のメカニズムにおいて、機能的に有意な候補遺伝子を絞込んだ。その結果、細胞移動・遊走や、薬剤排出などの異物代謝に関わるパスウェイに関与するBMP7、CD24、CD44、CXCL12、PIK3R1、SOCS2をそれぞれコードする遺伝子を、乳癌予後診断マーカーとして選択した。
【0026】
本発明において用いられる遺伝子セットは、BMP7、CD24、CD44、CXCL12、PIK3R1、およびSOCS2をそれぞれコードする遺伝子からなる群から選択され、少なくとも3つ以上の遺伝子から構成される。
【0027】
本発明において、転移再発のメカニズムにおいて、機能的に有意な遺伝子である、BMP7、CD24、CD44、CXCL12、PIK3R1、およびSOCS2から選ばれる少なくとも3種を評価することにより、個々の乳癌患者に対し、乳癌の悪性度を、早期に、適切かつ正確に評価することができる。
【0028】
BMP7は、Bone morphogenetic protein 7遺伝子(osteogenic protein 1、骨形成タンパク質7、NCBI Reference Sequences [RefSeq] ID:NM 001719)である。
【0029】
CD24は、グリコシル−ホスファチジルイノシトール結合型シアロ糖タンパク遺伝子(NCBI Reference Sequences [RefSeq] ID:NM 013230)であり、MDA−MB−231細胞におけるCD24の発現誘導は、CXCL12による下記細胞移動促進効果を抑制する(Schabath H, Runz S, Joumaa S, Altevogt P. CD24 affects CXCR4 function in pre-B lymphocytes and breast carcinoma cells. J Cell Sci 2006;119:314-25.を参照。)。
【0030】
CD44は、ヒアルロン酸受容体遺伝子(NCBI Reference Sequences [RefSeq] ID:NM 000610)であり、CD44(standard form)の発現誘導は、MCF7乳癌細胞の移動および浸潤を増強することが報告されている(Hill A, McFarlane S, Mulligan K, et al. Cortactin underpins CD44-promoted invasion and adhesion of breast cancer cells to bone marrow endothelial cells. Oncogene 2006;25:6079-91.を参照)。
【0031】
CXCL12は、ケモカイン[C−X−C motif]リガンド 12遺伝子(stromal cell−derived factor 1 [SDF1]、NCBI Reference Sequences [RefSeq] ID: NM 199168)であり、CCXCL12の発現誘導は、MCF7細胞の移動を促進することが知られている。
【0032】
PIK3R1は、phosphoinositide−3−kinase遺伝子(regulatory subunit 1 [alpha]、ホスファチジルイノシトール3-リン酸化酵素サブユニット、NCBI Reference Sequences [RefSeq] ID: NM 181504)であり、dominant negative PIK3R1の過剰発現、あるいはPI3キナーゼのインヒビターの添加は、MDA−MB−231細胞の運動性を抑制することも報告されている(Sliva D, Rizzo MT, English D.Phosphatidylinositol 3-kinase and NF-κB regulate motility of invasive MDA-MB-231 human breast cancer cells by the secretion of urokinase-type plasminogen activator. J Biol Chem 2002;277:3150-7.を参照)。
【0033】
SOCS2は、suppressor of cytokine signaling 2遺伝子(CIS2、Cish2、SSI2、STATI2、RefSeq ID: NM 003877)である。
乳癌原発巣におけるSOCS2の高発現またはBMP7の低発現が、乳癌の骨転移巣の形成に関連する(Buijs JT, Henriquez NV, van Overveld PG, et al. Bone morphogenetic protein 7 in the development and treatment of bone metastases from breast cancer. Cancer Res 2007;67:8742-51.およびMinn AJ, Kang Y, Serganova I, et al. Distinct organ-specific metastatic potential of individual breast cancer cells and primary tumors. J Clin Invest 2005;115:44-55.を参照)。
【0034】
本発明において用いられる被検試料としては、個体より採取した乳腺、乳汁、センチネルリンパ節、血液等の生体試料が挙げられる。
本発明において用いられる対照試料としては、健常個体由来の組織、乳汁、血液等の生体試料、非病変部の組織、または予後調査によって悪性度が確認された乳癌患者より採取した乳腺、乳汁、血液、転移病変組織等の生体試料、および乳癌細胞株が考えられる。
好ましくは、前記癌を有する乳腺、または乳癌細胞株において、転移性の程度が異なるものを用いればよく、データの再現性や入手の容易さを考慮すると、MCF7乳癌細胞株と、MDA−MB−231乳癌細胞株を用いることが好適である。
【0035】
遺伝子の発現量は、遺伝子から転写されたmRNAおよび/またはその断片の量、または該mRNAから翻訳されたタンパク質および/またはその断片の量から、測定される。本発明において、被検試料および対照試料における遺伝子の発現量は、当業者に公知の任意の方法・手段により、測定することができる。
【0036】
mRNA発現量の測定法としては、例えば、mRNAに対応する核酸および/または核酸断片が固定化されたアレイを用いて、mRNA発現量を測定することが挙げられ、具体的には、DNAマイクロアレイ(DNAチップ)、オリゴヌクレオチドマイクロアレイ、ノーザンブロッティング(ノーザンハイブリダイゼーション)、in situ ハイブリダイゼーション、RNA分解酵素プロテクションアッセイ、および逆転写ポリメラーゼ連鎖反応等をはじめとする、ハイブリダイゼーションによる方法や、核酸増幅による方法を用いることができる。
mRNAに対応する核酸および/または核酸断片としては、上述したような方法で用いられる核酸および/または核酸断片が挙げられ、mRNA、を検出するための核酸および/または核酸断片、mRNAから合成したcDNA、cRNAを検出するための核酸および/または核酸断片が挙げられる。
【0037】
タンパク質発現量の測定法としては、例えば、ポリペプチドおよび/またはポリペプチド断片に対する抗体および/または抗体断片を用いて、ポリペプチドの発現量を測定する方法が挙げられ、具体的には、ウェスタンブロッティング、ELISAアッセイ、フローサイトメトリー、プロテインアレイ、免疫組織染色、イムノクロマトグラフィーおよび酵母Two−Hybrid等を挙げることができる。
本発明において、抗体断片とは、例えば、抗体のポリペプチドである抗原と結合するFab部分が挙げられる。
【0038】
遺伝子発現量の測定は、データの再現性を考慮し、同一試料の各遺伝子に対して複数のデータを得ることが望ましい。その場合、これらデータの平均値を各遺伝子の発現量とすることができる。また、これらデータの分散あるいは標準偏差の値から、再現性を検証することができる。
【0039】
少なくとも3種の遺伝子の発現パターンにより乳癌の悪性度を評価するステップとしては、測定された遺伝子の発現量の数値を、被検試料と対照試料とでパターン化して比較する。
遺伝子のパターンとしては、例えば、内部コントロールとしてハウスキーピング遺伝子の発現量を1とし、内部コントロールに対する相対発現量を対照試料、被検試料について算出して、乳癌の悪性度を評価することもできる。内部コントロールは、GAPDHなどのハウスキーピング遺伝子の他、試料間で発現量が変化しないと考えられる遺伝子を用いることができる。さらに、被検試料における発現量の、少なくとも1つの対照試料における発現量に対する、相対発現量を算出してもよく、具体的には、対照試料における発現量を1としたときの、被検試料における発現量を相対発現量として算出し、被検試料における遺伝子の発現パターンとして評価することができる。予め、対照試料における発現量のレベルが既知である場合は、被検試料の対照試料に対する相対発現量によって、遺伝子ごとに高値、または低値という結果でもよい。
また、例えば、被検試料における発現量および対照試料における発現量をそれぞれ、発現量の平均値または中央値で除した発現比率として、発現パターンを算出することもできる。
【0040】
本発明においては、上記6遺伝子から少なくとも3種の遺伝子を選択し、少なくとも3種の遺伝子の発現パターンを比較する。または、前記遺伝子それぞれの発現レベルについて、対照試料に対して、SOCS2またはCD44の発現レベルが高いか、BMP7、CD24、CXCL12またはPIK3R1の発現レベルが低いかを比較する。
遺伝子の発現パターンの解析と表示は、様々な方法を採用することができる。最も一般的な方法は、列が被検試料および対照試料、行が各遺伝子を示すグラフィカル・デンドグラムに、被検試料の対照試料に対する発現比率を配列させる方法である。各遺伝子の発現比率は、色で視覚化することができる。そうしたデータ表示には商業上利用可能なコンピュータソフトウェア、例えば、Silicon Genetics, Inc.の「GeneSpring」を利用できる。また、一般的な表計算ソフトウェアを用いて、ヒストグラムによる表示と、分散分析(ANOVA)や多重比較等の統計解析を行うこともできる。
【0041】
少なくとも3種の遺伝子の発現パターンにより乳癌の悪性度を評価するステップにより、個々の乳癌患者に対し、乳癌の悪性度を、早期に、適切かつ正確に評価することができる。
評価するステップとしては、被検試料における遺伝子の発現パターンが、健常個体由来、非病変部位由来、低転移性癌細胞株、および低転移性癌を有する組織由来からなる群から選択される少なくとも1種の対照試料における遺伝子の発現パターンに近似するほど、乳癌の悪性度が低いと評価し、かつ
被検試料における遺伝子の発現パターンが、高転移性癌細胞株および高転移性癌を有する組織由来からなる群から選択される少なくとも1種の対照試料における遺伝子の発現パターンに近似するほど、乳癌の悪性度が高いと評価する、方法が挙げられる。
また、評価するステップとしては、被検試料における遺伝子の発現パターンが、健常個体由来、非病変部位由来、低転移性癌細胞株、および低転移性癌を有する組織由来からなる群から選択される少なくとも1種の対照試料における遺伝子の発現パターンと比較して、
(A)CD44およびSOCS2からなる群から選択される少なくとも1種の遺伝子の発現量が増加した場合、
(B)BMP7、CD24、CXCL12、およびPIK3RIからなる群から選択される少なくとも1種の遺伝子の発現量が減少した場合に、乳癌の悪性度が高いと評価する方法が挙げられる。
【0042】
本発明において、健常個体由来の対照試料とは、例えば、癌を発症していない個体由来の乳腺組織、リンパ節組織、乳汁、血液が挙げられる。
本発明において、非病変部位由来の対照試料とは、例えば、癌を発症している個体の癌病変を有する乳腺組織のうち、癌病変以外の乳腺組織が挙げられる。
本発明において、低転移性癌細胞株とは、例えば、MCF7ヒト乳癌細胞株が挙げられる。
本発明において、低転移性癌を有する組織由来の対照試料とは、例えば、予後調査により転移が認められなかった個体から採取した癌病変を有する乳腺組織が挙げられる。
本発明において、高転移性癌細胞株とは、例えば、MDA−MB−231ヒト乳癌細胞株が挙げられる。
本発明において、高転移性癌を有する組織由来の対照試料とは、例えば、予後調査により転移が認められた個体から採取した癌病変あるいは転移癌病変を有する組織が挙げられる。
【0043】
遺伝子発現パターンの近似の程度を解析するための最も一般的な方法として、クラスタ解析が挙げられ、同じく「GeneSpring」などの解析ソフトウェアを利用できる。単純には、例えば、被検試料、MCF7細胞およびMDA−MB−231細胞における遺伝子発現パターンをクラスタ解析により比較し、MCF7細胞と同じクラスタに分類されれば、その悪性度は比較的低いと評価でき、反対にMDA−MB−231細胞と同じクラスタに分類されると、悪性度は比較的高いと判断できる。近似の度合いは、階層的クラスタ解析によってサンプルの樹形図を作成し、視覚的に表現することができる。具体的には、階層的クラスタ解析を行い、列が被検試料および対照試料、行が各遺伝子を示すグラフィカル・デンドログラムとして出力すればよい。高転移性乳癌細胞株の発現パターンに近似するほど、その悪性度が高いと評価できる。
【0044】
本発明においては、少なくとも3種の遺伝子の発現パターンを評価することにより、個々の乳癌患者に対し、乳癌の悪性度を、早期に、適切かつ正確に評価することができるが、好ましくは、少なくとも4種、より好ましくは、少なくとも5種、さらに好ましくは、6種全ての発現パターンを評価することにより、より精度高く、乳癌の悪性度を評価することができる。
【0045】
本発明のアレイまたはキットは、被検試料における該遺伝子の発現量、すなわち、該遺伝子から転写されるmRNA量、または該遺伝子がコードするタンパク質の発現量を測定する方法に用いられるものである。
本発明のアレイは、乳癌の悪性度を評価するためのアレイであって、
BMP7、CD24、CD44、CXCL12、PIK3R1、およびSOCS2からなる群から選択される少なくとも3種の遺伝子に対応する核酸および/またはその核酸断片が支持体上の定められた領域に固定化される、アレイである。
本発明のアレイは、乳癌の悪性度を評価するためのアレイであって、
BMP7、CD24、CD44、CXCL12、PIK3R1、およびSOCS2からなる群から選択される少なくとも3種の遺伝子に対応する核酸および/またはその核酸断片のみが支持体上の定められた領域に固定化される、アレイである。
【0046】
本発明のキットは、mRNAの発現量を測定するキットとしては、乳癌の悪性度を評価するためのキットであって、
BMP7、CD24、CD44、CXCL12、PIK3R1、およびSOCS2からなる群から選択される少なくとも3種の遺伝子のmRNAおよび/またはそのmRNA断片を検出するためのプライマーおよび/またはプローブを含有する、キットである。
また、本発明のキットは、ポリペプチドの発現量を測定するキットとしては、乳癌の悪性度を評価するためのキットであって、
BMP7、CD24、CD44、CXCL12、PIK3R1、およびSOCS2からなる群から選択される少なくとも3種の遺伝子にコードされたポリペプチドおよび/またはそのポリペプチド断片に対する抗体および/または抗体断片を含有する、キットである。
【0047】
例えば、本発明のアレイまたはキットに含まれる、少なくとも3種の遺伝子に対応する核酸またはその核酸断片の塩基配列、ならびに少なくとも3種の遺伝子のmRNAおよび/またはそのmRNA断片を検出するためのプライマーおよび/またはプローブの塩基配列は、本発明における6種の遺伝子の核酸配列に対応していればよい。
核酸および/または核酸断片、ならびにプライマーおよび/またはプローブとしては、本発明における6種の遺伝子の少なくとも一部の塩基配列に対応するポリヌクレオチドおよび/またはオリゴヌクレオチドが挙げられ、その長さは、数十塩基対とすることができる。
本発明における6種の遺伝子の配列情報については、例えば、Genbank等のデータベースから容易に入手できるので、アレイまたはキットに用いられる情報に基づき、少なくとも3種の遺伝子に対応する核酸および/または核酸断片、およびそのmRNAおよび/またはそのmRNA断片を検出するためのプライマーおよび/またはプローブは、当業者が適宜、選択・設計し、調整することができる。それらは、ノーザンブロッティングにおけるプローブ、PCRにおけるプライマー等としても使用することができる。また、本発明のキットに含まれる、該遺伝子がコードするポリペプチドの少なくとも一部に対する抗体および/またはその抗体断片は、当業者が任意の方法で作製でき、それらは、ウェスタンブロッティングやELISAアッセイなどの免疫学的測定法だけでなく、免疫染色法にも使用できる。さらに、必要に応じて、ポリヌクレオチド/オリゴヌクレオチド、抗体またはその抗体断片は、放射性物質、蛍光物質、色素等の適当な標識物質によって、標識されてもよい。
本発明における遺伝子の一部の塩基配列をプライマーとして使用する場合、配列は特に限定されないが、好ましくは、後述の表3に記載の配列を使用する。
【0048】
上記のアレイまたはキットには、その構成および使用目的に応じて、当業者に公知の他の要素、または成分が含まれ、例えば、各種試薬、酵素、緩衝液、反応プレート(容器)等が挙げられる。各種試薬には、コントロールとして用いるための、対照試料由来の試薬が含まれうる。
【実施例】
【0049】
以下、本発明を実施例によって説明するが、本発明の技術的範囲は、以下の実施例の記載によって、何ら限定して解釈されるものではない。また、特に記載の無い場合には、当業者に公知の、標準的な方法で行われた。
【0050】
(ヒト乳癌細胞株)
ヒト乳癌細胞株は、luminal typeであり、かつ悪性度が低いMCF7乳癌細胞株と、MCF7細胞から選択した高浸潤および転移性であるMCF7−14乳癌細胞株と、およびbasal/mesenchymal typeであり、かつ悪性度の高いMDA−MB−231乳癌細胞株とを用いた。
MCF7細胞、およびMDA−MB−231細胞は、それぞれ東北大学加齢医学研究所(TKG 0479)、およびAmerican Type Culture Collection(ATCC,Manassas,VA,USA)から購入した。
MCF7−14細胞は、国際公開第2008/093886号公報に記載の方法に準じて作成した細胞(受託番号:FERM BP−10944)を用いた。
【0051】
(蛍光免疫染色)
上記の細胞を、4%パラホルムアルデヒド(PFA)/リン酸緩衝溶液(PBS)溶液で固定し、スキムミルクで非特異的反応をブロッキングした後、マウス抗E−cadherinモノクローナル抗体(クローン、67A4;Santa Cruz Biotechnology, Inc.;希釈倍率、1:100希釈)およびマウス抗vimentinモノクローナル抗体(V9,DAKO,1:300)溶液を加え、室温で1時間、インキュベートした。0.1%Triton−X添加PBSで洗浄後、引き続き、Alexa Fluor 488標識ヤギ抗マウスIgG抗体溶液によるインキュベーション、4’6−diamidino−2−phenylindole(DAPI)による細胞核の対比染色を行った。蛍光像の観察は、ZEISS社のAxioVisionソフトウェアを用いた。
【0052】
(total RNAの抽出)
上記のヒト乳癌細胞株を、Thymidine−Hydroxyurea法により、細胞周期のS期に同調させた後、Qiagen社のRNeasy Miniキットを用いて、total RNAを抽出した。
【0053】
(DNAマイクロアレイ解析)
抽出したtotal RNAから、One−Cycle cDNA Synthesis Kit (Affymetrix)により二本鎖cDNAを合成し、GeneChip Sample Cleanup Module (Affymetrix)により精製した。GeneChip IVT Labeling Kitにより、ビオチン標識されたcRNAを合成し、GeneChip Sample Cleanup Moduleにより精製した。15mgの標識cRNAを、Human Genome U133 Plus 2.0 Array(Affymetrix)にハイブリダイズさせ、そのアレイイメージをGeneChip operatingソフトウェア(Affymetrix)でスキャンした。
【0054】
(DNAマイクロアレイデータ解析)
上記DNAマイクロアレイデータを、GeneSpring GX 7.3.1ソフトウェア、およびMultiExperiment Viewer(MeV)4.2ソフトウェア(part of the TM4 Software Suite, open source)を用いて解析した。各チップにおけるマイクロアレイデータを、第50百分位で正規化(normalization)した後、各プローブのデータ値を、全てのサンプルにおけるデータの中央値(median)で正規化した。
3つの細胞のうち2つ以上の細胞でdetection flagが"present"であり、かつ全ての細胞においてシグナル強度が50以上の遺伝子を対象に、average linkage hierarchical clustering解析を行った。
【0055】
(逆転写ポリメラーゼ連鎖反応)
抽出したtotal RNA 2μgから、SuperScript III reverse transcriptase(Invitrogen)を用いて、逆転写(RT)反応を50℃で1時間行ってcDNAを合成し、85℃、5分間の加熱により、反応を停止させた。得られたcDNA 0.2μLおよび0.5μMのプライマーを含む、7.5μLの反応溶液に、Power SYBR Green PCR Master Mix(Applied Biosystems)2.5μLを加え、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を行い、各PCRサイクル終了時における増幅産物の蛍光強度を測定した。本実験で用いたプライマーの塩基配列を、表3に示す。PCRおよび蛍光強度の測定は、7900HT Fast Real−Time PCR Systemにより制御した(95℃、10分間のプレインキュベーション;95℃、15秒間のデナチュレーションに続く、60℃、1分間のアニーリング/エロンゲーションのサイクルを40サイクル)。それぞれのプライマーに対するトリプリケイトの実験を、全ての細胞で2回行った。
【0056】
【表3】

【0057】
(定量RT-PCRデータ解析)
各遺伝子の定量RT-PCRデータは、内部コントロールであるGAPDHのmRNA発現量に正規化し、MCF7細胞における発現量に対する相対値とした。統計学的解析は、ANOVAおよびTukey−Kramer multiple comparisonにより行い、P<0.05を有意とした。
【0058】
(フローサイトメトリー)
クローン化したMCF−7細胞およびMCF−7−14細胞を、Phycoerythrin(PE)標識抗CD44モノクローナル抗体(G44−26,BD Biosciences)またはPE標識抗CD24モノクローナル抗体(ML5,BD Biosciences)で染色し、FACSCalibur(BD Biosciences)を用いて、CD44およびCD24タンパク質の発現レベルを測定した。
【0059】
(epithelialおよびmesenchymalマーカーの発現比較)
蛍光免疫染色の結果から、MCF7細胞およびMCF7−14細胞では、細胞間接着面にE−cadherinの発現が認められたが、vimentinの発現は認められなかった(図1)。一方、MDA−MB−231細胞では、E−cadherinの発現は認められなかったが、細胞質にvimentinの発現が認められた(図1)。定量RT−PCRによるmRNA発現レベルの測定においても、MCF7細胞およびMCF7−14細胞との間に有意な差異は認められなかったが、MDA−MB−231細胞では、MCF7細胞およびMCF7−14細胞と比較して、E−cadherinの発現レベルが有意に低く、mesenchymalマーカーの発現レベルは有意に高かった(図2)。MCF7−14細胞のepithelial/mesenchymalマーカーの発現レベルは、MCF7細胞と同様に、epithelial typeの発現パターンを示すことが分かった。
【0060】
(DNAマイクロアレイデータのクラスタ解析)
MCF7細胞、MCF7−14細胞およびMDA−MB−231細胞における、インフォーマティブな13,092遺伝子の遺伝子発現プロファイルを、相対比較によるグラフィカル デンドログラムで示す(図3)。MCF7−14細胞の遺伝子発現プロファイルは、MDA−MB−231細胞よりも、MCF7細胞に類似していることが分かった。
【0061】
(BMP7、CD24、CD44、CXCL12、PIK3R1、SOCS2遺伝子の発現比較)
MCF7細胞、MCF7−14細胞、およびMDA−MB−231細胞の遺伝子発現プロファイルから、BMP7、CD24、CD44、CXCL12、PIK3R1、SOCS2の発現データを抽出し、クラスタ解析により比較すると、MCF7−14細胞は、MCF7細胞ではなく、MDA−MB−231細胞と同じクラスタに分類された(図4、図5)。
該遺伝子のmRNA発現レベルを、定量RT−PCRによって測定した結果も同様であり、MCF7−14細胞およびMDA−MB−231細胞では、MCF7細胞と比較し、CXCL12については有意な差異は認められなかったが、CD44およびSOCS2の発現レベルは有意に高く、BMP7、CD24およびPIK3R1の発現レベルは有意に低かった(図6)。
フローサイトメトリーによるタンパク質レベルでの発現解析においても、クローン化したMCF7−14細胞は、クローン化したMCF7細胞と比較して、CD44の発現レベルが高く、CD24の発現レベルは低かった(図7)。
【0062】
以上のように、MCF7−14細胞は、epithelial/mesenchymalマーカーの発現レベルでは、予後が比較的良好とされるepithelial typeの発現パターンを示し、全てのインフォーマティブ遺伝子による遺伝子発現プロファイリングの結果も、MCF7細胞とよく類似している。
しかし、BMP7、CD24、CD44、CXCL12、PIK3R1、SOCS2遺伝子のmRNA、あるいはそれらがコードするタンパク質の発現レベルを比較することにより、MCF7−14細胞は、MCF7細胞と明らかに区別され、悪性度の高いMDA−MB−231細胞と類似する発現パターンを示していることが分かった。このことは、前記遺伝子の発現レベルが真に転移再発リスクを反映することを示している。実際、in vitro wound healing assayやマウス移植モデルにおいて、MCF7−14細胞の高浸潤性および高転移性が確認されており、本実施例において、BMP7、CD24、CD44、CXCL12、PIK3R1、SOCS2遺伝子の発現量を測定することにより、転移再発リスクを評価することが可能であることが示された。
すなわち、MCF7細胞を乳癌の悪性度の陰性対照として、MDA−MB−231細胞を乳癌の悪性度の陽性対照として、MCF7細胞の乳癌の悪性度を評価すると、MCF7−14細胞は、乳癌の悪性度が高いと判断された。
epithelialおよびmesenchymalマーカーの発現比較からは、MCF7細胞同様に、MCF7−14細胞は、乳癌の悪性度が低い細胞であると判断されるが、本発明の乳癌の悪性度の評価方法によれば、MDA−MB−231細胞同様に、乳癌の悪性度が高い細胞であると判断された。このことは、国際公開第2008/93886号パンフレットに開示されている、MCF7細胞およびMCF7−14細胞のヌードマウス移植モデルにおける結果に合致する結果であった。
【0063】
本実施例では、上記6遺伝子遺伝子の発現量の測定を、該遺伝子から転写されるmRNA量をDNAマイクロアレイおよび定量RT−PCRで測定することにより行ったが、既に記載したように、6遺伝子の発現量を評価するために用いることのできる他の任意の方法を使用することができる。また、遺伝子がコードするタンパク質の発現量を測定することにより、例えば、ELISAアッセイなどの免疫学的測定法や免疫染色法により、実施することも可能である。いずれの方法も、他疾病の臨床検査にも使用されているため、汎用性が高く、検体採取から結果が得られるまでの時間も数日以内であり、臨床応用が十分に期待できる。また、本発明は、多くとも6つの遺伝子の発現量により乳癌の悪性度の評価を行う方法であり、他の分子マーカー群と比較して、実用性が高く、ハイスループットな乳癌の予後診断が見込める。
【0064】
本発明は、実施例1で示したように、一般的な表計算ソフトによっても、GeneSpringなどの解析ソフトウェアによっても、データ解析を行うことができる。特に、クラスタ解析で得られた結果は、視覚的に理解しやすく、個々の患者の予後診断に混乱を招く可能性が低いため、多検体のデータを同時に扱う場合には、特に有用である。また、これら発現量データは、データベースに蓄積され、クラスタ解析に再活用されることで、予後診断の正確性および信頼性をより高めることができると期待され、臨床上有用なデータになると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0065】
現在までのところ、病理組織学的に診断される組織型に合わせて治療法が決定されているが、予後予測の精度が低いため、不必要であるかもしれない治療でも行わざるを得ない状況にある。本発明は、個々の乳癌患者に対し、乳癌の悪性度を早期に、適切かつ正確に評価し、最適な予後の治療方針の決定する上で、有用なツールになり得ると考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0066】
【図1】実施例1における蛍光免疫染色の図(写真)を示す。
【図2】定量RT−PCRにより測定したmRNAの発現量を示す。
【図3】DNAマイクロアレイ解析に基づくクラスタリングを示す。
【図4】DNAマイクロアレイ解析に基づくクラスタリング(6遺伝子)を示す。
【図5】DNAマイクロアレイ解析に基づくクラスタリング(3遺伝子)を示す。
【図6】定量RT−PCRにより測定したmRNAの発現量を示す。
【図7】フローサイトメトリーによるタンパク質発現解析の図を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
乳癌の悪性度を評価する方法であって、
(1)被検試料における、BMP7、CD24、CD44、CXCL12、PIK3R1、およびSOCS2からなる群から選択される少なくとも3種の遺伝子の発現量を測定するステップと、
(2)前記少なくとも3種の遺伝子の発現パターンにより乳癌の悪性度を評価するステップと、を含む、方法。
【請求項2】
前記(1)が、mRNAおよび/またはポリペプチドの発現量を測定するステップである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記mRNAに対応する、核酸および/または核酸断片が固定化されたアレイを用いて前記mRNAの発現量を測定する、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記mRNAに対応する、核酸および/または核酸断片を検出するためのプライマーおよび/またはプローブを用いて前記mRNAの発現量を測定する、請求項2に記載の方法。
【請求項5】
前記ポリペプチドおよび/またはポリペプチド断片に対する、抗体および/または抗体断片を用いて前記ポリペプチドの発現量を測定する、請求項2に記載の方法。
【請求項6】
前記(1)が、前記被検試料における前記遺伝子の発現量と対照試料における前記遺伝子の発現量を測定するステップである、請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
前記発現パターンが、前記遺伝子の発現量の発現比率からなる、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記発現パターンが、前記対照試料における前記遺伝子の発現量に対する前記被検試料における前記遺伝子の発現量から求められる相対発現量からなる、請求項6に記載の方法。
【請求項9】
前記(2)が、前記被検試料における遺伝子の発現パターンが、健常個体由来、非病変部位由来、低転移性癌細胞株、および低転移性癌を有する組織由来からなる群から選択される少なくとも1種の対照試料における遺伝子の発現パターンに近似するほど、乳癌の悪性度が低いと評価し、および/または
前記被検試料における遺伝子の発現パターンが、高転移性癌細胞株および高転移性癌を有する組織由来からなる群から選択される少なくとも1種の対照試料における遺伝子の発現パターンに近似するほど、乳癌の悪性度が高いと評価するステップである、請求項6〜8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
前記(2)が、前記被検試料における遺伝子の発現パターンが、健常個体由来、非病変部位由来、低転移性癌細胞株、および低転移性癌を有する組織由来からなる群から選択される少なくとも1種の対照試料における遺伝子の発現パターンと比較して、
(A)CD44およびSOCS2からなる群から選択される少なくとも1種の遺伝子の発現量が増加した遺伝子の発現パターンを示す場合、および/または
(B)BMP7、CD24、CXCL12、およびPIK3RIからなる群から選択される少なくとも1種の遺伝子の発現量が減少した遺伝子の発現パターンを示す場合に、
乳癌の悪性度が高いと評価するステップである、請求項6〜8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
前記低転移性癌細胞株が、MCF7細胞である、請求項9または10に記載の方法。
【請求項12】
前記高転移性癌細胞株が、MDA−MB−231細胞である、請求項9に記載の方法。
【請求項13】
乳癌の悪性度を評価するためのアレイであって、
BMP7、CD24、CD44、CXCL12、PIK3R1、およびSOCS2からなる群から選択される少なくとも3種の遺伝子に対応する核酸および/または核酸断片が支持体上の定められた領域に固定化される、アレイ。
【請求項14】
乳癌の悪性度を評価するためのアレイであって、
BMP7、CD24、CD44、CXCL12、PIK3R1、およびSOCS2からなる群から選択される少なくとも3種の遺伝子に対応する核酸および/または核酸断片のみが支持体上の定められた領域に固定化される、アレイ。
【請求項15】
乳癌の悪性度を評価するためのキットであって、
BMP7、CD24、CD44、CXCL12、PIK3R1、およびSOCS2からなる群から選択される3種の遺伝子のmRNAおよび/またはmRNA断片に対応する核酸および/または核酸断片を検出するためのプライマーおよび/またはプローブを含有する、キット。
【請求項16】
乳癌の悪性度を評価するためのキットであって、
BMP7、CD24、CD44、CXCL12、PIK3R1、およびSOCS2からなる群から選択される3種の遺伝子にコードされたポリペプチドおよび/またはポリペプチド断片に対する抗体および/または抗体断片を含有する、キット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−130993(P2010−130993A)
【公開日】平成22年6月17日(2010.6.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−312740(P2008−312740)
【出願日】平成20年12月8日(2008.12.8)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成20年11月20日 BMB2008(第31回日本分子生物学会年会・第81回日本生化学会大会合同大会)発行の「第31回日本分子生物学会年会・第81回日本生化学会大会合同大会BMB2008講演要旨集」に発表
【出願人】(503442709)株式会社 バイオマトリックス研究所 (11)
【Fターム(参考)】