説明

乳酸の製造方法

【課題】乳酸を効率よく生産できる方法を提供する。
【解決手段】乳酸菌の培養による乳酸の製造方法において、前記乳酸菌の培養開始後、12〜36時間は、培地のpHの調節を行なわずに乳酸菌を培養する第一の培養段階;および該第一の培養段階後、培地のpHを4.5〜7.5に調節しながら、24〜120時間培養する第二の培養段階を有する、乳酸の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、乳酸の製造方法に関するものである。特に、本発明は、乳酸菌を用いて高い発酵効率で乳酸を製造する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
現在、乳酸は食品添加物として清酒、清涼飲料、漬物、醤油、製パンまたはビールなどの製造に使用され、また、工業用として皮革、繊維、プラスチック、医薬品または農薬などの製造に使用されている。また、最近では乳酸の誘導体または合成中間体である乳酸エチルまたは乳酸ブチルなどのエステル類は安全性の高い溶剤、洗浄剤としての用途が広がっている。さらに、乳酸のポリマーであるポリ乳酸は、生分解性ポリマーとしての用途が拡大するものとして期待されている。
【0003】
今日得られる乳酸としては、石油化学製品から化学合成によって製造される乳酸と発酵により製造される乳酸とがある。このうち、石油化学製品から化学合成によって製造される乳酸は、一般に乳酸エステルの形で精製されるため高純度であるが、ラセミ体であり、光学活性を有しない。一方、発酵により製造される乳酸は、L体またはD体の光学活性体およびラセミ体が存在し、発酵に使用する微生物の種類により自由に必要とする光学活性体を調製できる。このように、光学活性を持つ乳酸は、特に医薬や農薬分野において強く求められているものの、現在のところ発酵法でしか生産することができないのが現状である。
【0004】
このため、現在、発酵により光学活性を持つ乳酸を製造する様々な方法が報告されている。一般的に、乳酸を発酵により生産する場合には、乳酸菌をカルシウム塩やナトリウム塩などのアルカリを用いて中和しながら培養して、乳酸塩の形態で培養液中に蓄積させる方法が使用されている。しかしながら、このような方法では、乳酸は、塩の形態で存在しているため、乳酸を酸の形態で得るためにはさらにアルカリを除去する工程を必要とするため、製造工程数が多くなり、これに伴うコストの上昇が避けられないという現状がある。また、上記方法において、塩基を添加せずに(即ち、pHを調節せずに)培養を行なうことも考えられるが、pHの低下に伴い、菌体の成長が著しく低下し、乳酸の収率が低くなり、当該方法もやはり実用的とはいいがたいという問題がある。
【0005】
または、遺伝子操作を用いて乳酸デヒドロゲナーゼをコードする遺伝子を大腸菌に導入し、この大腸菌を培養することによって、乳酸を高レベルで製造する方法が報告されている(例えば、特許文献1)。しかしながら、この方法においても、大腸菌は、乳酸の生成による培養液のpHの低下により、成長が阻害されるため、細胞の培養を、通常、4〜8、より好ましくは6〜7(請求項9,10参照)といった比較的高いpHに保ちながら行なうが、このような方法では、上記したのと同様、乳酸が塩の形態で製造されるため、乳酸の形態に戻すためにはアルカリを除去する工程を必要とするため、コストの上昇が避けられないという問題が依然として残ってしまう。上記点に加えて、遺伝子組み換えなどを用いて菌を改良する方法は、一般的に手間や時間がかかるという問題もある。
【0006】
上記方法に加えて、乳酸の生産量を向上させるために乳酸菌の培養条件を最適化する方法もまた考えられる。しかしながら、乳酸の生産に一般的に使用される乳酸菌は栄養要求性が高いため、培養条件は大きく限定されてしまい、培養条件を自由に変更することは困難であるという問題がある。
【0007】
上述したように、高純度の光学活性を有する乳酸を容易に製造する方法の開発が医薬、農薬分野において強く求められている現状を鑑みると、より高い発酵効率で乳酸菌を培養できる方法の確立が依然として要求されている。
【特許文献1】特開2005−102625号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記事情を鑑みてなされたものであり、高い収率で乳酸を製造できる方法を提供することを目的とする。
【0009】
本発明の他の目的は、短時間でかつ高い収率で乳酸を製造できる方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記の問題を解決すべく、鋭意研究を行った結果、乳酸菌を培養する際に、培養開始してからある一定の期間は培地のpHの調節を行なわずに乳酸菌をある程度成長させた後、培地のpHを中性付近になるように調節しながら培養をさらに続けることによって、従来より短期間でかつ高い発酵効率で乳酸を生産できることを知得し、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、上記諸目的は、乳酸菌の培養による乳酸の製造方法において、前記乳酸菌の培養開始後、12〜36時間は、培地のpHの調節を行なわずに乳酸菌を培養する第一の培養段階;および該第一の培養段階後、培地のpHを4.5〜7.5に調節しながら培養する第二の培養段階を有する、乳酸の製造方法によって達成される。
【発明の効果】
【0012】
本発明の方法によれば、簡単な方法で、乳酸を短期間で、効率よくかつ安価に生産できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明の実施の形態を説明する。
【0014】
本発明は、乳酸菌の培養による乳酸の製造方法において、前記乳酸菌の培養開始後、12〜36時間は、培地のpHの調節を行なわずに乳酸菌を培養する第一の培養段階;および該第一の培養段階後、培地のpHを4.5〜7.5に調節しながら培養する第二の培養段階を有する、乳酸の製造方法に関するものである。本発明の方法は、乳酸菌を培養して乳酸を生産するにあたって、(1)乳酸菌が乳酸を十分量生産するのに十分なくらい成長するまでの期間、即ち、12〜36時間は、特にpHの調節を行なわずに、乳酸菌を培養し(「第一の培養」);(2)所定期間、上記(1)の第一の培養を行なった後は、培地のpHが4.5〜7.5になるように調節しながら、十分量の乳酸が得られるまで(好ましくは24〜120時間)、乳酸菌を培養する(「第二の培養」)という、2段階で培養を行なうことを特徴とするものである。このような方法によると、乳酸を、塩の形態ではなく乳酸の形態で、従来に比して高生産量で得ることができる。
【0015】
本発明では、乳酸菌の培養開始後、12〜36時間は、培地のpHの調節を行なわずに培養することが主な特徴の一である。一般的に、乳酸菌により乳酸を生産させる場合には、乳酸の生成により培地のpHが低下して酸性になり、また、乳酸そのものの存在が菌の生育を抑制あるいは阻害するため、乳酸の生産もまた低下あるいは停止してしまう。このため、培養期間中は培地のpHをアンモニアや水酸化ナトリウム等の塩基を用いて中性付近になるように調節しながら乳酸菌を培養するが、多くの乳酸菌はこれらのpH調節剤に対して耐性を持たない。これに対して、本発明の方法によるように、培養初期の所定時間は培地のpHを調節しなくとも、この期間は乳酸の生産ではなくむしろ乳酸菌の増殖を促進し、ある程度乳酸菌が増殖して十分量の菌体量が得られ、その後、培地にアルカリを添加して乳酸の生産に適したpH(ほぼ中性)になるように培地のpHを調節することによって今度は乳酸の生産を促し、所望のpH範囲になるように培地のpHを調節しながら乳酸菌を培養することによって、第一の培養期間中に得られた十分量の乳酸菌体に乳酸を生産させることが判明したものである。したがって、本発明の方法によれば、従来に比して効率よく乳酸が生産できる。
【0016】
本発明において、使用される乳酸菌は、乳酸を生産できる微生物であれば特に制限されず、得られる乳酸の所望の形態(DあるいはL−体)によって適宜選択される。例えば、所望の形態がD−体である場合には、使用できる乳酸菌は、D−乳酸を生産できる微生物であれば特に制限されないが、例えば、ラクトバチラス属(Lactobacillus)、ラクトコッカス属(Lactococcus)、ロイコノストック属(Leuconostoc)、及びスポロラクトバチラス属(Sporolactobacillus)に属する微生物などが好ましく使用できる。これらのうち、D−乳酸の生産能を考慮すると、Lactobacillus acidophilus、Lactobacillus bifidus、Lactobacillus bifidus Pennsylvanicus、Lactobacillus brevis、Lactobacillus buchneri、Lactobacillus bulgaricus、Lactobacillus casei、Lactobacillus caucasicus、Lactobacillus delbrueckii、Lactobacillus fermentum、Lactobacillus hilgardii、Lactobacillus lactia、Lactobacillus leichmannii、Lactobacillus thermophilus、及びLactobacillus trichodes等の、ラクトバチラス属(Lactobacillus)に属する微生物がより好ましく、特にラクトバチラス・デブルキイー(Lactobacillus delbrueckii)、最も好ましくはラクトバチラス・デブルキイー IFO3202株(Lactobacillus delbrueckii IFO3202)が使用できる。また、所望の形態がL−体である場合には、使用できる乳酸菌は、L−乳酸を生産できる微生物であれば特に制限されないが、例えば、ラクトバチラス属(Lactobacillus)、ラクトコッカス属(Lactococcus)、ロイコノストック属(Leuconostoc)、及びスポロラクトバチラス属(Sporolactobacillus)に属する微生物などが好ましく使用できる。これらのうち、L−乳酸の生産能を考慮すると、Lactobacillus rhamnosus、Lactobacillus acidophilus、Lactobacillus casei等の、ラクトバチラス属(Lactobacillus)に属する微生物がより好ましく、特にラクトバチラス・ラムノサス(Lactobacillus rhamnosus)、最も好ましくはラクトバチラス・ラムノサス IFO3863(Lactobacillus rhamnosus IFO3863)が使用できる。
【0017】
また、本発明で使用される乳酸菌は、上記したような野生株に加えて、UV照射、N−メチル−N’−ニトロ−N−ニトロソグアニジン(NTG)処理などの、当該分野において既知の変異処理によって得られる変異株、細胞融合や遺伝子組換技術などの遺伝学的手法により誘導される組換株などを使用してもよい。なお、上記変異処理や遺伝学的手法は、当該分野において既知の方法と同様の方法が使用できる。また、上記遺伝子組換株の宿主としては、所望の遺伝子を形質転換してタンパク質を発現できるものであれば特に制限されず、親株と同じ属種であってもあるいは属種の異なるものを宿主として使用してもよいが、上述したような乳酸菌と同じ属種のものを宿主として使用することが好ましい。
【0018】
本発明の乳酸菌の培養をするにあたって、寒天培地等の固体培地に斜面培養したものを直接培養用の培地に植菌して、本発明の方法による培養を行なってもよいが、乳酸菌を予め液体培地で培養(種培養)したものを、本発明の方法にかかる培養(場合によっては、種培養と区別するために「本培養」とも記載する)に使用することが好ましい。このような方法によると、乳酸菌の成長をより向上できるからである。なお、本明細書において、「乳酸菌の培養開始時」とは、第一の培養を開始する時を意味し、より具体的には、固体培地に斜面培養したものを直接培養用の培地に植菌する時点、及び種培養液を本培養用の培地に接種する時点をいう。
【0019】
なお、本発明の方法において、種培養に使用される培地の組成と、本培養に使用される培地の組成は、同一であってもあるいは異なるものであってもよく、使用される乳酸菌の種類に応じて適宜選択され、一般的に乳酸菌を接種/培養するために市販されている培地が使用できる。例えば、本発明において特に好ましく使用されるラクトバチラス・デブルキイー IFO3202株(Lactobacillus delbrueckii IFO3202)やラクトバチラス・ラムノサス IFO3863(Lactobacillus rhamnosus IFO3863)を用いる場合には、一般乳酸菌接種用培地「ニッスイ」などが種培養用の培地として好ましく使用され、その培地組成は下記実施例の表1に示される。なお、上記種培養に使用される培地は、乳酸菌の本培養に使用するのに十分な量の菌体量が得られれば上記に制限されるものではなく、他の乳酸菌を培養するに適することが知られている組成の培地、上記組成を変えたもの、上記組成における成分を変えたものなど、様々な組成が使用できる。
【0020】
以下、本発明の方法による本培養に好ましく使用される培地について説明する。
【0021】
本発明による乳酸菌の培養において使用できる炭素源としては、上記菌株が良好に生育し、乳酸を順調に産生できうるものであれば特に制限されず、公知の炭素源が使用できる。例えば、ガラクトース、ラクトース、グルコース、フルクトース、グリセロール、シュークロース、サッカロース、セルロース、デンプンまたはその組成画分、焙焼デキストリン、加工デンプン、デンプン誘導体、物理処理デンプン及びα−デンプン等の炭水化物;グリセリン、マンイトル、キシリトール、リビトール等のポリアルコールなどの発酵性糖質などが使用できる。または、具体例としては、上記発酵性糖質を含むデンプン糖化液、トウモロコシやコメの加水分解物、糖蜜、農業廃棄物の加水分解液、可溶性デンプン、アミロース、アミロペクチン、マルトオリゴ糖、シクロデキストリン、プルラン、トウモロコシデンプン、馬鈴薯デンプン、甘藷デンプン及びデキストリン等の炭水化物を使用してもよい。これらの炭素源のうち、乳酸菌の産生及び乳酸の生産性の観点から、グルコース、フルクトース及びグリセロールが好ましく使用され、特にグルコースが好ましい。これらの炭素源は、単独あるいは2種以上の混合物の形態で使用できる。
【0022】
上記炭素源の培地における使用濃度は、特に制限されず従来と同様の濃度で使用できるが、有機酸の生成を阻害しない範囲で可能な限り高い濃度であることが好ましい。通常、炭素源の濃度は、培地中、好ましくは5〜30(w/v)%、より好ましくは10〜20(w/v)%である。
【0023】
また、本発明による乳酸菌の培養において使用できる窒素源としては、上記菌株が良好に生育し、乳酸を順調に産生できるものであれば特に制限されず、公知の窒素源が使用できる。例えば、アンモニア、硝酸アンモニウム、硫酸アンモニウム及び塩化アンモニウム等のアンモニウム塩、硝酸ナトリウム等の硝酸塩、尿素、大豆加水分解物、大豆粉末、カゼイン、ミルクカゼイン、カゼイン分解物、カザミノ酸等の無機窒素化合物、麦芽根、肉エキス、ペプトン、ポリペプトン、酵母エキス、各種アミノ酸及びコーンスティープリカー等の有機窒素化合物などが使用できる。なお、上記窒素源は、単独あるいは2種以上の混合物の形態で使用できる。これらのうち、麦芽根を、上記他の窒素源と組合わせて使用することが好ましく、より好ましくは、麦芽根を、酵母エキス、ペプトン、ポリペプトン、麦芽エキス、コーンスティープリカー、乾燥酵母、大豆加水分解物、及び肉エキスからなる群より選択される少なくとも1種の他の窒素源を組合わせて使用し、最も好ましくは、麦芽根を、酵母エキス、ペプトン、乾燥酵母、及び大豆加水分解物からなる群より選択される少なくとも1種の他の窒素源を組合わせて使用する。麦芽根は、栄養要求性の高い乳酸菌が資化できる有用な窒素源であり、以下に詳述するように大麦を製麦して麦芽を製造する際に副生物であり、非常に安価であるという利点がある。このため、窒素源の一部を麦芽根で置換することによって、乳酸菌による窒素源の利用効率は維持したまま、従来、窒素源としてしばしば使用されていた高価な酵母エキスやペプトンの使用量を減らすことができ、ゆえに、製造される乳酸のコストを有意に軽減することができる。また、麦芽根を上記したように他の窒素源と組合わせて使用すると、麦芽根単独で使用する場合に比して、乳酸菌の成長が促進して、乳酸の生産量が向上できることも判明した。さらに、麦芽根は、上記他の窒素源とは異なり、水に不溶性であるため、乳酸を回収する際に、培養終了後、培地を濾過などすることによって菌体などと共に容易に除去でき、所望の乳酸の精製が簡便であるという利点もある。
【0024】
本発明において、「麦芽根」は、麦芽が発芽した直後の幼根である。麦芽根の製造方法は、公知であり、本発明においても同様の方法が適用でき、原料である、大麦の製麦副生物である穀皮、穂軸等を含む麦芽根は、大麦を製麦して麦芽を製造する際に副生物として生ずるものであれば何れも使用することができる。この副生物は製麦時に生じた麦芽根の他、大麦の外皮である穀皮、大麦の穂軸、護頴、芒等の不要物を含んでいてもよい。この際、麦芽根は、上記したようなそのままの形態で使用されても、麦芽根を粉砕して使用しても、麦芽根を乾燥した後、粉砕して使用しても、熱水などによって麦芽根から所望の窒素成分を抽出した液体の形態で使用しても、いずれの形態でもよいが、麦芽根を粉砕する、または麦芽根を乾燥した後、粉砕することによって、粉末の形態で使用することが好ましい。このような形態であれば、乳酸菌による窒素源の利用効率を上げることができるからである。
【0025】
上記窒素源の培地における使用濃度は、特に制限されず従来と同様の濃度で使用できるが、有機酸の生成を阻害しない範囲で可能な限り高い濃度であることが好ましい。通常、窒素源の濃度は、培地中、好ましくは0.01〜5(w/v)%、より好ましくは0.1〜3(w/v)%である。また、麦芽根を他の窒素源と組合わせて使用する場合の、麦芽根と他の窒素源との混合比は、特に制限されないが、麦芽根と他の窒素源との混合質量比が、1〜5:0.1〜1、より好ましくは1〜3:0.5〜1となるように、麦芽根と他の窒素源とを混合することが好ましい。
【0026】
本発明による培養に使用できる無機塩としては、マグネシウム、マンガン、カルシウム、ナトリウム、カリウム、銅、鉄及び亜鉛などのリン酸塩、塩酸塩、硫酸塩及び酢酸塩等から選ばれた1種または2種以上を使用することができる。この際、無機塩の培地における使用濃度は、特に制限されず従来と同様の濃度で使用できるが、有機酸の生成を阻害しない範囲で可能な限り高い濃度であることが好ましい。通常、無機源の濃度は、培地中、好ましくは0〜0.5(w/v)%、より好ましくは0〜0.2(w/v)%である。
【0027】
乳酸菌の生育を促進する目的で、上記培地に、ビオチン、パントテン酸、イノシトール、ニコチン酸等のビタミン類、ヌクレオチド、アミノ酸などの生育促進因子をさらに添加してもよい。なお、上記生育促進因子は、上記に限定されるものではなく、当該分野において使用される他の生育促進因子もまた同様に使用でき、また、添加する場合の生育促進因子の培地への添加量もまた、特に制限されるものではなく、当該分野において通常使用される量と同様の量が使用できるが、好ましくは、生育促進因子の培地中の濃度が、0.1(w/v)%以下、より好ましくは0.0001〜0.01(w/v)%となるような量である。なお、上記生育促進因子は、単独で使用されてもあるいは2種以上の混合物の形態で使用されてもよい。
【0028】
また、培養時の発泡を抑えるために、消泡剤を培地に添加してもよい。この際、消泡剤は、公知の消泡剤が同様にして使用でき、市販の消泡剤を使用してもよい。また、消泡剤を使用する場合の培地への添加量もまた、特に制限されず、当該分野において使用される通常の量が同様にして使用でき、適宜選択される。なお、上記消泡剤は、単独で使用されてもあるいは2種以上の混合物の形態で使用されてもよい。
【0029】
上記したようにして調製された培地のpH(第一の培養開始前)は、特に制限されず使用する乳酸菌の種類などによって適宜選択できる。一般的に、上述したように、第一の培養期間中は、培地のpHの調節を行なわずに乳酸菌を培養するため、菌体の増殖に従って培地のpHが下がる傾向にある。この点を考慮すると、本発明では、培養前の培地のpHを、6〜8、より好ましくは6.5〜7.5に調節することが好ましい。
【0030】
また、本発明の方法による第一の培養において、培地のpHの調節を行なわない時間は、乳酸菌の培養開始時から12〜36時間である。このような範囲であれば、乳酸菌の生育が十分達成でき、ゆえに、このように十分な菌体量が存在する状態で第二の培養を行なうと、培地中に乳酸が効率よくかつ短期間で生産できる。なお、上記「乳酸菌の生育が十分達成でき」とは、次の第二の培養段階で乳酸を生産するのに十分な量の乳酸菌が得られる」ことを意味し、より具体的には、660nmでの濁度(OD660)が、好ましくは3.0以上、より好ましくは7.0以上となるまで、乳酸菌を生育させる。この際、培地のpHの調節を行なわない時間が乳酸菌を培養開始してから12時間より短い場合には、乳酸菌の生育が十分でなく、第二の培養期間中に生産される乳酸量が十分でない可能性がある。逆に、36時間を超えても、乳酸菌の生育は定常状態となり、培地のpHが下がりすぎて、乳酸菌の生育に悪影響を及ぼす可能性がある。好ましくは、培地のpHの調節を行なわない時間は、乳酸菌の培養開始時から、12〜36時間であり、より好ましくは15〜30時間、最も好ましくは18〜24時間である。
【0031】
また、本発明の方法による第二の培養では、上記第一の培養でpHの下がった培地のpHを4.5〜7.5という特定の範囲に調節しながら、乳酸菌を培養する。この際、培地のpHを上記範囲に調節するのは、第一の培養期間中は培地のpHの低下に伴い、乳酸の生産は抑えられていたが、第二の培養では培地のpHを上記範囲にまで上げることによって、乳酸の生産に適した環境を作ることができるからである。このため、本発明の方法によると、第一の培養でまず乳酸菌を十分量増殖させた後、第二の培養において乳酸の生産に最適な条件に乳酸菌をおくことによって、この十分量の乳酸菌による乳酸の生産が可能になったものである。この際、培地のpHを4未満になるように調節しつつ培養を行なうと、培地のpHが低すぎて、乳酸の生産が抑制・阻害されてしまい、その結果、乳酸の収量が十分高レベルに達成できず、逆に、培地のpHを8を超えて調節しつつ培養を行なうと、乳酸の生産には適するが、得られる乳酸が塩の形態となり、乳酸の形態に戻す操作がさらに必要になり、また場合によっては、乳酸菌の生育に悪影響を及ぼす可能性がある。また、本発明による第二の培養期間中の上記乳酸菌を培養する時間は、上述したように、第一の培養で得られた十分量の乳酸菌を用いて十分量の乳酸が生産できる時間であれば特に制限されないが、好ましくは24〜120時間である。このように第二の培養における乳酸菌の培養を上記pHの培地中で上記好ましい時間範囲内で行なう場合には、十分量の乳酸の生産が達成できる。乳酸菌の培養時間が24時間未満であると、乳酸菌による乳酸の生産が十分でないうちに培養が終了してしまうため十分量の乳酸が得られないおそれがある。逆に、120時間を超えても、乳酸の生産は定常状態となって時間の延長に見合う乳酸の生産が達成されず、むしろ乳酸の多量の生産に伴い、乳酸菌の生育が逆に抑制/阻害されるという問題がある。本発明では、第二の培養期間中の培地のpHは、4.5〜7.5、より好ましくは5.5〜6.5に調節しておくことが好ましい。また、第二の培養における乳酸菌の培養時間は、培養温度及びpHや菌体濃度等の培養条件および培養方法によって異なるが、より好ましくは36〜96時間、最も好ましくは48〜72時間である。
【0032】
上記第二の培養期間において、培地のpHを上記範囲に調節するために使用されるpH調節剤は、培地のpHを適宜上昇させかつ菌体の成長を阻害しないものであれば特に制限されないが、例えば、アンモニア水、アンモニアガス、水酸化ナトリウムや水酸化カリウム等のアルカリ金属の水酸化物、炭酸ナトリウムや炭酸カリウム等のアルカリ金属の炭酸塩、水酸化バリウム、水酸化マグネシウム、水酸化カルシウム等のアルカリ土類金属の水酸化物、炭酸バリウム、炭酸マグネシウム、炭酸カルシウム等のアルカリ土類金属の炭酸塩、炭酸水素バリウム、炭酸水素マグネシウム、炭酸水素カルシウム等のアルカリ土類金属の炭酸水素塩、尿素などが使用される。これらのうち、アンモニア水、及びアンモニアガスが好ましく使用され、特にアンモニア水及びアンモニアガスが好ましく使用される。なお、上記pH調節剤は、単独で使用されてもあるいは2種以上の混合物の形態で使用されてもよい。また、pH調節剤の培地への添加量は、培地のpHが上記範囲になるように適宜決定される。
【0033】
本発明において、乳酸菌の培養は、嫌気的条件下で行われ、その際の培養条件は、培地の組成や培養法によって適宜選択され、本菌株が増殖し、所望の乳酸が効率よく産生できる条件であれば特に制限されない。具体的には、培養温度は、乳酸菌が速やかに生育できる条件であれば特に制限されないが、通常は、20〜40℃、より好ましくは30〜40℃、特に好ましくは37℃の温度で培養される。なお、本発明において、培養温度は、第一の培養期間及び第二の培養期間は実質的に同一の温度に維持されても、あるいは菌体増殖期である第一の培養期間及び乳酸産生時期である第二の培養期間とで温度を変えてもよい。後者の場合には、例えば、第一の培養中の培養温度は、25〜40℃であり、第二の培養中の培養温度は、30〜45℃であることが好ましい。
【0034】
上記したように、第一及び第二の培養を経た後、乳酸菌によって生成した乳酸は、培養液中に蓄積されるので、培養液から乳酸を分離・精製することによって、所望の乳酸が回収できる。この際、乳酸の培地からの回収方法は、特に制限されず、公知の方法が単独であるいは適宜組合わせて同様にして適用できる。具体的には、培地を、遠心分離や濾過等によって不溶な物質(菌体、添加される場合には麦芽根などを含む)を除去した後、イオン交換樹脂などで脱塩し、その溶液から、結晶化やカラムクロマトグラフィー等の常法に従って所望の乳酸を分離・精製することができる。
【実施例】
【0035】
本発明の効果を、以下の実施例および比較例を用いて説明する。ただし、本発明の技術的範囲が以下の実施例のみに制限されるわけではない。
【0036】
実施例1
オートクレーブにより滅菌した一般乳酸菌接種用培地「ニッスイ」(培地組成は、下記表1参照)100mlに、Lactobacillus delbrueckii(IFO3202)を一白金耳植菌する。これを37℃、24時間静置培養を行ない、種培養液を調製した。
【0037】
次に、下記表2に示す発酵培地A 2L(培地のpH:7)を5L容の通気攪拌型バイオアリアクターに入れてオートクレーブ滅菌した後、これに上記種培養液を100mL接種し、37℃にて窒素ガスを通気しながら攪拌培養を行なった。この際、培養開始後、24時間目までは特にpHの制御は行わずに培養を行ない(第一の培養)、24時間後からアンモニア水を添加することにより、pHを6で制御して培養を行なった(第二の培養)。その結果、培養開始から144時間後に培地中には、87.5g/LのD−乳酸が蓄積していた。
【0038】
また、上記実験中の、培養時間に対する、グルコースの消費量、D−乳酸の生産量、及び菌の発育を示す660nmでの濁度(図中、OD(660nm))の経時的な変化を、図1に示す。
【0039】
なお、本実施例において、D−乳酸の生成量は、下記条件によるHPLCによる分析によって測定した。
【0040】
<HPLC分析条件>
カラム:東ソー製 TSKgel OAPak−A
(内径:7.8mm、カラム長:30.0cm)
溶媒: 0.75mM 硫酸水溶液
流速: 1ml/min
検出器:RI(屈折率測定)
カラム温度:40℃

また、本実施例において、生産した乳酸の形態(D体またはL体)は、下記条件に従って光学純度を測定することによって、確認した。
【0041】
<光学純度測定条件>
カラム:住化分析センター製 Sumichiral OA−5000
(内径:4.6mm、カラム長:15.0cm)
溶媒: 1mM 硫酸銅水溶液
流速: 1ml/min
検出器:UV(紫外線吸収、波長:254nm)
カラム温度:40℃
【0042】
【表1】

【0043】
【表2】

【0044】
実施例2
実施例1において、発酵培地Aの代わりに、表3の組成の発酵培地B(培地のpH:7)を使用した以外は、実施例1同様の方法で乳酸菌の培養を行ない、D−乳酸を生産させた。その結果、培養開始から96時間後に培地中には、106.9g/LのD−乳酸が蓄積していた。
【0045】
また、上記実験中の、培養時間に対する、グルコースの消費量、D−乳酸の生産量、及び菌の発育を示す660nmでの濁度(図中、OD(660nm))の経時的な変化を、図2に示す。
【0046】
【表3】

【0047】
比較例1
実施例1において、培養開始時に培地のpHを6に調整し、その後はpHの制御を全く行わずに乳酸菌の培養を行なった以外は、実施例1に記載の方法と同様の方法で培養を行ない、D−乳酸を生産させた。その結果、144時間後における培地中のD−乳酸蓄積量は、21g/Lであった。
【0048】
また、上記実験中の、培養時間に対する、グルコースの消費量、D−乳酸の生産量、及び菌の発育を示す660nmでの濁度(図中、OD(660nm))の経時的な変化を、図3に示す。
【0049】
比較例2
実施例1において、培養開始直後からアンモニアを添加することにより培地のpHを6に制御しながら乳酸菌の培養を行なった以外は、実施例1に記載の方法と同様の方法で培養を行ない、D−乳酸を生産させた。その結果、144時間後における培地中のD−乳酸蓄積量は、53.4g/Lであった。
【0050】
また、上記実験中の、培養時間に対する、グルコースの消費量、D−乳酸の生産量、及び菌の発育を示す660nmでの濁度(図中、OD(660nm))の経時的な変化を、図4に示す。
【0051】
上記実施例1,2及び比較例1,2の結果を比較すると、本発明の方法によると、D−乳酸が有意により高い収率で得られることが分かった。また、実施例1及び2の結果を比較することによって、培地の窒素源の一部に麦芽根を使用することによって、同じ窒素源量で、より短時間でかつより効率よくD−乳酸が生産できることが示される。
【0052】
実施例3
オートクレーブにより滅菌した一般乳酸菌接種用培地「ニッスイ」(培地組成は、上記表1参照)100mlに、Lactobacillus rhamnosus IFO3863を一白金耳植菌する。これを37℃、24時間静置培養を行ない、種培養液を調製した。
【0053】
次に、上記実施例1で使用したのと同様の発酵培地A 2L(培地のpH:7)を5L容の通気攪拌型バイオアリアクターに入れてオートクレーブ滅菌した後、これに上記種培養液を100mL接種し、37℃にて窒素ガスを通気しながら攪拌培養を行なった。この際、培養開始後、24時間目までは特にpHの制御は行わずに培養を行ない(第一の培養)、24時間後からアンモニア水を添加することにより、pHを6で制御して培養を行なった(第二の培養)。その結果、培養開始から144時間後に培地中には、72g/LのL−乳酸が蓄積していた。
【0054】
また、上記実験中の、培養時間に対する、グルコースの消費量、L−乳酸の生産量、及び菌の発育を示す660nmでの濁度(図中、OD(660nm))の経時的な変化を、図5に示す。
【0055】
比較例3
実施例3において、培養開始直後からアンモニアを添加することにより培地のpHを6に制御しながら乳酸菌の培養を行なった以外は、実施例3に記載の方法と同様の方法で培養を行ない、L−乳酸を生産させた。その結果、144時間後における培地中のL−乳酸蓄積量は、26g/Lであった。
【0056】
また、上記実験中の、培養時間に対する、グルコースの消費量、L−乳酸の生産量、及び菌の発育を示す660nmでの濁度(図中、OD(660nm))の経時的な変化を、図6に示す。
【0057】
比較例4
実施例3において、培養開始時に培地のpHを6に調整し、その後はpHの制御を全く行わずに乳酸菌の培養を行なった以外は、実施例3に記載の方法と同様の方法で培養を行ない、L−乳酸を生産させた。その結果、144時間後における培地中のL−乳酸蓄積量は、13g/Lであった。
【0058】
また、上記実験中の、培養時間に対する、グルコースの消費量、L−乳酸の生産量、及び菌の発育を示す660nmでの濁度(図中、OD(660nm))の経時的な変化を、図7に示す。
【0059】
上記実施例3及び比較例3,4の結果を比較すると、本発明の方法によると、L−乳酸が有意により高い収率で得られることが分かった。
【図面の簡単な説明】
【0060】
【図1】実施例1における、培養時間に対する、グルコースの消費量、D−乳酸の生産量、及び菌の発育を示す660nmでの吸光度(OD(660nm))の経時的な変化を示すグラフである。
【図2】実施例2における、培養時間に対する、グルコースの消費量、D−乳酸の生産量、及び菌の発育を示す660nmでの吸光度(OD(660nm))の経時的な変化を示すグラフである。
【図3】比較例1における、培養時間に対する、グルコースの消費量、D−乳酸の生産量、及び菌の発育を示す660nmでの吸光度(OD(660nm))の経時的な変化を示すグラフである。
【図4】比較例2における、培養時間に対する、グルコースの消費量、D−乳酸の生産量、及び菌の発育を示す660nmでの吸光度(OD(660nm))の経時的な変化を示すグラフである。
【図5】実施例3における、培養時間に対する、グルコースの消費量、L−乳酸の生産量、及び菌の発育を示す660nmでの吸光度(OD(660nm))の経時的な変化を示すグラフである。
【図6】比較例3における、培養時間に対する、グルコースの消費量、L−乳酸の生産量、及び菌の発育を示す660nmでの吸光度(OD(660nm))の経時的な変化を示すグラフである。
【図7】比較例4における、培養時間に対する、グルコースの消費量、L−乳酸の生産量、及び菌の発育を示す660nmでの吸光度(OD(660nm))の経時的な変化を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
乳酸菌の培養による乳酸の製造方法において、前記乳酸菌の培養開始後、12〜36時間は、培地のpHの調節を行なわずに乳酸菌を培養する第一の培養段階;および該第一の培養段階後、培地のpHを4.5〜7.5に調節しながら培養する第二の培養段階を有する、乳酸の製造方法。
【請求項2】
第二の培養段階における培養時間は、24〜120時間である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
第二の培養段階において、培地のpHの調節は、アンモニア水またはアンモニアガスを用いて行なわれる、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記乳酸菌の培養は、炭素源としてグルコースを含む培地で行なわれる、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記乳酸菌は、ラクトバチラス属(Lactobacillus)に属する、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記乳酸菌は、D−乳酸を生産するラクトバチラス属(Lactobacillus)に属する菌である、請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
前記乳酸菌は、L−乳酸を生産するラクトバチラス属(Lactobacillus)に属する菌である、請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2007−215427(P2007−215427A)
【公開日】平成19年8月30日(2007.8.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−37210(P2006−37210)
【出願日】平成18年2月14日(2006.2.14)
【出願人】(390022301)株式会社武蔵野化学研究所 (63)
【Fターム(参考)】