説明

乳酸の製造方法

【課題】効率のよい乳酸の製造法を提供する。
【解決手段】コリスミ酸ピルビン酸リアーゼ、2−オクタプレニル−6−メトキシ−1,4−ベンゾキノン メチラーゼ、3−ジメチルユビキノン 3−メチルトランスフェラーゼおよび2−ポリプレニル−6−メトキシフェノールヒドロキシラーゼから選ばれる1つ以上の酵素の活性が低下または喪失しており、かつ乳酸を生産する能力を有する微生物を、鉄の含有量が2μmol/l以下である培地に培養し、培養物中に乳酸を生成、蓄積させ、該培養物から乳酸を採取する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は乳酸の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
乳酸を産生する微生物としては、乳酸菌、酵母、大腸菌等が知られているが、これらの微生物を野生型のまま乳酸の生産に用いた場合、生成される乳酸の光学純度が低い、副生物が多い、糖消費量に対する収率が低い等の問題がある。このため、乳酸生産菌の育種等により問題の解決が試みられている。
例えば、一部のユビキノン生合成に関与する遺伝子を欠損させた大腸菌を用いて効率よく乳酸を生産する方法(特許文献1参照)が知られている。
【0003】
このような乳酸生産菌を培養するための培地には、通常、酵母エキス等の天然物由来の成分が用いられているが、培養に使用する培地のコスト、培養後の乳酸の精製にかかる手間および乳酸の品質の観点からすると、天然源の少ない簡素な組成の培地が好ましい。
簡素な培地で乳酸を生産した例としては、クレブシエラ属のcasAB遺伝子、エルウィニア属のcelY遺伝子等を導入した大腸菌をNBS無機塩培地で培養する方法(特許文献2参照)が報告されている。
【特許文献1】国際公開第2007/029664号パンフレット
【特許文献2】特開2007−49993号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の目的は、効率のよい乳酸の製造法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、以下の(1)〜(4)に関する。
(1) コリスミ酸ピルビン酸リアーゼ(以下、UbiCともいう)、2−オクタプレニル−6−メトキシ−1,4−ベンゾキノン メチラーゼ(以下、UbiEともいう)、3−ジメチルユビキノン 3−メチルトランスフェラーゼ(以下、UbiGともいう)および2−ポリプレニル−6−メトキシフェノールヒドロキシラーゼ(以下、UbiHともいう)から選ばれる1つ以上の酵素の活性が低下または喪失しており、かつ乳酸を生産する能力を有する微生物を、鉄の含有量が2μmol/l以下である培地に培養し、培養物中に乳酸を生成、蓄積させ、該培養物から乳酸を採取する乳酸の製造方法。
(2) 微生物が、染色体DNA上のUbiC、UbiE、UbiGおよびUbiHから選ばれる酵素をコードする遺伝子の一部または全部を欠損した微生物である、上記(1)の製造方法。
(3) 遺伝子が、以下の[1]〜[4]のいずれかに記載のDNAを有する遺伝子である、上記(2)の製造方法。
[1]配列番号1〜4のいずれかで表されるアミノ酸配列を有する蛋白質をコードするDNA
[2]配列番号1〜4のいずれかで表されるアミノ酸配列と80%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなり、かつ、UbiC、UbiE、UbiGまたはUbiHの活性を有する蛋白質をコードするDNA
[3]配列番号5〜8のいずれかで表される塩基配列を有するDNA
[4]配列番号5〜8のいずれかで表される塩基配列と相補的な塩基配列を有するDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつUbiC、UbiE、UbiGまたはUbiHの活性を有する蛋白質をコードするDNA
(4) 微生物が、該微生物の野生型株より乳酸を生産する能力の高い微生物である、上記(1)〜(3)のいずれか1つの製造方法。
【発明の効果】
【0006】
本発明により、効率の良い乳酸の製造法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明に用いられる微生物は、コリスミ酸からユビキノンを生合成する生合成経路上の酵素であって、コリスミ酸ピルビン酸リアーゼ(EC 4.1.3.40:UbiC)、2−オクタプレニル−6−メトキシ−1,4−ベンゾキノン メチラーゼ(EC 2.1.1.−: UbiE)、3−デメチルユビキノン 3−メチルトランスフェラーゼ(EC 2.1.1.64:UbiG)および2−ポリプレニル−6−メトキシフェノールヒドロキシラーゼ(EC 1.14.13.−:UbiH)から選ばれる1つ以上の酵素(以下、Ubi酵素ということもある)の活性が低下または喪失しており、かつ乳酸を生産する能力を有する微生物であれば特に限定されないが、例えば染色体上の、UbiC、UbiE、UbiGおよびUbiHから選ばれる酵素をコードする1つ以上の遺伝子の一部または全部が欠損しており、かつ乳酸を生産する能力を有する微生物があげられる。
【0008】
なお、本明細書中では、遺伝子は、構造遺伝子およびプロモーター、オペレーターなどの特定の制御機能を有する領域を含むものとする。
上記遺伝子の一部または全部が欠損した染色体DNAを有する微生物としては、染色体DNA上における該遺伝子の塩基配列中に塩基の欠失があるため、(1)Ubi酵素をコードする遺伝子のプロモーターまたはオペレーターなどの転写制御が機能せず、Ubi酵素が発現されない微生物、(2)フレームシフトが生じ、Ubi酵素が活性ある酵素として発現されない微生物、および(3)Ubi酵素をコードする遺伝子中の構造遺伝子の一部または全部が欠損している微生物等があげられ、好ましくは(3)の微生物、より好ましくはUbi酵素をコードする遺伝子中の構造遺伝子の全部が欠損している微生物があげられる。
【0009】
Ubi酵素をコードする遺伝子中の構造遺伝子の欠損は構造遺伝子部分の1塩基の欠損であってもよいが、好ましくは構造遺伝子中の5〜10塩基、より好ましくは10〜50塩基、さらに好ましくは50〜100塩基の欠失をあげることができる。
Ubi酵素活性の低下した微生物としては、野生型のUbi酵素を有する微生物に比べ、Ubi酵素の活性が低下している微生物であれば特に限定されないが、通常60%以下、好ましくは40%以下、より好ましくは20%以下、さらに好ましくは10%以下、特に好ましくは5%以下に低下した微生物をあげることができる。野生型のUbi酵素を有する微生物としては、Escherichia coliKM22株があげられる。
【0010】
Ubi酵素をコードする遺伝子は、UbiC、UbiE、UbiGおよびUbiHから選ばれる1つ以上の酵素をコードする遺伝子であれば特に限定されない。
例えば、以下の[1]〜[4]の遺伝子があげられる。
[1]配列番号1〜4のいずれかで表されるアミノ酸配列を有する蛋白質をコードする遺伝子
[2]配列番号1〜4のいずれかで表されるアミノ酸配列と80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、さらに好ましくは98%以上、特に好ましくは99%以上の相同性を有し、かつUbiC、UbiE、UbiGまたはUbiHの活性を有する蛋白質をコードする遺伝子
[3]それぞれ配列番号1〜4で表されるアミノ酸配列を有する蛋白質をコードする配列番号5〜8で表される塩基配列を有する遺伝子
[4]配列番号5〜8のいずれかで表される塩基配列と相補的な塩基配列を有するDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつUbiC、UbiE、UbiGまたはUbiHの活性を有する蛋白質をコードする遺伝子
アミノ酸配列や塩基配列の相同性は、Karlin and AltschulによるアルゴリズムBLAST[Pro. Natl. Acad. Sci. USA, 90, 5873(1993)]やFASTA[Methods Enzymol., 183, 63 (1990)]を用いて決定することができる。このアルゴリズムBLASTに基づいて、BLASTNやBLASTXとよばれるプログラムが開発されている[J. Mol. Biol., 215, 403(1990)]。BLASTに基づいてBLASTNによって塩基配列を解析する場合には、パラメータは例えばScore=100、wordlength=12とする。また、BLASTに基づいてBLASTXによってアミノ酸配列を解析する場合には、パラメータは例えばscore=50、wordlength=3とする。BLASTとGapped BLASTプログラムを用いる場合には、各プログラムのデフォルトパラメーターを用いる。これらの解析方法の具体的な手法は公知である(http://www.ncbi.nlm.nih.gov.)。
【0011】
また、ここでいう「ハイブリダイズする」とは、特定の塩基配列を有するポリヌクレオチドまたは該ポリヌクレオチドの一部に遺伝子がハイブリダイズすることである。したがって、該特定の塩基配列を有するポリヌクレオチドまたはその一部は、ノーザンまたはサザンブロット解析のプローブとして用いることができ、またPCR解析のオリゴヌクレオチドプライマーとして使用できるポリヌクレオチドである。プローブとして用いられるポリヌクレオチドとしては、少なくとも100塩基以上、好ましくは200塩基以上、より好ましくは500塩基以上のDNAをあげることができ、プライマーとして用いられるポリヌクレオチドとしては、少なくとも10塩基以上、好ましくは15塩基以上のDNAをあげることができる。
【0012】
ポリヌクレオチドのハイブリダイゼーション実験の方法はよく知られており、例えば当業者であれば本願明細書に従い、ハイブリダイゼーションの条件を決定することができる。該ハイブリダイゼーションの条件は、モレキュラー・クローニング第2版、第3版(2001年)、Methods for General and Molecular Bacteriolgy, ASM Press(1994)、Immunology methods manual, Academic press(Molecular)に記載の他、多数の他の標準的な教科書に従っておこなうことができる。
【0013】
上記のストリンジェントな条件とは、ポリヌクレオチド、好ましくはDNAを固定化したフィルターとプローブ、好ましくはプローブDNAとを50%ホルムアミド、5×SSC(750mMの塩化ナトリウム、75mMのクエン酸ナトリウム)、50mMのリン酸ナトリウム(pH7.6)、5×デンハルト溶液、10%の硫酸デキストラン、および20μg/lの変性させたサケ精子DNAを含む溶液中で42℃で一晩、インキュベートした後、例えば約65℃の0.2×SSC溶液中で該フィルターを洗浄する条件が好ましいが、より低いストリンジェント条件を用いることもできる。ストリンジェンな条件の変更は、ホルムアミドの濃度調整(ホルムアミドの濃度を下げるほど低ストリンジェントになる)、塩濃度および温度条件の変更により可能である。低ストリンジェント条件としては、例えば6×SSCE(20×SSCEは、3mol/lの塩化ナトリウム、0.2mol/lのリン酸二水素ナトリウム、0.02mol/lのEDTA、pH7.4)、0.5%のSDS、30%のホルムアミド、100μg/lの変性させたサケ精子DNAを含む溶液中で、37℃で一晩インキュベートした後、50℃の1×SSC、0.1%SDS溶液を用いて洗浄する条件をあげることができる。また、さらに低いストリンジェントな条件としては、上記した低ストリンジェント条件において、高塩濃度(例えば5×SSC)の溶液を用いてハイブリダイゼーションを行った後、洗浄する条件をあげることができる。
【0014】
上記した様々な条件は、ハイブリダイゼーション実験のバックグラウンドを抑えるために用いるブロッキング試薬を添加、または変更することにより設定することもできる。上記したブロッキング試薬の添加は、条件を適合させるために、ハイブリダイゼーション条件の変更を伴ってもよい。
上記したストリンジェントな条件下でハイブリダイズ可能な遺伝子としては、例えば上記したBLASTやFASTA等を用いて上記したパラメータ等に基づいて計算したときに、配列番号5〜8のいずれかで表される塩基配列と少なくとも90%以上、好ましくは95%以上、より好ましくは97%以上、さらに好ましくは98%以上、特に好ましくは99%以上の相同性を有する遺伝子をあげることができる。
【0015】
配列番号5〜8のいずれかで表される塩基配列を有するポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズする遺伝子が、Ubi酵素をコードする遺伝子であることは、例えば、該遺伝子を有する組換え体DNAを作製し、該組換え体DNAを宿主細胞に導入して得られる微生物を培養して得られる培養物から該蛋白質を精製し、該精製蛋白質の酵素活性を常法により測定することにより確認することができる。
【0016】
本発明に用いられる微生物としては、野生型株に比べUbiC、UbiE、UbiGおよびUbiHから選ばれる1つ以上の酵素活性が低下または喪失した結果、コリスミ酸からユビキノンを生合成する活性が低下または喪失した原核生物があげられ、例えば細菌があげられる。
例えば、エシェリヒア(Escherichia)属、セラチア(Serratia)属、バチルス(Bacillus)属、ブレビバクテリウム(Brevibacterium)属、コリネバクテリウム(Corynebacterium)属、ミクロバクテリウム属(Microbacterium)、シュードモナス(Pseudomonas)属、アグロバクテリウム(Agrobacterium)属、アリシクロバチルス属(Alicyclobacillus)、アナベナ(Anabena)属、アナシスティス(Anacystis)属、アスロバクター(Arthrobacter)属、アゾトバクター(Azotobacter)属、クロマチウム(Chromatium)属、エルビニア(Erwinia)属、メチロバクテリウム(Methylobacterium)属、フォルミディウム(Phormidium)属、ロドバクター(Rhodobacter)属、ロドシュードモナス(Rhodopseudomonas)属、ロドスピリウム(Rhodospirillum)属、セネデスムス(Scenedesmus)属、ストレプトマイセス(Streptomyces)属、シネコッカス(Synechoccus)属、ザイモモナス(Zymomonas)属等に属する微生物があげられ、より具体的には、エシェリヒア・コリ(Escherichia coli)、バチルス・サチリス(Bacillus subtilis)、バチルス・メガテリウム(Batillus megaterium)、ブレビバクテリウム・アンモニアゲネス(Brevibacterium ammoniagenes)、ブレビバクテリウム・イマリオフィルム(Brevibacterium immariophilum)、ブレビバクテリウム・サッカロリティカム(Brevibacterium saccharolyticum)、ブレビバクテリウム・フラバム(Brevibacterium flavum)、ブレビバクテリウム・ラクトファーメンタム(Brevibacterium lactofermentum)、コリネバクテリウム・グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)、コリネバクテリウム・アセトアシドフィルム(Corynebacterium acetoacidophilum)、ミクロバクテリウム・アンモニアフィルム(Microbacterium ammoniaphilum)、セラチア・フィカリア(Serratia ficaria)、セラチア・フォンチコラ(Serratia fonticola)、セラチア・リケファシエンス(Serratia liquefaciens)、セラチア・マルセッセンス(Serratia marcescens)、シュードモナス・エスピー(Pseudomonas sp.) D-0110、アグロバクテリウム・ラジオバクター(Agrobacterium radiobacter)、アグロバクテリウム・リゾジーンズ(Agrobacterium rhizogenes)、アグロバクテリウム・ルビ(Agrobacterium rubi)、アナベナ・シリンドリカ(Anabaena cylindrica)、アナベナ・ドリオルム(Anabaena doliolum)、アナベナ・フロスアクア(Anabaena flos-aquae)、アースロバクター・オーレッセンス(Arthrobacter aurescens)、アースロバクター・シトレウス(Arthrobacter citreus)、アースロバクター・グロブフォルミス(Arthrobacter globformis)、アースロバクター・ヒドロカーボグルタミカス(Arthrobacter hydrocarboglutamicus)、アースロバクター・ミソレンス(Arthrobacter mysorens)、アースロバクター・ニコチアナ(Arthrobacter nicotianae)、アースロバクター・パラフィネウス(Arthrobacter paraffineus)、アースロバクター・プロトフォルミエ(Arthrobacter protophormiae)、アースロバクター・ロセオパラフィナス(Arthrobacter roseoparaffinus)、アースロバクター・スルフレウス(Arthrobacter sulfureus)、アースロバクター・ウレアファシエンス(Arthrobacter ureafaciens)、クロマチウム・ブデリ(Chromatium buderi)、クロマチウム・テピダム(Chromatium tepidum)、クロマチウム・ビノサム(Chromatium vinosum)、クロマチウム・ワーミンギ(Chromatium warmingii)、クロマチウム・フルビアタティレ(Chromatium fluviatile)、エルビニア・ウレドバラ(Erwinia uredovora)、エルビニア・カロトバラ(Erwinia carotovora)、エルビニア・アナス(Erwinia ananas)、エルビニア・ヘリコラ(Erwinia herbicola)、エルビニア・パンクタタ(Erwinia punctata)、エルビニア・テレウス(Erwinia terreus)、メチロバクテリウム・ロデシアナム(Methylobacterium rhodesianum)、メチロバクテリウム・エクソトルクエンス(Methylobacterium extorquens)、フォルミディウム・エスピー(Phormidium sp.) ATCC29409、ロドバクター・カプスラタス(Rhodobacter capsulatus)、ロドバクター・スフェロイデス(Rhodobacter sphaeroides)、ロドシュードモナス・ブラスチカ(Rhodopseudomonas blastica)、ロドシュードモナス・マリナ(Rhodopseudomonas marina)、ロドシュードモナス・パルストリス(Rhodopseudomonas palustris)、ロドスピリウム・リブラム(Rhodospirillum rubrum)、ロドスピリウム・サレキシゲンス(Rhodospirillum salexigens)、ロドスピリウム・サリナラム(Rhodospirillum salinarum)、ストレプトマイセス・アンボファシエンス(Streptomyces ambofaciens)、ストレプトマイセス・オーレオファシエンス(Streptomyces aureofaciens) 、ストレプトマイセス・アウレウス(Streptomyces aureus)、ストレプトマイセス・フンジシディカス(Streptomyces fungicidicus)、ストレプトマイセス・グリセオクロモゲナス(Streptomyces griseochromogenes)、ストレプトマイセス・グリセウス(Streptomyces griseus)、ストレプトマイセス・リビダンス(Streptomyces lividans、ストレプトマイセス・オリボグリセウス(Streptomyces olivogriseus)、ストレプトマイセス・ラメウス(Streptomyces rameus)、ストレプトマイセス・タナシエンシス(Streptomyces tanashiensis)、ストレプトマイセス・ビナセウス(Streptomyces vinaceus)、ザイモモナス・モビリス(Zymomonas mobilis)等があげられる。
【0017】
本発明の微生物は、(1)乳酸を生産する能力を有する微生物の染色体DNA上に存在するUbi酵素をコードする遺伝子の一部または全部を欠損させる方法、または(2)染色体DNA上のUbi酵素をコードする遺伝子の一部または全部が欠損した微生物に、乳酸の生産性を付与する方法により製造することができる。
乳酸を生産する能力を有する微生物は、該能力を有する微生物であれば特に制限されず、自然界から分離された株自身が該能力を有する場合は該株そのものを用いることができる。また、公知の方法により乳酸を生産する能力を人為的に付与することにより、野生型株より乳酸生産能力が向上した微生物も用いることができる。
【0018】
当該公知の方法としては、
(a)乳酸の生合成を制御する機構の少なくとも1つを緩和または解除する方法、
(b)乳酸の生合成に関与する酵素の少なくとも1つを発現強化する方法、
(c)乳酸の生合成に関与する酵素をコードする遺伝子の少なくとも1つのコピー数を増加させる方法、
(d)乳酸の生合成経路から乳酸以外の代謝産物へ分岐する代謝経路の少なくとも1つを弱化または遮断する方法、および
(e)野生型株に比べ、乳酸のアナログに対する耐性度が高い細胞株を選択する方法、
等をあげることができる。これらの方法は単独で用いてもよいし、組み合わせて用いてもよい。
【0019】
上記(a)の方法としては、ピルベートホルメートリアーゼ遺伝子による乳酸の生合成制御を解除する方法[Appl. Environ. Microbiol. 69, 399(2003)]等があげられ、(b)または(c)の方法としてはL−乳酸脱水素酵素をコードするDNAを染色体DNA上に導入する方法[Appl. Environ. Microbiol. 71, 2789(2005)]等があげられ、(d)の方法としては、ホスホトランスアセチラーゼ遺伝子およびホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ遺伝子に変異を導入する方法[Appl. Environ. Microbiol. 65, 1384(1999)]等があげられ、(e)の方法としては、突然変異誘発処理等を施す方法等があげられる。
【0020】
染色体DNA上の Ubi酵素をコードする遺伝子の一部または全部が欠損した微生物は、該微生物を取得できる方法であればその取得方法に制限はないが、例えば本発明に用いられる微生物としてあげた各種微生物の染色体DNA上のUbi酵素をコードする遺伝子の塩基配列情報を利用して、微生物の染色体DNA上にある該遺伝子に塩基の欠失、置換または付加を導入する方法により取得することができる。
【0021】
各種微生物が有するUbi酵素をコードする遺伝子の塩基配列情報は、配列番号5〜8のいずれかで表される塩基配列をクエリーに用いて各種DNA配列データベースを検索して得てもよいし、配列番号5〜8のいずれかで表される塩基配列と相補的な塩基配列を有するポリヌクレオチドの全部または一部をプローブに用いて、該微生物の染色体DNAに対するサザンハイブリダイゼーションを行って該微生物のUbi酵素をコードする遺伝子を同定、取得し、常法により該遺伝子の塩基配列を解析して得てもよいし、配列番号5〜8のいずれかで表される塩基配列に基づき設計したプライマーを用い、該微生物の染色体DNAを鋳型としたPCRを行ってUbi酵素をコードする遺伝子を同定、取得し、常法により該遺伝子の塩基配列を解析して得てもよい。
【0022】
ハイブリダイゼーションおよびPCRは、常法、例えばモレキュラー・クローニング第2版、第3版(2001年)、Methods for General and Molecular Bacteriolgy, ASM Press(1994))の他、多数の他の標準的な教科書に従っておこなうことができる。
Ubi酵素をコードする遺伝子としては、配列番号1〜4のいずれかで表されるアミノ酸配列を有する蛋白質をコードする遺伝子、配列番号5〜8のいずれかで表される塩基配列を有する遺伝子等をあげることができる。
【0023】
微生物の染色体DNA上の遺伝子に塩基の欠失、置換または付加を導入する方法としては、相同組換えを利用した方法をあげることができる。
相同組換えを利用した方法としては、塩基の欠失、置換または付加が導入された変異遺伝子を、塩基の欠失等を導入したい宿主細胞内では自立複製できない薬剤耐性遺伝子を有するプラスミドDNAと連結して作製した相同組換え用プラスミドを用いる方法をあげることができる。
【0024】
具体的には、該相同組換え用プラスミドを常法により宿主細胞に導入した後、薬剤耐性を指標にして相同組換えによって染色体DNA上に該相同組換え用プラスミドが組込まれた形質転換株を選択する。得られた形質転換株を該薬剤を含有しない培地で数時間〜1日間培養した後、該薬剤含有寒天培地、および該薬剤非含有寒天培地に塗布し、前者の培地で生育せず、後者の培地で生育できる株を選択することで、染色体DNA上において2回目の相同組換えが生じた株を取得することができる。染色体DNA上の欠失等を導入した遺伝子が存在する領域の塩基配列を決定することで、染色体DNA上の目的遺伝子に塩基の欠失、置換または付加が導入されたことを確認することができる。
【0025】
上記方法により、染色体DNA上の目的遺伝子に塩基の欠失、置換または付加を導入することができる微生物としては、例えばエシェリヒア属に属する微生物をあげることができる。
また、複数の遺伝子に効率よく塩基の欠失、置換または付加を導入する相同組換えを利用した方法としては、直鎖DNAを用いる方法をあげることができる。
【0026】
具体的には、塩基の欠失、置換または付加を導入したい遺伝子を含有する直鎖DNAを細胞内に取り込ませ、染色体DNAと導入した直鎖DNAとの間で相同組換えを起こさせる。
本方法は、直鎖DNAを効率よく取り込む微生物であれば、いずれの微生物にも適用できるが、エシェリヒア属に属する微生物が好ましく、エシェリヒア・コリに属する微生物がより好ましく、λファージ由来の組換えタンパク質群(Red組換え系)を発現しているエシェリヒア・コリがさらに好ましくあげられる。
【0027】
λRed組換え系を発現しているエシェリヒア・コリとしては、λRed組換え系遺伝子を有するプラスミドであるpKD46[エシェリヒア・コリ ジェネティック ストック センター(米国エール大学)より入手可能]を保有するエシェリヒア・コリ JM101株等をあげることができる。
相同組換えに用いられるDNAとしては、
(a)薬剤耐性遺伝子の両端に、塩基の欠失、置換もしくは付加の導入対象である染色体DNA上の領域の両外側に存在するDNAまたは該DNAと相同性があるDNAを有する直鎖DNA、
(b)塩基の欠失、置換もしくは付加の導入対象である染色体DNA上の領域の両外側に存在するDNA、または該DNAと相同性があるDNAを直接連結した直鎖DNA、
(c)薬剤耐性遺伝子およびネガティブセレクションに用いることができる遺伝子が連結したDNAの両端に、塩基の欠失、置換もしくは付加の導入対象である染色体DNA上の領域の両外側に存在するDNAまたは該DNAと相同性があるDNAを有する直鎖DNA、
(d)上記(a)の直鎖DNAにおいて、薬剤耐性遺伝子と染色体DNA上の領域の両外側に存在するDNAの間に、さらに酵母由来のFlp recombinase〔Proc. Natl. Acad. Sci. USA., 82, 5875 (1985)〕が認識する塩基配列を有するDNA、等をあげることができる。
【0028】
薬剤耐性遺伝子としては、宿主微生物が感受性を示す薬剤に対し、薬剤耐性を付与する薬剤耐性遺伝子であれば、いずれの薬剤耐性遺伝子も使用することができる。
例えば宿主微生物にエシェリヒア・コリを用いた場合は、薬剤耐性遺伝子としては、カナマイシン耐性遺伝子、クロラムフェニコール耐性遺伝子、ゲンタマイシン耐性遺伝子、スペクチノマイシン耐性遺伝子、テトラサイクリン耐性遺伝子およびアンピシリン耐性遺伝子等をあげることができる。
【0029】
ネガティブセレクションに用いることができる遺伝子とは、宿主微生物で該遺伝子を発現させたとき、一定培養条件下においては、該微生物に致死的である遺伝子のことをいい、例えば、バチルス属に属する微生物由来のsacB遺伝子〔Appl. Environ. Microbiol., 59, 1361-1366(1993)〕、およびエシェリヒア属に属する微生物由来のrpsL遺伝子〔Genomics, 72, 99-104(2001)〕等をあげることができる。
【0030】
上記の直鎖DNAの両末端に存在させる、染色体DNA上の置換または欠失の導入対象となる領域の両外側に位置するDNAと相同性があるDNAは、直鎖DNAにおいて、染色体DNA上の方向と同じ方向に配置され、その長さは10bp〜100bp程度が好ましく、20bp〜50bp程度がより好ましく、30〜40bp程度がさらに好ましい。
酵母由来のFlp recombinaseが認識する塩基配列とは、Flp recombinaseが認識し、相同組換えを触媒する塩基配列であれば、特に限定されないが、好ましくは配列番号9で表される塩基配列があげられる。酵母由来のFlp recombinaseが認識することができ、相同組換えを触媒することができれば、配列番号9で表される塩基配列において1個〜数個の塩基が欠失、置換または付加されていてもよい。
【0031】
また、「相同性がある」とは、上記直鎖DNAが、染色体DNA上の目的とする領域において、相同組換えが起こる程度の相同性を有することであり、具体的な相同性としては、80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、さらに好ましくは100%の相同性をあげることができる。
該相同性は、上記したBLASTやFASTA等のプログラムを用いて決定することができる。
【0032】
上記直鎖DNAは、PCRにより作製することができる。また上記直鎖DNAを含むDNAをプラスミド上にて構築した後、制限酵素処理にて目的の直鎖DNAを得ることもできる。
微生物の染色体DNAに塩基の欠失、置換または付加を導入する方法としては、以下の方法1〜4があげられる。
方法1:上記(a)または(d)の直鎖DNAを宿主微生物に導入し、薬剤耐性を指標に該直鎖DNAが染色体DNA上に相同組換えにより挿入された形質転換株を選択する方法。
方法2:上記方法1により取得された形質転換株に、上記(b)の直鎖DNAを導入し、該方法により染色体DNA上に挿入された薬剤遺伝子を削除することにより、微生物の染色体DNA上の領域を置換または欠失させる方法。
方法3:
[1]上記(c)の直鎖DNAを宿主微生物に導入し、薬剤耐性を指標に該直鎖DNAが染色体DNA上に相同組換えにより挿入された形質転換株を選択し、
[2]染色体DNA上の置換または欠失の対象領域の両外側に存在するDNAと相同性を有するDNAを、染色体DNA上における方向と同一の方向で連結したDNAを合成し、上記[1]で得られた形質転換株に導入し、
[3]ネガティブセレクションに用いることができる遺伝子が発現する条件下において、上記[2]の操作を行った形質転換株を培養し、該培養において生育可能な株を、薬剤耐性遺伝子およびネガティブセレクションに用いることができる遺伝子が染色体DNA上から削除された株として選択する方法。
方法4:
[1]上記(d)の直鎖DNAを宿主微生物に導入し、薬剤耐性を指標に該直鎖DNAが染色体DNA上に相同組換えにより挿入された形質転換株を選択し、
[2]上記[1]で得られた形質転換株にFlp recombinase遺伝子発現プラスミドを導入し、該遺伝子を発現させた後、上記[1]で用いた薬剤に感受性である株を取得する方法。
【0033】
上記方法で用いられる、直鎖DNAを宿主微生物に導入する方法としては、該微生物へDNAを導入する方法であればいずれも用いることができ、例えば、カルシウムイオンを用いる方法[Proc. Natl. Acad. Sci., USA, 69, 2110 (1972)]、プロトプラスト法(特開昭63-248394)、エレクトロポレーション法[Nucleic Acids Res., 16, 6127 (1988)]等をあげることができる。
【0034】
方法2または方法3[2]で用いられる直鎖DNAにおいて、該DNAの中央部付近に、染色体DNA上に挿入したい任意の遺伝子を組み込こんだ直鎖DNAを用いることにより、薬剤耐性遺伝子等を削除するのと同時に、任意の遺伝子を染色体DNA上に挿入することができる。
上記方法2〜4は、最終的に得られる形質転換株の染色体DNA上に薬剤耐性遺伝子およびネガティブセレクションに用いることができる遺伝子等の外来遺伝子を残さない方法であるため、同一の薬剤耐性遺伝子およびネガティブセレクションに用いることができる遺伝子を用いて、該方法を繰り返すことにより、容易に染色体DNA上の位置の異なる2以上の領域に塩基の欠失、置換または付加を有する微生物を製造することができる。
【0035】
上記方法により得られた微生物が、Ubi酵素活性の低下または喪失した微生物であることは、例えば該微生物とその元株のユビキノンの生産性を公知の方法で測定し、比較することにより確認することができる。
また、本発明に用いる微生物のD−乳酸脱水素酵素(EC 1.1.1.28)活性を低下または喪失させ、さらに好ましくはL−乳酸脱水素酵素(EC.1.1.1.27)活性を強化することにより、L−乳酸の生産性が高い微生物を造成することができ、逆にL−乳酸脱水素酵素活性を低下または喪失させ、さらに好ましくはD−乳酸脱水素酵素活性を強化することにより、D−乳酸の生産性が高い微生物を造成することもできる。
【0036】
D−乳酸脱水素酵素活性またはL−乳酸脱水素酵素活性の低下または喪失した微生物は、取得される配列情報を利用して上記方法に準じて染色体DNA上に存在するそれら酵素遺伝子の一部または全部を欠損させることにより取得することができる。
また、D−乳酸脱水素酵素活性またはL−乳酸脱水素酵素活性が強化された微生物は、これらの酵素遺伝子を公知の方法で該微生物に導入することにより取得することができる。該遺伝子は、染色体DNA上に組み込まれていてもよいし、染色体外にプラスミドDNAとして存在していてもよい。
【0037】
例えばエシェリヒア・コリのL−乳酸の生産性を向上させる場合、エシェリヒア・コリのD−乳酸脱水素酵素遺伝子のORF全部を欠失させ、かつL−乳酸脱水素酵素遺伝子、好ましくはバチルス・サチリスのL−乳酸脱水素酵素遺伝子を染色体DNA上に組み込む方法をあげることができる。
このようにして得た本発明に用いられる微生物を、鉄の含有量が2μmol/l以下、好ましくは1.5μmol/l以下、より好ましくは1μmol/l以下、さらに好ましくは0.3μmol/l以下、特に好ましくは、含有量がゼロである培地に培養し、培養物中に乳酸を生成、蓄積させ、該培養物から乳酸を採取することにより、乳酸を製造する。本発明の方法ではD−乳酸およびL−乳酸のいずれも製造することができる。
【0038】
培地としては、鉄の含有量が上記範囲であり、かつ本発明に用いられる微生物が資化し得る炭素源、窒素源、無機塩類等を含有し、該微生物の培養を効率的に行える培地であればいずれの培地であってもよいが、培地中の鉄の含有量をコントロールしやすく、また培養後の培養液からの乳酸の精製が容易であることから、カゼイン、ペプトン、酵母エキス等の天然物由来の成分を含有しないか、または含有量が少量である培地が好ましい。例えば、鉄の含有量が上記範囲にある合成培地があげられる。
【0039】
炭素源としては、該微生物が資化し得るものであればよく、グルコース、フラクトース、スクロース、デンプンあるいはデンプン加水分解物等の炭水化物、酢酸、プロピオン酸等の有機酸、エタノール、プロパノール等のアルコール類等を用いることができる。
窒素源としては、アンモニア、塩化アンモニウム、硫酸アンモニウム、酢酸アンモニウム、リン酸アンモニウム等の無機酸もしくは有機酸のアンモニウム塩、その他の含窒素化合物等を用いることができる。
【0040】
無機塩類としては、リン酸第一カリウム、リン酸第二カリウム、リン酸マグネシウム、硫酸マグネシウム、塩化ナトリウム、硫酸マンガン、硫酸銅、炭酸カルシウム等を用いることができる。
培養は、通常振盪培養または深部通気攪拌培養等の好気的条件下で行う。培養温度は15〜40℃がよく、培養時間は、通常5時間〜7日間である。培養中pHは3.0〜9.0に保持する。pHの調整は、無機または有機の酸、アルカリ溶液、尿素、炭酸カルシウム、アンモニア等を用いて行う。
【0041】
培養物中に生成、蓄積した乳酸の採取は、活性炭やイオン交換樹脂等を用いる通常の方法あるいは、イオン交換膜を用いた電気透析法、エステル化後に蒸留して加水分解する方法、有機溶媒による抽出法、減圧蒸留し結晶化させる方法、高速液体クロマトグラフィー等を用いたクロマトグラフィー法により行うことができる。
以下に実施例を示すが、本発明は該実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0042】
(1)奈良先端科学技術大学院大学より、Mol. Syst. Biol., 2006; 2: 2006.0008(Baba Tら、Construction of Escherichia coli K-12 in-frame, single-gene knockout mutants: the Keio collection)記載の方法に準じてエシェリヒア・コリBW25113株から調製された、UbiCをコードする遺伝子の欠損したエシェリヒア・コリΔubiC株、UbiEをコードする遺伝子の欠損したエシェリヒア・コリΔubiE株、UbiGをコードする遺伝子の欠損したエシェリヒア・コリΔubiG株およびUbiHをコードする遺伝子の欠損したエシェリヒア・コリΔubiH株を入手した。
【0043】
エシェリヒア・コリのカナマイシン耐性遺伝子の塩基配列情報をもとに作成した配列番号10で表される塩基配列を有するDNA断片およびUbiC、E、GおよびHをコードするDNAのそれぞれの3’側下流領域の塩基配列情報をもとに作成した配列番号11〜14のいずれかで表される塩基配列を有するDNA断片をプライマーとし、各株の染色体DNAを鋳型としてPCRを行った。その結果、いずれの株においても500〜1000bp程度のDNA断片が増幅されたことから、これらの株ではUbiC、E、GおよびHをコードする遺伝子がカナマイシン耐性遺伝子により置換的に削除されていることが確認できた。
【0044】
エシェリヒア・コリΔubiC株、ΔubiE株、ΔubiG株およびΔubiH株は、奈良先端科学技術大学院大学より有償または無償で入手可能である。
なお、UbiC、E、GおよびHの欠損した株は、例えば以下の方法に準じて調製することもできる。
エシェリヒア・コリKM22株[Gene, 246, 321-330 (2000)]の染色体DNAを鋳型とし、各々の3’末端の25塩基が、KM22株染色体DNA上のカナマイシン耐性遺伝子の両末端にハイブリダイズするように設計してある配列番号15および16で表される塩基配列からなるDNAをプライマーセットとして用い、PCRを行う。
【0045】
次に、カナマイシン耐性遺伝子の5’末端側上流に配列番号17で表される塩基配列、3’末端側下流に配列番号18で表される塩基配列が付加したDNA断片を上記と同様の方法でPCRにより増幅する。
上記で取得したDNA断片を鋳型とし、配列番号19および20、配列番号21および22、配列番号23および24、ならびに配列番号25および26で表される塩基配列からなるDNAをプライマーセットとして用い、PCRを行う。配列番号19、21、23および25で表される塩基配列からなるDNAは、5’末端側にそれぞれubiC遺伝子、ubiE遺伝子、ubiG遺伝子およびubiH遺伝子の5’末端側領域付近との相同配列を有する45塩基からなる塩基配列を有し、3’末端側に配列番号17で表される塩基配列からなるDNAを有している。配列番号20、22、24および26で表される塩基配列を有するDNAは、5’末端側にそれぞれubiC遺伝子、ubiE遺伝子、ubiG遺伝子およびubiH遺伝子の3’末端側領域付近と相同配列を有する45塩基からなる塩基配列を有し、3’末端側に配列番号18で表される塩基配列にハイブリダイズする25塩基からなるDNAを有する。
【0046】
次に、λ Red recombinaseを発現可能なpKD46プラスミドを保持するエシェリヒア・コリ BW25113株[Proc. Natl. Acad. Sci., U S A., 97, 6640-6645(2000)]のコンピテントセルを、Gene, 246, 321-330 (2000)の方法に従って調製し、100ngの該DNA断片を用いてエレクトロポレーション法で形質転換を行う。
形質転換した細胞を50μg/mlのカナマイシンを含むLB培地等の寒天培地上に塗布し、30℃で一晩培養し、生育した株を、それぞれエシェリヒア・コリBW25113株の染色体DNA上のubiC遺伝子、ubiE遺伝子、ubiG遺伝子、またはubiH遺伝子が欠損した株として取得することができる。
(2)コリスミ酸からユビキノンを生合成する酵素のうちUbiC、E、GおよびH以外の酵素、すなわち、4−ヒドロキシ安息香酸ポリプレニルトランスフェラーゼ(以下、UbiAともいう)、2−オクタプレニルフェノールヒドロキシラーゼ(以下、UbiBともいう)、3−ポリプレニル−4―ヒドロキシ安息香酸デカルボキシラーゼ(以下、UbiD/Xともいう)、および2−ポリプレニル−3−メチル−6−メトキシ−1,4−ベンゾキノールヒドロキシラーゼ(以下、UbiFともいう)をコードする遺伝子の欠損株を上記方法に準じて調製(エシェリヒア・コリΔubiA株およびエシェリヒア・コリΔubiB株)、または、奈良先端科学技術大学院大学より入手(エシェリヒア・コリΔubiD株、エシェリヒア・コリΔubiX株およびエシェリヒア・コリΔubiF株)した。
【0047】
これらのUbi欠損株(ΔubiA、B、C、D、E、F、G、HおよびX株)およびこれらのUbi欠損株の親株であるエシェリヒア・コリ BW25113株を、それぞれ30mlの前培養用液体培地(5% グルコース、5g/l 酵母エキス、11.28g/l M9 Minimal Salts(X5)(Difco社製)、100μmol/l 塩化カルシウム、2mmol/l 硫酸マグネシウム、10μg/ml 硫酸鉄および5%炭酸カルシウムを含有する培地)の入った300ml容三角フラスコに植菌し、37℃にて20時間、振とう培養し、培養物を得た。
【0048】
300μlの該培養物を、30mlの本培養用液体培地(10% グルコース、25.72mmol/lリン酸二水素カリウム、28.71mmol/l リン酸水素二カリウム、26.5mmol/l リン酸二アンモニウム、1mmol/l 硫酸マグネシウム、0.1mmol/l塩化カルシウム、0.015mmol/l チアミン、1mmol/l ベタイン、5.92μmol/l 塩化鉄(III)、0.84μmol/l 塩化コバルト(II)、0.59μmol/l 塩化銅(II)、1.47μmol/l 塩化亜鉛(II)、0.83μmol/l 酸化モリブデンナトリウム、0.81μmol/l ほう酸、5%炭酸カルシウムを含有する培地)または30mlの塩化鉄を含まない本培養用液体培地の入った300ml容三角フラスコに植菌し、37℃で50時間振とう培養した。
【0049】
培養開始から50時間後の培養物の濁度(OD660)を分光光度計を用いて測定した。
50時間後の培養物を遠心分離した後に上清を0.45μmのフィルターでろ過し、ろ液を、分離カラムとしてSH1011カラム(昭和電工社製)を用い、移動相として20mmol/Lの硫酸を用いる高速液体クロマトグラフィーに供し、セロビオースを内部標準としてD−乳酸量および酢酸量を定量した。
【0050】
エシェリヒア・コリΔubiC、E、GおよびH株、エシェリヒア・コリΔubiA、B、D、FおよびX株の中で乳酸生産性(OD6601あたりのD−乳酸生産量)の最も良好であったエシェリヒア・コリΔubiA株、ならびにこれらの親株であるエシェリヒア・コリBW25113株を用いた試験結果を第1表に示す。
なお、OD6601あたりのD−乳酸生産量はD−乳酸の生産性を知る指標である。数値が高いほど、D−乳酸の生産効率が高いと判断する。
【0051】
【表1】

【0052】
第1表に示すとおり、菌株としてエシェリヒア・コリ△ubiC、E、GおよびH株を用い、培地として鉄を添加しない培地を用いた場合、D−乳酸の生産効率が高く、特にエシェリヒア・コリ△ubiE、GおよびH株は、酢酸の副生量も低く、効率よくD−乳酸を生産した。
【実施例2】
【0053】
エシェリヒア・コリ△ubiEを、5mlの実施例1記載の前培養用液体培地を入れた太型試験管に植菌し、37℃にて24時間、振とう培養した。培養後、遠心分離により菌体を分離し、実施例1記載の本培養用液体培地(ただし、塩化鉄を含まない)で洗浄後、5mlの実施例1記載の本培養用液体培地(ただし、塩化鉄を含まない)に懸濁した。
該菌体懸濁液60μlを、6mlの実施例1記載の本培養用液体培地(ただし、鉄濃度は第2表記載の濃度)の入った太型試験管に植菌し、37℃で54時間振とう培養した。実施例1記載の方法と同様の方法により、培養終了後のD−乳酸および酢酸の生成量を調べた。
【0054】
結果を第2表に示す。
【0055】
【表2】

【0056】
第2表に示すとおり、エシェリヒア・コリ△ubiEを培養する培地中の鉄濃度が低いほど、D−乳酸の生産性は高く、酢酸の副生量は低い傾向にあった。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明により、効率のよい乳酸の製造法を提供することができる。
【配列表フリーテキスト】
【0058】
配列番号9−人工配列の説明:合成DNA
配列番号10−人工配列の説明:合成DNA
配列番号11−人工配列の説明:合成DNA
配列番号12−人工配列の説明:合成DNA
配列番号13−人工配列の説明:合成DNA
配列番号14−人工配列の説明:合成DNA
配列番号15−人工配列の説明:合成DNA
配列番号16−人工配列の説明:合成DNA
配列番号17−人工配列の説明:合成DNA
配列番号18−人工配列の説明:合成DNA
配列番号19−人工配列の説明:合成DNA
配列番号20−人工配列の説明:合成DNA
配列番号21−人工配列の説明:合成DNA
配列番号22−人工配列の説明:合成DNA
配列番号23−人工配列の説明:合成DNA
配列番号24−人工配列の説明:合成DNA
配列番号25−人工配列の説明:合成DNA
配列番号26−人工配列の説明:合成DNA

【特許請求の範囲】
【請求項1】
コリスミ酸ピルビン酸リアーゼ(以下、UbiCともいう)、2−オクタプレニル−6−メトキシ−1,4−ベンゾキノンメチラーゼ(以下、UbiEともいう)、3−デメチルユビキノン 3−メチルトランスフェラーゼ(以下、UbiGともいう)および2−ポリプレニル−6−メトキシフェノールヒドロキシラーゼ(以下、UbiHともいう)から選ばれる1つ以上の酵素の活性が低下または喪失しており、かつ乳酸を生産する能力を有する微生物を、鉄の含有量が2μmol/l以下である培地に培養し、培養物中に乳酸を生成、蓄積させ、該培養物から乳酸を採取する乳酸の製造方法。
【請求項2】
微生物が、染色体DNA上のUbiC、UbiE、UbiGおよびUbiHから選ばれる酵素をコードする遺伝子の一部または全部を欠損した微生物である、請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
遺伝子が、以下の[1]〜[4]のいずれかに記載のDNAを有する遺伝子である、請求項2記載の製造方法。
[1]配列番号1〜4のいずれかで表されるアミノ酸配列を有する蛋白質をコードするDNA
[2]配列番号1〜4のいずれかで表されるアミノ酸配列と80%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなり、かつ、UbiC、UbiE、UbiGまたはUbiHの活性を有する蛋白質をコードするDNA
[3]配列番号5〜8のいずれかで表される塩基配列を有するDNA
[4]配列番号5〜8のいずれかで表される塩基配列と相補的な塩基配列を有するDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつUbiC、UbiE、UbiGまたはUbiHの活性を有する蛋白質をコードするDNA
【請求項4】
微生物が、該微生物の野生型株より乳酸を生産する能力の高い微生物である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の製造方法。

【公開番号】特開2009−261360(P2009−261360A)
【公開日】平成21年11月12日(2009.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−117122(P2008−117122)
【出願日】平成20年4月28日(2008.4.28)
【出願人】(000001029)協和発酵キリン株式会社 (276)
【Fターム(参考)】